説明

研磨剤

【課題】アルミニウム酸化物(サファイア)や炭化シリコンSiCなどの難加工材料のラッピングやCMPにおける加工レートを向上させる。
【解決手段】本発明は、アルミニウム酸化物又は炭化シリコンの研磨に用いられる。この研磨剤は、アルカリ溶液に、フラーレン粒子と、シリカ粒子を混合して形成される。このアルカリ溶液は水酸化カリウムKOH水溶液であり、かつ、このKOH水溶液に水酸化フラーレンのフラーレン粒子を0.01wt%〜1wt%、シリカ粒子を1〜30wt%の範囲で混合した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム酸化物又は炭化シリコンの研磨に用いられる研磨剤に関する。本発明は、照明業界、半導体、そしてディスプレイにおける製造技術で適用可能である。特に、基板研磨技術においての研磨時間を低減させることにより、製造にかかるコストやエネルギー量の低減も可能となり、省エネに展開することができる。さらに、研磨剤として、レアメタル(セリア)の代替技術として適用することが期待できる。
【背景技術】
【0002】
フラーレンを用いた研磨剤が知られている。特許文献1は、フラーレンを含む精密研磨剤を開示する。水酸化フラーレン凝集体や水酸化フラーレン含浸多孔質研磨剤を純水に懸濁させた水分散型の研磨剤スラリーを用いることで、シリコンウエハなどの被研磨体の砥粒除去並びに作業環境への負荷低減並びに安全性の向上と研磨面精度の向上を実現する。
【0003】
特許文献2は、フラーレン又はフラーレン化合物を溶媒に分散させた研磨剤を開示する。この研磨剤は、フラーレンを溶かした有機溶媒とアルコールとからなり、また、この研磨剤は、更に、砥粒を含んでいる。
【0004】
特許文献3は、水と、フラーレンまたはフラーレン誘導体とを含有する半導体または金属の研磨に用いられる研磨スラリーを開示する。このフラーレンまたはフラーレン誘導体は、水に溶解している。
【0005】
しかし、上述した従来の研磨剤(研磨スラリー)は、サファイアやSiC材料等の難加工材料の研磨に適していない。酸化アルミニウムAl2O3は絶縁性、耐薬品性、耐熱性、耐摩耗性に優れており、特に、酸化アルミニウムAl2O3の変種であるサファイア基板は青色高輝度発光素子LEDなどに幅広く使用されている。青色高輝度発光素子LEDは単結晶基板上に半導体単結晶を成長させるエピタキシャル結晶成長法により作製されるが、その際に基板となるサファイアウェハには平坦性が求められ、仕上げ加工にCMP(Chemical Mechanical Polishing)技術が広く用いられている。CMPとは、化学作用と機械作用の複合効果による研磨技術である。CMPの材料除去現象の一要因であるスラリー中の微粒子は、加工対象、使用目的に応じて様々な微粒子が用いられる。また粒子径、分散性、一様性、流動性などのスラリー特性が重要となる。化合物半導体のように比較的軟らかい材質を研磨する場合とは異なり、サファイアのように非常に硬い材質を研磨する場合、それに適合したスラリーを選定しなければならない。表面平坦度の高い表面仕上げには粒子の大きさが均一なコロイダルシリカの研磨微粒子が用いられている。現在使用される微粒子の粒子径は数十nmから数百nmと様々であるが、CMP加工技術には、高い平坦性を維持するためにより微小かつ均一な微粒子が要求される。またAl2O3にCMP技術を用いる際、研磨表面の平坦度はRa 0.2 nm、研磨速度は5 μm/hour 以上の研磨性能が求められている。サファイア基板の研磨を維持させるためには、ポリシングパッドの表面形状の管理、研磨時の圧力や研磨定盤の回転数、スラリーの流量などを管理しなければならず、Al2O3は非常に硬いため長時間の研磨が必要となる(特許文献4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005−146036
【特許文献2】特開2005−223278
【特許文献3】国際公開WO2007/020939
【特許文献4】特開2009−28814
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Keisuke Suzuki et. al, Study on Sapphire Chemical Mechanical Polishing using Mixed Abrasive Slurry with Fullerenol, Advanced Metallization Conference 2010 20th Asian Session (ADMETA 2010),P-35, Japan (2010.10)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
LED素子やハイパワーデバイスの用途に使用されているアルミニウム酸化物(サファイア)や炭化シリコンSiC材料の基板を製造する際、難加工材料であることからラッピング、化学的機械的研磨(CMP)において、加工時間が100時間とかなりかかってしまう(半導体工程で適用されているCMPでは、加工時間は約5分程度)。したがって、これらの難加工材料の基板を製造するうえで多くの消耗部材(研磨剤など)や電力がかかり、コストや環境負荷が増大してしまう。そのため、これらの基板材料を高効率に加工する技術が強く求められている。なお、化学的機械的研磨(CMP)が、高精度研磨であるポリシングの一種であるのに対して、ラッピングは、精度は低いが研磨レートが高い粗加工の研磨法として知られている。通常、サファイア基板の作成プロセスでは、ラッピングにより数百μm程度削り、目的の厚さに近づいた段階で、CMPを行い、表面粗さの少ない面を形成する。表面粗さとしては、ラッピングではサブμmレベルに対して、CMPでは1nm程度まで向上する。
【0009】
本発明は、アルミニウム酸化物(サファイア)や炭化シリコンSiCなどの難加工材料のラッピングやCMPにおける加工レートを向上させることで、基板製造プロセスにおけるラッピング、CMP工程の時間を短縮させることを目的としている。このことにより、消耗部材使用量や電力消費量を低減させ、環境負荷を低減することができる。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明のアルミニウム酸化物又は炭化シリコンの研磨に用いられる研磨剤は、アルカリ溶液に、フラーレン粒子と、シリカ粒子を混合して形成される。このアルカリ溶液は、例えば水酸化カリウムKOH水溶液であり、このKOH水溶液に水酸化フラーレンのフラーレン粒子を0.01wt%〜1wt%、シリカ粒子を1〜30wt%の範囲で混合する。研磨工程をしたあとの研磨剤に対して、フラーレン粒子を分離し、この分離したフラーレン粒子を混合して、再度使用することができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、SiCやサファイアの加工効率を向上させることにより、加工時間やコストを低減させることができる。水酸化フラーレンは化学反応性に富み、粒子直径が約1nmと非常に小さく、また一様に分散していることから物理的に研磨粒子として適した材料である。本発明は、水酸化フラーレンを研磨粒子としてスラリーに混合した新たなAl2O3-CMP加工技術により、難加工材料の加工時間を短縮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】Al2O3ウェハの研磨後の表面粗さ(Ra)を示すグラフである。
【図2】SiO2+C60(OH)nスラリーによる研磨前後の断面プロファイルを示す図である。
【図3】C60(OH)nの濃度を変化させた場合のAl2O3ウェハの表面粗さRaを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の研磨剤に添加するフラーレン誘導体のフラーレン分子はサッカーボール構造を有しているため、球形に限りなく近い。さらに、硬度もダイヤモンドとほぼ同等であることからサファイアやSiCと接触した際、機械的除去作用が生じる。さらに、フラーレン粒子は反応性が高いことから、材料除去するのに機械的除去作用と同時に化学的除去作用が発生する。しかし、フラーレン粒子を水酸化カリウムKOH水溶液に混合させたのみでは、難加工材料の研磨には適していないことが分かった(表1に記載の比較例(4)参照)。
【0014】
サファイア基板のラッピング工程において、ダイヤモンドスラリー(粒子径0.5μm)にフラーレンを添加した場合、研磨レートが20%程度向上することは、本発明者らが先に発表した(非特許文献1参照、また、表1に記載の比較例(1)参照)。ダイヤモンドは硬度が高いために、難加工材料であるサファイアを加工できたものと推測できたが、ダイヤモンドに代えて、ダイヤモンドよりも硬度の低いシリカ微粒子を用いることで効果が得られる点は意外な結果であった。
【0015】
本発明は、フラーレン粒子をコロイダルシリカ研磨剤に混合させることにより、難加工材料の加工効率を向上させる。具体的には、コロイダルシリカ(SiO2またはその水和物のコロイドで、通常、粒子径が10〜300nmで一定の構造を持たないもの)に水酸化フラーレンを0.01wt%〜1wt%程度添加した際、加工効率は30%以上向上した。ここでは、フラーレンを10回以上、研磨剤としてリサイクルしても、水酸化フラーレンに変化はなかった。後述するように、研磨実験の結果によれば、加工効率はこれまでの研磨剤と比較して30%程度向上している。さらに赤外分光による解析結果から、加工前後で水酸化フラーレンの構造が変化していない。このことから、フラーレンは再度使用することが可能となる。実際に使用する際、フラーレンを加工した後のスラリーから遠心分離機で分離し、フラーレンのみを採取し、再度、研磨剤に添加することが可能になる。
【0016】
アルミナ材料についても、サファイア基板と同様な効果検証を行った。その結果、アルミナ材料でも加工効率の向上がみられた。
【実施例1】
【0017】
(水酸化フラーレン混合スラリーによる加工実験)
【0018】
【表1】

【0019】
実験条件を表1に示す。研磨装置にはドクターラップ(マルトー社製ML-180)を用いた。キャリアにサファイアウェハを取り付け、重りによって荷重を加え、キャリアを受動回転させることで研磨を行う。スラリーには、KOH 水溶液に、SiO2(fumed silica (アモルファス状の粒子) AEROSIL 130)とC60(OH)n(フロンティアカーボン社製 nanom spectra p100)を混合したものを使用した。以下の実験は、C60(OH)nを0.01wt%、0.05wt%、0.1wt%混合した3種類のスラリー(水酸基の数は6〜12)について測定したが、水酸基の数をより多くした場合,飽和濃度が上昇するため1wt%までC60(OH)nを混合することが可能である。KOH水溶液は、アルカリ領域で溶解度が高くなるために望ましいが、アルカリ溶液でかつ,水酸化フラーレンを溶解できるものであれば、KOH 水溶液に限らず、例えば、NaOHを用いることができる。なお、水酸基は6個から44個まで変化できることが知られており、本発明は、そのいずれの水酸基の水酸化フラーレンも使用可能である。
【0020】
また、比較例スラリーとして、KOH 水溶液に、比較例(1):DiamondとC60(OH)nを混合したもの、KOH 水溶液に、比較例(2):Diamond、比較例(3):SiO2、比較例(4):C60(OH)n、をそれぞれ単独で混合したスラリーを用いた。
【0021】
被加工面の評価は、共焦点レーザ顕微鏡(KEYENCE社製 VK-9710)を用いてAl2O3の研磨前後の表面形状を測定し、研磨前後での表面粗さの改善を評価した。Al2O3-CMPを行い、研磨前後の表面粗さRaの測定結果を表2に示す。図1は、Al2O3ウェハの研磨後の表面粗さ(Ra)を示すグラフである。
【0022】
【表2】

【0023】
図1及び表2より、Al2O3の研磨において、スラリーにはDiamondを用いた場合よりも、SiO2を用いた方が表面粗さは改善された。また、C60(OH)nを混合していないスラリーと比較してC60(OH)nを混合したスラリーの方が表面粗さは改善され、SiO2+C60(OH)nスラリーを用いたものがRaは最も改善された。Raが最も改善されたSiO2+C60(OH)nスラリーによる研磨前後の断面プロファイルを図2に示す。
【0024】
図2は、図の上と下にそれぞれ、SiO2+C60(OH)nスラリーを用いた研磨前後の表面粗さを示している。図2の横軸は計測針の進行距離を表し、縦軸は計測針先端の鉛直方向成分の高さを表している。従って、図2は、サファイア基板の表面プロファイルを表している。図2よりAl2O3表面の凸部が研磨され、表面粗さが改善されて平坦になっていることが確認でき、高い平坦度が得られた。
【0025】
以上より、SiO2とDiamondのモース硬度はそれぞれ6.5と15であり、SiO2の方がモース硬度が低いため、CMPにおいて表面粗さの改善には機械的作用によるものよりも化学的作用が大きく影響しており、さらにはC60(OH)nを混合することにより、C60(OH)nが化学的作用を活性化していると考えられる。
【実施例2】
【0026】
(水酸化フラーレンの濃度による加工特性)
研磨装置にはドクターラップ(マルトー社製ML-160A)を用いた。キャリアにサファイアウェハを取り付け、重りによって荷重を加え、キャリアを強制回転させることで研磨を行う。スラリーには、一般に仕上げ研磨加工に用いられるSiO2スラリー(Colloidal silica)に C60(OH)nを0.01wt%、0.05wt%、0.1wt% 混合した3種類のスラリーを使用する。その他の実験条件や測定方法は実施例1と同じである。
【0027】
SiO2スラリーに C60(OH)nを0.01wt%、0.05wt%、0.1wt%混合した3種類のスラリーを用いて、Al2O3-CMPを行い、研磨前後の表面粗さRaの測定結果を表3に示す。図3は、C60(OH)nの濃度を変化させた場合のAl2O3ウェハの表面粗さRaを示すグラフである。
【0028】
【表3】

【0029】
図3及び表3よりAl2O3において、C60(OH)nを0.1wt%混合したスラリーが表面粗さRaが1.71[μm]から0.33[μm]と最も改善されており、C60(OH)nの濃度を増大させることで表面粗さRaがより改善された。
【0030】
サファイア表面でのC60(OH)nの濃度を増大させることによって、化学的作用が活性化され、表面粗さRaがより改善された。表面粗さRaは、濃度の増大とともに改善されるが、飽和濃度領域を超えたところで析出がおきるため改善効果は減少する。上述したように、水酸基の数を多くした場合,飽和濃度が上昇するため1wt%までC60(OH)nを混合することができる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム酸化物又は炭化シリコンの研磨に用いられる研磨剤であって、アルカリ溶液に、フラーレン粒子と、シリカ粒子を混合した研磨剤。
【請求項2】
前記アルカリ溶液は水酸化カリウムKOH水溶液であり、かつ、このKOH水溶液に水酸化フラーレンのフラーレン粒子を0.01wt%〜1wt%、シリカ粒子を1〜30wt%の範囲で混合した請求項1に記載の研磨剤。
【請求項3】
研磨工程をしたあとの研磨剤に対して、フラーレン粒子を分離し、この分離したフラーレン粒子を混合した請求項1に記載の研磨剤。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−248594(P2012−248594A)
【公開日】平成24年12月13日(2012.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−117617(P2011−117617)
【出願日】平成23年5月26日(2011.5.26)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2011年3月17日に九州大学工学部で開催された、日本機械学会九州支部主催の、第64期総会講演会において、文書をもって発表した。
【出願人】(504174135)国立大学法人九州工業大学 (489)
【Fターム(参考)】