説明

耐熱および耐冷時異音性グリース組成物およびグリース封入転がり軸受

【課題】
寒冷時における冷時異音の発生を確実に防止することができ、かつ高温における長寿命化を達成することができる耐熱および耐冷時異音性グリース組成物およびグリース封入転がり軸受を提供する。
【解決手段】
転がり軸受に用いられる耐熱および耐冷時異音性グリース組成物であって、基油と増ちょう剤と添加剤とを含み、25℃での混和ちょう度が 300 以下であり、−20℃での未混和ちょう度が 200 以上であり、
上記増ちょう剤が、下記の化2で示されるウレア化合物を含み、
上記基油が、合成炭化水素油を必須成分とし、
封入転がり軸受は、内輪および外輪と、この内輪および外輪間に介在する転動体とを備え、この転動体の周囲に上記グリース組成物を封入してなり、自動車用電装補機に使用される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は各種産業機械や車両等に組み込まれる転がり軸受に封入される耐熱および耐冷時異音性グリース組成物に関し、特に冷時異音の発生する低温から高温までの広い温度範囲において、高速回転で使用される軸受に好適な耐熱および耐冷時異音性グリース組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
各種産業機械や車両等に組み込まれる転がり軸受には、潤滑性を付与するためにグリース組成物が封入される。このグリース組成物は基油と増ちょう剤とを混練して得られ、上記基油としては鉱油やエステル油、シリコーン油、エーテル油、フッ素油等の合成潤滑油が、また増ちょう剤としてはリチウム石けん等の金属石けんやウレア化合物、フッ素樹脂が一般に使用されている。近年、転がり軸受は高温下、高速回転で使用される傾向にあり、それに伴ないグリース組成物にも高温耐性が要求されている。ところが、増ちょう剤として金属石けんを使用すると、高温で基油の酸化を促進して潤滑作用を低下させる。また、基油に関しては、鉱油を基油としたグリース組成物は、合成潤滑油を基油とするグリース組成物に比べて酸化されやすく、高温における潤滑寿命が短くなる傾向にある。そこで近年では、特に高温、高速回転で使用される転がり軸受用には、合成潤滑油を基油とし、ウレア化合物やフッ素樹脂を増ちょう剤としたグリース組成物が主流になりつつある。
【0003】
各種産業機械部材の小型化や高性能化にともなって使用条件がより厳しくなる傾向にあり、それに伴なってグリース組成物にもさらなる潤滑性能と潤滑寿命が要求されている。
高温における長寿命化の要求は、高粘度の合成潤滑油を基油とし、ウレア化合物を増ちょう剤としたグリース組成物に酸化防止剤や防錆剤等の添加処方が検討されているが、それにともなって寒冷時においてグリース組成物の粘度が上昇し、冷時異音が発生しやすくなる。
一方、自動車のエンジンによって駆動される機器のプーリ等を寒冷時に運転すると、プーリ仕様や運転条件によっては、寒冷時の特異音(笛吹き音)、いわゆる冷時異音が発生する場合がある。この冷時異音の発生原因については未だ明確には解明されていないが、グリースの油膜ムラによる転動体の自励振動によるものと推測されている。すなわち、寒冷時には、グリースの基油粘度上昇によって軌道面の油膜ムラが生じやすくなるが、油膜ムラがあると、転動体と軌道面との間の摩擦係数が微小な周期的変化を起こし、これによって転動体に自励振動を生じる。この自励振動によってプーリ系が共振し、外輪が軸方向に振動(並進運動)して冷時異音の発生に至ると考えられている。
【0004】
上記高温耐久性に優れ、冷時異音を抑えるグリースとして、合成炭化水素油と油の鎖状分子を構成する 8 個以上の炭素原子の一側にエステル基を 8 個以上櫛歯状に配置したエステル系合成油との混合油からなる基油に、増ちょう剤としてウレア系化合物を配合し、極圧剤としてジチオリン酸塩を添加したグリースが知られている(特許文献1)。
また、ポリ−α−オレフィン(以下、PAOという)油とエステル油との混合油からなる基油に、増ちょう剤として脂環族ジウレア化合物を配合し、添加剤としてジンクジチオカーバメートを添加したグリース組成物を封入した軸受であって、軸受を構成する内輪と、外輪との間に介在させた複数のボールをボールと内輪または外輪のうちの少なくとも外輪とを 2 点で接触させることによって接触角を付与した自動車プーリ用軸受が知られている(特許文献2)。
【特許文献1】特開平9−208982号公報
【特許文献2】特開平11−270566号公報
【0005】
これらの試みは、冷時異音対策として低温時における油膜の安定性と、高温における長寿命化とを狙ったものであるが、単に合成炭化水素油とエステル油とを混合しただけでは、充分な冷時異音防止結果が得られていないという問題がある。
また、上記に挙げた各種機械部材の小型化や高性能化に伴なって使用条件がより厳しくなる傾向にあり、それに伴なってグリース組成物にもさらなる潤滑性能の向上と潤滑寿命の延長が要求されている。高温における長寿命化の要求は、高粘度の合成炭化水素油を基油とし、ウレア化合物を増ちょう剤としたグリース組成物に酸化防止剤や防錆剤等の添加剤処方が検討されているが、それに伴なって寒冷時における冷時異音が発生しやすくなるという問題がある。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、寒冷時における冷時異音の発生を確実に防止することができ、かつ高温における長寿命化を達成することができるグリース組成物およびグリース封入転がり軸受の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の耐熱および耐冷時異音性グリース組成物は、転がり軸受に用いられる耐熱および耐冷時異音性グリース組成物であって、基油と増ちょう剤と添加剤とを含み、25℃での混和ちょう度が 300 以下であり、−20℃での未混和ちょう度が 200 以上であることを特徴とする。
上記増ちょう剤が、下記の化2で示されるウレア化合物を含むことを特徴とする。
【化2】

(式中、R1 、R3 は、炭素数 6〜12 の芳香族系炭化水素基、炭素数 6〜20 の脂環族系炭化水素基、炭素数 6〜20 の脂肪族系炭化水素基を示し、R1 、R3 は同一であっても異なっていてもよい。R2 は、炭素数 6〜12 の芳香族系炭化水素基を示している。)
なお、ちょう度はJIS K 2220で規定される方法により測定される数値である。
上記基油が、合成炭化水素油を必須成分とすることを特徴とする。
【0008】
本発明のグリース封入転がり軸受は、内輪および外輪と、この内輪および外輪間に介在する転動体とを備え、この転動体の周囲に上記耐熱および耐冷時異音性グリース組成物を封入してなることを特徴とする。
上記グリース封入転がり軸受が、エンジン出力で回転駆動される回転軸を静止部材に回転自在に支持する自動車用電装補機に使用され、耐熱および耐冷時異音性軸受であることを特徴とする。
上記自動車用電装補機が、ファンカップリング装置、オルタネータ、アイドラプーリ、テンションプーリ、電磁クラッチまたはコンプレッサであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明の耐熱および耐冷時異音性グリース組成物は、基油と増ちょう剤と添加剤とを含む耐熱および耐冷時異音性グリース組成物であって、25℃での混和ちょう度が 300 以下であり、−20℃での未混和ちょう度が 200 以上であるので、低温時の粘度低下が抑えられる。その結果、低温から高温まで広い温度範囲で良好な潤滑性を発揮して、低温での始動直後から冷時異音の発生を防止でき、しかも長時間にわたって高温耐久性に優れた性質を維持できる耐熱および耐冷時異音性グリース組成物となり、軸受の寿命の可及的延長を可能とする軸受封入用グリース組成物となる。
【0010】
本発明のグリース封入軸受は、内輪および外輪と、この内輪および外輪間に介在する転動体とを備え、この転動体の周囲に上記グリース組成物を封入してなる軸受であるので、低温から高温まで広い温度範囲で良好な潤滑性を発揮して、低温での始動直後から冷時異音の発生を防止でき、しかも長時間にわたって高温耐久性に優れた性質を維持できる転がり軸受となり、転がり軸受の寿命の可及的延長が可能となる。
上記グリース封入転がり軸受が自動車用電装補機に使用される転がり軸受であるので、高温時の潤滑性能を保ちつつ、寒冷時における冷時異音の発生を確実に防止することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
寒冷時における冷時異音の発生を確実に防止することができ、かつ高温時の長寿命化を達成することができる耐熱および耐冷時異音性グリース組成物およびグリース封入転がり軸受の提供を目的として、鋭意検討を行なった結果、基油と増ちょう剤と添加剤とを含む耐熱および耐冷時異音性グリース組成物であって、25℃での混和ちょう度が 300 以下であり、−20℃での未混和ちょう度が 200 以上である耐熱および耐冷時異音性グリース組成物を封入した転がり軸受は、冷時異音の発生防止と、高温時の長寿命化とを両立できることを見出した。25℃での混和ちょう度の調整により高温時の長寿命化を達成したグリース組成物に対して、−20℃での未混和ちょう度の調整を加えることにより、寒冷時におけるグリース組成物の粘度上昇を防止し、軸受軌道面の油膜ムラの発生を抑制することによって冷時異音防止効果が増大したものと考えられる。本発明はこのような知見に基づくものである。
【0012】
本発明の耐熱および耐冷時異音性グリース組成物のちょう度は、25℃での混和ちょう度が 300 以下であり、−20℃での未混和ちょう度が 200 以上である。25℃での混和ちょう度が 300 をこえると高温高速運転時にグリースが漏れやすく、グリースの潤滑寿命が低下する。また、−20℃での未混和ちょう度が 200 未満では、冷時異音が発生しやすくなる。
【0013】
本発明の耐熱および耐冷時異音性グリース組成物は、PAO油、フィッシャートロプシュ法により合成されるGTL油などの高粘度指数基油の使用、基油の粘度指数を向上させるポリメタクリレートなどの粘度指数向上剤等の添加剤を配合することにより得られる。
【0014】
本発明に使用できる基油は、通常グリースに使用される鉱油、合成油あるいはこれらの混合油である。
具体的には、鉱油としてはパラフィン系鉱油、ナフテン系鉱油を挙げることができ、合成油としてはエステル油、エーテル油または合成炭化水素油等を挙げることができる。これらは任意に混合して使用してもよい。
具体的には、エーテル油としてはジアルキルフェニルエーテル油、アルキルトリフェニルエーテル油、アルキルテトラフェニルエーテル油等を、
エステル油としてはジエステル油、ポリオールエステル油またはこれらのコンプレックスエステル油、芳香族エステル油等を挙げることができる。
また、合成炭化水素油としてはPAO油等を挙げることができる。
本発明においては、耐冷時異音性と、耐高温高速耐久性とを両立させるために、耐冷時異音性を有する合成炭化水素油を必須成分として、耐高温高速耐久性に優れるエーテル油、エステル油のいずれかを配合することが好ましい。
これらの中で、合成炭化水素油としてはPAO油を、エーテル油としてはアルキルジフェニルエーテル油を、エステル油としてはポリオールエステル油を、それぞれ用いることが好ましい。
また、高温、高速での潤滑性能並びに潤滑寿命が低下しないためには、40℃における基油の動粘度は 15 mm2/s 〜200 mm2/s であることが好ましい。
【0015】
上記のPAO油としては、通常、α−オレフィンまたは異性化されたα−オレフィンのオリゴマーまたはポリマーの混合物である。α−オレフィンの具体例としては、1−オクテン、1−ノネン、1−デセン、1−ドデセン、1−トリデセン、1−テトラデセン、1−ペンタデセン、1−ヘキサデセン、1−ヘプタデセン、1−オクタデセン、1−ノナデセン、1−エイコセン、1−ドコセン、1−テトラコセン等を挙げることができ、通常はこれらの混合物が使用される。
【0016】
本発明に増ちょう剤として使用できるウレア化合物は、尿素結合を分子内に2個有するジウレアが好ましく、以下の化3で示される。
【化3】

1 、R3 は、炭素数 6〜12 の芳香族系炭化水素基、炭素数 6〜20 の脂環族系炭化水素基を表わし、R1 、R3 は同一であっても異なっていてもよい。R2 は、炭素数 6〜12 の芳香族系炭化水素基を表わす。
なお、ウレア化合物の製造方法の一例としては、ジイソシアネート化合物にイソシアネート基当量のアミン化合物を反応させて得られる。また、ジウレア以外にポリウレア等も使用できる。
【0017】
本発明において用いる増ちょう剤は、ウレア化合物を必須成分として含み耐冷時異音性と、耐高温高速耐久性とを両立させるために、耐冷時異音性を有する脂肪族アミンと、耐高温高速耐久性に優れる脂環族アミンと、または芳香族アミンとを併用することが好ましい。
一例として脂肪族アミンとしてオクチルアミン、脂環族アミンとしてシクロヘキシルアミン、芳香族アミンとしてp−トルイジンを、それぞれ挙げることができる。
【0018】
本発明の耐熱および耐冷時異音性グリース組成物は、上記の基油および増ちょう剤を必須成分とするものであるが、さらに従来より添加剤としてグリース組成物に添加されている、極圧剤、酸化防止剤、防錆剤、金属不活性化剤、油性剤等のグリース用添加剤を配合することができる。
極圧剤:
従来公知の極圧剤を配合することにより、耐荷重性や極圧性を向上させることができる。例えば以下の化合物を使用できる。有機金属系のものとしては、ジチオカルバミン酸モリブデン、ジチオリン酸モリブデン等の有機モリブデン化合物、ジチオカルバミン酸亜鉛、ジチオリン酸亜鉛、亜鉛フェネート等の有機亜鉛化合物、ジチオカルバミン酸アンチモン、ジチオリン酸アンチモン等の有機アンチモン化合物、ジチオカルバミン酸セレン等の有機セレン化合物、ナフテン酸ビスマス、ジチオカルバミン酸ビスマス等の有機ビスマス化合物、ジチオカルバミン酸鉄、オクチル酸鉄等の有機鉄化合物、ジチオカルバミン酸銅、ナフテン酸銅等の有機銅化合物、ナフテン酸鉛、ジチオカルバミン酸鉛等の有機鉛化合物、マレイン酸スズ、ジブチルスズスルファイド等の有機スズ化合物、あるいは、アルカリ金属、アルカリ土類金属の有機スルホネート、フェネート、ホスホネート、金、銀、チタン、カドミウム等の有機金属化合物も必要なら使用できる。硫黄系化合物としては、ジベンジルジスルフィド等のスルフィドあるいはポリスルフィド化合物、硫化油脂類、無灰系カルバミン酸化合物類、チオウレア系化合物、もしくはチオカーボネート類等を使用することができる。リン酸系極圧剤としては、トリオクチルホスフェート、トリクレジルホスフェート等のリン酸エステル、酸性リン酸エステル、亜リン酸エステル、酸性亜リン酸エステル等のリン酸エステル系化合物を使用することができる。また、その他、塩素化パラフィン等のハロゲン系の極圧剤、あるいは、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、グラファイト、ポリテトラフルオロエチレン、硫化アンチモン、窒化硼素などの硼素化合物等の固体潤滑剤を使用することができる。
これらの極圧剤の中で、ジチオカルバミン酸系化合物やジチオリン酸系化合物を好適に使用できる。
【0019】
酸化防止剤:
酸化防止剤としては、ゴム、プラスチック、潤滑油等に添加する老化防止剤、オゾン劣化防止剤、酸化防止剤から適宣選択して使用できる。例えば、以下の化合物が使用できる。すなわち、フェニル−1−ナフチルアミン、フェニル−2−ナフチルアミン、ジフェニル−p−フェニレンジアミン、ジピリジルアミン、フェノチアジン、N−メチルフェノチアジン、N−エチルフェノチアジン、3,7−ジオクチルフェノチアジン、p,p'−ジオクチルジフェニルアミン、N,N'−ジイソプロピル−p−フェニレンジアミン、N,N'−ジ−sec−ブチル−p−フェニレンジアミン等のアミン系化合物等が使用できる。
【0020】
またフェノール系酸化防止剤が使用できる。フェノール系酸化防止剤としては、例えば、2,6−ジ−t−ジブチルフェノール、n−オクタデシル−3−(3',5'−ジ−tert−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート、テトラキス−(メチレン−3−(3',5'−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート)メタン、2,2'−メチレンビス−(4−メチル−6−t−ブチルフェノール)、4,4'−ブチリデンビス−(3−メチル−6−t−ブチルフェノール)などが挙げられる。
【0021】
防錆剤:
防錆剤として、例えば以下の化合物を使用することができる。すなわち、有機スルホン酸のアンモニウム塩、バリウム、亜鉛、カルシウム、マグネシウム等アルカリ金属、アルカリ土類金属の有機スルホン酸塩、有機カルボン酸塩、フェネート、ホスホネート、アルキルもしくはアルケニルこはく酸エステル等のアルキル、アルケニルこはく酸誘導体、ソルビタンモノオレエート等の多価アルコールの部分エステル、オレオイルザルコシン等のヒドロキシ脂肪酸類、1−メルカプトステアリン酸等のメルカプト脂肪酸類あるいはその金属塩、ステアリン酸等の高級脂肪酸類、イソステアリルアルコール等の高級アルコール類、高級アルコールと高級脂肪酸とのエステル、2,5−ジメルカプト−1,3,4−チアジアゾール、2−メルカプトチアジアゾール等のチアゾール類、2−(デシルジチオ)−ベンズイミダゾール、ベンズイミダゾール等のイミダゾール系化合物、あるいは、2,5−ビス(ドデシルジチオ)−ベンズイミダゾール等のジスルフィド系化合物、あるいは、トリスノニルフェニルフォスファイト等のリン酸エステル類、ジラウリルチオプロピオネート等のチオカルボン酸エステル系化合物等を使用することができる。また、金属表面を不動態化させる、亜硝酸塩、硝酸塩、クロム酸塩、リン酸塩、モリブデン酸塩、タングステン酸塩等の腐食抑制剤も使用することができる。
金属不活性化剤:
金属不活性化剤として、例えばベンゾトリアゾールやトリルトリアゾール等のトリアゾール系化合物を使用することができる。
【0022】
油性剤:
油性剤として、例えば以下の化合物を使用することができる。すなわち、オレイン酸やステアリン酸等の脂肪酸、オレイルアルコール等の脂肪酸アルコール、ポリオキシエチレンステアリン酸エステルやポリグリセリルオレイン酸エステル等の脂肪酸エステル、リン酸、トリクレジルホスフェート、ラウリル酸エステルまたはポリオキシエチレンオレイルエーテルリン酸等のリン酸エステル等を使用することができる。
【0023】
粘度指数向上剤:
粘度指数向上剤としては、ポリメタクリレート、ポリアクリレート(以下、「ポリメタクリレート、ポリアクリレート」を「ポリ(メタ)アクリレート」という)等が挙げられる。
具体例としては、メチルメタクリレート、メチルアクリレート(以下、「メチルメタクリレート、メチルアクリレート」を「メチル(メタ)アクリレート」という)、エチル(メタ)アクリレート、プロピル(メタ)アクリレート、ブチル(メタ)アクリレート、ペンチル(メタ)アクリレート、ヘキシル(メタ)アクリレート、ヘプチル(メタ)アクリレート、オクチル(メタ)アクリレート、ノニル(メタ)アクリレート、デシル(メタ)アクリレート、ドデシル(メタ)アクリレート、テトラデシル(メタ)アクリレート、ヘキサデシル(メタ)アクリレート、オクタデシル(メタ)アクリレート、イコシル(メタ)アクリレート、ドコシル(メタ)アクリレート、テトラコシル(メタ)アクリレート、オクタコシル(メタ)アクリレートおよびトリアコンチル(メタ)アクリレートの重合体または共重合体などが挙げられる。これらの化合物を単独またはいずれか 2 種類以上混合してもよい。これらの中で好ましいのは、重量平均分子量が 2 万〜150 万のポリ(メタ)アクリレートである。
【0024】
本発明の耐熱および耐冷時異音性グリース組成物において、添加剤の配合割合は、基油および増ちょう剤の合計量 100 重量部に対して、 0.1〜20 重量部であることが好ましい。添加剤の配合割合が、0.1 重量部未満では、添加剤を添加する効果が乏しく、また 20 重量部をこえるとグリースが軟化し洩れやすくなる。
基油の配合割合は、基油および増ちょう剤の合計量 100 重量部に対して、50〜95 重量部であることが好ましい。基油の配合割合が、50 重量部未満では、グリースが硬く低温時の潤滑性が悪い。また 95 重量部をこえると軟質で洩れやすくなる。
増ちょう剤の配合割合は、基油および増ちょう剤の合計量 100 重量部に対して 5〜50 重量部であることが好ましい。5 重量部未満では、粘度の低い液状となって漏洩しやすく軸受に密封することが困難になる。また 50 重量部をこえると固化してちょう度が 100 以下となるので、軸受封入用のグリースとして実用性がなくなる。
【0025】
本発明のグリース封入転がり軸受の一例を図1に示す。図1は深溝玉軸受の断面図である。
グリース封入転がり軸受1は、外周面に内輪転走面2aを有する内輪2と内周面に外輪転走面3aを有する外輪3とが同心に配置され、内輪転走面2aと外輪転走面3aとの間に複数個の転動体4が配置される。この複数個の転動体4を保持する保持器5および外輪3等に固定されるシール部材6が内輪2および外輪3の軸方向両端開口部8a、8bにそれぞれ設けられている。少なくとも転動体4の周囲にグリース組成物7が封入される。
【0026】
本発明に係る自動車用電装補機の一例を図2に示す。図2はファンカップリング装置の断面図である。ファンカップリング装置は、冷却用ファン9を支持するケース10内にシリコーンオイル等の粘性流体が充填されたオイル室11とドライブディスク18が組込まれた撹拌室12とを設け、両室11、12間に設けられた仕切板13にポート14を形成し、そのポート14を開閉するスプリング15の端部を上記仕切板13に固定している。
また、ケース10の前面にバイメタル16を取付け、そのバイメタル16にスプリング15のピストン17を設けている。バイメタル16はラジエータを通過した空気の温度が設定温度、例えば 60 ℃以下の場合、扁平の状態となり、ピストン17はスプリング15を押圧し、スプリング15はポート14を閉じる。また、上記空気の温度が設定温度をこえると、バイメタル16は図3(b)に示すように、外方向にわん曲し、ピストン17はスプリング15の押圧を解除し、スプリング15は弾性変形してポート14を開放する。
上記の構成からなるファンカップリング装置の運転状態において、ラジエータを通過した空気の温度がバイメタル16の設定温度より低い場合、ポート14はスプリング15によって閉じられているため、オイル室3内の粘性流体は撹拌室12内に流れず、その撹拌室12内の粘性流体は、ドライブディスク18の回転により仕切板5に設けた流通穴19からオイル室11内に送られる。
このため、撹拌室12内の粘性流体の量はわずかになり、ドライブディスク18の回転による剪断抵抗は小さくなるので、ケース10への伝達トルクは減少し、ファン9は低速回転する。
ラジエータを通過した空気の温度がバイメタル16の設定温度をこえると、図3(b)に示すように、バイメタル16は外方向にわん曲し、ピストン17はスプリング15の押圧を解除する。このとき、スプリング15は仕切板13から離れる方向に弾性変形するため、ポート14は開放し、オイル室11内の粘性流体はポート14から撹拌室12内に流れる。
このため、ドライブディスク18の回転による粘性流体の剪断抵抗が大きくなり、ケース10への回転トルクが増大し、転がり軸受に支持されているファン9が高速回転する。
ファンカップリング装置は温度の変化に応じてファン9の回転速度が変化するため、ウォーミングアップを早めると共に、冷却水の過冷却を防止し、エンジンを効果的に冷却することができる。エンジン温度が低いとファン9はドライブ軸20と切り離されているに等しく、高温の場合は連結されているに等しい。このように、転がり軸受1は低温から高温まで広い温度範囲および広い回転範囲で使用される。
【0027】
本発明に係る自動車用電装補機のオルタネータの一例を図3に示す。図3はオルタネータの断面図である。オルタネータは、静止部材であるハウジングを形成する一対のフレーム21a、21bに、ロータ22を装着されたロータ回転軸23が、一対の玉軸受1で回転自在に支持されている。ロータ22にはロータコイル24が取り付けられ、ロータ22の外周に配置されたステータ25には、120°の位相で3巻のステータコイル26が取り付けられている。
ロータ回転軸23は、その先端に取り付けられたプーリ27にベルト(図示省略)で伝達される回転トルクで回転駆動されている。プーリ27は片持ち状態でロータ回転軸23に取り付けられており、ロータ回転軸23の高速回転に伴って振動も発生するため、特にプーリ27側を支持する玉軸受1は、苛酷な負荷を受ける。
【0028】
本発明に係る自動車用電装補機の駆動ベルトのベルトテンショナーとして使用されるアイドラプーリの一例を図4に示す。図4はアイドラプーリの断面図である。
このプーリは、鋼板プレス製のプーリ本体28と、プーリ本体28の内径に嵌合された単列の深溝玉軸受1とで構成される。プーリ本体28は、内径円筒部28a、内径円筒部28aの一端から外径側に延びたフランジ部28b、フランジ部28bから軸方向に延びた外径円筒部28c、内径円筒部28aの他端から内径側に延びた鍔部28dからなる環体である。内径円筒部28aの内径には、玉軸受1の外輪3が嵌合され、外径円筒部28cの外径にはエンジンによって駆動されるベルトと接触するプーリ周面28eが設けられている。このプーリ周面28eをベルトに接触させることにより、プーリがアイドラとしての役割を果たす。
玉軸受1はプーリ本体28の内径円筒部28aの内径に嵌合された外輪3、図示されていない固定軸に嵌合される内輪2、内・外輪2、3の転送面2a、3a間に組み込まれた複数の転動体4、転動体4を円周等間隔に保持する保持器5、グリースを密封する一対のシール部材6で構成され、内輪2および外輪3はそれぞれ一体に形成されている。
【0029】
本発明に係る自動車用電装補機の電磁クラッチおよびコンプレッサを図5を参照して説明する。図5は、電磁クラッチおよびスクロール型コンプレッサの断面図である。
電磁クラッチ29の動作を以下に示す。プーリ31に組み込まれた転がり軸受1はコンプレッサ30のノーズ部37に装着され、ベルト駆動で常時その外輪が回転する。ステータ34のコイル34aに通電すると、コンプレッサ回転軸35に固定されたクラッチ板36がコイル電流で発生する磁束によりプーリ31に引き寄せられ、連結されてコンプレッサ回転軸35を駆動する。
電磁クラッチは、上記動作によりエンジンとコンプレッサ間のトルクの伝達と遮断、プーリ径の選択によるコンプレッサ回転数の調達、コンプレッサ作動時の衝撃緩和と定常回転時のトルク変動吸収などの機能を有する。
スクロール型のコンプレッサ30は、一対の渦巻き部品である可動スクロール32と固定スクロール33を有し、両スクロール間にできる空間が、外側から中心へ移動しながら容積を小さくし、冷媒を圧縮する構造となっている。
コンプレッサ回転軸35の回転数は、10000 rpm 以上、最高で 12000 rpm 程度となり、周辺温度も 180℃程度まで上がる場合もある。よって、図5に示す電磁クラッチ29の転がり軸受1およびコンプレッサ内の他の転がり軸受(図示省略)では、該使用条件においても十分な耐久性を備える必要がある。
【実施例】
【0030】
実施例1〜実施例4
表1に示す割合で、実施例1、実施例2および実施例4については基油と、増ちょう剤と、添加剤とを配合し、実施例3については基油と、増ちょう剤とを配合して、グリース組成物を得た。添加剤は、増ちょう剤、基油の合計 100 重量部に対する配合量を重量部で表示した。得られたグリース組成物について、ちょう度測定、冷時異音測定および高温グリース寿命試験を行ない、その結果を表1に併記した。試験方法並びに試験条件は以下のとおりである。
【0031】
比較例1〜比較例6
表1に示す割合で、比較例1〜比較例3および比較例6については基油と、増ちょう剤とを配合し、比較例4および比較例5については基油と、増ちょう剤と、添加剤とを配合して、グリース組成物を得た。添加剤は、増ちょう剤、基油の合計 100 重量部に対する配合量を重量部で表示した。得られたグリース組成物について、実施例と同様にして、ちょう度測定、冷時異音測定および高温グリース寿命試験を行ない、その結果を表1に併記した。試験方法並びに試験条件は以下のとおりである。
【0032】
ちょう度測定:
ちょう度の測定には、JIS K2220で規定される方法により測定した。なお、25℃でのちょう度は 60 回混和ちょう度で、− 20℃でのちょう度は未混和ちょう度で、それぞれ測定した。
【0033】
冷時異音測定:
試験プーリに組み込んだときのラジアル隙間が 0〜8μm の転がり軸受(6203)に各実施例および各比較例にて得られたグリース組成物 0.9 gを封入し、 − 60℃の低温槽に一定時間入れた後、取り出し、室温に設置された軸受回転装置に取り付け、軸受温度が − 20℃になった時点で、ラジアル荷重 127 Nの下で 2700 rpm の回転速度で回転させ、冷時異音の発生有無を聴覚にて確認した。
耐冷時異音性の評価は、全試験個数( n =10 )に対する冷時異音発生個数の割合が、20%以下の場合に耐冷時異音性に優れていると評価して「○」を付し、20%未満の場合に耐冷時異音性に劣ると評価して「×」を付し、結果を表1に併記した。
【0034】
高温グリース寿命試験:
各実施例および各比較例にて得られたグリース組成物 1.8 gを転がり軸受(6204)に封入し、アキシャル荷重 670 Nとラジアル荷重 67 Nの下で、軸受温度 150℃、回転速度 10000 rpm で回転させ、焼付けに至るまでの時間を測定した。
高温耐久性の評価は、焼付けに至るまでの時間が 500 時間以上の場合に耐熱性に優れていると評価して「○」を付し、 500 時間未満の場合に耐熱性に劣ると評価して「×」を付し、結果を表1に併記した。
【表1】

【0035】
表1に示すように、25℃での混和ちょう度が 300 以下で、− 20℃での未混和ちょう度を 200 以上にしたグリース組成物は冷時異音が発生しにくく、高温長寿命である。これは上記基油の配合により、寒冷時におけるグリース組成物の粘度上昇が防止され、軸受軌道面の油膜ムラの発生が抑制されたことによって、冷時異音防止効果が増大したものと考えられる。したがって、寒冷時に使用する転がり軸受、とりわけ電装補機用転がり軸受に好適に利用できる。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明の耐熱および耐冷時異音性グリース組成物は、低温から高温まで広い温度範囲で良好な潤滑性を発揮し、かつ低温での始動直後に冷時異音の発生を防止できるので、本発明の耐熱および耐冷時異音性グリース組成物を封入した軸受は、寒冷時における自動車等の車両用軸受に好適に使用できる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】転がり軸受の断面図である。
【図2】ファンカップリング装置の断面図である。
【図3】オルタネータの断面図である。
【図4】アイドラプーリの断面図である。
【図5】電磁クラッチおよびコンプレッサの断面図である。
【符号の説明】
【0038】
1 深溝玉軸受
2 内輪
3 外輪
4 転動体
5 保持器
6 シール部材
7 グリース組成物

【特許請求の範囲】
【請求項1】
転がり軸受に用いられる耐熱および耐冷時異音性グリース組成物であって、基油と増ちょう剤と添加剤とを含み、25℃での混和ちょう度が 300 以下であり、−20℃での未混和ちょう度が 200 以上であることを特徴とする耐熱および耐冷時異音性グリース組成物。
【請求項2】
前記増ちょう剤が、下記の化1で示されるウレア化合物を含むことを特徴とする請求項1記載の耐熱および耐冷時異音性グリース組成物。
【化1】

(式中、R1 、R3 は、炭素数 6〜12 の芳香族系炭化水素基、炭素数 6〜20 の脂環族系炭化水素基、炭素数 6〜20 の脂肪族系炭化水素基を示し、R1 、R3 は同一であっても異なっていてもよい。R2 は、炭素数 6〜12 の芳香族系炭化水素基を示している。)
【請求項3】
前記基油が、合成炭化水素油を必須成分とすることを特徴とする請求項1または請求項2記載の耐熱および耐冷時異音性グリース組成物。
【請求項4】
内輪および外輪と、この内輪および外輪間に介在する転動体とを備え、この転動体の周囲にグリース組成物を封入してなる転がり軸受であって、前記グリース組成物が請求項1、請求項2または請求項3記載の耐熱および耐冷時異音性グリース組成物であることを特徴とするグリース封入転がり軸受。
【請求項5】
前記グリース封入転がり軸受が、エンジン出力で回転駆動される回転軸を静止部材に回転自在に支持する自動車用電装補機に使用され、耐熱および耐冷時異音性軸受であることを特徴とする請求項4記載のグリース封入転がり軸受。
【請求項6】
前記自動車用電装補機が、ファンカップリング装置、オルタネータ、アイドラプーリ、テンションプーリ、電磁クラッチまたはコンプレッサであることを特徴とする請求項5記載のグリース封入転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−225519(P2006−225519A)
【公開日】平成18年8月31日(2006.8.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−41047(P2005−41047)
【出願日】平成17年2月17日(2005.2.17)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】