説明

耐環境性が向上された超電導限流素子

【課題】
優れた特性を有する耐環境性保護膜を提供すること、また、液体窒素への出し入れとそれに伴う水の付着や高温・高湿度における加速試験において、特性が劣化しにくい超電導限流素子を提供すること。
【解決手段】
中間層が付いていてもよい単結晶基板、超電導膜、常電導転移時の分流層、保護膜から構成されることを特徴とする超電導限流素子において、保護膜として、天然樹脂または炭素材料を含む膜を採用する。天然樹脂としてはシェラック樹脂等の動物性樹脂が好ましい。本発明の超電導限流素子は、長寿命でかつ耐低温性および耐熱衝撃性に優れた特性を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電路に流れる短絡電流等の過大な電流を限流する超電導限流器を作製するときに用いる超電導限流素子であって、耐環境性が向上された超電導限流素子に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、電力系統等において短絡事故が発生すると、過大な短絡電流が系統に流れ、電気機器や配線等に機械的損傷や熱的損傷を与える危険性がある。限流素子は、このような短絡事故時に生じる短絡電流を抑制し、電気機器や配線等を損傷から保護するものである。
最近、限流素子に用いる超電導体膜として、臨界温度が高く、冷媒として安価な液体窒素が使用可能であり、常電導状態における抵抗率が大きい酸化物超電導体膜が検討されており、特に優れた臨界電流密度等が得られる酸化物超電導体膜を限流素子に応用することが検討されている。
酸化物超電導膜は超電導状態から常電導状態に転移(SN転移)して抵抗が発生することにより短絡事故電流を瞬時に抑制できる。そのSN転移時に発生する熱により限流素子が破損することを防ぐため、酸化物超電導体膜の常電導転移後の抵抗より低い抵抗を持つ金属を酸化物超電導体薄膜と並列に接続してSN転移後の電流を分流させることが広く行われている。例えば、本発明者の一人である山崎らが出願した超電導限流素子は、酸化物超電導体膜の性質を低下させず、かつ純金の室温抵抗率より2倍以上高い室温抵抗率を有する金銀合金を分流抵抗とするため、コンパクトでかつ優れた限流特性を有している(特許文献1)。
【0003】
酸化物超電導体薄膜は空気中の水分や二酸化炭素と反応してその超電導特性が低下することが知られている。超電導限流素子を実装する際には通常の部屋の中において作業しなければならないため、空気中の湿気や二酸化炭素による劣化を防ぐ必要がある。また、液体窒素への出し入れに伴い超電導限流素子の表面は固体および液体の水で覆われてこれが超電導体薄膜と反応するため、耐環境保護膜を設けることが必要不可欠である。
従来の酸化物超電導体薄膜を用いた超電導限流器では分流抵抗として用いる金属薄膜を超電導薄膜の上に形成し、超電導薄膜に対する耐環境性保護膜の役目を兼ねさせていた(例えば特許文献2)。
【0004】
金属薄膜を超電導薄膜に対する耐環境性保護膜とすることにより、当初は耐環境性が維持されるが、長期間その特性を維持できるとはいいがたい。そこで、各種合成樹脂塗膜を超電導薄膜に対する耐環境性保護膜とする技術報告がある(非特許文献1)。この技術により、やや長い期間その特性を維持できるものの、それら保護膜は耐環境性の点において満足できるほどではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】再表2006/1226号公報
【特許文献2】特開平8−83932号公報
【非特許文献1】Inst. Phys. Conf. Ser. Vol. 167 no. 2, p.69-72, 2000
【非特許文献2】IEEE Trans. Appl. Supercond. Vol. 17 no. 2, p.3487-3490, p.1843-1846,2007
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
超電導限流素子に対する従来の環境保護膜はピンホールの存在などにより、液体窒素への出し入れとそれに伴う水の付着や高温・高湿度における加速試験において超電導限流素子の特性が劣化しやすいとの不都合さがある。またSN転移時に発生する熱による局所的温度上昇に伴い結露した水との反応により酸化物超電導薄膜が破損しやすいとの問題点も指摘されている。これらの点が改善される技術の提供が必要であり、例えば、耐低温性および耐熱衝撃性に優れた特性を有する耐環境性保護膜の開発が求められている。
そこで、本発明の課題は、優れた特性を有する耐環境性保護膜を提供することであり、液体窒素への出し入れとそれに伴う水の付着や高温・高湿度における加速試験において、特性が劣化しにくい超電導限流素子の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究した結果、酸化物超電薄導膜表面に特定の天然樹脂保護膜または天然樹脂誘導体の保護膜を形成させると、意外にも上記課題が解決できるとの知見を得た。その知見を基にしてさらに研究を進め、遂に本発明を完成させた。
【0008】
以下、本発明を説明する。
本発明でいう超電導限流素子は特に限定されないのであるが、とくに酸化物系超電導体の限流素子が好ましい。その限流素子の中では、酸化物系超電導薄膜から作製される限流素子が好ましい。
酸化物系超電導薄膜としては、より具体的には、Y1 Ba2 Ca37等のイットリウム系超電導薄膜、Bi2 Sr2 Ca1 Cu210等のビスマス系酸化物超電導体薄膜が好ましい。例えば、Y1 Ba2 Ca37等のイットリウム系超電導薄膜は、単結晶基板上に金属有機化合物の溶液を基板に塗布して熱処理する塗布熱分解法(MOD)や気相からの蒸着法などによりエピタキシャル成長させることによって、結晶性がよく、高い臨界電流密度を有する超電導薄膜を得ることができる。このような薄膜を限流作用部として用い、高い臨界電流(Ic)を流すことができれば、Icより大きな電流が流れたとき高い抵抗を発生させ、効果的な限流を行なうことができる。なお、本発明では、超電導膜は超電導薄膜と同義であるとする。
【0009】
これら超電導限流素子における超電導限流薄膜を保護膜で保護するのであるが、本発明の一つの大きな特徴がこの保護膜にある。
本発明で採用する保護膜は天然樹脂を含有する膜である。天然樹脂を含有する膜を超電導限流膜の保護膜とすることにより、優れた効果をもたらすことができる。
天然樹脂としては、バルサム樹脂、ダマール樹脂等の植物性樹脂、シェラック樹脂等の動物性樹脂、コバール樹脂等の化石樹脂等が挙げられるが、その中でもシェラック樹脂等の動物性樹脂が好ましく、さらにはシェラック樹脂が好ましい。本発明では、前記天然樹脂の誘導体も採用可能である。 前記シェラック樹脂はインド、タイ、中国南部等で栽培されている特定の灌木の枝に生育するラックカイガラ虫の分泌物を精製して得られた天然樹脂であり、その主成分はアリュリチン酸、シェロール酸、ヤラール酸及びラクショール酸などからなる一種のポリエステルである。シェラック樹脂分子中にカルボキシル基、ヒドロキシル基を多く有している。精製セラック(赤印品)或は漂白セラック(白印品)及び30%濃度のエタノール溶液としての市販品を購入すれば容易に入手可能である。
【0010】
本発明において前記天然樹脂と撥水性材料とから得られる物質や複合体を超電導限流薄膜の保護膜としてもよい。例えば、天然樹脂の変性物や、天然樹脂と撥水性材料との積層物が好ましく、とくに動物性樹脂と撥水性材料との積層物が好ましく、さらには、シェラック樹脂と撥水性材料との積層物が好ましい。
ここで、撥水性材料としては、テトラフルオロエチレン、フッ化ビニリデン等の重合体あるいは共重合体等のフッ素樹脂、ピセイン、シリコーン樹脂 が挙げられる。
【0011】
本発明では炭素材料から調製される膜を超電導限流薄膜の保護膜としてもよい。前記炭素材料として、ダイアモンドライクカーボンあるいはナノダイヤモンドを例示することができるが、これに限定されない。ダイアモンドライクカーボンは、ダイヤモンドと結晶構造が類似した炭素薄膜材料を意味する。
上記保護のための炭素系薄膜は、アモルファス構造あるいは微結晶構造を持つ。アモルファス構造を有する炭素系薄膜としては、炭素がsp2およびsp3によって結合されたものであって、sp2およびsp3の比は問わない。典型的な膜としては水素を含むが、含まなくてもかまわない。また、窒素、珪素などの第三の元素を含んでいてもかまわない。
微結晶の炭素系薄膜としては、ほとんどの炭素がsp3によって結合されたものであって、ナノオーダーの結晶粒によって構成されるものである。
炭素系薄膜の作製のための炭素源としては、炭素のみ、または酸素、水素を有している炭化物、例えば、ベンゼン、アセチレン、メタン、メタノール、エタノール、フラーレン等を用いることができる。
炭素系薄膜の形成法としては、たとえば基板試料を、ホルダーに固定し、真空チャンバー内にて、トルエンあるいはメタンを原料ガスとして、熱電子励起CVD法により、130℃に加熱した基板にDCバイアスを印加することにより行うことができる。
【0012】
本発明では、所期の目的を達成することができる限り、上記以外物質を適宜用いることができる。
【0013】
本発明での常電導転移時の分流層は、例えば、超電導状態から常電導状態に転移(SN転移)した後に、過電流を分流させることができる層であれば特に限定されない。好ましい分流層は金と銀との合金からなる層であるが、その他の金属が共存してもよい。
本発明が規定する保護膜を有する超電導限流素子は、耐低温性および耐熱衝撃性に優れた超電導限流素子である。例えば下記虐待試験(以後、加速試験ともいう)のように、試料を高温・高湿下の下に長時間放置しても、臨界電流密度(Jc)の低下が20%以内であれば、実用的だといえる。さらに、10%以内であればより実用的だといえる。とくに、保護膜が、超電導薄膜および常電導転移時の分流層の表面および側面まで被覆している超電導限流素子は耐低温性および耐熱衝撃性に優れている。ここで臨界電流密度(Jc)の測定は、例えばドイツ国テーバ(THEVA)社製クライオスキャン(Cryoscan)を用いて測定できる。その原理は次の通りである。試料をホルダーにセットし、その上にカプトン膜を載せる。その上から直径5mmのコイルを押しつけ交流を流すと磁界が発生する。この磁界が超電導膜に入り込むのを遮蔽するために超電導薄膜中に誘導電流が生じる。コイルに流す電流を増加すると超電導薄膜中の誘導電流が増加する。この誘導電流が臨界電流をこえたところで磁界が超電導薄膜を貫通し第3高調波電圧が発生するのでこれをピックアップコイルで検出する。この第3高調波電圧が発生するときのコイル電流から超電導薄膜の臨界電流密度を求めることができる。
(加速試験)
試料を温度60℃、相対湿度100%に保持した装置内に2時間放置する。
【0014】
以下、本発明の超電導限流素子の作製法について説明する。
まず、基板を準備する。基板としては様々な材料を用いることができるが、熱伝導率の高い絶縁基板が好ましい。絶縁基板としては単結晶のサファイア基板を使用する場合が多い。
【0015】
この基板上に超電導薄膜を形成させるのであるが、超電導膜と基板との反応を抑制するためおよび格子マッチングのために、超電導薄膜を形成させる前に基板上にバッファー層を形成させておくことが有利である。
前記基板上に超電導薄膜を形成させる手段は特に限定されないが、例えば特開2007−70216号公報あるいは特開2007−302507号公報に記載される金属有機化合物の溶液を基板に塗布して熱処理する塗布熱分解法(MOD)や基板上に気相からエピタキシャル成長させることによって、超電導薄膜を形成させることができる。
【0016】
次に、超電導薄膜面に常電導転移時の分流層を形成させる。この形成手段も特に限定されないが、例えば金と銀との合金のターゲットを用いて、スパッタリングし、金と銀との合金層を蒸着させることができる。この合金層は純金あるいは純銀の室温抵抗率より2倍以上高い室温抵抗率を示す合金層であることが好ましい。
【0017】
前記合金層の表面に本発明が規定する保護膜を形成させる。例えば、セラック樹脂等の天然樹脂の溶液を調製し、前記合金層の表面に塗膜を形成させる方法により保護膜を形成することができるが、その他の方法を用いてもよい。また、予め合金層表面を処理した後に保護層を形成してもよい。溶液を調製する手段は特に限定されないのであって、用いる溶媒は、天然樹脂等を溶解し、揮発性であって、塗膜を形成でき、塗膜から揮発した後に膜を保持できる溶媒から最適な溶媒を選べばよい。好ましい溶媒としては、炭素数が1〜8の脂肪族アルコール、芳香族化合物等が挙げられるが、これらに限定されない。好ましい脂肪族アルコールとしては、メタノール、エタノール、n−プロパノール、i―プロパノール、n−ブタノール、n−アミルアルコール、n−ヘキシルアルコール等が挙げられ、好ましい芳香族化合物としてはトルエン、キシレン等が挙げられる。
保護膜を形成させる方法は、スピンコート法、スプレー法、刷毛塗り法、スパッタリング法、蒸着法、気相成長法等が挙げられるが、これらの方法に限定されない。そのなかでも、スピンコート法、スプレー法、刷毛塗り法によることが好ましい。具体的には、スピンコート法では、シェラック樹脂等の天然樹脂を揮発性溶媒に溶かし、前記合金層表面に滴下し、合金層を回転させ、遠心力で滴下された溶液を均一に広げ、次いで乾燥して保護膜を形成させる。保護膜を形成させるときの条件は、用いる天然樹脂や溶媒等により変更されるので一概に規定できないのであって、最適な条件を適宜採用すればよい。
炭素からなる材料の保護膜の形成方法は、気相成長法によることが好ましい。アモルファス状炭素系薄膜を形成する場合、基板試料を、ホルダーに固定し、真空チャンバー内にて、トルエンあるいはメタンを原料ガスとして、熱電子励起CVD法により、130℃に加熱した基板にDCバイアスを印加することにより行うことができる。
【発明の効果】
【0018】
以上説明したように、本発明の限流素子は、電力系統に用いられる限流素子として利用可能であり、通常運転時には抵抗がゼロであるため損失がなく短絡事故時には、超電導状態から常電導状態に転移(SN転移)して抵抗が発生することにより短絡事故電流を瞬時に抑制して、電力系統に過大な短絡電流を流さなくすることが可能となる。
本発明により、ピンホールやクラックがない耐環境保護膜が提供されるため、超電導限流素子が空気中の水分や二酸化炭素と反応してその超電導特性が低下することが抑制され、超電導限流素子の寿命が大幅に向上する。また、高温・高湿度における加速試験において超電導限流素子の特性が劣化しやすいとの不都合さが回避されるとともに、湿度や温度の高い環境下での作業が著しく容易になる。さらに、液体窒素への出し入れに伴い超電導限流素子の表面が固体および液体の水で覆われてもその超電導特性が低下することが抑制されるばかりでなく、SN転移時に発生する熱による局所的温度上昇に伴い結露した水との反応により酸化物超電導薄膜が破損することもなくなる。このように本発明により、長寿命でかつ耐低温性および耐熱衝撃性に優れた特性を有する超電導限流素子が提供されるため、省資源、省エネルギー、低コスト化が実現される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下に、本発明を実施例に基づいて詳細に説明する。本発明はこれらの実施例になんら限定されない。
(実施例1)
(保護膜形成用組成物の調製)
容器(100mL)にシェラック樹脂((株)フルウチ化学、レモンシェラック、品番L-1000)7gとn−アミルアルコール((株)和光純薬工業 特級、品番013−03656)60gを加え、密封し、室温下3日間放置した後攪拌して、シェラック樹脂を含む保護膜形成用組成物を調製した。
(超電導薄膜の形成)
20mm角のCeO2中間層付きサファイア基板上に、モル比1:2:3のY、Ba、Cuのアセチルアセトナトの溶液を塗布し、まず、酸素分圧を100ppm に調整したアルゴンと酸素の混合ガス流中で加熱し、さらに雰囲気を純酸素に切り換えて熱処理する塗布熱分解法により膜厚160〜230nm、臨界電流密度2〜3MA/cmのYBaCu薄膜を形成し、次いで、金に23wt%の銀を混ぜた組成の合金のターゲットを用いて、膜厚約100nmで高抵抗率金銀合金層をスパッタ蒸着し、サファイア基板上に高抵抗率金銀合金層を有する超電導薄膜を形成した。
(保護膜の形成)
上記高抵抗率金銀合金層を有する超電導酸化物薄膜を形成したサファイア基板をスピンコート塗布機(協栄セミコンダクター(株) スピンナー 品番1H−III)の回転台に載置し、上記保護膜形成用組成物を滴下し、回転台を低速回転させて、超電導酸化物薄膜全面に保護膜形成用組成物を行き渡らせ、次いで回転台を高速回転させて、保護膜形成用組成物を均一な厚みとし、60℃で乾燥させた。この操作を繰り返し、超電導酸化物薄膜表面に膜厚5μmの保護膜を形成させた。
【0020】
(耐環境保護膜の試験)
上記耐環境保護膜付き超電導薄膜について以下の各種試験を行った。
密着性試験
上記耐環境保護膜面にスコッチテープ((株)住友スリーエム 品番810−1−18D)を貼り付け、室温で60分間放置後、前記スコッチテープをはがした際に保護膜が剥離しないことを確認する試験
耐水性試験
上記耐環境保護膜付き超電導薄膜を常温の水に1時間浸漬した後、取り出し、外見上異常がないことを目視で確認する試験
繰り返し耐液体窒素性試験
上記耐環境保護膜付き超電導薄膜の液体窒素への浸漬と常温への取り出し・結露を3回繰り返し、誘導法による臨界電流密度(Jc)の低下がないことを確認する試験
なお、誘導法による臨界電流密度(Jc)の測定はドイツ国テーバ(THEVA)社製クライオスキャン(Cryoscan)を使用し、液体窒素中で非特許文献2のp.3487-3490に記載されている方法で行った。
加速試験
上記耐環境保護膜付き超電導薄膜の虐待試験後、臨界電流密度(Jc)の低下がないことを確認する試験
加速試験は、試料を温度60℃、相対湿度100%に保持した装置内(エスペック(株) 小型環境試験器 SH-221)に2時間放置した後、当該試料を取り出し、上記と同様に操作して臨界電流密度(Jc)を測定した。
(試験結果)
上記試験結果を表2に記載した。
【0021】
(比較例1〜2)
(保護膜形成用組成物の調製)
表1記載の材料を用い、保護膜形成用組成物とした。
(耐環境保護膜の形成)
実施例1での保護膜形成用組成物の代わりに比較例1の保護膜形成用組成物を用い、それ以外は実施例1と同様に操作し、超電導薄膜限流素子の全面に耐環境保護膜を形成させた。
(耐環境保護膜の試験)
上記耐環境保護膜付き超電導薄膜について実施例1と同様に各種試験を行った。
(試験結果)
上記試験結果を表2に記載した。
(比較例3)
(保護膜形成用組成物の調製)
表1記載の材料を用い、保護膜形成用組成物とした。
(耐環境保護膜の形成)
上記保護膜形成用組成物を実施例1と同様なサファイア基板上の超電導薄膜にスプレー塗布し、乾燥させた。スプレー塗布と乾燥処理の操作を繰り返し、超電導酸化物薄膜表面に膜厚5μmの保護膜を形成させた。
(耐環境保護膜の試験)
上記耐環境保護膜付き超電導薄膜について実施例1と同様に各種試験を行った。
(試験結果)
上記試験結果を表2に記載した。
【0022】
表1

【0023】
表2


表中の測定不可は、臨界電流密度(Jc)が低下したので、数値を求めることができなかったことを意味する。また、比較例1〜3の超電導薄膜限流素子の加速試験を行っていない。加速試験は繰り返し耐液体窒素性試験よりも過酷な試験であるから、比較例1〜3の加速試験の結果は測定不可になることが明らかであることによる。
なお、臨界電流密度(Jc)の測定は上記と同様の操作・手順にて行った。
この試験結果から単層の環境保護膜材料としては実施例1の保護膜を構成する親水性のシェラックが優れていることがわかった。
【0024】
(実施例2)
(耐環境保護膜の形成)
実施例1で作製した超電導薄膜限流素子を、実施例1と同様に操作した後、さらに超電導薄膜限流素子の側面に、実施例1の保護膜形成用組成物を刷毛塗り法により塗布し、乾燥させる操作を数回繰り返して、超電導薄膜限流素子の表面および側面に耐環境保護膜を形成させた。
(耐環境保護膜の試験)
上記耐環境保護膜付き超電導膜について、上記加速試験を実施例1と同様な操作で行った。
その結果、実施例1での加速試験で認められた試料周辺部の劣化が、実施例2では抑制された。
【0025】
(実施例3)
(超電導薄膜限流素子の作製)
実施例1で用いたサファイア基板上に、実施例1と同様に操作し、実施例1と同様の膜厚160〜230nmのYBaCu薄膜および高抵抗率金銀合金層を形成した。その両端に厚さ1μmの銀電極を形成して電流端子とし、電流リード線と接続するとともに、電流が流れる方向に沿って金銀合金層の数カ所に電圧端子を取り付け電圧リード線と接続し、超電導薄膜限流素子を作製した。
(超電導酸化物薄膜の形成)
実施例1と同様に操作し、超電導薄膜限流素子表面に膜厚5μmの耐環境保護膜を形成した。
(耐環境保護膜の試験)
上記耐環境保護膜付き超電導薄膜について下記限流試験を行った。
限流試験
上記耐環境保護膜付き超電導膜限流素子の電流リード線を電流可変交流電源と接続し、電圧リード線を電圧計と接続した。耐環境保護膜付き超電導膜に、まず臨界電流以下の交流電流を流し、途中で5サイクルのみ臨界電流以上の電流を流した。臨界電流以上の電流が流れると超電導膜は常電導状態に転移し、電圧が発生する。この発生した電圧から超電導膜および金銀合金膜の抵抗値を計算し、抵抗率の温度依存性から超電導限流素子の温度上昇を推算することができる(非特許文献2のp.1843-1846)。
測定結果は次のとおりであった。
SN転移後の温度上昇の測定結果から、環境保護膜の形成による熱容量の増加により、温度上昇が10−20℃抑制された。すなわち環境保護膜は限流素子を熱的にも保護することが明らかとなった。
【0026】
(実施例4)
(保護膜形成用組成物の調製)
実施例1と同様に操作し、シェラック樹脂を含む保護膜形成用組成物を調製した。
また、容器(100mL)に表3の化合物を注ぎ、10分間攪拌し、ピセインを含む保護膜形成用組成物を調製した。
(耐環境保護膜の形成)
実施例1で作製した超電導薄膜限流素子を、実施例1と同様に操作し、超電導酸化物薄膜表面に膜厚5μmの耐環境保護膜を形成させた。次いで、前記耐環境保護膜を形成させた超電導薄膜限流素子をスピンコート塗布機の回転台に載置し、上記ピセインを含む保護膜形成用組成物を滴下し、回転台を低速回転させて、保護膜全面に上記保護膜形成用組成物を行き渡らせ、次いで回転台を高速回転させて、上記保護膜形成用組成物を均一な厚みとし、60℃で乾燥させた。この操作を繰り返し、超電導酸化物薄膜表面に膜厚5μmの耐環境保護膜を形成させた。
(耐環境保護膜の試験)
上記耐環境保護膜付き超電導薄膜について実施例1と同様に各種試験を行った。
(試験結果)
上記試験結果を表2に記載した。
【0027】
(実施例5)
(保護膜形成用組成物の調製)
実施例1と同様に操作し、シェラック樹脂を含む保護膜形成用組成物を調製した。
また、表3の化合物を用い、それ以外は実施例4と同様に操作し、フッ素樹脂を含む保護膜形成用組成物を調製した。
(耐環境保護膜の形成)
ピセインを含む保護膜形成用組成物の代わりにフッ素樹脂を含む保護膜形成用組成物を用い、それ以外は実施例4と同様に操作し、超電導酸化物薄膜表面に膜厚5μmの耐環境保護膜を形成させた。
(耐環境保護膜の試験)
上記耐環境保護膜付き超電導薄膜について実施例1と同様に各種試験を行った。
(試験結果)
上記試験結果を表4に記載した。
【0028】
表3

なお、ピセイン((株)フルウチ化学製、品番FP−20 )、トルエン ((株)和光純薬工業製 特級 品番204−01866)、フッ素樹脂(三井デュポン・フロロケミカル社製AF1601 6% Solution)、フロリナート(住友スリーエム(株) 製 フロリナートTM フッ素系不活性液体 FC-77)
【0029】
表4

これらの試験結果から、シェラック樹脂に撥水性のフッ素樹脂またはピセインを積層した環境保護膜が優れていることがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
天然樹脂または炭素材料を含む保護膜を有することを特徴とする超電導限流素子。
【請求項2】
保護膜が、天然樹脂と撥水性材料との積層物である請求項1記載の超電導限流素子。
【請求項3】
中間層が付いていてもよい単結晶基板、超電導膜、常電導転移時の分流層、および請求項1または2記載の保護膜から構成されることを特徴とする超電導限流素子。
【請求項4】
保護膜が、超電導薄膜および常電導転移時の分流層の表面および側面被覆している請求項3記載の超電導限流素子。
【請求項5】
常電導転移時の分流層が、純金の室温抵抗率より2倍以上高い室温抵抗率を示す金および銀を含む合金層である請求項3または4記載の超電導限流素子。
【請求項6】
超電導限流素子を虐待試験した後の臨界電流密度(Jc)の低下が20%以内である請求項1〜4のいずれか記載の超電導限流素子。
【請求項7】
中間層が付いていてもよい単結晶基板上に超電導膜、および常電導転移時の分流層を形成させ、次いで請求項1または2記載の保護膜を形成させることを特徴とする超電導限流素子の製造方法。
【請求項8】
天然樹脂または炭素材料を含むことを特徴とする超電導限流素子用保護膜。
【請求項9】
天然樹脂および溶媒を含むことを特徴とする超電導限流素子の保護膜用組成物。

【公開番号】特開2010−232453(P2010−232453A)
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−78910(P2009−78910)
【出願日】平成21年3月27日(2009.3.27)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】