説明

硬質被膜および硬質被膜被覆工具

【課題】耐熱性、耐摩耗性、および耐溶着性に優れているとともに、高い付着強度が得られる高寿命の硬質被膜を提供する。
【解決手段】ドリル10のボディ16に設けられた硬質被膜24は、工具基材22の表面に化合物層26が設けられるとともに、窒素含有量が3〜40at%のCN層28が外表面を構成するように最上層に設けられ、且つ、それ等の中間的な組成の化合物/CN傾斜層27がその化合物層26とCN層28との間に設けられており、全体の膜厚Dが0.05〜20μmの範囲内とされているため、CN層28により優れた耐熱性、耐摩耗性、耐溶着性が得られる一方、化合物層26により高い付着強度が得られて剥離等が抑制され、優れたに耐久性が得られる。しかも、化合物/CN傾斜層27が介在させられているため、CN層28が高い付着強度で化合物層26に付着され、硬質被膜24全体の付着強度が高くなって耐剥離性が一層向上する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は硬質被膜に係り、特に、耐熱性、耐摩耗性、および耐溶着性に優れているとともに高い付着強度が得られ、工具や耐摩耗性部品等に好適に用いられる硬質被膜に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ドリルやエンドミル、フライス、バイト等の切削工具、盛上げタップ、転造工具、プレス金型等の非切削工具などの種々の加工工具、或いは耐摩耗性が要求される摩擦部品など、種々の部材において、基材の表面に硬質被膜をコーティングすることにより、耐摩耗性や耐久性を向上させることが提案されている。特許文献1には、硬質被膜としてDLC(Diamond Like Carbon ;ダイヤモンド状カーボン)が設けられた工具が記載されている。DLCは緻密なアモルファス構造で、結晶学的にはダイヤモンドと異なるが、TiAlN、CrN等の化合物被膜に比較して高い硬度を有する。また、特許文献2および3には、硬質被膜として窒化炭素を用いることや、その窒化炭素膜の製造方法について記載されている。窒化炭素は、摩擦係数が小さいとともに面が平滑で硬度も高く、優れた耐摩耗性や耐溶着性、耐熱性が得られる。
【特許文献1】特開2005−22073号公報
【特許文献2】特開2002−38269号公報
【特許文献3】特開2006−69856号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、上記DLCは、耐熱性および耐摩耗性の点で必ずしも十分に満足できるものではないとともに、C(炭素)の未結合手が被削材と結合して溶着を生じ易く、特に鉄系材料に対して不向きであった。Cの未結合手にH(水素)を添加することで、被削材との結合を防ぐことが提案されているが、靱性の低下等の別の問題が発生する。一方、窒化炭素は、上記DLCの問題点であるCの未接合手にN(窒素)を結合した構造で、優れた耐溶着性が得られるが、DLCに比較して付着強度が弱くて剥離し易く、切削工具等においては必ずしも十分な耐久性が得られないという問題があった。
【0004】
本発明は以上の事情を背景として為されたもので、その目的とするところは、耐熱性、耐摩耗性、および耐溶着性に優れているとともに、高い付着強度が得られ、切削工具等においても優れた耐久性が得られる高寿命の硬質被膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
かかる目的を達成するために、第1発明は、所定の基材の表面に設けられる硬質被膜であって、(a) 元素の周期表の IIIb族、IVa族、Va族、VIa族の金属およびSiの何れかの炭化物、窒化物、炭窒化物、或いはこれらの相互固溶体にて構成されており、前記基材の表面に設けられる化合物層と、(b) 窒素含有量が3〜40at%(原子%)の範囲内の窒化炭素にて構成されているとともに、外表面を構成するように最上層に設けられる窒化炭素層と、(c) その窒化炭素層および前記化合物層が混ざり合った中間的な組成で、その化合物層とその窒化炭素層との間にそれ等に接するように設けられた中間層と、を有し、且つ、(d) 全体の平均膜厚Dが0.05〜20μmの範囲内であることを特徴とする。
【0006】
第2発明は、第1発明の硬質被膜において、前記中間層は、前記化合物層から前記窒化炭素層に向かうに従って、その化合物層に近い組成から窒化炭素層に近い組成となるように混合割合が連続的または段階的に変化させられていることを特徴とする。
【0007】
第3発明は、第1発明または第2発明の硬質被膜において、前記窒化炭素層のナノインデンテーション硬さは15〜55GPaの範囲内であることを特徴とする。
【0008】
第4発明は、第1発明〜第3発明の何れかの硬質被膜において、前記窒化炭素層は、単結合および2重結合の窒化炭素を共に含んでいることを特徴とする。
【0009】
第5発明は、第1発明〜第4発明の何れかの硬質被膜において、前記窒化炭素層の厚さは0.005〜3μmの範囲内であることを特徴とする。
【0010】
第6発明は、基材の表面に硬質被膜が設けられている硬質被膜被覆工具であって、その硬質被膜は、第1発明〜第5発明の何れかの硬質被膜であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
第1発明の硬質被膜においては、元素の周期表の IIIb族、IVa族、Va族、VIa族の金属およびSiの何れかの炭化物、窒化物、炭窒化物、或いはこれらの相互固溶体から成る化合物層が基材の表面に設けられるとともに、窒素含有量が3〜40at%の窒化炭素層が外表面を構成するように最上層に設けられ、且つ、それ等の中間的な組成の中間層がその化合物層と窒化炭素層との間に設けられており、全体の平均膜厚Dが0.05〜20μmの範囲内とされているため、最上層の窒化炭素層により優れた耐熱性、耐摩耗性、および耐溶着性が得られる一方、基材の表面には化合物層が設けられているため、高い付着強度が得られて剥離等が抑制され、切削工具等の硬質被膜として用いる場合でも優れた耐久性が得られる。これにより、例えば第6発明のように硬質被膜被覆工具の硬質被膜として好適に用いられ、溶着が生じ易い環境下(真空中など)での加工の耐溶着性が向上するとともに、ステンレス鋼、耐熱合金鋼などの鉄系材料に対する加工が可能になり、優れた工具寿命や加工の安定性が得られる一方、アルミニウム合金等の非鉄系材料に対してはドライ加工やセミドライ加工への展開が期待できる。
【0012】
また、化合物層と窒化炭素層との間には、それ等の中間的な組成の中間層が設けられているため、その中間層を介して窒化炭素層が高い付着強度で化合物層に付着され、硬質被膜全体の付着強度が高くなって耐剥離性が一層向上する。
【0013】
また、上記窒化炭素層は、成膜条件を変更することにより容易に硬さ調整を行うことができるため、硬質被膜を設ける対象物や目的等に応じて硬さや靱性などの被膜特性を適宜設定できる。第3発明のように、窒化炭素層のナノインデンテーション硬さを15〜55GPaの範囲内とすれば、優れた耐摩耗性が得られ、切削工具の硬質被膜に好適に適用される。
【0014】
第2発明の中間層は、化合物層から窒化炭素層に向かうに従って、その化合物層に近い組成から窒化炭素層に近い組成となるように混合割合が連続的または段階的に変化させられているため、その中間層を介して窒化炭素層が一層高い付着強度で化合物層に付着され、耐剥離性が一層向上する。
【0015】
第4発明では、単結合および2重結合の窒化炭素を共に含んで窒化炭素層が構成されているため、成膜条件を変更してそれ等の割合を変更することにより、窒化炭素層の硬さを調整することができる。すなわち、単結合の窒化炭素は2重結合の窒化炭素よりも高硬度であるため、その単結合の窒化炭素の割合が高くなるように成膜条件を設定すれば、窒化炭素層全体の硬さを高くすることができる一方、2重結合の窒化炭素の割合を高くすれば靱性を向上させることができる。なお、窒化炭素には3重結合が存在するが、結合の終端を担うのみであり機械的な性質には関係しない。
【0016】
第5発明では、窒化炭素層の厚さが0.005〜3μmの範囲内であるため、化合物層および中間層の存在で窒化炭素層の付着強度を向上させつつ、その窒化炭素層により優れた耐熱性、耐摩耗性、および耐溶着性が得られる。
【0017】
第6発明の硬質被膜被覆工具は、上記第1発明〜第5発明の何れかの硬質被膜で被覆されているため、実質的に第1発明〜第5発明と同様の作用効果が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明は、ドリルやフライス等の回転切削工具、バイト等の非回転の切削工具、或いは盛上げタップ、転造工具、プレス金型等の非切削工具など、種々の硬質被膜被覆工具に好適に適用されるが、このような加工工具以外でも軸受部材など耐摩耗性や耐久性が要求される種々の部材の硬質被膜に適用され得る。
【0019】
元素の周期表の IIIb族、IVa族、Va族、VIa族の金属は、例えばAl、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、Wなどで、化合物層は、それ等の金属およびSiの何れかの炭化物、窒化物、炭窒化物、或いはこれらの相互固溶体にて構成される。具体的には、TiAlN、TiCN、TiCrN、TiSiN、TiAlCrN、TiN、CrN、ZrN、AlN、AlCrN、CrSiNなどで、その化合物層の平均膜厚は、コーティングする部材や被膜の組成などによって異なるが、例えば0.1〜10μm程度の範囲内が適当である。
【0020】
上記化合物層は、例えばアークイオンプレーティング法やイオンビーム蒸着法、スパッタリング法、PLD(Pulse Laser Deposition) 法、IBAD(Ion Beam Assisted Deposition;イオンビーム支援蒸着)法等のPVD法によって好適に設けられるが、他の成膜法を採用することもできる。
【0021】
窒化炭素層は、アークイオンプレーティング法やスパッタリング法、IBAD法等のPVD法によって好適に成膜できるが、他の成膜法を採用することもできる。
【0022】
窒化炭素層の窒素含有量は、成膜条件を変更することによって調整することが可能で、例えばアークイオンプレーティング法では窒素ガス流量の制御で調整でき、IBAD法の場合はプラズマ濃度を制御することによって調整できる。この窒素含有量が3at%未満では、窒素をC(炭素)の未結合手に結合して耐溶着性を向上させる効果が十分に得られない一方、40at%を越えると、単結合の窒化炭素が多くなって脆くなるため、3〜40at%の範囲内で設定することが望ましく、特に5〜35at%の範囲内が適当である。
【0023】
全体の平均膜厚Dは、0.05μm未満であると硬質被膜としての機能が十分に得られない一方、20μmを越えると剥離したり欠けたりし易くなるため、0.05〜20μmの範囲内で設定することが望ましい。
【0024】
第2発明の中間層は、化合物層に近い組成から窒化炭素層に近い組成となるようにそれ等の混合割合が連続的または段階的に変化させられているが、第1発明の実施に際しては、一定の混合割合(例えば50%ずつ)で組成が一定の中間層を採用することもできる。第2発明の中間層は、例えば化合物層と同じ組成から窒化炭素層と同じ組成となるまで滑らかに連続的に変化するように構成されるが、混合割合が2段階、或いは3段階以上の多段階で段階的に変化している複数の層によって中間層を構成することもできる。混合割合は、例えば化合物および窒化炭素を短い時間間隔で交互に形成するとともに、その成膜時間の割合を変化させることによって調整できる。両者を同時に成膜処理するとともに、その成膜条件を変更することによって混合割合を調整することもできるし、一方のみ連続的に形成して他方を断続的に形成するようにしても良いなど、種々の成膜手法を採用できる。
【0025】
第3発明では、窒化炭素層のナノインデンテーション硬さが15〜55GPaの範囲内であり、切削工具の硬質被膜に好適に適用されるが、硬質被膜を設ける対象物や目的等に応じて窒化炭素層の硬さは適宜変更できる。
【0026】
第4発明では、単結合(sp3結合)および2重結合(sp2結合)の窒化炭素を共に含んで窒化炭素層が構成されているが、他に3重結合の窒化炭素を含んでいても差し支えない。このような窒化炭素層は、規則的な結晶構造を持たないアモルファスである。なお、他の発明の実施に際しては、単結合および3重結合から成る窒化炭素層、或いは2重結合および3重結合から成る窒化炭素層など、他の構造の窒化炭素層を採用することもできる。
【0027】
第5発明では、窒化炭素層の厚さが0.005〜3μmの範囲内であるが、他の発明の実施に際しては、窒化炭素層の厚さが0.005μm未満であったり3μmを越えていたりしても良い。中間層の膜厚は、その組成が連続的に変化しているか段階的に変化しているか、或いは一定の中間組成か等によっても異なるが、例えば0.1〜10μm程度の範囲内が適当である。
【0028】
第6発明の硬質被膜被覆工具の基材としては、超硬合金や高速度工具鋼が好適に用いられるが、サーメット、セラミックス、多結晶ダイヤモンド、単結晶ダイヤモンド、多結晶CBN、単結晶CBNなど、種々の工具材料を採用できる。
【実施例】
【0029】
以下、本発明の実施例を、図面を参照しつつ詳細に説明する。
図1は、本発明の硬質被膜被覆工具の一例であるドリル10を示す図で、(a) は軸心Oと直角な方向から見た正面図、(b) は切れ刃12が設けられた先端側から見た拡大底面図である。このドリル10は、2枚刃のツイストドリルで、シャンク14およびボデー16を軸方向に一体に備えており、ボデー16には軸心Oの右まわりにねじれた一対の溝18が形成されている。ボデー16の先端には、溝18に対応して一対の切れ刃12が設けられており、シャンク14側から見て軸心Oの右まわりに回転駆動されることにより切れ刃12によって穴を切削加工するとともに、切屑が溝18を通ってシャンク14側へ排出される。
【0030】
図1の(c) は、ボデー16における表面付近の拡大断面図で、高速度工具鋼(ハイス)製の工具基材22の表面には硬質被膜24がコーティングされている。硬質被膜24は、工具基材22の表面に設けられた化合物層26と、その化合物層26の上に直接設けられた化合物/CN(窒化炭素)傾斜層27と、その化合物/CN傾斜層27の上に直接設けられたCN層28とから成る3層構造で、そのCN層28によって外表面が構成されている。化合物層26は、元素の周期表の IIIb族、IVa族、Va族、VIa族の金属およびSiの何れかの炭化物、窒化物、炭窒化物、或いはこれらの相互固溶体で、具体的にはTiAlN、TiCN、TiCrN、TiSiN、TiAlCrN、TiN、CrN、ZrN、AlN、AlCrN、CrSiNなどである。CN層28は、窒素含有量が3〜40at%の範囲内で、単結合(sp3)および2重結合(sp2)のCNを共に含んで構成されており、そのナノインデンテーション硬さは15〜55GPaの範囲内である。そして、これ等の化合物層26とCN層28との間に設けられた化合物/CN傾斜層27は、化合物層26およびCN層28が混ざり合った中間的な組成の中間層で、本実施例では化合物層26からCN層28に向かうに従って化合物層26と同じ組成からCN層28と同じ組成に滑らかに連続的に変化するように、化合物とCNとの混合割合が直線的に連続的に変化させられている。また、この硬質被膜24の全体の膜厚Dは0.05〜20μmの範囲内で、CN層28単独の平均膜厚は、例えば0.005〜3μmの範囲内である。なお、図1(a) において斜線を付した領域は、硬質被膜24のコーティング範囲を表している。
【0031】
図2の(a) は、上記CN層28の結合構造の模式図で、Cは炭素原子、Nは窒素原子を表しており、(b) に示す単結合(sp3)および(c) に示す2重結合(sp2)がランダムに分布しているアモルファス構造である。また、図3は、CN層28のラマンスペクトルの一例で、「D−peak」は単結合のCNによるもので、「G−peak」は2重結合のCNによるものであり、両ピークを有することにより、単結合および2重結合の両方を含んでいることが分かる。そして、それ等の結合の割合によって硬さ等の被膜特性を制御することが可能で、例えば高硬度の単結合の割合が大きくなるようにすればCN層28の硬度が高くなり、2重結合の割合が大きくなるようにすればCN層28の靱性が向上する。
【0032】
また、上記CN(単結合+2重結合)、DLC、およびTiNの3種類の硬質被膜で被覆したテストピースを用意し、図4に示すピンオンディスク式試験装置を用いて以下の試験条件で摩擦摩耗試験を行ったところ、図5および図6に示す結果が得られた。この場合のCNは、窒素含有量が約20at%、ナノインデンテーション硬さが約29GPaで、テストピースの基材(超硬合金)上に直接コーティングしたものである。
(試験条件)
・相手材:SUS304(ステンレス鋼)
・荷重:0.5N
・線速度:25mm/s
・時間:500秒
・試験環境:大気
・室温:25℃
・湿度:60%
【0033】
図5は、上記試験から摩擦係数を求めた結果で、CNは約0.09、DLCは約0.08、TiNは約0.27であり、CNはDLCと同様に摩擦係数が極めて小さい。DLCとCNの値が極めて近いため、図5ではそれ等のグラフが略重なっている。また、図6は、CNおよびDLCのテストピースの先端の摩耗痕を示す写真で、(a) はCNに生じた摩耗痕、(b) はDLCに生じた摩耗痕である。それぞれに相手材の溶着が観察された。CNに対するFeの溶着量とDLCに対するFeの溶着量との比は約3:10程度で、CNはDLCに比べて鉄に対して格段に優れた耐溶着性を有する。
【0034】
一方、前記化合物層26、化合物/CN傾斜層27、およびCN層28は、アークイオンプレーティング法やIBAD法(イオンビーム支援蒸着法)、スパッタリング法等のPVD法によって好適に成膜される。図7は、アークイオンプレーティング装置30を説明する概略構成図(模式図)で、多数のワークすなわち硬質被膜24を被覆する前の切れ刃12、溝18等が形成された工具基材22を保持しているワーク保持具32、そのワーク保持具32を略垂直な回転中心まわりに回転駆動する回転装置34、工具基材22に負のバイアス電圧を印加するバイアス電源36、工具基材22などを内部に収容している処理容器としてのチャンバ38、チャンバ38内に所定の反応ガスを供給する反応ガス供給装置40、チャンバ38内の気体を真空ポンプなどで排出して減圧する排気装置42、第1アーク電源44、第2アーク電源46等を備えている。ワーク保持具32は、上記回転中心を中心とする円筒形状或いは多角柱形状を成しており、先端が略水平に外側へ突き出す姿勢で多数の工具基材22を放射状に保持している。また、反応ガス供給装置40は、アルゴンガス(Ar)、窒素ガス(N2 )、および炭化水素ガス(CH4 、C2 2 など)のタンクを備えており、化合物層26および化合物/CN傾斜層27の化合物を形成する時には、その組成すなわち炭化物か窒化物か炭窒化物かに応じて、炭化物の場合は炭化水素ガスを供給し、窒化物の場合は窒素ガスを供給し、炭窒化物の場合は炭化水素ガスおよび窒素ガスの両方を供給する。CN層28および化合物/CN傾斜層27のCNを形成する時には、アルゴンガスおよび窒素ガスを所定の割合で供給する。
【0035】
第1アーク電源44は、前記化合物層26の構成物質である元素の周期表の IIIb族、IVa族、Va族、VIa族の金属およびSiの何れか、或いはそれ等の相互固溶体(合金)、具体的にはTiAl、TiCr、TiSi、TiAlCr、Ti、Cr、Zr、Al、AlCr、CrSiなどから成る第1蒸発源48をカソードとして、アノード50との間に所定のアーク電流を通電してアーク放電させることにより、第1蒸発源48からそれ等の金属または合金を蒸発させるもので、蒸発した金属または合金は正(+)の金属イオンになって負(−)のバイアス電圧が印加されている工具基材22に付着する。そして、前記反応ガス供給装置40から供給される反応ガスに応じて、それ等の金属や合金の炭化物、窒化物、或いは炭窒化物から成る化合物層26が形成される。また、第2アーク電源46は、炭素(C)から成る第2蒸発源52をカソードとして、アノード54との間に所定のアーク電流を通電してアーク放電させることにより、第2蒸発源52から炭素を蒸発させるもので、蒸発した炭素は正イオンになって負(−)のバイアス電圧が印加されている工具基材22に付着させられる。そして、前記反応ガス供給装置40からアルゴンガスおよび窒素ガスが供給されることにより、CN層28が形成される。その場合に、所定の硬さや組成のCNが得られるように、アーク電流やバイアス電圧等の成膜条件が定められる。膜厚については、例えば成膜時間で調整できる。なお、上記アーク電源44、46や蒸発源48、52等は、図7に示すように略対称的な2箇所に設けるだけでも良いが、例えば90°間隔で交互に計4箇所に設けることもできる。
【0036】
上記CN層28を形成する際には、単結合(sp3)および2重結合(sp2)を共に含むように成膜条件が定められ、処理温度は20〜250℃の範囲内で例えば150℃程度、バイアス電圧は15〜300Vの範囲内で例えば100V程度に設定される。また、窒素ガスの供給流量は、CN層28内の窒素含有量が3〜40at%の範囲内となるように定められる。
【0037】
一方、上記化合物層26の構成物質と同じ化合物とCN層28の構成物質であるCNとが混ざり合っているとともに、その混合割合が連続的に変化させられている化合物/CN傾斜層27は、例えばそれ等の化合物とCNとを短い時間間隔で交互に形成するとともに、その成膜時間の割合を連続的に変化させることによって形成できる。個々の成膜条件は、前記化合物層26、CN層28を形成する場合と同じで良い。
【0038】
図8は、上記のように構成された本発明品(No10〜No20)と比較品(No1〜No9)とを用いて、以下の加工条件で穴明け加工を行い、耐久性を調べた結果を説明する図である。比較品において網掛けを付した欄は、本発明(請求項1)の要件から外れている項目である。
(加工条件)
・工具形状:φ6ハイスツイストドリル
・被削材:SUS304(ステンレス鋼)
・切削速度:20m/min
・送り速度:0.16mm/rev
・加工深さ:24mm貫通穴
・切削油:水溶性
・ステップ量:ノンステップ
【0039】
図8の試験結果から明らかなように、工具基材22上にDLC層のみを直接設けた比較品No1は、250穴加工時に溶着等により異音が発生し、加工不可になった。化合物層26の上に化合物/DLC傾斜層を介してDLC層を設けた比較品No2およびNo3、化合物層26を設けることなくCN層28のみを工具基材22上に直接設けた比較品No4は、1000穴加工時の切れ刃12の逃げ面摩耗幅がそれぞれ0.42mm、0.39mm、0.38mmであるのに対し、本発明品は何れも合格判定基準である0.3mmよりも小さい。また、本発明品と同様に化合物層26、化合物/CN傾斜層27、およびCN層28から成る3層構造の比較品No5〜No9については、CN層28の窒素含有量が40at%を越えている比較品No5、No8の場合、そのCN層28の被膜硬さ(ナノインデンテーション硬さ)が高くなり過ぎて脆くなり、比較品No5では欠けや剥離等により200穴で欠損が生じ、比較品No8では摩耗が促進される一方、窒素含有量が3at%に満たない比較品No6の場合、被膜硬さ(ナノインデンテーション硬さ)が低くて摩耗が促進される。硬質被膜24全体の平均膜厚Dが20μmを越えている比較品No7、No9の場合、剥離等により摩耗が促進され、硬質被膜24による耐摩耗性の向上効果が十分に得られない。
【0040】
このように、本実施例のドリル10の硬質被膜24は、工具基材22の表面に化合物層26が設けられるとともに、窒素含有量が3〜40at%のCN層28が外表面を構成するように最上層に設けられ、且つ、それ等の中間的な組成の化合物/CN傾斜層27がその化合物層26とCN層28との間に設けられており、全体の平均膜厚Dが0.05〜20μmの範囲内とされているため、最上層のCN層28により優れた耐熱性、耐摩耗性、および耐溶着性が得られる。また、工具基材22の表面には化合物層26が設けられているため、高い付着強度が得られて剥離等が抑制され、優れた耐久性が得られる。更に、化合物層26とCN層28との間には、それ等の中間的な組成の化合物/CN傾斜層27が設けられているため、その化合物/CN傾斜層27を介してCN層28が高い付着強度で化合物層26に付着され、硬質被膜24全体の付着強度が高くなって耐剥離性が一層向上する。
【0041】
これにより、溶着が生じ易い環境下(真空中など)での加工の耐溶着性が向上するとともに、ステンレス鋼、耐熱合金鋼などの鉄系材料に対する加工が可能になり、優れた工具寿命や加工の安定性が得られる一方、アルミニウム合金等の非鉄系材料に対してはドライ加工やセミドライ加工への展開が期待できる。
【0042】
また、CN層28は、成膜条件を変更することにより容易に硬さ調整を行うことが可能で、本実施例ではCN層28のナノインデンテーション硬さが15〜55GPaの範囲内とされているため、優れた耐摩耗性が得られ、ドリル10の耐久性が向上する。
【0043】
また、本実施例では、化合物層26からCN層28に向かうに従って、その化合物層26に近い組成からCN層28に近い組成となるように、化合物とCNとの混合割合が連続的に変化している化合物/CN傾斜層27が中間層として設けられているため、その化合物/CN傾斜層27を介してCN層28が一層高い付着強度で化合物層26に付着され、耐剥離性が一層向上する。
【0044】
また、本実施例では単結合および2重結合のCNを共に含んでCN層28が構成されているため、成膜条件を変更してそれ等の割合を変更することにより、CN層28の硬さを調整することができる。すなわち、単結合のCNは2重結合のCNよりも高硬度であるため、その単結合のCNの割合が高くなるようにバイアス電圧やアーク電流等の成膜条件を設定すれば、CN層28全体の硬さを高くすることができる一方、2重結合のCNの割合が高くなるようにすれば靱性を向上させることができる。
【0045】
また、本実施例ではCN層28の厚さが0.005〜3μmの範囲内であるため、化合物層26および化合物/CN傾斜層27の存在で付着強度を向上させつつ、CN層28により優れた耐熱性、耐摩耗性、および耐溶着性が得られる。
【0046】
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、これ等はあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更,改良を加えた態様で実施することができる。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】本発明の硬質被膜が設けられたドリルを示す図で、(a) は正面図、(b) は先端側から見た拡大底面図、(c) はボデーの表面近傍の拡大断面図である。
【図2】CN(窒化炭素)の構造を説明する模式図で、(a) は図1の硬質被膜のCN層と同様に単結合および2重結合を有する場合、(b) は単結合の場合、(c) は2重結合の場合である。
【図3】単結合および2重結合を有するCNのラマンスペクトルの一例である。
【図4】所定の硬質被膜が設けられたテストピースを用いて摩擦摩耗試験を行う際のピンオンディスク式摩擦試験装置を説明する概念図である。
【図5】図4の装置を用いてCN、DLC、およびTiNの摩擦係数を測定した結果の一例を示す図である。
【図6】図4の装置を用いて摩擦摩耗試験を行った後のCNおよびDLCの摩耗痕(溶着)を示す図である。
【図7】図1の硬質被膜を好適に成膜できるアークイオンプレーティング装置を説明する概略図である。
【図8】耐久性試験を行う際に用いた本発明品および比較品の諸元と、耐久性試験の結果を説明する図である。
【符号の説明】
【0048】
10:ドリル(硬質被膜被覆工具) 22:工具基材(基材) 24:硬質被膜 26:化合物層 27:化合物/CN傾斜層(中間層) 28:CN層(窒化炭素層) D:平均膜厚

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の基材の表面に設けられる硬質被膜であって、
元素の周期表の IIIb族、IVa族、Va族、VIa族の金属およびSiの何れかの炭化物、窒化物、炭窒化物、或いはこれらの相互固溶体にて構成されており、前記基材の表面に設けられる化合物層と、
窒素含有量が3〜40at%の範囲内の窒化炭素にて構成されているとともに、外表面を構成するように最上層に設けられる窒化炭素層と、
該窒化炭素層および前記化合物層が混ざり合った中間的な組成で、該化合物層と該窒化炭素層との間にそれ等に接するように設けられた中間層と、
を有し、且つ、全体の平均膜厚Dが0.05〜20μmの範囲内である
ことを特徴とする硬質被膜。
【請求項2】
前記中間層は、前記化合物層から前記窒化炭素層に向かうに従って、該化合物層に近い組成から該窒化炭素層に近い組成となるように混合割合が連続的または段階的に変化させられている
ことを特徴とする請求項1に記載の硬質被膜。
【請求項3】
前記窒化炭素層のナノインデンテーション硬さは15〜55GPaの範囲内である
ことを特徴とする請求項1または2に記載の硬質被膜。
【請求項4】
前記窒化炭素層は、単結合および2重結合の窒化炭素を共に含んでいる
ことを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の硬質被膜。
【請求項5】
前記窒化炭素層の厚さは0.005〜3μmの範囲内である
ことを特徴とする請求項1〜4の何れか1項に記載の硬質被膜。
【請求項6】
基材の表面に硬質被膜が設けられている硬質被膜被覆工具であって、
前記硬質被膜は、請求項1〜5の何れか1項に記載の硬質被膜である
ことを特徴とする硬質被膜被覆工具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−254145(P2008−254145A)
【公開日】平成20年10月23日(2008.10.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−101192(P2007−101192)
【出願日】平成19年4月6日(2007.4.6)
【出願人】(000103367)オーエスジー株式会社 (180)
【Fターム(参考)】