説明

磁気記録媒体、磁気記録装置

【課題】量産プロセスで形成可能な3nm以下の膜厚のMgO下地層を用いながらも、優れた磁気特性を有するL1型FePt規則合金を磁気記録層に用いた磁気記録媒体を提供する。
【解決手段】MgO下地層の下部に設ける下地層の材料として、立方晶系に属する結晶構造を有する導電性化合物を用いる。MgO層の膜厚は1nm以上3nm以下とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気記録媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
磁気記録装置の大容量化、すなわち磁気記録媒体の高記録密度化は、磁気記録媒体の磁気記録層を構成する強磁性結晶粒子の微細化を追求することにより達成されてきている。しかしながら、強磁性結晶粒子が微細化されると、その強磁性結晶粒子のもつ磁気異方性エネルギー(強磁性結晶粒子の単位体積当たりの磁気異方性エネルギー(磁気異方性定数)と強磁性結晶粒子の体積との積)が原子の熱振動エネルギー(ボルツマン定数と絶対温度との積)に対して相対的に小さくなり、記録磁化を安定に保持することができなくなる。これは、磁化の熱揺らぎと呼ばれる現象であり、記録密度の物理限界を決める主要因である。
【0003】
磁化の熱揺らぎを抑制するには、本質的に高い磁気異方性定数をもつ材料を用いて磁気記録層を構成することが不可欠である。磁気記録層の材料には、主としてCo−Cr系合金のものが長らく用いられてきた(特許文献1)。しかしながら、Co−Cr系合金のもつ磁気異方性定数では、1Tbit/inchを超える記録密度には対応できないといわれている。したがって、磁気記録媒体の高記録密度化の要求に対応するためには、Co−Cr系合金より高い磁気異方性定数をもつ材料を用いることが必要である。
【0004】
この問題を解決するために、遷移金属元素(Fe、Co、Ni、等)と貴金属元素(Pt、Pd、等)の合金であって、元素組成の異なる原子層が交互に規則配列した構造を有する規則合金が新たな磁気記録層材料として提案されている(特許文献2、特許文献3、特許文献4)。このような合金は、非常に高い磁気異方性定数をもつため、高記録密度の磁気記録媒体の磁気記録層の材料として適している。
【0005】
等原子量のFeとPtとからなるL1型の規則合金は、規則合金の中でもとりわけ高い磁気異方性定数をもつため、磁気記録層の材料として特に適している。
【0006】
図1は、L1型FePt規則合金の結晶構造を示す図である。この結晶構造は、Fe原子層とPt原子層が交互に配列した規則配列をもち、[001]軸に対して[100]軸が長いという特徴を有する。L1型FePt規則合金は、各原子層に直交する結晶軸方向([001]軸)を磁化容易軸とする磁気異方性を発現する。したがって、この[001]軸を膜面に対して垂直に配向させた薄膜を形成できれば、L1型FePt規則合金を垂直磁気記録媒体として用いることができる。
【0007】
等原子量のFeとPtとからなる合金であっても、原子の規則配列をもたない不規則合金は、各結晶軸の長さ(=3.813Å)が全て等しい立方晶系の結晶構造をもつ。この不規則合金は、磁気異方性を全く発現しない。規則合金は、不規則合金を形成した後に加熱処理をしたり、あるいは、予め高温に加熱された基板の上に形成したりすることで得られる。すなわち、規則合金を得るためには、これらの加熱工程を経て、不規則−規則相転移(規則化)を起こすことが不可欠である。L1型FePt規則合金への相転移を起こすための加熱工程では、およそ300℃を超える温度が必要である。
【0008】
L1型FePt規則合金薄膜の[001]軸を膜面垂直配向させる手段として、MgOを下地層に用いる方法が広く用いられている。
【0009】
図2は、MgOの結晶構造を示す図である。MgOは、同図に示すような立方晶系の結晶構造をもつ。MgOの薄膜を形成すると、表面エネルギーが最小となるように結晶の方位が決定され、[001]軸が優先的に膜面垂直配向する。L1型FePt規則合金とMgOとは結晶構造が類似しているため、MgO上にL1型FePt規則合金が堆積される場合、互いに結晶軸を合わせるように結晶配向が制御される。
【0010】
ここで、図1および図2に示すように、L1型FePt規則合金の[001]軸より[100]軸の方が長く、MgOの[100]軸は更に長い。したがって、MgOの[100]軸と優先的に結晶軸を合わせるのはL1型FePt規則合金の[100]軸である。この結果、MgOを下地層として用いることにより、L1型FePt規則合金の[001]軸が膜面垂直配向した薄膜が得られる。
【0011】
また、MgOの[100]軸はL1型FePt規則合金やFePt不規則合金の各結晶軸より長いため、MgO上にFePt合金が堆積されると、FePt合金面内に引張応力が発生する。この引張応力は、L1型FePt規則合金の[001]軸を膜面垂直配向させる駆動力になるとともに、規則化を起こす駆動力にもなる。以上の観点から、MgOは、L1型FePt規則合金薄膜の下地層材料として極めて優れている。
【0012】
本技術分野の背景技術として、特開2001−101645号公報(特許文献5)がある。この公報には、「高密度情報記録、特に磁気記録における高い再生出力と高い分解能を達成する情報記録媒体を提供すること」を課題として、「軟磁性材料から成る層と、非磁性材料から成る層と、A群から選ばれるL1形規則合金情報記録層とが順次形成された情報記録媒体を所定の製造方法によって作製する。但し、A群は、FePt規則合金、CoPt規則合金又はFePd規則合金、及びこれらの合金とする」という技術が開示されており、「非磁性材料から成る層」としてMgOが記載されている。
【0013】
また、同分野の背景技術として、特開2003−173511号公報(特許文献6)がある。この公報には、「熱安定性に優れるとともにノイズの低減された高記録密度磁気記録媒体を提供する」ことを課題として、「磁気記録媒体は、基板上に、第1配向制御層、第2配向制御層、軟磁性層、非磁性層、記録層及びカーボン保護層を備える。記録層を、強磁性を示すL1規則合金相と常磁性を示すFePt規則合金相から形成する」という技術が開示されており、「非磁性層」としてMgOが記載されている。
【0014】
また、同分野の背景技術として、特表2008−511946号公報(特許文献7)がある。この公報には、「第1の結晶配向を有する軟磁性裏打ち層(SUL)と、第2の磁性膜とを備え、第1の結晶配向を制御することによって、第2の磁性膜が第2の結晶配向にSULからエピタキシャル成長するように誘導される、垂直磁気記録用の記録媒体」が開示されている。同文献には、「前記SULと前記裏打ち層との間にバッファ層をさらに備え」、このバッファ層がMgOから作られる技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開昭60−214417号公報
【特許文献2】特開2002−216330号公報
【特許文献3】特開2004−213869号公報
【特許文献4】特開2010−34182号公報
【特許文献5】特開2001−101645号公報
【特許文献6】特開2003−173511号公報
【特許文献7】特表2008−511946号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
MgOは、前述の通り、L1型FePt規則合金の結晶配向を制御するとともに、規則化を促進する効果を有するため、下地層材料としては極めて優れている。L1型FePt規則合金を磁気記録層に用いた磁気記録媒体を作製する上では、磁気記録層の直下にMgO下地層が配置されることが極めて好ましい。
【0017】
ハードディスクドライブ用磁気記録媒体は、スパッタリング法により製造されている。MgOは不導体であるため、スパッタリング法によりMgOを製膜するには、DCスパッタリング方式を用いることはできず、RFスパッタリング方式を用いるしかない。一般にRFスパッタリング方式は、DCスパッタリング方式に比べて製膜速度が遅く、特に不導体の製膜を行う場合、その製膜速度は著しく遅い。
【0018】
ハードディスクドライブ用磁気記録媒体は、量産プロセスにおいては、複数の製膜チャンバを並べたインライン型のスパッタリング装置で各層を順次堆積させていくことによって製造される。したがって、ある一部の層を製膜速度が遅いと、その製膜時間がボトルネックとなって、製造スループットを低下させることになる。現在のハードディスクドライブ用磁気記録媒体の標準的な製造スループットは1時間当たり数百枚に上り、各層の製膜に費やせる時間(タクトタイム)は、装置にも依存するが、およそ6秒以下である。したがって、量産プロセスにおいて、MgOのような不導体をRFスパッタリング方式で製膜する場合、その層を厚く堆積させることはできない。MgOのスパッタリング製膜速度の上限は、製膜条件をどれだけ調整しても、高々0.5nm/s程度である。各層の製膜に許容されるタクトタイムは6秒以下であるため、3nmを超える膜厚のMgO層は量産プロセスでは形成できない。
【0019】
3nm以下の膜厚のMgO下地層を単独で形成すると、MgOの[001]軸が膜面垂直配向しやすい性質をもつとはいえ、良好な結晶配向を得ることは難しい。MgO下地層を単独で形成した場合に良好な結晶配向を得るためには、本発明者らの検討の結果によれば、MgO下地層として10nm程度の膜厚が必要であった。したがって、3nm以下の膜厚のMgO下地層を用いるためには、MgO下地層の下部にMgO下地層の[001]軸の膜面垂直配向を促進する役割をもつ別の層を設け、積層型の下地層を形成する必要がある。
【0020】
前述の通り、FePt合金の規則化を生じさせるためには、300℃を超える温度の加熱工程が不可欠である。金属を構成する各原子は弱い金属結合のみで結び付いているため、このような加熱工程でエネルギーが加えられると、金属を構成する各原子は、容易に解離して固体中を拡散する。前記の積層型の下地層において、MgO層の下部に設ける層の材料として金属を用いると、膜厚の小さいMgO層を透過して金属原子が磁気記録層に拡散し、その磁気特性を顕著に劣化させてしまう。特許文献5、特許文献6、特許文献7の何れにおいても、膜厚1nmのMgO下地層の下部に他の金属層を設けた構成の磁気記録媒体の実施例が示されているが、加熱工程を経ることにより生じるこの金属原子の拡散の問題が十分に考慮されているとはいえない。
【0021】
本発明は、以上の問題に鑑みてなされたものであり、量産プロセスで形成可能な3nm以下の膜厚のMgO下地層を用いながらも、優れた磁気特性を有するL1型FePt規則合金を磁気記録層に用いた磁気記録媒体を提供することを目的としたものである。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本願発明者は、鋭意検討を重ね、MgO下地層の下部に設ける下地層の材料として、立方晶系に属する結晶構造を有する導電性化合物を用いることにより、上記の目的を達成できることを見出すに至った。
【発明の効果】
【0023】
本発明に係る磁気記録媒体によれば、高い磁気異方性定数を有するL1型FePt規則合金を磁気記録層に用いた高記録密度の磁気記録媒体を高スループットで量産することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】L1型FePt規則合金の結晶構造を示す図である。
【図2】MgOの結晶構造を示す図である。
【図3】磁気記録媒体10の断面構造を示す図である。
【図4】実施例1に係る磁気記録媒体10の磁化曲線を測定した結果を示す図である。
【図5】実施例1に係る磁気記録媒体10のX線回折パターンを測定した結果を示す図である。
【図6】実施例2に係る磁気記録媒体10の飽和磁化、保磁力、磁気異方性定数、規則度、結晶配向乱雑性、結晶粒径を、MgO下地層130の膜厚に対してプロットした図である。
【図7】実施例1、実施例3、実施例4に係る磁気記録媒体10の保磁力、磁気異方性定数、および結晶配向乱雑性の値を示す図である。
【図8】実施例1、実施例10、実施例11に係る磁気記録媒体10の保磁力、磁気異方性定数、規則度、結晶配向乱雑性、および結晶粒径の値を示す図である。
【図9】比較例1に係る磁気記録媒体の磁化曲線を示す図である。
【図10】比較例1に係る磁気記録媒体のX線回折パターンを示す図である。
【図11】比較例2に係る磁気記録媒体の飽和磁化、保磁力、磁気異方性定数、規則度、結晶配向乱雑性をMgO下地層130の膜厚に対してプロットした図である。
【図12】比較例3に係る磁気記録媒体の磁化曲線を示す図である。
【図13】比較例3に係る磁気記録媒体のX線回折パターンを示す図である。
【図14】比較例4に係る磁気記録媒体の飽和磁化、保磁力、磁気異方性定数、規則度、結晶配向乱雑性をMgO下地層130の膜厚に対してプロットした図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、図面を参照して本発明の好ましい実施形態について説明する。
図3は、本発明に係る磁気記録媒体10の断面構造を示す図である。磁気記録媒体10において、基板100上には、密着層110、導電性化合物層120、MgO下地層130、磁気記録層140、が順に堆積される。磁気記録層140の上面は保護層150で被覆され、保護層150の上面には潤滑層160が塗布される。なお、本発明は、この形態に限定されるものではなく、更に別の材料からなる層を基板100と密着層110の間、密着層110と導電性化合物層120との間、あるいは、磁気記録層140の上部に追加して堆積させて用いることもできる。
【0026】
基板100の材料は、例えばガラスである。なお、剛性が高い非磁性材料であれば、例えばAl、Al、MgO、Si等を基板100の材料として用いてもよい。密着層110の材料は、例えばTa、Ti、これらの元素を含む合金等である。密着層110の材料は、その上に堆積される層の結晶配向性に影響を与えないよう、アモルファスであるものが好ましい。保護層150の材料は、例えばダイヤモンドライクカーボン、窒化炭素、窒化ケイ素等である。潤滑層160の材料は、例えばパーフルオロポリエーテル、フッ素化アルコール、フッ素化カルボン酸等である。
【0027】
導電性化合物層120は、立方晶系に属する結晶構造を有し、導電性をもつ酸化物、窒化物、炭化物、等の化合物からなる。この導電性化合物の薄膜を形成すると、MgOと同様に、表面エネルギーが最小となるように結晶の方位が決定され、[001]軸が優先的に膜面内で垂直配向する。この導電性化合物とMgOとは結晶構造が類似しているため、MgO下地層130の下部、特に直下に導電性化合物層120を設けることにより、MgO下地層130の[001]軸の膜面垂直配向が促進される。
【0028】
導電性化合物層120は、DCスパッタリング方式で製膜することができるため、その製膜速度は十分に大きくすることができる。したがって、量産プロセスで許容される6秒以下のタクトタイムであっても、10nmを超える大きい膜厚の導電性化合物層120を形成することは容易である。
【0029】
導電性化合物層120の材料は、好ましくは、チタン酸ストロンチウム、酸化インジウムスズ、窒化チタンである。酸化インジウムスズ、窒化チタンは、導電性の化合物である。チタン酸ストロンチウムは、化学式ではSrTiOと書かれ、厳密にこの化学量論組成のものは不導体であるが、ごく微量に第三元素をドープしたり、酸素を欠損させたりすることで容易に導電性になる。
【0030】
一般に、化合物中では各原子が非常に強い共有結合で結び付いているため、各原子が弱い金属結合で結び付いている金属とは異なり、導電性化合物層120自体は極めて解離・拡散しにくい。したがって、膜厚3nm以下のMgO下地層130の下部に導電性化合物層120を配置しても、導電性化合物層120を構成する原子がMgO下地層130を透過して磁気記録層140まで拡散することは極めて起こりにくい。
【0031】
MgO下地層130は、膜厚が1nm以上3nm以下である。1nm未満の膜厚であると、膜厚が小さすぎて、膜面内方向に連続的な膜として形成されないため、好ましくない。前述の通り、MgOのスパッタリング製膜速度の上限は、製膜条件をどれだけ調整しても高々0.5nm/s程度である。現状のハードディスクドライブ用磁気記録媒体の量産プロセスにおいて、各層の製膜に許容されるタクトタイムは6秒以下であり、3nmを超える膜厚では量産に適応できないため、好ましくない。
【0032】
磁気記録層140は、L1型FePt規則合金を含む。L1型FePt規則合金の規則化を促進するため、磁気記録層140には、Ag、Au、Cu等を添加してもよい。また、微細な磁性結晶粒子が結晶粒界で互いに孤立化した、磁気記録層140として好ましい構造(グラニュラ構造)を得るため、磁気記録層140には、磁性結晶粒子の粒界に偏析させる材料として、SiO、MgO、Ta等の酸化物や炭素等の非金属元素を添加してもよい。
【0033】
なお、本発明に係る磁気記録層140において、部分的にL1型規則構造が崩れ、完全に理想的なL1型規則合金が形成されなかったとしても、同構造を有する部分に関しては一定の効果を発揮すると考えられる。また、以下では主に磁気記録層140にFePt規則合金を用いる例を説明するが、(Fe、Co)のいずれかと(Pt、Pd)のいずれかの規則合金も、同様の効果を発揮すると考えられる。
【0034】
本発明に係る磁気記録媒体10を用いて磁気記録装置を作製することにより、記録密度が高まり、結果として磁気記録装置の大容量化への要求に対応することができる。
【0035】
以下、実施例を挙げて本発明の実施形態を詳細に説明する。なお、以下の実施例は発明の理解を容易とするための例示に過ぎず、特に断る場合を除き、本発明を限定するものではない。
【0036】
[実施例1]
耐熱性ガラスを用いて形成した基板100上に、密着層110としてNi−Ta層100nm、導電性化合物層120としてチタン酸ストロンチウム層12nm、MgO下地層130を1nm、磁気記録層140として70vol%(45at%Fe−45at%Pt−10at%Ag)−30vol%C層6nm、保護層150として窒化炭素層4nmを順次製膜して、磁気記録媒体10を作製した。MgO下地層130を1nm製膜するために要した時間は2.0秒であった。
【0037】
本実施例1に係る磁気記録媒体10を作製するため、ハードディスクドライブ用磁気記録媒体の量産に供されるキヤノンアネルバ製インライン型高速ディスクスパッタリング装置(C−3010)を用いた。本装置は、複数の製膜用チャンバと加熱用ヒーターチャンバと基板導入/排出チャンバとを有し、それぞれのチャンバは独立に真空排気されている。本装置において、基板100を載せたキャリアを各チャンバに移動させることにより製膜・加熱のプロセスを順次行い、本実施例1の磁気記録媒体10を作製した。磁気記録層140の製膜用チャンバの前にはヒーターチャンバを配置し、あらかじめ基板100を加熱した状態で磁気記録層140を製膜することにより、L1型FePt規則合金を含む磁気記録層140を得た。基板100の加熱は、PBN(Pyrolytic boron nitride:熱分解窒化硼素)ヒーターを用いて基板100両面から行い、磁気記録層140を製膜する間の平均的な基板温度が450℃となるようにヒーターの出力および加熱時間を調整した。
【0038】
図4は、本実施例1に係る磁気記録媒体10の磁化曲線を測定した結果を示す図である。測定は、玉川製作所製トルク磁力計兼用振動試料型磁力計(TM−TRVSM−5050)を用いて実施した。図4より、保磁力が高く、角型性のよい磁化曲線が得られていることがわかる。この磁気記録媒体10の飽和磁化、保磁力は、それぞれ510emu/cc、23kOeであった。また、磁気トルク曲線を測定し、この磁気記録媒体の磁気異方性定数を算出したところ、1.7×10erg/ccであった。
【0039】
現行の磁気記録媒体の保磁力は高々数kOeであり、磁気異方性定数は10erg/cc台前半である。本実施例1の磁気記録媒体10は、現行の磁気記録媒体と比較して、数倍大きい保磁力と磁気異方性定数をもち、優れた磁気特性を発揮している。
【0040】
図5は、本実施例1に係る磁気記録媒体10のX線回折パターンを測定した結果を示す図である。同測定結果に基づき、本実施例1に係る磁気記録媒体10の結晶配向性を評価する。測定は、株式会社リガク製の試料水平型X線回折装置(Smart Lab)を用いて実施した。
【0041】
FePt合金に帰属される回折ピークとして、(001)および(002)結晶面からの回折ピークが強く観察された。この結果は、FePt合金の[001]軸がほぼ完全に膜面垂直配向していることを示している。もしFePt合金の[001]軸の膜面垂直配向性が良好でなければ、(111)結晶面からの回折も明瞭に観察されるはずであるが、(111)結晶面からの回折はごく僅かにしか観察されなかった。
【0042】
また、(002)結晶面からの回折は、FePt合金が不規則合金であっても規則合金であっても現れるものである一方、(001)結晶面からの回折は、FePt合金がL1型規則合金である場合にのみ現れるものである。すなわち、図5に示す測定結果は、本実施例1に係る磁気記録媒体10の磁気記録層140が、[001]軸が膜面垂直配向したL1型FePt規則合金を含むことを表している。したがって、本実施例1に係る磁気記録媒体10の優れた磁気特性は、磁気記録層140内に[001]軸が膜面垂直配向したL1型FePt規則合金が含まれているために得られたものと考えられる。
【0043】
このX線回折パターンから、規則合金の規則化の度合いの指標となる規則度というパラメータを計算することができる。規則度は、(001)および(002)結晶面からの回折強度比を用いて計算される。規則度は、理想的な規則合金の原子配列を占める原子数の割合を示している。規則度が1であれば理想的な原子の規則配列であり、0であれば完全に不規則な原子配列であることを意味する。本実施例1に係る磁気記録媒体10の規則度はほぼ1であった。
【0044】
本実施例1に係る磁気記録媒体10の微細構造を詳細に観察するために、エネルギー分散型X線分光法による組成分析機能を有する株式会社日立ハイテクノロジーズ製の高分解能透過電子顕微鏡(H−9000UHR)を用いた。磁気記録層140の平面構造を観察したところ、Fe、Pt、およびAgからなる結晶粒子が、Cからなる結晶粒界で明瞭に分離されたグラニュラ構造が形成されていることが確認された。この結晶粒子の平均直径(以下、単に結晶粒径と呼ぶ)は6.4nmであった。また、磁気記録層140の組成分析を行った結果、Fe、PtおよびAg以外の金属元素は検出されず、MgO下地層130、導電性化合物層120、あるいは密着層110を構成する原子は磁気記録層140へ拡散していないことが確かめられた。
【0045】
[実施例2]
本発明の実施例2では、MgO下地層130の膜厚を様々に変化させた以外は実施例1と同様の方法で、複数の磁気記録媒体10を作製した。また、実施例1と同様の方法でこれら磁気記録媒体10の諸特性を評価した。
【0046】
図6は、実施例2に係る磁気記録媒体10の飽和磁化、保磁力、磁気異方性定数、規則度、結晶配向乱雑性、結晶粒径を、MgO下地層130の膜厚に対してプロットした図を示す。ここで、結晶配向乱雑性は、X線回折パターンにおいて、(002)結晶面からの回折ピーク強度で規格化した(111)結晶面からの回折ピーク強度として定義した。この値が大きいほど、[001]軸の膜面垂直配向が不完全であることを意味している。
【0047】
MgO下地層130の膜厚が1nm以上3nm以下の場合は、磁気記録媒体10の諸特性はほとんど変化せず、いずれのMgO下地層130膜厚でも、良好な磁気特性、結晶配向性、ならびに微細な結晶粒径が得られた。
【0048】
MgO下地層130の膜厚が1nm未満の場合、MgO下地層130の膜厚が1nm以上3nm以下の場合と比較して、保磁力、磁気異方性定数、規則度が顕著に低下し、結晶配向乱雑性が増大した。これは、MgO下地層130の膜厚が小さすぎて、膜面内方向に連続的な膜として形成されないために、磁気記録層140の結晶配向を適切に制御したり規則化を促進したりする機能が損なわれていることによるものと考えられる。特に、MgO下地層130の膜厚が0nmの場合、すなわち、導電性化合物層120上に磁気記録層140が直接堆積された場合の諸特性の劣化が顕著であった。このことは、MgO下地層130と導電性化合物層120の構造が類似しているとはいえ、L1型FePt規則合金の結晶配向を制御したり規則化を促進したりする効果は、MgOという材料に特有のものであることを示している。なお、いずれの場合も、飽和磁化、結晶粒径はほとんど変化しなかった。
【0049】
MgO下地層130の膜厚が3nmを超えた場合、磁気特性や結晶配向乱雑性は、MgO下地層130の膜厚が1nm以上3nm以下の場合とほとんど変わらないが、結晶粒径はMgO下地層130の膜厚増加に伴って明らかに増大する傾向を示した。この結晶粒径の増大は、磁気記録媒体10として好ましくない。
【0050】
一般に、薄膜の結晶粒子は逆錐型の柱状に成長し、膜厚が増加するにしたがって結晶粒径は増大する。導電性化合物層120、MgO下地層130、磁気記録層140は相互に類似した結晶構造をもつため、これらの層間では連続的に結晶成長が起こりやすい。したがって、MgO下地層130膜厚の増加に伴って結晶粒径が増大したのは自然である。
【0051】
一方、MgO下地層130の膜厚が1nm以上3nm以下の場合は、結晶粒径はほとんど変化しなかった。この理由は、次のように考えられる。これらの層は多少なりとも結晶軸の長さ等の性状が異なるため、これらの層の境界では連続的に成長しない結晶粒子が一部生じ、平均的に結晶粒径を低減させる。膜厚の小さいMgO下地層130が磁気記録層140の直下に設けられると、MgO下地層130の上下の層境界で二段階に結晶粒径低減の効果が発生する。この結晶粒径低減の効果が、MgO下地層130の膜厚増加にともなう結晶粒径増大の効果を相殺したものと推測される。
【0052】
なお、MgO下地層130の膜厚が3nmを超えた場合、その製膜には6秒を超える時間を要した。すなわち、この場合の磁気記録媒体10は、MgO下地層130の製膜に要する時間がボトルネックとなってタクトタイムが長くなり、製造スループットを低下させるため、そもそも量産プロセスに適したものではない。
【0053】
[実施例3]
本発明の実施例3では、密着層110と導電性化合物層120の間に配向制御層としてCr層7nmを追加して製膜した以外は実施例1と同様の方法で磁気記録媒体10を作製した。また、実施例1と同様の方法でこの磁気記録媒体10の諸特性を評価した。
【0054】
図7は、1〜2行目において、実施例1および本実施例3に係る磁気記録媒体10の保磁力、磁気異方性定数、および結晶配向乱雑性の値を示す。実施例1に係る磁気記録媒体10(1行目)では、FePt合金の(111)結晶面からの回折ピークがごく僅かではあるが観察されたのに対し、本実施例3に係る磁気記録媒体10では、(111)結晶面からの回折ピークが完全に消失した。すなわち、密着層110と導電性化合物層120の間に配向制御層としてCr層7nmを追加して製膜することにより、磁気記録層140の[001]軸の膜面垂直配向性が更に改善された。この理由は、次のように考えられる。
【0055】
Crは、体心立方構造をもつ。Cr層と、立方晶系に属する結晶構造を有する導電性化合物層120との層境界では、Crの[110]軸と立方晶系の導電性化合物層の[100]軸とを一致させるような結晶成長が誘起され、Cr層は導電性化合物層120の[001]軸の膜面垂直配向性を改善する効果を発現する。この導電性化合物層120の配向改善を契機として、MgO下地層130、ひいては磁気記録層140の配向が改善されたものと推測される。
【0056】
磁気記録層140の[001]軸の膜面垂直配向性が改善された結果として、保磁力と磁気異方性定数が増大し、更に優れた磁気特性が得られた。なお、飽和磁化、規則度、および結晶粒径は、実施例1に係る磁気記録媒体10とほとんど相違なかった。また、磁気記録層140の組成分析を行った結果、Fe、PtおよびAg以外の金属元素は検出されなかったので、配向制御層を構成する原子は磁気記録層140へ拡散していないことが確かめられた。
【0057】
[実施例4]
本発明の実施例4では、Cr層に替えてV層、Nb層、Mo層、Ta層、W層(それぞれ7nm)を代替的に用いて配向制御層を製膜した以外は実施例3と同様の方法で、複数の磁気記録媒体10を作製した。また、実施例1と同様の方法でこれらの磁気記録媒体の諸特性を評価した。
【0058】
図7は、3〜7行目において、本実施例4に係る磁気記録媒体10の保磁力、磁気異方性定数、および結晶配向乱雑性の値を示す。本実施例4に係る磁気記録媒体10では、(111)結晶面からの回折ピークは完全には消失しなかったものの、実施例1に係る磁気記録媒体10(1行目)と比較して、結晶配向乱雑性の値はいずれも低下した。V、Nb、Mo、Ta、Wはいずれも体心立方構造をもつため、Crと同様のメカニズムで配向改善効果を発現したものと考えられる。
【0059】
磁気記録層140の[001]軸の膜面垂直配向性が改善された結果として、保磁力と磁気異方性定数は増大し、さらに優れた磁気特性が得られた。なお、規則度および結晶粒径は、実施例1に係る磁気記録媒体10とほとんど相違なかった。また、磁気記録層140の組成分析を行った結果、Fe、PtおよびAg以外の金属元素は検出されず、配向制御層を構成する原子が磁気記録層140へ拡散していないことが確かめられた。
【0060】
なお、Cr、V、Nb、Mo、Ta、Wのいずれかを含む合金を用いて配向制御層を形成した場合であっても、これらの合金が体心立方構造をもつ範囲内において、実施例3〜4と同様の効果を発揮すると考えられる。
【0061】
[実施例5]
本発明の実施例5では、導電性化合物層120としてチタン酸ストロンチウム層に替えて酸化インジウムスズ層12nmを製膜した以外は実施例1と同様の方法で磁気記録媒体10を作製した。また、実施例1と同様の方法でこの磁気記録媒体10の諸特性を評価した。本実施例5に係る磁気記録媒体10の諸特性値は、いずれも実施例1に係る磁気記録媒体10の諸特性とほぼ同等であった。すなわち、導電性化合物層120として、酸化インジウムスズ層はチタン酸ストロンチウム層と同等の効果をもつことがわかった。
【0062】
[実施例6]
本発明の実施例6では、導電性化合物層120としてチタン酸ストロンチウム層に替えて窒化チタン層12nmを製膜した以外は実施例1と同様の方法で磁気記録媒体10を作製した。また、実施例1と同様の方法でこの磁気記録媒体10の諸特性を評価した。本実施例6に係る磁気記録媒体10の諸特性値は、いずれも実施例1に係る磁気記録媒体10の諸特性とほぼ同等であった。すなわち、導電性化合物層120として、窒化チタン層はチタン酸ストロンチウム層と同等の効果をもつことがわかった。
【0063】
[実施例7]
本発明の実施例7では、潤滑層160としてパーフルオロポリエーテルを保護層150の上面に塗布した以外は実施例3と同様の方法で磁気記録媒体10を作製した。この磁気記録媒体10に対して、熱アシスト磁気記録方式によって磁気信号を記録および再生した。この記録再生試験には静止記録再生実験装置を用いた。
【0064】
静止記録再生実験装置は、静止している磁気記録媒体10上で磁気ヘッドを移動させ、所望位置で磁気信号の記録および再生を行うものである。この磁気ヘッドには、記録磁界を発生させるために通常備えられている磁極やコイル、磁気信号を再生するために通常備えられている磁気抵抗効果素子の他に、レーザダイオード、光導波路、ミラー、近接場光素子等が配置されており、磁気記録媒体10の磁気記録層140を近接場光により局所的に加熱しながら磁界を印加して磁気信号を記録することができる。
【0065】
レーザ出力、レーザ照射時間、コイル電流、等を最適化しながら様々の線記録密度の磁気信号を記録し、記録した磁気信号を再生した。その結果、本実施例7に係る磁気記録媒体10では、ビット長分解能として23.1nmが得られた。この分解能は、線記録密度に換算すると、1100kBPI(1インチ当たり1100000ビット)の高記録密度に相当する。
【0066】
[実施例8]
本発明の実施例8では、密着層110であるNi−Ta層の膜厚を70nmとし、密着層110と配向制御層との間に軟磁性裏打ち層としてFe−Co−Ta−Zr層30nmを追加して製膜した以外は、実施例7と同様の方法で磁気記録媒体10を作製した。この磁気記録媒体に対して、実施例7と同様の方法で熱アシスト磁気記録方式によって磁気信号を記録および再生した。
【0067】
本実施例8に係る磁気記録媒体10では、ビット長分解能として19.0nmが得られた。この分解能は、線記録密度に換算すると1340kBPIの高記録密度に相当する。
【0068】
飽和磁束密度と透磁率が高いという性質を有する軟磁性裏打ち層が磁気記録層140の下方に設けられると、その軟磁性裏打ち層が磁気ヘッドから発生する磁束のパスとして機能するため、磁気記録層140には急峻な垂直方向の記録磁界が印加される。これにより、本実施例8に係る磁気記録媒体10は、実施例7に係る磁気記録媒体10よりも優れた記録再生性能を発揮することができる。
【0069】
なお、本実施例8において、配向制御層を設けない場合でも、軟磁性裏打ち層を設けることによる効果は同様であると考えられる。
【0070】
[実施例9]
本発明の実施例9では、密着層110であるNi−Ta層の膜厚を70nmとし、密着層110と配向制御層との間に熱吸収層としてCu−Zr層30nmを追加して製膜した以外は、実施例7と同様の方法で磁気記録媒体10を作製した。この磁気記録媒体10に対して、実施例7と同様の方法で熱アシスト磁気記録方式によって磁気信号を記録および再生した。
【0071】
本実施例9に係る磁気記録媒体10では、ビット長分解能として19.8nmが得られた。この分解能は、線記録密度に換算すると1280kBPIの高記録密度に相当する。
【0072】
熱アシスト磁気記録方式では、磁気記録層140中の磁化反転の急峻さは、ヘッドからの記録磁界の勾配だけでなく、温度の時間勾配の影響を受ける。熱伝導率が高い性質を有する熱吸収層が磁気記録層140の下方に設けられると、磁気記録層140中の熱拡散が促進され、加熱開始時の昇温速度および加熱終了時の降温速度が大きくなる。このため、熱吸収層が設けられると、磁気記録層140中の磁化反転の急峻さが増す。これにより、本実施例9に係る磁気記録媒体10は、実施例7に係る磁気記録媒体10よりも優れた記録再生性能を発揮することができる。
【0073】
なお、実施例8で説明した軟磁性裏打ち層と実施例9で説明した熱吸収層をともに設けることもできる。軟磁性裏打ち層と熱吸収層は、いずれが上下であっても相応の効果を発揮すると考えられる。さらには、軟磁性裏打ち層の機能と熱吸収層の機能を双方発揮するような材料で形成された単一の層を用いることもできる。また、軟磁性裏打ち層の機能や熱吸収層の機能を発揮するような材料で密着層110や配向制御層を形成することで、密着層110や配向制御層に複数の機能をもたせることもできる。
【0074】
[実施例10]
本発明の実施例10では、磁気記録層140として70vol%(45at%Fe−45at%Pt−10at%Ag)−30vol%C層に替えて70vol%(45at%Fe−45at%Pt−10at%Ag)−30vol%SiO層6nmを製膜した以外は実施例1と同様の方法で磁気記録媒体10を作製した。また、実施例1と同様の方法でこの磁気記録媒体の諸特性を評価した。
【0075】
図8は、1〜2行目において、実施例1および本実施例10に係る磁気記録媒体10の保磁力、磁気異方性定数、規則度、結晶配向乱雑性、および結晶粒径の値を示す。本実施例10に係る磁気記録媒体10は、高い保磁力と磁気異方性定数を示し、優れた磁気特性を示した。また、実施例1に係る磁気記録媒体10(1行目)と比較すると、結晶配向乱雑性が低下し、磁気異方性定数が増大した。保磁力は実施例1の磁気記録媒体とほぼ同等であったが、これは、結晶粒径が増大し、磁化反転機構が磁壁移動型に近付いたことによるものと考えられる。
【0076】
なお、本実施例10では磁気記録層140内の30vol%Cに代えて30vol%SiOを用いているが、その他の酸化物を用いることも考えられる。例えば、MgO、Ta、TiO、ZrO、Alが考えられる。これらは磁気記録層140においてグラニュラ構造を効果的に形成するためのものであるので、同様の効果を発揮することができれば、その他の酸化物を用いることもできる。
【0077】
[実施例11]
本発明の実施例11では、磁気記録層140として70vol%(45at%Fe−45at%Pt−10at%Ag)−30vol%C層に替えて70vol%(45at%Fe−45at%Pt−10at%Au)−30vol%C層6nm、70vol%(45at%Fe−45at%Pt−10at%Cu)−30vol%C層6nm、もしくは70vol%(50at%Fe−50at%Pt)−30vol%C層6nmを製膜した以外は、実施例1と同様の方法で磁気記録媒体10を作製した。また、実施例1と同様の方法でこの磁気記録媒体の諸特性を評価した。
【0078】
図8は、3〜5行目において、本実施例11に係る磁気記録媒体10の保磁力、磁気異方性定数、規則度、結晶配向乱雑性、および結晶粒径の値を示す。本実施例11に係る磁気記録媒体10は、いずれも高い保磁力と磁気異方性定数を示し、優れた磁気特性を示した。
【0079】
実施例1に係る磁気記録媒体10(1行目)と比較すると、磁気記録層140に70vol%(45at%Fe−45at%Pt−10at%Cu)−30vol%C層を用いた場合、諸特性値はほぼ同等であった。磁気記録層140に70vol%(45at%Fe−45at%Pt−10at%Au)−30vol%C層を用いた場合、規則度が僅かに低下し、それにともなって保磁力と磁気異方性定数も僅かに低下した。磁気記録層140に70vol%(50at%Fe−50at%Pt)−30vol%C層を用いた場合、規則度、保磁力、および磁気異方性定数は更に低下した。
【0080】
以上の結果より、AgおよびCuはL1型FePt規則合金の規則化を促進する添加元素として特に高い効果をもち、AuはAgおよびCuに準ずる効果をもつことがわかった。
【0081】
[比較例1]
以下の比較例1〜4では、本発明の実施例に係る磁気記録媒体10と比較するための構成とその特性について説明する。
【0082】
本比較例1に係る磁気記録媒体では、導電性化合物層120を製膜しなかった以外は実施例1と同様の方法で磁気記録媒体10を作製した。また、実施例1と同様の方法でこの磁気記録媒体の諸特性を評価した。
【0083】
図9は、本比較例1に係る磁気記録媒体の磁化曲線を示す図である。この磁気記録媒体の飽和磁化、保磁力は、それぞれ80emu/cc、7kOeであり、実施例1に係る磁気記録媒体10と比較して著しく劣っていた。
【0084】
図10は、本比較例1に係る磁気記録媒体のX線回折パターンを示す図である。実施例1に係る磁気記録媒体10と比較して、FePt合金の(001)および(002)結晶面からの回折ピーク強度が著しく低下し、FePt合金の(111)結晶面からの回折ピーク強度が著しく増大した。
【0085】
本比較例1における磁気記録層140の組成分析を行った結果、Fe、Pt、およびAg以外の金属元素として、NiおよびTaが多く検出された。このことは、密着層110を構成する金属原子がMgO下地層130を透過して磁気記録層140に拡散したことを示している。これらの不純物元素が磁気記録層140に含まれることにより、磁気記録層140の強磁性そのものが損なわれ、保磁力のみならず飽和磁化までもが劣化したものと考えられる。
【0086】
また、導電性化合物層120を設けず、MgO下地層1nmを単独で用いた場合、磁気記録層140の結晶配向を適切に制御したり規則化を促進したりするMgO下地層130の機能が損なわれていると推察される。このため、FePt合金の(001)および(002)結晶面からの回折ピーク強度の低下や、FePt合金の(111)結晶面からの回折ピーク強度の増大が生じたと考えられる。
【0087】
[比較例2]
本比較例2では、MgO下地層130の膜厚を様々に変化させた以外は比較例1と同様の方法で複数の磁気記録媒体を作製した。また、実施例1と同様の方法でこれらの磁気記録媒体の諸特性を評価した。
【0088】
図11は、本比較例2に係る磁気記録媒体の飽和磁化、保磁力、磁気異方性定数、規則度、結晶配向乱雑性をMgO下地層130の膜厚に対してプロットした図を示す。導電性化合物層120を設けず、MgO下地層130を単独で用いた場合、MgO下地層130の膜厚がおよそ10nm以上にならないと、良好な結晶配向性が得られなかった。また、規則化が促進されないため、優れた磁気特性が得られなかった。MgO下地層130の膜厚がおよそ6nm以下の場合には、特に磁気特性が劣っていた。これは、密着層110を構成する金属原子がMgO下地層130を透過して磁気記録層140に拡散したことによると考えられる。
【0089】
なお、MgO下地層130の膜厚が3nmを超えた場合、その製膜には6秒を超える時間を要した。すなわち、この場合の磁気記録媒体は、このMgO下地層130の製膜に要する時間がボトルネックとなってタクトタイムが長くなり、製造スループットを低下させるため、そもそも量産プロセスに適したものではない。
【0090】
[比較例3]
本比較例3では、導電性化合物層120を製膜せず、Cr層で形成した配向制御層を設けた以外は実施例1と同様の方法で磁気記録媒体を作製した。また、実施例1と同様の方法でこの磁気記録媒体の諸特性を評価した。
【0091】
図12は、本比較例3に係る磁気記録媒体の磁化曲線を示す図である。この磁気記録媒体の飽和磁化、保磁力は、それぞれ50emu/cc、2kOeであり、実施例1に係る磁気記録媒体10と比較して著しく劣っていた。
【0092】
図13は、本比較例3に係る磁気記録媒体のX線回折パターンを示す図である。実施例1に係る磁気記録媒体10と比較して、FePt合金の(001)および(002)結晶面からの回折ピーク強度が著しく低下した。
【0093】
本比較例1における磁気記録層140の組成分析を行った結果、Fe、Pt、およびAg以外の金属元素として、Crが特に多く検出され、NiおよびTaも少量検出された。このことは、配向制御層または密着層110を構成する金属原子がMgO下地層130を透過して磁気記録層140に拡散したことを示している。これらの不純物元素が磁気記録層140に含まれることにより、磁気記録層140の強磁性そのものが損なわれ、保磁力のみならず飽和磁化までもが劣化したものと考えられる。
【0094】
本比較例3の磁気記録媒体は、導電性化合物層120をもたないが、配向制御層としてCr層をもつ。このため、磁気記録層140の結晶配向を制御するMgO下地層130の機能はさほど損なわれず、結晶配向乱雑性の明確な劣化は生じなかった。
【0095】
[比較例4]
本比較例4では、MgO下地層130の膜厚を様々に変化させた以外は比較例3と同様の方法で複数の磁気記録媒体を作製した。また、実施例1と同様の方法でこれらの磁気記録媒体の諸特性を評価した。
【0096】
図14は、本比較例4に係る磁気記録媒体の飽和磁化、保磁力、磁気異方性定数、規則度、結晶配向乱雑性をMgO下地層130の膜厚に対してプロットした図を示す。本比較例4では、導電性化合物層120を設けず、MgO下地層130が配向制御層であるCr層と直接接しているため、MgO下地層130の膜厚がおよそ10nm以上にならないと優れた磁気特性が得られなかった。
【0097】
本比較例4に係る磁気記録媒体は、比較例2とは異なり、配向制御層をもつ恩恵を受けて、MgO下地層130の膜厚が小さくても、結晶配向性はむしろ良好であり、また多少は規則化が促進されている。それにもかかわらず優れた磁気特性が得られないのは、Crが磁気記録層140へ拡散したことが原因と考えられる。一般に、Crを始めとする体心立方構造の元素は、3d強磁性元素の強磁性を著しく損なわせる。本比較例4に係る磁気記録媒体は、MgO下地層130の膜厚がおよそ6nm以下の場合に、特に飽和磁化が小さかった。以上の結果から、本比較例4において、MgO下地層130の膜厚が小さい場合に優れた磁気特性が得られないのは、Crが磁気記録層140へ拡散したことが主要因であると考えられる。
【0098】
なお、MgO下地層130の膜厚が3nmを超えた場合、その製膜には6秒を超える時間を要した。すなわち、この場合の磁気記録媒体は、このMgO下地層の製膜に要する時間がボトルネックとなってタクトタイムが長くなり、スループットを低下させるため、そもそも量産プロセスに適したものではない。
【符号の説明】
【0099】
10 磁気記録媒体
100 基板
110 密着層
120 導電性化合物層
130 MgO下地層
140 磁気記録層
150 保護層
160 潤滑層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
L1型構造を有する規則合金であって、FeおよびCoのいずれかと、PtおよびPdのいずれかとの合金である規則合金を含む磁気記録層と、
前記磁気記録層よりも基板に近い側に配置されたMgO層と、
前記MgO層よりも基板に近い側に配置され、立方晶系に属する結晶構造を有する導電性化合物層と、
を備え、
前記MgO層の膜厚は1nm以上3nm以下である
ことを特徴とする磁気記録媒体。
【請求項2】
前記導電性化合物層は、チタン酸ストロンチウム、酸化インジウムスズ、窒化チタン、のいずれかを用いて構成されている
ことを特徴とする請求項1記載の磁気記録媒体。
【請求項3】
前記導電性化合物層よりも基板に近い側に、体心立方構造を有する金属層であって、Cr、V、Nb、Mo、Ta、Wから選ばれる少なくとも1つの元素を含む金属層を有する
ことを特徴とする請求項1記載の磁気記録媒体。
【請求項4】
前記磁気記録層は、酸化物または炭素を含むことを特徴とする請求項1記載の磁気記録媒体。
【請求項5】
前記磁気記録層は、Ag、Au、Cuから選ばれる少なくとも1つの元素を含む
ことを特徴とする請求項1記載の磁気記録媒体。
【請求項6】
前記導電性化合物層よりも基板に近い側に軟磁性裏打ち層を備えた
ことを特徴とする請求項1記載の磁気記録媒体。
【請求項7】
前記導電性化合物層よりも基板に近い側に熱吸収層を備えた
ことを特徴とする請求項1記載の磁気記録媒体。
【請求項8】
請求項1記載の磁気記録媒体を備えたことを特徴とする磁気記録装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2012−174320(P2012−174320A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−37408(P2011−37408)
【出願日】平成23年2月23日(2011.2.23)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成20年度 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「超高密度ナノビット磁気記録技術の開発(グリーンITプロジェクト)」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】