説明

耐摩耗性に優れた被覆工具

【課題】 熱処理後の高硬度鋼の高速切削、乾式切削といった金属材料等の切削加工等に使用される耐摩耗性に優れた被覆工具を提供する。
【解決手段】 工具基材の表面にTiAl系の窒化物でなる硬質皮膜を被覆した被覆工具であって、該硬質皮膜は、0.5〜1.0原子%のArを含有し、且つ、X線回折における結晶の(200)面のピーク強度が最大であることを特徴とする耐摩耗性に優れた被覆工具である。また、本発明において硬質皮膜は(200)面の格子定数が0.420nm以上の結晶構造を有することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱処理後の高硬度鋼の高速切削、乾式切削といった金属材料等の切削加工等に使用される耐摩耗性に優れた被覆工具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、超硬合金にTiの炭化物、窒化物、炭窒化物、および炭窒酸化物の硬質被覆層を被覆することで、切削工具等の耐摩耗性や耐酸化性の特性改善が行われてきた。中でも、TiAlN皮膜はTiNやTiCNに比べて耐摩耗性と耐酸化性が高く金属加工の高速切削に適用されていた。
近年、前記硬質被覆層の更なる特性向上のために、最外層に、アルゴンイオン、炭素イオン、および酸素イオンの内の1種以上の注入による格子歪みを形成してなる耐摩耗性に優れた表面被覆炭化タングステン基超硬合金が提案されている(特許文献1)。
また、前記硬質膜中にHe,Ne,Ar,KrおよびXeから選ばれる少なくとも1種以上の希ガス元素を0.01〜25原子%含有した、膜硬度と密着性に優れた硬質膜被覆部材が提案されている(特許文献2)。
また、基体の表面に少なくともTiを含む窒化物、窒酸化物、炭窒化物および炭窒酸化物の1種以上で構成された硬質皮膜に不活性ガス元素(He,Ne,Ar,Xe,Kr,Rn)の少なくとも1種以上を0.01〜1質量%含有すると共に、X線回折法で検出されたピークのうち、結晶の(111)面に起因するピークの強度が最大であることを特徴とした、耐欠損性および耐摩耗性に優れた表面被覆体が提案されている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平1−274903号公報
【特許文献2】特開平6−248420号公報
【特許文献3】特開2006−150583号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1〜3の硬質皮膜は耐摩耗性の改善に一定の効果を得ることができるが、近年ますます過酷になっている切削条件下では、なお耐摩耗性は十分に満たされているとはいえない。本発明の目的は、上記課題に鑑み耐摩耗性を大きく改善した被覆工具を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、TiAl系の窒化物皮膜の更なる耐摩耗性向上について検討を行った結果、皮膜の成膜中にArを所定の範囲にて含有させ、皮膜構造を制御することにより皮膜の耐摩耗性が一段と向上することを突きとめ、本発明に到達した。
【0006】
すなわち本発明は、工具基材の表面にTiAl系の窒化物でなる硬質皮膜を被覆した被覆工具であって、該硬質皮膜は、0.3〜1.0原子%のArを含有しかつ、X線回折における結晶の(200)面のピーク強度が最大であることを特徴とする耐摩耗性に優れた被覆工具である。
また、本発明は、該硬質皮膜は(200)面の格子定数が0.420nm以上の結晶構造を有することが好ましい。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、硬質皮膜の耐摩耗性を向上させることができる。よって、耐摩耗性に優れた被覆工具に有効な技術となる。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明の特徴は、TiAl系の窒化物でなる硬質皮膜中へのArの含有および該硬質皮膜の(200)面への配向の制御にある。以下、その詳細について述べる。
【0009】
(1)工具基材の表面に被覆した硬質皮膜はTiAl系の窒化物である。
TiAl系窒化物は皮膜硬さ、皮膜の耐熱性が元より優れており、切削加工に用いることができる。
また、好ましいTiAl系の窒化物は、Alを40原子%から70原子%含有させたTiAlNである。また、該TiAlNへCrやV等の他の元素を適量含有させてもよい。さらに、本発明の硬質皮膜および、他の皮膜との1層以上の積層構造であってもよい。
【0010】
(2)硬質皮膜は、Arの含有量が0.5〜1.0原子%である。
Arは硬質皮膜の成膜中において、TiAl系の窒化物中の結晶格子内、結晶粒界に含有されることによって、TiAlN系の窒化物の結晶粒径を微細化させ、硬質皮膜の耐摩耗性を向上させる。Arの含有量が0.5原子%未満であると、Arの含有によるTiAlN系の窒化物における結晶粒径の微細化の程度が小さく、硬質皮膜の耐摩耗性の向上効果が小さい。反対に、Arの含有量が1.0原子%を超えて大きくなると、TiAlN系の窒化物の結晶粒径が小さくなりすぎ、また、Arの含有量が多くなりすぎることによって硬質皮膜が脆くなり、硬質皮膜の耐摩耗性を低下させる。よって、本発明ではArの含有量を0.5〜1.0原子%とした。
【0011】
(3)硬質皮膜は、X線回折における結晶の(200)面に起因するピークの強度が最大である。
本発明のTiAl系の窒化物でなる硬質皮膜は、成膜条件の変化によってX線回折における(111)面、(200)面の各強度比が変化する。本発明者等の検討によるとArの含有量が本発明で規定する0.5〜1.0原子%においては、(200)面のピーク強度が他のピークより大きい、すなわち最大である硬質皮膜は、優れた耐摩耗性を示す。
よって本発明の耐摩耗性に優れた被覆工具はX線回折における結晶の(200)面に起因するピークの強度が最大であるとした。
【0012】
(4)好ましくは、該硬質皮膜は、結晶の(200)面の格子定数が0.420nm以上の結晶構造である。
本発明のTiAl系の窒化物でなる硬質皮膜は結晶の(200)面の格子定数が0.420nm以上であることによって、結晶格子中に十分な量のArが含有される。そして、結晶格子が歪むことによって硬質皮膜の残留圧縮応力が増加し、硬質皮膜の耐摩耗性を向上させることができるので望ましい。
【0013】
なお、本発明の被覆工具に採用した上記の硬質皮膜は、例えばアークイオンプレーティング法やスパッタリング法での成膜が可能である。その中でも、スパッタガスとしてArを用いたスパッタリング法であれば硬質皮膜中にArを含有させやすく望ましい。
さらに、HIPIMS(High Power Impulse Magnetron Sputtering)やHPPMS(High Power Pulse Magnetron Sputtering)等に代表される高出力パルスマグネトロンスパッタリング法は、高出力にてスパッタリングを行うことができ、スパッタガスとしてArを用いることによって効率的に硬質皮膜中にArを含有させることができ望ましい。
【実施例】
【0014】
表面処理を行う基材は、切削試験用に外径10mmの超硬合金製2枚刃ボールエンドミル、および硬質皮膜の物性評価用として、寸法12.5×12.5×5mmの超硬合金製チップのラップ加工試料を用意した。
高出力パルスマグネトロンスパッタリング装置を用いた場合(以下、高出力スパッタと記す)、金属成分のスパッタリング源である原子比率でTi50Al50の合金製ターゲット、ならびにスパッタガスとしてアルゴンガス、反応ガスである窒素ガスを選択し、被覆基体温度500℃、アルゴンガス流量を500mlnの条件にて装置内に導入し、装置内の圧力が600mPaになるように窒素ガス導入量にて制御を行い、コーティング時の被覆基体へのバイアス電圧を変化させて、4kWのDC電源出力を周波数600Hz(キャパシタによる出力チャージ時間:1647μ秒、パルス出力時間:20μ秒)の条件にて高出力パルスに変換を行い、この電力をカソードに出力して成膜を行った。
【0015】
また、マグネトロンスパッタリング装置を用いた場合(以下、通常スパッタと記す)は、金属成分のスパッタリング源である原子比率でTi50Al50の合金製ターゲット、ならびにスパッタガスとしてアルゴンガス、反応ガスである窒素ガスを選択し、被覆基体温度500℃、アルゴンガス流量を500mlnの条件にて装置内に導入し、装置内の圧力が600mPaになるように窒素ガス導入量にて制御を行い、コーティング時の被覆基体へのバイアス電圧を変化させカソード電源出力が4kWの条件で成膜を行った。
【0016】
表1に示す成膜条件にて、それぞれ合計3μmの厚みになるように硬質皮膜を被覆し、本発明例および比較例の硬質皮膜を作製した。なお、本発明の5,6については、基体と本発明の硬質皮膜(表1のA層)との間には、密着性を向上させるための下地層を成膜している。
【0017】
【表1】

【0018】
表1に記載の、硬質皮膜A層のAr含有量については、電界放出型電子プローブマイクロアナライザー(日本電子製、JXA−8500F、以下、FE−EPMAと記す。)を用いて測定を行った。
硬質皮膜を被覆した超硬合金チップをナナメ5°の角度でラップ加工を行い、試料の皮膜断面のチップの端部より100μm中心部寄りの、超硬合金素材−硬質皮膜表面の中央部について、加速電圧5kV、ビーム径1μmの条件にて3回測定を行い、平均値を測定値として、Arの計算強度を用いて定量分析を行った。
硬質皮膜A層の結晶配向および(200)面格子定数については、X線回折装置(リガク製、RTP―300、以下XRDと記す。)により測定した。各相のXRDによる測定条件は、Cuターゲットを装着した回転対陰極式X線発生装置を用い、フィルター材はNi、電圧電流は50kV−160mA、走査速度は0.02度/秒とした。TiNのJCPDSカードを用い、(111)面2θ=36.662度、(200)面2θ=42.569度付近に存在するピークより、各格子面の同定を行い、その強度を測定することによって最強ピークを示す格子面を確認した。さらに、(200)面の角度より格子定数を計算した。
【0019】
得られた硬質皮膜被覆エンドミルを用いて切削試験を行った。切削条件は、平面切削ダウンカット、被削材SKD11(硬さHRC61)、切り込みAd0.2mm×Rd0.2mm、切削速度126m/min、送り0.125mm/刃、エアーブロー使用、とした。工具寿命は、エンドミルの刃先の逃げ面摩耗量が100μmに到達した時点として、その時の切削距離を工具寿命として表2に記載する。
【0020】
【表2】

【0021】
表1および表2より、本発明の実施例1〜6は、本発明の比較例7〜12に対して2倍以上の工具寿命を示した。本発明例2〜6において、(200)面の格子定数が0.420nm以上であり、(200)面の格子定数が0.420nm未満である本発明例1に対して1.3倍以上のさらに優れた切削寿命を示した。
比較例7、8は最強のピークを示す結晶面が(200)面であるが、Ar含有量が本発明の規定値未満であるため、30m程度の短寿命しか示さなかった。反対に、Ar含有量が本発明の規定値を超えて多くなった本比較例9、10についても、20m以下の短寿命しか示さなかった。
比較例11、12はAr含有量が本発明の範囲内であるのに対して、最強ピークを示す結晶面が(111)面であるため、20m以下の短寿命しか示さなかった。
【産業上の利用可能性】
【0022】
本発明は、切削加工用のドリル、エンドミル、フライス加工用インサート等の工具の用途の他には、プレス成形、切断、鍛造(含むコイニング、スウェージング)、鋳造・ダイキャスト、粉末成形、射出成形等の用途にも適用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
工具基材の表面にTiAl系の窒化物でなる硬質皮膜を被覆した被覆工具であって、該硬質皮膜は、0.5〜1.0原子%のArを含有し、且つ、X線回折における結晶の(200)面のピーク強度が最大であることを特徴とする耐摩耗性に優れた被覆工具。
【請求項2】
硬質皮膜は、(200)面の格子定数が0.420nm以上の結晶構造を有することを特徴とする請求項1に記載の耐摩耗性に優れた被覆工具。

【公開番号】特開2011−189419(P2011−189419A)
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−55292(P2010−55292)
【出願日】平成22年3月12日(2010.3.12)
【出願人】(000005083)日立金属株式会社 (2,051)
【出願人】(000233066)日立ツール株式会社 (299)
【Fターム(参考)】