説明

脱脂前処理方法及びその装置

【課題】 被処理部材における合わせ部の耐食性の低下を抑制できる脱脂前処理方法を提供する。
【解決手段】脱脂液を含む処理液中に被処理部材を浸漬する前に、ボディ2が有するヘミング加工部2a内に、pH5.5〜10.0の範囲の水溶液20を存在させておいて、脱脂液を含む処理液中を経るとしても、そのヘミング加工部2a内に入った水溶液20を、脱脂液を含む処理液と置き換わることができないようにし、アルカリ固形分がヘミング加工部2a内に残留できないようにする。これにより、この後、水分がヘミング加工部2a内に入り込んでも、そのヘミング加工部2a内が高アルカリ性にならないようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脱脂前処理方法及びその装置に関する。
【背景技術】
【0002】
被処理部材に対して電着塗装等の塗装を行う場合(例えば自動車用ボディの塗装)、その被処理部材の溶接工程後、被処理部材に付着した油分、塵埃の除去、被処理部材の表面に対する下地被膜処理を目的として、特許文献1に示すように、前処理が一般的に行われる。この前処理工程としては、温水に浸して被処理部材に付着した塵埃等(例えば鉄粉等)を除去する湯洗工程、被処理部材に付着した油分及び塵埃等を脱脂液により除去する脱脂工程、脱脂工程において被処理部材に付着した脱脂液を洗い流す水洗工程、表面調整のための下被膜処理を施す表面調整工程、塗装の密着性を向上させる被膜を形成する化成工程が設けられており、これら各工程を経た後、水溶性の塗料で満たされたタンクの内部に被処理部材を浸し、そのタンク内に電流を通して、塗料を被処理部材に電気的に塗着させる電着塗装が行われる。
【特許文献1】特開2004−238681号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかし、被処理部材に電着塗装が行われても、その被処理部材が、合わせ部(例えば、サイドドアのヘミング加工部、フランジと相手部材との接合部等)を有している場合には、その合わせ部において、腐食(溶解)が生じ易い。本件発明者は、この現象について研究したところ、次のような知見を得た。
(1)湯洗工程において被処理部材が温水に浸されるものの、その温水には脱脂液が含有されていること、つまり、湯洗工程における温水としては、一般に、水の有効利用を図るべく、その湯洗工程における使用済み水と、水洗工程における使用済み水とを一緒にしたものが繰り返して用いられており、その水洗工程における使用水に、脱脂工程で被処理部材に付着した脱脂液が入り込むことから、湯洗工程における温水には、脱脂工程における脱脂液の濃度まではいかないものの、比較的高い濃度の脱脂液が含有されていること。
(2)湯洗工程において、被処理部材における前述の合わせ部内、特に袋状の袋状構造部内に温水が最初に入り、その合わせ部内に入った温水が、この後、いくら浸漬工程があっても別の処理液と置き換わりにくく、最終的には、電着塗装工程(焼き付け)において、最初に入った温水の水分が蒸発し、その固形分(温水に含有されている脱脂液の固形分)のみが合わせ部内に残ること。
(3)電着塗装を行う被処理部材として、表面が少なくとも両性元素からなっている部材(例えば亜鉛メッキ鋼板、アルミ材)が使用される傾向にあり、そのような被処理部材に関しては、図1に示すように、強酸性側だけでなく強アルカリ性側でも腐食(溶解)する性質を有することから、脱脂工程では、脱脂液が被処理部材を溶解することを防ぐべく、脱脂液のアルカリ側のpHに関し、上限(Znめっき鋼板の場合には、10.9〜11.7程度)を設定しているものの、その上限pHよりも低いpHの液体が合わせ部内に入り、その水分が蒸発して固形分のみが合わせ部内に残ったときには、その後、わずかな水分(湿気、結露、浸水)が合わせ部内に進入することにより、濃度の高い脱脂液が生成され、そこでのpHが被処理部材を溶解させるまで上昇すること。
【0004】
本発明は、上記知見に基づいてなされたもので、その第1の技術的課題は、被処理部材における合わせ部の耐食性の低下を抑制できる脱脂前処理方法を提供することにある。
第2の技術的課題は、上記脱脂前処理方法を使用する脱脂前処理装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
前記第1の技術的課題を達成するために本発明(請求項1に係る発明)においては、
脱脂液を含む処理液中に被処理部材を浸漬する前に、該被処理部材が有する合わせ部内にpH5.5〜10.0の範囲の水溶液を存在させる、
ことを特徴とする脱脂前処理方法とした構成としてある。この請求項1の好ましい態様としては、請求項2〜15の記載の通りとなる。
【0006】
前記第2の技術的課題を達成するために本発明(請求項16に係る発明)においては、
脱脂液を含む処理液中に被処理部材を浸漬する前の前処理手段として、水溶液供給手段が設けられ、
前記水溶液供給手段が、前記被処理部材が有する合わせ部内に、pH5.5〜10.0の範囲の水溶液を供給するように設定されている、
ことを特徴とする脱脂前処理装置とした構成としてある。この請求項16の好ましい態様としては、請求項17以下の記載の通りとなる。
【発明の効果】
【0007】
請求項1に係る発明によれば、本件発明者の知見に基づき、脱脂液を含む処理液に被処理部材を浸漬させる工程を経るとしても、被処理部材の合わせ部内に入っている水溶液を、脱脂液を含む処理液に置き換えることはできず、この後、その水溶液の水分が蒸発しても、アルカリ性固形分が合わせ部内に残留することはない。このため、この後、水分が合わせ部内に入り込んでも、その合わせ部内が高アルカリ性になることはなくなり、被処理部材における合わせ部が腐食(溶解)することを抑制できる(被処理部材における合わせ部の耐食性の低下抑制)。
【0008】
請求項2に係る発明によれば、脱脂液を含む処理液中に被処理部材を浸漬する工程の後工程として、電着塗装工程が備えられている場合、その電着塗装工程において、合わせ部周辺に電着塗料液の凝集(電着凝集)が生じることがあるが、本件発明者の知見に基づき、水溶液として、pH10以下、該水溶液に含有する金属塩及び該金属塩の金属イオンの総合濃度を、該金属イオン濃度に換算して、620ppm以下に抑えたものを用いることにより、電着凝集の発生を抑制できることになる。このため、被処理部材における合わせ部が腐食(溶解)することを抑制できるだけでなく、電着塗装工程における電着凝集も防止できる。
【0009】
請求項3に係る発明によれば、水溶液に界面活性剤を含有しないことから、前記請求項1の場合よりもより一層、被処理部材における合わせ部が腐食(溶解)することを抑制できる。
【0010】
請求項4に係る発明によれば、水溶液が界面活性剤を含有していないことが、該水溶液が該界面活性剤を実質的に含有していないことを含み、該水溶液が界面活性剤を実質的に含有していないことが、該水溶液中の界面活性剤の濃度が、後工程である脱脂工程における脱脂液濃度の1/100以下となっていることであることから、pHが5.5〜10.0の範囲と相まって、工業的なレベルで当該水溶液(脱脂液が実質的に含有していない水溶液)を準備することが具体的に実現できることになり、被処理部材における合わせ部の耐食性の低下抑制に関し、現実的な対応を採ることができる。
また、脱脂工程において、被処理部材の合わせ部の脱脂を抑制して、その残留油分によっても合わせ部の腐食を抑制できる。
【0011】
請求項5に係る発明によれば、被処理部材の合わせ部が、袋状に形成される袋状構造部であることから、水溶液が一旦入れば、別の水溶液に浸漬したとしても、その別の水溶液に最も置き換わらない構造であり、脱脂液を含む処理液がその袋構造部内に最初に入り込めば、最も腐食を起こし易いが、それとは反対に、脱脂液を実質的に含有しない水溶液(pH5.5〜10.0)を袋状構造部内に最初に入れることから、そのような袋状構造部での耐食性の低下を効果的に抑制できる。
【0012】
請求項6に係る発明によれば、被処理部材が、複数の板状部材を用いて形成された構造体であり、合わせ部が板状部材を重ね合わせた状態により構成されていることから、合わせ部をなす板状部材同士間でも、脱脂液に起因する耐食性の低下を抑制できる。
【0013】
請求項7に係る発明によれば、複数の板状部材を接合して、合わせ部を含めて被処理部材を組み立てた後に、水溶液を合わせ部内に存在させることから、合わせ部内に当該水溶液を簡単且つ確実に存在させることができる。
【0014】
請求項8に係る発明によれば、水溶液を前記合わせ部内に存在させるに際して、該合わせ部を、浸漬槽内に溜められた該水溶液中に浸漬することから、合わせ部内に当該水溶液を簡単且つ確実に存在させることができる。
【0015】
請求項9に係る発明によれば、水溶液を合わせ部内に存在させるに際して、該合わせ部を、浸漬槽内に溜められた該水溶液中に浸漬し、水溶液として、界面活性剤を50ppm〜190ppmの濃度をもって含有させたものを用いることから、耐食性の低下を抑制しつつ、水溶液に界面活性剤に基づく浸透機能を付与できることになり、油分により入りにくい脱脂処理前の合わせ部内に当該水溶液を迅速に入り込ませることができる。これに伴い、被処理部材を搬送しながら浸漬槽内の水溶液に浸漬する場合には、その浸漬槽を、被処理部材の搬送方向において長さを短くすることができ、浸漬槽の容積を小さくすることができる。
【0016】
請求項10に係る発明によれば、脱脂液として、金属塩と界面活性剤とを含有するものを用い、浸漬槽内に溜められた水溶液として、脱脂液を含む処理液中に被処理部材を浸漬する工程で使用された回収液を含有するものであって、脱脂液を含む処理液中に被処理部材を浸漬する工程における脱脂液濃度の1/10以下に調整することにより前記金属塩濃度及び前記界面活性剤濃度としたものを用いることから、回収液を利用することにより所望の水溶液を得て、耐食性の低下抑制と電着塗装工程における電着凝集防止とを図りつつ水の有効利用を図ることができる。
【0017】
請求項11に係る発明によれば、水溶液として、イオン交換水を用いることから、水溶液に塩素イオンを含ませないことができることになり、脱脂液に起因する腐食(溶解)だけでなく塩素イオンに基づく腐食も防止できる。
【0018】
請求項12に係る発明によれば、水溶液が緩衝溶液でもあることから、水分の蒸発により、緩衝溶液成分が、固形分として合わせ部内に残留することになり、この後、合わせ部内へ水分が進入したときには、その水分によりその固形分も溶けて、緩衝作用(被処理部材の溶解に伴うアルカリ側へのpH変化を抑制)を発揮することになる。このため、この緩衝作用に基づいても、合わせ部が腐食することを抑制できる。
【0019】
請求項13に係る発明によれば、水溶液中にアノード反応抑制剤が含有されていることから、水分の蒸発により、アノード反応抑制剤も、固形分として合わせ部内に残留することになり、この後、その合わせ部内へ水分が進入したときには、その水分によりそのアノード反応抑制剤(固形分)も溶けて、同時に溶出しようとする被処理部材の金属イオン(亜鉛イオン、アルミニウムイオン等)を捕捉して被覆膜を形成し、その被覆膜によりそれ以後のその金属イオンの溶解を規制することになる。このため、これに基づいても、合わせ部が腐食することを抑制できる。
【0020】
請求項14に係る発明によれば、水溶液中にハロゲン捕捉元素(化合物)が含有されていることから、水分の蒸発により、ハロゲン捕捉元素に関しても、固形分として合わせ部内に残留することになり、この後、その合わせ部内へ水分が進入したときには、その水分によりその希土類元素(固形分)も溶けて、進入してくる水分中に含まれる塩素(ハロゲン)を捕捉して被覆膜を形成し、その被覆膜により、塩素から被処理部材を保護する。このため、塩素に起因する合わせ部の腐食を抑制できる。
【0021】
請求項15に係る発明によれば、被処理部材の表面が、両性元素からなる金属により構成されていることから、高アルカリになることにより溶出する性質を有していても、高アルカリになることを抑制して、被処理部材が溶出(腐食)することを抑制できる。
【0022】
請求項16に係る発明によれば、当該装置の作動において、前記請求項1に係る脱脂前処理方法が使用されることになり、請求項1に係る脱脂前処理方法を使用した脱脂前処理装置を提供できる。
【0023】
請求項17に係る発明によれば、当該装置の作動において、前記請求項2に係る脱脂前処理方法が使用されることになり、請求項2に係る脱脂前処理方法を使用した脱脂前処理装置を提供できる。
【0024】
請求項18に係る発明によれば、当該装置の作動において、前記請求項3に係る脱脂前処理方法が使用されることになり、請求項3に係る脱脂前処理方法を使用した脱脂前処理装置を提供できる。
【0025】
請求項19に係る発明によれば、当該装置の作動において、前記請求項9に係る脱脂前処理方法が使用されることになり、請求項9に係る脱脂前処理方法を使用した脱脂前処理装置を提供できる。
【0026】
請求項20に係る発明によれば、当該装置の作動において、前記請求項8に係る脱脂前処理方法が使用されることになり、請求項8に係る脱脂前処理方法を使用した脱脂前処理装置を提供できる。
【0027】
請求項21に係る発明によれば、当該装置の作動において、前記請求項11に係る脱脂前処理方法が使用されることになり、請求項11に係る脱脂前処理方法を使用した脱脂前処理装置を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下、本発明の実施形態について、図面に基づいて説明する。
先ず、第1実施形態について説明するが、その第1実施形態に係る脱脂前処理方法を説明する前に、その方法を使用する脱脂前処理装置が組み込まれた塗装前処理装置について、被処理部材を自動車用ボディ(以下、ボディと称す)として説明する。この場合、ボディは、複数のボディパネルをスポット溶接等を用いて一体化することにより組み立てられるが、そのボディの構成要素であるボディパネルとしては、本実施形態においては、両性元素である亜鉛によるめっき処理が行われた亜鉛めっき鋼板が用いられるものとする。
【0029】
塗装前処理装置1は、図2に示すように、ボディパネルを一体化してボディ2を組立てる溶接工程から電着塗装工程までの間の湯洗工程、浸漬工程(脱脂前処理工程)、脱脂工程、水洗工程、化成工程(表面調整工程を含む)を行うべく、湯洗槽3、浸漬槽4、脱脂槽5、第1、第2水洗槽6,7、化成槽(図示略)が設けられている。
【0030】
前記湯洗槽3には、その上部開口上方側において、ボディ2に付着した塵埃等(例えば鉄粉等)を除去すべく、高圧スプレイ8が備えられており、その高圧スプレイ8には、鉄粉除去装置15から、鉄粉除去後の水(循環水)が供給管16、ポンプ17を用いて送り出されることになっている。一方、湯洗槽3の下部には配水管11が接続されており、その配水管11を介して湯洗槽3内の使用済み水が回収槽12に回収されることになっている。その回収槽12内の使用済み水は、配管13、ポンプ14を用いて鉄粉除去装置15に送り出されることになっており、その鉄粉除去装置15において、使用済み水から鉄粉が除去されて、前記循環水が生成されることになる。
【0031】
前記浸漬槽4内には、前記供給管16から分岐する分岐管10、その分岐管10からさらに分岐する分岐管18を用いて、前記鉄粉除去装置15からの循環水が供給される一方、その浸漬槽4下部と前記回収槽12とが排水管19を介して接続されており、浸漬槽4内には、常に、ボディ2を浸すことができる一定量以上の水溶液20が保持されることになっている。この浸漬槽4内の水溶液20は、所定水質に維持されており、その水質は、界面活性剤(後工程の脱脂液成分が流入したもの)濃度が後述の脱脂槽5中の脱脂液濃度の1/100以下、pHが5.5〜10.0の範囲、水温が常温(例えば25℃以下)とされている。
【0032】
また、本実施形態においては、水溶液20に、緩衝溶液ないしは緩衝溶液成分(弱酸塩又は弱アルカリ塩(例えば酢酸アンモニウム))、アノード反応抑制剤、塩素を捕捉するハロゲン捕捉元素が含有されている。この場合、緩衝溶液ないしは緩衝溶液成分として、酢酸緩衝液(酢酸と酢酸ナトリウム)、リン酸緩衝液(リン酸とリン酸ナトリウム)、クエン酸緩衝液(クエン酸とクエン酸ナトリウム)、ホウ酸緩衝液、酒石酸緩衝液、トリス緩衝液(トリスヒドロキシメチルアンモニウム)、シリカ等が用いられる。アノード反応抑制剤としては、金属イオンを捕捉するキレート剤又はリン酸顔料が用いられる。ハロゲン捕捉元素としては、Pb、Ce、Bi等を含む化合物等が用いられる。
【0033】
この水溶液20の水質は、上記の通り管理されるが、浸漬槽4内における水溶液20中の界面活性剤の濃度調整のため、純水供給源9が備えられている。純水供給源9は、浸漬槽4内に純水供給管9aを用いて純水を供給できることになっており、その純水供給源9からの純水は、主として、界面活性剤の濃度調整のために希釈用として用いられる。本実施形態においては、純水供給源9は、純水としてイオン交換水をポンプにより送り出すことになっており、そのイオン交換水には、勿論、塩素(次亜塩素酸HOCl)は含まれていない。また、浸漬槽4内における水溶液20のpH調整については、HNO3等を用いて調整される。ここでの水質管理は、前記鉄粉除去装置15における循環水の水質にも反映されることになり、ここでの水質管理に基づき、鉄粉除去装置15からの循環水の水質は、界面活性剤濃度、pH、水温に関し、浸漬槽4内における水溶液20と同じものとなるように管理されている。
【0034】
前記脱脂槽5内には、ボディ2に付着した油分及び塵埃等を除去すべく、脱脂液21が満たされている。この脱脂液21は、アルカリビルダー(例えば、アルカリケイ酸塩、アルカリ炭酸塩、アルカリリン酸塩)と、界面活性剤(非イオン系界面活性剤)とを成分として備えており、そのpHは、ボディ2(ボディパネル)の亜鉛めっきの腐食を防止すべく、10.9〜11.7の範囲で管理されている。尚、図示は略すが、脱脂槽5と浸漬槽4との間には、ボディ2が脱脂槽5内に搬入される際、脱脂液21を浸漬槽4に流入させない遮断構成が設けられている。
【0035】
前記第1水洗層6及び第2水洗槽7は、工程の進行方向に隣合うように順に配設されており、その各水洗槽内には、ボディ2に付着した脱脂液21を洗い流すべく、水がそれぞれ満たされている。第2水洗槽7には、純水供給源22から水供給管23を介して純水が供給されている一方、その第2水洗槽7の下部からはその内部の水が配水管24を介して回収槽25に排水されることになっている。この回収槽25に回収された排水は、ポンプ26、供給管27を介して第1水洗槽6内に供給されることになっており、その第1水洗槽6内の水は、その下部から配水管28により回収槽29に排水されている。この回収槽29が回収した排水は、ポンプ30、配管31を介して前記回収槽12に供給される。この場合、第1、第2水洗層6,7に含まれる脱脂液が回収層12,鉄粉供給装置15に入り込み、その鉄粉供給装置15からの循環水中に脱脂液が含まれることになるが、前述の通り、浸漬槽4,鉄粉除去装置15において水質管理が行われ、各槽4,15における脱脂液濃度が前述の所定濃度を超えたときには、純粋供給源9から純粋が供給されて、希釈が行われる。
【0036】
次に、このような塗装前処理装置1を用いて、塗装前処理方法を、その中に組み込まれている脱脂前処理方法と共に説明する。
溶接工程を終えると、ボディ2は、湯洗工程を行うべく、湯洗槽3の上部開口上にハンガ(図示略)を用いて搬送される。ボディ2は、その位置において、高圧スプレイ8から噴出水を受け、その噴出水によりボディ2に付着した塵埃等(例えば鉄粉等)は除去される。
【0037】
上記湯洗工程を終えると、ボディ2は、脱脂前処理工程としての浸漬工程を行うべく、浸漬槽4へ搬送される。浸漬槽4では、その内部に溜められている水溶液20中に、ボディ2のドアウインドウ下部が最低限、浸されるようにしつつ、ボディ2が通される(ハーフディップ)。これにより、ボディ2が有する合わせ部2a内に浸漬槽4の水溶液20が初めて入り込む。具体的には、ボディ2の合わせ部2aとして、図3に示すように、ドアの周縁部において、アウタパネル34とインナパネル35とにより袋状に形成される袋状構造部としてのヘミング加工部(合わせ部と同符号2aを用いる)、フランジ部と相手部材との合わせ部等が対象となり、それらの合わせ部2a内に水溶液20が入り込むことになる。
【0038】
上記浸漬工程を終えると、ボディ2は、脱脂工程を行うべく、脱脂槽5内の脱脂液21中に搬送される。これにより、ボディ2に付着した油分及び塵埃等が脱脂液21により除去されるが、袋状構造部としてのヘミング加工部2a内等においては、脱脂液21は、前記浸漬工程で入り込んだ水溶液20に置き換わることができず、ヘミング加工部2a内等に入り込んだ水溶液20はそのまま存在する。
【0039】
上記脱脂工程を終えると、ボディ2は、水洗工程、化成工程を経て電着塗装工程に移行し、その電着塗装工程(焼き付け)において、ボディ2のヘミング加工部2a内に存在していた水溶液20の水分は蒸発する。これにより、緩衝溶液成分、アノード反応抑制剤等の固形分のみが残留し、アルカリ固形成分は残留しないことになり、製品としての自動車が市販された後においても、ボディ2のヘミング加工部2a内等には、浸漬工程において入り込んだ水溶液20の固形分(緩衝溶液成分、アノード反応抑制剤等)のみが存続し続ける。
【0040】
このような塗装前処理方法を行って生産された自動車においては、ボディ2における合わせ部2a間に湿気、結露、浸水等の水分が防水シールの存在にかかわらず入り込んできたときには、その合わせ部2a内の固形分はその水分により溶けるが、その固形分は、アルカリ性固形分を含まず、緩衝溶液成分等の添加剤だけであり、その固形分が水に溶けても、pHが、亜鉛めっきが溶解し出す高アルカリ性のpHまでに至らないものになり、ボディ2におけるヘミング加工部等の合わせ部2aは、腐食することが抑制される。
これに対して、上記浸漬工程を行わず、脱脂工程でヘミング加工部等の合わせ部2aに脱脂液を入り込ませた処理を行った場合には、この後、ヘミング加工部等の合わせ部2aに存在する固形分が湿気、結露、浸水等により下記(化1)の反応を起こし、ヘミング加工部等の合わせ部2aのpHは著しく上昇する。
【化1】

そして、このpH上昇に基づき、下記(化2)の反応が起こり、ボディパネル(亜鉛めっき鋼板)をなす亜鉛めっきは、溶解(腐食)することになる。
【化2】

【0041】
図4は、上記pH5.5〜10.0の範囲を求めるために、上記浸漬工程における水溶液20のpHがボディ2の合わせ部2aの溶解(腐食)に与える影響を示した実験結果である。この実験に際しては、図5に示すように、テストピース37として、2枚の亜鉛めっき鋼板38を溶接して、合わせ面の隙間を200μmにしたものを作成し、その両亜鉛めっき鋼板38の合わせ部2a間にpH調整した各pH水溶液20を入れ込み、それらに対して、160℃の下で30分焼き付けを行った(合わせ部2a間に固形分生成)。そして、その各テストピース37の合わせ部2a間に1mlの水をしみこませ、所定時間(本実験においては3日)後に、合わせ部2a内のめっき溶解率(%)を測定した。その結果、合わせ部2a間に入れ込んだ水溶液20のpHが5.5未満であるとき、また、pHが10.0を超えるときに、許容限界線を超える高溶解率特性を示し、pH5.5〜10.0の範囲が腐食抑制に対して適正であることを示した。上記pH5.5〜10.0の範囲は、このことに基づいている。特に本件において問題となるアルカリ性側に関して、本来の亜鉛めっきが溶解し始めるpHよりも小さいもの(pH10.0)となっているが(図1と比較参照)、これは、合わせ部2a内に進入するわずかな水によって固形分が溶解されるため、濃度が高まり、これに伴って、溶解するpHに達するものと考えられる。
【0042】
本実施形態においては、浸漬工程における水溶液20中に緩衝溶液成分が含有されていて、その緩衝溶液成分は、電着塗装工程における水分の蒸発により、固形分として合わせ部2a内に残留する。このため、この後、上記の場合のように、合わせ部2a内へ水分が進入したときには、その水分によりその緩衝溶液成分(固形分)も溶けて、緩衝溶液として機能する。このため、亜鉛めっきの腐食時に合わせ部2a内のpHの変動を抑制して、腐食が促進されることを抑制する。
【0043】
図4中のプロットP1、P3は、前記実験の水溶液20にそれぞれ緩衝溶液成分として酢酸塩、ホウ酸塩を添加したものを用いてテストピース37を作成し、その各テストピース37に基づき実験を行った結果である。これらについては(P1,P3)、純水の場合(P2)よりも良好な耐食性を示した。
【0044】
また、本実施形態においては、浸漬工程における水溶液20中に緩衝溶液成分がアノード反応抑制剤として、キレート剤、リン酸顔料等が単独又は複合的に含有されていて、それらアノード反応抑制剤も、電着塗装工程における水分の蒸発により、固形分として合わせ部2a内に残留する。このため、この後、その合わせ部2a内へ水分が進入したときには、その水分によりそのアノード反応抑制剤(固形分)も溶けて、ボディ2の亜鉛めっきから溶出しようとする亜鉛イオンを捕捉して被覆膜を形成し、その被覆膜は、亜鉛めっきが亜鉛イオンとなることを規制する。このことから、このアノード抑制剤に基づいても、合わせ部2aが腐食することを抑制できる。
【0045】
さらに、本実施形態においては、浸漬工程における水溶液20中にハロゲン捕捉元素として、Pb,Ce,Bi等が含有されていて、それらハロゲン捕捉元素も、電着塗装工程における水分の蒸発により、固形分として合わせ部2a内に残留する。このため、この後、その合わせ部2a内へ水分が進入したときには、その水分によりそのハロゲン捕捉元素もイオン化して、進入してくる水分等に含まれる塩素(ハロゲン)を捕捉し、被覆膜を形成する。このことから、その被覆膜により、塩素から合わせ部2aを保護できることになる。
【0046】
一方、本実施形態に係る塗装前処理方法においては、浸漬工程における水溶液20の水質が、pH5.5〜10.0の範囲とされると共に、界面活性剤の濃度が、脱脂工程における脱脂液21濃度の1/100以下に管理されている。これにより、当該水溶液20を、pHが高くなく且つ実質的に脱脂液21が存在しない水溶液20として扱えることになり、水の有効利用を図りつつ、工業的な対応を採ることができることになる。しかも、脱脂工程において、この実質的に脱脂液21が存在しない水溶液20を合わせ部2a間に存在させて、合わせ部2a間の油分をできるだけ除去されないようにすることができることになり、その油分を利用して合わせ部2a内の亜鉛めっきの溶解を抑制できることになる。これは、合わせ部2a、特に袋状構造部をなすドアのヘミング加工部内等が、構造上、塗膜が付着しにくいことに着目し、塗装工程のために油分を落とすよりもむしろ油分を残して、その油分により亜鉛めっきの溶解を保護しようとしているのである。
【0047】
図4中のプロットP4〜P6は、前記実験において用いた水溶液20中に脱脂液を含有させたものであり、P4’〜P5’は、界面活性剤を抜いた脱脂液を水溶液20中に含有させたものである。具体的には、プロットP6が脱脂工程における脱脂液、プロットP5がプロットP6における脱脂液の1/10希釈、プロットP4がプロットP6における脱脂液の1/100希釈である。また、プロットP5’が、プロットP6における脱脂液から界面活性剤を抜いたものの1/10希釈、プロットP4’がプロットP6における脱脂液から界面活性剤を抜いたものの1/100希釈である。
【0048】
図4によれば、プロットP4〜P6(界面活性剤を含む脱脂液を含有した水溶液20)が、P4’,P5’(界面活性剤を含まない脱脂液を含有した水溶液20)との比較において、同じpHでも、めっき溶解率が高くなることを示すと共に、それらのうちの脱脂液21の含有量が少ないものほど低いめっき溶解率を示した。これは、脱脂液(特に界面活性剤を含むもの)の少ないものほど油分の残留が多くなり、その多くなる油分に基づき合わせ部2aのめっき溶解が抑制されるためと考えられる。これは、水溶液20の特性をまとめて示す図6からも裏付けられる。この図6によれば、脱脂液21の成分であるアルカリビルダー、界面活性剤が、その量が少なくなるほどめっき腐食が少なくなる特性を示し、図5と同様の傾向を示した。
【0049】
また、浸漬工程において浸漬槽4に供給する純水はイオン交換水であり、その純水は塩素イオンを含まない。これに伴い、ボディ2の合わせ部2a内に供給する水溶液20にも塩素イオンを含ませないことができることになり、脱脂液21に起因する腐食(溶解)だけでなく塩素イオンに基づく腐食も防止できる。
【0050】
図6には、水溶液20の性質の一つとして、水の種類(水の純度)についての特性が示されており、そこでは、前記実験において合わせ部2a内に入れ込む水溶液20として、イオン交換水、上水、工水を用いたときの合わせ部21a内のめっき腐食率(SN比)を示している。これによれば、塩素イオンを含まないイオン交換水が、上水及び工水に比べて、腐食率が小さいことを示した。
【0051】
図6には、水溶液20の性質の一つとして、水温についての特性が示されており、そこでは、前記実験において合わせ部2a内に入れ込む水溶液20の水温を変えたものについて示されている。これによれば、水温が低いほどめっき腐食率が小さいことを示した。水溶液20の水温が低いほど合わせ部2a内の油分が除去しにくいためと考えられる。
【0052】
図7は、浸漬工程を経る場合(ヘミング加工部2a内に脱脂液の固形分が残留しない場合)の最終仕上げ品(塗装等を行ったもの)と、浸漬工程を経ない場合(ヘミング加工部2a内に脱脂液の固形分が残留する場合)の最終仕上げ品(塗装等を行ったもの)とについて行った耐久性試験の結果である。この試験に際しては、試験材料として、GA材(新日鐵製:目付け量48.4g/m2 合金化度10.4Fe%)を用い、同じ耐久試験条件の下で、1サイクル≒JISK5600−7−9サイクルAの3サイクルに相当する耐久性試験を行った。この場合、10サイクルがほぼ1年に相当する。また、図8に示すように、ヘミング加工部2a内の錆起点S1から矢印で示すように進行して塗膜42に塗膜膨れ錆(ブリスター)40が形成されるが、塗装シーラ際塗膜膨れ幅は、図8中のLBをもって示される。尚、図8中、符号41はアウタパネル34上の塗膜、43はADシーラ、44は塗装シーラである。
この図7によれば、ヘミング加工部2a内に脱脂液の固形分が残留するもの(浸漬工程を経ないもの)については、市場で約2年程度の耐久性を示したが、ヘミング加工部2a内に脱脂液の固形分を残留させないもの(浸漬工程を経るもの)については、さらに2年の耐久性を示した。
【0053】
図9〜図16は第2実施形態を示す。この第2実施形態は、一部を除き、前記第1実施形態と基本的に同一構成となっている。このため、第2実施形態の特徴部分を中心として説明し、その他の部分については、第1実施形態と同一の構成要素の符号を付してその説明を省略する。
【0054】
第2実施形態は、ボディ2におけるヘミング加工部等の合わせ部2aの腐食を防止するだけでなく、電着塗装工程での合わせ部2a付近における電着塗料液の異常凝集(電着凝集)をも防止するようにしたものを示している。この電着凝集の防止方法は、本件発明者が電着凝集のメカニズムを見出したことに基づいている。その本件発明者が見出した電着凝集のメカニズムから先ず説明する。
【0055】
脱脂工程(脱脂槽5)における脱脂液21には、前述したように、アルカリビルダーと界面活性剤とが含有されており、アルカリビルダーとしては、一般に、ケイ酸ナトリウム(Na2SiO3)、炭酸ナトリウム(Na2CO3)、炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)等の金属塩が用いられている。このような金属塩は、脱脂工程後の水洗工程において、第1水洗層6及び第2水洗槽7の処理水内に入り込み、その使用済み水の再利用に伴い、浸漬槽4内の水溶液20にも入り込むことになっている(図2参照)。このため、その金属塩が溶けた水溶液20は(電離したもの及び電離しないもの)、浸漬工程において、ボディ2の合わせ部2aに入り込むことになり、この合わせ部2aを有するボディ2は、合わせ部2a間に水溶液20を保持しつつ、脱脂工程、水洗工程、化成工程を経て電着塗装工程に至る。そして、電着塗装工程において、ボディ2は、槽内のカチオン電着塗料液中に浸漬され、槽を陽極、ボディ2を陰極としてその両者間に電圧が印加される。
【0056】
一方、電着塗料液においては、(化3)に示すような化学平衡が成立している。このため、電着塗料液においては、pHを低めること(酸を存在させること)により、樹脂(電着塗料)に水溶性の状態が与えられており、一般的には、電着凝集が生じる状況にはない。しかし、電着塗装工程では、現実に合わせ部2a付近において電着凝集が見られ、その補修が強いられることになっている。
【化3】

【0057】
本件発明者は、このような事情に鑑み、研究を重ねたところ、図9に示すように、電着塗装工程において、電圧印加に伴ってボディ2の温度が上昇し、ヘミング加工部等の合わせ部2a間の水溶液20が熱膨張して電着塗料液中にオーバーフローすることを見出した。そして、そのことから、電着凝集のメカニズムに関し、図9に示す内容を導き出した。金属塩の一つであるNa2SiO3を例にとって具体的に説明する。
【0058】
電着塗料液においては、樹脂に水溶性の状態が与えるべく、図14に示すように、その電着塗料の周囲にR’−COOHが存在しているが、このような状況において、電着塗料液に水溶液20がオーバーフローして、Na2SiO3,Na+,SiO32-が電着塗料液に入り込むと、それらは、(化4)に示すように、電着塗料液の状態に応じた下での電離平衡状態になり、そのうちのNa+が、R’−COOHにおけるO原子(−に帯電)と引き合う一方で、R’−COOHにおけるH原子(+に帯電)に対して反発することになる。これにより、カルボキシル基−COOHにおけるOH間の結合が切断され(R’−COOHが電離)、R’−COO-は、図15に示すように、Na+に追従して電着塗料から離れる。このR’−COOHの電離に伴い、電着塗料の周囲にH+が増加することになるが、電着塗料液中にSiO32-が存在することから、図15,図16に示すように、それと反応してH+を減少させる方向に化学平衡は移行する。この結果、図16に示すように、R’−COOHによって樹脂に水溶性の状態を与えることができなくなり、樹脂が凝縮する電着凝集が生じる。
【0059】
本件発明者は、このような電着凝集のメカニズムに基づき、電着塗料液中にNa+の存在が多いほどR’−COOHの電離度が高まり、そのR’−COOHの電離度が高まるほど電着凝集量が増加することになる知見を得、その知見に基づき、電着凝集を防止するためには、電着塗料液中におけるNa+の濃度には上限が必要であるとの結論を得た。
【0060】
一方、上記反応とは別の反応も同時に進行すると考えられる。上述の通り、電着塗料液に水溶液20がオーバーフローして、Na2SiO3,Na+,SiO32-が電着塗料液に入り込むと、それらは、(化4)に示すように、電着塗料液の状態に応じた下での電離平衡状態になるが、電着塗料液においては、R’−COOHが電離して、(化5)に示す平衡が保たれており、電着塗料液中では、SiO32-とH+とが共存することになる。このため、(化6)に示す平衡も電着塗料液の中で保つ必要がある。
【化4】

【化5】

【化6】

【0061】
この場合、ケイ酸H2SiO3は弱酸であるから、(化6)が成り立つためには、(化6)において右から左に反応が起こってH2SiO3が生じなければならず、そのためにはH+が減少しなければならない。このようにして電着塗料液中のH+が減少すると、(化5)の平衡が左から右に移動し、H+が補給される。そのH+はさらにSiO32-と結合して非電離のH2SiO3をつくる。このような変化は、(化5)及び(化6)の平衡がともに成立するまで続くと考えられる。これらを整理すれば、結局は、(化7)に示すように、SiO32-とR’−COOHとが反応して、ケイ酸分子H2SiO3とR’−COO-とを生じる平衡式となる。
【化7】

【0062】
一方、電着塗料液中には、Na2SiO3から電離したNa+と、(化7)の反応から生じたR’−COO-が残されることになるが、これらは、互いに引き合う関係にあることから、(化8)に示すように大部分がイオンの状態で維持される。このため、Na+(Na2SiO3)の存在が多いほど、R’−COO-の割合は大きくなると考えられる。このような現象は、他の金属塩であるNa2CO3、NaHCO3についても、(化9)、(化10)に示すように同様に生じると考えられる(図9も参照)。
【化8】

【化9】

【化10】

【0063】
このことから、本件発明者は、R’−COO-が多いほど、電着塗料液の平衡状態が、(化11)に示すように、電着塗料が凝縮する方向に移動することになり、そのことによっても、電着凝集が生じるものと考えている。
【化11】

【0064】
図10は、このような知見、結論等(電着凝集に関し、水溶液20のpH及び水溶液20の金属塩、そのイオンの各濃度が関係しているとの予測)に基づき、本件発明者が行った試験結果を示している。
試験は、図10に示す各条件の試験液をシャーレにそれぞれ入れ、その各シャーレ内の試験液に、カチオン型電着塗料液(日本ペイント株式会社製PN1020)を1滴、滴下することにより、電着塗料液の凝集が生じるか否かを調べた。試験結果の評価は、目視により電着凝集現象が確認できるか否かにより行った。図10中、「○」が電着凝集現象が確認できなかった場合、「×」が電着凝集現象が確認できた場合を示している。この場合、図10に示すように、水溶液20中で平衡状態にある金属塩(Na2SiO3、Na2CO3、NaHCO3)及びその金属イオン(Na+)の総合濃度として、換算金属イオン濃度(換算Na+濃度)を用いた。この換算金属イオン濃度は、非電離の状態の金属塩の濃度については完全電離した場合の金属イオン濃度(Na+濃度)として求め、水溶液20中の金属塩及びその金属イオンを全て金属イオン濃度(Na+濃度)の形に換算したものである。これは、電着塗料液の金属イオン濃度は、その電着塗料液中の化学平衡状態に基づき決まり、浸漬工程(浸漬槽4)の金属イオン濃度を特定しても、電着塗装工程における電着塗料液中では必ずしも同じ濃度とならず、正確性を欠くからである。つまり、金属イオンになり得る全てのものの濃度を用いれば、浸漬工程と電着塗装工程とで濃度は変わらないことを利用し、それをもって電着凝集を防止し得る状態を特定しようとしているのである。また、仮に金属塩濃度で特定するとした場合には、金属塩だけでも多種類あり、金属塩の種類、割合によって、同じ金属塩濃度でも、完全電離したときの金属イオン濃度が異なってくるからである。
【0065】
図10の結果によれば、水溶液20のpHを低くしても、水溶液20の換算Na+濃度が高い場合には電着凝集を防止することができず、電着凝集を防止するためには、水溶液20のpH管理だけでなく、本件発明者の結論(推測)通り、水溶液20の金属塩、その金属イオン濃度(Na2CO3,NaHCO3、Na2SiO3、Na+等)を低くすることも必要であることを示した。
【0066】
そこで、さらに、前記第1実施形態同様、腐食の防止を図る観点から、水溶液20のpHの上限をpH10にしなければならないことを加味した上で(HNO3等の薬剤によるpH調整実施)、電着凝集を防止できる水溶液20の換算Na+濃度を調べたところ、換算Na+濃度620ppm以下としなければならないことが、図10の結果から判明した。このため、本実施形態においては、合わせ部2aの腐食防止を図ると共に、電着塗装工程における電着凝縮を防止する観点から、浸漬工程における水溶液20のpHをpH10以下、水溶液20の換算Na+濃度を620ppm以下に水質管理されている。勿論この調整には、純水供給源9による希釈調整、HNO3等の薬剤によるpH調整等が用いられる。
【0067】
また、本実施形態においては、浸漬槽4内における水溶液20は、pH5.5〜10.0、換算Na+濃度620ppm以下の下で、界面活性剤の濃度が50ppm〜190ppm(好ましくは50〜100ppm)になるように水質管理されている。脱脂工程前の合わせ部2a間には、油分により水溶液20が入りにくいことから、界面活性剤の浸透性機能を利用して、水溶液20が合わせ部2a間に迅速に入り易くして、浸漬槽4の容積を小さく(横方向長さを短く)しようとしているのである。界面活性剤の好ましい濃度を50ppm〜100ppmとしているのは、合わせ部2aの腐食抑制をできるだけ図りつつ、最小の含有量で最大の浸透機能効果(合わせ部2aへの流入効果)を得るためである。
【0068】
図11は、浸漬工程(浸漬槽4)において界面活性剤の濃度を上記50ppm〜190ppm(好ましくは50〜100ppm)とする条件を得た試験結果を示している。この試験は、ヘミング加工部(合わせ部)2a内への水溶液20の流入速度に及ぼす界面活性剤濃度の影響を調べるべく、長さ300mm、内径1mmの無色透明管の内部にプレス洗浄油を塗布し、それを、pH9.0、液温30℃に調整した種々の界面活性剤濃度の水溶液中に種々の浸漬角度(水面に対する浸漬角度)をもって完全に浸漬させ、そのときの水溶液の浸入速度(流入速度)を測定したものである。
【0069】
図11の試験結果によれば、界面活性剤の濃度が0ppmから50ppmを超える当たり(60ppm)まで流入速度が上昇し、100ppm〜190ppmにおいては、いくら界面活性剤の量を増やしても流入速度が上昇しない結果を得た。このような結果は、上記無色透明管の浸漬角度を異ならせたものについても同様の結果を得た。
【0070】
一方、腐食に及ぼす界面活性剤の影響を調べる実験を行ったところ、図12,図13に示す結果を得た。実験は、前述の第1実施形態における図4に示す実験手法に基づいて行った。この図12,図13によれば、界面活性剤が水溶液20中に含有されている場合には、腐食防止性能が低下することを示した。しかし、水溶液20のpHが10以下に適正にpH調整(HNO3等による調整)され、しかも、界面活性剤濃度が190ppm以下に抑えられていれば、界面活性剤が含有されていないもの(実質上含有されていないもの(20ppm程度までのもの))に比して、腐食防止性能の低下はある程度免れざるを得ないものの(図4許容基準線をやや超える状態)、その低下は、実質上、許容できる結果(溶解率20%以下)を示した(水希釈だけ行い、pH調整を行っていない図4のP4〜P6も参照)。この図11〜図13の実験結果から、上述の通り、50ppm〜190ppmに設定されている。
【0071】
この界面活性剤も、本実施形態においては、回収液に含まれるもの(脱脂工程で使用されたもの)が浸漬工程において再利用されることになるが、この浸漬工程における利用(浸透性機能の利用)を考慮し、界面活性剤としては、アルキルエトキシレート等の非イオン性界面活性剤等を用いることが好ましい。また、脱脂工程における脱脂槽5の脱脂液の濃度は、具体的には、換算Na+濃度については6200ppm、界面活性剤濃度については1900ppmとなっており、その脱脂液は、浸漬槽4において、脱脂槽5の脱脂液の濃度の1/10以下に希釈(好ましくは1/40希釈(より好ましくは1/100希釈))して再利用される。勿論、HNO3等によるpH調整により、pHは10以下とされる。
【0072】
尚、この第2実施形態においては、特徴部分のみが説明されており、界面活性剤と金属イオンに関する以外の事項については、第1実施形態のものを適宜、適用することができる。
【0073】
以上、実施形態について説明したが本発明にあっては、次の態様を包含する。
(1)上記実施形態においては、脱脂工程において脱脂液がボディ2(被処理部材)の合わせ部2a内に入り込むことを想定して、その前工程である浸漬工程において、水溶液20をボディ2の合わせ部2a内に入れ込むこととしているが、湯洗工程における湯洗槽に脱脂液が流入すると共に、その湯洗槽内にボディ2が浸されるような場合には、その湯洗工程の前に、水溶液20をボディ2の合わせ部2a内に入れ込むこと。
(2)上記場合に限らず、浸漬工程(浸漬槽4)を湯洗工程(湯洗槽3)の前工程として、ボディ2における合わせ部2aの耐食性低下を、より抑制すること。
(3)電着凝集防止の観点から、Na+以外の金属イオン濃度も、同様に規制すること。
【図面の簡単な説明】
【0074】
【図1】pHによる亜鉛めっきの溶解速度を示す図(勝山隆善著「溶融亜鉛メッキ」引用)
【図2】実施形態に係る塗装前処理装置を説明する説明図。
【図3】ドア周縁部のヘミング加工部を示す部分拡大断面図。
【図4】水溶液のpHと合わせ部内のめっき溶解率との関係を示す図。
【図5】図4の結果を得るために用いたテストピースを示す斜視図。
【図6】浸漬工程における水溶液の特性をまとめて示す図。
【図7】脱脂液の固形分が残留する最終仕上げ品と、脱脂液の固形分が残留しない最終仕上げ品の耐久性を比較した図。
【図8】ヘミング加工部での塗膜膨れ錆(ブリスター)の発生を説明する説明図。
【図9】電着塗装工程での電着凝集の発生メカニズムを説明する説明図。
【図10】電着凝集に及ぼす浸漬工程における水溶液のpH及び換算金属イオン濃度の影響を示す図。
【図11】水溶液流入速度(浸透性能)に及ぼす界面活性剤濃度の影響を示す図。
【図12】水溶液中の界面活性剤濃度と合わせ部内のめっき溶解率との関係を示す図。
【図13】図12の具体的内容(数値)を示す図。
【図14】電着塗装工程での電着凝集の挙動を概念的に説明する説明図。
【図15】図14の続きを説明する説明図。
【図16】図15の続きを説明する説明図。
【符号の説明】
【0075】
2 ボディ(被処理部材)
2a ヘミング加工部(合わせ部)
4 浸漬槽(脱脂前処理装置)
5 脱脂槽
20 水溶液
21 脱脂液


【特許請求の範囲】
【請求項1】
脱脂液を含む処理液中に被処理部材を浸漬する前に、該被処理部材が有する合わせ部内にpH5.5〜10.0の範囲の水溶液を存在させる、
ことを特徴とする脱脂前処理方法。
【請求項2】
請求項1において、
脱脂液を含む処理液中に被処理部材を浸漬する工程の後工程として、電着塗装工程が備えられ、
前記水溶液として、該水溶液に含有する金属塩及び該金属塩の金属イオンの総合濃度を、該金属イオン濃度に換算して、620ppm以下に抑えたものを用いる、
ことを特徴とする脱脂前処理方法。
【請求項3】
請求項1において、
前記水溶液が、界面活性剤を含有しない、
ことを特徴とする脱脂前処理方法。
【請求項4】
請求項3において、
前記水溶液が界面活性剤を含有していないことが、該水溶液が該界面活性剤を実質的に含有していないことを含み、該水溶液が界面活性剤を実質的に含有していないことが、該水溶液中の界面活性剤の濃度が、後工程である脱脂工程における脱脂液濃度の1/100以下となっていることである、
ことを特徴とする脱脂前処理方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項において、
前記被処理部材の合わせ部が、袋状に形成される袋状構造部である、
ことを特徴とする脱脂前処理方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項において、
前記被処理部材が、複数の板状部材を用いて形成された構造体であり、
前記合わせ部が、前記板状部材を重ね合わせた状態により構成されている、
ことを特徴とする脱脂前処理方法。
【請求項7】
請求項6において、
前記複数の板状部材を接合して、前記合わせ部を含めて前記被処理部材を組み立てた後に、前記水溶液を前記合わせ部内に存在させる、
ことを特徴とする脱脂前処理方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項において、
前記水溶液を前記合わせ部内に存在させるに際して、該合わせ部を、浸漬槽内に溜められた該水溶液中に浸漬する、
ことを特徴とする脱脂前処理方法。
【請求項9】
請求項2において、
前記水溶液を前記合わせ部内に存在させるに際して、該合わせ部を、浸漬槽内に溜められた該水溶液中に浸漬し、
前記水溶液として、界面活性剤を50ppm〜190ppmの濃度をもって含有させたものを用いる、
ことを特徴とする脱脂前処理方法。
【請求項10】
請求項9において、
前記脱脂液として、金属塩と界面活性剤とを含有するものを用い、
前記浸漬槽内に溜められた水溶液として、前記脱脂液を含む処理液中に被処理部材を浸漬する工程で使用された回収液を含有するものであって、該脱脂液を含む処理液中に被処理部材を浸漬する工程における脱脂液濃度の1/10以下に調整することにより前記金属塩濃度及び前記界面活性剤濃度としたものを用いる、
ことを特徴とする脱脂前処理方法。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか1項において、
前記水溶液として、イオン交換水を用いる、
ことを特徴とする脱脂前処理方法。
【請求項12】
請求項1〜11のいずれか1項において、
前記水溶液が緩衝溶液でもある、
ことを特徴とする脱脂前処理方法。
【請求項13】
請求項1〜12のいずれか1項において、
前記水溶液中に、アノード反応抑制剤が含有されている、
ことを特徴とする脱脂前処理方法。
【請求項14】
請求項1〜13のいずれか1項において、
前記水溶液中に、ハロゲン捕捉元素が含有されている、
ことを特徴とする脱脂前処理方法。
【請求項15】
請求項1〜14のいずれか1項において、
前記被処理部材の表面が、両性元素からなる金属により構成されている、
ことを特徴とする脱脂前処理方法。
【請求項16】
脱脂液を含む処理液中に被処理部材を浸漬する前の前処理手段として、水溶液供給手段が設けられ、
前記水溶液供給手段が、前記被処理部材が有する合わせ部内に、pH5.5〜10.0の範囲の水溶液を供給するように設定されている、
ことを特徴とする脱脂前処理装置。
【請求項17】
請求項16において、
前記水溶液供給手段が、脱脂液を含む処理液中に被処理部材を浸漬する前の前処理手段及び電着塗装工程の前処理手段として、前記被処理部材が有する合わせ部内に、金属塩及び該金属塩の金属イオンの総合濃度を、該金属イオン濃度に換算して、620ppm以下に抑えた水溶液を供給するように設定されている、
ことを特徴とする脱脂前処理装置。
【請求項18】
請求項16において、
前記水溶液供給手段が、前記被処理部材が有する合わせ部内に、前記水溶液として、界面活性剤を含有しないものを供給するように設定されている、
ことを特徴とする脱脂前処理装置。
【請求項19】
請求項17において、
前記水溶液供給手段が、前記水溶液として、界面活性剤濃度が50ppm〜190ppmであるものを溜めて、前記被処理部材に対して浸漬処理を行う浸漬槽である、
ことを特徴とする脱脂前処理装置。
【請求項20】
請求項18において、
前記水溶液供給手段が、前記水溶液として、界面活性剤を含有しないものを溜めて、前記被処理部材に対して浸漬処理を行う浸漬槽である、
ことを特徴とする脱脂前処理装置。
【請求項21】
請求項16〜20のいずれか1項において、
前記水溶液が、イオン交換水である、
ことを特徴とする脱脂前処理装置。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2009−132993(P2009−132993A)
【公開日】平成21年6月18日(2009.6.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−229996(P2008−229996)
【出願日】平成20年9月8日(2008.9.8)
【出願人】(000003137)マツダ株式会社 (6,115)
【Fターム(参考)】