説明

耐低温割れ性に優れた溶接金属を有する高強度溶接鋼管およびその製造方法

【課題】耐低温割れ性と低温靭性に優れた溶接金属を持つ、引張強度が800MPa以上の高強度鋼管を提供する。
【解決手段】内面と外面から両側1層ずつサブマージアーク溶接を行なって製造する溶接鋼管の母材および溶接金属の引張強さがともに800MPa以上であり、溶接金属がC:0.04〜0.09質量%,Si:0.32〜0.50質量%,Mn:1.4〜2.0質量%,Cu:0.5質量%未満,Ni:0.9質量%超え4.2質量%以下,Mo:0.4〜1.5質量%,Cr:0.5質量%未満,V:0.2質量%未満を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなるとともに、溶接金属の成分から式CS=5.1+1.4[Mo]−[Ni]−0.6[Mn]−36.3[C]で算出されるCS値が内面側と外面側ともに0以上を満足する高強度溶接鋼管である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、天然ガスや原油の輸送用として用いられるラインパイプ用高強度鋼管に関するものであり、特に高強度化で問題となる溶接金属の耐割れ性に優れ、溶接金属の靭性に優れた高強度鋼管に関するものである。
【背景技術】
【0002】
天然ガスや原油の輸送用として使用されるラインパイプは、近年、高圧化による輸送効率の向上や薄肉化による現地溶接施工能率の向上を達成するため、年々高強度化される傾向にある。近年では、引張強度800MPaを超えるラインパイプに対する要求が具体化されつつある。
ラインパイプのシーム溶接にはサブマージアーク溶接が用いられるのが通常であるが、このような800MPaを超える高強度鋼ラインパイプのシーム溶接では溶接金属の低温割れが問題となる。HT80以上の高強度鋼の溶接においては低温割れの発生が問題になることは公知であり、一般には溶接材料の水素量の低減と、予熱や後熱、パス間温度管理といった水素拡散のための熱処理により低温割れが防止される。
【0003】
例えば特許文献1には溶接部が溶接後から100℃に冷却するまでの時間を規定し、後熱をすることによって溶接部の割れを防止する方法が開示されている。しかしながら、ラインパイプのシーム溶接において予熱、および後熱を実施すると、ラインパイプの生産能率が極端に損なわれるため、工業的に高強度ラインパイプを製造するためには予熱、後熱なしにシーム溶接金属の低温割れを防止することが極めて重要である。
【0004】
低温割れを防止する方法として例えば特許文献2には内面溶接金属中の残留オーステナイトを1%以上として低温割れを防止する方法が提案されている。しかしながら、800MPa以上に高強度化した溶接金属では残留オーステナイトが1%以上であっても全く割れを抑制できないことがある。
また、特許文献3には溶接金属のMs点を375℃以下とすることにより変態膨張による引張応力緩和により溶接金属の低温割れを防止する方法が提案されている。しかしながらこの方法は溶接金属のMs点を低下させることを主旨としているため、むしろ低温割れに敏感なマルテンサイト組織の割合を増加させることから、Ms点の低下は必ずしも有効でない場合があるだけでなく、低温靭性を損ねる問題があった。
【0005】
溶接金属を800MPa以上に高強度化するにはマルテンサイト組織の活用が欠かせない。例えば特許文献4には高強度化するためにはマルテンサイト・ベイナイト等の低温変態組織とする旨が開示されている。このようなマルテンサイト組織を含んだ内面溶接金属は外面の溶接入熱による焼き戻し効果により、靭性が回復するため、シャルピー試験のノッチ位置が内外面のラップ部を含む場合には溶接金属の靭性を確保するのが比較的容易である。しかし、外面溶接金属の場合は他の溶接熱による焼き戻しを受けないので、焼き戻しされない組織(いわゆるフレッシュマルテンサイト組織)が生成する。フレッシュマルテンサイトは低靭性でかつ水素脆化感受性が高いことが知られており、この加熱を受けない外面溶接金属の靭性の確保が問題となる。
【特許文献1】特許第3726721号公報
【特許文献2】特開2002-115032号公報
【特許文献3】特許第3582461号公報
【特許文献4】特許第3519966号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、耐低温割れ性に優れた溶接金属と低温靭性に優れた溶接金属を持つ、引張強度が800MPa以上の高強度鋼管を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
発明者は800MPa以上の高強度鋼管において特に問題となる溶接金属の低温割れの抑制と低温靭性の向上について鋭意検討を行った。その結果、溶接部を予熱や後熱といった熱処理なしに溶接部の低温割れを抑制し、かつ優れた低温靭性を持つ溶接金属を持った高強度鋼管を得るに至った。
すなわち本発明は、内面と外面から両側1層ずつサブマージアーク溶接を行なって製造する溶接鋼管の母材および溶接金属の引張強さがともに800MPa以上であり、溶接金属がC:0.04〜0.09質量%,Si:0.30〜0.50質量%,Mn:1.4〜2.0質量%,Cu:0.5質量%未満,Ni:0.9質量%超え4.2質量%以下,Mo:0.4〜1.6質量%,Cr:0.3質量%未満,V:0.2質量%未満を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなるとともに、溶接金属の成分から下記の(1)式で算出されるCS値が内面側と外面側ともに0以上である低温靭性と耐低温割れ性に優れた溶接金属を有する高強度溶接鋼管である。
【0008】
CS=5.1+1.4[Mo]−[Ni]−0.6[Mn]−36.3[C] ・・・(1)
[Mo]:溶接金属のMo含有量(質量%)
[Ni]:溶接金属のNi含有量(質量%)
[Mn]:溶接金属のMn含有量(質量%)
[C]:溶接金属のC含有量(質量%)
また本発明は、C:0.01〜0.14質量%,Si:0.25〜0.7質量%,Mn:0.7〜2.3質量%,Cu:1.0質量%未満,Ni:2.0〜10.0質量%,Mo:0.8〜3.8質量%,Cr:0.7質量%未満,V:0.4質量%未満を含有する溶接ワイヤと溶融形フラックスとを用いて、引張強さが800MPa以上である母材の内面と外面から両側1層ずつサブマージアーク溶接を行ない、溶接金属の成分から上記の(1)式で算出されるCS値を内面側と外面側ともに0以上とする溶接金属の耐低温割れ性に優れた高強度溶接鋼管の製造方法である。
【0009】
本発明の高強度溶接鋼管の製造方法においては、母材が、C:0.03〜0.12質量%,Si:0.01〜0.5質量%,Mn:1.5〜3.0質量%,Al:0.01〜0.08質量%,Nb:0.01〜0.08質量%,Ti:0.0005〜0.024質量%,N:0.001〜0.01質量%,O:0.004質量%以下,S:0.002質量%以下,Ca:0.0005〜0.01質量%を含有し、かつCu:0.01〜1.3質量%,Ni:0.1〜3.0質量%,Mo:0.01〜1.0質量%,Cr:0.01〜1.0質量%およびV:0.01〜0.1質量%のうちの少なくとも1種を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなることが好ましい。
【0010】
また本発明の高強度溶接鋼管においては、母材が、C:0.03〜0.12質量%,Si:0.01〜0.5質量%,Mn:1.5〜3.0質量%,Al:0.01〜0.08質量%,Nb:0.01〜0.08質量%,Ti:0.0005〜0.024質量%,N:0.001〜0.01質量%,O:0.004質量%以下,S:0.002質量%以下,Ca:0.0005〜0.01質量%を含有し、かつCu:0.01〜1.3質量%,Ni:0.1〜3.0質量%,Mo:0.01〜1.0質量%,Cr:0.01〜1.0質量%およびV:0.01〜0.1質量%のうちの少なくとも1種を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなることが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、予熱あるいは後熱などの熱処理なしにシーム溶接金属の横割れを防止し、耐低温割れ性と溶接金属の靭性に優れた引張強さ800MPaを超える強度の高強度鋼管を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
高強度鋼のサブマージアーク溶接用材料としては、一般に焼成形フラックスが用いられる。溶接金属の低水素化を図ることが容易であること、およびフラックスを高塩基性にすることが容易なので、溶接金属の高靭性化を図ることが容易という利点を持つためである。しかし、焼成形フラックスは粒強度が低いため粉化しやすく繰り返し使用やフラックスの圧送に難がある。また、吸湿しやすいため乾燥管理が煩雑であり、さらには溶け込みが浅いという性質があるため、UOE鋼管やスパイラル鋼管のサブマージアーク溶接材料に一般に使用されていない。
【0013】
そこで、本発明では焼成形フラックスよりもやや拡散性水素量が高い場合がある溶融形フラックスを用いても溶接金属に低温割れが生じない低温靭性に優れた溶接鋼管とその造管方法を提供することを目指した。本発明で想定した溶融形フラックスの水素量は高くとも5cc/100gである。
UOE鋼管はUプレスおよびOプレスをして円形に成形した後、端部を突き合わせて外面側から仮付け溶接の後に内面側を1層サブマージアーク溶接し、その後外面側を1層サブマージアーク溶接し、その後拡管により形状を整えて製造される。高強度鋼管の場合、溶接金属に横割れが発生することが製造上の大きな問題である。割れは主として内面溶接金属に発生し、外面溶接金属にも現れるが、概して内面溶接金属から割れが連結している。さらに詳細に割れを観察した結果、割れは外面溶接金属の直下、熱影響を受けた内面溶接金属から発生している場合がほとんどであることが判明した。例外的に外面溶接金属の内部に1mm程度の小さい横割れが生じる場合があることも明らかになった。
【0014】
これらの割れは破面解析の結果、低温割れ(水素脆化割れ)であることが判明した。本発明者らはこの低温割れ防止について鋭意研究を重ね、割れは溶接金属の凝固形態と深い関係にあることを見出した。
凝固したままで用いられる溶接金属を高強度化するためにはC,Mn,Ni,CrやMoなどの強化元素を添加する必要があり、800MPa以上の強度を得るにはPcmが0.25質量%以上が目安となる。このように合金元素を多量に添加した溶接金属において、溶接金属の強度が等しいにもかかわらず、著しい横割れが生じる場合と割れが全く発生しない場合があることがわかった。詳細に調査した結果、割れが生じる場合は鉄−炭素2元系状態図でいうところの包晶点より高炭素側、すなわち凝固初晶がフェライトであり、液相+フェライト相+オーステナイト相の3相凝固状態を経て、最終凝固形態が液相とオーステナイト相になる場合であった。一方、割れが生じない場合には、初晶フェライトは同じであるが、最終凝固形態は液相+フェライト相+オーステナイト相の3相凝固であることがわかった。つまり、低温割れが生じる場合は最終凝固相にフェライト相がない場合であった。軟鋼や50キロクラスの鋼では最終凝固形態が液相+オーステナイト相となるのはCが0.12質量%以上であることが知られており、一般に溶接金属のCは0.10質量%以下で設計されるため、最終凝固形態が液相+オーステナイト相になることはほとんどないが、800MPaを超える高強度鋼になると高強度化のためにC,Mn,Niといったオーステナイト安定化元素が増加するため、Cが低い場合でも最終凝固相が液相+オーステナイト相になる場合が多々生じ、こうした場合溶接金属に横割れが生じるのである。
【0015】
こうした溶接金属の凝固形態はオーステナイト安定化元素とフェライト安定化元素の添加量のバランスをとることで、制御可能である。具体的には次のCS値が0以上を満足する化学組成にすることで最終凝固相に安定にフェライト相を晶出することが可能になる。
CS=5.1+1.4[Mo]−[Ni]−0.6[Mn]−36.3[C] ・・・(1)
[Mo]:溶接金属のMo含有量(質量%)
[Ni]:溶接金属のNi含有量(質量%)
[Mn]:溶接金属のMn含有量(質量%)
[C]:溶接金属のC含有量(質量%)
すなわち溶接金属の化学組成を上記の範囲にすることにより高強度溶接金属の横割れを防止することが可能である。図1にCS値と溶接金属の内表面割れ数との関係を示す。図1には内表面割れ数(すなわち内面側の溶接金属の表面割れ)を示すが、外面側の溶接金属も同様の傾向を示す。図1から明らかなように、CS≧0の範囲では溶接金属の割れが発生しない。
【0016】
このCS値の示すところは、平衡計算で得られたFe−C擬似2元系状態図での包晶点であり、さらに詳しくは計算により求めた包晶点より、わずかに正側、つまりフェライト凝固側にシフトした点を示している。これは非平衡反応である溶接金属の凝固形態を考慮し、濃度の揺らぎによる包晶点の変化を考慮し、割れが完全に抑制される点である。
割れを防止できる理由としては次のように推定される。つまり、P,Sなどの不純物はフェライト相には固溶するが、オーステナイト相には固溶しにくい。そのため、最終凝固形態にフェライト相が含まれていない場合にはP,Sなどの不純物が液相に濃化し、最終凝固部としてオーステナイト粒界に偏析する。横割れの破面は粒界割れが主体であり、不純物の偏析により粒界強度が低減したことにより横割れが発生したと考えられる。一方、最終凝固相にフェライト相が含まれる場合には不純物がフェライト相に固溶されるため、最終凝固部への不純物の濃化が抑制される。さらには凝固時の固相がフェライト相主体であり、その後の冷却過程でフェライト相はオーステナイト相に拡散変態するため、粒界移動が起こり、不純物を多く含む最終凝固部とオーステナイト粒界が一致しなくなる。このような理由で横割れが防止されると考えられる。CS値が負になると、溶接金属の靭性も劣化する。この結果は上述の不純物の粒界偏析説と矛盾しない。
【0017】
CS値を求める式において1500℃以上の高温でフェライト安定化元素であるMoは+、オーステナイト安定化元素であるC,Ni,Mnは−の符号と扱っている。
ステンレス鋼溶接金属の凝固モード制御において、Cr当量などとして扱われる代表的なフェライト安定化元素であるCrは、高々1〜2質量%程度の添加量では凝固形態の分岐点である包晶点がほとんど変化しないので、CS値の計算式には考慮する必要がない。しかし、Crは粒界炭化物を形成し、耐低温割れ性を劣化させる働きがある。さらにCrはMoと異なり1000℃以下の温度ではオーステナイト安定化元素として働くようになり、ベイナイト変態が起こる500℃付近では強いオーステナイト安定化元素として働くため、0.3質量%以上添加すると溶接金属のベイナイト変態を抑制し、マルテンサイト組織が増加するため特に外面溶接金属の靭性が損なわれる。但し少量であれば溶接金属の強度を高めるために有効である。そのためCrを0.3質量%未満とする必要がある。
【0018】
溶接金属のCは0.04〜0.09質量%とする必要がある。0.04質量%未満では溶接金属の強度が不足するとともに高温割れが発生する。0.09質量%を超えると溶接金属に炭化物が多くなり、靭性が劣化する。あるいはマルテンサイト靭性も劣化する。好ましくは0.05〜0.07質量%である。
SiはP,Sの偏析を助長する働きがあるため、割れの発生を助長するだけでなく、Cの拡散を遅くするため、フェライト安定化元素ではあるがオーステナイトを安定化し、マルテンサイトの生成を助長し、溶接金属の靭性を劣化させる。そのため、0.50質量%以下とする必要がある。あまり少なすぎると溶接金属中の酸素量が高まり、靭性を損なう恐れがあるので、0.30質量%以上必要である。
【0019】
Mnは1.4質量%以上2.0質量%以下とする必要がある。MnはPの凝固偏析を助長し、割れの発生を助長するだけでなく、積層欠陥エネルギーを高めるため、800℃以下でのオーステナイト安定化効果が著しい。そのため、ベイナイト変態を抑制しマルテンサイトが発生しやすくなり、多量の添加は溶接金属の靭性を劣化させる。よって添加量は2.0質量%以下とする必要がある。しかし、1.4質量%より少ない場合には溶接金属の酸素量が高まり、むしろ靭性を損なう懸念があるので、1.4質量%以上の添加が必要である。好ましくは1.5〜1.8質量%である。
【0020】
Cuは0.5質量%未満とする必要がある。Cuは液相線と固相線間の温度範囲を広げ、高温割れの発生を助長するだけでなく、低温割れ感受性も高める働きがある。そのため、0.5質量%未満とする必要がある。
Niは高強度鋼の低温靭性を向上させるために重要な元素である。Mnとは異なり、積層欠陥エネルギーを低めるので、オーステナイトが機械的に安定化されにくく、延性が確保される。従って、靭性向上のために0.9質量%を超えて添加する必要がある。2.0質量%以上の添加が好ましい。しかし、化学的にオーステナイトを安定化するため、多量に添加すると最終凝固相にフェライト相が晶出しなくなり、低温割れが発生する。そのため、Mo,C,Mnとのバランスを取りながらCS値が負とならないように添加する必要がある。その上限としてはおよそ4.2質量%が上限となる。
【0021】
Moはフェライト安定化元素として溶接金属の凝固形態を制御するのに極めて重要な元素であり、なおかつオーステナイトを不安定化させて溶接金属ミクロ組織にベイナイトを生じさせ、靭性を向上させる極めて重要な働きを持つ。そのため少なくとも0.4質量%以上の添加が必要である。一方、1.6質量%を超えると特に外面溶接金属の靭性を損なう。したがって0.4〜1.6質量%とする必要がある。
【0022】
Vは溶接金属の高強度化に寄与するが、0.2質量%以上添加すると特に外面溶接金属の靭性を損なうため、0.2質量%未満とする必要がある。
その他P,Sなどの不純物は少ない方が望ましいが、不純物の低減はコストとトレードオフの関係にある。本発明ではPは0.016質量%以下、Sは0.006質量%以下であれば本発明の効果を得ることができる。
【0023】
溶接金属にはその他に溶接時の精錬のためにAl,Ti,Nb,Bなどの元素を含有してもよい。溶接金属の酸素量は好ましくは0.01〜0.04質量%の範囲、窒素量は少ない方が望ましいが、好ましくは0.010質量%以下である。
次にワイヤの成分の限定理由について述べる。
Cは溶接金属で必要とされるC量の範囲を得るために、母材希釈および大気から入る量を勘案して0.01〜0.14質量%とした。
【0024】
Siは溶接金属で必要とされるC量の範囲を得るために、母材希釈およびフラックス中のSiO2 からの還元を考慮して0.25〜0.7質量%とした。
Mnは溶接金属で必要とされるMn量の範囲を得るために、母材希釈および脱酸による消耗ロスを考慮して0.7〜2.3質量%とした。
Cuは溶接金属で必要とされるCu量の範囲を得るために、1.0質量%未満とした。
【0025】
Niは溶接金属で必要とされるNi量の範囲を得るために、2.0〜10.0質量%とした。
Moは溶接金属で必要とされるMo量の範囲を得るために0.8〜3.8質量%とした。
Crは溶接金属で必要とされるCr量の範囲を得るために、0.7質量%未満とした。
Vは溶接金属で必要とされるV量の範囲を得るために、0.4質量%未満とした。
ワイヤのP,Sは少ない方が望ましいのは言うまでもないが、ワイヤとして本発明の効果を得るにはPは0.016質量%以下、Sは0.006質量%以下であることが望ましい。
【0026】
その他溶接金属に含有可能な元素はワイヤにも含有可能である。溶接は一般に複数電極で行われる。そのため、個々のワイヤが上記成分範囲にある必要はなく、各電極ワイヤの成分と溶融量からなる平均組成が上記範囲内であればよい。ワイヤの平均組成は、ワイヤの溶融量が各電極の溶接電流に比例するとして求めることとする。
次に母材の成分の限定理由について述べる。
【0027】
Cは低温変態組織においては過飽和固溶することで強度上昇に寄与する。この効果を得るためには0.03質量%以上含有することが必要であるが、その量が0.12質量%を超えると、パイプに加工した時に、パイプの円周溶接部の硬度上昇が著しくなり、溶接低温割れが発生しやすくなる。このため、C含有量を0.03〜0.12質量%とする。
Siは脱酸材として作用し、さらに固溶強化により鋼材の強度を増加させる元素であるが、その量が0.01質量%未満ではその効果が得られず、0.5質量%を超えると靱性が著しく低下する。このため、Si含有量を0.01〜0.5%とする。
【0028】
Mnは焼入性向上元素として作用する。その効果はその量が1.5質量%以上で発揮されるが、連続鋳造プロセスでは中心偏析部の濃度上昇が著しく、3.0質量%を超えると偏析部での遅れ破壊の原因となる。このため、Mn含有量を1.5〜3.0質量%の範囲とする。
Alは脱酸元素として作用する。その含有量が0.01質量%以上で十分な脱酸効果が得られるが、0.08質量%を超えると鋼中の清浄度が低下し、靱性劣化の原因となる。このため、Al含有量を0.01〜0.08質量%とする。
【0029】
Nbは熱間圧延時のオーステナイト未再結晶領域を拡大する効果があり、特に950℃以下を未再結晶領域とするため、0.01質量%以上含有させる。しかし、その量が0.08質量%を超えると、溶接した際のHAZおよび溶接金属の靱性を著しく損ねる。このため、Nbの含有量を0.01〜0.08質量%とする。
Tiは窒化物を形成し、鋼中の固溶N量低減に有効である他、析出したTiNのピンニング効果によりオーステナイト粒の粗大化を抑制することで、母材,HAZの靱性向上に寄与する。必要なピンニング効果を得るためにはその含有量を0.0005質量%以上とすることが必要であるが、0.024質量%を超えると炭化物を形成するようになり、それによる析出硬化によって靱性が著しく劣化してしまう。このため、Ti含有量を0.0005〜0.024質量%とする。
【0030】
Nは通常鋼中の不可避不純物として存在するが、前述の通りTi添加を行うことで、オーステナイト粒の粗大化を抑制するTiNを形成する。必要とするピンニング効果を得るためには、その含有量が0.001質量%以上であることが必要であるが、0.01質量%を超えると、溶接部、特に溶融線近傍で1450℃以上に加熱されたHAZでTiNが分解し、固溶Nの悪影響が著しくなるため、N含有量を0.001〜0.01質量%とする。
【0031】
Cu,Ni,Cr,Mo,Vはいずれも焼入性向上元素として作用するため、高強度化を目的に、これらの元素の一種または二種以上を以下に示す範囲で含有させる。
Cuは0.01質量%以上で鋼の焼入性向上に寄与する。しかし、1.3質量%を超えて含有させると溶接金属中のCu量が高まり、溶接金属の高温割れが生じる。このため、Cuを添加する場合には、その含有量を0.01〜1.3質量%とする。
【0032】
Niは0.1質量%以上添加することで鋼の焼入性向上に寄与する。特に、多量に添加しても靱性劣化を生じないため、強靱化に有効であるが、高価な元素であり、かつ3質量%を超えても効果が飽和する。このため、Niを添加する場合には、その含有量を0.1〜3質量%とする。
Crもまた0.01質量%以上含有することで鋼の焼入性向上に寄与するが、1.0質量%を超えると靱性が劣化する。このため、Crを添加する場合には、その含有量を0.01〜1.0質量%とする。
【0033】
Moもまた0.01質量%以上含有することで鋼の焼入性向上に寄与するが、1.0質量%を超えると靱性が劣化する。このため、Moを添加する場合には、その含有量を0.01〜1.0質量%とする。
Vは炭窒化物を形成することで析出強化し、特にHAZの軟化防止に寄与する。この効果は0.01質量%以上で得られるが、0.1質量%を超えると析出強化が著しく靱性が低下してしまう。このため、Vを添加する場合には、その含有量を0.01〜0.1質量%とする。
【0034】
製鋼プロセスにおいて、Ca含有量が0.0005質量%未満の場合、脱酸反応支配でCaSの確保が難しく靱性改善効果が得られず、一方、0.01質量%を超えた場合、粗大CaOが生成しやすくなり、母材を含めて靱性が低下する上に、取鍋のノズル閉塞の原因となり、生産性を阻害する。このため、Ca含有量を0.0005〜0.01質量%とする。
本発明において、O,Sは不可避的不純物であり含有量の上限を規定する。Oの含有量は、粗大で靱性に悪影響を及ぼす介在物の生成を抑制する観点から0.004質量%以下とする。
【0035】
また、Caを添加することでMnSの生成が抑制されるが、Sの含有量が多いとCaによる形態制御でもMnSを抑制しきれないため、Sの含有量は0.002質量%以下とする。
上記成分を持つ鋼板を管状に成形した後、突合せ部を仮付け溶接したのち、本発明記載の溶接材料を用いて内面溶接,外面溶接の順に溶接を行い、拡管率2%以内の拡管を実施することにより耐低温割れ性と溶接部靭性に優れた高強度鋼管を得ることができる。
【実施例】
【0036】
表1に示す鋼板を管状にUプレスおよびOプレスで成形し、さらにガスシールドアーク溶接によりタック溶接を行った後、内外面にサブマージアーク溶接を1層ずつ実施した。サブマージアーク溶接で使用した溶接ワイヤの成分を表2に示す。鋼板BおよびEでは鋼材のS量が高く、200J以上の十分なシャルピー衝撃値が得られていない。
【0037】
【表1】

【0038】
【表2】

これらの鋼板と溶接ワイヤを種々組み合わせて、4電極溶接にて内外面の両面1層溶接を実施した。表3,4に溶接条件を示す。サブマージアーク溶接に用いたフラックスはCaO−CaF2−SiO2系の高塩基性溶融形フラックスを用いた。このフラックスのJISZ3118に基づく拡散性水素量は4.6cc/100gであった。
【0039】
【表3】

【0040】
【表4】

これら母材と溶接材料を用いて4電極サブマージアーク溶接を実施して、得られた溶接金属の化学組成と特性を表5,6に示す。表7にワイヤの平均組成を示す。ワイヤの平均組成は、適用した各電極のワイヤ組成に各電極の電流値を乗じて和したものを各電極電流の総和で除したものである。なおNo.20の実施においては、2電極サブマージアーク溶接を実施した。溶接条件は、内面側が第1電極:920A−36V,第2電極:690A−44V,溶接速度:1.1m/分とし、外面側が第1電極:1000A−36V,第2電極:750A−45V,溶接速度:1.0m/分とした。
【0041】
【表5】

【0042】
【表6】

【0043】
【表7】

No.9〜14,16,18〜20は本発明の例である。CS値は0以上が確保され、溶接金属の低温割れは見られなかった。なお、割れの確認方法としては溶接後72時間放置し、オンビードにて溶接線方向と溶接線直交方向に超音波探傷試験を行ない、割れの有無を調査するとともに、割れは溶接金属表面に見られる場合が多いため、磁粉探傷試験にて表面割れを調査した。超音波探傷試験および磁粉探傷試験にて割れの発生が認められなかったものを○とし、超音波探傷試験および/または磁粉探傷試験にて割れの発生が認められたものを×として表5に示す。
【0044】
比較例であるNo.1においては溶接金属のCrが高く、溶接金属の靭性の劣化が認められた。溶接金属の靭性は、シャルピー衝撃試験にて調査した。シャルピー試験片の採取位置を図2に示す。
また比較例であるNo.2についてはNiが高いため、CS値が大きく負に偏り著しい低温割れが発生した。割れは内面ビードに多く発生したが、外面側にも内面側とつながった外表面に達する割れと、ビード内に留まる1mm程度の小さな割れが観察された。また、No.2ではCS値が負であるとともに溶接金属のSiが低下し,溶接金属のシャルピー吸収エネルギーが内外面溶接金属とも劣化した。ところで、溶接ビード横割れが生じた場合、引張試験とシャルピー試験が実施できないため、溶接後200℃で2時間の後熱処理を施すことによって横割れを抑制し、機械試験を実施した。
【0045】
No.3ではワイヤのCが高く、溶接金属のCが高くなりCS値が負となり溶接金属に割れが発生するとともに、溶接金属のSi,Crが高まり、特に外面側溶接金属のシャルピー吸収エネルギーが劣化した。
No.4では、それぞれの溶接金属の成分は本発明の範囲内であるが、CS値が負となったので、溶接金属に低温割れが発生した。低温割れを防止するには、溶接金属組成が各成分の範囲を満足するだけでなく、CS値が0以上であることが必要である。
【0046】
No.5はCS値は正となり、溶接金属の低温割れは抑制された。しかしながら、ワイヤのMoが高く溶接金属のMoが高くなりすぎ、特に外面溶接金属の靭性が劣化した。
No.6においてはワイヤのMnが過剰でMoが不足するので、溶接金属のMnが高く、Moが低くかった。そのため、CS値が負となり溶接金属に横割れが発生するとともに、溶接金属の靭性が低下した。
【0047】
No.7ではワイヤのCuが高いため溶接金属のCuが高くなり、溶接金属に高温割れが発生した。高温割れが発生したため、溶接金属の機械試験は実施できなかった。
No.8ではCS値は正であり、溶接金属の割れは抑制された。しかしVが高くなりすぎ、特に外面溶接金属の靭性が劣化した。
No.15ではワイヤのCr量が高いため、溶接金属のCr量が増加し、溶接金属の靭性が劣化した。
【0048】
No.17ではワイヤのSiが低く、溶接金属のSiが低下したため溶接金属の靭性が劣化した。
No.21では溶接金属のCが低くなり、溶接金属に高温割れが発生した。
No.22では溶接金属のNiが低くなり、溶接金属の靭性が劣化した。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】CS値と溶接金属の割れとの関係を示すグラフである。
【図2】シャルピー試験片の採取位置を示す断面図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内面と外面から両側1層ずつサブマージアーク溶接を行なって製造する溶接鋼管の母材および溶接金属の引張強さがともに800MPa以上であり、前記溶接金属がC:0.04〜0.09質量%、Si:0.30〜0.50質量%、Mn:1.4〜2.0質量%、Cu:0.5質量%未満、Ni:0.9質量%超え4.2質量%以下、Mo:0.4〜1.6質量%、Cr:0.3質量%未満、V:0.2質量%未満を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなるとともに、前記溶接金属の成分から下記の(1)式で算出されるCS値が内面側と外面側ともに0以上であることを特徴とする耐低温割れ性に優れた溶接金属を有する高強度溶接鋼管。
CS=5.1+1.4[Mo]−[Ni]−0.6[Mn]−36.3[C] ・・・(1)
[Mo]:溶接金属のMo含有量(質量%)
[Ni]:溶接金属のNi含有量(質量%)
[Mn]:溶接金属のMn含有量(質量%)
[C]:溶接金属のC含有量(質量%)
【請求項2】
複数電極の平均組成がC:0.01〜0.14質量%、Si:0.25〜0.7質量%、Mn:0.7〜2.3質量%、Cu:1.0質量%未満、Ni:2.0〜10.0質量%、Mo:0.8〜3.8質量%、Cr:0.7質量%未満、V:0.4質量%未満を含有する溶接ワイヤと溶融形フラックスとを用いて、母材の内面と外面から両側1層ずつサブマージアーク溶接を行ない、溶接金属の成分から下記の(1)式で算出されるCS値を内面側と外面側ともに0以上とすることを特徴とする請求項1に記載の耐低温割れ性に優れた溶接金属を有する高強度溶接鋼管の製造方法。
CS=5.1+1.4[Mo]−[Ni]−0.6[Mn]−36.3[C] ・・・(1)
[Mo]:溶接金属のMo含有量(質量%)
[Ni]:溶接金属のNi含有量(質量%)
[Mn]:溶接金属のMn含有量(質量%)
[C]:溶接金属のC含有量(質量%)
【請求項3】
前記母材が、C:0.03〜0.12質量%、Si:0.01〜0.5質量%、Mn:1.5〜3.0質量%、Al:0.01〜0.08質量%、Nb:0.01〜0.08質量%、Ti:0.0005〜0.024質量%、N:0.001〜0.01質量%、O:0.004質量%以下、S:0.002質量%以下、Ca:0.0005〜0.01質量%を含有し、かつCu:0.01〜1.3質量%、Ni:0.1〜3.0質量%、Mo:0.01〜1.0質量%、Cr:0.01〜1.0質量%およびV:0.01〜0.1質量%のうちの少なくとも1種を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とする請求項2に記載の耐低温割れ性に優れた溶接金属を有する高強度溶接鋼管の製造方法。
【請求項4】
前記母材が、C:0.03〜0.12質量%、Si:0.01〜0.5質量%、Mn:1.5〜3.0質量%、Al:0.01〜0.08質量%、Nb:0.01〜0.08質量%、Ti:0.0005〜0.024質量%、N:0.001〜0.01質量%、O:0.004質量%以下、S:0.002質量%以下、Ca:0.0005〜0.01質量%を含有し、かつCu:0.01〜1.3質量%、Ni:0.1〜3.0質量%、Mo:0.01〜1.0質量%、Cr:0.01〜1.0質量%およびV:0.01〜0.1質量%のうちの少なくとも1種を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とする請求項1に記載の耐低温割れ性に優れた溶接金属を有する高強度溶接鋼管。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−240096(P2008−240096A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−84399(P2007−84399)
【出願日】平成19年3月28日(2007.3.28)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】