説明

異常錘特定装置および紡績機

【課題】毛羽変動異常の監視において、毛羽変動異常の判定精度を高めようと判定条件を厳しくすれば、糸品質上差し支えのない変動部位まで、切除すべき異常部位として扱うことになってしまう。
【解決手段】異常錘特定装置10に、各錘のHD値(糸太さの分散)を算出する単錘偏差算出手段11と、AHD値(全錘平均のHD値)を算出する全錘偏差算出手段12と、各錘のHD値が、AHD値を基準とする許容範囲を超えたか否かを判断する逸脱有無判断手段13と、同一の錘のHD値が2回連続して、許容範囲を越える場合に、その錘に糸物性異常が発生したと判定する錘間糸物性異常判定手段14と、各錘でHD値の移動平均したHDA値を算出する平均単錘偏差算出手段15と、HDA値が、HDA値の基準値であるHDAS値を基準とした許容範囲を超えたか否かを判断する錘内糸物性異常判定手段16と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
錘毎の紡績ユニットを複数備える紡績機の異常錘特定装置および、その紡績機に関する。
【背景技術】
【0002】
複数錘を同時に紡績する紡績機には、錘毎に糸太さを検出する糸欠点検出装置が配置されており、各錘において、糸欠点が検出されると糸切断が行われる。ここでいう糸欠点は、スラブ等の糸欠点、つまり急激な糸太さの変動部位を指している。
ここで、急激な糸太さの変動部位ではないが、通常より毛羽が多かったり少なかったりして、糸太さが通常の太さから変動することがある。この変動幅が正常とされる許容範囲を超える場合は、その変動部位を、糸欠点として除去する必要がある。このような糸太さの変動異常(以下、毛羽変動異常)は、スライバが要因のこともあるが、例えばドラフト装置のローラに綿糖が付着するなど、紡績機に異常がある場合に発生する。
【0003】
毛羽変動異常の発生の有無を監視する技術として、特許文献1に開示される技術がある。特許文献1に開示される糸ムラ情報の解析装置は、第6図や同文献2頁右下欄から3頁左上欄の記載に示されるように、糸太さの時系列情報を元に、一定区間(測定対象とする糸長さ)ごとに、糸太さの標準偏差(平均値に対する変位量の積分値)を求め、この標準偏差が一定の値以上(基準値との離間幅が一定値以上)であると判定されれば、毛羽変動異常が発生したと判断する。この特許文献1に開示される技術は、各錘において毛羽変動異常の発生を監視するものである。
また、各錘における毛羽変動異常の監視ではなく、常時、各錘の糸太さを、全錘で平均した糸太さと比較して、全錘平均の糸太さより大幅に偏差している錘があれば、その錘に毛羽変動異常が発生したと判断することも行われている。
【0004】
【特許文献1】特開昭58−62511号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
毛羽変動異常の監視方法として、同一錘での糸太さを、糸太さの基準値と比較することで行うこと(同一錘での比較:特許文献1)と、各錘の糸太さを全錘で平均した糸太さとの比較することで行うこと(全錘との比較)と、がある。
ところが、同一錘での比較では、異常と判定されないが、全錘との比較では異常と判定される場合や、逆の場合などがある。そこで、このような不具合を避けるべく、同一錘での比較や全錘との比較において、異常判定の判定条件を厳しくすることが考えられる。しかし、判定条件を厳しくすれば、糸品質上差し支えのない変動部位まで、切除すべき異常部位として扱うことになり、糸継ぎの多発による糸品質の低下や、紡績作業効率の低下を招いてしまう。
【0006】
つまり、解決しようとする問題点は、毛羽変動異常の監視において、毛羽変動異常の判定精度を高めようと判定条件を厳しくすれば、糸品質上差し支えのない変動部位まで、切除すべき異常部位として扱うことになってしまう点である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の解決しようとする課題は以上の如くであり、次にこの課題を解決するための手段を説明する。
【0008】
請求項1に係る異常錘特定装置は、
錘毎の紡績ユニットを複数備える紡績機の異常錘特定装置であって、
各錘で紡績される糸について、各紡績ユニットに備える糸欠点検出装置で検出した糸太さ情報を元に、所定の測定長さの範囲で、糸太さの標準偏差または分散である単錘偏差を、一定の時間間隔で設定された算出タイミング毎に算出する単錘偏差算出手段と、
前記単錘偏差を全錘で平均して得られる全錘偏差を算出する全錘偏差算出手段と、
前記算出タイミングの定数倍の比較タイミング毎に得られた各単錘偏差と全錘偏差とについて、この全錘偏差を基準とする所定の許容上限値又は許容下限値を越える単錘偏差があるか否かを判断する逸脱有無判断手段と、
同一の錘の単錘偏差が、所定の逸脱回数を越えて連続して、許容上限値又は許容下限値を越える場合に、その錘に糸物性異常が発生したと判定する錘間糸物性異常判定手段と、
各錘において、今回の算出タイミングから所定数だけ過去の算出タイミングまでに得られた単錘偏差の移動平均を算出する平均単錘偏差算出手段と、
前記単錘偏差の移動平均を、基準として予め設定されている単錘偏差の基準値とを比較し、その移動平均が、基準値を基準とする所定の許容上限値又は許容下限値を越えると、その錘に糸物性異常が発生したと判定する錘内糸物性異常判定手段と、
を備える、ものである。
【0009】
以上構成により、次の作用がある。
各錘の糸太さ変動の大きさが、全錘で平均した糸太さ変動の大きさと比べて、大きく離間する(所定の許容上限値又は許容下限値を超える)場合には、糸物性異常が発生したと判定される。
また、同一の錘において、糸太さの変動の大きさが、その基準値と比べて、大きく離間する(所定の許容上限値又は許容下限値を超える)場合にも、糸物性異常が発生したと判定される。
【0010】
請求項2に係る異常錘特定装置は、請求項1において、次の構成としたものである。
前記各紡績ユニット内で、前記糸に接触して連動して回転するローラ群は、各ローラが互いに異なる径で形成されると共に、
前記糸物性異常が発生した場合に、
前記各錘で紡績される糸について、前記各糸欠点検出装置で検出した糸太さ情報を元に得られた糸太さ変動の時間変化を解析して、パワースペクトルを導出する周波数成分特定手段と、
前記複数のローラの中より、前記周波数成分特定手段で特定された周波数に対応するローラを特定する異常ローラ特定手段と、
情報出力装置と、
前記異常ローラ特定手段で特定された前記ローラに関する情報を、前記情報出力装置に出力させる異常情報出力指令手段と、
を備える、ものである。
【0011】
以上構成により、次の作用がある。
糸太さ変動の時間変化に対応する周期で回転するローラが特定される。
【0012】
請求項3に係る異常錘特定装置は、請求項1において、次の構成としたものである。
情報出力装置と、
同一錘における前記糸物性異常の発生頻度に応じて、前記情報出力装置に出力させる警告表示の内容を追加もしくは変更する異常錘警告表示指令手段を備える、ものである。
【0013】
請求項4に係る紡績機は、請求項1から請求項3のいずれかに記載される異常錘特定装置を備えるものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明の効果として、以下に示すような効果を奏する。
【0015】
請求項1においては、
糸物性異常の発生の判定が、異なる二通りの判定方法で行われるため、個々の判定方法の判定条件を厳しくすることなく、糸太さ変動異常(毛羽変動異常)の発生の有無を判定することができる。したがって、判定条件を厳しくしたために、糸品質上差し支えのない変動部位まで、切除すべき異常部位として扱ってしまうような不具合が発生しない。
【0016】
請求項2においては、請求項1の効果に加えて、
糸物性異常の発生原因となったローラを特定することができる。
【0017】
請求項3においては、請求項1の効果に加えて、
糸物性異常の発生頻度に応じて、その異常に対処するための判断材料を、作業者が得ることができる。
【0018】
請求項4においては、請求項1から請求項3のいずれかに記載の効果がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
これより、本発明の一実施の形態を、図面を用いて説明する。
【0020】
図1、図2を用いて、空気紡績機1の構成を説明する。
空気紡績機1は、一錘の紡績を担当する紡績ユニット2を複数備えると共に、各紡績ユニット2間で共用の作業台車3や、各紡績ユニット2を駆動する駆動装置4、各紡績ユニット2や作業台車3の駆動を制御する制御装置5、を備えている。
ここで、空気紡績機1の機台の一端部に駆動装置4および制御装置5が配置され、駆動装置4より延出するラインシャフト(駆動軸)に沿って、紡績ユニット2群が並設されている。また、作業台車3は、紡績ユニット2群の並設方向に沿って移動可能に構成されている。
【0021】
図1、図2、図3を用いて、紡績ユニット2の構成を説明する。
紡績ユニット2は、ケンス(図示せず)より供給されるスライバ6より紡績糸(以下、単に糸)7を製造して、その糸7の巻糸パッケージ8を製造する装置である。各紡績ユニット2には、糸7の製造される経路に沿って、ドラフト装置21、空気式精紡装置22、糸送り装置23、糸切断装置24、糸欠点検出装置26、巻取り装置27、が備えられている。
【0022】
前記ドラフト装置21は、4線式のドラフト装置であり、スライバ6をニップしてドラフト(延伸)するドラフトローラ対を四組備えている。前記空気式精紡装置22は、旋回空気流を利用して、スライバ6を構成する繊維より糸7を生成する装置である。糸送り装置23は、空気式精紡装置22で製造された糸7を巻取り装置27へ送り出す装置であり、糸7をニップして送り出す一対のローラを備えている。前記糸欠点検出装置26は、糸の太さ異常(糸欠点)を検出する装置である。前記糸切断装置24は、糸欠点検出装置26で糸欠点が検出された場合や、巻糸パッケージ8の満巻き時に、糸を切断する装置である。前記巻取り装置27は、空気式精紡装置22で製造された糸7を、トラバースしながらボビン上に巻き取って、巻糸パッケージ8を形成する装置である。
【0023】
図2を用いて、作業台車3の構成を説明する。
作業台車3は、糸継ぎおよび満巻きパッケージの払い出しを行う機能を備えた自走車両であり、糸継ぎ時や満巻きパッケージの払い出し時に、当該の紡績ユニット2の正面に移動するように制御される。
作業台車3には、糸継ぎに係る糸継装置31と、パッケージの払い出しやボビンの供給に係る玉揚装置32と、が備えられている。
【0024】
前記糸継装置31は、空気式精紡装置22側の上糸を捕捉する上糸捕捉装置31aと、巻糸パッケージ8側の下糸を捕捉する下糸捕捉装置31bと、空気流により繊維同士を絡ませて糸継ぎする糸継ノズル31cと、を備えている。これらの捕捉装置31a・31bは、空気吸引により糸を捕捉する。また、この糸継装置31は、上糸および下糸の糸端を糸継ノズル31cに、供給することが可能である。そして、この糸継ノズル31cにおいて、上糸および下糸の糸継ぎが行われる。
【0025】
前記玉揚装置32は、巻取り装置27と協動する次の装置、巻糸パッケージ8の払い出し操作装置32aと、ボビン交換装置32bと、ボビンへの糸掛け装置32cと、を備えている。払い出し操作装置32aは、巻取り装置27を操作して、この巻取り装置27より、満巻きとなった巻糸パッケージ8を払い出させる。ボビン交換装置32bは、満巻の巻糸パッケージ8の代わりに空ボビンを巻取り装置27に供給する。糸掛け装置32cは、上糸捕捉装置31aが吸引捕捉する上糸を、空のボビン32cに糸掛けする。
【0026】
次に、図4を用いて、空気紡績機1の制御機構9を説明する。
空気紡績機1には、制御装置5を中心とする制御機構9が備えられている。この制御機構9を利用して、後述する異常錘特定装置10(図5)が、構成されている。
制御機構9は、制御装置5に備えるコントロールマスター(中央演算装置)50、紡績ユニット2の駆動を制御するユニットコントローラ20、糸欠点検出装置26および糸切断装置24を制御するクリアラーコントローラ28と、を備えている。ここで、ユニットコントローラ20は、紡績ユニット2において、糸欠点検出装置26および糸切断装置24を除く、他の駆動部(ドラフト装置21等)の駆動を制御する。なお、本実施の形態では、ユニットコントローラ20およびクリアラーコントローラ28は、四つの紡績ユニット2毎に設けられており、四つの紡績ユニット2を制御する。
【0027】
制御装置5には、コントロールマスター50の他に、コントロールマスター50への入力装置部51、コントロールマスター50からの出力装置部52、インバータも備えられている。入力装置部51は、例えば、作業者が操作入力するためのキー群等で構成される。出力装置部52は、情報出力装置である表示ディスプレイ52aや、警告ランプ・警告スピーカー等で構成される。
また、制御装置5に備えるインバータにより、全錘共通駆動用の駆動装置4に備えるモータの出力や、各紡績ユニット2に備える各錘単独のモータの出力が、制御される。
【0028】
図5を用いて、異常錘特定装置10の構成を説明する。
異常錘特定装置10は、各糸欠点検出装置26で検出した糸太さ情報を元に、各紡績ユニット2で紡績される糸7について、糸欠点の有無の判断と、毛羽変動による糸物性異常の有無の判断と、を行う。ここでは、糸欠点と、毛羽変動による糸物性異常とを、区別しており、これらの相違については、詳しくは後述する。
糸欠点の有無の判断は、異常錘特定装置10に備えるクリアラーコントローラ28が、糸欠点検出装置26からの出力信号に基づいて行う。
毛羽変動による糸物性異常の判定は、異常錘特定装置10に備える次の各手段、単錘偏差算出手段11と、全錘偏差算出手段12と、逸脱有無判断手段13と、錘間糸物性異常判定手段14と、平均単錘偏差算出手段15と、錘内糸物性異常判定手段16と、により行われる。
手段11〜16の機能については、後述において、順次説明していく。これらの各手段11〜16は、演算装置やメモリ等のハードウェアと、この演算装置を作動させるプログラム等のソフトウェアと、から構成される。
【0029】
本実施の形態では、クリアラーコントローラ28に手段11・13・14・15・16が備えられ、コントロールマスター50に全錘偏差算出手段12が備えられる構成である。
なお、本実施の形態では、クリアラーコントローラ28に備える手段11・13・14・15・16は、そのクリアラーコントローラ28が担当する四つの錘のそれぞれに対応する手段とし、コントロールマスター50に全錘偏差算出手段12は全錘に対応する手段としているが、手段11〜16が対応する錘の数は限定されるものではない。
【0030】
糸太さに係る情報を検出する糸欠点検出装置26について説明する。
この糸欠点検出装置26は、光学式の電子装置であり、発光手段としての発光ダイオードと、受光手段としてのフォトトランジスタと、を備えている。発光ダイオードからの照射光は、糸道に沿って走行する糸によって部分的に遮断されてフォトトランジスタに受光される。このフォトトランジスタより出力される電気信号は、発光ダイオードからの照射光の遮断量に比例するものであり、糸の太さに対応した信号となっている。スラブが糸欠点検出装置26を通過した場合、相対的に大きな電気信号(電流)がフォトトランジスタ(糸欠点検出装置26)より出力され、クリアラーコントローラ28へと送信される。
【0031】
糸欠点とは、「糸太さの基準値」(以下、単に「基準値」)に対して、糸上における短い測定長さ(数センチ以下)の範囲で、例えば±30%以上の大きな糸太さ変動があった部位、を指すものである。このような急激な糸太さ変動が発生すると、異常錘特定装置10は、糸欠点が発生したと判断する。
ここで、「基準値」とは、基本的には紡績において目標値とする番手のことである。この「基準値」は、固定値としてもよいが、各紡績ユニット2において糸太さにバラツキがあるため、実際には、同じ錘において、過去に糸欠点検出装置26の出力信号を元に検出された糸太さを平均して、「基準値」を算出するものとしている。
【0032】
毛羽変動とは、糸7に、毛羽の多少によって発生した太さの見かけの変動を指している。毛羽は、糸の中心軸より外側に放射した状態にあるため、毛羽の発生部位で、糸欠点検出装置26は、見かけ上糸太さが太くなったかのようなデータを出力する。
異常錘特定装置10は、この毛羽変動の大きさを次の二つの方法で評価することで、毛羽変動による糸物性異常の発生の有無を、判断するものとしている。
一つは、錘間比較による評価方法であり、各錘の糸太さを、全錘で平均した糸太さと比較することで、各錘の糸太さ異常の有無を判断するものである。もう一つは、錘内比較の評価方法であって、各錘において、その糸太さを、その錘における所定の基準値と比較することで、各錘の糸太さ異常の有無を判断するものである。
【0033】
錘間比較の評価方法(各錘の糸太さを全錘平均の糸太さと比較)について説明する。
この方法では、各錘の糸9の一定領域における糸太さ変動の大きさ(「各錘の糸太さ変動の大きさ」)を、「各錘の糸太さ変動の大きさ」を全錘で平均した「全錘での糸太さ変動の大きさ」と比較する。そして、「各錘の糸太さ変動の大きさ」が、「全錘での糸太さ変動の大きさ」より所定の閾値を超えて大きい場合に、その錘に糸物性異常が発生したと判断する。この方法では、「各錘の糸太さ変動の大きさ」を与える情報として、糸太さの分散(標準偏差)を利用する。以下、糸太さの分散を示す量を、HD値とする。
【0034】
図6には、錘間比較の評価における前記各手段11〜16等の処理の流れを示している。
概略的には、まず、単錘偏差算出手段11が、一定の時間間隔毎(後述の算出タイミング毎)に、空気紡績機1の各錘について、糸欠点検出装置26で得られた糸太さ情報を元に、HD値を算出する。
次いで、全錘偏差算出手段12が、各錘のHD値を平均して、全錘で平均されたHD値(AHD値とする)を算出する。
そして、逸脱有無判断手段13が、一定の時間間隔毎(後述の比較タイミング毎)に、各錘のHD値を、AHD値(全錘平均のHD値)と比較し、HD値がAHD値より所定の許容上限値又は許容下限値を超えている錘があるかどうかを判断する。加えて、錘間糸物性異常判定手段14が、同一の錘のHD値が、所定の逸脱回数を越えて連続して、許容上限値又は許容下限値を越える場合に、その錘に糸物性異常が発生したと判定する。
【0035】
図7を用いて、HD値(糸太さの分散)について説明する。
図7には、糸欠点検出装置26の出力信号より求めた糸太さの時間変動が図示されている。図7の横軸は時間軸であり、図7の縦軸は糸太さの大きさを示している。糸欠点検出装置26の出力信号は、糸太さの大きさに対応しており、この出力信号は連続的に出力される。このため、図7に図示されるグラフGは、連続的に変化する曲線を描いている。
【0036】
HD値は、糸9の異なる個所での糸太さの測定データを複数個集め、それらの測定データの分散(標準偏差)として算出される。
一回のHD値の算出にあたり、一定の測定長さL(例えば1m)にわたって、一定の検出長さE(例えば1mm程度)毎に、糸太さの測定データを抽出する。例えば、検出長さが1mmで、測定長さが1mである場合、1000個(個所)の糸太さの測定データが得られる。図7のグラフ上で、円形のマークを付与している点が、検出長さE毎に得られた測定データである。
【0037】
HD値は、測定データXiおよび平均値Mを用いて、数式(1)で表現される。
測定数nは、測定長さL内で測定データXiを抽出する回数である。測定数n=測定長さL/検出長さE、が成立する。
測定データXiは、糸9の異なる位置で得られた糸太さのデータであって、検出長さE毎に得られるものである。ここでiは、1〜nを変域とする変数である。
平均値Mは、測定長さL内で得られた全測定データXiの平均値(平均の糸太さのデータ)であり、数式(2)で表現される。
【0038】
【数1】

【0039】
【数2】

【0040】
HD値は、数式(1)・(2)に示すように、一定の測定長さLにわたって、一定の検出長さE毎に抽出された糸太さの測定データXiの全体より求めた分散(標準偏差の2乗)である。
【0041】
図8に示すように、このHD値は、一定の時間間隔dで設定された算出タイミング毎に算出される。
本実施の形態では、隣り合う算出タイミング間の時間間隔dは、糸9が前記測定長さLを走行するのに要する時間としている。つまり、糸9において、測定長さLにわたる糸太さデータが検出されると、また新たに測定長さLにわたる糸太さデータが検出されて、糸9の全体にわたって、隙間なく糸太さデータが検出されるようにしている。
なお、隣り合う算出タイミング間の時間間隔dを、糸9が前記測定長さLを走行するのに要する時間よりも大として、間欠的に糸9の糸太さデータが検出されるようにしてもよい。あるいは、隣り合う算出タイミング間の時間間隔dを、糸9が前記測定長さLを走行するのに要する時間よりも小として、前後の測定長さLが部分的に重複するような状態で、糸9の糸太さデータが検出されるようにしてもよい。
【0042】
整理すると、単錘偏差算出手段11は、各錘で紡績される糸9について、各紡績ユニット2に備える糸欠点検出装置26で検出した糸太さ情報を元に、所定の測定長さLの範囲で、糸太さの分散であるHD値を、一定の時間間隔dで設定された算出タイミング毎に算出する。
【0043】
このHD値は、測定長さL内の領域における糸太さ変動に関する情報を、与えるものである。
そして、このHD値は、検出長さEごとの糸太さの大小変化が激しいほど、大きな値となる。つまり、一般的には、連続データである糸太さの時間変動のグラフGにおいて、折れ線の上下変動幅が大きくなるにつれて、HD値も大きなものとなる。
ここで、検出長さEは、糸太さの時間変動のグラフGの大小変動(折れ線状図形の山谷)の周期よりも短い長さに設定されており、グラフGの大小変動が測定データに反映されるようにしている。
ここで、糸欠点検出装置26による糸の測定長さLや検出長さEは、糸の走行速度と糸の検出時間の積として与えられるものである。
【0044】
AHD値(各錘のHD値の平均値)について説明する。
AHD値は、空気紡績機3の各錘で得られたHD値を平均したものである。前述したように、単錘偏差算出手段11が、前記算出タイミング毎に空気紡績機1の各錘についてHD値を算出する。そして、全錘偏差算出手段12は、同じ算出タイミングで得られた各錘のHD値を平均して、全錘で平均したHD値であるAHD値を算出する。
【0045】
図9を用いて、HD値を利用した錘間比較による糸物性異常の有無判断について説明する。
図9(a)には、多数の紡績ユニット2を備える空気紡績機1において、同一時刻における各錘でのHD値の大きさが図示されている。図9(a)の横軸に沿って、異なる錘のHD値を示す棒グラフが順に配置されている。また、図9(a)には、各錘でのHD値を全錘で平均したAHD値や、許容上限のHD値(HDmax値)および許容下限のHD値(HDmin値)も、図示されている。HDmax値は、AHD値より、HD値の増大側における許容幅Duの上限である。また、HDmin値は、AHD値より、HD値の減少側における許容幅Ddの下限である。
【0046】
逸脱有無判断手段13は、HD値を利用した錘間比較、つまり各錘のHD値と全錘平均のAHD値との比較を、所定の比較タイミング毎に行う。この比較結果に応じて、錘間糸物性異常判定手段14が、糸物性異常の発生の有無を判定する。この比較タイミングの時間間隔は、例えば、算出タイミングの時間間隔d(図8)の定数倍(例えば100倍程度)に設定される。
ここで、AHD値は、各錘のHD値が得られる前記算出タイミング毎に算出することが可能であるので、HD値を利用した錘間比較を、前記算出タイミング毎に行うことも可能である。比較タイミングの時間間隔をどの程度の大きさにするかは、糸物性異常の有無判定における判定精度の要求水準に応じて、適宜設定される。
【0047】
図9(a)に示す時刻(ある比較タイミング)では、各錘のHD値はすべて、HDmax値とHDmin値との間に、収まっている。
【0048】
一方、図9(b)には、特定の錘におけるHD値の時間変化が図示されている。図9(a)の横軸は時間軸であり、図9(b)の縦軸はHD値の大きさを図示している。
図9(b)で描かれるグラフは、比較タイミングごとに得られたHD値と、これらのHD値を結ぶ直線と、で形成される折れ線状グラフである。図9(b)のようなグラフは、空気紡績機1において同時に紡績される錘の数だけ、個別に描くことが可能である。
また、図9(b)にも、図9(a)に図示されているのと同様のAHD値、HDmax値、HDmin値が図示されている。加えて、図9(b)には、対象としている錘のHD値の中心値(平均値)とみなしうるHDAS値(導出方法については後述)も図示されている。
【0049】
この錘(図9(b)に図示の錘)においては、HD値の中心値たるHDAS値が、HDmax値に近い位置にある。このため、HD値がたびたび、HDmax値を上回るような状態となっている。
【0050】
ここで、逸脱有無判断手段13は、AHD値を基準とするHDmax値(許容上限値)又はHDmin値(許容下限値)を越えるHD値があるか否か、つまり許容範囲を逸脱するHD値の錘があるか否かを判断する。
許容範囲を逸脱するHD値の錘がある場合、錘間糸物性異常判定手段14は、その錘において、HD値が許容範囲を逸脱することが、所定の逸脱回数を超えて発生するかどうかを判断する。そして、錘間糸物性異常判定手段14は、同一の錘において、所定の逸脱回数を超えて、HD値が許容範囲を逸脱する場合、その錘に糸物性異常が発生したと判定する。
本実施の形態では、比較タイミングの2回を連続して、HD値がHDmax値を上回るもしくはHDmin値を下回る場合に、錘間糸物性異常判定手段14は、糸物性異常が発生したと判断する。つまり、HDmax値を上回る状態が交互に発生する段階(連続1回のみ上回る状態)では、糸物性異常が発生したとは判断されない。図9(b)に示す例では、2回連続でHD値がHDmax値を上回った段階(時刻T1)で、その錘の糸9に、糸物性異常が発生したと判断される。
【0051】
ここで、糸物性異常が発生したと判断された場合は、糸切断および糸継ぎを行って、糸物性異常部位を除去することになるが、糸継ぎを繰り返すと、その糸継ぎのために糸物性を悪化させることがある。
そこで、本実施の形態では、糸継ぎの頻度を抑えるため、逸脱回数を1回(HD値が許容範囲を逸脱する度に糸物性異常と判定)ではなく、2回(2回連続でHD値が許容範囲を逸脱した場合に糸物性異常と判定)としている。
このようにして、錘間糸物性異常判定手段14は、糸9が一定時間走行する間、つまり所定の糸長さにわたって、糸9にHD値の異常が発生している場合にのみ、糸物性異常が発生したと判断する。したがって、ある瞬間にのみ(極一部の糸長さの領域でのみ)、HD値がHDmax値からHDmin値の間を外れただけでは、その錘において糸物性異常が発生したとは、錘間糸物性異常判定手段14は判断しない。
【0052】
次に、錘内比較の評価方法(各錘の糸太さを基準値と比較)について説明する。
この方法では、各錘において、糸9の一定領域における糸太さ変動の大きさ(「現在の糸太さ変動の大きさ」)を、各錘で予め設定した「糸太さ変動の基準値」と比較する。そして、「現在の糸太さ変動の大きさ」が、「糸太さ変動の基準値」より所定の閾値を超えて大きい場合に、その錘に糸物性異常が発生したと判断する。この方法では、「現在の糸太さ変動の大きさ」や「糸太さ変動の基準値」を与える情報として、糸太さの分散(標準偏差)の移動平均値を利用する。糸太さの分散(標準偏差)の移動平均値は、HD値の移動平均値であり、以下、HDA値とする。
【0053】
図6には、錘内比較の評価における前記各手段11〜16等の処理の流れを示している。
概略的には、まず、平均単錘偏差算出手段15が、空気紡績機1の各錘について、前記算出タイミング毎に得られた過去から現在までのHD値を移動平均して、各錘のHDA値を算出する。このHDA値を、「現在の糸太さ変動の大きさ」を与える情報としている。このHDA値は、前記算出タイミングごとに得られるものである。
一方、「糸太さ変動の基準値」、つまりHDA値の基準値としてのHDAS値が、予め設定されている。このHDAS値については、詳しくは後述する。
そして、錘内糸物性異常判定手段16が、各錘において、前記算出タイミング毎に、その算出タイミング毎に得られるHDA値を、HDAS値と比較する。ここで、HDA値が、HDAS値を基準に設定された上下閾値を超えて離間することがあれば、その時点(算出タイミング)で、その錘に糸物性異常が発生したと、錘内糸物性異常判定手段16が判定する。
【0054】
図8を用いて、HDA値(HD値の移動平均値)について説明する。
図8には、前記算出タイミング毎に得られるHD値が図示されている。図8の横軸は時間軸であり、図8の縦軸はHD値の大きさを示している。
【0055】
HDA値は、HD値を複数個集め、それらのHD値の移動平均値として、平均単錘偏差算出手段15において算出される。
一回のHDA値の算出は、所定の平均化点数k(例えば16個)のHD値を平均することで得られるものである。より詳しくは、HDA値は、各算出タイミング毎に、最新のHD値と、その過去に算出されたk−1(kは平均化点数)個のHD値と、を合わせたk個のHD値を平均した移動平均値として算出される。つまり、一つのHDA値を得るためには、k個のHD値を必要とする。また、HD値が算出タイミング毎に新規に得られるのに応じて、HD値の移動平均値であるHDA値も、その度に新規に得られるものとなる。つまり、算出タイミングの時間間隔dが経過するたびに、HD値およびHDA値が得られるものとなる。
図8において、四角のマークを付与している点がHD値であり、三角のマークを付与している点がHDA値である。
【0056】
HDA値は、異なるHD値を示すHD(j)を用いて、数式(3)で表現される。
変数jは、1〜k(平均化点数)を変域としている。
【0057】
【数3】

【0058】
このHDA値も、HD値と同様に、糸9の一定領域における糸太さ変動に関する情報を与えるものである。前述したように、HD値は、測定長さL内の領域における糸太さ変動に関する情報を与えるものである。HDA値は、このHD値の平均化点数kでの移動平均であるため、測定長さLに平均化点数kを掛け合わせた長さ領域における、糸9の糸太さ変動に関する情報を与えるものとなっている。
【0059】
HDAS値(糸太さ変動の基準値)について説明する。
このHDAS値は、前述したように、HDA値の基準値となる値であり、各錘毎にそれぞれ独立して設定される。このHDAS値は、HDA値と同等の量、つまり、HD値の平均値として得られる値である。
本実施の形態では、HDA値を算出する平均単錘偏差算出手段15において、HD値の移動平均として、HDAS値も算出されるものとしている。ここで、HDAS値の算出に際しては、HDA値の算出の場合よりも、平均化に用いるHD値の数(平均化点数)が多く設定されている。HDA値におけるHD値の平均化点数kが例えば16個に設定されるのに対して、HDAS値におけるHD値の平均化点数k0は例えば256個に設定される。つまり、HDA値が糸9の一部領域の糸太さ情報を与えるのに対して、HDAS値は、HDA値が対象とする領域よりも、より広い領域の糸太さ情報を与えるものとなっている。
【0060】
また、HDAS値は、糸9の紡績開始時に一回得られると、その後、糸9の紡績が中断されるまで、HDA値の基準値として継続して利用される。一方、HDA値は、HD値の移動平均であるので、HD値が新規に得られるたびにHDA値も新規に得られるものであり、HDA値は時系列変化する値である。
なお、糸9の紡績開始時とは、空気紡績機1全体の稼動開始時だけでなく、各紡績ユニット2において、糸切れによって糸9の紡績が中断された後に再開された時など、糸9の紡績が開始された時一般を指す。そして、HDAS値は、HD値の算出に連動して変化するHDA値とは異なり、この紡績開始時にのみ新規に得られるものとなっている。つまり、紡績開始時点からHD値がk0個得られた時点で、これらのk0個のHD値により、今回の紡績におけるHDAS値が設定される。そして、その回の紡績が中断されるまで、そのHDAS値が継続して利用される。
【0061】
そうすると、紡績開始後に、平均化点数k0のHD値が得られるまで、今回の紡績におけるHDAS値は得られないことになる。このため、今回の紡績開始後において、今回のHDAS値が得られるまでは、前回の紡績開始後に得られたHDAS値を、今回の紡績開始後における糸太さ変動の基準値として、錘内糸物性異常判定手段16は利用する。そして、錘内糸物性異常判定手段16は、今回の紡績におけるHDAS値が得られた時点で、前回のHDAS値から今回のHDAS値に、糸太さ変動の基準値を切り替えるものとする。ここで述べたHDAS値の更新については、後述で、図11を用いて再度説明する。
【0062】
図10を用いて、HDA値を利用した錘内比較による糸物性異常の有無判断について説明する。
図10には、同一錘(同一の紡績ユニット2)におけるHD値・HDA値の時間変化が図示されている。図10の横軸は時間軸であり、図10の縦軸はHD値(HDA値)の大きさを示している。また、図10には、糸太さ変動の基準値であるHDAS値も図示されている。HDAS値は、一旦紡績開始時に得られると、その紡績の継続中は固定されるので、一定値である。このHDAS値を基準として設定される、許容上限のHDA値(HDAmax値)および許容下限のHDA値(HDAmin値)も、図示されている。HDAmax値は、HDAS値より、HDA値の増大側における許容幅DAuの上限である。また、HDAmin値は、HDAS値より、HDA値の減少側における許容幅DAdの下限である。
【0063】
錘内糸物性異常判定手段16は、HDA値を利用した錘内比較、つまり同一錘におけるHDA値と、その基準値としてのHDAS値との比較を、HDA値が新たに得られる度(算出タイミング毎)に行う。
そして、HDA値がHDAmax値とHDAmin値との間を外れることが一回でもあれば、直ちに、その錘の糸9に糸物性異常が発生したと、錘内糸物性異常判定手段16は判断する。
図10に示す例では、HDA値がHDAmax値をはじめて超えた際(時刻T2)で、その錘の糸9に、糸物性異常が発生したと判断される。
【0064】
次に、紡績再開後の糸物性悪化を的確に検出可能とする構成について、説明する。
前述における錘内比較を、錘内糸物性異常判定手段14により行うには、必ずしも、HDAS値を紡績開始後に再設定する必要はなく、固定の基準値として、設定しておいてもよい。
しかし、より精度の高い糸物性異常発生の有無判定には、紡績開始の度にHDAS値を再設定して、そのHDAS値からのHDA値の逸脱を監視することが望ましい。この場合、紡績中断の前後において、HDAS値を更新することになる。ここで、HDAS値の導出にはHDA値と比べて時間を要するため、紡績再開の直後にHDAS値を更新することはできず、タイムラグが生じる。そして、このタイムラグの間における錘内比較においては、紡績再開後の糸物性悪化を的確に検出である。以下で、詳しく説明する。
【0065】
図11には、錘間比較では異常がないが、錘内比較では異常が発生した場合の一例を示している。
この図11には、図9(b)と同様に、HD値の時間変化の様子と、HDAS値とを、図示している。また、HDA値の時間変化の様子も図示している。図11の横軸は時間軸であり、図11の縦軸はHD値やHDA値の大きさを示している。
【0066】
特に、図11には、糸切断等によって発生した紡績中断の前後におけるHD値およびHDA値の変動やHDAS値を示している。図11において、時刻t1に糸切断装置24による糸切断が発生して前回の紡績が終了し、時刻t2に糸継装置31による糸継ぎが完了して今回の紡績が開始され、時刻t3に今回のHDA値の算出が開始され、時刻t4に今回のHDAS値が算出される。
ここで、時刻t2と時刻t3との間に時間差があるのは、1回目のHDA値の算出に際して、平均化点数k個のHD値が得られるのに時間を要するためである。同じく、時刻t3と時刻t4との間に時間差があるのは、HDAS値の算出に際して、(平均化点数k0−平均化点数k)個のHD値が得られるのに、時間を要するためである。
【0067】
図11に示す状況は、糸継ぎ後に糸物性が悪化した場合の状況を示している。
このような場合、糸太さ変動の基準値(平均値)であるHDAS値が、前回の紡績時(この糸継ぎ以前)と、今回の紡績時(この糸継ぎ以後)とで、大きく変動する。
【0068】
しかしながら、このような糸物性の悪化が発生していても、錘間比較の評価方法においては、糸物性異常が発生したとは判定されない場合がある。図11においては、HD値は、前回の紡績時はAHD値より下回った位置に概ね位置し、今回の紡績時はAHD値を上回った位置に概ね位置している。そして、HD自体は、糸継ぎの前後にかけて大幅に変化しながら、AHD値を基準とするHDmax値とHDmin値との間には、収まった状態を維持している。つまり、HDAS値自体が大幅に変動しても、錘間比較の評価方法では、糸物性異常が発生を錘内糸物性異常判定手段16が把握できないことがある。
なお、HD値の全錘平均であるAHD値は、時間変化に伴って変動するものであるが、錘の数が多い場合には、その変動幅は無視できる程度に小さいため、図11においては一定値として図示している。
【0069】
一方、錘内比較の評価方法において、HDAS値を紡績再開の度に更新する構成とすると、紡績再開後に発生した糸物性異常の発生を的確に捉えることができる。
図11において、前回の紡績時(時刻t1以前)は、前回のHDAS値を基準値として、HDA値の大きさが評価される。紡績の中断中(時刻t1から時刻t2)は、当然ながら糸物性異常の判定は行われない。紡績の再開後(今回の紡績開始後)、時刻t2から時刻t3の間においては、1回目のHDA値が未だ得られておらず、この間も糸物性異常の判定は行われない。その後、時刻t3から時刻t4までの間においては、HDA値は得られているが、今回のHDAS値は得られていない状況にある。この間は、前回の紡績時に得られたHDAS値を基準値として、今回の紡績時に得られたHDA値の大きさが評価される。また、今回のHDAS値が得られた時刻t4以降は、今回のHDAS値を基準値として、今回の紡績時に得られたHDA値の大きさが評価される。
【0070】
時刻t3から時刻t4までの間は、前回のHDAS値が今回のHDAS値の代用として用いられている間である。つまり、HDAS値の更新におけるタイムラグの時間帯である。
このため、この間に、HDAS値自体の変動が大きい場合には、今回のHDAS値を平均値として上下する今回得られたHDA値が、前回のHDAS値と比較されることになって、前回のHDAS値を基準とするHDAmax値とHDAmin値との間を外れやすくなる。つまり、前回のHDAS値と今回のHDAS値との差が、許容幅DAuや許容幅DAdを超える程度に大きい場合には、時刻t3から時刻t4までの間に、糸物性異常が発生したと、錘内糸物性異常判定手段16により判定されることになる。
【0071】
さらに言えば、前回のHDAS値を今回のHDAS値の代用として用いる時間(更新のタイムラグ)を設けることで、紡績の中断(糸継ぎなど)によって生じた糸物性悪化を、錘内糸物性異常判定手段16において的確に捉えることが可能である。
つまり、時刻t1以前において、前回のHDAS値に対して前回得られたHDA値の大きさが許容範囲(HDAmax値とHDAmin値との間)にあり、時刻t4以後において、今回のHDAS値に対して今回得られたHDA値の大きさが許容範囲にある場合であってたとしても、時刻t3から時刻t4において、紡績の中断(糸継ぎなど)によって生じた糸物性異常の発生を、錘内糸物性異常判定手段16は適切に判定することができる。
【0072】
次に、糸物性異常が発生した場合における対処について説明する。
糸物性異常が発生した場合、自動的に行われる対処として、糸切断および紡績の停止、糸継ぎ、紡績の再開、が連続的に実行される。
具体的には、錘間糸物性異常判定手段14または錘内糸物性異常判定手段16が、糸物性異常が発生したと判断すると、クリアラーコントローラ28が糸切断装置24に指令して、糸7の切断を行わせる。
この糸切断の実行に連動して、クリアラーコントローラ28からの指令を受けたユニットコントローラ20が、当該の紡績ユニット2による紡績作業を停止させる。
その後、制御装置5が指令して、糸切断の発生した紡績ユニット2の正面に作業台車3を移動させて、糸継装置31により、巻糸パッケージ8側の糸7(下糸)と、空気式精紡装置22側の糸7(上糸)とを糸継ぎさせる。糸継ノズル31cでの糸継ぎにより、糸継ぎの結束点よりも端に位置する上糸の端部と下糸の端部とが脱落するので、上糸の端部にある糸物性異常部位(糸欠点部位)が、巻糸パッケージ8に巻き取られる糸7より除去される。その後、ユニットコントローラ20が、当該の紡績ユニット2による紡績作業を再開させる。
【0073】
前述した自動的な対処は、糸物性異常の発生原因を除去する処理を含まないので、同様の糸物性異常を再発させる恐れがある。そこで、空気紡績機1には、糸物性異常の異常原因特定装置60が備えられている。この異常原因特定装置60により特定された異常原因に応じて、空気紡績機1を修正することで、同様の原因による糸物性異常の再発を防止するものである。
【0074】
図6には、錘間糸物性異常判定手段14または錘内糸物性異常判定手段16で、糸物性異常が発生したと判断された場合に、後述の手段61・62・63を経由して行われる処理の流れを示している。
【0075】
異常原因特定装置60は、紡績ユニット2に備えるローラの不良が異常原因である場合に、その発生源を特定する装置である。具体的には、異常原因特定装置60は、糸7の糸太さ情報の時間変化を解析して、強度の高い周波数成分を抽出し、その周波数で回転するローラを、糸物性異常を発生させる発生源として特定するものである。
ここで、糸物性異常の発生源となりうるローラとは、紡績ユニット2において、糸9またはスライバ6に圧接して、糸9またはスライバ6の移動に連動して回転するローラのことである。
【0076】
図3に示すように、紡績ユニット2には、糸物性異常の発生源となりうるローラとして、4線式のドラフト装置21に備えるドラフトローラと、糸送り装置23に備えるローラと、がある。
ドラフト装置21には、糸送り上流から下流に向けて、スライバ6を挟み込んで送り出す四つのドラフトローラ対、バックローラ対211、サードローラ対212、セカンドローラ対213、フロントローラ対214、が備えられている。各ローラ対は、スライバ6を挟み込む一対のローラを備えている。また、糸送り装置23には、糸9をニップして送り出すデリベリローラ231およびニップローラ232が備えられている。
これらのドラフトローラ対211・212・213・214およびローラ231・232は、いずれも、糸欠点検出装置26の糸送り上流側に配置されている。
【0077】
異常原因となるローラの特定は、次のようにして行われる。
糸太さの時間変化グラフ(例えば図7)は、複数の周波数成分を合成した波形である(とみなしうる)ため、フーリエ変換を利用して、パワースペクトル(周波数成分の強度分布)に変換することが可能である。このパワースペクトルの中で、一定の閾値を超える強度の周波数成分を、異常周波数として特定する。
一方、糸物性異常の発生源となりうるローラについて、そのローラの径と、そのローラの回転速度(糸7の送出時)とから、そのローラの一回転の周期を特定することができる。糸物性異常の発生源となりうるローラは、それぞれ、径の大きさが異なるように設計されており、それぞれ一回転の周期が異なるものとなっている。
ここで、周期が振動数の逆数であることを利用すると、糸物性異常の発生源となりうるローラのなかに、前記異常周波数に対応する周期のローラがあるか否かを、特定することが可能である。異常周波数に対応する周期のローラがある場合、そのローラが糸物性異常の発生源であると判定できる。
【0078】
図5を用いて、異常原因となるローラを特定する異常原因特定装置60の構成を説明する。
本実施の形態では、この異常原因特定装置60は、クリアラーコントローラ28に備えられている。この異常原因特定装置60には、周波数成分特定手段61と、異常ローラ特定手段62と、が備えられている。
周波数成分特定手段61は、クリアラーコントローラ28が担当する四つの錘で紡績される糸7のそれぞれについて、各糸欠点検出装置26で検出した糸太さ情報を元に得られた糸太さ変動の時間変化を解析して、パワースペクトルを導出する手段である。
異常ローラ特定手段62は、糸7に接触して連動して回転するローラ群(ローラ対211・212・213・214を構成するローラおよびローラ231・232)のうちより、周波数成分特定手段61で特定された周波数(前記異常周波数)に対応するローラを特定する手段である。
これらの各手段61・62は、クリアラーコントローラ28に備える演算装置やメモリ等のハードウェアと、この演算装置を作動させるプログラム等のソフトウェアと、とから構成される。
ここで、本実施の形態では、周波数成分特定手段61および異常ローラ特定手段62は、クリアラーコントローラ28が担当する四つの錘のそれぞれについて、異常原因となるローラを特定するための手段としているが、手段61・62が担当する錘の数は限定されるものではない。
【0079】
また、糸物性異常の発生源として特定されたローラに関する情報を出力するための機構として、表示ディスプレイ52aと、異常情報出力指令手段63と、が備えられている。表示ディスプレイ52aは出力装置部52に備えられている。異常情報出力指令手段63は、クリアラーコントローラ28に備えられており、このクリアラーコントローラ28に備える演算装置やメモリ等のハードウェアと、この演算装置を作動させるプログラム等のソフトウェアと、とから構成される。
【0080】
この異常情報出力指令手段63は、異常原因特定装置60(異常ローラ特定手段62)において糸物性異常の発生源として特定されたローラに関する情報を、表示ディスプレイ52aに画像表示させる手段である。
糸物性異常の発生源として特定されたローラに関する情報(異常ローラ情報)とは、第一には、ローラを特定する情報であり、第二には、不良ローラの修正方法を示す情報である。
ローラを特定する情報とは、どの位置のどのローラであるかを示す情報である。例えば、バックローラ対211のトップローラ(上下一対の上側のドラフトローラ)であるといったことを明示する情報である。
また、不良ローラの修正方法とは、そのローラに発生した不良要因を除去する方法を提示するものである。例えば、ドラフト装置21に備えるボトムローラ(上下一対であるドラフトローラ対211〜214の下側のドラフトローラ)が不良ローラである場合、そのボトムローラに付着した綿糖を除去することを提示する。
このような異常ローラ情報の画像出力表示は、文字表示や概略図・模式図の表示等を併用して行われる。
なお、異常ローラ情報を出力する方式は、表示画面への画像出力表示に限定されるものではなく、印字出力であっても、音声出力であってもよく、限定するものではない。
【0081】
また、糸物性異常の発生要因を特定する手段とは別に、糸物性異常の発生した錘を作業者に警告する手段や、糸物性異常の多発する錘に関する情報を作業者に警告するための手段が、空気紡績機1には備えられている。
【0082】
図6には、錘間糸物性異常判定手段14または錘内糸物性異常判定手段16で、糸物性異常が発生したと判断された場合に、後述の異常錘警告表示指令手段70を経由して行われる処理の流れを示している。
【0083】
糸物性異常の発生した錘を作業者に警告する手段は、各紡績ユニット2に設けられる警告ランプ71(図1)や、表示ディスプレイ52aである。糸物性異常が発生すると、クリアラーコントローラ28は、その糸物性異常が発生した錘の紡績ユニット2の警告ランプ71を警告表示(点灯や点滅、色表示の変化)させると共に、表示ディスプレイ52aに、糸物性異常が発生した錘を特定する情報(何番錘に異常発生といった文字表示など)を出力表示させる。
【0084】
糸物性異常の多発する錘に関する情報を作業者に警告するための手段は、表示ディスプレイ52aと、異常錘警告表示指令手段70と、である。
異常錘警告表示指令手段70は、同一錘における糸物性異常の発生頻度に応じて、表示ディスプレイ52aに画像出力させる警告表示の内容を追加もしくは変更する。具体的には、異常錘警告表示指令手段70は、各錘について、空気紡績機1の運転開始からの糸物性異常の発生回数や発生頻度が所定の閾値を超えた場合には、空気紡績機1の運転終了時に、その閾値を超えた錘をメンテナンス必要錘として作業者に警告する情報を、表示ディスプレイ52a上に表示させる。また、異常錘警告表示指令手段70は、空気紡績機1の運転開始からの糸物性異常の発生回数や発生頻度の情報を表示ディスプレイ52a上に常時表示させ、糸物性異常が発生して発生回数や発生頻度が変化するたびに、表示内容(発生回数・発生頻度・メンテナンスの必要性の程度等の情報)を更新させる。
この異常錘警告表示指令手段70は、クリアラーコントローラ28に備えられており、このクリアラーコントローラ28に備える演算装置やメモリ等のハードウェアと、この演算装置を作動させるプログラム等のソフトウェアと、とから構成される。
なお、前記警告する情報を出力する方式は、表示画面への画像出力表示に限定されるものではなく、印字出力であっても、音声出力であってもよく、限定するものではない。
【図面の簡単な説明】
【0085】
【図1】空気紡績機の正面図である。
【図2】空気紡績機の構成を示すブロック図である。
【図3】紡績ユニットの構成を示す斜視図である。
【図4】空気紡績機の制御機構の構成を示すブロック図である。
【図5】異常錘特定装置の構成を示すブロック図である。
【図6】異常錘特定装置に備える各手段の処理の流れを示す図である。
【図7】見かけ糸太さの時間変動を示す図である。
【図8】HD値の時間変動を示す図である。
【図9】(a)図は特定の時点における各錘のHD値と全錘平均のAHD値を比較した図、(b)図は特定錘のHD値の時間変化を示す。
【図10】HD値、HDA値、HDAS値の関係を示す図である。
【図11】紡績の中断前後における特定錘のHD値、HDA値の時間変動を示す図である。
【符号の説明】
【0086】
1 空気紡績機
2 紡績ユニット
10 異常錘特定装置
11 単錘偏差算出手段
12 全錘偏差算出手段
13 逸脱有無判断手段
14 錘間糸物性異常判定手段
15 平均単錘偏差算出手段
16 錘内糸物性異常判定手段
26 糸欠点検出装置
52a 表示ディスプレイ
61 周波数成分特定手段
62 異常ローラ特定手段
63 異常情報出力指令手段
70 異常錘警告表示指令手段
71 警告ランプ
HD 糸太さの分散
HDmax HD値の許容上限値
HDmin HD値の許容下限値
HDA HD値の移動平均値
HDAmax HDA値の許容上限値
HDAmin HDA値の許容下限値
HDAS HD値の基準値
AHD 全錘平均のHD値
L 測定長さ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
錘毎の紡績ユニットを複数備える紡績機の異常錘特定装置であって、
各錘で紡績される糸について、各紡績ユニットに備える糸欠点検出装置で検出した糸太さ情報を元に、所定の測定長さの範囲で、糸太さの標準偏差または分散である単錘偏差を、一定の時間間隔で設定された算出タイミング毎に算出する単錘偏差算出手段と、
前記単錘偏差を全錘で平均して得られる全錘偏差を算出する全錘偏差算出手段と、
前記算出タイミングの定数倍の比較タイミング毎に得られた各単錘偏差と全錘偏差とについて、この全錘偏差を基準とする所定の許容上限値又は許容下限値を越える単錘偏差があるか否かを判断する逸脱有無判断手段と、
同一の錘の単錘偏差が、所定の逸脱回数を越えて連続して、許容上限値又は許容下限値を越える場合に、その錘に糸物性異常が発生したと判定する錘間糸物性異常判定手段と、
各錘において、今回の算出タイミングから所定数だけ過去の算出タイミングまでに得られた単錘偏差の移動平均を算出する平均単錘偏差算出手段と、
前記単錘偏差の移動平均を、基準として予め設定されている単錘偏差の基準値とを比較し、その移動平均が、基準値を基準とする所定の許容上限値又は許容下限値を越えると、その錘に糸物性異常が発生したと判定する錘内糸物性異常判定手段と、
を備える、
ことを特徴とする、異常錘特定装置。
【請求項2】
前記各紡績ユニット内で、前記糸に接触して連動して回転するローラ群は、各ローラが互いに異なる径で形成されると共に、
前記糸物性異常が発生した場合に、
前記各錘で紡績される糸について、前記各糸欠点検出装置で検出した糸太さ情報を元に得られた糸太さ変動の時間変化を解析して、パワースペクトルを導出する周波数成分特定手段と、
前記複数のローラの中より、前記周波数成分特定手段で特定された周波数に対応するローラを特定する異常ローラ特定手段と、
情報出力装置と、
前記異常ローラ特定手段で特定された前記ローラに関する情報を、前記情報出力装置に出力させる異常情報出力指令手段と、
を備える、
ことを特徴とする、請求項1に記載の異常錘特定装置。
【請求項3】
情報出力装置と、
同一錘における前記糸物性異常の発生頻度に応じて、前記情報出力装置に出力させる警告表示の内容を追加もしくは変更する異常錘警告表示指令手段を備える、
ことを特徴とする、請求項1に記載の異常錘特定装置。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれかに記載される異常錘特定装置を備える、
ことを特徴とする紡績機。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2007−224452(P2007−224452A)
【公開日】平成19年9月6日(2007.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−46865(P2006−46865)
【出願日】平成18年2月23日(2006.2.23)
【出願人】(000006297)村田機械株式会社 (4,916)
【Fターム(参考)】