説明

熟成食品の製造方法

【課題】咀嚼・嚥下が困難な者も摂取する食品が何であるかを認識し満足感をもって摂取することができ、食品素材の本来の形状を保持して軟化させた熟成食品を短時間で効率よく、容易に製造することができ、特に、動物性の食品素材の結合組織タンパク質を主として分解させ、その程度を調整し弾力性を低下させ、呈味性を向上させることができる熟成食品の製造方法を提供する。
【解決手段】食品素材の表面に接触させた分解酵素を圧力処理により食品素材の内部に均一に含有させる分解酵素導入工程、分解酵素の作用により食品素材の形状を保持したまま食品素材に含まれる酵素基質を分解させる熟成工程を含み、分解酵素導入工程が、食品素材を減圧処理により形状を保持した状態で膨張させる膨張工程と、膨張した食品素材を元の食品素材の体積より小さい体積に圧縮させる圧縮工程とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品素材内部に分解酵素を均一に含有させ、形状を保持したまま柔軟にする熟成食品の製造方法や、得られる熟成食品に関し、より詳しくは、動物性食品素材を味、食感、香りを向上させた熟成食品の製造方法や、得られる熟成食品に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質や脂質等の栄養素に富む動物性食品素材は、重要なエネルギー源・栄養源として欠くことのできない食品素材である。動物性食品素材は、と畜あるいは捕獲後、熟成工程を経て食材として供される。熟成工程では、死後硬直した筋肉の解硬による構造変化と内在酵素によるタンパク質分解反応が起こり肉質は軟化し、付随して低分子物質生成による呈味性の発現が見られる。更に、これら「軟らかさ」「味」に「香り(風味)」「見た目(形状)」が加わり、動物性食品素材の「おいしさ」が形成される。熟成を経た動物性食品素材は、上質な肉質部位はそのまま生で食されることもあるが、通常、殺菌、臭みの低減、更なる軟化や味付け等を目的に調理や加工処理がなされる。また、品質保持のため、冷蔵や冷凍処理が成されることもある。
【0003】
食品製造での肉質軟化や味改良を目的とした処理工程は、多く考案されている。例えば、肉質の軟化に関する処理方法として、叩く等の機械的操作によりスジを切る方法、真空調理による低温加熱により過度の硬化やパサパサ感を防止する方法、肉質改良剤等を用いた保水性の向上によるジューシー感の付加方法、加圧加熱処理方法等が提案されている。しかし、機械的破壊では,食品素材の形状が変化して見た目のおいしさが損なわれ、また低温による硬化防止やジューシー感の向上では、結合組織タンパク質(いわゆるスジ)が多い部位では根本的な解決にはならない。また酸性調味液による保水性の向上では、酸味が残る等の問題点があり、塩濃度調整やタンパク質添加により保水性を向上させる肉質改良剤においては、結合組織タンパク質の分解は困難である。また加圧加熱処理では形状崩壊や高温加熱臭が残る問題、結合組織タンパク質が残存する等の問題点がある。
【0004】
動物性食品素材の硬さに直接影響を与えている結合組織タンパク質の分解を目的とした加工方法としては、酵素作用を用いる方法が知られている。豚肉にパイナップルなどの果物を添えるのは、パイナップル由来の酵素が肉質を軟化させる働きを持つからであり、肉調理の下処理にショウガ汁を用いるのも、味付けと同時にショウガ由来の酵素の働きを期待したものである。通常、食品製造では、食品加工用に製造された食品用酵素が用いられる。その処理方法として、食品素材を酵素液に浸漬する方法(特許文献1)や、食品素材に酵素含有液をインジェクションしてタンブリングする方法(特許文献2)、食品素材に酵素液を塗布・浸漬して加圧処理して酵素を浸透させる方法(特許文献3)等が提案されている。しかし、低分子物質の調味料とは異なる高分子物質の酵素は、直接酵素液に浸漬するだけでは食品素材内に浸透しにくく、形状ある塊の食品素材を処理するのは困難であるのと同時に、表面のみが過剰に酵素分解し形状が崩壊する。また厚みのある食品素材中に酵素を均一に浸透させるインジェクション法は、多数の注射針からなるインジェクターを用いるため、注射針差し込み跡が残ることや身割れの問題点、マッサージによる型崩れやドリップ溶出、インジェクション器具における目詰まりや衛生上の問題等がある。また加圧による酵素浸透法では、高温高圧によりタンパク質が変性する問題や、加圧処理によっても浸漬法と同様に酵素が食品素材中心部まで浸透するのに時間を要し、食品素材表面と中心部が一様に酵素処理できない問題がある。
【0005】
また、上記のマッサージや拡散作用による浸透原理を用いるいずれの加工処理も、酵素を食品素材全体に浸透させる方法であるが、これらの場合、スジである結合組織タンパク質のみでなく、筋繊維タンパク質を構成するミオシンやアクチン等にも分解酵素が作用するという致命的な問題点がある。つまり、非特異的に分解された食品素材は、見た目や食感はレバー状になり、形状保持は困難で、かつ苦味物質が生成して品質が劣化する。この点が、動物性食品素材の結合組織タンパク質の分解に酵素が効果的な方法でありながら、食品産業上利用が進まない原因である。これを解決する方法として、筋繊維タンパク質には作用せず、結合組織タンパク質のみ分解する酵素が報告されている(特許文献4〜7)が、これらは特殊な天然物由来の酵素であり、現時点において大量に使用して産業上の利用を図ることは困難である。
【0006】
一方、動物性食品素材への味の付加方法として、調味液に漬け込む方法が一般的であり、真空タンブラー機を用いて食品素材表面に物理的衝撃を加え、表面積を拡大して調味液を浸透させる方法(特許文献8)等が報告されている。また、近年の消費者の健康志向に鑑み、化学調味料によらない食品素材由来物質による呈味性の向上が望まれ、動物性食品素材にタンパク質分解酵素を作用させて得られる呈味性物質(特許文献9)も知られている。
【0007】
本発明者らは、これまでに、植物性食品素材の組織内へ酵素を導入し、元々の食品素材の形状を保ったまま、柔軟にする食材の製造方法(特許文献10)や、調味液の塩分濃度等を調整し凍結及び解凍した植物性食品を酵素液に浸漬して減圧操作して酵素を組織に導入し、型崩れなく調味及び加圧加熱殺菌する方法(特許文献11)を開発している。また、この酵素導入技術を厨房施設等の現場で簡便に実施でき、また軟化させた食品素材の製造工程・搬送・流通過程での型崩れが防止でき、あるいは衛生面の配慮から、食品素材への酵素導入、酵素反応、加熱工程を同一の包装容器の中で実施できる調理食品の製造方法も開発している。これらの方法では、植物性食品素材の形状を保持したまま、植物組織の細胞間隙に酵素を導入できるため、見た目を変えずに酵素を作用させ軟化させることができ、見た目と軟らかさを両立させることができる。しかし、同様の効果を期待して動物性食品素材に対してこれらの処理を行うと、酵素液への色素溶出、食品素材表面の過分解による形状崩壊、苦味物質の生成、テクスチャー変化によるレバー状化等が生じる場合もある。これは、細胞間隙の有無、タンパク質含量、組織等の相違により、動物性食品素材は植物性食品素材と比較してその内部へ酵素を均一に導入することが困難であり、形状保持と軟化の両立を図ることが難しいことに起因する。食品素材によっては既に開発した調理食品の製造方法により、食品素材を真空包装することで見た目と軟化の両立は可能であるが、咀嚼・嚥下が困難な高齢者であっても、摂取する食品が何であるかを認識し食することの満足感をもって摂取ことができるように、本来の形状を保持して軟化させた食品を製造することができる更なる技術の要請、特に、動物性食品素材の結合組織タンパク質の分解を選択的に分解し、苦味の発生の抑制、弾力性の低下、呈味性及び香りの向上した食品を容易に製造できる食品が要請されている。
【特許文献1】特開平7−31421号公報
【特許文献2】特表2005−503172号公報
【特許文献3】特開2004−89181号公報
【特許文献4】特開平8−70818号公報
【特許文献5】特開平10−327810号公報
【特許文献6】特開2004−016101号公報
【特許文献7】特開2007−14286号公報
【特許文献8】特開平08−051957号公報
【特許文献9】特開2006−94756号公報
【特許文献10】特許第3686912号公報
【特許文献11】特開2006−223122号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、咀嚼・嚥下が困難な高齢者、消化器疾患者であっても、摂取する食品が何であるかを認識し満足感をもって摂取することができるように、食品素材中心部まで均一に分解酵素を導入し、食品素材の本来の形状を保持して軟化させた熟成食品を短時間で効率よく、容易に製造することができる熟成食品の製造方法を提供することにある。特に、動物性の食品素材を、本来持つ形状や色を保持したまま、分解酵素の作用により結合組織タンパク質を主として分解させ、筋繊維の分解を抑制することにより、レバー状に分解されるのを抑制して、その軟化の程度を調整し弾力性を低下させることができる熟成食品の製造方法を提供することにある。また、苦味成分の生成を抑制し、かつ分解酵素の作用により旨みやコクをもつアミノ酸・ペプチドを生成させて呈味性を向上させ、更に、生成した呈味性物質が溶出するいわゆるドリップの溶出を抑制し、生成した呈味成分、香りや栄養素の喪失を抑制しその増強を図り、「軟らかさ」「味」「香り」「見た目」を向上させ、視覚から受けるおいしさの満足度を向上させた熟成食品の製造方法を提供することにある。
【0009】
本発明の課題は、タンパク質分解物であるアミノ酸やペプチドを豊富に含有し、消化吸収性を向上させることができ、咀嚼・嚥下が困難な高齢者、消化器疾患者であっても、摂取する食品が何であるかを認識し満足感をもって摂取することができる熟成食品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、圧力処理により食品素材の内部に均一に分解酵素を導入し、分解酵素の作用により、食品素材に含まれる酵素基質を分解し、咀嚼・嚥下困難者であっても容易に摂取することができる食品を製造するに際し、食品素材を減圧処理によりその形状を保持した状態で膨張させ、その後、元の体積以下に圧縮することにより、分解酵素を食品素材の繊維に添った導入をより容易に行うことができることを見い出した。そして、食品素材の繊維の長軸方向と異なる方向に切断し、膨張させることにより、繊維間隙を拡大し、分解酵素の導入を促進させることができ、特に動物性食品素材において、筋繊維の結合タンパク質を主として分解させ得ることができることの知見を得た。更に、分解酵素を至適温度未満で熟成することにより、特異性の低い酵素、例えば、市販のあらゆるタンパク質を分解してしまう酵素製剤を用いても、主として結合組織タンパク質を分解し、筋原繊維タンパク質の分解を抑制することができ、過分解による形状崩壊や苦味成分の生成を抑制することができることの知見を得た。更に、分解酵素としてプロテアーゼを用いその至適温度未満の低温で熟成することにより、食品素材内部に旨みやコクのあるアミノ酸及びペプチドを生成させると同時に苦味成分の生成を抑制し、呈味性を向上させることができることの知見を得た。また、食品素材の圧縮を、包装材中で包装材が食品素材に密着する程度に吸引した後、密封し、大気圧以上の雰囲気下に置くことにより加圧し、元の食品素材の体積より小さい体積に圧縮させることができ、更に、油脂成分を分解酵素と共に食品素材中へ導入することにより、ドリップの溶出を抑制し、呈味性や、香りの増強を図ることができることの知見を得た。かかる知見に基づき、本発明を完成するに至った。
【0011】
即ち、本発明は、食品素材の表面に接触させた分解酵素を圧力処理により食品素材の内部に均一に含有させる分解酵素導入工程、分解酵素の作用により食品素材の形状を保持したまま食品素材に含まれる酵素基質を分解させる熟成工程を含む熟成食品の製造方法であって、分解酵素導入工程が、食品素材を減圧処理により形状を保持した状態で膨張させる膨張工程と、膨張した食品素材を元の食品素材の体積より小さい体積に圧縮させる圧縮工程とを有することを特徴とする熟成食品の製造方法に関する。
【0012】
また、本発明は、上記熟成食品の製造方法により得られる熟成食品に関する。
【発明の効果】
【0013】
本発明の熟成食品の製造方法は、咀嚼・嚥下が困難な高齢者、消化器疾患者であっても、摂取する食品が何であるかを認識し満足感をもって摂取ことができるように、食品素材中心部まで均一に分解酵素を導入し、食品素材の本来の形状を保持して軟化させた熟成食品を短時間で効率よく、容易に製造することができる。特に、動物性の食品素材を、本来持つ形状や色を保持したまま、分解酵素の作用により結合組織タンパク質を主として分解させ、筋繊維の分解を抑制することにより、レバー状に分解されるのを抑制して、その軟化の程度を調整し弾力性を低下させることができる熟成食品を製造することができる。また、至適温度未満での酵素分解により苦味成分の生成を抑制し、アミノ酸・ペプチド生成により呈味性を向上させ、更に、生成した呈味性物質が溶出するいわゆるドリップの溶出を抑制し、生成した呈味成分、香りや栄養素の喪失を抑制しその増強を図り、「軟らかさ」「味」「香り」「見た目」を向上させ、視覚から受けるおいしさの満足度を向上させることができる。
【0014】
また、本発明の熟成食品は、タンパク質分解物であるアミノ酸やペプチドを豊富に含有し、消化吸収性を向上させることができ、咀嚼・嚥下が困難な高齢者、消化器疾患者であっても、摂取する食品が何であるかを認識し満足感をもって摂取することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の熟成食品の製造方法は、食品素材の表面に接触させた分解酵素を圧力処理により食品素材の内部に均一に含有させる分解酵素導入工程、分解酵素の作用により食品素材の形状を保持したまま食品素材に含まれる酵素基質を分解させる熟成工程を含む熟成食品の製造方法であって、分解酵素導入工程が、食品素材を減圧処理により形状を保持した状態で膨張させる膨張工程と、膨張した食品素材を元の食品素材の体積より小さい体積に圧縮させる圧縮工程とを有することを特徴とする。
【0016】
本発明の熟成食品の製造方法に用いる食品素材としては、植物性、動物性のいずれのものであってもよい。具体的には、植物性の食品素材としては、大根、人参、牛蒡、筍、キャベツ、白菜、セロリ、アスパラガス、ほうれん草、小松菜、青梗菜等の野菜、ジャガイモ、薩摩芋、里芋等の芋類、大豆、小豆、蚕豆、エンドウ豆等の豆類、穀類、パイナップル等の果実類、椎茸、シメジ、エノキ、ナメコ、松茸等のきのこ類、若布、昆布、ひじき等の海藻を挙げることができる。また、動物性の食品素材としては、牛肉、豚肉、鳥肉の他に、羊肉、馬肉、鹿肉、猪肉、山羊肉、兎肉、鯨肉、それらの内臓等の肉類や、鯵、鮎、鰯、鰹、鮭、鯖、鮪等の魚類、鮑、牡蠣、帆立、蛤等の貝類、その他エビ、カニ、イカ、タコ、ナマコ等の魚介類を例示することができる。これらの食品素材は、生の状態でも、また、煮る、焼く、蒸す、揚げるなど加熱・調理して用いてもよいが、その場合は、タンパク質を過度に変性させることなく、柔軟性を失わない程度に留めることが好ましい。また、蒲鉾等の練製品や、漬物等の加工食品であってもよい。特に、肉類、魚介類、動物由来組織を含む加工食品等の動物性食品素材が好ましい。
【0017】
これらの食品素材は、凍結及び解凍処理をしたものを用いることができる。凍結により食品素材中の水分が氷結晶し膨張し食品素材の組織の緩みを生じさせ、これを利用して食品素材内部の気体と分解酵素の置換を容易にし、食品素材の中心部への分解酵素等の導入を促進させることができる。凍結を行った食品素材は、分解酵素の導入時には、完全に解凍して用いることが好ましい。食品素材の凍結方法は、冷凍時に氷結晶生成温度帯を短期間に通過させ、解凍時のドリップ溶出を抑制するため、急速冷凍することが好ましく、冷凍機能を持つ機器により行うことができる。解凍方法は、流水中に置いたり、電子レンジによる加熱によってもよいが、解凍冷蔵庫等の低温での緩慢解凍が、ドリップ溶出を抑制できることから、好ましい。
【0018】
食品素材の形状は、いずれの形状であってもよいが、食品素材中の繊維の長軸方向とは異なる方向に切断し、切断面に繊維の断面が現れることが、後述する膨張工程において、分解酵素の導入を容易とする繊維間隙の拡大を図ることができることから、好ましい。繊維の長軸と異なる方向として長軸方向に垂直であるのが最も好ましいが、食品素材の繊維方向が均一ではない食品素材の場合や、イカやタコ等の繊維が明確でない食品素材においては、調整した食品素材の切断面が大きくなるように調整することが好ましい。食品素材の大きさは適宜選択することができ、塊でも一口大でもよいが、食品素材の膨張を確保できる大きさに切断することが好ましい。例えば、牛モモ肉の塊からステーキ肉を調製するのであれば、筋繊維の長軸方向をステーキの厚み方向として、2cm幅間隔で切断し、切断面をステーキ肉の上下面とすることができる。また鮪などの切り身ブロック(ピースに切断された状態)を、筋繊維の長軸方向に垂直になるように縦3cm、横2cm、厚さ(長軸方向)1cmに切断したものを用いることができる。また、イカでは皮を剥いだ後、繊維の長軸方向に垂直になるよう、イカの上下方向(胴の軸方向)に切断したイカ切り身を用いることもできる。食品素材の切断は、凍結する場合は、凍結前後を問わず、半解凍時、解凍後等のいずれの時期に行ってもよい。
【0019】
本発明の熟成食品の製造方法に用いる分解酵素としては、タンパク質、炭水化物、脂肪の分解酵素であればいずれも用いることができ、摂取者の状態や、食品素材の種類等分解する基質等によって適宜選択することができる。具体的にはプロテアーゼ、ペプチダーゼ等タンパク質をアミノ酸及びペプタイドに分解する酵素、アミラーゼ、グルカナーゼ、セルラーゼ、ペクチナーゼ、ペクチンエステラーゼ、ヘミセルラーゼ、β−グルコシダーゼ、マンナーゼ、キシラナーゼ、アルギン酸リアーゼ、キトサナーゼ、イヌリナーゼ、キチナーゼ等でんぷん、セルロース、イヌリン、グルコマンナン、キシラン、アルギン酸、フコイダン等の多糖類をオリゴ糖に分解する酵素、リパーゼ等脂肪を分解する酵素などを挙げることができる。これらは1種又は相互に阻害しないものを2種以上を組み合わせて使用することもできる。これらのうち、特に、プロテアーゼやペプチダーゼを用いることが、アミノ酸やペプチド等の呈味成分を生成することができ、また、汎用品であることから、好ましい。特に、食品素材として動物性食品素材を用いる場合、プロテアーゼやペプチターゼを用いることが、アミノ酸やペプチドを生成し、呈味性を向上させることができる。これら分解酵素の起源は問わず、植物由来、動物由来、微生物由来のものを使用することができる。分解酵素の形態としては、粉末状、液状、分散液に含有されていてもよい。分解酵素として、特異性が低い市販のあらゆるタンパク質を分解してしまう酵素製剤用いても、後述するように、至適温度未満で熟成することにより、主として結合組織タンパク質を分解し、筋原繊維タンパク質の分解を抑制することができ、過分解による形状崩壊や苦味成分の生成を抑制することができる。
【0020】
上記分解酵素の食品素材への接触方法は、粉末状の分解酵素を食品素材表面に振り掛けて付着若しくは噴霧する方法、粉末状若しくは液状の分解酵素を含有する分解酵素液を食品素材表面に塗布、噴霧若しくは浸漬させる方法を使用することができる。分解酵素液としては、液状の分解酵素そのものの他、分解酵素を溶解若しくは分散する水、アルコール等の媒体を用いることができる。分解酵素液のpHは4〜10であることが好ましく、特に、食品素材と同じpHに調整することが効果的である。分解酵素液のpHの調整には、有機酸類とその塩類やリン酸塩等のpH調整剤等を用いることができ、またpH調整された調味液等を使うこともできる。分解酵素液に食品素材を浸漬して接触させる場合は、例えば、浸漬時間は1〜20分、その温度は0〜30℃等とすることができる。
【0021】
分解酵素の使用量としては、熟成食品として設定する熟成度合い、特に弾力性の低下度、軟化の程度や呈味成分の生成の度合いによって適宜選択することができ、分解酵素を直接使用する場合、食品素材100gに対して、例えば、0.001〜1.0gの範囲を挙げることができる。分解酵素液の場合、例えば、溶媒液に対して0.01〜3.0質量%の範囲で分解酵素を溶解あるいは分散させて使用することができる。
【0022】
食品素材に分解酵素を接触させる際、調味料、増粘多糖類等の増粘剤、粘性物質を生成する微生物、その他、栄養素等を接触させ、分解酵素と共に圧力処理により食品素材の内部に均一に導入させることもできる。これらの物質は分解酵素とは別途、食品素材表面に接触させることもできるが、分解酵素液中に含有させて用いることもできる。増粘多糖類等の増粘剤、粘性物質を生成する微生物を食品素材に導入させることにより、熟成食品の咀嚼時に食品からの離水を抑制することができ、好適な嚥下困難者用食材とすることもできる。
【0023】
更に、これらの物質の他、食品素材に接触させる物質として油脂を用いることができる。油脂を加えることで、これらを食品素材内部に均一に導入させ、咀嚼時の食品素材のまとまり易さや飲み込みやすさを良好になるような食感にすることができ、油脂に含まれる香味成分等により風味を一層向上させることができ、また、油脂に含まれるビタミン、不飽和脂肪酸等の必須栄養素を同時に摂取することができる。油脂としては、元々の食品素材に含まれる油脂、食品素材から特定の油脂を抽出した抽出物、食品素材とは別個のものでもよい。また、油脂は、液体状、乳化状で使用することが好ましく、常温で固体のものでも加熱により液状とし、また、エマルジョンとして用いることができる。不飽和脂肪酸であるリノール酸、アラキドン酸、リノレン酸、エイコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸等の必須栄養素である生理活性脂肪酸を含む菜種油や魚油等を用いることもできる。例えば、牛モモ肉に対し、別に調製した牛脂(体表油、腹油、背油等)を溶解した液状のもの、パーム油等の植物油等を使用し、風味の広がりを与えることもできる。
【0024】
本発明の熟成食品の製造方法における分解酵素導入工程は、食品素材の表面に接触させた分解酵素を圧力処理により食品素材の内部に均一に含有させる工程であり、分解酵素を接触させた食品素材を減圧処理によりその形状を保持した状態で膨張させる膨張行程と、膨張した食品素材を元の食品素材の体積より小さい体積に圧縮させる圧縮工程とを有する。
【0025】
上記膨張行程は、食品素材の繊維間隙を拡大し、表面に接触した分解酵素を容易に内部に導入させ得る工程である。食品素材中の繊維の長軸方向と異なる方向に切断した食品素材においては、繊維間隙の拡大を図り、繊維間隙に分解酵素を浸透させることができる。特に、動物性食品素材においては、筋繊維間を拡大し分解酵素の導入を容易にし、筋繊維の結合組織を構成するタンパク質の分解を促進させることができる。膨張工程において、食品素材を元の食品素材の体積に対し1.05倍以上の体積に膨張させることが好ましい。
【0026】
ここで、食品素材の体積の膨張率は、膨張時に拡大した表面積の増加値と、厚み方向の伸張幅の増加値を測定し、その積算値から求めることができる。
【0027】
膨張工程は、食品素材を収納し、減圧下でその形状を保持することができる耐圧性容器とその内部を減圧する真空ポンプ等を有する装置を用い、食品素材を収納した耐圧容器内を0.04MPa以下の減圧下、又は食品素材に含まれる水分が沸騰する程度に減圧して行うことができる。膨張工程において分解酵素が食品素材内部へ導入されるため、食品素材の膨張率と膨張状態の保持時間の調整は重要であり、更に、過度の膨張は食品素材の品質低下、特にドリップ溶出を招くおそれがあり、食品素材の種類、大きさ等に応じて処理時間を調整することが好ましい。食品素材を上記膨張率で膨張させる処理時間としては、例えば、30秒〜30分程度とすることができる。膨張工程は、常温で行うこともできるが、品質を損なわないように10℃前後の低温で行うこともできる。減圧保持状態の解除は大気圧下に戻すことにより行うことができる。
【0028】
上記膨張工程に続く圧縮工程は、膨張した食品素材を元の食品素材の体積より小さい体積に圧縮させる工程であり、膨張処理で食品素材の繊維の周囲に導入された分解酵素をより均一に含有させる工程であり、特に繊維の周辺に導入された分解酵素の均質化を図る工程である。圧縮工程において、食品素材の圧縮率は、例えば、圧力処理を行う前の食品素材の体積の0.95倍以下に圧縮させることが好ましい。
【0029】
この圧縮工程は、食品素材を収納し、圧力変化によりその形状が変化する軟包装材と、吸引装置等を用いて行うことができ、食品素材を軟包装材中に収納し、吸引により軟包装材を食品素材に密着させ、密封した後、大気圧に復帰させることにより行うことができる。使用する軟包材の種類は特に問わないが、密封方法に熱によるシール方式を用いる場合は、シール時の熱に対する耐熱性を有するものが好ましい。具体的には、ポリエチレン等のレトルト用包材等のポリマーからなる軟包装材を例示することができる。密封時の減圧は、0.02MPa以下とすることができる。食品素材に軟包装材を密着させることにより、食品素材を軟包材を介して加圧して圧縮させることが可能となる。圧縮工程は常温で行うこともできるが、品質を損なわないように10℃前後の低温で行うこともできる。これら膨張工程及び圧縮工程は、それぞれ個別の装置や容器で行うこともできるが、食品素材を軟包装材に収納し連続処理することが、食品素材からのドリップ溶出や衛生面の点から好ましい。
【0030】
本発明の熟成食品の製造方法における熟成工程は、分解酵素の作用により食品素材の形状を保持したまま食品素材に含まれる酵素基質を分解させる工程である。分解酵素としてプロテアーゼやペプチターゼを用いた場合、この熟成工程において、食品素材中のタンパク質、特に、結合組織タンパク質が効率的に分解され、筋繊維間の結合を緩め、食品素材の破断応力や圧縮応力を低下させ、且つ背圧応力も低下させることが可能であり、弾力性を低下させて軟らかさを向上させることができる。更に、酵素分解によりアミノ酸やペプチドの低分子物質が生成され、呈味性の向上を図ることができる。更に、分解酵素の至適温度未満の低温で熟成することが好ましい。至適温度未満の低温での熟成により、特異性の低い分解酵素、例えば、市販のあらゆるタンパク質を分解してしまう酵素製剤用いても、主として結合組織タンパク質を分解し、筋原繊維タンパク質の分解を抑制することができ、過分解による形状崩壊や苦味成分の生成を抑制することができる。
【0031】
熟成工程は食品素材を上記圧縮工程で得られる軟包装材中に密封、圧縮状態を維持して行うことがドリップ溶出を抑制することができ、衛生面からも好ましい。熟成は、食品素材によって異なるが、食品素材の品質を損なわず過度な酵素分解とタンパク質の熱変性が進行せず、また、食品素材へ油脂を導入した場合は、油脂の酸化を抑制できる温度で行うことが好ましく、例えば、30℃以下、−3℃以上で行うことが好ましい。熟成時間は導入する分解酵素の種類や量、食品素材の種類や低弾力化の程度や、生成する呈味成分の生成量等によって調整することが好ましく、30分〜3時間程度の場合もあれば、1〜20時間程度とすることもできる。熟成工程は、食品素材の品質を損なわないために、16〜20時間程度の処理時間とすることができる。熟成の停止が必要な場合には、加熱処理を利用することができ、例えば90〜125℃で5〜60分加熱する方法等によることができ、かかる加熱は酵素失活と食品素材の殺菌とを同時に兼ねることもできる。熟成直後に加熱を望まない場合には、冷凍保存により熟成を休止状態にさせ、その後、加熱により熟成の停止を行うこともできる。
【0032】
また、熟成工程は上記圧縮工程直後に行わず、一定時間経過後に行うこともでき、その場合は、圧縮工程により得られた軟包装材に収納した食品素材を、その状態で冷凍し、冷凍後の解凍処理時に並行して行うこともできる。このように圧縮工程で得られた軟包装材中に圧縮された状態で食品素材の低温熟成を行うことにより、酵素作用により弾力性が低下し、特に背圧応力がゼロに近い状態まで軟化した場合でも、ドリップ溶出や形状が崩れてレバー状になるのを抑制し、苦味を抑制することができ、形状を保持し、呈味性成分や香り成分の増加を図り、旨みやコクを増加させることができる。
【0033】
本発明の熟成食品の製造方法の一例として、以下の第1から第5の工程による方法を例示することができる。
【0034】
第1工程は食品素材の切断工程である。食品素材を、食品素材中の繊維の長軸方向とは異なる方向に切断して調製し凍結処理を行う。又は、凍結後に切断処理でもよい。食品素材の切断によりその後の減圧及び加圧操作による食品素材の膨張効率及び圧縮効率を向上させることができる。
【0035】
第2工程は食品素材の分解酵素、又は油脂と共に分解酵素を塗布する工程である。使用する分解酵素を含有する分解酵素液、あるいは必要に応じて油脂又は油脂エマルションを混合した分解酵素液を、食品素材表面へ分解酵素導と同時に油脂を付着させる。分解酵素導入工程において、食品素材内部へ分解酵素と同時に油脂を導入することができる。
【0036】
第3工程は食品素材への分解酵素導入工程の膨張工程である。表面に分解酵素及び油脂を付着させた食品素材を密閉可能な容器に入れて減圧処理することにより、食品素材は膨張して繊維間に微細な隙間が生じる。このとき、食品素材表面上の分解酵素が繊維間隙の気体と置換し繊維間隙に浸透し、主に食品素材の弾力性に影響を与える結合組織タンパク質部位周囲に容易に導入される。
【0037】
第4工程は食品素材への分解酵素導入工程の圧縮工程である。食品素材を密閉可能な軟包装材に入れ吸引し、密封し、大気圧下に置くことより、軟包装材を介して食品素材全体に圧力を加え、食品素材を圧縮させ、導入された分解酵素を繊維の周辺部で均質化させる。圧縮された食品素材は軟包材に密着固定され、以後の工程での形状変化、ドリップ溶出を最小限に抑制できる。
【0038】
第5工程は食品素材内部で酵素反応を進行させる熟成工程である。使用する酵素の至適温度帯に係らず、酵素反応を至適温度未満、例えば、30℃以下の温度範囲内で制御することにより、食品素材の形状変化、タンパク質変性、ドリップ溶出、過剰分解の抑制及び苦味生成のいずれも抑制することが可能で、弾力性の低下とアミノ酸・ペプチド生成による呈味性の増強を同時に制御できる。
【0039】
本発明の熟成食品は、上記製造方法によって得ることができ、食品素材の形状を保持し、外観が製造前の食品素材と同様の状態で、食品素材に含まれる酵素基質が分解され、特に、硬さに関与している結合組織タンパク質が分解されて弾力性が低下され、アミノ酸やペプチドの低分子物質により呈味性が増強し、軟らかさと味が向上した熟成食品である。弾力性や呈味性の変化度合いは、導入する分解酵素量や酵素反応の時間を調整して、任意のものとすることができる。例えば弾力性は、多重積算バイト測定が可能なテンシプレッサーを用いた物性測定で、背圧応力が完全にゼロにまで低下したもの、呈味性では、アミノ酸及びペプチド含量が、それぞれ10倍量増加したものもある。これらは元の形状を保っており、通常の食品素材と見た目は全く変わらない食品である。更に、食品素材内部への油脂類の導入により、熟成食品の風味をより一層向上させ、脂溶性の栄養成分を導入させることも可能であり、栄養素を強化した機能性食品とすることができる。この熟成食品は、おいしさを向上させた食品であるだけでなく、軟らかさの調節に主眼を置いて製造した形状保持した咀嚼・嚥下困難者用の特定用途食品としても利用できる。
【0040】
上記熟成食品は通常の食品素材と同様の方法で調理して摂取することができる。また得られた熟成食品を新たな食品加工素材として用いて、惣菜、レトルト食品、冷凍食品、真空調理食品、缶詰食品等種々の加工食品に応用できる。
【実施例】
【0041】
次に本発明について実施例より詳細に説明するが,本発明の技術的範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
[実施例1]
オーストラリア産の牛モモ肉の塊を−30℃の冷凍庫で凍結した。完全に凍結した塊肉を電子レンジで(National NE-SV30HA)を用いて半解凍まで解凍し、筋繊維の長軸方向に垂直となるように切断した。切断間隔は1.5cmとし、縦最大幅10cm横最大幅7cm厚さ1.5cmの牛モモ肉ステーキを調製した。調製したステーキ肉は冷蔵庫内で完全に解凍させた。解凍させた牛モモ肉を、リン酸緩衝液(pH5.8)を用いて0.5質量%に調製したプロテアーゼ活性を有する酵素液(プロテアーゼN「アマノ」G:天野エンザイム(株)製)に1分間浸漬した後取り出し、包装容器に入れて容器内が0.01MPaになるまで減圧処理し、食品素材が膨張した状態で1分間保持した。その後、保持状態を解除して再度真空度を高めて0.01MPaにした後、そのまま熱シーラーで密封し、常圧に戻して食品素材を圧縮させた。食品素材を冷蔵して20時間静置して熟成食品とした。この熟成食品はドリップ溶出、形状崩壊、変色はなく、処理前の形状、見た目を維持したままであった。この熟成牛モモ肉を、220℃に加熱したホットプレートで表面を70秒、裏面を100秒加熱処理して熟成食品を調理した。調理した牛モモ肉について、テンシプレッサー((有)タケトモ電機製)を用いた多重積算バイト測定法によって物性を測定した。多重積算バイト測定で得られた測定波形データを図1に示す。また、熟成牛モモ肉をホモジナイズし、肉中に含まれる水溶性タンパク質を水抽出した後、分子量1万Da以下のペプチド量を、ローリー法により分光光度計で測定した。
[比較例1−1]
実施例1と同様に切断した牛モモ肉を、酵素処理せずに実施例1と同様に加熱調理した。調理した未処理牛モモ肉について多重積算バイト測定を行った。得られた測定波形データを図2に示す。また未処理牛モモ肉についても同様に、分子量1万Da以下のペプチド量を測定した。
[比較例1−2]
実施例1と同様に切断した牛モモ肉を、実施例1で用いた酵素液と同様の酵素液に20時間浸漬し、実施例1と同様に加熱調理した。得られた酵素浸漬牛モモ肉について、分子量1万Da以下のペプチド量を測定した。
【0042】
測定波形データ(図1、図2)から、熟成牛モモ肉(実施例1)の最大破断応力値(Tehderness)は未処理牛モモ肉(比較例1−1)と比較して3分の1に低下し、かつ破断応力曲線の積算面積値(Toughness)は約4分の1に低下しており、軟化したことが分かる。また、背圧応力はほぼゼロにまで低下しており、弾力性が低下し容易に噛め、箸で切れる軟らかさであった。また、熟成牛モモ肉中に含まれるペプチド量は2.7g/100gとなり、未処理牛モモ肉0.6g/100gの4.5倍に増加した。酵素浸漬牛モモ肉(比較例1−2)においてはペプチド量が3.4g/100gにまで増加したが、色素溶出、形状崩壊が起こり品質が劣化した。熟成牛モモ肉は、結合組織タンパク質が完全に消失しているが、筋繊維内の筋源繊維自体はほとんど分解されていなかった。調理した熟成牛モモ肉は咀嚼時に筋繊維内から出てくる肉汁と、結合組織タンパク質の分解により生じたアミノ酸及びペプチドの相乗効果によって旨みが増加し、おいしさが向上した。
[実施例2]
鶏ささ身を−30℃の冷凍庫で凍結した。完全に凍結した鶏ささ身を冷蔵庫で半解凍まで解凍し、筋繊維の長軸方向に垂直となるように切断した。切断間隔は1.0cmとし縦最大幅5cm横最大幅1.5cm厚さ1.0cmの鶏ささ身スライスを調製した。調製した鶏ささ身は冷蔵庫内で完全に解凍させた。解凍させた鶏ささ身を、リン酸緩衝液(pH5.8)を用いて0.5質量%に調製したプロテアーゼ活性を有する酵素液(ブロメラインF:天野エンザイム(株)製)に5分間浸漬した後取り出し、包装容器に入れて容器内が0.01MPaになるまで減圧処理し、食品素材が膨張した状態で5分間保持した。その後、保持状態を解除して再度真空度を高めて0.01MPaにした後、そのまま熱シーラーで密封し、常圧に戻して食品素材を圧縮させた。食品素材を冷蔵して1時間静置して熟成食品とした。この熟成食品はドリップ溶出、形状崩壊、変色はなく、処理前の形状、見た目を維持したままであった。この鶏ささ身を、沸騰水中で5分間加熱処理して熟成食品を調理した。調理した鶏ささ身をホモジナイズし、肉中に含まれる水溶性タンパク質を水抽出した後、分子量1万Da以下のペプチド量を、ローリー法により分光光度計で測定した。
[比較例2−1]
実施例2と同様に切断した鶏ささ身を、酵素処理せず、実施例1と同様に加熱調理した。調理した未処理鶏ささ身についても同様に、分子量1万Da以下のペプチド量を測定した。
[比較例2−2]
実施例2と同様に切断した鶏ささ身を実施例2で用いた酵素液と同様の酵素液に1時間浸漬し、実施例2と同様に加熱調理した。得られた酵素浸漬鶏ささ身について、分子量1万Da以下のペプチド量を測定した。
【0043】
ペプチド量を比較した結果、未処理鶏ささ身(比較例2−1)中のペプチド含量が0.2g/100gであったのに対し、熟成鶏ささ身(実施例2)が2.3g/100g、酵素浸漬鶏ささ身(比較例2−2)が1.3g/100gに増加した。熟成鶏ささ身は形状を保持しており未処理肉と見た目の変化はなかったが、酵素浸漬鶏ささ身では肉表面が過剰に酵素分解して溶解した。調理した熟成鶏ささ身は軟らかく、かつ旨みが増加しており、おいしさが向上した。
[実施例3]
スルメイカを−30℃の冷凍庫で凍結した。完全に凍結したイカを電子レンジで(National NE-SV30HA)を用いて半解凍まで解凍し、繊維方向と垂直になるようイカを縦方向に切断した。切断間隔は0.5cmとし,縦最大幅10cm横最大幅0.5cm厚さ0.5cmのイカ切り身を調製した。調製したイカ切り身は冷蔵庫内で完全に解凍させた。解凍させたイカ切り身を、リン酸緩衝液(pH5.8)を用いて0.5質量%に調製したプロテアーゼ活性を有する酵素液(パパインW−40:天野エンザイム(株)製)に1分間浸漬した後取り出し、包装容器に入れて容器内が0.01MPaになるまで減圧処理し、食品素材が膨張した状態で1分間保持した。その後、保持状態を解除して再度真空度を高めて0.01MPaにした後、そのまま熱シーラーで密封し、常圧に戻して食品素材を圧縮させた。食品素材を冷蔵して16時間静置して熟成食品とした。この熟成食品はドリップ溶出、形状崩壊、変色はなく、処理前の形状、見た目を維持したままであった。この熟成イカ切り身を、沸騰水中で5分間加熱処理して熟成食品を調理した。調理したイカ切り身について、テンシプレッサー((有)タケトモ電機製)を用いて単回突き刺し試験法により物性を測定した。詳しくは厚生労働省が定める高齢者用食品の測定方法に準じて行い、直径3mmプランジャー、圧縮率70%、貫入速度10mm/secで測定した。
[比較例3]
実施例3と同様に切断したイカ切り身を、酵素処理せず、実施例3と同様に加熱調理した。調理したイカ切り身について、同様に物性を測定した。
【0044】
未処理イカ切り身(比較例3)の物性値(最大破断応力値)が9.0×105N/m2であったのに対し,熟成イカ切り身(実施例3)では4.4×105N/m2まで低下し、約2分の1の硬さとなった。イカ切り身の硬さは、特に咀嚼時の最大破断応力値と相関性があると考えられ、実際、熟成したイカ切り身は噛み切りやすく軟らかかった。介護食品協議会が定めるユニバーサルデザインフードの硬さ区分では区分1にあたり、容易に噛める硬さであった。
[実施例4−1]
豚モモ肉の塊を−30℃の冷凍庫で凍結した。完全に凍結した塊肉を電子レンジ(National NE-SV30HA)を用いて半解凍まで解凍し、筋繊維の長軸方向に垂直となるように切断した。切断間隔は1.0cmとし、縦最大幅5.0cm横最大幅3.0cm厚さ1.0cmの豚モモ肉スライスを調製した。調製した豚モモ肉は冷蔵庫内で完全に解凍させた。解凍させた豚モモ肉を、リン酸緩衝液(pH5.8)を用いて0.5質量%に調製したプロテアーゼ活性を有する酵素液(プロテアーゼN「アマノ」G:天野エンザイム(株)製)に1分間浸漬した後取り出した。次に、豚油を調製した。豚モモ肉調製時に採取した豚油を加温して溶解後、40℃まで冷却した。この豚油を酵素接触させた豚モモ肉表面に塗布し、包装容器に入れて容器内が0.01MPaになるまで減圧処理し、食品素材が膨張した状態で3分間保持した。その後、保持状態を解除して再度真空度を高めて0.01MPaにした後、そのまま熱シーラーで密封し、常圧に戻して食品素材を圧縮させた。食品素材を冷蔵して20時間静置して熟成食品とした。この熟成食品は表面が固形化した豚油に薄く覆われ、ドリップ溶出、形状崩壊、変色はなく、処理前の形状、見た目を維持したままであった。この熟成豚モモ肉を、220℃に加熱したホットプレートで表面を70秒、裏面を100秒加熱処理して熟成食品を調理した。調理した豚モモ肉について、5人のパネルにより官能試験を行った。官能評価項目は、見た目、ドリップ・色素溶出、軟らかさ、味、香りについて行い、5段階評価した。各評価点は、5点:かなり良好、4点:良好、3点:普通、2点:やや悪い、1点:悪いとし、各パネルの評価点を平均した。
[実施例4−2]
油脂の塗布を行わなかった他は、実施例4−1と同様にして、熟成豚モモ肉を作製し、加熱調理し、官能試験に供した。
[比較例4−1]
実施例4と同様に切断した豚モモ肉を、実施例4で用いた酵素液と同様の酵素液に20時間浸漬し、実施例4と同様に加熱調理して官能試験に供した。
[比較例4−2]
実施例4と同様に切断した豚モモ肉を、酵素処理せずに、実施例4と同様に加熱調理して官能試験に供した。
【0045】
官能評価結果を表1に示す。酵素浸漬豚モモ肉(比較例4−1)では長時間に亘り酵素液に浸漬されており、肉表面が過剰に酵素分解して溶け出し、形状の崩壊とともに酵素液中に色素が溶出し、肉色は薄くなった。味は苦味が増加し、豚肉らしい風味は感じられなかった。そのため評価点も最低であった。一方、豚油を添加した熟成豚モモ肉(実施例4−1)が最も評価が高く、いずれの項目でも評価が高かった。油脂無添加の熟成豚モモ肉(実施例4−2)においても評価は高く十分おいしい豚モモ肉であったが、油脂添加した場合は、油膜により肉表面にツヤが見られ、見た目が更に向上し、豚肉らしい風味も一層向上した。油脂を添加した熟成豚モモ肉では咀嚼後の食塊の形成もしやすく、かつ飲み込みやすいという特徴も見られた。
【0046】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】本発明の熟成食品の製造方法の一例の実施例1の牛モモ肉の多重積算バイト測定波形データを示す図である。
【図2】従来の食品の比較例1−1の牛モモ肉の多重積算バイト測定波形データを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
食品素材の表面に接触させた分解酵素を圧力処理により食品素材の内部に均一に含有させる分解酵素導入工程、分解酵素の作用により食品素材の形状を保持したまま食品素材に含まれる酵素基質を分解させる熟成工程を含む熟成食品の製造方法であって、分解酵素導入工程が、食品素材を減圧処理により形状を保持した状態で膨張させる膨張工程と、膨張した食品素材を元の食品素材の体積より小さい体積に圧縮させる圧縮工程とを有することを特徴とする熟成食品の製造方法。
【請求項2】
膨張工程において、食品素材中の繊維の長軸方向と異なる方向に切断した食品素材を、食品素材内の水が沸騰する圧力以下又は0.04MPa以下の減圧処理を行うことを特徴とする請求項1記載の熟成食品の製造方法。
【請求項3】
膨張行程において、食品素材を元の食品素材の体積に対し1.05倍以上の体積に膨張させることを特徴とする請求項1又は2記載の熟成食品の製造方法。
【請求項4】
圧縮工程において、食品素材を軟包装材中に収納し、吸引により軟包装材を食品素材に密着させ、密封して、大気圧以上に加圧することを特徴とする請求項1から3のいずれか記載の熟成食品の製造方法。
【請求項5】
食品素材が動物性食品素材であって、熟成工程において、分解酵素の作用により筋繊維間の結合組織タンパク質を分解させ、動物性食品素材の弾力性を低下させることを特徴とする請求項1から4のいずれか記載の熟成食品の製造方法。
【請求項6】
熟成工程において、分解酵素を至適温度未満で作用させることを特徴とする請求項1から5のいずれか記載の熟成食品の製造方法。
【請求項7】
分解酵素がプロテアーゼを含み、熟成工程において、プロテアーゼの作用により食品素材内部にアミノ酸及びペプチドを生成させ、呈味性物質を増強させることを特徴とする請求項1から6のいずれか記載の熟成食品の製造方法。
【請求項8】
分解酵素導入工程に先立ち、食品素材の表面に油脂を接触させることを特徴とする請求項1から7のいずれか記載の熟成食品の製造方法。
【請求項9】
膨張工程に先立ち、食品素材を凍結及び解凍させることを特徴とする請求項1から8のいずれか記載の熟成食品の製造方法。
【請求項10】
食品素材に分解酵素を接触させる際、食品素材に分解酵素液を塗布、噴霧若しくは浸漬、又は分解酵素粉末を付着若しくは噴霧することを特徴とする請求項1から9のいずれか記載の熟成食品の製造方法。
【請求項11】
請求項1から10のいずれか記載の熟成食品の製造方法により得られる熟成食品。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−89668(P2009−89668A)
【公開日】平成21年4月30日(2009.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−264554(P2007−264554)
【出願日】平成19年10月10日(2007.10.10)
【出願人】(591079487)広島県 (101)
【Fターム(参考)】