説明

真空蒸着方法

【課題】アルカリハライド系の蛍光体層を真空蒸着するに際し、基板や蛍光体層の変質を防止でき、かつ、成膜材料の利用効率が高い真空蒸着方法を提供する。
【解決手段】蒸発源と基板との間に成膜材料の蒸気を反射するための発熱体を設け、かつ、この発熱体の温度を成膜材料の融点未満で、成膜材料の融点−200℃以上とすることにより、前記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空蒸着を利用して蛍光体層を形成する放射線画像変換パネル等の製造において、成膜材料の利用効率を向上できる真空蒸着方法に関する。
【背景技術】
【0002】
放射線(X線、α線、β線、γ線、電子線、紫外線等)の照射を受けると、この放射線エネルギの一部を蓄積し、その後、可視光等の励起光の照射を受けると、蓄積されたエネルギに応じた輝尽発光を示す蛍光体が知られている。この蛍光体は、輝尽性蛍光体(蓄積性蛍光体)と呼ばれ、医療用途などの各種の用途に利用されている。
【0003】
一例として、この輝尽性蛍光体の膜(輝尽性蛍光体層 以下、蛍光体層とする)を有する放射線画像変換パネル(以下、変換パネルとする(輝尽性蛍光体パネル(シート)とも呼ばれている))を利用する、放射線画像情報記録再生システムが知られており、例えば、富士フイルム社製のFCR(Fuji Computed Radiography)として実用化されている。
このシステムでは、人体などの被写体を介してX線等を照射することにより、変換パネル(蛍光体層)に被写体の放射線画像情報を記録する。記録後に、変換パネルを励起光で2次元的に走査して輝尽発光を生ぜしめ、この輝尽発光光を光電的に読み取って画像信号を得、この画像信号に基づいて再生した画像を、CRTなどの表示装置や、写真感光材料などの記録材料等に、被写体の放射線画像として出力する。
【0004】
変換パネルは、通常、輝尽性蛍光体の粉末をバインダ等を含む溶媒に分散してなる塗料を調製して、この塗料をガラスや樹脂製のパネル状の支持体(基板)に塗布し、乾燥することによって、作成される。
これに対し、特許文献1に示されるように、真空蒸着やスパッタリング等の気相堆積法(真空成膜法)によって、基板に蛍光体層を形成してなる変換パネルも知られている。気相堆積法による蛍光体層は、真空中で形成されるので不純物が少なく、また、輝尽性蛍光体以外のバインダなどの成分が殆ど含まれないので、性能のバラツキが少なく、しかも発光効率が非常に良好であるという、優れた特性を有している。
【0005】
ここで、変換パネルに形成される蛍光体の成膜材料、特に、輝尽性蛍光体の成膜材料は、高価である場合が多い。従って、成膜材料の利用効率を上げることは、生産コストを低減するためにも、非常に、重要なことである。
気相堆積法による成膜においては、成膜材料(蒸発材料)の利用効率を向上する方法として、特許文献2や特許文献3などに示されるように、発熱体を用いる方法が知られている。
【0006】
特許文献2に開示される方法は、真空蒸着であれば、一例として、成膜材料を加熱/溶融する蒸発源(ルツボ)と、基板との間に、基板以外に向かう成膜材料蒸気の拡散を遮蔽するように、対面して2枚の板状の発熱体を設け、この発熱体を成膜材料の融点以上に発熱させた状態で、真空蒸着によって成膜を行なう。
また、特許文献3に開示される方法は、0.1〜1Paの真空度で真空蒸着によって蛍光体層を形成する(放射線像)変換パネルの製造において、同じく蒸発源と基板との間に、基板以外に向かう成膜材料蒸気の拡散を遮蔽する発熱体(拡散防止壁部材)を設け、この発熱体を基板の温度超、蒸発源の温度未満の温度に維持しつつ、基板に蛍光体層を形成する。
このような発熱体を設けることにより、基板以外の方向に向かって拡散しようとする成膜材料の蒸気を、発熱している発熱体によって反射することができ、蒸発源から、直接、基板に向かう成膜材料の蒸気と、反射された成膜材料の蒸気との両者で基板に成膜を行なうことができるので、成膜材料の利用効率を向上することができる。
【0007】
【特許文献1】特開2002−181997号公報
【特許文献2】特開平8−53763号公報
【特許文献3】特開2007−70646号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところが、特許文献2のように高温に発熱体を発熱させつつ成膜を行なう方法を、変換パネルにおける蛍光体層の形成に利用すると、発熱体からの輻射熱によって基板温度、および形成される蛍光体の温度が上昇して、変質してしまう場合が有り、その結果、目的とする特性を有する変換パネルが得られない場合が有る。また、基板の温度上昇を考慮すると、樹脂等の有機材料を基板として用いることが出来なくなってしまう。
さらに、融点以上の温度に発熱する発熱体に入射した成膜材料は、再蒸発されたような状態になってしまい、その結果、成膜材料の蒸気流(蒸発流)が拡散してしまい、成膜材料の利用効率の向上効果が十分に得られない場合も有る。
他方、特許文献3に開示される方法によれば、蛍光体の温度が上昇して変質することは防止でき、目的とする特性を有する変換パネルを製造することはできるが、成膜材料の利用効率という点では、十分ではない。
【0009】
本発明の目的は、前記従来技術の問題点を解決することにあり、真空蒸着によってアルカリハライド系蛍光体からなる蛍光体層を形成する放射線画像変換パネルの製造において、発熱体を有することによって、蛍光体層を形成する成膜材料の利用効率をより向上することができ、さらに、基板や形成する蛍光体層が発熱体の熱による悪影響を受けることも防止できる真空蒸着方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記目的を達成するために、本発明の真空蒸着方法は、基板の表面に、真空蒸着によってアルカリハライド系の蛍光体からなる蛍光体層を形成するに際し、成膜材料の蒸発源と基板との間に発熱体を設置し、この発熱体を、下記式(1)を満たす温度t[℃]に発熱させつつ、前記真空蒸着による蛍光体層の形成を行なうことを特徴とする真空蒸着方法を提供する。
T−200≦t<T (1)
(上記式(1)において、Tは成膜材料の沸点[℃])
【0011】
このような本発明の真空蒸着方法において、前記発熱体が、上面から見た際に前記蒸発源からの成膜材料蒸気の排出口を挟んで対面する板状体であるのが好ましく、また、前記発熱体が、上面から見た際に前記蒸発源からの成膜材料蒸気の排出口を囲む筒状体であるのが好ましく、また、前記アルカリハライド系の蛍光体が、臭化セシウムを含むのが好ましく、特に、前記アルカリハライド系の蛍光体が、さらに、ユーロピウムを含むのが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
上記構成を有する本発明によれば、真空蒸着によって、基板にアルカリハライド系の蛍光体層を形成するに際し、蒸発源と基板との間に、成膜材料の利用効率を向上するための発熱体を有すると共に、この発熱体の温度(発熱温度)を、通常に比して低くすることにより、発熱体の熱による基板温度の上昇や形成した蛍光体の温度上昇を防ぐことができ、温度上昇に起因する基板や蛍光体層の変質を防止できる。
また、発熱体の温度を従来よりも低く、かつ、アルカリハライド蛍光体に応じた適正な温度範囲とすることにより、成膜材料蒸気の流れ(蒸発流)を不要に拡散することがなく、かつ、基板に向かわずに拡散しようとする蒸気を、より好適に反射することができ、成膜材料の利用効率を、より向上することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の真空蒸着方法について、添付の図面に示される好適実施例を基に詳細に説明する。
【0014】
図1(A)に、本発明の真空蒸着方法を実施する真空蒸着装置の一例の概念図を示す。
図1(A)に示す真空蒸着装置10(以下、蒸着装置10とする)は、基板Sの表面に、真空蒸着によってアルカリハライド系蛍光体の蛍光体層を形成して、放射線画像変換パネル(以下、変換パネルとする)を作製するものであり、基本的に、真空チャンバ12と、基板保持手段14と、基板回転手段16と、蒸発源であるルツボ18と、発熱体20と、発熱体20の発熱を制御する発熱制御手段24とを有して構成される。
なお、蒸着装置10は、図示した部材以外にも、ルツボ18からの蒸気を遮蔽するシャッタ等、公知の真空蒸着装置が有する各種の部材を有してもよいのは、もちろんである。
【0015】
本発明において、基板Sには、特に限定はなく、公知の放射線画像変換パネルで用いられている各種のものが利用可能である。
一例として、セルロースアセテート、ポリエステル、ポリエチレンテレフタレート、ポリアミド、ポリイミド、トリアセテート、ポリカーボネートなどから形成されるプラスチック板やプラスチックシート(フィルム); 石英ガラス、無アルカリガラス、ソーダガラス、耐熱ガラス(パイレックスTM等)などから形成されるガラス板やガラスシート; アルミニウム、鉄、銅、クロムなどの金属類から形成される金属板や金属シート; このような金属板等の表面に金属酸化物層等の被覆層を形成してなる板やシート; 等が例示される。
また、基板Sは、必要に応じて、表面(蛍光体層の形成面)に、アルミニウム板等の基板Sの基材を保護するための保護層、輝尽発光光の反射層、この反射層の保護層等を有してもよい。この場合には、蛍光体層は、これらの層の上に形成される。
【0016】
一方、本発明において、このような基板Sに形成(成膜)する蛍光体層は、アルカリハライド系の蛍光体(アルカリ金属ハロゲン化物系蛍光体)である。
アルカリハライド系の蛍光体としては、各種のものが利用可能であるが、中でも特に、本発明の効果が発現し易く、かつ、良好な輝尽発光特性が得られる等の点で、好ましい一例として、特開昭61−72087号公報に開示される、一般式「MIX・aMIIX’2・bMIIIX''3:cA」で示されるアルカリハライド系輝尽性蛍光体が好適に例示される。
(上記式において、MI は、Li,Na,K,RbおよびCsからなる群より選択される少なくとも一種であり、MIIは、Be,Mg,Ca,Sr,Ba,Zn,Cd,CuおよびNiからなる群より選択される少なくとも一種の二価の金属であり、MIIIは、Sc,Y,La,Ce,Pr,Nd,Pm,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Lu,Al,GaおよびInからなる群より選択される少なくとも一種の三価の金属であり、X、X’およびX''は、F,Cl,BrおよびIからなる群より選択される少なくとも一種であり、Aは、Eu,Tb,Ce,Tm,Dy,Pr,Ho,Nd,Yb,Er,Gd,Lu,Sm,Y,Tl,Na,Ag,Cu,BiおよびMgからなる群より選択される少なくとも一種である。また、0≦a<0.5であり、0≦b<0.5であり、0<c≦0.2である。)
その中でも、優れた輝尽発光特性を有し、かつ、本発明の効果が特に良好に得られる等の点で、MIが、少なくともCsを含み、Xが、少なくともBrを含み、さらに、Aが、EuまたはBiであるアルカリハライド系輝尽性蛍光体は好ましく、その中でも特に、一般式「CsBr:Eu」で示される輝尽性蛍光体が好ましい。
【0017】
本発明は、このような輝尽性蛍光体からなる(輝尽性)蛍光体層を有し、被写体の放射線画像を、一旦、蓄積記録して、励起光の入射によって記録した放射線画像に応じた輝尽発光光を発する、輝尽性(蓄積性)蛍光体パネル(いわゆる、IP(Imaging Plate)における蛍光体層の形成には限定されず、アルカリハライド系の蛍光体であれば、シンチレータパネル等に利用される、放射線の入射によって発光(蛍光)する蛍光体からなる蛍光体層の形成であってもよい。
【0018】
このような蛍光体も、アルカリハライド系の蛍光体であれば、各種のものが利用可能であるが、同様に、本発明の効果が発現し易く、かつ、良好な蛍光特性が得られる等の点で、下記の一般式:
IX・aMIIX’2・bMIIIX”3:zA
で示されるアルカリハライド系の蛍光体が好ましく例示される。
(上記式において、MIはLi、Na、K、Rb及びCsからなる群より選択される少なくとも一種のアルカリ金属を表し、MIIはBe、Mg、Ca、Sr、Ba、Ni、Cu、Zn及びCdからなる群より選択される少なくとも一種のアルカリ土類金属又は二価金属を表し、MIIIはSc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Al、Ga及びInからなる群より選択される少なくとも一種の希土類元素又は三価金属を表わす。また、X、X’およびX”はそれぞれ、F、Cl、Br及びIからなる群より選択される少なくとも一種のハロゲンを表わし、Aは、Y、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Na、Mg、Cu、Ag、Tl及びBiからなる群より選択される少なくとも一種の希土類元素又は金属を表す。また、a、bおよびzはそれぞれ、0≦a<0.5、0≦b<0.5、0<z<1.0の範囲内の数値を表わす。)
特に、前記一般式のMIとしてCsを含んでいるのが好ましく、XとしてIを含んでいることが好ましく、AとしてTlまたはNaを含んでいるのが好ましく、また、zは、1×10-4≦z≦0.1の範囲内の数値であるの好ましい。中でも特に、式「CsI:Tl」で示されるアルカリ金属ハロゲン化物系蛍光体は、好ましく用いられる。
【0019】
成膜装置10において、真空チャンバ12は、鉄、ステンレス、アルミニウム等で形成される、真空蒸着装置で利用される公知の真空チャンバ(ベルジャー、真空槽)である。
また、図示は省略するが、真空チャンバ12には、真空チャンバ内を排気するための、メイン排気バルブやバイパス経路等を有する排気経路、および、真空ポンプが接続されている。真空ポンプには、特に限定はなく、ロータリーポンプ、油拡散ポンプ、クライオポンプ、ターボモレキュラポンプ等や、これらの組み合わせなどの公知の真空ポンプが、各種、利用可能である。さらに、補助として、クライオコイル等を併用してもよい。
また、真空チャンバ12には、真空度調整用のアルゴンガスの導入などを行なうための、ガス導入手段22が設けられる。ガス導入手段22も、ボンベ等との接続手段やガス流量の調整手段等を有する(もしくは、これらに接続される)、真空蒸着装置やスパッタリング装置等で用いられる、公知のガス導入手段である。
【0020】
基板保持手段14は、基板ホルダ30と、ホルダ装着部32と、回転軸34とから構成される。
基板ホルダ30は、基板Sにおける成膜領域をルツボ18に向けて開放した状態で、基板Sを収容/保持するものである。基板ホルダ30としては、基板Sの四辺を保持する枠体、成膜領域に対応する部分が開放する基板Sを収容する筐体等、真空蒸着装置等の真空成膜装置で利用されている各種の基板ホルダが全て利用可能である。また、基板ホルダ30が、基板Sの成膜面における成膜領域を規制するマスクを兼ねてもよく、あるいは、別途、マスクを設けてもよい。
【0021】
図示例において、基板ホルダ30は、嵌合や係合部材を用いる方法等、公知の手段で、ホルダ装着部32の所定の位置に着脱可能にされる。また、ホルダ装着部32は、円盤状の部材で、裏面側において円筒状の回転軸34の下端に固定されている。さらに、この回転軸34は、回転・昇降手段16によって軸支されている。
すなわち、図示例の成膜装置10において、基板Sは、基板ホルダ30に収容されて、この基板ホルダ30がホルダ装着部32に装着されることにより、成膜装置10の所定位置に装填され、真空蒸着による成膜に供される。
【0022】
成膜装置10において、ホルダ装着部32の下面には、基板ホルダ30に収容した基板Sを加熱するための加熱手段や、加熱手段による熱をムラなく均一に基板Sに伝えるための熱伝導性シート等が設けられてもよい。
さらに、基板ホルダ30の内面にも、基板Sの裏面(成膜面の逆面)に密着して、ホルダ装着部32が有する加熱手段による熱をムラなく均一に基板Sに伝えるための熱伝導性シート等が設けられてもよい。
【0023】
前述のように、ホルダ装着部32は、裏面において回転軸34に固定され、この回転軸34は、回転手段16に軸支されている。
回転手段16は、回転軸34すなわちホルダ装着部32を、所定の速度(回転速度)で回転する。従って、ホルダ装着部32に固定される基板ホルダ30に収容される基板Sは、この回転手段16によって所定の速度で回転される。
【0024】
なお、本発明の真空蒸着方法は、基板Sを回転しつつ真空蒸着によって蛍光体層を形成するのに限定はされず、基板Sを固定した状態で真空蒸着によって蛍光体層を形成してもよく、あるいは、後述するように、基板Sを直線状に往復搬送しつつ、真空蒸着によって蛍光体層を形成してもよい。
【0025】
図示例の蒸着装置10において、蒸発源であるルツボ18は、抵抗加熱用のルツボである。すなわち、蒸着装置10は、抵抗加熱によって成膜材料を加熱蒸発させる。なお、ルツボ18は、公知の手段で真空チャンバ12内の所定位置に設置されている。
図示例のルツボ18は、長方形状の蒸気排出口を有する中空円筒状のルツボ本体18aと、この蒸気排出口を囲んでルツボ本体18aから突出する、四角筒状(四角の煙突状)のチムニー18bとを有する(図3および図4も参照)。なお、蒸気排出口は、円筒の中心線方向に延在する、長尺な長方形である。
また、図示は省略するが、当然、ルツボ18(ルツボ本体18a)には、抵抗加熱用の電源が接続され、さらに、熱電対などの成膜材料(ルツボ18)の温度測定手段が配置されてもよい。
【0026】
なお、本発明において、蒸発源であるルツボは、上記構成のものに限定はされず、いわゆるボート型のルツボや、上端面が開放する円筒形などのカップ型のルツボなど、各種のルツボが全て利用可能である。
また、蒸発源および加熱手段は、抵抗加熱用のルツボ18に限定はされず、誘導加熱や電子線(EB)加熱等、蒸着時の真空度などの成膜条件等に応じて利用可能であれば、真空蒸着で利用される各種の蒸発源が、全て利用可能である。
【0027】
ルツボ18の上には、発熱体20が配置される。図示例において、発熱体10は、タングステン、タンタル、モリブデン、炭素等の通電によって発熱する材料からなるものであり、通電して発熱体20を発熱させる、発熱制御手段24に接続される。
発熱体18は、所定の温度に発熱することによって、ルツボ18からの成膜材料の蒸気のうち、基板S以外に向かう蒸気(蒸気の流れ(蒸気流))を反射して、基板Sに向かうようにすることで、成膜材料の利用効率を向上するものである。
【0028】
前述のように、発熱体20は、発熱制御手段24によって通電されて、発熱する。
ここで、本発明においては、成膜材料としてアルカリハライド系の蛍光体を用い、下記式(1)を満たす温度t[℃]に発熱体20を発熱させる。
T−200≦t<T (1)
(上記式(1)において、Tは成膜材料の沸点[℃])
すなわち、本発明においては、成膜材料としてアルカリハライド系の蛍光体を用い、成膜材料の融点未満で、かつ、成膜材料の融点−200℃以上の温度範囲(すなわち、成膜材料の融点未満で、かつ、成膜材料の融点〜成膜材料の融点−200℃の温度範囲)で、発熱体20を発熱させる。
【0029】
真空蒸着においては、蒸発源と基板との間に発熱体(ホットウォール)を設けることにより、基板以外に向かう蒸気の流れを発熱体によって反射して基板に向かわせることにより、成膜材料の利用効率を向上することが知られている。ここで、このような発熱体を利用する従来の真空蒸着においては、特許文献2にも示されるように、発熱体の温度を成膜材料の融点以上とする。これにより、発熱体によって、基板以外に向かう蒸気を基板に向けて反射することで、成膜材料の利用効率が向上できると考えられていた。
しかしながら、本発明者の検討によれば、アルカリハライド系の蛍光体からなる蛍光体層を形成する場合には、このような温度で発熱体を発熱させると、発熱体からの輻射熱によって基板や蛍光体の温度が上昇してしまい、変質してしまう場合が有る。さらに、高温になるが故に、樹脂材料等の耐熱性の低いものを基板として用いることができない。
また、従来は、発熱体の温度を成膜材料の融点以上とすることにより、発熱体によって確実に蒸気を反射して成膜材料の利用効率を向上できると考えられていた。しかしながら、本発明者の検討によれば、発熱体の温度を成膜材料の融点以上とすると、成膜材料が再蒸発したような状態になってしまい、その結果、蒸気の流れが拡散して、十分な成膜材料の利用効率向上効果が得られず、逆に、基板に至る蒸気が減少し、成膜材料の利用効率が減少してしまう場合が有る。
一方、特許文献3に開示されるように、発熱体(拡散防止壁部材)の温度を、基板の温度超、蒸発源の温度未満の温度に維持しつつ、基板に蛍光体層を形成することにより、蛍光体層や基板の変質は防止できるものの、この条件では、発熱体への成膜材料の付着等を生じてしまい、成膜材料の利用効率という点では、十分な効果を得ることができない。
【0030】
これに対し、本発明においては、真空蒸着によってアルカリハライド系の蛍光体層を形成する際に、温度が、成膜材料の融点未満で、かつ、成膜材料の融点−200℃以上となるように、発熱体20を発熱させる。すなわち、通常の真空蒸着よりも低温であり、かつ、成膜材料の融点に応じた適正な温度に、発熱体20を発熱させる。
このような構成を有することにより、発熱体20の輻射熱によって基板Sや蛍光体層が加熱されて変質してしまうことを防止できると共に、基板Sとして樹脂材料等の耐熱性の低い材料のものを利用することが可能となる。また、この温度範囲であれば、成膜材料であるアルカリハライド系蛍光体の蒸気を発熱体20で好適に反射して、かつ、再蒸発が生じることもないので、成膜材料の利用効率を、より好適に向上することができる。
【0031】
本発明において、発熱体20の温度が成膜材料の融点以上では、蛍光体層の変質などの従来の発熱体を高温にする真空蒸着と同様の不都合が生じる。また、発熱体20の温度を融点−200℃よりも低くすると、発熱体に成膜材料が付着してしまい、逆に、成膜材料の利用効率が低下して、また、発熱体から落下するパーティクル等が蒸発源に入ってしまい、これに起因して、突沸や蛍光体の特性劣化等を招く可能性も生じる。
本発明においては、発熱体20の発熱温度は、好ましくは、成膜材料の融点−200℃〜成膜材料の融点−30℃である。発熱体20の温度を上記範囲とすることにより、前記発熱体20の発熱による悪影響を、より確実に回避し、さらに、発熱体20による成膜材料蒸気の反射を、より好適にして、成膜材料の利用効率をより向上できる。
【0032】
発熱制御手段24による、発熱体20の発熱温度の制御方法には特に限定はなく、公知の各種の方法が利用可能である。
例えば、熱電対や放射温度計(輻射温度計)等の公知の温度測定手段を用いて発熱体20の温度を測定し、この温度測定結果に応じて、発熱体20の温度を制御するフィードバック制御を利用すればよい。あるいは、発熱体20への通電量と、発熱体20の温度との関係を、予め実験やシミュレーションによって知見しておき、この関係に応じて、発熱体20の温度を制御してもよい。
なお、本発明においては、発熱体20の温度は、一定である必要はなく、上記範囲であれば、変動してもよい。
【0033】
図示例の蒸着装置10においては、図1(A)および(B)に示すように、発熱体20は上下面が開放する円筒状の物であり、好ましい態様として、上面(鉛直方向の上方)から見た際に、下面がルツボ18のチムニ18b(成膜材料の蒸気排出口)を囲むように、チムニー18bの直上に配置される。
このような構成とすることにより、基板S以外に向かう蒸気を、より確実に発熱体20で反射して、成膜材料の利用効率を、より好適に向上できる。
なお、本発明において、発熱体20は、円筒状に限定はされず、楕円筒状であってもよく、また、角筒状であってもよい。さらに、径の変わらない直管状にも限定はされず、例えば、図2に示す逆円錐(台)状のように、基板Sに向かう蒸気の拡散に応じて、基板S(上方)に向かって、拡径(広がる)するような形状であってもよい。
【0034】
また、発熱体20は、筒状にも限定はされない。
例えば、発熱体を、上方から見た際に蒸発源の蒸気排出口を囲む様に配置される、複数枚の板状物(平面でも曲面でも可)としてもよい。あるいは、蒸気排出口を囲むのではなく、基板以外の方向に向かう蒸気の拡散を防ぐように配置される、上方から見た際に蒸発源の蒸気排出口を挟んで対面する、一対の板状物(同前)を発熱体として用いてもよい。さらに、蒸気の流れによっては、発熱体を1枚の板状物(同前)のみとしても、成膜材料の利用効率を向上できる。
【0035】
図示例においては、発熱体20は、タングステン等の通電によって自身が発熱する材料で形成されるものであったが、本発明は、これに限定はされず、目的とする温度に発熱あるいは加熱可能なものであれば、各種の構成が利用可能である。
例えば、自身が発熱しなくても、壁内部にヒータ等の加熱手段を内蔵する筒体や板状物を発熱体として用いてもよく、成膜材料の蒸気と接触しない面にヒータ等が当接している筒体や板状物を発熱体として用いてもよい。
【0036】
すなわち、発熱体20の形状やサイズ、配置位置等には、特に限定はなく、基板S以外に向かう蒸気を遮蔽するような、各種のものが利用可能であり、蒸発源の蒸気排出口の大きさ、基板Sのサイズ、蒸発源と基板Sとの距離等に応じて、適宜、決定すればよい。
中でも、上面から見た際に、発熱体の下端が蒸発源の蒸気排出口を挟むように対面しているのが好ましく、特に、上面から見た際に、発熱体の下端が蒸発源の蒸気排出口を内包する筒状であるのが好ましい。
また、発熱体の下端は、蒸発源の蒸気排出口の直ぐ上であるのが好ましい。あるいは、蒸発源の蒸気排出口を発熱体が内包するように、発熱体の下端が、蒸発源の蒸気排出口よりも下方に位置するのも好ましい。
【0037】
図示例の蒸着装置10は、ルツボ18を1個のみ有する(配置される)ものであるが、本発明は、これに限定はされず、複数の蒸発源(ルツボ)を有するものであってもよい。
また、複数の蒸発源を用いる場合には、全ての蒸発源に同じ成膜材料を充填する一元の真空蒸着でも、複数の成膜材料を異なる蒸発源に投入する多元の真空蒸着でもよい。
【0038】
本発明の真空蒸着方法は、このように複数の蒸発源を用いる真空蒸着に利用する場合には、個々の蒸発源毎に発熱体を設けてもよく、適宜設定した複数個の蒸発源に対して1個の発熱体を設けてもよく、全ての蒸発源に対して1個の発熱体を設けてもよい。
【0039】
前述のように、本発明は、基板Sを回転しながら真空蒸着によって蛍光体層を形成するのに限定はされず、基板Sを固定した状態で蛍光体層を形成してもよく、あるいは、基板Sを往復搬送しながら蛍光体層を形成してもよい。
【0040】
図3に、基板Sを往復搬送しながら、本発明の真空蒸着方法によって基板Sに蛍光体層を形成する真空蒸着装置の一例の概念図を示す。
図3において、(A)は正面図(後述する基板Sの搬送方向(矢印x方向)と直交する方向から見た図)で、(B)は側面図(後述する基板Sの搬送方向に見た図)である。
なお、この真空蒸着装置50(以下、蒸着装置50とする)は、前述の蒸着装置10と同じ部材を利用しているので、同じ部材には同じ符号を付し、以下の説明は、異なる部位を主に行なう。
【0041】
この真空蒸着装置50(以下、蒸着装置50とする)も、基板Sの表面に真空蒸着によって蛍光体層を形成するものであり、図3に示すように、基本的に、真空チャンバ52と、基板搬送機構54と、加熱蒸発部56と、ガス導入手段22とを有して構成される。
図4に、加熱蒸発部56の上面図(平面図)を示すが、図3および図4に示すように、加熱蒸発部56には、上下面が開放する四角筒状の発熱体60が配置され、この発熱体60には、先と同様の発熱制御手段24(図3(A)以外は図示省略)が接続される。
なお、蒸着装置50も、図示した部材以外にも、蒸発源からの蒸気を遮蔽するシャッタ等、公知の真空蒸着装置が有する各種の部材を有してもよいのは、もちろんである。
【0042】
図示例の蒸着装置50は、基板Sを直線状に往復搬送しつつ、好ましい態様として、蛍光体(母体)の成膜材料と、付活剤(賦活剤:activator)の成膜材料とを別々に蒸発する、二元の真空蒸着によって基板Sの表面に(輝尽性)蛍光体層を形成して、変換パネルを製造する。
例えば、先に好ましい輝尽性蛍光体として例示したCsBr:Euであれば、蛍光体の成膜材料として臭化セシウム(CsBr)を、付活剤成分の成膜材料として臭化ユーロピウム(EuBrx(xは、通常、2〜3だが2が好ましい))を、それぞれ用い、両者を異なる蒸発源に投入して独立して加熱蒸発する二元の真空蒸着によって、CsBr:Euで示される蛍光体層を形成する。
【0043】
蒸着装置50において、真空チャンバ52は、前記真空チャンバ12と同様の公知の真空チャンバであり、ガス導入手段22は、先の例と同様のものである。
【0044】
基板搬送機構54は、基板Sを保持して直線状の搬送経路で往復搬送するものであり、基板保持手段62と搬送手段64とを有して構成される。
【0045】
搬送手段64は、ガイドレール68と、ガイドレール68に係合してガイド(案内)される係合部材70とを有するリニアモータガイド、ネジ軸72およびナット74からなるボールネジ、ネジ軸72の回転駆動源76等を有する、ネジ伝動を利用する公知の直線状の移動機構である。回転駆動源76は、正逆転が可能なものである。
【0046】
他方、基板保持手段62は、基台80と、保持部材82とを有する。
基台80は、上面に前記搬送手段64のナット74および係合部材70を固定する、矩形の板状部材である。また、保持部材82は、四隅から垂下するように基台80に固定され、下端部に基板Sを保持する。なお、保持部材82による基板Sの保持方法には、特に限定はなく、公知の板状部材の保持方法が、全て利用可能である。
基板保持手段62は、搬送手段64によって、所定の方向(図3(A)および図4では矢印x方向、図3(B)では紙面に垂直方向)に直線移動される。
【0047】
図示例の蒸着装置50においては、基板保持手段62によって基板Sを保持した状態で、回転駆動源76を駆動してネジ軸72を回転することにより、搬送手段64によって基板保持手段62を搬送手段64によって搬送して、基板Sを直線状に往復搬送する。後述するが、図示例においては、このように基板Sの搬送を直線状とし、かつ、複数の蒸発源を搬送方向と直交する方向に配列することにより、膜厚分布均一性の高い蛍光体層の形成を実現している。
往復搬送の回数は、蛍光体層の層厚(膜厚)や基板Sの搬送速度等に応じて、適宜、決定すればよい。また、基板Sの搬送速度も、装置の有する搬送速度限界、往復動の回数、目的とする蛍光体層の厚さ等に応じて、適宜、決定すればよい。
【0048】
なお、本発明において、基板保持手段62は、上記構成に限定はされず、公知の板状物の直線状の往復搬送手段が、全て利用可能である。
【0049】
真空チャンバ12内の下方には、加熱蒸発部56が配置される。
加熱蒸発部56も、一例として、蒸発源として抵抗加熱用のルツボを用い、抵抗加熱によって成膜材料を加熱蒸発させるものである。
【0050】
前述のように、図示例の蒸着装置50は、輝尽性蛍光体の蛍光体の成膜材料と付活剤の成膜材料とを独立して加熱/蒸発する、二元の真空蒸着により蛍光体層を形成するものであり、これに応じて、加熱蒸発部56は、蛍光体の成膜材料用の蒸発源であるルツボ18と、付活剤の成膜材料用の蒸発源であるルツボ86との、2種類のルツボを有する。
【0051】
蛍光体用の蒸着源18は、ルツボ本体18aとチムニー18bとからなる、先と同様のものである。他方、付活剤用のルツボ86は、通常のボート型の上面を長方形の蒸気排出口を有する蓋体で閉塞し、この蒸気排出口を囲んで、同様の上下面が開放する四角筒型のチムニーを設けたものである。
なお、輝尽性蛍光体において、付活剤と蛍光体とは、例えばモル濃度比で0.0005/1〜0.01/1程度と、蛍光体層の大部分が蛍光体である。そのため、付活剤用のルツボ86は、蛍光体用の蒸着源18よりも大幅に小型でよい。
【0052】
図1(A)および図2の概略平面図に示すように、ルツボ18とルツボ86とは、基板Sの往復搬送方向に並んで、互いに1個ずつで対を成して配置される。なお、各ルツボは、離間や絶縁材の挿入等によって、互いに絶縁状態に有る。
ルツボ18およびルツボ86(ルツボの対)は、基板Sの往復搬送方向とに直交する方向に6個が配列されている。蒸着装置50は、この往復搬送方向と直交する方向(以下、便宜的に配列方向とする)のルツボの対の列を、往復搬送方向に並んで2つ有する。さらに、この2つのルツボの対の列は、互いのルツボの対が配列方向に互い違いに配置されて配列方向の互いの間隙を埋めており、これにより、配列方向に、より均一な成膜材料の蒸気の排出を可能にしている。
【0053】
図示例の蒸着装置50においては、基板Sを直線条に往復搬送しつつ真空蒸着を行なうことにより、表面(被成膜面)の線速を基板Sの全面で均一にできる。また、往復搬送方向と直交する配列方向に複数のルツボ(蒸発源)を配列することにより、この配列方向における基板Sへの蒸発の暴露量も均一化できる。そのため、極めて簡易な蒸発源の配置で、基板Sの全面的に均一に成膜材料の蒸気を暴露することができ、膜厚分布均一性の高い蛍光体層を形成できる。特に、後述する中真空での真空蒸着では、アルゴン等のガス粒子と蒸発した成膜材料との衝突があるため、通常の高真空での蒸着に比して、基板とルツボとの間隔を狭くする必要が有るため、成膜材料が系内に拡散する前に基板Sに至ってしまうため、その効果は大きい。
しかも、このような構成を有することにより、蛍光体層の面方向および厚さ方向共に、輝尽性蛍光体層中に付活剤成分を高度に均一に分散することができ、これにより、輝尽発光特性および感度等の均一性に優れた変換パネルを得ることができる。
【0054】
加熱蒸発部16には、発熱体60が配置される。
図示例において、発熱体60は、全ての蒸発源(ルツボ18およびルツボ86)に対応して、上面から見た際に全ルツボのチムニー(全蒸発源の蒸気排出口)を囲む、上下面が開放する四角筒状のものである。なお、発熱体60は、先の蒸着装置10の発熱体20と同様のものを用いればよい。
この発熱体60は、前記発熱体20と同様に、発熱制御手段24によって、下記式(1)を満たす温度t[℃]に発熱される。
T−200≦t<T (1)
(上記式(1)において、Tは成膜材料の沸点[℃])
すなわち、この発熱体60は、成膜材料の融点未満で、かつ、前記成膜材料の融点−200℃以上の温度範囲で発熱される。
【0055】
先の例と同様に、このような発熱体60を有することにより、成膜材料の利用効率を向上できると共に、発熱体60を利用して成膜材料の利用効率を向上しているも関わらず、基板Sや形成した蛍光体層の加熱による変質も防止できる。
また、往復搬送による真空蒸着では、膜厚の均一な蛍光体層を形成可能であるが、より膜厚均一性の高い蛍光体層を形成するためには、基板Sの搬送方向の成膜材料蒸気の拡散を防止するのが好ましいが、図示例のように、配列方向に延在して、搬送方向に拡散する蒸気を遮蔽するような壁部を有する発熱体を用いることにより、この搬送方向への蒸気の拡散を好適に防止して、より膜厚の均一性の高い蛍光体層を形成できる。
【0056】
ここで、図示例の蒸着装置50は、蛍光体の成膜材料と、付活剤の成膜材料とを独立して加熱蒸発する、二元の真空蒸着を行なうものであり、全ての蒸発源に、1つの発熱体60が対応している。
このように、複数の成膜材料(多元の真空蒸着、および、複数の成膜材料を混合して成膜材料を調整した場合)の蒸発源に対して、1つの発熱体を対応させる場合には、各成膜材料の融点での、融点未満、かつ、融点−200℃以上(T−200≦t<T)の温度領域において、全て(もしくは、多くの量比を占める複数種)の成膜材料で共通の温度領域を検出して、この共通の温度領域で、発熱体60で発熱させればよい。
あるいは、蛍光体層における量の最も多い成膜材料(蛍光体層において蒸着量の最も多い成膜材料)の融点に対応して、発熱体の温度を設定してもよい。例えば、前述のように、輝尽性蛍光体では、前述のように、蛍光体層の大部分が蛍光体であるので、発熱体60の発熱は、蛍光体成分の成膜材料の融点に応じて設定すればよい。すなわち、前記臭化セシウムと臭化ユーロピウムを用いたCsBr:Euからなる蛍光体層の形成であれば、蛍光体成分の成膜材料である臭化セシウムの融点(636℃)に応じて、発熱体の温度を設定すればよい。
【0057】
なお、本発明の蒸着方法においては、複数の蒸発源を有する場合には、全ての蒸発源に対して、1個の発熱体を対応させるのに限定されないのは、前述のとおりである。
従って、図示例の蒸着装置50においては、例えば、ルツボ18およびルツボ86の個々に対応して、合計で24個の発熱体を設けてもよく、あるいは、前記対を成すルツボ18およびルツボ86に対応して1個の発熱体を設けて、合計で12個の発熱体を設けてもよく、あるいは、配列方向の蒸着源列に対応して1個の発熱体を設けて、合計で2個の発熱体を設けてもよい。
【0058】
また、前述のように、基板を往復搬送させながら蒸着を行なう場合には、配列方向への蒸気の拡散よりも、搬送方向(矢印x方向)への蒸気の拡散を押さえるのが好ましい。
従って、図示例においては、搬送方向に離間して、上面から見た際に蒸気排出口を挟むように2枚の板状の発熱体を設けても、好適に、成膜材料の利用効率を向上できる。
【0059】
以下、図1に示す蒸着装置10の作用を説明することにより、本発明の真空蒸着方法について、より詳細に説明する。
【0060】
まず、基板Sを収容する基板ホルダ30をホルダ装着部32の所定位置に装着すると共に、ルツボ18に所定量の成膜材料を充填する。
次いで、真空チャンバ12を閉塞して、真空ポンプによって排気して、所定の真空度まで排気する。
ここで、アルカリハライド系の蛍光体、特に、アルカリハライド系の輝尽性蛍光体、中でも特に、CsBr:Euで示される輝尽性蛍光体からなる蛍光体層を形成する場合には、一旦、系内を高い真空度に排気した後、アルゴンガスや窒素ガス等を系内に導入して、0.01〜3Pa程度の真空度(以下、便宜的に中真空とする)とし、この中真空下で抵抗加熱等によって成膜材料を加熱して真空蒸着を行うのが好ましい。
真空蒸着によって形成した輝尽性蛍光体からなる蛍光体層は、多くの場合、柱状結晶構造を有するが、このような中真空下で形成して得られる蛍光体層、中でも、前記CsBr:Eu等のアルカリハライド系の蛍光体層は、特に良好な柱状の結晶構造を有し、輝尽発光特性や画像の鮮鋭性等の点で好ましい。
【0061】
真空チャンバ12内の真空度が所定の真空度になった時点で、ルツボ18(前述のように、抵抗加熱用のルツボ)に通電して成膜材料の加熱を開始し、かつ、必要に応じて、回転手段16によって基板Sを回転する。
成膜材料(ルツボ18)の温度が所定の温度になった時点で、シャッタを開放して、基板Sへの蛍光体層の形成を開始する。
【0062】
ここで、本発明の蒸着方法を実施する蒸着装置10においては、基板Sへの蛍光体層の蒸着を開始するに先立ち、発熱制御手段24によって発熱体20に通電して、下記式(1)を満たす温度t[℃]に発熱させつつ、基板Sへの蛍光体層の形成を行なう。
T−200≦t<T (1)
(上記式(1)において、Tは成膜材料の沸点[℃])
すなわち、発熱体20を、成膜材料の融点未満で、かつ、成膜材料の融点−200℃以上の温度に発熱させて、発熱体20を、この温度に発熱させつつ、基板Sへの蛍光体層の形成を行なう。
そのため、基板S以外に向かう成膜材料蒸気を発熱体20で反射して、基板Sに向けることで、成膜材料の利用効率を向上できると共に、発熱体20によって成膜材料の利用効率を向上しているにも関わらず、加熱によって、基板Sや蛍光体層が変質することもない。従って、適正な蛍光体層を、良好な成膜材料利用効率で形成することができる。
【0063】
なお、発熱体20を発熱させるタイミングには、特に限定はないが、ルツボ18(蒸発源)による成膜材料の加熱を開始する前に、発熱体20を発熱させて、発熱体20の温度(発熱)が所望の温度に安定した後に、この発熱体20の発熱を維持した状態で、ルツボ18による成膜材料の加熱を開始するのが好ましい。
この方法によれば、発熱体20の発熱温度を適正に把握して、制御することができる。
【0064】
所定の層厚の蛍光体層を形成したら、蒸発源20の加熱を停止し、また、発熱体60の発熱を停止し、基板Sを回転している場合には回転を停止して、真空チャンバ12内を大気圧に戻して、真空チャンバ12を開放して、蛍光体層を形成した基板S(すなわち変換パネル)を取り出す。
なお、蛍光体層の層厚(膜厚)は、予め知見した加熱条件に応じた成膜レートによって制御してもよく、変位計党を用いて層厚を直接測定して制御してもよく、水晶振動子等を用いる蒸発量計等によって制御してもよい。
【0065】
以上、本発明の真空蒸着方法について詳細に説明したが、本発明は上述の例に限定はされず、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、各種の改良や変更を行ってもよいのは、もちろんである。
【実施例】
【0066】
[実施例1]
図1に示す蒸着装置10を用いて、基板Sに蛍光体層を形成した。
ルツボ18は、タンタル製の抵抗加熱用であり、ルツボ18内に、R型(白金−ロジウム)熱電対を挿入/固定した。なお、チムニー18aの上面(すなわち、蒸気排出口)は、8×60mmの長方形である。
このルツボ18内(ルツボ本体18a)に、臭化セシウム(CsBr 融点636℃)の粉末を600g充填した。
【0067】
このルツボ18(チムニー18a上端)の直上0mmの位置(チムニー18a上端と発熱体20の下端が水平となる位置)に、外径80mm、高さ60mm、板厚0.2mmのタングステン製の円筒(上下面は開放)を発熱体20として固定した。発熱体20は、図1(B)に示すように、上面から見た際に、チムニー18aを囲むように配置した。
さらに、発熱体20の両端部(直径方向の両端部)には、抵抗加熱用の電源を接続し、また、外壁面にR型熱電対を当接して、バネで押圧/固定した。
【0068】
さらに、基板ホルダ30に200×200mmで厚さ1.8mmのガラス製の基板Sを収容し、基板ホルダ30をホルダ装着部32に装着した。
なお、基板Sは蒸着源18(チムニー18a)の鉛直上で、基板Sとルツボ18との間隔は150mmとした。
【0069】
その後、真空チャンバ12を閉塞して、メイン排気バルブを開いて、真空チャンバ12内を排気した。真空ポンプ(真空排気装置)は、ロータリーポンプ、メカニカルブースターポンプ、および、ディフュージョンポンプの組み合わせを用い、さらに、水分排気用のクライオポンプも併用した。
真空チャンバ12内が、2×10-3Paの真空度となった時点で、排気をメイン排気バルブからバイパスに切り換え、ガス導入手段22を用いて、真空チャンバ12内にアルゴンガスを導入して、真空チャンバ内の真空度を1Paとした。
【0070】
次いで、発熱体20に280Aの電流を供給して、当接したR型熱電対の温度測定結果から、発熱体20の温度が一定になったことを確認した後、ルツボ18に通電して、内部に挿入したR型熱電対の温度測定結果を用いて、ルツボ18内の温度が670℃の一定温度となるようにフィードバック制御した。
なお、発熱体20の温度は、469℃であった。
【0071】
ルツボ18内の温度が670℃で安定した時点で、シャッタ(図示省略)を開放して、基板Sへの蛍光体層(臭化セシウム層)の形成を開始した。
臭化セシウム層の形成を開始した後、90分が経過した時点で、ルツボ18への通電を停止し、次いで、発熱体20への通電を停止して、さらに、アルゴンガスの導入を停止した。
【0072】
その後、真空チャンバ12内を待機開放して、蛍光体層を形成した基板S、および、ルツボ18を真空チャンバ12から取り出した。
基板Sに成膜した蛍光体層の量すなわち基板Sに付着した臭化セシウムの量(重量)、および、ルツボ18内に残っていた臭化セシウムの量(重量)を測定し、その結果およびルツボ18への臭化セシウムの充填量(600g)から、原料利用効率(基板S付着量/(600−ルツボ内残量))を算出した。
その結果、原料利用効率は、59.8%であった。
【0073】
[実施例2および実施例3]
発熱体20への通電量を250Aとして、発熱体20の温度を443.5℃とした以外(実施例2); および、発熱体20への通電量を380Aとして、発熱体20の温度を568℃とした以外(実施例3); は、前記実施例1と全く同様にして、基板Sに蛍光体層(臭化セシウム層)を形成し、さらに、原料利用効率を算出した。
その結果、両者共に、原料利用効率は57.2%であった。
【0074】
[比較例1〜比較例4、および、比較例5]
発熱体20への通電量を80Aとして、発熱体20の温度を218.7℃とした以外(比較例1); 発熱体20への通電量を150Aとして、発熱体20の温度を323.4℃とした以外(比較例2); 発熱体20への通電量を215Aとして、発熱体20の温度を359.4℃とした以外(比較例3); および、発熱体20への通電量を230Aとして、発熱体20の温度を409.2℃とした以外(比較例4); ならびに、発熱体20への通電量を450Aとして、発熱体20の温度を734.8℃とした以外(比較例5); は、前記実施例1と全く同様にして、基板Sに蛍光体層(臭化セシウム層)を形成し、さらに、原料利用効率を算出した。
その結果、原料利用効率は、比較例1は26.4%、比較例2は24.9%、比較例3は34.3%、比較例4は49.9%、比較例5は、46.9%であった。
【0075】
[比較例6]
発熱体20を設けなかった以外は、前記実施例1と全く同様にして、基板Sに蛍光体層(臭化セシウム層)を形成し、さらに、原料利用効率を算出した。
その結果、原料利用効率は、50%であった。
【0076】
発熱体の温度と原料利用効率との関係を、下記表1および図5に示す。
【表1】

【0077】
表1および図5に示すように、従来の真空蒸着方法である比較例は、いずれも、原料利用効率がいずれも50%以下であるのに対し、ルツボ18の上に発熱体20を設け、その温度を、成膜材料(臭化セシウム)の融点(636℃)未満で、かつ、融点−200℃以上(436℃以上)とした本発明によれば、いずれも、60%近い原料利用効率を得ることができており、従来の真空蒸着方法に比して、良好な原料利用効率を得られる。
以上の結果より、本発明の効果は明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0078】
【図1】本発明の真空蒸着方法を実施する真空蒸着装置の一例の概念図である。
【図2】本発明の真空蒸着方法に利用可能な発熱体の別の例の概念図である。
【図3】本発明の真空蒸着方法を実施する真空蒸着装置の別の例の概念図で、(A)は略正面図、(B)は側面図である。
【図4】図3に示す真空蒸着装置の加熱蒸発部の概略平面図である。
【図5】本発明の実施例の結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0079】
10 真空蒸着装置
12,52真空チャンバ
14 基板保持手段
16 基板回転手段
18,86 ルツボ
20 発熱体
22 ガス導入手段
24 発熱制御手段
30 基板ホルダ
32 ホルダ装着部
34 回転軸
54 基板搬送手段
56 加熱蒸発部
62 基板保持手段
64 搬送手段
68 ガイドレール
70 係合部材
72 ネジ軸
74 ナット部
76 回転駆動源
80 基台
82 保持部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板の表面に、真空蒸着によってアルカリハライド系の蛍光体からなる蛍光体層を形成するに際し、
成膜材料の蒸発源と基板との間に発熱体を設置し、この発熱体を、下記式(1)を満たす温度t[℃]に発熱させつつ、前記真空蒸着による蛍光体層の形成を行なうことを特徴とする真空蒸着方法。
T−200≦t<T (1)
(上記式(1)において、Tは成膜材料の沸点[℃])
【請求項2】
前記発熱体が、上面から見た際に前記蒸発源からの成膜材料蒸気の排出口を挟んで対面する板状体である請求項1に記載の真空蒸着方法。
【請求項3】
前記発熱体が、上面から見た際に前記蒸発源からの成膜材料蒸気の排出口を囲む筒状体である請求項1または2に記載の真空蒸着方法。
【請求項4】
前記アルカリハライド系の蛍光体が、臭化セシウムを含む請求項1〜3のいずれかに記載の真空蒸着方法。
【請求項5】
前記アルカリハライド系の蛍光体が、さらに、ユーロピウムを含む請求項4に記載の真空蒸着方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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