説明

磁界解析装置、磁界解析方法及びコンピュータプログラム

【課題】高温領域における磁気特性を測定する必要が無く、しかも温度依存性比透磁率又は室温BHカーブを用いた従来手法に比べて、より正確な解析結果を得ることができる磁界解析装置を提供する。
【解決手段】外部電流及び/又は磁石によって解析対象物に生ずる磁束密度の分布を、該解析対象物を表現した数値解析モデル、外部電流の向き及び大きさを示した外部電流情報及び/又は磁石情報、並びに解析対象物の温度を示した温度情報に基づいて算出する磁界解析装置1に、解析対象物の所定温度における磁界の強さ及び磁束密度の関係を示す磁気特性を受け付ける受付手段と、所定温度の磁化率及び他の温度の磁化率の関係を示す磁化率温度特性情報を記憶する記憶手段と、受付手段が受け付けた磁気特性、記憶手段が記憶する磁化率温度特性情報、外部電流情報及び/又は磁石情報並びに温度情報に基づいて、磁束密度の分布を算出する算出手段とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、外部電流及び/又は磁石によって解析対象物に生ずる磁束密度の分布を、該解析対象物を表現した数値解析モデルに基づいて算出する磁界解析装置、磁界解析方法及びコンピュータプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
金属などの磁性材料からなる被加熱体を加熱する手法の一つとして誘導加熱がある。被加熱体の周囲に加熱コイルを配置し、高周波の交番電流を印加すると、被加熱体に渦電流が生じる。この渦電流によって生じる渦電流損失(ジュール損)を熱源として被加熱体を加熱する手法が誘導加熱である。誘導加熱は、エネルギー効率が高く、作業環境がクリーンであり、また加熱範囲を制御しやすく、局所的に急速加熱ができるなどの多くのメリットを有する。
【0003】
一方、渦電流の発生部位は、加熱コイル及び磁気回路を構成する磁性体の配置によって複雑に変化するため、誘導加熱システムを開発する際、試作を繰り返す必要があり、製品開発のリードタイムが長くなるという問題がある。このため、製品開発のリードタイムを短縮し得るシミュレーション技術の確立が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献1】高橋則雄、外3名、「鍛造前加熱用誘導加熱装置の電磁場・温度場連成解析」、三井造船技報、2009年2月、No.196(2009−2)、p.34−p.35
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、誘導加熱のシミュレーションは困難であると言われている。誘導加熱のシミュレーションを難しくする原因のひとつとして材料特性が不明である点が挙げられる。一般に、温度上昇とともに各種物理特性は変化するため、材料特性の温度依存性を正しく考慮しなければ精度のよい解析結果は得られない。熱・機械特性は昔から解析がさかんであるため物性の測定事例又はデータベースが比較的多く存在するが、磁界解析に関してはまだ歴史が浅く、特に高温時の磁気特性に関しては測定機関も少なく材料情報は皆無に等しい。このため、従来のシミュレーションにおいては、温度依存性比透磁率、又は室温におけるBHカーブ(以下、室温BHカーブという)などの簡易的な関数表現に頼るしかなく、シミュレーション結果を劣化させる原因となっていた。具体的には、温度依存性比透磁率を用いたシミュレーションでは、磁気的な要因が比透磁率に与える影響を考慮できず、室温BHカーブを用いたシミュレーションでは、温度要因が比透磁率に与える影響を考慮することができない。上述の問題は、誘導加熱のシミュレーションに限定された問題では無く、温度上昇が生ずる解析対象物の磁界解析一般の問題である。
【0006】
本発明は斯かる事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、磁化率及び温度の関係を示す磁化率温度特性情報と、測定可能な室温での磁気特性とに基づいて、温度依存性の磁気特性、例えばBHカーブを算出することによって、高温領域における磁気特性を測定する必要が無く、しかも温度依存性比透磁率又は室温BHカーブを用いた従来手法に比べて、より正確な磁界解析結果を得ることができる磁界解析装置、磁界解析方法及びコンピュータプログラムを提供することにある。
【0007】
なお、従来、温度依存性のBHカーブを真剣に扱う機運がなかったのは、磁気的な要因で磁束密度分布が非常に複雑に変化する事実が知られておらず、問題視されていなかったためだと思われる。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る磁界解析装置は、外部電流及び/又は磁石によって解析対象物に生ずる磁束密度の分布を、該解析対象物を表現した数値解析モデル、外部電流の向き及び大きさを示した外部電流情報及び/又は磁石に係る情報を示した磁石情報、並びに解析対象物の温度を示した温度情報に基づいて算出する磁界解析装置において、解析対象物の所定温度における磁界の強さ及び磁束密度の関係を示す磁気特性を受け付ける受付手段と、前記所定温度の磁化率及び他の温度の磁化率の関係を示す磁化率温度特性情報を記憶する記憶手段と、前記受付手段が受け付けた磁気特性、前記記憶手段が記憶する磁化率温度特性情報、外部電流情報及び/又は磁石情報、並びに温度情報に基づいて、解析対象物に生ずる磁束密度の分布を算出する算出手段とを備えることを特徴とする。
【0009】
本発明に係る磁界解析装置は、前記算出手段は、磁気特性に基づいて、解析対象物の前記所定温度における磁界の強さ及び磁化の関係を示す情報を算出する手段と、該手段にて算出された情報、及び前記記憶手段が記憶する磁化率温度特性情報に基づいて、前記他の温度における磁界の強さ及び磁化の関係を示す情報を算出する手段と、該手段にて算出された情報に基づいて、前記他の温度における磁界の強さ及び磁束密度の関係を示す情報を算出する手段と、該手段にて算出された情報、外部電流情報及び/又は磁石情報、並びに温度情報に基づいて、解析対象物に生ずる磁束密度の分布を算出する手段とを備えることを特徴とする。
【0010】
本発明に係る磁界解析装置は、解析対象物の電気伝導率、熱伝導率及び熱容量を記憶する手段を備え、前記算出手段にて算出された磁束密度の分布、及び解析対象物の電気伝導率に基づいて、解析対象物に生ずる発熱量を算出する手段と、算出された発熱量、熱伝導率及び熱容量に基づいて、解析対象物の温度を示した温度情報を算出する手段とを備えることを特徴とする。
【0011】
本発明に係る磁界解析装置は、磁束密度の算出と、温度情報の算出とを交互に実行するようにしてあることを特徴とする。
【0012】
本発明に係る磁界解析装置は、電気伝導率、熱伝導率及び熱容量は温度依存性であり、温度情報に基づいて、解析対象物における電気伝導率、熱伝導率及び熱容量を特定する手段を備え、特定された電気伝導率、熱伝導率及び熱容量に基づいて、発熱量及び温度情報を算出するようにしてあることを特徴とする。
【0013】
本発明に係る磁界解析方法は、外部電流及び/又は磁石によって解析対象物に生ずる磁束密度の分布を、該解析対象物を表現した数値解析モデル、外部電流の向き及び大きさを示した外部電流情報及び/又は磁石に係る情報を示した磁石情報、並びに解析対象物の温度を示した温度情報に基づいて算出する磁界解析方法において、解析対象物の所定温度における磁界の強さ及び磁束密度の関係を示す磁気特性を受け付けるステップと、前記所定温度の磁化率及び他の温度の磁化率の関係を示す磁化率温度特性情報、外部電流情報及び/又は磁石情報、温度情報、及び前記ステップにて受け付けた磁気特性に基づいて、解析対象物に生ずる磁束密度の分布を算出するステップとを含むことを特徴とする。
【0014】
本発明に係るコンピュータプログラムは、コンピュータに、外部電流及び/又は磁石によって解析対象物に生ずる磁束密度の分布を、該解析対象物を表現した数値解析モデル、外部電流の向き及び大きさを示した外部電流情報及び/又は磁石に係る情報を示した磁石情報、並びに解析対象物の温度を示した温度情報に基づいて算出させるコンピュータプログラムにおいて、コンピュータに、解析対象物の所定温度における磁界の強さ及び磁束密度の関係を示す磁気特性に基づいて、解析対象物の前記所定温度における磁界の強さ及び磁化の関係を示す情報を算出するステップと、該ステップにて算出された情報、並びに前記所定温度の磁化率及び他の温度の磁化率の関係を示す磁化率温度特性情報に基づいて、前記他の温度における磁界の強さ及び磁化の関係を示す情報を算出するステップと、該ステップにて算出された情報に基づいて、前記他の温度における磁界の強さ及び磁束密度の関係を示す情報を算出するステップと、該ステップにて算出された情報、外部電流情報及び/又は磁石情報、並びに温度情報に基づいて、解析対象物に生ずる磁束密度の分布を算出するステップとを実行させることを特徴とする。
【0015】
本発明にあっては、解析対象物の所定温度における磁界の強さ及び磁束密度の関係を示す磁気特性と、記憶手段が記憶している磁化率温度特性情報とに基づいて、所定温度以外の他の温度における磁気特性を推定することが可能である。従って、温度及び磁気的要因を加味して、解析対象物に生ずる磁束密度の分布を算出することが可能である。
【0016】
本発明にあっては、解析対象物の前記所定温度における磁界の強さ及び磁化の関係を示す情報を算出する。例えば、室温におけるBHカーブに基づいて、室温におけるMHカーブを算出する。MHカーブは、磁界の強さ及び磁化の関係を示す情報である。そして、算出された前記情報と、記憶手段が記憶する磁化率温度特性情報とに基づいて、他の温度における磁界の強さ及び磁化の関係を示す情報を算出する。例えば、室温におけるMHカーブを、他の温度におけるMHカーブに変換する。次いで、算出された磁界の強さ及び磁化の関係を示す情報に基づいて、他の温度における磁界の強さ及び磁束密度の関係を示す情報を算出する。例えば、前記他の温度におけるMHカーブを、該他の温度におけるBHカーブに変換する。次いで、室温及び他の一又は複数の温度における磁気特性と、外部電流情報及び/又は磁石情報と、温度情報とに基づいて、解析対象物に生ずる磁束密度の分布を算出する。
【0017】
本発明にあっては、算出された磁束密度の分布、及び解析対象物の電気伝導率に基づいて、解析対象物に生ずる発熱量を算出する。発熱量は、例えば渦電流損失による発熱を含む。算出された発熱量と、熱伝導率及び熱容量とに基づいて、解析対象物の温度を示した温度情報を算出する。従って、外部電流又は磁石によって解析対象物に生ずる磁束密度、発熱量を算出し、該解析対象物における温度分布を算出することができる。
【0018】
本発明にあっては、外部電流又は磁石によって解析対象物に生ずる磁束密度、発熱量の時間変化を算出し、該解析対象物における温度分布の時間変化を算出することが可能である。
【0019】
本発明にあっては、温度依存性の電気伝導率、熱伝導率及び熱容量に基づいて、発熱量及び温度情報を算出する。従って、より正確に解析対象物の温度分布、又は温度分布の時間変化を算出することが可能である。
【発明の効果】
【0020】
本発明にあっては、高温領域における磁気特性を測定する必要が無く、しかも温度依存性比透磁率又は室温BHカーブを用いた従来手法に比べて、より正確な磁界解析結果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の実施の形態に係る磁界解析装置の構成を示すブロック図である。
【図2】誘導加熱に係るCPUの処理手順を示すフローチャートである。
【図3】磁界解析及び熱解析の方法を概念的に示す説明図である。
【図4】誘導加熱系の数値解析モデルを概念的に示す説明図である。
【図5】室温BHカーブの入力時に表示される入力画面の一例を示した模式図である。
【図6】温度特性の入力時に表示される入力画面の一例を示した模式図である。
【図7】被加熱体の電気伝導率、比熱、及び熱伝導率の一例を示したグラフである。
【図8】温度依存性BHカーブの算出に係るサブルーチンの処理手順を示すフローチャートである。
【図9】温度依存性BHカーブの算出方法を示す説明図である。
【図10】磁化率温度特性情報の一例を示したグラフである。
【図11】本実施の形態で用いる磁気特性と、従来手法で用いる磁気特性とを示すグラフである。
【図12】被加熱体における4つの温度検出点を示す説明図である。
【図13】各温度検出点における温度変化を示すグラフである。
【図14】被加熱体における磁束密度分布などを示したコンター図及びベクトル図として表示する領域を示す説明図である。
【図15】各磁気特性を用いて算出された磁束密度の時間変化を示すベクトル図である。
【図16】温度依存性BHカーブを用いて算出された磁束密度の時間変化を示すベクトル図である。
【図17】温度依存性比透磁率を用いて算出された磁束密度の時間変化を示すベクトル図である。
【図18】室温BHカーブを用いて算出された磁束密度の時間変化を示すベクトル図である。
【図19】各磁気特性を用いて算出された渦電流密度の時間変化を示すコンター図である。
【図20】温度依存性BHカーブを用いて算出された渦電流密度の時間変化を示すコンター図である。
【図21】温度依存性比透磁率を用いて算出された渦電流密度の時間変化を示すコンター図である。
【図22】室温BHカーブを用いて算出された渦電流密度の時間変化を示すコンター図である。
【図23】各磁気特性を用いて算出された発熱密度分布の時間変化を示すコンター図である。
【図24】温度依存性BHカーブを用いて算出された発熱密度分布の時間変化を示すコンター図である。
【図25】温度依存性比透磁率を用いて算出された発熱密度分布の時間変化を示すコンター図である。
【図26】室温BHカーブを用いて算出された発熱密度分布の時間変化を示すコンター図である。
【図27】各磁気特性を用いて算出された温度分布の時間変化を示すコンター図である。
【図28】変形例1における温度特性の入力時に表示される入力画面の一例を示した模式図である。
【図29】室温BHカーブと、高温BHカーブとを用いて、磁化率温度特性情報を推定する方法を示した説明図である。
【図30】曲線近似又は直線近似された磁化率温度特性情報を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明をその実施の形態を示す図面に基づいて詳述する。
図1は、本発明の実施の形態に係る磁界解析装置の構成を示すブロック図である。図中1は、本発明の実施の形態に係る磁界解析装置である。磁界解析装置1は、コンピュータを用いて構成されており、強制電流(外部電流)又は磁石によって解析対象物に生ずる磁束密度、渦電流密度などの分布を、有限要素法を用いて算出する電磁界解析機能、解析対象物における熱分布を有限要素法を用いて算出する熱解析機能を兼ね備えている。有限要素法は、複雑な形状及び電磁特性を有する解析対象物を単純な形状及び電磁特性を有する小領域(以下、要素という)に分割することによって、数値解析モデルを生成し、単純化された各要素の特性を演算することで解析対象物における磁束密度、渦電流密度、温度分布などの挙動を予測する数値解析手法である。また、温度分布の時間変化を解析する一手法として、例えば、所定時間毎に逐次解析を行う時間ステップ法が用いられる。
【0023】
磁界解析装置1は、演算を行うCPU(Central Processing Unit)11と、演算に伴って発生する一時的な情報を記憶するRAM(Random Access Memory)12と、CD(Compact Disc)−ROMドライブ、DVD(Digital Versatile Disc)ドライブ、BD(Blu-ray Disc)ドライブ等の外部記憶装置13と、フラッシュメモリ、ハードディスク等の内部記憶装置14とを備えている。CPU11は、CD−ROM、DVD、BD等の記録媒体2から本発明の実施の形態に係るコンピュータプログラム20を外部記憶装置13にて読み取り、読み取ったコンピュータプログラム20を内部記憶装置14に記憶させる。なお、言うまでもなく、光ディスクは、記録媒体2の一例であり、フレキシブルディスク、磁気光ディスク、外付けハードディスク、半導体メモリ等にコンピュータプログラム20をコンピュータ読み取り可能に記録し、外部記憶装置13にて読み出すように構成しても良い。内部記憶装置14は、コンピュータプログラム20と共に、誘導加熱系4を構成する被加熱体41及び加熱コイル42を表現した数値解析モデル(図4参照)、加熱コイル42に交番電流を通電させる誘導加熱回路を表現した誘導加熱回路モデル等を記憶する。なお、交番電流は一例であり、任意の電流波形、例えばパルス波形の電流などを通電させても良い。また、内部記憶装置14は、解析対象物の磁界解析及び熱解析に必要な各種情報、例えば、初期状態における解析対象物の温度分布を示した温度情報、電気伝導率、密度、比熱、熱伝導率、キュリー温度、室温などを記憶する。なお、密度及び比熱から熱容量に係る情報を得ることができる。更に、内部記憶装置14は、室温の磁化率と、他の温度の磁化率との関係を示す磁化率温度特性情報を記憶する。内部記憶装置14が記憶する各種情報、磁化率温度特性情報の詳細は後述する。なお、内部記憶装置14が磁化率温度特性情報を記憶する例を説明したが、記録媒体2、その他の外部の記憶装置に磁化率温度特性情報を記憶させるように構成しても良い。
また、磁界解析装置1は、キーボード又はマウス等の入力装置15と、液晶ディスプレイ又はCRTディスプレイ等の出力装置16とを備えており、データの入力等の使用者からの操作を受け付ける構成となっている。
更に、磁界解析装置1は、通信インタフェース17を備え、通信インタフェース17に接続されている外部のサーバコンピュータ3から本発明に係るコンピュータプログラム20をダウンロードし、CPU11にて処理を実行する形態であってもよい。
【0024】
図2は、誘導加熱に係るCPU11の処理手順を示すフローチャート、図3は、磁界解析及び熱解析の方法を概念的に示す説明図である。磁界解析装置1のCPU11は、シミュレーションの開始指示を入力装置15にて受け付けた場合、内部記憶装置14が記憶しているコンピュータプログラム20をRAM12へ読み出し、読み出したコンピュータプログラム20に従って、以下の処理を実行する。まずCPU11は、出力装置16にて入力画面5(図5参照)を表示し、シミュレーション対象である誘導加熱系4の数値解析モデル、誘導加熱系4を構成する被加熱体41の所定温度における磁界の強さ及び磁束密度の関係を示す室温BHカーブ(磁気特性)、被加熱体41のキュリー温度、密度、電気伝導率、比熱、熱伝導率、誘導加熱回路モデル、その他の初期条件などを、入力装置15にて受け付ける(ステップS11)。以下、磁界解析装置1に入力される各種情報を、後述の解析例で使用する数値条件を示しながら具体的に説明する。
【0025】
図4は、誘導加熱系4の数値解析モデルを概念的に示す説明図である。誘導加熱系4は、例えば、円柱状をなす被加熱体41と、被加熱体41の軸長方向略中央部を囲繞した円筒状の加熱コイル42とを備える。解析例で用いる被加熱体41の直径は10(mm)、高さは10(mm)である。加熱コイル42の内径は12(mm)、外径は15(mm)、高さは3.5(mm)である。
【0026】
図5は、室温BHカーブの入力時に表示される入力画面5の一例を示した模式図である。入力画面5は、被加熱体41の材料の名前を入力する名前入力部51、該材料の製造メーカを入力する製造メーカ入力部52、前記材料のカテゴリを入力するカテゴリ入力部53と、該材料の室温BHカーブを入力するタブシート54とを含む。各入力部は、具体的にはテキスト入力フィールドである。タブシート54は、室温BHカーブ、即ち室温の被加熱体41における磁界の強さ(A/m)と、磁束密度(T)とを対応付けた情報を入力し、又は表示するための室温BHカーブテーブル54aと、入力された室温BHカーブをグラフで表示する室温BHカーブ表示部54bとで構成されている。CPU11は、各入力部に入力された文字情報、及び室温BHカーブを対応付けて内部記憶装置14に記憶させる。なお、室温BHカーブの入力方法は特に限定されず、室温BHカーブが記述されたファイル、例えばcsvファイルからインポートしても良いし、室温BHカーブテーブル54aに直接手入力しても良い。
【0027】
図6は、温度特性の入力時に表示される入力画面5の一例を示した模式図である。入力画面5は、更に温度特性を入力するためのタブシート55を含む。タブシート55は、被加熱体41のキュリー温度が入力されるキュリー温度入力部55a、具体的には数値入力フィールドを有する。CPU11は、キュリー温度入力部55aに入力されたキュリー温度を、被加熱体41の上述した各種情報と対応付けて、内部記憶装置14に記憶させる。解析例で使用するキュリー温度は、770(℃)である。
【0028】
図7は、被加熱体41の電気伝導率、比熱、及び熱伝導率の一例を示したグラフである。図7(a)は、電気伝導率の温度依存性を示したグラフ、図7(b)は、比熱の温度依存性を示したグラフ、図7(c)は、熱伝導率の温度依存性を示したグラフである。なお、横軸はいずれも温度、図7(a)〜(c)中の縦軸はそれぞれ、電気伝導率、比熱及び熱伝導率である。
【0029】
また、CPU11は、その他の解析条件として、被加熱体41の密度と、加熱コイル42に通電させる交番電流の大きさ及び周波数と、初期状態における被加熱体41の温度分布を示した温度情報とを受け付ける。
【0030】
次に、上述の各種条件を受け付けたCPU11の処理手順を、図2に戻って説明する。ステップS11の処理を終えたCPU11は、サブルーチンを呼び出し、室温BHカーブと、磁化率温度特性情報とに基づいて、温度依存性BHカーブを算出する(ステップS12)。
【0031】
図8は、温度依存性BHカーブの算出に係るサブルーチンの処理手順を示すフローチャート、図9は、温度依存性BHカーブの算出方法を示す説明図である。サブルーチンを呼び出したCPU11は、内部記憶装置14からRAM12へ室温BHカーブを読み出し、読み出された室温BHカーブに基づいて、室温MHカーブを算出する(ステップS31)。室温MHカーブは、室温の被加熱体41における磁界の強さと、磁化との関係を示した情報である。
【0032】
図9(a)は、室温BHカーブを示したグラフ、図9(b)は、室温MHカーブを示したグラフである。磁界の強さは、下記式(1)で表される。CPU11は、ステップS31において、下記式(1)を用いて、磁束密度を磁化に変換することによって、図9(a)に示した室温BHカーブを、図9(b)に示した室温MHカーブに変換する。
【0033】
【数1】

【0034】
次いで、CPU11は、内部記憶装置14から磁化率温度特性情報をRAM12へ読み出す(ステップS32)。
図10は、磁化率温度特性情報の一例を示したグラフである。横軸は温度係数、縦軸は磁化係数である。温度係数は、室温が0、キュリー温度が1になるように規格化された無次元数であり、下記式(2)で表される。
【0035】
【数2】

【0036】
また、磁化係数は、室温における磁化が1になるように規格化された無次元数であり、下記式(3)で表される。
【0037】
【数3】

【0038】
このように定義された温度係数及び磁化係数との関係は、図10のように表される。磁化係数は、温度係数が0、即ち室温では1になり、温度係数が1、即ちキュリー温度では磁性を帯びなくなるため、磁化係数が0になる。
【0039】
次いで、CPU11は、読み出された磁化率温度特性情報及び室温MHカーブに基づいて、室温とは異なる複数の任意の温度の被加熱体41におけるMHカーブ(以下、温度依存性MHカーブという)を算出する(ステップS33)。具体的には、CPU11は、磁化率時温度特性情報に基づいて任意温度における磁化係数を特定し、特定された磁化係数を室温における磁化に乗算することによって、図9(b)に示した室温MHカーブを、図9(c)に示した温度依存性MHカーブに変換する。
【0040】
次いで、CPU11は、ステップS33で算出した温度依存性MHカーブに基づいて、温度依存性BHカーブを算出し(ステップS34)、サブルーチンに係る処理を終える。具体的には、上記式(1)を用いて、温度依存性MHカーブにおける磁化を、磁束密度に逆変換することによって、図9(c)に示した温度依存性MHカーブを、図9(d)に示した温度依存性BHカーブに変換する。
以上のステップS31〜ステップS34の処理で、室温以外の複数の他の温度におけるBHカーブが算出される。以下では、ステップS12で算出された複数の温度それぞれに対応するBHカーブの組を温度依存性BHカーブといい、特定の温度に対応するBHカーブを単にBHカーブという。なお、算出された温度依存性BHカーブは、RAM12又は内部記憶装置14が記憶する。
【0041】
温度依存性BHカーブの算出を終えたCPU11は、図2に示すように、後述の熱解析で算出された被加熱体41の各要素の温度を示した温度情報に基づいて、各要素における磁気特性及び電気伝導率をそれぞれ特定する(ステップS13)。磁気特性は、各要素の温度に対応したBHカーブであり、透磁率に対応する。なお、初回のシミュレーションステップにおいては、被加熱体41の各要素の初期状態における温度を示した温度情報に基づいて、各要素の初期状態における温度に対応する磁気特性及び電気伝導率を特定する。
【0042】
そして、CPU11は、誘導加熱系4における各要素の強制電流等を算出する(ステップS14)。強制電流は、解析対象物における強制電流密度の大きさ及び向きを示した情報であり、加熱コイル42の数値解析モデル、加熱コイル42に通電する電流の大きさ及び周波数によって定められる。なお、誘導加熱系4では、その構成部材は静止しているが、解析対象に可動な構成部材を含んでいる場合、該構成部材の運動量も算出する。例えば、可動部が回転する場合は、該可動部の回転する角度を算出し、並進移動する場合は、該可動部の並進運動量を算出する。
【0043】
次いで、CPU11は、温度情報が示した温度分布を有する被加熱体41における磁束密度分布を有限要素法を用いて算出する(ステップS15)。具体的には、CPU11は、マクスウェル方程式を支配方程式として用い、誘導加熱系4を構成する各要素における温度、強制電流密度に基づいて、各要素の磁束密度を算出する。準定常磁界問題においては、磁束密度は、下記式(4)を用いて表される。なお、磁界の強さは、下記式(5)に示すように、種々の表現方法があるが、有限要素法解析における演算結果の集束性などを考慮し、適宜選択すれば良い。
【0044】
【数4】

【0045】
【数5】

【0046】
そして、CPU11は、算出された磁束密度に基づいて、被加熱体41を構成する各要素における渦電流密度を算出し(ステップS16)、渦電流に基づいて発生する各要素における渦電流損失を算出する(ステップS17)。渦電流損失は、下記式(6)で表される。
【0047】
【数6】

【0048】
次いで、CPU11は、被加熱体41がヒステリシスを有する場合、ヒステリシス損を算出する(ステップS18)。ヒステリシス損は、最大磁束密度及び周波数の関数で表された実験式などを用いて算出される。そして、CPU11は、図2に示すように、後述の熱解析で算出された被加熱体41の各要素の温度を示した温度情報に基づいて、各要素における密度、比熱及び熱伝導率を特定する(ステップS19)。なお、初回のシミュレーションステップにおいては、被加熱体41の各要素の初期状態における温度を示した温度情報に基づいて、各要素における密度、比熱及び熱伝導率を算出する。
【0049】
次いで、CPU11は、被加熱体41の各要素における発熱量を算出する(ステップS20)。発熱量は、下記式(7)で表される。
【0050】
【数7】

【0051】
次いで、CPU11は、被加熱体41の各要素における温度分布を算出する(ステップS21)。温度分布は、現時点、つまり一つ前のシミュレーションステップで算出された温度情報と、ステップS19で特定された密度、比熱及び熱伝導率と、ステップS20で算出された発熱量に基づいて、下記式(8)を用いて算出される。ステップS21で算出される温度情報は、上述のステップS13、19で温度依存性の物理量を特定するために利用される。
【0052】
【数8】

【0053】
次いで、CPU11は、処理を終了するか否かを判定する(ステップS22)。例えば、CPU11は、温度分布が定常状態になった場合、または使用者によって設定された回数のシミュレーションステップを終えた場合、または、使用者によって設定された終了時刻に到達した場合、処理を終了すべしと判定する。処理を終了しないと判定した場合(ステップS22:NO)、CPU11は、処理をステップS12へ戻す。処理を終了すると判定した場合(ステップS22:YES)、CPU11は、処理を終了する。
【0054】
<本実施の形態と従来手法の解析例比較>
次に、本実施の形態に係る磁界解析方法を用いた磁界解析及び熱解析の一例を、従来手法を用いた解析結果と比較して説明する。本実施の形態に係る磁界解析方法と、従来手法とでは、使用する磁気特性のみが異なり、その他の解析条件は、同一である。なお、解析例で用いる被加熱体41の密度は、一定値7800(kg/m3 )である。交番電流の大きさ及び周波数は、それぞれ1500(A)及び周波数は10(kHz)である。初期状態における被加熱体41の温度分布は、均一の室温20(℃)である。なお、各数値は、解析例を示すために設定した数値であり、被加熱体41の形状及び寸法を限定するものでは無い。
図11は、本実施の形態で用いる磁気特性と、従来手法で用いる磁気特性とを示すグラフである。図11(a)は、ステップS12で算出された本実施の形態に係る温度依存性BHカーブを示したグラフである。図11(b)は、第1の従来手法で用いられる温度依存性比透磁率を示すグラフである。横軸は温度、縦軸は比透磁率である。第1の従来手法においては、ステップS13でCPU11は、被加熱体41の各要素の温度を示した温度情報に基づいて、各要素における比透磁率を特定し、該比透磁率を用いて磁界解析を行う。第1の従来手法では、磁気特性の磁界の強さに対する依存性、即ち磁気飽和現象は考慮されない。図11(c)は、第2の従来手法で用いられる室温BHカーブである。横軸は磁界の強さ、縦軸は磁束密度である。第2の従来手法においては、CPU11は、被加熱体41の各要素の温度に拘わらず同一の室温BHカーブを用いて磁界解析を行う。第2の従来手法では、磁気特性の温度依存性が考慮されない。
【0055】
図11(a)〜(c)に示した異なる磁気特性をそれぞれ用いて、磁界解析及び熱解析を行い、被加熱体41における磁束密度分布、電流密度分布、発熱密度分布及び温度分布を算出した。
【0056】
図12は、被加熱体41における4つの温度検出点A〜Dを示す説明図、図13は、各温度検出点A〜Dにおける温度変化を示すグラフである。図13に示したグラフの横軸は、時間、縦軸は温度である。図13(a)は、本実施の形態に係る温度依存性BHカーブを用いて行った解析結果、図13(b)は、温度依存性比透磁率を用いて行った解析結果、図13(c)は、室温BHカーブを用いて行った解析結果を示している。
詳細は後述するが、温度依存性比透磁率を用いて被加熱体における温度変化を算出した場合、図13(b)に示すように、加熱経過時間2.5〜3.0秒のところで、温度が急激に上昇及び下降する部分があり、現実の温度変化の挙動とはかけ離れた挙動を示している。また、図13(c)に示すように、室温BHカーブを用いた場合、温度が上昇し続ける結果となり、これも現実の温度変化の挙動とはかけ離れたものである。これに対して、温度依存性BHカーブを用いた本実施の形態によれば、図13(a)に示すように、加熱開始時においては被加熱体の温度が急激に上昇し、キュリー温度を超えた後は磁性を消失して、温度上昇率が低減する様子が忠実に再現されていることが分かる。
【0057】
図14は、被加熱体41における磁束密度分布などを示したコンター図及びベクトル図として表示する領域Eを示す説明図、図15は、各磁気特性を用いて算出された磁束密度の時間変化を示すベクトル図、図16は、温度依存性BHカーブを用いて算出された磁束密度の時間変化を示すベクトル図、図17は、温度依存性比透磁率を用いて算出された磁束密度の時間変化を示すベクトル図、図18は、室温BHカーブを用いて算出された磁束密度の時間変化を示すベクトル図である。
温度依存性BHカーブを用いた場合、温度上昇に伴い磁性を消失し、BHカーブ上の動作点も変わるため、図15(a)及び図16に示すように、磁束密度の分布は極めて複雑に変化する。これに対して、温度依存性比透磁率を用いた場合、低温時は比透磁率を用いた線形解析のため、図15(b)及び図17に示すように、現実にはありえないような非常に大きな磁束密度が算出される。一方、被加熱体41の温度がキュリー温度に近づくと急激に磁性を消失するため、複雑な磁束密度の流れを生じるが、温度依存性BHカーブを用いた解析結果とは大きく異なる挙動を示す。また、室温BHカーブを用いた場合、磁気特性が温度依存性を有さないため、図15(c)及び図18に示すように、磁束密度の流れはほとんど変化せず、表現できないことが分かる。
【0058】
図19は、各磁気特性を用いて算出された渦電流密度の時間変化を示すコンター図、図20は、温度依存性BHカーブを用いて算出された渦電流密度の時間変化を示すコンター図、図21は、温度依存性比透磁率を用いて算出された渦電流密度の時間変化を示すコンター図、図22は、室温BHカーブを用いて算出された渦電流密度の時間変化を示すコンター図である。また、加熱開始後2.0から3.0秒にかけて、被加熱体41が高温になって磁性を消失し、渦電流密度が減少している様子が分かる。温度依存性BHカーブを用いた場合、図19(a)及び図20に示すように、磁束密度分布の複雑な変化に伴って、渦電流密度の発生箇所も極めて複雑に変化する。誘導加熱時間が経過すると共に、渦電流の発生箇所は、被加熱体41の径方向及び軸長方向へと複雑に変化している。
これに対して、温度依存性比透磁率を用いた場合、被加熱体41の外周側から高温になり、温度がある程度高くなると磁性を消失するため、図19(b)及び図21に示すように、渦電流の発生箇所は、単純に被加熱体41の径方向内側へ移動するだけである。
また、室温BHカーブを用いた場合、温度が上がるにもかかわらず、磁性は減少しないため、図19(c)及び図22に示すように、電気伝導率の温度依存性の寄与分だけ、渦電流の発生箇所が内部に若干移動するだけである。
【0059】
図23は、各磁気特性を用いて算出された発熱密度分布の時間変化を示すコンター図、図24は、温度依存性BHカーブを用いて算出された発熱密度分布の時間変化を示すコンター図、図25は、温度依存性比透磁率を用いて算出された発熱密度分布の時間変化を示すコンター図、図26は、室温BHカーブを用いて算出された発熱密度分布の時間変化を示すコンター図である。
発熱密度分布は、大凡渦電流密度分布に対応している。温度依存性BHカーブを用いた場合、図23(a)及び図24に示すように、磁束密度分布の複雑な変化に伴って、発熱密度分布も複雑に変化する。温度依存性比透磁率を用いた場合、図23(b)及び図25に示すように、発熱箇所は、被加熱体41の外周側から径方向内側へ移動する。室温BHカーブを用いた場合、温度が上昇するにもかかわらず、磁性は減少しないため、図23(c)及び図26に示すように、高温時にも発熱箇所は被加熱体41表面に偏り、大きな発熱密度を生じる。電気特性が温度依存性を有するため、若干、発熱箇所が内部に移動する。また、室温BHカーブの場合、被加熱体41の温度がキュリー温度を越えた温度域でも強い磁性を有するため、発熱量が減少せず、温度が上昇しつづけている。
【0060】
図27は、各磁気特性を用いて算出された温度分布の時間変化を示すコンター図である。室温BHカーブを用いた場合、温度が上昇しても磁性が消失することがなく、被加熱体41の温度が上昇し続け、図27(c)に示すように、高温部分が図中右下から左上方へ広がっていることが分かる。また、温度依存性比透磁率を用いた場合、発熱箇所が被加熱体41の外側から中心部分へ移動するため、図27(b)に示すように、被加熱体41の外側から中心部分(図中左下部分)側へ高温部分が広がっていることが分かる。一方、温度依存性BHカーブを用いた場合、発熱箇所が被加熱体41の外側から中心部分及び軸長方向外側にも広がっていき、温度が一定温度以上になると、磁性を消失するため、高温部は、被加熱体41の外周側の全域(図中右端側部分)と、中心部分(図中左下部分)とに広がっていることが分かる。
このように、使用する磁気特性によって、算出される磁束密度、渦電流密度、渦電流損失及び温度分布は、全く異なることが分かる。従来手法を用いた解析結果は、図13のグラフから明らかなように、現実の挙動からかけ離れたものである。これに対して、温度依存性BHカーブを用いた本実施の形態によれば、図13(a)及びその他の結果から分かるように、現実の挙動をより忠実に再現できていることが分かる。
【0061】
本実施の形態にあっては、高温領域における磁気特性を測定する必要が無く、測定可能な室温BHカーブを得ることができれば、従来手法に比べ、容易に解析精度を高め、実験値に近い状況を再現することができる。なお、従来手法では、磁気特性が正しく表現されていないため、解析結果は実験値と大きく異なり、実験値との精度比較において、大きな誤差が発生している。
【0062】
また、室温BHカーブから簡単な処理で、実測の温度依存性BHカーブに近い波形を容易に得ることが可能であり、温度変化方向の補間も連続性を保証できるため、計算の収束性を損なうリスクを大きく減じることができる。
【0063】
更に、複雑なBHカーブの温度特性を、磁化係数というパラメータにより単純化し、室温BHカーブから温度依存性BHカーブを容易に算出することができる。
更にまた、磁気特性の温度依存性を磁化係数として規格化し、任意の温度も、キュリー温度を用いて0〜1の温度係数に規格化しているため、内部記憶装置14が記憶している一の磁化率温度特性情報を用いて、任意の解析対象物の室温における磁気特性及びキュリー温度を入力すれば、任意の温度における磁気特性を算出することができる。
【0064】
なお、本実施の形態に係る磁界解析装置1、磁界解析方法及びコンピュータプログラム20を用いて解析される解析対象物として、円柱状の被加熱体41を例示したが、言うまでも無く、シミュレーション対象はこれに限定されない。例えば、解析対象物として、高周波焼入れ装置、プリンタロータの定着器、IH調理器、誘導炉、塗装の乾燥装置、金属加熱による剥離装置など任意の電磁誘導を利用した加熱装置、モータ又はトランスの発熱解析に応用することができる。
【0065】
また、キュリー点を有する解析対象物の磁界解析を例示したが、必ずしもキュリー温度は必要では無く、規格化されていない温度と、磁化係数とを対応付けた磁化率温度特性情報を用いて、温度依存性BHカーブを算出し、磁界解析及び熱解析を行っても良い。
【0066】
更に、被加熱体が有する磁気特性の温度依存性について説明したが、加熱コイルの温度依存性を考慮すべく、該加熱コイルの室温BHカーブ及びキュリー温度を受け付けても良い。
【0067】
なお、上述の実施の形態では、強制電流によって解析対象物に生ずる磁束密度の分布を算出する例を説明したが、磁石によって解析対象物に生ずる磁束密度の分布を算出する場合にも本発明を適用することができる。もちろん、強制電流及び磁石の双方の作用によって解析対象物に生ずる磁束密度の分布を算出するように構成しても良い。強制電流及び磁石では数値解析モデルが異なるものの、主な相異点は、磁界の生成源が異なる点にあり、図2に示した処理手順に従って同様の数値解析を行うことができる。より具体的には、磁石によって生成される磁界を取り扱う場合、図2に示したステップS11において、磁石に係る情報を受け付ける。磁石に係る情報とは、例えば、解析対象物における磁石部分を示す情報、磁石部分が形成する磁界の強さを示す情報等である。また、必要であれば、該磁石部分が形成する磁界の温度依存性を示す情報を受け付けても良い。そして、ステップS14では、磁石が可動である場合、磁石の位置等を算出する。次いで、ステップS15では、磁石が生成する磁界の強さを含めて、解析対象物に生成される磁束密度の分布、渦電流密度、発熱量、温度分布などを算出する。
【0068】
(変形例1)
変形例1に係る磁界解析装置1は、予め記憶している磁化率温度特性情報及びキュリー温度を用いずに磁界解析を行えるように構成した点が上述の実施の形態とは異なるため、以下では主に上記相違点について説明する。
図28は、変形例1における温度特性の入力時に表示される入力画面105の一例を示した模式図である。入力画面105は、温度特性を入力するための変形例1に係るタブシート155を含む。タブシート155は、被加熱体41のキュリー温度が入力されるキュリー温度入力部155aと、使用者が作成した磁化率温度特性情報を入力する磁化率温度特性情報入力部155bとを有する。また、タブシート155は、予め記憶している磁化率温度特性情報及びキュリー温度を使用するか、使用者が作成した磁化率温度特性情報を使用するかを選択するためのチェックボックス155c,155dを有する。
【0069】
チェックボックス155dが選択された場合、CPU11は、使用者が作成した磁化率温度特性情報を入力装置15にて受け付け、受け付けた磁化率温度特性情報を内部記憶装置14に記憶させる。ここで受け付ける磁化率温度特性情報は、規格化されていない実温度と、磁化係数とを対応付けた情報である。特にキュリー点を有さない材料を取り扱う場合、キュリー温度を用いて温度を規格化することができないため、実温度を用いる。
磁化率温度特性情報における温度が、温度係数として規格化されていない点を除けば、その他の処理は、上述の実施の形態と同様であるため、その詳細は省略する。
【0070】
変形例1にあっては、解析対象物を用いて実測された磁化率温度特性情報を受け付け、温度依存性BHカーブを算出する構成であるため、より正確な磁界解析及び熱解析を行うことができる。
【0071】
また、解析対象物がキュリー温度を有さない場合であっても、温度依存性BHカーブを算出し、従来手法に比べてより正確な磁界解析及び熱解析を行うことができる。
【0072】
(変形例2)
変形例2に係る磁界解析装置1は、室温とは異なる他の温度におけるBHカーブ(以下、高温BHカーブという)を用いて、磁化率温度特性情報を推定し、磁界解析を行うように構成した点が上述の実施の形態とは異なるため、以下では主に上記相違点を説明する。まず、CPU11は、ステップS11で、高温BHカーブを更に受け付ける。
【0073】
図29は、室温BHカーブと、高温BHカーブとを用いて、磁化率温度特性情報を推定する方法を示した説明図である。図29(a)は、室温BHカーブ及び高温BHカーブを示すグラフである。CPU11は、ステップS12の処理を開始する前に、磁化率温度特性情報を推定する処理を実行する。具体的には、CPU11は、図29(a)に示した室温BHカーブ及び高温BHカーブをそれぞれ、図29(b)に示した室温MHカーブ及び高温MHカーブに変換する。次いで、CPU11は、室温MHカーブ及び高温MHカーブの情報に基づいて、図29(c)に示すような温度と、磁化との対応関係を特定する。具体的には、所定の磁界の強さに注目し、室温と、室温における磁化とを対応付け、キュリー温度と、キュリー温度における磁化、即ち0とを対応付け、高温BHカーブに係る温度と、該温度における磁化とを対応付ける。そして、CPU11は、図29(c)に示した規格化前の磁化率温度特性情報を、磁化を室温における磁化が1になるように規格化することによって、図29(d)に示す磁化率温度特性情報を算出する。以下、CPU11は、算出された磁化率温度特性情報を用いて、上述の実施の形態と同様の処理を実行する。その他の処理は、上述の実施の形態と同様であるため、その詳細は省略する。
【0074】
また、上述の例では、折れ線で磁化率温度特性情報を表現しているが、高温状態における磁気特性を測定することは難しく、測定点は多くても2〜3点しか得られないため、曲線近似又は直線近似で磁化率温度特性情報を表現するように構成しても良い。
【0075】
図30は、曲線近似又は直線近似された磁化率温度特性情報を示すグラフである。曲線近似又は直線近似された温度係数及び磁化係数は、例えば、下記式(9)、(10)にて表される。測定された磁気特性との相関がより高い曲線近似又は直線近似の磁気特性を選択すれば良い。
【0076】
【数9】

【0077】
変形例2にあっては、室温BHカーブ及び高温BHカーブを用いて、磁化率温度特性情報を自動で算出して温度依存性BHカーブを算出する構成であるため、より正確な磁界解析及び熱解析を行うことができる。
【0078】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記した意味ではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0079】
1 磁界解析装置
2 記録媒体
4 誘導加熱系
5 入力画面
11 CPU
12 RAM
14 内部記憶装置
15 入力装置
16 出力装置
20 コンピュータプログラム
41 被加熱体
42 加熱コイル
51 名前入力部
52 製造メーカ入力部
53 カテゴリ入力部
54、55 タブシート
54a 室温BHカーブテーブル
54b 室温BHカーブ表示部
55a キュリー温度入力部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外部電流及び/又は磁石によって解析対象物に生ずる磁束密度の分布を、該解析対象物を表現した数値解析モデル、外部電流の向き及び大きさを示した外部電流情報及び/又は磁石に係る情報を示した磁石情報、並びに解析対象物の温度を示した温度情報に基づいて算出する磁界解析装置において、
解析対象物の所定温度における磁界の強さ及び磁束密度の関係を示す磁気特性を受け付ける受付手段と、
前記所定温度の磁化率及び他の温度の磁化率の関係を示す磁化率温度特性情報を記憶する記憶手段と、
前記受付手段が受け付けた磁気特性、前記記憶手段が記憶する磁化率温度特性情報、外部電流情報及び/又は磁石情報、並びに温度情報に基づいて、解析対象物に生ずる磁束密度の分布を算出する算出手段と
を備えることを特徴とする磁界解析装置。
【請求項2】
前記算出手段は、
磁気特性に基づいて、解析対象物の前記所定温度における磁界の強さ及び磁化の関係を示す情報を算出する手段と、
該手段にて算出された情報、及び前記記憶手段が記憶する磁化率温度特性情報に基づいて、前記他の温度における磁界の強さ及び磁化の関係を示す情報を算出する手段と、
該手段にて算出された情報に基づいて、前記他の温度における磁界の強さ及び磁束密度の関係を示す情報を算出する手段と、
該手段にて算出された情報、外部電流情報及び/又は磁石情報、並びに温度情報に基づいて、解析対象物に生ずる磁束密度の分布を算出する手段と
を備えることを特徴とする請求項1に記載の磁界解析装置。
【請求項3】
解析対象物の電気伝導率、熱伝導率及び熱容量を記憶する手段を備え、
前記算出手段にて算出された磁束密度の分布、及び解析対象物の電気伝導率に基づいて、解析対象物に生ずる発熱量を算出する手段と、
算出された発熱量、熱伝導率及び熱容量に基づいて、解析対象物の温度を示した温度情報を算出する手段と
を備えることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の磁界解析装置。
【請求項4】
磁束密度の算出と、温度情報の算出とを交互に実行するようにしてある
ことを特徴とする請求項3に記載の磁界解析装置。
【請求項5】
電気伝導率、熱伝導率及び熱容量は温度依存性であり、
温度情報に基づいて、解析対象物における電気伝導率、熱伝導率及び熱容量を特定する手段を備え、
特定された電気伝導率、熱伝導率及び熱容量に基づいて、発熱量及び温度情報を算出するようにしてある
ことを特徴とする請求項3又は請求項4に記載の磁界解析装置。
【請求項6】
外部電流及び/又は磁石によって解析対象物に生ずる磁束密度の分布を、該解析対象物を表現した数値解析モデル、外部電流の向き及び大きさを示した外部電流情報及び/又は磁石に係る情報を示した磁石情報、並びに解析対象物の温度を示した温度情報に基づいて算出する磁界解析方法において、
解析対象物の所定温度における磁界の強さ及び磁束密度の関係を示す磁気特性を受け付けるステップと、
前記所定温度の磁化率及び他の温度の磁化率の関係を示す磁化率温度特性情報、外部電流情報及び/又は磁石情報、温度情報、及び前記ステップにて受け付けた磁気特性に基づいて、解析対象物に生ずる磁束密度の分布を算出するステップと
を含むことを特徴とする磁界解析方法。
【請求項7】
コンピュータに、外部電流及び/又は磁石によって解析対象物に生ずる磁束密度の分布を、該解析対象物を表現した数値解析モデル、外部電流の向き及び大きさを示した外部電流情報及び/又は磁石に係る情報を示した磁石情報、並びに解析対象物の温度を示した温度情報に基づいて算出させるコンピュータプログラムにおいて、
コンピュータに、
解析対象物の所定温度における磁界の強さ及び磁束密度の関係を示す磁気特性に基づいて、解析対象物の前記所定温度における磁界の強さ及び磁化の関係を示す情報を算出するステップと、
該ステップにて算出された情報、並びに前記所定温度の磁化率及び他の温度の磁化率の関係を示す磁化率温度特性情報に基づいて、前記他の温度における磁界の強さ及び磁化の関係を示す情報を算出するステップと、
該ステップにて算出された情報に基づいて、前記他の温度における磁界の強さ及び磁束密度の関係を示す情報を算出するステップと、
該ステップにて算出された情報、外部電流情報、及び/又は磁石情報、並びに温度情報に基づいて、解析対象物に生ずる磁束密度の分布を算出するステップと
を実行させることを特徴とするコンピュータプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【図30】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公開番号】特開2011−112633(P2011−112633A)
【公開日】平成23年6月9日(2011.6.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−272417(P2009−272417)
【出願日】平成21年11月30日(2009.11.30)
【出願人】(507228172)株式会社JSOL (23)
【Fターム(参考)】