説明

絶縁電線およびその製造方法

【課題】鉛フリー用のリフロー炉に絶縁電線を通しても絶縁皮膜にダメージがなく、且つ製造コストが下げられるように高速製造が可能で、かつ電線特性上優れた結晶性樹脂を絶縁樹脂として用いた耐熱絶縁電線を提供すること。
【解決手段】導体上または絶縁電線上に絶縁樹脂を押出しにより被覆した耐熱絶縁電線であって、該絶縁樹脂は液晶ポリマーを含むものである絶縁電線。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は電子・電気機器に使用される絶縁電線に関し、特に耐リフロー性と可とう性に優れた耐熱絶縁電線に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電子・電気機器に使用される多層絶縁電線をはじめとする絶縁電線は、基板実装後にリフロー炉を通して半田で接合する。従来、このリフロー炉の加熱温度は半田温度の関係で260℃前後が主流であった。しかし近年、環境問題の影響でPb−Sn系半田に代わり、鉛フリー半田が主に使用されるようになってきている。この鉛フリー半田は融点が従来の半田より約20℃高いため、絶縁被覆層としてポリエチレンテレフタレートや6,6ナイロンなどのような融点が約260℃の樹脂を使用した電線では、基盤実装後のリフロー加工で絶縁被膜にダメージを与えてしまうことが多々生じるものであった。
また、260℃を超える融点を持つ樹脂で、且つ電線特性の上で適している結晶性樹脂としてはフッ素樹脂などが挙げられるが(例えば、特許文献1参照)、電線製造時の被覆工程で線速が上げられない、樹脂コストが高いといった問題があり、実用化は困難であった。
【特許文献1】特開平6−103824号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、上記のような問題点に鑑み、鉛フリー用のリフロー炉に絶縁電線を通しても絶縁皮膜にダメージがなく、且つ製造コストが下げられるように高速製造が可能で、かつ電線特性上優れた結晶性樹脂を絶縁樹脂として用いた耐熱性に優れた絶縁電線を提供することを目的とする。
さらに本発明は、可とう性にも優れた耐熱絶縁電線を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは上記課題に鑑み鋭意検討した結果、導体上に押出被覆する絶縁樹脂として液晶ポリマーを採用するのが良いとの知見を得、この知見に基づいて本発明をなすに至った。
すなわち、本発明は、
(1)導体上または絶縁電線上に絶縁樹脂を押出しにより被覆した耐熱絶縁電線であって、該絶縁樹脂が液晶ポリマーを含むことを特徴とする絶縁電線、
(2)前記液晶ポリマーが、次の式[1]からなる繰り返し単位と式[2]からなる繰り返し単位を有してなることを特徴とする(1)記載の絶縁電線、
【0005】
【化1】

【0006】
(3)前記絶縁樹脂は、液晶ポリマー100質量部に対し、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンテレフタレートおよびポリエチレンナフタレートのいずれかのポリエステル樹脂単体またはポリエステル樹脂混合物を20質量部以下配合したことを特徴とする(1)または(2)記載の絶縁電線、
(4)前記液晶ポリマーを含む絶縁層の厚さが150μm以下であることを特徴とする(1)〜(3)のいずれか1項記載の絶縁電線、および、
(5)前記導体または絶縁電線の予熱温度を150℃以上にし、前記液晶ポリマーを含む絶縁樹脂を押出し被覆することを特徴とする(1)〜(4)のいずれか1項記載の絶縁電線の製造方法、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0007】
本発明の絶縁電線は、耐熱性が優れており、鉛フリーのリフロー炉に通しても絶縁皮膜にダメージが生ずることは殆どない。そして、電線特性上優れた結晶性樹脂を絶縁樹脂として用いて高速押出し被覆が可能で、製造コストが下げられた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明の絶縁電線の好ましい実施の態様について、詳細に説明する。
本発明で被覆する絶縁樹脂は、液晶ポリマーを含有するものである。採用する液晶ポリマーは、その分子構造、密度、分子量等を特に規定するものではなく、溶融したときに液晶を形成する溶融液晶性ポリマー(サーモトロピック液晶ポリマー)であり、その溶融液晶性ポリマーとしては、溶融液晶性ポリエステル系共重合体が用いられる。
このような溶融液晶性ポリエステルとしては、(I)長さの異なる剛直な直線性のポリエステル2種をブロック共重合して得られる剛直さ成分同士の共重合型のポリエステル、(II)剛直な直線性のポリエステルと剛直な非直線性のポリエステルをブロック共重合して得られる非直線性構造導入型のポリエステル、(III)剛直な直線性のポリエステルと屈曲性のあるポリエステルの共重合による屈曲鎖導入型のポリエステル、(IV)剛直鎖で直線性のポリエステルの芳香族環上へ置換基を導入した核置換芳香族導入型ポリエステルがある。
【0009】
このようなポリエステルの繰り返し単位としては、次のa.芳香族ジカルボン酸に由来するもの、b.芳香族ジオールに由来するもの、c.芳香族ヒドロキシカルボン酸に由来するものを挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【0010】
a.芳香族ジカルボン酸に由来する繰り返し単位:
【0011】
【化2】

【0012】
【化3】

【0013】
b.芳香族ジオールに由来する繰り返し単位:
【0014】
【化4】

【0015】
【化5】

【0016】
c.芳香族ヒドロキシカルボン酸に由来する繰り返し単位:
【0017】
【化6】

【0018】
押出被覆工程での操業性、耐熱性、絶縁皮膜の力学的特性等のバランスから、液晶ポリマーは下記の繰り返し単位を含むものが好ましく、さらに好ましくはこの繰り返し単位を全体の少なくとも30モル%以上含むものである。
【0019】
【化7】

【0020】
好ましい繰り返し単位の組み合わせは上記(I)〜(IV)に記載するものであるが、具体的に例示すると次のそれぞれの式からなる繰り返し単位の組み合わせが挙げられる。
【0021】
【化8】

【0022】
【化9】

【0023】
【化10】

【0024】
【化11】

【0025】
【化12】

【0026】
【化13】

【0027】
このような液晶ポリエステルの製造方法については、例えば、特開平2−51523号公報、特公昭63−3888号公報、特公昭63−3891号公報等に記載されている。これらの中で、[化8]、[化9]、[化12]に示す組み合わせのものが好ましく、さらに好ましくは[化12]に示す組み合わせのものが挙げられる。
【0028】
液晶ポリマーは流動化温度が300℃以上であり、本発明で使用する絶縁樹脂はその流動化温度が鉛フリー用リフロー炉の加熱温度より高いため、リフロー加工時に絶縁被膜が損傷することはない。また溶融時の粘度も従来使用されているポリエチレンテレフタレートや6,6ナイロンの粘度以下であるため、高速での押出し被覆処理が可能となり、低コストで電線製造ができる。
また、液晶ポリマーは成型加工後に樹脂の配向性が生じ、特に電線加工の際には電線の長さ方向に分子が配向するため、電線の太さ方向には力学的に極めて強い電線を製造することが可能になる。
【0029】
ところが、液晶ポリマー皮膜は、逆に伸びが数%と極めて低い特徴があり、電線を小さい曲率半径で曲げると皮膜に亀裂を生じるというように可とう性に問題がある。そこで、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレートなどの汎用ポリエステルを液晶ポリマーに配合することで皮膜の伸びを改善し、可とう性を良好にすることが可能になることを確認した。これらポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンテレフタレートおよびポリエチレンナフタレートは、それぞれ単独で配合しても、またその2種以上を混合して配合してもよい。
ただし、液晶ポリマー100質量部に対し、20質量部を超える量のこれらポリエステルを配合すると、樹脂組成物の融点の低下が大きくなり、また、皮膜の耐熱性の低下も起こるようになり、本発明の耐熱性の絶縁電線の目的を達成することができなくなる。
【0030】
本発明に使用する液晶ポリマーを含む絶縁樹脂には、液晶ポリマーが70質量%以上、好ましくは70〜90質量%含まれる。そして、絶縁樹脂には、上記の汎用ポリエステルのほか、電線の絶縁樹脂において一般的に用いられている各種の添加剤、例えば酸化防止剤、金属不活性剤、難燃(助)剤、紫外線吸収剤、滑剤、顔料などを本発明の目的を損なわない範囲で、必要に応じて適宜配合することができる。
【0031】
また、被膜の厚さと皮膜の伸びとの関係を検討したところ、押出し被覆した絶縁皮膜の厚さを150μm以下にすると電線の曲げによる皮膜の伸びの影響が小さくなるため亀裂の発生が抑えられることが確認された。
したがって、押出しにより形成する絶縁層の厚さは、150μm以下、好ましくは15〜50μmである。
【0032】
さらに、電線に液晶ポリマーを含む絶縁樹脂を被覆する時に、導体または絶縁電線の予熱を行い、この導体等の温度を150℃以上にしておくと、導体等と絶縁樹脂との密着力を上げることができ、電線の曲げによる皮膜の伸びの影響が小さくなるため、皮膜の亀裂の発生が抑えられることが確認された。
本発明の液晶ポリマーを含む絶縁樹脂を押出し被覆する場合には、線速100〜500m/分と従来の押出し被覆速度に比べ高速で行うことができるので、電線の製造速度が極めて速く、また、液晶ポリマーはフッ素樹脂等に比較すると樹脂コストが低いので、耐熱絶縁電線の製造コストを低くできる。
【実施例】
【0033】
次に、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はこれに制限されるものではない。
[実施例1]
各実験番号は、0.4mmφの銅線を下記表に示す予熱温度(「常温」は25℃を表す)とし、下記[化14]に示すそれぞれの式からなる繰り返し単位の組み合わせを有する液晶ポリマー(商品名、「LC−5000F」、ユニチカ(株)製)、またはこの液晶ポリマーに表に示すポリエステル系樹脂を配合した絶縁樹脂を線速100m/分で押出被覆し、表示の絶縁層の厚さにした。
なお、配合したポリブチレンテレフタレートはウインテックポリマー(株)製、商品名「ジュラネックス2000」、ポリエチレンテレフタレートはウインテックポリマー(株)製、商品名「C3800」、ポリエチレンナフタレートは帝人化成(株)製、商品名「TN8065S」である。
【0034】
【化14】

【0035】
製造した樹脂被覆の耐熱絶縁電線に対し、下記の評価を行った。得られた実験番号1〜12の評価結果を表1に示す。
(1) 上昇軟化温度
JIS C3003.12(2)に従い、測定した。
(2) 可とう性
JIS C3003.8(2)に従い、1D巻付けおよび5D巻付けを行い、皮膜の表面を目視により観察した。異常がないものを「○」、亀裂はないが変形があるものを「△」、亀裂があるものを「×」とした。
(3) ヒートショック
JIS C3003.13(2)に従い試験し、皮膜の表面を目視により観察した。異常がないものを「○」、亀裂はないが変形があるものを「△」、亀裂があるものを「×」とした。
(4) 伸び
JIS C3003.20に準拠し、標線間250mm、引張り速度250mm/分で試験を行った。
【0036】
【表1】

【0037】
【表2】

【0038】
表1の実験番号1のとおり、液晶ポリマーを絶縁被覆した電線は、ヒートショック性から解かるように耐熱性に優れ、被膜の軟化温度が高く、鉛フリー対応のリフロー炉に通しても問題がないことが確認できた。また、実験番号2〜5のようにポリエステル系樹脂を20質量部配合したものは、耐熱性を保持したまま伸び、可とう性を改善することができた。ただし、25質量部配合する実験番号8〜10は耐熱性が保持できないことが確認できた。
【0039】
また、絶縁層の厚さも実験番号6のように150μmであれば可とう性を保持できるが、実験番号11のように180μmにすると皮膜に亀裂が生じてしまうことを確認した。
さらに導体予熱を行い、導体と絶縁樹脂の密着力を上げることでも電線の伸び、可とう性を改善できることを確認した。実験番号7のように導体予熱温度を150℃にし、導体と絶縁樹脂の密着力を強固なものにすると耐熱性を保持したまま伸び、可とう性が改善できた。しかしながら、導体予熱温度が120℃の実験番号12では可とう性の効果はほとんど見られなかった。なお、絶縁電線上に液晶ポリマー含有絶縁樹脂を押出被覆する場合は、被覆される絶縁電線を同様に予熱することで同様の効果が得られることは言うまでもない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体上または絶縁電線上に絶縁樹脂を押出しにより被覆した耐熱絶縁電線であって、該絶縁樹脂が液晶ポリマーを含むことを特徴とする絶縁電線。
【請求項2】
前記液晶ポリマーが、次の式[1]からなる繰り返し単位と式[2]からなる繰り返し単位を有してなることを特徴とする請求項1記載の絶縁電線。
【化1】

【請求項3】
前記絶縁樹脂は、液晶ポリマー100質量部に対し、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンテレフタレートおよびポリエチレンナフタレートのいずれかのポリエステル樹脂単体またはポリエステル樹脂混合物を20質量部以下配合したことを特徴とする請求項1または2記載の絶縁電線。
【請求項4】
前記液晶ポリマーを含む絶縁層の厚さが150μm以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項記載の絶縁電線。
【請求項5】
前記導体または絶縁電線の予熱温度を150℃以上にし、前記液晶ポリマーを含む絶縁樹脂を押出し被覆することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項記載の絶縁電線の製造方法。

【公開番号】特開2008−71721(P2008−71721A)
【公開日】平成20年3月27日(2008.3.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−251770(P2006−251770)
【出願日】平成18年9月15日(2006.9.15)
【出願人】(000005290)古河電気工業株式会社 (4,457)
【Fターム(参考)】