説明

肺高血圧症発症関連遺伝子を用いた肺高血圧症の診断および治療

【課題】 本発明は、肺高血圧症発症関連遺伝子、またはその翻訳産物であるタンパク質における変異の変異の有無を検出することにより、肺高血圧症の発症またはその発症可能性を簡便に判定する方法などを提供する。
【解決手段】 本発明においては、肺高血圧症発症関連遺伝子またはその翻訳産物であるタンパク質の変異が肺高血圧症の発症に関係していることを明らかにし、この変異の有無を検出することによって、肺高血圧症の発症またはその発症可能性を簡便に判定する方法などを確立した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肺高血圧症の発症可能性の新たな判定方法および判定キット等に関するものであって、特に、肺高血圧症発症関連遺伝子またはその翻訳産物たるタンパク質の変異の有無を検出することを特徴とする肺高血圧症の発症可能性の新たな判定方法および判定キット等を提供するものである。
【背景技術】
【0002】
肺高血圧症(pulmonary hypertension、以下「PH」ともいう)は肺動脈の血圧が高くなる疾患である。PHの症状を経過とともに追うと、まず、早期段階では、無症状であり、進行すると、労作時息切れ、労作時呼吸困難などの症状が現れる。PHがさらに進行すると、右室が肥大、拡張して右心不全の状態となり、下肢、顔面のむくみといった症状が現れる。そして、最悪の場合には、右心不全を併発して死に至ることもある。
【0003】
また、PHはしばしば自己免疫疾患である混合型結合組織病(mixed connective tissue disease、以下「MCTD」ともいう)の合併症として認められる。PHは、わが国におけるMCTDによる死因の第1位にもなっている。したがって、PH患者は身体的にも精神的にも大きな苦痛を生涯に亘って背負うことになる。
【0004】
PHの診断は、右心カテーテル検査によって前毛細血管性PHを確認することにより行う。しかしながら、上記右心カテーテル検査は、必ずしもすべての施設で行える検査とはいえないことから、確定診断まで至らない症例が多く存在するのも事実である。
【0005】
また、PHの治療は、通常、病態の病状の進行過程によって選択すべき治療手段が異なる。一般的には、組織低酸素血症を改善し、肺動脈を直接弛緩させることを期待して、長期酸素吸入が試みられている。また、ワルファリン投与などの抗凝固療法や各種血管拡張剤による肺血管拡張療法も行われている。
【0006】
PHの原因は完全には解明されていないが、抗核抗体などの自己抗体がしばしば陽性であること、MCTDに代表される膠原病に伴って発症する場合があることなどから、何らかの免疫学的異常が関与していると考えられている。また、家族性の発症例もみられることから、遺伝的要因が考慮されているが、未だ明らかなものは認められていない。したがって、有効な治療方法を確立するためにも、PHの発症原因を明らかにすることが求められている。
【0007】
一方で、PHが合併症として認められることが多い膠原病の一つである関節リウマチ(rheumatoid arthritis、以下「RA」ともいう)において、最近、その発症との因果関係が認められる遺伝子異常が報告された(特許文献1を参照)。特許文献1では、RA患者集団において、RAの疾患感受性遺伝子(以下、「RA関連遺伝子」ともいう)、特にアンジオポエチン1遺伝子変異が有意に多いことが示されている。
【特許文献1】特開2003−204790公報(2003年7月22日公開)
【非特許文献1】Gavin Thurston et al., Angiopoietin-1 protects the adult vasculature against plasma leakage, Nature Medicine, 6, 460-463 (2000)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このように、PHの初期段階では、無症状なため、患者自身がPHであることに気づかず、重篤な症状に至ることが多い。そのため、PHは早期に確定診断を下す方法が求められている。しかしながら、PHの確定診断を行うには、特殊な設備が必要であり、そのような設備を有さない医療機関では診断することが困難であるという問題がある。
【0009】
さらに、PHは、その発症原因としては、遺伝的要因が考慮されているが、未だ明らかなものは認められていない。そのため、原因に応じた治療ができず、治療方法が確立されていない。
【0010】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、PH発症との因果関係がある遺伝子(以下「PH関連遺伝子」ともいう)を同定し、それを利用して簡便にPHの発症またはその発症可能性を判定(診断)する方法、およびその判定(診断)キットを提供することにある。さらに、上記遺伝子に変異を持つPH患者に対する有効な治療方法および治療薬剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題に鑑み鋭意検討した結果、RA関連遺伝子における変異の有無とPHの発症との間の関連性について検証することにより、RA関連遺伝子がPH関連遺伝子であることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0012】
すなわち、本発明にかかるPHの発症またはその発症の可能性の判定方法は、生体から分離された試料において、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなり、その配列中第269番目のアミノ酸としてグリシン挿入変異を持ったタンパク質をコードするPH関連遺伝子における変異の有無を検出することを特徴としている。
【0013】
また、上記PHの発症またはその発症の可能性の判定方法は、生体から分離された試料において、配列番号2に示される塩基配列を有し、その配列中第805〜807番目の塩基として「GGT」(G、Tはそれぞれグアニン、チミンを表す)の3塩基挿入変異をもつPH関連遺伝子における変異の有無を検出することを特徴としている。
【0014】
さらに、上記PHの発症またはその発症の可能性の判定方法は、生体から分離された試料において、上記タンパク質における変異の有無を検出することを特徴としている。
【0015】
また、本発明にかかるPHの発症またはその発症の可能性の判定キットは上記いずれかのPHの発症またはその発症の可能性の判定方法を利用することが好ましい。
【0016】
上記PHの発症またはその発症の可能性の判定キットは、プライマー、プローブおよび抗体の中から少なくとも1つを含むことが好ましい。
【0017】
さらに、上記プライマーは、上記PH関連遺伝子の上記変異位置を含む領域を増幅するためのプライマーであることが好ましい。
【0018】
上記プローブは、上記PH関連遺伝子の上記変異位置を含む領域に結合することが好ましい。
【0019】
また、上記抗体は、上記タンパク質の上記変異部位を認識することが好ましい。
【0020】
本発明にかかるPHの治療方法は、上記の変異タンパク質を有するPH患者に、その変異を持たない正常型タンパク質または当該正常型タンパク質をコードするDNA、あるいは、当該正常型タンパク質がリガンドとなるレセプタータンパク質のアゴニストとしての低分子化合物を補完することを特徴としている。
【0021】
さらに、本発明にかかるPHの治療薬剤は、上記の変異タンパク質を有するPH患者の治療に用いられる治療薬剤であって、その変異を持たない正常型タンパク質または当該正常型タンパク質をコードするDNA、あるいは、当該正常型タンパク質がリガンドとなるレセプタータンパク質のアゴニストとしての低分子化合物を主成分とすることを特徴としている。
【発明の効果】
【0022】
以上のように、本発明によれば、変異をもつPH関連遺伝子またはその翻訳産物であるタンパク質を利用して、それらにおける変異の有無を検出することにより、PHの発症またはその発症の可能性を判定することができる。それゆえ、PHの発症またはその発症可能性を簡便に判定することができるという効果を奏する。さらに、変異のないPH関連遺伝子もしくはその翻訳産物であるタンパク質を用いることにより、PHの治療や治療薬剤の開発への応用も可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明の実施形態について、説明すると以下の通りであるが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0024】
なお、本明細書において、特に断らない限り、A、C、GおよびTは、アデニン、シトシン、グアニンおよびチミンの各塩基を示す。また、アミノ酸およびアミノ酸残基は、IUPACおよびIUBの定める1文字表記または3文字表記を使用する。
[実施の形態1]
(PH関連遺伝子)
本発明にかかるPH関連遺伝子は、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなり、その配列中第269番目のアミノ酸としてグリシン挿入変異を持ったタンパク質をコードする遺伝子である。本発明にかかるPH関連遺伝子としては、具体的には、配列番号2に示される塩基配列を有し、その配列中第805〜807番目の塩基として「GGT」の3塩基挿入変異を持ったアンジオポエチン1遺伝子を例に挙げることができる。上記第805〜807番目の塩基は、アンジオポエチン1遺伝子のcDNAとしてGenBankに登録されている塩基配列(アクセッション番号:U83508)の第1114〜1116番目の塩基に相当する。
【0025】
上記「遺伝子」とは、少なくともゲノムDNA、cDNA、mRNA等のポリヌクレオチドを含む意味であり、本発明にかかる遺伝子としては、上記アンジオポエチン1遺伝子のcDNAのほか、このcDNAの塩基配列に対応する塩基配列を有するmRNAや、このmRNAの鋳型となるゲノムDNAなどが含まれる。また、上記「遺伝子」とは、2本鎖DNAのみならず、それを構成するセンス鎖およびアンチセンス鎖といった各1本鎖DNAやRNAを包含する。さらに、上記「遺伝子」は、翻訳領域以外に、非翻訳領域(UTR)の配列やプロモーター配列、ベクター配列(発現ベクター配列を含む)などの配列を含むものであってもよい。
【0026】
本発明にかかるタンパク質は、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなり、その配列中第269番目のアミノ酸としてグリシン挿入変異を持ったタンパク質である。このタンパク質は、上記アンジオポエチン1遺伝子の翻訳産物であり、さらに付加的なポリペプチドを含むものであってもよい。このようなポリペプチドが付加される場合としては、例えば、Hisタグ等によって当タンパク質がエピトープ標識されるような場合が挙げられる。
[実施の形態2]
(PHの発症またはその発症の可能性の判定方法)
本発明にかかるPHの発症またはその発症可能性の判定方法(換言すれば、PHの診断方法)において、具体的に、(1)ゲノムDNAを用いる場合、(2)mRNA(cDNA)を用いる場合、(3)本発明にかかるタンパク質を用いる場合を挙げることができる。以下、これら3種の方法について説明する。
(1)ゲノムDNAを用いる場合
ゲノムDNAを用いる本判定方法は、例えば次のようにして実施できる。
【0027】
被験者のゲノムは、常法により人体の全ての細胞より得ることが可能であるが、例えば、毛髪、各臓器、末梢リンパ球、滑膜細胞などから得ることができる。また、得られた細胞を培養し、増殖したものから得ることもできる。さらに、末梢血から得ることも可能である。
【0028】
得られたゲノムは、例えば、PCR(Polymerase Chain Reaction)法、NASBA(Nucleic acid sequence based amplification)法、TMA(Transcription-mediated amplification)法およびSDA(Strand Displacement Amplification)法などの通常行われる遺伝子増幅法により増幅して用いることができる。
【0029】
ゲノム上の変異の有無を検出する方法としては、特に限定されるものではないが、例えば、アリル特異的オリゴヌクレオチドプローブ法、オリゴヌクレオチドライゲーションアッセイ(Oligonucleotide Ligation Assay)法、PCR−SSCP法、PCR−CFLP法、PCR−PHFA法、インベーダー法、RCA(Rolling Circle Amplification)法、プライマーオリゴベースエクステンション(Primer Oligo Base Extension)法などが挙げられる。
【0030】
例えば、ゲノムから、遺伝子上の上記変異位置を含む領域を増幅後、得られるPCR産物をサブクローニングし、これをダイレクトシークエンスすることによってゲノム上の変異の有無を検出できる。
【0031】
また、遺伝子上の上記変異位置を含む領域をオリゴヌクレオチドプローブに用いることによって、ゲノム上の変異の有無を検出できる。このようにプローブに用いる場合としては、例えば、上記変異位置を含む塩基配列からなるオリゴヌクレオチドをチップ上に固定してDNAチップを構成し、当該DNAチップを上記変異の有無の検出用に用いるような場合が挙げられる。この場合、オリゴヌクレオチドプローブの長さとしては、上記変異位置を含む7〜50ヌクレオチド、あるいは10〜30ヌクレオチドが好ましく、15〜25ヌクレオチドがより好ましい。
【0032】
また、ゲノム上の変異の有無は、適当な制限酵素を使用し、切断されるゲノム断片のサイズの違いをサザンブロッティングなどで検出することによっても検出することができる。
【0033】
このように、ゲノム上の変異を検出することにより、被験者のPHの診断(発症またはその発症可能性の判定)を簡便に行うことができる。具体的には、3塩基欠失型ホモが検出された場合は、PHを発症している可能性または将来発症する可能性は低く、一方、ヘテロおよび3塩基挿入型ホモが検出された場合は、PHを発症している可能性または将来発症する可能性は高いと判定することができる。
【0034】
なお、上記判定方法により使用されるプライマーおよびプローブは、常法により、DNAシンセサイザーなどにより作製することができる。
(2)mRNA(cDNA)を用いる場合
mRNAを利用する場合、例えば、被験者の細胞より抽出したmRNAから逆転写反応によってcDNAを作製し、上記変異位置を含む領域を増幅後、上記と同様、増幅断片の塩基配列を直接シークエンスすることにより、またはDNAチップを用いることにより、あるいはRFLP(Restriction Fragment Length Polymorphism)法を用いることにより、上記変異の有無を検出できる。
【0035】
上記変異位置を含む領域の増幅に用いるプライマーとしては、特に限定されるものではないが、例えば、以下のプライマーの組み合わせによりcDNAを鋳型とした増幅反応が可能である。
センスプライマー:5’-CCACCAACAACAGTGTCCTT-3’(配列番号3)
センスプライマー:5’-CAACCTTGTCAATCTTTGC-3’(配列番号4)
アンチセンスプライマー:5’-CAGCTTGATATACATCTGCACAG-3’(配列番号5)
このように、mRNA(cDNA)上の変異を検出することにより、上記と同様、被験者のPHの診断(発症またはその発症可能性の判定)を簡便に行うことができる。
(3)タンパク質を用いる場合
被験者の細胞より調製したタンパク質を利用する場合、配列番号1のアミノ酸配列において上記変異位置におけるグリシン挿入の有無を検出する方法が挙げられる。このグリシン挿入の有無の検出は、通常のタンパク質のシークエンス方法に準ずればよいが、例えば、グリシン挿入型タンパク質のみを認識する抗体を作製し、ELISA法で検出する方法、タンパク質を単離し、直接または必要に応じ、酵素等で切断し、プロテインシークエンサーを利用して変異を検出する方法、アミノ酸の等電点の変異を検出する方法および質量分析により質量の差を検出する方法が挙げられ、好ましくは、グリシン挿入型タンパク質のみを認識する抗体を作製し、ELISA法で検出する方法が挙げられる。
【0036】
このように、上記変異位置におけるグリシン挿入の有無を検出することにより、被験者のPHの診断(発症またはその発症可能性の判定)を簡便に行うことができる。具体的には、グリシン挿入型タンパク質が検出されなかった場合(換言すれば、グリシン欠落型タンパク質しか検出されなかった場合)は、PHを発症している可能性または将来発症する可能性は低く、一方、両方のタンパク質が検出された場合および特にグリシン挿入型タンパク質のみが検出された場合は、PHを発症している可能性または将来発症する可能性は高いと判定することができる。
【0037】
なお、上記被験者は、特に限定されるものではないが、MCTDを発症している者が好ましく、MCTDおよび強皮症(以下「SSc」ともいう)を併発している者がより好ましい。
【0038】
さらに、本発明にかかるPHの発症またはその発症の可能性の判定方法が適用されるサンプルは、人体等の生体から分離された試料であればよく、上記例示されたものに限定されるものではない。
[実施の形態3]
(PHの発症またはその発症可能性の判定キット)
本発明にかかるPHの発症またはその発症可能性の判定キット(換言すれば、PHの診断キット)は、上記の変異を検出できる試薬、例えば、プライマー、プローブ、抗体などを含むものであれば特に限定されず、さらにその他の試薬を組み合わせることにより得ることができる。
【0039】
例えば、ゲノム上およびmRNA(cDNA)上の変異の有無を検出するキットとしては、上記変異位置を含む領域を増幅できるように設計されたプライマーを含み、さらに、上記変異の有無を検出できるように設計されたプローブ、制限酵素、マクサムギルバート法およびサンガー法などの塩基配列決定法に利用される試薬など、変異を検出するために必要な試薬を1つ以上組み合わせたキットが挙げられる。なお、かかる試薬は、採用される検出方法に応じて適宜選択採用されるが、例えば、dATP、dUTP、dTTP、dGTP、DNA合成酵素、RNA合成酵素等を挙げることができる。さらに、変異の検出の妨げとならない適当な緩衝液および洗浄液等が含まれていてもよい。
【0040】
プライマーを含むキットの場合、プライマーは、上記変異位置を含む領域を増幅できるものであれば特に限定されるものではなく、例えば上記配列番号3、4および5に示されるプライマーから選択して用いることができる。
【0041】
また、タンパク質上の変異の有無を検出するキットとしては、例えばグリシン挿入型タンパク質のみを認識する抗体を含むキットなどが挙げられる。
【0042】
これらの判定キットを使用することにより、上記のように、PHの診断(発症またはその発症可能性の判定)を簡便に行うことができる
また、本発明にかかるPHの発症またはその発症可能性の判定キットが適用される被験者は特に限定されるものではないが、MCTDを発症している者が好ましく、MCTDおよびSScを併発している者がより好ましい。
[実施の形態4]
(正常型PH発症関連タンパク質などのPHの治療方法および治療薬剤への利用)
このように、PH関連遺伝子上の3塩基挿入変異をもち、これに対応するアミノ酸配列上のグリシン挿入変異をもつPHの患者に正常型タンパク質(即ち、グリシン欠落型タンパク質)を補完することは、PHの治療法として有効であると考えられる。そこで、本発明は、(1)PHの治療方法、および(2)PHの治療薬剤に用いてもよい。
(1)PHの治療方法
上記グリシン挿入変異を持ったタンパク質を有するPH患者に、その変異を持たない正常型タンパク質または当該正常型タンパク質をコードするDNA、あるいは、当該正常型タンパク質がリガンドとなるレセプタータンパク質のアゴニストとしての低分子化合物を補完するPHの治療方法であることが好ましい。
(2)PHの治療薬剤
上記グリシン挿入変異を持ったタンパク質を有するPH患者の治療に用いられる治療薬剤であって、その変異を持たない正常型タンパク質または当該正常型タンパク質をコードするDNA、あるいは、当該正常型タンパク質がリガンドとなるレセプタータンパク質のアゴニストとしての低分子化合物を主成分とするPHの治療薬剤であることが好ましい。
【0043】
上記のPHの治療方法および治療薬剤では、正常型タンパク質の補完方法は特に限定されるものではない。例えば、公知のタンパク質発現系や遺伝子導入方法などを用いることができる。具体的には、哺乳細胞にタンパク質を発現させる場合に用いる発現ベクターやウイルスベクターなどを用いた方法が挙げられる。また、アンジオポエチン1は、TIE2受容体のリガンドであることが知られている(非特許文献1を参照)。したがって、このTIE2受容体のアゴニストとして作用する低分子化合物を経口または静注などによって体内に投与することもPHの治療法として有効であると考えられる。なお、ここでいう低分子化合物とは、ペプチドなどのタンパク質を含む。
【0044】
また、上記正常型タンパク質または当該正常型タンパク質をコードするDNAと、上記TIE2受容体のアゴニストとしての低分子化合物とは、治療薬剤として択一的に使用されるだけでなく、組み合わせて使用することも可能である。
【0045】
また、本発明にかかるPHの治療方法もしくは治療薬剤が適用される被験者は特に限定されるものではないが、MCTDを発症している者が好ましく、MCTDおよびSScを併発している者がより好ましい。
【0046】
なお本発明は、以上例示した各構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術範囲に含まれる。
【実施例】
【0047】
本発明について、実施例および図1〜5に基づいてより具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。当業者は本発明の範囲を逸脱することなく、種々の変更、修正、および改変を行うことができる。なお、以下の実施例におけるアンジオポエチン1遺伝子における変異の有無は次のようにして評価した。
[アンジオポエチン1遺伝子における変異の有無の評価方法]
(1)配列分析
被験者の末梢血を、公知の方法によりEDTA採血した。採血した上記末梢血からRNA isolation kit (GENTRA SYSTEMS, MN)を用いて、トータルRNAを単離した。単離した上記トータルRNAから公知の方法により、Oligo dTプライマーによる逆転写反応を行い、cDNAを合成した。そして、アンジオポエチン1遺伝子のエクソン4から5にかけて設定したプライマーを用いて、RT−PCR法により増幅断片を得た。なお、上記の反応に使用したプライマーは、以下に示すとおりである。
センスプライマーF2−2:5’-CCACCAACAACAGTGTCCTT-3’(配列番号3)
センスプライマーF2−4:5’-CAACCTTGTCAATCTTTGC-3’(配列番号4)
アンチセンスプライマーR1186:5’-CAGCTTGATATACATCTGCACAG-3’(配列番号5)
また、上記センスプライマーF2−2およびF2−4、ならびに上記アンチセンスプライマーR1186の設定位置については、図1に示すとおりである。
【0048】
さらに、上記RT−PCRにおける増幅条件は以下の通りである。まず、上記合成cDNAを鋳型に、上記センスプライマーF2−2およびアンチセンスプライマーR1186をプライマーに用いて、RT−PCRによる断片増幅を行った。
【0049】
上記RT−PCRにおける反応液は、cDNA、1×PCR−Buffer II(Applied Biosystems)、1.5mM MgCl、0.2mM のdATP、dTTP、dGTPおよびdCTP、200nM のそれぞれのプライマー、2.5UのAmpliTaq Gold DNA-Polymerase (Applied Biosystems)を含むように調製した。
【0050】
さらに、上記RT−PCRの反応条件は、95℃で12分の行程を1サイクル、94℃で30秒、50℃で30秒および72℃で1分の行程を30サイクルとした。
【0051】
以上の条件によりRT−PCRを行った後、得られたPCR産物1μlを鋳型とし、プライマーに上記センスプライマーF2−4およびアンチセンスプライマーR1186を用いて、上記の反応液組成および反応条件でPCRを行い、増幅断片を得た。
【0052】
その結果、得られた増幅断片をエタノール沈殿により精製した。次に、精製した増幅断片を使って、上記センスプライマーF2−4とBigDye Terminator(Applied Biosystems, CA) を用いたダイターミネーター法によって配列分析用の試料を調製した。その後、蛍光DNAシークエンサー(ABI377、Applied Biosystems)にて、その試料の配列分析を行った。配列解析により決定した上記増幅断片の配列を、アンジオポエチン1遺伝子の既報配列(アクセッション番号:U83508)と比較することにより、アンジオポエチン1遺伝子における変異の有無を評価することとした(図2右側上段、中段を参照)。ヘテロの場合は塩基番号805からシークエンスフェログラム(波形シグナル)の重複を認めることにより判定することとした(図2右側下段を参照)。
(2)鎖長分析
上記の配列分析の場合と同様の方法で増幅断片を得た。ただし、鎖長分析では、上記センスプライマーF2−4はTET蛍光標識したものを用いた。最終PCR反応産物を10倍に希釈した上記増幅断片を含む溶液を用いて、鎖長分析を行った。鎖長分析は上記の希釈された増幅断片を含む溶液を1μl、5mg/ml Blue Dextran、2.5mM EDTA、分子量マーカーGS500 TAMRA(Applied Biosystems)0.3μlを含むホルムアミド液3μlを試料とし、蛍光DNAシークエンサーを用いて行った。
【0053】
鎖長分析の結果、101塩基もしくは98塩基のピークのいずれが出現するかにより、アンジオポエチン1遺伝子における変異の有無を判定することとした(図2左側上段、中段を参照)。また、101塩基と98塩基との両方のピークが出現する場合には、ヘテロであると判定することとした(図2左側下段を参照)。
[実施例1]
MCTD患者から上記の方法で採血した末梢血を用いて、上記の配列解析および鎖長解析を行った。図3は、変異位置を含む領域のシークエンス解析結果を示している。図3に示すように、アンジオポエチン1遺伝子においては、3塩基挿入型および3塩基欠失型の2種類が存在することが見出された。なお、同図(左)が3塩基挿入型の解析結果であり、同図(右)が3塩基欠失型の解析結果である。つまり、3塩基挿入型では、「GGT」の3塩基挿入が生じていることが確認でき(図3(左)を参照)、3塩基欠失型では、この3塩基が欠落していることが確認できた(図3(右)を参照)。
【0054】
なお、配列番号2には、このうち3塩基挿入型の遺伝子配列が示されている。この3塩基挿入型では、配列番号2に示されるように、その配列中第805〜807番目の塩基として「GGT」の3塩基が挿入されている。
【0055】
また、上記3塩基挿入型遺伝子の翻訳産物であるタンパク質は、配列番号1に示されるように、そのアミノ酸配列中第269番目のアミノ酸としてグリシンが挿入されている。一方、上記3塩基欠失型遺伝子の翻訳産物であるタンパク質においては、この第269番目のグリシンが欠落している。
[実施例2]
RA患者、MCTD患者、MCTDおよびSScを併発している患者、ならびに健常者から採血した末梢血を用いて、上記方法により、アンジオポエチン1遺伝子における上記3塩基挿入変異の有無を検出した結果を図4に示す。
【0056】
なお、図4において、nは各種被験者の全体数を示し、正常型遺伝子をホモで有する者(図中および以下、「−/−」と示す)、変異型遺伝子をヘテロで有する者(図中および以下、「mt/−」と示す)、変異型遺伝子をホモで有する者(図中および以下、「mt/mt」と示す)の数をそれぞれの欄に示している。さらに、括弧内には、各種被験者における上記それぞれの者の割合を示す。
【0057】
図4に示すように、健常者では、「-/-」は11.9%、「mt/-」は78.0%、「mt/mt」は10.1%であった。RA患者では、「-/-」は5.1%、「mt/-」は79.0%、「mt/mt」は24.5%であった。また、MCTD患者では、「-/-」は10.5%、「mt/-」は34.2%、「mt/mt」は55.3%であった。さらに、MCTDおよびSScを併発している患者では、「-/-」は6.4%、「mt/-」は38.3%、「mt/mt」は55.3%であった。
[実施例3]
図4中のMCTDおよびSScを併発している患者について、PH、レイノー現象および関節炎の発症頻度を調べた。その結果を図5に示す。
【0058】
なお、図5において、正常型遺伝子をホモで有する者(図中および以下、「-/-」と示す)、変異型遺伝子をヘテロで有する者(図中および以下、「mt/-」と示す)、変異型遺伝子をホモで有する者(図中および以下、「mt/mt」と示す)のうち、上記各種症状を発症している患者の割合(分母は各種被験者数、分子は各種症状の発症者数を表す)をそれぞれの欄に示している。さらに、括弧内には、上記割合を百分率%で示している。
【0059】
図5に示すように、MCTDおよびSScを併発している患者のうち、レイノー現象を発症している患者は、「-/-」では33.3%、「mt/-」では、38.9%、「mt/mt」では53.8%であった。また、MCTDおよびSScを併発している患者のうち、関節炎を発症している患者は、「-/-」では66.7%、「mt/-」では、27.8%、「mt/mt」では38.5%であった。このことから、レイノー現象や関節炎の発症と、アンジオポエチン1の変異には有意な関連性が認められなかった。
【0060】
一方、MCTDおよびSScを併発している患者のうち、PHを発症している患者は、「-/-」では0%、「mt/-」では、17.6%、「mt/mt」では12.5%であった。このことから、アンジオポエチン1の変異の有無は、PHの発症に関係することが確認された。また、その変異型アンジオポエチン1遺伝子をホモで有する者とヘテロで有する者との間には、PHの発症に関して大きな違いは見られなかった。
【0061】
なお本発明は、以上説示した各構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態や実施例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態や実施例についても本発明の技術範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0062】
以上のように、本発明では、PH関連遺伝子もしくはそれをコードする遺伝子における変異を検出することにより、PHの発症の可能性を予測することができるため、PHの発症またはその発症可能性の判定方法や判定キットに代表される診断医療の分野に利用することができる。さらには、変異のないPH関連遺伝子もしくはそれをコードする遺伝子を用いることにより、PHの治療や治療するための薬剤に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】本発明にかかるPH関連遺伝子のcDNAの一部を模式的に示した概略図である。
【図2】本実施例において、PH関連遺伝子の3塩基挿入変異位置を含む領域の配列解析および鎖長解析を行った結果を示す図である。図の右側は、配列解析の結果であり、左側は、鎖長解析の結果である。
【図3】本実施例において、PH関連遺伝子の3塩基挿入変異位置を含む領域のシークエンス解析を行った結果を示す図である。同図(左)は、3塩基挿入型のシークエンス解析の結果であり、同図(右)は、3塩基欠損型のシークエンス解析の結果である。
【図4】本実施例において、RA患者、MCTD患者、MCTDおよびSScを併発している患者、ならびに健常者において、3塩基挿入変異の有無の検出を行った結果を示す表である。
【図5】本実施例において、MCTDおよびSScを併発している患者で、さらに、PH、レイノー現象または関節炎を発症している患者において、3塩基挿入変異の有無の検出を行った結果を示す表である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体から分離された試料において、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなり、その配列中第269番目のアミノ酸としてグリシン挿入変異をもつタンパク質をコードする肺高血圧症発症関連遺伝子における変異の有無を検出することを特徴とする肺高血圧症の発症またはその発症の可能性の判定方法。
【請求項2】
生体から分離された試料において、配列番号2に示される塩基配列を有し、その配列中第805〜807番目の塩基として「GGT」(G、Tはそれぞれグアニン、チミンを表す)の3塩基挿入変異をもつ肺高血圧症関連遺伝子における変異の有無を検出することを特徴とする肺高血圧症の発症またはその発症の可能性の判定方法。
【請求項3】
生体から分離された試料において、請求項1に記載のタンパク質における変異の有無を検出することを特徴とする肺高血圧症の発症またはその発症の可能性の判定方法。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項に記載の肺高血圧症の発症またはその発症の可能性の判定方法を利用することを特徴とする肺高血圧症の発症またはその発症の可能性の判定キット。
【請求項5】
上記肺高血圧症の発症またはその発症の可能性の判定キットが、プライマー、プローブおよび抗体の中から少なくとも1つを含むことを特徴とする請求項4に記載の肺高血圧症の発症またはその発症の可能性の判定キット。
【請求項6】
上記プライマーが、上記肺高血圧症発症関連遺伝子の上記変異位置を含む領域を増幅するためのプライマーであることを特徴とする請求項5に記載の肺高血圧症の発症またはその発症の可能性の判定キット。
【請求項7】
上記プローブが、上記肺高血圧症発症関連遺伝子の上記変異位置を含む領域に結合することを特徴とする請求項5に記載の肺高血圧症の発症またはその発症の可能性の判定キット。
【請求項8】
上記抗体が、請求項1に記載のタンパク質の上記変異部位を認識することを特徴とする請求項5に記載の肺高血圧症の発症またはその発症の可能性の判定キット。
【請求項9】
請求項1に記載の変異タンパク質を有する肺高血圧症患者に、その変異を持たない正常型タンパク質または当該正常型タンパク質をコードするDNA、あるいは、当該正常型タンパク質がリガンドとなるレセプタータンパク質のアゴニストとしての低分子化合物を補完することを特徴とする肺高血圧症の治療方法。
【請求項10】
請求項1に記載の変異タンパク質を有する肺高血圧症患者の治療に用いられる治療薬剤であって、その変異を持たない正常型タンパク質または当該正常型タンパク質をコードするDNA、あるいは、当該正常型タンパク質がリガンドとなるレセプタータンパク質のアゴニストとしての低分子化合物を主成分とする肺高血圧症の治療薬剤。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2006−230241(P2006−230241A)
【公開日】平成18年9月7日(2006.9.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−47344(P2005−47344)
【出願日】平成17年2月23日(2005.2.23)
【出願人】(504156706)株式会社膠原病研究所 (13)
【Fターム(参考)】