説明

熱伝導性に優れたバルブシート

【課題】耐摩耗性と熱伝導性とに優れた内燃機関用バルブシートを提供する。
【解決手段】フェイス面側層が、基地相中に硬質粒子が分散した基地部を有し、該基地部が、質量%で、C:0.2〜2.0%を含み、Co、Mo、Si、Cr、Ni、Mn、W、V、Sのうちから選ばれた1種または2種以上を合計で40%以下を含有する組成と、基地相中に硬質粒子をフェイス面側層全量に対する質量%で、5〜40%分散させてなる組織とを有する鉄系焼結合金製とし、着座面側層が、質量%で、C:0.2〜2.0%を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する鉄系焼結合金製とし、着座面側層を、バルブシート全量に対する体積%で、55〜90%とする。そして、上記した鉄基焼結体の空孔にカーボン粉を体積%で0.5〜15%含浸させる。これにより、優れた耐摩耗性と、高い熱伝導性とを兼備したバルブシートとすることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関(エンジン)用のバルブシートに係り、とくに熱伝導性の向上に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境の保全という観点から、自動車の燃費向上が要望されている。このため、エンジンの高効率化、高負荷化が指向され、燃焼室まわりの温度が上昇する傾向となっている。燃焼室まわりの温度を低下させることができないと、ノッキングが発生し、エンジンの高出力化も期待できなくなる。そのため、燃焼室の熱を、いかに効率よく取り除くことができるかが、エンジンの高効率化にとって重要なポイントとなる。この場合、バルブシートとシリンダーヘッド間の熱伝達性を向上させることも一つの手段であり、その具体的手段として、バルブシートの熱伝導性の向上が挙げられる。
【0003】
このような目的のために、例えば、空孔に銅或いは銅合金等を溶浸させた焼結合金製バルブシートがある。しかし、このようなバルブシートでは、バルブシートフェイス面に軟質な銅相等が存在するため、耐摩耗性が大幅に低下するという問題がある。
また、例えば、特許文献1には、座面を含む内側部材と外側部材とが冶金的に接合され、内側部材が鉄系焼結合金からなり、外側部材が基地中または気孔中に潤滑成分を含有する銅または銅合金の焼結材料からなる弁座が提案されている。これによれば、耐摩耗性と熱伝達性がともに優れた弁座が得られるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平7−317513号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載された技術で製造されたバルブシートは、内側と外側とで、異種の合金(金属)を冶金的に接合するために、複雑な製造工程を必要とし生産性が低下するうえ、安定して均質なバルブシートを製造できないという問題がある。
本発明は、かかる従来技術の問題を解決し、鉄基焼結体製で、簡便な方法で製造可能な、耐摩耗性と熱伝導性とを兼備した内燃機関用バルブシートを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記した目的を達成するため、鉄基焼結体の熱伝導性に及ぼす各種要因について、鋭意研究した。その結果、微細なカーボン粉(ファインカーボン)に着目した。そして、鉄基焼結体の空孔に微細なカーボン粉を含浸させることにより、耐摩耗性の低下を伴うことなく、鉄基焼結体の熱伝導性向上に有効に寄与できることに思い至った。 そして、さらに、焼結体の空孔に微細なカーボン粉を含浸させる方法について、検討した。その結果、微細なカーボン粉(ファインカーボン)を溶媒中に均一に分散させた溶液を、減圧下に保持された焼結体に注入したのち、焼結体を大気圧以上にもどせば、焼結体の空孔に容易に、カーボン粉を含浸させることができることを見い出した。
【0007】
本発明は、かかる知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨は、次のとおりである。
(1)鉄基焼結体製のバルブシートであって、着座面側層とフェイス面側層との2層を一体化してなり、該バルブシートの空孔に、カーボン粉を含浸させてなることを特徴とする熱伝導性に優れたバルブシート。
(2)(1)において、前記カーボン粉を体積率で0.5〜15%含浸させてなることを特徴とするバルブシート。
(3)(1)または(2)において、前記着座面側層が、バルブシート全量に対する体積率で55〜90%であることを特徴とするバルブシート。
(4)(1)ないし(3)のいずれかにおいて、前記着座面側層の密度が、6.0〜7.4g/cmであることを特徴とするバルブシート。
(5)(1)ないし(4)のいずれかにおいて、前記フェイス面側層が、基地相中に硬質粒子が分散した基地部を有し、該基地部が、質量%で、C:0.2〜2.0%を含み、Co、Mo、Si、Cr、Ni、Mn、W、V、Sのうちから選ばれた1種または2種以上を、合計で40%以下含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成と、前記基地相中に硬質粒子をフェイス面側層全量に対する質量%で5〜40%分散させてなる組織とを有する鉄基焼結体層であり、前記着座面側層が、質量%で、C:0.2〜2.0%を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する鉄基焼結体層であることを特徴とするバルブシート。
(6)(5)において、前記着座面側層が、前記組成に加えてさらに、質量%で、Mo、Si、Cr、Mn、W、V、Sのうちから選ばれた1種または2種以上を、合計で10%以下含有する組成を有することを特徴とするバルブシート。
(7)(1)ないし(6)のいずれかにおいて、前記フェイス面側層が、前記基地相中に前記硬質粒子に加えてさらに、固体潤滑剤粒子が分散した基地部を有し、前記基地部組織が前記硬質粒子に加えてさらに固体潤滑剤粒子をフェイス面側層全量に対する質量%で0.3〜5.0%分散させてなる基地部組織を有することを特徴とする請求項1ないし6のいずれかに記載のバルブシート。
(8)(1)ないし(7)のいずれかにおいて、前記着座面側層が、前記基地相中に、固体潤滑剤粒子が分散した基地部を有し、前記基地部組織が固体潤滑剤粒子を、着座面側層全量に対する質量%で0.3〜5.0%分散させてなる基地部組織を有することを特徴とするバルブシート。
(9)着座面側層とフェイス面側層との2層を一体化してなる鉄基焼結体製バルブシートを、大気圧より低い圧力に保持された雰囲気中に保持したのち、該バルブシートに、溶媒中にカーボンを分散させた溶液を注入し、または該バルブシートを溶媒中にカーボンを分散させた溶液中に浸漬し、ついで、前記雰囲気の圧力を大気圧もしくは大気圧以上に加圧してとして、前記バルブシートの空孔に前記溶液を含浸させ、しかる後に150℃以下の温度に加熱し溶媒を蒸発させる蒸発処理を施すことを特徴とする熱伝導性に優れる鉄基焼結体製バルブシートの製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、耐摩耗性の低下を伴うことなく、熱伝導性に優れたバルブシートを、簡便な方法で製造でき、産業上格段の効果を奏する。また、本発明によれば、エンジンの燃焼室まわりの温度を低下でき、エンジンの高効率化に寄与できるという効果もある。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明のバルブシートの好ましい2層構造を模式的に示す概略説明図である。
【図2】単体リグ試験機の概要を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明バルブシートは、鉄基焼結体製で、内部の空孔にカーボンを、好ましくはバルブシート全量に対する体積率で0.5〜15%含浸させてなるバルブシートである。含浸するカーボンが0.5%未満では、所望の熱伝導性を確保できず、バルブシートの冷却機能が不足し、燃焼室まわりの温度を所望の温度まで低下することができず、ノッキングが起こりやすいという問題がある。一方、15%を超えて含有する場合には、焼結体の密度を低くする必要があり、強度も低いため、シリンダーヘッドへの圧入時に、割れや亀裂が発生しやすくなる。また、切削加工時に割れ、亀裂が発生しやすくなる。このようなことから、含浸させるカーボンは、バルブシート全量に対する体積率で0.5〜15%の範囲に限定した。なお、より好ましくはバルブシート全量に対する体積率で3〜7%である。
【0011】
また、本発明のバルブシートは、単層からなるバルブシートとしてもよいが、バルブと接触する側にフェイス面側層を、着座面と接触する側に着座面側層とを有し、該フェイス面側層と該着座面側層との上下2層を一体化してなるバルブシートとするが好ましい。
本発明のバルブシートでは、着座面側層の密度を、6.0〜7.4g/cmの範囲に限定することが好ましい。着座面側層の密度が、6.0g/cm未満では、強度が低く、シリンダーヘッドへの圧入時に、割れや亀裂が発生しやすくなる。一方、7.4g/cmを超えて密度が大きくなると、空孔率が低下して、空孔に含浸されるカーボン量が減少し、熱伝導性の向上が望めない。このため、着座面側層の密度を、6.0〜7.4g/cmの範囲に限定した。なお、好ましくは6.8〜7.2g/cmである。
【0012】
また、本発明のバルブシートでは、熱伝導性向上の観点から、着座面側層を、バルブシート全量に対する体積率で55〜90%とすることが好ましい。着座面側層の厚さが、フェイス面側層に比べて厚くすることにより、熱伝導性をより向上させ、冷却能を向上させることができる。着座面側層の体積率が55%未満では、熱伝導率の向上が少なく、所望の冷却能を確保できなくなる。一方、着座面側層の体積率が90%を超えると、着座面側層がバルブシートフェイス面に露出する場合があり、バルブシートの耐摩耗性が著しく低下する。このようなことから、着座面側層を、バルブシート全量に対する体積率で55〜90%の範囲に限定した。なお、より好ましくは体積率で70〜90%である。
【0013】
本発明のバルブシートでは、フェイス面側層は、耐摩耗性を確保するために、基地相中に硬質粒子を分散させた基地部を有し、該基地部が、質量%で、C:0.2〜2.0%を含み、Co、Mo、Si、Cr、Ni、Mn、W、V、Sのうちから選ばれた1種または2種以上を、合計で40%以下含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成(基地部組成)と、前記基地相中に硬質粒子をフェイス面側層全量に対する質量%で5〜40%分散させてなる組織(基地部組織)とを有する。
【0014】
つぎに、フェイス面側層における好ましい基地部組成の限定理由について説明する。以下、とくに断わらない限り質量%は単に%で記す。なお、基地部組成は、基地相と硬質粒子と、あるいはさらに固体潤滑剤粒子を含んだ組成である。
C:0.2〜2.0%
Cは、焼結体の強度、硬さを増加させ、所望の強度、硬さの確保に寄与する元素である。このような効果を確保するためには、0.2%以上の含有を必要とする。一方、2.0%を超える含有は、基地相中にセメンタイトが生成しやすくなるとともに、焼結時に液相が発生しやすく、寸法精度の劣化を招く。このため、Cは0.2〜2.0%の範囲に限定することが好ましい。なお、より好ましくは0.9〜1.1%である。
【0015】
Co、Mo、Si、Cr、Ni、Mn、W、V、Sのうちから選ばれた1種または2種以上を合計で:40%以下
Co、Mo、Si、Cr、Ni、Mn、W、V、Sは、混合する鉄系粉末、合金元素粉、硬質粒子粉および固体潤滑剤粉起因の元素であり、焼結体の基地部の強度を向上するために、選択して1種または2種以上を合計で40%以下含有させる。これら元素の合計量が40%を超えると、成形性が低下する。なお、好ましくは合計で25〜35%である。
【0016】
上記した以外の成分は、Feおよび不可避的不純物からなる。
本発明におけるフェイス面側層では、基地相に硬質粒子を、フェイス面側層全量に対する質量%で5〜40%分散させてなる組織を有する。基地相に硬質粒子を分散させることにより、所望の耐摩耗性を有するフェイス面側層とすることができる。分散量が、フェイス面側層全量に対する質量%で5%未満では、所望の耐摩耗性を保持することができない。一方、40%を超えて分散させると、効果が飽和し、添加量に見合う効果が期待できなくなる。このため、フェイス面側層における硬質粒子の分散量をフェイス面側層全量に対する質量%で、5〜40%の範囲に限定することが好ましい。なお、より好ましくは15〜25%である。なお、フェイス面側層の基地相中に分散させる硬質粒子としては、Co基金属間化合物粒子、ステライト系硬質粒子、Fe−Mo系硬質粒子のいずれか、またはそれらの複合とすることが好ましい。なかでも、Co基金属間化合物粒子は、比較的軟らかなCo基地中に硬さの高い金属間化合物が分散した粒子であり、相手攻撃性が低いという特徴がある。好ましいCo基金属間化合物粒子としては、Si−Cr−Mo系Co基金属間化合物粒子、Mo−Ni−Cr系Co基金属間化合物粒子等が例示できる。
【0017】
なお、フェイス面側層では、上記した硬質粒子に加えて、さらに固体潤滑剤粒子をフェイス面側層全量に対する質量%で、0.3〜5.0%含有させてもよい。含有量が、0.3%未満では、所望の潤滑効果が期待できないうえ、切削性が低下する。一方、5.0%を超える含有は、切削性向上効果が飽和するうえ、強度の低下を招く。このため、含有する場合には、0.3〜5.0%の範囲に限定することが好ましい。固体潤滑剤粒子としては、MnS、CaF2が例示できる。
【0018】
一方、本発明になるバルブシートの着座面側層は、フェイス面側層と同様に、鉄系焼結合金製で、焼結によりフェイス面側層と境界面を介して一体化されている。着座面側層は、バルブとは接触せず、フェイス面側層を支え、単にバルブシートとして所望の強度を確保できる低合金組成とすることが好ましい。着座面側層の組成は、質量%で、C:0.2〜2.0%を含み、あるいはさらに、Mo、Si、Cr、Ni、Mn、W、V、Sのうちから選ばれた1種または2種以上を合計で10%以下、含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成とすることが好ましい。
【0019】
なお、着座面側層では、必要に応じて、基地相中にさらに固体潤滑剤粒子を着座面側層全量に対する質量%で、0.3〜5.0%含有させてもよい。含有量が、0.3%未満では、所望の潤滑効果が期待できないうえ、切削性が低下する。一方、5.0%を超える含有は、切削性向上効果が飽和するうえ、強度の低下を招く。このため、含有する場合には、0.3〜5.0%の範囲に限定することが好ましい。固体潤滑剤粒子としては、MnS、CaF2が例示できる。
【0020】
C:0.2〜2.0%
Cは、焼結体の強度、硬さを増加させる元素であり、本発明では、バルブシートとして所望の強度、硬さを確保するために、着座面側層では0.2%以上含有することが望ましいが、2.0%を超える含有は、基地中にセメンタイトが生成しやすくなるとともに、焼結時に液相が発生しやすく、寸法精度が低下するという問題がある。このため、Cは0.2〜2.0%の範囲に限定することが好ましい。なお、より好ましくは0.9〜1.1%である。
【0021】
上記した成分が着座面側層の基本の成分であるが、この基本成分に加えてさらに、選択元素として、Mo、Si、Cr、Ni、Mn、W、V、Sのうちから選ばれた1種または2種以上を合計で10%以下含有できる。
Mo、Si、Cr、Ni、Mn、W、V、Sのうちから選ばれた1種または2種以上:合計で10%以下
Mo、Si、Cr、Ni、Mn、W、V、Sはいずれも、着座面側層の強度、硬さを増加させる元素であり、必要に応じて選択して1種または2種以上を含有できる。このような効果を得るためには、合計で0.5%以上含有することが望ましいが、これら元素の含有量が合計で10%を超えると、成形性が低下し、また強度も低下する。このため、含有する場合には合計で10%以下に限定することが好ましい。なお、より好ましくは0.5〜5.0%である。
【0022】
なお、上記した以外の着座面側層の残部は、Feおよび不可避的不純物からなる。
つぎに、本発明バルブシートの好ましい製造方法について説明する。
フェイス面側層用の原料粉としては、鉄系粉末と、さらに、鉄系粉末と黒鉛粉末と合金用粉末と硬質粒子と固体潤滑剤粉末との合計量に対し、質量%で、0.9〜1.1%の黒鉛粉末と、3〜10%の合金用粉末と、15〜25%の硬質粒子粉末と、あるいはさらに、0.5〜2.5%の固体潤滑剤粒子粉末と、を上記したフェイス面側層組成となるように、所定量配合して、フェイス面側層用の混合粉とする。鉄系粉末は、純鉄粉としても、特定組成の鋼系粉末としてもよい。特定組成の鋼系粉末としては高速度鋼系粉末とすることが好ましい。使用する鉄系粉末は、アトマイズ粉とすることが好ましい。なお、必要に応じて、成形体の強度確保、金属潤滑のために、鉄系粉末、黒鉛粉末、合金用粉末、硬質粒子粉末、固体潤滑剤粉末の合計量100質量部に対して、1.0〜3.0質量部の潤滑剤粒子粉を混合してもよい。
【0023】
また、着座面側層用の原料粉としては、鉄系粉末と、鉄系粉末と黒鉛粉末と合金用粉末と固体潤滑剤粉末との合計量に対し、質量%で、0.9〜1.1%の黒鉛粉末と、あるいはさらに3〜10%の合金用粉末と、0.3〜5.0%の固体潤滑剤粒子粉末と、を上記した着座面側層組成となるように、所定量配合して、着座面側層用の混合粉とする。なお、必要に応じて、成形体の強度確保、金属潤滑のために、鉄系粉末、黒鉛粉末、合金用粉末、硬質粒子粉末、固体潤滑剤粉末の合計量100質量部に対して、1.0〜3.0質量部の潤滑剤粒子粉を混合してもよい。
【0024】
これら混合粉を、着座面側層の体積比が、バルブシート全量に対する体積率で55〜90%となるように、金型内に、配合し、一体的に加圧し、圧粉体とする。なお、加圧条件は、所望に応じて適宜決定すればよく、とくに限定する必要はない。
そして、得られた圧粉体に、ついで焼結処理を施して上下2層構造の焼結体とする。焼結処理の条件としては、還元雰囲気中で行なうこと以外は、所望の特性に応じて適宜、決定すればよく、とくに限定する必要はない。なお、焼結温度は、1100〜1200℃とすることが焼結拡散の観点から好ましい。
【0025】
なお、カーボンを含浸させる目的である程度の空孔が必要であることから、加圧成形と焼結処理とを少なくとも1回繰り返す、いわゆる1P1S工程とすることが好ましい。更なる強度確保の観点から、2P2S工程としてもよい。
上記したような工程で得られた、バルブシート用鉄基焼結体には、ついで、焼結体の空孔に、カーボン粉を含浸させる処理が施される。鉄基焼結体の空孔に、カーボン粉を含浸させる方法として、つぎの方法とすることが好ましいが、これに限定されないことは言うまでもない。本発明では、着座面側層の密度を、フェース面側層に比べて、低い密度として、空孔をより多く存在させ、カーボン粉の含浸を多くし、熱伝達性を向上させる。
【0026】
焼結体の空孔に含浸させるカーボン粉は、粒径:0.1〜10μm程度の、空孔に侵入可能な微細な粉末であればよく、とくに限定されない。
本発明では、このような微細なカーボン粉を、ケイ酸塩、ヨウ素酸を含む水、アルコール、熱硬化性樹脂の液体等の溶媒中に、5〜35質量%ほど均一分散させた溶液を用いることが好ましい。溶媒中のカーボン粉の量が、5%未満では、所望の含浸量が得られず、熱伝導性の向上が認められない。一方、35%を超えて多くなると、カーボン粉の含浸率が低下し、含有量に見合う効果が期待できなくなる。このため、溶媒中のカーボン粉は5〜35質量%に限定することが好ましい。なお、この際、溶液には、カーボン粉の均一分散のために、界面活性剤を添加してもよい。
【0027】
このような溶液を用いて、予め大気圧より低い、好ましくは−0.1MPaの減圧雰囲気の容器内に焼結体(バルブシート)を保持したのち、該容器中に上記した溶液を注入する。注入された溶液は、容器を大気圧もしくは大気圧以上の圧力に加圧することにより、焼結体(バルブシート)の空孔に含浸される。なお、減圧雰囲気の容器内に保持された焼結体(バルブシート)に、上記した溶液を注入することに代えて、減圧雰囲気の容器内に保持された焼結体(バルブシート)を上記した溶液に直接浸漬させてもよい。これによっても焼結体の空孔に溶液を含浸させることができる。
【0028】
溶液を含浸した焼結体(バルブシート)を、さらに、溶媒が蒸発する100〜150℃の範囲の温度に、大気中で加熱する。溶媒が蒸発することにより、焼結体(バルブシート)の空孔内にカーボン粉が残留し、空孔内にカーボン粉が含浸された焼結体(バルブシート)となる。
カーボン粉が含浸された鉄基焼結体は、所望の寸法に切削加工され、あるいは加工することなく、製品(バルブシート)とされる。
【実施例】
【0029】
表1に示す原料粉を、表1に示す配合量で混合し、V型混合機で混練し、フェイス面側層用混合粉とした。また、同様に、表1に示す原料粉を、表1に示す配合量で混合し、混練して、着座側層用混合粉とした。
【0030】
【表1】

【0031】
【表2】

【0032】
得られた着座側層用混合粉と、フェイス面側層用混合粉とを、断面が図1に示すようにバルブシート高さ方向2層で、所望の体積比となるように、金型の高さ方向に順に充填した。そして、プレス成形機(メカニカルプレス)を用いて、一体的に成形加工し、ついで、得られた圧粉体に、焼結処理を施し焼結体とする、表3に示す1P1S工程を施した。なお、焼結処理は、還元雰囲気中で、1150℃で行った。なお、一部の焼結体では、成形と焼結を2回とする2P2S工程とした。
【0033】
得られた焼結体は、ついで、圧力:−0.1MPaに減圧された容器内に移され、保持した。その後、該容器内に、溶媒(水)中にカーボン粉(濃度:10質量%)を分散させた溶液を、焼結体が浸漬する程度に注入した。しかるのち、容器内の圧力を、大気圧にもどし、焼結体の空孔に溶液を含浸させた。ついで、溶液を含浸した焼結体を150℃に加熱し、溶媒を蒸発させた。なお、一部の焼結体については、溶融状態の銅を含浸(溶浸)させた例、全く含浸させない例を、比較例とした。
【0034】
得られた焼結体について、各層から分析用試料を採取し、発光分析により各元素の含有量を求めた。測定は、2層の境界面より内側の断面で行った。
また、得られた焼結体について、各層から試験片を採取し、アルキメデス法を用いて密度を測定した。
また、焼結体断面の観察から、各層の断面積をもとめ、バルブシートにおけるフェース面側層と着座面側層のそれぞれの体積率を算出した。
【0035】
また、得られた焼結体に含浸したカーボン粉の比率(体積%)は、含浸前後の焼結体の重量を測定し、[(含浸後の重量−含浸前の重量)/(含浸前の重量)]で算出し、得られた質量%を次式を用いて体積%に変換した。
体積%=(質量%)×(鉄の理論密度)/(カーボンの理論密度)×100
さらに、得られたバルブシート(焼結体)を、図2に示す単体リグ摩耗試験機に装入し、下記の試験条件で運転した。なお、バルブシートのバルブフェース面に取り付けた熱電対によりバルブフェース面の温度を測定し、サチュレーションした温度をバルブフェース面温度とした。
【0036】
試験条件;
試験時間:8hr
カム回転数:3000 rpm
バルブ回転数:10 rpm
スプリング荷重:35kgf(345N)(セット時)
リフト量:7.5 mm
バルブ材質:SUH35
なお、LPG+Air量、冷却水量は一定とした。
【0037】
焼結体No.1のバルブフェース面の温度を基準にして、焼結体No.1のバルブフェース面の温度と、当該焼結体のバルブフェース面の温度と差を算出した。焼結体No.1のバルブフェース面の温度に比べて低下している場合を冷却能が優れているとして、○とし、上昇している場合を冷却能が低下しているとして×として評価した。
また、試験後の試験片(バルブシート)の凹み深さを測定し、摩耗量(μm)を算出した。焼結体No.1の摩耗量を基準として、単体摩耗試験の試験バラツキを考慮して、当該焼結体の摩耗量が+20%以内であれば、耐摩耗性の評価は○とし、それ以外の場合には×とした。
【0038】
得られた結果を表3に示す。
【0039】
【表3】

【0040】
【表4】

【0041】
【表5】

【0042】
【表6】

【0043】
本発明例はいずれも、耐摩耗性に優れ、さらに高い熱伝導性を有し、内燃機関用として好適優れた冷却能を有するバルブシートとなっている。一方、本発明の範囲を外れる比較例は、冷却能が低下しているか、耐摩耗性が低下している。
【符号の説明】
【0044】
1 バルブシート
1a フェイス面側層
1b 着座面側層
2 セティングプレート
3 熱源(LPG+Air)
4 バルブ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄基焼結体製のバルブシートであって、着座面側層とフェイス面側層との2層を一体化してなり、該バルブシートの空孔に、カーボン粉を含浸させてなることを特徴とする熱伝導性に優れたバルブシート。
【請求項2】
前記カーボン粉を体積率で0.5〜15%含浸させてなることを特徴とする請求項1に記載の熱伝導性に優れたバルブシート。
【請求項3】
前記着座面側層が、バルブシート全量に対する体積率で55〜90%であることを特徴とする請求項1または2に記載のバルブシート。
【請求項4】
前記着座面側層の密度が、6.0〜7.4g/cmであることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載のバルブシート。
【請求項5】
前記フェイス面側層が、基地相中に硬質粒子が分散した基地部を有し、該基地部が、質量%で、C:0.2〜2.0%を含み、Co、Mo、Si、Cr、Ni、Mn、W、V、Sのうちから選ばれた1種または2種以上を、合計で40%以下含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成と、前記基地相中に硬質粒子をフェイス面側層全量に対する質量%で5〜40%分散させてなる組織とを有する鉄基焼結体層であり、前記着座面側層が、質量%で、C:0.2〜2.0%を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する鉄基焼結体層であることを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載のバルブシート。
【請求項6】
前記着座面側層が、前記組成に加えてさらに、質量%で、Mo、Si、Cr、Mn、W、V、Sのうちから選ばれた1種または2種以上を、合計で10%以下含有する組成を有することを特徴とする請求項5に記載のバルブシート。
【請求項7】
前記フェイス面側層が、前記基地相中に前記硬質粒子に加えてさらに、固体潤滑剤粒子が分散した基地部を有し、前記基地部組織が前記硬質粒子に加えてさらに固体潤滑剤粒子をフェイス面側層全量に対する質量%で0.3〜5.0%分散させてなる基地部組織を有することを特徴とする請求項1ないし6のいずれかに記載のバルブシート。
【請求項8】
前記着座面側層が、前記基地相中に、固体潤滑剤粒子が分散した基地部を有し、前記基地部組織が固体潤滑剤粒子を、着座面側層全量に対する質量%で0.3〜5.0%分散させてなる基地部組織を有することを特徴とする請求項1ないし7のいずれかに記載のバルブシート。
【請求項9】
着座面側層とフェイス面側層との2層を一体化してなる鉄基焼結体製バルブシートを、大気圧より低い圧力に保持された雰囲気中に保持したのち、該バルブシートに、溶媒中にカーボンを分散させた溶液を注入しまたは該バルブシートを、溶媒中にカーボンを分散させた溶液中に浸漬し、ついで、前記雰囲気の圧力を大気圧もしくは大気圧以上に加圧して、前記バルブシートの空孔に前記溶液を含浸させ、しかる後に150℃以下の温度に加熱し溶媒を蒸発させる蒸発処理を施すことを特徴とする熱伝導性に優れる鉄基焼結体製バルブシートの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−251177(P2012−251177A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−122206(P2011−122206)
【出願日】平成23年5月31日(2011.5.31)
【出願人】(390022806)日本ピストンリング株式会社 (137)
【Fターム(参考)】