説明

糖尿病による微小血管疾患の発症または進行を防止するためのアンジオテンシンII受容体ブロッカー

本発明は、アンジオテンシンII受容体ブロッカーの分野に関し、特に、眼(糖尿病性網膜症)および腎(糖尿病性腎症)に悪影響を及ぼす微小血管疾患(すなわち、小血管を含む疾患)の発症または進行を防止するための、糖尿病におけるそれらの使用を取扱う。

【発明の詳細な説明】
【発明の詳細な説明】
【0001】
本発明は、アンジオテンシンII受容体ブロッカーの阻害剤の分野に関し、特に、眼(糖尿病性網膜症)および腎(糖尿病性腎症)に悪影響を及ぼす微小血管疾患(即ち、小血管関連の疾患)の発症または進行を防止するための、糖尿病におけるそれらの使用を取扱う。
【0002】
糖尿病は、身体が炭水化物(例えば、物炭水化物、糖、セルロース)を適正に代謝できない障害である。この疾患は、血液(高血糖)および尿中の過剰な糖、インスリンの不充分な産生および/または利用を特徴とし、また渇き、飢餓および体重減少を特徴とする。人口の約2%が糖尿病に冒されている。これらの10〜15%がインスリン依存性(1型)糖尿病であり、残りはインスリン非依存性(2型)糖尿病である。
【0003】
網膜症は、微小血管の変化によって生じる網膜の損傷である。糖尿病性網膜症は、1型および2型の糖尿病の両者に特異的な微小血管合併症である。網膜症の罹病率は、糖尿病の継続期間と強く関連している。20年の糖尿病暦の後では、ほぼ全ての1型糖尿病患者および2型糖尿病患者の60%以上が、ある程度の網膜症を有している。糖尿病患者は、一般的な人より25倍以上も失明し易い。新たに診断された糖尿病患者の5分の1が、何等かの網膜症を有することがわかっている。加えて、網膜症はより早期に発症し、収縮期血圧レベルの高い患者ではより重篤である。注意深い眼の検査によって、平均的には糖尿病の発症後約7年で温和な網膜異常が明らかになるが、視力を脅かす損傷は、更にもっと遅くまで生じない。糖尿病性網膜症は、多くの国において、働く世代の人々に生じる失明の最も共通した原因である。
【0004】
初期の網膜症では、網膜における小血管の脆弱化により血管の隆起(微小動脈瘤)を生じ、体液(浸出液)および血液(出血)の漏出を生じる。この疾患のより後の段階である増殖性網膜症は、脆弱な新たな血管の網膜上での成長、並びに眼球内側のゼリー様物質であるガラス体中への成長が含まれる。これら血管は破裂して、ガラス体の中に血液を放出する可能性があり、これは視界のかすみおよび一時的失明を生じる。その後に発生し得る瘢痕組織は、網膜を引張って網膜剥離を生じ、これが永久的な視力喪失を導く可能性がある。鮮明な視界にとって最も重要な部分である黄斑の周囲に集積した体液により、黄斑浮腫膨潤が生じる可能性がある。増殖性網膜症を治療せずに放置しておくと、治療を受けた患者では5%に過ぎないのに比較して、患者の約半分は5年以内に失明する。
【0005】
もし早期に発見されれば、当該症状はレーザ光凝固法で治療することができる。加えて、糖尿病の過程の何れかの時点における高血糖の低下は、網膜症の長期に亘る発病および進行ならびに視力喪失の顕著な減少をもたらすであろう。EUCLID研究において、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害剤であるリシノプリルは、網膜症の進行のリスクを約50%減少させ、また増殖性網膜症への進行リスクも顕著に減少させた。しかし、EUCLID研究では網膜症が主な終着点ではなく、この研究は眼関連の成果について十分に注力されなかった。症状の発症または進行を防止することは、視力の喪失に伴うコストに比較して、比較的低コストで視力を救う能力を有している。従って、本発明の目的は、糖尿病性網膜症の発症または進行の防止に寄与する更なる手段を提供することである。
【0006】
腎障害は、腎臓の劣化である。糖尿病性腎症は、1型および2型糖尿病の特異的な微小血管合併症である。1型糖尿病は、最終段階腎疾患(ESRD)と称される腎障害の最終段階を導き易い。糖尿病性腎症には五つの段階が存在し、第五段階がESRDである。一つの段階から次の段階への進行には多の年月を要し、第五段階まで到達するための平均時間は23年である。糖尿病は、米国における症例の40%超に相当するESRDの最も普通の原因である。
【0007】
糖尿病性腎症のための治療は、当該疾患の進行を管理および遅延させることである。攻撃的な血圧制御は、何と言っても、腎機能を保護する際の最も重要な因子である。アンジオテンシン変換酵素阻害剤は、腎臓のために最良の保護を提供すると考えられる。RENAAL研究(Brenner et al, The New England Journal of Medicine 345: 861-869,2001)に従えば、アンジオテンシンII受容体ブロッカーであるロサルタン(losartan)は、同様の保護を与えるかもしれないが、患者集団ならびに結果の尺度に関して懸念が生じている。これらの方法論的欠陥および研究における不完全なデータの故に、糖尿病性腎症における該治療の有効性および安全性の問題に対しては未回答のままである(Fisman et al, Cardiovascular Diabetology 1:2, 2002)。同様のIDNT研究(Lewis etal, The New England Journal of Medicine 345: 851-860, 2001)のデータから、アンジオテンシンII受容体ブロッカーであるイルべサルタン(irbesartan)は、II型糖尿病による腎障害の進行に対する防御において有効であると結論付けられている。更に、当該症状の発症または進行を防止することは、腎機能を救う可能性を有している。従って、本発明のもう一つの目的は、糖尿病性腎症の発症または進行の防止に寄与する更なる手段を提供することである。
【0008】
アンジオテンシンIIは、病態生理学における主要な役割、特に、ヒトにおける最も強力な血圧上昇剤としての役割を果す。アンジオテンシンII受容体ブロッカー、特に1型受容体のブロッカーは、動物の血圧上昇および鬱血性心不全を治療するために使用される。アンジオテンシンII受容体ブロッカー(アンジオテンシンIIアンタゴニストとも呼ばれる)は、EP−A−253310、EP−A−323841、EP−A−324377、EP−A−420237、EP−A−43983、EP−A−459136、EP−A−475206、EP−A−502314、EP−A−504888、EP−A−514198、WO91/14679、WO93/20816、US4,355,040 、およびUS4,880,804に記載されている。特定のアンジオテンシンII受容体ブロッカーは、カンデサルタン、エプロサルタン、イルベサルタン、ロサルタン、オルメサルタン、タソサルタン、テルミサルタン、またはバルサルタンのようなサルタン類である。
【0009】
進行中の糖尿病性網膜症カンデサルタン臨床試験(DIRECT)計画は、カンデサルタンを用いたAT1受容体のブロックが、糖尿病性網膜症の発症および進行を防止できるかどうかを決定するために設立されたものである。この計画は、正常血圧または治療された高血圧の個人を含み、糖尿病に続いて生じる眼の病理学的変化を防御するためのAT1受容体ブロッカーの能力を評価するであろう(Sjφlie and Chaturvedi, Journal of Human Hypertension (August 2002) 16Suppl, pages 42-46)。
【0010】
本発明に関して、網膜症の発症または進行に対するアンジオテンシンII受容体ブロッカーの効果は、広範な臨床試験を回避するように細胞培養系で決定される。このシステムは、選択されたまたは潜在的なアンジオテンシンII阻害剤が網膜症の発症または進行の防止に有効であるか否か決定することを可能にする。
【0011】
微小血管系の血管は、二つのタイプの細胞、即ち、内皮細胞および周皮細胞のみで構成されている。周皮細胞は、共培養される内皮細胞の増殖を調節し、微小血管ホメオスタシスの維持において中枢的役割を果す。例えば、それらは、共培養される内皮細胞が周皮細胞を産生し、且つ脂質ペルオキシドに誘導される損傷に対してそれらを保護する能力を保存する。周皮細胞の喪失および機能不全は、糖尿病性網膜症の初期段階に観察される顕著な組織病理学的特徴である。
【0012】
本発明による方法は、アンジオテンシンII受容体ブロッカー、特に糖尿病性網膜症もしくは腎症の発症または進行を防止するアンジオテンシンII受容体ブロッカーのスクリーニングを可能にする。それは、次の(a)から(c)を含んでなるものである:
(a)周皮細胞の組織培養細胞を、アンジオテンシンIIを用いてまたは用いずに、潜在的なアンジオテンシンII受容体ブロッカー化合物の存在下または不存在下において処理すること;
(b)細胞内で発生した反応性酸素種の量を測定すること;および
(c)培地中のアンジオテンシンIIの存在により誘導される反応性酸素種の細胞内発生を阻害する化合物を同定すること。
【0013】
使用される細胞培養系は、ウシ網膜のような哺乳動物の網膜から単離された周皮細胞に基づいている。該細胞は、商業的に入手可能な細胞培養培地、例えば、通常はウシ胎児血清が補充されるダルベッコー氏のイーグル改変培地中で維持される。反応性酸素種の用語は、過酸化水素のような分子、次亜塩素酸イオンのようなイオン、なかでも最も反応性のあるヒドロキシラジカル等のラジカル、イオンで且つラジカルであるスーパーオキシド陰イオンが含まれる。当該方法の最も重要な側面は、周皮細胞内での反応性酸素種の細胞内発生が、培養細胞をアンジオテンシンIIで処理した後に投与量に依存して増大することである。同時に、[3H]チミジン取り込みによって測定される周皮細胞内でのDNA合成が減少する一方、増殖性糖尿病性網膜症の病因に関与する内皮細胞に特異的なマイトジェンである血管透過性因子(VEGF)のmRNA、並びに網膜における微小血管内皮細胞およびグリア細胞の強力なマイトジェンおよび化学誘引物質である血小板由来成長因子B(PDGF−B)は増大する。
【0014】
アンジオテンシンIIは、糖尿病性網膜症および腎症の主要なリスク因子として知られる高血圧のトリガーである。反応性酸素種は他の分子を損傷し、従って該分子がその一部を構成している細胞構造を損傷する。一般に、細胞は反応性酸素種の有害な影響に対する種々の防御を使用しており、これにはαトコフェロール(ビタミンE)、尿酸およびビタミンCのような抗酸化性をもった小分子、またはスーパーオキシドジスムターゼおよびカタラーゼの二つの酵素が含まれる。アンジオテンシンIIでの周皮細胞の処置の際に、N−アセチルシステイン(NAC)のような追加量の抗酸化剤を加えると、アンジオテンシンIIの存在により誘導された反応性酸素種の発生増大が反転される。
【0015】
これらの発見に起因して、抗酸化性のない化合物は、それらが周皮細胞培養物において細胞培養培地中のアンジオテンシンIIの存在により誘導される反応性酸素種の細胞内発生を阻害できるならば、糖尿病性の網膜症または腎症の発症または進行を防止するであろう。従って、化合物は、このような化合物の存在下または不存在下に、アンジオテンシンIIを用いてまたは用いずに、1〜48時間、好ましくは24時間周皮細胞を処理することによってスクリーニングすることができる。該処理に続いて、反応性酸素種の発生が測定される。このスクリーニング法を使用して、テルミサルタンのようなアンジオテンシンII受容体ブロッカーは、周皮細胞内においてアンジオテンシンIIにより誘導される反応性酸素種の発生増大を阻害する一方、該受容体ブロッカー単独での処理は、反応性酸素種の発生に影響しないことが見出された。従って、周皮細胞内におけるアンジオテンシンII受容体シグナリングの活性化は糖尿病性微細血管疾患の病因に寄与し、またテルミサルタンのような化合物でアンジオテンシンに拮抗させることは、周皮細胞の喪失および機能不全による糖尿病性網膜症等の疾患の発症および進行を防止する。
【0016】
これら結果の帰結として、本発明は、糖尿病性網膜症または腎症のような糖尿病による微小血管疾患の発症または進行を防止する方法であって、それを必要としている個体に対して、薬学的有効量のアンジオテンシンII受容体ブロッカーを投与することを含んでなる方法を教示する。このアンジオテンシンII受容体ブロッカーは、それを必要としている個体において糖尿病による微小血管疾患の発症または進行を防止するための、薬学的組成物を製造するために使用することができる。
【0017】
アンジオテンシンII受容体ブロッカーの好ましい例は、カンデサルタン、エプロサルタン、イルベサルタン、ロサルタン、オルメサルタン、テルミサルタン、またはバルサルタンであるが、周皮細胞培養体においてアンジオテンシンIIにより誘導される反応性酸素種の発生増大を阻害できる如何なる受容体ブロッカーも使用することができる。このような治療を必要としていると思われる個体は、糖尿病性網膜症の1以上のリスク因子によって悪影響を受ける。このようなリスク因子の例は、糖尿病、上昇した血糖レベル、タンパク質尿症、上昇した血中尿素窒素、上昇した血中クレアチニン、ミクロアルブミン尿症、または全身性高血圧である。
【0018】
使用される受容体ブロッカーの量は実際の活性成分に依存し、通常は高血圧を治療するために使用される量に対応する。該活性化合物は、経口的、バッカル的、非経腸的、吸入スプレーにより、直腸的または局所的に投与することができ、経口投与が好ましい。非経腸的投与には、皮下注射、静脈注射、筋肉内注射および胸骨下注射、並びに輸液技術が含まれてよい。
【0019】
薬学的有効量のアンジオテンシンII受容体ブロッカーを含有する糖尿病性網膜症の発症または進行を防止するための薬学的組成物は、主に投与の方法に依存する。投与量範囲には0.5〜 500mg/kg(経口)、好ましくは2〜80mg/kg(経口)、および3mg/kg(静注) が含まれる。
【0020】
活性化合物は、広範な種類の異なる投与量形態で経口的に投与することができる。即ち、それらは種々の薬学的に許容可能な不活性キャリアと共に、錠剤、カプセル、ロゼンジ、トローチ、硬質キャンディー、散剤、スプレー、水性懸濁液、エリキシール、シロップ等の形態で処方されてよい。このようなキャリアには、固体の希釈剤もしくは充填剤、滅菌水性媒質、および種々の非毒性有機溶媒等が含まれる。更に、このような経口処方剤は、そのような目的で通常用いられるタイプの種々の物質によって適切に甘味付けおよび/または風味付けすることができる。一般に、本発明の化合物は、このような投与量形態中において、全組成物の約0.5重量%〜約90重量%に亘る濃度レベルで、望ましい単位投与量を提供するために充分な量で存在する。本発明の化合物の他の適切な投与量形態には、当業者に周知の制御放出処方剤およびデバイスが含まれる。
【0021】
経口投与については、澱粉(好ましくはポテトもしくはタピオカ澱粉)、アルギン酸および一定の複合珪酸塩のような種々の崩壊剤に加えて、ポリビニルピロリドン、蔗糖、ゼラチンおよびアカシアのような結合剤と共に、クエン酸ナトリウム、炭酸カルシウムおよびリン酸カルシウムのような種々の賦形剤を含有する錠剤を用いてよい。更に、ステアリン酸マグネシウム、ラウリル硫酸ナトリウムおよびタルクのような滑沢剤、または同様の種類の組成物を、軟質および硬質充填ゼラチンカプセル中に充填剤として用いてもよい;ラクトースまたは乳糖ならびに高分子量ポリエチレングリコールを含めてもよい。経口投与のために水性懸濁液および/またはエリキシールが望ましいときには、その中の必須の活性成分は、種々の甘味剤もしくは香料、着色物質もしくは色素と組合されてよく、また望ましいときには、乳化剤および/または水、エタノール、プロピレングリコール、グリセリン、およびそれらの種々の同様の配合と組合されてもよい。
【0022】
非経腸的投与については、ゴマ油またはピーナッツ油、または水性プロピレングリコール中の当該化合物の溶液を用いてよく、また対応する薬学的に許容可能な塩の滅菌水溶液を用いてよい。このような水溶液は、必要であれば適切に緩衝されるべきであり、また液体希釈剤は充分な塩水またはグルコースを用いて等張にされるべきである。これらの特定の水溶液は、静脈注射、筋肉内注射および皮下注射のために特に適している。この点において、用いられる滅菌水性媒質は、当業者に周知の標準技術によって容易に得られる。例えば、液体希釈剤として蒸留水が普通に用いられ、最終製剤は、焼結ガラスフィルターまたは珪藻土もしくは素焼き磁器フィルターのような適切な細菌フィルタを通される。このタイプの好ましいフィルタには、Berkefeldフィルタ、Chamberlandフィルタ、および石綿ディスク−金属Seitzフィルタが含まれ、ここでは液体が吸引ポンプによって滅菌容器中に吸引される。これら注射可能な溶液の調製全体を通して、無菌状態の最終製品が得られることを保証するための必要なステップが取られるべきである。経皮投与のための特定の化合物(類)の投与量形態には、例えば溶液、ローション、軟膏、クリーム、ゲル、座剤、律速持続放出処方剤およびそのためのデバイスが含まれてよい。このような投与量形態は、特定の化合物(類)を含有し、またエタノール、水、浸透増強剤、並びにゲル形成物質のような不活性キャリア、鉱油、乳化剤、ベンジルアルコール等を含んでよい。
【0023】
アンジオテンシンII受容体ブロッカーは、経口では10mg(または70kgの人に基づいて0.143mg/kg)〜500mg(7.143mg/kg)、非経腸的には約20mg(0.286mg/kg)、好ましくは、経口で20mg(0.286mg/kg)〜100mg(1.429mg/kg)の1日投与量で投与されてよい。特に好ましいのは、40mg(0.571 mg/kg)〜80mg(1.143mg/kg)、または特に約80mg(1.143mg/kg)の経口1日投与量である。
【0024】
幾つかのアンジオテンシンII受容体ブロッカーがすでに市販されており、投与のために使用することができる。例えば、Approvel(登録商標)、Atacand(登録商標)、Blopress(登録商標)、Cozaar(登録商標)、Diovan(登録商標)、Karvea(登録商標)、Lortaan(登録商標)、Lorzaar(登録商標)、Losaprex(登録商標)、Micardis(登録商標)、Neo−Lotan(登録商標)、またはOscaar(登録商標)、およびTeveten(登録商標)である。
【0025】
実施例
全ての値は、平均±標準誤差(SE)として提示される。統計学的有意性は、スチューデントのt検定を使用して評価された;P<0.05が有意とみなされる。
実施例1: 周皮細胞における反応性酸素種の測定
周皮細胞をウシ網膜から単離し、Yamagishi et al, Circulation 87:1969, 1993に記載されたように、20%のウシ胎児血清(FBS)を補充したダルベッコー氏のイーグル改変培地中で維持した。
アンジオテンシンII処理は、20%FBSを含有する培地中で実行した。10-7または10-6MのアンジオテンシンIIを用いてまたは用いずに、10-7Mのテルミサルタンの存在下または不存在下に、周皮細胞を24時間処理した。次いで、Yamagishi et al, A J Biol Chem 276:25096, 2001に記載されているようにして、蛍光プローブのCM−H2DCFDA(Molecular Probes Inc, Eugene, OR)を使用することにより、反応性酸素種の細胞内形成を検出した。
アンジオテンシンIIは、投与量依存的に、反応性酸素種の細胞内発生を増大させた。10-6MのアンジオテンシンIIは、約1.3倍の増大をもたらした。テルミサルタンは、アンジオテンシンIIに誘導された周皮細胞中での反応性酸素種の発生増大を完全に阻害することが見出されたが、テルミサルタン単独では当該発生に対して影響を与えなかった。
【0026】
実施例2: 周皮細胞における[3H]チミジン取り込みの測定
10-7Mのアンジオテンシンを用いてまたは用いずに、1mMのN−アセチルシステイン(NAC)の存在下または不存在下で24時間周皮細胞を処置し、次いで、Yamagishi etal, FEBS Lett 384:103, 1996に記載されているようにして、該細胞における[3H]チミジン取り込みを決定した。アンジオテンシンIIは、周皮細胞におけるDNA合成を有意に阻害した。NACは、アンジオテンシンIIに誘導された周皮細胞中でのDNA合成減少を有意に防止した。
【0027】
実施例3: VEGF・mRNAの定量的逆転写PCR
VEGFおよびβアクチンのmRNAを検出するための配列およびプライマーが、Yamagishi et al, J Biol Chem 272:8723, 1997に記載されている。10-7MのアンジオテンシンIIを用いてまたは用いずに、10-7Mのテルミサルタンまたは1mMのNACの存在下または不存在下で処理された細胞からポリ(A)+RNAを単離し、Yamagishi et al, Diabetologia 41:1435, 1998に記載された定量的逆転写PCR(RT−PCR)によって分析した。ポリ(A)+RNA鋳型の量(約30ng)および増幅のサイクル数(VEGF遺伝子について28サイクル、βアクチン遺伝子について22サイクル)は、反応が直線的的に進行する定量的範囲内で選択され、該範囲はYamagishi et al, J Biol Chem 277:20309, 2002に記載されたようにして、信号強度を鋳型の量および細胞サイクル数の関数としてプロットすることにより決定された。一つのVEGF遺伝子から選択的にスプライスされた五つの産物が存在することが報告されている。それらは、VEGF121、VEGF145、VEGF165、VEGF189、およびVEGF206と命名されている。ノーザンブロット分析は、これら五つのmRNA産物を明瞭に識別できないので、我々は、Okamoto et al, FASEB J 16: 1928, 2002に記載されている更に感度の高い半定量的RT−PCR技術を用いた。これらの実験において、VEGF121およびVEGF165のmRNAから、それぞれ486および618塩基対長のcDNA産物が増幅された。アンジオテンシンIIは、周皮細胞におけるVEGF・mRNAのこれら分泌形態を有意にアップレギュレートした。10-7MのアンジオテンシンIIに露出されたときに、このVEGF・mRNAレベルは基底レベルよりも1.5倍高かった。テルミサルタンおよびNACは、周皮細胞においてアンジオテンシンIIに誘導されたVEGF・MRNAレベルのアップレギュレーションを完全に阻害することが見出された。
【0028】
実施例4: ウシPDGF−Bの部分的cDNAの分子クローニング
ヒトおよびヒツジPDGF−Bの保存されたアミノ酸配列GELESLおよびNNRNVQから設計されたプライマー配列を使用して、ウシPDGF−Bのための部分cDNAがクローニングされた。上流側および下流側のプPライマーは、それぞれ5’−GGCGAGCTGGAGAGCTT−3’および5’−CTGCACGTTGCGGTTGT−3’であった。213塩基対のRT−PCR産物が、30ngのウシ網膜周皮細胞ポリ(A)+RNAから増幅され、また製造業者(Promega, Madison,Wl, USA)の指示に従ってpGEM―Tイージーベクターシステムを使用することによりクローニングされた。クローン化されたPCR産物は、製造業者(DNA Sequencing Kit, AppliedBiosystems, Foster, CA, USA)の指示に従い、連鎖終止法によって配列決定された。このクローン化されたウシcDNA断片は、ヒトおよびヒツジのPDGF−Bとの強い配列類似性を示した。ヒトおよびヒツジPDGF−Bとのヌクレオチド同一性は、それぞれ91%および94%、アミノ酸同一性は91%および96%であった。
【0029】
実施例5: PDGF−B・mRNAの定量的逆転写PCR
培養された網膜周皮細胞中でのPDGF−B遺伝子発現に対するアンジオテンシンIIの効果を研究するために、10-7MのアンジオテンシンIIを用いてまたは用いずに、10-7Mのテルミサルタンまたは1mMのNACの存在下または不存在下で24時間処理された周皮細胞から、ポリ(A)+RNAが単離され、Yamagishi etal, Kidney Int 63:464, 2003に記載されたRT−PCRによって分析された。ポリ(A)+RNA鋳型の量(約30ng)および増幅の細胞サイクル数(PDGF−B遺伝子について28サイクル、βアクチン遺伝子について22サイクル)は、反応が直線的に進行する定量的範囲内で選択され、該範囲はYamagishi et al, J Biol Chem 277:20309, 2002に記載されたようにして、信号強度を鋳型の量および細胞サイクル数の関数としてプロットすることにより決定された。ウシβアクチン・mRNAを検出するためのプライマーの配列は、Okamoto et al, FASEB J 16:1928, 2002に記載されたのと同じであった。PDGF−Bは、血管増殖性網膜症に関係付けられており、ヘミ接合性ロードプシンプロモータ/PDGF−Bトランスジェニックマウスは、血管細胞、グリア細胞および網膜色素上皮細胞の増殖を示し、網膜剥離を生じることが示された。今回の実験において、アンジオテンシンIIは、周皮細胞におけるPDGF−B・mRNAレベルを有意にアップレギュレートすることが見出された。10-7MのアンジオテンシンIIに露出されると、PDGF−B・mRNAのレベルは基底レベルよりも5倍高くなった。テルミサルタンまたはNACは、アンジオテンシンIIに誘導されたPDGF・mRNAレベルのアップレギュレーションを有意に阻害することが見出された。このことから、アンジオテンシンIIの1型受容体相互作用が、PDGF−Bの過剰発現を通して、増殖性の糖尿病性網膜症における網膜剥離の病因に関与すること、およびアンジオテンシンII受容体ブロッカーによりアンジオテンシンII作用に拮抗させることが、インビボでのPDGF−Bの発現を弱めることにより糖尿病性網膜症の進行を遅延させ、更にはこれを防止することが結論付けられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
糖尿病による微小血管疾患の発症または進行を防止する方法であって、当該疾患の発症または進行を防止することを必要としている個体に対して、薬学的有効量のアンジオテンシンII受容体ブロッカーを投与することを含んでなる方法。
【請求項2】
前記アンジオテンシンII受容体ブロッカーが、周皮細胞培養物において、培地中のアンジオテンシンIIの存在により誘導された反応性酸素種の細胞内発生を阻害する受容体ブロッカーである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記アンジオテンシンII受容体ブロッカーが、カンデサルタン、エプロサルタン、イルベサルタン、ロサルタン、オルメサルタン、テルミサルタン、またはバルサルタンから選択される、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
糖尿病性網膜症の発症または進行を防止する、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記個体は、糖尿病、上昇した血糖レベル、タンパク質尿症、上昇した血中の尿素窒素、上昇した血中クレアチニン、ミクロアルブミン尿症または全身性高血圧の1以上のリスク因子によって冒されている、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
糖尿病による微小血管疾患の発症または進行を防止するアンジオテンシンII受容体ブロッカーをスクリーニングする方法であって:
(a)周皮細胞の組織培養細胞を、アンジオテンシンIIを用いてまたは用いずに、潜在的なアンジオテンシンII受容体ブロッカー化合物の存在下または不存在下において処理することと;
(b)細胞内で発生した反応性酸素種の量を測定することと;
(c)培地中のアンジオテンシンIIの存在により誘導される反応性酸素種の細胞内発生を阻害する化合物を同定することと;
を含んでなる方法。
【請求項7】
糖尿病性網膜症のような糖尿病による微小血管疾患の発症または進行を防止するための薬学的組成物であって、薬学的有効量のアンジオテンシンII受容体ブロッカーを含有する組成物。
【請求項8】
糖尿病性網膜症のような糖尿病による微小血管疾患の発症または進行を防止することを必要とする個体において当該疾患の発症または進行を防止するための薬学的組成物を製造するための、アンジオテンシンII受容体ブロッカーの使用。
【請求項9】
前記アンジオテンシンII受容体ブロッカーが、周皮細胞培養物において、前記培地中のアンジオテンシンIIの存在により誘導された反応性酸素種の細胞内発生を阻害する受容体ブロッカーである、請求項8に記載の使用。
【請求項10】
前記アンジオテンシンII受容体ブロッカーの阻害剤が、カンデサルタン、エプロサルタン、イルベサルタン、ロサルタン、オルメサルタン、テルミサルタン、またはバルサルタンから選択される、請求項9に記載の使用。
【請求項11】
前記個体は、糖尿病、上昇した血糖レベル、タンパク質尿症、上昇した血中の尿素窒素、上昇した血中クレアチニン、ミクロアルブミン尿症または全身性高血圧の1以上のリスク因子によって冒されている、請求項8に記載の使用。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
糖尿病による微小血管疾患の発症または進行を防止することを必要としている個体において当該疾患の発症または進行を防止するための薬学的組成物であって、薬学的有効量のアンジオテンシンII受容体ブロッカーを含む組成物。
【請求項2】
前記アンジオテンシンII受容体ブロッカーが、周皮細胞培養物において、培地中のアンジオテンシンIIの存在により誘導された反応性酸素種の細胞内発生を阻害する受容体ブロッカーである、請求項1に記載の医薬組成物
【請求項3】
前記アンジオテンシンII受容体ブロッカーが、カンデサルタン、エプロサルタン、イルベサルタン、ロサルタン、オルメサルタン、テルミサルタン、またはバルサルタンから選択される、請求項2に記載の医薬組成物
【請求項4】
糖尿病性網膜症の発症または進行を防止するための、請求項1に記載の医薬組成物
【請求項5】
前記個体は、糖尿病、上昇した血糖レベル、タンパク質尿症、上昇した血中の尿素窒素、上昇した血中クレアチニン、ミクロアルブミン尿症または全身性高血圧の1以上のリスク因子によって冒されている、請求項1に記載の医薬組成物
【請求項6】
糖尿病による微小血管疾患の発症または進行を防止するアンジオテンシンII受容体ブロッカーをスクリーニングする方法であって:
(a)周皮細胞の組織培養細胞を、アンジオテンシンIIを用いてまたは用いずに、潜在的なアンジオテンシンII受容体ブロッカー化合物の存在下または不存在下において処理することと;
(b)細胞内で発生した反応性酸素種の量を測定することと;
(c)培地中のアンジオテンシンIIの存在により誘導される反応性酸素種の細胞内発生を阻害する化合物を同定することと;
を含んでなる方法。
【請求項7】
糖尿病性網膜症のような糖尿病による微小血管疾患の発症または進行を防止するための薬学的組成物であって、薬学的有効量のアンジオテンシンII受容体ブロッカーを含有する組成物。
【請求項8】
糖尿病性網膜症のような糖尿病による微小血管疾患の発症または進行を防止することを必要とする個体において当該疾患の発症または進行を防止するための薬学的組成物を製造するための、アンジオテンシンII受容体ブロッカーの使用。
【請求項9】
前記アンジオテンシンII受容体ブロッカーが、周皮細胞培養物において、前記培地中のアンジオテンシンIIの存在により誘導された反応性酸素種の細胞内発生を阻害する受容体ブロッカーである、請求項8に記載の使用。
【請求項10】
前記アンジオテンシンII受容体ブロッカー、カンデサルタン、エプロサルタン、イルベサルタン、ロサルタン、オルメサルタン、テルミサルタン、またはバルサルタンから選択される、請求項9に記載の使用。
【請求項11】
前記個体は、糖尿病、上昇した血糖レベル、タンパク質尿症、上昇した血中の尿素窒素、上昇した血中クレアチニン、ミクロアルブミン尿症または全身性高血圧の1以上のリスク因子によって冒されている、請求項8に記載の使用。
【請求項12】
糖尿病による微小血管疾患の発症または進行を防止する方法であって、当該疾患の発症または進行を防止することを必要としている非ヒト個体に対して、薬学的有効量のアンジオテンシンII受容体ブロッカーを投与することを含んでなる方法。

【公表番号】特表2006−525269(P2006−525269A)
【公表日】平成18年11月9日(2006.11.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−505345(P2006−505345)
【出願日】平成16年4月30日(2004.4.30)
【国際出願番号】PCT/EP2004/004616
【国際公開番号】WO2004/096211
【国際公開日】平成16年11月11日(2004.11.11)
【出願人】(503385923)ベーリンガー インゲルハイム インターナショナル ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング (976)
【Fターム(参考)】