説明

研磨装置用ワークピース保持リング

【課題】 ポリアリーレンスルフィド樹脂を用いて、靭性及び耐磨耗性に優れた研磨装置用ワークピース保持リングを提供すること。
【解決手段】 温度310℃、剪断速度1200/秒で測定したときの溶融粘度が200〜1000Pa・Sであるポリアリーレンスルフィド樹脂から形成された研磨装置用ワークピース保持リングであって、破壊靭性値K1cが2.3〜4.5MPa・m1/2で、かつ、結晶化度が20〜35%であることを特徴とする研磨装置用ワークピース保持リング。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリコンウエハなどのワークピースを研磨するための研磨装置において、ワークピースを保持するために用いられるワークピース保持リングに関し、さらに詳しくは、ポリアリーレンスルフィド樹脂から形成され、靭性及び耐摩耗性に優れ、ワークピースを傷つけることがない研磨装置用ワークピース保持リングに関する。
【背景技術】
【0002】
シリコンウエハ製造工程の最終段階において、シリコンウエハ(以下、単に「ウエハ」と呼ぶことがある)は、要求仕様に応じて、表面のみを鏡面研磨する片面研磨、あるいは表裏両面を研磨する両面研磨により、平坦化・平滑化される。ウエハの表面を研磨することにより、平坦・平滑にするだけではなく、研磨加工に伴い加工歪が生じないように加工する必要がある。研磨と同時に加工歪を除去するために、物理的な研磨と同時に化学的なエッチングを進行させる化学的機械研磨方式が一般に採用されている。具体的には、シリカ系微粉末をアルカリ溶液に懸濁した研磨スラリーを用い、研磨布を貼った定盤とウエハとを擦り合わせて研磨する。
【0003】
研磨方式としては、両面研磨装置を用いてシリコンウエハの両面を同時に研磨する方式と、ウエハを1回の加工で1枚ずつ加工する枚葉研磨装置や複数のウエハを1度に加工するバッチ式研磨装置などの片面研磨装置を用いて、表面及び裏面をそれぞれ研磨する方式がある。両面研磨装置は、ウエハの大口径化に伴って巨大なものとなり、ウエハを高精度に加工することや、温度変化による変形の制御などが困難になるなどの問題がある。片面研磨装置は、一般に、研磨布を貼った定盤に対し、ウエハを直接または間接的に固定した研磨ヘッドを押しつけ、相互に運動させることによりウエハの研磨布に接触している側の面を研磨する。化学的機械研磨方式では、ウエハと研磨布との接触面に研磨スラリーを供給しながら研磨する。
【0004】
従来、シリコンウエハなどのワークピースを研磨するための研磨装置としては、例えば、以下に述べるようなものがある。図1は、従来のウエハ研磨装置の一例を示す断面図である。研磨ヘッド1の中央の試料載置部4には、同心円状または放射状に溝3が形成されており、該溝3中に形成された排気用貫通孔2は、真空経路を介して真空ポンプに通じている。ワークピースWを試料載置部4上に載置し、排気用貫通孔2を介して溝3を真空に引くことによって、ワークピースを研磨ヘッド1の試料載置部4上に固定する。
【0005】
ワークピースの周囲には、ワークピース保持リングR(「リテーナ」または「リテーナリング」ともいう)が配置されている。保持リングは、研磨の際にワークピース周縁部の面ダレ(周縁部分が薄くなること)を防止する役割を果すものであり、ワークピース面とほぼ同じ高さになる程度の厚さに調整されている。研磨材を含有するスラリーをワークピース上面に注ぎながら、研磨パッド5を回転させることにより、ワークピースの研磨を行う。保持リングがあるため、研磨パッド5は、安定した面で回転し、それによって、ワークピースの研磨精度が向上する。図2は、研磨パッド5が除かれた平面図である。
【0006】
図3は、研磨ヘッドとして空気加圧式キャリアを用いた研磨装置の一例を示す断面図である。キャリア30の下面に凹部31が形成されており、この凹部が可撓性シート32で覆われて、圧力室34が形成されている。圧力室と連通する空気供給路33がキャリア30の中央部に設けられている。ウエハWを保持するための保持リングRが接着剤でキャリア30の外周部に取り付けられている。ウエハWを保持リングRの内側に収納し、このウエハWを定盤36の研磨パッド35上に接触させた状態で、定盤36、キャリア30、またはこれら両者を回転させてウエハを研磨する。このとき、空気供給路33から圧力室34に空気を供給して、ウエハWの裏面を加圧し、ウエハWの表面を研磨パッド35に押しつける。研磨中、ウエハと研磨パッドとの接触面にスラリーを供給することができる。図4に、保持リングの斜視図を示す。
【0007】
図5は、研磨ヘッドとして他の型式のキャリアを用いた研磨装置の一例を示す断面図である。キャリア50は、ハウジング51の下面にプレッシャプレート52が取り付けられ、ウエハWを保持するための保持リングがハウジング51の周辺部に固定された構造を有している。ウエハWを保持リングRで保持した状態で、ウエハWを押圧しながらキャリア50を回転させ、定盤54の研磨パッド53で研磨する。研磨中、ウエハと研磨パッドとの接触面にスラリーを供給することができる。
【0008】
このように、シリコンウエハなどのワークピース(通常、平板状である)を研磨するための研磨装置において、ワークピースを保持するための保持リングが用いられている。従来、ワークピース保持リングは、エポキシガラス等の軟質材料により形成されていたが、短時間の研磨作業で磨耗してしまい、耐久性に劣るものであった。
【0009】
そこで、特開平8−187657号公報(特許文献1)には、図1に示す構造の研磨装置において、セラミックス製のリテーナ(保持リング)を使用することが提案されている。セラミックス製リテーナは、耐磨耗性に優れているので、保持リングの耐久性が向上する。しかし、セラミックス製リテーナは、硬度が高いため、研磨中にウエハと衝突して、ウエハを傷つけるという欠点がある。
【0010】
特開2000−084836号公報(特許文献2)には、図3に示す構造の研磨装置において、可撓性シート32の下面に可撓性のマージンブロックを等厚に突設すると共に、リテーナリング(保持リング)をエポキシガラス、ポリ塩化ビニル、ポリアセタール、ポリイミド、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエチレンテレフタレート、ポリエーテルサルホン、ポリサルホン、ポリフェニレンオキシド、ポリアリレート、または高密度ポリエチレンで形成することが提案されている。
【0011】
特開2000−052241号公報(特許文献3)には、図5で示される構造の研磨装置において、ワークピース保持リングとして、その内周部分が軟質性素材で形成され、定盤の研磨パッドとの接触部分がセラミックス等の耐摩耗性素材で形成された複合型リングを使用することが提案されている。該公報には、ウエハなどのワークピースと接触する保持リングの内周部分を形成する軟質性素材として、エポキシグラス、ポリフェニレンサルファイド、ポリエチレンテレフタレート、ウレタン、ジュラコン、ポリエーテルエーテルケトン、ナイロン、ポリイミド、メラミン、またはフェノールを用いることが記載されている。
【0012】
このような軟質性素材を用いて形成した保持リングを使用すると、衝突によるシリコンウエハなどのワークピースの損傷が抑制される。しかし、これらの軟質性素材のなかで、エポキシガラス、ポリエチレンテレフタレート、ウレタン、ナイロンなどを用いて形成した保持リングは、耐磨耗性が不充分であるため、短時間の研磨作業で磨耗してしまい、耐久性に問題がある。ポリエーテルエーテルケトン、ポリイミドなどを用いて形成した保持リングは、耐磨耗性が良好であるものの、材料が高価であり、経済性に問題がある。
【0013】
ポリフェニレンサルファイド(以下、「ポリフェニレンスルフィド樹脂」という)は、耐磨耗性が良好であり、経済性の面でも比較的安価な素材であるものの、ワークピース保持リングを製作する際、あるいは研磨中におけるウエハとの接触により、割れが発生しやすいという問題があった。また、ポリフェニレンスルフィド樹脂製の保持リングは、耐磨耗性が良好ではあるものの、ウエハの研磨枚数が比較的少ない段階で摩耗してしまうため、更なる改良が求められていた。一方、軟質性素材からなるリングとセラミックスリングなどとを組み合わせた複合型リングは、構造や製造工程が複雑で、しかも高価である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開平8−187657号公報
【特許文献2】特開2000−084836号公報
【特許文献3】特開2000−052241号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明の目的は、ポリアリーレンスルフィド樹脂を用いて、靭性及び耐磨耗性に優れた研磨装置用ワークピース保持リングを提供することにある。
【0016】
本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意研究した結果、ポリフェニレンスルフィド樹脂を用いて、特定の破壊靭性値と結晶化度とを有するリングを作製したところ、研磨装置用ワークピース保持リングとして優れた性能を発揮することを見出した。本発明のワークピース保持リングは、靭性や耐磨耗性などの性能と価格の両面で優れており、衝突によるウエハの損傷を防ぐこともできる。本発明は、これらの知見に基づいて完成するに至ったものである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明によれば、温度310℃、剪断速度1200/秒で測定したときの溶融粘度が200〜1000Pa・Sであるポリアリーレンスルフィド樹脂から形成された研磨装置用ワークピース保持リングであって、
(1)破壊靭性値K1Cが2.3〜4.5MPa・m1/2で、かつ、
(2)結晶化度が20〜35%である
ことを特徴とする研磨装置用ワークピース保持リングが提供される。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、ポリアリーレンスルフィド樹脂を用いて、靭性及び耐磨耗性に優れた研磨装置用ワークピース保持リングが提供される。本発明のワークピース用保持リングは、シリコンウエハの研磨工程等で好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】図1は、ウエハ研磨装置の一例を示す断面図である。
【図2】図2は、図1における保持リングとウエハの正面図である。
【図3】図3は、ウエハ研磨装置の他の一例を示す断面図である。
【図4】図4は、図3のウエハ研磨装置における保持リングの斜視図である。
【図5】図5は、ウエハ研磨装置の他の一例を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
〔ポリアリーレンスルフィド樹脂〕
本発明で使用するポリアリーレンスルフィド樹脂(以下、「PAS樹脂」と略記することがある)とは、式[−Ar−S−](ただし、−Ar−は、アリーレン基である。)で表されるアリーレンスルフィドの繰り返し単位を主たる構成要素とする芳香族ポリマーである。繰り返し単位[−Ar−S−]を1モル(基本モル)と定義すると、本発明で使用するPAS樹脂は、この繰り返し単位を通常50モル%以上、好ましくは70モル%以上、より好ましくは90モル%以上含有するポリマーである。
【0021】
アリーレン基としては、例えば、p−フェニレン基、m−フェニレン基、置換フェニレン基(置換基は、好ましくは炭素数1〜6のアルキル基またはフェニル基である。)、p,p′−ジフェニレンスルホン基、p,p′−ビフェニレン基、p,p′−ジフェニレンンカルボニル基、ナフチレン基などを挙げることができる。PAS樹脂としては、主として同一のアリーレン基を有するホモポリマーを好ましく用いることができるが、加工性や耐熱性の観点から、2種以上のアリーレン基を含んだコポリマーを用いることもできる。
【0022】
これらのPAS樹脂の中でも、p−フェニレンスルフィドの繰り返し単位を主構成要素とするPPS樹脂が加工性に優れ、しかも工業的に入手が容易であることから特に好ましい。この他に、ポリアリーレンケトンスルフィド、ポリアリーレンケトンケトンスルフィドなどを使用することができる。
【0023】
コポリマーの具体例としては、p−フェニレンスルフィドの繰り返し単位とm−フェニレンスルフィドの繰り返し単位とを有するランダムまたはブロックコポリマー、フェニレンスルフィドの繰り返し単位とアリーレンケトンスルフィドの繰り返し単位とを有するランダムまたはブロックコポリマー、フェニレンスルフィドの繰り返し単位とアリーレンケトンケトンスルフィドの繰り返し単位とを有するランダムまたはブロックコポリマー、フェニレンスルフィドの繰り返し単位とアリーレンスルホンスルフィドの繰り返し単位を有するランダムまたはブロックコポリマーなどを挙げることができる。
【0024】
これらのPAS樹脂は、結晶性ポリマーであることが好ましい。PAS樹脂は、靭性や強度などの観点から、直鎖状ポリマーであることが好ましい。このようなPAS樹脂は、極性溶媒中で、アルカリ金属硫化物とジハロゲン置換芳香族化合物とを重合反応させる公知の方法(例えば、特公昭63−33775号公報)により合成することができる。
【0025】
アルカリ金属硫化物としては、例えば、硫化リチウム、硫化ナトリウム、硫化カリウム、硫化ルビジウム、硫化セシウムなどを挙げることができる。反応系中で、NaSHとNaOHとをその場で反応させることにより生成させた硫化ナトリウムも使用することができる。
【0026】
ジハロゲン置換芳香族化合物としては、例えば、p−ジクロロベンゼン、m−ジクロロベンゼン、2,5−ジクロロトルエン、p−ジブロモベンゼン、2,6−ジクロロナフタリン、1−メトキシ−2,5−ジクロロベンゼン、4,4′−ジクロロビフェニル、3,5−ジクロロ安息香酸、p,p′−ジクロロジフェニルエーテル、4,4′−ジクロロジフェニルスルホン、4,4′−ジクロロジフェニルスルホキシド、4,4′−ジクロロジフェニルケトンなどを挙げることができる。これらは、それぞれ単独で、あるいは2種以上を組み合わせて使用することができる。
【0027】
PAS樹脂に若干の分岐構造または架橋構造を導入するために、1分子当たり3個以上のハロゲン置換基を有するポリハロゲン置換芳香族化合物を少量併用することができる。ポリハロゲン置換芳香族化合物の好ましい例としては、1,2,3−トリクロロベンゼン、1,2,3−トリブロモベンゼン、1,2,4−トリクロロベンゼン、1,2,4−トリブロモベンゼン、1,3,5−トリクロロベンゼン、1,3,5−トリブロモベンゼン、1,3−ジクロロ−5−ブロモベンゼンなどのトリハロゲン置換芳香族化合物、及びこれらのアルキル置換体を挙げることができる。これらは、それぞれ単独で、あるいは2種以上を組み合わせて使用することができる。これらの中でも、経済性、反応性、物性などの観点から、1,2,4−トリクロロベンゼン、1,3,5−トリクロロベンゼン、及び1,2,3−トリクロロベンゼンがより好ましい。
【0028】
極性溶媒としては、N−メチル−2−ピロリドンなどのN−アルキルピロリドン、1,3−ジアルキル−2−イミダゾリジノン、テトラアルキル尿素、ヘキサアルキル燐酸トリアミドなどに代表されるアプロチック有機アミド溶媒が反応系の安定性が高く、高分子量のポリマーが得られやすいので好ましい。
【0029】
PAS樹脂として、重合終了後の洗浄したものを使用することができるが、さらに、塩酸、酢酸などの酸を含む水溶液、あるいは水−有機溶剤混合溶液により後処理されたものや、塩化アンモニウムなどの塩溶液で後処理を行ったものなどが好適に用いられる。これらの後処理によって、アセトン:水=1:2(容積比)に調整した水−有機溶媒混合溶液中でのPAS樹脂のpHを8以下とすることにより、流動性及び機械的特性をより向上させることができる。
【0030】
本発明で使用するPAS樹脂は、100μm以上の平均粒子径を有する粒状物であることが望ましい。粒状PAS樹脂は、重合後の精製、取り扱い性、成形加工性、他の成分の分散性などが良好である。PAS樹脂の平均粒子径が小さすぎると、押出機による溶融押出の際、フィード量が制限されるため、押出機内での滞留時間が長くなり、樹脂の劣化等の問題が生じるおそれがある。また、平均粒子径が小さなPAS樹脂は、製造効率上も望ましくない。
【0031】
使用するPAS樹脂の溶融粘度は、特に制限はないが、温度310℃、剪断速度1200/秒で測定したとき、通常10〜2000Pa・S、好ましくは150〜1200Pa・S、より好ましくは200〜1000Pa・sの溶融粘度を有することが成形性や靭性などの観点から望ましい。本発明では、使用するPAS樹脂の溶融粘度は、200〜1000Pa・sの溶融粘度を有する。PAS樹脂の溶融粘度が低すぎると、押出成形時の賦形性が不充分になり、また、押出成形品の靭性が不足して、押出成形品を保持リングの形状に切り出す際に割れが発生しやすくなる。PAS樹脂の溶融粘度が高すぎると、射出成形性及び押出成形性が不充分となりやすい。
【0032】
〔その他の成分〕
本発明で使用するPAS樹脂には、本発明の目的を損わない範囲において、フィラーや他の熱可塑性樹脂、その他の添加剤を配合することができる。
フィラーの具体例としては、アスベスト繊維、シリカ繊維、アルミナ繊維、ジルコニア繊維、窒化硼素繊維、窒化珪素繊維、硼素繊維、チタン酸カリ繊維などの無機繊維状物;ステンレス、アルミニウム、チタン、銅、真鍮等の金属からなる金属繊維状物;ポリアミド樹脂、フッ素樹脂、ポリエステル樹脂、アクリル樹脂などの高融点樹脂からなる有機繊維状物;等の繊維状フィラーが挙げられる。
【0033】
また、フィラーとして、マイカ、シリカ、タルク、クレー、アルミナ、カオリン、硫酸カルシウム、硫酸バリウム、炭酸カルシウム、炭酸ニッケル、炭酸亜鉛、炭酸マグネシウム、酸化チタン、酸化亜鉛、酸化鉄、フェライト、カーボンブラック、グラファイト、黒鉛、ガラスビーズ、石英粉末などの粒状または粉末状フィラーを挙げることができる。
【0034】
これらのフィラーは、それぞれ単独で、あるいは2種類以上を組み合わせて使用することができる。フィラーの配合割合は、特に制限されないが、PAS樹脂100重量部に対して、通常100重量部以下、多くの場合50重量部以下、さらに多くの場合30重量部以下である。
【0035】
本発明で使用するPAS樹脂には、本発明の目的を損わない範囲において、他の熱可塑性樹脂を配合することができる。他の熱可塑性樹脂としては、高温で安定な熱可塑性樹脂が好ましい。他の熱可塑性樹脂の具体例としては、例えば、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート等の熱可塑性ポリエステル樹脂、ポリアセタール、ポリスチレン、ポリアミド、ポリカーボネート、ポリフェニレンエーテル、ポリアルキルアクリレート、ABS樹脂、ポリ塩化ビニル、フッ素樹脂等を挙げることができる。
【0036】
フッ素樹脂としては、ポリテトラフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン/ヘキサフルオロプロピレン共重合体、テトラフルオロエチレン/パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、ポリクロロトリフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン、ポリフッ化ビニリデン/ヘキサフルオロプロピレン共重合体、プロピレン/テトラフルオロエチレン共重合体、フッ化ビニリデン/クロロトリフルオロエチレン共重合体、エチレン/ヘキサフルオロプロピレン共重合体等を挙げることができる。
【0037】
これらの熱可塑性樹脂は、それぞれ単独で、あるいは2種以上を組み合わせて使用することができる。他の熱可塑性樹脂の配合割合は、特に限定されないが、PAS樹脂100重量部に対して、通常100重量部以下、好ましくは50重量部以下、より好ましくは30重量部以下である。
【0038】
本発明で使用するPAS樹脂には、本発明の目的を損わない範囲において、各種添加剤を配合することができる。添加剤の具体例としては、エチレングリシジルメタクリレートなどの樹脂改良剤、ペンタエリスリトールテトラステアレートなどの滑剤、熱硬化性樹脂、酸化防止剤、紫外線吸収剤、ボロンナイトライトなどの核剤、難燃剤、染料や顔料等の着色剤等が挙げられる。
【0039】
これらの添加剤は、それぞれ単独で、あるいは2種以上を組み合わせて使用することができる。添加剤の配合割合は、それぞれの添加剤の種類と機能に応じて適宜選択することができる。これらの添加剤の使用の際には、必要に応じて、集束剤または表面処理剤を使用することができる。集束剤または表面処理剤としては、例えば、エポキシ系化合物、イソシアネート系化合物、シラン系化合物、チタネート系化合物などの官能性化合物が挙げられる。これらの化合物は、予め表面処理若しくは収束処理を施して用いるか、または材料調製の際に添加剤と同時に添加してもよい。
【0040】
〔ワークピース保持リング〕
本発明のワークピース保持リングは、一般に用いられる熱可塑性樹脂の成形加工設備と成形加工方法により作製することができる。具体的には、(1)PAS樹脂と必要に応じて他の成分とを混合し、1軸または2軸の押出機を使用して混練し、押し出して成型用ペレット化した後、射出成形あるいは押出成形する方法、(2)必要な成分を混合し、直接、射出成形あるいは押出成形する方法等が挙げられる。
【0041】
押出成形によりワークピース保持リングを作製する場合には、(1)先ず押出成形により平板を作製し、次いで、この平板を切削加工してワークピース保持リングを得る方法、(2)押出成形によりパイプ状成形体を作製し、次いで、このパイプ状成形体を輪切りにしてワークピース保持リングを得る方法等がある。射出成形によりワークピース保持リングを作製する場合には、ワークピース保持リングの形状を有する金型を用いて射出成形を行う。
【0042】
本発明の研磨装置用ワークピース保持リングの破壊靭性値K1Cは、2.2MPa・m1/2以上であり、好ましくは2.3MPa・m1/2以上である。破壊靭性値の上限は、PAS樹脂を実質的に単独で用いた場合、通常5.0MPa・m1/2、多くの場合4.5MPa・m1/2である。本発明では、2.3〜4.5MPa・m1/2である。破壊靭性値が低すぎると、ワークピース保持リングの作製時、あるいは研磨中でのウエハとの接触により、割れが発生しやすくなる。
【0043】
本発明の研磨装置用ワークピース保持リングの結晶化度は、18%以上であり、好ましくは20%以上である。結晶化度の上限は、通常40%、多くの場合35%である。本発明では、20〜35%である。ワークピース保持リングの結晶化度が低すぎると、耐磨耗性が低下する。
【0044】
PAS樹脂製研磨装置用ワークピース保持リングの破壊靭性値K1Cを2.2MPa・m1/2以上、かつ、結晶化度を18%以上とするには、(1)使用するPAS樹脂の溶融粘度を適切な範囲とすること、(2)成形方法や成形温度等の成形条件を適切に設定すること、(3)成形後に熱処理を行うこと、(4)これらを組み合わせることなどを挙げることができる。
【0045】
特にワークピース保持リングの結晶化度が低い場合には、熱処理することにより所望の結晶化度に上げることができる。成形後の熱処理は、通常100〜280℃、好ましくは120〜260℃の熱処理温度で、通常5分間から24時間、好ましくは1〜10時間の熱処理時間で行う。熱処理は、通常、オーブンなどを用いて乾熱雰囲気中で実施する。
【0046】
本発明のワークピース保持リングは、シリコンウエハなどの平板状のワークピースの研磨に際して好適に使用することができる。本発明のワークピース保持リングは、通常、それ単独で研磨装置の保持リング(リテーナまたはリテーナリング)として使用することができるが、所望により、セラミックス等の耐摩耗性素材で形成されたリングなどと複合化して使用することもできる。研磨装置としては、特に限定されず、例えば、図1、図3、図5などに示されている研磨装置を挙げることができる。本発明のワークピース保持リングの厚さや外径、内径などは、装着する研磨装置の大きさ、保持するシリコンウエハなどのワークピースの厚さや大きさなどに応じて適宜定めることができる。
【実施例】
【0047】
以下に合成例、実施例及び比較例を挙げて、本発明についてより具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例により限定されるものではない。物性の測定方法は、以下に示すとおりである。
【0048】
(1)溶融粘度
キャピログラフ(東洋精機社製)を用いて、温度310℃、剪断速度1200/秒の条件で測定した。
(2)破壊靭性値K1c
ASTM D5045に準拠して、ワークピース保持リングの破壊靭性値を求めた。
(3)結晶化度
ASTM D792に準拠して、ワークピース保持リングの密度を測定し、非晶密度1.32g/cm、結晶密度1.43g/cmとして、その結晶化度を算出した。
【0049】
[合成例1]ポリマーAの合成
重合缶にN−メチル−2−ピロリドン(NMP)800kgと、46.4重量%の硫化ナトリウム(NaS)を含む硫化ナトリウム5水塩390kgを仕込み、窒素ガスで置換後、攪拌しながら徐々に200℃まで昇温して、水147kgを留出させた。この時、留出水と共に57モルのHSが揮散した。脱水工程後、重合缶にp−ジクロロベンゼン339kgと、NMP218kg、及び水9.2kgを加え、攪拌しながら220℃で4.5時間反応させた。その後、攪拌を続けながら水70kgを圧入し、255℃に昇温して3時間反応させ、さらに、245℃で8時間反応を継続した。反応終了後、室温付近まで冷却してから、内容物を100メッシュのスクリーンに通して粒状ポリマーを篩分し、次いで、アセトン洗2回、さらに水洗5回行い、洗浄ポリマーを得た。脱水後、回収した粒状ポリマーを105℃で5時間乾燥した。このようにして得られたポリフェニレンスルフィド樹脂(ポリマーA)の溶融粘度は、480Pa・Sであった。
【0050】
[合成例2]ポリマーBの合成
重合缶にNMP720kgと、46.21重量%の硫化ナトリウムを含む硫化ナトリウム5水塩420kgとを仕込み、窒素ガスで置換後、攪拌しながら徐々に200℃まで昇温して、水160kgを留出させた。この時、留出水と共に62モルのHSが揮散した。脱水工程後、重合缶にp−ジクロロベンゼン364kgと、NMP250kgとを加え、攪拌しながら220℃で4.5時間反応させた。その後、攪拌を続けながら水59kgを圧入し、255℃に昇温して5時間反応させた。反応終了後、室温付近まで冷却してから、内容物を100メッシュのスクリーンに通して粒状ポリマーを篩分し、次いで、アセトン洗2回、さらに水洗4回を行い、洗浄ポリマーを得た。脱水後、回収した粒状ポリマーを105℃で5時間乾燥した。このようにして得られたポリフェニレンスルフィド樹脂(ポリマーB)の溶融粘度は、210Pa・Sであった。
【0051】
[合成例3]ポリマーCの合成
重合缶にNMP800kgと、46.06重量%の硫化ナトリウムを含む硫化ナトリウム373kgとを仕込み、窒素ガスで置換後、攪拌しながら徐々に200℃まで昇温して、水141kgを留出させた。このとき、留出水と共に62モルのHSが揮散した。脱水工程後、重合缶にp−ジクロロベンゼン324.7kg、1,2,4−トリクロロベンゼン0.798kg、及びNMP274kgの混合溶液を加え、220℃で5時間重合反応させた。その後、攪拌を続けながら水96.6kgを圧入し、255℃で5時間反応を行った。さらに、245℃に降温して5時間重合を継続した。反応終了後、室温付近まで冷却してから、内容物を100メッシュのスクリーンに通して粒状ポリマーを篩分し、次いで、アセトン洗2回、さらに水洗4回を行って、洗浄ポリマーを得た。脱水後、回収した粒状ポリマーは、105℃で5時間乾燥した。このようにして得られたポリフェニレンスルフィド樹脂(ポリマーC)の溶融粘度は、580Pa・Sであった。
【0052】
[合成例4]ポリマーDの合成
重合缶にNMP720kgと、46.21重量%の硫化ナトリウムを含む硫化ナトリウム5水塩420kgとを仕込み、窒素ガスで置換後、攪拌しながら徐々に200℃まで昇温して水158kgを留出させた。この時、留出水と共に62モルのHSが揮散した。脱水工程後、重合缶にp−ジクロロベンゼン365kgとNMP189kgとを加え、攪拌しながら220℃で4.5時間重合反応させた。その後、攪拌を続けながら水49kgを圧入し、255℃に昇温して5時間反応させた。反応終了後、室温付近まで冷却してから、内容物を100メッシュのスクリーンに通して粒状ポリマーを篩分し、次いで、アセトン洗2回、さらに水洗4回を行い、洗浄ポリマーを得た。脱水後、回収した粒状ポリマーを105℃で3時間乾燥した。このようにして得られたポリフェニレンスルフィド樹脂(ポリマーD)の溶融粘度は、150Pa・Sであった。
【0053】
[実施例1]
合成例1で得られたポリマーAを平板成形用ダイを備えた単軸押出機へ供給し、シリンダー温度290℃で押し出し、厚み20mmの平板を作製した。この平板から、内径200mm、外径230mm、厚み20mmのワークピース保持リングを切り出した。このワークピース保持リングをウエハ研磨装置(図5に示すタイプの研磨装置)にセットし、ワークピース保持リングの厚みが3mm磨耗するまでのウエハの処理枚数で耐磨耗性を評価した。結果を表1に示す。
【0054】
[実施例2及び3]
ポリマーAに代えて合成例2及び3で得られたポリマーB及びCをそれぞれ用いたこと以外は、実施例1と同様にして、押出成形により平板を作製し、次いで、切削加工によりワークピース保持リングを作製した。得られた各ワークピース保持リングを用いて、実施例1と同様に評価した。結果を表1に示す。
【0055】
[比較例1]
合成例4で得られたポリマーDを用いたこと以外は、実施例1と同様にして押出成形により平板を作製した。この平板を用いて切削加工によりワークピース保持リングを作成しようとしたところ、平板が割れてしまった。割れの発生は、この平板の靭性が不足しているためと推定される。
【0056】
【表1】

【0057】
[実施例4]
合成例1で得られたポリマーAを45mmφ二軸混練押出機(池貝鉄鋼社製PCM−45)に供給し、シリンダー温度300℃〜330℃にて混練し、溶融押出してペレットを作製した。得られたペレットを用いて、金型温度150℃で射出成形を行い、内径200mm、外径230mm、厚み20mmのワークピース保持リングを成形した。射出成形により得られたワークピース保持リングを200で3時間熱処理した。このワークピース保持リングをウエハ研磨装置(図5に示すタイプの研磨装置)にセットし、ワークピース保持リングの厚みが3mm磨耗するまでのウエハの処理枚数で耐磨耗性を評価した。結果を表2に示す。
【0058】
[実施例5]
ポリマーAに代えて合成例2で得られたポリマーBを用い、かつ、射出成形後の熱処理を行わなかったこと以外は、実施例4と同様にしてワークピース保持リングを作製し、同様に評価した。結果を表2に示す。
【0059】
[実施例6]
ポリマーAに代えて合成例3で得られたポリマーCを用いたこと以外は、実施例4と同様にして射出成形によりワークピース保持リングを作製し、同様に評価した。結果を表2に示す。
【0060】
[比較例2]
ポリマーAに代えて合成例4で得られたポリマーDを用い、かつ、射出成形後の熱処理を行わなかったこと以外は、実施例4と同様にしてワークピース保持リングを作製した。しかし、射出成形時にワークピース保持リングは、割れてしまった。結果を表2に示す。
【0061】
[比較例3]
射出成形後の熱処理を行わなかったこと以外は、実施例1と同様にしてワークピース保持リングを作成し、同様に評価した。結果を表2に示す。
【0062】
[比較例4]
射出成形後の熱処理を行わなかったこと以外は、実施例6と同様にしてワークピース保持リングを作成し、同様に評価した。結果を表2に示す。
【0063】
【表2】

【0064】
<考察>
実施例1〜6に示したとおり、破壊靭性値と結晶化度が特定の値以上であるワークピース保持リングは、ワークピース保持リングの作成時、及び研磨中におけるウエハとの接触により、割れが発生することがなく、かつ、ウエハ処理枚数が多いことから優れた磨耗特性を有することが明らかである。
【0065】
これに対して、比較例1では、ポリマーの靭性が足りないため、押出成形した平板から切削加工によりワークピース保持リングを製作する際、平板が割れてしまい、満足な保持リングを得ることができなかった。比較例2では、ポリマーの靭性が足りないため、ワークピース保持リングを射出成形する際、成形物が割れてしまい、満足な保持リングを得ることができなかった。
【0066】
比較例3及び4では、ワークピース保持リングの結晶化度が低いため、耐磨耗性に劣り、ウエハ処理枚数が少なかった。これに対して、同じポリマーA及びポリマーCをそれぞれ用いた場合であっても、射出成形物を熱処理して結晶化度を高めた実施例4及び6のワークピース保持リングは、優れた耐磨耗性を示している。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明によれば、ポリアリーレンスルフィド樹脂を用いて、靭性及び耐磨耗性に優れた研磨装置用ワークピース保持リングが提供される。本発明のワークピース用保持リングは、シリコンウエハの研磨工程等で好適に用いることができる。
【符号の説明】
【0068】
W…ワークピース、 R…ワークピース保持リング、
1…研磨ヘッド、 2…排気用貫通孔、 3…溝、 4…試料載置部、
5…研磨パッド、 30…キャリア、 31…凹部、 32…可撓性シート、 33…空気供給路、 34…圧力室、 35…研磨パッド、 36…定盤、
50…キャリア、 51…ハウジング、 52…プレッシャプレート、
53…研磨パッド、 54…定盤

【特許請求の範囲】
【請求項1】
温度310℃、剪断速度1200/秒で測定したときの溶融粘度が200〜1000Pa・Sであるポリアリーレンスルフィド樹脂から形成された研磨装置用ワークピース保持リングであって、
(1)破壊靭性値K1Cが2.3〜4.5MPa・m1/2で、かつ、
(2)結晶化度が20〜35%である
ことを特徴とする研磨装置用ワークピース保持リング。
【請求項2】
ポリアリーレンスルフィド樹脂の押出成形により形成されたものである請求項1記載の研磨装置用ワークピース保持リング。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−110892(P2010−110892A)
【公開日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−10620(P2010−10620)
【出願日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【分割の表示】特願2000−402917(P2000−402917)の分割
【原出願日】平成12年12月28日(2000.12.28)
【出願人】(000001100)株式会社クレハ (477)
【Fターム(参考)】