説明

癌転移抑制剤及び機能性食品

【課題】抗酸化物質により、癌の転移を抑制することができる癌転移抑制剤及び機能性食品を提供する。
【解決手段】クロロゲン酸またはその誘導体を有効成分とする癌転移抑制剤である。特に、クロロゲン酸またはその誘導体を含む植物から抽出したクロロゲン酸含有物質を有効成分とする癌転移抑制剤である。またクロロゲン酸またはその誘導体を含む植物から抽出したクロロゲン酸含有物質を含む機能性食品である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、癌の転移を抑制する物質を含む癌転移抑制剤及び機能性食品に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の外科手術、放射線療法の進歩によって、癌原発巣の除去技術の発展は目覚しいものがある。しかし、日本では現在、3人に1人が癌で亡くなっている。この主な原因の一つは、癌の転移を阻止できないことであり、癌転移抑制剤の開発は、癌患者の延命に関わる最重要課題の一つとして位置付けられている。
【0003】
癌の転移は、原発巣から離脱した癌細胞が血管内に侵入し、免疫細胞の監視から逃れて、血流に乗って他の臓器へと運ばれ、毛細血管に着床した後、血管内から組織内へと浸潤して、新生血管を伴いながら増殖することにより成立する。したがって、これらのうちいずれかの過程が阻害されるならば、癌の転移は阻止され得ると期待される。
【0004】
従来、癌の転移および転移した癌の治療には、殺細胞作用を作用メカニズムとする抗癌剤が主に使用されてきた。しかし、それは同時に骨髄毒性をはじめとする種々の副作用を引き起こすとともに有効性の点でも満足できる薬剤ではなかった。他方、比較的副作用が少なく癌転移抑制効果が期待される薬剤として、癌細胞の血管壁への接着に対する阻害剤、癌細胞の浸潤に関わる酵素の阻害剤、免疫賦活剤、などが報告されているが、臨床的に有効性が確立されているものはなく、より有効性が高く長期投与においても安全な薬剤の開発が切望されているのが現状である。
【0005】
また、特許文献1に開示されているように、制癌剤を安定化させるために抗酸化物質を添加したものや、特許文献2に開示されているように、リグニン成分等にクロロゲン酸を含有した抗癌剤も提案されている。
【0006】
ここで、発癌と癌転移の相違および抗酸化物質の癌転移抑制作用について、以下に説明する。発癌機構は多段階説により説明されている。すなわち、活性酸素やフリーラジカル、放射線や紫外線、あるいは各種発癌剤などにより遺伝子が損傷を受けた後(イニシエーション)、修復機構により除去されなかった前癌細胞が増殖の刺激を受け(プロモーション)、さらに、増殖過程における遺伝子変異(プログレッション)を経て悪性な癌細胞となる。したがって、抗酸化活性を有する化合物であればイニシエーションの段階を抑制できるので、発癌抑制効果は期待されることになる。
【0007】
一方、癌の転移は、悪性形質を伴った癌細胞が血管を通じて他臓器へと移動し、血管内から組織内へと浸潤して、新生血管を伴いながら増殖することにより成立する。これらの過程において重要な癌細胞の性質としては、主に血管内皮細胞への接着能、内皮下基底膜への接着能、酵素による基底膜分解能、細胞運動能、血管新生能および増殖能であり、これらの性質を兼ね備えた癌細胞のみが転移を成し得る。したがって、発癌での場合とは異なり、活性酸素やフリーラジカルは癌転移の成立には必須ではないことから、抗酸化物質が癌転移抑制活性を有するか否かは、その抗酸化活性からは推測できないと言える。実際、最近になり癌転移抑制作用を有することが見出された数種の抗酸化物質(お茶成分のエピガロカテキンガレート、大豆成分のゲニステイン、ウコン成分のクルクミン、ブドウ成分のレスベラトロールなど)は、いずれも極めて高い抗酸化活性を有するが、それらの作用メカニズムは癌細胞の組織浸潤に重要な酵素(マトリックスメタロプロテアーゼ)の阻害や細胞増殖の阻害であると報告されている。また、私たちの研究から、高い抗酸化活性を有する化合物であっても必ずしも癌転移を抑制できないなど、抗酸化活性と癌転移抑制活性との間に相関が認められないことを明らかにしている。
【0008】
これらのことから、抗酸化物質の癌転移抑制作用は、それらの抗酸化活性から推察され得るものではなく、むしろ個々の化合物に特有の化学構造が重要であり、すなわち、抗酸化物質の癌転移抑制作用は、化合物を一つずつ検討することによって始めて明らかにすることができると言える。
【特許文献1】特開平5−221852号公報
【特許文献2】特開2003−40792号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
一方、近年、活性酸素種が関与する様々な病態の発症・進展予防に、抗酸化物質が有効である可能性が示唆されている。とりわけ、癌研究においては、これまで発癌予防に有効であるとする報告が多数なされてきた。さらに最近では、動物を用いた基礎実験において数種の抗酸化物質に癌転移抑制作用が示され、また、臨床的にもビタミンCと抗癌剤の併用に有用性が報告されるなど、癌転移の予防・治療における抗酸化物質の有用性が示唆されている。
【0010】
しかし、抗酸化物質は、植物等に含まれる機能性成分の一つであるが、どの抗酸化物質に最も高い有用性が期待できるのか、また、その作用メカニズムについても十分には明らかにされていない。
【0011】
この発明は上記従来の問題点に鑑みてなされたもので、抗酸化物質により、癌の転移を抑制することができる癌転移抑制剤及び機能性食品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
この発明は、クロロゲン酸またはその誘導体を有効成分とする癌転移抑制剤である。また、クロロゲン酸またはその誘導体を含む植物から抽出したクロロゲン酸含有物質を有効成分とする癌転移抑制剤である。
【0013】
またこの発明は、クロロゲン酸またはその誘導体を含む植物から抽出したクロロゲン酸含有物質を含む機能性食品である。
【発明の効果】
【0014】
この発明の癌転移抑制剤及び機能性食品は、摂取が容易で副作用がなく、効果的に体内で癌転移抑制効果を発揮するものである。また、副作用が少なく、長期間の投与も安全なものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態を詳細に説明する。この実施形態は、クロロゲン酸またはその誘導体を有効成分とする癌転移抑制剤である。クロロゲン酸は、コーヒー生豆、ナス、リンゴ、シソ、サツマイモ、ジャガイモ、ヤマイモ、レンコン、ウド、ゴボウなど植物一般に含まれる。薬理作用としては、結腸癌、胃癌、舌癌および肝癌について発癌抑制作用が報告されている。クロロゲン酸の構造は、下記の化学式1で表される。
【0016】
【化1】

【0017】
クロロゲン酸は、例えば、コーヒー豆粉砕物を、水又は熱水、アルコール、アセトン、クロロホルム等の親水性有機溶媒、あるいはそれらの混合溶媒で抽出し、陽イオン交換樹脂等を用いてカフェインを除去した後、カラムクロマトグラフィーに付すことにより精製することができる。また、合成または精製されたクロロゲン酸も市販されている。
【0018】
さらに、クロロゲン酸の誘導体は、例えば、アルコールや脂肪酸とのエステル誘導体、アルキレンオキシドとのアルキルエーテル誘導体等がある。また、それらの塩、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、亜鉛塩、バリウム塩、アルミニウム塩、アンモニウム塩、硫酸塩、リン酸塩等においても、同様の機能が期待できる。
【0019】
この実施形態のクロロゲン酸を含む癌転移抑制剤は、必要に応じて適宜の担体(例えば、賦形剤、希釈剤等)などの必要な成分と混合し、液状製剤、粉末、顆粒、錠剤、カプセル剤、シロップ剤、注射剤、エアロゾル剤等の剤形で製剤化することができる。そして、経口的または非経口的に投与することができる。
【0020】
投与方法は、好ましくは、経口用または注射用製剤である。経口投与に好適な製剤は、水、生理食塩水、オレンジジュースのような希釈液に、有効量のクロロゲン酸を溶解させた液剤、乳剤等である。非経口的な投与に好適な製剤としては、水性および非水性の無菌の注射液剤があり、これには抗酸化剤、緩衝液、制菌剤、等張化剤等が含まれていてもよい。
【0021】
またこの発明の実施形態における、クロロゲン酸またはその誘導体を含む植物から抽出したクロロゲン酸含有物質を含む機能性食品は、コーヒー生豆、ナス、リンゴ、シソ、サツマイモ、ジャガイモ、ヤマイモ、レンコン、ウド、ゴボウなど植物からの抽出液を濃縮した液体、乾燥させた固体、またはカプセルに入れたもの等である。また、合成または精製されたクロロゲン酸を、他の加工食品に混ぜたものでも良い。
【実施例1】
【0022】
次に、この発明の癌転移抑制剤について行った実験結果について説明する。実験方法は以下の通りである。
【0023】
実験試薬
抗酸化物質は和光純薬工業またはシグマ・アルドリッチより購入し、ジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解して実験に用いた。
【0024】
細胞及び細胞培養
マウス結腸癌細胞株:colon26-L5は済木育夫教授(富山医科薬科大学、和漢薬研究所)より供与された。細胞は10%の非働化ウシ胎児血清(FBS)、100U/mlのペニシリン、0.1 mg/mlのストレプトマイシン及び55μMの2-メルカプトエタノールを含むRPMI-1640培地中にて継代、維持した。
【0025】
実験的癌転移抑制実験
リン酸緩衝生理食塩水(200μl)に懸濁した癌細胞(4×104個)をマウス(Balb/c,7週令、雌)に尾静脈より接種し、13日後に肺を摘出して、肺表面に形成された転移結節の数を実体顕微鏡下にて計測し、癌転移の指標とした。被検体は癌接種3日前から接種1日後まで、一日一回、計5回腹腔内に投与した。対照群にはDMSOを同様にして投与した。実験には一群当たり5匹のマウスを使用した。
【0026】
癌細胞浸潤能の測定
癌細胞の浸潤能は、孔径8μmのメンブランフィルター(ヌクレオポア)により上下二層に区画されたトランスウエルチャンバー(コースター)を用いて評価した。フィルターの上面には予めマトリゲル(ベクトンディッキンソン)(50μg)を、フィルターの下面にはフィブロネクチン(0.5μg)をそれぞれコーティングした。0.1%ウシ血清アルブミンを含むRPMI-1640培地で癌細胞を2×105個/100μlの細胞密度に調製し、この細胞浮遊液に各濃度の被検体を添加して30分間処置(4℃)後、チャンバーの上層に添加した。下層には上層と同濃度の被検体を添加した。コントロールにはDMSOを同様にして添加した。インキュベーター内(37℃,5%CO2)で6時間培養後、フィルターの下部表面に浸潤した細胞をクリスタルバイオレット(和光純薬工業)にて染色、溶解し、590 nmにおける吸光度を測定して浸潤能の指標とした。
【0027】
癌細胞増殖能の測定
細胞増殖は、WST-1 Cell
Counting Kit(和光純薬工業)を用いて評価した。5%FBSを含むRPMI-1640培地で癌細胞を1×105個/mlの細胞密度に調製し、96ウェルプレート(コーニング)の各ウェル当たり5×103個を播種した。細胞がプレートに接着後、被検体を各濃度で添加し、インキュベーター内(37℃,5%CO2)で48時間培養した。コントロールにはDMSOを同様にして添加した。培養終了後、各ウェルの培地を、WST-1を10%含む10%FBS‐RPMI-1640培地に交換し、さらに2時間培養した後、波長450 nmにおける吸光度を測定して増殖能の指標とした。
【0028】
統計処理
測定値の有意差検定は、ステューデントのt検定により行い、有意水準(P)が5%未満の場合に有意であるとした。
【0029】
結果および考察
22種の抗酸化物質について、癌転移抑制活性を比較検討した。投与量は、1μモル/マウス/日とし、癌接種の前後5日間、腹腔内に連日投与した。その結果、有効な結果が得られた被検体及びその他の代表的な抗酸化物質である8つの被検体を抽出して、図1のグラフに示した。これによれば、エピガロカテキンガレート、クロロゲン酸およびゲニステインに統計的に有意な抑制活性を認めた。一方、代表的な抗酸化物質である、アスコルビン酸、β-カロテン、L-システイン、α-トコフェロールおよび没食子酸は癌転移を抑制しなかった。
【0030】
クロロゲン酸について、投与量を変えてさらに検討したところ、図2のグラフに示すように、2μモルの投与量において、81.7%の極めて強い抑制効果を認めた。また、この抑制効果は、至適用量でのレンチナン(山之内製薬)(0.03 mg/マウス/日)の抑制効果と同等であった。
【0031】
レンチナンは、β-(1→3)-D-グルカンであり、抗悪性腫瘍剤の一つで、効能・効果は、手術不能又は再発胃癌患者におけるテガフール経口投与との併用による生存期間の延長が報告されている。動物実験においては、レンチナン単独又はレンチナンと化学療法剤との併用による腫瘍増殖抑制作用及び延命効果、また、レンチナン単独による癌転移抑制作用が報告されている。
【0032】
一方、クロロゲン酸は、図3のグラフに示すように、マウスの体重変化にほとんど影響を与えなかったことから、用いた用量範囲において生体に与える副作用はほとんどないと思われた。
【0033】
クロロゲン酸は、カフェー酸とキナ酸がエステル結合により結ばれた化学構造を有する。
カフェー酸とキナ酸は、各々下記の化学式2、3に示す構造を有する。
【0034】
【化2】

【0035】
【化3】

【0036】
そこで、クロロゲン酸の部分構造であるカフェー酸の癌転移抑制活性を検討したところ、図4のグラフに示すように、抑制活性はまったく認められなかった。このことから、癌転移抑制活性の発現には、カフェー酸とキナ酸がエステル結合により結ばれていること、すなわち、クロロゲン酸の化学構造が重要であると考えられる。
【0037】
クロロゲン酸の作用メカニズムの一端を明らかにするため、癌細胞の浸潤能および増殖能に及ぼす影響を、エピガロカテキンガレートおよびゲニステインの効果と比較検討した。その結果、図5,図6のグラフに示すように、クロロゲン酸は癌細胞の増殖能及び浸潤能にほとんど影響を与えなかった。一方、対照として用いたエピガロカテキンガレートおよびゲニステインは、いずれも癌細胞の浸潤能および増殖能をともに濃度に依存して阻害し、300μMにおいて極めて顕著な阻害効果を示した。エピガロカテキンガレートおよびゲニステインのこれら阻害活性は、既に報じられている結果と一致するものであった。これらのことから、クロロゲン酸の癌転移抑制メカニズムは、癌細胞の浸潤あるいは増殖の阻害によるものではないと推察される。
【0038】
癌の転移は、原発巣から離脱した癌細胞が血管内に侵入し、免疫細胞の監視から逃れて、血流に乗って他の臓器へと運ばれ、毛細血管に着床した後、血管内から組織内へと浸潤して、新生血管を伴いながら増殖することにより成立する。現在のところクロロゲン酸の詳細な作用メカニズムは不明であるが、これら癌転移の過程をもとに推察すると、クロロゲン酸の作用メカニズムは、免疫細胞の賦活化や血管内皮細胞と癌細胞との接着の阻害、あるいは血管新生の阻害である可能性が考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】各種抗酸化物質の癌転移に及ぼす影響について、対照群を100%としたときの割合を示すグラフである。
【図2】クロロゲン酸の投与量と癌細胞の肺転移結節数を、抗癌剤と比較した示すグラフである。
【図3】クロロゲン酸の投与とマウスの体重に与える影響を示すグラフである。
【図4】癌転移に対するカフェー酸の影響を示すグラフである。
【図5】クロロゲン酸の癌細胞の増殖能に与える影響を示すグラフである。
【図6】クロロゲン酸の癌細胞の浸潤能に与える影響を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クロロゲン酸またはその誘導体を有効成分とする癌転移抑制剤。
【請求項2】
クロロゲン酸またはその誘導体を含む植物から抽出したクロロゲン酸含有物質を有効成分とする癌転移抑制剤。
【請求項3】
クロロゲン酸またはその誘導体を含む植物から抽出したクロロゲン酸含有物質を含む機能性食品。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−131604(P2007−131604A)
【公開日】平成19年5月31日(2007.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−328969(P2005−328969)
【出願日】平成17年11月14日(2005.11.14)
【出願人】(000236920)富山県 (197)
【Fターム(参考)】