移動物体検出装置
【課題】 ドップラ信号を利用する移動物体検出装置において、低速及び高速の移動物体をそれぞれ高精度に検出するために速度範囲別に周波数分析すると処理負荷が増大する。
【解決手段】 フィルタ部320,322はそれぞれ、受信信号から、移動物体の高速、低速の別に、対応する周波数帯域のデータを抽出する。高速対応のデータに関しては、所定の時間フレームにて得られるN個が合成部340に入力される。一方、低速対応のデータに関しては、高速対応のデータより長い時間フレームにて得られるデータを間引いてN個のデータを取り出し、合成部340に入力する。合成部340は、周波数シフト処理を行い、高速対応のデータの周波数スペクトルと重複しない領域に低速対応のデータの周波数スペクトルを移動させる。しかる後、両速度域のデータを互いに加算し、得られたN個のデータを用いて周波数分析を行う。
【解決手段】 フィルタ部320,322はそれぞれ、受信信号から、移動物体の高速、低速の別に、対応する周波数帯域のデータを抽出する。高速対応のデータに関しては、所定の時間フレームにて得られるN個が合成部340に入力される。一方、低速対応のデータに関しては、高速対応のデータより長い時間フレームにて得られるデータを間引いてN個のデータを取り出し、合成部340に入力する。合成部340は、周波数シフト処理を行い、高速対応のデータの周波数スペクトルと重複しない領域に低速対応のデータの周波数スペクトルを移動させる。しかる後、両速度域のデータを互いに加算し、得られたN個のデータを用いて周波数分析を行う。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ドップラ信号を周波数分析することによって移動物体を検出する装置に関する。特に、速度範囲の広い移動物体についての速度や距離を計測して移動物体を検出する装置に関する。
【背景技術】
【0002】
監視空間にマイクロ波、ミリ波等の電波を送信して、監視空間内に存在する物体からの反射波を受信し、反射波を周波数分析することによって移動物体の速度や移動物体までの距離を計測するセンサが知られている。これらのセンサは、侵入検知センサ、車載レーダ等、様々な分野で利用されている。
【0003】
監視空間内に移動物体が存在する場合、反射波にはドップラ信号が含まれる。前述のセンサは、反射波を周波数分析してドップラ周波数を抽出して移動物体の速度を算出する。また、同様にドップラ信号を周波数分析するセンサに2周波CW方式を採るものがある。2周波CW方式は、2種類の周波数の電波を監視領域に送信し、各送信周波数に対応する受信波間の位相差から距離を求める方式である。
【0004】
ドップラ信号の周波数は移動物体の速度に比例し、分析すべき周波数帯域は監視対象の移動物体の速度範囲に応じて設定することが望ましい。例えば、侵入者を検出するセキュリティ用途でセンサを使用する場合、歩行する人間などの比較的に低速の移動物体から全速力で走り抜ける人間などの比較的に高速の移動物体まで広い速度範囲を精度良く検出する必要がある。例えば、24GHz帯のマイクロ波を使用する場合、前者では数Hz〜数十Hzの低周波数帯域を、後者では数kHzの高周波数帯域を分析すべき周波数帯域とすることが望ましい。
【0005】
また、高速移動物体によるドップラ信号の変化は速いので、高速移動物体の速度や距離を高精度に計測するためには短い時間間隔(短いフレーム長、短い周期)で周波数分析を行う必要がある。
【0006】
これに対して、低速移動物体によるドップラ信号の変化はゆっくりであるため、短いフレーム長では正確な計測ができない。そのため、低速移動物体の速度や距離を高精度に計測するためには長いフレーム長で分析を行う必要がある。
【0007】
下記特許文献1には、異なる周波数分解能を有する複数の周波数分析部を有するレーダ装置が記載されている。このレーダ装置によれば、低速な物標と高速な物標とに関する周波数分析を別個の周波数分析部で行うので、それら周波数分析部の周波数分解能をそれぞれ対象とする物標に適した周波数分解能に設定することができる。
【特許文献1】WO02/018972号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に係るレーダ装置のように、周波数分析部を複数用いる従来技術の構成では、周波数分析部の数に比例して信号処理量が増大する。そのため、高性能な信号処理装置あるいは複数の信号処理装置が必要となり、コスト高となるという問題があった。
【0009】
反射波の強度は物体までの距離の4乗に比例して減衰するため、反射波のダイナミックレンジは広い。また、反射波をデジタル化して信号処理する場合、A/D変換による折り返し歪みの影響を除くためのアンチエリアスフィルタを通過させた後にA/D変換を行う。
【0010】
必要なダイナミックレンジを確保しつつ折り返し歪みの影響を受けないようにするための一つの方法は、急峻な帯域阻止特性を持つアンチエリアスフィルタを用意することであるが、このようなアナログフィルタを精度良く実現することは難しい。そこで、一般には、分析しようとする最高の周波数より十分に高いサンプリングレートでA/D変換を行う(オーバーサンプリング)。こうすることで、それ程急峻な帯域阻止特性を持つアンチエリアスフィルタを用いずにダイナミックレンジの確保と折り返し歪みの除去が可能となる。
【0011】
しかしながら、オーバーサンプリングすると、本来分析する必要のない無駄な高周波数帯域を含めて周波数分析する必要が生じていた。
【0012】
本発明は上述の問題点を解決するためになされたものであり、移動物体の高精度な検出を、信号処理量の大幅な増大や無駄な処理の発生を抑えて低コストに実現可能とすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明に係る移動物体検出装置は、移動物体を検出する監視空間に所定周波数の送信波を送信する送信手段と、前記送信波に対する反射波を受信し、受信データを生成する受信手段と、前記受信データから複数の注目周波数帯域別に、互いに周波数分解能が異なり、かつデータ数が同じである帯域別データ列を構成する帯域別データ列構成手段と、周波数シフト操作により前記各帯域別データ列を互いに重複しない別々の周波数領域に対応付ける処理を行って、前記各帯域別データ列毎に変換データ列を生成する変換データ列生成手段と、前記複数の変換データ列を互いに加算合成して帯域合成データ列を生成する帯域合成データ列生成手段と、前記帯域合成データ列に対応する周波数スペクトルを求める周波数分析手段と、前記周波数スペクトルに基づいて前記移動物体を検出する検出手段と、を有する。
【0014】
他の本発明に係る移動物体検出装置においては、前記注目周波数帯域が、前記移動物体の注目速度範囲に対応して設定され、前記注目速度範囲が低域であるほど、前記周波数分解能が高く設定される。
【0015】
また他の本発明に係る移動物体検出装置は、前記受信手段が、受信した反射波を所定の原サンプリング周波数でサンプリングして前記受信データを生成し、前記帯域別データ列構成手段が、前記各注目周波数帯域毎に設けられ、前記受信データを入力され、当該注目周波数帯域の信号成分を通過させる周波数フィルタリングを行い、成分データ列を出力する複数のフィルタ手段と、前記各注目周波数帯域の前記成分データ列を、前記周波数分解能に応じて前記各注目周波数帯域毎に異なる再サンプリング周波数にダウンサンプリングするダウンサンプリング手段と、前記帯域別データ列として、前記各注目周波数帯域のダウンサンプリング後の前記成分データ列から、前記各注目周波数帯域に共通の前記データ数を有する部分列を取り出す部分列取り出し手段と、を有し、前記注目周波数帯域が、前記移動物体の注目速度範囲に対応して設定され、前記注目速度範囲が低域であるほど、前記再サンプリング周波数が低く設定されるものである。
【0016】
本発明の好適な態様は、前記注目速度範囲のうち少なくとも1つは人間の歩行速度を含む範囲であり、前記注目速度範囲のうち少なくとも1つは人間の走行速度を含む範囲である移動物体検出装置である。
【0017】
別の本発明に係る移動物体検出装置は、少なくともいずれか1つの前記各帯域別データ列に対する前記周波数シフト操作が、当該帯域別データ列と前記再サンプリング周波数の2分の1の周波数の正弦波との乗算であるものである。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、移動物体からの反射信号から、複数の注目周波数帯域別に、互いに異なる周波数分解能を有する信号を生成し、それらを再び1つの信号に合成する。合成に際しては、注目周波数帯域別の信号を互いに異なる周波数分解能とすると共に、互いに重複しない別々の周波数領域に対応付ける。この合成により得られた信号に対する周波数分析を行うことで、複数の注目周波数帯域についての互いに異なる周波数分解能での周波数分析を1度に実行することが可能となる。すなわち、信号処理負荷の増大を回避しつつ、移動速度に応じて周波数分解能を変えた高精度の移動物体の検出を実現することができ、低コストの移動物体検出装置を実現することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態(以下実施形態という)である移動物体検出装置について、図面に基づいて説明する。本実施形態では、移動物体検出装置を、人間の侵入を検知する用途で用いた場合の例について説明する。また、送受信する信号をマイクロ波とし、2周波CW方式を採用した場合の例として説明する。
【0020】
<実施形態1>
図1及び図2は、実施形態1に係る移動物体検出装置の概略のブロック構成図であり、図1には送信部及び受信部が詳しく示されており、図2には処理部が詳しく示されている。
【0021】
送信部100は、矩形波状の電圧波形を発生する矩形波発生器110、マイクロ波を発生する電圧制御型発振器120、マイクロ波の逆流を防ぐと共にマイクロ波を送信アンテナ140とミキサ220とに分配する方向性結合器130、及びマイクロ波を監視空間に放射する送信アンテナ140で構成され、異なる2つの周波数f1,f2を持つ連続的なマイクロ波を時分割で監視空間に送信する。
【0022】
2周波CW方式である本装置では、矩形波発生器110は、2種類の電圧値を持った矩形波を交互に発生する。矩形波の電圧値は電圧制御型発振器120の発振周波数を制御し、また、矩形波の発生周期は周波数f1,f2の切替周期を規定する。矩形波は受信部200の切替器230にも入力され、サンプルホールド240,245の同期に利用される。矩形波の発生周波数は通常、数十kHzから数百kHz程度に設定する。
【0023】
電圧制御型発振器120は、発生するマイクロ波の周波数を入力電圧に基づいて制御する。すなわち、電圧制御型発振器120は、矩形波発生器110からの入力矩形波の電圧に応じて、周波数f1,f2の24GHz帯のマイクロ波を交互に発生する。また、電圧制御型発振器120は、矩形波に同期してマイクロ波の周波数をf1からf2へ、あるいはf2からf1へと切り替える。
【0024】
送信部100から送信されたマイクロ波は、監視空間内に存在する物体で反射され、反射波として受信部200で受信される。監視空間内に移動物体が存在する場合、反射波には移動物体によるドップラ成分が含まれる。
【0025】
受信部200は、反射波を受信する受信アンテナ210、反射波と方向性結合器130からのマイクロ波とをミキシングして反射波に含まれるドップラ成分のみを抽出し、ドップラ信号として出力するミキサ220、矩形波発生器110からの矩形波の発生周期に同期してドップラ信号を周波数f1のマイクロ波によるものと周波数f2のマイクロ波によるものとに分離する切替器230、切替器230によって不連続になった各ドップラ信号を補間するサンプルホールド240,245(図1ではS/Hと略記)、各ドップラ信号を増幅するアンプ250,255、各ドップラ信号の折り返し歪みを抑圧するアンチエリアスフィルタ260,265、A/D変換器270,275で構成され、反射波を受信し、反射波に含まれるドップラ成分を抽出したドップラ信号をデジタル信号に変換して出力する。以下、周波数f1のマイクロ波によるドップラ信号を第一ドップラ信号、周波数f2のマイクロ波によるドップラ信号を第二ドップラ信号と称する。
【0026】
アンチエリアスフィルタ260,265は、比較的緩やかな帯域阻止特性を持つアナログフィルタとする。A/D変換器270,275は、サンプリングレートが11.025kHzのものを採用する。このときのナイキスト周波数は移動物体の速度に換算すると時速123kmに相当し、侵入検知で分析しようとする周波数より十分に高い(オーバーサンプリング)。
【0027】
処理部300は、デジタル信号を処理するDSPやCPU等のプロセッサ、プログラムやパラメータを記憶するFLASHメモリ等の不揮発性メモリ、処理結果等を一時記憶するDRAM等の揮発性メモリ等により構成される。
【0028】
図2を参照して、処理部300について詳細に説明する。処理部300は、受信部200から入力される第一ドップラ信号、第二ドップラ信号のデジタルデータを蓄積するバッファ部310,315、第一ドップラ信号、第二ドップラ信号のデジタルデータから注目周波数帯域以外の周波数成分を除去するためのフィルタ部320,322,324,326、間引き等により第一ドップラ信号、第二ドップラ信号のデジタルデータをダウンサンプリングするダウンサンプリング部330,335、複数のドップラ信号のデジタルデータを注目周波数帯域同士が重複しないように1つのデジタルデータに合成する合成部340,345、高速フーリエ変換(FFT;Fast Fourier Transform)等により合成したデジタルデータを複素スペクトルに変換する周波数分析部350,355、第一ドップラ信号および第二ドップラ信号の複素スペクトルを基にドップラ周波数を抽出するドップラ周波数抽出部360、ドップラ周波数における第一ドップラ信号および第二ドップラ信号の位相差を基に移動物体検出装置から移動物体までの距離を算出する距離分布算出部370、移動物体の速度を算出する速度分布算出部380、移動物体による反射強度を算出する強度分布算出部385、移動物体までの距離と移動物体の速度とを基に侵入者の有無を判定する侵入判定部390を含む。例えば、これらの各部はプログラムとして不揮発性メモリに記憶され、装置が起動するとプロセッサによって読み出され、実行される。
【0029】
以下、処理部300に含まれる各部について説明する。図3はバッファ部310,315に蓄積されたドップラ信号のデータ例を示す模式図であり、横軸が時間、縦軸が電圧値に対応する。また、図4は処理部300内の各部におけるドップラ信号のデータ例を示す模式図であり、図3に示すドップラ信号に対する処理結果を、図3と同様、横軸を時間、縦軸を電圧値として表している。図5は、図4の各データ例に対応する周波数スペクトルを示す模式図であり、横軸が周波数、縦軸がデシベル表示による強度に対応する。
【0030】
バッファ部310、フィルタ部320,322、ダウンサンプリング部330、合成部340、周波数分析部350は第一ドップラ信号を処理する。
【0031】
バッファ部310は、A/D変換器270でデジタル化された第一ドップラ信号のデータのうち、少なくともN個の最新データを蓄積する。本実施形態では、FIFO(First In First Out)バッファで構成し、Nを2048とする。
【0032】
フィルタ部320は、バッファ部310からN個の最新データを高速移動物体を分析するためのドップラ信号(以下、高速移動物体用データ)として読み出して、注目周波数帯域以外の周波数成分を除去する。本実施形態では、注目周波数帯域を0Hz以上、ナイキスト周波数の1/2以下とし、遮断周波数2.75625kHzの低域通過フィルタ(LPF;Low Pass Filter)を用いる。この注目周波数帯域は、注目速度範囲を時速62km以下とすることに相当し、全速力で走る人間の速度に対して十分な余裕を持たせた設定となっている。また、ここで除去した周波数帯域は前述のA/D変換部270でのオーバーサンプリングにより生じた無駄な周波数帯域である。図4(a)は、図3に示されているようなバッファ部310に記憶されている第一ドップラ信号がフィルタ部320を通過した後の高速移動物体データを示す。また、図5(a)は図4(a)の高速移動物体用データに対応する周波数スペクトルを示したものである。
【0033】
一方、フィルタ部322は、バッファ部310からN個の最新データを低速移動物体を分析するためのドップラ信号(以下、低速移動物体用データ)として読み出して、注目周波数帯域以外の周波数成分を除去する。本実施形態では、注目周波数帯域を0Hz以上、ナイキスト周波数の1/16以下とし、遮断周波数344.53125HzのLPFを用いる。この注目周波数帯域は、注目速度範囲を人間の歩行速度程度である秒速2.14m以下とすることに相当する。
【0034】
ダウンサンプリング部330は、低速移動物体を分析するためのドップラ信号をダウンサンプリングする。本実施形態では、フィルタ部322が出力したデータを8個おきに1個取り出す間引きによってダウンサンプリングを行う。
【0035】
ここで、ダウンサンプリングしたデータはN/8個となるが、ダウンサンプリング部330は過去にダウンサンプリングした少なくとも7N/8個のデータを保持し、これらを合わせたN個のデータをダウンサンプリング結果として出力するように構成する。
【0036】
ダウンサンプリングした2048個の低速移動物体用データは1486m秒のフレーム長となり、2048個の高速移動物体用データのフレーム長185.8m秒に対して長く、周波数分解能が向上したものとなる。また、2つのデータの個数を同一とすることで、後述する合成部340による合成が可能となる。
【0037】
図4(b)はダウンサンプリング部330が出力する低速移動物体用データを示している。また、図5(b)は図4(b)に示す低速移動物体用データの周波数スペクトルを示したものである。図5(b)は、高速移動物体用データの周波数スペクトルである図5(a)の低周波数帯域を拡大した形となっており、例えば、図5(a)では粗い分解能でしか観察できない50Hz付近に現れているピーク周波数が図5(b)ではより細かい分解能で観察できることが分かる。すなわち、ダウンサンプリング部330が出力する低速移動物体用データは、高速移動物体用データより低周波数帯域について細かい分解能を有するのである。
【0038】
尚、ダウンサンプリングの方法は、連続8データの平均値を8個おきに計算する、あるいは、連続8データの中央値を8個おきに計算するなどしても良いし、間隔もNの約数であれば8でなくても良い。
【0039】
合成部340は、フィルタ部320を通過した高速移動物体用データと、ダウンサンプリング部330が出力した低速移動物体用データとを1つのデータに合成する。具体的には、フィルタ部320により除去された高速移動物体用データの高周波数帯域に、低速移動物体用データの注目周波数帯域の成分を周波数シフトさせ、高速移動物体用データと周波数シフトした低速移動物体用データとを加算する。
【0040】
加算は、2つのデータが仮想的に同じサンプリングレートでサンプリングされたと見なして1番目のデータ値同士、2番目のデータ値同士、…、N番目のデータ値同士、をそれぞれ加えた値を算出する処理である。
【0041】
周波数シフトはシフトさせる元データに正弦波を乗算することによって行う。乗算する正弦波の周波数をシフト周波数と称する。周波数シフトにより、元データのスペクトルはその形状を保ったまま、0Hzの位置がシフト周波数の位置となるように周波数軸上で平行移動される。このときに、シフト周波数を中心に元データのスペクトル形状を折り返した虚像が生じる。本実施形態では、この虚像がフィルタ部320により周波数成分が除去された高周波数帯域に現れるように、ダウンサンプリング後のナイキスト周波数689.0625Hzにシフト周波数を設定する。図4(c)は合成部340にて周波数シフトした後の低速移動物体用データを、また、図5(c)は図5(b)の周波数スペクトルを周波数シフトして現れた虚像を示している。既に述べたように、本装置では高速移動物体用データの取得に必要とされる以上の周波数でオーバーサンプリングしていることにより、高速移動物体用データの周波数スペクトルとナイキスト周波数との間に空いた周波数帯域が生じる。本装置では、低速移動物体用データの周波数スペクトルの虚像が実質的にこの空き領域に収まるように周波数変換される。つまり、本装置では、当該虚像が高速移動物体用データの注目周波数帯域に実質的に重複しないように設定されている。
【0042】
図4(d)は合成部340にて図4(a)の高速移動物体用データ及び図4(c)の低速移動物体用データを加算合成したデータを表している。図5(d)は、この加算合成後のデータの周波数スペクトルであり、図5(a)の高速移動物体用データの周波数スペクトルと図5(c)の低速移動物体用データの周波数スペクトルの虚像部分とを合成した特徴を有している。
【0043】
尚、上述の構成では、合成部340が低速移動物体用データを周波数シフトして高速移動物体用データに加算するものとして説明を行ったが、合成部340が高速移動物体用データを周波数シフトして低速移動物体用データに加算しても良い。
【0044】
周波数分析部350は、合成部340からのデータにハミング窓によるウィンドウ処理を施し、ウィンドウ処理したデータをFFTにより周波数分析して複素スペクトルを算出する。合成部340からのデータには、高速移動物体用データと低速移動物体用データの両方の成分を含んでおり、1回の周波数分析により2つの注目周波数帯域に関する分析を同時に実行可能である。
【0045】
尚、ウィンドウ処理の窓関数としてハニング窓等を用いても良いし、周波数分析を離散フーリエ変換(DFT;Discrete Fourier Transform)等で行っても良い。
【0046】
以上、処理部300のうち、第一ドップラ信号を処理する構成を説明したが、第二ドップラ信号を処理する構成は、バッファ部315、フィルタ部324、フィルタ部326、ダウンサンプリング部335、合成部345、周波数分析部355により行われる。ここで、バッファ部315はバッファ部310と、フィルタ部324はフィルタ部320と、フィルタ部326はフィルタ部322と、ダウンサンプリング部335はダウンサンプリング部330と、合成部345は合成部340と、周波数分析部355は周波数分析部350と、それぞれ同じであるので説明は省略する。
【0047】
ドップラ周波数抽出部360は、周波数分析部350から入力される第一ドップラ信号の複素スペクトルと、周波数分析部355から入力される第二ドップラ信号の複素スペクトルとのそれぞれの強度を算出し、両者の強度差が予め定めたしきい値より小さい周波数をドップラ周波数として抽出する。
【0048】
かかる処理は、同一の移動物体からの反射波は、f1,f2のいずれかの周波数の場合においても同様に受信されることを利用し、移動物体以外のノイズ成分を侵入判定から除外するための処理である。すなわち、第一ドップラ信号と第二ドップラ信号との両方に同程度の強度を有するドップラ周波数を抽出している。
【0049】
距離分布算出部370は、ドップラ周波数毎に周波数分析部350から抽出した第一ドップラ信号と周波数分析部355から抽出した第二ドップラ信号との複素スペクトルに基づいて、第一ドップラ信号と第二ドップラ信号との位相差を求め、位相差を用いて移動物体までの距離を算出する。ここでの算出結果により、移動物体が移動物体検出装置からどのくらいの距離に分布しているかが分かる。
【0050】
強度分布算出部385は、ドップラ周波数毎に周波数分析部350から抽出した第一ドップラ信号と周波数分析部355から抽出した第二ドップラ信号との複素スペクトルに基づいて、第一ドップラ信号の強度と第二ドップラ信号の強度との平均値を求め、求めた平均値を距離分布算出部370が算出した距離と対応付ける。ここでの算出結果により、移動物体検出装置からどのくらいの距離にどのくらいの反射強度の移動物体が分布しているかが分かる。
【0051】
速度分布算出部380は、ドップラ周波数毎に図5(d)に示すように左半分を高速移動体検知用の周波数軸及び、右半分を低速移動体検知用の周波数軸として、移動物体の速度を求め、求めた速度を距離分布算出部370が算出した距離と、ドップラ周波数に基づいて対応付ける。ここでの算出結果により、移動物体検出装置からどのくらいの距離にどのくらいの速度の移動物体が分布しているかが分かる。
【0052】
侵入判定部390は、強度分布算出部385で算出した強度分布、及び速度分布算出部380で算出した移動物体の速度分布を基にして移動物体が人間であるかを判断し、人間であると判断したら、侵入ありとの判定を行う。
【0053】
出力部400は、侵入判定部390が侵入ありと判定した場合に、検知信号を移動物体検出装置の外部に出力する。検知信号は、警備システムのコントローラ等(図示せず)に入力され、コントローラにて、侵入検知を意味する表示や通信回線を介した警備センタへの通報等が行われる。
【0054】
次に、本装置の動作について説明する。
【0055】
装置が起動すると、送信部100から異なる2つの周波数f1,f2を持つ連続的なマイクロ波が時分割で交互に監視空間に送信される。受信部200は、監視空間内の物体からの反射波を受信し、移動物体により生じたドップラ成分を反射波から抽出したドップラ信号をデジタルデータに変換し、周波数f1の送信波によるドップラ信号のデジタルデータ(第一ドップラ信号)と周波数f2の送信波によるドップラ信号のデジタルデータ(第二ドップラ信号)とを処理部300に入力する。
【0056】
以下、処理部300による処理の流れを図6,図7及び図8のフローチャートを参照して説明する。第一ドップラ信号及び第二ドップラ信号はそれぞれ第一ドップラ信号処理S10,第二ドップラ信号処理S12にて周波数分析され、それらの結果が総合解析処理S14に入力される。図7は、第一ドップラ信号処理S10及び第二ドップラ信号処理S12それぞれをより詳しく示したフローチャートであり、また図8は総合解析処理S14をより詳しく示したフローチャートである。
【0057】
以下、第一ドップラ信号処理S10を図7を用いて説明する。第一ドップラ信号は、A/D変換器270によってデジタル化され(ステップS400)、バッファ部310によって順次蓄積される(ステップS402)。このとき、バッファ部310は、蓄積したデータ数をカウントしている。バッファ部310の動作S400,S402は他の各部の動作と独立し、かつ、繰り返し実行される。
【0058】
フィルタ部320は、バッファ部310による蓄積データ数のカウント値を参照し、カウンタがN個に達すると(ステップS404にてYES)、バッファ部310に蓄積されたN個のデータを高速移動物体用データとして読み出し、読み出したデータに遮断周波数2.75625kHzのLPFを施し(ステップS406)、処理結果を一時的に記憶する(ステップ408)。
【0059】
また、フィルタ部322もバッファ部310のカウント値を参照しており、カウント値がN個に達すると、フィルタ部322は、バッファ部310に蓄積されたN個のデータを低速移動物体用データとして読み出し、読み出したデータに遮断周波数344.53125HzのLPFを施し、ダウンサンプリング部330に入力する(ステップS410)。
【0060】
ダウンサンプリング部330は、入力されたN個のデータから8個おきにデータを取り出す間引き処理によるダウンサンプリングを行う(ステップS412)。また、ダウンサンプリング部330は、蓄積しているN個の過去のダウンサンプリング結果のうち最古のN/8個を削除し、ステップS412にて生成したN/8個のデータを追加する(ステップS416)。
【0061】
合成部340は、ダウンサンプリング部330に蓄積されている低速移動物体用データをN個読み出し、読み出したデータに周波数689.0625Hzの正弦波を乗じて周波数シフトを行い(ステップS418)、周波数シフトした低速移動物体用データとフィルタ部320が一時記憶している高速移動物体用データとを加算することで両者を合成し、合成データを一時的に記憶する(ステップS420)。なお、以上では、高速移動物体用データに関する処理(ステップS406,S408)と低速移動物体用データに関する処理(ステップS410,S412、S416,S418)とを並列的に行う例を示したが、直列的に実行しても良く、その場合の処理順序は適宜に設計可能である。
【0062】
周波数分析部350は、合成部340が一時記憶している合成データを読み出し、読み出した合成データにハミング窓を乗じることによりウィンドウ処理を施し(ステップS422)、ウィンドウ処理を施したデータに対してFFT分析を実行して第一ドップラ信号の複素スペクトルを算出し、算出した複素スペクトルを一時的に記憶する(ステップS424)。以上のように、本発明は合成データを生成することによって、分解能が異なる複数の周波数分析を一度のFFT分析で行うことができる。合成部340における周波数シフトと加算に係る処理量はFFT分析に係る処理量に比べると非常に少なく、コスト削減効果は高い。
【0063】
以上、第一ドップラ信号に関する処理S10を詳しく説明したが、第二ドップラ信号に関する処理S12も第一ドップラ信号と同様に実行され、処理結果である第二ドップラ信号の複素スペクトルが周波数分析部355で一時的に記憶される。
【0064】
具体的には、第二ドップラ信号処理S12においては、バッファ部315によりステップS400,S402,S404の処理が行われ、フィルタ部324によりステップS406,S408の処理が行われ、フィルタ部326によりステップS410の処理が行われ、ダウンサンプリング部335によりステップS412,S416の処理が行われ、合成部345によりステップS418,S420の処理が行われ、周波数分析部355によりステップS422,S424の処理が行われる。
【0065】
次に、総合解析処理S14を図8を用いて説明する。ドップラ周波数抽出部360は、処理S10にて算出した第一ドップラ信号の複素スペクトルと処理S12にて算出した第二ドップラ信号の複素スペクトルとから、移動物体により生じたドップラシフトを含む周波数を抽出する(ステップS460)。そのために、まず、ドップラ周波数抽出部360は、第一ドップラ信号の周波数スペクトルと第二ドップラ信号の周波数スペクトルとを算出し、周波数ごとに両者のスペクトル強度の差を求める。次に、ドップラ周波数抽出部360は、差が予め定めたしきい値以下の周波数をドップラ周波数として抽出し、一時的に記憶する。
【0066】
距離分布算出部370は、ステップS460で抽出されたドップラ周波数ごとに、第一ドップラ信号の複素スペクトルと、第二ドップラ信号の複素スペクトルとを読み出し、両複素スペクトル間の位相差を求め(ステップS464)、位相差を基に移動物体までの距離を算出する(ステップS466)。位相差をΔφ、光速をcとすると、移動物体までの距離Rは次式にて求まる。
【0067】
【数1】
【0068】
強度分布算出部385は、移動物体までの距離に対する強度の分布を算出する(ステップS468)。そのために強度分布算出部385は、まず、第一ドップラ信号の複素スペクトルと、第二ドップラ信号の複素スペクトルとを読み出し、読み出した各複素スペクトルの強度を算出し、算出した第一ドップラ信号の強度と第二ドップラ信号の強度との平均値を各ドップラ周波数における強度とする。なお、平均値の代わりに最大値を用いても良い。次に、強度分布算出部385は、ステップS466で算出したドップラ周波数ごとの距離を読み出し、距離と強度との対応付けを行う。
【0069】
速度分布算出部380は、移動物体までの距離に対する移動物体の速度の分布を算出する(ステップS470)。そのために速度分布算出部380は、まず、ステップS460で抽出されたドップラ周波数を速度に変換する。ドップラ周波数をfdとすると、移動物体の速度は次式にて求まる。
【0070】
【数2】
【0071】
次に速度分布算出部380は、ステップS466で算出したドップラ周波数ごとの距離を読み出し、距離と速度との対応付けを行う。
【0072】
ここで、処理S10で算出した第一ドップラ信号の複素スペクトルと、処理S12で算出した第二ドップラ信号の複素スペクトルとはそれぞれ、周波数軸が異なる高速移動物体用データに関する領域と低速移動物体用データに関する領域とが混在しているので、このことを考慮してドップラ周波数の値を求める必要がある。例えば、図5(d)では、左半分は高速移動物体検知用、右半分が低速移動物体検知用になっており、前者の周波数軸は左端を0Hzとして右方向に増加し、最大値が2.75625kHzであるのに対して、後者は右端を0Hzとして左方向に増加し、最大値が344.53125Hzである。
【0073】
侵入判定部390は、ステップS468で算出された強度分布、及びステップS470で算出された速度分布を参照し、距離が近いもの同士を同一移動物体とみなして、移動物体ごとの強度分布と速度分布とを求め、強度分布及び速度分布が人間とみなせる範囲であれば侵入ありと判定する(ステップS472,S474)。
【0074】
ステップS474にて侵入ありと判定された場合、出力部400は、侵入検知信号を生成し、セキュリティシステムのコントローラなどの外部装置に侵入検知信号を出力する(ステップS476)。
【0075】
以上、本装置の動作を説明した。さて、上述したように、本装置では、処理部300が、複数の注目速度範囲毎に周波数分解能が異なるように再構成されたデータ列を、オーバーサンプリングにより周波数帯域に生じる空き領域を有効に利用して、1つのデータ列に合成している。その際、シフト周波数は例えば、ダウンサンプリング後のナイキスト周波数以下に設定されると共に、シフトされた周波数スペクトル及びシフトされない周波数スペクトルそれぞれの周波数軸上での離散点の配置がFFTに好適となるように設定される。
【0076】
また、シフト周波数fshiftは、周波数シフトされる注目速度範囲のデータ(上述の本装置の構成では低速移動物体用データ)のダウンサンプリング後のナイキスト周波数fsrd/2に設定することが以下に説明するように好適である。図9は、これを説明する周波数スペクトルの模式図であり、周波数シフトを行ったときに生じるエイリアシングの様子を模式的に示している。図9において、スペクトル600は周波数シフト前のデータの周波数スペクトル、スペクトル602は周波数シフトによる周波数スペクトルの写像、スペクトル604は周波数シフトにより生じた周波数スペクトルの虚像、また、点線はスペクトル602,604のエイリアシングによる周波数成分をそれぞれ表している。エイリアシングによる周波数成分はナイキスト周波数を中心に周波数シフトで生じた周波数成分であるスペクトル602,604を折り返した形状となる。図9(a)は、虚像であるスペクトル604の全体がエイリアシング成分と重複を生じることなく、高周波数帯域に収まっている。これに対し、図9(b)は、虚像であるスペクトル604の一部にエイリアシング成分が重複を生じており、この部分の周波数分析が難しくなる。図9(c)は、上述した、シフト周波数をダウンサンプリング後のナイキスト周波数fsrd/2に一致させた場合の模式図である。この場合、エイリアシングによる周波数成分の形状が周波数シフトによる写像及び虚像の形状と完全に一致するため、エイリアシング成分が周波数分析に及ぼす精度劣化等の悪影響を排除することが可能となる。図9(a)や図9(b)ではシフト周波数fshiftとナイキスト周波数fsrd/2との間に無駄な帯域が生じているが、図9(c)のようにすれば無駄が生じない。また、この場合、上述した周波数シフト操作は、データの符号を1つ置きに反転させる簡易な処理で実現できる。
【0077】
なお、注目周波数帯域に対応するデータを1/mにダウンサンプリングした後の周波数スペクトルは、ダウンサンプリング前の周波数範囲、つまり注目周波数帯域の帯域幅に対してm倍の幅に拡大される。そのため、オーバーサンプリングに生じた空き周波数領域を利用して、各注目周波数帯域の周波数スペクトルを重複無く配置する際には、この点に配慮して、その配置が設計される。
【0078】
<実施形態2>
上記実施形態1では、高速移動物体に関する周波数帯域と低速移動物体に関する周波数帯域との2種類の周波数帯域を1つの周波数分析部で同時に周波数分析する移動物体検出装置の例を示したが、本発明によれば、M種類(Mは2以上の整数)の周波数帯域を1つの周波数分析部で同時に周波数分析することも可能である。
【0079】
以下の実施形態2では、M=3の場合の移動物体検出装置の構成例を示す。実施形態2は、実施形態1の高速移動物体、低速移動物体に加えて中速移動物体に関する周波数帯域の周波数分析が加わる例である。
【0080】
図10は実施形態2の移動物体検出装置の概略の構成を示すブロック図である。また図11及び図12は本装置における各注目周波数帯域毎の周波数変換操作を説明する模式的な周波数スペクトル図である。本装置の送信部100、受信部200及び出力部400の構成は実施形態1の移動物体検出装置と同じ構成であるので説明を省略する。また、処理部300の構成についても、バッファ部310,315、フィルタ部320,322,324,326、周波数分析部350,355、ドップラ周波数抽出部360、距離分布算出部370、速度分布算出部380、強度分布算出部385、侵入判定部390は実施形態1と同じ構成であるので説明を省略する。
【0081】
フィルタ部323は、バッファ部310からN個の最新データを読み出して、中速移動物体に関する注目周波数帯域以外の周波数成分を除去する。例えば、元々のスペクトル620が図11(a)のような形状をしている場合、フィルタ部323によるフィルタリングによって図11(b)に示すように低周波数側の領域と高周波数側の領域とを除去し注目周波数帯域である中間の周波数成分622が抽出されることになる。本実施形態では、注目周波数帯域をナイキスト周波数の1/16(344.53125Hz)以上かつナイキスト周波数の3/16(1033.59375Hz)以下とし、フィルタ部323として、344.53125〜1033.59375Hzを通過させるバンドパスフィルタ(BPF;Band Pass Filter)を用いる。この場合、フィルタ部323を通過したデータから秒速2.14m以上、秒速6.42m以下の移動物体によるドップラ信号が検出可能である。
【0082】
周波数変換部331は、実施形態1のダウンサンプリング部330の機能と合成部340の周波数シフトの機能とを有し、同様に、中速移動物体に対応して設けられる周波数変換部332もダウンサンプリングの機能と周波数シフトの機能とを有する。
【0083】
周波数変換部332は、まず、フィルタ部323を通過したデータの注目周波数帯域が0Hz付近の領域に配置されるような周波数シフトを行う。例えば、図11(b)に示す周波数シフト前のスペクトル622は、周波数シフトによって図11(c)に示すスペクトル624に変換される。本実施形態では、シフト周波数1033.59375Hzの正弦波を乗じ、0Hzから1033.59375Hzの周波数帯域に虚像スペクトル626を出現させる。本装置では、この虚像スペクトル626を周波数分析に利用するので、シフト周波数より高域側のスペクトル624を抑圧する。そこで、周波数変換部332は、次に、シフト周波数を遮断周波数とするLPFを周波数シフト後のデータに施す(図11(d))。続いて、周波数変換部332は、LPFを通過したデータに対してダウンサンプリング処理を行う(図12(a))。本実施形態では、2個おきにデータを取り出す間引きによってダウンサンプリングを行う。このダウンサンプリング後のスペクトル650の帯域幅はダウンサンプリング前のスペクトル626の2倍に拡大する。ここで、ダウンサンプリングしたデータはN/2個となるが、周波数変換部332は過去にダウンサンプリングした少なくともN/2個のデータを保持し、これらを合わせたN個のデータをダウンサンプリング結果として次の処理に渡す。周波数変換部332は、ダウンサンプリングした中速移動物体用データに正弦波を乗じて、高速移動物体用データと重ならない周波数帯域に周波数シフトし出力する(図12(b))。図12(b)にはシフト周波数より高域側にスペクトル650の写像652が現れ、低域側に、写像652の形状を反転した虚像654が現れる。
【0084】
低速移動物体用データのダウンサンプリング及び周波数シフトを行う周波数変換部331は、実施形態1の場合と設定が異なり、4個おきにデータを取り出す間引きによってダウンサンプリングを行う。周波数変換部331は、過去のダウンサンプリング結果3N/4個を保持し、新たに生成したN/4個のデータと合わせたN個のダウンサンプリング結果を出力する。周波数変換部331は、ダウンサンプリングした低速移動物体用データに正弦波を乗じて、高速移動物体用データおよび中速移動物体用データと重ならない周波数帯域に周波数シフトし出力する。
【0085】
合成部343は、フィルタ部320からの高速移動物体用データと、周波数変換部332からの中速移動物体用データと、周波数変換部331からの低速移動物体用データとを1つのデータに合成する。具体的には、合成部343は、フィルタ部320から出力される高速移動物体用データと、周波数変換部332から出力される周波数シフトした中速移動物体用データとを仮想的に同じサンプリングレートでサンプリングされたデータと見なして加算する。また、合成部343は、周波数シフトしたデータにLPF処理を施して、シフト周波数より高周波数帯域側に現れた写像652を抑圧する(図12(c))。さらに、合成部343は、高速移動物体用データと中速移動物体用データとを加算したデータに、周波数変換部331からのスペクトル656を有する低速移動物体用データを加算する(図12(d))。
【0086】
本実施形態では、中速移動物体用データに関するシフト周波数およびLPFの遮断周波数を2067.1875Hz(中速移動物体に関する処理時に行うダウンサンプリング後のナイキスト周波数の3/4)とする。また、低速移動物体用データに関するシフト周波数を1378.125Hz(低速移動物体に関する処理時に行うダウンサンプリング後のナイキスト周波数)とする。
【0087】
次に、実施形態2の移動物体検出装置の動作について、図13及び図14のフローチャートを参照して説明する。実施形態1と基本的に同様である動作については、実施形態1と同一番号を付し、説明を簡略化する。第一ドップラ信号及び第二ドップラ信号はそれぞれ第一ドップラ信号処理S20,第二ドップラ信号処理S22にて周波数分析され、それらの結果が総合解析処理S14に入力される。図14は、第一ドップラ信号処理S20及び第二ドップラ信号処理S22それぞれをより詳しく示したフローチャートである。
【0088】
実施形態1の場合と同様に、装置が起動すると、送信部100がマイクロ波を監視空間に送信し、受信部200が監視空間内の物体からの反射波を受信し、第一ドップラ信号および第二ドップラ信号が処理部300に入力される。
【0089】
以下、第一ドップラ信号処理S20を図14を用いて説明する。第一ドップラ信号は、A/D変換器270によってデジタル化され(ステップS400)、バッファ部310によって順次蓄積され(ステップS402)、N個のデータが蓄積されると、フィルタ部320により、N個のデータが高速移動物体用データとして読み出される。フィルタ部320は、高速移動物体用データに遮断周波数2.75625kHzのLPFを施し(ステップS406)、処理結果を一時的に記憶する(ステップS408)。
【0090】
一方、バッファ部310による蓄積データ数のカウンタがN個に達すると、フィルタ部322による処理も実行される。フィルタ部322は、バッファ部310に蓄積されたN個のデータを低速移動物体用データとして読み出し、読み出したデータに遮断周波数344.53125HzのLPFを施す(ステップS410)。続いて、LPFを施されたデータは周波数変換部331によって4個おきに間引かれる(ステップS412)。周波数変換部331は、蓄積しているN個の過去のダウンサンプリング結果のうち最古のN/4個を削除し、ステップS416にて間引いた結果であるN/4個のデータを追加する(ステップS416)。
【0091】
一方、バッファ部310による蓄積データ数のカウンタがN個に達すると、フィルタ部323による処理も実行される。フィルタ部323は、バッファ部310に蓄積されたN個のデータを中速移動物体用データとして読み出し、読み出したデータに344.53125〜1033.59375Hzを通過させるBPFを施し、周波数変換部332に入力する(ステップS500)。
【0092】
周波数変換部332は、1033.59375Hzの正弦波を乗じて当該データの周波数帯域を周波数シフトさせた後(ステップS505)、周波数シフト後のデータに遮断周波数1033.59375HzのLPFを施し、周波数シフトによって生じた写像を抑圧する(ステップS510)。周波数変換部332は、LPFを通過したN個のデータから2個おきにデータを取り出す間引き処理によるダウンサンプリングを行う(ステップS515)。その後、周波数変換部332は、蓄積しているN個の過去のダウンサンプリング結果のうち最古のN/2個を削除し、ステップS515にて生成したN/2個のデータを追加する(ステップS520)。蓄積された最新のN個のデータは合成部343によって読み出される。
【0093】
合成部343は、周波数変換部332に蓄積されている中速移動物体用データに周波数2067.1875Hzの正弦波を乗じて当該データの周波数帯域を2067.1875Hzだけ高域側に周波数シフトさせる(ステップS525)。続いて合成部343は、フィルタ部320に一時記憶されている高速移動物体用データを読み出し、読み出したデータとステップS525で周波数シフトした中速移動物体用データとを加算する(ステップS530)。更に合成部343は、加算後のデータに遮断周波数4134.375Hz(高速移動物体用データを基準とした周波数。中速移動物体用データを基準とした場合は2067.1875Hz。)のLPFを施し、ステップS525の周波数シフトによって生じた写像を抑圧する(ステップS535)。
【0094】
また、合成部343は、周波数変換部331に蓄積されている低速移動物体用データに周波数1378.125Hzの正弦波を乗じて当該データの周波数帯域を1378.125Hzだけ高域側に周波数シフトさせる(ステップS418)。更に合成部343は、LPFを施したデータとステップS418で周波数シフトした低速移動物体用データとを加算する(ステップS540)。
【0095】
以上の処理により高速移動物体用データと中速移動物体用データと低速移動物体用データとは互いの注目周波数帯域が重複しないように1つのデータに合成される。合成されたデータは、周波数分析部350により、ウィンドウ処理が施され(ステップS422)、FFT分析が実行されて第一ドップラ信号の複素スペクトルに変換される(ステップS424)。
【0096】
以上、第一ドップラ信号に関する処理S20を詳しく説明したが、第二ドップラ信号に関する処理S22も第一ドップラ信号と同様に実行され、処理結果である第二ドップラ信号の複素スペクトルが周波数分析部355で一時的に記憶される。
【0097】
具体的には、第二ドップラ信号処理S22においては、バッファ部315によりステップS400,S402,S404の処理が行われ、フィルタ部324によりステップS406,S408の処理が行われ、フィルタ部326によりステップS410の処理が行われ、周波数変換部336によりステップS412,S416,S418の処理が行われ、フィルタ部327によりステップS500の処理が行われ、周波数変換部337によりステップS505,S510,S515,S520,S525の処理が行われ、合成部348によりステップS530,S535,S540の処理が行われ、周波数分析部355によりステップS422,S424の処理が行われる。
【0098】
以上の処理により算出された第一ドップラ信号の複素スペクトルと第二ドップラ信号の複素スペクトルとに基づいて、実施形態1にて説明した総合解析処理S14が実行される。すなわち、ドップラ周波数抽出部360によりドップラ周波数が抽出され(ステップS460)、距離分布算出部370によりドップラ周波数と移動物体までの距離の関係が算出され(ステップS464,S466)、強度分布算出部385により移動物体までの距離と強度の関係が算出され(ステップS468)、速度分布算出部380により移動物体までの距離と移動物体の速度の関係が算出され(ステップS470)、侵入判定部390により監視空間内への人間の侵入の有無が判定され(ステップS472)、侵入ありと判定された場合は(ステップS474)、出力部400により侵入検知信号が外部装置に出力される(ステップS476)。なお、上述の構成では、合成部340,345,343,348に供する各データのデータ数を同一とするためにダウンサンプリングを行う場合の例で説明を行ったが、アップサンプリング(データの補間、挿入)によってデータ数を同一としても良い。
【0099】
なお、上述の構成では、同一のサンプリングレートでA/D変換したドップラ信号を低速移動物体用データと高速移動物体用データ、あるいは、低速移動物体用データと中速移動物体用データと高速移動物体用データとして読み出し、フィルタリング及びダウンサンプリングすることによって、複数の注目周波数帯域別に、互いに周波数分解能が異なり、かつ、データ数が同じである帯域別データ列を構成し、周波数シフト操作により帯域別データ列を互いに重複しない別々の周波数領域に対応付ける処理をする説明を行ったが、異なるサンプリングレートのA/D変換器を用いて互いに周波数分解能が異なるデータ列を生成することが可能なのは言うまでもない。
【0100】
例えば、実施形態1の場合、アンプ250の出力を処理部300のフィルタ部320,322に入力し、フィルタ部320,322をアナログのLPFで構成する。さらに、フィルタ部320,322の各出力をアンチエリアスフィルタに、アンチエリアスフィルタの出力をA/D変換器に、A/D変換器の出力を合成部340に接続する。好適には、フィルタ部322からの信号を処理するA/D変換器のサンプリングレートをフィルタ部320からの信号を処理するA/D変換器のサンプリングレートより低く設定する。アンプ255の出力についても同様に構成することができる。
【0101】
このように構成した場合の各A/D変換器の出力は、上述の帯域別データ列に相当するデジタルデータとなる。実施形態2についても、フィルタ部320,322,323,324,326,327をアナログフィルタで構成し、異なるサンプリングレートのA/D変換器を用いた同様の構成を採ることができる。
【0102】
また、例えば、実施形態1の場合、アンプ250の出力を処理部300のフィルタ部320,322に入力し、フィルタ部320,322をアナログのLPFで構成する。さらに、フィルタ部320の出力を乗算器に入力し、乗算器にシフト周波数の正弦波を出力する発振器を接続し、乗算器の出力をアンチエリアスフィルタに、アンチエリアスフィルタの出力をA/D変換器に、A/D変換器の出力を合成部340に接続する。好適には、フィルタ部322からの信号を処理するA/D変換器のサンプリングレートをフィルタ部320からの信号を処理するA/D変換器のサンプリングレートより低く設定する。アンプ255の出力についても同様に構成することができる。
【0103】
このように構成した場合の各A/D変換器の出力は、上述の周波数シフト操作後の帯域別データ列に相当するデジタルデータとなる。実施形態2についても、フィルタ部320,322,323,324,326,327をアナログフィルタで、周波数シフト操作を発振器と乗算器とで構成し、異なるサンプリングレートのA/D変換器を用いた同様の構成を採ることができる。
【0104】
尚、上述の構成では、移動物体検出装置を人間の侵入を検知する用途で用いた場合の例として説明を行ったが、本発明による移動物体検出装置は、車両等の移動物体に対しても適用可能である。注目速度範囲も上記に限定されるものでなく、検出対象となる移動物体に応じて適宜設定される。
【0105】
また、上述の構成では、移動物体検出装置で送受信する信号をマイクロ波として説明を行ったが、本発明による移動物体検出装置は、ミリ波などの電波あるいは超音波などの音波、レーザ等の光を用いる場合にも適用可能である。注目速度範囲に対応する注目周波数帯域や例示した各周波数は送受信する信号に応じて適宜設定される。例示したマイクロ波の周波数も一例であり、これに限定されるものではない。
【0106】
また、上述の構成では、2周波CW方式により移動物体の速度および距離を算出する例を説明したが、本発明による移動物体検出装置は、1種類の周波数の電波あるいは音波、光を送受信してドップラ周波数を抽出し、抽出したドップラ周波数から移動物体の速度、強度を算出する場合にも適用可能である。
【0107】
以上、各実施形態を用いて説明した本発明による移動物体検出装置は、移動物体からの反射信号から、互いに異なる注目周波数帯域の成分を有し、互いに周波数分解能が異なり、データ数が同一である複数のデータ列を再構成し、再構成した複数のデータ列を周波数シフトして注目周波数帯域同士の重複をなくし、周波数シフトした複数のデータ列同士を加算して1つのデータ列に合成し、合成したデータ列を周波数データに変換するので、周波数分解能が異なる複数の周波数分析を1度に実行することが可能となり、移動物体の検知精度を低コストで向上させることができる。また、オーバーサンプリングにより無駄となっていた周波数帯域を有効に活用することができる。
【0108】
また、注目周波数帯域を移動物体の注目速度範囲に対応するよう設定し、注目速度範囲が低いほど低いサンプリング周波数にダウンサンプリングすることでデータ数を同一にするので、注目速度範囲に適した周波数分解能で周波数分析を実行することができる。
【0109】
注目速度範囲のうち少なくともひとつを人間の歩行速度を含む範囲とし、注目速度範囲のうち少なくともひとつを人間の走行速度を含む範囲とするので、速度範囲の広い人間の検出を高精度に行うことができる。
【0110】
シフト周波数の1つをダウンサンプリング後の周波数の2分の1とするので、周波数シフトしたデータがエイリアシングによる歪みを受けず、正確な周波数分析が可能であると共に、周波数帯域を無駄なく利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0111】
【図1】実施形態1に係る移動物体検出装置の概略のブロック構成図である。
【図2】実施形態1に係る移動物体検出装置の処理部の構成を示す概略のブロック構成図である。
【図3】バッファ部に蓄積されたドップラ信号のデータ例を示す模式図である。
【図4】処理部内の各部におけるドップラ信号のデータ例を示す模式図である。
【図5】図4の各データ例に対応する周波数スペクトルを示す模式図である。
【図6】実施形態1に係る移動物体検出装置の処理部の処理内容を示す概略のフローチャートである。
【図7】実施形態1に係る移動物体検出装置の処理部の第一ドップラ信号及び第二ドップラ信号それぞれに対する処理内容を示す概略のフローチャートである。
【図8】第一ドップラ信号及び第二ドップラ信号それぞれの周波数分析結果に基づく移動物体検知処理の内容を示す概略のフローチャートである。
【図9】周波数シフトしたスペクトルとエイリアシングとの関係を示す周波数スペクトルの模式図である。
【図10】実施形態2に係る移動物体検出装置の概略のブロック構成図である。
【図11】実施形態2に係る移動物体検出装置における各注目周波数帯域毎の周波数変換操作を説明する模式的な周波数スペクトル図である。
【図12】実施形態2に係る移動物体検出装置における各注目周波数帯域毎の周波数変換操作を説明する模式的な周波数スペクトル図である。
【図13】実施形態2に係る移動物体検出装置の処理部の処理内容を示す概略のフローチャートである。
【図14】実施形態2に係る移動物体検出装置の処理部の第一ドップラ信号及び第二ドップラ信号それぞれに対する処理内容を示す概略のフローチャートである。
【符号の説明】
【0112】
100 送信部、200 受信部、300 処理部、310,315 バッファ部、320,322,323,324,326,327 フィルタ部、330,335 ダウンサンプリング部、331,332,336,337 周波数変換部、340,343,345,348 合成部、350,355 周波数分析部、360 ドップラ周波数抽出部、370 距離分布算出部、380 速度分布算出部、385 強度分布算出部、390 侵入判定部、400 出力部。
【技術分野】
【0001】
本発明は、ドップラ信号を周波数分析することによって移動物体を検出する装置に関する。特に、速度範囲の広い移動物体についての速度や距離を計測して移動物体を検出する装置に関する。
【背景技術】
【0002】
監視空間にマイクロ波、ミリ波等の電波を送信して、監視空間内に存在する物体からの反射波を受信し、反射波を周波数分析することによって移動物体の速度や移動物体までの距離を計測するセンサが知られている。これらのセンサは、侵入検知センサ、車載レーダ等、様々な分野で利用されている。
【0003】
監視空間内に移動物体が存在する場合、反射波にはドップラ信号が含まれる。前述のセンサは、反射波を周波数分析してドップラ周波数を抽出して移動物体の速度を算出する。また、同様にドップラ信号を周波数分析するセンサに2周波CW方式を採るものがある。2周波CW方式は、2種類の周波数の電波を監視領域に送信し、各送信周波数に対応する受信波間の位相差から距離を求める方式である。
【0004】
ドップラ信号の周波数は移動物体の速度に比例し、分析すべき周波数帯域は監視対象の移動物体の速度範囲に応じて設定することが望ましい。例えば、侵入者を検出するセキュリティ用途でセンサを使用する場合、歩行する人間などの比較的に低速の移動物体から全速力で走り抜ける人間などの比較的に高速の移動物体まで広い速度範囲を精度良く検出する必要がある。例えば、24GHz帯のマイクロ波を使用する場合、前者では数Hz〜数十Hzの低周波数帯域を、後者では数kHzの高周波数帯域を分析すべき周波数帯域とすることが望ましい。
【0005】
また、高速移動物体によるドップラ信号の変化は速いので、高速移動物体の速度や距離を高精度に計測するためには短い時間間隔(短いフレーム長、短い周期)で周波数分析を行う必要がある。
【0006】
これに対して、低速移動物体によるドップラ信号の変化はゆっくりであるため、短いフレーム長では正確な計測ができない。そのため、低速移動物体の速度や距離を高精度に計測するためには長いフレーム長で分析を行う必要がある。
【0007】
下記特許文献1には、異なる周波数分解能を有する複数の周波数分析部を有するレーダ装置が記載されている。このレーダ装置によれば、低速な物標と高速な物標とに関する周波数分析を別個の周波数分析部で行うので、それら周波数分析部の周波数分解能をそれぞれ対象とする物標に適した周波数分解能に設定することができる。
【特許文献1】WO02/018972号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に係るレーダ装置のように、周波数分析部を複数用いる従来技術の構成では、周波数分析部の数に比例して信号処理量が増大する。そのため、高性能な信号処理装置あるいは複数の信号処理装置が必要となり、コスト高となるという問題があった。
【0009】
反射波の強度は物体までの距離の4乗に比例して減衰するため、反射波のダイナミックレンジは広い。また、反射波をデジタル化して信号処理する場合、A/D変換による折り返し歪みの影響を除くためのアンチエリアスフィルタを通過させた後にA/D変換を行う。
【0010】
必要なダイナミックレンジを確保しつつ折り返し歪みの影響を受けないようにするための一つの方法は、急峻な帯域阻止特性を持つアンチエリアスフィルタを用意することであるが、このようなアナログフィルタを精度良く実現することは難しい。そこで、一般には、分析しようとする最高の周波数より十分に高いサンプリングレートでA/D変換を行う(オーバーサンプリング)。こうすることで、それ程急峻な帯域阻止特性を持つアンチエリアスフィルタを用いずにダイナミックレンジの確保と折り返し歪みの除去が可能となる。
【0011】
しかしながら、オーバーサンプリングすると、本来分析する必要のない無駄な高周波数帯域を含めて周波数分析する必要が生じていた。
【0012】
本発明は上述の問題点を解決するためになされたものであり、移動物体の高精度な検出を、信号処理量の大幅な増大や無駄な処理の発生を抑えて低コストに実現可能とすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明に係る移動物体検出装置は、移動物体を検出する監視空間に所定周波数の送信波を送信する送信手段と、前記送信波に対する反射波を受信し、受信データを生成する受信手段と、前記受信データから複数の注目周波数帯域別に、互いに周波数分解能が異なり、かつデータ数が同じである帯域別データ列を構成する帯域別データ列構成手段と、周波数シフト操作により前記各帯域別データ列を互いに重複しない別々の周波数領域に対応付ける処理を行って、前記各帯域別データ列毎に変換データ列を生成する変換データ列生成手段と、前記複数の変換データ列を互いに加算合成して帯域合成データ列を生成する帯域合成データ列生成手段と、前記帯域合成データ列に対応する周波数スペクトルを求める周波数分析手段と、前記周波数スペクトルに基づいて前記移動物体を検出する検出手段と、を有する。
【0014】
他の本発明に係る移動物体検出装置においては、前記注目周波数帯域が、前記移動物体の注目速度範囲に対応して設定され、前記注目速度範囲が低域であるほど、前記周波数分解能が高く設定される。
【0015】
また他の本発明に係る移動物体検出装置は、前記受信手段が、受信した反射波を所定の原サンプリング周波数でサンプリングして前記受信データを生成し、前記帯域別データ列構成手段が、前記各注目周波数帯域毎に設けられ、前記受信データを入力され、当該注目周波数帯域の信号成分を通過させる周波数フィルタリングを行い、成分データ列を出力する複数のフィルタ手段と、前記各注目周波数帯域の前記成分データ列を、前記周波数分解能に応じて前記各注目周波数帯域毎に異なる再サンプリング周波数にダウンサンプリングするダウンサンプリング手段と、前記帯域別データ列として、前記各注目周波数帯域のダウンサンプリング後の前記成分データ列から、前記各注目周波数帯域に共通の前記データ数を有する部分列を取り出す部分列取り出し手段と、を有し、前記注目周波数帯域が、前記移動物体の注目速度範囲に対応して設定され、前記注目速度範囲が低域であるほど、前記再サンプリング周波数が低く設定されるものである。
【0016】
本発明の好適な態様は、前記注目速度範囲のうち少なくとも1つは人間の歩行速度を含む範囲であり、前記注目速度範囲のうち少なくとも1つは人間の走行速度を含む範囲である移動物体検出装置である。
【0017】
別の本発明に係る移動物体検出装置は、少なくともいずれか1つの前記各帯域別データ列に対する前記周波数シフト操作が、当該帯域別データ列と前記再サンプリング周波数の2分の1の周波数の正弦波との乗算であるものである。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、移動物体からの反射信号から、複数の注目周波数帯域別に、互いに異なる周波数分解能を有する信号を生成し、それらを再び1つの信号に合成する。合成に際しては、注目周波数帯域別の信号を互いに異なる周波数分解能とすると共に、互いに重複しない別々の周波数領域に対応付ける。この合成により得られた信号に対する周波数分析を行うことで、複数の注目周波数帯域についての互いに異なる周波数分解能での周波数分析を1度に実行することが可能となる。すなわち、信号処理負荷の増大を回避しつつ、移動速度に応じて周波数分解能を変えた高精度の移動物体の検出を実現することができ、低コストの移動物体検出装置を実現することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態(以下実施形態という)である移動物体検出装置について、図面に基づいて説明する。本実施形態では、移動物体検出装置を、人間の侵入を検知する用途で用いた場合の例について説明する。また、送受信する信号をマイクロ波とし、2周波CW方式を採用した場合の例として説明する。
【0020】
<実施形態1>
図1及び図2は、実施形態1に係る移動物体検出装置の概略のブロック構成図であり、図1には送信部及び受信部が詳しく示されており、図2には処理部が詳しく示されている。
【0021】
送信部100は、矩形波状の電圧波形を発生する矩形波発生器110、マイクロ波を発生する電圧制御型発振器120、マイクロ波の逆流を防ぐと共にマイクロ波を送信アンテナ140とミキサ220とに分配する方向性結合器130、及びマイクロ波を監視空間に放射する送信アンテナ140で構成され、異なる2つの周波数f1,f2を持つ連続的なマイクロ波を時分割で監視空間に送信する。
【0022】
2周波CW方式である本装置では、矩形波発生器110は、2種類の電圧値を持った矩形波を交互に発生する。矩形波の電圧値は電圧制御型発振器120の発振周波数を制御し、また、矩形波の発生周期は周波数f1,f2の切替周期を規定する。矩形波は受信部200の切替器230にも入力され、サンプルホールド240,245の同期に利用される。矩形波の発生周波数は通常、数十kHzから数百kHz程度に設定する。
【0023】
電圧制御型発振器120は、発生するマイクロ波の周波数を入力電圧に基づいて制御する。すなわち、電圧制御型発振器120は、矩形波発生器110からの入力矩形波の電圧に応じて、周波数f1,f2の24GHz帯のマイクロ波を交互に発生する。また、電圧制御型発振器120は、矩形波に同期してマイクロ波の周波数をf1からf2へ、あるいはf2からf1へと切り替える。
【0024】
送信部100から送信されたマイクロ波は、監視空間内に存在する物体で反射され、反射波として受信部200で受信される。監視空間内に移動物体が存在する場合、反射波には移動物体によるドップラ成分が含まれる。
【0025】
受信部200は、反射波を受信する受信アンテナ210、反射波と方向性結合器130からのマイクロ波とをミキシングして反射波に含まれるドップラ成分のみを抽出し、ドップラ信号として出力するミキサ220、矩形波発生器110からの矩形波の発生周期に同期してドップラ信号を周波数f1のマイクロ波によるものと周波数f2のマイクロ波によるものとに分離する切替器230、切替器230によって不連続になった各ドップラ信号を補間するサンプルホールド240,245(図1ではS/Hと略記)、各ドップラ信号を増幅するアンプ250,255、各ドップラ信号の折り返し歪みを抑圧するアンチエリアスフィルタ260,265、A/D変換器270,275で構成され、反射波を受信し、反射波に含まれるドップラ成分を抽出したドップラ信号をデジタル信号に変換して出力する。以下、周波数f1のマイクロ波によるドップラ信号を第一ドップラ信号、周波数f2のマイクロ波によるドップラ信号を第二ドップラ信号と称する。
【0026】
アンチエリアスフィルタ260,265は、比較的緩やかな帯域阻止特性を持つアナログフィルタとする。A/D変換器270,275は、サンプリングレートが11.025kHzのものを採用する。このときのナイキスト周波数は移動物体の速度に換算すると時速123kmに相当し、侵入検知で分析しようとする周波数より十分に高い(オーバーサンプリング)。
【0027】
処理部300は、デジタル信号を処理するDSPやCPU等のプロセッサ、プログラムやパラメータを記憶するFLASHメモリ等の不揮発性メモリ、処理結果等を一時記憶するDRAM等の揮発性メモリ等により構成される。
【0028】
図2を参照して、処理部300について詳細に説明する。処理部300は、受信部200から入力される第一ドップラ信号、第二ドップラ信号のデジタルデータを蓄積するバッファ部310,315、第一ドップラ信号、第二ドップラ信号のデジタルデータから注目周波数帯域以外の周波数成分を除去するためのフィルタ部320,322,324,326、間引き等により第一ドップラ信号、第二ドップラ信号のデジタルデータをダウンサンプリングするダウンサンプリング部330,335、複数のドップラ信号のデジタルデータを注目周波数帯域同士が重複しないように1つのデジタルデータに合成する合成部340,345、高速フーリエ変換(FFT;Fast Fourier Transform)等により合成したデジタルデータを複素スペクトルに変換する周波数分析部350,355、第一ドップラ信号および第二ドップラ信号の複素スペクトルを基にドップラ周波数を抽出するドップラ周波数抽出部360、ドップラ周波数における第一ドップラ信号および第二ドップラ信号の位相差を基に移動物体検出装置から移動物体までの距離を算出する距離分布算出部370、移動物体の速度を算出する速度分布算出部380、移動物体による反射強度を算出する強度分布算出部385、移動物体までの距離と移動物体の速度とを基に侵入者の有無を判定する侵入判定部390を含む。例えば、これらの各部はプログラムとして不揮発性メモリに記憶され、装置が起動するとプロセッサによって読み出され、実行される。
【0029】
以下、処理部300に含まれる各部について説明する。図3はバッファ部310,315に蓄積されたドップラ信号のデータ例を示す模式図であり、横軸が時間、縦軸が電圧値に対応する。また、図4は処理部300内の各部におけるドップラ信号のデータ例を示す模式図であり、図3に示すドップラ信号に対する処理結果を、図3と同様、横軸を時間、縦軸を電圧値として表している。図5は、図4の各データ例に対応する周波数スペクトルを示す模式図であり、横軸が周波数、縦軸がデシベル表示による強度に対応する。
【0030】
バッファ部310、フィルタ部320,322、ダウンサンプリング部330、合成部340、周波数分析部350は第一ドップラ信号を処理する。
【0031】
バッファ部310は、A/D変換器270でデジタル化された第一ドップラ信号のデータのうち、少なくともN個の最新データを蓄積する。本実施形態では、FIFO(First In First Out)バッファで構成し、Nを2048とする。
【0032】
フィルタ部320は、バッファ部310からN個の最新データを高速移動物体を分析するためのドップラ信号(以下、高速移動物体用データ)として読み出して、注目周波数帯域以外の周波数成分を除去する。本実施形態では、注目周波数帯域を0Hz以上、ナイキスト周波数の1/2以下とし、遮断周波数2.75625kHzの低域通過フィルタ(LPF;Low Pass Filter)を用いる。この注目周波数帯域は、注目速度範囲を時速62km以下とすることに相当し、全速力で走る人間の速度に対して十分な余裕を持たせた設定となっている。また、ここで除去した周波数帯域は前述のA/D変換部270でのオーバーサンプリングにより生じた無駄な周波数帯域である。図4(a)は、図3に示されているようなバッファ部310に記憶されている第一ドップラ信号がフィルタ部320を通過した後の高速移動物体データを示す。また、図5(a)は図4(a)の高速移動物体用データに対応する周波数スペクトルを示したものである。
【0033】
一方、フィルタ部322は、バッファ部310からN個の最新データを低速移動物体を分析するためのドップラ信号(以下、低速移動物体用データ)として読み出して、注目周波数帯域以外の周波数成分を除去する。本実施形態では、注目周波数帯域を0Hz以上、ナイキスト周波数の1/16以下とし、遮断周波数344.53125HzのLPFを用いる。この注目周波数帯域は、注目速度範囲を人間の歩行速度程度である秒速2.14m以下とすることに相当する。
【0034】
ダウンサンプリング部330は、低速移動物体を分析するためのドップラ信号をダウンサンプリングする。本実施形態では、フィルタ部322が出力したデータを8個おきに1個取り出す間引きによってダウンサンプリングを行う。
【0035】
ここで、ダウンサンプリングしたデータはN/8個となるが、ダウンサンプリング部330は過去にダウンサンプリングした少なくとも7N/8個のデータを保持し、これらを合わせたN個のデータをダウンサンプリング結果として出力するように構成する。
【0036】
ダウンサンプリングした2048個の低速移動物体用データは1486m秒のフレーム長となり、2048個の高速移動物体用データのフレーム長185.8m秒に対して長く、周波数分解能が向上したものとなる。また、2つのデータの個数を同一とすることで、後述する合成部340による合成が可能となる。
【0037】
図4(b)はダウンサンプリング部330が出力する低速移動物体用データを示している。また、図5(b)は図4(b)に示す低速移動物体用データの周波数スペクトルを示したものである。図5(b)は、高速移動物体用データの周波数スペクトルである図5(a)の低周波数帯域を拡大した形となっており、例えば、図5(a)では粗い分解能でしか観察できない50Hz付近に現れているピーク周波数が図5(b)ではより細かい分解能で観察できることが分かる。すなわち、ダウンサンプリング部330が出力する低速移動物体用データは、高速移動物体用データより低周波数帯域について細かい分解能を有するのである。
【0038】
尚、ダウンサンプリングの方法は、連続8データの平均値を8個おきに計算する、あるいは、連続8データの中央値を8個おきに計算するなどしても良いし、間隔もNの約数であれば8でなくても良い。
【0039】
合成部340は、フィルタ部320を通過した高速移動物体用データと、ダウンサンプリング部330が出力した低速移動物体用データとを1つのデータに合成する。具体的には、フィルタ部320により除去された高速移動物体用データの高周波数帯域に、低速移動物体用データの注目周波数帯域の成分を周波数シフトさせ、高速移動物体用データと周波数シフトした低速移動物体用データとを加算する。
【0040】
加算は、2つのデータが仮想的に同じサンプリングレートでサンプリングされたと見なして1番目のデータ値同士、2番目のデータ値同士、…、N番目のデータ値同士、をそれぞれ加えた値を算出する処理である。
【0041】
周波数シフトはシフトさせる元データに正弦波を乗算することによって行う。乗算する正弦波の周波数をシフト周波数と称する。周波数シフトにより、元データのスペクトルはその形状を保ったまま、0Hzの位置がシフト周波数の位置となるように周波数軸上で平行移動される。このときに、シフト周波数を中心に元データのスペクトル形状を折り返した虚像が生じる。本実施形態では、この虚像がフィルタ部320により周波数成分が除去された高周波数帯域に現れるように、ダウンサンプリング後のナイキスト周波数689.0625Hzにシフト周波数を設定する。図4(c)は合成部340にて周波数シフトした後の低速移動物体用データを、また、図5(c)は図5(b)の周波数スペクトルを周波数シフトして現れた虚像を示している。既に述べたように、本装置では高速移動物体用データの取得に必要とされる以上の周波数でオーバーサンプリングしていることにより、高速移動物体用データの周波数スペクトルとナイキスト周波数との間に空いた周波数帯域が生じる。本装置では、低速移動物体用データの周波数スペクトルの虚像が実質的にこの空き領域に収まるように周波数変換される。つまり、本装置では、当該虚像が高速移動物体用データの注目周波数帯域に実質的に重複しないように設定されている。
【0042】
図4(d)は合成部340にて図4(a)の高速移動物体用データ及び図4(c)の低速移動物体用データを加算合成したデータを表している。図5(d)は、この加算合成後のデータの周波数スペクトルであり、図5(a)の高速移動物体用データの周波数スペクトルと図5(c)の低速移動物体用データの周波数スペクトルの虚像部分とを合成した特徴を有している。
【0043】
尚、上述の構成では、合成部340が低速移動物体用データを周波数シフトして高速移動物体用データに加算するものとして説明を行ったが、合成部340が高速移動物体用データを周波数シフトして低速移動物体用データに加算しても良い。
【0044】
周波数分析部350は、合成部340からのデータにハミング窓によるウィンドウ処理を施し、ウィンドウ処理したデータをFFTにより周波数分析して複素スペクトルを算出する。合成部340からのデータには、高速移動物体用データと低速移動物体用データの両方の成分を含んでおり、1回の周波数分析により2つの注目周波数帯域に関する分析を同時に実行可能である。
【0045】
尚、ウィンドウ処理の窓関数としてハニング窓等を用いても良いし、周波数分析を離散フーリエ変換(DFT;Discrete Fourier Transform)等で行っても良い。
【0046】
以上、処理部300のうち、第一ドップラ信号を処理する構成を説明したが、第二ドップラ信号を処理する構成は、バッファ部315、フィルタ部324、フィルタ部326、ダウンサンプリング部335、合成部345、周波数分析部355により行われる。ここで、バッファ部315はバッファ部310と、フィルタ部324はフィルタ部320と、フィルタ部326はフィルタ部322と、ダウンサンプリング部335はダウンサンプリング部330と、合成部345は合成部340と、周波数分析部355は周波数分析部350と、それぞれ同じであるので説明は省略する。
【0047】
ドップラ周波数抽出部360は、周波数分析部350から入力される第一ドップラ信号の複素スペクトルと、周波数分析部355から入力される第二ドップラ信号の複素スペクトルとのそれぞれの強度を算出し、両者の強度差が予め定めたしきい値より小さい周波数をドップラ周波数として抽出する。
【0048】
かかる処理は、同一の移動物体からの反射波は、f1,f2のいずれかの周波数の場合においても同様に受信されることを利用し、移動物体以外のノイズ成分を侵入判定から除外するための処理である。すなわち、第一ドップラ信号と第二ドップラ信号との両方に同程度の強度を有するドップラ周波数を抽出している。
【0049】
距離分布算出部370は、ドップラ周波数毎に周波数分析部350から抽出した第一ドップラ信号と周波数分析部355から抽出した第二ドップラ信号との複素スペクトルに基づいて、第一ドップラ信号と第二ドップラ信号との位相差を求め、位相差を用いて移動物体までの距離を算出する。ここでの算出結果により、移動物体が移動物体検出装置からどのくらいの距離に分布しているかが分かる。
【0050】
強度分布算出部385は、ドップラ周波数毎に周波数分析部350から抽出した第一ドップラ信号と周波数分析部355から抽出した第二ドップラ信号との複素スペクトルに基づいて、第一ドップラ信号の強度と第二ドップラ信号の強度との平均値を求め、求めた平均値を距離分布算出部370が算出した距離と対応付ける。ここでの算出結果により、移動物体検出装置からどのくらいの距離にどのくらいの反射強度の移動物体が分布しているかが分かる。
【0051】
速度分布算出部380は、ドップラ周波数毎に図5(d)に示すように左半分を高速移動体検知用の周波数軸及び、右半分を低速移動体検知用の周波数軸として、移動物体の速度を求め、求めた速度を距離分布算出部370が算出した距離と、ドップラ周波数に基づいて対応付ける。ここでの算出結果により、移動物体検出装置からどのくらいの距離にどのくらいの速度の移動物体が分布しているかが分かる。
【0052】
侵入判定部390は、強度分布算出部385で算出した強度分布、及び速度分布算出部380で算出した移動物体の速度分布を基にして移動物体が人間であるかを判断し、人間であると判断したら、侵入ありとの判定を行う。
【0053】
出力部400は、侵入判定部390が侵入ありと判定した場合に、検知信号を移動物体検出装置の外部に出力する。検知信号は、警備システムのコントローラ等(図示せず)に入力され、コントローラにて、侵入検知を意味する表示や通信回線を介した警備センタへの通報等が行われる。
【0054】
次に、本装置の動作について説明する。
【0055】
装置が起動すると、送信部100から異なる2つの周波数f1,f2を持つ連続的なマイクロ波が時分割で交互に監視空間に送信される。受信部200は、監視空間内の物体からの反射波を受信し、移動物体により生じたドップラ成分を反射波から抽出したドップラ信号をデジタルデータに変換し、周波数f1の送信波によるドップラ信号のデジタルデータ(第一ドップラ信号)と周波数f2の送信波によるドップラ信号のデジタルデータ(第二ドップラ信号)とを処理部300に入力する。
【0056】
以下、処理部300による処理の流れを図6,図7及び図8のフローチャートを参照して説明する。第一ドップラ信号及び第二ドップラ信号はそれぞれ第一ドップラ信号処理S10,第二ドップラ信号処理S12にて周波数分析され、それらの結果が総合解析処理S14に入力される。図7は、第一ドップラ信号処理S10及び第二ドップラ信号処理S12それぞれをより詳しく示したフローチャートであり、また図8は総合解析処理S14をより詳しく示したフローチャートである。
【0057】
以下、第一ドップラ信号処理S10を図7を用いて説明する。第一ドップラ信号は、A/D変換器270によってデジタル化され(ステップS400)、バッファ部310によって順次蓄積される(ステップS402)。このとき、バッファ部310は、蓄積したデータ数をカウントしている。バッファ部310の動作S400,S402は他の各部の動作と独立し、かつ、繰り返し実行される。
【0058】
フィルタ部320は、バッファ部310による蓄積データ数のカウント値を参照し、カウンタがN個に達すると(ステップS404にてYES)、バッファ部310に蓄積されたN個のデータを高速移動物体用データとして読み出し、読み出したデータに遮断周波数2.75625kHzのLPFを施し(ステップS406)、処理結果を一時的に記憶する(ステップ408)。
【0059】
また、フィルタ部322もバッファ部310のカウント値を参照しており、カウント値がN個に達すると、フィルタ部322は、バッファ部310に蓄積されたN個のデータを低速移動物体用データとして読み出し、読み出したデータに遮断周波数344.53125HzのLPFを施し、ダウンサンプリング部330に入力する(ステップS410)。
【0060】
ダウンサンプリング部330は、入力されたN個のデータから8個おきにデータを取り出す間引き処理によるダウンサンプリングを行う(ステップS412)。また、ダウンサンプリング部330は、蓄積しているN個の過去のダウンサンプリング結果のうち最古のN/8個を削除し、ステップS412にて生成したN/8個のデータを追加する(ステップS416)。
【0061】
合成部340は、ダウンサンプリング部330に蓄積されている低速移動物体用データをN個読み出し、読み出したデータに周波数689.0625Hzの正弦波を乗じて周波数シフトを行い(ステップS418)、周波数シフトした低速移動物体用データとフィルタ部320が一時記憶している高速移動物体用データとを加算することで両者を合成し、合成データを一時的に記憶する(ステップS420)。なお、以上では、高速移動物体用データに関する処理(ステップS406,S408)と低速移動物体用データに関する処理(ステップS410,S412、S416,S418)とを並列的に行う例を示したが、直列的に実行しても良く、その場合の処理順序は適宜に設計可能である。
【0062】
周波数分析部350は、合成部340が一時記憶している合成データを読み出し、読み出した合成データにハミング窓を乗じることによりウィンドウ処理を施し(ステップS422)、ウィンドウ処理を施したデータに対してFFT分析を実行して第一ドップラ信号の複素スペクトルを算出し、算出した複素スペクトルを一時的に記憶する(ステップS424)。以上のように、本発明は合成データを生成することによって、分解能が異なる複数の周波数分析を一度のFFT分析で行うことができる。合成部340における周波数シフトと加算に係る処理量はFFT分析に係る処理量に比べると非常に少なく、コスト削減効果は高い。
【0063】
以上、第一ドップラ信号に関する処理S10を詳しく説明したが、第二ドップラ信号に関する処理S12も第一ドップラ信号と同様に実行され、処理結果である第二ドップラ信号の複素スペクトルが周波数分析部355で一時的に記憶される。
【0064】
具体的には、第二ドップラ信号処理S12においては、バッファ部315によりステップS400,S402,S404の処理が行われ、フィルタ部324によりステップS406,S408の処理が行われ、フィルタ部326によりステップS410の処理が行われ、ダウンサンプリング部335によりステップS412,S416の処理が行われ、合成部345によりステップS418,S420の処理が行われ、周波数分析部355によりステップS422,S424の処理が行われる。
【0065】
次に、総合解析処理S14を図8を用いて説明する。ドップラ周波数抽出部360は、処理S10にて算出した第一ドップラ信号の複素スペクトルと処理S12にて算出した第二ドップラ信号の複素スペクトルとから、移動物体により生じたドップラシフトを含む周波数を抽出する(ステップS460)。そのために、まず、ドップラ周波数抽出部360は、第一ドップラ信号の周波数スペクトルと第二ドップラ信号の周波数スペクトルとを算出し、周波数ごとに両者のスペクトル強度の差を求める。次に、ドップラ周波数抽出部360は、差が予め定めたしきい値以下の周波数をドップラ周波数として抽出し、一時的に記憶する。
【0066】
距離分布算出部370は、ステップS460で抽出されたドップラ周波数ごとに、第一ドップラ信号の複素スペクトルと、第二ドップラ信号の複素スペクトルとを読み出し、両複素スペクトル間の位相差を求め(ステップS464)、位相差を基に移動物体までの距離を算出する(ステップS466)。位相差をΔφ、光速をcとすると、移動物体までの距離Rは次式にて求まる。
【0067】
【数1】
【0068】
強度分布算出部385は、移動物体までの距離に対する強度の分布を算出する(ステップS468)。そのために強度分布算出部385は、まず、第一ドップラ信号の複素スペクトルと、第二ドップラ信号の複素スペクトルとを読み出し、読み出した各複素スペクトルの強度を算出し、算出した第一ドップラ信号の強度と第二ドップラ信号の強度との平均値を各ドップラ周波数における強度とする。なお、平均値の代わりに最大値を用いても良い。次に、強度分布算出部385は、ステップS466で算出したドップラ周波数ごとの距離を読み出し、距離と強度との対応付けを行う。
【0069】
速度分布算出部380は、移動物体までの距離に対する移動物体の速度の分布を算出する(ステップS470)。そのために速度分布算出部380は、まず、ステップS460で抽出されたドップラ周波数を速度に変換する。ドップラ周波数をfdとすると、移動物体の速度は次式にて求まる。
【0070】
【数2】
【0071】
次に速度分布算出部380は、ステップS466で算出したドップラ周波数ごとの距離を読み出し、距離と速度との対応付けを行う。
【0072】
ここで、処理S10で算出した第一ドップラ信号の複素スペクトルと、処理S12で算出した第二ドップラ信号の複素スペクトルとはそれぞれ、周波数軸が異なる高速移動物体用データに関する領域と低速移動物体用データに関する領域とが混在しているので、このことを考慮してドップラ周波数の値を求める必要がある。例えば、図5(d)では、左半分は高速移動物体検知用、右半分が低速移動物体検知用になっており、前者の周波数軸は左端を0Hzとして右方向に増加し、最大値が2.75625kHzであるのに対して、後者は右端を0Hzとして左方向に増加し、最大値が344.53125Hzである。
【0073】
侵入判定部390は、ステップS468で算出された強度分布、及びステップS470で算出された速度分布を参照し、距離が近いもの同士を同一移動物体とみなして、移動物体ごとの強度分布と速度分布とを求め、強度分布及び速度分布が人間とみなせる範囲であれば侵入ありと判定する(ステップS472,S474)。
【0074】
ステップS474にて侵入ありと判定された場合、出力部400は、侵入検知信号を生成し、セキュリティシステムのコントローラなどの外部装置に侵入検知信号を出力する(ステップS476)。
【0075】
以上、本装置の動作を説明した。さて、上述したように、本装置では、処理部300が、複数の注目速度範囲毎に周波数分解能が異なるように再構成されたデータ列を、オーバーサンプリングにより周波数帯域に生じる空き領域を有効に利用して、1つのデータ列に合成している。その際、シフト周波数は例えば、ダウンサンプリング後のナイキスト周波数以下に設定されると共に、シフトされた周波数スペクトル及びシフトされない周波数スペクトルそれぞれの周波数軸上での離散点の配置がFFTに好適となるように設定される。
【0076】
また、シフト周波数fshiftは、周波数シフトされる注目速度範囲のデータ(上述の本装置の構成では低速移動物体用データ)のダウンサンプリング後のナイキスト周波数fsrd/2に設定することが以下に説明するように好適である。図9は、これを説明する周波数スペクトルの模式図であり、周波数シフトを行ったときに生じるエイリアシングの様子を模式的に示している。図9において、スペクトル600は周波数シフト前のデータの周波数スペクトル、スペクトル602は周波数シフトによる周波数スペクトルの写像、スペクトル604は周波数シフトにより生じた周波数スペクトルの虚像、また、点線はスペクトル602,604のエイリアシングによる周波数成分をそれぞれ表している。エイリアシングによる周波数成分はナイキスト周波数を中心に周波数シフトで生じた周波数成分であるスペクトル602,604を折り返した形状となる。図9(a)は、虚像であるスペクトル604の全体がエイリアシング成分と重複を生じることなく、高周波数帯域に収まっている。これに対し、図9(b)は、虚像であるスペクトル604の一部にエイリアシング成分が重複を生じており、この部分の周波数分析が難しくなる。図9(c)は、上述した、シフト周波数をダウンサンプリング後のナイキスト周波数fsrd/2に一致させた場合の模式図である。この場合、エイリアシングによる周波数成分の形状が周波数シフトによる写像及び虚像の形状と完全に一致するため、エイリアシング成分が周波数分析に及ぼす精度劣化等の悪影響を排除することが可能となる。図9(a)や図9(b)ではシフト周波数fshiftとナイキスト周波数fsrd/2との間に無駄な帯域が生じているが、図9(c)のようにすれば無駄が生じない。また、この場合、上述した周波数シフト操作は、データの符号を1つ置きに反転させる簡易な処理で実現できる。
【0077】
なお、注目周波数帯域に対応するデータを1/mにダウンサンプリングした後の周波数スペクトルは、ダウンサンプリング前の周波数範囲、つまり注目周波数帯域の帯域幅に対してm倍の幅に拡大される。そのため、オーバーサンプリングに生じた空き周波数領域を利用して、各注目周波数帯域の周波数スペクトルを重複無く配置する際には、この点に配慮して、その配置が設計される。
【0078】
<実施形態2>
上記実施形態1では、高速移動物体に関する周波数帯域と低速移動物体に関する周波数帯域との2種類の周波数帯域を1つの周波数分析部で同時に周波数分析する移動物体検出装置の例を示したが、本発明によれば、M種類(Mは2以上の整数)の周波数帯域を1つの周波数分析部で同時に周波数分析することも可能である。
【0079】
以下の実施形態2では、M=3の場合の移動物体検出装置の構成例を示す。実施形態2は、実施形態1の高速移動物体、低速移動物体に加えて中速移動物体に関する周波数帯域の周波数分析が加わる例である。
【0080】
図10は実施形態2の移動物体検出装置の概略の構成を示すブロック図である。また図11及び図12は本装置における各注目周波数帯域毎の周波数変換操作を説明する模式的な周波数スペクトル図である。本装置の送信部100、受信部200及び出力部400の構成は実施形態1の移動物体検出装置と同じ構成であるので説明を省略する。また、処理部300の構成についても、バッファ部310,315、フィルタ部320,322,324,326、周波数分析部350,355、ドップラ周波数抽出部360、距離分布算出部370、速度分布算出部380、強度分布算出部385、侵入判定部390は実施形態1と同じ構成であるので説明を省略する。
【0081】
フィルタ部323は、バッファ部310からN個の最新データを読み出して、中速移動物体に関する注目周波数帯域以外の周波数成分を除去する。例えば、元々のスペクトル620が図11(a)のような形状をしている場合、フィルタ部323によるフィルタリングによって図11(b)に示すように低周波数側の領域と高周波数側の領域とを除去し注目周波数帯域である中間の周波数成分622が抽出されることになる。本実施形態では、注目周波数帯域をナイキスト周波数の1/16(344.53125Hz)以上かつナイキスト周波数の3/16(1033.59375Hz)以下とし、フィルタ部323として、344.53125〜1033.59375Hzを通過させるバンドパスフィルタ(BPF;Band Pass Filter)を用いる。この場合、フィルタ部323を通過したデータから秒速2.14m以上、秒速6.42m以下の移動物体によるドップラ信号が検出可能である。
【0082】
周波数変換部331は、実施形態1のダウンサンプリング部330の機能と合成部340の周波数シフトの機能とを有し、同様に、中速移動物体に対応して設けられる周波数変換部332もダウンサンプリングの機能と周波数シフトの機能とを有する。
【0083】
周波数変換部332は、まず、フィルタ部323を通過したデータの注目周波数帯域が0Hz付近の領域に配置されるような周波数シフトを行う。例えば、図11(b)に示す周波数シフト前のスペクトル622は、周波数シフトによって図11(c)に示すスペクトル624に変換される。本実施形態では、シフト周波数1033.59375Hzの正弦波を乗じ、0Hzから1033.59375Hzの周波数帯域に虚像スペクトル626を出現させる。本装置では、この虚像スペクトル626を周波数分析に利用するので、シフト周波数より高域側のスペクトル624を抑圧する。そこで、周波数変換部332は、次に、シフト周波数を遮断周波数とするLPFを周波数シフト後のデータに施す(図11(d))。続いて、周波数変換部332は、LPFを通過したデータに対してダウンサンプリング処理を行う(図12(a))。本実施形態では、2個おきにデータを取り出す間引きによってダウンサンプリングを行う。このダウンサンプリング後のスペクトル650の帯域幅はダウンサンプリング前のスペクトル626の2倍に拡大する。ここで、ダウンサンプリングしたデータはN/2個となるが、周波数変換部332は過去にダウンサンプリングした少なくともN/2個のデータを保持し、これらを合わせたN個のデータをダウンサンプリング結果として次の処理に渡す。周波数変換部332は、ダウンサンプリングした中速移動物体用データに正弦波を乗じて、高速移動物体用データと重ならない周波数帯域に周波数シフトし出力する(図12(b))。図12(b)にはシフト周波数より高域側にスペクトル650の写像652が現れ、低域側に、写像652の形状を反転した虚像654が現れる。
【0084】
低速移動物体用データのダウンサンプリング及び周波数シフトを行う周波数変換部331は、実施形態1の場合と設定が異なり、4個おきにデータを取り出す間引きによってダウンサンプリングを行う。周波数変換部331は、過去のダウンサンプリング結果3N/4個を保持し、新たに生成したN/4個のデータと合わせたN個のダウンサンプリング結果を出力する。周波数変換部331は、ダウンサンプリングした低速移動物体用データに正弦波を乗じて、高速移動物体用データおよび中速移動物体用データと重ならない周波数帯域に周波数シフトし出力する。
【0085】
合成部343は、フィルタ部320からの高速移動物体用データと、周波数変換部332からの中速移動物体用データと、周波数変換部331からの低速移動物体用データとを1つのデータに合成する。具体的には、合成部343は、フィルタ部320から出力される高速移動物体用データと、周波数変換部332から出力される周波数シフトした中速移動物体用データとを仮想的に同じサンプリングレートでサンプリングされたデータと見なして加算する。また、合成部343は、周波数シフトしたデータにLPF処理を施して、シフト周波数より高周波数帯域側に現れた写像652を抑圧する(図12(c))。さらに、合成部343は、高速移動物体用データと中速移動物体用データとを加算したデータに、周波数変換部331からのスペクトル656を有する低速移動物体用データを加算する(図12(d))。
【0086】
本実施形態では、中速移動物体用データに関するシフト周波数およびLPFの遮断周波数を2067.1875Hz(中速移動物体に関する処理時に行うダウンサンプリング後のナイキスト周波数の3/4)とする。また、低速移動物体用データに関するシフト周波数を1378.125Hz(低速移動物体に関する処理時に行うダウンサンプリング後のナイキスト周波数)とする。
【0087】
次に、実施形態2の移動物体検出装置の動作について、図13及び図14のフローチャートを参照して説明する。実施形態1と基本的に同様である動作については、実施形態1と同一番号を付し、説明を簡略化する。第一ドップラ信号及び第二ドップラ信号はそれぞれ第一ドップラ信号処理S20,第二ドップラ信号処理S22にて周波数分析され、それらの結果が総合解析処理S14に入力される。図14は、第一ドップラ信号処理S20及び第二ドップラ信号処理S22それぞれをより詳しく示したフローチャートである。
【0088】
実施形態1の場合と同様に、装置が起動すると、送信部100がマイクロ波を監視空間に送信し、受信部200が監視空間内の物体からの反射波を受信し、第一ドップラ信号および第二ドップラ信号が処理部300に入力される。
【0089】
以下、第一ドップラ信号処理S20を図14を用いて説明する。第一ドップラ信号は、A/D変換器270によってデジタル化され(ステップS400)、バッファ部310によって順次蓄積され(ステップS402)、N個のデータが蓄積されると、フィルタ部320により、N個のデータが高速移動物体用データとして読み出される。フィルタ部320は、高速移動物体用データに遮断周波数2.75625kHzのLPFを施し(ステップS406)、処理結果を一時的に記憶する(ステップS408)。
【0090】
一方、バッファ部310による蓄積データ数のカウンタがN個に達すると、フィルタ部322による処理も実行される。フィルタ部322は、バッファ部310に蓄積されたN個のデータを低速移動物体用データとして読み出し、読み出したデータに遮断周波数344.53125HzのLPFを施す(ステップS410)。続いて、LPFを施されたデータは周波数変換部331によって4個おきに間引かれる(ステップS412)。周波数変換部331は、蓄積しているN個の過去のダウンサンプリング結果のうち最古のN/4個を削除し、ステップS416にて間引いた結果であるN/4個のデータを追加する(ステップS416)。
【0091】
一方、バッファ部310による蓄積データ数のカウンタがN個に達すると、フィルタ部323による処理も実行される。フィルタ部323は、バッファ部310に蓄積されたN個のデータを中速移動物体用データとして読み出し、読み出したデータに344.53125〜1033.59375Hzを通過させるBPFを施し、周波数変換部332に入力する(ステップS500)。
【0092】
周波数変換部332は、1033.59375Hzの正弦波を乗じて当該データの周波数帯域を周波数シフトさせた後(ステップS505)、周波数シフト後のデータに遮断周波数1033.59375HzのLPFを施し、周波数シフトによって生じた写像を抑圧する(ステップS510)。周波数変換部332は、LPFを通過したN個のデータから2個おきにデータを取り出す間引き処理によるダウンサンプリングを行う(ステップS515)。その後、周波数変換部332は、蓄積しているN個の過去のダウンサンプリング結果のうち最古のN/2個を削除し、ステップS515にて生成したN/2個のデータを追加する(ステップS520)。蓄積された最新のN個のデータは合成部343によって読み出される。
【0093】
合成部343は、周波数変換部332に蓄積されている中速移動物体用データに周波数2067.1875Hzの正弦波を乗じて当該データの周波数帯域を2067.1875Hzだけ高域側に周波数シフトさせる(ステップS525)。続いて合成部343は、フィルタ部320に一時記憶されている高速移動物体用データを読み出し、読み出したデータとステップS525で周波数シフトした中速移動物体用データとを加算する(ステップS530)。更に合成部343は、加算後のデータに遮断周波数4134.375Hz(高速移動物体用データを基準とした周波数。中速移動物体用データを基準とした場合は2067.1875Hz。)のLPFを施し、ステップS525の周波数シフトによって生じた写像を抑圧する(ステップS535)。
【0094】
また、合成部343は、周波数変換部331に蓄積されている低速移動物体用データに周波数1378.125Hzの正弦波を乗じて当該データの周波数帯域を1378.125Hzだけ高域側に周波数シフトさせる(ステップS418)。更に合成部343は、LPFを施したデータとステップS418で周波数シフトした低速移動物体用データとを加算する(ステップS540)。
【0095】
以上の処理により高速移動物体用データと中速移動物体用データと低速移動物体用データとは互いの注目周波数帯域が重複しないように1つのデータに合成される。合成されたデータは、周波数分析部350により、ウィンドウ処理が施され(ステップS422)、FFT分析が実行されて第一ドップラ信号の複素スペクトルに変換される(ステップS424)。
【0096】
以上、第一ドップラ信号に関する処理S20を詳しく説明したが、第二ドップラ信号に関する処理S22も第一ドップラ信号と同様に実行され、処理結果である第二ドップラ信号の複素スペクトルが周波数分析部355で一時的に記憶される。
【0097】
具体的には、第二ドップラ信号処理S22においては、バッファ部315によりステップS400,S402,S404の処理が行われ、フィルタ部324によりステップS406,S408の処理が行われ、フィルタ部326によりステップS410の処理が行われ、周波数変換部336によりステップS412,S416,S418の処理が行われ、フィルタ部327によりステップS500の処理が行われ、周波数変換部337によりステップS505,S510,S515,S520,S525の処理が行われ、合成部348によりステップS530,S535,S540の処理が行われ、周波数分析部355によりステップS422,S424の処理が行われる。
【0098】
以上の処理により算出された第一ドップラ信号の複素スペクトルと第二ドップラ信号の複素スペクトルとに基づいて、実施形態1にて説明した総合解析処理S14が実行される。すなわち、ドップラ周波数抽出部360によりドップラ周波数が抽出され(ステップS460)、距離分布算出部370によりドップラ周波数と移動物体までの距離の関係が算出され(ステップS464,S466)、強度分布算出部385により移動物体までの距離と強度の関係が算出され(ステップS468)、速度分布算出部380により移動物体までの距離と移動物体の速度の関係が算出され(ステップS470)、侵入判定部390により監視空間内への人間の侵入の有無が判定され(ステップS472)、侵入ありと判定された場合は(ステップS474)、出力部400により侵入検知信号が外部装置に出力される(ステップS476)。なお、上述の構成では、合成部340,345,343,348に供する各データのデータ数を同一とするためにダウンサンプリングを行う場合の例で説明を行ったが、アップサンプリング(データの補間、挿入)によってデータ数を同一としても良い。
【0099】
なお、上述の構成では、同一のサンプリングレートでA/D変換したドップラ信号を低速移動物体用データと高速移動物体用データ、あるいは、低速移動物体用データと中速移動物体用データと高速移動物体用データとして読み出し、フィルタリング及びダウンサンプリングすることによって、複数の注目周波数帯域別に、互いに周波数分解能が異なり、かつ、データ数が同じである帯域別データ列を構成し、周波数シフト操作により帯域別データ列を互いに重複しない別々の周波数領域に対応付ける処理をする説明を行ったが、異なるサンプリングレートのA/D変換器を用いて互いに周波数分解能が異なるデータ列を生成することが可能なのは言うまでもない。
【0100】
例えば、実施形態1の場合、アンプ250の出力を処理部300のフィルタ部320,322に入力し、フィルタ部320,322をアナログのLPFで構成する。さらに、フィルタ部320,322の各出力をアンチエリアスフィルタに、アンチエリアスフィルタの出力をA/D変換器に、A/D変換器の出力を合成部340に接続する。好適には、フィルタ部322からの信号を処理するA/D変換器のサンプリングレートをフィルタ部320からの信号を処理するA/D変換器のサンプリングレートより低く設定する。アンプ255の出力についても同様に構成することができる。
【0101】
このように構成した場合の各A/D変換器の出力は、上述の帯域別データ列に相当するデジタルデータとなる。実施形態2についても、フィルタ部320,322,323,324,326,327をアナログフィルタで構成し、異なるサンプリングレートのA/D変換器を用いた同様の構成を採ることができる。
【0102】
また、例えば、実施形態1の場合、アンプ250の出力を処理部300のフィルタ部320,322に入力し、フィルタ部320,322をアナログのLPFで構成する。さらに、フィルタ部320の出力を乗算器に入力し、乗算器にシフト周波数の正弦波を出力する発振器を接続し、乗算器の出力をアンチエリアスフィルタに、アンチエリアスフィルタの出力をA/D変換器に、A/D変換器の出力を合成部340に接続する。好適には、フィルタ部322からの信号を処理するA/D変換器のサンプリングレートをフィルタ部320からの信号を処理するA/D変換器のサンプリングレートより低く設定する。アンプ255の出力についても同様に構成することができる。
【0103】
このように構成した場合の各A/D変換器の出力は、上述の周波数シフト操作後の帯域別データ列に相当するデジタルデータとなる。実施形態2についても、フィルタ部320,322,323,324,326,327をアナログフィルタで、周波数シフト操作を発振器と乗算器とで構成し、異なるサンプリングレートのA/D変換器を用いた同様の構成を採ることができる。
【0104】
尚、上述の構成では、移動物体検出装置を人間の侵入を検知する用途で用いた場合の例として説明を行ったが、本発明による移動物体検出装置は、車両等の移動物体に対しても適用可能である。注目速度範囲も上記に限定されるものでなく、検出対象となる移動物体に応じて適宜設定される。
【0105】
また、上述の構成では、移動物体検出装置で送受信する信号をマイクロ波として説明を行ったが、本発明による移動物体検出装置は、ミリ波などの電波あるいは超音波などの音波、レーザ等の光を用いる場合にも適用可能である。注目速度範囲に対応する注目周波数帯域や例示した各周波数は送受信する信号に応じて適宜設定される。例示したマイクロ波の周波数も一例であり、これに限定されるものではない。
【0106】
また、上述の構成では、2周波CW方式により移動物体の速度および距離を算出する例を説明したが、本発明による移動物体検出装置は、1種類の周波数の電波あるいは音波、光を送受信してドップラ周波数を抽出し、抽出したドップラ周波数から移動物体の速度、強度を算出する場合にも適用可能である。
【0107】
以上、各実施形態を用いて説明した本発明による移動物体検出装置は、移動物体からの反射信号から、互いに異なる注目周波数帯域の成分を有し、互いに周波数分解能が異なり、データ数が同一である複数のデータ列を再構成し、再構成した複数のデータ列を周波数シフトして注目周波数帯域同士の重複をなくし、周波数シフトした複数のデータ列同士を加算して1つのデータ列に合成し、合成したデータ列を周波数データに変換するので、周波数分解能が異なる複数の周波数分析を1度に実行することが可能となり、移動物体の検知精度を低コストで向上させることができる。また、オーバーサンプリングにより無駄となっていた周波数帯域を有効に活用することができる。
【0108】
また、注目周波数帯域を移動物体の注目速度範囲に対応するよう設定し、注目速度範囲が低いほど低いサンプリング周波数にダウンサンプリングすることでデータ数を同一にするので、注目速度範囲に適した周波数分解能で周波数分析を実行することができる。
【0109】
注目速度範囲のうち少なくともひとつを人間の歩行速度を含む範囲とし、注目速度範囲のうち少なくともひとつを人間の走行速度を含む範囲とするので、速度範囲の広い人間の検出を高精度に行うことができる。
【0110】
シフト周波数の1つをダウンサンプリング後の周波数の2分の1とするので、周波数シフトしたデータがエイリアシングによる歪みを受けず、正確な周波数分析が可能であると共に、周波数帯域を無駄なく利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0111】
【図1】実施形態1に係る移動物体検出装置の概略のブロック構成図である。
【図2】実施形態1に係る移動物体検出装置の処理部の構成を示す概略のブロック構成図である。
【図3】バッファ部に蓄積されたドップラ信号のデータ例を示す模式図である。
【図4】処理部内の各部におけるドップラ信号のデータ例を示す模式図である。
【図5】図4の各データ例に対応する周波数スペクトルを示す模式図である。
【図6】実施形態1に係る移動物体検出装置の処理部の処理内容を示す概略のフローチャートである。
【図7】実施形態1に係る移動物体検出装置の処理部の第一ドップラ信号及び第二ドップラ信号それぞれに対する処理内容を示す概略のフローチャートである。
【図8】第一ドップラ信号及び第二ドップラ信号それぞれの周波数分析結果に基づく移動物体検知処理の内容を示す概略のフローチャートである。
【図9】周波数シフトしたスペクトルとエイリアシングとの関係を示す周波数スペクトルの模式図である。
【図10】実施形態2に係る移動物体検出装置の概略のブロック構成図である。
【図11】実施形態2に係る移動物体検出装置における各注目周波数帯域毎の周波数変換操作を説明する模式的な周波数スペクトル図である。
【図12】実施形態2に係る移動物体検出装置における各注目周波数帯域毎の周波数変換操作を説明する模式的な周波数スペクトル図である。
【図13】実施形態2に係る移動物体検出装置の処理部の処理内容を示す概略のフローチャートである。
【図14】実施形態2に係る移動物体検出装置の処理部の第一ドップラ信号及び第二ドップラ信号それぞれに対する処理内容を示す概略のフローチャートである。
【符号の説明】
【0112】
100 送信部、200 受信部、300 処理部、310,315 バッファ部、320,322,323,324,326,327 フィルタ部、330,335 ダウンサンプリング部、331,332,336,337 周波数変換部、340,343,345,348 合成部、350,355 周波数分析部、360 ドップラ周波数抽出部、370 距離分布算出部、380 速度分布算出部、385 強度分布算出部、390 侵入判定部、400 出力部。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
移動物体を検出する監視空間に所定周波数の送信波を送信する送信手段と、
前記送信波に対する反射波を受信し、受信データを生成する受信手段と、
前記受信データから複数の注目周波数帯域別に、互いに周波数分解能が異なり、かつデータ数が同じである帯域別データ列を構成する帯域別データ列構成手段と、
周波数シフト操作により前記各帯域別データ列を互いに重複しない別々の周波数領域に対応付ける処理を行って、前記各帯域別データ列毎に変換データ列を生成する変換データ列生成手段と、
前記複数の変換データ列を互いに加算合成して帯域合成データ列を生成する帯域合成データ列生成手段と、
前記帯域合成データ列に対応する周波数スペクトルを求める周波数分析手段と、
前記周波数スペクトルに基づいて前記移動物体を検出する検出手段と、
を有することを特徴とする移動物体検出装置。
【請求項2】
請求項1に記載の移動物体検出装置において、
前記注目周波数帯域は、前記移動物体の注目速度範囲に対応して設定され、
前記注目速度範囲が低域であるほど、前記周波数分解能が高く設定されること、
を特徴とする移動物体検出装置。
【請求項3】
請求項1に記載の移動物体検出装置において、
前記受信手段は、受信した反射波を所定の原サンプリング周波数でサンプリングして前記受信データを生成し、
前記帯域別データ列構成手段は、
前記各注目周波数帯域毎に設けられ、前記受信データを入力され、当該注目周波数帯域の信号成分を通過させる周波数フィルタリングを行い、成分データ列を出力する複数のフィルタ手段と、
前記各注目周波数帯域の前記成分データ列を、前記周波数分解能に応じて前記各注目周波数帯域毎に異なる再サンプリング周波数にダウンサンプリングするダウンサンプリング手段と、
前記帯域別データ列として、前記各注目周波数帯域のダウンサンプリング後の前記成分データ列から、前記各注目周波数帯域に共通の前記データ数を有する部分列を取り出す部分列取り出し手段と、
を有し、
前記注目周波数帯域は、前記移動物体の注目速度範囲に対応して設定され、
前記注目速度範囲が低域であるほど、前記再サンプリング周波数が低く設定されること、
を特徴とする移動物体検出装置。
【請求項4】
請求項2又は請求項3に記載の移動物体検出装置において、
前記注目速度範囲のうち少なくとも1つは人間の歩行速度を含む範囲であり、
前記注目速度範囲のうち少なくとも1つは人間の走行速度を含む範囲であること、
を特徴とする移動物体検出装置。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれか1つに記載の移動物体検出装置において、
少なくともいずれか1つの前記各帯域別データ列に対する前記周波数シフト操作は、当該帯域別データ列と前記再サンプリング周波数の2分の1の周波数の正弦波との乗算であること、を特徴とする移動物体検出装置。
【請求項1】
移動物体を検出する監視空間に所定周波数の送信波を送信する送信手段と、
前記送信波に対する反射波を受信し、受信データを生成する受信手段と、
前記受信データから複数の注目周波数帯域別に、互いに周波数分解能が異なり、かつデータ数が同じである帯域別データ列を構成する帯域別データ列構成手段と、
周波数シフト操作により前記各帯域別データ列を互いに重複しない別々の周波数領域に対応付ける処理を行って、前記各帯域別データ列毎に変換データ列を生成する変換データ列生成手段と、
前記複数の変換データ列を互いに加算合成して帯域合成データ列を生成する帯域合成データ列生成手段と、
前記帯域合成データ列に対応する周波数スペクトルを求める周波数分析手段と、
前記周波数スペクトルに基づいて前記移動物体を検出する検出手段と、
を有することを特徴とする移動物体検出装置。
【請求項2】
請求項1に記載の移動物体検出装置において、
前記注目周波数帯域は、前記移動物体の注目速度範囲に対応して設定され、
前記注目速度範囲が低域であるほど、前記周波数分解能が高く設定されること、
を特徴とする移動物体検出装置。
【請求項3】
請求項1に記載の移動物体検出装置において、
前記受信手段は、受信した反射波を所定の原サンプリング周波数でサンプリングして前記受信データを生成し、
前記帯域別データ列構成手段は、
前記各注目周波数帯域毎に設けられ、前記受信データを入力され、当該注目周波数帯域の信号成分を通過させる周波数フィルタリングを行い、成分データ列を出力する複数のフィルタ手段と、
前記各注目周波数帯域の前記成分データ列を、前記周波数分解能に応じて前記各注目周波数帯域毎に異なる再サンプリング周波数にダウンサンプリングするダウンサンプリング手段と、
前記帯域別データ列として、前記各注目周波数帯域のダウンサンプリング後の前記成分データ列から、前記各注目周波数帯域に共通の前記データ数を有する部分列を取り出す部分列取り出し手段と、
を有し、
前記注目周波数帯域は、前記移動物体の注目速度範囲に対応して設定され、
前記注目速度範囲が低域であるほど、前記再サンプリング周波数が低く設定されること、
を特徴とする移動物体検出装置。
【請求項4】
請求項2又は請求項3に記載の移動物体検出装置において、
前記注目速度範囲のうち少なくとも1つは人間の歩行速度を含む範囲であり、
前記注目速度範囲のうち少なくとも1つは人間の走行速度を含む範囲であること、
を特徴とする移動物体検出装置。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれか1つに記載の移動物体検出装置において、
少なくともいずれか1つの前記各帯域別データ列に対する前記周波数シフト操作は、当該帯域別データ列と前記再サンプリング周波数の2分の1の周波数の正弦波との乗算であること、を特徴とする移動物体検出装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2007−33155(P2007−33155A)
【公開日】平成19年2月8日(2007.2.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−214868(P2005−214868)
【出願日】平成17年7月25日(2005.7.25)
【出願人】(000108085)セコム株式会社 (596)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年2月8日(2007.2.8)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年7月25日(2005.7.25)
【出願人】(000108085)セコム株式会社 (596)
【Fターム(参考)】
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