熱アシスト磁気記録媒体、及び磁気記録再生装置
【課題】RTでの熱揺らぎ耐性と高温での書き込みやすさの相克を図れ、記録温度直下での保磁力の温度に対する変化を急峻にでき、低温形成、特定異方性軸配向、グラニュラー化が可能である熱アシスト磁気記録媒体を提供する。
【解決手段】基板上に、TB<TWの高KAFの下層反強磁性膜300、TW<TCの高KFの記録再生層である上層強磁性膜400を順次積層した交換結合膜を含み、反強磁性体をTB<<TN、TB<TC<TNの関係を満たすよう構成し、TB、及びTB<<TNの特質を利用し、保磁力HC対温度の特性を、TW直下TBの温度で階段状に変化させる〔TW:記録温度、TC:キュリー温度、TN:ネール温度、TB:ブロッキング温度、KF:強磁性体の結晶磁気異方性エネルギー定数、KAF:反強磁性体の結晶磁気異方性エネルギー定数〕。
【解決手段】基板上に、TB<TWの高KAFの下層反強磁性膜300、TW<TCの高KFの記録再生層である上層強磁性膜400を順次積層した交換結合膜を含み、反強磁性体をTB<<TN、TB<TC<TNの関係を満たすよう構成し、TB、及びTB<<TNの特質を利用し、保磁力HC対温度の特性を、TW直下TBの温度で階段状に変化させる〔TW:記録温度、TC:キュリー温度、TN:ネール温度、TB:ブロッキング温度、KF:強磁性体の結晶磁気異方性エネルギー定数、KAF:反強磁性体の結晶磁気異方性エネルギー定数〕。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱アシスト磁気記録媒体、及びそれを用いた磁気記録再生装置(HDD)に関する。
【背景技術】
【0002】
近年のコンピューターの処理速度向上に伴い、情報・データの記録・再生機能を担う磁気記録再生装置(HDD)には、高速・高密度化が常に要求されている。しかしながら、現行のCoCrPt系の媒体では高密度化に物理的な限界があり問題視されている。
【0003】
超高密度磁気記録のためには、磁性層における磁化反転ユニット(磁性粒子とほぼ等しい)の体積をかなり小さくしなければならない。しかしながら、磁化反転ユニットを微小化すると、そのユニットが持つ磁気異方性エネルギー〔(結晶磁気異方性エネルギー定数KF)×(磁性粒子の体積VF)。(KFVF)積とも呼ばれている。なお、Fは強磁性体Ferromagnetismの略号である。〕が熱揺らぎエネルギー〔(ボルツマン定数kB)×(温度T)〕よりも小さくなり、もはや磁区を保持することができなくなる。これが熱揺らぎ現象であり、記録密度の物理的限界(熱揺らぎ限界とも呼ばれている)の主因となっている。
【0004】
熱揺らぎによる磁化の反転を防ぐには、KFを大きくすることが考えられる。しかしながら、上記のようなHDD媒体の場合、高速で磁化反転動作を行う(記録する)ときの保磁力HCはKFにほぼ比例するので、記録ヘッドが発生しうる磁界(最大10 kOe)では記録ができなくなってしまう問題に直面する。
【0005】
以上の問題を解決するために熱アシスト磁気記録というアイデアが提案されている。記録層にKFの大きな材料を用い、記録時に記録層を加熱してKF(すなわち、HC)を局所的に小さくすることにより磁気記録を行うというものである。この方式では、媒体の使用環境下(通常はRT:室温)においての記録層のKFが大きくても、現状ヘッドで発生可能な記録磁界で磁化反転が可能になる。
【0006】
しかし、記録時には隣接トラックが多少なりとも加熱されるので、既に記録されている隣接トラックの情報に悪影響を及ぼしたり、熱揺らぎが加速されて記録磁区が消去される現象(クロスイレーズ)が起こり得る。また、記録直後にヘッド磁界がなくなった時点でも媒体がある程度加熱されていることから、やはり熱揺らぎが加速されて、いったん形成された磁区の消失が起こり得る。これらの問題を解決するためには、記録温度近傍においてKF(すなわち、HC)の温度に対する変化をできるだけ急峻にできる材料、すなわち記録温度以下でKF(すなわち、HC)を急激に大きくできる材料を用いる必要がある。しかしながら、現行のCoCrPt系の媒体のKF(すなわち、HC)の温度に対する変化は概ねリニアなので、上記の条件を満たすことができない。
【0007】
この問題を解決するため、特開2001-76331号公報に、「機能層(下層)/記録層(上層)」で構成される交換結合2層媒体が開示されている。同公報によれば、機能層は、記録温度(TW)直下にネール温度(TN)を有する反強磁性体(AF)で構成されることが示されている(AFは反強磁性体Antiferromagnetismの略号)。なお、TNは、AF層内の交換相互作用(2JAF<SAF><SAF>、JAF:AF層内の交換積分、SAF:AFスピン、<>:熱平均)が0となる温度で定義される。〔キュリー温度TCは、F層内の交換相互作用(2JF<SF><SF>、JF:F層内の交換積分、SF:Fスピン)が0となる温度で定義される。〕記録層は、例えば現行のCoCrPt系などの強磁性(F)層で構成される。
【0008】
上で述べた「機能層/記録層」から構成される媒体においては、RTでは「AF/F」の交換結合を形成している。交換結合が生じているが故に、RTでの記録層のKF(すなわち、HC)値を大きな値にまで高められる旨、示されており、これにより熱揺らぎ耐性を高められることが示されている。また、TNの温度で、「AF/F」の磁性状態から「Para./F」(Para.は常磁性Paramagnetismの略号)の磁性状態に遷移することから、記録層のKF(すなわち、HC)値は、TNの温度のところで記録層単膜の値にまで急激に低下することが示されている。すなわち、TNの温度のところで大きなdKF/dT、或いはdHC/dTが得られるとしている。また、TWの温度では、KF(すなわち、HC)値は記録層単膜の値にまで低下することから、小さな記録磁界で記録層に書き込める旨、示されている。
【0009】
なお、特開2000-293802号公報及び特開2002-358616号公報にも、ブロッキング温度TB(≒TN)、及び交換結合相互作用が消失する温度TcE(≒TN)のところで、大きなdHC/dTが得られる旨、或いは、大きなd(KFVF)eff./dT〔(KFVF)eff.:F膜の実効的な(KFVF値)〕が得られる旨の記載がある。
【0010】
また、Appl. Phys. Lett., Vol.82, pp.2859-2861 (2003)に、「FeRh(下層)/FePt(上層)」で構成される磁性膜構造が開示されている。FeRh系材料は、100℃近傍で、AF→Fに相転移する唯一の材料である。この論文によれば、RTでは「AF/F」の交換結合により、FePt膜のHCを高められる旨、示されている。また、AF→F相転移に伴って「AF/F」の磁性状態から「F/F」の磁性状態に遷移することから、FePt膜のHC値は、FeRh膜のAF→F相転移温度(TAF/F)近傍(100℃近傍)のところでFePt単膜の値にまで急激に低下することが示されている。すなわち、FeRh膜のTAF/F値近傍で大きなdHC/dTが得られるとしている。
【0011】
【特許文献1】特開2001-76331号公報
【特許文献2】特開2000-293802号公報
【特許文献3】特開2002-358616号公報
【非特許文献1】Appl. Phys. Lett., Vol.82, pp.2859-2861 (2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
面記録密度テラビット/in2超のHDDを実現するためには、熱揺らぎ限界を打破した熱アシスト磁気記録媒体を実現させる必要がある。超高密度記録対応の熱アシスト磁気記録媒体を実現させるためには、
(1) RTでの熱揺らぎ耐性と高温(TW)での書き込み易さとの相克を図れる媒体であって、
(2) かつ、TW直下でのHCの温度に対する変化を急峻にできる媒体を実現させる必要がある。
(3) しかも、(a)低温形成、(b)特定異方性軸配向〔[111]軸配向、c軸配向、或いはa軸配向〕、(c)グラニュラー化、
を満足できる媒体でなくてはならない。しかしながら、これらを満足できる媒体は、これまで存在していない。
【0013】
上述した特開2001-76331号公報では、下層AF層のTNを利用し、HC対温度特性をTW直下TNの温度のところで階段状に変化させる手段を設けている。しかしながら、RTでの熱揺らぎ耐性と高温(TW)での書き込み易さの相克は図れるものの、以下の理由により、TW直下でのdHC/dTを今ひとつ大きくできない(急峻にできない)ようである。
【0014】
AF層のTNの温度では、AF層中のSAFは熱的に激しく揺らいでおり<SAF>は消失、よって2JAF<SAF><SAF>を持ったAFスピン配列も消失している。従って、上述した「機能層/記録層」の「AF/F」の交換結合膜中の記録層のKF(すなわち、HC)の温度依存性には、TNよりもかなり低い温度から<SAF>の温度依存性(<SAF>が温度上昇とともにブリュアン関数的に低下し、TNで消失するという物理現象)が大きく反映されてしまって、実際にはTW直下でのHCの温度に対する変化はどうしてもだれてしまう。すなわち、下層AF層のTN利用では、TW直下でのdHC/dTを大きくできない。よって、上で述べたような、隣接トラックへの悪影響やクロスイレーズ等の問題を解決できないという問題に直面する。また、TNを利用して熱アシスト磁気記録を行った場合には、AF層内のAFスピンの熱揺らぎが大きい状態のまま交換結合が生じることから、記録磁界の方向に熱アシスト磁気記録ができない事態も起こりうる。
【0015】
同様に、上述した特開2000-293802号公報、及び特開2002-358616号公報でも、下層AF層のTNを利用し、HC対温度特性、及び(KFVF)eff.対温度特性をTB≒TNの温度のところ(なお、TBはTB≒TNかつTB<TN<TCの関係にあることが開示されており、より詳細には、TB<TN<TW<TCの関係にあることが汲み取れる)、及びTcE≒TNの温度のところ(なお、TcEはTcE≒TNかつTcE≒TN<TCの関係にあることが開示されており、より詳細には、TcE≒TN<TW<TCの関係にあることが汲み取れる)で階段状に変化させる手段を得ようとしている。しかしながら、TB≒TN、及びTcE≒TNであるがために、事実上TNの温度のところで大きなdHC/dT、及びd(KFVF)eff./dTを得ようとしていることと同じである。したがって、上で述べたTNの温度付近でのSAFの熱的な揺らぎ、<SAF>の消失、及び2JAF<SAF><SAF>を持ったAFスピン配列の消失が問題となって、TB≒TN、及びTcE≒TNの温度のところでのdHC/dT、及びd(KFVF)eff./dTは実際には急峻とはならない。よって、上で述べたような、隣接トラックへの悪影響やクロスイレーズ等の問題を解決できない。なお、TB≒TN、TcE≒TNを満たすAF材料は、著者の知る限り、NiO、及び一部のγ-FeMnのみである。γ-FeMnの大半は、TB<TN、TcE<TNの関係を有している。但し、その差分は約62℃と小さい。また、TB≒TN、或いはTcE≒TNを利用して熱アシスト磁気記録を行った場合には、AF層内のAFスピンの熱揺らぎが大きい状態のまま交換結合が生じることから、記録磁界の方向に熱アシスト磁気記録ができない事態も起こりうる。
【0016】
一方、上述したAppl. Phys. Lett., Vol.82, pp.2859-2861 (2003)に記載されている「FeRh/FePt」で構成される磁性構造膜においては、FeRh膜のAF→F相転移温度(TAF/F)直下でも、FeRh膜中には大きな<SAF>が残存しており、よって大きな2JAF<SAF><SAF>を持ったAFスピン配列がある。それ故に、FeRh膜のTAF/F値直下でのHC対温度の変化を急峻にでき、上述の隣接トラックへの悪影響やクロスイレーズ等の問題を回避することが可能である。しかしながら、FeRhは規則合金であり、かつ規則化(不規則/規則相変態)させるために必要な熱処理温度が550℃と極めて高く、実用化には不向きである。
【0017】
そこで、本発明の目的は、
(1) RTでの熱揺らぎ耐性と高温(TW)での書き込み易さとの相克を図れる、
(2) TW直下でのHCの温度に対する変化を急峻にできる、
(3) (a)低温形成、(b)特定異方性軸配向〔[111]軸配向、c軸配向、或いはa軸配向〕、(c)グラニュラー化、
の3つを同時に満足できる熱アシスト磁気記録媒体を実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
前記目的(1)及び(2)は、TWを記録温度、TCをキュリー温度、TNをネール温度、TBをブロッキング温度、KFを強磁性体の結晶磁気異方性エネルギー定数、KAFを反強磁性体の結晶磁気異方性エネルギー定数としたとき、基板上に、TB<TWの高KAFの反強磁性体からなる下層膜と、TW<TCの高KFの記録再生層である強磁性体からなる上層膜とを積層した交換結合膜を有し、前記反強磁性体をTB<<TN、TB<TC<TN(より詳細には、TB<TW<TC<TN)の関係を満たすよう構成し、TB及びTB<<TNの特質を利用し、HC対温度の特性を、TW直下TBの温度で階段状に変化させることにより達成される。なお、TBは、
(a) AF/F界面の交換相互作用(2JAF/F<SAF><SF>、JAF/F:AF/F界面の交換積分)が0となる温度、或いは、
(b) 温度上昇に伴って(KAFVAF)積が低下するが、(KAFVAF)値が2JAF/F<SAF><SF>値よりも低くなり始める温度、
で定義される。金属/金属の「AF/F」交換結合の場合は、TBは後者で決まっている材料系が多い。いずれにしても、TBは、上で述べたTN:2JAF<SAF><SAF>が0となる温度、TC: 2JF<SF><SF>が0となる温度、とは異なる。また、本発明の媒体は、TB<TNの特質があることを強調しておく。また、工学的には、TBはAF層側の物理的性質でほぼ決まっている。組み手のF層(Fe系、Co系等)のキュリー温度が非常に高いがために、TBはAF層側の物理的性質で決まっているように見えるのだ、と推察されるが、詳細は分かっていない。
上述のように、TBは、反強磁性材料で決まり、強磁性材料にはあまり依存しない。よって、本明細書では「AF膜のTBやPtMn膜のTB」なる表現を用いてある。さらに、
(KAFVAF)積>(2JAF/F<SAF><SF>)>(KFVF)積の場合:磁化曲線が一方向にシフトする交換結合、
・(KFVF)積>(KAFVAF)積>(2JAF/F<SAF><SF>)の場合:F膜の結晶磁気異方性エネルギーが強いがために、L10 FePtのように2回対称の磁気異方性を持つ材料系では、二方向異方性が生じ、それが磁化曲線に反映されてHCが増大する交換結合、
をするとされている。
【0019】
前記目的(3)に関しては、(a)低温化:Ar放電洗浄法、高Ar圧スパッタリング製膜、(b)例えば[111]軸配向:Ta/Cu(111)シード層の配置、(c)グラニュラー化:高Ar圧スパッタリング製膜による自己組織化的手法、及びL10相とは非固溶なAg、Bi、Sb、Sn、或いはPb添加により達成される。
【0020】
さらに、特開2001-76331号公報、特開2000-293802号公報、及び特開2002-358616号公報からは、交換結合2層媒体のT=TWでの磁性状態は「Para.(下層)/F(上層)」であることが汲み取れる。一方、本発明に係わる交換結合2層媒体のT=TWでの磁性状態は、後ほど詳述するが「AF(下層)/Para.(界面)/F(上層)」である。上記公知技術では「Para./F」の磁性状態に、本発明では「AF/Para.(界面)/F」の磁性状態に、熱磁気記録を行っている点も相違点のひとつである。
【発明の効果】
【0021】
本発明による磁気記録媒体を用いることにより、
(1) RTでの熱揺らぎ耐性と高温(TW)での書き込み易さとの相克を図れる、
(2) TW直下でのHCの温度に対する変化を急峻にできる、
(3) (a)低温形成、(b)特定異方性軸配向〔[111]軸配向、c軸配向、或いはa軸配向〕、(c)グラニュラー化、
の3つを同時に満足できる熱アシスト磁気記録媒体を提供することができる。従って、現行のCoCrPt-SiO2等の垂直磁気記録媒体が直面しようとしている記録密度の限界(熱揺らぎ限界)を打破できる。また、RT〜TW直下TBの温度範囲で、記録再生層は極めて大きな熱揺らぎ耐性と高保磁力を維持できることから、熱アシスト記録時に隣接トラックが裾野温度上昇に伴って多少なりとも加熱されたとしても、隣接トラックに悪影響を及ぼしたりすることはなく、クロスイレーズの問題も回避可能である。よって、テラビット/in2超級の記録密度に対応でき得る熱アシスト磁気記録媒体、及びHDD装置を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、図面を参照して本発明の代表的な実施例について説明する。
【実施例1】
【0023】
図1に、本発明に係わる熱アシスト磁気記録用交換結合2層媒体を示す。この媒体は、基板100上に、下地膜200、ヒートシンク層210、TB<TWの高KAFの反強磁性体(AF)からなる下層膜300、TW<TCの高KFの記録再生層である強磁性体(F)からなる上層膜400、保護膜500を順次積層してなる層を有する。前記反強磁性体をTB<<TN、TB<TC<TNの関係を満たすよう構成する。ここで、TW:記録温度、TC:キュリー温度、TN:ネール温度、TB:ブロッキング温度、KF:強磁性体の結晶磁気異方性エネルギー定数、KAF:反強磁性体の結晶磁気異方性エネルギー定数である。
【0024】
基板100は、例えばガラス基板で構成され、下地膜200は例えばTa膜、ヒートシンク層210は例えばfcc構造を有しかつ熱伝導性に優れるCu膜(比抵抗ρ≦25μΩcm)、下層AF膜300は例えばL10PtMn膜、上層F膜400は例えばL10FePt膜、保護膜500は例えばC膜で構成される。なお、Taシード層/Cuヒートシンク層は、その上方のL10 PtMn/L10 FePt層のシード層の役割も果たしている。低温で形成した場合には、各層の稠密面である非晶質Ta/Cu(111)/L10 PtMn(111)/L10FePt(111)の結晶配向が得られ、(111)配向膜となる。代表的な膜厚は、下地膜200が5nm、ヒートシンク層210が30nm、下層AF膜300が12.5nm、上層F膜400が2.5nm、保護膜500が3nmである。また、Ta/Cu(111)シード層上、L10PtMn(111)/L10 FePt(111)膜はグラニュラー構造を有しており、代表的なグレインサイズは、10nmである。なお、L10PtMn膜のTBは約320℃、L10FePt膜のTCは約470℃、L10PtMn膜のTNは約700℃であったことから、L10PtMn膜は、上述のTB<<TN、TB<TC<TNの関係を満たしている。
【0025】
なお、熱アシスト磁気記録に用いるレーザー光や近接場光の膜内部への侵入深さは、おおよそ30 nmである。また、L10PtMn膜が反強磁性を示すためには12 nm以上の膜厚が必要である。さらに、上述のように最上層に3 nm程度の保護膜が必要である。以上から、L10 FePt膜の最大膜厚は、(レーザー光/近接場光の膜内部への侵入深さ30 nm−保護膜3 nm−L10PtMn必要最小膜厚12 nm)の関係を満足させる必要のあることから、15 nm程度である。一方、L10FePt膜厚を薄くしすぎた場合には、強磁性体になることができず、スーパーパラ磁性体になってしまう。以上のことを考慮すると、L10 FePt膜厚は、約1.3〜15 nmの範囲で構成されなければならない。一方のL10 PtMn膜厚は、(レーザー光/近接場光の膜内部への侵入深さ30 nm−保護膜3 nm−L10FePt膜厚1.3〜15 nm)の関係を満足させる必要のあることから、約12〜25.7 nmの範囲で構成されなければならない。
【0026】
図2(a)は、本発明に係わる熱アシスト磁気記録用交換結合2層媒体中の上層F膜の実効的(KV)/(kBT)値:(KFVF)eff./(kBT)値の温度依存性を示すものである。下層AF膜300が12.5nmのL10PtMn膜、上層F膜400が2.5nmのL10FePt膜で構成され、L10 PtMn/L10 FePtのグレインサイズが10nmの場合の(KFVF)eff./(kBT)値対温度の関係を示してある。(KFVF)eff./(kBT)値を算出するために必要なL10FePt膜のKF値、及びL10PtMn膜のKAF値は、材料特有のdirtyさのファクター(低温形成故の格子欠陥、不純物巻き込み等)を考慮し、それぞれ107 erg/cm3、及び2.5×106erg/cm3とした。
【0027】
上層F膜400のRTでの(KFVF)eff./(kBT)値は、「下層AF膜300/上層F膜400」の2層の「AF/F」の交換結合により、約108と極めて大きな値を示した。L10 FePt単層膜のRTでの(KFVF)/(kBT)値が約48であったことから、「AF/F」交換結合によるL10PtMn膜の大きな(KAFVAF)/(kBT)値約60(RT)の重畳により、極めて大きな値にまで高められることが分かった。さらに、この大きな(KFVF)eff./(kBT)値は、RT〜TBの温度範囲で維持されることが分かった。なお、熱アシスト記録時の (KV)eff./kBTの履歴は、図中に表示した(a)→(b)→(c)→(d)である。
【0028】
図2(b)は、本発明に係わる熱アシスト磁気記録用交換結合2層媒体中の上層F膜のHC対温度の関係を示すものである。上層F膜400のRTでのHC値は、「下層AF膜300/上層F膜400」の2層の「AF/F」の交換結合により、約15 kOeと大きな値を示した。L10 FePt単層膜のRTでのHC値が約8 kOeであったことから、「AF/F」の交換結合により大きな値にまで高められ、かつ記録ヘッドの最大磁界10 kOeを上回ることができることが分かった。さらに、上層F膜400のRTでの大きなHC値は、加温とともにブリュアン関数的に徐々に減少し、下層AF膜300(L10PtMn膜)のTB値である約320℃近傍かつTW≒350℃直下で(すなわち、「AF/F」の交換結合が消失する温度で)急激に減少、以後、上層F単層膜400のHCの温度依存性に従ったHC値を示した。図2(b)においては、TB値近傍かつTW直下で、HC値の温度に対する変化(すなわち、dHC/dT)が極めて急峻(ステップ状あるいは階段状)になっていることを強調したい。また、TW≒350℃近傍での上層F膜400のHC値は、約5.8 kOeであった。現行ヘッドの最大記録磁界は約10 kOeもあるため、TW≒350℃近傍でのHC値約5.8 kOeにまで低下している上層F膜400への書き込み(記録)は容易である。熱アシスト記録時のHCの履歴は、図中に表示した(a)→(b)→(c)→(d)である。
【0029】
なお、TW≒350℃を選択して説明した理由は以下のとおりである:
・L10FePtのTB実測値が約320℃であったが故にTWを320℃以上に設定する必要があったため、
・逆に、TWを高くしすぎると度重なる熱照射により媒体が劣化してしまうため、そして、熱照射による媒体劣化を防止できる最大記録温度は350℃くらいと推定されるため、
である。熱照射による媒体劣化防止のためにはTWをもう少し低く抑えることが望まれるが、その方法等は、実施例2のところで言及する。
【0030】
以上、「下層AF膜300/上層F膜400」の2層の「AF/F」の交換結合により、RT〜TBの温度範囲で極めて大きな熱揺らぎ耐性、及び高HC値が得られることが分かった。また、高温(TW)での書き込みやすさとの相克を図れることが分かった。また、TB値近傍かつTW直下で、HC値の温度に対する変化を急峻にできることが分かった。すなわち、大きなdHC/dTが得られることが分かった。
【0031】
図3は、本発明に係わるFePt膜のオーダーパラメーター(S)対熱処理温度の関係を示すものである。S は、規則化度の度合いを示す物理的パラメーターである。FePt製膜前にAr放電洗浄という前処理を行い、次いで高Arガス圧条件下でFePt膜をスパッタリング製膜して得られた膜についてのS対熱処理温度の関係である。なお、製膜温度はRT、各温度での熱処理時間は0.5 hである。Sは、熱処理温度275℃以上から上昇し、350℃以上で約0.9という値が得られているのが確認できる。このことから、本発明に係わるFePt膜の規則化温度は350℃であることが分かり、現行媒体の最大加熱温度と同程度であることから、実用上の問題はないと言えよう。すなわち、低温形成が可能である。
【0032】
図4(a)は、本発明に係わるTa/Cu/L10PtMn/L10 FePt膜のX線回折プロファイルである。RTで製膜後、350℃-0.5 h熱処理後のX線回折プロファイルである。なお、X線回折には熱酸化シリコン基板上に製膜した試料を用いた。Ta/Cu(111)シード層、L10PtMn膜、及びL10 FePt膜ともに(111)単独配向しているのが確認できる。
【0033】
なお、図4(b)に示すように、350℃-0.5 h熱処理後のFePt(111)のピークシフト量約0.1°がバルクのFePtの不規則/規則相変態に伴うピークシフト量約0.1°と一致していたことから、2θ≒41°付近のピークはL10FePt(111)ピークと判断した。
【0034】
図5は、本発明に係わるL10FePt膜の透過TEM写真である。高Arガス圧条件下でFePt膜をスパッタリング製膜して得られたL10 FePt膜の透過TEM写真である。グレインサイズ約10nm、グラニュラー化構造を有しているのが確認できる。すなわち、高Ar圧スパッタリング製膜による自己組織化的手法だけでグラニュラー化構造を得ることができた。なお、グラニュラー化が不十分な場合には、L10 FePtとは非固溶な元素:Ag、Sn、Pb、Sb、Bi等を第3元素として添加することにより、グラニュラー化を促進させることが可能である。なお、L10 PtMn膜も高Arガス圧条件下でスパッタリング製膜していることから、L10 PtMnもグラニュラー化構造を有していると推察される。事実、以前の別分野(GMR膜)の実験ではグラニュラー化構造を有していた。
【0035】
以上、製膜プロセスの低温化:Ar放電洗浄、高Ar圧スパッタリング製膜、特定異方性軸配向化([111]軸配向化):Ta/Cu(111)シード層の配置、グラニュラー化:高Ar圧スパッタリング製膜による自己組織化的手法、及びL10 FePtとは非固溶元素:Ag、Sn、Pb、Sb、Biの添加で解決が可能である。
【0036】
従って、実施例1に示す「下層AF膜300/上層F膜400」の2層の「AF/F」の交換結合2層媒体を用いることにより、
(1) RTでの熱揺らぎ耐性と高温(TW)での書き込み易さとの相克を図れる、
(2) TW直下でのHCの温度に対する変化を急峻にできる、
(3) (a)低温形成、(b)特定異方性軸配向([111]軸配向)、(c)グラニュラー化、
の3つを同時に満足できる熱アシスト磁気記録媒体を実現することができる。
【0037】
次に、本発明に係わる「下層AF膜300/上層F膜400」から構成される交換結合2層媒体への熱アシスト磁気記録過程について説明する。図6に、「下層AF膜の一つの結晶粒3010/上層F膜の一つの結晶粒4010」より構成される一つの「AF/F」交換結合結晶粒内の熱アシスト磁気記録時のスピン配列の熱履歴の様子を示す。一つの結晶粒内の様子を描写してあるが、一つの磁化反転ユニット内の様子も同じである。ここでは、下層AF膜300、及び下層AF膜の一つの結晶粒3010がL10PtMn〔配向性は(111)配向〕、上層F膜400、及び上層F膜の一つの結晶粒4010がL10FePt〔配向性は(111)配向〕で構成される場合について説明する。なお、L10 PtMn膜のTNは約700℃、L10FePt膜のTCは約470℃であり、L10PtMn膜のTB実測値は約320℃である。TW≒350℃として、以下に説明する。
【0038】
図6(a)に示すように、熱アシスト磁気記録時、T=TWで熱、及び記録磁界10000が媒体上方面から下向きに照射、及び印加されるとする。L10 PtMn膜のTNが約700℃、L10FePt膜のTCが約470℃と、いずれもTW≒350℃より高いことから、T=TWでの「下層AF膜の一つの結晶粒3010/上層F膜の一つの結晶粒4010」より構成される一つの結晶粒内の磁性状態は「AF/F」である。しかしながら、L10 PtMn膜のTBは約320℃であることから、より詳細に磁性状態を記述すると「AF/Para.(界面)/F」である(Para.:常磁性Paramagnetismの略号)。よって、T=TWでは、上層F膜の一つの結晶粒4010中の磁化ベクルは、L10FePtの低HC〔5.8 kOe、図2(b)〕故に容易に下向きに向けられることになる。より詳細には、L10 FePtの磁化容易軸([002]軸、すなわちc軸)は面直方向([111]軸)から53〜54°傾いているがために、本傾斜角を維持した状態で下向きに向けられることになる。しかしながら、交換結合が生じていない状態なので、下層AF膜の一つの結晶粒3010中のAFスピン配列の方向は任意である。
【0039】
すでに述べたように、TB値は、反強磁性材料で決まり、強磁性材料にはあまり依存しない。よって、本明細書では「AF膜のTBやPtMn膜のTB」なる表現を用いてある。
【0040】
図6(b)に示すように、T=TBにまで冷却されると、交換結合が発生する。これに伴い、「下層AF膜の一つの結晶粒3010/上層F膜の一つの結晶粒4010」より構成される一つの結晶粒内の磁性状態は「AF/ Para.(界面)/F」→「AF/F」に遷移する。上層F膜の一つの結晶粒4010中のスピンを下向きに向けるよう、各層、各界面のスピンが揃えられ、フィールドクールされて凍結される。交換結合によって発生する内部磁場は数百kOeにも及ぶとされており、その大きさに負けてしまって下層AF膜の一つの結晶粒3010中のAFスピンは、例えば図6(b)のように揃えられることになる。より詳細には、L10 PtMnの磁化容易軸([002]軸、すなわちc軸)は面直方向([111]軸)から約52°傾いているがために、本傾斜角を維持した状態で図6(b)のように揃えられる。ただ、L10 FePtのKFが極めて大きいが故に、実際には、L10 PtMnの磁化容易軸の面内方向からの傾斜角はL10 FePtと同じ53〜54°になると推察される。
【0041】
また、“TB<<TNの特質”があるが故に、T=TBに冷却された時点で、下層AF膜の一つの結晶粒3010中には、すでに比較的大きな<SAF>があり、よって比較的大きな2JAF<SAF><SAF>を持ったAFスピン配列がある(SAF:AFスピン、<>:熱平均、JAF:AF層内の交換積分)。比較的大きな<SAF>、及び2JAF<SAF><SAF>がある状態でT=TBに冷却された時点で突如「AF/F」の交換結合が形成されることになるため、T=TBの温度で突如HCが急激に(ステップ状に)増大することになる。これが、T=TBの温度でHCの温度に対する変化を急峻にできる理由であり、“TB<<TNの特質”を利用して初めて得られる物理現象であることを強調しておく。すなわち、既に述べた特開2001-76331号公報記載のAF層のTN(<TC)利用や特開2000-293802号公報記載のTB≒TN(<TC)利用、特開2002-358616号公報記載のTcE≒TN(<TC)利用では得られない物理現象である。また、上述のように「AF(下層)/Para.(界面)/F(上層)」(T>TB)→「AF/F」(T≦TB)への磁化遷移を利用し、dHC/dTを大とさせる物理的手段と、Appl. Phys. Lett., Vol.82, pp.2859-2861 (2003)記載の「F(FeRh、下層)/F(FePt、上層)」(T>TAF/F)→「AF/F」(T≦TAF/F)への磁化遷移を利用し、すなわち、比較的大きい<S>を持たせた状態で、比較的大きな<SF>、及び2JF<SF><SF>を有するFeRh強磁性相(T>TAF/F)→比較的大きな<SAF>、及び2JAF<SAF><SAF>(T≦TAF/F)を有するFeRh反強磁性相へ一次相転移することを利用し(S:スピン、JF:F層内の交換積分、<>:熱平均、SF:Fスピン)、dHC/dTを大とさせる物理的手段とでは、全く異なる物理現象を利用していることを強調しておく。dHC/dTを大とさせるためのメカニズムについて、簡単にまとめておくと以下のとおりである。
・本発明:AF膜のTB、及び“TB<<TN”の特質を利用し、TBの温度で下層AF膜に大きな<SAF>を持たせた状態で上層F膜と交換結合させることにより、TBの温度のところで大きなdHC/dTを得る。交換結合2層膜の磁性状態を詳述すると、「AF/Para.(界面)/F」(T>TB)→「AF/フラストレーション磁性(界面)/F」(T≦TB)である。T>TBでは下層AF膜と上層F膜との間に交換結合はなく、TBの温度で、下層AF膜に大きな<SAF>を持たせた状態で突如「AF/F」の交換結合を生じさせるのが大きな特徴である。
・Appl. Phys. Lett., Vol.82, pp.2859-2861 (2003):FeRh膜のTAF/Fを利用し、TAF/Fの温度で下層FeRh膜が大きな<S>を維持した状態で突如<SF>→<SAF>に切り変わることから、本性質を利用し、下層FeRh膜に大きな<SAF>を持たせた状態で上層F膜と交換結合させることにより、TAF/Fの温度のところで大きなdHC/dTを得る。交換結合2層膜の磁性状態を詳述すると、「F/(F+フラストレーション磁性)(界面)/F」(T>TAF/F)→「AF/(フラストレーション磁性)(界面)/F」(T≦TAF/F)である。T>TAF/Fでは下層FeRh膜と上層FePt膜とは「F/F」の交換結合を形成しており、TAF/Fの温度で、下層FeRh膜に大きな<SAF>を持たせた状態で突如「AF/F」の交換結合に切り替わらせるのが大きな特徴である。
【0042】
しかしながら、すでに述べたとおり、Appl. Phys. Lett., Vol.82, pp.2859-2861 (2003)記載の方法でも大きなdHC/dTが得られるが、FeRhは規則合金であり、かつ規則化(不規則/規則相変態)させるために必要な熱処理温度が550℃と極めて高いことから、FeRh系膜は実用化には不向きである。
【0043】
図6(c)に示すようにRT<T<TBにまで冷却されると、各層の磁化ベクトルは大きくなり、図6(d)に示すようにT=RTではさらに大きくなって固定される。以上が、熱アシスト磁気記録過程である。なお、上向きの記録過程については、上述の磁化ベクトルを反対にして考えれば良い。
【0044】
図7は、本発明に係わる[111]軸配向交換結合2層媒体、すなわち傾斜磁気異方性交換結合2層媒体についての記録後の磁化ベクトルの向きを描写したものである。L10 FePtのKFが極めて大きいがため、そして、L10 FePtの磁化容易軸([002]軸、すなわちc軸)が面直方向([111]軸)から53〜54°傾いているがために、面直方向から53〜54°傾いた状態で記録される。また、多結晶であるがゆえに、
・ひとつの磁化反転ユニット:磁化ベクトルは、コーン上の頂点から円弧上の適当な一点に向くように、
・面内方向全体:磁化ベクトルの終点が、円弧状に沿って360°面内均一に回転するように、
記録が行われる。なお、磁化ベクトルの終点が上述のように円弧状に沿って360°面内均一に回転するよう記録が行われたとしても、なんら問題はなく、従来の磁気記録と同じように記録再生できる。さらに、[111]軸配向交換結合2層媒体の場合には、異方性軸が面直方向から約53-54°傾斜しているため、必要記録磁界を垂直磁化膜(c軸配向膜)と比べ30%ほど低減できるという効果もある。
【0045】
ここで、本発明に係わる下層AF膜300は、L10PtMn系のみであることについて簡単に触れておきたい。
【0046】
下層AF膜300には、上層F膜400(L10FePt系)に大きな(KAFVAF)積を重畳させる必要があることから、下層AF膜300には高KAFが求められる。高KAFを有するAF膜は、L10PtMn系膜のみである、と言っても過言ではない。L10 PtMn系膜は、大きな格子歪を有しており、かつPtがMnの磁気モーメントを局在化させる作用を有しているがため、高KAFが得られるもの、と推察される。同様に、記録再生層(上層F膜400)には高KFが求められる。なぜなら、記録再生層が高KFでない場合には、たとえ高KAFを有する反強磁性体の(KAFVAF)/(kBT)積を記録再生層の(KFVF)/(kBT)積に重畳させたとしても、記録再生層の実効的(KV)/(kBT)値:(KFVF)eff./(kBT)値を(RT〜TBの温度範囲で)大きくできないからである。
【0047】
また、TB値近傍での大きなdHC/dT、及びd(KFVF)eff./dTを得るためには、TB値とTN値の差分が大きい必要がある。すなわち、下層AF膜300、301は、“TB<<TN”の特質を有するAF膜で構成される必要がある。理由は分かっていないが、“TB<<TN”の特質を有し、かつTB値とTN値の差分が大きいAF膜は、L10PtMn系膜のみである、と言っても過言ではない。
【0048】
その他、下層AF膜300には上層F膜400と異方性軸がほぼ同じ方向にあること、格子定数が近いことが求められる。図8は、L10 FePtの結晶格子・磁気構造、図9はL10PtMnの結晶格子・磁気構造、図10は、L10 PtMn/L10FePtの(111)面内の結晶格子・磁気構造を描写したものである。
・L10PtMnの格子定数(a、c)は、L10FePtの格子定数に比較的近いこと、
・L10PtMn(111)面間隔(d111)は、L10FePt(111)面間隔に比較的近いこと、
・L10PtMn(111)稠密六方格子の各辺の長さは、L10 FePt(111)稠密六方格子の各辺の長さに比較的近いこと、
・L10PtMnの異方性軸の方向は、L10 FePtの異方性軸の方向とほぼ同じであること、
が確認できる。以上、L10PtMn系膜は、上層F膜400と格子定数・格子パラメーターが近いこと、異方性軸がほぼ同じ方向にあることを明らかにできた。また、格子定数・格子パラメーターが近いこと、異方性軸がほぼ同じ方向にあることから、L10 PtMn系/L10FePt系[111]軸配向交換結合2層媒体では、グレイン間での交換結合のバラツキ、異方性軸のバラツキを極力小に抑えることができると言えよう。すなわち、どの磁化反転ユニットを取り上げてみても、同等な交換結合、同一方向の異方性軸を有している交換結合2層媒体を提供できると言えよう。
【0049】
最後に、上述の交換結合2層媒体では、傾斜磁気異方性磁気記録の場合について述べたが、面内磁気記録に対しても、垂直磁気記録に対しても展開は可能である。
【0050】
さらに、TB、及び“TB<<TN”の特質を利用して熱アシスト磁気記録を行っていることから、そして、TBは、TB<TC<TNの関係にあることから、AFスピンの熱揺らぎ起因の記録損失がないという効果もある。すなわち、特開2001-76331号公報記載のTN(<TC)や特開2000-293802号公報記載のTB≒TN(<TC)、或いは特開2002-358616号公報記載のTcE≒TN(<TC)を利用して熱アシスト磁気記録を行った場合には、TN直下でのKAFが小さいがためにTN直下での(KAFVAF)積が小である。よって、AFスピンの熱揺らぎが大きい状態のままTNやTB≒TN、或いはTcE≒TN以下に冷却・凍結されての「AF/F」交換結合が生じる場合も起こりうることから、記録磁界の方向に熱アシスト磁気記録ができない事態も起こりうる。しかしながら、TB、及び“TB<<TN”の特質を利用して熱アシスト磁気記録を行った場合には、そして、TBが、TB<TC<TNの関係にある場合には、TBの温度のところでのKAF値が大、よって(KAFVAF)積が大であることから、このような記録損失を回避できるという効果もある。
【0051】
さらに、上層膜がL10FePt系膜の場合には、L10 PtMn系膜の規則化温度が230-275℃と低いことから、L10PtMn系膜の規則化の際に生じるDynamic stressがL10FePt系膜の規則化温度を低減するという副次的な効果もある。
【実施例2】
【0052】
度重なる熱照射による媒体劣化防止のためには、TWを下げる必要がある。最大でもTWを275℃くらいに設定することが望まれる。そのためには、下層AF膜300のTBを230℃くらいにまで下げる必要がある。また、高温での書き込みやすさをさらに良くするためには、上層F膜400のTCを350℃くらいにまで下げ、T=TWでのHCを小さくすることが必要とされる。
【0053】
図11は、本発明に係わるL10(Pt50-XAuX)Mn50 (in atomic %)膜中のAu添加量対TB、及びTNの関係を示すものである。L10(Pt50-XAuX)Mn50膜中のTB、及びTNは、Au添加量を増やすにしたがって低くなることが確認できる。Au添加量が約15 atomic%のとき、TB≒230℃が得られることが分かった。なお、L10 (Pt50-XAuX)Mn50膜においても、TB<<TNの特質がある。
【0054】
図12は、L10(Fe50-XNiX)Pt50 (in atomic %)膜中のNi添加量対TCの関係を示すものである。L10(Fe50-XNiX)Pt50膜のTCは、Ni添加量を増やすにしたがって低くなることが確認できる。Ni添加量が約16 atomic%のとき、TC≒350℃が得られることが分かった。
【0055】
上述のように、下層AF膜300のTBを230℃くらいに下げられる材料:L10 Pt35Mn50-Au15、上層F膜400のTCを350℃くらいにまで下げられる材料:L10 Fe34Pt50 -Ni16が得られたことから、本発明に係わる最良の熱アシスト磁気記録用交換結合2層媒体(1例)について以下に説明する。
【0056】
図13に、本発明に係わる熱アシスト磁気記録用交換結合2層媒体を示す。この媒体は、基板101上に、下地膜201、ヒートシンク層211、TB<TWの高KAFの反強磁性体(AF)からなるL10PtMn-Au膜301、TW<TCの高KFの記録再生層である強磁性体(F)からなるL10 FePt-Ni:Ag膜401、保護膜501を順次積層してなる。前記L10PtMn-Au膜301をTB<<TN、TB<TC<TNの関係を満たすようにする。ここで、TW:記録温度、TC:キュリー温度、TN:ネール温度、TB:ブロッキング温度、KF:強磁性体の結晶磁気異方性エネルギー定数、KAF:反強磁性体の結晶磁気異方性エネルギー定数である。また、L10 FePt-Ni:Ag膜401中のAgはL10FePt-Niとは非固溶であるが故に粒界に析出するため(グレイン内には入らないため)、L10 FePt-Ni:Agと“:”マークを入れて表記した。
【0057】
基板101は、例えばガラス基板で構成され、下地膜201は例えばTa膜、ヒートシンク層211は例えばfcc構造を有しかつ熱伝導性に優れるCu膜(比抵抗ρ≦25μΩcm)、下層AF膜301は例えばL10Pt35Mn50-Au15膜、上層F膜401は例えばL10Fe34Pt50-Ni16:Ag膜、保護膜501は例えばC膜で構成される。なお、Taシード層/Cuヒートシンク層は、その上方のL10 PtMn-Au/L10 FePt-Ni:Ag層のシード層の役割も果たしている。低温で形成した場合には、各層の稠密面である非晶質Ta/Cu(111)/L10 Pt35Mn50-Au15(111)/L10Fe34Pt50-Ni16:Ag(111)の結晶配向が得られ、(111)配向膜となる。代表的な膜厚は、下地膜201が5nm、ヒートシンク層211が30nm、下層AF膜301が12.5nm、上層F膜401が2.5nm、保護膜501が3nmである。また、Ta/Cu(111)シード層上、L10PtMn-Au(111)/L10 FePt-Ni:Ag(111)膜はグラニュラー構造を有しており、代表的なグレインサイズは、10nmである。なお、L10Pt35Mn50-Au15膜のTBは約230℃、L10Fe34Pt50-Ni16:Ag膜のTCは約350℃、L10Pt35Mn50-Au15膜のTNは約550℃(図11)であったことから、L10Pt35Mn50-Au15膜は、上述のTB<<TN、TB<TC<TNの関係を満たしている。
【0058】
なお、熱アシスト磁気記録に用いるレーザー光や近接場光の膜内部への侵入深さは、おおよそ30 nmである。また、L10PtMn-Au膜が反強磁性を示すためには、おおよそ12 nm以上の膜厚が必要である。さらに、上述のように最上層に3 nm程度の保護膜が必要である。以上から、L10 FePt-Ni:Ag膜の最大膜厚は、(レーザー光/近接場光の膜内部への侵入深さ30 nm−保護膜3 nm−L10 PtMn-Au必要最小膜厚12 nm)の関係を満足させる必要のあることから、15 nm程度である。一方、L10FePt-Ni:Ag膜厚を薄くしすぎた場合には、強磁性体になることができず、スーパーパラ磁性体になってしまう。以上のことを考慮すると、L10 FePt-Ni:Ag膜厚は、約1.7〜15 nmの範囲で構成されなければならない。一方のL10 PtMn-Au膜厚は、(レーザー光/近接場光の膜内部への侵入深さ30 nm−保護膜3 nm−L10FePt-Ni:Ag膜厚1.7〜15 nm)の関係を満足させる必要のあることから、約12〜25.3 nmの範囲で構成されなければならない。
【0059】
(KFVF)eff./(kBT)値を算出するために必要なL10Fe34Pt50-Ni16:Ag膜のKF値、及びL10Pt35Mn50-Au15膜のKAF値を、材料特有のdirtyさのファクター(すでに述べたが、低温形成故の格子欠陥、不純物巻き込み等)を考慮し、それぞれ7.5×106erg/cm3、及び2.0×106erg/cm3とすると、上層F膜401のRTでの(KFVF)eff./(kBT)値、L10Fe34Pt50-Ni16:Ag単層膜のRTでの(KFVF)/(kBT)値、及びL10Pt35Mn50-Au15膜のRTでの(KAFVAF)/(kBT)値を算出することができ、以下のような熱揺らぎ耐性を論ずることができる。
【0060】
下層AF膜301が12.5nmのL10Pt35Mn50-Au15膜、上層F膜401が2.5nmのL10Fe34Pt50-Ni16:Ag膜で構成され、L10 Pt35Mn50-Au15/L10Fe34Pt50-Ni16:Agのグレインサイズが10nmの場合、上層F膜401のRTでの(KFVF)eff./(kBT)値は、「下層AF膜301/上層F膜401」の2層の「AF/F」の交換結合により、約84と極めて大きな値を示した。L10 Fe34Pt50-Ni16:Ag単層膜のRTでの(KFVF)/(kBT)値が約36であったことから、「AF/F」交換結合によるL10Pt35Mn50-Au15膜の大きな(KAFVAF)/(kBT)値約48(RT)の重畳により、極めて大きな値にまで高められることが分かった。さらに、この大きな(KFVF)eff./(kBT)値は、RT〜TBの温度範囲で維持される。
【0061】
図14は、本発明に係わる熱アシスト磁気記録用交換結合2層媒体中の上層F膜401のHC対温度の関係を示すものである。上層F膜401のRTでのHC値は、「下層AF膜301/上層F膜401」の2層の「AF/F」の交換結合により、約14.1 kOeと大きな値を示した。L10 Fe34Pt50-Ni16:Ag単層膜のRTでのHC値が約6 kOeであったことから、「AF/F」の交換結合により大きな値にまで高められ、かつ記録ヘッドの最大磁界10 kOeを上回ることができることが分かった。さらに、上層F膜401のRTでの大きなHC値は、加温とともにブリュアン関数的に徐々に減少し、下層AF膜301(L10Pt35Mn50-Au15膜)のTB値である約230℃近傍かつTW≒275℃直下で(すなわち、「AF/F」の交換結合が消失する温度で)急激に減少、以後、上層F単層膜401のHCの温度依存性に従ったHC値を示した。図14に示すように、TB値近傍かつTW直下で、HC値の温度に対する変化(すなわち、dHC/dT)が極めて急峻(ステップ状あるいは階段状)になっている。また、TW≒275℃近傍での上層F膜401のHC値は、約2.3 kOeであった。現行ヘッドの最大記録磁界は約10 kOeもあるため、TW≒275℃近傍でのHC値約2.3 kOeにまで低下している上層F膜401への書き込み(記録)は容易である。なお、図14において、熱アシスト磁気記録時のHCの履歴は、図中に表示した(a)→(b)→(c)→(d) である。
【0062】
なお、上ではTW≒275℃として説明してきたが、度重なる熱照射を考慮すると、TWはできれば200℃くらいが望ましい。
【0063】
以上、「下層AF膜301/上層F膜401」の2層の「AF/F」の交換結合により、RT〜TBの温度範囲で極めて大きな熱揺らぎ耐性、及び高HC値が得られることが分かった。また、高温(TW)での書き込みやすさとの相克を図れることが分かった。また、TB値近傍かつTW直下で、HC値の温度に対する変化を急峻にできることが分かった。すなわち、大きなdHC/dTが得られることが分かった。
【0064】
なお、実施例1と同様に、L10FePt-Ni:Ag膜の製膜プロセスの低温化に関してはAr放電洗浄、及び高Ar圧スパッタリング製膜、L10FePt-Ni:Ag膜の特定異方性軸配向化([111]軸配向化)に関してはTa/Cu(111)シード層の配置、L10FePt-Ni:Ag膜のグラニュラー化に関しては高Ar圧スパッタリング製膜による自己組織化的手法、及びL10 FePt-Niとは非固溶な元素:Sn、Pb、Sb、Biの添加で解決が可能である。
【0065】
従って、実施例2に示す「下層AF膜301/上層F膜401」の2層の「AF/F」の交換結合2層媒体を用いることにより、
(1) RTでの熱揺らぎ耐性と高温(TW)での書き込み易さとの相克を図れる、
(2) TW直下でのHCの温度に対する変化を急峻にできる、
(3) (a)低温形成、(b)特定異方性軸配向([111]軸配向)、(c)グラニュラー化、
の3つを同時に満足できる熱アシスト磁気記録媒体を実現することができる。
【0066】
図15は、本発明に係わるL10(Pt50-XPdX)Mn50 (in atomic %)膜中のPd添加量対TB、及びTNの関係を示すものである。L10(Pt50-XPdX)Mn50膜中のTB、及びTNは、Pd添加量を増やすにしたがって低くなることが確認できる。Pd添加量が約35 atomic%のとき、TB≒230℃が得られることが分かった。なお、L10 (Pt50-XPdX)Mn50膜においても、“TB<<TN”の特質がある。加えて、上層F膜401としてL10Fe34Pt50-Ni16:Ag膜を選択した場合には、TB(約230℃)<TC(約350℃)<TN(約600℃、図15)の関係を満たしていることを強調しておく。
【0067】
同様に、図16は、本発明に係わるL10(Pt50-XRhX)Mn50 (in atomic %)膜中のRh添加量対TB、及びTNの関係を示すものである。L10(Pt50-XRhX)Mn50膜中のTB、及びTNは、Rh添加量を増やすにしたがって低くなることが確認できる。Rh添加量が約8 atomic%のとき、TB≒230℃が得られることが分かった。なお、L10 (Pt50-XRhX)Mn50膜においても、“TB<<TN”の特質がある。加えて、上層F膜401としてL10Fe34Pt50-Ni16:Ag膜を選択した場合には、TB(約230℃)<TC(約350℃)<TN(約550℃、図16)の関係を満たしていることを強調しておく。
【0068】
以上から、下層AF膜300、301として、L10PtMn膜、L10 PtMn-Au膜の代わりに、L10PtMn-Pd膜、L10 PtMn-Rh膜を用いることが可能である。
【0069】
最後に、実施例2に係わる熱アシスト磁気記録用交換結合2層媒体の熱アシスト磁気記録過程、T=TBの温度で突如HCが急激に(ステップ状に)増大する理由、記録後の磁化ベクトルの方向(傾斜磁気異方性記録)等は、実施例1とほぼ同じであるため、説明を省略する。
【0070】
さらに、上述の交換結合2層媒体では、傾斜磁気異方性を持って磁気記録されるが、面内磁気記録に対しても、垂直磁気記録に対しても展開は可能である。
【0071】
ここで、上層F膜400、401のTWとTCとの温度関係、及び下層AF膜300、301のTBとTWとの温度関係が逆転した場合について、以下簡単に纏めておく:
・上層F膜400、401のTWとTCとの温度関係がTW>TCの場合:常磁性状態に記録することになるため、書き込みができない。
・下層AF膜300、301のTBとTWとの温度関係がTB>TWの場合:大きな交換結合が生じている上層F膜400、401に記録することになり、書き込みができない。
【0072】
すなわち、どれか一つでも温度関係が逆転してしまうと、TW直下でのHCの温度に対する変化を急峻にできる実施例1、2記載の熱アシスト磁気記録媒体を実現できなくなってしまう。
【0073】
さらに、下層AF膜300、301に、“TB<<TN”のみならず、“TB<TC<TN”の関係を満足させる必要のある理由は以下のとおりである。
・良好かつ安定な熱アシスト磁気記録を行うためには、TB以上の上層F膜400、401の「HC対温度」の特性において、HCの温度に対する変化が比較的ゆるやかとなる温度領域の確保、かつ低HC状態の温度領域の確保が必要であり、これら2つを満たすためにはTBはTCよりも100〜150℃程度低く設定するのが望ましかったこと:TB≒TC−[100〜150℃]、
〔TB値とTC値との差分を大きくしてHCの温度に対する変化が比較的ゆるやかとなる温度領域を広げすぎた場合には、T=TWでのHCが大となって記録困難に陥る恐れがあり、逆に、低HC状態への記録を目指し、TB値とTC値との差分を小さくしすぎた場合には、TWがTCを超えてしまうことが起こりえて記録困難に陥る恐れがあることから、TB値とTC値との差分は上で述べた100〜150℃程度が望ましいと判断した。〕
・TBの温度のところで大きなdHC/dT、及びd(KFVF)eff./dTを得るべく、TBの温度のところでの下層AF膜300、301内の<SAF>、及び2JAF<SAF><SAF>を大とさせるためには、TN値とTB値との差分をできるだけ大きくする必要があり、TNはTBより200〜250℃程度以上高い必要があること:TN≒TB+[200〜250℃(and or above)]≒TC−[100〜150℃]+[200〜250℃(and or above)]≒TC+[50〜150℃(and or above)]、
から、
TB≒TC−[100〜150℃]<TC<TN≒TC+[50〜150℃(and or above)]、
の関係が必要なためであり、よって、“TB<TC<TN”の関係を満足させる必要性があるためである。
【0074】
また、TN<TCの場合、万が一、TWがTC近傍に上昇してしまった時には、下層AF層300、301内の温度がTNを越えてしまうことからAF状態が一瞬消失しPara.状態となる。そして、このPara.状態が冷却過程において再びAF状態に戻ったとき、TN直下でのKAFが小さいがためにTN直下での(KAFVAF)積が小の状態で、すなわち、AFスピンの熱揺らぎが大きい状態のままTB以下に冷却(フィールドクール)・凍結されて「AF/F」の交換結合が生じる場合もあることから記録磁界の方向に熱アシスト磁気記録ができなくなることが起こりうる。この意味でもTC<TNを満足させる必要があり、上で述べたようにTB<TW、TW<TC(すなわちTB<TC)を満足させる必要もあることから、“TB<TC<TN”の関係を満足させる必要がある。
【0075】
上記、記録磁界の方向に熱アシスト磁気記録ができなくなる理由を詳述すると、以下のとおりである。Neelの研究によると磁性体の緩和時間τは、τ=τ0 exp(KV/kBT) (τ0=10−9s)で記述される。TN近傍、或いは直下ではKAF≒0としてτ≒10−9 sのオーダーであり(すなわち、10−9sのオーダーでAFスピンが上下運動・熱揺らぎを起こしており)、熱磁気記録冷却過程においてのTBまでの冷却時間10−9sのオーダーと同程度である。したがって、以下のことが起こりうる。
(a)(TN近傍での熱揺らぎによりランダムな方向に向いている下層AF膜300、301中のAFスピン配列が、しかるべき異方性軸の方向:[001]か[00-1]方向にAFスピン配列が収束するまでの時間)<(TN近傍からTBまでの降温にかかる冷却時間)、を満たす「AF/F」交換結合グレインは記録磁界の方向に応じた方向に交換結合するが、中には、
(b)(TN近傍での熱揺らぎによりランダムな方向に向いている下層AF膜300、301中のAFスピン配列が、しかるべき異方性軸の方向:[001]か[00-1]方向にAFスピン配列が収束するまでの時間)>(TN近傍からTBまでの降温にかかる冷却時間)、を満たす「AF/F」交換結合グレインがある。
(b)の場合、下層AF膜300、301中のAFスピンがランダムな方向を向いたまま「AF/F」交換結合が形成されることになるがゆえ、上層F膜400、401中のスピンの方向は、下層AF膜300、301中のランダムなAFスピンの方向を反映した方向に向けられ、熱磁気記録されることになる。つまり、上層F膜400、401中のスピンもランダムな方向に向けられ、熱磁気記録されてしまう。以上が、TN<TCの場合に、記録磁界の方向に熱磁気記録ができなくなることが起こりうる理由である。なお、ここでは、TWがTNを越えた場合について述べたが、TWがTNを越えなくても、TW がTN近傍に上昇した場合にも、起こりうる現象である。
【0076】
さらに、実施例1、及び2において、ヒートシンク層210、211はCuに限定されない。ヒートシンク層210、211は、fcc構造を有しかつ熱伝導性に優れるAu膜、Ag膜、Pt膜、Pd膜、Rh膜、AuCu膜、PtAu膜、AuAg膜、これらの元素を組み合わせた合金膜、Au3Cu規則相膜、L10 AuCu膜、或いはAuCu3規則相膜で構成されても良い。Au3Cu規則相膜、L10 AuCu膜、或いはAuCu3規則相膜を用いた場合には、Au3Cu規則相膜(バルクの規則化温度:200℃)、L10AuCu膜(バルクの規則化温度:408℃)、AuCu3規則相膜(バルクの規則化温度:390℃)の規則化温度が極めて低いことから、Au3Cu、AuCu、AuCu3の規則化の際に生じるDynamic stressがL10 FePt系膜の規則化温度を低減するという副次的な効果もある。
【0077】
さらに、実施例1、及び2において、ヒートシンク層210、211の下側に設けられる下地膜200、201は、Ta膜に限定されない。ヒートシンク層210、211を構成している上述のfcc金属膜の(111)単独配向が得られる膜であればなんでも良い。例えば、Zr膜、Hf膜、FeNiCr膜、であっても良い。また、Ta/Cu/Ru積層膜、Hf/Cu/Ru積層膜、FeNiCr/Cu/Ru積層膜などの積層膜で構成されてもよい。Ru膜はhcp構造を有するが、Ta/Cu、Hf/Cu、FeNiCr/Cu上ではRu(001)配向を示す。Ru(001)面内と上述のヒートシンク層のfcc(111)面内は、同じ稠密六方格子を有しているがゆえ、Ru(001)面上では、ヒートシンク層のfcc(111)面がエピタキシャル成長し、fcc(111)の単独配向が得られるためである。
【0078】
さらに、実施例1、及び2において、高KFの記録再生層としての上層F膜400、401は、L10FePt系膜に限定されない。上層F膜400、401は、“TB<TC<TN”の関係を満たすよう組成調節がなされたCo基合金膜で構成されても良い。具体的には、SmCo合金膜、CoCr合金膜、CoPt合金膜、CoCrTa合金膜、CoCrPt合金膜、CoCrTaPt合金膜、Co3Pt合金膜、CoCrPt-SiO2合金膜などのCo基合金膜などが挙げられる。
【0079】
また、上層F膜400、401は、“TB<TC<TN”の関係を満たすよう各層の膜厚調節がなされた[Co/Pt]n多層膜や[Co/Pd]n多層膜で構成されても良い。
【0080】
さらに、上層F膜400、401は、“TB<TC<TN”の関係を満たすよう組成調節がなされたTbFe合金膜、TbFeCo合金膜、TbCo合金膜、GdTbFeCo合金膜、GdDyFeCo合金膜、NdFeCo合金膜、NdTbFeCo合金膜などの非晶質希土類(RE)−遷移金属(TM)合金膜で構成されても良い。
【0081】
ただ、以上の材料は、L10FePt系膜と比べるとKF値が小さいがため、RTでの熱揺らぎ耐性:(KFVF)eff./(kBT)値はL10FePt系膜と比べるとどうしても小さくなってしまうであろう。また、以下に述べるように、下層AF膜300、301にL10PtMn系(111)配向膜、上層F膜400、401にCo基合金膜、[Co/Pt]n多層膜や[Co/Pd]n多層膜、及び非晶質RE−TM合金膜を用いた場合には、垂直磁気記録対応交換結合2層媒体となるが、記録再生層に異方性軸の乱れの問題が生じうる。
【0082】
Co基合金膜はL10PtMn系(111)面上でhcp(001)配向、[Co/Pt]n多層膜、及び[Co/Pd]n多層膜はL10PtMn系(111)面上で(111)配向する。したがって、L10PtMn系(111)配向膜上に、Co基(001)配向合金膜、[Co/Pt]n(111)配向多層膜、及び[Co/Pd]n(111)配向多層膜が形成された場合には、Co基(001)配向合金膜、[Co/Pt]n(111)配向多層膜、及び[Co/Pd]n(111)配向多層膜の異方性軸が面直方向、すなわち垂直磁化方向にあるがために垂直磁気記録対応交換結合2層媒体となる。しかしながら、L10 PtMn系(111)配向膜の異方性軸は面直方向から約52°傾いた方向にある(図10参考)。したがって、Co基(001)配向合金膜、[Co/Pt]n(111)配向多層膜、及び[Co/Pd]n(111)配向多層膜の異方性軸(面直方向)と、L10 PtMn系(111)配向膜の異方性軸(面直方向から約52°傾いた方向)、との間に異方性軸の不一致が生じ、「AF/F」の交換結合により、記録再生層を担うCo基(001)配向合金膜、[Co/Pt]n(111)配向多層膜、及び[Co/Pd]n(111)配向多層膜に異方性軸の乱れが生じうる。すなわち、Co基(001)配向合金膜、[Co/Pt]n(111)配向多層膜、及び[Co/Pd]n(111)配向多層膜の異方性軸は、面直方向からはやや乱されてしまう。したがって、これらの材料を記録再生層として用いる場合には、面直方向からの異方性軸の乱れを極力小とすべく、Co基合金膜、[Co/Pt]n多層膜、及び[Co/Pd]n多層膜の(KFVF)積を、L10PtMn系膜の(KAFVAF)積よりも大きくする等の工夫が必要とされる。
【0083】
また、上記RE−TM合金膜は、下地がなんであろうと非晶質となり、異方性軸の方向は面直方向、すなわち垂直磁化方向にある。したがって、L10 PtMn系(111)配向膜上に、RE−TM合金膜が形成された場合も、RE−TM合金膜の異方性軸が面直方向、すなわち垂直磁化方向にあるがために垂直磁気記録対応交換結合2層媒体となる。しかしながら、L10 PtMn系(111)配向膜の異方性軸の方向は、上でも述べたように面直方向から約52°傾いた方向にある。よって、RE−TM合金膜を用いた場合にも異方性軸の不一致の問題が生じ、「AF/F」の交換結合により、記録再生層を担うRE−TM合金膜に異方性軸の乱れが生じうる。この場合も、面直方向からの異方性軸の乱れを極力小とすべく、RE−TM合金膜の(KFVF)積を、L10PtMn系膜の(KAFVAF)積よりも大きくする等の工夫が必要とされる。
【0084】
上層F膜400、401として、RE−TM合金膜を選択した場合には、下層AF膜300、301を構成しているL10PtMn系膜の結晶配向性を(002)配向とさせて異方性軸の方向を面直方向、すなわち垂直磁化方向に変え、RE−TM合金膜の異方性軸の方向(面直方向、すなわち垂直磁化方向)とL10 PtMn系膜の異方性軸の方向を一致させることが可能である。この場合、L10 PtMn系膜を(002)配向させる必要があることから、この場合に限り、下地膜200、201/ヒートシンク層210、211は、下記のいずれかの組み合わせにより構成されなければならない。Fe(002)/Pt(002)膜、Cr(002)/Pt(002)膜、CrRu(002)/Pt(002)膜、RuAl(002)/Pt(002)膜、Fe(002)/Au(002)膜、Cr(002)/Au(002)膜、CrRu(002)/Au(002)膜、RuAl(002)/Au(002)膜、Fe(002)/Ag(002)膜、Cr(002)/Ag(002)膜、CrRu(002)/Ag(002)膜、RuAl(002)/Ag(002)膜、MgO(002)/Pt(002)膜、MgO(002)/Au(002)膜、MgO(002)/Ag(002)膜、[MgO(002)/Fe(002)]/Pt(002)膜、[MgO(002)/Cr(002)]/Pt(002)膜、[MgO(002)/CrRu(002)]/Pt(002)膜、[MgO(002)/Fe(002)]/Au(002)膜、[MgO(002)/Cr(002)]/Au(002)膜、[MgO(002)/CrRu(002)]/Au(002)膜、[MgO(002)/Fe(002)]/Ag(002)膜、[MgO(002)/Cr(002)]/Ag(002)膜、或いは、[MgO(002)/CrRu(002)]/Ag(002)膜で構成されなければならない。
【0085】
上に挙げた下地膜/ヒートシンク層は、L10PtMn系膜、L10 FePt系膜をともに(002)配向させ、異方性軸の方向をともに面直方向、すなわち垂直磁化方向とさせ、垂直磁気記録対応「L10 PtMn系(AF)/L10FePt系(F)」交換結合2層媒体を得る上でも大変有効なシード層として機能しうる。
【0086】
さらに、実施例1、及び2において、下層AF膜300、301は、L10NiMn膜、γ-FeMn膜、γ-MnIr膜、γ-MnRh膜、γ-MnRu膜、γ-MnNi膜、γ-MnPt膜、γ-MnPd膜、γ-Mn(PtRh)膜、γ-Mn(RuRh)膜、規則相Mn75Ir25膜で構成されても良い。また、不規則相CrMnM膜で構成されても良い。第3元素Mとしては、Pt、Rh、Pd、及びCuが良く、これらの元素のうち2種類以上を組み合わせて添加しても良い。さらに、下層AF膜300、301は、今後、規則化温度を350℃以下に低減できる技術が確立されれば、100-200℃近傍でAF→F相転移するFeRh系、或いはFeRhIr系の材料で構成されても良い。ただ、以上のAF膜は、L10 PtMn系膜と比べるとKAF値が小さいがため、TW直下TBの温度のところでのHCの変化分は、L10PtMn系膜と比べるとどうしても小さくなってしまうであろう。また、L10 PtMn系膜と比べるとTB値とTN値の差分が小さいため、この意味でもTW直下TBの温度のところでのHCの変化分は、L10PtMn系膜と比べるとどうしても小さくなってしまう。
【0087】
上層F膜400、401は、FePtにCoを添加したL10FePtCo膜、L10 FePtCo:Ag膜、FePtCoにNiを添加したL10FePtCo-Ni膜、L10 FePtCo-Ni:Ag膜、或いは、L10CoPt膜、L10 CoPt:Ag膜、CoPtにNiを添加したL10CoPt-Ni膜、L10 CoPt-Ni:Ag膜、CoPtにPdを添加したL10CoPtPd膜、L10 CoPtPd:Ag膜、CoPtPdにNiを添加したL10CoPtPd-Ni膜、L10 CoPtPd-Ni:Ag膜で構成されても良い。また、L10 FePd膜、L10 FePd:Ag膜、FePdにPtを添加したL10FePdPt膜、L10 FePdPt:Ag膜、或いは、FePdPtにNiを添加したL10FePdPt-Ni膜、L10 FePdPt-Ni:Ag膜で構成されても良い。
【0088】
また、L10FePt:M膜、L10 FePtCo:M膜、L10FePtCo-Ni:M膜、L10 CoPt:M膜、L10CoPt-Ni:M膜、L10 CoPtPd:M膜、L10CoPtPd-Ni:M膜、L10 FePd:M膜、L10FePdPt:M膜、或いは、L10 FePdPt-Ni:M膜で構成されても良い。粒界に析出する第3元素Mとしては、上で述べたAgの他に、Cu、Sn、Pb、Sb、Bi、B、及びCでも良く、これらの元素のうち2種類以上を組み合わせて添加しても良い。なお、第3元素Mとして、AgやCuなど化学的に貴な元素を選択した場合には、粒界での微量酸素の付着を極力小とすることができる。微量酸素の存在は、L10 FePt系膜、及びL10CoPt系膜の規則化温度低減を妨害することから、AgやCuは規則化温度低減にとって望ましい第3元素Mと言えよう。
【0089】
保護膜500、501は、Cu膜、Cr膜、Ta膜、Ru膜、Pd膜、Ag膜、Pt膜、或いはAu膜、で構成されても良い。2種類以上を組み合わせてもよい。これらのうち、Cu、Ru、Pd、Ag、Pt、或いはAuなど化学的に貴な元素を選択した場合には、L10 FePt系膜、及びL10CoPt系膜表面での微量酸素の付着を極力小とすることができる。上でも述べたが、微量酸素の存在は、L10 FePt系膜、及びL10CoPt系膜の規則化温度低減を妨害することから、Cu、Ru、Pd、Ag、Pt、或いはAuなどは規則化温度低減にとって望ましい保護膜と言えよう。ただ、これらの化学的に貴な材料は、低抵抗ゆえに熱が横方向に拡散する要因となるため、できる限り薄くする等の工夫が必要とされる。さらに、保護膜500、501は、SiNなどの窒化物で構成されていても良い。
【0090】
さらに、下地膜200、201の下側にSUL層(Soft underlayer層)を設けても構わない。
さらに、本発明に係わる「下層AF膜300、301のTBを利用し、然るべき温度のところでdHC/dTを大とさせる」ことの基本コンセプトは、MRAM(Magnetic random access memory)にも展開が可能である。
【実施例3】
【0091】
図17は、本発明による熱アシスト磁気記録媒体を用いた磁気ディスク装置の一実施例を示す図である。磁気記録装置としての磁気ディスク装置に本発明による熱アシスト磁気記録媒体を適用した概要を示すものである。しかしながら、本発明の熱アシスト磁気記録媒体は、例えば、磁気テープ装置などのような磁気記録装置、光磁気ディスク装置にも適用することが可能である。
【0092】
図示した磁気ディスク装置は、同心円状のトラックと呼ばれる記録領域にデータを記録するための、ディスク状に形成された本発明による熱アシスト磁気記録媒体としての磁気ディスク10と、上記データを書き込み、読み取りする、該熱アシスト磁気記録媒体を暖めるための近接場光、レーザー光照射手段が設けられている磁気ヘッド18と、該磁気ヘッド18を支え磁気ディスク10上の所定位置へ移動させるアクチュエータ24と、磁気ディスク10を回転させるモーター14と、磁気ヘッド18が読み取り、書き込みするデータの送受信、アクチュエータ手段の移動、モーター14の回転数、及びディスク10上の記録時の温度TWを(TB<TW<TC<TNの温度範囲に)制御する制御手段26とを含み構成される。
【0093】
さらに、構成と動作について以下に説明する。少なくとも一枚の回転可能な磁気ディスク10が回転軸12によって支持され、駆動用モーター14によって回転させられる。少なくとも一個のスライダ16が、磁気ディスク10上に設置され、該スライダ16は、一個以上設けられており、読み取り、書き込みするための磁気ヘッド18を支持している。
【0094】
磁気ディスク10が回転すると同時に、スライダ16がディスク表面を移動することによって、目的とするデータが記録されている所定位置へアクセスされる。スライダ16は、ジンバル20によってアーム22に取り付けられる。ジンバル20はわずかな弾力性を有し、スライダ16を磁気ディスク10に密着させる。アーム22はアクチュエータ24に取り付けられる。なお、図17には、ジンバルに保持されたスライダ16の拡大摸式図を同時に図示してある。
【0095】
アクチュエータ24としてはボイスコイルモーターがある。ボイスコイルモーターは固定された磁界中に置かれた移動可能なコイルからなり、コイルの移動方向及び移動速度等は、制御手段26からライン30を介して与えられる電気信号によって制御される。従って、本実施例によるアクチュエータ手段は、例えば、スライダ16とジンバル20とアーム22とアクチュエータ24とライン30を含み構成されるものである。
【0096】
磁気ディスクの動作中、磁気ディスク10の回転によってスライダ16とディスク表面の間に空気流によるエアベアリングが生じ、それがスライダ16を磁気ディスク10の表面から浮上させる。従って、磁気ディスク装置の動作中、本エアベアリングはジンバル20のわずかな弾性力とバランスをとり、スライダ16は磁気ディスク表面にふれずに、かつ磁気ディスク10と一定間隔を保って浮上するように維持される。
【0097】
通常、制御手段26はロジック回路、メモリ、及びマイクロプロセッサなどから構成される。そして、制御手段26は、各ラインを介して制御信号を送受信し、かつ磁気ディスク装置の種々の構成手段を制御する。例えば、モーター14はライン28を介し伝達されるモーター駆動信号によって制御される。アクチュエータ24はライン30を介したヘッド位置制御信号及びシーク制御信号等によって、その関連する磁気ディスク10上の目的とするデータートラックへ選択されたスライダ16を最適に移動、位置決めするように制御される。ディスク10上の記録時の温度TWはライン32を介したレーザーパワー制御信号や照射時間制御信号などの温度制御信号により、ディスク10上のTWがTB<TW<TC<TNの温度範囲になるよう制御される。
【0098】
そして、制御手段26は、磁気ヘッド18が磁気ディスク10のデータを読み取り変換した電気信号を、ライン32を介して受信し解読する。また、磁気ディスク10にデータとして書き込むための電気信号、熱アシスト(加温)するための電気信号を、ライン32を介して磁気ヘッド18に送信する。すなわち、制御手段26は、磁気ヘッド18が読み取り又は書き込みする情報の送受信を制御している。
【0099】
なお、上記の読み取り、書き込み信号は、磁気ヘッド18から直接伝達される手段も可能である。また、制御信号として例えばアクセス制御信号及びクロック信号などがある。さらに、磁気ディスク装置は複数の磁気ディスクやアクチュエータ等を有し、該アクチュエータが複数の磁気ヘッドを有してもよい。
【0100】
次に、図18を参照して、磁気ヘッド18の例について説明する。磁気ヘッド18は、熱アシスト磁気記録ヘッド181と再生ヘッド182とを含み、構成される。
【0101】
熱アシスト磁気記録ヘッド181は、少なくとも下部磁気コア1810と、コイル1811と、例えばコイル1811と上部磁気コア1813との中間に設けられているレーザー光1814を通すための導波路1812と、上部磁気コア1813とを含み構成される。浮上面1830にはAu薄帯などで構成されるナノ光源1815が配置されており、レーザー光1814がナノ光源1815の(浮上面とは反対側の)胴体部に照射されるよう配置されている。ナノ光源1815先端部は、例えば幅数十nm以下のBeaked apex形状を有している。ナノ光源1815にレーザー光1814を照射し、ナノ光源1815内にプラズモンを励起させる。プラズモンが励起されると、ナノ光源1815先端部からいわゆる近接場光1816(光スポット径数十nm以下)が発生する。近接場光1816により、熱アシスト磁気記録媒体10を局所的に所望の温度、すなわちTB<TW<TC<TNを満たす温度TWに加熱させて、ほぼ同時に熱アシスト磁気記録ヘッド181からの記録磁界を熱アシスト磁気記録媒体10に印加することで熱アシスト磁気記録を行うようにする。一方の再生ヘッド182は、少なくとも下部シールド1821と、GMRヘッド、或いはTMRヘッドなどの高感度再生センサ1822と、上部シールド1823とを含み構成される。
【図面の簡単な説明】
【0102】
【図1】本発明に係わる下層反強磁性膜/記録再生用上層強磁性膜より構成される熱アシスト磁気記録用交換結合2層媒体の拡大断面図。
【図2】熱アシスト磁気記録用交換結合2層媒体中の記録再生用上層強磁性膜の実効的(KFVF)/kBT値:(KFVF)eff./kBT値の温度依存性を示す図。
【図3】FePt膜のオーダーパラメーター(S)の熱処理温度依存性を示す図。
【図4】Ta/Cu/L10PtMn/L10 FePt膜のX線回折プロファイルを示す図。
【図5】L10FePt膜の透過TEM写真を示す図。
【図6】本発明に係わる熱アシスト磁気記録用交換結合2層媒体への熱アシスト磁気記録中のスピン配列の履歴の様子を示す図。
【図7】本発明に係わる[111]軸配向交換結合2層媒体(傾斜磁気異方性媒体)についての記録後の磁化ベクトルの様子を示す図。
【図8】L10FePtの結晶構造・磁気構造の説明図。
【図9】L10PtMnの結晶構造・磁気構造の説明図。
【図10】L10PtMn/ L10 FePt膜の(111)面内の結晶格子・磁気構造の説明図。
【図11】L10(Pt50-XAuX)Mn50 (in atomic %)膜中のAu添加量対TB、及びTNの関係を示す図。
【図12】L10(Fe50-XNiX)Pt50 (in atomic %)膜中のNi添加量対TCの関係を示す図。
【図13】L10PtMn-Au反強磁性(下層)/L10 FePt-Ni:Ag記録再生用強磁性膜(上層)より構成される熱アシスト磁気記録用交換結合2層媒体の拡大断面図。
【図14】図13の熱アシスト磁気記録用交換結合2層媒体中のL10 FePt-Ni:Ag記録再生用強磁性膜の保磁力(HC)の温度依存性を示す図。
【図15】L10(Pt50-XPdX)Mn50 (in atomic %)膜中のPd添加量対TB、及びTNの関係を示す図。
【図16】L10(Pt50-XRhX)Mn50 (in atomic %)膜中のRh添加量対TB、及びTNの関係を示す図。
【図17】本発明による熱アシスト磁気記録媒体を用いた磁気ディスク装置を示す模式図。
【図18】磁気ヘッドの例を示す図。
【符号の説明】
【0103】
10 磁気ディスク、12 回転軸、14 モーター、16 スライダ、18 磁気ヘッド、20 ジンバル、22 アーム、24 アクチュエータ、26 制御手段、28,30,32 ライン、100 基板、101 基板、181 熱アシスト磁気記録ヘッド、182 再生ヘッド、200 下地膜、201 下地膜、210 ヒートシンク層、211 ヒートシンク層、300 下層反強磁性膜、301 下層L10PtMn-Au反強磁性膜、400 記録再生用上層強磁性膜、401 記録再生用上層L10FePt-Ni:Ag強磁性膜、500 保護膜、501 保護膜、1810 下部磁気コア、1811 コイル、1812 導波路、1813 上部磁気コア、1814 レーザー光、1815 ナノ光源、1816 近接場光、1821 下部シールド、1822 高感度再生センサ、1823 上部シールド、3010 下層反強磁性膜の結晶粒(グレイン)、4010 上層強磁性膜の結晶粒(グレイン)、10000 熱、及び記録磁界
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱アシスト磁気記録媒体、及びそれを用いた磁気記録再生装置(HDD)に関する。
【背景技術】
【0002】
近年のコンピューターの処理速度向上に伴い、情報・データの記録・再生機能を担う磁気記録再生装置(HDD)には、高速・高密度化が常に要求されている。しかしながら、現行のCoCrPt系の媒体では高密度化に物理的な限界があり問題視されている。
【0003】
超高密度磁気記録のためには、磁性層における磁化反転ユニット(磁性粒子とほぼ等しい)の体積をかなり小さくしなければならない。しかしながら、磁化反転ユニットを微小化すると、そのユニットが持つ磁気異方性エネルギー〔(結晶磁気異方性エネルギー定数KF)×(磁性粒子の体積VF)。(KFVF)積とも呼ばれている。なお、Fは強磁性体Ferromagnetismの略号である。〕が熱揺らぎエネルギー〔(ボルツマン定数kB)×(温度T)〕よりも小さくなり、もはや磁区を保持することができなくなる。これが熱揺らぎ現象であり、記録密度の物理的限界(熱揺らぎ限界とも呼ばれている)の主因となっている。
【0004】
熱揺らぎによる磁化の反転を防ぐには、KFを大きくすることが考えられる。しかしながら、上記のようなHDD媒体の場合、高速で磁化反転動作を行う(記録する)ときの保磁力HCはKFにほぼ比例するので、記録ヘッドが発生しうる磁界(最大10 kOe)では記録ができなくなってしまう問題に直面する。
【0005】
以上の問題を解決するために熱アシスト磁気記録というアイデアが提案されている。記録層にKFの大きな材料を用い、記録時に記録層を加熱してKF(すなわち、HC)を局所的に小さくすることにより磁気記録を行うというものである。この方式では、媒体の使用環境下(通常はRT:室温)においての記録層のKFが大きくても、現状ヘッドで発生可能な記録磁界で磁化反転が可能になる。
【0006】
しかし、記録時には隣接トラックが多少なりとも加熱されるので、既に記録されている隣接トラックの情報に悪影響を及ぼしたり、熱揺らぎが加速されて記録磁区が消去される現象(クロスイレーズ)が起こり得る。また、記録直後にヘッド磁界がなくなった時点でも媒体がある程度加熱されていることから、やはり熱揺らぎが加速されて、いったん形成された磁区の消失が起こり得る。これらの問題を解決するためには、記録温度近傍においてKF(すなわち、HC)の温度に対する変化をできるだけ急峻にできる材料、すなわち記録温度以下でKF(すなわち、HC)を急激に大きくできる材料を用いる必要がある。しかしながら、現行のCoCrPt系の媒体のKF(すなわち、HC)の温度に対する変化は概ねリニアなので、上記の条件を満たすことができない。
【0007】
この問題を解決するため、特開2001-76331号公報に、「機能層(下層)/記録層(上層)」で構成される交換結合2層媒体が開示されている。同公報によれば、機能層は、記録温度(TW)直下にネール温度(TN)を有する反強磁性体(AF)で構成されることが示されている(AFは反強磁性体Antiferromagnetismの略号)。なお、TNは、AF層内の交換相互作用(2JAF<SAF><SAF>、JAF:AF層内の交換積分、SAF:AFスピン、<>:熱平均)が0となる温度で定義される。〔キュリー温度TCは、F層内の交換相互作用(2JF<SF><SF>、JF:F層内の交換積分、SF:Fスピン)が0となる温度で定義される。〕記録層は、例えば現行のCoCrPt系などの強磁性(F)層で構成される。
【0008】
上で述べた「機能層/記録層」から構成される媒体においては、RTでは「AF/F」の交換結合を形成している。交換結合が生じているが故に、RTでの記録層のKF(すなわち、HC)値を大きな値にまで高められる旨、示されており、これにより熱揺らぎ耐性を高められることが示されている。また、TNの温度で、「AF/F」の磁性状態から「Para./F」(Para.は常磁性Paramagnetismの略号)の磁性状態に遷移することから、記録層のKF(すなわち、HC)値は、TNの温度のところで記録層単膜の値にまで急激に低下することが示されている。すなわち、TNの温度のところで大きなdKF/dT、或いはdHC/dTが得られるとしている。また、TWの温度では、KF(すなわち、HC)値は記録層単膜の値にまで低下することから、小さな記録磁界で記録層に書き込める旨、示されている。
【0009】
なお、特開2000-293802号公報及び特開2002-358616号公報にも、ブロッキング温度TB(≒TN)、及び交換結合相互作用が消失する温度TcE(≒TN)のところで、大きなdHC/dTが得られる旨、或いは、大きなd(KFVF)eff./dT〔(KFVF)eff.:F膜の実効的な(KFVF値)〕が得られる旨の記載がある。
【0010】
また、Appl. Phys. Lett., Vol.82, pp.2859-2861 (2003)に、「FeRh(下層)/FePt(上層)」で構成される磁性膜構造が開示されている。FeRh系材料は、100℃近傍で、AF→Fに相転移する唯一の材料である。この論文によれば、RTでは「AF/F」の交換結合により、FePt膜のHCを高められる旨、示されている。また、AF→F相転移に伴って「AF/F」の磁性状態から「F/F」の磁性状態に遷移することから、FePt膜のHC値は、FeRh膜のAF→F相転移温度(TAF/F)近傍(100℃近傍)のところでFePt単膜の値にまで急激に低下することが示されている。すなわち、FeRh膜のTAF/F値近傍で大きなdHC/dTが得られるとしている。
【0011】
【特許文献1】特開2001-76331号公報
【特許文献2】特開2000-293802号公報
【特許文献3】特開2002-358616号公報
【非特許文献1】Appl. Phys. Lett., Vol.82, pp.2859-2861 (2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
面記録密度テラビット/in2超のHDDを実現するためには、熱揺らぎ限界を打破した熱アシスト磁気記録媒体を実現させる必要がある。超高密度記録対応の熱アシスト磁気記録媒体を実現させるためには、
(1) RTでの熱揺らぎ耐性と高温(TW)での書き込み易さとの相克を図れる媒体であって、
(2) かつ、TW直下でのHCの温度に対する変化を急峻にできる媒体を実現させる必要がある。
(3) しかも、(a)低温形成、(b)特定異方性軸配向〔[111]軸配向、c軸配向、或いはa軸配向〕、(c)グラニュラー化、
を満足できる媒体でなくてはならない。しかしながら、これらを満足できる媒体は、これまで存在していない。
【0013】
上述した特開2001-76331号公報では、下層AF層のTNを利用し、HC対温度特性をTW直下TNの温度のところで階段状に変化させる手段を設けている。しかしながら、RTでの熱揺らぎ耐性と高温(TW)での書き込み易さの相克は図れるものの、以下の理由により、TW直下でのdHC/dTを今ひとつ大きくできない(急峻にできない)ようである。
【0014】
AF層のTNの温度では、AF層中のSAFは熱的に激しく揺らいでおり<SAF>は消失、よって2JAF<SAF><SAF>を持ったAFスピン配列も消失している。従って、上述した「機能層/記録層」の「AF/F」の交換結合膜中の記録層のKF(すなわち、HC)の温度依存性には、TNよりもかなり低い温度から<SAF>の温度依存性(<SAF>が温度上昇とともにブリュアン関数的に低下し、TNで消失するという物理現象)が大きく反映されてしまって、実際にはTW直下でのHCの温度に対する変化はどうしてもだれてしまう。すなわち、下層AF層のTN利用では、TW直下でのdHC/dTを大きくできない。よって、上で述べたような、隣接トラックへの悪影響やクロスイレーズ等の問題を解決できないという問題に直面する。また、TNを利用して熱アシスト磁気記録を行った場合には、AF層内のAFスピンの熱揺らぎが大きい状態のまま交換結合が生じることから、記録磁界の方向に熱アシスト磁気記録ができない事態も起こりうる。
【0015】
同様に、上述した特開2000-293802号公報、及び特開2002-358616号公報でも、下層AF層のTNを利用し、HC対温度特性、及び(KFVF)eff.対温度特性をTB≒TNの温度のところ(なお、TBはTB≒TNかつTB<TN<TCの関係にあることが開示されており、より詳細には、TB<TN<TW<TCの関係にあることが汲み取れる)、及びTcE≒TNの温度のところ(なお、TcEはTcE≒TNかつTcE≒TN<TCの関係にあることが開示されており、より詳細には、TcE≒TN<TW<TCの関係にあることが汲み取れる)で階段状に変化させる手段を得ようとしている。しかしながら、TB≒TN、及びTcE≒TNであるがために、事実上TNの温度のところで大きなdHC/dT、及びd(KFVF)eff./dTを得ようとしていることと同じである。したがって、上で述べたTNの温度付近でのSAFの熱的な揺らぎ、<SAF>の消失、及び2JAF<SAF><SAF>を持ったAFスピン配列の消失が問題となって、TB≒TN、及びTcE≒TNの温度のところでのdHC/dT、及びd(KFVF)eff./dTは実際には急峻とはならない。よって、上で述べたような、隣接トラックへの悪影響やクロスイレーズ等の問題を解決できない。なお、TB≒TN、TcE≒TNを満たすAF材料は、著者の知る限り、NiO、及び一部のγ-FeMnのみである。γ-FeMnの大半は、TB<TN、TcE<TNの関係を有している。但し、その差分は約62℃と小さい。また、TB≒TN、或いはTcE≒TNを利用して熱アシスト磁気記録を行った場合には、AF層内のAFスピンの熱揺らぎが大きい状態のまま交換結合が生じることから、記録磁界の方向に熱アシスト磁気記録ができない事態も起こりうる。
【0016】
一方、上述したAppl. Phys. Lett., Vol.82, pp.2859-2861 (2003)に記載されている「FeRh/FePt」で構成される磁性構造膜においては、FeRh膜のAF→F相転移温度(TAF/F)直下でも、FeRh膜中には大きな<SAF>が残存しており、よって大きな2JAF<SAF><SAF>を持ったAFスピン配列がある。それ故に、FeRh膜のTAF/F値直下でのHC対温度の変化を急峻にでき、上述の隣接トラックへの悪影響やクロスイレーズ等の問題を回避することが可能である。しかしながら、FeRhは規則合金であり、かつ規則化(不規則/規則相変態)させるために必要な熱処理温度が550℃と極めて高く、実用化には不向きである。
【0017】
そこで、本発明の目的は、
(1) RTでの熱揺らぎ耐性と高温(TW)での書き込み易さとの相克を図れる、
(2) TW直下でのHCの温度に対する変化を急峻にできる、
(3) (a)低温形成、(b)特定異方性軸配向〔[111]軸配向、c軸配向、或いはa軸配向〕、(c)グラニュラー化、
の3つを同時に満足できる熱アシスト磁気記録媒体を実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
前記目的(1)及び(2)は、TWを記録温度、TCをキュリー温度、TNをネール温度、TBをブロッキング温度、KFを強磁性体の結晶磁気異方性エネルギー定数、KAFを反強磁性体の結晶磁気異方性エネルギー定数としたとき、基板上に、TB<TWの高KAFの反強磁性体からなる下層膜と、TW<TCの高KFの記録再生層である強磁性体からなる上層膜とを積層した交換結合膜を有し、前記反強磁性体をTB<<TN、TB<TC<TN(より詳細には、TB<TW<TC<TN)の関係を満たすよう構成し、TB及びTB<<TNの特質を利用し、HC対温度の特性を、TW直下TBの温度で階段状に変化させることにより達成される。なお、TBは、
(a) AF/F界面の交換相互作用(2JAF/F<SAF><SF>、JAF/F:AF/F界面の交換積分)が0となる温度、或いは、
(b) 温度上昇に伴って(KAFVAF)積が低下するが、(KAFVAF)値が2JAF/F<SAF><SF>値よりも低くなり始める温度、
で定義される。金属/金属の「AF/F」交換結合の場合は、TBは後者で決まっている材料系が多い。いずれにしても、TBは、上で述べたTN:2JAF<SAF><SAF>が0となる温度、TC: 2JF<SF><SF>が0となる温度、とは異なる。また、本発明の媒体は、TB<TNの特質があることを強調しておく。また、工学的には、TBはAF層側の物理的性質でほぼ決まっている。組み手のF層(Fe系、Co系等)のキュリー温度が非常に高いがために、TBはAF層側の物理的性質で決まっているように見えるのだ、と推察されるが、詳細は分かっていない。
上述のように、TBは、反強磁性材料で決まり、強磁性材料にはあまり依存しない。よって、本明細書では「AF膜のTBやPtMn膜のTB」なる表現を用いてある。さらに、
(KAFVAF)積>(2JAF/F<SAF><SF>)>(KFVF)積の場合:磁化曲線が一方向にシフトする交換結合、
・(KFVF)積>(KAFVAF)積>(2JAF/F<SAF><SF>)の場合:F膜の結晶磁気異方性エネルギーが強いがために、L10 FePtのように2回対称の磁気異方性を持つ材料系では、二方向異方性が生じ、それが磁化曲線に反映されてHCが増大する交換結合、
をするとされている。
【0019】
前記目的(3)に関しては、(a)低温化:Ar放電洗浄法、高Ar圧スパッタリング製膜、(b)例えば[111]軸配向:Ta/Cu(111)シード層の配置、(c)グラニュラー化:高Ar圧スパッタリング製膜による自己組織化的手法、及びL10相とは非固溶なAg、Bi、Sb、Sn、或いはPb添加により達成される。
【0020】
さらに、特開2001-76331号公報、特開2000-293802号公報、及び特開2002-358616号公報からは、交換結合2層媒体のT=TWでの磁性状態は「Para.(下層)/F(上層)」であることが汲み取れる。一方、本発明に係わる交換結合2層媒体のT=TWでの磁性状態は、後ほど詳述するが「AF(下層)/Para.(界面)/F(上層)」である。上記公知技術では「Para./F」の磁性状態に、本発明では「AF/Para.(界面)/F」の磁性状態に、熱磁気記録を行っている点も相違点のひとつである。
【発明の効果】
【0021】
本発明による磁気記録媒体を用いることにより、
(1) RTでの熱揺らぎ耐性と高温(TW)での書き込み易さとの相克を図れる、
(2) TW直下でのHCの温度に対する変化を急峻にできる、
(3) (a)低温形成、(b)特定異方性軸配向〔[111]軸配向、c軸配向、或いはa軸配向〕、(c)グラニュラー化、
の3つを同時に満足できる熱アシスト磁気記録媒体を提供することができる。従って、現行のCoCrPt-SiO2等の垂直磁気記録媒体が直面しようとしている記録密度の限界(熱揺らぎ限界)を打破できる。また、RT〜TW直下TBの温度範囲で、記録再生層は極めて大きな熱揺らぎ耐性と高保磁力を維持できることから、熱アシスト記録時に隣接トラックが裾野温度上昇に伴って多少なりとも加熱されたとしても、隣接トラックに悪影響を及ぼしたりすることはなく、クロスイレーズの問題も回避可能である。よって、テラビット/in2超級の記録密度に対応でき得る熱アシスト磁気記録媒体、及びHDD装置を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、図面を参照して本発明の代表的な実施例について説明する。
【実施例1】
【0023】
図1に、本発明に係わる熱アシスト磁気記録用交換結合2層媒体を示す。この媒体は、基板100上に、下地膜200、ヒートシンク層210、TB<TWの高KAFの反強磁性体(AF)からなる下層膜300、TW<TCの高KFの記録再生層である強磁性体(F)からなる上層膜400、保護膜500を順次積層してなる層を有する。前記反強磁性体をTB<<TN、TB<TC<TNの関係を満たすよう構成する。ここで、TW:記録温度、TC:キュリー温度、TN:ネール温度、TB:ブロッキング温度、KF:強磁性体の結晶磁気異方性エネルギー定数、KAF:反強磁性体の結晶磁気異方性エネルギー定数である。
【0024】
基板100は、例えばガラス基板で構成され、下地膜200は例えばTa膜、ヒートシンク層210は例えばfcc構造を有しかつ熱伝導性に優れるCu膜(比抵抗ρ≦25μΩcm)、下層AF膜300は例えばL10PtMn膜、上層F膜400は例えばL10FePt膜、保護膜500は例えばC膜で構成される。なお、Taシード層/Cuヒートシンク層は、その上方のL10 PtMn/L10 FePt層のシード層の役割も果たしている。低温で形成した場合には、各層の稠密面である非晶質Ta/Cu(111)/L10 PtMn(111)/L10FePt(111)の結晶配向が得られ、(111)配向膜となる。代表的な膜厚は、下地膜200が5nm、ヒートシンク層210が30nm、下層AF膜300が12.5nm、上層F膜400が2.5nm、保護膜500が3nmである。また、Ta/Cu(111)シード層上、L10PtMn(111)/L10 FePt(111)膜はグラニュラー構造を有しており、代表的なグレインサイズは、10nmである。なお、L10PtMn膜のTBは約320℃、L10FePt膜のTCは約470℃、L10PtMn膜のTNは約700℃であったことから、L10PtMn膜は、上述のTB<<TN、TB<TC<TNの関係を満たしている。
【0025】
なお、熱アシスト磁気記録に用いるレーザー光や近接場光の膜内部への侵入深さは、おおよそ30 nmである。また、L10PtMn膜が反強磁性を示すためには12 nm以上の膜厚が必要である。さらに、上述のように最上層に3 nm程度の保護膜が必要である。以上から、L10 FePt膜の最大膜厚は、(レーザー光/近接場光の膜内部への侵入深さ30 nm−保護膜3 nm−L10PtMn必要最小膜厚12 nm)の関係を満足させる必要のあることから、15 nm程度である。一方、L10FePt膜厚を薄くしすぎた場合には、強磁性体になることができず、スーパーパラ磁性体になってしまう。以上のことを考慮すると、L10 FePt膜厚は、約1.3〜15 nmの範囲で構成されなければならない。一方のL10 PtMn膜厚は、(レーザー光/近接場光の膜内部への侵入深さ30 nm−保護膜3 nm−L10FePt膜厚1.3〜15 nm)の関係を満足させる必要のあることから、約12〜25.7 nmの範囲で構成されなければならない。
【0026】
図2(a)は、本発明に係わる熱アシスト磁気記録用交換結合2層媒体中の上層F膜の実効的(KV)/(kBT)値:(KFVF)eff./(kBT)値の温度依存性を示すものである。下層AF膜300が12.5nmのL10PtMn膜、上層F膜400が2.5nmのL10FePt膜で構成され、L10 PtMn/L10 FePtのグレインサイズが10nmの場合の(KFVF)eff./(kBT)値対温度の関係を示してある。(KFVF)eff./(kBT)値を算出するために必要なL10FePt膜のKF値、及びL10PtMn膜のKAF値は、材料特有のdirtyさのファクター(低温形成故の格子欠陥、不純物巻き込み等)を考慮し、それぞれ107 erg/cm3、及び2.5×106erg/cm3とした。
【0027】
上層F膜400のRTでの(KFVF)eff./(kBT)値は、「下層AF膜300/上層F膜400」の2層の「AF/F」の交換結合により、約108と極めて大きな値を示した。L10 FePt単層膜のRTでの(KFVF)/(kBT)値が約48であったことから、「AF/F」交換結合によるL10PtMn膜の大きな(KAFVAF)/(kBT)値約60(RT)の重畳により、極めて大きな値にまで高められることが分かった。さらに、この大きな(KFVF)eff./(kBT)値は、RT〜TBの温度範囲で維持されることが分かった。なお、熱アシスト記録時の (KV)eff./kBTの履歴は、図中に表示した(a)→(b)→(c)→(d)である。
【0028】
図2(b)は、本発明に係わる熱アシスト磁気記録用交換結合2層媒体中の上層F膜のHC対温度の関係を示すものである。上層F膜400のRTでのHC値は、「下層AF膜300/上層F膜400」の2層の「AF/F」の交換結合により、約15 kOeと大きな値を示した。L10 FePt単層膜のRTでのHC値が約8 kOeであったことから、「AF/F」の交換結合により大きな値にまで高められ、かつ記録ヘッドの最大磁界10 kOeを上回ることができることが分かった。さらに、上層F膜400のRTでの大きなHC値は、加温とともにブリュアン関数的に徐々に減少し、下層AF膜300(L10PtMn膜)のTB値である約320℃近傍かつTW≒350℃直下で(すなわち、「AF/F」の交換結合が消失する温度で)急激に減少、以後、上層F単層膜400のHCの温度依存性に従ったHC値を示した。図2(b)においては、TB値近傍かつTW直下で、HC値の温度に対する変化(すなわち、dHC/dT)が極めて急峻(ステップ状あるいは階段状)になっていることを強調したい。また、TW≒350℃近傍での上層F膜400のHC値は、約5.8 kOeであった。現行ヘッドの最大記録磁界は約10 kOeもあるため、TW≒350℃近傍でのHC値約5.8 kOeにまで低下している上層F膜400への書き込み(記録)は容易である。熱アシスト記録時のHCの履歴は、図中に表示した(a)→(b)→(c)→(d)である。
【0029】
なお、TW≒350℃を選択して説明した理由は以下のとおりである:
・L10FePtのTB実測値が約320℃であったが故にTWを320℃以上に設定する必要があったため、
・逆に、TWを高くしすぎると度重なる熱照射により媒体が劣化してしまうため、そして、熱照射による媒体劣化を防止できる最大記録温度は350℃くらいと推定されるため、
である。熱照射による媒体劣化防止のためにはTWをもう少し低く抑えることが望まれるが、その方法等は、実施例2のところで言及する。
【0030】
以上、「下層AF膜300/上層F膜400」の2層の「AF/F」の交換結合により、RT〜TBの温度範囲で極めて大きな熱揺らぎ耐性、及び高HC値が得られることが分かった。また、高温(TW)での書き込みやすさとの相克を図れることが分かった。また、TB値近傍かつTW直下で、HC値の温度に対する変化を急峻にできることが分かった。すなわち、大きなdHC/dTが得られることが分かった。
【0031】
図3は、本発明に係わるFePt膜のオーダーパラメーター(S)対熱処理温度の関係を示すものである。S は、規則化度の度合いを示す物理的パラメーターである。FePt製膜前にAr放電洗浄という前処理を行い、次いで高Arガス圧条件下でFePt膜をスパッタリング製膜して得られた膜についてのS対熱処理温度の関係である。なお、製膜温度はRT、各温度での熱処理時間は0.5 hである。Sは、熱処理温度275℃以上から上昇し、350℃以上で約0.9という値が得られているのが確認できる。このことから、本発明に係わるFePt膜の規則化温度は350℃であることが分かり、現行媒体の最大加熱温度と同程度であることから、実用上の問題はないと言えよう。すなわち、低温形成が可能である。
【0032】
図4(a)は、本発明に係わるTa/Cu/L10PtMn/L10 FePt膜のX線回折プロファイルである。RTで製膜後、350℃-0.5 h熱処理後のX線回折プロファイルである。なお、X線回折には熱酸化シリコン基板上に製膜した試料を用いた。Ta/Cu(111)シード層、L10PtMn膜、及びL10 FePt膜ともに(111)単独配向しているのが確認できる。
【0033】
なお、図4(b)に示すように、350℃-0.5 h熱処理後のFePt(111)のピークシフト量約0.1°がバルクのFePtの不規則/規則相変態に伴うピークシフト量約0.1°と一致していたことから、2θ≒41°付近のピークはL10FePt(111)ピークと判断した。
【0034】
図5は、本発明に係わるL10FePt膜の透過TEM写真である。高Arガス圧条件下でFePt膜をスパッタリング製膜して得られたL10 FePt膜の透過TEM写真である。グレインサイズ約10nm、グラニュラー化構造を有しているのが確認できる。すなわち、高Ar圧スパッタリング製膜による自己組織化的手法だけでグラニュラー化構造を得ることができた。なお、グラニュラー化が不十分な場合には、L10 FePtとは非固溶な元素:Ag、Sn、Pb、Sb、Bi等を第3元素として添加することにより、グラニュラー化を促進させることが可能である。なお、L10 PtMn膜も高Arガス圧条件下でスパッタリング製膜していることから、L10 PtMnもグラニュラー化構造を有していると推察される。事実、以前の別分野(GMR膜)の実験ではグラニュラー化構造を有していた。
【0035】
以上、製膜プロセスの低温化:Ar放電洗浄、高Ar圧スパッタリング製膜、特定異方性軸配向化([111]軸配向化):Ta/Cu(111)シード層の配置、グラニュラー化:高Ar圧スパッタリング製膜による自己組織化的手法、及びL10 FePtとは非固溶元素:Ag、Sn、Pb、Sb、Biの添加で解決が可能である。
【0036】
従って、実施例1に示す「下層AF膜300/上層F膜400」の2層の「AF/F」の交換結合2層媒体を用いることにより、
(1) RTでの熱揺らぎ耐性と高温(TW)での書き込み易さとの相克を図れる、
(2) TW直下でのHCの温度に対する変化を急峻にできる、
(3) (a)低温形成、(b)特定異方性軸配向([111]軸配向)、(c)グラニュラー化、
の3つを同時に満足できる熱アシスト磁気記録媒体を実現することができる。
【0037】
次に、本発明に係わる「下層AF膜300/上層F膜400」から構成される交換結合2層媒体への熱アシスト磁気記録過程について説明する。図6に、「下層AF膜の一つの結晶粒3010/上層F膜の一つの結晶粒4010」より構成される一つの「AF/F」交換結合結晶粒内の熱アシスト磁気記録時のスピン配列の熱履歴の様子を示す。一つの結晶粒内の様子を描写してあるが、一つの磁化反転ユニット内の様子も同じである。ここでは、下層AF膜300、及び下層AF膜の一つの結晶粒3010がL10PtMn〔配向性は(111)配向〕、上層F膜400、及び上層F膜の一つの結晶粒4010がL10FePt〔配向性は(111)配向〕で構成される場合について説明する。なお、L10 PtMn膜のTNは約700℃、L10FePt膜のTCは約470℃であり、L10PtMn膜のTB実測値は約320℃である。TW≒350℃として、以下に説明する。
【0038】
図6(a)に示すように、熱アシスト磁気記録時、T=TWで熱、及び記録磁界10000が媒体上方面から下向きに照射、及び印加されるとする。L10 PtMn膜のTNが約700℃、L10FePt膜のTCが約470℃と、いずれもTW≒350℃より高いことから、T=TWでの「下層AF膜の一つの結晶粒3010/上層F膜の一つの結晶粒4010」より構成される一つの結晶粒内の磁性状態は「AF/F」である。しかしながら、L10 PtMn膜のTBは約320℃であることから、より詳細に磁性状態を記述すると「AF/Para.(界面)/F」である(Para.:常磁性Paramagnetismの略号)。よって、T=TWでは、上層F膜の一つの結晶粒4010中の磁化ベクルは、L10FePtの低HC〔5.8 kOe、図2(b)〕故に容易に下向きに向けられることになる。より詳細には、L10 FePtの磁化容易軸([002]軸、すなわちc軸)は面直方向([111]軸)から53〜54°傾いているがために、本傾斜角を維持した状態で下向きに向けられることになる。しかしながら、交換結合が生じていない状態なので、下層AF膜の一つの結晶粒3010中のAFスピン配列の方向は任意である。
【0039】
すでに述べたように、TB値は、反強磁性材料で決まり、強磁性材料にはあまり依存しない。よって、本明細書では「AF膜のTBやPtMn膜のTB」なる表現を用いてある。
【0040】
図6(b)に示すように、T=TBにまで冷却されると、交換結合が発生する。これに伴い、「下層AF膜の一つの結晶粒3010/上層F膜の一つの結晶粒4010」より構成される一つの結晶粒内の磁性状態は「AF/ Para.(界面)/F」→「AF/F」に遷移する。上層F膜の一つの結晶粒4010中のスピンを下向きに向けるよう、各層、各界面のスピンが揃えられ、フィールドクールされて凍結される。交換結合によって発生する内部磁場は数百kOeにも及ぶとされており、その大きさに負けてしまって下層AF膜の一つの結晶粒3010中のAFスピンは、例えば図6(b)のように揃えられることになる。より詳細には、L10 PtMnの磁化容易軸([002]軸、すなわちc軸)は面直方向([111]軸)から約52°傾いているがために、本傾斜角を維持した状態で図6(b)のように揃えられる。ただ、L10 FePtのKFが極めて大きいが故に、実際には、L10 PtMnの磁化容易軸の面内方向からの傾斜角はL10 FePtと同じ53〜54°になると推察される。
【0041】
また、“TB<<TNの特質”があるが故に、T=TBに冷却された時点で、下層AF膜の一つの結晶粒3010中には、すでに比較的大きな<SAF>があり、よって比較的大きな2JAF<SAF><SAF>を持ったAFスピン配列がある(SAF:AFスピン、<>:熱平均、JAF:AF層内の交換積分)。比較的大きな<SAF>、及び2JAF<SAF><SAF>がある状態でT=TBに冷却された時点で突如「AF/F」の交換結合が形成されることになるため、T=TBの温度で突如HCが急激に(ステップ状に)増大することになる。これが、T=TBの温度でHCの温度に対する変化を急峻にできる理由であり、“TB<<TNの特質”を利用して初めて得られる物理現象であることを強調しておく。すなわち、既に述べた特開2001-76331号公報記載のAF層のTN(<TC)利用や特開2000-293802号公報記載のTB≒TN(<TC)利用、特開2002-358616号公報記載のTcE≒TN(<TC)利用では得られない物理現象である。また、上述のように「AF(下層)/Para.(界面)/F(上層)」(T>TB)→「AF/F」(T≦TB)への磁化遷移を利用し、dHC/dTを大とさせる物理的手段と、Appl. Phys. Lett., Vol.82, pp.2859-2861 (2003)記載の「F(FeRh、下層)/F(FePt、上層)」(T>TAF/F)→「AF/F」(T≦TAF/F)への磁化遷移を利用し、すなわち、比較的大きい<S>を持たせた状態で、比較的大きな<SF>、及び2JF<SF><SF>を有するFeRh強磁性相(T>TAF/F)→比較的大きな<SAF>、及び2JAF<SAF><SAF>(T≦TAF/F)を有するFeRh反強磁性相へ一次相転移することを利用し(S:スピン、JF:F層内の交換積分、<>:熱平均、SF:Fスピン)、dHC/dTを大とさせる物理的手段とでは、全く異なる物理現象を利用していることを強調しておく。dHC/dTを大とさせるためのメカニズムについて、簡単にまとめておくと以下のとおりである。
・本発明:AF膜のTB、及び“TB<<TN”の特質を利用し、TBの温度で下層AF膜に大きな<SAF>を持たせた状態で上層F膜と交換結合させることにより、TBの温度のところで大きなdHC/dTを得る。交換結合2層膜の磁性状態を詳述すると、「AF/Para.(界面)/F」(T>TB)→「AF/フラストレーション磁性(界面)/F」(T≦TB)である。T>TBでは下層AF膜と上層F膜との間に交換結合はなく、TBの温度で、下層AF膜に大きな<SAF>を持たせた状態で突如「AF/F」の交換結合を生じさせるのが大きな特徴である。
・Appl. Phys. Lett., Vol.82, pp.2859-2861 (2003):FeRh膜のTAF/Fを利用し、TAF/Fの温度で下層FeRh膜が大きな<S>を維持した状態で突如<SF>→<SAF>に切り変わることから、本性質を利用し、下層FeRh膜に大きな<SAF>を持たせた状態で上層F膜と交換結合させることにより、TAF/Fの温度のところで大きなdHC/dTを得る。交換結合2層膜の磁性状態を詳述すると、「F/(F+フラストレーション磁性)(界面)/F」(T>TAF/F)→「AF/(フラストレーション磁性)(界面)/F」(T≦TAF/F)である。T>TAF/Fでは下層FeRh膜と上層FePt膜とは「F/F」の交換結合を形成しており、TAF/Fの温度で、下層FeRh膜に大きな<SAF>を持たせた状態で突如「AF/F」の交換結合に切り替わらせるのが大きな特徴である。
【0042】
しかしながら、すでに述べたとおり、Appl. Phys. Lett., Vol.82, pp.2859-2861 (2003)記載の方法でも大きなdHC/dTが得られるが、FeRhは規則合金であり、かつ規則化(不規則/規則相変態)させるために必要な熱処理温度が550℃と極めて高いことから、FeRh系膜は実用化には不向きである。
【0043】
図6(c)に示すようにRT<T<TBにまで冷却されると、各層の磁化ベクトルは大きくなり、図6(d)に示すようにT=RTではさらに大きくなって固定される。以上が、熱アシスト磁気記録過程である。なお、上向きの記録過程については、上述の磁化ベクトルを反対にして考えれば良い。
【0044】
図7は、本発明に係わる[111]軸配向交換結合2層媒体、すなわち傾斜磁気異方性交換結合2層媒体についての記録後の磁化ベクトルの向きを描写したものである。L10 FePtのKFが極めて大きいがため、そして、L10 FePtの磁化容易軸([002]軸、すなわちc軸)が面直方向([111]軸)から53〜54°傾いているがために、面直方向から53〜54°傾いた状態で記録される。また、多結晶であるがゆえに、
・ひとつの磁化反転ユニット:磁化ベクトルは、コーン上の頂点から円弧上の適当な一点に向くように、
・面内方向全体:磁化ベクトルの終点が、円弧状に沿って360°面内均一に回転するように、
記録が行われる。なお、磁化ベクトルの終点が上述のように円弧状に沿って360°面内均一に回転するよう記録が行われたとしても、なんら問題はなく、従来の磁気記録と同じように記録再生できる。さらに、[111]軸配向交換結合2層媒体の場合には、異方性軸が面直方向から約53-54°傾斜しているため、必要記録磁界を垂直磁化膜(c軸配向膜)と比べ30%ほど低減できるという効果もある。
【0045】
ここで、本発明に係わる下層AF膜300は、L10PtMn系のみであることについて簡単に触れておきたい。
【0046】
下層AF膜300には、上層F膜400(L10FePt系)に大きな(KAFVAF)積を重畳させる必要があることから、下層AF膜300には高KAFが求められる。高KAFを有するAF膜は、L10PtMn系膜のみである、と言っても過言ではない。L10 PtMn系膜は、大きな格子歪を有しており、かつPtがMnの磁気モーメントを局在化させる作用を有しているがため、高KAFが得られるもの、と推察される。同様に、記録再生層(上層F膜400)には高KFが求められる。なぜなら、記録再生層が高KFでない場合には、たとえ高KAFを有する反強磁性体の(KAFVAF)/(kBT)積を記録再生層の(KFVF)/(kBT)積に重畳させたとしても、記録再生層の実効的(KV)/(kBT)値:(KFVF)eff./(kBT)値を(RT〜TBの温度範囲で)大きくできないからである。
【0047】
また、TB値近傍での大きなdHC/dT、及びd(KFVF)eff./dTを得るためには、TB値とTN値の差分が大きい必要がある。すなわち、下層AF膜300、301は、“TB<<TN”の特質を有するAF膜で構成される必要がある。理由は分かっていないが、“TB<<TN”の特質を有し、かつTB値とTN値の差分が大きいAF膜は、L10PtMn系膜のみである、と言っても過言ではない。
【0048】
その他、下層AF膜300には上層F膜400と異方性軸がほぼ同じ方向にあること、格子定数が近いことが求められる。図8は、L10 FePtの結晶格子・磁気構造、図9はL10PtMnの結晶格子・磁気構造、図10は、L10 PtMn/L10FePtの(111)面内の結晶格子・磁気構造を描写したものである。
・L10PtMnの格子定数(a、c)は、L10FePtの格子定数に比較的近いこと、
・L10PtMn(111)面間隔(d111)は、L10FePt(111)面間隔に比較的近いこと、
・L10PtMn(111)稠密六方格子の各辺の長さは、L10 FePt(111)稠密六方格子の各辺の長さに比較的近いこと、
・L10PtMnの異方性軸の方向は、L10 FePtの異方性軸の方向とほぼ同じであること、
が確認できる。以上、L10PtMn系膜は、上層F膜400と格子定数・格子パラメーターが近いこと、異方性軸がほぼ同じ方向にあることを明らかにできた。また、格子定数・格子パラメーターが近いこと、異方性軸がほぼ同じ方向にあることから、L10 PtMn系/L10FePt系[111]軸配向交換結合2層媒体では、グレイン間での交換結合のバラツキ、異方性軸のバラツキを極力小に抑えることができると言えよう。すなわち、どの磁化反転ユニットを取り上げてみても、同等な交換結合、同一方向の異方性軸を有している交換結合2層媒体を提供できると言えよう。
【0049】
最後に、上述の交換結合2層媒体では、傾斜磁気異方性磁気記録の場合について述べたが、面内磁気記録に対しても、垂直磁気記録に対しても展開は可能である。
【0050】
さらに、TB、及び“TB<<TN”の特質を利用して熱アシスト磁気記録を行っていることから、そして、TBは、TB<TC<TNの関係にあることから、AFスピンの熱揺らぎ起因の記録損失がないという効果もある。すなわち、特開2001-76331号公報記載のTN(<TC)や特開2000-293802号公報記載のTB≒TN(<TC)、或いは特開2002-358616号公報記載のTcE≒TN(<TC)を利用して熱アシスト磁気記録を行った場合には、TN直下でのKAFが小さいがためにTN直下での(KAFVAF)積が小である。よって、AFスピンの熱揺らぎが大きい状態のままTNやTB≒TN、或いはTcE≒TN以下に冷却・凍結されての「AF/F」交換結合が生じる場合も起こりうることから、記録磁界の方向に熱アシスト磁気記録ができない事態も起こりうる。しかしながら、TB、及び“TB<<TN”の特質を利用して熱アシスト磁気記録を行った場合には、そして、TBが、TB<TC<TNの関係にある場合には、TBの温度のところでのKAF値が大、よって(KAFVAF)積が大であることから、このような記録損失を回避できるという効果もある。
【0051】
さらに、上層膜がL10FePt系膜の場合には、L10 PtMn系膜の規則化温度が230-275℃と低いことから、L10PtMn系膜の規則化の際に生じるDynamic stressがL10FePt系膜の規則化温度を低減するという副次的な効果もある。
【実施例2】
【0052】
度重なる熱照射による媒体劣化防止のためには、TWを下げる必要がある。最大でもTWを275℃くらいに設定することが望まれる。そのためには、下層AF膜300のTBを230℃くらいにまで下げる必要がある。また、高温での書き込みやすさをさらに良くするためには、上層F膜400のTCを350℃くらいにまで下げ、T=TWでのHCを小さくすることが必要とされる。
【0053】
図11は、本発明に係わるL10(Pt50-XAuX)Mn50 (in atomic %)膜中のAu添加量対TB、及びTNの関係を示すものである。L10(Pt50-XAuX)Mn50膜中のTB、及びTNは、Au添加量を増やすにしたがって低くなることが確認できる。Au添加量が約15 atomic%のとき、TB≒230℃が得られることが分かった。なお、L10 (Pt50-XAuX)Mn50膜においても、TB<<TNの特質がある。
【0054】
図12は、L10(Fe50-XNiX)Pt50 (in atomic %)膜中のNi添加量対TCの関係を示すものである。L10(Fe50-XNiX)Pt50膜のTCは、Ni添加量を増やすにしたがって低くなることが確認できる。Ni添加量が約16 atomic%のとき、TC≒350℃が得られることが分かった。
【0055】
上述のように、下層AF膜300のTBを230℃くらいに下げられる材料:L10 Pt35Mn50-Au15、上層F膜400のTCを350℃くらいにまで下げられる材料:L10 Fe34Pt50 -Ni16が得られたことから、本発明に係わる最良の熱アシスト磁気記録用交換結合2層媒体(1例)について以下に説明する。
【0056】
図13に、本発明に係わる熱アシスト磁気記録用交換結合2層媒体を示す。この媒体は、基板101上に、下地膜201、ヒートシンク層211、TB<TWの高KAFの反強磁性体(AF)からなるL10PtMn-Au膜301、TW<TCの高KFの記録再生層である強磁性体(F)からなるL10 FePt-Ni:Ag膜401、保護膜501を順次積層してなる。前記L10PtMn-Au膜301をTB<<TN、TB<TC<TNの関係を満たすようにする。ここで、TW:記録温度、TC:キュリー温度、TN:ネール温度、TB:ブロッキング温度、KF:強磁性体の結晶磁気異方性エネルギー定数、KAF:反強磁性体の結晶磁気異方性エネルギー定数である。また、L10 FePt-Ni:Ag膜401中のAgはL10FePt-Niとは非固溶であるが故に粒界に析出するため(グレイン内には入らないため)、L10 FePt-Ni:Agと“:”マークを入れて表記した。
【0057】
基板101は、例えばガラス基板で構成され、下地膜201は例えばTa膜、ヒートシンク層211は例えばfcc構造を有しかつ熱伝導性に優れるCu膜(比抵抗ρ≦25μΩcm)、下層AF膜301は例えばL10Pt35Mn50-Au15膜、上層F膜401は例えばL10Fe34Pt50-Ni16:Ag膜、保護膜501は例えばC膜で構成される。なお、Taシード層/Cuヒートシンク層は、その上方のL10 PtMn-Au/L10 FePt-Ni:Ag層のシード層の役割も果たしている。低温で形成した場合には、各層の稠密面である非晶質Ta/Cu(111)/L10 Pt35Mn50-Au15(111)/L10Fe34Pt50-Ni16:Ag(111)の結晶配向が得られ、(111)配向膜となる。代表的な膜厚は、下地膜201が5nm、ヒートシンク層211が30nm、下層AF膜301が12.5nm、上層F膜401が2.5nm、保護膜501が3nmである。また、Ta/Cu(111)シード層上、L10PtMn-Au(111)/L10 FePt-Ni:Ag(111)膜はグラニュラー構造を有しており、代表的なグレインサイズは、10nmである。なお、L10Pt35Mn50-Au15膜のTBは約230℃、L10Fe34Pt50-Ni16:Ag膜のTCは約350℃、L10Pt35Mn50-Au15膜のTNは約550℃(図11)であったことから、L10Pt35Mn50-Au15膜は、上述のTB<<TN、TB<TC<TNの関係を満たしている。
【0058】
なお、熱アシスト磁気記録に用いるレーザー光や近接場光の膜内部への侵入深さは、おおよそ30 nmである。また、L10PtMn-Au膜が反強磁性を示すためには、おおよそ12 nm以上の膜厚が必要である。さらに、上述のように最上層に3 nm程度の保護膜が必要である。以上から、L10 FePt-Ni:Ag膜の最大膜厚は、(レーザー光/近接場光の膜内部への侵入深さ30 nm−保護膜3 nm−L10 PtMn-Au必要最小膜厚12 nm)の関係を満足させる必要のあることから、15 nm程度である。一方、L10FePt-Ni:Ag膜厚を薄くしすぎた場合には、強磁性体になることができず、スーパーパラ磁性体になってしまう。以上のことを考慮すると、L10 FePt-Ni:Ag膜厚は、約1.7〜15 nmの範囲で構成されなければならない。一方のL10 PtMn-Au膜厚は、(レーザー光/近接場光の膜内部への侵入深さ30 nm−保護膜3 nm−L10FePt-Ni:Ag膜厚1.7〜15 nm)の関係を満足させる必要のあることから、約12〜25.3 nmの範囲で構成されなければならない。
【0059】
(KFVF)eff./(kBT)値を算出するために必要なL10Fe34Pt50-Ni16:Ag膜のKF値、及びL10Pt35Mn50-Au15膜のKAF値を、材料特有のdirtyさのファクター(すでに述べたが、低温形成故の格子欠陥、不純物巻き込み等)を考慮し、それぞれ7.5×106erg/cm3、及び2.0×106erg/cm3とすると、上層F膜401のRTでの(KFVF)eff./(kBT)値、L10Fe34Pt50-Ni16:Ag単層膜のRTでの(KFVF)/(kBT)値、及びL10Pt35Mn50-Au15膜のRTでの(KAFVAF)/(kBT)値を算出することができ、以下のような熱揺らぎ耐性を論ずることができる。
【0060】
下層AF膜301が12.5nmのL10Pt35Mn50-Au15膜、上層F膜401が2.5nmのL10Fe34Pt50-Ni16:Ag膜で構成され、L10 Pt35Mn50-Au15/L10Fe34Pt50-Ni16:Agのグレインサイズが10nmの場合、上層F膜401のRTでの(KFVF)eff./(kBT)値は、「下層AF膜301/上層F膜401」の2層の「AF/F」の交換結合により、約84と極めて大きな値を示した。L10 Fe34Pt50-Ni16:Ag単層膜のRTでの(KFVF)/(kBT)値が約36であったことから、「AF/F」交換結合によるL10Pt35Mn50-Au15膜の大きな(KAFVAF)/(kBT)値約48(RT)の重畳により、極めて大きな値にまで高められることが分かった。さらに、この大きな(KFVF)eff./(kBT)値は、RT〜TBの温度範囲で維持される。
【0061】
図14は、本発明に係わる熱アシスト磁気記録用交換結合2層媒体中の上層F膜401のHC対温度の関係を示すものである。上層F膜401のRTでのHC値は、「下層AF膜301/上層F膜401」の2層の「AF/F」の交換結合により、約14.1 kOeと大きな値を示した。L10 Fe34Pt50-Ni16:Ag単層膜のRTでのHC値が約6 kOeであったことから、「AF/F」の交換結合により大きな値にまで高められ、かつ記録ヘッドの最大磁界10 kOeを上回ることができることが分かった。さらに、上層F膜401のRTでの大きなHC値は、加温とともにブリュアン関数的に徐々に減少し、下層AF膜301(L10Pt35Mn50-Au15膜)のTB値である約230℃近傍かつTW≒275℃直下で(すなわち、「AF/F」の交換結合が消失する温度で)急激に減少、以後、上層F単層膜401のHCの温度依存性に従ったHC値を示した。図14に示すように、TB値近傍かつTW直下で、HC値の温度に対する変化(すなわち、dHC/dT)が極めて急峻(ステップ状あるいは階段状)になっている。また、TW≒275℃近傍での上層F膜401のHC値は、約2.3 kOeであった。現行ヘッドの最大記録磁界は約10 kOeもあるため、TW≒275℃近傍でのHC値約2.3 kOeにまで低下している上層F膜401への書き込み(記録)は容易である。なお、図14において、熱アシスト磁気記録時のHCの履歴は、図中に表示した(a)→(b)→(c)→(d) である。
【0062】
なお、上ではTW≒275℃として説明してきたが、度重なる熱照射を考慮すると、TWはできれば200℃くらいが望ましい。
【0063】
以上、「下層AF膜301/上層F膜401」の2層の「AF/F」の交換結合により、RT〜TBの温度範囲で極めて大きな熱揺らぎ耐性、及び高HC値が得られることが分かった。また、高温(TW)での書き込みやすさとの相克を図れることが分かった。また、TB値近傍かつTW直下で、HC値の温度に対する変化を急峻にできることが分かった。すなわち、大きなdHC/dTが得られることが分かった。
【0064】
なお、実施例1と同様に、L10FePt-Ni:Ag膜の製膜プロセスの低温化に関してはAr放電洗浄、及び高Ar圧スパッタリング製膜、L10FePt-Ni:Ag膜の特定異方性軸配向化([111]軸配向化)に関してはTa/Cu(111)シード層の配置、L10FePt-Ni:Ag膜のグラニュラー化に関しては高Ar圧スパッタリング製膜による自己組織化的手法、及びL10 FePt-Niとは非固溶な元素:Sn、Pb、Sb、Biの添加で解決が可能である。
【0065】
従って、実施例2に示す「下層AF膜301/上層F膜401」の2層の「AF/F」の交換結合2層媒体を用いることにより、
(1) RTでの熱揺らぎ耐性と高温(TW)での書き込み易さとの相克を図れる、
(2) TW直下でのHCの温度に対する変化を急峻にできる、
(3) (a)低温形成、(b)特定異方性軸配向([111]軸配向)、(c)グラニュラー化、
の3つを同時に満足できる熱アシスト磁気記録媒体を実現することができる。
【0066】
図15は、本発明に係わるL10(Pt50-XPdX)Mn50 (in atomic %)膜中のPd添加量対TB、及びTNの関係を示すものである。L10(Pt50-XPdX)Mn50膜中のTB、及びTNは、Pd添加量を増やすにしたがって低くなることが確認できる。Pd添加量が約35 atomic%のとき、TB≒230℃が得られることが分かった。なお、L10 (Pt50-XPdX)Mn50膜においても、“TB<<TN”の特質がある。加えて、上層F膜401としてL10Fe34Pt50-Ni16:Ag膜を選択した場合には、TB(約230℃)<TC(約350℃)<TN(約600℃、図15)の関係を満たしていることを強調しておく。
【0067】
同様に、図16は、本発明に係わるL10(Pt50-XRhX)Mn50 (in atomic %)膜中のRh添加量対TB、及びTNの関係を示すものである。L10(Pt50-XRhX)Mn50膜中のTB、及びTNは、Rh添加量を増やすにしたがって低くなることが確認できる。Rh添加量が約8 atomic%のとき、TB≒230℃が得られることが分かった。なお、L10 (Pt50-XRhX)Mn50膜においても、“TB<<TN”の特質がある。加えて、上層F膜401としてL10Fe34Pt50-Ni16:Ag膜を選択した場合には、TB(約230℃)<TC(約350℃)<TN(約550℃、図16)の関係を満たしていることを強調しておく。
【0068】
以上から、下層AF膜300、301として、L10PtMn膜、L10 PtMn-Au膜の代わりに、L10PtMn-Pd膜、L10 PtMn-Rh膜を用いることが可能である。
【0069】
最後に、実施例2に係わる熱アシスト磁気記録用交換結合2層媒体の熱アシスト磁気記録過程、T=TBの温度で突如HCが急激に(ステップ状に)増大する理由、記録後の磁化ベクトルの方向(傾斜磁気異方性記録)等は、実施例1とほぼ同じであるため、説明を省略する。
【0070】
さらに、上述の交換結合2層媒体では、傾斜磁気異方性を持って磁気記録されるが、面内磁気記録に対しても、垂直磁気記録に対しても展開は可能である。
【0071】
ここで、上層F膜400、401のTWとTCとの温度関係、及び下層AF膜300、301のTBとTWとの温度関係が逆転した場合について、以下簡単に纏めておく:
・上層F膜400、401のTWとTCとの温度関係がTW>TCの場合:常磁性状態に記録することになるため、書き込みができない。
・下層AF膜300、301のTBとTWとの温度関係がTB>TWの場合:大きな交換結合が生じている上層F膜400、401に記録することになり、書き込みができない。
【0072】
すなわち、どれか一つでも温度関係が逆転してしまうと、TW直下でのHCの温度に対する変化を急峻にできる実施例1、2記載の熱アシスト磁気記録媒体を実現できなくなってしまう。
【0073】
さらに、下層AF膜300、301に、“TB<<TN”のみならず、“TB<TC<TN”の関係を満足させる必要のある理由は以下のとおりである。
・良好かつ安定な熱アシスト磁気記録を行うためには、TB以上の上層F膜400、401の「HC対温度」の特性において、HCの温度に対する変化が比較的ゆるやかとなる温度領域の確保、かつ低HC状態の温度領域の確保が必要であり、これら2つを満たすためにはTBはTCよりも100〜150℃程度低く設定するのが望ましかったこと:TB≒TC−[100〜150℃]、
〔TB値とTC値との差分を大きくしてHCの温度に対する変化が比較的ゆるやかとなる温度領域を広げすぎた場合には、T=TWでのHCが大となって記録困難に陥る恐れがあり、逆に、低HC状態への記録を目指し、TB値とTC値との差分を小さくしすぎた場合には、TWがTCを超えてしまうことが起こりえて記録困難に陥る恐れがあることから、TB値とTC値との差分は上で述べた100〜150℃程度が望ましいと判断した。〕
・TBの温度のところで大きなdHC/dT、及びd(KFVF)eff./dTを得るべく、TBの温度のところでの下層AF膜300、301内の<SAF>、及び2JAF<SAF><SAF>を大とさせるためには、TN値とTB値との差分をできるだけ大きくする必要があり、TNはTBより200〜250℃程度以上高い必要があること:TN≒TB+[200〜250℃(and or above)]≒TC−[100〜150℃]+[200〜250℃(and or above)]≒TC+[50〜150℃(and or above)]、
から、
TB≒TC−[100〜150℃]<TC<TN≒TC+[50〜150℃(and or above)]、
の関係が必要なためであり、よって、“TB<TC<TN”の関係を満足させる必要性があるためである。
【0074】
また、TN<TCの場合、万が一、TWがTC近傍に上昇してしまった時には、下層AF層300、301内の温度がTNを越えてしまうことからAF状態が一瞬消失しPara.状態となる。そして、このPara.状態が冷却過程において再びAF状態に戻ったとき、TN直下でのKAFが小さいがためにTN直下での(KAFVAF)積が小の状態で、すなわち、AFスピンの熱揺らぎが大きい状態のままTB以下に冷却(フィールドクール)・凍結されて「AF/F」の交換結合が生じる場合もあることから記録磁界の方向に熱アシスト磁気記録ができなくなることが起こりうる。この意味でもTC<TNを満足させる必要があり、上で述べたようにTB<TW、TW<TC(すなわちTB<TC)を満足させる必要もあることから、“TB<TC<TN”の関係を満足させる必要がある。
【0075】
上記、記録磁界の方向に熱アシスト磁気記録ができなくなる理由を詳述すると、以下のとおりである。Neelの研究によると磁性体の緩和時間τは、τ=τ0 exp(KV/kBT) (τ0=10−9s)で記述される。TN近傍、或いは直下ではKAF≒0としてτ≒10−9 sのオーダーであり(すなわち、10−9sのオーダーでAFスピンが上下運動・熱揺らぎを起こしており)、熱磁気記録冷却過程においてのTBまでの冷却時間10−9sのオーダーと同程度である。したがって、以下のことが起こりうる。
(a)(TN近傍での熱揺らぎによりランダムな方向に向いている下層AF膜300、301中のAFスピン配列が、しかるべき異方性軸の方向:[001]か[00-1]方向にAFスピン配列が収束するまでの時間)<(TN近傍からTBまでの降温にかかる冷却時間)、を満たす「AF/F」交換結合グレインは記録磁界の方向に応じた方向に交換結合するが、中には、
(b)(TN近傍での熱揺らぎによりランダムな方向に向いている下層AF膜300、301中のAFスピン配列が、しかるべき異方性軸の方向:[001]か[00-1]方向にAFスピン配列が収束するまでの時間)>(TN近傍からTBまでの降温にかかる冷却時間)、を満たす「AF/F」交換結合グレインがある。
(b)の場合、下層AF膜300、301中のAFスピンがランダムな方向を向いたまま「AF/F」交換結合が形成されることになるがゆえ、上層F膜400、401中のスピンの方向は、下層AF膜300、301中のランダムなAFスピンの方向を反映した方向に向けられ、熱磁気記録されることになる。つまり、上層F膜400、401中のスピンもランダムな方向に向けられ、熱磁気記録されてしまう。以上が、TN<TCの場合に、記録磁界の方向に熱磁気記録ができなくなることが起こりうる理由である。なお、ここでは、TWがTNを越えた場合について述べたが、TWがTNを越えなくても、TW がTN近傍に上昇した場合にも、起こりうる現象である。
【0076】
さらに、実施例1、及び2において、ヒートシンク層210、211はCuに限定されない。ヒートシンク層210、211は、fcc構造を有しかつ熱伝導性に優れるAu膜、Ag膜、Pt膜、Pd膜、Rh膜、AuCu膜、PtAu膜、AuAg膜、これらの元素を組み合わせた合金膜、Au3Cu規則相膜、L10 AuCu膜、或いはAuCu3規則相膜で構成されても良い。Au3Cu規則相膜、L10 AuCu膜、或いはAuCu3規則相膜を用いた場合には、Au3Cu規則相膜(バルクの規則化温度:200℃)、L10AuCu膜(バルクの規則化温度:408℃)、AuCu3規則相膜(バルクの規則化温度:390℃)の規則化温度が極めて低いことから、Au3Cu、AuCu、AuCu3の規則化の際に生じるDynamic stressがL10 FePt系膜の規則化温度を低減するという副次的な効果もある。
【0077】
さらに、実施例1、及び2において、ヒートシンク層210、211の下側に設けられる下地膜200、201は、Ta膜に限定されない。ヒートシンク層210、211を構成している上述のfcc金属膜の(111)単独配向が得られる膜であればなんでも良い。例えば、Zr膜、Hf膜、FeNiCr膜、であっても良い。また、Ta/Cu/Ru積層膜、Hf/Cu/Ru積層膜、FeNiCr/Cu/Ru積層膜などの積層膜で構成されてもよい。Ru膜はhcp構造を有するが、Ta/Cu、Hf/Cu、FeNiCr/Cu上ではRu(001)配向を示す。Ru(001)面内と上述のヒートシンク層のfcc(111)面内は、同じ稠密六方格子を有しているがゆえ、Ru(001)面上では、ヒートシンク層のfcc(111)面がエピタキシャル成長し、fcc(111)の単独配向が得られるためである。
【0078】
さらに、実施例1、及び2において、高KFの記録再生層としての上層F膜400、401は、L10FePt系膜に限定されない。上層F膜400、401は、“TB<TC<TN”の関係を満たすよう組成調節がなされたCo基合金膜で構成されても良い。具体的には、SmCo合金膜、CoCr合金膜、CoPt合金膜、CoCrTa合金膜、CoCrPt合金膜、CoCrTaPt合金膜、Co3Pt合金膜、CoCrPt-SiO2合金膜などのCo基合金膜などが挙げられる。
【0079】
また、上層F膜400、401は、“TB<TC<TN”の関係を満たすよう各層の膜厚調節がなされた[Co/Pt]n多層膜や[Co/Pd]n多層膜で構成されても良い。
【0080】
さらに、上層F膜400、401は、“TB<TC<TN”の関係を満たすよう組成調節がなされたTbFe合金膜、TbFeCo合金膜、TbCo合金膜、GdTbFeCo合金膜、GdDyFeCo合金膜、NdFeCo合金膜、NdTbFeCo合金膜などの非晶質希土類(RE)−遷移金属(TM)合金膜で構成されても良い。
【0081】
ただ、以上の材料は、L10FePt系膜と比べるとKF値が小さいがため、RTでの熱揺らぎ耐性:(KFVF)eff./(kBT)値はL10FePt系膜と比べるとどうしても小さくなってしまうであろう。また、以下に述べるように、下層AF膜300、301にL10PtMn系(111)配向膜、上層F膜400、401にCo基合金膜、[Co/Pt]n多層膜や[Co/Pd]n多層膜、及び非晶質RE−TM合金膜を用いた場合には、垂直磁気記録対応交換結合2層媒体となるが、記録再生層に異方性軸の乱れの問題が生じうる。
【0082】
Co基合金膜はL10PtMn系(111)面上でhcp(001)配向、[Co/Pt]n多層膜、及び[Co/Pd]n多層膜はL10PtMn系(111)面上で(111)配向する。したがって、L10PtMn系(111)配向膜上に、Co基(001)配向合金膜、[Co/Pt]n(111)配向多層膜、及び[Co/Pd]n(111)配向多層膜が形成された場合には、Co基(001)配向合金膜、[Co/Pt]n(111)配向多層膜、及び[Co/Pd]n(111)配向多層膜の異方性軸が面直方向、すなわち垂直磁化方向にあるがために垂直磁気記録対応交換結合2層媒体となる。しかしながら、L10 PtMn系(111)配向膜の異方性軸は面直方向から約52°傾いた方向にある(図10参考)。したがって、Co基(001)配向合金膜、[Co/Pt]n(111)配向多層膜、及び[Co/Pd]n(111)配向多層膜の異方性軸(面直方向)と、L10 PtMn系(111)配向膜の異方性軸(面直方向から約52°傾いた方向)、との間に異方性軸の不一致が生じ、「AF/F」の交換結合により、記録再生層を担うCo基(001)配向合金膜、[Co/Pt]n(111)配向多層膜、及び[Co/Pd]n(111)配向多層膜に異方性軸の乱れが生じうる。すなわち、Co基(001)配向合金膜、[Co/Pt]n(111)配向多層膜、及び[Co/Pd]n(111)配向多層膜の異方性軸は、面直方向からはやや乱されてしまう。したがって、これらの材料を記録再生層として用いる場合には、面直方向からの異方性軸の乱れを極力小とすべく、Co基合金膜、[Co/Pt]n多層膜、及び[Co/Pd]n多層膜の(KFVF)積を、L10PtMn系膜の(KAFVAF)積よりも大きくする等の工夫が必要とされる。
【0083】
また、上記RE−TM合金膜は、下地がなんであろうと非晶質となり、異方性軸の方向は面直方向、すなわち垂直磁化方向にある。したがって、L10 PtMn系(111)配向膜上に、RE−TM合金膜が形成された場合も、RE−TM合金膜の異方性軸が面直方向、すなわち垂直磁化方向にあるがために垂直磁気記録対応交換結合2層媒体となる。しかしながら、L10 PtMn系(111)配向膜の異方性軸の方向は、上でも述べたように面直方向から約52°傾いた方向にある。よって、RE−TM合金膜を用いた場合にも異方性軸の不一致の問題が生じ、「AF/F」の交換結合により、記録再生層を担うRE−TM合金膜に異方性軸の乱れが生じうる。この場合も、面直方向からの異方性軸の乱れを極力小とすべく、RE−TM合金膜の(KFVF)積を、L10PtMn系膜の(KAFVAF)積よりも大きくする等の工夫が必要とされる。
【0084】
上層F膜400、401として、RE−TM合金膜を選択した場合には、下層AF膜300、301を構成しているL10PtMn系膜の結晶配向性を(002)配向とさせて異方性軸の方向を面直方向、すなわち垂直磁化方向に変え、RE−TM合金膜の異方性軸の方向(面直方向、すなわち垂直磁化方向)とL10 PtMn系膜の異方性軸の方向を一致させることが可能である。この場合、L10 PtMn系膜を(002)配向させる必要があることから、この場合に限り、下地膜200、201/ヒートシンク層210、211は、下記のいずれかの組み合わせにより構成されなければならない。Fe(002)/Pt(002)膜、Cr(002)/Pt(002)膜、CrRu(002)/Pt(002)膜、RuAl(002)/Pt(002)膜、Fe(002)/Au(002)膜、Cr(002)/Au(002)膜、CrRu(002)/Au(002)膜、RuAl(002)/Au(002)膜、Fe(002)/Ag(002)膜、Cr(002)/Ag(002)膜、CrRu(002)/Ag(002)膜、RuAl(002)/Ag(002)膜、MgO(002)/Pt(002)膜、MgO(002)/Au(002)膜、MgO(002)/Ag(002)膜、[MgO(002)/Fe(002)]/Pt(002)膜、[MgO(002)/Cr(002)]/Pt(002)膜、[MgO(002)/CrRu(002)]/Pt(002)膜、[MgO(002)/Fe(002)]/Au(002)膜、[MgO(002)/Cr(002)]/Au(002)膜、[MgO(002)/CrRu(002)]/Au(002)膜、[MgO(002)/Fe(002)]/Ag(002)膜、[MgO(002)/Cr(002)]/Ag(002)膜、或いは、[MgO(002)/CrRu(002)]/Ag(002)膜で構成されなければならない。
【0085】
上に挙げた下地膜/ヒートシンク層は、L10PtMn系膜、L10 FePt系膜をともに(002)配向させ、異方性軸の方向をともに面直方向、すなわち垂直磁化方向とさせ、垂直磁気記録対応「L10 PtMn系(AF)/L10FePt系(F)」交換結合2層媒体を得る上でも大変有効なシード層として機能しうる。
【0086】
さらに、実施例1、及び2において、下層AF膜300、301は、L10NiMn膜、γ-FeMn膜、γ-MnIr膜、γ-MnRh膜、γ-MnRu膜、γ-MnNi膜、γ-MnPt膜、γ-MnPd膜、γ-Mn(PtRh)膜、γ-Mn(RuRh)膜、規則相Mn75Ir25膜で構成されても良い。また、不規則相CrMnM膜で構成されても良い。第3元素Mとしては、Pt、Rh、Pd、及びCuが良く、これらの元素のうち2種類以上を組み合わせて添加しても良い。さらに、下層AF膜300、301は、今後、規則化温度を350℃以下に低減できる技術が確立されれば、100-200℃近傍でAF→F相転移するFeRh系、或いはFeRhIr系の材料で構成されても良い。ただ、以上のAF膜は、L10 PtMn系膜と比べるとKAF値が小さいがため、TW直下TBの温度のところでのHCの変化分は、L10PtMn系膜と比べるとどうしても小さくなってしまうであろう。また、L10 PtMn系膜と比べるとTB値とTN値の差分が小さいため、この意味でもTW直下TBの温度のところでのHCの変化分は、L10PtMn系膜と比べるとどうしても小さくなってしまう。
【0087】
上層F膜400、401は、FePtにCoを添加したL10FePtCo膜、L10 FePtCo:Ag膜、FePtCoにNiを添加したL10FePtCo-Ni膜、L10 FePtCo-Ni:Ag膜、或いは、L10CoPt膜、L10 CoPt:Ag膜、CoPtにNiを添加したL10CoPt-Ni膜、L10 CoPt-Ni:Ag膜、CoPtにPdを添加したL10CoPtPd膜、L10 CoPtPd:Ag膜、CoPtPdにNiを添加したL10CoPtPd-Ni膜、L10 CoPtPd-Ni:Ag膜で構成されても良い。また、L10 FePd膜、L10 FePd:Ag膜、FePdにPtを添加したL10FePdPt膜、L10 FePdPt:Ag膜、或いは、FePdPtにNiを添加したL10FePdPt-Ni膜、L10 FePdPt-Ni:Ag膜で構成されても良い。
【0088】
また、L10FePt:M膜、L10 FePtCo:M膜、L10FePtCo-Ni:M膜、L10 CoPt:M膜、L10CoPt-Ni:M膜、L10 CoPtPd:M膜、L10CoPtPd-Ni:M膜、L10 FePd:M膜、L10FePdPt:M膜、或いは、L10 FePdPt-Ni:M膜で構成されても良い。粒界に析出する第3元素Mとしては、上で述べたAgの他に、Cu、Sn、Pb、Sb、Bi、B、及びCでも良く、これらの元素のうち2種類以上を組み合わせて添加しても良い。なお、第3元素Mとして、AgやCuなど化学的に貴な元素を選択した場合には、粒界での微量酸素の付着を極力小とすることができる。微量酸素の存在は、L10 FePt系膜、及びL10CoPt系膜の規則化温度低減を妨害することから、AgやCuは規則化温度低減にとって望ましい第3元素Mと言えよう。
【0089】
保護膜500、501は、Cu膜、Cr膜、Ta膜、Ru膜、Pd膜、Ag膜、Pt膜、或いはAu膜、で構成されても良い。2種類以上を組み合わせてもよい。これらのうち、Cu、Ru、Pd、Ag、Pt、或いはAuなど化学的に貴な元素を選択した場合には、L10 FePt系膜、及びL10CoPt系膜表面での微量酸素の付着を極力小とすることができる。上でも述べたが、微量酸素の存在は、L10 FePt系膜、及びL10CoPt系膜の規則化温度低減を妨害することから、Cu、Ru、Pd、Ag、Pt、或いはAuなどは規則化温度低減にとって望ましい保護膜と言えよう。ただ、これらの化学的に貴な材料は、低抵抗ゆえに熱が横方向に拡散する要因となるため、できる限り薄くする等の工夫が必要とされる。さらに、保護膜500、501は、SiNなどの窒化物で構成されていても良い。
【0090】
さらに、下地膜200、201の下側にSUL層(Soft underlayer層)を設けても構わない。
さらに、本発明に係わる「下層AF膜300、301のTBを利用し、然るべき温度のところでdHC/dTを大とさせる」ことの基本コンセプトは、MRAM(Magnetic random access memory)にも展開が可能である。
【実施例3】
【0091】
図17は、本発明による熱アシスト磁気記録媒体を用いた磁気ディスク装置の一実施例を示す図である。磁気記録装置としての磁気ディスク装置に本発明による熱アシスト磁気記録媒体を適用した概要を示すものである。しかしながら、本発明の熱アシスト磁気記録媒体は、例えば、磁気テープ装置などのような磁気記録装置、光磁気ディスク装置にも適用することが可能である。
【0092】
図示した磁気ディスク装置は、同心円状のトラックと呼ばれる記録領域にデータを記録するための、ディスク状に形成された本発明による熱アシスト磁気記録媒体としての磁気ディスク10と、上記データを書き込み、読み取りする、該熱アシスト磁気記録媒体を暖めるための近接場光、レーザー光照射手段が設けられている磁気ヘッド18と、該磁気ヘッド18を支え磁気ディスク10上の所定位置へ移動させるアクチュエータ24と、磁気ディスク10を回転させるモーター14と、磁気ヘッド18が読み取り、書き込みするデータの送受信、アクチュエータ手段の移動、モーター14の回転数、及びディスク10上の記録時の温度TWを(TB<TW<TC<TNの温度範囲に)制御する制御手段26とを含み構成される。
【0093】
さらに、構成と動作について以下に説明する。少なくとも一枚の回転可能な磁気ディスク10が回転軸12によって支持され、駆動用モーター14によって回転させられる。少なくとも一個のスライダ16が、磁気ディスク10上に設置され、該スライダ16は、一個以上設けられており、読み取り、書き込みするための磁気ヘッド18を支持している。
【0094】
磁気ディスク10が回転すると同時に、スライダ16がディスク表面を移動することによって、目的とするデータが記録されている所定位置へアクセスされる。スライダ16は、ジンバル20によってアーム22に取り付けられる。ジンバル20はわずかな弾力性を有し、スライダ16を磁気ディスク10に密着させる。アーム22はアクチュエータ24に取り付けられる。なお、図17には、ジンバルに保持されたスライダ16の拡大摸式図を同時に図示してある。
【0095】
アクチュエータ24としてはボイスコイルモーターがある。ボイスコイルモーターは固定された磁界中に置かれた移動可能なコイルからなり、コイルの移動方向及び移動速度等は、制御手段26からライン30を介して与えられる電気信号によって制御される。従って、本実施例によるアクチュエータ手段は、例えば、スライダ16とジンバル20とアーム22とアクチュエータ24とライン30を含み構成されるものである。
【0096】
磁気ディスクの動作中、磁気ディスク10の回転によってスライダ16とディスク表面の間に空気流によるエアベアリングが生じ、それがスライダ16を磁気ディスク10の表面から浮上させる。従って、磁気ディスク装置の動作中、本エアベアリングはジンバル20のわずかな弾性力とバランスをとり、スライダ16は磁気ディスク表面にふれずに、かつ磁気ディスク10と一定間隔を保って浮上するように維持される。
【0097】
通常、制御手段26はロジック回路、メモリ、及びマイクロプロセッサなどから構成される。そして、制御手段26は、各ラインを介して制御信号を送受信し、かつ磁気ディスク装置の種々の構成手段を制御する。例えば、モーター14はライン28を介し伝達されるモーター駆動信号によって制御される。アクチュエータ24はライン30を介したヘッド位置制御信号及びシーク制御信号等によって、その関連する磁気ディスク10上の目的とするデータートラックへ選択されたスライダ16を最適に移動、位置決めするように制御される。ディスク10上の記録時の温度TWはライン32を介したレーザーパワー制御信号や照射時間制御信号などの温度制御信号により、ディスク10上のTWがTB<TW<TC<TNの温度範囲になるよう制御される。
【0098】
そして、制御手段26は、磁気ヘッド18が磁気ディスク10のデータを読み取り変換した電気信号を、ライン32を介して受信し解読する。また、磁気ディスク10にデータとして書き込むための電気信号、熱アシスト(加温)するための電気信号を、ライン32を介して磁気ヘッド18に送信する。すなわち、制御手段26は、磁気ヘッド18が読み取り又は書き込みする情報の送受信を制御している。
【0099】
なお、上記の読み取り、書き込み信号は、磁気ヘッド18から直接伝達される手段も可能である。また、制御信号として例えばアクセス制御信号及びクロック信号などがある。さらに、磁気ディスク装置は複数の磁気ディスクやアクチュエータ等を有し、該アクチュエータが複数の磁気ヘッドを有してもよい。
【0100】
次に、図18を参照して、磁気ヘッド18の例について説明する。磁気ヘッド18は、熱アシスト磁気記録ヘッド181と再生ヘッド182とを含み、構成される。
【0101】
熱アシスト磁気記録ヘッド181は、少なくとも下部磁気コア1810と、コイル1811と、例えばコイル1811と上部磁気コア1813との中間に設けられているレーザー光1814を通すための導波路1812と、上部磁気コア1813とを含み構成される。浮上面1830にはAu薄帯などで構成されるナノ光源1815が配置されており、レーザー光1814がナノ光源1815の(浮上面とは反対側の)胴体部に照射されるよう配置されている。ナノ光源1815先端部は、例えば幅数十nm以下のBeaked apex形状を有している。ナノ光源1815にレーザー光1814を照射し、ナノ光源1815内にプラズモンを励起させる。プラズモンが励起されると、ナノ光源1815先端部からいわゆる近接場光1816(光スポット径数十nm以下)が発生する。近接場光1816により、熱アシスト磁気記録媒体10を局所的に所望の温度、すなわちTB<TW<TC<TNを満たす温度TWに加熱させて、ほぼ同時に熱アシスト磁気記録ヘッド181からの記録磁界を熱アシスト磁気記録媒体10に印加することで熱アシスト磁気記録を行うようにする。一方の再生ヘッド182は、少なくとも下部シールド1821と、GMRヘッド、或いはTMRヘッドなどの高感度再生センサ1822と、上部シールド1823とを含み構成される。
【図面の簡単な説明】
【0102】
【図1】本発明に係わる下層反強磁性膜/記録再生用上層強磁性膜より構成される熱アシスト磁気記録用交換結合2層媒体の拡大断面図。
【図2】熱アシスト磁気記録用交換結合2層媒体中の記録再生用上層強磁性膜の実効的(KFVF)/kBT値:(KFVF)eff./kBT値の温度依存性を示す図。
【図3】FePt膜のオーダーパラメーター(S)の熱処理温度依存性を示す図。
【図4】Ta/Cu/L10PtMn/L10 FePt膜のX線回折プロファイルを示す図。
【図5】L10FePt膜の透過TEM写真を示す図。
【図6】本発明に係わる熱アシスト磁気記録用交換結合2層媒体への熱アシスト磁気記録中のスピン配列の履歴の様子を示す図。
【図7】本発明に係わる[111]軸配向交換結合2層媒体(傾斜磁気異方性媒体)についての記録後の磁化ベクトルの様子を示す図。
【図8】L10FePtの結晶構造・磁気構造の説明図。
【図9】L10PtMnの結晶構造・磁気構造の説明図。
【図10】L10PtMn/ L10 FePt膜の(111)面内の結晶格子・磁気構造の説明図。
【図11】L10(Pt50-XAuX)Mn50 (in atomic %)膜中のAu添加量対TB、及びTNの関係を示す図。
【図12】L10(Fe50-XNiX)Pt50 (in atomic %)膜中のNi添加量対TCの関係を示す図。
【図13】L10PtMn-Au反強磁性(下層)/L10 FePt-Ni:Ag記録再生用強磁性膜(上層)より構成される熱アシスト磁気記録用交換結合2層媒体の拡大断面図。
【図14】図13の熱アシスト磁気記録用交換結合2層媒体中のL10 FePt-Ni:Ag記録再生用強磁性膜の保磁力(HC)の温度依存性を示す図。
【図15】L10(Pt50-XPdX)Mn50 (in atomic %)膜中のPd添加量対TB、及びTNの関係を示す図。
【図16】L10(Pt50-XRhX)Mn50 (in atomic %)膜中のRh添加量対TB、及びTNの関係を示す図。
【図17】本発明による熱アシスト磁気記録媒体を用いた磁気ディスク装置を示す模式図。
【図18】磁気ヘッドの例を示す図。
【符号の説明】
【0103】
10 磁気ディスク、12 回転軸、14 モーター、16 スライダ、18 磁気ヘッド、20 ジンバル、22 アーム、24 アクチュエータ、26 制御手段、28,30,32 ライン、100 基板、101 基板、181 熱アシスト磁気記録ヘッド、182 再生ヘッド、200 下地膜、201 下地膜、210 ヒートシンク層、211 ヒートシンク層、300 下層反強磁性膜、301 下層L10PtMn-Au反強磁性膜、400 記録再生用上層強磁性膜、401 記録再生用上層L10FePt-Ni:Ag強磁性膜、500 保護膜、501 保護膜、1810 下部磁気コア、1811 コイル、1812 導波路、1813 上部磁気コア、1814 レーザー光、1815 ナノ光源、1816 近接場光、1821 下部シールド、1822 高感度再生センサ、1823 上部シールド、3010 下層反強磁性膜の結晶粒(グレイン)、4010 上層強磁性膜の結晶粒(グレイン)、10000 熱、及び記録磁界
【特許請求の範囲】
【請求項1】
TCをキュリー温度、TNをネール温度、TBをブロッキング温度、KFを強磁性体の結晶磁気異方性エネルギー定数、KAFを反強磁性体の結晶磁気異方性エネルギー定数としたとき、
基板上に、高KAFの反強磁性体からなる下層膜と、高KFの記録再生層である強磁性体からなる上層膜とを積層した交換結合膜を有し、前記反強磁性体をTB<TC<TNの関係を満たすよう構成し、TBを利用し、保磁力HC対温度の特性を、TBの温度で階段状に変化させることを特徴とする熱アシスト磁気記録媒体。
【請求項2】
請求項1記載の熱アシスト磁気記録媒体において、前記下層膜はL10 PtMn系反強磁性体からなり、前記上層膜はL10 FePt系の強磁性体からなることを特徴とする熱アシスト磁気記録媒体。
【請求項3】
請求項1記載の熱アシスト磁気記録媒体において、前記下層膜はL10 PtMn-Au反強磁性体からなり、前記上層膜はL10 FePt-Ni:Ag強磁性体からなることを特徴とする熱アシスト磁気記録媒体。
【請求項4】
請求項1記載の熱アシスト磁気記録媒体において、前記下層膜はL10 PtMn-Pd、或いはL10PtMn-Rhからなり、前記上層膜はL10 FePt-Ni:Ag強磁性体からなることを特徴とする熱アシスト磁気記録媒体。
【請求項5】
請求項1記載の熱アシスト磁気記録媒体において、前記下層膜の下側に、Taシード層、及びfcc構造を有するCuヒートシンク層を順次積層した層を設けたことを特徴とする熱アシスト磁気記録媒体。
【請求項6】
TWを記録温度、TCをキュリー温度、TNをネール温度、TBをブロッキング温度、KFを強磁性体の結晶磁気異方性エネルギー定数、KAFを反強磁性体の結晶磁気異方性エネルギー定数としたとき、
基板上に、TB<TWの高KAFの反強磁性体からなる下層膜と、TW<TCの高KFの記録再生層である強磁性体からなる上層膜とを積層した交換結合膜を有し、前記反強磁性体をTB<<TN、TB<TC<TNの関係を満たすよう構成し、TB、及びTB<<TNの特質を利用し、保磁力HC対温度の特性を、TW直下TBの温度で階段状に変化させることを特徴とする熱アシスト磁気記録媒体。
【請求項7】
請求項6記載の熱アシスト磁気記録媒体において、前記下層膜はL10 PtMn系反強磁性体からなり、前記上層膜はL10 FePt系の強磁性体からなることを特徴とする熱アシスト磁気記録媒体。
【請求項8】
請求項6記載の熱アシスト磁気記録媒体において、前記下層膜はL10 PtMn-Au反強磁性体からなり、前記上層膜はL10 FePt-Ni:Ag強磁性体からなることを特徴とする熱アシスト磁気記録媒体。
【請求項9】
請求項6記載の熱アシスト磁気記録媒体において、前記下層膜はL10 PtMn-Pd、或いはL10PtMn-Rhからなり、前記上層膜はL10 FePt-Ni:Ag強磁性体からなることを特徴とする熱アシスト磁気記録媒体。
【請求項10】
請求項6記載の熱アシスト磁気記録媒体において、前記下層膜の下側に、Taシード層、及びfcc構造を有するCuヒートシンク層を順次積層した層を設けたことを特徴とする熱アシスト磁気記録媒体。
【請求項11】
熱アシスト磁気記録媒体と、
前記熱アシスト磁気記録媒体を駆動する媒体駆動部と、
媒体加熱手段と記録磁界印加手段を有する記録ヘッドと再生ヘッドとを搭載した磁気ヘッドと、
前記磁気ヘッドを前記熱アシスト磁気記録媒体上の所望の位置に位置決めするための磁気ヘッド駆動部と、
制御手段とを備え、
前記熱アシスト磁気記録媒体は、TWを記録温度、TCをキュリー温度、TNをネール温度、TBをブロッキング温度、KFを強磁性体の磁気異方性エネルギー定数、KAFを反強磁性体の磁気異方性エネルギー定数としたとき、基板上に、TB<TWの高KAFの反強磁性体からなる下層膜と、TW<TCの高KFの記録再生層である強磁性体からなる上層膜とを積層した交換結合膜を有し、前記反強磁性体をTB<<TN、TB<TC<TNの関係を満たすよう構成し、TB、及びTB<<TNの特質を利用して、保磁力HC対温度の特性を、TW直下TBの温度で階段状に変化させ、
前記制御手段は、前記熱アシスト磁気記録媒体上の記録時のTWをTB<TW<TC<TNの温度範囲に制御することを特徴とする磁気記録再生装置。
【請求項1】
TCをキュリー温度、TNをネール温度、TBをブロッキング温度、KFを強磁性体の結晶磁気異方性エネルギー定数、KAFを反強磁性体の結晶磁気異方性エネルギー定数としたとき、
基板上に、高KAFの反強磁性体からなる下層膜と、高KFの記録再生層である強磁性体からなる上層膜とを積層した交換結合膜を有し、前記反強磁性体をTB<TC<TNの関係を満たすよう構成し、TBを利用し、保磁力HC対温度の特性を、TBの温度で階段状に変化させることを特徴とする熱アシスト磁気記録媒体。
【請求項2】
請求項1記載の熱アシスト磁気記録媒体において、前記下層膜はL10 PtMn系反強磁性体からなり、前記上層膜はL10 FePt系の強磁性体からなることを特徴とする熱アシスト磁気記録媒体。
【請求項3】
請求項1記載の熱アシスト磁気記録媒体において、前記下層膜はL10 PtMn-Au反強磁性体からなり、前記上層膜はL10 FePt-Ni:Ag強磁性体からなることを特徴とする熱アシスト磁気記録媒体。
【請求項4】
請求項1記載の熱アシスト磁気記録媒体において、前記下層膜はL10 PtMn-Pd、或いはL10PtMn-Rhからなり、前記上層膜はL10 FePt-Ni:Ag強磁性体からなることを特徴とする熱アシスト磁気記録媒体。
【請求項5】
請求項1記載の熱アシスト磁気記録媒体において、前記下層膜の下側に、Taシード層、及びfcc構造を有するCuヒートシンク層を順次積層した層を設けたことを特徴とする熱アシスト磁気記録媒体。
【請求項6】
TWを記録温度、TCをキュリー温度、TNをネール温度、TBをブロッキング温度、KFを強磁性体の結晶磁気異方性エネルギー定数、KAFを反強磁性体の結晶磁気異方性エネルギー定数としたとき、
基板上に、TB<TWの高KAFの反強磁性体からなる下層膜と、TW<TCの高KFの記録再生層である強磁性体からなる上層膜とを積層した交換結合膜を有し、前記反強磁性体をTB<<TN、TB<TC<TNの関係を満たすよう構成し、TB、及びTB<<TNの特質を利用し、保磁力HC対温度の特性を、TW直下TBの温度で階段状に変化させることを特徴とする熱アシスト磁気記録媒体。
【請求項7】
請求項6記載の熱アシスト磁気記録媒体において、前記下層膜はL10 PtMn系反強磁性体からなり、前記上層膜はL10 FePt系の強磁性体からなることを特徴とする熱アシスト磁気記録媒体。
【請求項8】
請求項6記載の熱アシスト磁気記録媒体において、前記下層膜はL10 PtMn-Au反強磁性体からなり、前記上層膜はL10 FePt-Ni:Ag強磁性体からなることを特徴とする熱アシスト磁気記録媒体。
【請求項9】
請求項6記載の熱アシスト磁気記録媒体において、前記下層膜はL10 PtMn-Pd、或いはL10PtMn-Rhからなり、前記上層膜はL10 FePt-Ni:Ag強磁性体からなることを特徴とする熱アシスト磁気記録媒体。
【請求項10】
請求項6記載の熱アシスト磁気記録媒体において、前記下層膜の下側に、Taシード層、及びfcc構造を有するCuヒートシンク層を順次積層した層を設けたことを特徴とする熱アシスト磁気記録媒体。
【請求項11】
熱アシスト磁気記録媒体と、
前記熱アシスト磁気記録媒体を駆動する媒体駆動部と、
媒体加熱手段と記録磁界印加手段を有する記録ヘッドと再生ヘッドとを搭載した磁気ヘッドと、
前記磁気ヘッドを前記熱アシスト磁気記録媒体上の所望の位置に位置決めするための磁気ヘッド駆動部と、
制御手段とを備え、
前記熱アシスト磁気記録媒体は、TWを記録温度、TCをキュリー温度、TNをネール温度、TBをブロッキング温度、KFを強磁性体の磁気異方性エネルギー定数、KAFを反強磁性体の磁気異方性エネルギー定数としたとき、基板上に、TB<TWの高KAFの反強磁性体からなる下層膜と、TW<TCの高KFの記録再生層である強磁性体からなる上層膜とを積層した交換結合膜を有し、前記反強磁性体をTB<<TN、TB<TC<TNの関係を満たすよう構成し、TB、及びTB<<TNの特質を利用して、保磁力HC対温度の特性を、TW直下TBの温度で階段状に変化させ、
前記制御手段は、前記熱アシスト磁気記録媒体上の記録時のTWをTB<TW<TC<TNの温度範囲に制御することを特徴とする磁気記録再生装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【公開番号】特開2008−52869(P2008−52869A)
【公開日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−230616(P2006−230616)
【出願日】平成18年8月28日(2006.8.28)
【出願人】(503116280)ヒタチグローバルストレージテクノロジーズネザーランドビーブイ (1,121)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年8月28日(2006.8.28)
【出願人】(503116280)ヒタチグローバルストレージテクノロジーズネザーランドビーブイ (1,121)
【Fターム(参考)】
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