説明

網膜障害を処置するための医薬組成物

【課題】眼障害または網膜障害を処置する方法の提供。
【解決手段】αアドレナリン受容体作用薬を含有する医薬組成物を硝子体内投与する。αアドレナリン受容体作用薬は、式I:


[式中、2-イミダゾリニルアミノ基はキノキサリン環骨格の5位/6位にある。x、y及びzは5位〜8位にあり、水素等から選択する。Rはキノキサリン環骨格の2位/3位にあり、水素等である。]で示される化合物もしくは薬学的に許容し得るその塩またはそれらの混合物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、哺乳動物の眼の視神経及び網膜を、有害な刺激(それら神経への、緑内障その他の病因が引き起こす上昇した眼内圧の圧迫(物理的)作用による損傷、および血流障害を含む)から保護する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
緑内障は、眼内圧の上昇により特徴付けられる眼疾患である。緑内障は、その病因により、原発性または続発性として分類されている。更に、成人の原発性緑内障は、慢性の開放隅角緑内障、または慢性の閉塞隅角緑内障であり得る。続発性緑内障は、ブドウ膜炎、眼内腫瘍または拡大した白内障のような既存の眼疾患から生じる。
【0003】
原発性緑内障の原因は、未だ充分解明されていない。その眼内圧上昇は、房水流出遮断による。慢性開放隅角緑内障においては、前房およびその解剖学的構造は正常に見えるが、房水の排出は妨げられる。急性または慢性の閉塞隅角緑内障においては、前房が浅く、透過角が狭く、虹彩がシュレンム管の入口の小柱網を閉塞し得る。瞳孔の拡張により、虹彩根部が隅角に対して前方に押されるか、または瞳孔ブロックを起こして、眼内圧上昇を急進し得る。前房隅角の狭い眼は、種々の重篤度の急性閉塞隅角緑内障に患る素因を有する。
【0004】
続発性緑内障は、後房から前房、次いでシュレンム管への房水の流れのいかなる妨害によっても起こる。前房の炎症性疾患は、膨隆虹彩における完全な虹彩後癒着を起こすことにより房水排出を妨げ得、排液路を滲出物で閉塞し得る。他の通常の原因は、眼内腫瘍、拡大した白内障、網膜中心静脈閉塞、眼の外傷、手術操作および眼内出血である。
【0005】
すべての種類を考慮すると、緑内障は、40歳を超えるすべての人の約2%に起こり、視力が急速に損われるまで何年間も無症候性であり得る。手術が指示されない場合、局所用β−アドレナリン受容体拮抗薬が、従来、緑内障処置薬物として選択されている。しかし、αアドレナリン作用薬が高眼内圧の処置に使用するための承認を待っており、これが入手可能となれば、該処置剤としておそらく主要なものとなるであろう。
【0006】
例えばDanielewiczらは、米国特許第3,890,319号及び同4,029,792号に、治療剤として、α作用薬活性を持つ種々のキノキサリン誘導体を提案している。これらの特許には、心血管系の調節剤として、次式で示される化合物が開示されている:
【化1】

[式中、2-イミダゾリン-2-イルアミノ基はキノキサリン環骨格の5位、6位、7位又は8位のいずれにあってもよい。また、x、y及びzは残りの5位、6位、7位又は8位のいずれにあってもよく、水素、ハロゲン、低級アルキル、低級アルコキシ、又はトリフルオロメチルから選択することができる。Rはキノキサリン環骨格の2位又は3位にあってもよい任意の置換基を表わし、水素、低級アルキル又は低級アルコキシでありうる]。
この本発明に有用な化合物はDanielewiczらが概説した手法に従って製造することができる。米国特許第3,890,319号及び同4,029,792号の内容は共にそのまま参考文献として本明細書の一部を構成する。
【0007】
「ネコ、ウサギ及びサルにおける比較的選択的なα作用薬(UK-14,304-18)の眼効果(Ocular Effects of a Relatively Selective Alpha-2 Agonist(UK-14,304-18)in Cats, Rabbits and Monkeys)」[J.A. Burkeら, Current Eye Rsrch., 5(9)665〜676頁(1986)]には、ウサギ、ネコ及びサルにおいて、キノキサリン誘導体が眼内圧を低下させる効力を持つことが示されている。この研究では、化合物が実験動物の眼に局所投与された。
【化2】

【0008】
緑内障の続発症の一つが視神経乳頭(optic nerve head)に対する損傷であることは古くから知られている。「カッピング」と呼ばれるこの損傷は、視神経乳頭の神経繊維の領域に陥凹をもたらす。このカッピングによる視力の喪失は進行性であり、有効な処置がなされない場合は、失明に至ることもある。
【0009】
残念ながら、薬物の投与又は房水流出を促進するための手術による眼内圧の低下は、緑内障状態における神経の損傷を未然に防ぐ上で常に有効なわけではない。この見かけ上の矛盾は、Cioffi と Van Buskirk が「前視神経の微小血管系(Microvasculature of Anterior Optic Nerve)」と題する報文[Surv. of Opthalmol. 38, Suppl., S107-16頁, 考察S116-17頁, 1994年5月]の中で取扱っている。その要約では次のように述べられている:
「眼内圧(IOP)が増大する疾患という緑内障の伝統的定義は、臨床状態を単純化しすぎている。正常値よりも高いIOPを持たない緑内障患者もいるし、IOPの最大限の低下にも関わらず視神経損傷が進行し続ける場合もある。緑内障の病因に関して考えうるもう1つの因子は、前視神経の局所的微小血管系の調節である。微小血管因子が重要だと考える1つの理由は、多くの微小血管疾患が緑内障性視神経障害に関係しているということである。」
【0010】
Cioffiらに続いて、Matusiは「全身性血管炎の眼科学的側面(Ophthalmologic aspects of Systemic Vasculitis)」[Nippon Rinsho, 52(8)2158〜63頁(1994年8月)]と題する報文を発表し、多くの微小血管疾患が緑内障性視神経障害に関係しているという主張をさらに裏付けた。その要約では次のように述べられている:
「結節性多発動脈炎、巨大細胞血管炎及び大動脈炎症候群などの全身性血管炎の眼に関する所見を再検討した。全身性紅斑性狼瘡は全身性血管炎には類別されないが、眼に関するその所見は微小血管症性である。そこでこの報文には、眼に関するその所見の再検討を含めた。これらの疾患において最も一般的な眼底所見は、虚血性視神経障害又は網膜血管閉塞である。そこで、視神経障害と網膜及び脈絡膜血管閉塞の診断又は病因に関するいくつかのポイントを議論する。脈絡膜虚血は、フルオレセイン血管造影法がこの病変に適用されて以来、臨床的に診断できるようになった。脈絡膜動脈が閉塞すると、上層の網膜色素上皮が損傷を受ける。これは当該上皮のバリア機能の破壊を引き起こし、体液が脈絡膜血管系から知覚下網膜区域(subsensory retinal spaces)に進入することを可能にする。これが網膜の漿液性剥離の病因である。網膜動脈閉塞は網膜血管床閉塞を形成した。このような低酸素網膜は網膜と虹彩の新血管新生を促進する血管形成因子を放出し、それらは血管新生緑内障を引き起こしうる。」
【0011】
B. Schwartzは、「高眼圧症と高眼圧開放隅角緑内障における視神経乳頭と網膜の循環性欠陥(Circulatory Defects of the Optic Disk and Retina in Ocular Hypertension and High Pressure Open-Angle Glaucoma)」[Surv. Ophtalmol., 38, Suppl., S23〜24頁, 1994年5月]において、緑内障の進行に関係する視神経と網膜の進行性欠陥の測定について議論している。この著者は次のように述べている:
「フルオレセイン欠如は視野喪失及び網膜神経繊維層喪失と有意に相関する。第2の循環性欠陥は網膜血管(特に網膜静脈)内のフルオレセイン流量の減少であり、年齢、心拡張期血圧、眼圧及び視野喪失が増大するほど、その流量が減少する。視神経乳頭と網膜の循環性欠陥は共に、処置されていない高眼圧眼に起こる。これらの観察結果は、視神経乳頭と網膜における循環性欠陥が高眼圧症及び開放隅角緑内障で起こり、この疾患の進行と共に増大することを示している。」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
したがって、眼において緑内障その他の眼の疾患の結果として視神経に起こる進行性損傷を停止又は遅延させることができる神経保護効果を持つ薬剤の開発が必要とされていることは明らかである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
哺乳動物の眼の視神経と網膜を緑内障その他の有害な刺激による損傷から保護する新しい方法を発見した。この方法は、その哺乳動物に、1又はそれ以上の一定のアリール-イミノ-2-イミダゾリジン類(本明細書に定義するもの)、その塩及びそれらの混合物の有効量を全身投与又は眼球内(intrabulbar)注射によって投与することからなる。この新しい方法は予防的処置として(すなわち、神経への損傷が起こる前、又は緑内障などの疾患の長期進行が起こる前に)適用すると、特に有効である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1は、グルタメートによる処置で死滅した細胞の割合をグルタメート処置後の日数毎に表わした棒グラフである。そのような処置をしなくても起こる細胞死を測定するために、グルタメートで処置しなかった対照も含めてある。また、AGN191103とグルタメートの両方による処置後と、MK-801とグルタメートによる処置後に測定した値も示す。MK-801は当技術分野でよく知られる神経保護剤である。グルタメート、AGN191103+グルタメート、及びMK-801+グルタメートに関する棒の真下に示す数字は、各群に使用したグルタメートと薬物の濃度である。第8日では、AGN191103とMK-801が、グルタメート誘発性神経毒性からの細胞保護に関して同程度の効果を示す。この図のデータを得る際に使用した実験法については実施例1で詳述する。
【図2】図2は、視神経繊維に関して測定した複合活動電位(CAP)のグラフである。左側の枠内は、AGN191103で処置した視神経(上側の線)と、対照として使用した非処置神経(下側の線)に関して損傷(すなわち神経圧搾(nerve crush))の2週間後に測定したもので、右側の枠内は非損傷視神経の対照CAPである。このグラフの縮尺を各枠内に記載する。損傷後横座標の目盛りは、非損傷グラフの目盛りの25倍である(単位:ミリボルトとミリ秒)。複合活動電位の値は、各曲線下の面積の積分値として計算される。曲線の不規則性は複合応答の分散の特徴である。ある神経細胞は他の神経細胞より伝導が速いので、測定される電圧の振幅が時間とともに変化する。
【図3】図3は、ラットの視神経圧搾によって損傷し、1)賦形剤のみ、2)クロニジン、及び3)AGN191103で処置した細胞に関する最大CAP振幅を、マイクロボルト(μV)で示した棒グラフである。各薬剤を4種類の濃度(試験対象の体重の倍数として投与)で試験した。それらをグラフ上の棒に表わす。その薬理が極めて詳しくわかっている基準α作用薬化合物としてクロニジンを選択し、それを被験化合物AGN191103と比較した。クロニジンは賦形剤のみの場合と比べていくらか神経保護活性を示したが、それはAGN191013の最大CAP応答の約半分であった。
【図4】図4は、視覚誘発電位応答(Visual Evoked Potential Response)のグラフであり、視覚(光)刺激の結果として視覚皮質の表面に誘発される電位活性(脳波と同等)を示している。この試験は生体ラットで行われ、網膜から視神経を通って外側膝状核に入り、最終的に脳の後ろ側にある視覚皮質に至る全視覚系の完全性を測定するものである。左側の枠は神経圧搾損傷を伴わない場合の応答を示し、右側の枠は、神経圧搾に先立ってAGN191103で処置したラット(上側;ポジティブと記したもの)と対照ラット(下側;ネガティブと記したもの)に関して損傷の2週間後に測定した応答を示す。両グラフの尺度をμV対ミリ秒の単位で縦軸の下に示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
まず図面を簡単に説明する。
図面
図1は、グルタメートによる処置で死滅した細胞の割合をグルタメート処置後の日数毎に表わした棒グラフである。そのような処置をしなくても起こる細胞死を測定するために、グルタメートで処置しなかった対照も含めてある。また、AGN191103とグルタメートの両方による処置後と、MK-801とグルタメートによる処置後に測定した値も示す。MK-801は当技術分野でよく知られる神経保護剤である。グルタメート、AGN191103+グルタメート、及びMK-801+グルタメートに関する棒の真下に示す数字は、各群に使用したグルタメートと薬物の濃度である。第8日では、AGN191103とMK-801が、グルタメート誘発性神経毒性からの細胞保護に関して同程度の効果を示す。この図のデータを得る際に使用した実験法については実施例1で詳述する。
【0016】
図2は、視神経繊維に関して測定した複合活動電位(CAP)のグラフである。左側の枠内は、AGN191103で処置した視神経(上側の線)と、対照として使用した非処置神経(下側の線)に関して損傷(すなわち神経圧搾(nerve crush))の2週間後に測定したもので、右側の枠内は非損傷視神経の対照CAPである。このグラフの縮尺を各枠内に記載する。損傷後横座標の目盛りは、非損傷グラフの目盛りの25倍である(単位:ミリボルトとミリ秒)。複合活動電位の値は、各曲線下の面積の積分値として計算される。曲線の不規則性は複合応答の分散の特徴である。ある神経細胞は他の神経細胞より伝導が速いので、測定される電圧の振幅が時間とともに変化する。
【0017】
図3は、ラットの視神経圧搾によって損傷し、1)賦形剤のみ、2)クロニジン、及び3)AGN191103で処置した細胞に関する最大CAP振幅を、マイクロボルト(μV)で示した棒グラフである。各薬剤を4種類の濃度(試験対象の体重の倍数として投与)で試験した。それらをグラフ上の棒に表わす。その薬理が極めて詳しくわかっている基準α作用薬化合物としてクロニジンを選択し、それを被験化合物AGN191103と比較した。クロニジンは賦形剤のみの場合と比べていくらか神経保護活性を示したが、それはAGN191013の最大CAP応答の約半分であった。
【0018】
図4は、視覚誘発電位応答(Visual Evoked Potential Response)のグラフであり、視覚(光)刺激の結果として視覚皮質の表面に誘発される電位活性(脳波と同等)を示している。この試験は生体ラットで行われ、網膜から視神経を通って外側膝状核に入り、最終的に脳の後ろ側にある視覚皮質に至る全視覚系の完全性を測定するものである。左側の枠は神経圧搾損傷を伴わない場合の応答を示し、右側の枠は、神経圧搾に先立ってAGN191103で処置したラット(上側;ポジティブと記したもの)と対照ラット(下側;ネガティブと記したもの)に関して損傷の2週間後に測定した応答を示す。両グラフの尺度をμV対ミリ秒の単位で縦軸の下に示す。
【0019】
神経圧搾モデル、及び神経損傷と神経回復の評価におけるその有意性に関する議論と参考書目については、「視神経損傷後の機能的回復と形態学的変化(Functional Recovery and Morphological Changes after Injury to the Optic Nerve)」[Sabel, B.A.及びAschoff, A., Neuropsychobiology, 28, 62〜65頁(1993)]を参照のこと。
【0020】
哺乳動物の視神経の損傷は、哺乳動物の中枢神経系(CNS)の他の部分の場合と同様に、軸索変性とそれに続く細胞体の喪失をもたらし、生き残ったニューロンからの軸索再生の不全を伴う。損傷を受けた神経の変性は、最初は直接的なニューロン損傷に帰することができるだろう。しかし、直接損傷を受けた軸索だけでなく一次的な損傷を免れた軸索でも起こるその後の進行性変性の原因は、損傷直後の神経で起こる付随する生理学的生化学的事象にあり、それらが主として長期の機能的な結果を決定すると考えられる。
【0021】
損傷直後に誘発される応答は、その後の変性応答に強い影響を及ぼす。したがって、この即時応答を減少又は緩和する処置は、二次的な変性過程を最適に防止又は遅延させると考えられる。即時応答をモニターするには、非観血的な技術を使用することが明らかに好ましい。ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)モニタリング技術を最も初期の外傷後事象を測定できるように適合させることは、有効な非観血的方法であることがわかっている。この技術を使用すれば、成体ラットの視神経にインビボで加えられる十分制御された圧搾損傷の前後に、損傷の即時効果をリアルタイムかつオンラインで評価することができる。この実験法では、損傷を受けた視神経の代謝活性の測定値が、損傷を受けた軸索とそれらに付随する非ニューロン細胞の活性を表わすので、これにより、有害なストレスに対処する潜在能力が評価される。またこのモデルは、そのようなストレスによる神経細胞の損傷又は死を克服又は緩和しうる種々の薬剤の活性をモニターする際にも有効である。
【0022】
虚血性事象を完全に除外できる条件下において、最初期の損傷誘発性応答は、神経のエネルギー状態の減少である。エネルギー状態の減少は、1)遊離脂肪酸レベルの損傷後上昇(これはミトコンドリアの機能を妨害し、電子輸送の脱共役を誘発しうる)と、2)細胞内遊離Ca2+の著しい上昇に関係づけることができる。一般に軸索損傷後は、電位感受性チャネル(L、T又はN型)又はレセプター作動性Ca2+チャネルによるCa2+の取り込みを刺激する細胞外カリウムイオンの増大が起こることが知られている。細胞内遊離Ca2+の著しい上昇は、細胞の生存に不利な過程(Ca2+依存性酵素(主としてリパーゼ、プロテアーゼ及びエンドヌクレアーゼ)が関与する過程を含む)を加速し、それがミトコンドリアの損傷を引き起こし、ついには細胞死をもたらす。これらの事象を克服するため、細胞は、イオン恒常性を活発に修復するためにより多くのエネルギーを必要とする。損傷部位のエネルギー需要の増大とミトコンドリア機能不全がもたらすエネルギー維持の減少との組み合わせが、損傷後に起こる不可逆的神経損傷と神経変性の主な理由であろう。したがって、代謝活性の初期測定により、その軸索、それに付随するグリア細胞及び非ニューロン細胞体の運命を示すことができるだろう。上述の議論からすると、損傷後の神経で起こる変性過程を防止するには、ミトコンドリア活性の復旧が極めて重要でありうるということになる。
【0023】
神経圧搾モデルの神経に加えられる損傷は十分に制御され較正された再現性のある損傷であるから、初期外傷後代謝欠損と、長期の形態学的生理学的効果を持つ薬物その他の処置によって起こりうるそれらの軽減とを相関させることができる。
【0024】
上述の図と考察から、グルタメートが誘発する毒性と神経圧搾モデルにおける物理的傷害の両方に対し、神経保護が神経細胞に付与されることは明らかである。
【0025】
眼神経細胞に対する傷害の前又は後の期間(ただし細胞死の前)に、式Iの薬物を哺乳動物の視神経及び/又は網膜に投与することにより、眼の神経細胞に対して神経保護が付与されることをここに発見した。
【0026】
【化3】

[式中、2-イミダゾリン-2-イルアミノ基はキノキサリン環骨格の5位又は6位のいずれにあってもよい。x、y及びzは残りの5位、6位、7位又は8位のいずれにあってもよく、水素、ハロゲン、低級アルキル、低級アルコキシ、又はトリフルオロメチルから選択することができる。Rはキノキサリン環骨格の2位又は3位にあってもよい任意の置換基を表わし、水素、低級アルキル又は低級アルコキシでありうる。]
【0027】
定義
AGN191103と呼ばれる化合物は次式の化学構造を持つ。これは6-メチル-(2-イミダゾリン-2-イルアミノ)キノキサリンという化学名でも知られている。
【化4】

【0028】
MK-801と呼ばれる神経保護剤はジゾシルパイン(dizocilpine)という名前でも知られており、次の化学構造を持つ。
【化5】

この物質はMerck Index(第11版)のモノグラフ番号3392にも記述されている。
【0029】
ヒト用量と投与
本発明の方法は、ヒトを含む任意の哺乳動物の処置に有効である。
本発明では、視神経及び網膜に対する有害な刺激がその神経細胞を死滅させない又は永続的な損傷を加えない期間又は時点に、哺乳動物を医薬的に有効な量の神経保護剤で処置する。保護剤は経口投与してもよいし、下記の又は当技術分野で知られる他の任意の適当なデリバリー手段で投与してもよい。
【0030】
本発明によれば、神経損傷を処置するため又は神経細胞死を予防するために、医薬有効量の保護剤を単独で投与することができる。別法として、保護剤を抗緑内障剤(例えばβ遮断剤、α作用薬、ピロカルピンなどのムスカリン剤、炭酸脱水酵素阻害剤(CAI)その他の正常な眼内圧(IOP)の維持又は上昇したIOPの低下に有効な薬物)と連続して、又は同時に投与してもよい。保護剤の最も有効な投与法及び用量管理法は、処置しようとする疾患のタイプ、その疾患の重篤度と経過、過去の治療、その患者の健康状態とその薬剤に対する反応、及び治療医の判断に依存する。一般に、神経保護剤は、血清又は硝子体内濃度が0.01nM〜50nMとなるように投与すべきである。神経が損傷を受ける前に保護剤を投与することが好ましい。ただし、効果は減少するものの、損傷が起こってから投与することもできる。
【0031】
例えばMK-801などの保護剤の従来の投与法と標準的な用量管理法を使用することができる。IOP低下剤などの薬物と神経保護剤の同時投与に関する最適な用量は、当技術分野で知られる方法を用いて決定することができる。神経保護剤の投与量は、その保護剤と同時投与する薬物の用量及びその処置法に対するその患者の反応に基づいて、個々の患者について調節することができる。保護剤は一度に患者に投与してもよいし、一連の処置として患者に投与してもよい。
【0032】
血液/脳関門を通過できないMK-801などの薬剤は、局所的に(例えば眼球内注射によって硝子体内に、又は包膜内に)投与することができる。血液/脳関門を通過することができるAGN191103などの薬剤は、例えば経口投与、静脈内投与などによって、全身投与、又は注射することができる。
【0033】
また、これらの治療で使用される組成物は種々の形態をとりうる。例えば固体、半固体又は液体剤形(錠剤、丸剤、散剤、溶液剤又は懸濁剤、リポソーム、坐剤、注射及び注入溶液など)が挙げられる。これらの組成物が、当業者に知られる従来の医薬的に許容できる担体を含むことも好ましい。
【0034】
以下の非限定的実施例に、1)グルタメート誘発毒性からの神経細胞保護の評価、及び2)物理的損傷の神経圧搾モデルにおいて神経保護剤によって付与されるニューロン保護の評価方法、に使用されるアッセイと測定法について説明する。
【実施例1】
【0035】
神経細胞に対してグルタメートが誘発する興奮毒性作用のモデルにおける神経保護を評価するための実験手法
低密度ラット海馬ニューロン培養物をGoslin及びBankerの手法によって調製した。陶製ラック内でカバーグラスを互いに付き合わないように浄化および滅菌した(コーエンカバーグラス染色ラック;Thomas Scientific)。カバーグラス(13mm)を染色ラックに入れ、蒸留水ですすぐ(各1分間を4回)ことによってほこりを除去し、濃硝酸内に36時間入れた。カバーグラスを蒸留水(3時間にわたって4回交換)ですすぎ、乾熱滅菌した(225℃で終夜)。そのカバーグラスを24ウェル培養皿の各ウェルに一枚ずつ移した。同時培養中カバーグラスをグリア上に支持するために、培養皿上にパラフィン滴を置き、カバーグラスを導入する前にUV照射を行なった(30分間)。1mg/mLのポリ-L-リジン臭化水素酸塩(PLL)(Sigma;分子量30,000〜70,000)をホウ酸緩衝液(0.1M、pH8.5)に溶解し、濾過し、滅菌したものを用いて、各カバーグラスを終夜おおった。PLLを除去し、カバーグラスを蒸留水ですすぎ(各2時間を2回)、培地[追加グルコース(600mg/L)と10%ウマ血清を含有するイーグル塩入りイーグルMEM]を加え、その培養皿を培養器中に保存した。Levinson及びMc Carthyが記述した方法と同様の方法(ただし、培養物が主として1型大グリア細胞を含有するように低密度でプレーティング)で、新生児ラットの脳から大グリア細胞培養物を調製した。各ウェルに105細胞を接種した。グリア培養物に培地を週に2回補給し、接種の約2週間後、コンフルエントになった後に使用した。使用の前日に、培地を除去し、ニューロン維持培地(N2補足物を含むMEM)を加え、培養を続けた。3×104個の生きたラット海馬神経(E18胚)を、培地中に保ったPLL処理カバーグラスに接種した。3〜4時間後、ほとんどのニューロンが付着した時、そのカバーグラスを維持培地中のグリア細胞を含む培養皿に、そのニューロン側がニューロンの生存と発生を補助するグリア細胞と向き合うように移した。グリア細胞増殖を減少させるため、接種の2日後に、シトシンアラビノシド(1-b-D-アラビノフラノシルシトシン)(Calbiochem)(最終濃度5×10M)を培養物に加えた。培養第6日に、細胞を1mMグルタメート、もしくはグルタメートとAGN-191103 - 0.1nM(分子量=200)又はMK-801 - 10nMで処理した(各処理につき2〜3枚のカバーグラスを使用した)。
【0036】
24時間培養した後、細胞をトリパンブルーで染色した。無作為に選択した培養視野(各カバーグラスにつき5視野)から、生きているニューロンと死んだニューロンを数えた。死滅細胞の割合を計算した。
【実施例2】
【0037】
神経圧搾損傷法と損傷後の複合活動電位(CAP)の測定
パートA
代謝測定
動物の利用は、動物の研究利用に関するARVO決議(ARVO Resolution on the use of animals in research)に従った。体重300〜400gの雄スプレーグ・ドーリー(SPD)ラットをペントバルビトンナトリウム(腹腔内投与、35mg/kg)で麻酔した。必要時の人工換気のために気管にカニューレを挿入した。その動物の頭を頭部固定具で適当に固定し、双眼手術顕微鏡下に外側(lateral)眼角切開を行ない、結膜を角膜へ向かって外側に切開した。眼球後退筋を分離した後、視神経を同定し、鈍的離断により眼球近くで3 0 3.5mmの長さを暴露した。硬膜を傷つけず、神経を損傷しないように注意した。光ガイドホルダー(下記参照)の第1部分を視神経の下に挿入し、神経を光ガイド管内に緩やかに納めた。次に、光ガイドが視神経の表面上で損傷を加えようとする部位から1mmの位置にくるように、第2部分を固定した。
【0038】
表面蛍光−反射率測定
ミトコンドリア内NADH酸化還元状態のモニターは、ピーク強度450nmの青色光の放出をもたらす366nmにおけるNADHの蛍光(これに対しその酸化型NAD+はこの蛍光を欠く)に基づいて行なった。366nm励起光の供給源は、強力な366nmフィルター(Corning 5860(7-37)+9782(4-96))を装着した100W空冷水銀ランプである。可撓性Y字型光ファイバー束(光ガイド)を用いて視神経との光の送受信を行なうことにより、インビボ測定を技術的に可能にした。励起光は励起ファイバーの束を通して神経に転送される。神経から放出された光は、第2のファイバー束を通して転送された後、1チャネル直流蛍光−反射計に接続した2つの光電子増倍管によって450nmの蛍光光(90%)と366nmの反射光(10%)を測定するために、90:10の比率に分割される。動物間の変動を最小限に抑えるため、記録の開始時に標準シグナル較正操作を行なった。実験中の蛍光及び反射シグナルの変化を、較正したシグナルから計算する。このタイプの較正は、絶対的ではないものの、それでも種々の動物と異なる研究室間で信頼性と再現性のある結果を与えることがわかっている。
【0039】
反射光の変化は、動脈血圧と神経容量の変化から派生する血流動態的効果と視神経の動きがもたらす組識吸収の変化に相関した。蛍光測定値は、蛍光から反射光(366nm)を差引いて(1:1比)補正された蛍光シグナルを得ることにより、NADH酸化還元状態評価用に充分補正されることがわかった。
【0040】
代謝測定
まだ麻酔されている動物を上述の手術から30分間で回復させた後、無酸素状態と酸素過剰状態にさらした。ラットに100%窒素を2分間呼吸させることによって無酸素状態にした後、空気に戻した。動物が正常な呼吸を自発的に取り戻さない場合は、気道に2回吹き込むことにより換気した。酸素過剰状態は、動物に100%酸素を6〜10分間呼吸させることによって誘導した。視神経の代謝活性を評価するために、無酸素状態と酸素過剰状態に反応して起こる反射光強度と蛍光強度の相対変化を、圧搾損傷の前後に測定した。
【0041】
代謝測定の実験法
較正したクロスアクション(cross-action)鉗子を用いて、眼と光ガイドホルダーの間にある神経に、120gに相当する圧力で30秒間、十分に較正した適度の圧搾損傷を加えた。
【0042】
パートB
生理学的測定
複合活動電位(CAP)を記録するための実験設定:電気生理学的測定のために視神経を除去する前に、ラットを70mg/kgのペントバルビトンで深く麻酔した。頭蓋から皮膚を除去し、視神経を眼球からはずした。ほぼ完全に断頭し、骨鉗子で頭蓋骨を開いた。大脳を外側にずらし、視神経の頭蓋内部分を露出させた。視交叉のレベルで切開することにより、神経の全長を摘出できるようにし、それを、NaCl(125mM)、KCl(5mM)、KH2PO4(1.2mM)、NaHCO3(26mM)、MgSO4(0.6mM)、CaCl2(24mM)、D-グルコース(11mM)からなる新鮮な冷クレブズ溶液(95%O2及び5%CO2に曝気したもの)の入ったバイアルに移した。神経を維持したこの溶液内では、電気的活性が少なくとも3〜4時間は安定なままだった。回収の1時間後に、神経を37℃のクレブズ溶液に浸した。圧搾の両側で測定するには神経が小さ過ぎたので、電気生理学的記録は圧搾損傷に対して遠位の神経から得た。次に、それらの神経端を、浸漬溶液に浸した2つの吸引(suction)Ag-AgCl電極に接続した。近位端の電極を通して刺激パルスをかけ、活動電位を遠位電極によって記録した。Grass SD9刺激器(2V、50μs)を電気刺激に使用した。シグナルをMedelec PA63前置増幅器に転送し、そこからMedelec MS7筋電計とAA7T増幅器に転送した。溶液、刺激器及び増幅器は共通する接地を持った。8つの平均CAPの最大振幅を記録し、ポラロイドカメラで写真撮影した。左神経(非損傷)を用いて、正常な神経の対照値を測定し、圧搾鉗子を較正した。
【0043】
視覚誘発電位(VEP)応答の記録
損傷を受けた薬物処置ラットを損傷後2週間調べることにより、それらの機能の回復を評価した。この実験群では、光刺激に反応して起こる電位のパターンを一次視覚皮質から記録した。光によって誘発される電位は、網膜に端を発し、生き残った軸索に沿って伝搬されて、その最終標的である視覚皮質に至る。一次的変性過程と二次的変性過程を生き残った軸索のみが、活動電位を伝導することができる。処置動物及び非処置動物の電場電位のパターンを比較分析することにより、軸索生存に対するその処置の効果が明らかになるだろう。
【0044】
麻酔したラット(Rumpon, Ketalar)を小動物定位固定装置に入れた。頭蓋骨を暴露した後、皮質の損傷を最小限に抑えるため硬膜を傷つけずに、円筒状ドリルビットで2つの穴を開けた。鼻骨の上に開けた1つの穴を対照点として使用した。第2の穴はブレグマ#8mm、側部(lateral)#3mmの座標を持つOC1領域に開けた。ネジに取り付けた金接触ピンを電極として使用し、それを穴の中にねじ込み、アクリル接着剤で頭蓋骨に接着した。毎分平均90スイープのストロボ刺激によって電場電位を誘発した。そのフラッシュ誘発電位をLab Viewデータ捕捉処理システムを用いて分析した。電場電位をデジタル化し、オフライン分析のために保存した。
【0045】
パートC
神経保護特性に関する薬物試験の効果の測定
最初の実験群では代謝測定を行なった。各薬物をいくつかの異なる濃度で腹腔内注射した。各薬物を動物8匹の群と8匹の対照(緩衝液賦形剤で処理した損傷動物)で試験した。いずれの場合も、損傷の前、損傷の0.5時間後、及びその後4〜6時間の毎時間に、代謝測定値をオンラインで得た。得られたデータをANOVAで分析した。
【0046】
長期効果の測定
生理学的活性
CAP
損傷直後に、試験しようとする薬物を10匹の動物に注射し、10匹の対照動物に賦形剤を注射した。2週間後、各神経のCAPを吸引電極を用いてインビトロで記録した。反対側を内部対照として使用した。その結果は、試験した薬物が、生き残った軸索の救出及び/又は変性の減速に対して何らかの潜在効果を持つかどうかを示した。肯定的な結果を示した有望な薬物については、それぞれの至適用量を決定した。
【0047】
VEP応答
年齢と性別が合致した2つの群で、無処置のSPDラットの皮質に電極を埋め込んだ。移植の直後に左眼を覆っておいて、右眼に光をフラッシュしながら、左側からのVEP応答を記録した。次に、十分に制御された圧搾損傷を視神経に負わせ、予め決定しておいた至適用量の薬物を直ちに投与した。対照動物は、薬物ではなく賦形剤を投与する点以外は同様に扱った。手術の1日、1週間、2週間及び4週間後に、各動物についてVEP応答を記録した。
【0048】
様々な具体例と態様に関して本発明を説明したが、本発明はこれらに限定されるわけではなく、添付の特許請求の範囲の解釈によってのみ解釈されるべきである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
αアドレナリン受容体作用薬を含有する、硝子体内投与する眼障害処置用医薬組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−42668(P2011−42668A)
【公開日】平成23年3月3日(2011.3.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−232760(P2010−232760)
【出願日】平成22年10月15日(2010.10.15)
【分割の表示】特願2006−809(P2006−809)の分割
【原出願日】平成8年6月17日(1996.6.17)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.ポラロイド
【出願人】(591018268)アラーガン、インコーポレイテッド (293)
【氏名又は名称原語表記】ALLERGAN,INCORPORATED
【Fターム(参考)】