説明

蛍光体

【課題】蛍光体の耐久性の向上を実現する。
【解決手段】
4Kにおけるフォトン数で示される発光強度に対する、300Kにおけるフォトン数で示される発光強度の比が85%以上105%以下であり、かつ、下記式[I]で表される化学組成を有する結晶相を含有することを特徴とする、酸窒化物蛍光体。
Ba3-xEuSi6122 [I]
(但し、上記式[I]中、 xは、0.00001≦x≦3を満たす数を表す。)
前記蛍光体は、フラックスの存在下で蛍光体前駆体を焼成する工程、及びアニール工程を経て製造されるものであることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛍光体に関するものである。詳しくは、半導体発光素子等の励起光源からの光の照射によって緑色光を発光する蛍光体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、窒化珪素をベースとした多元系窒化物や酸窒化物において、優れた特性を有する蛍光体材料が開発されている。これらの蛍光体材料は、青色LED又は近紫外LEDによって励起され、黄色ないし赤色の発光を示すことが知られている。このような青色LED又は近紫外LEDとこれらの蛍光体との組み合わせによって白色を発光する発光装置を構成することが出来る。
【0003】
照明用途及びディスプレイの用途においてしばしば用いられる白色光は、光の加算混合原理により、青色、緑色及び赤色の発光を組み合わせることによって得るのが一般的である。ディスプレイ用途の一分野であるカラー液晶表示装置用バックライトにおいては、色度座標上の広い範囲の色を効率よく再現するために、青色、緑色及び赤色の発光体は、それぞれ出来るだけ発光強度が高いこと、色純度が良いこと、及び、長時間に亘って照明やディスプレイが使用できるように耐久性が高いことが望ましい。
【0004】
これらの用途に好適な緑色蛍光体として、特許文献1に示されているようにBa3Si6122:Eu蛍光体が見出された。この蛍光体は、波長400nm近傍、及び450nm
近傍の励起光に対して、発光ピーク波長が525nm近傍である緑色光を示し、発光強度の点では優れているものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008-138156号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
照明用及びディスプレイ用の緑色発光体は、発光ピーク波長が525nm付近であって、発光効率が高く、耐久性が高いことが望ましい。しかしながら、特許文献1に記載された従来の緑色蛍光体Ba3Si6122:Euは、青色光又は近紫外光に対する変換効率が
高く、色純度の点でも良好なものの、耐久性が不十分であった。このため、この緑色蛍光体の耐久性の向上が望まれていた。
【0007】
本発明は上記の課題に鑑みて創案されたもので、耐久性の高い緑色蛍光体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、フラックスを使用して焼成した後にアニール処理することにより、室温より低温における温度消光特性に影響する結晶欠陥を低減し、耐久性の高い緑色蛍光体を合成することに成功した。
【0009】
即ち、本発明の要旨は、フォトン数で示される4Kにおける発光強度に対する、300Kにおける発光強度の比が85%以上105%以下であり、かつ、下記式[I]で表される化学組成を有する結晶相を含有することを特徴とする酸窒化物蛍光体に存する。
Ba3-xEuSi6122 [I]
(但し、上記式[I]中、 xは、0.00001≦x≦3を満たす数を表す。)
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、青色光又は近紫外光に対する変換効率が高く、色純度の点でも良好であり、緑色に発光しうる耐久性の高い蛍光体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の比較例1〜2と実施例1〜3の室温以下の低温での発光フォトン数の温度依存性を示す図である。
【図2】本発明の比較例1の、熱ルミネセンスグローカーブを示す図である。
【図3】本発明の比較例1〜2と実施例1〜3のFT−IRスペクトルを示す図である。
【図4】本発明の比較例1〜2と実施例1〜3のFT−IRスペクトル(図3)の、900cm-1付近の拡大図である。
【図5】本発明の比較例2の熱ルミネセンスグローカーブを示す図である。
【図6】本発明の実施例1の熱ルミネセンスグローカーブを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲内で任意に変更して実施できる。
【0013】
[蛍光体の組成]
本発明の酸窒化物蛍光体(以下適宜、「本発明の蛍光体」という)は、組成範囲が下記式[I]で表される化学組成を有する結晶相を含有する酸窒化物蛍光体である。
Ba3-xEuSi6122 [I]
(但し、上記式[I]中、 xは、0.00001≦x≦3を満たす数を表す。)
【0014】
上記式[I]において、xは、0.00001以上、3以下の範囲の数値である。このうちxは、好ましくは0.03以上であり、より好ましくは0.06以上、さらに好ましくは0.12以上、中でも好ましくは0.18以上、特に好ましくは0.27以上である。一方、付活元素Euの含有割合が大きすぎると濃度消光が生じる場合もあるため、 好
ましくは1.5以下、より好ましくは1.2以下、さらに好ましくは0.9以下、特に好ましくは0.7以下、さらにより好ましくは0.45以下である。
【0015】
[蛍光体の製造方法]
本発明の蛍光体は、通常、蛍光体原料粉及び/又は、これらを混合焼成して得られる焼成物(本明細書では、これらを合わせて「蛍光体前駆体」と称する。)をフラックス存在下で焼成を行う工程(焼成工程)、及び、その後のアニール工程を経て得られる。このときの蛍光体原料と蛍光体製造法等については以下の通りである。
【0016】
本発明の蛍光体の製造方法としては、一般式[I]における、付活元素Euの原料(以下適宜「Eu源」という。)、Baの原料(以下適宜「Ba源」という。)、及び、Siの原料(以下適宜「Si源」という。)を蛍光体原料として用意し、これらの蛍光体原料を混合し(混合工程)、得られた混合物(原料混合物)を焼成する(焼成工程)ことにより製造する方法が挙げられる。
Eu源としては、Euを含有する化合物が適宜選択されるが、EuまたはEuFが好ましい。Ba源としては、Baを含有する化合物が適宜選択されるが、BaCOが好ましい。Si源としては、Siを含有する化合物が適宜選択されるが、SiO及びSiが好ましい。
【0017】
混合工程では、目的組成が得られるように蛍光体原料を秤量し、焼成前にこれらを混合する。この際、混合はボールミル等を用いて十分に混合することが好ましい。
【0018】
得られた混合物を焼成することにより、目的の組成を有する蛍光体を得る(焼成工程)。この焼成工程においては、蛍光体原料をルツボ等の容器に充填し、所定温度(例えば、1200℃〜1350℃)で焼成することによりなされる。焼成工程を行なう際の雰囲気としては、水素含有窒素雰囲気、窒素雰囲気、アルゴン雰囲気等が挙げられ、中でも水素含有窒素雰囲気が好ましい。また、焼成工程を行なう際の圧力は、通常、大気圧である。
なお、焼成工程において、反応系にフラックスを共存させることが好ましい。また、焼成工程を分割して2回以上焼成を行なうようにしてもよい。
【0019】
本発明の蛍光体においては、上述の焼成工程の加熱処理後は、再加熱(アニール)工程を経ることが特徴であり、必要に応じて、アニール前もしくはアニール後に粉砕、洗浄、乾燥、分級処理等がなされる。
【0020】
アニール工程は、焼成工程で得られた蛍光体に対して、焼成温度よりも低い温度で加熱処理する工程である。蛍光体の耐久性向上のためには、この工程を有することが必要である。
アニール工程における加熱処理温度としては、加熱処理時の雰囲気にもよるが、通常1150℃より低く、好ましくは1050℃以下、また、通常300℃以上、好ましくは400℃以上、より500℃以上、更に好ましくは600℃以上、特に好ましくは700℃以上である。
【0021】
アニール工程における加熱処理時の雰囲気としては、焼成工程の項に記載したのと同様のものに加え、空気や酸素含有窒素等の酸素含有不活性ガスや、水素も用いることができる。上記に例示した雰囲気の中でも、水素を含有する雰囲気下でアニール工程を行なうことが好ましく、この場合の水素含有量としては、安全性を考慮して2体積%以上、5体積%以下とすることが好ましい。
また、雰囲気を変えて、複数回加熱処理をしても良い。
【0022】
アニール工程における加熱処理時の圧力は焼成工程の項に記載したのと同様のものが挙げられる。
ここで、アニール工程において加熱時に蛍光体結晶中に取り込まれた水素を脱離させる必要がある場合には、減圧条件下とすることが好ましい。
このとき、真空中で蛍光体を1000℃まで加熱したときに昇温脱離式ガス分析装置を用いて測定したHガス放出量が、蛍光体に対して通常1cm/g以下、好ましくは0.2cm/g以下、より好ましくは0.1cm/g以下となるように、アニール工程を行なう際の雰囲気、圧力及び時間を適宜調整すると、高輝度かつ耐久性の高い蛍光体が得られる。
アニール工程における加熱処理時間としては、通常0.1時間以上、好ましくは0.5時間以上であり、また生産性の観点から、通常100時間以下、好ましくは50時間以下、より好ましくは24時間以下、さらに好ましくは12時間以下である。
【0023】
このアニール工程を有することにより、蛍光体結晶内にある過剰水素や、結晶のゆがみや欠陥を減少させ、蛍光体の結晶性を向上させると共に、蛍光体の表面の改質が期待でき、蛍光体の耐久性向上に寄与するものと考えられる。
【0024】
[蛍光体の特性]
本発明の蛍光体は、以下のような特徴を有するものであることが好ましい。
水素を含む雰囲気下でアニール工程を1回以上行なうと、以下のような特徴を有する蛍
光体が得られる。これらの特徴については、後述の実施例で詳しく説明するが、耐久性試験における耐久性向上の一因と考えられる。
なお、本発明の蛍光体としては、下記(1)を満たすことが好ましく、下記(1)に加えて、さらに下記(2)〜(4)のいずれかを満たすことが特に好ましい。
【0025】
(1)温度消光率
本発明の蛍光体は、4Kから300Kまでの温度消光率が小さいことが好ましい。
一般に、4Kにおける発光強度(フォトン数)と300Kにおける発光強度とを比較すると、300Kにおける発光強度のほうが小さくなる。これは温度消光と呼ばれ、温度消光が大きいということは、結晶欠陥などの無輻射失活経路が多いことを示していると考えられる。
アニール処理を行った蛍光体は、温度消光が小さい傾向にあり、無輻射失活経路が少ないと考えられ、発光効率だけでなく、耐久性の面でも好ましい。
4Kにおける発光強度(フォトン数)に対する、300Kにおける発光強度(フォトン数)の比を「温度消光率」とすると、温度消光率は、通常85%以上、好ましくは91%以上、より好ましくは96%以上であり、また、通常105%以下、より好ましくは100%以下である。
なお、温度消光率は、後述の実施例に記載の方法にて測定することができる。
【0026】
(2)熱ルミネッセンス
本発明の蛍光体は、熱ルミネッセンスのグローカーブのサブピークが小さいことが好ましい。
本発明の蛍光体は、熱ルミネセンスのグローカーブにおいて、室温から200℃付近にピークを有するものである。なお、ピークを示す温度は、測定条件、特に、昇温速度に依存する。
従来の前記式[I]で表される蛍光体は、通常、前記のピーク(以下、「主ピーク」と称する。)の低温側に微小なピーク(以下、「サブピーク」と称する。)を有する。これに対し、アニール工程を、水素を含む雰囲気下で行った蛍光体は、このサブピークの強度が小さい傾向にある。これは、水素を含む雰囲気下でアニール工程を行った蛍光体は、耐久性に悪影響を及ぼすと推測される浅いトラップが少なくなっているか、または、存在しないものと考えられる。
本発明の蛍光体は、主ピーク強度に対するサブピーク強度の比率を「TLサブピーク比」とすると、昇温速度20K/分で測定した熱ルミネセンスのグローカーブにおいて、TLサブピーク比が、0.05%以下であることが好ましく、0.02%以下であることがさらに好ましく、TLサブピークが存在しないことが最も好ましい。
なお、熱ルミネッセンスは、後述の実施例に記載の方法にて測定することができる。
【0027】
(3)赤外吸収(FT−IR)スペクトル
本発明の蛍光体は、赤外吸収(FT−IR)スペクトルにおいて900cm−1付近の吸光度が減少していることが好ましい。
本発明の蛍光体は、FT−IRスペクトルにおいて、900cm−1付近にSi−OHに由来すると考えられる吸収ピークを有する。水素を含む雰囲気下でアニール工程を行った蛍光体は、この900cm−1付近での吸収が小さい傾向にある。これは、蛍光特性に悪影響を及ぼすと推測されるSi−OH基が少ないためと考えられる。
即ち、本発明の蛍光体は、FT−IRスペクトルにおいて、750cm−1の吸収ピークを100%として規格化した場合の900cm−1付近の吸収ピーク強度は小さい方が好ましい。換言すると、900cm−1付近(850〜930cmcm−1)に位置する吸収ピーク(透過率の最小値を示すものである。)は、大きい方が好ましい。
具体的には、本発明の蛍光体は、FT−IRスペクトルにおいて、750cm−1の吸収ピークを100%として規格化した場合の900cm−1付近の吸収ピーク強度(即ち
、透過率の最小値)は、90%以上が好ましく、92%以上が更に好ましく、94%以上であることが特に好ましい。
【0028】
(4)耐久性試験
本発明の蛍光体は、長時間使用した場合でもその発光強度が低下し難い性質を有する。具体的な範囲を挙げると、本発明の蛍光体は、気温85℃、相対湿度85%の環境下での耐久性試験において、通常200時間以上、好ましくは500時間以上、より好ましくは600時間以上、特に好ましくは800時間以上安定なものである。この場合、安定である時間は長ければ長い方が好ましいが、通常1000時間もあれば十分である。なお、ここで「安定である」とは、耐久性試験前の発光強度に対する耐久性試験後の発光強度の割合が70%以上となっていることを言う。該耐久性の評価は、山勝電子工業社のLEDエージングシステムを用いて、気温85℃、相対湿度85%の環境下で20mAを通電させることにより行えるが、この他同様の装置を用いて行ってもよい。
【0029】
中でも、アニール工程を経て得られた本発明の蛍光体は、この本発明の蛍光体を6重量%の濃度でシリコーン樹脂中に分散させ、気温85℃、相対湿度85%の環境下、電流密度255mA/mm、発光出力0.25〜0.35W/mmで500時間通電させた後のJIS Z 8701に基づく色度座標CIE色度座標値yが、通電前のJIS Z
8701に基づく色度座標CIE色度座標値yに対して、通常±30%の範囲内、好ましくは±25%の範囲内、より好ましくは±20の範囲内の値である。
【0030】
上記の電流密度、及び発光出力の励起光としては、例えば、C460EZ290(Cree社製、波長範囲455nm〜457.4nm)に20mAを通電し、蛍光体に励起光を照射すればよい。また、このとき蛍光体を分散するシリコーン樹脂としては、信越化学工業社製SCR1101が挙げられる。
【0031】
本発明の蛍光体が、アニール工程を有することで前記のように優れた耐久性を発揮できる理由は明らかではないが、本発明者らの検討によれば、光によって励起された電子やホールがトラップされる格子欠陥の数が減少するためであると推察される。
【実施例】
【0032】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明する。ただし、本発明はその要旨を逸脱しない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
[蛍光体の測定方法]
後述の各実施例、及び比較例において、蛍光体粒子の各種の評価は、特に断りのない限り、以下の手法で行なった。
(発光スペクトルの測定方法)
発光スペクトルは、励起光源として150Wキセノンランプを備え、スペクトル測定装置としてマルチチャンネルCCD検出器C7041(浜松フォトニクス社製)を備える蛍光測定装置(日本分光社製)を用いて測定した。励起光源からの光を焦点距離が10cmである回折格子分光器に通し、波長455nmの励起光のみを光ファイバーを通じて蛍光体に照射した。励起光の照射により蛍光体から発生した光を焦点距離が25cmである回折格子分光器により分光し、300nm以上800nm以下の波長範囲においてスペクトル測定装置により各波長の発光強度を測定し、パーソナルコンピュータによる感度補正等の信号処理を経て発光スペクトルを得た。
【0033】
(発光ピーク波長、色度座標、発光ピーク強度、輝度の測定方法)
発光ピーク波長は、得られた発光スペクトルから読み取った。色度座標x、及びy(以下、それぞれCIEx、CIEyと記す場合がある。)は、JIS Z8701で規定されるXYZ表色系における色度座標であり、480nm〜800nmの波長領域のデータ
から、JIS Z8724に準じた方法で算出した。
発光ピーク強度は、発光スペクトルから読み取ったピーク強度を化成オプトニクス社製LP−B4の波長365nm励起時のピーク強度を基準値100とした相対値で表した。
また、輝度は以下のように算出した。色度座標の算出の際に計算されるXYZ表色系の刺激値Yを求めた。化成オプトニクス社製LP−B4の波長365nm励起時の刺激値Yを前記の方法で算出し、LP−B4のY値を100とした場合の、蛍光体のY値の相対値を輝度とした。
(温度消光率の測定方法)
銅ブロックに直径1.2mm、深さ1mmの穴をあけて、励起光を反射しないように黒色の塗料で塗った。その穴に蛍光体粉末を充填し、蛍光体粉末がこぼれないように厚さ1mmの石英ガラスでカバーして、温度消光率測定用の蛍光体充填テストピースを得た。
【0034】
クライオスタット(岩谷産業株式会社社製、型式CRT-006-RK01)に前記蛍光体充填テストピースを装着し、装置内を10-4Torr台まで真空排気し、液体窒素と液体ヘリウムを用いて4Kまで冷却した。その状態で波長403nmの半導体レーザー(日亜化学工業株式会社製、型式NDHV220APAE1)の光を励起光として照射し、その時に蛍光体から発生する蛍光の蛍光スペクトルを、小型ファイバマルチチャンネル分光器(OceanOptics Inc., USB2000)を用いて測定した。なお、半導体レーザーの光の照射密度は、おおよそ1マイクロワット/cm2とした。
【0035】
次に、温度を20Kに変更して約5分間待機したのち、蛍光スペクトルの測定を行った。同様にして、温度を300Kまで20K刻みで変更させながら蛍光スペクトルの測定を行った。 このようにして得られた各温度の蛍光スペクトルから見積もったフォトン数と
温度の関係としてグラフ化することにより、温度消光曲線を得た。
【0036】
また、温度消光の傾向を比較する指標として、300Kにおける発光強度に対する4Kにおける発光強度の比率をもちいた。なお、通常、発光強度は、発光エネルギー数で比較するが、ここでの発光強度は、発光フォトン数とした。その理由は、低温にすることでスペクトル形状が変化するため、正しく比較するためにはフォトン数で比較する方が好ましいためである。
【0037】
(熱ルミネセンスの測定方法)
銅ブロックに直径1.2mm、深さ1mmの穴をあけて、励起光を反射しないように黒色の塗料で塗った。その穴に蛍光体粉末を充填し、蛍光体粉末がこぼれないように厚さ1mmの石英ガラスでカバーして、熱ルミネセンス測定用テストピースを得た。
【0038】
クライオスタット(岩谷産業株式会社社製、型式CRT-006-RK01)の所定位置に前記テストピースを装着した。装置内を10-4Torr台まで真空排気し、液体窒素で−180℃(93K)まで冷却した。
前記テストピースの試料面の直径1.2cmの領域に、波長222nmの深紫外ランプ(ウシオ電機株式会社、型式UER20H-222B)を30分間照射した。深紫外ランプ照射終了
後、1分間待機して残光成分の発光が検出されなくなった後、20℃/分の速度でサンプ
ルの温度を上昇させた。深紫外ランプ照射後、300K付近まで昇温する間に発生する光を、回折格子分光器(リツー応用光学株式会社性, 型式MC-30N )で分光して520nm
の光を取りだし、光電子増倍管(浜松ホトニクス株式会社性, H8259-10型)でその強度を測定した。温度と発光強度の関係をグラフ化し、熱発光グローカーブとした。
【0039】
(フーリエ変換赤外分光スペクトル(FT-IR)の測定方法)
蛍光体サンプルを、ハロゲン化アルカリ金属化合物(KBr)に対して1重量%の割合
で混合した。得られた蛍光体混合粉末を微粉砕して錠剤成形器を固定した状態で、フーリ
エ変換赤外分光光度計(日本分光株式会社製、FT/IR-4000型)に装着し、KBr法にて測定を行なった。
【0040】
(耐久性試験方法)
第1の発光体として、青色発光ダイオード(C460EZ290:cree社製)を用い、フレームの凹部の底の電極に接着剤として銀ペーストを用いてダイボンディングした。150℃で2時間加熱し、銀ペーストを硬化させた後、青色LEDとフレームの電極とをワイヤボンディングした。ワイヤとしては直径25μmの金線を用いた。
【0041】
150℃で2時間乾燥させた各蛍光体0.08gに対し、シリコーン樹脂(SCR1011:信越化学工業社製)1.415gを混合して蛍光体スラリーを作製した。該スラリーをフレームの凹部に注入し、70℃で1時間、さらに150℃で5時間加熱して硬化させ蛍光体含有部を形成し、表面実装型緑色発光装置を作製した。
【0042】
得られた発光装置に対して、温度85℃、湿度85%の環境下で、青色LEDに20mAを通電して駆動し発光させた。緑色に対する影響の高い色度座標であるCIE色度座標値yを50時間毎に室温25℃で測定し、通電開始直後の値を100としたときの割合をCIEy保持率として求めた。
【0043】
[比較例1]
蛍光体の各原料の仕込み組成がBa:Si:Eu=2.7:4.5:0.3(モル比)となるように蛍光体原料として、BaCO3(293g)、SiO2(149g)及びEu23(29g)を十分に攪拌混合した後、アルミナるつぼに充填した。これを温度調節器つき抵抗加熱式電気炉内に置き、大気圧の大気雰囲気下、4℃/分の昇温速度で1100℃まで加熱し、その温度で6時間保持した後、室温まで放冷した。得られた試料をアルミナ乳鉢上で、100μm以下まで粉砕した。
【0044】
上記で得られた試料(177g)とSi34(34g)とを十分に攪拌混合を行った後、一次焼成として、アルミナるつぼに充填し、これを大気圧下、水素含有窒素雰囲気(窒素:水素=96:4(体積比)。以下、「窒素96体積%+水素4体積%の混合ガス」と称する。)3リットル/分での流通下で1170℃まで加熱し、その温度で6時間保持したあと、室温まで放冷した。得られた焼成粉をアルミナ乳鉢上で100μm以下になるまで粉砕した。
【0045】
上記一次焼成で得られた焼成粉200gと、フラックスであるBaF2(3g)と、B
aHPO4(6g)とを十分に攪拌混合を行った後、モリブデン内張付きアルミナるつぼ
に充填し、二次焼成と して大気圧下、窒素96体積%+水素4体積%の混合ガス3リッ
トル/分での流通下で1320℃まで加熱し、その温度で20時間保持したあと室温まで放冷した。得られた焼成粉をアルミナ乳鉢上で100μm以下になるまで粉砕した。
【0046】
上記二次焼成で得られた試料(200g)と、フラックスであるBaF2(4g) と、BaCl2(20g) と、BaHPO4(10g)とを十分に攪拌混合を行った後、アル
ミナるつぼに充填し、三次焼成として大気圧下、窒素96体積%+水素4体積%の混合ガス3リットル/分での流通下で1170℃まで加熱し、その温度で6時間保持したあと室温まで放冷した。
得られた焼成粉を、ガラスビーズを用いてスラリー化して分散を行い、60μm以下を篩により分取した後、1N塩酸で洗浄処理を行い、脱水、乾燥し、60μm以下を篩い分けすることでBa2.7Eu0.3Si6122の化学組成を持つ緑色蛍光体を得た。
【0047】
この蛍光体の室温以下の低温での発光フォトン数の温度依存性(温度消光)を他の比較
例、及び実施例の結果と共に図1に示す。この蛍光体の300Kにおける発光強度に対する4Kにおける発光強度の比率(フォトン数にて比較)は、61%であった。この蛍光体は、温度消光が大きいので、無輻射失活中心が多いものと考えられる。
【0048】
また、この蛍光体の昇温速度20K/分で測定した熱ルミネセンスグローカーブを図2に示す。200℃付近に現れる主ピーク強度に対する60℃付近に現れるサブピーク強度の比率(TLサブピーク比)は、0.07%だった。
【0049】
この蛍光体のFT−IRスペクトルを図3に、その拡大図を図4に示す。FT−IRスペクトルにおいて、この蛍光体は、800〜940cm−1にあらわれるSi−OH由来と
推測される吸収ピークが大きかった。すなわち、750cm−1付近の吸収ピークを100%として規格化したときの800〜940cm−1の透過率の最小値は、89%だった。
このため、この蛍光体表面には、OH基が比較的多く存在するものと考えられる。
この蛍光体のLED点灯試験500時間後の色度座標値y維持率は、65%と低かった。
他の比較例、及び実施例と共に、これらの各種解析値、耐久性評価結果、及び発光特性をまとめて表1に示す。
【0050】
[比較例2]
比較例1で得られた蛍光体を、大気圧下、空気中700℃で20時間加熱することにより、比較例2の蛍光体を得た。
この蛍光体の300Kにおける発光強度に対する、4Kにおける発光強度の比率(フォトン数にて比較)は、83%であった。この蛍光体は、温度消光がやや大きいので、無輻射失活中心がやや多いものと考えられる。
【0051】
この蛍光体の熱ルミネセンスを昇温速度20K/分で測定したところ、図5に示すように、160℃付近に現れる主ピーク強度に対する10℃付近に現れるサブピーク強度の比率(TLサブピーク比)は、0.7%だった。比較例1と比べると、大きなサブピークが検出されており、空気中加熱処理により結晶欠陥が生成したものと考えられ、これが輝度低下の一因と考えられる。
【0052】
この蛍光体のFT−IRスペクトルを測定したところ、この蛍光体は、800〜940cm−1にあらわれるSi−OH由来と思われる吸収ピークが大きかった。すなわち、75
0cm−1付近の吸収ピークで規格化したときの900cm−1の透過率の最小値は87%
だった。この蛍光体表面には、OH基が比較的多く存在するものと考えられる。
【0053】
[実施例1]
比較例2で得られた蛍光体を、大気圧下、水素(100%)フロー雰囲気中、930℃で20時間加熱することにより、実施例1の蛍光体を得た。
この蛍光体の300Kにおける発光強度に対する、4Kにおける発光強度の比率(フォトン数にて比較)は、95%であった。この蛍光体は、温度消光が小さいので、無輻射失活中心が少ないものと考えられる。
【0054】
この蛍光体の昇温速度20K/分で測定した熱ルミネセンスのグローカーブを図6に示す。比較例1や比較例2とは異なり、160℃付近に現れる主ピークの低温側には、ピークが存在しなかった。このことは、水素含有雰囲気下での加熱処理(アニール工程)により結晶欠陥が消滅したことを示していると考えられる。
【0055】
また、FT−IRスペクトルにおいて、この蛍光体は、800〜940cm−1にあらわ
れるSi−OH由来と思われる吸収ピークが小さかった。すなわち、750cm−1付近
の吸収ピークで規格化したときの900cm−1の透過率の最小値は96%だった。この蛍
光体の表面には、比較例1や比較例2の蛍光体と比較して、OH基が少ないものと考えられ、このことが、耐久性試験における耐久性向上に効果を及ぼしていると考えられる。
耐久性試験における500時間後の色度座標値y維持率は、比較例1の蛍光体が65%であるのに対し、本実施例の蛍光体の色度座標値y維持率は、88%だった。
【0056】
[実施例2]
比較例1の蛍光体を、大気圧下、水素(100%)フロー雰囲気中930℃で20時間加熱することにより、実施例2の蛍光体を得た。
この蛍光体の300Kにおける発光強度に対する、4Kにおける発光強度の比率(フォトン数にて比較)は、98%であった。この蛍光体は、温度消光が小さいため、無輻射失活中心が少なものと考えられる。
【0057】
この蛍光体の熱ルミネセンスを昇温速度20K/分で測定したところ、実施例1と同様に、160℃付近に現れる主ピークの低温側には、ピークが存在しなかった。このことは、水素中での加熱処理により結晶欠陥が消滅したことを示していると考えられる。
【0058】
この蛍光体のFT−IRスペクトルにおいて、この蛍光体は、800〜940cm−1
あらわれるSi−OH由来と思われる吸収ピークが小さかった。すなわち、750cm−1付近の吸収ピークで規格化したときの900cm−1の透過率の最小値は96%だった。
この蛍光体の表面には、比較例1や比較例2と比較して、OH基が少ないものと考えられる。
これらのことが、点灯試験における耐久性向上に効果を及ぼしていると考えられる。なお、本実施例の蛍光体の耐久性試験における500時間後の色度座標値y維持率は、78%だった。
【0059】
[実施例3]
比較例1の蛍光体を、大気圧下、4体積%水素+96体積%窒素フロー雰囲気中、1000℃で10時間加熱することにより、実施例3の蛍光体を得た。
この蛍光体の300Kにおける発光強度に対する、4Kにおける発光強度の比率(フォトン数にて比較)は、89%であった。この蛍光体は、温度消光が小さいので、無輻射失活中心が少ないものと考えられる。
【0060】
この蛍光体の熱ルミネセンスを昇温速度20K/分で測定したところ、実施例1と同様に、160℃付近に現れる主ピークの低温側には、ピークが存在しなかった。このことは、水素窒素混合ガス中での加熱処理により結晶欠陥が消滅したことを示していると考えられる。
【0061】
この蛍光体のFT−IRスペクトルにおいて、この蛍光体は、800〜940cm−1
あらわれるSi−OH由来と思われる吸収ピークが小さかった。すなわち、750cm−1付近の吸収ピークで規格化したときの900cm−1の透過率の最小値は94%だった。
この蛍光体の表面には、比較例1や比較例2と比較して、OH基が少ないものと考えられる。
このことが、耐久性試験における耐久性向上に効果を及ぼしていると考えられる。なお、本実施例の蛍光体の耐久性試験500時間後の色度座標値y維持率は、87%だった。
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明の蛍光体は、産業上の任意の分野で使用することができ、例えば、発光装置に用いることができる。中でも、本発明の蛍光体は、従来から白色発光装置に多く使用されているYAG:Ce蛍光体に比べて温度上昇に伴う発光効率の低下が通常は小さいため、白
色発光装置に用いて好適である。
【0063】
また、本発明の蛍光体の用途は広く、照明又はディスプレイ等の画像表示装置の分野に使用できる。中でも一般照明用LEDで特に高出力ランプ、とりわけ高輝度で色再現範囲の広いバックライト用白色LEDを実現する目的に適している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
4Kにおけるフォトン数で示される発光強度に対する、300Kにおけるフォトン数で示される発光強度の比が85%以上105%以下であり、かつ、
下記式[I]で表される化学組成を有する結晶相を含有する
ことを特徴とする、酸窒化物蛍光体。
Ba3-xEuSi6122 [I]
(但し、上記式[I]中、 xは、0.00001≦x≦3を満たす数を表す。)

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−174181(P2010−174181A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−20369(P2009−20369)
【出願日】平成21年1月30日(2009.1.30)
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【Fターム(参考)】