説明

磁気軸受式ターボ分子ポンプ

【課題】 安全性の高い磁気軸受式ターボ分子ポンプの提供。
【解決手段】 磁気軸受のアキシャル軸であり電磁石51,52の中心軸に垂直な面内に非接触式位置センサ20を3つ配設した。各位置センサ20はベース4に設けられており、ロータ2のドラッグポンプ段を構成する円筒部12の内周面とのギャップを検出する。そして、各位置センサ20の検出結果に基づいて、円筒部12の内径の変化であるロータ変形量δを算出する。このロータ変形量δに基づいてロータ2とネジステータ11の接触の可能性があるか否かを判定し、可能性があると判定された場合にはロータ回転数を下げて接触を回避する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体製造装置や分析装置等に使用される磁気軸受式ターボ分子ポンプに関する。
【背景技術】
【0002】
半導体製造装置や分析装置等に用いられるターボ分子ポンプでは、中真空域から高真空域での高排気性能を得るためにタービン翼段とドラッグポンプ段とを備えたものがある。ドラッグポンプ段はタービン翼段の下流側に設けられるものであり、一般的に、ロータ下部に設けられた円筒部と、その円筒部の周面と僅かなギャップで対向配置されたネジステータとから成る。そして、円筒部がネジステータに対して高速回転することでガスが排気される。
【0003】
ターボ分子ポンプで排気されるガスの流量が多くなったり、排気されるガスの分子量が大きくなるにつれて、モータ電力増大に伴う発熱やガス排気に伴う摩擦熱などによりロータ温度が上昇する。特に、圧力の高いドラッグポンプ段では摩擦熱の増大によりロータ温度が高くなりやすく、ロータの熱膨張により円筒部が径方向に変形してネジステータと接触するおそれがあった。さらに、ロータには遠心力が作用しているため、上述した熱膨張に加えてクリープによる変形も生じる。
【0004】
従来、このような変形によるロータ接触を避けるために、ポンプベース部に温度センサを設けたり、モータステータ温度を検出する機構を設けるなどして、ロータ温度の異常上昇を間接的に検出するようにしている。そして、温度異常上昇検出時には、ロータ回転を停止してロータとステータとの接触を回避するようにしていた。
【0005】
その場合、ベース部やモータステータの温度を検出してロータ温度を推定しているため、ロータが非接触支持されている磁気軸受式ターボ分子ポンプでは、ロータ温度の推定精度が悪いという欠点があった。そのため、異常温度検出の設定が、実際のロータ異常温度からずれてしまって、上述したロータ回転制御が適切に行われないという問題があった。
【0006】
このようなロータ温度推定によるロータ接触回避対策の問題点を解決するものとして、ロータ回転軸に対して対称な位置に2つの非接触式位置センサを対向させて設け、ロータの径方向の変形を検出するものが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0007】
【特許文献1】特開平11−6774号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、ロータは磁気軸受に非接触支持されているため、ロータ回転軸は磁気軸受の中心軸に対して0〜数百μmの範囲で変動している。ところで、上述したロータ変形検出方法では2つの位置センサが回転軸に関して対称に設けられているため、回転軸の中心位置が2つの位置センサを結ぶ線上にない場合にはロータ変形を精度良く検出できず、ポンプを安全に運転する観点において課題があった。
【課題を解決するための手段】
【0009】
請求項1の発明は、磁気軸受により非接触支持されたロータをステータに対して回転することによりガスを排気する磁気軸受式ターボ分子ポンプに適用され、磁気軸受のアキシャル軸に垂直な面内の少なくとも3つの位置にロータと対向するように配設されて、ロータの位置を検出する少なくとも3つの非接触式位置センサと、複数の非接触式位置センサの各々によって検出されたロータ位置に基づいて、ロータの変形量を演算するロータ変形量演算手段とを備えたことを特徴とする。
請求項2の発明は、磁気軸受により非接触支持されたロータをステータに対して回転することによりガスを排気する磁気軸受式ターボ分子ポンプに適用され、ロータと対向するように配設されて、ロータの位置を検出する1つの非接触式位置センサと、非接触式位置センサで検出されたロータ位置と磁気軸受に設けられたラジアル変位センサの検出情報とに基づいて、ロータの変形量を演算するロータ変形量演算手段とを備えたことを特徴とする。
請求項3の発明は、請求項1または2に記載の磁気軸受式ターボ分子ポンプにおいて、非接触式位置センサを配設位置に支持する支持部材の温度を検出する支持部材温度センサと、支持部材温度センサの検出温度に基づいて、支持部材の熱膨張による非接触式位置センサの位置ズレを補正する補正手段とを備え、ロータ変形量演算手段は、補正手段の位置ズレ補正に基づいてロータの変形量を演算するものである。
請求項4の発明は、請求項1〜3のいずれかに記載の磁気軸受式ターボ分子ポンプにおいて、ロータの変形量が所定値以上の場合にロータ回転数を低下させる回転数変更手段を備えたものである。
請求項5の発明は、請求項1〜3のいずれかに記載の磁気軸受式ターボ分子ポンプにおいて、ロータ非回転時に、磁気軸受の電磁石が固定された固定部の温度を検出する固定部温度センサと、固定部温度センサの検出温度とロータの変形量とに基づいて、ロータ回転時のロータの温度を算出するロータ温度演算手段とを備えたものである。
請求項6の発明は、請求項5に記載の磁気軸受式ターボ分子ポンプにおいて、ロータ回転時のロータの温度が所定の上限温度以上の場合にロータ回転数を低下させる回転数変更手段を備えたものである。
請求項7の発明は、請求項1〜3のいずれかに記載の磁気軸受式ターボ分子ポンプにおいて、変形量の時間変化率を、時系列的に繰り返し算出する時間変化率演算手段と、時間変化率演算手段で算出された時間変化率が所定値以上の場合にロータ回転数を低下させる回転数変更手段とを備えたものである。
請求項8の発明は、請求項1〜3のいずれかに記載の磁気軸受式ターボ分子ポンプにおいて、変形量の時間変化率を、時系列的に繰り返し算出する時間変化率演算手段と、時間変化率演算手段で算出された時間変化率が所定値以上の場合に警告を発生する警告発生手段とを備えたものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ロータの変形量やロータ温度が精度良く算出され、それらに基づいてターボ分子ポンプをより安全に運転させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、図を参照して本発明を実施するための最良の形態について説明する。図1は本発明によるターボ分子ポンプの一実施の形態を示す図であり、磁気軸受式ターボ分子ポンプのポンプ本体1とコントローラ30の概略構成を示したものである。
【0012】
ロータ2が取り付けられたシャフト3は、ベース4に設けられた電磁石51,52,53によって非接触支持されている。シャフト3の浮上位置は、ベース4に設けられたラジアル変位センサ71,72およびアキシャル変位センサ73によって検出される。ラジアル磁気軸受を構成する電磁石51,52と、アキシャル磁気軸受を構成する電磁石53と、変位センサ71〜73とで5軸制御型磁気軸受が構成される。
【0013】
ベース4には、ロータ2を回転駆動するモータ6、保護ベアリング27,28が設けられている。保護ベアリング27,28にはメカニカルベアリングが用いられ、電磁石51〜53によるシャフト3の磁気浮上がオフされたときにシャフト3を支持する。シャフト3の回転数は回転数センサ14により検出される。
【0014】
ロータ2には、回転軸方向に複数段の回転翼8が形成されている。上下に並んだ回転翼8の間には固定翼9がそれぞれ配設されている。これらの回転翼8と固定翼9とにより、ターボ分子ポンプ1のタービン翼段が構成される。各固定翼9は、スペーサ10によって上下に挟持されるように保持されている。スペーサ10は、固定翼9の保持機能とともに、固定翼9間のギャップを所定間隔に維持する機能を有している。
【0015】
さらに、固定翼9の後段(図示下方)にはドラッグポンプ段を構成するネジステータ11が設けられており、ネジステータ11の内周面とロータ2の円筒部12との間にはギャップが形成されている。ロータ2およびスペーサ10によって保持された固定翼9は、吸気口13aが形成されたケーシング13内に納められている。ロータ2が取り付けられたシャフト3を電磁石51〜53により非接触支持しつつモータ6により回転駆動すると、吸気口13a側のガスは矢印G1のように背圧側(空間S1)に排気され、背圧側に排気されたガスは排気口26に接続された補助ポンプにより排出される。
【0016】
ベース4には、ロータ2の円筒部12に対向する位置に非接触式の位置センサ20が設けられている。図2の(a)は図1のA−A断面図であり、位置センサ20はラジアル電磁石51,52の中心軸に関して角度120degの間隔で3カ所配置されている。図2(b)は、図2(a)のB部拡大図である。これらの位置センサ20は円筒部12の内周面の径方向位置を検出するセンサであり、光学式センサや磁気式のセンサが用いられる。
【0017】
なお、位置センサ20はネジステータ11の内周面に配設しても良い。また、図3のように円筒部12の内側にもネジステータ23を有するポンプの場合には、位置センサ20をネジステータ23に設けるようにしても良い。
【0018】
位置センサ20が配設されるドラッグポンプ段においては排気されたガスが化学反応などにより固化しやすいため、光学式センサの場合には受光部にガス固化物が付着して位置検出に不都合が生じやすい。そのため、位置センサ20には磁気センサを用いるのが好ましい。
【0019】
磁気センサとしては、例えば、変位センサ71〜73と同様のインダクタンス式センサを用いる。インダクタンス式の位置センサ20は、図2に示すように珪素鋼板などの透磁率の大きな金属芯20aの周囲にコイル20bを巻いたものであり、検出対象である円筒部12の内周面には珪素鋼板等の透磁率の大きなで部材で形成したリング22が嵌め込まれている。
【0020】
位置センサ20のコイル20bに一定周波数、一定電圧の高周波電圧を印加すると、コイル先端からロータ内周面に向けて高周波磁界が形成される。この磁界中で円筒部12とのギャップ寸法が変化するとコイル20bのインダクタンスが変化し、その変化からロータ内周面とのギャップを検出することができる。なお、検出されたギャップからロータ変形の導出する方法については後述する。
【0021】
図1に戻って、21は位置センサ20付近のベース温度を検出する温度センサである。位置センサ20および温度センサ21各検出信号は、コントローラ30に設けられた演算部31にそれぞれ入力される。ポンプ本体1を駆動制御するコントローラ30には、磁気軸受駆動制御部32およびモータ駆動制御部33が設けられている。演算部31は、位置センサ20および温度センサ21の検出信号に基づいてロータ変形やロータ温度などを演算する。34はポンプ本体1の状態等を表示するための表示部である。演算部31による演算結果は記憶部35に記憶される。
【0022】
図4は5軸制御型磁気軸受の概略構成を示す図であり、シャフト3の回転軸Jがz軸に一致するように示した。図4に示すように、図1のラジアル電磁石51は、4つの電磁石51a,51b,51c,51dで構成されている。電磁石51a,51bはそれぞれx軸に沿ったX1−方向、X1+方向に配設され、電磁石51c,51dはそれぞれy軸に沿ったY1−方向、Y1+方向に配設されている。また、これらの電磁石51a〜51dに対応するように、図1の変位センサ71も2対のセンサ71a〜71dから構成されている。
【0023】
同様に、ラジアル電磁石52も4つの電磁石52a,52b,52c,52dで構成されており、電磁石52a,52bはそれぞれx軸に沿ったX2−方向、X2+方向に配設され、電磁石52c,52dはそれぞれy軸に沿ったY2−方向、Y2+方向に配設されている。また、これらの電磁石52a〜52dに対応するように、図1の変位センサ72も2対のセンサ72a〜72dから構成されている。
【0024】
アキシャル電磁石53は、シャフト3の下端に設けられたディスク41をz軸に沿って挟むように対向して配設された電磁石53a,53bから成る。電磁石53a,53bは、それぞれz軸に沿ったZ−方向、Z+方向に配設される。シャフト3の下方にはアキシャル用の変位センサ73がシャフト端面に対向するように配置されている。
【0025】
(ロータ変形計測の説明)
本実施の形態では、ベースに設けられた3つの位置センサ20を用いてロータ2の変形を検出する。ここでは、ロータ停止中のロータ内径D0とロータ回転中のロータ内径D1との差δ=D1−D0をロータ変形量とする。図5はロータ変形量計算のモデル図であり、以下ではこのモデル図を参照して計算方法の説明を行う。
【0026】
図5において、円C1は円筒部12の内周面を表しており、直径は上述したD0,D1である。一方、内側の円C2は3つの位置センサ20の各先端を通る円を表しており、その直径はd0である。ここでは、円C2の中心をxy座標の原点として位置を表すことにする。P1,P2,P3は位置センサ20の先端位置を表しており、各々の座標を(x1,y1,(x2,y2),(x3,y3)とする。また、各位置センサ20の取付角度はθ1=120deg,θ2=240deg,θ3=360degである。
【0027】
磁気軸受の場合、ロータ2が取り付けられたシャフト3は磁気軸受の中心軸に対して偏った位置に移動することが可能であり、磁気浮上位置は中心軸と完全に一致することはなく、一般的にロータ2は偏心状態で回転している。円筒部12の内周面C1上の点P4(x4,y4)は、P1に配置された位置センサ20の測定値を表しており、座標原点と点P1とを結ぶ線上にある。同様に、P5(x5,y5),P6(x6,y6)は、P2,P3のそれぞれに配置された位置センサ20の測定位置を表している。
【0028】
ここで、点P1から点P4までの距離をL1,点P2から点P5なでの距離をL2,点P3から点P6までの距離をL3とすると、点P4〜P6の座標(x4,y4),(x5,y5),(x6,y6)は次式(1)〜(3)のように表される。
x4=(L1+d0/2)cosθ1、y4=(L1+d0/2)sinθ1 …(1)
x5=(L2+d0/2)cosθ2、y5=(L2+d0/2)sinθ2 …(2)
x6=(L3+d0/2)cosθ3、y6=(L3+d0/2)sinθ3 …(3)
【0029】
また、直線P4P5,直線P5P6は次式(4),(5)で表される。
y={(y4−y5)/(x4−x5)}(x−x4)+y4 …(4)
y={(y5−y6)/(x5−x6)}(x−x5)+y5 …(5)
【0030】
一方、3点P4,P5,P6を通る円の中心は円筒部12の中心であり、図6に示すように線分P4P5,P5P6の垂直二等分線の交点P9に一致する。図6の直線P7P9,直線P8P9は次式(6),(7)で表されるので、中心P9の座標は式(6),(7)を用いて算出することができ、次式(8),(9)で表される。
y=−{(y4−y5)/(x4−x5)}{x−(x4+x5)/2}
(y4+y5)/2 …(6)
y=−{(y5−y6)/(x5−x6)}{x−(x5+x6)/2}
(y5+y6)/2 …(7)
x9=(ax−bx−y+y)/(a−b) …(8)
y9=(abx−abx−by+ay)/(a−b) …(9)
ここで、a=−(x4−x5)/(y4−y5)、b=−(x5−x6)/(y5−y6)、x=(x4+x5)/2、y=(y4+y5)/2、x=(x5+x6)/2、y=(y5+y6)/2である。
【0031】
さらに、回転時の円筒部12の内径D1は線分P4P9の2倍であるから、次式(10)により算出される。
D1=2{(x4−x9)+(y4−y9)1/2 …(10)
【0032】
ここで、具体的な数値を代入してみる。まず、d0=0.1mであって、回転停止時にD0=0.101mであったロータ2が回転時にD1=0.102mになった場合を考える。このとき、円筒部12の変形量、すなわちロータ変形量δは0.001m=1mmとなる。z軸に対する中心P9の偏心量の最大値は、シャフト3と保護ベアリング27,28との径方向ギャップ寸法によって規定される。
【0033】
ここでは偏心量の最大値が500μmであると仮定し、円筒部12の中心P9はz軸を中心とする半径500μmの円内の任意の位置に移動することができるとする。本実施の形態では、3つの位置センサ20の検出結果に基づいて式(10)から回転時ロータ直径D1を算出しているので、常に一定の値D1が得られる。そのため、ロータ変形量δ=D1−D0は、図7の実線で示すように、ロータ回転軸中心のz軸回りの角度に依らず一定となる。
【0034】
一方、従来例のように磁気軸受中心軸を挟むように2つの位置センサを対向させて設けた場合、検出されるロータ変形量はロータ回転軸中心の角度によって異なる。回転軸中心すなわち円筒部12の中心P9が、z軸を中心とする半径500μmの円周上を回転している場合、検出されるロータ変形量は図7の破線で示すような曲線を描く。対向する2つの位置センサを結ぶ線上に中心P9が位置した場合に検出されるロータ変形量δは1mmとなり、その位置から中心P9の角度が90degずれると検出されるロータ変形量δは実際の値よりも50μm小さな値となってしまう。すなわち、最大で50μm(10%)の測定誤差が生じることになる。
【0035】
一般的に、ロータ変形量δは、遠心力による変形、熱膨張による変形およびクリープ歪みを考慮しても最大500μm程度であるので、10%の誤差は検出機構としては精度が悪すぎるという欠点があった。また、図7からも分かるように、破線で示す場合には実際の変形量に対して小さめに検出されてしまうため、予防保全性から考えると好ましくない。一方、本実施の形態のように3つの位置センサ20で検出する場合には、理論上の測定誤差はゼロであり、正確にロータ変形量を計測することができる。
【0036】
さらに、位置センサ20が設置されているベース4や内側ネジステータ23の温度を温度センサ21で検出し、ベース4や内側ネジステータ23の熱膨張変形によるセンサ位置の変形方向ズレすなわちd0の変化を補正することにより、ロータ変形量δの測定精度をより向上させることができる。
【0037】
上述した実施の形態では、位置センサ20を角度間隔120degで配置したが、必ずしも等間隔で配置する必要はない。また、位置センサ20の数についても、3つではなく4つ以上でも良い。
【0038】
(変形例)
さらに、磁気軸受に用いられているラジアル変位センサ71a〜71dまたは72a〜72dの検出結果を利用することにより、位置センサ20を1つ配置する構成としても良い。例えば、ラジアル変位センサ72a〜72dの検出結果を利用する場合、位置センサ20の検出方向とラジアル変位センサ72a〜72dの中心とが一致するように位置センサ20を配置する。この場合、中心P9(図6参照)の位置はラジアル変位センサ72a〜72dによって常に検出されているので、上述した、式(1),(10)を用いることによりロータ変形量δ=D1−D0を算出することができる。この変形例の場合にも、位置センサ20を円筒部12の外周側に設けても良い。
【0039】
(ロータ温度の予測)
一般的に、ロータ2にはアルミ合金が用いられており、ロータ2の温度が高温になりすぎるとクリープ現象が著しくなるため、所定の上限温度よりも低い温度でターボ分子ポンプを使用するようにしている。しかしながら、磁気軸受式ターボ分子ポンプの場合にはロータ2が磁気浮上しているため温度センサを直接ロータ上に設けることができず、例えばベース温度からロータ温度を予測しているため、ロータ温度の正確な把握が難しかった。
【0040】
本実施の形態では、算出されたロータ変形量δと温度センサ21によって計測されたベース温度とに基づいてロータ温度を算出するようにした。この場合、ベース温度は基準温度として用いられ、コントローラ30の電源投入直後のベース温度をT0とする。電源投入前においては、シャフト3は磁気浮上しておらず、ロータ2はシャフト3,保護ベアリング27,28およびアキシャル電磁石53などを介してベース4と接触している。そのため、電源非通電時のロータ温度はベース温度T0と等しくなっており、電源投入後のロータ定格回転まで加速した直後のロータ温度はほぼT0とみなすことができる。
【0041】
そこで、電源投入後の磁気浮上時(回転数ゼロ)のロータ温度をT0とし、そのときに位置センサ20により検出された円筒部12の内径をD0とする。そして、ロータ温度の上昇により円筒部12の内径がD1になった場合には、そのときのロータ温度T1を次式(11)で算出する。αはロータ2を形成する材料の線膨張係数である。
D1−D0=αD0(T1−T0)
T1=(D1−D0)/(αD0)+T0 …(11)
【0042】
式(11)のロータ温度T1は、ベース4の温度測定値T0と実際に計測したロータ変形量に対応する温度上昇値との和で表されているので、ロータ温度予測を高精度に行うことができる。なお、図1に示す例では温度センサ21を位置センサ20の近傍のベース4に設けたが、電源非通電時に何らかの部材を通じて間接的にロータ2に接触している部材上であれば他の場所に配設しても良い。
【0043】
(ポンプ運転動作の説明)
次に、上述のように算出されたロータ変位量δやロータ温度T1を利用して、ターボ分子ポンプを安全に運転する方法について説明する。図8はロータ変位量δを用いた場合の動作を示すフローチャートであり、コントローラ30の電源が投入されるとスタートする。ステップS1では温度センサ21により温度T0を測定する。ステップS2では、3つの位置センサ21の検出値に基づいて、温度T0における円筒部12の内径D0を算出する。ステップS3では、モータ6による回転駆動を開始して定格回転数でポンプを運転する。
【0044】
ロータ回転数が定格回転数になったならばステップS4に進み、その時の位置センサ21の検出値に基づいて定格回転数における円筒部12の内径D1を算出する。ステップS5ではロータ変形量δ=D1−D0が規定値よりも小さいか否かを判定し、規定値より小さいと判定されるとステップS4へ戻り、規定値以上と判定されるとステップS6へ進む。ステップS5における規定値には、例えば、ロータ2とネジステータ11との接触が防止できるロータ変形量δの上限値を用いる。
【0045】
ステップS5で規定値以上と判定されるてステップS6へ進んだ場合には、ステップs6においてロータ回転数を所定回転数だけ減少させる。そして、ステップS7において運転状態が低回転状態であることをコントローラ30に設けられた表示部34(図1参照)に表示する。なお、表示に加えて、低回転状態であることを示す信号を、例えばポンプが取り付けられた装置側に送信するようにしても良い。
【0046】
ロータ回転数が減少すると遠心力による変形が小さくなるので、ロータ2とネジステータ11との接触を防止することができる。また、モータ6の発熱はガスとの摩擦熱も小さくなるので、ロータ2の温度は徐々に低下する。ステップS8では、上述した式(11)を用いてロータ温度T1を算出する。ステップS9では、算出されたロータ温度T1が規定値よりも小さくなったか否かを判定し、小さいと判定されるとステップS10へ進み、規定値以上と判定されるとステップS8へ戻る。
【0047】
ステップS9はロータ温度が安全な温度となったか否かを判定するステップであり、ここの既定値としては120℃程度の温度が用いられる。ステップS9からステップS10へ進んだ場合には、ステップS10においてロータ回転数を定格回転数まで上昇させる。そして、ステップS11において表示部34に表示されている回転数低下表示を解除した後に、ステップS4へ戻る。
【0048】
なお、図8に示した動作では、ロータ変形量δが規定値よりも小さいか否か判定して回転数低下の制御を行ったが、図9に示すフローチャートのようにロータ温度T1に基づいて回転数制御を行っても良い。すなわち、ステップS4で回転時の円筒部12の内径D1を算出したならばステップS100へ進み、ロータ温度T1を算出する。その後、ステップS101でロータ温度T1が上限温度より小さいか否かを判定する。ステップS101において、ロータ温度T1が上限温度より小さいと判定されるとステップS4へ戻り、ロータ温度T1が上限温度異常と判定されるとステップS6へ進む。その他のステップの処理は、図8に示す同符号ステップの処理と同様であるので説明を省略する。
【0049】
図8,9に示すようなポンプ運転動作を行わせることにより、ロータ2がネジステータ11と接触したりロータ2が破壊したりするのを防止することができ、ターボ分子ポンプを安全に運転することができる。
【0050】
ところで、アルミ合金等の金属から成るロータ2を高速回転させるとロータ2には遠心力が作用し、上述した遠心力による変形および熱膨張による変形に加えてクリープによる変形が生じる。クリープによる歪みεは次式(12)のように応力σ、時間t、温度Tに依存しており、温度Tが上昇するにつれて顕著になる。なお、応力σは遠心力によるものなので、ロータ回転数で置き換えることができる。
ε=f(σ、t、T) …(12)
【0051】
図10は、応力σおよび時間tを一定としたときの時間tと歪みεとの関係を示すクリープ曲線を示したものである。クリープには遷移クリープ、定常クリープおよび加速クリープの3段階があり、図1に示すように時間の経過とともに段階が進む。そして、加速クリープの段階になると歪みεの時間変化率が著しく大きくなり、ある時が経過した後に材料が破断してしまう。ターボ分子ポンプの場合には、ロータ2が破断するか、その前にロータ2がステータ側に接触し、いずれにしてもポンプが損傷してしまう。
【0052】
そこで、本実施の形態のターボ分子ポンプでは、以下のようにしてロータ2のクリープを検出して、加速クリープとなる前にアラームを発することによりクリープによるポンプ損傷を防止し、ターボ分子ポンプ運転における予防保全性の向上を図るようにした。
【0053】
まず、ロータ変形量δを所定運転時間毎に算出し、算出結果を記憶部35に記憶する。そして、その間のロータ変形量δの変化から、ロータ変形量δの変化率Δδを算出し記憶部35に記憶する。定常クリープ段階ではこの変化率Δδはほぼ一定であり、加速クリープ段階へと移行する際に変化率Δδが変化する。そこで、時系列的に繰り返し算出される変化率Δδが所定値以上変化したならば、ロータ回転数を低下させるとともに、表示部34に警告を表示したり警告音を発生するなどしてオペレータに異常発生を知らせる。
【0054】
なお、クリープ曲線は上述したように応力σ(すなわち、ロータ回転数)、時間t、温度Tに依存しているので、ロータ変形量δを算出する際のこれらの条件を揃えるか、同一条件となるようにロータ変形量δを補正して変化率Δδを算出する。
【0055】
上述した本実施の形態では以下のような作用効果を奏する。
(a)3つの位置センサ20、または、1つの位置センサ20とラジアル変位センサ71a〜71d、72a〜72dを用いてロータ位置を検出することにより、ロータ変形量δを従来より精度良く求めることができる。
(b)さらに、位置センサ20が設けられているベース4の熱膨張を温度センサ21の検出温度に基づいて算出し、熱膨張による位置センサ20の位置ズレを補正することにより、より精度向上を図ることができる。
(c)ロータ停止時のベース温度とロータ回転時のロータ変形量δとを用いてロータ温度を算出することにより、ロータ温度を精度良く推定することができる。
(d)ロータ温度が上限温度以上となったり、ロータ変形量δが規定値以上となったり、変化率Δδが所定値以上変化した場合に、ロータ回転数を下げたり警告を発したりすることにより、ターボ分子ポンプ運転における予防保全性を向上させることができる。
【0056】
以上説明した実施の形態と特許請求の範囲の要素との対応において、演算部31はロータ変形量演算手段,補正手段,ロータ温度演算手段および時間変化率演算手段を、温度センサ21は支持部材温度センサおよび固定部温度センサを、演算部31およびモータ駆動制御部33は回転数変更手段を、表示部34は警告発生手段をそれぞれ構成する。また、本発明の特徴を損なわない限り、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではない。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】本発明によるターボ分子ポンプの一実施の形態を示す図であり、磁気軸受式ターボ分子ポンプのポンプ本体1とコントローラ30の概略構成を示したものである。
【図2】(a)は図1のA−A断面図であり、(b)は、(a)のB部拡大図である。
【図3】円筒部12の内側にネジステータ23を有するターボ分子ポンプの断面図である。
【図4】5軸制御型磁気軸受の概略構成図である。
【図5】ロータ変形量計算のモデル図である。
【図6】3点P4,P5,P6と円筒部12の中心P9との関係を示す図である。
【図7】ロータの変形量δのシミュレーション結果を示す図である。
【図8】ポンプ運転動作を説明するフローチャートである。
【図9】ポンプ運転動作の他の例を説明するフローチャートである。
【図10】クリープ曲線の一例を示す図である。
【符号の説明】
【0058】
1 ポンプ本体
2 ロータ
3 シャフト
4 ベース
6 モータ
8 回転翼
9 固定翼
10 スペーサ
11,23 ネジステータ
12 円筒部
13 ケーシング
13a 吸気口
14 回転数センサ
20 位置センサ
21 温度センサ
27,28 保護ベアリング
30 コントローラ
31 演算部
32 磁気軸受駆動制御部
33 モータ駆動制御部
34 表示部
35 記憶部
51〜53,51a〜51d,52a〜52d 電磁石
71〜73,71a〜71d,72a〜72d 変位センサ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁気軸受により非接触支持されたロータをステータに対して回転することによりガスを排気する磁気軸受式ターボ分子ポンプにおいて、
前記磁気軸受のアキシャル軸に垂直な面内の少なくとも3つの位置に前記ロータと対向するように配設されて、前記ロータの位置を検出する少なくとも3つの非接触式位置センサと、
前記複数の非接触式位置センサの各々によって検出されたロータ位置に基づいて、前記ロータの変形量を演算するロータ変形量演算手段とを備えたことを特徴とする磁気軸受式ターボ分子ポンプ。
【請求項2】
磁気軸受により非接触支持されたロータをステータに対して回転することによりガスを排気する磁気軸受式ターボ分子ポンプにおいて、
前記ロータと対向するように配設されて、前記ロータの位置を検出する1つの非接触式位置センサと、
前記非接触式位置センサで検出されたロータ位置と前記磁気軸受に設けられたラジアル変位センサの検出情報とに基づいて、前記ロータの変形量を演算するロータ変形量演算手段とを備えたことを特徴とする磁気軸受式ターボ分子ポンプ。
【請求項3】
請求項1または2に記載の磁気軸受式ターボ分子ポンプにおいて、
前記非接触式位置センサを前記配設位置に支持する支持部材の温度を検出する支持部材温度センサと、
前記支持部材温度センサの検出温度に基づいて、前記支持部材の熱膨張による前記非接触式位置センサの位置ズレを補正する補正手段とを備え、
前記ロータ変形量演算手段は、前記補正手段の位置ズレ補正に基づいて前記ロータの変形量を演算することを特徴とする磁気軸受式ターボ分子ポンプ。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の磁気軸受式ターボ分子ポンプにおいて、
前記ロータの変形量が所定値以上の場合にロータ回転数を低下させる回転数変更手段を備えたことを特徴とするターボ分子ポンプ。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれかに記載の磁気軸受式ターボ分子ポンプにおいて、
ロータ非回転時に、前記磁気軸受の電磁石が固定された固定部の温度を検出する固定部温度センサと、
前記固定部温度センサの検出温度と前記ロータの変形量とに基づいて、ロータ回転時の前記ロータの温度を算出するロータ温度演算手段とを備えたことを特徴とするターボ分子ポンプ。
【請求項6】
請求項5に記載の磁気軸受式ターボ分子ポンプにおいて、
前記ロータ回転時のロータの温度が所定の上限温度以上の場合にロータ回転数を低下させる回転数変更手段を備えたことを特徴とするターボ分子ポンプ。
【請求項7】
請求項1〜3のいずれかに記載の磁気軸受式ターボ分子ポンプにおいて、
前記変形量の時間変化率を、時系列的に繰り返し算出する時間変化率演算手段と、
前記時間変化率演算手段で算出された前記時間変化率が所定値以上の場合にロータ回転数を低下させる回転数変更手段とを備えたことを特徴とするターボ分子ポンプ。
【請求項8】
請求項1〜3のいずれかに記載の磁気軸受式ターボ分子ポンプにおいて、
前記変形量の時間変化率を、時系列的に繰り返し算出する時間変化率演算手段と、
前記時間変化率演算手段で算出された前記時間変化率が所定値以上の場合に警告を発生する警告発生手段とを備えたことを特徴とするターボ分子ポンプ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2006−2614(P2006−2614A)
【公開日】平成18年1月5日(2006.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−177960(P2004−177960)
【出願日】平成16年6月16日(2004.6.16)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】