説明

界面近傍の化学状態または電子状態の評価方法

【課題】本発明は、導電性層と有機層との界面近傍の化学状態および/または電子状態の評価方法に関する。本発明は、導電性層と有機層のいずれも15nm程度以上の厚さである場合においても、導電性層と有機層との界面の、化学状態または電子状態の評価が可能となる方法を提供する。
【解決手段】評価対象の試料が導電性層と有機層を有し、該導電性層と該有機層の界面に硬X線を照射することにより発生する光電子のエネルギーを測定することによる該導電性層と該有機層との界面近傍の化学状態および/または電子状態の評価方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、導電性層と有機層との界面近傍の化学状態および/または電子状態の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
導電性層と有機層(ただし、前記導電層とは異なる層)との界面は、導電性層を電極として、有機層へ電荷を供給することを利用する装置、有機層を通過した電荷を、導電性層を電極として取り出すことを利用する素子が有している。かかる素子としては、有機EL素子、有機薄膜太陽電池素子、有機プロトン伝導膜を用いる燃料電池素子、有機エレクトロニクス素子(有機トランジスタなど)、有機二次電池素子が挙げられる。有機層へ電荷を供給することを利用する装置、有機層を通過した電荷を取り出すことを利用する素子の開発や設計において、当該素子が有する導電性層と有機層との界面の、化学状態または電子状態に関する情報を得ることは重要であり、評価方法が検討されている。
【0003】
特に、表示装置、照明装置等の発光素子としての利用が注目されている有機EL素子は、陽極と陰極の間に有機層が挟まれ、有機層には有機発光材料を含有する発光層が少なくとも含まれる構成を有しており、陽極と有機層および陰極と有機層の界面の化学状態または電子状態の評価が重要であり、評価方法が検討されている。
【0004】
導電性層と有機層との界面の、化学状態または電子状態の評価方法としては、10nm以下の薄い導電性層または10nm以下の薄い有機層を通して軟X線を評価対象の界面に照射し、該界面付近の導電性層または有機層から発生する電子を検出してそのエネルギーを測定するXPS(X線光電子分光)法が用いられている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−3830号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、導電性層と有機層のいずれかが10nm以下の厚さである必要があり、いずれも10nmを超える、例えば15nm程度の厚さである場合は、評価が困難になるという問題があった。
【0007】
そのため、導電性層と有機層のいずれもが10nmを超える場合は、界面の化学状態または電子状態を評価するには、導電性層と有機層のいずれかをスパッタリング、機械的切削等により薄くするか取り除いてからXPSで評価する方法、または目的の界面のモデルとして、擬似的に導電性層と有機層のいずれかが10nm以下に薄くなるようなサンプルを作製し、XPSで評価する方法が従来行われてきた。しかし、導電性層と有機層のいずれかを薄くするか取り除く方法は、評価の対象となる界面にダメージを与えてしまい、化学状態、電子状態を変化させてしまう可能性があった。特に電子状態は、材料の状態によって非常に敏感に変化してしまうので、このような方法で評価することは困難である。また、モデルを作製する方法は、評価対象の界面とは異なる条件で界面が形成されるので、評価対象の界面と全く同じ界面が生じているかわからないという問題点がある。
【0008】
そこで、導電性層と有機層のいずれも15nm程度以上の厚さである場合においても、導電性層と有機層との界面の、化学状態または電子状態の評価が可能となる方法が求められていた。
【0009】
また、特に有機EL素子においては、有機発光材料を含有する発光層へ電荷の注入を行う必要がある。そのために、有機EL素子の電極(導電性層)と有機層との界面の化学状態または電子状態を評価し、電極が良好に形成されているか判定する方法が求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0010】
そこで、本発明者らは、導電性層と有機層との界面の、化学状態および/または電子状態の評価方法について鋭意検討し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
すなわち本発明は下記[1]〜[10]を提供する。
[1] 導電性層と有機層の界面に硬X線を照射することにより発生する光電子を測定することによる導電性層と有機層との界面近傍の化学状態および/または電子状態の評価方法。
[2] 導電性層が電極である[1]記載の評価方法。
[3] 評価対象の試料の有機層が1対の導電性層に挟まれており、該1対の導電層が電極である[2]記載の評価方法。
[4] 1対の電極間に電圧を印加した後の導電性層と有機層の界面に硬X線を照射する[3]記載の評価方法。
[5] 評価対象の試料が有機EL素子であり、1対の電極間に電圧を印加して発光させた後の導電性層と有機層の界面に硬X線を照射する[4]記載の評価方法。
[6] 有機EL素子の封止層を除去した後に行う[5]記載の評価方法。
[7] [2]〜[6]のいずれかに記載の評価方法を用いて評価するステップを含む、有機EL素子の電極の電荷注入性の判定方法。
[8] [2]〜[6]のいずれかに記載の評価方法を用い、試料の前記電極の側から硬X線を照射し、有機層から発生する光電子のピークが示す結合エネルギーを評価する第1ステップと、前記電極を有さない状態の前記有機層から発生する光電子のピークが示す結合エネルギーを評価する第2ステップと、前記第1ステップで得られた結合エネルギーの値から前記第2ステップで得られた結合エネルギーの値を引いた差を算出する第3ステップとを含む、有機EL素子電極の電荷注入性の判定方法。
[9] 導電性層が陰極であり、第3ステップで算出された差が0以上であることを判定基準とする[8]記載の判定方法。
[10] [7]〜[9]のいずれかに記載の方法で判定された有機EL素子。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、導電性層と有機層のいずれも15nm程度以上の厚さである場合においても、導電性層と有機層との界面の、化学状態または電子状態の評価が可能となり、有機EL素子、有機薄膜太陽電池素子、有機プロトン伝導膜を用いる燃料電池素子、有機エレクトロニクス素子、有機二次電池素子の開発に重要な情報が得られるので、本発明は工業的に極めて有用である。特に、有機EL素子においては、本発明は有機EL素子の電極と有機層との界面の化学状態または電子状態を評価し、電極が良好に形成されているか判定する方法を提供するので、有機EL素子の製造において有用である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の評価を行うときの試料等の配置。
【図2】実施例1の光電子スペクトルを示すグラフである。
【図3】実施例1、実施例4、標準試料の光電子スペクトルのうち、C1sピークを表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の評価方法は、導電性層と有機層の界面に硬X線を照射することにより発生する光電子を測定することによることを特徴とする。
【0015】
本発明において、硬X線とは軟X線よりもエネルギーの高いX線を意味しており、具体的には例えば、2keV以上100keV以下のエネルギーを有するX線である。このような硬X線を導電性層または有機層を通して導電性層と有機層との界面に照射し、それによって発生する光電子を分光し、そのエネルギーがどのような分布を持っているか、詳細に調べることにより、導電性層と有機層との界面近傍の化学状態および/または電子状態を評価することが可能になるのである。(軟X線のエネルギーの定義は X線反射率法入門 桜井健次 編 講談社サイエンティフィクを参照した。)
【0016】
硬X線としては、特性X線、シンクロトロン放射光等を用いることができ、スリット、ピンホール、回折格子等を用いて照射面積を絞ってもよい。そうすることで、素子の大きさに合う硬X線の照射面積を得ることができる。また、モノクロメーターやフィルターを用いることによって、硬X線のエネルギー分布を調整してもよい。そうすることで、光電子分光の分解能を向上させることが可能になる。
【0017】
硬X線のエネルギーが高いほど分析深さが大きくなる傾向がある。分析深さの観点からは2keV以上であると好ましく、5keV以上であるとさらに好ましく、7keV以上であると最も好ましい。一方、エネルギーが小さいほど、信号強度が大きくなる傾向がある。信号強度の観点からは100keV以下であると好ましく、30keV以下であるとさらに好ましく、15keV以下であると最も好ましい。
【0018】
発生する光電子のエネルギーを測定することによる該導電性層と該有機層との界面近傍の化学状態および/または電子状態を評価することができる。化学状態および/または電子状態を評価するとは、発生した光電子のエネルギーを測定し、何らかの基準値と比較するかまたは光電子のエネルギーの2つ以上の測定結果を比較することである。基準値としては、X線光電子分光の文献値や標準となる試料の測定値等を用いることができる。
光電子のエネルギーを測定するためには、光電子を分光することによってエネルギーの異なる電子を分離して検出し、光電子のエネルギー分布のピーク値を調べる方法をとることができる。光電子を分光するためには種々の電子分光器を用いることができ、例えば、円筒鏡型アナライザー(CMA)、同心半球型アナライザー(CHA)等が挙げられる。高いエネルギー分解能が得られるという観点から同心半球型アナライザーが好ましい。
【0019】
試料から良好に光電子を取り出す観点から、硬X線を照射するときには、試料を高真空下に配置することが望ましい。真空度としては、5×10-5Pa以下であることが好ましく、5×10-6Pa以下であるとさらに好ましい。真空ポンプとしては、スクロールポンプ、ロータリーポンプ、ターボ分子ポンプ、拡散ポンプ、イオンポンプ、クライオポンプ等の種々の真空ポンプまたはその組合せから選択して用いることができる。
【0020】
評価する導電性層と有機層(ただし、前記導電性層とは異なる層)との界面は、導電性層を電極として、有機層へ電荷を供給することを利用する装置、有機層を通過した電荷を取り出すことを利用する素子が有しているものである。かかる素子としては、有機EL素子、有機薄膜太陽電池素子、有機プロトン伝導膜を用いる燃料電池素子、有機エレクトロニクス素子(有機トランジスタなど)、有機二次電池素子が挙げられる。なかでも、有機EL素子、有機薄膜太陽電池素子、有機エレクトロニクス素子(有機トランジスタなど)については、比較的広い面積で平坦な界面を有しているので、好適に評価することが可能である。
【0021】
有機EL素子は、陽極と陰極(陽極と陰極を合せて電極と称する。)の間に有機層が挟まれ、有機層には有機発光材料を含有する発光層が少なくとも含まれる構成を有している。
【0022】
陽極と発光層、または陰極と発光層の間に、正孔注入層、正孔輸送層、電子注入層、電子輸送層など、別の層が配置されていてもよい。また、各層は複数の層で構成されていてもよい。また、複数の材料の混合物が層を構成していてもよく、材料の濃度勾配があってもよい。各層は必ずしも導電性材料でなくてもよく、例えば絶縁材料の薄い層が含まれてもよい。評価する導電性層と有機層との界面に絶縁材料の薄い層が存在してもよい。
【0023】
陽極および陰極は導電性層であり、外部の電源を接続することで有機層に電圧を印加することができる構成となっている。
【0024】
陽極としては、金属、金属酸化物、金属塩、導電性有機物、有機無機複合材料、またはその組合せから構成される。有機層との界面において正孔を注入できる構成である。陰極としては、金属、金属酸化物、金属塩、導電性有機物、有機無機複合導電性材料、またはその組合せから構成される。有機層との界面において電子を注入できる構成である。陰極および/または陽極側から光を取り出せる構成である。
【0025】
陰極の金属材料としては、具体的には、アルミニウム、マグネシウム、カルシウム、バリウム、ナトリウム、リチウム、銀、パラジウム、銅、セシウムなどが挙げられる。金属酸化物としては、前記金属の酸化物や、ITO、IZOなどが挙げられる。金属塩としては、前記金属の水酸化物、炭酸化物、フッ化物などが挙げられる。導電性有機物としては、イオン性官能基及び金属イオンを含むポリマーなどが好適に用いられる。有機無機複合材料としては、銀ペースト等の金属微粒子を含む材料などが挙げられる。
陰極はこれらの材料を適切に組合せることで作製される。仕事関数が小さい化合物を有機層と接する側に用いることで、より電子注入性が良好になる傾向がある。
【0026】
有機層としては、電子および/または正孔を輸送できる材料が使用される。このような材料であれば、硬X線を照射したときに光電子の発生によって失われた電荷を補充することができるため、良好に評価することが可能である。該有機層を構成する材料としては、π電子を有する分子を含んでいると好ましく、共役系分子を含んでいればさらに好ましく、共役系高分子材料を含んでいれば最も好ましい。
共役系分子としては、π電子を6以上含むものが好ましく、12以上含むとさらに好ましく、18以上含むとさらにより好ましい。
共役系高分子材料としては、例えば、ジスチリルアリーレン誘導体、オキサジアゾール誘導体、キナクリドン誘導体、クマリン誘導体、チオフェン環化合物、およびそれらの重合体、ポリチオフェン誘導体、ポリビニルカルバゾール誘導体、ポリパラフェニレン誘導体やポリフルオレン誘導体が挙げられる。
【0027】
このような構成の有機EL素子においては、例えば、導電性層である陽極と有機層および導電性層である陰極と有機層の界面近傍について、評価することが可能である。
【0028】
有機薄膜太陽電池素子は、導電性層である陽極と陰極の間に有機層が挟まれ、有機層中にpn接合が少なくとも含まれる構成を有している。陽極、陰極、有機層は複数の層で構成されていてもよい。各層は必ずしも導電性材料でなくてもよく、例えば絶縁材料の薄い層が含まれてもよい。評価する導電性層と有機層との界面に絶縁材料の薄い層が存在してもよい。
【0029】
陽極および陰極は導電性材料からなり、金属、金属酸化物、金属塩、導電性有機物、有機無機複合導電性材料、またはその組合せから構成される。陰極および/または陽極側から光が有機層に入る構成であり、両電極から外部に電流を取り出すことができる構成であることが好ましい。
【0030】
有機層としては、電子および/または正孔を輸送できる材料が使用される。このような材料であれば、硬X線を照射したときに光電子の発生によって失われた電荷を補充することができるため、良好に評価することが可能である。該有機層を構成する材料としては、π電子を有する分子を含んでいると好ましく、共役系分子を含んでいればさらに好ましく、共役系高分子材料を含んでいれば最も好ましい。
【0031】
このような構成の有機薄膜太陽電池素子においては、例えば、陽極と有機層および陰極と有機層の界面近傍について、評価することが可能である。
【0032】
有機エレクトロニクス素子は有機材料中を電子および/または正孔が流れる構成になっている素子である。素子の機能に応じて構成は異なるが、少なくとも2つの電極が有機材料に接している構成である。電極はそれぞれ有機材料に電荷を注入したり、電圧を印加したりするための機能を有する。例えば、有機トランジスタ素子の場合、ソース電極、ドレイン電極、ゲート電極が有機層に接してなる構成である。電極と有機層との界面に絶縁材料の薄い層が含まれてもよい。その場合、評価する導電性層と有機層との界面に絶縁材料を含んでもよい。
【0033】
それらの電極は、導電性材料からなり、金属、金属酸化物、金属塩、導電性有機物、有機無機複合導電性材料、またはその組合せから構成される。
【0034】
有機層としては、電子および/または正孔を輸送できる材料が使用される。このような材料であれば、硬X線を照射したときに光電子の発生によって失われた電荷を補充することができるため、良好に評価することが可能である。該有機層を構成する材料としては、π電子を有する分子を含んでいると好ましく、共役系分子を含んでいればさらに好ましく、共役系高分子材料を含んでいれば最も好ましい。
【0035】
有機EL素子においては、電極と有機層との界面の化学状態または電子状態を評価し、電極が良好に形成されているか判定することが求められている。
ここで、本発明の評価方法を用い、電極と有機層の界面に硬X線を照射することにより発生する光電子を測定することにより電極と有機層との界面近傍の化学状態および/または電子状態を評価し、電極が良好に形成されているか判定することができる。
すなわち、試料の前記電極の側から硬X線を照射し、次の第1〜3ステップを行うことにより判定する。第1ステップにおいて、有機層から発生する光電子のピークが示す結合エネルギーを評価し、第2ステップにおいて前記電極を有さない状態の前記有機層から発生する光電子のピークが示す結合エネルギーを評価し、第3ステップにおいて、前記第1ステップで得られた結合エネルギーの値から前記第2ステップで得られた結合エネルギーの値を引いた差を算出する。この判定方法により、有機EL素子電極の電荷注入性を判定することができる。
【0036】
有機エレクトロニクス素子においては、例えば、各電極と有機層の界面近傍について、評価することが可能である。
【0037】
有機EL素子、有機薄膜太陽電池素子、有機エレクトロニクス素子は、不活性ガスまたは真空中で良好に機能する場合があるため、外気を遮断する封止層を有することがある。封止層としては、各種金属、有機物、無機化合物またはその組合せ等で構成され、電極に蒸着、張り合わせ等の方法で積層したり、接着剤等で素子の電極や有機材料を外気から遮断するように貼り付けたりされる。
【0038】
このような封止層を有する素子の場合、電極と有機層の界面近傍を評価するため封止層を除去した後、導電性層と有機層の界面の評価を行うことができる。封止層を除去するためには、各種加工技術を、有機EL素子の構成に応じて適宜選択して用いることができる。加工技術としては、例えば、剥離、切削、研磨、イオンスパッタリング、またはそれらの組合せが挙げられる。特にイオンスパッタリングを用いる場合、電極層が薄いと有機物層との界面にダメージを与えてしまって適切な評価ができなくなるので、電極層が十分な膜厚を有しているのが好ましく、例えば20nm以上の膜厚であれば良好に電極と有機物の界面近傍の評価を行うことができる。
【0039】
また、各種素子を駆動した後、評価することができる。駆動とは、素子を機能させることを意味する。素子の種類によって異なるが、電圧印加、通電、発光、光照射、ガスへの曝露、加熱、冷却またはその組合せであってもよい。また、駆動しない素子と評価結果を比較することにより、駆動による界面の変化を評価することも可能である。
【0040】
本発明において、導電性層と有機層との界面近傍の、化学状態および/または電子状態を評価するとき、導電性層または有機層を通して硬X線を評価対象の界面に照射し、該界面近傍の導電性層または有機層から発生する光電子を測定する。光電子のエネルギーの分布を測定することによって元素の量、化学状態、電子状態に関する情報を得ることができる。
【0041】
硬X線を照射する側の層をA層、反対側の層をB層と定義する。A層が導電性層の場合、B層は有機層であり、A層が有機層の場合、B層は導電性層である。導電性層、有機層はそれぞれ複数の層を含んでいてもよい。(図1)
【0042】
本発明は導電性層と有機層との界面近傍の化学状態および/または電子状態の評価方法を提供するものであり、特に界面での電荷の注入に重要な界面から5nm程度の化学状態および/または電子状態を評価する方法を提供するものである。ただし、本評価方法で得られる情報は、界面から離れたA層とB層の化学状態および/または電子状態の情報も含む場合がある。後述する方法を用いて分析深さを変えることで、特に界面近傍の化学状態および/または電子状態を強調して評価することが可能になる。また、分析深さを変えて評価した結果から、界面近傍における導電性層および/または有機層中における化学状態および/または電子状態の深さ方向の変化について評価することも可能である。
【0043】
具体的に、評価手順の一例を説明する。
まず、界面を構成する導電性層と有機層のうち、B層の元素が検出されているか、調べる。ここで調べる元素はB層にA層より多く含まれると好ましく、B層に含まれ、A層に含まれない元素であればさらに好ましい。
【0044】
元素の種類によって内殻の電子のエネルギーは大きく異なるため、分析深さ内に特定の元素が多く含まれていれば、それに対応したエネルギーの光電子が多く観測される。そのエネルギーの範囲に光電子の分布のピークが存在するかどうか調べることにより、分析深さ内にその元素が含まれているかどうか調べることができる。
【0045】
A層に含まれず、B層に含まれる元素が観測されれば、界面の情報を含んでいることが確認できる。
また、B層にA層より多く含まれる元素を調べた場合、光電子取り出し角を変えて分析深さを変化させて少なくとも2回測定し、(B層にA層より多く含まれる元素のピーク面積/A層にB層より多く含まれる元素のピーク面積)の比率を算出し、分析深さが深い測定においてその値が大きくなれば、界面の情報を含んでいることが確認できる。
【0046】
次にA層および/またはB層に含まれる元素のピークの波形とピーク位置を詳細に調べる。元素の化学状態によって、内殻の電子のエネルギーは変化する。したがって、このエネルギーを調べることにより界面における元素の化学状態を調べることができる。
また、同じ化学状態であっても、真空準位のシフトによってエネルギーが変化することがある。このシフトが生じる場合、内殻の電子だけでなく、最高占有準位(HOMO),最低非占準位(LUMO)等、全ての電子が同様にシフトする場合が多い。HOMO、LUMO等の電子状態は有機EL素子、有機薄膜太陽電池素子、有機トランジスタ素子等においては、非常に重要な指標である。
【0047】
複数回の測定を繰り返し、試料の帯電によりピーク位置が複数回の測定で変化しないか確認することが好ましい。
【0048】
本発明において、化学状態および/または電子状態を評価するとは、これらのシフトを評価することを意味する。化学状態と真空準位シフトは厳密には分けられない場合もあるが、一般に材料または元素から電子が引き抜かれた場合、高結合エネルギー側(低運動エネルギー側)にシフトし、材料または元素に電子が与えられた場合に低結合エネルギー側(高運動エネルギー側)にシフトする。
【0049】
上記シフトについて、標準試料を測定した場合のピーク位置と比較してその状態について調べることができる。また、導電性層をアースに落として測定した場合、導電性層由来のピーク位置を基準として有機層由来のピーク位置について評価することが可能である。
【0050】
分析深さを変えるためには、硬X線のエネルギーを変えるか、光電子取り出し角を変えるとよい。硬X線のエネルギーが高いほど分析深さが大きくなる傾向がある。一方、エネルギーが小さいほど、信号強度が大きくなる傾向がある。また、光電子取り出し角が大きいほど分析深さが大きくなり、光電子取り出し角が小さいほど分析深さが小さくなる傾向がある。
硬X線のエネルギーを変えると、各元素のピークの測定の感度が変化してしまうため、上述した界面の情報を含んでいるか確認するプロセスにおいては、光電子取り出し角を変えて調べることが好ましい。
【0051】
用いる硬X線のエネルギーは、例えば硬X線のエネルギーが8keVであれば、A層が15nm以上50nm以下である場合に良好に分析することが可能である。
【0052】
さらに具体的に、有機EL素子の陰極と有機層界面の化学状態および/または電子状態の評価方法と有機EL素子の判定方法について説明する。
【0053】
有機EL素子に電極側から硬X線を照射し、電極と有機層の界面近傍の化学状態および/または電子状態を評価する。発生した有機層由来の光電子ピーク位置(例えばC1sピーク)を調べる。次のステップとして、別途測定した標準試料における同じ元素のピークの結合エネルギーを差し引き、その差を算出してもよい。
硬X線を照射した側の電極が陰極の場合、その値が0以上である場合には陰極の電荷注入性が良、0より小さい場合には陰極の電荷注入性が不良と判定することができる。かかる判定方法で良とされた有機EL素子は陰極と有機層の界面近傍において化学状態および電子状態が良好に形成されており、陰極から有機層側への電子注入性が良好であるために発光効率の良好な素子であると判断することができる。ここで、標準試料としては、例えば、陰極である導電性層が無い場合の有機層を用いることができる。
【0054】
結合エネルギーの差を算出するとは、評価対象である有機EL素子の光電子ピークと標準試料の光電子ピークの位置を比較することができる状態にすることをいう。数値として得られた結合エネルギーの値を用いて算出する他に、例えば、評価対象である有機EL素子の光電子ピークと標準試料の光電子ピークとを同一の図の中に重ねて表示すると、そのピーク位置を比較することができ、差の正負を評価したり、大きさを見積もったりすることができるので、差を算出することと実質的に同じ結果を得ることができる。
【0055】
本発明は、上述した評価方法により電子注入性の良好な導電性層と有機層の界面を安定的に作製することを可能とするものである。
【0056】
電子注入性の良好な有機EL素子は、例えば、製造工程の途中や抜き取り試験により陰極と有機層の界面を上述の方法で評価し、良好な界面が形成されるように蒸着条件を適宜調整することにより作製できる。
【0057】
このようにして行うことができる本発明の評価方法により、導電性層と有機層を有し、該導電性層と該有機層の界面を有する複合体の試料の該導電性層と該有機層との界面近傍の化学状態および/または電子状態の評価することができるので、本発明の評価方法は、かかる複合体の生産における品質管理に用いることができる。本発明の評価方法を用いて品質管理を行うには、生産された複合体から無作為にサンプリングし、測定対象の複合体の試料から本発明の方法に従って光電子のエネルギーを測定してデータを得る。得られたエネルギーのデータを用いて、統計的品質管理の手法を用いた母集団の標準偏差の推定、母集団の平均値の推定等を行い、また、以前に製造した複合体との差の検定を行うことができる。また、管理図を作成して工程を安定な状態に保つよう管理することができる。なお、硬X線としては、シンクロトロン放射光を用いなくても、特性X線を用いることができ、前記品質管理は工業的に実施することができる。
【実施例】
【0058】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0059】
(実施例1)
(有機EL素子の作製)
2mm幅のITOパターンを有するガラス基板(1)を紫外線オゾン洗浄装置(テクノビジョン社製 MODEL:UV−208)を用いて洗浄し、その上にポリ(3,4−エチレンジオキシチオフェン)ポリスチレンスルホン酸)(PEDOT・PSS)分散液をスピンコート法により塗布して乾燥させて厚さ50nmの薄膜を作製し、ホットプレートで200℃に加熱して乾燥した。その後、9,9’−ジオクチルフルオレン−N−(4−ブチルフェニル)ジフェニルアミン交互共重合体(F8−TFB)のキシレン溶液をスピンコート法により塗布して乾燥させて厚さ13nmの薄膜を成膜し、窒素下175℃で1時間加熱した。さらに、9,9’−ジオクチルフルオレン−ベンゾ(2,1,3)チアジアゾール交互共重合体(F8−BT)のキシレン溶液をスピンコート法により塗布して乾燥させて厚さ78nmの薄膜を作製し、80℃で10分加熱した。ITOパターンに直交するように2mm幅でBaを10nm、Alを厚さ20nmとなるように蒸着した。ITO、Alのパターンが交差する箇所を避けて接着剤を塗り、ガラス基板(1)より一回り小さいガラス板(2)を封止層として貼りつけた。
【0060】
(有機EL素子の発光)
上述のように作製した有機EL素子についてAl電極およびITO電極に電圧を印加したところ、黄色に発光した。
【0061】
(導電性層/有機層の界面の評価)
導電性層/有機層の界面の評価は、SPring−8のBL−46XUにて行った。接着剤が付着した部分を割り、ガラス基板(1)とガラス板(2)を分離した。ガラス基板(1)のITOおよびAlを銀ペーストでアースに落とし、測定用の真空チャンバー内に導入した。真空チャンバーはスクロールポンプとターボ分子ポンプを用いて真空引きし、5×10-5Pa以下になるのを待って測定を開始した。
【0062】
硬X線をAl電極側から素子に照射して発生した光電子を同心半球型アナライザーで分光して測定した。アナライザーのパスエネルギーは200eV、X線の入射角は試料面から10°、光電子の取り出し角は80°であった。別に準備した金試料を測定したところ、光電子の運動エネルギーが7938.7eVの位置にフェルミ準位が観測された。
【0063】
上述の測定により、光電子の運動エネルギーが6379eVの位置にAl1sのピークが検出された。また、7157eVの位置にBa3d5/2、7653eVの位置にC1sのピークが観測された。(図2)
【0064】
光電子取り出し角を40°に変えて測定したところ、C1sピーク面積/Al1sピーク面積の比率が減少した。
【0065】
(標準試料の測定)
AlおよびBaを蒸着しない点以外は実施例1の有機EL素子と同様の構成の試料について硬X線を照射し、発生した光電子を測定した。
【0066】
(電荷注入性の判定)
上述のように試料の陰極の側から硬X線を照射し、有機層から発生する光電子ピークとして、C1sピークが運動エネルギー7653.0eVの位置に観測された。金試料のフェルミ準位の測定結果7938.7eVであったことから、結合エネルギーはその差285.7eVと評価された。(第1ステップ)
また、標準試料の測定ではC1sピークが運動エネルギー7653.5eVの位置に観測され、金試料のフェルミ準位の値との差から、結合エネルギーは285.2eVと評価された。(第2ステップ)
第1ステップで得られた結合エネルギーの値285.7eVから、第2ステップで得られた結合エネルギーの値285.2eVを引いた差は0.5eVと見積もられた。差が0以上であることから、陰極における電荷注入性は良好と判定された。
【0067】
表1に示したC1sのピーク位置は、標準試料のC1sピーク位置を基準(0eV)としたときの測定素子の有機層由来のC1sピークのピーク位置の相対値であり、本判定方法の第3ステップで得られた差と同じものである。
【0068】
(実施例2)
実施例1と同様の構成で電圧を印加しない素子について、同様に導電性層/有機層の界面近傍におけるC1sピークを検出し、そのピーク位置を測定して化学状態の評価を行った。
【0069】
(実施例3)
実施例2と同様の素子でAlはアースに接続しないで導電性層/有機層の界面近傍におけるC1sピークを検出し、そのピーク位置を測定して化学状態の評価を行った。
【0070】
(実施例4)
(有機エレクトロニクス素子の作製)
実施例1で蒸着する金属をBaとAlから、Au15nmに変えた素子を作製した。
【0071】
(有機エレクトロニクス素子の駆動)
Au電極およびITO電極に電圧を印加したところ、2Vでは電流値が0.1mA/cm2以下であったが、10Vでは10mA/cm2であった。これによりITOおよびAu電極が接触しておらず、有機層に電流が流れたことが確認された。また、このとき、発光は確認されなかった。この素子に100mA/cm2の電流を12時間流した。
硬X線をAu電極側から照射して導電性層/有機層の界面近傍におけるC1sピークを検出し、そのピーク位置を測定して化学状態の評価を行った。
【0072】
(実施例5)
実施例4と同様の構成で電圧を印加しない素子について、導電性層/有機層の界面近傍におけるC1sピークを検出し、そのピーク位置を測定して化学状態の評価を行った。
【0073】
(実施例6)
実施例5と同様の素子でAuはアースに接続しないで導電性層/有機層の界面近傍におけるC1sピークを検出し、そのピーク位置を測定して化学状態の評価を行った。
【0074】
(実施例7)
(有機EL素子の作製)
実施例1において蒸着する材料をBaから、LiFに変えた素子を作製した。
(有機EL素子の発光)
上述のように作製した有機EL素子についてAl電極およびITO電極に電圧を印加したところ、黄色に発光した。
(導電性層/有機層の界面の評価)
実施例1と同様の方法で導電性層/有機層の界面を評価した。導電性層/有機層の界面近傍におけるC1sピークを検出し、そのピーク位置を測定して化学状態の評価を行った。
実施例7から9の測定を行ったとき、別に準備した金(Au)試料を測定したところ、光電子の運動エネルギーが7939.0eVの位置にフェルミ準位が観測された。このことから、X線のエネルギーは約7939eVとわかった。
【0075】
(実施例8)
実施例7と同様の構成で電圧を印加しない素子について、同様に導電性層/有機層の界面近傍におけるC1sピークを検出し、そのピーク位置を測定して化学状態の評価を行った。
【0076】
(実施例9)
(有機EL素子の作製)
実施例1で蒸着する材料をBaから、NaFに変えた素子を作製した。
(有機EL素子の発光)
上述のように作製した有機EL素子についてAl電極およびITO電極に電圧を印加したところ、黄色に発光した。
(導電性層/有機層の界面の評価)
電圧をかけて発光させたものと同時に作製した別の素子について導電性層/有機層の界面近傍におけるC1sピークを検出し、そのピーク位置を測定して化学状態の評価を行った。
【0077】
【表1】

[C1sのピーク位置は、標準試料のC1sピーク位置を基準(0eV)としたときの測定素子の有機層由来のC1sピークのピーク位置の相対値(基準より高結合エネルギー側の場合、正の値とした。)である。同作製条件品で○とは、実施例で測定した素子と同じ作製条件で作製した素子が発光したことを意味する]
【0078】
基準より高結合エネルギー側となった実施例1、実施例7では発光が確認され、低結合エネルギー側であった実施例4では発光が確認されなかった。陰極以外は全て同じ構成であるため、実施例1、実施例7では電子注入性が良好な陰極と有機層の界面が形成されたことにより、良好に発光したものと考えられる。(図3)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
評価対象の試料が導電性層と有機層を有し、該導電性層と該有機層の界面に硬X線を照射することにより発生する光電子のエネルギーを測定することによる該導電性層と該有機層との界面近傍の化学状態および/または電子状態の評価方法。
【請求項2】
導電性層が電極である請求項1記載の評価方法。
【請求項3】
評価対象の試料の有機層が1対の導電性層に挟まれており、該1対の導電層が電極である請求項2記載の評価方法。
【請求項4】
1対の電極間に電圧を印加した後の導電性層と有機層の界面に硬X線を照射する請求項3記載の評価方法。
【請求項5】
評価対象の試料が有機EL素子であり、1対の電極間に電圧を印加して発光させた後の導電性層と有機層の界面に硬X線を照射する請求項4記載の評価方法。
【請求項6】
有機EL素子の封止層を除去した後に行う請求項5記載の評価方法。
【請求項7】
請求項2〜6のいずれかに記載の評価方法を用いて評価するステップを含む、有機EL素子の電極の電荷注入性の判定方法。
【請求項8】
請求項2〜6のいずれかに記載の評価方法を用い、試料の前記電極の側から硬X線を照射し、有機層から発生する光電子のピークが示す結合エネルギーを評価する第1ステップと、前記電極を有さない状態の前記有機層から発生する光電子のピークが示す結合エネルギーを評価する第2ステップと、前記第1ステップで得られた結合エネルギーの値から前記第2ステップで得られた結合エネルギーの値を引いた差を算出する第3ステップとを含む、有機EL素子電極の電荷注入性の判定方法。
【請求項9】
導電性層が陰極であり、第3ステップで算出された差が0以上であることを判定基準とする請求項8記載の判定方法。
【請求項10】
請求項7〜9のいずれかに記載の方法で判定された有機EL素子。

【図2】
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【図3】
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【図1】
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【公開番号】特開2012−21978(P2012−21978A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−134835(P2011−134835)
【出願日】平成23年6月17日(2011.6.17)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】