説明

細胞培養によるJatropha油の製造方法

【課題】Jatropha属植物を原料として、高品質の油脂及びバイオディーゼル燃料を効率よく製造すること。
【解決手段】Jatropha属植物の細胞を培養し、得られるカルス細胞を乾燥した後、乾燥物から油脂を抽出することを特徴とするJatropha油の製造方法、及び前記Jatropha油を用いたバイオイディーゼル燃料の製造方法、ならびにJatropha属植物の細胞を培養し、得られるカルス細胞を乾燥した後、強酸-アルコール溶液を用いて直接エステル交換反応させることを特徴とするバイオディーゼル燃料の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養によるJatropha油の製造方法、及びJatropha油を用いたバイオディーゼル燃料の製造方法、ならびに前記方法によって製造されるJatropha油とバイオディーゼル燃料に関する。
【背景技術】
【0002】
環境調和型軽油代替燃料であるバイオディーゼル燃料(BDF)は、植物油脂(トリグリセリド)と短鎖のアルコールから合成される。近年、BDF生産量は著しく増大しており、その原料として廃食用油だけでなく、菜種油やパーム油などの食用油が利用され始め、原料植物油不足やその価格高騰が深刻化している。
【0003】
Jatropha属植物の1種であるナンヨウアブラギリ(Jatropha curcus)は、パーム椰子と同様、種子に30%程度の油を含んでいること、これより合成されるBDFは雲り点が低く寒冷地でも使用可能であること、微量の毒性成分を含むため非食用であることなどから、新たなBDF原料として注目されている。インドや中国では、油脂生産を目的として、ナンヨウアブラギリをプランテーションで栽培する政策が進行しつつある。現在、Jatrophaからの油脂生産は、自然栽培した植物の種子の圧搾によって行なわれている(特許文献1参照)。Jatropha属植物は荒地で育つものの、熱帯地域でしか栽培できず、結実回数も年1回、実のサイズもパームよりかなり小さい。そのため、自然栽培による油脂の生産効率は決して高いものではない。
【0004】
最近、植物培養細胞(カルス)を用いた、医薬品や色素などの有用代謝産物の生産が試みられている(特許文献2参照)が、実用化にいたった例は数例しかない。これは、分化した組織細胞から脱分化した培養細胞を誘導する際に、それまで有していた有用代謝産物の生産能が消失したり、細胞の選抜を繰り返して高生産株を樹立するために選抜を繰り返しているうちに、有用代謝産物生産能が失われてしまうためである。またJatropha属植物をはじめ、植物の油脂合成メカニズムが現時点ではほとんど明らかになっていないため、人為的に油脂合成を高める方法も見出されていない。
【0005】
【特許文献1】特開昭60−81291号
【特許文献2】特開平10−33190号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、Jatrophaを原料とする高品質の油脂及びバイオディーゼル燃料を高効率で製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、発明者らは鋭意検討し、細胞培養によるJatropha油の生産を試み、まずJatropha植物体からカルス細胞を誘導して人工環境下で安定に培養するための技術を確立させた。さらに、このカルス細胞を種々の条件で培養し、その細胞増殖量、油分含有量、組成等を検討することにより、本発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本発明は、Jatropha属植物の細胞を培養し、得られるカルス細胞を乾燥した後、乾燥物から油脂を抽出することを特徴とする、Jatropha油の製造方法に関する。
【0009】
また、本発明は、Jatropha属植物の細胞を培養し、得られるカルス細胞を乾燥した後、強酸−アルコール溶液で処理することにより直接エステル交換反応を行うことを特徴とする、バイオディーゼル燃料の製造方法に関する。
【0010】
前記方法において、用いられる細胞の形態は特に限定されないが、葉または茎に分化させた細胞が好ましく、葉に分化させた細胞がより好ましい。
【0011】
カルス誘導後、細胞は液体培地を用いて攪拌培養することが好ましい。培地には、植物ホルモンとして、2、4−フェノキシジクロロ酢酸、2、4、5―トリクロロフェノキシ酢酸、インドール酪酸、ナフタレン酢酸、ナフトキシ酢酸、フェニル酢酸、インドール酢酸などのオーキシン類や、1〜50g/Lの糖を添加して、1000〜5000ルクス(=20〜80μmol/m2/sec)の可視光(白色光あるいは波長400〜500nmの青色光)の照射下で培養することが好ましい。
【0012】
Jatropha油は乾燥させた細胞から、ハロゲン化炭化水素(クロロホルム)、脂肪族炭化水素類(ヘキサン)、脂環式炭化水素(シクロヘキサン)、芳香族炭化水素(トルエン)、アルコール類(メタノール、エタノール)、エーテル類、ケトン類などの一般的な有機溶剤を抽出溶媒として、常法にしたがって抽出される。
【0013】
本発明はまた、Jatropha属植物のカルス細胞から抽出したJatropha油も提供する。本発明のJatropha油は、従来の方法により植物体種子から抽出されるJatropha油と類似した組成を有する。たとえば可視光照射下で培養した(葉への分化を進めた)細胞から抽出した油脂の不飽和脂肪酸含有率は60〜80%(w/w)程度である。よって、この油脂をエステル交換・エステル化、あるいは炭化水素化して製造されるバイオディーゼル燃料は、通常のJatropha油から製造されるバイオディーゼル燃料と同程度の低い曇り点(5℃以下)を持つ。さらに、培養条件を最適化して葉への分化を促進させると不飽和脂肪酸含有量が高まるため、より曇り点が低く、寒冷地でも使用できるバイオディーゼル燃料を供給できる。本発明は、そのようなバイオディーゼル燃料とその製造方法も提供する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、従来の製法に比べて高い生産効率で、しかも高品質のJatropha油を製造することができる。本発明の方法で得られるJatropha油は不飽和脂肪酸の含有率が高く、それゆえ曇り点が低い高品質のバイオディーゼル燃料の原料となりうる。また、従来の製法では、種子を採取して積み上げて乾燥し、次に果皮をむいて種子を取り出してこれを炒り、粉砕した後、有機溶剤で油を抽出するという操作が必要であった。これに対し、本発明では、得られた細胞を乾燥するだけの単純な操作によりJatropha油を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
1. Jatropha属植物
Jatropha属植物は、熱帯地方原産のトウダイグサ科の潅木で、ヤトロファ・ポダグリカ(Jatropha podagurica:和名 サンゴアブラギリ)、ヤトロファ・ムルチフィダ(Jatropha multifida:和名 サケバヤトロファ)、ヤトロファ・ベルランディエリ(Jatropha berlandieri:和名 ニシキサンゴ)、ヤトロファ・インテゲリマ(Jatropha integerrima:和名 ナンヨウサクラ)、ヤトロファ・クルカス(Jatropha curcas:和名ナンヨウアブラギリ)等がある。
【0016】
本発明で使用するJatropha属植物としては、上記のうち、ヤトロファ・ポダグリカとヤトロファ・クルカスが好ましく、なかでも、現油脂含量が多いという点で、ヤトロファ・クルカスがもっとも好適である。
【0017】
2. 細胞培養による油脂生産
2.1 カルスの誘導
まず、植物体からカルス細胞を誘導する。本発明では、カルスの誘導に用いる植物片はどの部位のものであってもよいが、とくに葉か茎(の部位)が好ましく、茎がより好ましい。
【0018】
カルスの誘導は、当該分野で通常用いられる方法にしたがい、分離した植物片をエタノール、次亜塩素酸ナトリウム、過酸化水素水等で滅菌した後、小片に切り分け、適当な固形培地で暗黒下で静置培養することにより行なう。
【0019】
用いられる培地としては、Murashige and Skoog (MS)培地、Linsmaier Skoog培地、Gamborg’s B-5培地、Euwens’s Y-3培地、Woody Plant Medium培地、White培地等、植物細胞培養に通常用いられる培地を挙げることができる。
【0020】
培地には、植物の成長調整剤として、植物ホルモン:オーキシン類(インドール酢酸、インドール酪酸、ナフタレン酢酸、ナフトキシ酢酸、フェニル酢酸、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)、2,4,5-トリクロロフェノキシ酢酸(2,4,5-T)等)、サイトカイニン類、ジベレリン等を適宜加えてもよい。とくに、オーキシン類が好ましく、なかでも、適度な分化調節作用の点で2,4-ジクロロフェノキシ酢酸が好ましく、濃度0.1〜10 mg/L程度になるように添加するとよい。
【0021】
さらに、培地には炭素原として、スクロース、マルトース、ラクトース等の二糖類、グルコース、フルクトース、ガラクトース等の単糖類、デンプン等の適当な糖源を加する。とくに、グルコースが細胞への取り込み速度が速いという点で好ましく、濃度は1〜50g/L、好ましくは20〜40g/L程度になるように添加する。
【0022】
上記のほか、必要に応じて、無機成分、ビタミン類、アミノ酸等を添加してもよい。無機成分としては、例えばリン、窒素、カリウム、カルシウム、マグネシウム、イオウ、鉄、マンガン、亜鉛、ホウ素、銅、モリブデン、塩素、ナトリウム、ヨウ素、コバルト等が挙げられる。またビタミン類としては、例えばビオチン、チアミン(ビタミンB1)、ピリドキシン(ビタミンB6)、パントテン酸、イノシトール、ニコチン酸等が挙げられる。アミノ酸類としては、例えばグリシン、フェニルアラニン、ロイシン、グルタミン、システイン等が用いられる。
【0023】
培地には、寒天等のゲル化剤を適宜添加して固形培地として調整する。培養は、この固形培地を用いて、10℃〜35℃、暗黒下で7〜28日程度行ない、カルスがある程度成長したら、新しい固形培地に植え替え、さらに7〜28日程度培養する。
【0024】
一般に木に近い植物のカルス誘導は困難であるが、上記の工程により草木性双子葉類であるJatrophaのカルスは容易に誘導できる。
【0025】
2.2 カルスの培養
誘導したカルスは、液体培地に移して、回転(振盪)培養によりさらに増殖させる。用いる培地は、ゲル化剤を含まない液体培地であることを除けば、その組成はカルスの誘導で用いた固形培地と同じでよい。
【0026】
すなわちMurashige and Skoog (MS)培地、Linsmaier Skoog培地、Gamborg’s B-5培地、Euwens’s Y-3培地、Woody Plant Medium培地、White培地等の植物細胞培養に通常用いられる培地に、植物の成長調整剤としての植物ホルモン:オーキシン類、サイトカイニン類、ジベレリン等、炭素原としての糖類、デンプン等、無機成分、ビタミン類、アミノ酸等を添加したものを用いる。
【0027】
培養は、通常10℃〜35℃、好ましくは20℃〜30℃で行なう。
【0028】
また培養は、暗黒下よりも光照射下で行なうほうが、得られる油脂の分量や構成の点で好ましい。光の照射条件としては、可視光(白色光あるいは青色光)を1000〜5000ルクス(=20〜80μmol/m2/sec)程度の強度で照射することが好ましく、青色光(400〜500nm)の照射がより好ましい。
【0029】
2.3 カルス細胞からの油脂の抽出
適当な大きさに増殖したカルスは、油脂抽出のため凍結乾燥させる。凍結乾燥させたカルスは、適当な溶媒(ハロゲン化炭化水素(クロロホルム)、脂肪族炭化水素類(ヘキサン)、脂環式炭化水素(シクロヘキサン)、芳香族炭化水素(トルエン)、アルコール類(メタノール、エタノール)、エーテル類、ケトン類などの一般的な有機溶剤)に浸漬させ、油脂の抽出を行なう。抽出された油脂は、常法にしたがい、細胞を除去し、溶媒を蒸発させて単離する。
【0030】
2.4 カルス由来の油脂
本発明の方法で得られるJatropha油は、従来の自然栽培による種子から抽出したJatropha油と類似した組成を有し、不飽和脂肪酸の含有率が高い(60-80%(w/w)程度)。ちなみに、自然栽培による種子から抽出したJatropha油の組成(特開昭60-81291、特開平9-59668参照)を示すと以下のようである:オレイン酸(20-63%)、リノール酸(0-55%)、リノレイン酸(19-40%) パルミチン酸(12-17%)、ステアリン酸(5-7%)。
【0031】
カルス細胞は、暗黒下よりも可視光照射下、さらには青色光照射下で培養すると、油脂の含有量や、不飽和脂肪酸の含有率が一層増加する。そのため、より曇り点が低く、寒冷地でも使用できるバイオディーゼル燃料を供給できる。
【0032】
3. バイオディーゼル燃料の製造方法
3.1 脂肪酸エステル合成
上記した方法によって得られたJatropha油は、C1〜C5の低級アルコール(好ましくはメタノール)と反応させて、エステル交換あるいはエステル化することにより、バイオディーゼル燃料となる脂肪酸エステルを製造することができる。
【0033】
低級アルコールとしては、一般にメタノールやエタノールが用いられ、とくにメタノールが当該分野で汎用されている。
【0034】
エステル交換やエステル化は、当該分野で通常用いられる方法にしたがい、適当な触媒:例えば硫酸、塩酸、フッ酸などの酸触媒、水酸化カリウム、水酸化ナトリウムなどのアルカリ触媒、酵母菌体、酵素(リパーゼ)等の生物系触媒、酸化カルシウム、イオン交換樹脂、チタン酸バリウム等の固体触媒を用いて行なうことができる。あるいは、超臨界法・亜臨界法や超高圧法等により無触媒で行なうこともできる。
【0035】
エステル交換によるバイオディーゼルの製法については、多くの方法が知られているが、発明者らが開発した方法(特開2006-104316、特開2007-297611)は均相アルカリ触媒の欠点である触媒分離工程をカットでき、イオン交換樹脂の単位重合あたり、および、時間あたりの脂肪酸エステルの生成量が多いという点で優れている。この方法は、陰イオン交換樹脂を用いる不均相エステル交換反応において、油脂とアルコールのモル費を1/30〜1/1という特定範囲に制御し、強塩基性陰イオン交換体(好ましくは、pKaが9.8以下の第三級アミンを不溶性担体に化学結合したもの、例えばジメチルエタノールアンモニウム基を有するII型陰イオン交換樹脂等)を用いて行なう。
【0036】
発明者らの方法では、乾燥した細胞を強酸−アルコール溶液(5wt%HCl-エタノール溶液)中、80℃で数時間(1〜3 hr)処理(静置)することで、有機溶剤を用いた細胞からの油脂抽出操作を行わずに、直接バイオディーゼル燃料となる脂肪酸エステルを合成することができる。この方法によれば、油脂の抽出工程を省略し、簡便にバイオディーゼルを得ることができる。
【0037】
得られた脂肪酸エステルは、水洗浄、アルカリ洗浄、吸着剤処理等を行ない、さらに残留アルコールを除去し、グリセリンを比重差等で分離することにより、バイオディーゼル燃料として実用に供される。
【0038】
3.2 炭化水素化
最近、オゾン分解や触媒反応による水素添加によって、Jatropha油を炭化水素化して製造される炭化水素化バイオディーゼル燃料が、上記した脂肪酸メチルエステル(FAME)=第1世代バイオディーゼル燃料に対して、第2世代バイオディーゼル燃料として注目されている。メチルエステル化バイオディーゼル燃料が、現行では均相アルカリ触媒を使用しているためエンジンを損傷する可能性があり、排水対策が必要であるのに対し、炭化水素化バイオディーゼル燃料は、FAMEに比べて流動点、目詰まり点、動粘度、引火点が低く、燃焼時のNOx発生量も少なく、また精製工程で廃液、廃棄物が発生せず、環境負荷を低減できるといった利点もある。さらに軽油代替が可能なほか、任意の濃度で軽油と混合利用できるという利点もある。
【0039】
3.3 カルス細胞由来のバイオディーゼル燃料
本発明のJatrophaカルス細胞由来の油脂を用いて製造されるバイオディーゼル燃料は、通常の植物体種子から抽出されるJatropha油と類似した組成を有する。たとえば可視光照射下で培養した(葉への分化を進めた)細胞から抽出した油の不飽和脂肪酸含有率は60〜80%(w/w)程度である。よって、この油脂をエステル交換・エステル化、あるいは炭化水素化して製造されるバイオディーゼル燃料は、通常のJatropha油から製造されるバイオディーゼル燃料と同程度の低い曇り点(5℃以下)を持つ。さらに、培養条件を適切化して葉への分化を促進させると不飽和脂肪酸含有量が高まるため、より曇り点が低く、寒冷地でも使用できるバイオディーゼル燃料を供給できる。
【0040】
また、従来の製法では、種子を採取して積み上げて乾燥し、次に果皮をむいて種子を乾燥できるようにし、炒り、粉砕した後、有機溶剤で油を抽出するという操作が必要である。これに対し、本発明では、得られた細胞を乾燥するだけの単純な操作でJatropha油及びバイオディーゼル燃料を製造することができる。さらに、上記した発明者らの方法では、カルス細胞を乾燥後、強酸-アルコール溶液を用いて直接エステル交換反応させることで、有機溶媒による抽出工程を省いて、バイオディーゼル燃料となる脂肪酸エステルを合成することができる。
【実施例】
【0041】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0042】
1.実験方法
(1) 細胞と培地
Jatrophaには、サンゴアブラギリ(Jatropha podagurica)を用いた。培地には、一般的な植物細胞培養用のMurashige and Skoog (MS)培地を用いた。表1に培地組成を示す。植物ホルモンには2,4-フェノキシジクロロ酢酸を、炭素源にはスクロースを用いた。固体培地とする際には、0.8 %(w/w)の寒天を加えた。
【0043】
【表1】

【0044】
(2) カルスの誘導
サンゴアブラギリの植物体の茎と葉の部分を切り取り、雑菌を除去するために、70 %(v/v)エタノールに1分、1.0 %(v/v)次亜塩素酸ナトリウム水溶液に15分の順で浸漬した後、滅菌水で3回洗浄した。これをメスで植物片に切り分け、シャーレのMS固体培地上に無菌的に植え込んだ。このシャーレを28 ℃の恒温槽内で、暗黒下で静置培養した。培養10日程度で、植物片の切り口からカルス(不定形)細胞が発生したため、このカルス細胞がある程度増殖したところで、その一部を再び新しいMS固体培地に植え替えた。
【0045】
(3) 液体懸濁培養
細胞濃度を高めるために、固体培地を用いた二次元的な培養から、液体培地を用いた三次元的な培養に展開させた。固体培地上で充分に増殖したカルスの一部を、40cm3のMS液体培地を含む100 cm3三角フラスコに無菌的に接種し、28 ℃、暗黒下、回転速度100 rpmの旋回振盪器上で培養した。そして、増殖の程度を観察して任意の期間で新鮮な液体培地に植え替えた。また、10μmol/(m2・s) の光照射下でも同様に培養を行った。
【0046】
(4) 細胞の油分分析
前述の液体懸濁培養で得られた細胞を回収して湿重量を測定した後、凍結乾燥した。そして、図1に示す手順で、細胞が合成した油分に関する二通りの分析を行った。一つめの分析では、細胞の乾燥粉末に、クロロホルム-メタノール(2:1(v/v))溶液を加えて30分静置し、油分を抽出した。この溶液を遠心分離後にフィルター濾過して細胞を除去した。この濾液からエバポレーター処理で溶媒を除去した後、エタノールで溶解してUV検出器を備えたHPLCで分析した。
【0047】
二つ目の分析では、細胞が合成した油分をエステル交換、あるいはエステル化により脂肪酸エステル(BDF)に変換した後、FID検出器を備えたガスクロマトグラフィー(GC)で定性・定量分析した。細胞の乾燥粉末に5%(v/v)HCl-エタノール溶液を添加し、80℃で3時間、静置して反応させた。この溶液を遠心分離後にフィルター濾過して細胞を除去した。このサンプルに内部標準試薬としてn-ペンタデカン酸エチル(15:0)を加えてGC分析した。比較のために、親植物の葉や茎を凍結乾燥したものも分析した。
【0048】
2. 結果と考察
(1) カルス細胞の誘導結果
図2に、暗黒下で行ったカルス細胞誘導の際の植物片の写真を示す。(a)は接種時(0日目)のものであり、上半分が葉部分を切断したもの、下半分が茎を切断したものである。(b)は培養10日目のものである。下側の茎を切断したものからカルス細胞が発生していることが分かる。培養2週間後、これらのカルスの一部を新たな固体培地に植え替えた。(c)は植え替え時(0日目)、(d)は7日後のものである。1週間程度と比較的速い速度でカルス細胞が増殖していることが分かる。
【0049】
(2) 液体懸濁培養での細胞増殖挙動
図3に液体懸濁培養で得られた細胞の写真を示す。(a)は暗黒下培養した細胞、(b)は光照射下で培養した細胞である。光照射下での細胞は緑色化しており、葉への分化が進み、クロロフィルが合成されていると考えられる。
【0050】
表2に、暗黒下および光照射下で培養した各三角フラスコで得られた細胞量を示す。初期細胞摂取量は、どのフラスコでも湿重量で1.0gとした。フラスコ毎にバラツキがあるものの、暗黒下の培養では21日間で5, 6倍(湿重量基準)まで増殖した。また、光照射下では、13日間で6〜11倍(湿重量基準)まで増殖した。これより、光照射下における増殖速度の方が大きいと考えられる。
【0051】
【表2】

【0052】
(3) 液体懸濁培養での油脂生産挙動
図4(a)に、細胞からクロロホルム-メタノール溶液で抽出した油分をHPLCで分析したクロマトグラムを示す。モノグリセリド類、ジグリセリド類や植物ステロール類、トリグリセリド類のピークが観察された。図4(b)に5%(v/v)HCl-エタノール溶液で油分を反応させた後のHPLC分析結果を比較して示す。(a)で観察されたトリグリセリドやジグリセリドのピークが消失し、代わりに脂肪酸エステルのピークが出現していることが分かる。これより、HCl触媒によるエステル交換反応によって、ほとんどのトリグリセリドやジグリセリドが脂肪酸エステルに変換されたと考えられる。
【0053】
反応後のサンプルのGC-FID分析結果から、パルミチン酸(16:0, 炭素数:炭素間二重結合数)、ステアリン酸(18:0)、オレイン酸(18:1)、リノール酸(18:2)、リノレン酸(18:3)のエステルが含まれていることが分かった。表3、4に、各脂肪酸エステル濃度や組成を示す。
【0054】
【表3】

【0055】
【表4】

【0056】
表3より、合成された脂肪酸エステル総量を比較すると、暗黒下で培養された細胞の値は茎の値と近いものであり、光照射下で培養された細胞の値は暗黒下の2.5倍程度大きく、葉の値と近いことが分かる。このことからも、茎から誘導したカルス細胞が、光照射下での培養によって葉に分化していることが分かる。この脂肪酸エステル総モル量に基づき、サンプルに含まれる油分が全てトリリノレン(分子量873.3)であると仮定して、トリグリセリド含有率[wt%]を算出した。これより、暗黒下細胞の油脂含有量は0.59%と親植物の茎と同程度、光照射下細胞は1.67%となり、葉に近い値となった。この傾向は、油脂の合成に葉緑素クロロフィルが関与しているという報告とも一致していると考えられる。
【0057】
表4より、暗黒下で培養した細胞の油脂から合成された脂肪酸エステルの組成は茎と、光照射下で培養した細胞に関するエステル組成は葉と、それぞれ類似していることが分かる。
【0058】
Jatrophaの油脂は通常種子に蓄積されるものである。本発明では、このような種子に蓄積される代謝物を茎や葉から誘導したカルス培養で合成させるものであり、他に例がない。また、通常葉緑体がある植物は油脂を産生しないことが知られているが、本件では葉緑体が油脂の合成を助けていることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明によれば、細胞培養により効率よくJatropha由来の油脂やバイオディーゼル燃料を製造することができる。本発明の方法で製造される油脂は、従来の自然栽培による種子から抽出したJatropha油と類似した組成を有し、不飽和脂肪酸の含有率が高く、曇り点が低い優れたバイオディーゼル燃料の原料として有用である。
【0060】
また、得られた細胞を乾燥するだけの単純な操作で油脂を抽出でき、カルス細胞を乾燥後、強酸-アルコール溶液を用いて直接エステル交換反応させることでバイオディーゼル燃料となる脂肪酸エステルを合成することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】図1は、細胞の油分分析の手順を示す。
【図2】図2は、カルス細胞誘導時の植物片の写真を示す。
【図3】図3は、液体懸濁培養で得られた細胞の写真を示す。
【図4】図4は、反応前後のサンプルのHPLC分析結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Jatropha属植物の細胞を培養し、得られるカルス細胞を乾燥した後、乾燥物から油脂を抽出することを特徴とする、Jatropha油の製造方法。
【請求項2】
前記細胞が葉または茎由来の細胞である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
カルス誘導後、液体培地を用いて攪拌培養することを特徴とする、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
植物ホルモン、1〜50g/Lの糖を含む培地で培養することを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記植物ホルモンが2、4−ジクロロフェノキシ酢酸を含むオーキシン類である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
カルス誘導後、1000〜5000ルクスの可視光の照射下で培養することを特徴とする、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
ハロゲン化炭化水素、脂肪族炭化水素類、脂環式炭化水素、芳香族炭化水素、アルコール類、エーテル類、ケトン類から選ばれるいずれか1又は2以上を用いて抽出することを特徴とする、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
Jatropha属植物のカルス細胞から抽出したJatropha油。
【請求項9】
Jatropha属植物がヤトロファ・ポダグリカ(Jatropha podagurica)またはヤトロファ・クルカス(Jatropha curcas)である、請求項8に記載のJatropha油。
【請求項10】
総脂肪酸に対する不飽和脂肪酸の含有率が60〜80%(w/w)である、請求項9に記載のJatropha油。
【請求項11】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法によって製造されることを特徴とする、請求項8〜10のいずれか1項に記載のJatropha油。
【請求項12】
請求項8〜11のいずれか1項に記載のJatropha油をエステル化あるいは炭化水素化して製造されるバイオディーゼル燃料。
【請求項13】
Jatropha属植物の細胞を培養し、得られるカルス細胞を乾燥した後、強酸−アルコール溶液で処理して製造されるバイオディーゼル燃料。
【請求項14】
総脂肪酸に対する不飽和脂肪酸の含有率が60〜80%(w/w)で、かつ曇り点が5℃以下であることを特徴とする、請求項12または13に記載のバイオディーゼル燃料。
【請求項15】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法によって製造した油脂を、C1〜C5アルコールでエステル交換するか、あるいは炭化水素化することを特徴とする、バイオディーゼル燃料の製造方法。
【請求項16】
Jatropha属植物の細胞を培養し、得られるカルス細胞を乾燥した後、強酸−アルコール溶液で処理することを特徴とする、バイオディーゼル燃料の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−148192(P2009−148192A)
【公開日】平成21年7月9日(2009.7.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−328532(P2007−328532)
【出願日】平成19年12月20日(2007.12.20)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】