説明

物質の核形成を誘導する方法

物質の核形成の誘導方法を提供する。開示された方法は、物質を相転移温度の近辺又はより下にもって行く段階、及び圧力を変化させて物質の核形成を誘導する段階を含む。開示された方法は、凍結乾燥過程、特に薬剤の凍結乾燥過程において有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は核形成方法に関し、更に詳しくは、物質中に相転移の核形成を誘導する方法に関する。この方法において、物質を、最初に相転移温度の近辺、又はそれより低い温度にもって行き、引き続き減圧して、その物質の核形成を誘導する。
【0002】
この出願は、2006年2月10日に出願した米国特許仮出願番号60/771,868に基づく優先権を主張する。
【背景技術】
【0003】
凍結乾燥法の凍結段階において、一般的にランダムな核形成過程を制御して、凍結乾燥を完成させるために必要な処理時間を減らすこと、及び、出来上がった産生物において、バイアル瓶間の産生物の均一性を増すことは、両者とも、当技術において高度に望ましいであろう。薬剤の典型的な凍結乾燥過程においては、通例の水溶液を含有する複数のバイアル瓶を棚に置き、それらを、一般的には制御した速度で低温に冷却する。各バイアル瓶中の水溶液は、その溶液の熱力学的凍結温度より低く冷却され、核形成が起こるまで、過冷却された準安定な液体状態のままに置かれる。
【0004】
バイアル瓶を通しての核形成温度の範囲は、熱力学的凍結温度近辺の温度と、その熱力学的凍結温度よりはっきりと低い何等かの値(例えば、約30℃まで)の間に、ランダムに任せに分布している。核形成温度のこの分布は、氷の結晶構造が、また、最終的に、凍結乾燥された産生物の物性が、バイアル瓶の間でばらつく原因となる。更に、自然の確率的な核形成現象によって産生される氷結晶のサイズと構造の範囲を調節するために、凍結乾燥法の乾燥段階を、非常に長くする必要がある。
【0005】
過冷却された溶液の核形成温度を高めるために、添加剤が使用されてきた。これらの添加剤は、数多くの形態を採ることができる。ある種の細菌(例えば、シュードモナス・シリンゲ)が、過冷却された水溶液中で、氷の形成の核化を助ける蛋白質を合成することは周知である。この細菌、又はそれらから単離された蛋白質のいずれかを溶液に添加して、核形成温度を高めることができる。幾つかの無機添加剤も、核化効果を実証している。最も普通のこの様な添加剤は、沃化銀、AgIである。一般的に、任意の添加剤、又は混入物質は、核化剤として働く潜在能力がある。高レベルの粒子を含有する環境で調製された凍結乾燥用のバイアル瓶では、低レベルの粒子環境で調製されたバイアル瓶より、一般的に、より低い過冷却度で核形成し、及び凍結するであろう。
【0006】
上記の全ての核化剤は、媒体の組成を変化させ、相転移の核となるので、「添加剤」と名付けられる。これらの添加剤は、米国の食品医薬品局が規制し認可した、凍結乾燥された薬剤製品に対して、一般的に受け入れられてはいない。これらの添加剤は、バイアル瓶が核化し凍結するときに、時間及び温度に対する制御も提供しない。というよりも、添加剤は、複数のバイアル瓶の平均核形成温度を高めるために機能するだけである。
【0007】
氷の結晶は、それ自身が、過冷却された水溶液における氷の形成に対して核化剤として作用することができる。「氷霧」法において、湿った凍結乾燥機に冷たい気体を満たし、小さい氷粒子の蒸気懸濁物を産出させる。これらの氷粒子はバイアル瓶中に運ばれ、及び、それらが流体界面と接触したとき核形成を開始させる。
【0008】
「氷霧」法は、制御された時間及び温度において、複数のバイアル瓶の核形成を同時に制御はしない。言い換えると、凍結乾燥機に冷たい蒸気が導入された際、核形成の事象は、全てのバイアル瓶の内部で一斉に、又は即時に起こることはない。氷の結晶が苦労して各バイアル瓶中に到達して核形成を開始するには幾ばくかの時間がかかるであろうし、また、凍結乾燥機の内部の異なる位置にあるバイアル瓶に対して運ばれる時間は異なることになり易い。大規模な工業的凍結乾燥機に対して、「氷霧」法の実施は、凍結乾燥機のいたる所での「氷霧」のより均一な分布を支援するための内部対流装置が必要とされる可能性があるので、システム設計の変更が必要であろう。凍結乾燥機の棚を連続的に冷却するとき、最初のバイアル瓶が凍結するのと、最後のバイアル瓶が凍結するのとの間の時間差は、多分、それらのバイアル瓶の間の温度差を生み出し、これは、多分、凍結乾燥された産生物における、バイアル瓶間の不均一性を増大させる。
【0009】
刻み目をつける、引っかき傷をつける、又はざらざらにすることによるバイアル瓶の前処理も、核形成に対して要求される過冷却の程度を低くするために使用されてきた。他の先行技術方法と同様に、バイアル瓶の前処理も、個々のバイアル瓶が核形成し、及び凍結するときに、時間と温度に対して如何なる程度の制御も与えず、代わりに、全てのバイアル瓶の平均核形成温度を高めるだけである。
【0010】
振動も、準安定な物質において相転移の核を形成させるために使用されてきた。核形成を誘導するために十分な振動は、10kHzより高い周波数で起こり、種々の装置を使用して造り出すことができる。この周波数範囲の振動は、10kHzから20kHzの範囲の周波数が典型的にヒトの可聴範囲内であるにも拘らず、「超音波」と呼ばれることが多い。超音波振動は、しばしば、過冷却された溶液中に、キャビテーションを造り出す、即ち小さな気泡を形成させる。一過性の、又は慣性のキャビテーション状況において、気泡は急速に成長し、破裂して、非常に高い、局所的な圧力及び温度の揺動の原因となる。準安定な物質において核形成を誘導する超音波振動の能力は、一過性のキャビテーションによって引き起こされる撹乱に帰着されることが多い。安定な、又は非慣性的と呼ばれる、他のキャビテーション状況は、破壊を伴わない、安定な体積又は形状の振動を示す泡によって特徴付けられる。米国公開特許20020031577 A1は、超音波振動が、安定なキャビテーション状況においてすら、核形成を誘導できることを開示するが、この現象の説明は提示されていない。英国特許出願2400901Aも、10kHzより高い周波数の振動を使用して、溶液中にキャビテーション、及びそれ故に核形成を引き起こす見込みは、溶液の周りの大気圧を低減させること、又は溶液中に揮発性の流体を溶解させることによって増大する可能性があることを開示する。
【0011】
電気凍結も、過冷却された液体中において核形成を誘導するために、過去において使用された。電気凍結は、一般的に、過冷却された液体又は溶液中に浸漬された、間隔の狭い電極間に、連続的に又はパルス様式で比較的高い電場(約1V/nm)をかけることにより達成される。典型的な凍結乾燥用途において、電気凍結法に伴う難点は、特に複数のバイアル瓶又は容器を使用する凍結乾燥用途に対する、実施及び維持するための相対的な複雑さとコストを包含する。また、電気凍結を、イオン性種(例えばNaCl)を含有する溶液に直接適用することはできない。
【0012】
近年、「真空誘導された表面凍結」の概念を検討する研究がある(例えば、米国特許第6,684,524号を参照のこと)。この様な「真空誘導された表面凍結」において、水溶液が入ったバイアル瓶を凍結乾燥機中の温度制御した棚に置き、当初、約10℃に保持する。次いで、凍結乾燥室を排気して真空圧近く(例えば、1mbar)にする。これは、数mmの深さまで、水溶液の表面の凍結をもたらす。引き続いて真空を開放し、棚の温度をその溶液の凝固点より低く下げると、前凍結された表面層から溶液の残りを通して氷の結晶の成長がなされる。典型的な凍結乾燥用途におけるこの「真空誘導された表面凍結」法の実施に対する主な難点は、提示された条件下における、溶液の猛烈な沸騰又はガス抜けの危険性が高いことである。
【0013】
核形成過程の制御の改良は、凍結乾燥機中の全ての未凍結薬剤溶液のバイアル瓶の凍結がより狭い温度及び時間の範囲内で起こり、それによって、バイアル瓶間の均一性がより大きい、凍結乾燥された産生物を生み出すことを可能にする。最低の核形成温度を制御することは、バイアル瓶中に形成される氷の結晶構造に影響を与え、及び、大幅に加速された凍結乾燥過程を可能にすることができる。
【0014】
それ故、凍結乾燥を完結させるために必要な処理時間の減少、及び、仕上げられた産生物における、産生物のバイアル瓶間における不均一性の改良の両者のために、凍結乾燥法の、凍結段階を包含する種々の凍結過程における成り行き任せの核形成過程を制御することに対する需要が存在する。それ故、上記特徴の幾つか、又は好ましくは全てを持つ方法を提供することが望ましいであろう。
【発明の開示】
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明を、物質中における相転移の核形成を誘導する方法として位置づけてよい。本方法は、物質を、その物質の相転移温度の近辺、又は該相転移温度よりも下にもって行く段階、及び圧力を低減させて、その物質中に相転移の核形成を誘導する段階を含む。
【0016】
本発明を、また、所定の冷却速度で溶液を冷却する段階;圧力を急速に低下させてその溶液の核形成を誘導する段階;及び所定の最終温度まで、核形成された溶液の冷却を継続して、その溶液を凍結させる段階、を含む溶液の凍結過程の制御方法として位置づけてよい。減圧は、その溶液が所望の核形成温度に到達したとき、又は冷却段階の開始後所望の時間で開始される。
【0017】
本発明を、更に、物質を、相転移温度の近辺、又はより下に冷却する段階;その物質直近の圧力を急速に低下させてその物質の核形成を誘導する段階;及び、所定の最終温度まで、核形成された物質の冷却を継続して、その物質の固化を促進する段階、を含む固化方法として位置づけてよい。
【0018】
最後に、本発明を、気体を、相転移温度の近辺、又は該相転移温度よりも下に冷却する段階;圧力を急速に減少させて気体内に核形成を誘導する段階;及び、所定の最終温度まで、核形成された気体の冷却を継続して、気体を凝縮させる段階と、を含む気体の凝縮過程の制御方法として位置づけてよい。
【0019】
本発明の、上記の、及び他の側面、特徴、及び効果は、以下の図面を用いて示された、以下のより詳細な説明から更に明らかであろう。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
核形成は、物質の小さい領域における相転移の始まりである。例えば、相転移は、液体からの結晶の形成であり得る。結晶化過程(即ち、溶液からの固体結晶の形成)は、核形成事象で始まり、結晶成長がそれに続く、溶液の凍結を伴う場合がある。
【0021】
結晶化過程において、核形成は、溶液又は他の物質中に分散された選択された分子が集合し始めて、ナノメーター尺度のクラスタを造り出し、現下の操作条件で安定になる段階である。これらの安定なクラスタは、核を構成する。これらのクラスタは、安定な核になるために、臨界的なサイズに達する必要がある。この様な臨界的なサイズは、通常、温度、混入物質、過飽和度等の操作条件によって規定され、溶液試料ごとにばらつき得る。核形成事象の間に、溶液中の原子は、規定された周期的な様式で配列し、これは結晶構造を規定する。
【0022】
結晶成長は、臨界的なクラスタサイズの達成に成功した核の後に続く成長である。条件に依存して、核形成と結晶成長のいずれかが、他方に対して優勢であり得るので、結果的に、サイズと形状が異なる結晶が得られる。結晶のサイズと形状の制御は、薬剤等に対する、工業的製造における主な難関の一つを構成する。
【0023】
本方法は、物質中で核形成された相転移が起こるときの時間及び/又は温度の制御方法に関する。凍結用途において、物質が自発的に核形成をして、相変化を始める可能性は、物質の過冷却の程度、及び核形成に対する部位又は表面を提供する混入物質、添加剤、構造、又は撹乱の有無に関連する。
【0024】
凍結又は固化段階は、凍結乾燥過程において特に重要であるが、現存する技術は、数多くのバイアル瓶又は容器の全域で、核形成温度の差異をもたらしている。核形成温度の差異は、不均一な産生物と過度に長い乾燥時間を産生しがちである。一方、本方法は、バッチ式の固化方法(例えば、凍結乾燥)において、方法制御の程度をより高め、及び構造と特性が更に均一な産生物を産生する。核形成を誘導するための従来技術の幾つかとは違い、本方法は、その遂行に最小限の設備及び操作の変更を要求する。
【0025】
原理的に、本方法は、核形成相転移を伴う、物質の任意の処理段階に適用することができる。この様な処理段階の例は、液体の凍結、水溶液からの氷の結晶化、溶融物からのポリマー及び金属の結晶化、過飽和溶液からの無機物質の結晶化、蛋白質の結晶化、人工雪の産出、蒸気からの氷の堆積、食品の凍結、凍結濃縮、部分結晶化、低温保存、又は蒸気の凝結による液化を包含する。概念の観点から、本方法を、溶融及び沸騰等の相転移にも適用できる可能性がある。
【0026】
ここに開示されている方法は、現在の薬剤の凍結乾燥方法に対する改良を示す。例えば、大きな工業的凍結乾燥機の内部で、凍結され乾燥される必要がある薬剤の産生物が入ったバイアル瓶は100,000を超え得る。工業における今日の実務は、凍結乾燥機中にある全てのバイアル瓶又は容器中の溶液の凍結を確実にする様に、溶液を非常に高度に冷却することである。しかしながら、各バイアル瓶又は容器の中身は、核形成過程が制御されていないので、凝固点より低い温度範囲にわたって、ランダムに凍結する。
【0027】
さて、図面、特に図1に注目して、従来の確率論的な核形成過程を経ている、水溶液の6個のバイアル瓶の温度対時間の曲線が描かれている。図は、バイアル瓶内の溶液の典型的な核形成温度範囲(11、12、13、14、15及び16)を示す。その中に見られる通り、バイアル瓶の中身は約0℃の熱力学的凍結温度を持っているが、各バイアル瓶内の溶液は、領域18によって強調されている様に、自然に、約−7℃から−20℃より高い広い温度範囲にわたって核形成する。曲線19は凍結乾燥室の内部の棚の温度を示す。
【0028】
対照的に、図2と3は、本方法に合致する、減圧された核形成を伴う凍結過程を経ている溶液の、温度対時間曲線を描く。特に、図2は、室の減圧を介して誘導された核形成を伴う平衡化冷却過程(実施例2を見よ)を経ている、水溶液の6個のバイアル瓶の、温度対時間曲線(21、22、23、24、25及び26)を描く。バイアル瓶の中身は、約0℃の熱力学的凍結温度を持つが、それでも、各バイアル瓶内の溶液は、領域28に見られる通り、減圧の際に同時に、及び非常に狭い温度範囲内(即ち、−4℃から−5℃)で、核を形成する。曲線29は、凍結乾燥室内部の棚の温度を示し、また、棚の温度が、減圧に先立って多かれ少なかれ安定に保持されている、平衡化された凍結過程を描く。
【0029】
同様に、図3は、室の減圧を介して誘導された核形成を伴う動的な冷却過程(実施例7を見よ)を経ている水溶液の3個のバイアル瓶の、温度対時間曲線(31、32及び33)を示す。今度も、バイアル瓶の中身は約0℃の熱力学的凍結温度を持つが、それでも、各バイアル瓶内の溶液は、領域38に見られる通り、減圧の際に同時に、約−7℃から−10℃の温度範囲で核を形成する。曲線39は、凍結乾燥室内部の棚の温度を示し、また、減圧の間又はそれに先立って棚の温度が活発に下げられる、動的冷却過程を一般的に描く。
【0030】
これらの図において例証されている様に、本方法は、凍結乾燥機中の薬剤溶液の凍結をより狭い温度範囲(例えば、約0℃から−10℃)内で、及び/又は一斉に起こさせることによって、改良された核形成過程の制御を提供し、それにより、バイアル瓶間の均一性がより大きい凍結乾燥産生物を産出させる。実証されてはいないが、誘導される核形成温度の範囲は、相転移温度を超えてなお、若干拡大できる可能性がある、及び過冷却の約40℃にまで及ぶ可能性もあることが予見できる。
【0031】
本方法に伴う別の利点は、最も低い核形成温度、及び/又は核形成の正確な時間を制御することにより、凍結されたバイアル瓶又は容器内部に形成される氷の結晶構造に影響を及ぼすことができることである。氷の結晶構造は、氷が昇華するために掛かる時間に影響を及ぼす変数である。斯くして、氷の結晶構造を制御することにより、全体としての凍結乾燥過程を大幅に加速することが可能である。
【0032】
広い意味において、ここに開示されている、物質内における相転移の核形成の誘導方法は、(i)物質の相転移温度の近辺又は該相転移温度より下の温度にその物質を冷却する段階;及び(ii)圧力を急速に下げてその物質の核形成を誘導する段階を含む。これらの重要な段階のそれぞれを、以下に、更に詳細に論じる。
【0033】
段階1−物質の冷却
本方法において有用な、実例となる物質は、純粋物質、気体、懸濁物、ゲル、液体、溶液、混合物、又は溶液又は混合物中の成分を包含する。本方法において使用する適切な物質は、例えば、薬剤物質、生物薬剤物質、食品、化学物質を包含してよく、また、創傷処置製品、化粧品、獣医製品、及び体内/体外診断関連製品等の製品を包含してよい。物質が液体である場合、その液体中に気体を溶解させることが望ましいかもしれない。制御された気体環境中の液体は、一般的に、それらの中に気体を溶解させるであろう。
【0034】
本方法において有用な、実例となる他の物質は、組織、臓器、及び多細胞構造物等の生物学的又は生物薬剤物質を包含する。ある種の生物学的又は薬剤用途に対して、物質は、生きている又は弱毒化したウイルス;核酸;モノクローナル抗体;ポリクローナル抗体;生体分子;非ペプチド類縁体;ポリペプチド、ペプチド模倣物及び修飾ペプチドを包含するペプチド;融合及び修飾蛋白質を包含する蛋白質;RNA、DNA及びそれらの亜綱;オリゴヌクレオチド;ウイルス粒子;及びこの様な物質の類似体又はそれらの成分、を包含する溶液又は混合物であってよい。
【0035】
凍結乾燥用のバイアル瓶又は容器中に入れられた薬剤又は生物薬剤の溶液は、本方法から利益を得るであろう物質の良い例であろう。溶液は大部分が水で、実質的に圧縮できない。この様な薬剤の又は生物薬剤の溶液は、また、高度に純粋で、一般的に、核形成の部位を形成する可能性のある粒子を含まない。バイアル瓶間、又は容器間において一貫する、及び均一な氷の結晶構造を造り出すために、均一な核形成温度が重要である。発育する氷の結晶構造も、乾燥に必要とされる時間に大きな影響を与える。
【0036】
凍結乾燥過程に適用するとき、その物質は、好ましくは凍結乾燥室の様な、室の中に置かれる。好ましくは、室は、室内の温度、圧力、及び気体雰囲気の制御ができる様に構成される。気体雰囲気は、これらに限定はされないが、アルゴン、窒素、ヘリウム、空気、水蒸気、酸素、二酸化炭素、一酸化炭素、亜酸化窒素、一酸化窒素、ネオン、キセノン、クリプトン、メタン、水素、プロパン、ブタン等、及びこれらの許容できる混合物を包含してよい。好ましい気体雰囲気は、圧力が約7から約50psig以上の間であるアルゴン等の不活性気体を含む。凍結乾燥機室内の温度は、凍結乾燥過程によって規定されることが多く、また、室内の棚を冷却又は加温してバイアル瓶又は容器、及び各バイアル瓶又は容器内の物質の温度を駆動する熱輸送流体の使用を介して容易に制御される。
【0037】
本方法に従って、物質は、その相転移温度の近辺の、又はより低い温度に冷却される。凍結乾燥過程を経ている水系溶液の場合は、相転移温度はその溶液の熱力学的凝固点である。溶液がその溶液の熱力学的凝固点より低い温度に達しているとき、それは、過冷却されていると言われる。水系溶液の凍結過程に適用されるとき、本方法は、過冷却範囲の程度が、相転移温度の近辺、又はその下から過冷却の約40℃までの範囲、より好ましくは、過冷却の約3℃と過冷却の10℃の間のとき有効である。下に記載した実施例の幾つかにおいて、本核形成の誘導方法は、溶液が、その熱力学的凝固点の下、約1℃の過冷却しかされていない場合でさえ、望ましく作動する。
【0038】
物質がその相転移温度より下の温度にある場合、準安定状態にあると称されることが多い。準安定状態は、不安定、かつ一過性の、しかし比較的寿命が長い、化学又は生物学系の状態である。準安定な物質は、その平衡相又は状態ではない相又は状態に、一時的に存在する。物質又はその環境に何ら変化がない場合、準安定な物質は、究極的には、その非平衡状態からその平衡状態へと転移する。準安定な物質の実例は、過飽和溶液及び過冷却された液体を包含する。
【0039】
準安定な物質の典型的な例は、大気圧及び−10℃の温度での、液体の水であろう。普通の凝固点は0℃なので、液体の水は、熱力学的には、この温度及び圧力で存在しないが、それは、氷の結晶化過程を開始させる核形成事象又は構造がなければ、存在できる。極度に純粋な水は、大気圧で非常に低温(−30℃から−40℃)に冷却されて、なおも液体状態を保つことができる。この様な過冷却された水は、非平衡の、熱力学的に準安定な状態にある。それは、相転移を開始させ、それにより平衡に戻るであろう原因となる、核形成事象だけを欠いているのである。
【0040】
上で論じた通り、この、物質内の相転移の核形成誘導方法、又は物質の凍結方法は、例えば、平衡化された冷却環境、又は動的な冷却環境を包含する、種々の冷却プロフィールと共に利用できる(図2と3を参照のこと)。
【0041】
段階2−急速な圧力低下
物質が相転移温度の近辺、又はその下の所望の温度に到達したとき、室は素早く又は急速に減圧される。この減圧は、バイアル瓶又は容器内の溶液の核形成及び相転移を誘発する。好ましい態様において、室の減圧は、高圧の室を大気環境、又はより低圧の室若しくは環境から隔てている大きな制御バルブを開放する、又は部分的に開放することによって達成される。高くなっていた圧力は、室からの気体雰囲気の質量流によって、素早く下げられる。減圧は、核形成を誘導するために、相当早いことが必要である。減圧は、数秒間以下、好ましくは40秒間以下、より好ましくは20秒間以下、最も好ましくは10秒間以下で終わらせるべきである。
【0042】
典型的な凍結乾燥用途において、初期の室圧力と、減圧後の、最終の室圧力との間の圧力差は、約7psiよりも大きくすべきである。とはいえ、状況によっては、より小さい圧力降下が核形成を誘導する可能性はある。殆どの市販の凍結乾燥機は、核形成を制御するために必要とされる圧力降下範囲を、容易に提供する事ができる。多くの凍結乾燥機は、121℃の飽和蒸気を用いる伝統的な滅菌処置に耐える様に、25psigを超える圧力定格で設計されている。この様な設備の定格は、大気圧又は周囲環境の圧力を超える出発圧力から減圧するプロトコルに従う核形成を誘導するために、十分な機会を提供する。圧力の上昇と引き続く減圧は、任意の既知の手段(例えば、空気、水、又は機械的)を介して達成することができる。好ましい態様において、本方法に対する操作圧は、任意の適用される気体の超臨界圧より低いままにすべきであり、また、物質の核形成の間は、その物質を極端に低い圧力(即ち、約10mTorr以下)に晒すことを避けるべきである。
【0043】
何等かの特別な機序に縛られることを望みはしないが、本方法の実践において観察される制御された核形成を説明するための一つの可能な機序は、物質中の溶液中の気体が減圧の際に溶液から出てきて、及び、気泡を形成し、これがその物質の核形成をすることである。初期の高められた圧力は、溶液中に溶解した気体の濃度を増大させる。冷却後の急速な圧力の降下は気体の溶解度を低減させ、及び、引き続く、過冷却された溶液からの気体の放出は、相転移の核形成を誘発する。
【0044】
可能性のある別の機序は、減圧の間の、物質に直近する気体の温度降下が物質表面上に冷点をもたらし、それが核形成を開始させることである。可能性のある別の機序は、減圧が物質中の幾ばくかの液体の蒸発をもたらし、及び、吸熱性の蒸発過程に由来して起こる冷却が核形成を開始させてよいことである。可能性のある別の機序は、物質に直近する減圧された冷たい気体が、減圧に先立って物質と平衡にあった、又は減圧の間に蒸発によって物質から開放された、いずれかの、幾ばくかの蒸気を凍結させ、この結果生じる固体粒子が物質に再度入り、種又は表面として活動して核形成を開始させることである。これらの機序の一以上が、物質の本性、その環境及び核形成されている相転移に依存して、程度の差はあれ、凍結又は固化の核形成の開始に寄与してよい。
【0045】
この過程は、周囲圧力より大きい、又は周囲圧力に及ぶ圧力範囲を網羅する圧力で、専ら行われてよい。例えば、初期の室圧力は周囲圧力より高くてよく、また、最終室圧力、減圧後は、周囲圧力より高いが初期の室圧力より低くてよい。初期室圧力は、周囲圧力より高くてよく、また、最終室圧力、減圧後は約周囲圧力で、又は周囲圧力より僅かに低くてよい。
【0046】
圧力降下の速度及び大きさも、本方法の重要な側面であると信じられる。実験は、圧力降下(△P)が約7psiより大きい場合に、核形成が誘導されるであろうことを示している。あるいは、圧力降下の大きさは、絶対圧力比、R=Pi/Pfとして表されてよい。ここで、Piは初期絶対圧力、Pfは最終絶対圧力である。本方法の多くの実地の用途において、核形成は、減圧の際、絶対圧力比Rが約1.2より大きい場合に誘導されるであろうと信じられる。圧力降下速度も、本方法において重要な役割を演じる。圧力降下速度を特徴付ける一つの方法は、パラメータAを用いることであり、ここで、A=△P/△tである。重ねて、核形成は、約0.2psi/sec等の、所定の値より大きいAの値に対して誘導されるであろうと要約される。実験を通じての経験的データは、好ましい圧力降下及び圧力降下速度を突き止めるための助けになるに違いない。
【0047】
以下の実施例は、ここに開示された、物質中の核形成誘導方法の種々の側面及び特徴を強調するものであり、限定的な意味合いに取るべきではない。そうではなく、これらの実施例は説明の役に立たせる為だけであり、本発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲によってのみ、決定されるべきである。
【実施例】
【0048】
ここに記載した全ての実施例は、合計の棚空所がほぼ1.0mである4つの棚と内部コンデンサを持つ、パイロット規模のVirTis 51−SRC凍結乾燥機中で行った。このユニットを約15psigまでの正の圧力に耐える様に改装した。凍結乾燥室の後壁に直径1.5”の円形の開口も追加し、直径1.5”のステンレススチールの、穴から伸びて後壁断熱材を通り抜け、凍結乾燥機の背面から表面に出る管をつけた。この管に、衛生器具を介して、2個の1.5”の全流量、空気作動ボールバルブを取付けた。1個のボールバルブは気体を凍結乾燥室の中へ流入させ、それにより15psigまでの正の圧力を提供する。2番目のボールバルブは、気体を凍結乾燥室から流出させ、室圧力を大気条件(0psig)に降下させる。凍結乾燥棚とコンデンサの全ての冷凍は、Praxair NCool(商標)−HXシステムを用いて液体窒素によって冷却したDynalene MV熱伝達流体の循環を介して遂行した。
【0049】
全ての溶液は、クラス100のクリーンルーム中で準備した。凍結乾燥機は、全てクリーンルームから到達できる扉、棚、及び制御機器と共に設置され、他方、他の構成要素(ポンプ、ヒーター等)は、非クリーンルーム環境中に置かれた。全ての溶液は、HPLC等級の水(0.10μmの膜を通して濾過、Fisher Scientific)で準備した。最終溶液は、バイアル瓶又は凍結乾燥容器に充填するのに先立って、0.22μmの膜を通して濾過した。全ての気体はシリンダーを介して供給され、また、0.22μmのフィルターを通して濾過し、粒子を除去した。ガラス容器(5mLのバイアル瓶と60mLの瓶)は、粒子を予備洗浄して、Wheaton Science Productsから得た。適切な場合は、薬剤として許容できる担体を使用した。上記の段階は、核化剤として作用する粒子に対する、従来の薬剤製造標準を満足させる物質及び方法を保証するために採った。
【0050】
本明細書で使用するとき、「薬剤として許容できる担体」は、任意の及び全ての溶媒、分散媒、酸化防止剤、塩、被覆物、界面活性剤、防腐剤(例えば、パラヒドロキシ安息香酸メチル又はプロピル、ソルビン酸、抗菌剤、抗真菌薬)、等張剤、溶液遅延剤(例えば、パラフィン)、吸収剤(例えば、カオリン粘土、ベントナイト粘土)、薬物安定剤(例えば、ラウリル硫酸ナトリウム)、ゲル、バインダー(例えば、シロップ、アカシア、ゼラチン、ソルビトール、トラガカント、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロース、アルギン酸塩)、賦形剤(例えば、ラクトース、乳糖、ポリエチレングリコール)、崩壊剤(例えば、寒天、澱粉、ラクトース、燐酸カルシウム、炭酸カルシウム、アルギン酸、ソルビトール、グリシン)、展着剤(例えば、セチルアルコール、モノステアリン酸グリセロール)、滑剤、吸収促進剤(例えば、四級アンモニウム塩)、食用油(例えば、アーモンド油、ココナッツ油、油性エステル又はプロピレングリコール)、甘味剤、着香剤、着色剤、充填剤(例えば、澱粉、ラクトース、スクロース、グルコース、マンニトール)、錠剤化滑剤(例えば、ステアリン酸マグネシウム、澱粉、グルコース、ラクトース、米花、胡粉)、吸入用担体(例えば、炭化水素高圧ガス)、緩衝剤、又は、当業者に既知であろうこれらの類似物及び組合せを包含する。
【0051】
本明細書に記載した実験条件及び検討した全ての凍結乾燥処方に対して、確率論的な核形成は、典型的には容器温度が約−8℃と−20℃の間で、時折−5℃という温かさで、起こることが観察された。容器を、一般的に、核形成を伴わずに長時間−8℃より高い温度に保持できた。核形成の始まりと引き続く結晶成長(即ち、凍結)は、発熱の融解潜熱に呼応して容器の温度が素早く上昇する点として、温度を測定することによって決定した。凍結の開始は、凍結乾燥機の室扉の覗き窓を通して、視覚的に決定することもできた。
【0052】
実施例1−核形成温度の制御
4個の別々のバイアル瓶に、5重量%のマンニトール溶液を2.5mL注入した。5重量%のマンニトール溶液の、予見される熱力学的凝固点は、ほぼ−0.5℃である。4個のバイアル瓶を、互いに接近させて、凍結乾燥機の棚に置いた。4個のバイアル瓶の温度を、表面に搭載した熱電対を用いて監視した。凍結乾燥機を、アルゴンで14psigに加圧した。
【0053】
凍結乾燥機の棚を冷却して、バイアル瓶の温度を、ほぼ−1.3℃と約−2.3℃(熱電対の測定精度+/−1℃)の間にした。次いで、凍結乾燥機を、5秒かけずに約14psigから約大気圧に減圧し、バイアル瓶内の溶液の核形成を誘導した。4個全てのバイアル瓶は、減圧直後に核形成し、また、凍結を開始した。結果を下の表1に纏めた。
【0054】
表1に見られる通り、この実施例における制御された核形成温度(即ち、バイアル瓶の初期温度)は、溶液の予見された熱力学的凝固点に非常に近い。この様に、本方法は、過冷却の程度が非常に低い溶液において、又は、それらの凝固点に近い、若しくはそれらよりほんの僅か冷たい核形成温度で、核形成が起こることを制御可能にする。
【0055】
【表1】

【0056】
実施例2−核形成温度の制御
この例において、95個のバイアル瓶に、5重量%のマンニトール溶液を2.5mL注入した。5重量%のマンニトール溶液の熱力学的凝固点は、ほぼ−0.5℃である。95個のバイアル瓶を、互いに接近させて、凍結乾燥機の棚に置いた。凍結乾燥機の棚の、別々の位置に置いた6個のバイアル瓶の温度を、表面に搭載した熱電対を使用して連続的に監視した。凍結乾燥機を、アルゴン雰囲気中で約14psigに加圧した。次いで、凍結乾燥機の棚を冷却して、バイアル瓶の温度を−5℃近辺にした。次いで、凍結乾燥機を、5秒かけないで約14psigから約大気圧まで減圧し、バイアル瓶中の溶液の核形成を誘導した。95個全てのバイアル瓶が、減圧直後に核形成すること及び凍結を開始することが視覚的に観察された。監視した6個のバイアル瓶に関する熱電対データは、視覚的な観察を裏書した。結果を表2に纏めた。
【0057】
そこに見られる通り、この実施例における制御された核形成温度(即ち、バイアル瓶の初期温度)は、その溶液の予見される熱力学的凝固点より幾分低い。この様に、本方法は、適度に過冷却された溶液中で核形成が起こることを制御可能にする。この例は、本方法の、多数のバイアル瓶用途への拡張性も実証する。
【0058】
【表2】

【0059】
実施例3−減圧の大きさの制御
この例では、複数のバイアル瓶に5重量%のマンニトール溶液を2.5mL注入した。今度も、5重量%のマンニトール溶液の予見される熱力学的凝固点は、ほぼ−0.5℃である。各テストの作業において、バイアル瓶を、相互に接近させて凍結乾燥機の棚に置いた。先に記載した実施例と同様に、バイアル瓶の温度は、表面に搭載した熱電対を使用して監視した。凍結乾燥機中のアルゴン雰囲気を相異なる圧力に加圧し、凍結乾燥機の棚を、バイアル瓶の温度が約−5℃になる様に冷却した。各テストの作業において、次いで、凍結乾燥機を、選択された圧力から大気圧まで、素早く(即ち、5秒かけずに)減圧し、バイアル瓶内の溶液の核形成を誘導することを目指した。結果を表3に纏めた。
【0060】
表3に見られる通り、圧力降下が約7psi以上、及び核形成温度(即ち、バイアル瓶の初期温度)が約−4.7℃と−5.8℃の間の場合に、制御された核形成が起こった。
【0061】
【表3】

【0062】
実施例4−減圧速度の制御
この実施例に対して、複数のバイアル瓶に、予見される熱力学的凝固点がほぼ−0.5℃である5重量%のマンニトール溶液、2.5mLを注入した。減圧時間をばらつかせた各テスト作業において、バイアル瓶を、相互に接近させて凍結乾燥機の棚に置いた。先に記載した実施例と同様に、バイアル瓶の温度は、表面に搭載した熱電対を使用して監視した。上記の実施例の様に、凍結乾燥機中のアルゴン雰囲気を約14psigに加圧し、棚を冷却して、バイアル瓶の温度をほぼ−5℃にした。各テスト作業において、次いで、凍結乾燥機を14psigから大気圧まで異なる減圧速度で減圧し、バイアル瓶内の溶液の核形成を誘導することを目指した。
【0063】
減圧速度又は減圧時間の効果を検討するために、凍結乾燥機の背面の減圧制御バルブの出口に、制限ボールバルブを設置した。制限バルブを全開にしたとき、約14psigから約0psigの減圧は、ほぼ2.5秒で完了する。制限バルブを部分的に閉じさえすれば、室の減圧時間をばらばらに長くすることができる。制限ボールバルブを使用して、凍結乾燥機室を異なる速度で減圧して数回のテスト作業を実行し、減圧速度が核形成に及ぼす影響を究明又は決定した。結果を表4に纏めた。
【0064】
【表4】

【0065】
表4に見られる通り、核形成は、減圧時間が42秒未満、圧力降下が約14psi以上、及び核形成温度(即ち、バイアル瓶の初期温度)が約−4.6℃と約−5.8℃の間である場合のみ、起こった。これらの結果は、この方法が効果的であるためには、減圧を比較的素早く完了させる必要があることを示唆している。
【0066】
実施例5−気体雰囲気の制御
今度も、複数のバイアル瓶の各々に5重量%のマンニトール溶液約2.5mLを注入し、相互に接近させて凍結乾燥機の棚に置いた。先に記載した実施例と同様に、テストバイアル瓶の温度は、表面に搭載した熱電対を使用して監視した。異なるテスト作業に対して、常に約14psigの正の圧力を維持しながら、凍結乾燥機中の気体雰囲気を変化させた。この例において、凍結乾燥機の棚を冷却して、バイアル瓶の温度をほぼ−5℃から−7℃にした。各テスト作業において、次いで、凍結乾燥機を約14psigから大気圧まで急速に減圧させ、バイアル瓶内の溶液の核形成を誘導させることを目指した。結果を表5に纏めた。
【0067】
そこに見られる通り、圧力降下が約14psi、核形成温度(即ち、バイアル瓶の初期温度)が約−4.7℃と約−7.4℃の間の場合に、ヘリウム気体雰囲気を除く全ての気体雰囲気において、制御された核形成が起こった。実施例には示していないが、代わりの条件ではヘリウム雰囲気においても制御された核形成を可能にするであろうと信じられる。
【0068】
【表5】

【0069】
実施例6−大容量溶液
この例では、6本の凍結乾燥瓶(容量60mL)に、予見される熱力学的凝固点がほぼ−0.5℃である、5重量%のマンニトール溶液を約30mL注入した。6本の凍結乾燥瓶を、相互に接近させて凍結乾燥機の棚に置いた。凍結乾燥機の棚の異なる位置に置いた6本の瓶の温度を、表面搭載熱電対で監視した。凍結乾燥機を、アルゴン雰囲気中で約14psigに加圧した。次いで、凍結乾燥機の棚を冷却して、瓶の温度を−5℃近辺にした。次いで、凍結乾燥機を、5秒かけずに14psigから約大気圧まで減圧し、瓶内の溶液の核形成を誘導した。結果を表6に纏めた。
【0070】
別の実験において、プラスチックの大容量凍結乾燥トレー(容量1800mL、Gore LYOGUARD)に、5重量%のマンニトール溶液を約1000mL入れた。得たトレーは、米国薬局方の低粒子要件を満たすよう予備洗浄されていた。トレーを凍結乾燥機の棚に置き、トレーの温度を、一方の側の中央に近いトレー外表面に搭載した熱電対によって監視した。次いで、凍結乾燥機の棚を冷却して、トレー温度を−7℃近辺にした。次いで、凍結乾燥機を、5秒かけずに14psigから約大気圧まで減圧し、トレー内の溶液の核形成を誘導した。結果を、やはり表6に纏めた。
【0071】
上記の実施例の様に、減圧直後に全ての容器が核形成し、凍結し始めた。また、上記の実施例の様に、この実施例における核形成温度(即ち、容器温度)は、溶液の熱力学的凍結温度に若干近くなる様に、非常によく制御可能であった。更に大切なことに、この実施例は、本方法が、より大容積の溶液及び種々の形状の容器における核形成の生起を制御可能にすることを例証している。減圧法の効率は、処方物の容積の増大に連れて向上することが期待されるであろうことは注目すべきである。核形成事象は、より多くの分子が存在して、凝集し及び臨界的な核を形成するときに、更に起こり易いからである。
【0072】
【表6】

【0073】
実施例7−動的冷却対平衡化冷却
本核形成の制御方法は、種々の形態で使用することができる。上記した実施例1−6は、各々、熱力学的凝固点より低い温度で本質的に平衡化されている凍結乾燥溶液の核形成温度(即ち、非常にゆっくり変化している温度)を制御することの側面を、実証している。この例は、動的冷却環境にある(即ち、溶液が急速な温度変化を経ている)、熱力学的凝固点より低い温度でも、核形成が生起できることを実証している。
【0074】
この実施例において、バイアル瓶1−6は実施例2に関連して上で記載した試料を表す。加えて、3つの別のバイアル瓶(バイアル瓶7−9)にも、5重量%のマンニトール溶液2.5mLを注入した。別のテスト作業において、3個の追加のバイアル瓶を、相互に接近させて凍結乾燥機の棚に置いた。凍結乾燥機の棚を急速に冷却して、最終的な棚温度を−45℃にした。バイアル瓶の1個が、表面搭載熱電対で測定して約−5℃の温度に達したとき、凍結乾燥機を、約14psigから0psigに急速に減圧して、核形成の誘導を目指した。3個全てのバイアル瓶が、減圧直後に核形成し、凍結し始めた。動的な冷却環境の結果として、バイアル瓶の温度は、核形成に先立って、−6.8℃から−9.9℃の間に、顕著に降下した。比較結果を下の表7に纏めた。
【0075】
【表7】

【0076】
所定の温度範囲で平衡化された凍結乾燥溶液、又は動的に冷却されている凍結乾燥溶液における、本核形成の制御方法の有効性は、最終ユーザーに、異なる利点及び背反を伴う用途の、2つの可能性のある様式を提供する。凍結乾燥溶液を平衡にさせることにより、核形成温度の範囲は、凍結乾燥機自身の性能限界まで狭められ、又は最小化されるであろう。平衡化段階は、室とバイアル瓶の温度が、一段階で約−40℃より低く下げられる、従来の、又は動的凍結手順と比較して、達成するのに余分の時間を要求するかもしれない。しかしながら、平衡化段階を用いることは、全てのバイアル瓶又は容器にわたって、遥かに改良された核形成の均一性と共に、物質の核形成温度の正確な制御に付随する他の利益の実現を生出すに違いない。
【0077】
あるいは、もし、物質又は凍結乾燥溶液の温度の平衡化が望ましくないなら、普通の凍結又は動的冷却手順の間の適切な時に、単純に減圧段階を実行してよい。動的な冷却の間の減圧は、凍結乾燥容器内の物質に対する核形成温度をより幅広く広がらせるであろうが、凍結手順に加える時間を最小にし、なおかつ、極端な過冷却の問題を緩和させるであろう。
【0078】
実施例8−異なる賦形剤の効果
この、物質中の核形成の制御又は誘導方法は、異なる凍結乾燥賦形剤を含有する過冷却された溶液の核形成温度の制御に使用できる。この実施例は、以下の賦形剤を伴う本方法の使用を実証する:マンニトール、ヒドロキシエチル澱粉(HES)、ポリエチレングリコール(PEG)、ポリビニルピロリドン(PVP)、デキストラン、グリシン、ソルビトール、スクロース、及びトレハロース。各賦形剤に関し、2個のバイアル瓶に5重量%の賦形剤を含有する溶液2.5mLを注入した。これらのバイアル瓶を、相互に接近させて、凍結乾燥機の棚に置いた。凍結乾燥機を、アルゴン雰囲気中で約14psigに加圧した。凍結乾燥機の棚を冷却してバイアル瓶の温度を−3℃近辺とし、次いで、急速に減圧して核形成を誘導した。結果を表8に纏めた。
【0079】
【表8】

【0080】
実施例9−蛋白質溶液の核形成の制御
本明細書に開示された方法を、蛋白質の溶解度又は酵素活性に対するマイナス又は逆効果を伴わずに、過冷却された蛋白質溶液の核形成温度の制御に使用することができる。この実施例において、2種の蛋白質、ウシ血清アルブミン(BSA)と乳酸脱水素酵素(LDH)を使用した。
【0081】
BSAを、10mg/mLの濃度で5重量%のマンニトールに溶解させた。3個の凍結乾燥バイアル瓶に、BSA−マンニトール溶液2.5mLを注入し、相互に接近させて、凍結乾燥機の棚に置いた。凍結乾燥機を、アルゴン雰囲気中で約14psigに加圧した。凍結乾燥機の棚を冷却し、バイアル瓶の温度を−5℃近辺にした。凍結乾燥機を急速に減圧して核形成を誘導した。BSA溶液の全てのバイアル瓶は、減圧直後に核形成し、凍結し始めた。解凍の際に蛋白質の析出は観察されなかった。
【0082】
LDH蛋白質を二人の異なる供給者から得て、明確にする目的で、2つの異なるバッチを区別するためにLDH−1又はLDH−2と名付けた。LDH−1を、1mg/mLの濃度で5重量%のマンニトールに溶解させた。6個の凍結乾燥バイアル瓶に、LDH−1/マンニトール溶液2.5mLを注入し、相互に接近させて、凍結乾燥機の棚に置いた。凍結乾燥機を、アルゴン雰囲気中で約14psigに加圧した。凍結乾燥機の棚を、室温から出発してバイアル瓶の温度が−4℃近辺になるまで冷却した。次いで、凍結乾燥機を急速に減圧して、核形成を誘導した。全てのバイアル瓶は、減圧直後に核形成し、凍結し始めた。バイアル瓶を、約15分間この状態に保持した。次いで、凍結乾燥機の棚を、ほぼ1℃/分の速度で冷却し、バイアル瓶の温度を−45℃近辺にして、更に15分間保持して凍結過程を確実に完了させた。凍結段階の後、次いで、凍結乾燥機の棚を約1℃/分の速度で暖め、バイアル瓶の温度を5℃近辺に上げた。解凍の際に蛋白質の析出は観察されなかった。バイアル瓶の内容物を酵素活性に関して検定し、これらの結果を、冷凍されていないLDH−l/マンニトール溶液の対照試料と比較した。
【0083】
実施例9の一部として、減圧されて核形成したLDH−l/マンニトール溶液の試料を、確率論的に核形成した試料と比較した。確率論的に核形成したLDH−1の試料において、凍結の処置は、加圧と減圧を伴わずに、並びにアルゴン雰囲気を伴わずに、繰り返された。具体的には、LDH−1を、1mg/mLの濃度で5重量%のマンニトールに溶解させた。6個の凍結乾燥バイアル瓶に、LDH−l/マンニトール溶液2.5mLを注入し、相互に接近させて凍結乾燥機の棚に置いた。凍結乾燥機の棚を、室温から出発して約1℃/分の速度で冷却し、バイアル瓶の温度を−45℃近辺にして15分間保持し、凍結過程を確実に完了させた。凍結段階の後で、凍結乾燥機の棚を約1℃/分の速度で暖め、バイアル瓶の温度を5℃近辺に上げた。解凍の際、蛋白質の析出は観察されなかった。バイアル瓶の内容物を酵素活性に関して検定し、結果を、凍結されていないLDH−l/マンニトール溶液の同じ対照試料と比較した。やはり実施例9の一部として、LDH−2を用いて上記のLDH−1に関する実験を繰り返した。違いは、核形成温度が、LDH−1に対する−4℃ではなく、LDH−2に対する−3℃近辺だったことのみであった。
【0084】
表9に見られる通り、減圧を介して達成された、制御された核形成と凍結過程は、比較の、確率論的な核形成及び凍結手順に対して、明らかに酵素活性を低下させていない。事実、減圧を介して達成された制御された核形成過程は、平均の活性損失がLDH−1に対して17.8%、LDH−2に対して26.5%のみであり、確率論的な核形成後、平均の活性損失がLDH−1に対して35.9%、LDH−2に対して41.3%であるのと比較して、酵素活性をより良く維持していると思われる。
【0085】
【表9】

【0086】
LDH−2に対して観察された確率論的な核形成温度が、LDH−1に対する確率論的な核形成温度より実質的に高かったことに注目すべきである。この差は、LDH−2中の、核化剤として作用する何等かの混入物に起因する可能性がある。LDH−1と比較して、LDH−2の方が、確率論的な核形成温度は制御された核形成温度にずっと近いが、それでも、LDH−1及びLDH−2に関して、制御された核形成を介して得られた酵素活性の保持における改良は、それぞれ、18.1%及び14.8%と類似している。この結果は、酵素活性の保持における改良は、減圧を介して得られる、所定のより高い核形成温度だけではなく、一部は、制御された核形成過程自身の特徴に帰し得ることを示唆している。
【0087】
実施例10−一次乾燥時間の低減
マンニトール約10.01gを水約190.07gと混合して、5重量%のマンニトール溶液を調製した。バイアル瓶に、5重量%のマンニトール溶液2.5mLを注入した。空の、及び溶液を入れたバイアル瓶を秤量して、バイアル瓶に加えられた水の質量を決定した。20個のバイアル瓶を、相互に接近させて、凍結乾燥機の棚上のラックの中に置いた。6個のバイアル瓶の温度を表面搭載熱電対を使用して監視した。全ての監視したバイアル瓶を他のバイアル瓶によって囲み、バイアル瓶の挙動の均一性を向上させた。凍結乾燥機を、アルゴンガスの制御された気体雰囲気中で約14psigに加圧した。凍結乾燥機の棚を室温から約−6℃に冷却して、バイアル瓶の温度を、ほぼ−1℃と−2℃の間にした。次いで、凍結乾燥機を、5秒かけずに約14psigから約大気圧まで減圧し、バイアル瓶内の溶液の核形成を誘導した。目視観察した、又は熱電対で監視した全てのバイアル瓶は、減圧直後に核形成し、凍結し始めた。
【0088】
次いで、棚の温度を、急速に約−45℃に下げ、凍結過程を完了した。一旦全てのバイアル瓶の温度が約−40℃以下になると、凍結乾燥室を排気し、一次乾燥過程(即ち、昇華)を開始させた。この乾燥過程の間、凍結乾燥機の棚を、一時間かけて約−14℃に暖め、その温度に16時間保持した。乾燥過程を通して、コンデンサーを約−60℃に維持した。真空ポンプの電源を切って一次乾燥を停止させ、室にアルゴンを戻して大気圧にした。バイアル瓶を直ちに凍結乾燥機から取り外し、秤量して、一次乾燥過程の間にどれだけの水が失われたかを決定した。
【0089】
実施例10の一部としての別の実験において、別のバイアル瓶に、同じ5重量%のマンニトール溶液2.5mLを注入した。空の、及び溶液を入れたバイアル瓶を秤量して、バイアル瓶に加えられた水の質量を決定した。バイアル瓶を、上記と同じやり方で凍結乾燥機中に載せ、6個のバイアル瓶の温度を、またもや、表面搭載熱電対を使用して監視した。凍結乾燥機の棚を、室温から約−45℃に急速に冷却し、バイアル瓶を凍結させた。冷却段階の間に、約−15℃と約−18℃の間で、核形成が確率論的に起こった。一旦全てのバイアル瓶の温度が約−40℃以下になったとき、上に記載した方法と同じやり方で、バイアル瓶を乾燥させた。一次乾燥の終結の際、試料を直ちに凍結乾燥機から取り外し、秤量して、一次乾燥過程の間にどれだけの水が失われたか決定した。
【0090】
【表10】

【0091】
制御された核形成及び確率論的な核形成を伴う凍結乾燥過程の結果を、表10に纏めた。これら2つの実験は、一つの実験に、減圧段階を介して制御された核形成を追加したことのみが違うことに注目すべきである。表10に見られる通り、減圧を介して達成された制御された核形成過程は、この実施例では約−1.1℃と−2.3℃の間という、非常に程度の低い過冷却において核形成させている。確率論的な核形成の場合と比較して、制御された核形成の場合に対するずっと高い核形成温度は、乾燥性能が劇的に改良された氷構造及び結果としての凍結されたケーキを生出す。同じ長さの乾燥時間に対して、約−1.1℃と−2.3℃の間で、開示された減圧方法を使用して核形成されたバイアル瓶は、平均してそれらの水の86.1%を失ったが、他方、約−14.5℃と−17.9℃の間で確率論的に核形成されたバイアル瓶は、平均して65.3%を失ったに過ぎなかった。従って、確率論的に核形成されたバイアル瓶に対して、ここに開示された方法に従って制御されたやり方で核形成されたバイアル瓶と同じ程度の水を失わせるためには、ずっと長い一次乾燥時間を必要とするであろう。乾燥時間の改良は、より高い核形成温度におけるより大きい氷結晶の形成に帰せられそうである。これらのより大きい氷結晶は昇華の際により大きい孔を残し、これらのより大きい孔は、更なる昇華の間に、水蒸気流に対して与える抵抗がより小さい。
【産業上の利用可能性】
【0092】
本方法は、過冷却された物質、即ち液体又は溶液が核形成し、次いで凍結する温度及び/又は時間の、改良された制御方法を提供する。この用途は、一つには凍結乾燥に焦点を当てているが、同様の問題は、核形成された相転移を含む任意の物質処理段階に対して生じる。この様な処理の例は、溶融物からのポリマー及び金属の結晶化、過飽和溶液からの物質の結晶化、蛋白質の結晶化、人工雪の産生、食品の凍結、凍結濃縮、分別結晶化、低温保存、又は液体への蒸気の凝縮を包含する。
【0093】
液体又は溶液の核形成温度を制御することの最も直接的利益は、相転移によって産生される固体ドメインの数及びサイズを制御できる能力である。例えば、凍結しつつある水において、核形成温度は、形成される氷結晶のサイズと数を直接制御する。一般的に言えば、核形成温度がより高いとき、氷結晶は数がより少なく、サイズがより大きい。
【0094】
相転移によって産生される固体ドメインの数及びサイズを制御する能力は、追加の利益を提供する可能性がある。例えば、凍結乾燥過程において、氷結晶の数及びサイズは、凍結乾燥ケーキの乾燥特性に強く影響する。より高い核形成温度によって産生されたより大きい氷結晶は、昇華の際により大きい孔を残し、そして、引き続く昇華の間、より大きい孔は水蒸気の流れに対してより小さい抵抗を与える。この様に、本方法は、核形成温度を上げることによって、凍結乾燥過程における一次乾燥(即ち、昇華)速度を増大させる手段を提供する。
【0095】
もう一つの可能性のある利益は、凍結過程を介して繊細な物質を保存する(即ち、低温保存)用途において実現されてよい。例えば、以下に限定はされないが、水溶液中で凍結された、哺乳類組織の試料(例えば、臍帯血、組織生検、卵細胞及び精子細胞等)、細胞株(例えば、哺乳動物の、酵母の、原核生物の、真菌の、その他の細胞株)及び生物分子(例えば、蛋白質、DNA、RNA及びそれらの亜網)を包含する生体物質は、凍結過程の間に様々な応力を体験する可能性があり、これは、その物質の機能または活性を損なう可能性がある。氷の形成は、物質を物理的に崩壊させる、又は、物質が経験する界面結合、浸透圧、溶質濃度等の激しい変化を造り出す可能性がある。核形成は、氷形成の構造と動力学を制御するので、それは、これらの応力に顕著に影響を与え得る。それ故、ここに開示した方法は、低温保存過程に付随する応力を緩和する、及び低温保存された物質からの機能又は活性の回復を向上させる、独特の手段を提供する。本方法は、生体細胞に対して設計された2段階低温保存アルゴリズムにおける細胞外氷形成を開始させるために使用される従来の核形成制御方法{例えば、種蒔き又は冷たい表面との接触}に対しても、改良を示している。
【0096】
本方法は、低温保存及び凍結乾燥の両用途において、幾つかの成分を含有する複雑な溶液又は混合物にも適用可能である。これらの処方物は、水性、有機、又は水−有機混合溶媒を伴う、薬剤として活性な成分(例えば、合成試薬、蛋白質、ペプチド、又はワクチン)、及び随意に、乾燥の間の活性成分の物理的損失を防ぐことを助けるバルク剤(例えば、デキストロース、グルコース、グリシン、ラクトース、マルトース、マンニトール、ポリビニルピロリドン、塩化ナトリウム、及びソルビトール);活性成分に対する適切な環境pH又は毒性の維持を助ける緩衝剤又は毒性調整剤(例えば、酢酸、安息香酸、クエン酸、塩酸、乳酸、マレイン酸、燐酸、酒石酸、及び既述の酸のナトリウム塩);加工の間、又は最終的な液体又は乾燥形状において、活性成分の構造又は機能を保持することを助ける安定化剤(例えば、アラニン、ジメチルスルホキシド、グリセロール、グリシン、ヒト血清アルブミン、ポリエチレングリコール、リジン、ポリソルベート、ソルビトール、スクロース、及びトレハロース);処方物のガラス転移挙動を改変する薬剤(例えば、ポリエチレングリコール及び糖)、及び活性成分を劣化から保護する酸化防止剤(例えば、アスコルビン酸塩、亜硫酸水素ナトリウム、ナトリウムホルムアルデヒド、メタ重亜硫酸ナトリウム、亜硫酸ナトリウム、スルホキシル酸塩、及びチオグリセロール)を包含する一以上の緩和成分を含有する、溶液であることが多い。
【0097】
核形成は典型的にはランダム過程なので、同一の処理条件に晒された複数の同じ物質は異なる温度で核形成するかもしれない。結果として、核形成の挙動に依存するこれらの物質の特性は、同一の処理条件にも拘らず、おそらく異なるであろう。開示した方法は、複数の物質の核形成温度を同時に制御する方法を提供し、それにより、核形成の挙動に依存するそれら産生物の特性の均一性を増大させるやり方を提示する。典型的な凍結乾燥過程において、例えば、別個のバイアル瓶中の同じ溶液は、広い範囲の温度にわたって確率論的に核形成する可能性があり、そして、結果的に、最終的な、凍結乾燥された産生物は、残留水分、活性及び液体状に戻す時間の様な重要な特性において、顕著な変動性を持つ可能性がある。ここに開示した過程を介して核形成温度を制御することにより、凍結乾燥過程に由来する産生物の特性の、瓶対瓶の均一性を劇的に改良することができる。
【0098】
物質の核形成挙動を制御する能力は、普通の制御されていない核形成事象次第で決められる工業的な過程を開発するために必要な時間の低減において、実質的な利益も提供する可能性がある。例えば、妥当な長さの時間で達成でき、指定された均一性の範囲内で所望の産生物特性を生出し、及び医薬品有効成分(API)の十分な活性を持続する、成功と言える凍結乾燥サイクルを開発するために、何ヶ月もかかることが多い。核形成の制御手段を提供することにより、また、それによって一次乾燥時間、産生物の均一性、及びAPI活性を潜在的に改良することにより、本方法は、成功と言える乾燥凍結手順を開発するために必要な時間を劇的に低減させるに違いない。
【0099】
特に、本核形成過程の潜在的な利益は、凍結乾燥されるべき処方物の組成の特定において、増大された柔軟性を提供する。制御された核形成は凍結段階の間、APIをより良く保持することができるので、ユーザーは、処方物への緩和構成要素(例えば、安定剤)の添加を最小にすること、又は、より単純な処方構成要素の組合せを選択して、安定性と処理の組み合わされた目的を達成することができるに違いない。制御された核形成が、生得的に一次乾燥時間を長くする(例えば、水溶液のガラス転移温度を低下させることによって)安定剤又は他の緩和構成要素の使用を最小にする場合は、相乗的な利益が発生する可能性がある。
【0100】
開示した方法は、大規模な生産又は製造操作に対して特に良く適している。それは、広い範囲の産生物の製造に容易に増大又は適応できる、同じ設備及びプロセスパラメータを使用して行うことができるからである。本過程は、全ての操作を単一の室(例えば、凍結乾燥機)中で行うことができる過程、及び核形成を誘導するために真空の使用、添加剤、振動、電気凍結等の使用を要求しない方法を使用して、物質の核形成に対する手段を講じる。
【0101】
従来技術とは対照的に、本方法は、凍結乾燥された産出物に何も加えない。その方法は、物質(例えば、バイアル瓶中の液体)を、気体雰囲気下で、当初特定の圧力に保持し、その圧力を急速に降下させてより低い圧力にすることだけを要求する。任意の適用された気体は、凍結乾燥サイクルの間に、バイアル瓶から除去されるであろう。バイアル瓶又はそれらの内容物は、気体を除いて、何物にも接触する又は触れることはない。周囲圧力と気体環境の単純な操作が、それだけで、その目標を達成するために十分である。周囲圧力の変化のみに頼って核形成を誘導することにより、ここに開示された本方法は、凍結乾燥機内の全てのバイアル瓶に、均一に、かつ同時に、影響を及ぼす。
【0102】
本実施態様は、また、凍結乾燥用途において物質中の核形成に影響を与える従来の方法より安価であり、かつ実施及び維持が容易である。本方法は、凍結乾燥過程において顕著により早い一次乾燥を可能にし、それによって、凍結乾燥された薬剤に対する処理コストを低減させる。本方法は、従来の方法より遥かに均一な凍結乾燥された産生物を産生し、それによって、製品の損失を低減させ、及び、より厳しい均一性仕様に応えられない処理業者の参入に対する障壁を造り出す。この方法は、凍結乾燥された産生物を汚染することなく、これらの利益を勝取る。課程のより大きい制御は、産出物の改良及び過程の時間の短縮をもたらすに違いない。
【0103】
上述したことから、本発明が、斯くして、物質中の核形成の誘導方法、及び/又は物質の凍結方法を提供することを認識すべきである。本方法の種々の修正、変更、及び変形が当業者に明らかと思われ、また、このような修正、変更、及び変形が、この出願の視界、並びに特許請求の範囲の精神及び技術的範囲に包含されるべきことを理解すべきである。
【図面の簡単な説明】
【0104】
【図1】確率論的な核形成過程を経ている溶液の、温度対時間を描写する、及び更にその溶液の核形成温度の範囲を示すグラフである。
【図2】本方法に合致する減圧された核形成に伴う平衡化冷却過程を経ている溶液の、温度対時間を描写するグラフである。
【図3】本方法に合致する減圧された核形成に伴う動的な冷却過程を経ている溶液の、温度対時間を描写するグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
物質を相転移温度の近辺又は該相転移温度よりも下の温度にもって行く段階と、
前記物質の直近の圧力を降下させて、前記物質中に相転移の核形成を誘導する段階と、
を含む物質中に相転移の核形成を誘導する方法。
【請求項2】
前記物質を冷却して準安定状態にする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
減圧後に前記核形成した物質を、最終又はそれより低い温度に冷却し続けて、その物質の相転移を確実に完成させる段階を更に含む請求項1に記載の方法。
【請求項4】
減圧を、前記物質が所望の核形成温度に到達した時に開始する請求項1に記載の方法。
【請求項5】
減圧を、前記冷却段階の開始後所望の時間、及び前記物質の温度が前記相転移温度より下の時に開始する請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記物質を液体状に戻す段階を更に含む請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記物質が、気体、液体、溶液、懸濁物、混合物、又は懸濁物、溶液、若しくは混合物の構成要素から成る群から選択される請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記物質が溶液であり、及び前記相転移温度が前記溶液の熱力学的凝固点である請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記物質が一以上の溶解された材料を伴う溶液であり、また、前記相転移温度が、溶解された材料が前記溶液から析出又は結晶化するであろう飽和温度である請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記物質が生物薬剤物質、薬剤物質、化学物質、生体物質、食材、又はこれらの組合せを更に含む請求項7に記載の方法。
【請求項11】
前記物質を気体雰囲気の存在下に閉じ込める請求項1に記載の方法。
【請求項12】
前記気体雰囲気がアルゴン、窒素、ヘリウム、空気、水蒸気、酸素、二酸化炭素、ネオン、キセノン、クリプトン、水素、又はそれらの混合物を含む請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記物質を取り囲む前記雰囲気を加圧する段階を更に含む請求項11に記載の方法。
【請求項14】
減圧に先立って、前記物質を、先ず、前記相転移温度から相転移温度よりも20℃下の範囲の温度に冷却する請求項1に記載の方法。
【請求項15】
減圧に先立って、前記物質を、前記相転移温度から相転移温度よりも約5℃下の範囲の温度に冷却する請求項1に記載の方法。
【請求項16】
前記圧力を約14psi以上の量降下させる請求項1に記載の方法。
【請求項17】
前記圧力を約7psiより大きい量降下させる請求項1に記載の方法。
【請求項18】
前記圧力を、絶対圧力比、Pi/Pfが約1.2以上である様に降下させる請求項1に記載の方法。
【請求項19】
前記圧力を、秒当たり約0.2psiより大きい圧力落下速度、△P/△tで降下させる請求項1に記載の方法。
【請求項20】
前記圧力を40秒以下で降下させる請求項1に記載の方法。
【請求項21】
前記物質が、生きている又は弱毒化したウイルス;核酸;モノクローナル又はポリクローナル抗体;生体分子;非ペプチド類縁体;ペプチド;及び蛋白質を含む成分を含有する請求項6に記載の方法。
【請求項22】
前記液体状に戻された物質の成分が、出発物質の成分に付随する機能又は活性に類似する機能又は活性を示す請求項21に記載の方法。
【請求項23】
前記液体状に戻された物質の成分が、確率論的に核形成した物質の成分に付随する機能又は活性に対して改良された機能又は活性を示す請求項21に記載の方法。
【請求項24】
前記液体状に戻された物質の成分が、出発物質の成分に付随する構造に類似する構造を示す請求項21に記載の方法。
【請求項25】
前記物質が複数の容器中に保持され、全ての容器に由来する前記液状に戻された物質が均一な特性を示す請求項21に記載の方法。
【請求項26】
物質を所定の冷却速度で冷却する段階と、
圧力を急速に降下させて物質を核形成させる段階と、
前記核形成された物質の冷却を所定の最終温度まで継続して、前記物質を完全に凍結させる段階と、
を含む物質の凍結過程の制御方法。
【請求項27】
前記物質が所望の核形成温度に到達したとき減圧を開始する請求項26に記載の方法。
【請求項28】
減圧を、前記冷却段階の開始後所望の時間で、かつ前記物質の温度が前記相転移温度より下のときに開始する請求項26に記載の方法。
【請求項29】
物質を相転移温度の近辺又は該相転移温度よりも下の温度に冷却する段階と、
前記物質直近の圧力を降下させて前記物質の核形成を誘導する段階と、
前記核形成された物質の冷却を所定の最終温度まで継続して、前記物質の固化を促進する段階と、
を含む固化方法。
【請求項30】
前記物質が一以上の溶解された材料を有する溶液であり、及び、前記物質に直近の圧力を降下させる段階が、前記溶液に直近する圧力を降下させて、前記溶液中の一以上の材料の相転移の核形成を誘導することを更に含む請求項29に記載の固化方法。
【請求項31】
気体を相転移温度の近辺又は該相転移温度よりも下の温度に冷却する段階と、
圧力を降下させて、前記気体内に相転移の核形成を誘導する段階と、
前記核形成された気体の冷却を所定の最終温度まで継続して前記気体を凝縮させる工程と、
を含む気体の凝縮過程の制御方法。
【請求項32】
物質を相転移温度の近辺又は該相転移温度よりも上の温度に温める段階と、
前記物質に直近の圧力を降下させて前記物質の相転移を誘導する段階と、
を含む物質の相転移の誘導方法。
【請求項33】
加圧された気体雰囲気中で、物質を相転移温度近辺の温度にもってゆく段階と、
前記圧力を降下させて前記物質の相転移を誘導する段階と、
を含む物質の相転移方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公表番号】特表2009−525867(P2009−525867A)
【公表日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−554316(P2008−554316)
【出願日】平成19年2月7日(2007.2.7)
【国際出願番号】PCT/US2007/003282
【国際公開番号】WO2007/095034
【国際公開日】平成19年8月23日(2007.8.23)
【出願人】(392032409)プラクスエア・テクノロジー・インコーポレイテッド (119)
【Fターム(参考)】