説明

脊髄損傷治療剤

【課題】外科的手術によらず、またステロイド剤等の大量投与とは異なり、副作用のない脊髄損傷治療剤を提供すること、特に、レチノイン酸を徐放化したナノ粒子を有効成分として含有する脊髄損傷治療剤を提供する。
【解決手段】レチノイン酸のミセル表面を多価金属無機塩で被覆してなる平均粒子径が5〜300nmを有する多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子を有効成分とすることを特徴とする脊髄損傷治療剤であり、多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子における多価金属無機塩の皮膜が、炭酸カルシウム、炭酸亜鉛またはリン酸カルシウムである脊髄損傷治療剤である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は脊髄損傷治療剤に係わり、詳細には、有効成分として、多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子、特に多価金属無機塩として、炭酸カルシウム、炭酸亜鉛またはリン酸カルシウムの皮膜を被覆し、徐放性を有するレチノイン酸ナノ粒子を有効成分として含有するる脊髄損傷治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
脊髄損傷の多くは、外傷性であり、その原因は、交通事故、スポーツ、労災などであるが、非外傷性のものとしては、炎症、出血、腫瘍、脊髄変形などが原因となっている。その病態としては、脊髄実質に出血、浮腫を基盤とする脊髄の挫滅と圧迫病変であり、損傷部位に対応する神経障害が生じる。
主な臨床症状としては、障害レベル以下に不全、或いは完全運動麻痺及び知覚麻痺が出現し、頚髄損傷では、特有な合併症として、呼吸麻痺と過高熱(または過低熱)がみられる。
このような神経障害の改善、特に運動障害の改善は、寝たきり老人の増加の防止や、QOL(Quality of Life)の向上に直結しており、近年の平均寿命の延長と共にその重要性が高まりつつある。
【0003】
脊髄損傷に対する治療法として行われているのは、物理的な圧迫や、障害を除去するための外科的手術と、受傷急性期の脊髄浮腫に対するステロイド剤の投与療法である(非特許文献1)。ステロイド剤の中では、メチルプレドニゾンの大量投与が脊髄損傷に伴う神経症状の改善に有効であると報告されている(非特許文献2)が、ステロイド剤の大量投与は、全身的な副作用が強く発現し、コントロールが困難な上、感染症を伴う脊髄損傷では感染防御機能低下をきたすという問題点がある。
また、さらに現在ステロイド剤の大量投与療法の有効性についてさえ議論されている。
【0004】
以上のように、現在まで脊髄損傷に対する有効な治療薬はなく、新しい治療薬の開発が望まれている。また、高齢化に伴い、神経系疾患に罹患する患者数は増加する傾向にあり、大きな社会問題となってきている。しかしながら、脊髄は中枢神経系器官であり、また再生が困難な臓器であることから、より有効な治療剤の開発が望まれているのが現状である。
【0005】
ところで、近年、脂溶性ビタミンA酸であるレチノイン酸のES細胞(embryo stem cell:胚幹細胞)を含む種々の未分化細胞における分化誘導作用が注目されてきており、また、レチノイン酸の急性前骨髄性白血病に対する治療薬としての臨床的利用がなされている。
しかしながら、レチノイン酸は分子内にカルボキシル基を有する化合物であることから刺激性があり、皮下投与した場合には炎症もしくは注射部位の腫瘍化が認められ、また、脂溶性のために注射剤としての製剤化は困難なものである。したがってレチノイン酸については、種々の徐放化製剤、あるいはターゲット療法としてのドラッグデリバリー・システム(DDS)を応用した製剤化が検討されている(非特許文献3)。
【0006】
最近、このレチノイン酸の効果を徐放的に発揮し得る、レチノイン酸ナノ粒子が提案されている(特許文献1)。
本発明者等は、この徐放性を有するレチノイン酸ナノ粒子について、脊髄損傷モデルマウスの脊髄損傷部位に投与し、その運動機能評価を検討したところ、脊髄機能の回復を促進させることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【特許文献1】国際公開WO2005/037268号公報
【非特許文献1】N. Engl. J. Med., 322, 1405-1411, 1990
【非特許文献2】J. Spinal Disord., 5(1), 125-131, 1992
【非特許文献3】J. Control Release, 2001 Nov. 9:77(1-2), 7-15
【非特許文献4】J. Neurosurg., 97(1 Suppl.), 142-147, 2002
【非特許文献5】J. Neurotrauma., 12(1), 1-21, 1995
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
したがって本発明は、外科的手術によらず、またステロイド剤等の大量投与とは異なり、副作用のない脊髄損傷治療剤を提供すること、特に、レチノイン酸を徐放化したナノ粒子を有効成分として含有する脊髄損傷治療剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
かかる課題を解決するための本発明は、その基本的態様として、レチノイン酸のミセル表面を多価金属無機塩で被覆してなる平均粒子径が5〜300nmを有する多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子を有効成分とすることを特徴とする脊髄損傷治療剤である。
【0009】
具体的には、本発明は、有効成分である多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子における多価金属無機塩の皮膜が、炭酸カルシウム、炭酸亜鉛またはリン酸カルシウムである上記の脊髄損傷治療剤である。
【0010】
より具体的には、本発明は、有効成分である多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子が、レチノイン酸の低級アルコール溶液をアルカリ水溶液と共に分散し、さらに非イオン性界面活性剤を添加することにより調製した混合ミセルに、2価金属ハロゲン化物または酢酸化物およびアルカリ金属炭酸化物またはリン酸化物を、モル比で1:0〜1.0の範囲内で添加することによりミセル表面に多価金属無機塩の皮膜を形成し、その平均粒子径を5〜300nmの範囲内に調整することにより得られたものである上記する脊髄損傷治療剤である。
【0011】
好ましくは、本発明は、有効成分が、平均粒子径が5〜300nmを有する、炭酸カルシウム、炭酸亜鉛或いは、リン酸カルシウム被覆レチノイン酸ナノ粒子である上記する脊髄損傷治療剤である。
【0012】
もっとも好ましい本発明は、徐放性である上記した脊髄損傷治療剤である。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、基本的には有効成分として、多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子、特に多価金属無機塩として、炭酸カルシウム、炭酸亜鉛またはリン酸カルシウムの皮膜を被覆し、徐放性を有するレチノイン酸ナノ粒子を有効成分として含有するる脊髄損傷治療剤である。
本発明により提供される脊髄損傷治療剤は、患者に対する侵襲的な外科的手術によることなく、脊髄損傷部位に局所的に投与することにより、損傷した脊髄機能の回復を促進させることができるものである利点を有している。
【0014】
本発明が提供する有効成分である多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子は、その平均粒子径が5〜300nmの範囲内の極めて微細なものであり、生体適合性の多価金属無機塩の皮膜によりレチノイン酸が被覆されていることから低刺激性であり、投与部位における炎症の発生、腫瘍化などがみられない特性を有する。
さらに、多価金属無機塩を被覆したナノ粒子としたことにより、刺激性を低減し、また平均粒子径が5〜300nmと微細なものであることから、組織浸透性が向上し、レチノイン酸の血中動態が上昇し、短時間のうちにレチノイン酸が血中に存在し、また徐放的に長時間に亘って、血中濃度を維持し得る利点を有している。
その結果、上皮細胞の増殖因子であるHB−EGF(HB-Epidermal Growth Factor)の産生量が上昇し、再生医療への応用として、極めて有用なものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の有効成分であるレチノイン酸ナノ粒子を構成するレチノイン酸は、生理学的には、視覚、聴覚、生殖などの機能保持、成長促進、皮膚や粘膜などの正常保持、制ガン作用等を有し、急性前骨髄球性白血病(APL: acute promyelocytic leukemia)の治療薬として臨床的に使用されている全トランス体レチノイン酸(all-trans retinoic acid)である。
【0016】
本発明においては、かかるレチノイン酸を多価金属無機塩で被覆したナノ粒子として、レチノイン酸の放出についての徐放性を確保したものである。かかる多価金属無機塩を被覆したレチノイン酸のナノ粒子の調製は、例えば、国際公開WO2005/037268号公報(特許文献1)に記載の方法により調整することができる。
したがって、本国際公開WO2005/037268号公報は、本明細書の一部として取り込まれるものである。
【0017】
この多価金属無機塩を被覆したレチノイン酸のナノ粒子の調製は、詳細には以下のようにして行われる。
すなわち、レチノイン酸は、脂溶性化合物であり、また分子内にカルボン酸基を有していることから、アルカリ水溶液、例えば水酸化ナトリウム水溶液および少量の低級アルコールを添加することにより、水溶液中で球状のミセルが形成される。このミセルの表面は、マイナス荷電で覆われた状態となっているため、容易に2価金属イオン、たとえばカルシウムイオン(Ca2+)が吸着(結合)し、ナトリウムイオンとの交換反応が生じる。この場合、2価金属イオンはナトリウムイオンに比較して吸着力(結合力)が高いことから、2価金属イオンを吸着したミセルは、その表面の荷電は解離しにくくなり、水に不溶化して、ミセルは沈殿する。沈澱を生じると、粒子同士の凝集が生じ、非常に大きな粒子を形成することとなる。
【0018】
したがって、この段階での粒子同士の凝集を防ぐために、非イオン性界面活性剤、例えば、ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノオレート(Tween 80)をレチノイン酸と共に添加する。すなわち、Tween 80は、レチノイン酸と共に混合ミセルを形成し、ミセル表面上にポリオキシエチレン鎖を突出させているため、多価金属イオンがミセル表面に吸着(結合)しても、ミセル表面に突出した親水基としてのポリオキシエチレン鎖の存在により、ミセルの沈澱が生じないこととなる。
【0019】
次いで、2価金属ハロゲン化物または酢酸化物、例えば塩化カルシウムを添加する。この場合の2価金属ハロゲン化物の添加量は、レチノイン酸のミセル表面に2価金属イオンを吸着させるに十分な量であればよい。2価の金属イオンはナトリウムイオンより吸着力(結合力)が強く、ナトリウムイオンとの交換が生じる。その結果、2価金属イオンが優先的に吸着(結合)することとなり、ミセル表面が2価金属イオンで覆われた球状もしくは卵形等のミセルが形成される。そこに、さらにアルカリ金属炭酸化物またはアルカリ金属リン酸化物を添加すると、ミセル表面電荷は完全に中和されていないために、さらに炭酸イオン(CO2−)あるいはリン酸イオン(PO2−)が表面にある2価金属イオンに吸着(結合)する。この結果、レチノイン酸のミセル表面に多価金属無機塩の皮膜が形成されりこととなり、多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子が調製される。
【0020】
かかる多価金属無機塩被覆ナノ粒子における多価金属無機塩としては、生体適合性を有する炭酸カルシウム、炭酸亜鉛またはリン酸カルシウムをあげることができる。
したがって、2価の金属ハロゲン化物または酢酸化物としては、カルシウムハロゲン化物、亜鉛ハロゲン化物、酢酸カルシウムまたは酢酸亜鉛であり、カルシウムハロゲン化物および亜鉛ハロゲン化物としては、具体的には、塩化カルシウム、臭化カルシウム、フッ化カルシウム、ヨウ化カルシウム、塩化亜鉛、臭化亜鉛、フッ化亜鉛およびヨウ化亜鉛をあげることができる。
【0021】
また、アルカリ金属炭酸化物またはアルカリ金属リン酸化物としては、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、リン酸ナトリウムおよびリン酸カリウムをあげることができる。
一方、ナノ粒子の調製に使用する低級アルコールとしては、メタノールあるいはエタノールをあげることができる。
【0022】
また、非イオン性界面活性剤としては、例えば、ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノオレート(Tween 80)、ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノラウレート(Tween 20)、ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノステアレート(Tween 60)、ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノパルミテート(Tween 40)、ポリオキシエチレン(20)ソルビタントリオレート(Tween 85)、ポリオキシエチレン(8)オクチルフェニルエーテル、ポリオキシエチレン(20)コレステロールエステルおよびポリオキシエチレン硬化ヒマシ油をあげることができる。
以上の方法により調製された多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子は、微細なナノ粒子ではあるが、その粒度分布は幅広く、10〜3000nm程度の粒子径(直径)を有するものであった。
【0023】
ところで、多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子を皮下投与あるいは静脈内投与する場合、またさらに皮膚投与してレチノイン酸を経皮吸収させる場合には、その粒径は5〜300nm程度の極めて微細なナノ粒子であることが好ましい。したがって目的とする多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子について、その粒径が5〜300nm程度の極めて微細なナノ粒子に調整する必要がある。
かかる粒子径の調整は、レチノイン酸のミセルの表面に形成させるために添加する、2価金属ハロゲン化物または酢酸化物と、アルカリ金属炭酸化物またはリン酸化物のモル比を変化させ、かつ超音波処理等の機械的振動を与えることにより行い得ることが判明した。
【0024】
すなわち、レチノイン酸のミセル表面への多価金属無機塩の皮膜の形成は、アルカリ(具体的にはナトリウム)水溶液中で形成されたミセルの表面のマイナス荷電を、2価金属ハロゲン化物または酢酸化物による2価金属イオン、例えばカルシウムイオン(Ca2+)との交換反応、およびアルカリ金属炭酸化物あるいはリン酸化物による炭酸イオン(CO2−)またはリン酸イオン(PO2−)とによる中和で行われる。
【0025】
具体的には、添加する2価金属ハロゲン化物または酢酸化物と、アルカリ金属炭酸化物あるいはリン酸化物の両者の比率を、モル比で1:0〜1.0の範囲内で添加することにより、ミセル表面に多価金属無機塩の皮膜を形成し、所望により超音波処理等の機械的振動を加え、その平均粒子径を5〜300nmの範囲内とすることが可能となった。
アルカリ金属炭酸化物あるいはリン酸化物を2価金属ハロゲン化物または酢酸化物1モルに対し1.0モルを超えて添加した場合には、ミセル表面上に多価金属無機塩の皮膜の形成は生じるものの、粒径が大きなものとなり、粒子同士の凝集が生じてしまい、超音波処理を加えても所望の平均粒子径を有するナノ粒子を得ることができず、好ましいものではない。
【0026】
しかしながら、添加する2価金属ハロゲン化物または酢酸化物と、アルカリ金属炭酸化物またはリン酸化物との両者の比率を、モル比を1:0〜1.0の範囲内で添加した場合には、ミセル表面に多価金属無機塩の皮膜が形成され、そのうえで平均粒子径を5〜300nmの範囲内とすることが可能となったのである。
なお、得られたナノ粒子は凝集体として存在している場合もあり、この場合にはかかる凝集体を超音波処理等の機械的振動を与えることにより、極めて均一な平均粒子径を有するナノ粒子に調製し得ることが判明した。したがって、本発明のナノ粒子にはそのような凝集体をも包含する。
【0027】
本発明が提供する脊髄損傷治療剤は、レチノイン酸のミセル表面を多価金属無機塩で被覆してなる平均粒子径が5〜300nmを有する多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子を有効成分とすることを特徴とする脊髄損傷治療剤である。
治療剤としては、薬学的に許容される通常の担体、結合剤、安定化剤、賦形剤、希釈剤、pH調整剤、崩壊剤、可溶化剤、溶解補助剤、等張化剤などの各種製剤化用の配合成分を添加し、調製することができる。
【0028】
本発明が提供する脊髄損傷治療剤は、経口的、或いは非経口的に投与することができる。すなわち、通常用いられる投与形態、例えば、錠剤、粉末剤、顆粒剤、カプセル剤等の形態で経口的に、或いは溶液製剤、懸濁製剤等の形態で非経口的に局所的に投与することができる。
【実施例】
【0029】
以下に、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。
なお、本発明が提供する脊髄損傷治療剤における有効成分である多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子において、炭酸カルシウム被覆レチノイン酸ナノ粒子を「レチノイン酸−CaCOナノ粒子」と、炭酸亜鉛被覆レチノイン酸ナノ粒子を「レチノイン酸−ZnCOナノ粒子」と、また、リン酸カルシウム被覆レチノイン酸ナノ粒子を「レチノイン酸−CaPOナノ粒子」と記載する場合もある。
【0030】
試験例1レチノイン酸−CaCOナノ粒子の作製
レチノイン酸13.6mgを900μLのエタノール(またはメタノール)に溶解し、この溶液に0.5N−NaOH水溶液の100μLを加えた。このときのpHは、7〜7.5であった。この溶液を母液として100μL採取し、これをTween 80を含む蒸留水100μLに加え、よく攪拌した。
約30分後に、5M−塩化カルシウム含有水溶液を加え攪拌し、さらに30分後に1M−炭酸ナトリウム含有水溶液を加え、さらに攪拌した。一昼夜攪拌を継続した後、得られた溶液を一夜凍結乾燥し、目的とする炭酸カルシウム被覆レチノイン酸ナノ粒子を作製した。
この場合において、塩化カルシウムおよび炭酸ナトリウムのモル比を変化させてレチノイン酸のミセルに添加させることによりえられるレチノイン酸−CaCOナノ粒子の製造直後の粒子径(直径)および5分間の超音波処理を施した後の粒子径(直径)は、下記表1に記載のとおりであった。
【0031】
表1:ナノ粒子の粒径に及ぼす塩化カルシウムおよび炭酸ナトリウムの比率
【0032】
【表1】

【0033】
表1に示した結果からも判明するように、塩化カルシウムおよび炭酸ナトリウムのモル比を調整し、レチノイン酸ミセルに添加することにより、レチノイン酸−CaCOナノ粒子の粒径が調整されていることが理解される。
特に、塩化カルシウムおよび炭酸ナトリウムをモル比で1:0〜0.2までの範囲内で添加することにより、レチノイン酸ミセルの表面に炭酸カルシウム皮膜を形成し、その粒径が10〜50nmの範囲内に調整されている。
また、塩化カルシウムおよび炭酸ナトリウムをモル比で1:0.3〜1.0の場合には、製造直後の平均粒子径は、350から1500nm程度のものであったが、これは微細なナノ粒子が凝集して、凝集塊としての大きな平均粒子径を有する値を示しているものであった。
この凝集塊は、超音波処理を施すことにより、凝集塊が個々の粒子に分散し、平均粒子径が100nm程度の極めて均一なナノ粒子に分散した。
したがって、塩化カルシウムおよび炭酸ナトリウムをモル比で1:0〜1.0で添加させ、超音波処理等の機械的振動を与えることにより、その平均粒子径が5〜300nmを有するレチノイン酸−CaCOナノ粒子として調整されることが判明した。
【0034】
試験例2レチノイン酸−ZnCOナノ粒子の作製
レチノイン酸13.6mgを900μLのエタノールに溶解して、この溶液に0.5N−NaOH水溶液の100μLを加えた。このときのpHは、7〜7.5であった。この溶液を母液として100μL採取し、これをTween 80を含む蒸留水100μLに加え、よく攪拌した。
約30分後に、5M−酢酸亜鉛含有水溶液を加え攪拌し、さらに30分後に1M−炭酸ナトリウム含有水溶液を加え、さらに攪拌した。一昼夜攪拌を継続した後、得られた溶液を一夜凍結乾燥し、目的とする炭酸亜鉛被覆レチノイン酸ナノ粒子(レチノイン酸−ZnCOナノ粒子)を作製した。
作製されたレチノイン酸−ZnCOナノ粒子の粒子径は、上記の試験例1と同様の粒度分布を有するのであった。
【0035】
試験例3レチノイン酸−CaPOナノ粒子の作製
レチノイン酸13.6mgを900μLのエタノールに溶解して、この溶液に0.5N−NaOH水溶液の100μLを加えた。このときのpHは、7〜7.5であった。この溶液を母液として100μL採取し、これをTween 80を含む蒸留水100μLに加え、よく攪拌した。
約30分後に、5M−塩化カルシウム含有水溶液を加え攪拌し、さらに30分後に1M−リン酸ナトリウム含有水溶液を加え、さらに攪拌した。一昼夜攪拌を継続した後、得られた溶液を一夜凍結乾燥し、目的とするリン酸カルシウム被覆レチノイン酸ナノ粒子(レチノイン酸−CaPOナノ粒子)を作製した。
作製されたレチノイン酸−CaPOナノ粒子の粒子径も、上記の試験例1と同様の粒度分布を示すものであった。
【0036】
以上のようにして調製された、本発明の有効成分である多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子の作用の確認を以下の試験例により説明する。
すなわち、本発明の有効成分は、レチノイン酸を多価金属無機塩で被覆してなる平均粒子径が5〜300nmを有する多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子とすることにより、徐放性を確保したことによるDDS化したものである。
【0037】
以下の試験により、脊髄半切断モデル(over hemitransection model)を用い、DDS化したレチノイン酸ナノ粒子(レチノイン酸徐放製剤)と、レチノイン酸原体を、切断箇所へ局所適用し、その効果を比較検討した。
【0038】
試験例4DDS化したレチノイン酸ナノ粒子(レチノイン酸徐放製剤)の脊髄半切断モデル(over hemitransection model)に対する効果
[方法]
1.被験物質
(1)DDS化したレチノイン酸ナノ粒子:徐放製剤(以下、RA徐放製剤と記す)
上記試験例1で得たレチノイン酸−CaCOナノ粒子
(2)レチノイン酸原体(以下、RA原体と記す)
2.溶媒
(1)RA徐放製剤:生理食塩水
(2)RA原体:無水エタノール
3.基材
レチノイン酸を浸漬する基材として、0.5mm角のゲルフォーム(ファイザー社製、No.12、Lot KF345)を使用した。
【0039】
[調製方法]
(1)RA徐放製剤
手術当日に、生理食塩液2.5mLを添加して1%RA徐放製剤溶液(10mg/mL)を調製し、その5μL(50μg)を0.5mm角に切断したゲルフォームに浸漬させた。
(2)RA原体
手術当日に、無水エタノールで5.0mg/mLレチノイン酸溶液を調製し、そのうちの1μLずつを、0.5mm角に切断したゲルフォームに浸漬し、風乾させた。この工程を10回繰り返し、風乾後に生理食塩液を5μLずつゲルフォームに浸漬させた。
【0040】
[保存方法]
RA徐放製剤溶液、RA原体ともに、−70℃以下にて保存した。
[投与量]
以下の表2に記載の通りである。
【0041】
【表2】

【0042】
4.実験動物
雌性C57BL/6Jマウス60例(チャールス・リバー・ラボラトリー・ジャパンより購入。5週齢で入荷。8週齢)で手術に供した。
検疫期間中は、体重測定、動物の一般状態の観察を行い、動物番号は、入荷後の体重測定時に付与した。
試験期間中は、週に一度、飼育ケージ及び飲料水の交換を行った。
なお、試験終了後、速やかに安楽致死を実施した。
【0043】
5.試験方法
(1)手術方法
Mikamiらの方法(非特許文献4)に準じて行った。手術前日に背部を除毛し、手術前に体重を測定すると同時に、異常行動、外観異常、体重減少などを示している動物は試験より除外した。
1.5〜2.0%インフルラン吸入麻酔下に、実体顕微鏡下にてマウスの背部を切開し、第8胸椎(T8)の椎弓を切除し、脊髄を露出させた。
左側脊髄を眼科用ハサミで切断し、切断部位に溶媒(生理食塩液)或いは被験物質を浸漬したゲルフォーム(0.5mm角)を挿入し、筋肉を縫合後、皮膚をクリップで留めた。この操作は、37℃の保温プレート上で行った。
マウスをケージに戻し、卓上電気ランプで温め、麻酔から覚醒後に後肢麻痺を確認し、麻痺不全の動物は、以後の実験より除外した。
原則的に、手術後6日間は、強制的に1日1回排尿させ、給水ビンは通常の位置よりも低めに設定し、餌は撒き餌とした。
【0044】
(2)試験群
脊髄を損傷させた群は以下のように3群にし、さらに何も処理しない正常群(Normal群)を1群設けた。
SCI+溶媒(生理食塩液)投与群:n=6
SCI+RA徐放製剤投与群:n=7
SCI+RA原体投与群:n=6
Normal群:n=8
SCI:Spinal Cord Injury:脊髄損傷手術施行
【0045】
(3)被験物質の投与方法
ゲルフォーム(0.5mm角)へ浸漬し、損傷局所へ適用した。
【0046】
(4)被験物質の投与期間
脊髄損傷手術の施行日の1日
(5)評価方法
垂直方向の動きとして、立ち上がり(REARING)回数、及び水平方向の動きとして、自発運動量(MOVE 1、MOVE 2)測定。
MOVE 1、MOVE 2及び立ち上がり回数を、Mikamiらの方法(非特許文献4)に準じて行った。すなわち、小動物運動解析装置:Scanet SV-20にて、15分間の間における立ち上がり回数、MOVE 1、MOVE 2を測定した。また、15分間の立ち上がり(REARING)回数から、REARING SCOREを算出した。
なお、REARING回数とREARING SCOREの関係は、下記表3による。
【0047】
【表3】

【0048】
下肢機能評価:BBB locomotor rating scale(以下、BBBスコアと略記)
指定された3名のうち2名以上の評価者が、Basso, Beattle and Bresnahanらの方法(非特許文献5)によるBBBスコアをブラインドで評価し、平均値を算出した。
【0049】
[結果]
Day 1では、Normal群を除いた全群/全個体で立ち上がり(REARING)は観察されなかったが、Day 4ではRA徐放製剤投与群で、7例中3例のマウスにREARINGが認められた。15分間のREARING回数の平均は、4.3回であった。
一方、溶媒投与群では、6例中1例のマウスに1回のREARING回数が見られたに過ぎず、また、RA原体投与群では、REARINGを示す動物は観察されなかった。
Day 7では、各群で多くの動物でREARINGが観察され、その回数は、溶媒投与群で7.2回、RA徐放製剤投与群で18.3回、RA原体投与群で4.0回と、RA徐放製剤投与群は、RA原体投与群に比較して、約4.5倍高値であった。
Day 14においても、RA徐放製剤投与群は、RA原体投与群に比較して、約2.7倍高値であった。
これらの結果を、下記表4及び図1にまとめて示した。
【0050】
表4:脊髄損傷マウスの15分間におけるREARING回数
【0051】
【表4】

【0052】
正常群(Normal群)のREARING回数を100%としたとき、RA徐放製剤投与群では直線的に増加し、Day 14ではNormal群のほぼ50%に達した。
これに対して、RA原体投与群では、Normal群のほぼ20%であり、溶媒群と同程度であると同時に、その経時的変化も溶媒群に類似したものであった。
その結果を図2に示した。
また、REARING SCORE、BBBスコアもREARING回数と同様な変化を示した。なお、水平方向の運動量(MOVE 1、MOVE 2)は、各群間で顕著な差は認められなかった。
【0053】
今回の試験において、レチノイン酸を徐放製剤化することにより、片側脊髄を切断する脊髄損傷に対して治療効果が確認できた。
徐放化することにより、持続的な組織濃度の上昇や、組織浸透性の亢進などにより、レチノイン酸の効果が発現したものと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0054】
以上記載したように、本発明が提供する脊髄損傷治療剤により、損傷した脊髄を回復させることが可能となった。
特に、外科的手術を行うことなく、脊髄損傷に対する運動機能の回復を促進させるものであり、ステロイド剤と異なり副作用がないことから、その医療上の効果は多大なものである。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】試験例4における結果を示す図であり、15分間における立ち上がり回数を示すグラフである。
【図2】試験例4における結果を示す図であり、正常群の立ち上がり回数を100%としたときの各被験物質の結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レチノイン酸のミセル表面を多価金属無機塩で被覆してなる平均粒子径が5〜300nmを有する多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子を有効成分とすることを特徴とする脊髄損傷治療剤。
【請求項2】
有効成分である多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子における多価金属無機塩の皮膜が、炭酸カルシウム、炭酸亜鉛またはリン酸カルシウムである請求項1に記載の脊髄損傷治療剤。
【請求項3】
有効成分である多価金属無機塩被覆レチノイン酸ナノ粒子が、レチノイン酸の低級アルコール溶液をアルカリ水溶液と共に分散し、さらに非イオン性界面活性剤を添加することにより調製した混合ミセルに、2価金属ハロゲン化物または酢酸化物およびアルカリ金属炭酸化物またはリン酸化物を、モル比で1:0〜1.0の範囲内で添加することによりミセル表面に多価金属無機塩の皮膜を形成し、その平均粒子径を5〜300nmの範囲内に調整することにより得られたものである請求項1または2に記載する脊髄損傷治療剤。
【請求項4】
有効成分が、平均粒子径が5〜300nmを有する炭酸カルシウム被覆レチノイン酸ナノ粒子である請求項1、2または3に記載する脊髄損傷治療剤。
【請求項5】
有効成分が、平均粒子径が5〜300nmを有する炭酸亜鉛被覆レチノイン酸ナノ粒子である請求項1、2または3に記載する脊髄損傷治療剤。
【請求項6】
有効成分が、平均粒子径が5〜300nmを有するリン酸カルシウム被覆レチノイン酸ナノ粒子である請求項1、2または3に記載する脊髄損傷治療剤。
【請求項7】
徐放性である請求項1〜6のいずれかに記載する脊髄損傷治療剤。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2009−114085(P2009−114085A)
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−286059(P2007−286059)
【出願日】平成19年11月2日(2007.11.2)
【出願人】(506151235)株式会社ナノエッグ (11)
【出願人】(503355498)株式会社GBS研究所 (6)
【Fターム(参考)】