説明

耐曲げ戻し性に優れたZn−Al系めっき塗装鋼板およびその製造法

【課題】耐食性に優れた溶融Zn−50〜60%Al合金めっき鋼板をベースにした塗装鋼板において、耐曲げ戻し性が顕著に改善された、屋根用に好適な低コストの塗装鋼板を提供する。
【解決手段】鋼板表面に、Al:50〜60質量%、残部実質的にZnからなるめっき層と、そのめっき層より上層に塗膜を有する塗装鋼板において、母材の断面硬さHM(HV)と、めっき層の断面硬さHP(HV)が下記(1)式および(2)式を満たし、好ましくはさらに下記(3)式を満たすように調整されている耐曲げ戻し性に優れたZn−Al系めっき塗装鋼板が提供される。
M>HP ……(1)、HP≧90 ……(2)、HM≦145 ……(3)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高耐食性のZn−Al系めっき層の上に塗装を施した塗装鋼板であって、特に耐曲げ戻し性を低コストで改善した、屋根等の外装建材に適しためっき塗装鋼板およびその製造法に関する。本明細書では、曲げ加工された部位の曲げ形状を、曲げ加工される前のフラットに近い形状まで逆に変形させて戻す加工を「曲げ戻し」と呼んでいる。
【背景技術】
【0002】
Zn−50〜60%Al合金めっき鋼板をベースにした塗装鋼板は、Znめっき鋼板をベースにしたものよりも耐食性および耐久性に優れることから、屋根等の外装建材用に広く使用されている。このような塗装鋼板で屋根を葺く場合は通常、ロールフォーミング等により曲げ加工が施されるが、施工方法によっては、折り曲げられた形状の加工部の一部について、曲げを戻し再度曲げるといった繰り返し曲げ操作が加えられることがある。
【0003】
図1は、屋根に施工される折り曲げられた形状の加工部の断面形状を模式的に例示したものである。これは、主に寒冷地の屋根で施工される「蟻掛(ありかけ)加工」と呼ばれる加工の例である。母材10は、めっき原板である鋼板素材の部分に由来する「鋼」からなる部分である。母材10の表面には「めっき層+塗膜」からなる被覆層11が形成されている。ロールフォーミングによって鋼板の一部がほぼ密着するような曲げ加工が施され、被覆層11はA1、A2、A3などの曲げの内側の箇所で厳しい圧縮変形を受け、B1、B2などの曲げの外側箇所で厳しい引張変形を受ける。
【0004】
図2には、この蟻掛加工部の一部について曲げを戻す操作が加えられる前後における屋根部材の外観を模式的に例示する。図2(a)は曲げを戻す前の状態、図2(b)は曲げを戻した後の状態である。屋根の端部を処理する場合、例えば図2(a)のように、蟻掛加工部20と平坦部22の一部を破線で示される切断位置21で切断する。次いで、切断位置21より端の部分で蟻掛加工部20の曲げを戻して矢印方向に平坦に伸ばし、一旦、図2(b)のような形状とする。その後、さらに所望の折り曲げ加工等を加えることにより、端部の処理を行う。
【0005】
めっき層がZn−50〜60%Al合金めっきの場合、図2(b)のような曲げが戻された状態においては、曲げられていたときにめっき層が圧縮変形を受けていた箇所(図1のA1、A2、A3など)において、めっき層に亀裂が生じやすい。Zn−50〜60%Al合金めっきは防食効果が高いこともあり、このようなめっき層の亀裂自体は通常大きな問題にはならない。しかし、めっき層が割れた箇所において母材の鋼にネッキング(板厚減少)が生じやすく、これが問題となる。このネッキングは、その後の加工工程で母材自体に割れが生じる原因となるからである。本明細書では、このようなネッキングが曲げ戻し時に生じ難く、その後の加工で曲げ戻し箇所の母材に割れが生じ難い性質を「耐曲げ戻し性」と呼んでいる。
【0006】
図3には、溶融Zn−55%Al合金めっき鋼板をベースとした従来の塗装鋼板について、2T曲げ(Tは板厚)を施した試料の曲げ部(図3(a))、およびその後に曲げ戻しを行った試料の曲げを戻した部分(図3(b))の断面形状を例示する。この塗装鋼板は、溶融めっき後に伸び率1%の調質圧延を行い、ロールコーター法で塗料を塗布し、材温210℃まで昇温したのち水冷する方法で焼付け塗膜を形成したものである。母材10の厚さは約0.35mm、めっき層12’の曲げ加工前における断面硬さは約115HVである。塗膜は、めっき層12、12’の表面に存在しているが、図では省略してある。図3(b)のように、曲げ戻しを行うと、曲げの内側で圧縮変形を受けた側のめっき層12’には割れが生じ、その割れの部分(すなわち母材10の表面にめっき層12’が存在しない部分)において、母材10にネッキング(板厚減少)が起こる(例えば矢印部分)。これは母材10の表面のうち、めっき層12’に割れが生じた箇所ではめっき層12’による拘束力が働かず、曲げ戻し時にその部分に引張応力が集中するからではないかと考えられる。
【0007】
このようなネッキングを抑制するには曲げ戻し時にめっき層12’に割れが生じないか、生じたとしても非常に微細な割れになることが、極めて有効である。そのためにはめっき層が、曲げによる鋼板の変形に追随できるように、十分軟質化されていることが重要である。
【0008】
そこで、厳しい加工に供される屋根等に溶融Zn−50〜60%Al合金めっき鋼板をベースとした塗装鋼板を適用する際には、めっき工程と塗装工程の間で、溶融めっき鋼板を熱処理することにより、めっき層を軟質化することが一般に行われている(特許文献1)。その熱処理は、例えば200℃程度の温度で5〜20h程度保持するといった長時間の焼鈍によって行われる。
【0009】
図4に、溶融めっき後に220℃×8hの熱処理に供した溶融Zn−55%Al合金めっき鋼板をベースとして焼付け塗装を施した、屋根材として実用化されている従来の塗装鋼板について、図3と同様の調査を行った場合の断面形状を模式的に例示する。塗膜は、図では省略してある。この場合、めっき層12’の曲げ加工前における断面硬さは約70HVに軟質化されている。図4(b)のように、曲げの内側で圧縮変形を受けためっき層12’には極めて微細な割れしか生じず、母材10にもネッキング(板厚減少)は起こらない。
【0010】
【特許文献1】特開2002−249862号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記のように、溶融Zn−50〜60%Al合金めっき鋼板に、めっき層を軟質化する熱処理を施し、その後、焼付け塗装を施した塗装鋼板は、曲げ戻しを行った場合にもめっき層が割れ難く、その結果、母材のネッキングも生じにくい。したがって、このような塗装鋼板は優れた耐食性を有するとともに、耐曲げ戻し性にも優れ、屋根等の外装部材として適したものであると言える。
【0012】
しかしながら、めっき層を軟質化する熱処理は例えば5〜20hといった長時間の加熱を必要とする。このため、生産性は低下し、コストが増大するという問題を有している。
【0013】
また、めっき層を軟質化する熱処理は、鋼に高い降伏伸び(10%前後)を与えることから加工成形時に顕著なストレッチャーストレイン(図7参照)を発生させ、良好な成形性を阻害する。
【0014】
本発明はこのような観点に立ち、耐食性に優れた溶融Zn−50〜60%Al合金めっき鋼板をベースにした塗装鋼板において、「耐曲げ戻し性」顕著に改善された、屋根用に好適な低コストの塗装鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
発明者らは詳細な検討の結果、めっき層を軟質化する処理を行わなくても、母材がめっき層よりも硬くなるようにコントロールすることによって、耐曲げ戻し性が顕著に改善できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0016】
すなわち本発明では、鋼板表面に、Al:50〜60質量%、残部実質的にZnからなるめっき層と、そのめっき層より上層(すなわち表層側)に塗膜を有する塗装鋼板において、母材の断面硬さHM(HV)と、めっき層の断面硬さHP(HV)が下記(1)式および(2)式を満たし、好ましくはさらに下記(3)式を満たすように調整されている耐曲げ戻し性に優れた屋根用に好適なZn−Al系めっき塗装鋼板が提供される。
M>HP ……(1)
P≧90 ……(2)
M≦145 ……(3)
【0017】
ここで、めっき層組成において「残部実質的にZnからなる」とは、本発明の効果を阻害しない範囲で、AlとZn以外の元素の混入が許容されることを意味する。例えば、溶融Zn−Al系合金めっき浴に含まれている場合が多い元素として、Si:0.2〜3.0質量%以下、Fe:1.5質量%以下、Mg:0.5質量%以下が挙げられ、その他、Cu、Pb、Sn、Ca、Ni、Mn、Cr、Ti、Na、B、Sr等の不純物の混入が許容される。
【0018】
「母材」はめっき原板として使用される鋼板素地に由来する「鋼」の部分である。母材およびめっき層の断面硬さは、圧延方向および板厚方向に平行な鋼板断面(以下「L断面」という)について測定される硬さである。めっき層の断面硬さは、例えばマイクロビッカース硬度計により荷重5gで測定することができる。その際、コーンの先端がめっき層断面のα−Al部に位置するようにすればよい。母材の断面硬さHMおよびめっき層の断面硬さHPは、それぞれ母材およびめっき層の厚さ中心部付近をn=5で測定した場合の平均値が採用される。「めっき塗装鋼板」はめっき層の上に塗膜を有する鋼板を意味する。
【0019】
上記塗装鋼板の母材はC:0.04〜0.20質量%を含むAlキルド鋼が採用できる。
母材の平均結晶粒径は、L断面についてJIS G0511に準拠した切片法により測定された値で、例えば7〜50μmの範囲にある。
【0020】
また本発明では上記塗装鋼板の製造法として、再結晶焼鈍後の硬さが100〜145HVとなる性質の冷延鋼板をめっき原板として、再結晶を伴う加熱後にAl:50〜60質量%、残部実質的にZnからなる溶融めっき浴に通板する「溶融めっき工程」、得られた溶融めっき鋼板に伸び率0.2〜4%の圧延を施す「調質圧延工程」、および、塗料を塗布した後、在炉時間5min以内で材温(到達板温)190〜250℃まで加熱し、水冷する「塗装・焼付け工程」を有する製造法が提供される。溶融めっき工程後には、炉温130℃以上の温度域に鋼板を1h以上保持する熱履歴を付与しないことが望ましい。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、本来耐食性に優れる溶融Zn−50〜60%Al合金めっき鋼板をベースにした塗装鋼板において、耐曲げ戻し性が顕著に改善された。この塗装鋼板を屋根等の外装材に使用すれば、施工時の鋼材割れが防止されるとともに、めっき層を焼鈍して軟質化した塗装鋼板に比べてストレッチャーストレインが発生し難く、加工成形性に富む。また、めっき層を軟質化するための長時間の加熱が不要であるため、生産性の向上およびコスト低減が可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
発明者らは溶融Zn−50〜60%Al合金めっき鋼板をベースにした塗装鋼板を用いて、曲げ戻し時における母材のネッキングの発生状況を詳細に調査してきた。その結果、ネッキングを防止するためには、1つには従来材のようにめっき層を軟質化することが有効であることが確認された。この場合、図4に示されるように、曲げの内側で圧縮変形を受けためっき層12’は、それ自体が軟質であることによって曲げ戻し時に充分に変形し、割れが顕著に抑制される。めっき層に割れが生じなければ下地の母材が不均一に変形する現象は起こり難く、したがってネッキングもほとんど生じない。
【0023】
ところが、めっき層を軟質化しなくても、母材がめっき層よりも硬くなるようにコントロールされている場合には、曲げ戻し時に母材のネッキングが顕著に抑制されることが明らかになった。すなわち、本発明のめっき塗装鋼板では母材の断面硬さHM(HV)と、めっき層の断面硬さHP(HV)が下記(1)式を満たすようにコントロールする。
M>HP ……(1)
【0024】
図5に、後述の実施例2における本発明の塗装鋼板について、図3と同様の調査を行った場合の断面形状を例示する。この場合、加工前におけるめっき層12’の断面硬さは105HVであり、母材硬さは125HVである。図5(b)のように、めっき層12’は曲げ戻し後に若干割れている。しかし、母材のネッキングは顕著に抑制されている。そのメカニズムについては現時点で未解明な部分も多いが、母材の表面のうち、めっき層12’が存在している箇所では、めっき層より母材の方が硬いために、曲げ戻し時にめっき層12’からの拘束力が母材表面にほとんど働かず、その結果、めっき層12’が存在する箇所と存在しない箇所で曲げ戻し時に母材に付与される応力の差が非常に小さくなることが考えられる。なお、めっき層12側が製品としての「保証面」である。
【0025】
図5に示される塗装鋼板では、蟻掛加工を用いた屋根の施工において、曲げ戻し箇所での母材の割れが発生せず、良好な加工性を有することが確認されている。また、加工によりめっき層に生じる割れは、屋根の外観を損なうものではなく、鋼板の耐食性についても充分に維持されることが確認されている。
【0026】
溶融Zn−50〜60%Al合金めっき鋼板をベースにした塗装鋼板におけるめっき層の断面硬さHP(HV)は、溶融めっき後に調質圧延を行うこと、あるいは熱処理を行うことによって、コントロールすることができる。調質圧延を行えば、溶融めっきままの硬さよりも若干硬くなる。熱処理を行えば軟質化させることができる。
【0027】
めっき層の硬さをコントロールするための熱処理は130〜250℃の温度域で実施できるが、下記(2)式を外れて軟質化しないように留意する。例えば上記温度域での保持時間が1h以上にならないようにする。
P≧90 ……(2)
(2)式を外れるまで熱処理によりめっき層を軟質化させると、鋼の降伏伸びが大きくなり、加工時にストレッチャーストレインが発生し、加工成形性が著しく悪くなる。また、軟質化のための熱処理時間が長くなり、従来材に対するコスト低減効果が小さい。
【0028】
ただし、溶融Zn−50〜60%Al合金めっき鋼板の場合、溶融めっき後に行われることがある調質圧延の伸び率が4%以内であれば、めっき層の断面硬さHPは通常100〜120HVの範囲となる。この範囲において前記(1)式を満たしていれば、充分な耐曲げ戻し性が得られることから、溶融めっき後には特にめっき層を軟質化するような処理を施さなくても良い。
【0029】
母材の断面硬さHM(HV)は、主にめっき原板として採用する鋼板の組成(特にC含有量)によってコントロールすることができる。溶融めっき後の調質圧延によっても若干硬質化させることができる。めっき層の硬さをコントロールするために130〜250℃程度の熱処理を行った場合は、C含有量によって母材が硬質化する場合と、わずかに軟質化する場合がある。いずれにしても、前記(1)式を満たすようにコントロールすればよい。ただし、あまり母材が硬くなると曲げ加工や曲げ戻しの施工性が悪くなるので、下記(3)式を満たす範囲とすることが望ましい。
M≦145 ……(3)
【0030】
母材のL断面における平均結晶粒径は7〜50μmに調整されていることが曲げ戻し時の母材のネッキングを抑止する上で望ましい。
【0031】
めっき層の組成は、Al:50〜60質量%、残部実質的にZnとする。この範囲においてZnの犠牲防食効果とAlの耐久性向上効果がバランス良く発揮され、屋根用として好適な高耐食性を有するカラー塗装鋼板を構築することができる。特にAl含有量は55±2.5質量%の範囲に設定することが一層好ましい。
【0032】
母材となるめっき原板は、C:0.04〜0.20質量%を含むAlキルド鋼であることが望ましい。この範囲において、前記(1)式および(3)式を満たすように塗装・焼き付け後の母材の硬さをコントロールすることが容易になる。
より具体的には、質量%で、C:0.04〜0.20質量%好ましくは0.07〜0.11質量%、Si:0.30質量%以下、Mn:0.60質量%以下、P:0.050質量%以下、S:0.025質量%以下、残部Feおよび不可避的不純物からなる鋼が挙げられる。不純物元素として、Sn含有量は0.15質量%以下であることが望ましい。
【0033】
〔製造工程〕
本発明の塗装鋼板は、例えば以下のようにして製造することができる。
まず、めっき原板として、再結晶焼鈍後の硬さが120〜145HVとなる性質の冷延鋼板を用意する。このような性質を有するかどうかは、別途実験により予め確認しておけばよい。めっき原板の板厚は、屋根用の場合、例えば0.35〜0.40mm程度とする。
【0034】
次に、このめっき原板に、還元雰囲気で再結晶を伴う加熱を施し、Al:50〜60質量%、残部実質的にZnからなる溶融めっき浴中に通板することによって溶融めっきを施す。この溶融めっき工程は、還元炉、溶融めっき浴、めっき付着量調整手段、めっき層冷却帯を備えた既存の連続溶融めっきラインを用いて実施することができる。通板条件は従来の溶融Zn−Al系合金めっきの作業標準に従うことができる。めっき層厚さは片面当たり10〜27μm程度とすればよい。
【0035】
溶融めっき後には伸び率0.2〜4%の調質圧延を施す。これによりめっき面が平滑化され、塗装用原板としてふさわしいめっき鋼板が得られる。調質圧延率が高すぎると鋼の硬化が大きくなり好ましくない。この調質圧延は連続溶融めっきラインに付属のインラインミルを使用して行うと効率的である。
【0036】
(1)式および(2)式を満たす範囲でめっき層を軟質化させる場合は、この段階で130〜250℃の範囲に鋼板を保持する熱処理を施すことができる。ただし、前述のように母材硬さをコントロールすることによって(1)式を満たすことが可能であり、(2)式については熱処理を施さなくても満たすことが可能である。したがって、生産性やコストを考慮すると、溶融めっき後には、130℃以上の温度域に1h以上保持する熱履歴を付与しないことが好ましい。
【0037】
次に、塗装を行う。塗料としては、ポリエステル系、エポキシ系等の一般的なカラー鋼板用塗料が使用できる。塗料をめっき面の片面または両面に、ロールコーター法等により塗布し、その後、在炉時間5min以内で材温(ここでは到達板温を意味する)190〜250℃まで加熱し、水冷することにより焼付けを行う。焼付け後の塗膜厚は10〜25μm程度とすればよい。通常、この範囲の塗膜厚であれば、20〜60sec程度の在炉時間で良好な結果が得られる。
【実施例】
【0038】
《実施例1》
表1に示す鋼種AのAlキルド鋼冷延鋼板(板厚0.35mm)をめっき原板として、連続溶融めっきラインを用いてZn−55質量%Al合金めっきを施した。この連続溶融めっきラインでは、水素+窒素ガスの還元雰囲気中で材温が約700℃まで昇温する条件で熱処理を行い、その後、材温が約560℃になった時点でめっき浴に浸漬した。上記熱処理により、めっき原板は再結晶化する。めっき浴の温度は約600℃であり、分析の結果、Zn−55質量%Alめっき浴中には、Si:1.5質量%、Fe:0.5質量%が含まれていた。めっき浴を出た鋼板はほぼ鉛直方向に引き上げられる過程でガスワイピングノズルによりめっき付着量が調整され、その後、空冷されてめっき層が凝固した。めっき層厚さは両面とも約22μmとした。めっき後の鋼板について、インラインミルにより伸び率1%の調質圧延を施した。
【0039】
このめっき鋼板に対し、めっき層を軟質化する熱処理を施すことなく、塗装を行った。塗料はポリエステル系のものを用意し、めっき鋼板の両面にロールコーター法で塗布した。塗布前には通常の洗浄および脱脂を行った。焼付けは在炉時間約30secで材温が約210℃になるまで昇温し、その後水冷する条件で行った。焼付け後の塗膜厚さは製品において保証面とする側で約17μmである。このようにして得られためっき塗装鋼板を供試材として、以下の調査を行った。
【0040】
〔断面硬さ測定〕
供試材のL断面(圧延方向と板厚方向に平行な断面)が観察できるように樹脂に埋め込んだ試料を作製した。めっき層断面の硬さはマイクロビッカース硬度計を用いて荷重5gにてめっき層の厚さ方向中央部を測定した。母材断面の硬さはビッカース硬度計を用いて荷重5kgにて母材の厚さ方向の中央部を測定した。いずれも、圧延方向にランダムな5箇所の位置で測定し、n=5の平均値をめっき層の断面硬さHP(HV)および母材の断面硬さHM(HV)とした。
【0041】
〔母材の結晶粒径測定〕
上記の樹脂に埋め込んだ試料を用いて、JIS G0551に準拠した切片法で母材の平均結晶粒径(μm)を求めた。
【0042】
〔180°繰り返し曲げ試験〕
供試材から圧延方向が長手方向となる幅50mmの短冊状試料を切り出し、以下の手順で繰り返し曲げを行うことによって耐曲げ戻し性を調べた。曲げ軸は圧延方向に対し直角方向である。
[1]180°2T曲げ(Tは板厚)を行う。
[2]手で曲げ戻し、万力で締め付けることにより平坦な形状に戻す。
[3][1]と曲げ線が変わらないようにして[1]と同じ方向に180°2T曲げを行う。
[4]手で曲げ戻し、万力で締め付けることにより平坦な形状に戻す。
以降[3][4]を繰り返す。
[2][4]のように曲げ戻した時点でサイクル数を1回、2回、と数える。
各サイクルの曲げ戻しを終了した時点で、試料の曲げ加工部を顕微鏡で観察し、母材の割れが認められるまで上記操作を繰り返す。
このような試験を常温、および0℃の大気雰囲気中で行った。耐曲げ戻し性の評価は、耐曲げ戻し性が良好であると一般に認められている後述の従来例1の結果と比較し、母材の割れが認められるまでのサイクル数が「従来例1の回数」以上のものを実用上問題なしと判断して○(良好)、それより少ないものを×(不良)と判定した。
【0043】
〔パイプ押し付け加工試験〕
塗装鋼板(板厚0.35mm)を50mmφのパイプの表面に手で押し付ける加工を施し、加工後の鋼板の表面性状を観察した。表面に折れ線が目立たず、美麗な外観が維持されたものを○(良好)、表面に明らかに外観を損なう不均一な折れ線が生じたものを×(不良)と評価した。
【0044】
《実施例2》
表1に示す鋼種BのAlキルド鋼冷延鋼板(板厚0.35mm)をめっき原板として使用したこと以外、実施例1と同様の方法で実験を行った。
【0045】
《実施例3》
表1に示す鋼種CのAlキルド鋼冷延鋼板(板厚0.35mm)をめっき原板として使用したこと以外、実施例1と同様の方法で実験を行った。
【0046】
《比較例1》
表1に示す鋼種DのAlキルド鋼冷延鋼板(板厚0.35mm)をめっき原板として使用したこと以外、実施例1と同様の方法で実験を行った。
【0047】
《従来例1》
表1に示す鋼種CのAlキルド鋼冷延鋼板(板厚0.35mm)をめっき原板として使用したこと、および伸び率1%の調質圧延が施された溶融めっき鋼板に対して、塗装前に、220℃×8h保持、炉冷の条件でめっき層を軟質化する熱処理を加えたこと以外、実施例1と同様の方法で実験を行った。
なお、この塗装鋼板は、寒冷地の屋根材に使用されて、耐曲げ戻し性については良好であると評価されている商品と類似の特性を有するものである。
【0048】
【表1】

【0049】
【表2】

【0050】
〔結果について〕
本発明例に該当する各実施例のめっき塗装鋼板は、母材がめっき層よりも硬くなるようにコントロールされて前記(1)式を満たしていることにより、めっき層を軟質化する熱処理が施されていないにも関わらず、めっき層を軟質化する熱処理が施された従来例1のものと同様の優れた耐曲げ戻し性を呈した。また、パイプ押し付け加工試験においても良好な結果が得られた。図6に、実施例2におけるパイプ押し付け加工試験後の鋼板表面の外観写真を例示する。他の実施例でも図6と同様に美麗な外観が維持された。
【0051】
これに対し、比較例1のものは母材の硬さが低く、(1)式を満たさなかったことにより、耐曲げ戻し性に劣った。これは、繰り返し曲げ試験の曲げ戻し時にめっき層が割れた箇所で母材のネッキングが起こり、それに起因して繰り返し曲げの比較的早期の段階で母材のネッキング箇所に応力集中が起こり母材の割れに至ったものと考えられる。従来例1はめっき層を軟質化する処理が施されているので、耐曲げ戻し性は改善されている。しかし、熱処理により高い降伏伸びが付与されているため、加工時に顕著なストレッチャーストレインの発生や加工成形性に劣る懸念がある。事実、パイプ押し付け加工試験で、図7に示すような不均一な折れ線が表面に発生した。また、めっき層を軟質化する処理を挿入することによるコスト増が否めない。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】塗装鋼板を使用した屋根で形成されることがある蟻掛加工部の断面形状を模式的に示した図。
【図2】蟻掛加工部の一部に曲げを戻す操作が加えられる前後における屋根部材の外観を模式的に例示した図。
【図3】溶融Zn−55%Al合金めっき鋼板をベースとした従来の塗装鋼板(めっき層の軟質化処理なし)について、2T曲げ(Tは板厚)を施した曲げ部、およびその後に曲げ戻しを行った部分の断面形状を例示した図。
【図4】溶融Zn−55%Al合金めっき鋼板をベースとした従来の塗装鋼板(めっき層の軟質化処理あり)について、2T曲げ(Tは板厚)を施した曲げ部、およびその後に曲げ戻しを行った部分の断面形状を例示した図。
【図5】溶融Zn−55%Al合金めっき鋼板をベースとした本発明の塗装鋼板(めっき層の軟質化処理なし)について、2T曲げ(Tは板厚)を施した曲げ部、およびその後に曲げ戻しを行った部分の断面形状を例示した図。
【図6】溶融Zn−55%Al合金めっき鋼板をベースとした本発明の塗装鋼板(めっき層の軟質化処理なし)について、50mmφのパイプに押し付ける加工を施した場合の表面外観を示す図面代用写真。
【図7】溶融Zn−55%Al合金めっき鋼板をベースとした従来の塗装鋼板(めっき層の軟質化処理あり)について、50mmφのパイプに押し付ける加工を施した場合の表面外観を示す図面代用写真。
【符号の説明】
【0053】
10 母材
11 被覆層
12 めっき層
12’ 曲げの内側で圧縮変形を受けた側のめっき層
20 蟻掛加工部
21 切断位置
22 平坦部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板表面に、Al:50〜60質量%、残部実質的にZnからなるめっき層と、そのめっき層より上層に塗膜を有する塗装鋼板において、母材の断面硬さHM(HV)と、めっき層の断面硬さHP(HV)が下記(1)式および(2)式を満たす耐曲げ戻し性に優れたZn−Al系めっき塗装鋼板。
M>HP ……(1)
P≧90 ……(2)
【請求項2】
母材がC:0.04〜0.20質量%を含むAlキルド鋼である請求項1に記載のZn−Al系めっき塗装鋼板。
【請求項3】
さらに下記(3)式を満たす請求項1または2に記載のZn−Al系めっき塗装鋼板。
M≦145 ……(3)
【請求項4】
母材の平均結晶粒径が7〜50μmである請求項1〜3のいずれかに記載のZn−Al系めっき塗装鋼板。
【請求項5】
再結晶焼鈍後の硬さが100〜145HVとなる性質の冷延鋼板をめっき原板として、再結晶を伴う加熱後にAl:50〜60質量%、残部実質的にZnからなる溶融めっき浴に通板する「溶融めっき工程」、得られた溶融めっき鋼板に伸び率0.2〜4%の圧延を施す「調質圧延工程」、および、塗料を塗布した後、在炉時間5min以内で材温190〜250℃まで加熱し、冷却する「塗装・焼付け工程」を有する請求項1〜4のいずれかに記載のZn−Al系めっき塗装鋼板の製造法。
【請求項6】
溶融めっき工程後には、130℃以上の温度域に1h以上保持する熱履歴を付与しない請求項5に記載のZn−Al系めっき塗装鋼板の製造法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−156729(P2008−156729A)
【公開日】平成20年7月10日(2008.7.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−349006(P2006−349006)
【出願日】平成18年12月26日(2006.12.26)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】