説明

画像レーダ装置及び信号処理装置

【課題】レーダの移動に伴いレーダビームの照射方向を変化させる複数ビーム観測方式を実現する画像レーダ装置及び信号処理装置を得る。
【解決手段】同一または異なるプラットフォームに送信アンテナ及び複数の受信アンテナを搭載する画像レーダ装置であって、前記送信アンテナ及び複数の受信アンテナは、レーダの移動に伴いレーダビームの指向方向を変化させながら観測する。また、送受信アンテナ間隔の2乗をレーダ波長と観測対象領域のレンジとの積の2倍で割ったものに円周率を乗じた位相を持つ複素関数が1とみなせるように、送受信アンテナ間隔、レーダ波長、観測対象領域までのレンジを設計する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、レーダの移動に伴いレーダビームの照射方向を変化させる複数ビーム観測方式の画像レーダ装置及び信号処理装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
合成開口レーダ観測では、アジマス方向の高分解能化とレンジ方向の観測領域の拡大を同時に行うことは難しい。これはそれぞれを実現するために必要なパルス繰り返し周波数(PRF:Pulse Repetition Frequency)に対する要求が相反するためである。
【0003】
アジマス方向の高分解能化には、ドップラー周波数帯域以上の高いPRFが要求される。一方、レンジ方向の観測領域の拡大には、観測領域の拡大に伴うエコーの受信時間の増加に応じて、低いPRFが要求される。
【0004】
そこで、レンジ方向の観測領域拡大とアジマス方向の高分解能化を同時に実現すべく、複数のレーダビームを用いる合成開口レーダの観測方式がある(以下、複数ビーム観測方式と呼ぶ)。
【0005】
例えば、図6に示すように、1つの送信アンテナTxと2つの受信アンテナRx1、Rx2を用いる複数レーダビーム観測方式では、物理的なPRFは送信アンテナでのパルス照射間隔(PRI:Pulse Repetition Interval)の逆数となるが、実効的なPRFをその2倍(つまり、PRIは半分)とすることができる。物理的なPRFを低く設定できるためレンジ領域の観測領域を狭める必要がない。そして、等価的に幅の広い1つのレーダビームを形成することでアジマス分解能を改善している。
【0006】
この複数レーダビーム観測方式のための従来の画像レーダ装置及びその信号処理装置は、複数の受信アンテナで得た観測信号をスペクトル上で合成し、等価的な1つの受信アンテナで得た観測信号を生成した後で、画像再生処理を行っていた(例えば、非特許文献1参照)。
【0007】
各受信アンテナで得られた観測信号のアジマス方向のスペクトル(以降、アジマススペクトル)は、図7に示すように、物理的なPRFが受信アンテナのビームの幅で決まるアジマス周波数帯域(瞬時ドップラー周波数帯域)幅よりも狭いため、エイリアシング誤差を持つ。
【0008】
そこで、各受信アンテナのアジマススペクトル上での合成において、このエイリアシング誤差を相殺して解消する復元フィルタ(Reconstruction Filter)を適用し、エイリアシング誤差を含まないアジマススペクトルを得るようにしている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】G. Krieger, N. Gebert, and A. Moreira, "SAR Signal Reconstruction from Non-Uniform Displaced Phase Centre Sampling," IEEE IGARSS’04, vol.3, 20-24, P1763-1766, 2004.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従来の画像レーダ装置及び信号処理装置は、観測対象領域のドップラー周波数帯域幅が瞬時ドップラー周波数帯域幅と同じあり、エイリアシング誤差がアジマススペクトルの端部にのみ発生することを前提としていた。
【0011】
このようなエイリアシング誤差の発生は、図8(a)に示すように送信アンテナ及び受信アンテナを備える各レーダからのレーダビームを固定した一方向に向けて照射する観測(以降、ストリップマップ観測モード)では成立するが、図8(b)に示すようにレーダの移動に伴いレーダの照射方向をビーム指向中心31に向けるように変化させながら観測する場合は成り立たない。
【0012】
このレーダの照射方向を変化させながら観測する例には、スライディングスポットライト観測(あるいは、ハイブリッドストリップマップ・スポットライト観測)モードやスポットライト観測モードがある。
【0013】
図9を用いて、これら観測モードの違いに伴うアジマススペクトルの違いを説明する。図9(a)は、ストリップ観測モードにおける、アジマス時間ごとのアジマススペクトルを表す模式図である。横軸はアジマス時間(スロウタイム)であり、観測中心に位置する目標にレーダが最近接する時刻を0とする。縦軸はドップラー周波数である。そして、紙面に垂直な軸がパワースペクトルを示す。
【0014】
ここでは、レーダビームの照射方向がレーダの進行方向と垂直な方向(クロストラック方向)であるとする。アジマススペクトルは、レーダビームが照射される方向のドップラー周波数を中心として、瞬時ドップラー周波数帯域幅分の広がりを持つ。この瞬時ドップラー周波数帯域幅は、観測対象領域のドップラー周波数帯域幅と一致している。そして、観測信号がアジマス方向にPRFでサンプルされていることから、ドップラー周波数軸方向にPRFの周期で繰り返す。
【0015】
そのため、アジマススペクトルのうちPRFを超えたドップラー周波数をもつ成分が、PRF以下のドップラー周波数をもつ成分と重なってしまいエイリアシング誤差が生じる。ストリップマップ観測では、レーダビームが照射される方向が一定、つまりドップラー中心周波数が一定であるため、図9(a)の網掛けで示すように、エイリアシング誤差が発生するドップラー周波数はアジマス時間によらず同じで、かつ、アジマススペクトルのドップラー周波数軸方向の端部となる。
【0016】
次に、図9(b)に、レーダの移動に伴いレーダビームの照射方向を変化させる観測でのアジマス時間ごとのアジマススペクトルを表す。この観測方式では、観測対象領域のドップラー周波数帯域幅が瞬時ドップラー周波数帯域幅よりも広い。そして、ドップラー中心周波数がアジマス時間に応じて変化するので、アジマススペクトルのドップラー周波数の範囲がアジマス時間と共に変化する。これに伴い、エイリアシング誤差が発生するドップラー周波数の範囲も、アジマス時間に伴い変化する。さらに、図9(b)中のサンプリング帯域幅(PRFと等価)を超えたアジマススペクトルはサンプリング帯域幅内に折り返す。
【0017】
したがって、これらレーダビームの照射方向を変化させる観測では、エイリアシング誤差がスペクトルの端部に発生するという前提条件が成り立たない。このため、従来の画像レーダ装置及び信号処理装置では、レーダの移動に伴いレーダビームの照射方向を変化させる観測で得られた受信信号中のエイリアシング誤差を相殺し解消することができないという問題点があった。この結果、レーダの移動に伴いレーダビームの照射方向を変化させる場合は、複数ビーム観測方式が採用できなかった。
【0018】
この発明は上記のような問題点を解決するためになされたもので、レーダの移動に伴いレーダビームの照射方向を変化させる複数ビーム観測方式を実現する画像レーダ装置及び信号処理装置を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
この発明に係る画像レーダ装置及び信号処理装置は、同一または異なるプラットフォームに送信アンテナ及び複数の受信アンテナを搭載する画像レーダ装置であって、前記送信アンテナ及び複数の受信アンテナは、レーダの移動に伴いレーダビームの指向方向を変化させながら観測することを特徴とする。
【0020】
また、この発明に係る信号処理装置は、各受信アンテナで受信されたデータをそれぞれ格納する複数の格納部と、前記複数の格納部から各受信アンテナで受信されたデータをそれぞれ読み込みレンジ圧縮する複数のレンジ圧縮部と、各複数のレンジ圧縮部でレンジ圧縮されたデータにアジマス時間に応じたドップラー中心周波数の傾きを補償するための複素関数をそれぞれ乗ずる複数の乗算部と、前記複数の乗算部の出力をアジマス方向にそれぞれフーリエ変換する複数のアジマスDFT部と、前記複数のアジマスDFT部によりアジマス方向にフーリエ変換されたデータに含まれるエイリアシング誤差を解消するための復元フィルタをそれぞれ適用する複数の復元フィルタ部と、前記複数の復元フィルタ部からの復元フィルタ適用後の複数のデータをアジマススペクトル上で合成して1つのデータにする合成部と、前記合成部による合成後のアジマススペクトルをアジマス方向に逆フーリエ変換するアジマスIDFT部と、前記アジマスDFT部の出力に対し、先に補償したアジマス時間に応じたドップラー中心周波数の傾きを戻すための複素関数を乗ずる乗算部と、前記乗算部の出力に対し画像再生処理を行う画像再生部と、前記復元フィルタ部から前記画像再生部までの処理をレンジ毎に設計して適用するための反復処理部と、前記画像再生部の出力結果を格納する出力格納部とを備えたことを特徴とする。
【0021】
また、この発明に係る画像レーダ装置は、送受信アンテナ間隔の2乗をレーダ波長と観測対象領域のレンジとの積の2倍で割ったものに円周率を乗じた位相を持つ複素関数が1とみなせるように、送受信アンテナ間隔、レーダ波長、観測対象領域までのレンジを設計したことを特徴とする。
【0022】
さらに、この発明に係る信号処理装置は、各受信アンテナで受信されたデータをそれぞれ格納する複数の格納部と、前記複数の格納部から各受信アンテナで受信されたデータをそれぞれ読み込みアジマス時間に応じたドップラー中心周波数の傾きを補償するための複素関数を乗ずる複数の乗算部と、前記複数の乗算部の出力をアジマス方向にそれぞれフーリエ変換する複数のアジマスDFT部と、前記複数のアジマスDFT部によりアジマス方向にフーリエ変換されたデータに含まれるエイリアシング誤差を解消するための復元フィルタをそれぞれ適用する複数の復元フィルタ部と、前記複数の復元フィルタ部からの復元フィルタ適用後の複数のデータをアジマススペクトル上で合成して1つのデータにする合成部と、前記合成部による合成後のアジマススペクトルをアジマス方向に逆フーリエ変換するアジマスIDFT部と、前記アジマスDFT部の出力に対し、先に補償したアジマス時間に応じたドップラー中心周波数の傾きを戻すための複素関数を乗ずる乗算部と、前記乗算部の出力に対し画像再生処理を行う画像再生部と、前記画像再生部の出力結果を格納する出力格納部とを備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0023】
この発明によれば、アジマス時間に応じたドップラー中心周波数の変化を補償した上で復元フィルタを適用するようにしているので、レーダの移動に伴いレーダビームの照射方向を変化させる観測で得られる観測信号に対してもエイリアシング誤差を解消することができる。
【0024】
また、送受信アンテナ間隔の2乗をレーダ波長と観測対象領域のレンジとの積の2倍で割ったものに円周率を乗じた位相を持つ複素関数が1とみなせるように、受信アンテナ間隔、レーダ波長、または、観測対象領域のレンジを設定した画像レーダ装置を設計し、復元フィルタがレンジに依存しないようにしているので、復元フィルタをレンジ毎に設計及び適用する必要がなくなり、信号処理に必要となる計算負荷を大幅に軽減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】この発明の実施の形態1に係る画像レーダ装置及び信号処理装置を示すブロック構成図である。
【図2】図1に示す実施の形態1に係る画像レーダ装置及び信号処理装置の処理の流れを示すフローチャートである。
【図3】図2のステップST205からステップST214までの動作の効果を説明する図である。
【図4】この発明の実施の形態2に係る画像レーダ装置及び信号処理装置を示すブロック構成図である。
【図5】図4に示す実施の形態2に係る画像レーダ装置及び信号処理装置の処理の流れを示すフローチャートである。
【図6】複数レーダビーム観測方式の説明図である。
【図7】各受信アンテナで得られた観測信号のアジマス方向のスペクトルンを説明する図である。
【図8】レーダビームを固定した一方向に向けて照射する観測する場合と、レーダの移動に伴いレーダの照射方向をビーム指向中心に向けるように変化させながら観測する場合のエイリアシング誤差の発生を説明する図である。
【図9】観測モードの違いに伴うアジマススペクトルの違いを説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
実施の形態1.
図1は、この発明の実施の形態1に係る画像レーダ装置及び信号処理装置を示すブロック構成図である。なお、ここでは便宜上、受信アンテナが2つある場合を想定して説明する。受信アンテナが2つ以上ある場合は、各受信アンテナに応じたブロックを受信アンテナ個数分用意すればよい。
【0027】
図1に示す画像レーダ装置及び信号処理装置は、大別して、画像レーダ装置100と信号処理装置200とから構成される。画像レーダ装置100は、送信アンテナ(Tx)101、受信アンテナ(Rx1)102、受信アンテナ(Rx2)103を備える。
【0028】
ここで、受信アンテナ(Rx1)102と受信アンテナ(Rx2)103を基準とした送信アンテナ(Tx)101の位置(アジマス方向の距離)を、それぞれΔx、Δxとする。送信アンテナ(Tx)101、受信アンテナ(Rx1)102と受信アンテナ(Rx2)103は、同一のプラットフォーム上、またはそれぞれが別のプラットフォーム上に設置される。
【0029】
なお、プラットフォームとは、人工衛星や、航空機等のレーダを搭載する移動体を指す。送信アンテナ(Tx)101から放射され観測対象領域で反射された電波は、受信アンテナ(Rx1)102と受信アンテナ(Rx2)103で同時に受信される。
【0030】
そして、信号処理装置200は、RX1格納部201、RX2格納部202、Rx1用レンジ圧縮部203、Rx2用レンジ圧縮部204、Rx1用乗算部205、Rx2用乗算部206、Rx1用アジマスDFT(Discrete Fourier Transform)部207、Rx2用アジマスDFT部208、反復処理部209、復元フィルタ部P(f;R)210、復元フィルタ部P(f;R)211、合成部212、アジマスIDFT(Inverse Discrete Fourier Transform)部213、乗算部214、画像再生処理A部215、出力格納部216を備える。
【0031】
なお、この説明及び以降の説明において、「部」という語は、専用の電子回路または素子を意味しているが、汎用的な中央演算装置(CPU:Central Processing Unit)を搭載したコンピュータに所定の処理を実行させるコンピュータプログラムモジュールの形で構成するようにしても良い。また、DFTとIDFTの語は、離散信号に対するフーリエ変換と逆フーリエ変換を表す。
【0032】
次に動作について説明する。図2は、実施の形態1による画像レーダ装置及び信号処理装置の処理の流れを示すフローチャートである。まず、ステップST100において、画像レーダ装置100の受信アンテナ(Rx1)102、受信アンテナ(Rx2)103で受信されたデータが、Rx1格納部201とRx2格納部202に格納される。
【0033】
ステップST200において、Rx1用レンジ圧縮部203と、Rx2用レンジ圧縮部204により、それぞれRx1格納部201とRx2格納部202のデータが読み込まれレンジ圧縮される。
【0034】
ステップST205において、Rx1用乗算部205とRx2用乗算部206が、それぞれRx1用レンジ圧縮部203とRx2用レンジ圧縮部204でレンジ圧縮された信号に対し、式(1)で表される関数を乗算する。
【0035】
【数1】

【0036】
ここで、Rはビーム指向中心の最近接レンジである。また、λはレーダ波長、vはレーダの速度、tはアジマス時間である。この複素関数の乗算により、アジマススペクトルにおけるドップラー中心周波数のアジマス時間に応じた変化、つまり、アジマススペクトルのアジマス時間に対する傾きを補償する。
【0037】
なお、ここでは、ドップラー中心周波数のアジマス時間に応じた変化を補償するための関数を式(1)で与えたが、これに限るものではなく、同じ効果をもつ関数であればよい。
【0038】
ステップST207で、Rx1用アジマスDFT部207とRx2用アジマスDFT部208が、それぞれRx1用乗算部205とRx2用乗算部206の出力をアジマス方向にフーリエ変換する。
【0039】
ステップST209で、反復処理部209に、Rx1用アジマスDFT部207とRx2用アジマスDFT部208の出力が入力される。反復処理部209では、レンジRの設定を変えながら、観測対象領域の全レンジに渡る回数分、以降のステップST210からステップST215までの処理を繰り返し行う。
【0040】
ステップST210において、復元フィルタ部P(f,R)210と復元フィルタ部P(f,R)部211が、それぞれRx1用アジマスDFT部207とRx2用アジマスDFT部208の出力に対し、復元フィルタを適用する。この復元フィルタの式は、例えば式(2)(非特許文献1参照)で与えられる。
【0041】
【数2】

【0042】
はアジマス方向周波数(ドップラー周波数)、fPRFはPRFを示す。このfの範囲は、受信アンテナの個数をnとした場合に、
【0043】
【数3】

【0044】
となる。また、vはレーダの速度である。
【0045】
なお、ここでは2つの受信アンテナを用いる場合の復元フィルタを式(2)で与えたが、これに限られるものではなく、同等の効果を持つ式で与えられる復元フィルタを適用しても良い。
【0046】
ステップST212において、合成部212が、アジマススペクトル上で復元フィルタ適用後の各受信アンテナの信号を合成し、エイリアシング誤差を相殺することで解消する。
【0047】
ステップST213において、アジマスIDFT部213が、合成部212の出力をアジマス方向に逆フーリエ変換する。
【0048】
ステップST214で、乗算部214が、アジマスIDFT部213の出力に対し、式(3)で与えられる関数を乗算する。
【0049】
【数4】

【0050】
この複素関数の乗算により、ステップST205で補償した、アジマススペクトルにおけるドップラー中心周波数のアジマス時間に応じた変化を元に戻す。なお、ここでは、ドップラー中心周波数のアジマス時間に応じた変化を元に戻す関数を式(3)で与えたが、これに限るものではなく、同じ効果をもつ関数であれば良い。
【0051】
ここで、ステップST205からステップST214までの動作の効果を、図3を用いて説明する。図3(a)は、各受信アンテナで得られた受信信号のアジマス時間毎のアジマススペクトルを示す。横軸はアジマス時間、縦軸はドップラー周波数、紙面に垂直な軸がパワースペクトルを表す。
【0052】
先の図9(b)に示したようにレーダの移動に伴いレーダビームの照射方向を変化させる観測では、エイリアシング誤差が発生するドップラー周波数の範囲はアジマス時間に伴い変化する。さらに、サンプリング帯域幅を超えたアジマススペクトルはサンプリング帯域幅内に折り返す。この結果、受信信号のアジマススペクトル中におけるエイリアシング誤差は、図3(a)の網掛けで示すように、サンプリング帯域幅内を斜めに横断している。
【0053】
次に、図3(b)は、ステップST205で、式(1)で表される関数を受信信号に乗算した後の、アジマス時間毎のアジマススペクトルを表す。式(1)で示す複素関数の乗算によりアジマススペクトルのアジマス時間に対する傾きを補正したことで、エイリアシング誤差が発生するドップラー周波数はアジマススペクトルの端部に位置するようになる。つまり、図9(a)に示したストリップマップ観測時のアジマススペクトルと同等となる。
【0054】
図3(c)は、ステップST210で復元フィルタを適用し、ステップST212で各受信アンテナの信号を合成した後のアジマススペクトルを表す。この段階で、エイリアシング誤差は解消され、サンプリング帯域は2×fPRF(受信アンテナ数がn個の場合はn×fPRF)に拡大されている。
【0055】
そして、図3(d)は、アジマススペクトル合成後の信号に、式(3)で示される複素関数を乗算した後のアジマススペクトルを表す。ここでは、アジマススペクトルにおけるドップラー中心周波数のアジマス時間に応じた変化が戻されている。この段階のアジマススペクトルは、瞬時ドップラー周波数帯域幅よりも広い2×fPRF(受信アンテナ数がn個の場合はn×fPRF)相当のPRFで、単一のレーダビームを用いて観測した受信信号のアジマススペクトルと等価になっている。
【0056】
次に、ステップST215において、画像再生処理部215が、乗算部214の出力に対し画像再生処理を行う。この画像再生処理は、単一のレーダビームを用いてレーダの移動に伴いレーダビームの照射方向を変化させる観測で得た受信信号をレンジ圧縮した信号に対する画像再生処理であれば良い。この画像再生処理では、再生結果の内レンジRの結果のみが有効な再生結果となる。
【0057】
ステップST216において、反復処理部209が、観測対象領域の全てのレンジについて、ステップST210からステップST215までの繰り返し処理を終えれば反復ループを終了する。ステップST217において、反復処理部209が、出力格納部216に再生結果を出力する。
【0058】
以上のように、実施の形態1によれば、アジマス時間に応じたドップラー中心周波数の変化を補償した上で復元フィルタを適用するようにしているので、レーダの移動に伴いレーダビームの照射方向を変化させる観測で得られる観測信号に対してもエイリアシング誤差を解消することができる。
【0059】
この結果、レーダの移動に伴いレーダビームの照射方向を変化させる場合においても、複数ビーム観測方式を可能にしている。複素関数の乗算のみでドップラー中心周波数の変化の補償と復元を実現しているので、僅かな計算負荷の増加のみで、ストリップマップ観測向けの信号処理をレーダの移動に伴いレーダビームの照射方向を変化させる観測向けに拡張することができる。
【0060】
実施の形態2.
以上の実施の形態1では、反復処理により復元フィルタをレンジ毎に設計して適用したものであるが、次に受信アンテナの間隔をある条件を満たすように設計することで反復処理を回避した実施の形態2を示す。
【0061】
以下、この発明の実施の形態2を図に基づいて説明する。図4は、この発明の実施の形態2に係る画像レーダ装置及び信号処理装置を示すブロック構成図である。図4において図1に示す実施の形態1の構成と同一または相当する部分については同一記号を付して説明を省略する。
【0062】
この実施の形態2では、実施の形態1にあった反復処理部209が省かれている。また、復元フィルタ部P(f;R)210と復元フィルタ部P(f;R)211が復元フィルタ部P(f)310と復元フィルタ部P(f)311に置き換えられている。さらに、実施の形態1の画像再生処理A部215が、単一のレーダビームを用いてレーダの移動に伴いレーダビームの照射方向を変化させる観測で得た受信信号(レンジ圧縮していない信号)に対する画像再生処理を行う画像再生処理B部315に置き換わっている。
【0063】
この実施の形態2では、受信アンテナ(Rx1)102と受信アンテナ(Rx2)103を基準とした送信アンテナ(Tx)101の位置(アジマス方向の距離)ΔxとΔxを、式(4)を満たすように設計する。すなわち、送受信アンテナ間隔の2乗をレーダ波長と観測対象領域のレンジとの積の2倍で割ったものに円周率を乗じた位相を持つ複素関数が1とみなせるように、送受信アンテナ間隔を設計する。
【0064】
【数5】

【0065】
ここで、Rは観測対象領域までのレンジを現す。例えば、衛星搭載画像レーダではレンジRが非常に大きな値をとるため、式(4)を満たすように送受信アンテナ間隔を設計するのは容易である。
【0066】
なお、式(4)を満たすように、送受信アンテナ間隔だけでなく、レーダ波長λや観測対象領域までのレンジRを設定しても良い。
【0067】
次に動作について説明する。図5は、実施の形態2による画像レーダ装置及び信号処理装置の処理の流れを示すフローチャートである。図5において図2に示す実施の形態1のフローチャートと同一または相当する部分については同一記号を付して説明を省略する。
【0068】
ステップST310において、復元フィルタ部P(f)310と復元フィルタ部P(f)部311が、それぞれRx1用乗算部205とRx2用乗算部206の出力に対し、復元フィルタを適用する。
【0069】
この復元フィルタの式は、例えば式(5)で与えられる。
【0070】
【数6】

【0071】
なお、ここでは2つの受信アンテナを用いる場合の復元フィルタを式(5)で与えたが、これに限られるものではなく、同等の効果を持つ式で与えられる復元フィルタを適用しても良い。
【0072】
ステップST315において、画像再生処理B部315が、乗算部214の出力に対し画像再生処理を行う。この画像再生処理は、単一のレーダビームを用いてレーダの移動に伴いレーダビームの照射方向を変化させる観測で得た観測信号に対する画像再生処理であれば良い。
【0073】
以上のように、実施の形態2によれば、式(5)を満たすべく、受信アンテナ間隔、レーダ波長、または、観測対象領域のレンジを設定した画像レーダ装置を設計し、復元フィルタがレンジに依存しないように(つまり、復元フィルタの式にRが含まれないように)しているので、復元フィルタをレンジ毎に設計及び適用する必要がなくなり、信号処理に必要となる計算負荷を大幅に軽減することができる。
【0074】
また、復元フィルタをレンジ圧縮後の信号に適用する必要がなくなるため、画像再生処理部に採用できるアルゴリズムを、レンジ圧縮後の信号を対象とするアルゴリズムに限定する必要がなくなり、アルゴリズムの選択肢を増やすことができる。
【0075】
さらに、反復処理に必要な回路がなくなり、さらに、複数の受信アンテナで得た受信信号を合成するための処理部分と、画像再生部分の独立性が高められるので、装置の構成を簡潔にすることができる。
【符号の説明】
【0076】
100 画像レーダ装置、101 送信アンテナ(Tx)、102 受信アンテナ(Rx1)、103 受信アンテナ(Rx2)、200 信号処理装置、201 RX1格納部、202 RX2格納部、203 Rx1用レンジ圧縮部、204 Rx2用レンジ圧縮部、205 Rx1用乗算部、206 Rx2用乗算部、207 Rx1用アジマスDFT(Discrete Fourier Transform)部、208 Rx2用アジマスDFT部、209 反復処理部、210 復元フィルタ部P(f;R)、211 復元フィルタ部P(f;R)、212 合成部、213 アジマスIDFT(Inverse Discrete Fourier Transform)部、214 乗算部、215 画像再生処理A部、216 出力格納部、310 復元フィルタ部P(f)、311 復元フィルタ部P(f)、315 画像再生処理B部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
同一または異なるプラットフォームに送信アンテナ及び複数の受信アンテナを搭載する画像レーダ装置であって、
前記送信アンテナ及び複数の受信アンテナは、レーダの移動に伴いレーダビームの指向方向を変化させながら観測する
ことを特徴とする画像レーダ装置。
【請求項2】
請求項1に記載の各受信アンテナで受信されたデータをそれぞれ格納する複数の格納部と、
前記複数の格納部から各受信アンテナで受信されたデータをそれぞれ読み込みレンジ圧縮する複数のレンジ圧縮部と、
各複数のレンジ圧縮部でレンジ圧縮されたデータにアジマス時間に応じたドップラー中心周波数の傾きを補償するための複素関数をそれぞれ乗ずる複数の乗算部と、
前記複数の乗算部の出力をアジマス方向にそれぞれフーリエ変換する複数のアジマスDFT部と、
前記複数のアジマスDFT部によりアジマス方向にフーリエ変換されたデータに含まれるエイリアシング誤差を解消するための復元フィルタをそれぞれ適用する複数の復元フィルタ部と、
前記複数の復元フィルタ部からの復元フィルタ適用後の複数のデータをアジマススペクトル上で合成して1つのデータにする合成部と、
前記合成部による合成後のアジマススペクトルをアジマス方向に逆フーリエ変換するアジマスIDFT部と、
前記アジマスDFT部の出力に対し、先に補償したアジマス時間に応じたドップラー中心周波数の傾きを戻すための複素関数を乗ずる乗算部と、
前記乗算部の出力に対し画像再生処理を行う画像再生部と、
前記復元フィルタ部から前記画像再生部までの処理をレンジ毎に設計して適用するための反復処理部と、
画像再生部の出力結果を格納する出力格納部と
を備えたことを特徴とする信号処理装置。
【請求項3】
請求項1に記載の画像レーダ装置において、
送受信アンテナ間隔の2乗をレーダ波長と観測対象領域のレンジとの積の2倍で割ったものに円周率を乗じた位相を持つ複素関数が1とみなせるように、送受信アンテナ間隔、レーダ波長、観測対象領域までのレンジを設計した
ことを特徴とする画像レーダ装置。
【請求項4】
請求項3に記載の各受信アンテナで受信されたデータをそれぞれ格納する複数の格納部と、
前記複数の格納部から各受信アンテナで受信されたデータをそれぞれ読み込みアジマス時間に応じたドップラー中心周波数の傾きを補償するための複素関数を乗ずる複数の乗算部と、
前記複数の乗算部の出力をアジマス方向にそれぞれフーリエ変換する複数のアジマスDFT部と、
前記複数のアジマスDFT部によりアジマス方向にフーリエ変換されたデータに含まれるエイリアシング誤差を解消するための復元フィルタをそれぞれ適用する複数の復元フィルタ部と、
前記複数の復元フィルタ部からの復元フィルタ適用後の複数のデータをアジマススペクトル上で合成して1つのデータにする合成部と、
前記合成部による合成後のアジマススペクトルをアジマス方向に逆フーリエ変換するアジマスIDFT部と、
前記アジマスDFT部の出力に対し、先に補償したアジマス時間に応じたドップラー中心周波数の傾きを戻すための複素関数を乗ずる乗算部と、
前記乗算部の出力に対し画像再生処理を行う画像再生部と、
前記画像再生部の出力結果を格納する出力格納部と
を備えたことを特徴とする信号処理装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−223811(P2010−223811A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−72337(P2009−72337)
【出願日】平成21年3月24日(2009.3.24)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】