説明

糖の製造方法、エタノールの製造方法、及び乳酸の製造方法、並びにこれらに用いられる酵素糖化用セルロース及びその製造方法

【課題】酵素糖化を効率的に行うことができ、そのため、糖の生産効率、エタノールの生産効率、及び乳酸の生産効率を向上させることが可能な、糖の製造方法、エタノールの製造方法、及び乳酸の製造方法、並びに、前記各製造方法に用いられる有用な酵素糖化用セルロース及びその製造方法を提供すること。
【解決手段】セルロースI型の結晶密度よりも低い結晶密度を有するセルロースを、酵素糖化させて、糖を得る糖の製造方法;前記糖の製造方法により得られた糖を、発酵させて、エタノールを得るエタノールの製造方法、及び乳酸を得る乳酸の製造方法;前記各製造方法に用いられる、セルロースI型の結晶密度よりも低い結晶密度を有するセルロースからなる酵素糖化用セルロース;並びに、セルロースI型を含むバイオマス原料を、アミノ基(NH)又はアンモニア分子(NH)を1以上有する化合物で処理することを含む酵素糖化用セルロースの製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイオマス原料を利用した糖の製造方法、エタノールの製造方法、及び乳酸の製造方法、並びに、前記糖の製造方法、エタノールの製造方法、及び乳酸の製造方法に用いられる、酵素糖化用セルロース及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化対策の一環として、木質バイオマスや草本バイオマス等のセルロースを含む原料からエタノールを製造し、各種燃料や化学原料として利用しようとする試みが広く行われている。バイオマス原料からのエタノールの製造は、例えば、収集したバイオマス原料を、糖化工程において糖に分解した後、発酵工程において酵母等の微生物を用いてエタノールに変換することにより行うことができる。前記糖化は、従来より、濃硫酸を用いて行われることが多かったが、環境負荷を減らす観点から、硫酸の使用量を少なくすることが望まれている。
【0003】
そこで、近年は、濃硫酸による糖化に代わる手段として、酵素を用いたバイオマス原料の糖化が広く行われるようになっている。酵素による糖化は、環境性の観点から望ましい手段であるが、この酵素糖化のためには、酵素を作用させ易くする目的から、予めバイオマス原料に対して処理を行うことが必要となる。このバイオマス原料の処理方法としても、様々な方法が知られているが、中でも、希硫酸、加圧熱水等の蒸煮処理などが知られている(例えば、特許文献1〜4参照)。
【0004】
しかしながら、前記したように希硫酸、加圧熱水等を用いてバイオマス原料の処理を行い、得られた処理物を酵素糖化に供した場合では、所望の程度の糖化効率を得るために多段処理が行われたり、200℃以上の高温にしなければならない等の問題があり、したがって、より酵素糖化効率を高めることのできる酵素糖化技術の開発、及び、前記酵素糖化に適したバイオマス原料の処理技術の開発が、未だ望まれているのが現状である。
【0005】
【特許文献1】特開2006−075007号公報
【特許文献2】特開2004−121055号公報
【特許文献3】特表2002−541355号公報
【特許文献4】特開2002−159954号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、前記従来における諸問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、本発明は、酵素糖化を効率的に行うことができ、そのため、糖の生産効率、エタノールの生産効率、及び乳酸の生産効率を向上させることが可能な、糖の製造方法、エタノールの製造方法、及び乳酸の製造方法、並びに、前記糖の製造方法、エタノールの製造方法、及び乳酸の製造方法に用いられる、有用な酵素糖化用セルロース及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するため、本発明者らは鋭意検討した結果、以下のような知見を得た。即ち、酵素糖化の際、天然型セルロースであるセルロースI型よりも低い結晶密度を有するセルロースを酵素糖化の対象物として用いることにより、酵素糖化を効率的に行うことができ、したがって、糖の生産効率、エタノールの生産効率、及び乳酸の生産効率を格段に向上させることができるという知見である。
天然型セルロースであるセルロースI型よりも低い結晶密度を有するセルロースを酵素糖化の対象物として用いること、及び、これにより酵素糖化を効率的に行うことができることは、従来全く知られておらず、本発明者らによる新たな知見である。
【0008】
本発明は、本発明者らによる前記知見に基づくものであり、前記課題を解決するための手段としては、以下の通りである。即ち、
<1> セルロースI型の結晶密度よりも低い結晶密度を有するセルロースを、酵素糖化させて、糖を得ることを特徴とする糖の製造方法である。
<2> セルロースI型の結晶密度よりも低い結晶密度を有するセルロースが、結晶密度1.60g/cm以下のセルロースである前記<1>に記載の糖の製造方法である。
<3> セルロースI型の結晶密度よりも低い結晶密度を有するセルロースが、セルロースIII型である前記<1>から<2>のいずれかに記載の糖の製造方法である。
<4> セルロースI型の結晶密度よりも低い結晶密度を有するセルロースが、セルロースIII型である前記<1>から<3>のいずれかに記載の糖の製造方法である。
<5> セルロースI型の結晶密度よりも低い結晶密度を有するセルロースが、セルロースI型を含むバイオマス原料をアミノ基(NH)又はアンモニア分子(NH)を1以上有する化合物で処理することにより得られたセルロースである前記<1>から<4>のいずれかに記載の糖の製造方法である。
<6> セルロースI型の結晶密度よりも低い結晶密度を有するセルロースが、セルロースI型を含むバイオマス原料をアンモニアで処理することにより得られたセルロースである前記<1>から<5>のいずれかに記載の糖の製造方法である。
<7> セルロースI型の結晶密度よりも低い結晶密度を有するセルロースが、セルロースI型を含むバイオマス原料を超臨界アンモニア流体で処理することにより得られたセルロースである前記<1>から<6>のいずれかに記載の糖の製造方法である。
<8> 前記<1>から<7>のいずれかに記載の糖の製造方法により得られた糖を、発酵させて、エタノールを得ることを特徴とするエタノールの製造方法である。
<9> 前記<1>から<7>のいずれかに記載の糖の製造方法により得られた糖を、発酵させて、乳酸を得ることを特徴とする乳酸の製造方法である。
<10> 酵素糖化に用いられる酵素糖化用セルロースであって、セルロースI型の結晶密度よりも低い結晶密度を有するセルロースからなることを特徴とする酵素糖化用セルロースである。
<11> セルロースI型の結晶密度よりも低い結晶密度を有するセルロースが、結晶密度1.60g/cm以下のセルロースである前記<10>に記載の酵素糖化用セルロースである。
<12> セルロースI型の結晶密度よりも低い結晶密度を有するセルロースが、セルロースIII型である前記<10>から<11>のいずれかに記載の酵素糖化用セルロースである。
<13> セルロースI型の結晶密度よりも低い結晶密度を有するセルロースが、セルロースIII型である前記<10>から<12>のいずれかに記載の酵素糖化用セルロースである。
<14> 更に、エタノールの製造又は乳酸の製造に用いられる前記<10>から<13>のいずれかに記載の酵素糖化用セルロースである。
<15> 前記<10>から<14>のいずれかに記載の酵素糖化用セルロースの製造方法であって、セルロースI型を含むバイオマス原料を、アミノ基(NH)又はアンモニア分子(NH)を1以上有する化合物で処理することを含むことを特徴とする酵素糖化用セルロースの製造方法である。
<16> セルロースI型を含むバイオマス原料を、アンモニアで処理することを含む前記<15>に記載の酵素糖化用セルロースの製造方法である。
<17> セルロースI型を含むバイオマス原料を、超臨界アンモニア流体で処理することを含む請求項<15>から<16>のいずれかに記載の酵素糖化用セルロースの製造方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によると、従来における諸問題を解決することができ、酵素糖化を効率的に行うことができ、そのため、糖の生産効率、エタノールの生産効率、及び乳酸の生産効率を向上させることが可能な、糖の製造方法、エタノールの製造方法、及び乳酸の製造方法、並びに、前記糖の製造方法、エタノールの製造方法、及び乳酸の製造方法に用いられる、有用な酵素糖化用セルロース及びその製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
(糖の製造方法)
本発明の糖の製造方法は、セルロースI型の結晶密度よりも低い結晶密度を有するセルロース(本明細書中において、「低密度結晶性セルロース」と称することがある)を、酵素糖化させて、糖を得ること(酵素糖化工程)を含み、必要に応じて更にその他の工程を含む。
【0011】
<酵素糖化工程>
−酵素糖化対象物−
前記酵素糖化工程では、天然型セルロースであるセルロースI型の結晶密度よりも低い結晶密度を有するセルロース(低密度結晶性セルロース)を、酵素糖化対象物として少なくとも使用する。後述する実施例に示されるように、前記低密度結晶性セルロースを使用することにより、酵素糖化の効率を格段に向上させることが可能となる。なお、天然型セルロースであるセルロースI型は、セルロースIα型とセルロースIβ型とに分類されるが、前記セルロースIα型の結晶密度は、およそ1.62g/cmであり、前記セルロースIβ型の結晶密度は、およそ1.64g/cmである。
したがって、前記低密度結晶性セルロースの結晶密度としては、前記セルロースIα型及び前記セルロースIβ型よりも低い結晶密度であれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、中でも、1.60g/cm以下であることが好ましく、1.55g/cm以下であることがより好ましい。前記結晶密度が、1.60g/cmを超えると、所望の程度の酵素糖化効率が得られないことがある。一方、前記結晶密度が、1.55g/cm以下であると、より優れた酵素糖化効率が得られる点で、有利である。
また、前記結晶密度の下限値としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。前記結晶密度は低い程、酵素糖化効率が向上する点で望ましい。
前記結晶密度は、例えば、X線回折、FT−IR、固体NMR等によって結晶型を確認した後、その結晶型の存在比率に基づいた単位格子からの計算法や浮沈法により確認することができる。
なお、本発明において、前記結晶密度とは、前記酵素糖化対象物全体(結晶性セルロース以外のその他の成分をも含む)の密度を指すものではなく、前記酵素糖化対象物に含まれる結晶性セルロースについての結晶密度を指すものとする。
【0012】
前記低密度結晶性セルロースの具体例としては、例えば、セルロースIII型などが挙げられる。前記セルロースIII型としては、セルロースIII型、セルロースIIIII型などが挙げられるが、これらの中でも、処理の簡便さの点で、セルロースIII型が好ましい。なお、前記セルロースIII型、及び前記セルロースIIIII型の結晶密度は、およそ1.55g/cmである。
【0013】
なお、前記低密度結晶性セルロースは、その分子構造の間に、他の化合物を有していてもよい。例えば、前記低密度結晶性セルロースは、後述するように、天然型セルロースであるセルロースI型を含むバイオマス原料を、アミノ基(NH)又はアンモニア分子(NH)を1以上有する化合物で処理することにより製造することができるが、その処理工程で生成される、前記低密度結晶性セルロースと前記アミノ基(NH)又はアンモニア分子(NH)を1以上有する化合物との複合体(以下、「低密度結晶性セルロース・化合物複合体」と称することがある)の状態であってもよい。ただし、前記低密度結晶性セルロース・化合物複合体は、酵素糖化時におけるpHの調整が困難であり、また、水の作用を受けることによりセルロースI型に戻ってしまう性質を有すること等から、前記酵素糖化時には、前記低密度結晶性セルロース・化合物複合体から前記アミノ基(NH)又はアンモニア分子(NH)を1以上有する化合物を除去した状態の、前記低密度結晶性セルロースを使用することが好ましい。なお、前記除去の方法としては、特に制限はなく、後述する本発明の酵素糖化用セルロースの製造方法に記載した通りである。
【0014】
前記低密度結晶性セルロースの入手方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、後述する本発明の酵素糖化用セルロースの製造方法に記載した方法に従い、即ち、天然型セルロースであるセルロースI型を含むバイオマス原料をアミノ基(NH)又はアンモニア分子(NH)を1以上有する化合物で処理することにより、得ることができる。中でも、前記低密度結晶性セルロースは、セルロースI型を含むバイオマス原料をアンモニアで処理することにより得られることが好ましい。前記アンモニアとしては、例えば、液体、気体、超臨界、亜臨界のいずれの状態のものを使用してもよいが、中でも、前記低密度結晶性セルロースは、セルロースI型を含むバイオマス原料を、超臨界アンモニア流体で処理することにより得られることが特に好ましい。前記処理方法としては、後述する本発明の酵素糖化用セルロースの製造方法に記載した通りである。
【0015】
なお、前記酵素糖化工程においては、必ずしもその酵素糖化対象物の全てが、前記低密度結晶性セルロースからなる必要はなく、その酵素糖化対象物の少なくとも一部に、前記低密度結晶性セルロースが含まれていればよい。例えば、前記低密度結晶性セルロース以外に、セルロースI型(セルロースIα型、セルロースIβ型)や、その他の成分(例えば、ヘミセルロース、リグニン等)が含まれていてもよい。前記酵素糖化対象物における前記各成分(低密度結晶性セルロース、セルロースI型、その他の成分)の割合としても、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、前記低密度結晶性セルロースの割合が多い程、優れた酵素糖化効率が得られる点で、好ましい。
【0016】
−酵素−
前記酵素糖化に使用する酵素としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、セルラーゼ、セロビアーゼ(β−グルコシダーゼ)などが挙げられる。
【0017】
−酵素糖化−
前記酵素糖化の際の前記酵素の使用量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、例えば、前記酵素糖化対象物1gに対して、0.001〜100mgが好ましく、0.01〜10mgがより好ましく、0.1〜1mgが特に好ましい。前記酵素の使用量が、前記酵素糖化対象物1gに対して、0.001mg未満であると、酵素糖化が不十分となることがあり、100mgを超えると、糖化阻害が起こることがある。一方、前記酵素の使用量が、前記特に好ましい範囲内であると、酵素添加量に対して得られる糖の量が多い点で、有利である。
【0018】
前記酵素糖化の際の温度としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、例えば、10〜70℃が好ましく、20〜60℃がより好ましく、30〜50℃が特に好ましい。前記温度が、10℃未満であると、酵素糖化ができないことがあり、70℃を超えると、酵素が失活することがある。一方、前記温度が、前記特に好ましい範囲内であると、酵素添加量に対して得られる糖の量が多い点で、有利である。
【0019】
前記酵素糖化の際のpHとしては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、例えば、3.0〜8.0が好ましく、3.5〜7.0がより好ましく、4.0〜6.0が特に好ましい。前記pHが、3.0未満、又は8.0を超えると、酵素が失活することがある。一方、前記pHが、前記特に好ましい範囲内であると、酵素添加量に対して得られる糖の量が多い点で、有利である。
【0020】
−糖−
前記酵素糖化により、例えば、前記低密度結晶性セルロース由来の糖であるグルコースを含む糖液を得ることができる。また、その他にも、前記酵素糖化により得られた糖液は、例えば、前記セルロースI型由来のグルコースを含んでいてもよいし、ヘミセルロース由来の糖を含んでいてもよい。へミセルロース由来の糖としては、例えば、キシロース、アラビノースといった五単糖や、グルコース、ガラクトース、マンノースといった六単糖が挙げられる。
前記糖液は、例えば、そのまま後述する本発明のエタノールの製造方法や乳酸の製造方法に供してもよいし、以下のようなその他の工程を経て、後述する本発明のエタノールの製造方法や乳酸の製造方法に供してもよい。
【0021】
<その他の工程>
前記その他の工程としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、前記糖液を、後述する各発酵工程に適切となるようなpHに調整する工程などが挙げられる。
【0022】
(エタノールの製造方法)
本発明のエタノールの製造方法は、前記した本発明の糖の製造方法により得られた糖を、発酵させて、エタノールを得ること(発酵工程)を含み、必要に応じて更にその他の工程を含む。
【0023】
<発酵工程(アルコール発酵工程)>
前記エタノールの製造方法において、前記糖を発酵させる方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、例えば、前記糖を含む溶液に酵母等のアルコール発酵微生物を添加して、アルコール発酵を行わせる方法が、特に好ましい。前記酵母としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、サッカロミセス属酵母などが挙げられる。なお、前記酵母は、天然酵母であってもよいし、遺伝子組み換え酵母であってもよい。
【0024】
前記発酵の際の、前記酵母の使用量、発酵温度、pH、発酵時間等については、特に制限はなく、例えば、アルコール発酵に供する糖の量、使用する酵母の種類等に応じて、適宜選択することができる。
【0025】
<その他の工程>
前記その他の工程としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、前記発酵工程により得られたエタノールを分離精製する工程などが挙げられる。前記分離精製の方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、蒸留などが挙げられる。
【0026】
前記エタノールの製造方法により得られたエタノールは、例えば、燃料用エタノール、工業用エタノールなどとして好適に利用可能である。前記エタノールはサトウキビ等のバイオマス原料から得ることができるので、前記サトウキビ等の植物を生産できる限りは再生産が可能であり、また、前記植物は栽培時に大気中の二酸化炭素を吸収するため、前記エタノールを燃焼させて二酸化炭素が発生したとしても、大気中の二酸化炭素濃度を増加させることにはならない。したがって、前記エタノールは、地球温暖化防止に望ましいエネルギー源ということができる。また、このようなエタノールは、近年特に、ガソリンに混合し、環境に優しい自動車燃料として使用することが期待されている。
【0027】
(乳酸の製造方法)
本発明の乳酸の製造方法は、前記した本発明の糖の製造方法により得られた糖を、発酵させて、乳酸を得ること(発酵工程)を含み、必要に応じて更にその他の工程を含む。
【0028】
<発酵工程(乳酸発酵工程)>
前記乳酸の製造方法において、前記糖を発酵させる方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、例えば、前記糖を含む溶液に乳酸菌等の乳酸発酵微生物を添加して、乳酸発酵を行わせる方法が、特に好ましい。前記乳酸菌としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、ラクトバチルス・マニホティヴォランス(Lactobacillus manihotivorans)、ラクトバチルス・プランタラム(Lactobacillus plantarum)、ストレプトコッカス・サーモフィルス(Streptococcus thermophilus)、ラクトバチルス・ブルガリカス(Lactobacillus bulgaricus)などが挙げられる。なお、前記乳酸菌は、天然の乳酸菌であってもよいし、遺伝子組み換え乳酸菌であってもよい。
【0029】
前記発酵の際の、前記乳酸菌の使用量、発酵温度、pH、発酵時間等については、特に制限はなく、例えば、乳酸発酵に供する糖の量、使用する乳酸菌の種類等に応じて、適宜選択することができる。
【0030】
<その他の工程>
前記その他の工程としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、前記発酵工程により得られた乳酸を分離精製する工程などが挙げられる。前記分離精製の方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0031】
前記乳酸の製造方法により得られた乳酸は、例えば、化学的に重合させて、ポリ乳酸を製造することに好適に利用可能である。前記ポリ乳酸は、環境に優しい生分解性プラスチックの材料として近年注目されており、現在は、トウモロコシ等のデンプンから製造されることが多い。しかしながら、世界的な食料不足を考えると、将来的にはデンプンからではなく、セルロースから製造されるようになることが望ましいと考えられ、前記乳酸の製造方法によれば、このようなセルロースからの効率的なポリ乳酸の製造を可能とすることができる。
【0032】
(酵素糖化用セルロース)
本発明の酵素糖化用セルロースは、酵素糖化に用いられるセルロースであって、セルロースI型の結晶密度よりも低い結晶密度を有するセルロース(低密度結晶性セルロース)からなることを特徴とする。前記低密度結晶性セルロースの、結晶密度、具体例、態様、入手方法等としては、前記した本発明の糖の製造方法に記載した通りである。
【0033】
前記酵素糖化用セルロースは、その結晶密度が低いため、酵素の作用を受け易く、そのため、前記酵素糖化用セルロースを酵素糖化の対象物とすることによって、酵素糖化を効率的に行うことが可能となる。そのため、前記酵素糖化用セルロースは、例えば、前記したような本発明の糖の製造方法、エタノールの製造方法、及び乳酸の製造方法に、好適に利用可能である。
前記酵素糖化用セルロースは、例えば、後述する本発明の酵素糖化用セルロースの製造方法により、効率的に製造することができる。
【0034】
(酵素糖化用セルロースの製造方法)
本発明の酵素糖化用セルロースの製造方法は、セルロースI型を含むバイオマス原料を、アミノ基(NH)又はアンモニア分子(NH)を1以上有する化合物で処理する工程(処理工程)を含み、必要に応じて更にその他の工程を含む。
【0035】
<処理工程>
−セルロースI型を含むバイオマス原料−
前記セルロースI型を含むバイオマス原料としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、農業や林業等の生産活動に伴う残渣として得られる「廃棄物系バイオマス」や、エネルギー等を得る目的で意図的に栽培して得られる「資源作物系バイオマス」などを使用することができる。前記「廃棄物系バイオマス」としては、例えば、廃建材、間伐材、稲わら、麦わら、もみ殻、バガス、サトウキビ搾りかすなどが挙げられ、また、前記「資源作物系バイオマス」としては、例えば、サトウキビ、トウモロコシ等の糖質系作物などが挙げられる。また、前記セルロースI型を含むバイオマス原料は、木を原料とした「木質バイオマス」、草を原料とした「草本バイオマス」などにも分類される。これらの中でも、前記セルロースI型を含むバイオマス原料としては、資源の有効利用が可能であるという点で、廃棄物系バイオマスが好ましく、中でも、エタノール生産への利用が困難なリグニン含量が少ない点で、稲わら、麦わら、もみ殻、バガス、サトウキビ搾りかす等の草本バイオマスがより好ましい。また、前記セルロースI型を含むバイオマス原料としては、前記したような各種バイオマスから精製等することにより得られたセルロースI型そのものであってもよい。前記セルロースI型を含むバイオマス原料は、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0036】
−アミノ基(NH)又はアンモニア分子(NH)を1以上有する化合物−
前記アミノ基(NH)又はアンモニア分子(NH)を1以上有する化合物としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、アンモニア、メチルアミン、エチルアミン、プロピルアミン、ブチルアミン、ヒドラジン、エチレンジアミン、プロパンジアミン、ブタンジアミンなどが挙げられる。なお、前記アミノ基(NH)又はアンモニア分子(NH)を1以上有する化合物としては、前記低密度結晶性セルロース(酵素糖化用セルロース)を効率良く製造できる点で、無水の化合物であることが好ましい。これらの中でも、入手及び取り扱いが比較的容易である点で、アンモニアがより好ましい。前記アンモニアとしては、例えば、液体、気体、超臨界、亜臨界のいずれの状態のものも好適に使用することができるが、中でも、超臨界アンモニア流体を使用することが特に好ましい。前記超臨界アンモニア流体を用いると、結晶内部への浸透性が高いために、短時間で効率的に、低密度結晶性セルロース(酵素糖化用セルロース)を得ることができる。また、前記液体又は気体状態のアンモニアを用いると、前記超臨界アンモニア流体を用いた場合よりも、低密度結晶性セルロースの生産効率は劣るものの、結晶性の低い、酵素糖化効率に優れた低密度結晶性セルロース(酵素糖化用セルロース)を得ることができると考えられる。
【0037】
なお、前記処理工程においては、少なくとも前記アミノ基(NH)又はアンモニア分子(NH)を1以上有する化合物を使用すれば、更にその他の化合物を組み合わせて使用してもよく、前記その他の化合物としては、例えば、二酸化炭素、窒素、エチレン、メタン、エタン、プロパン、エタン、ブタン、ペンタン、ヘキサン、トルエン、ベンゼン、フェノール、ジオキサン、キシレン、アセトン、クロロホルム、四塩化炭素、エタノール、メタノール、プロパノール、ブタノールなどが挙げられる。なお、前記その他の化合物としては、水は使用しないことが好ましい。前記水を使用すると、得られた前記低密度結晶性セルロース(酵素糖化用セルロース)が、前記セルロースI型に戻ってしまう場合がある。
【0038】
以下に、前記セルロースI型を含むバイオマス原料を前記超臨界アンモニア流体を用いて処理する場合を例に挙げ、前記処理工程を詳述するが、前記処理工程はこれらに限定されるものではない。
【0039】
−超臨界アンモニア流体による処理−
前記セルロースI型を含むバイオマス原料を、前記超臨界アンモニア流体を用いて処理する方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、前記セルロースI型を含むバイオマス原料とアンモニアとを、オートクレーブ等の反応器内に導入し、前記反応器内を加熱加圧して、アンモニアを超臨界状態にすることにより行うことができる。
【0040】
前記処理において、前記セルロースI型を含むバイオマス原料としては、収集されたものをそのまま使用してもよいが、ある程度小さくしてから使用することが、処理に必要なエネルギーを抑えることができる点で、望ましい。したがって、前記バイオマス原料のサイズとしては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、例えば、5mm径以下が好ましく、1mm径以下がより好ましく、0.1mm径以下が特に好ましい。前記サイズが、5mm径を超えると、処理が不十分となることがある。一方、前記サイズが、前記特に好ましい範囲内であると、処理時間が短縮できる、使用するアンモニアの容量を少なくできる等の点で、有利である。
【0041】
前記処理時の、前記アンモニアの使用量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、例えば、前記セルロースI型を含むバイオマス原料1gに対して、10mg〜300gが好ましく、100mg〜150gがより好ましく、1g〜50gが特に好ましい。前記アンモニアの使用量が、前記セルロースI型を含むバイオマス原料1gに対して、10mg未満であると、処理が不十分となることがあり、300gを超えると、多量のアンモニアを使用するため処理の効率が悪くなることがある。一方、前記アンモニアの使用量が、前記特に好ましい範囲内であると、処理時間が短縮できる、使用するアンモニアの容量を少なくできる等の点で、有利である。
【0042】
前記処理温度及び処理圧力としては、特に制限はなく、アンモニアが超臨界状態となる範囲内で、目的に応じて適宜選択することができる。
【0043】
前記処理時間としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、例えば、1秒〜4時間が好ましく、1分〜2時間がより好ましく、10分〜1時間が特に好ましい。前記処理時間が、1秒未満であると、処理が不十分となることがあり、4時間を超えると、前記バイオマス原料が一部熱分解してしまうことがある。一方、前記処理時間が、前記特に好ましい範囲内であると、効率よく低密度結晶性セルロースを調製できる点で、有利である。
【0044】
なお、前記超臨界アンモニア流体による処理時には、前記超臨界アンモニア流体と組み合わせて、更にその他の超臨界流体を使用してもよい。前記超臨界流体としては、例えば、二酸化炭素、エタン、エチレン、水素、窒素、酸素、メタノール、エタノール、トルエン、ベンゼン、亜酸化窒素、空気などが挙げられる。なお、前記超臨界流体としては、水は使用しないことが好ましい。前記水を使用すると、得られた前記低密度結晶性セルロース(酵素糖化用セルロース)が、前記セルロースI型に戻ってしまう場合がある。
【0045】
また、前記超臨界アンモニア流体以外の状態のアンモニア(液体、気体、亜臨界)や、前記アンモニア以外の化合物を用いて前記セルロースI型を含むバイオマス原料の処理を行う場合にも、前記したような各条件を必要に応じて調整し、適宜処理を行うことができる。例えば、前記液体アンモニア、前記エチレンジアミンを用いる場合には、例えば後述する実施例に示すような方法で、それぞれ処理を行うことができる。
【0046】
−処理物−
前記処理により、前記バイオマス原料に含まれるセルロースI型は、より結晶密度の低い低密度結晶性セルロース(酵素糖化用セルロース)へと変化する。また、更に、前記バイオマス原料に含まれるヘミセルロースの大部分は、オリゴ糖程度にまで分解され、水に可溶となる。そのため、前記処理により得られた処理物を酵素糖化に用いることにより、酵素が、糖化対象となる低密度結晶性セルロースや、ヘミセルロース由来のオリゴ糖に作用し易くなり、糖化効率を向上させることが可能となる。
なお、前記処理により得られた前記低密度結晶性セルロース(酵素糖化用セルロース)の結晶密度は、例えば、X線回折、FT−IR、固体NMR等によって結晶形を確認した後、その結晶形の存在比率に基づいた単位格子からの計算法や浮沈法により確認することができる。
【0047】
<その他の工程>
前記処理工程で得られた処理物は、例えば、そのまま前記した本発明の糖の製造方法に供してもよいし、以下のようなその他の工程を経て、前記した本発明の糖の製造方法に供してもよい。
前記処理工程後の低密度結晶性セルロースは、その分子構造の間に、処理に用いたアミノ基(NH)又はアンモニア分子(NH)を1以上有する化合物を有する、複合体(低密度結晶性セルロース・化合物複合体)の状態として存在する。しかしながら、前記低密度結晶性セルロース・化合物複合体は、酵素糖化時におけるpHの調整が困難であり、また、水の作用を受けることによりセルロースI型に戻ってしまう性質を有すること等から、酵素糖化時には、前記低密度結晶性セルロース・化合物複合体から前記アミノ基(NH)又はアンモニア分子(NH)を1以上有する化合物を除去した状態の、前記低密度結晶性セルロースを使用することが好ましい。したがって、前記処理工程の後には、前記低密度結晶性セルロース・化合物複合体から前記アミノ基(NH)又はアンモニア分子(NH)を1以上有する化合物を除去する除去工程を行うことが好ましい。前記除去工程における除去方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、前記低密度結晶性セルロース・化合物複合体を、メタノール、エタノール、アセトン等で洗浄する方法、減圧乾燥する方法、その化合物の沸点以上の温度で乾燥させる方法などが挙げられる。
また、前記その他の工程としては、前記除去工程の他にも、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、前記処理により得られた処理物を、前記した本発明の糖の製造方法における酵素糖化に適切となるようなpHに調整するpH調整工程などが挙げられる。
【0048】
[効果]
本発明の糖の製造方法、エタノールの製造方法、及び乳酸の製造方法によれば、天然型セルロースであるセルロースI型の結晶密度よりも低い結晶密度を有するセルロースを酵素糖化の対象物として使用することにより、酵素糖化を効率的に行うことができ、したがって、糖の生産効率、エタノールの生産効率、及び乳酸の生産効率を格段に向上させることができる。この酵素糖化効率の向上は、低い結晶密度を有するセルロースを用いることによって、それに作用する酵素の1分子あたりの活性が上昇するためであると考えられる(実施例参照、後述)。
また、本発明の酵素糖化用セルロース、酵素糖化用セルロースの製造方法によれば、例えば、前記した本発明の糖の製造方法、エタノールの製造方法、及び乳酸の製造方法に好適な酵素糖化対象物(セルロースI型の結晶密度よりも低い結晶密度を有するセルロース)を提供することができる。なお、前記酵素糖化用セルロースの製造方法において、超臨界アンモニア流体を使用することにより、より効率的に、優れた酵素糖化用セルロースを製造することが可能となる。
【実施例】
【0049】
以下に本発明の実施例を説明するが、本発明は、これらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0050】
(実施例1:各種結晶性セルロースの調製及び酵素糖化効率の検討)
<方法>
−セルロースの精製(セルロースIα型/Iβ型試料の調製)−
緑藻のシオグサ細胞壁(セルロースIα型:Iβ型=7:3)を試料調製に用いた。セルロースの精製は、5.0%水酸化カリウム水溶液中にて室温で一晩浸漬させる処理と、pH4.9の酢酸緩衝液で緩衝した0.3%NaClO水溶液中にて80℃で3時間処理する操作を3回繰り返して行った。精製後、水洗し、凍結乾燥して保存した(セルロースIα型/Iβ型試料)。また、これを、以下、シオグサセルロースとして、セルロースIII型試料の調製及びセルロースIβ型試料の調製に用いた。
【0051】
−超臨界アンモニア流体処理(セルロースIII型試料の調製)−
30mL容ポータブルリアクターに絶乾のシオグサセルロース200mgを入れ、ドライアイス・メタノールバスで冷却した。このリアクターにアンモニアガスを流入し、試料を完全に液体アンモニアに浸漬させた。リアクターの蓋を閉め、室温で15分ほど放置した。次いで、140℃のオイルバス中にて1時間処理した。このとき、圧力はゆっくりと上昇して20分後に13MPaに達して、その後は一定であった(アンモニアの臨界温度Tc=405.6K、臨界圧力Pc=11.28MPa)。処理後、リアクターをオイルバスから取り出し、ドラフト中で直ちにアンモニアガスをリークした。処理後のセルロースをメタノールで洗浄し、乾燥させた(セルロースIII型試料)。
【0052】
−高温水蒸気処理(セルロースIβ型試料の調製)−
精製したシオグサセルロース200mgを、0.1N水酸化ナトリウム水溶液15mLとともに30mL容ポータブルリアクターに入れた。リアクターの蓋を閉め、260℃のオイルバス中に浸漬した。30分後に取り出し、水道水で冷却した後、リアクターから処理後のセルロースを取り出した。水洗し、再び凍結乾燥して保存した(セルロースIβ型試料)。
また、別に、上記超臨界アンモニア流体処理後のシオグサセルロース1.0gを、イオン交換水75mLとともに100mL容ポータブルリアクターに入れた。リアクターの蓋を閉め、160℃のオイルバス中に浸漬した。30分後に取り出し、水道水で冷却した後、リアクターから処理後のセルロースを取り出した。水洗し、再び凍結乾燥して保存した(セルロースIβ型試料)。
【0053】
−酵素糖化用試料の調製−
500mL容ナス型フラスコに、上記各種結晶性セルロース試料1.0gを入れ、4.0Nの塩酸100mlを加えた。次いで、60℃のオイルバス中にてプロペラで撹拌しながら5時間処理した。処理後、遠心分離(3,000g、5分)によって上澄みが白濁するまで水洗を繰り返し、白濁した液(セルロース微結晶が分散したコロイド溶液)を回収して、酵素糖化用試料とした。
【0054】
−フーリエ変換赤外分光測定による結晶型の確認−
上記のようにして得られた酵素糖化用試料(セルロース微結晶分散コロイド溶液)をセルロース濃度0.2%に調製し、0.3mlをスライドガラス状にキャストして、室温で一晩乾燥させた。乾燥後、50mlの1%HF水溶液中にてセルロースフィルムをスライドガラスから剥離させ、直径6mmの穴の開いたろ紙ですくいあげた。再び、室温にて一晩乾燥させた後、更に105℃の乾燥機で4時間乾燥させて、フーリエ変換赤外分光測定に供した。フーリエ変換赤外分光(FT−IR)測定は、Nicolet社のMagna860を用いて4000−400cm−1の領域を分解能4cm−1で64回走査して行った。
図1にOH伸縮領域のFT−IRスペクトルを示す。シオグサセルロース(A)では3270cm−1と3240cm−1にバンドがあらわれ、セルロースIα型/Iβ型であるといえる。一方、シオグサセルロースを高温水蒸気処理(260℃、30分)したセルロース(B)ではIα型に特徴的な3240cm−1のバンドが消失し3270cm−1のみになり、セルロースIβ型であると判定できた。シオグサセルロースを超臨界アンモニア処理したセルロース(C)では、セルロースI型(IαとIβ)に特徴的なバンドがなくなり、3480cm−1に鋭いバンドが現れたことからセルロースIII型に変態したことが分かった。そして、アンモニア処理後に高温水蒸気処理(160℃、30分)したセルロース(D)では、III型に特徴的な3480cm−1のバンドが消失し、3270cm−1(セルロースIβ)のバンドが観察され、セルロースIβへ変態したことが分かった。
【0055】
−結晶密度の計算−
FT−IRスペクトルによる結晶型の判定に基づき、セルロースIα型、Iβ型、III型の結晶密度を、それぞれ以下の文献に報告されている単位格子とその構造から算出した。
(1)Nishiyama,Y.;Sugiyama,J.;Chanzy,H.;Langan,P.Crystal Structure and Hydrogen−bonding systems in cellulose Ia from synchrotron X−ray and neutron fiber diffraction.J.Am.Chem.Soc.,125,14300−14306(2003).
(2)Nishiyama,Y.;Langan,P.;Chanzy,H.Crystal Structure and Hydrogen−bonding systems in cellulose Ib from synchrotron X−ray and neutron fiber diffraction.J.Am.Chem.Soc.,124,9074−9082(2002).
(3)Wada,M.;Chanzy,H.;Nishiyama,Y.;Langan,P.Cellulose IIII Crystal Structure and Hydrogen−bonding by Synchrotron X−ray and Neutron Fiber Diffraction,Macromolecules,37,8548−8555(2004).
算出の結果、セルロースIα型の結晶密度はおよそ1.62g/cm、セルロースIβ型の結晶密度はおよそ1.64g/cm、セルロースIII型の結晶密度はおよそ1.55g/cmであった。
【0056】
−酵素糖化−
上記のようにして得られた各種結晶性セルロースを含む酵素糖化用試料を、それぞれ50mM酢酸緩衝液(pH5.0)に終濃度0.1%になるように添加し、Trichoderma viride由来の酵素製剤(メイセラーゼ、明治製菓)からカラムクロマトグラフィーによって精製して得られたセロビオヒドロラーゼIを、280nmにおける吸光度が0.04〜1.6になるように添加した。30℃で320分間反応させた後、遠心分離(15,000g、30秒)によって不溶性残渣を取り除き、セロビオヒドロラーゼIの吸着量を調べるために上澄みの280nmにおける吸光度を測定した。更にセロビオース脱水素酵素−チトクロームc酸化還元系を用いて、生成物(セロビオース)の濃度を測定した。
【0057】
<結果>
結果を図2及び図3に示す。
図2に示すように、超臨界アンモニア流体処理をした結晶性セルロース試料(セルロースIII型)から320分間で精製されるセロビオースの量は、前記処理をしていない結晶性セルロース試料(セルロースIα型/Iβ型、Iβ型)と比較して約5〜11倍高くなった。しかしながら、図3に示すように、単位重量あたりの酵素の吸着量では、超臨界アンモニア流体処理をした結晶性セルロース試料(セルロースIII型)は他の結晶性セルロース試料と比較して1.1〜1.7倍程度しか増加していないことから、超臨界アンモニア流体処理をした結晶性セルロース試料(セルロースIII型)では吸着した酵素1分子あたりの活性が上昇していることが分かる。
【0058】
(実施例2:各種バイオマスの超臨界アンモニア流体処理による酵素糖化効率の検討)
<方法>
−超臨界アンモニア流体処理−
30mL容ポータブルリアクターに、絶乾の各種バイオマス(バガス、シュガービートパルプ、スギ木粉)粗粉砕物(5mmパス)又は結晶性セルロース(アビセル)200mgを入れ、ドライアイス・メタノールバスで冷却した。このリアクターにアンモニアガスを流入し、試料を完全に液体アンモニアに浸漬させた。リアクターの蓋を閉め、室温で15分ほど放置した。次いで、140℃のオイルバス中にて1時間処理した。このとき、圧力はゆっくりと上昇して20分後に13MPaに達して、その後は一定であった(アンモニアの臨界温度Tc=405.6K、臨界圧力Pc=11.28MPa)。処理後、リアクターをオイルバスから取り出し、ドラフト中で直ちにアンモニアガスをリークした。処理後の各種試料(セルロースIII型を含む)をメタノールで洗浄し、乾燥させた。
【0059】
−酵素糖化−
未処理のバイオマス粗粉砕物、及び上記超臨界アンモニア流体処理物を、50mM酢酸緩衝液(pH5.0)に終濃度1.0%になるように添加し、Trichoderma reesei由来のセルラーゼ(Sigma社製)及びAspergillus niger由来のセロビアーゼ(Sigma社製)をそれぞれ終濃度0.02mg/mlになるように添加し、37℃で24時間、回転振とう器(12rpm)によってインキュベートした。その後、不溶性残渣を遠心分離(10,000g、5分)によって取り除き、得られた上清のグルコース濃度をグルコーステストCIIワコー(和光純薬社製)によって測定した。
【0060】
<結果>
図4に示すように、各種バイオマスの超臨界アンモニア流体処理物(セルロースIII型を含む)を酵素糖化させ、得られる遊離グルコースを未処理のバイオマスの場合と比較したところ、アビセルでは得られる遊離グルコース量が1.4倍程度に増加し、更に、シュガービートパルプでは2.4倍、スギ木粉では2.6倍、バガスでは7.3倍もの遊離グルコース量の増加がみられた。
【0061】
(実施例3:液体アンモニア、エチレンジアミンによる処理)
<方法>
−液体アンモニアによる処理−
30mL容ポータブルリアクターに、実施例1で得られた絶乾のシオグサセルロース200mgを入れ、ドライアイス・メタノールバス(大体−90℃)で冷却した。このリアクターにアンモニアガスを流入し、試料を完全に液体アンモニアに浸漬させた。3時間保持した後、セルロースを取り出し、メタノールで洗浄し、乾燥させた。
−エチレンジアミンによる処理−
50mL容バイアルビンに、実施例1で得られた絶乾のシオグサセルロース200mgを入れ、エチレンジアミン20mLを加えた。室温で一晩保持した後、セルロースを取り出し、メタノールで洗浄し、乾燥させた。
【0062】
<結果>
液体アンモニア処理、エチレンジアミン処理により、いずれも、セルロースI型がセルロースIII型に変態したことを、X線回折、FT−IRにより確認した。液体アンモニア、エチレンジアミンを用いた場合では、前記超臨界アンモニア流体を用いた場合よりもセルロースIII型の生産効率に劣るものの、結晶性の低いセルロースIII型が得られ、そのため、酵素糖化の効率はよくなることが予想される。
【0063】
以上の実施例の結果から、セルロースIII型を含む試料を酵素糖化の対象物として用いることにより、天然型セルロースであるセルロースI型を含む試料を用いた場合と比較して、酵素1分子あたりの活性を上昇させることができ、酵素糖化の効率を格段に高めることができることが示された。また、天然型セルロースであるセルロースI型を含むバイオマス原料を超臨界アンモニア流体で処理することにより、より効率的にセルロースIII型を含む試料を得ることができ、これにより、バイオマス原料の種類に関わらず、酵素糖化の効率を格段に高めることができることが示された。
セルロースIII型は天然型セルロースであるセルロースI型よりも結晶密度が低く、したがって、前記したような酵素糖化効率の向上は、セルロースの結晶密度の低さに起因した効果であると考えられる。したがって、セルロースI型の結晶密度よりも低い結晶密度を有するセルロースであれば、前記したセルロースIII型同様、酵素糖化の効率を高める効果が得られることが示唆される。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明の糖の製造方法、エタノールの製造方法、及び乳酸の製造方法によれば、糖の生産効率、エタノールの生産効率、及び乳酸の生産効率を格段に向上させることができる。また、本発明の酵素糖化用セルロース及び酵素糖化用セルロースの製造方法によれば、前記した本発明の糖の製造方法、エタノールの製造方法、及び乳酸の製造方法に好適な酵素糖化対象物を効率的に提供することができる。したがって、本発明の糖の製造方法、エタノールの製造方法、及び乳酸の製造方法、並びに、酵素糖化用セルロース及び酵素糖化用セルロースの製造方法は、例えば、近年注目されている、環境に優しい燃料を産出することを目的としたバイオマス原料からのエタノール製造、また、環境に優しい生分解性プラスチックの製造等に、好適に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】図1は、各種結晶性セルロースのOH伸縮領域のFT−IRスペクトルである。
【図2】図2は、各種結晶性セルロースの酵素糖化効率の違いを示したグラフである。
【図3】図3は、各種結晶性セルロースに対する酵素吸着量の違いを示したグラフである。
【図4】図4は、各種バイオマス原料の超臨界アンモニア流体処理による酵素糖化効率の向上を示したグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロースI型の結晶密度よりも低い結晶密度を有するセルロースを、酵素糖化させて、糖を得ることを特徴とする糖の製造方法。
【請求項2】
セルロースI型の結晶密度よりも低い結晶密度を有するセルロースが、結晶密度1.60g/cm以下のセルロースである請求項1に記載の糖の製造方法。
【請求項3】
セルロースI型の結晶密度よりも低い結晶密度を有するセルロースが、セルロースIII型である請求項1から2のいずれかに記載の糖の製造方法。
【請求項4】
セルロースI型の結晶密度よりも低い結晶密度を有するセルロースが、セルロースIII型である請求項1から3のいずれかに記載の糖の製造方法。
【請求項5】
セルロースI型の結晶密度よりも低い結晶密度を有するセルロースが、セルロースI型を含むバイオマス原料をアミノ基(NH)又はアンモニア分子(NH)を1以上有する化合物で処理することにより得られたセルロースである請求項1から4のいずれかに記載の糖の製造方法。
【請求項6】
セルロースI型の結晶密度よりも低い結晶密度を有するセルロースが、セルロースI型を含むバイオマス原料をアンモニアで処理することにより得られたセルロースである請求項1から5のいずれかに記載の糖の製造方法。
【請求項7】
セルロースI型の結晶密度よりも低い結晶密度を有するセルロースが、セルロースI型を含むバイオマス原料を超臨界アンモニア流体で処理することにより得られたセルロースである請求項1から6のいずれかに記載の糖の製造方法。
【請求項8】
請求項1から7のいずれかに記載の糖の製造方法により得られた糖を、発酵させて、エタノールを得ることを特徴とするエタノールの製造方法。
【請求項9】
請求項1から7のいずれかに記載の糖の製造方法により得られた糖を、発酵させて、乳酸を得ることを特徴とする乳酸の製造方法。
【請求項10】
酵素糖化に用いられる酵素糖化用セルロースであって、セルロースI型の結晶密度よりも低い結晶密度を有するセルロースからなることを特徴とする酵素糖化用セルロース。
【請求項11】
更に、エタノールの製造又は乳酸の製造に用いられる請求項10に記載の酵素糖化用セルロース。
【請求項12】
請求項10から11のいずれかに記載の酵素糖化用セルロースの製造方法であって、セルロースI型を含むバイオマス原料を、アミノ基(NH)又はアンモニア分子(NH)を1以上有する化合物で処理することを含むことを特徴とする酵素糖化用セルロースの製造方法。
【請求項13】
セルロースI型を含むバイオマス原料を、アンモニアで処理することを含む請求項12に記載の酵素糖化用セルロースの製造方法。
【請求項14】
セルロースI型を含むバイオマス原料を、超臨界アンモニア流体で処理することを含む請求項12から13のいずれかに記載の酵素糖化用セルロースの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−161125(P2008−161125A)
【公開日】平成20年7月17日(2008.7.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−354706(P2006−354706)
【出願日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年7月1日 セルロース学会第13回年次大会運営委員会発行の「セルロース学会第13回年次大会 2006 Ceilulose R&D 講演要旨集」に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年8月30日 日本応用糖質科学会発行の「Jounal of Applied Glycoscience 第53巻 講演要旨集(通巻207号)」に発表
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】