説明

耐久性及び耐へたり性に優れたバネ用鋼線及びこれを用いたバネ

【課題】 高価な材料を使用することなく耐久性及び耐へたり性に優れたバネ用鋼線及びこれを用いたバネを提供する。
【解決手段】 Cを0.63〜0.68質量%、Siを1.20〜1.60質量%、Mnを0.50〜0.80質量%、Crを0.50〜0.80質量%、及びVを0.10〜0.20質量%含有し、残部がFeのバネ用鋼線であって、その断面の旧オーステナイト粒径の粒度番号が12.5以上13.5以下であり、且つその透過型電子顕微鏡写真において円相当で直径0.1μm以上の大きさを有する炭化物の密度が5個/μm以下である。これを用いたバネは、120℃で48時間に亘ってせん断応力800〜1000MPaの負荷をかけた後の残留せん断歪が0.055%以下であり、所定の振幅応力を3.0×10回繰り返しかけても折損しない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オイルテンパー線及びそれを加工して得られる部材に関し、特に、自動車のパワートレインにおけるエンジン弁バネやクラッチ用バネなどに使用されるバネ用鋼線及びこれを加工して得られるバネに関する。
【背景技術】
【0002】
自動車のエンジンに求められる高回転化や小型軽量化に対応するため、エンジン弁バネやクラッチ用バネ等のパワートレインに係る部材においては、常に耐へたり性と耐久性に優れた材料の開発が進められている。一般的に、バネの耐へたり性や耐久性を向上させるため、バネ用鋼線として作製されるオイルテンパー線の成分組成を適切に制御した上で、所定の条件で焼入れ焼戻しを行うことが行われている。
【0003】
例えば、特許文献1には、C:0.50〜0.60重量%、Si:1.20〜1.60重量%、Mn:0.60〜0.80重量%、Cr:0.60〜0.80重量%、V:0.10〜0.50重量%、残部がFeの組成を有する自動車懸架バネ用の鋼線が開示されている。そして、この鋼線の焼入れ、焼戻しを所定の条件で行うことにより、結晶粒径が超微細化され、優れた低温焼鈍軟化抵抗性と高耐久・高耐へたり性が実現できることが記載されている。
【0004】
また、特許文献2には、C:0.50〜0.80重量%、Si:1.00〜1.40重量%i、Mn:0.70〜1.50重量%、V:0.05〜0.50重量%、残部がFeからなる自動車懸架バネ用の鋼に、更にB、Al、Cu、Co等の微量元素を適当量添加することにより焼入れ、焼戻し後の結晶径を超微細化したり、マトリックスの固溶強化を行ったりして、耐久性と耐へたり性とを向上させる技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭59−096246号公報
【特許文献2】特開昭58−027956号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記特許文献1及び2の技術は、いずれも主として自動車の懸架バネの用途に最適化されたものであり、高応力や低サイクル疲労に対する性能アップを狙ったものである。これに対して、自動車の弁バネやクラッチ用のバネ等のパワートレインにおいて使用されるバネ用鋼線は、高い応力が数百万から数千万回以上も負荷されるため、高サイクルでの耐へたり性が要求される。
【0007】
例えば、高サイクルでの耐へたり性を満たすため、コイリング後のバネにおいて、せん断応力800MPaを120℃の温度条件下で48時間に亘って加えた後の残留せん断歪が0.025%以下、せん断応力が1000MPaの場合は0.055%以下を達成することが望まれている。ここで、残留せん断歪(%)とは、耐へたり性の評価の指標となるものであり、下記の式1で表される。
【0008】
[式1]
残留せん断歪(%)=1/G×K×(8×D)/(π×d)×ΔP×100
【0009】
上記式1のGは横弾性係数(kgf/mm)、Kはコイルバネの形状によって定まる定数であるワールの修正係数、Dはコイル中心径(mm)、dは素線径(mm)、ΔPはP1−P2である。P1は所定のせん断応力を加える前のコイルバネを所定の高さまで圧縮するのに要する荷重、P2は該せん断応力を加えた後のコイルバネを同一の高さまで圧縮するのに要する荷重である。
【0010】
上記した残留せん断歪の条件を満たすには、従来SWOSC−Vに代表されるような、Siを1.8〜2.2質量%、Mnを0.7〜0.9質量%含んだ高Si鋼材を使う必要があった。これは、フェライトに添加されたSiは置換型元素として固溶し、鋼の強度や耐熱性を向上させるので、この高Si鋼材を用いてバネを加工することによって、バネの耐疲労性や耐へたり性を向上させることが期待できるからである
【0011】
しかしながら、Siの含有量を増やすことによって、脱炭が生じたり疵がついたりするリスクが高まり、バネ加工の際に折損等が生じて加工性や歩留まりが低下するという問題があった。更に、高Si鋼材自身も高価であるため、コストが高くなるという点も問題であった。本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、高価な材料を使用することなく耐久性及び耐へたり性に優れたバネ用鋼線を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するため、本発明が提案するバネ用鋼線は、Cを0.63〜0.68質量%、Siを1.20〜1.60質量%、Mnを0.50〜0.80質量%、Crを0.50〜0.80質量%、及びVを0.10〜0.20質量%含有し、不可避的な不純物を除いて残部がFeである。このバネ用鋼線の断面は、JIS G0551に基づく旧オーステナイト粒径の粒度番号が12.5以上13.5以下であり、且つその透過型電子顕微鏡写真において円相当で直径0.1μm以上の大きさを有する炭化物の密度が5個/μm以下であることを特徴としている。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、自動車用懸架バネに使用されている従来の鋼線組成と同程度のSi含有率を有する鋼材を用いて、高Si組成の鋼線と同程度の高い耐へたり性と耐久性とを備えたパワートレイン用鋼線を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明のバネ用鋼線は、自動車の弁バネやクラッチ用のバネ等のパワートレインで使用されることが企図されている。自動車のパワートレインで使用されるバネは、自動車用懸架バネと異なり、高サイクルでの耐へたり性と耐久性が要求される。本発明のバネ用鋼線は、旧オーステナイト粒径の結晶粒度、未溶解炭化物の密度、更には介在物の含有率を厳密に制御することによって、これら課題を解決している。また、これらの要件を満たすバネ用鋼線を得るため、焼入れ、焼戻し等の熱処理の条件をも厳密に制御している。
【0015】
具体的に説明すると、本発明のバネ用鋼線は、Cを0.63〜0.68質量%、Siを1.20〜1.60質量%、Mnを0.50〜0.80質量%、Crを0.50〜0.80質量%、及びVを0.10〜0.20質量%含有し、残部がFeである。
【0016】
Cの含有率を0.63〜0.68質量%にする理由は、Cは鋼の強度を高めることができる元素であり、この範囲内でCを含有することによって、上記パワートレイン用鋼線において良好な強度が得られるからである。尚、Cの含有率が多すぎると、結晶粒界に析出するセメンタイトの影響により、バネ用鋼線として所望される靱性が得られなくなるおそれがある。
【0017】
Siの含有率を1.20〜1.60質量%にする理由は、この範囲内でSiを含めることによって、前述したように、Siが鋼中に置換型元素として固溶して鋼の強度や耐熱性を高め、更に、焼き戻し時に析出する炭化物を均一に微細化し、パワートレイン用のバネに加工したときに耐へたり性を高める効果を良好に発揮させることができるからである。尚、Siの含有率が多すぎると、材料を硬化させるだけでなく脆化させ、オイルテンパー後のコイルリングにおいて折損等の問題が生じやすくなるおそれがある。
【0018】
Mnの含有率を0.50〜0.80質量%にする理由は、この範囲内でMnを含めることによって、Mnの特性である鋼の焼入れ性の向上、及び鋼中に不可避的に含まれるSの固定化によるその悪影響の阻止を、パワートレイン用鋼線において良好に発揮させることができるからである。尚、Mnの含有率が0.80質量%を超えると、靱性が低下するおそれがある。
【0019】
Crの含有率を0.50〜0.80質量%にする理由は、CrはMnと同様に焼入れ性を高めると共に、微細なCr炭化物を析出させることによって高強度化するのに効果的な元素であり、この範囲内でCrを含めることによって、上記パワートレイン用鋼線においてこれらの特性が良好に発揮されるからである。尚、Crの含有率が多すぎると、炭化物の固溶を抑制し強度低下を招くおそれがある。
【0020】
Vの含有率を0.10〜0.20質量%にする理由は、Vは低温で加熱してもオーステナイト相に比較的容易に固溶する元素であり、鋼中で炭化物として存在してオーステナイト粒を微細化させると共に焼入性を向上させる元素であり、この範囲内でVを含めることによって、上記パワートレイン用鋼線においてこれらの特性が良好に発揮されるからである。尚、Vの含有率が多すぎると、形成される炭化物が粗大化し靱性が低下するおそれがある。
【0021】
また、本発明のバネ用鋼線は、その断面のJIS G0551に基づく旧オーステナイト粒径(旧γ粒径)の粒度番号が12.5以上13.5以下であることを特徴としている。バネ用鋼線の旧オーステナイト粒径の粒度番号がこの範囲内であれば、このバネ用鋼線を加工して得られるパワートレイン用バネにおいて、優れたバネ疲労強度を得ることができる。また、バネ加工性も良好となる。これは、旧オーステナイト粒径の粒度番号を12.5以上13.5以下にすることによって、より微細化した結晶粒径となって引張強度が向上し、これが直接的に疲労限の向上に寄与するからである。
【0022】
更に、本発明のバネ用鋼線は、その断面の透過型電子顕微鏡写真において円相当で直径0.1μm以上の大きさを有する炭化物の密度が5個/μm以下であることを特徴としている。一般にオイルテンパー線は伸線加工した材料を連続的に焼入れ焼戻しするストランド処理という方式で製造される。この方式は、短時間で焼入れ焼戻しを行うため、合金元素を固溶させるための加熱時間が短時間である。その結果、未溶解の炭化物が基質中に残留しやすくなる。しかも、本発明のバネ用鋼線は、旧オーステナイト粒径の粒度番号を従来のものより高い12.5以上13.5以下としているので、この傾向はより一層高くなる。
【0023】
基質中に残留したこの未溶解炭化物は、破壊の起点となって耐疲労性の低下につながるおそれがある。更に、未溶解炭化物は、再結晶の際に結晶粒生成の核となり、結晶粒界を微細化させ、降伏点上昇に伴う破壊歪みの減少や切り欠き感受性の増大をもたらし、バネ成形性を低下させるという問題も有している。これに対して、本発明のバネ用鋼線は、その断面の透過型電子顕微鏡写真において未溶解炭化物が存在する密度を5個/μm以下に制限することによって、これらの問題を回避することが可能となった。ここで、対象とする未溶解炭化物の大きさを、円相当で直径0.1μm以上とした理由は、直径0.1μm未満の未溶解炭化物は、耐疲労性やバネ成形性にほとんど影響を及ぼさないからである。
【0024】
以上説明したような旧オーステナイト粒径の粒度番号及び未溶解炭化物の密度の要件を満たすバネ用鋼線は、例えば以下に示す熱処理によって作製することができる。すなわち、一般的な伸線加工によって得られた所定の組成を有する鋼線を、高周波加熱による急速加熱で930℃〜950℃に加熱し、この状態で5秒間保持する。その後、水焼き入れ処理を行う。更に、400℃〜500℃で10秒間保持した後、急速冷却して焼戻しを行う。これによりバネ用鋼線が得られる。
【0025】
このバネ用鋼線からのバネのコイリング加工は、一般的な冷間加工法で行うことができる。例えば、冷間成形によるバネ用鋼線のコイリング加工後、加工ひずみ除去のための低温焼鈍や窒化処理、ショットピーニング処理などが施される。
【実施例】
【0026】
下記表1に示す成分組成を有する試料1〜3のバネ用鋼線を溶解、圧延、熱処理及び伸線工程を経て作製し、下記表1に示す条件で熱処理した。
【0027】
【表1】

【0028】
上記表1に示す試料1〜3のバネ用鋼線に対して、それぞれJIS G0551に基づいて鋼線断面を鏡面研磨し、旧オーステナイト粒径の粒度番号を計測した。更に、透過型電子顕微鏡で鋼線断面の写真を撮り、所定の領域内に存在する円相当で直径0.1μm以上の大きさを有する炭化物の数をカウントし、密度に換算した。各試料のこれら粒度番号及び炭化物の密度を、下記の表2に示す。
【0029】
【表2】

【0030】
次に、上記表1及び2の試料1〜3のバネ用鋼線をそれぞれ冷間加工でコイリングした後、420℃で20分の熱処理を施し、線径3.5mm、コイル中心径20.0mm、総巻数6巻、自由長45mm、バネ定数35N/mmのバネを各試料につき3個ずつ作製した。得られたバネを用いて、前述した式1に示す残留せん断歪(%)に基づいて耐へたり性を評価した。耐へたり性の評価には、各試料につき2個のバネを使用し、それぞれ800MPa及び1000MPaのせん断応力(τ)を120℃の温度条件下で48時間に亘って加えて評価した。その評価結果を下記の表3に示す。
【0031】
【表3】

【0032】
次に、各試料の残る1個のバネを用いて耐久性を評価した。この耐久性の評価は、平均ねじり応力と振幅ねじり応力とで表される負荷をバネに繰り返し与えた時に、何回目で折損が生じるかを試験することにより評価した。その評価結果を下記の表4に示す。尚、下記表4の結果は、1.0×10回目までの繰り返し負荷で折損が生じなかった最大の応力が示されている。
【0033】
【表4】

【0034】
上記結果より、本発明の要件を満たす試料1のバネ用鋼線を用いて加工したバネは、高Si含有率の試料3と同程度の優れた耐久性及び耐へたり性を有していることが分かった。一方、試料2は、各元素の含有率が試料1と同等であるにもかかわらず、旧オーステナイト粒径の粒度番号が本発明の要件を満たしていなかったので、試料1や3に比べてへたりの程度が大きかった。また、試料2は1.0×10回目までの繰り返し負荷に耐え得るねじり応力が試料1や3に比べて低く、耐久性に劣ることが分かった。
【0035】
以上、本発明のバネ用鋼線及びそれを用いたバネについて実施例を挙げて説明したが、本発明は係る実施例に限定されるものではなく、本発明の主旨から逸脱しない範囲内で種々の実施態様が可能である。すなわち、本発明の技術的範囲は、特許請求の範囲及びその均等物に及ぶものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cを0.63〜0.68質量%、Siを1.20〜1.60質量%、Mnを0.50〜0.80質量%、Crを0.50〜0.80質量%、及びVを0.10〜0.20質量%含有し、残部がFeのバネ用鋼線であって、その断面のJIS G0551に基づく旧オーステナイト粒径の粒度番号が12.5以上13.5以下であり、且つその透過型電子顕微鏡写真において円相当で直径0.1μm以上の大きさを有する炭化物の密度が5個/μm以下であることを特徴とするバネ用鋼線。
【請求項2】
請求項1に記載のバネ用鋼線を用いたバネであって、120℃の温度条件下で48時間に亘ってせん断応力800〜1000MPaの負荷をかけた後の残留せん断歪が0.055%以下であることを特徴とするバネ。
【請求項3】
請求項1に記載のバネ用鋼線を用いたバネであって、平均せん断応力686MPa、振幅応力±515MPaの負荷を3.0×10回かけても折損しない耐久性を有していることを特徴とするバネ。

【公開番号】特開2011−214118(P2011−214118A)
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−85531(P2010−85531)
【出願日】平成22年4月1日(2010.4.1)
【出願人】(302061613)住友電工スチールワイヤー株式会社 (163)
【Fターム(参考)】