説明

細胞チップおよび細胞改変方法および細胞制御方法

【課題】細胞機能を研究や細胞を用いる種々物質のバイオアッセイおよびそのための細胞チップを提供する。
【解決手段】細胞の一部を半透膜化するため、細胞外径より小さい穴を開けた隔壁構造のチップを用いる。このチップの一面の細孔のある位置に細胞を固定し、他面から前記細孔を介して細胞の一部に、たとえば、ストレプトリシンOのような細胞膜毒素を作用させ、細孔部分の細胞膜を半透膜化する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞機能を研究や細胞を用いる種々物質のバイオアッセイおよびそのための細胞チップ、細胞を用いる物質生産を目的とした細胞の制御方法および改変方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ゲノム計画の進展とともにDNAレベルで生体を理解し、病気の診断や生命現象の理解をしようとする動きが活発化してきた。生命現象の理解や遺伝子の働きを調べるには遺伝子の発現状況を調べることが頻繁に行われている。この有力な方法として固体表面上に数多くのDNAプローブを種類毎に区分けして固定したDNAプローブアレーあるいはDNAチップ(実際には固定されているのはオリゴヌクレオチドの誘導体であるのでオリゴチップと呼ぶこともある)が用いられている(非特許文献1あるいは非特許文献2)。あるいは、採取した試料に含まれる特定の配列のmRNA(あるいはcDNA)をPCR増幅して得られる産物の量やPCR産物長、塩基配列を調べる方法が用いられている。
【0003】
これら分離したmRNAは単に分析目的で用いられる以外にこれをcDNAに変換し、ベクターに組み込んだりして色々の目的に利用されている。一例として言えば、採取したmRNAをベクターに組み込み、クローニングした後、ベクターを鋳型にして部分的に異なる塩基を持つプライマーで相補鎖合成し、任意の遺伝子改変を施す遺伝子組換えに用いられている。
【0004】
細胞そのものをセンサーに見立てて、極微量物質を検出するバイオアッセイの研究も盛んである。特に、種々の有害物質の影響を調べたり、薬剤の薬効や副作用を調べるのは、現在はマウスなどの哺乳類個体に頼る部分が大きいが、今後、動物愛護の観点からも細胞ベースでのアッセイに移行することは時代の趨勢である。
【0005】
別の観点からは、細胞を自由に機能制御し、有用物質を生産することや医療治療面へ応用することでもニーズが高い。実際、アンチセンスオリゴヌクレオチドやRNAiのように細胞外部からの操作により細胞を制御する試みが盛んになされるようになっている。
【0006】
【非特許文献1】Science 251, 767-773(1991)
【非特許文献2】Proc. Natl. Acad. Sci. USA 93, 4613-4918(1996)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このような、細胞を用いるアッセイや細胞機能制御に関しては、方法論的に万能な手法が存在しない。アッセイのためには、細胞を遺伝子組換えの技術を用いて特定物質を捕捉するレセプラーやトランスポーターを発現させ、これとイオンポンプをカップルさせて、電極を差し込み、細胞膜を流れる電流量として計測する。細胞機能制御に関しても原理は細胞内に制御用の物質を挿入し、細胞の活動をコントロールする。
【0008】
ところが、細胞は安定な細胞膜で外界と仕切られており、実施者の都合で任意の物質を定量的に細胞に入れたり出したりすることは困難である。もちろん、金微粒子をビークルにして、その表面に、細胞内に挿入したいものをくっつけて、細胞に打ち込む技術など多くの技術が開発されているが、確実性と細胞内に取り込む物質量の再現性にはかなりのばらつきがあると考えてよい。
【0009】
細胞膜を半透膜にする技術(swmi-contact cell: Molecular Biology of the Cell 11,3073-3087(2000))、あるいは、ファゴトーシスやエンドサイトーシスを利用するのが有効な方法であると思われる。しかし、細胞膜を半透膜化すると細胞表面全体に穴が開いてしまい、細胞内の物質(細胞質)が細胞外に流れ出てしまう欠点がある。また、ファゴトーシスやエンドサイトーシスを利用する方法は即応性がないために、細胞機能の逐次制御という面では利用が難しい。
【0010】
本発明のポイントは、細胞の内容物の流失を押さえ、確実に目的物質を細胞内に挿入したり、細胞内の物質を回収したりする技術を確立し、特定物質のアッセイや有用物質の生産をより容易にする技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
従来の技術を改良し、細胞の逐次制御やアッセイを安定に行う方法に最も近いのは細胞膜を半透膜化する技術である。本発明では、細胞全体を半透膜化するのではなく、細胞のごく一部に限定することで細胞質の細胞外への流失を防ぎ、安定して細胞を利用できるようにする。
【0012】
細胞の一部を半透膜化するため、細胞外径より小さい穴を開けた隔壁構造のチップを用いる。このチップの一面の細孔のある位置に細胞を固定し、他面から前記細孔を介して細胞の一部に、たとえば、ストレプトリシンOのような細胞膜毒素を作用させ、細孔部分の細胞膜を半透膜化する。この半透膜部分を用いて細胞に物質の出し入れを行う。また、隔壁の内外に電極を設けることで、細胞膜を通過するイオンを計測したり、電極に電圧を印加することで細胞への物質の出し入れを強制的に行う。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、細胞膜の一部を半透膜化するに過ぎない。さらに、半透膜化した細胞膜部分は、平常は細胞膜と隔壁で区切られているため、細胞質は隔壁外に拡散しない。細胞を連続的に観測することや、逐次細胞内に物質を注入することもできる。しかも、半透膜における拡散のみで細胞内物質の出し入れが可能となる。外部から種々物質を加えられるので、タンパク質相互作用や遺伝子発現の制御か可能になり、細胞内で起きる生理現象を能動的に解析できる。隔壁の内外に電極を設けることで、細胞膜を通過するイオンを計測したり、物質の出し入れを強制的に行うことができる。パッチクランプによる細胞への物質の出し入れと比較して、格段に、安定な操作である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
(実施例1)
図1は、実施例1による細胞チップとその細孔部分に固定される細胞との関係の概要を示す断面図である。
【0015】
図1において、100は細胞チップである。20は細胞である。後述するように、細胞20は細胞チップ100の細孔3の部分に固定されている。
【0016】
1は細胞チップ100の細胞固定基板であり、例えば、シリコン基板から作られる。大きさは、例えば、図の高さ方向が5mm、図と垂直方向が500μmである。厚さは、例えば、100μmである。細胞固定基板1の一端部に突起2を形成する、この高さは、例えば、5μmであり、突起2の部分の厚さは、例えば、2μmである。突起2の頂部に細孔3を形成する。この大きさは、例えば、2〜5μmφである。細胞固定基板1の下部の両面に電極層4,5が形成されている。電極層4,5は絶縁層6,7で大部分が覆われているが、突起2の近辺と細胞固定基板1の端部近辺では露出している。
【0017】
10は背面板であり、細胞固定基板1の突起2の背面部にバッファ室8を形成するために、突起2の背面部全体を覆う形で貼り付けられる。背面板10の厚さは、全体としては、例えば、100μmであるが、図に示すように、細胞固定基板1側の面の細孔3に対応する位置に突起11が形成され、外側面の突起11の両端に位置に貫通孔を有する突起12,13が形成される。突起12,13には、キャピラリー14,15を取り付けることができ、これに、マイクロシリンジポンプ(図示しない)に連結することができる。このキャピラリー14,15を利用して、太い矢印で示すように、バッファ室8内にバッファを循環させ、あるいは、バッファの供給を上回る吸引をすることで、バッファ室8の内部を陰圧状態とすることができる。突起11は、供給されたバッファの流れを乱し、細孔3の方に流れるようにするために設けられる。
【0018】
図が煩雑になるので、顕微鏡関係の図示は省略したが、顕微鏡の観察ガラス板の上に細胞培養に適したバッファの液滴を滴下し、この液滴中に細胞固定基板1の突起2と細胞20を対向して配置する。この際、顕微鏡で観察しながら、細胞20を突起2の細孔3の部分に向き合う形に置く。21は細胞20の脂質二重層であり、22は細胞質を表わす。図1において、細胞固定基板1の突起2と細胞20を取り囲む破線は液滴に浸漬されている領域のイメージを示す。破線が取り囲む領域にはバッファ室8が含まれた形となっているが、後述するように、細胞20が細胞固定基板1に固定された状態では、バッファ室8は、液滴とは繋がらないものとなる。一方、液滴の範囲外にある細胞固定基板1の端部で露出している電極層4,5には導線が接続され、引き出されて図示しない計測器、あるいは、計算機に接続される。
【0019】
顕微鏡で観察しながら、細胞20を突起2の細孔3に接触させる。このとき、前述した電極層4,5間の電気伝導度を監視していると、細胞20が突起2の細孔3に接触する前は、バッファ室8内に露出している電極層5と液滴内に露出している電極層4とはバッファにより短絡状態であるのに対して、接触した後は、細孔3が細胞20の脂質二重層21で塞がれるので、実質的に絶縁状態になるので、細胞接触を確認できる。細胞接触が確認されたら、突起12,13に連結されたキャピラリー14,15によるバッファの供給を制御して、バッファの供給を上回る吸引をすることでバッファ室8内を陰圧にすることにより、細胞20は細孔3にしっかりと固定される。
【0020】
次に、背面板10の突起12,13に取り付けられたキャピラリー14,15に連結されているマイクロシリンジポンプを用いて、バッファ室8内にストレプトリシンOを注入する。ストレプトリシンOは細孔3を介して、細胞20の脂質二重層21のうち細孔3に接している部分に作用して、この部分のみを半透膜化する。半透膜化とは細胞骨格は残っているが、脂質二重層21に穴が開いた状態である。ストレプトリシンOの反応条件は、例えば、Fumi Kano, Y. Sako et al、Reconstraction of Brefeldin A-induced Golgi Tubulation and Fusion with the Endoplasmic Reticulum in Semi-Intact Chinese Hamster, Molecular Biology of the Cell 11,3073-3087(2000)に開示されている技術をベースに細胞の種類に応じて改変する。たとえば、卵巣細胞ではストレプトリシンO(60ng/ml)、115mM酢酸カリウム、2.5mM MgCl,1mMジチオスレイトール、2mM EGTAを含むpH7.4の25mMHEPES緩衝液で4℃10分間である。その後、115mM酢酸カリウム、2.5mM MgCl,1mMジチオスレイトール、2mM EGTAを含むpH7.4の25mMHEPES緩衝液(32℃)で洗浄する。この間、細胞20は、液滴のバッファ内にあるので細胞20へのダメージは少ない。
【0021】
以下、このようにして構成された、部分的な半透膜を有する細胞を固定した細胞チップ100の使用法を説明する。
【0022】
キャピラリー14から、特定のmRNAの一部である短鎖のRNAをバッファ室8内に流入させる。このRNAの一部は細孔3から半透膜を通して細胞20内に取り込まれる。通常、RNAは、細胞20内に導入された場合、RNaseの攻撃を受け速やかに消失する。しかし、実施例1の細胞チップ100では、キャピラリー14から、連続的に、バッファ室8内に新鮮なRNAが供給されるから、細胞20内のRNAは細孔3に細い矢印で示すように、半透膜を通して細胞20とバッファ室8とで平衡状態を形成する。このため、常に一定量のRNAを細胞内に保持することができる。これはRNAに限らず、DNAないしRNAないしそれらの誘導体でも同様である。
【0023】
このようにしてRNAを細胞20内に入れる前と入れた状態で、電極4と5の間の電流値をモニターする。細胞に導入されたRNAが細胞二重膜21のトランスポーターに影響があるものであれば、細胞二重膜21に存在するイオンチャンネルがカップルし、イオンの膜輸送に変動が現れ、電極4と5の間に電流が流れる。すなわち、細胞内に物質を導入し、それが細胞に与える影響をモニターできる。これはRNA以外にも、化学物質や、タンパク質の影響測定にも利用できる。
【0024】
あるいは、ストレプトリシンOに晒されない、液滴側の細胞二重膜21が存在する側で、液滴に種々の化学物質を添加し、トランスポーターを介してこれを細胞20内に導入させ、それが細胞に影響を与える状況を電極4,5間の電位差などで知ることができる。すなわち、バイオアッセイが可能である。
【0025】
図2(a)−(g)は実施例1の細胞固定基板1を半導体技術を利用して形成する処理の概要を説明する図である。図2(a)−(g)は左側に断面図、右側にそれに対応する平面図を示す。
【0026】
まず、図2(a)に示すように、所定の結晶軸を持つシリコン基板1を準備し、その一面にマスク31を施し、突起3を作成する位置に、マスク31を除去した窓32を形成する。図2(b)に示すように、エッチング処理をして、四角錐33に対応する部分を除去する。次に、図2(c)に示すように、マスク31を除去し、シリコン基板1の他面にマスク34を施し、突起3を作成する位置に、マスク34を除去した窓を形成しこれにより断面三角の凹部35,36を形成する。凹部35,36は、平面図から分かるように、四角錐33に対応する連続した凹部である。次に、図2(d)に示すように、凹部35,36で囲まれた位置に、マスク37を設けて、窓38を開ける。次に、図2(e)に示すように、この窓38を利用して基板1の対応部分に細孔3を開ける。このとき、併せて、凹部35,36の周辺部の基板1にもエッチングを施して突起2を形成する。次に、図2(f)に示すように、基板1の突起2のある面に電極4を形成する。この電極4はアルミの蒸着層とする。次に、図2(g)に示すように、電極4の両端部を除く、ほぼ全面をポリイミドの絶縁層6で覆う。次いで、基板1の他の面に電極5を形成する。この電極5は白金の蒸着層とし、電極5の両端部を除く、ほぼ全面をポリイミドの絶縁層7で覆う。かくして、細胞チップ100の細胞固定基板1が形成される。ここでは、半導体技術に関する詳細なデータは省略したが、当業者は容易に実施できる。
【0027】
同様にして、背面板10も半導体技術によるシリコン基板の加工により形成することができる。そして、細胞固定基板1と背面板10とを貼り合わせて、細胞チップ100が構成される。
【0028】
(実施例2)
実施例1は単一の細胞を細胞チップの細孔部分に固定し、細孔部分の細胞膜のみを半透膜化してバイオアッセイの可能な細胞チップを説明した。しかしながら、多細胞生物においては、細胞は単独で機能しているケースはまれで、周囲の細胞と強調しながら全体として機能している。このような多細胞系はお互いに種々化学物質を用いて情報のやり取りを行っているものと考えられる。多くの場合このような化学物質は微量で、生きた細胞からの逐次解析は困難なのが実情である。実施例2では、周囲の細胞と協調しながら全体として機能している細胞群について、模擬的に、バイオアッセイを可能とする細胞チップを提案する。実施例2でも、細胞を実施例1の細孔部分に固定し、細孔部分の細胞膜のみを半透膜化してバイオアッセイのを可能とするものである点においては、実施例1と同じである。
【0029】
図3は、実施例2による細胞チップとその細孔部分に固定される細胞との関係の概要を示す断面図である。
【0030】
図3において、200は実施例2による細胞チップであり、細胞固定基板41と背面板51および側壁板61,62より構成される。なお、側壁板は図示されていない紙面の背後方向および手前方向にも設けられる。これらで囲われた空間は、実施例1と同様、バッファ室71を形成する。
【0031】
細胞固定基板41には細孔43が形成される。これらは、実施例1の細胞固定基板1、細孔3と対応する。実施例2の細胞固定基板41は、実施例1の細胞固定基板1と異なり、突起2は形成されておらず、多数の細孔3が形成されている。これは、細胞固定基板41の面上に、多数の細胞を配列させ、これらの細胞同士で協調しながら全体として機能している細胞群を構成させるためである。図の例では、4個の細孔43が構成されている例が示されているが、これをもっと多くすることは容易である。細胞固定基板41は、例えば、全体の大きさは10×10mm程度である。厚さは、例えば、100μmである。細孔43は2ないし5μmφとし、これを8μmピッチで配列する。細胞固定基板41の細孔3の位置には、それぞれ、細胞20が配列される。すなわち、細胞20が8μmピッチで配列される。
【0032】
背面板51は、細胞固定基板41と同一の大きさで、細胞固定基板41に対向して、例えば、1mm離して配置される。細胞固定基板41と背面板51とは、側壁板61,62および図示されていない紙面の背後方向および手前方向の側壁板により、所定の位置関係に保持されるとともに、これらによって囲われた空間をバッファ室71とする。側壁板61,62には、実施例1と同様、貫通孔を有する突起63,64が形成される。突起63,64には、キャピラリー(図示しない)を取り付けることができ、これを、マイクロシリンジポンプ(図示しない)に連結することができ、バッファ等を供給することができる。背面板51には、細孔43に対応する位置に突起52が形成される。この突起52は、実施例1の突起11と同様、バッファ室71供給されたバッファの流れを乱し、細孔43の方に流れるようにするために設けられる。また、背面板51のバッファ室71内の面には電極53が設けられる。電極53の引き出し線54は絶縁線とされて、バッファ室71の外部に引き出される。
【0033】
図4(a)−(d)は実施例2の細胞固定基板41を半導体技術を利用して形成する処理の概要を説明する図である。図4(a)−(c)は左側に断面図、右側にそれに対応する平面図を示す。図4(d)の平面図は図4(c)のそれと同じであるので、省略した。
【0034】
まず、図4(a)に示すように、所定の結晶軸を持つシリコン基板1を準備し、その一面にマスク31を施し、細孔3を作成する位置の凹部に、マスク31を除去した窓32を形成する。図4(b)に示すように、エッチング処理をして、四角錐33に対応する部分を除去する。次に、図4(c)に示すように、マスク31を除去し、シリコン基板1の他面にマスク34を施し、細孔43を作成する位置に、マスク34を除去した窓35を形成する。図4(d)に示すように、エッチング処理をして、細孔43を形成する。かくして、細胞チップ200の細胞固定基板41が形成される。ここでは、半導体技術に関する詳細なデータは省略したが、当業者は容易に実施できる。
【0035】
同様にして、背面板51、側壁板61,62も半導体技術によるシリコン基板の加工により形成することができる。そして、細胞固定基板41と背面板51および側壁板61,62とを貼り合わせて、細胞チップ200が構成される。
【0036】
図2(g)の平面図と図4(c)の平面図とを比較して明らかなように、実施例1の細胞チップ100は1個の細胞を対象にしてバイオアッセイを行うのに対して、実施例2の細胞チップ200は4×4個の細胞を配列してバイオアッセイを行うことを可能にしたものである。細胞チップ200を培養皿に入れ、適当な培養液に浸した状態で、例えば、上皮細胞20を細胞チップ200の細胞固定基板41上で培養すると、必然的に、細胞固定基板41上に単層の細胞シートが構成される。図3は、破線で細胞チップ200と培養された細胞シートが培養液の領域にあることをイメージとして示すとともに、細胞チップ200の細胞固定基板41上に単層の細胞シートが形成されている状態を断面図で示すものである。図3では、細孔43を細胞配列のピッチに対応するように設けたものとしたが、細胞間隔(例えば、8μm)に比べて十分な密度、たとえば5μmピッチで細孔43を設ければ、細胞のサイズに係わらず、細胞固定基板41上に構成された単層の細胞シートのほぼすべての細胞に細孔が配されることになる。勿論、細胞のサイズに対応した細孔43が配置された細胞固定基板41上に、予め、アガロースマイクロチャンバーアレーなどで一定間隔になるように細胞を培養してもよい。さらに、任意の細胞を配列して、細胞シートにしても良い。なお、図3の細胞20に関して、21で示すのは細胞二重膜、22は細胞質、23は細胞二重膜に存在するトランスポーターである。
【0037】
まず、実施例2においても、顕微鏡で観察しながら、実施例1と同様に、側壁板61,62の突起63,64を介してバッファをバッファ室71に供給する。培養皿の培養液に浸した電極55とバッファ室71内の電極53との間の電気伝導度を監視していると、細胞20による細胞シートがしっかりと細胞固定基板41上に固定されていないときには、培養皿の培養液に浸されている電極55とバッファ室8内に露出している電極54とはバッファにより比較的電気伝導度が小さい。この状態では、突起61,62の貫通孔を介して、太い矢印で示すように、供給されるバッファを制御して、バッファの供給を上回る吸引をすることでバッファ室71内を陰圧にすることにより、細胞シートは細胞固定基板41上に固定される。
【0038】
ここで、実施例1と同様に、バッファ室71内にストレプトリシンOを注入する。ストレプトリシンOは細孔43を介して、細胞20の脂質二重層21のうち細孔43に接している部分に作用して、この部分のみを半透膜化する。これにより、細孔43に対応する部分のみが半透膜とされた細胞を有する細胞チップが得られる。
【0039】
以下、このようにして構成された、部分的な半透膜を有する細胞を固定した細胞チップ200の使用法を説明する。
【0040】
突起61,62の貫通孔を介して、太い矢印で示すように、特定のmRNAの一部である短鎖のRNAをバッファ室71内に流入させる。このRNAの一部は細孔43から半透膜を通して細胞20内に取り込まれる。通常、RNAは、細胞20内に導入された場合、RNaseの攻撃を受け速やかに消失する。しかし、実施例2の細胞チップ200では、突起61,62の貫通孔から、連続的に、バッファ室71内に新鮮なRNAが供給されるから、細胞20内のRNAは細孔43に細い矢印で示すように、半透膜を通して細胞20とバッファ室71とで平衡状態を形成する。このため、常に一定量のRNAを細胞内に保持することができる。
【0041】
このようにしてRNAを細胞20内に入れる前と入れた状態で、電極54と55の間の電流値をモニターする。細胞シートを構成する細胞に導入されたRNAが細胞二重膜21のトランスポーター23に影響があるものであれば、細胞二重膜21に存在するイオンチャンネルがカップルし、イオンの膜輸送に変動が現れ、電極54と55の間に電流が流れる。すなわち、細胞内に物質を導入し、それが細胞に与える影響をモニターできる。これはRNA以外にも、化学物質や、タンパク質の影響測定にも利用できる。
【0042】
あるいは、ストレプトリシンOに晒されない、培養皿側の細胞二重膜21が存在する側で、培養液に種々の化学物質を添加し、トランスポーターを介してこれを細胞20内に導入させ、それが細胞に影響を与える状況を電極54,55間の電位差などで知ることができる。すなわち、バイオアッセイが可能である。
【0043】
あるいは、培養皿に白抜きの三角で示す化学物質を添加すると、トランスポーター23を介して細胞内に化学物質が薄い塗りつぶしの三角で示すように取り込まれる。トランスポーター23を貫く矢印は、化学物質が通過することをイメージするためのものである。取り込まれた化学物質は半透膜化した部分を通過し、細孔43よりバッファ室71に黒の塗りつぶしの三角として溶出する。これを突起62の貫通孔を介して回収することにより、細胞の化学物質に対する反応を評価することができる。
【0044】
本明細書において、生化学物質というのは、アミノ酸、ジペプチド、トリペプチドなどのオリゴペプチド、タンパク質などのポリペプチド、核酸、mRNAなどのRNA、単糖、2単糖やオリゴ糖、多糖類などの糖類、ステロイドなどのホルモン類、ノルアドレナリン、ドーパミン、セロトニンなどの神経伝達物質、そのほか内分泌攪乱剤、各種薬剤、カリウム、ナトリウム、塩化物イオン、水素イオンなど生命現象にかかわる物質一般を指す。このように生化学物質とは多種多様な性質を持つものである。したがって、これらの細胞に対する影響を、細胞に直接作用させて、評価できるのは、きわめて有用である。
【0045】
たとえば、トランスポーターであるSLC6A1を強制発現させた細胞で上記チップを作成するとγ−アミノ酪酸の検出に有用である。SLC6A2を強制発現したものはノルアドレナリン、SLC6A4ではセロトニン、の測定に利用できる。SLCO3A1ではプロスタグランジン、SLC6A5ではグリシンの測定に利用できる。
【0046】
さらに本発明のチップを用いると、物質を精製することができる。たとえば、ドーパミンのトランスポーターを上記手法により強制発現させた細胞を図3記載のチップ200のようにチップ上にアレー状に整列させる。各細胞は細孔に接する部分だけ半透膜化している。チップにドーパミンやその誘導体などを含む試料溶液を添加し、電極54と電極55に電圧をかける。すると、目的のドーパミンあるいはその類似体が細胞膜を通過して回収される。まったく異なる構造のものは膜を通過しない。もちろん、その他の物質に対するトランスポーターを介して他の物質も回収されるが、関連するトランスポーターの数の差が大きいので実質的に目的物質が回収される。同様な精製をアミノ酸や糖などでも行うことができる。特に、トランスポーターに立体異性を識別できるようなものを強制発言させれば、たとえば、合成アミノ酸(DL混合物)からL体のみを少ないエネルギーで精製できる。
【0047】
このように、本発明を用いれば、化学物質のアッセイのみならず、化学物質の精製などの物質生産に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】実施例1による細胞チップとその細孔部分に固定される細胞との関係の概要を示す断面図である。
【図2】(a)−(g)は実施例1の細胞固定基板1を半導体技術を利用して形成する処理の概要を説明する図である。
【図3】実施例2による細胞チップとその細孔部分に固定される細胞との関係の概要を示す断面図である。
【図4】(a)−(d)は実施例2の細胞固定基板41を半導体技術を利用して形成する処理の概要を説明する図である。
【符号の説明】
【0049】
1,41…細胞固定基板(シリコン基板)、2…突起、3,43…細孔、4,5…電極層、6,7…絶縁層、8,71…バッファ室、10,51…背面板、11,12,13,63,64…突起、14,15…キャピラリー、20…細胞、21…細胞の脂質二重層、31,34,37…マスク、32,38…窓、33…四角錐、35,36…凹部、53…電極、54…引き出し線、61,62…側壁板、100,200…細胞チップ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一つの面を細胞を固定するための面とした細胞固定基板、該基板の細胞固定部分に設けられた細胞より小さい径の細孔、前記細胞固定基板の前記細孔の位置で細胞を固定するための面の裏面に構成されたバッファ室を備え、前記バッファ室にはバッファ等の液体を連続的に供給可能としたことを特徴とする細胞チップ。
【請求項2】
前記細胞固定基板の細胞を固定するための面の前記細孔の位置に液滴を付加して細胞を固定した場合に、前記液滴と前記バッファ室との間の電気伝導度あるいは流れる電流を計測するための電極を備える請求項1記載の細胞チップ。
【請求項3】
前記電極が前記細胞固定基板の両面に形成されている請求項2記載の細胞チップ。
【請求項4】
前記細孔を複数個有し、細孔間の間隔が前記細胞固定基板に固定される細胞の間隔より小さいものとされた請求項1または2記載の細胞チップ。
【請求項5】
一つの面を細胞を固定するための面とした細胞固定基板、該基板の細胞固定部分に設けられた細胞より小さい径の細孔、前記細胞固定基板の前記細孔の位置で細胞を固定するための面の裏面に構成されたバッファ室を備え、前記バッファ室にはバッファ等の液体を連続的に供給可能とされた細胞チップの前記細胞固定基板に固定された細胞をバッファ液中に置き、前記バッファ室にストレプトリシンOを供給して前記細孔の位置の細胞の脂質二重膜を半透膜化することを特徴とする細胞改変方法。
【請求項6】
前記ストレプトリシンOの供給後、前記バッファ室に任意のDNAないしRNAないしそれらの誘導体を添加する請求項5記載の細胞改変方法。
【請求項7】
一つの面を細胞を固定するための面とした細胞固定基板、該基板の細胞固定部分に設けられた細胞より小さい径の細孔、前記細胞固定基板の前記細孔の位置で細胞を固定するための面の裏面に構成されたバッファ室を備え、前記バッファ室にはバッファ等の液体を連続的に供給可能とされた細胞チップの前記細胞固定基板に固定された細胞をバッファ液中に置き、前記バッファ室にストレプトリシンOを供給して前記細孔の位置の細胞の脂質二重膜を半透膜化して細胞を改変し、該改変された細胞の周囲のバッファに任意の化学物質を添加し、前記細胞の脂質二重膜を通り抜ける化学物質を前記半透膜化している脂質二重膜より前記バッファ室に取り出すことを特徴とする化学物質取り出し方法。
【請求項8】
一つの面を細胞を固定するための面とした細胞固定基板、該基板の細胞固定部分に設けられた細胞より小さい径の細孔、前記細胞固定基板の前記細孔の位置で細胞を固定するための面の裏面に構成されたバッファ室を備え、前記バッファ室中と前記細胞を固定するための面側に電極が設けられ、前記バッファ室にはバッファ等の液体を連続的に供給可能とされた細胞チップの前記細胞固定基板に固定された細胞をバッファ液中に置き、前記バッファ室にストレプトリシンOを供給して前記細孔の位置の細胞の脂質二重膜を半透膜化して細胞を改変し、バッファ室より任意の膜タンパク質をコードするmRNAないし前記mRNA配列をコードしたベクターを細胞内に添加することで任意のペプチドを発現させた細胞チップを準備し、該改変された細胞の周囲のバッファに任意の化学物質を添加し、前記膜タンパク質に親和する化学物質を前記電極で検出することを特徴とする細胞チップ。
【請求項9】
一つの面を細胞を固定するための面とした細胞固定基板、該基板の細胞固定部分に設けられた細胞より小さい径の細孔、前記細胞固定基板の前記細孔の位置で細胞を固定するための面の裏面に構成されたバッファ室を備え、前記バッファ室中と前記細胞を固定するための面側に電極が設けられ、前記バッファ室にはバッファ等の液体を連続的に供給可能とされた細胞チップの前記細胞固定基板に固定された細胞をバッファ液中に置き、前記バッファ室にストレプトリシンOを供給して前記細孔の位置の細胞の脂質二重膜を半透膜化して細胞を改変し、前記電極間に電圧を印加し、前記固定された細胞を通過する化学物質を前記バッファ室から連続して回収する構造の細胞チップ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−129798(P2006−129798A)
【公開日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−323395(P2004−323395)
【出願日】平成16年11月8日(2004.11.8)
【出願人】(504296024)有限責任中間法人 オンチップ・セロミクス・コンソーシアム (39)
【Fターム(参考)】