説明

表面に親水性ポリマーを有するフッ素樹脂成形体およびその製造方法

【課題】成形体内部の特性の変化が少なく、タンパク質の吸着量の少ない、表面が親水性に改質されたフッ素樹脂成形体を製造可能な方法を提供する。
【解決手段】フッ素樹脂成形体の表面に重合開始剤化合物を結合させる工程(A)、および前記重合開始剤化合物を起点として親水性モノマーを重合する工程(B)を含む、表面に親水性ポリマーを有するフッ素樹脂成形体の製造方法とする。工程(A)は、フッ素樹脂成形体の表面をUV処理して当該表面に親水基を導入し、当該親水基と重合開始剤化合物とを反応させて行うことが好ましい。工程(B)は原子移動ラジカル重合により行うことが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質等の生体物質の吸着が抑制された、バイオマテリアルに好適な親水性の表面を有するフッ素樹脂成形体、およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体に直接接触させて使用される材料であるバイオマテリアルは、表面にタンパク質等の生体物質が吸着してその機能が損なわれることがある。そのため、バイオマテリアルには、タンパク質等の吸着が抑制されていることが求められている。例えば、人工血管や、人工心肺装置等の医療機器内において、タンパク質の吸着が発端となって血栓が生じることがある。血栓形成により血流が阻止されると重篤な危機を招くため、バイオマテリアルの使用範囲や使用期限が制限されることがある。また、コンタクトレンズ等においても、タンパク質や脂質の吸着により汚れが付着し、その使用期限が制限されている。
【0003】
一方、フッ素樹脂、特にポリテトラフルオロエチレン(PTFE)は、その高い耐薬品性、安定性などから、バイオマテリアルの素材として、好まれて使用されている。しかし、疎水性が非常に高いことから、疎水性相互作用によりタンパク質等を吸着しやすいという問題があり、タンパク質等の生体物質の吸着が問題となる用途においては、その使用形態が制限されている。例えば、多孔PTFE製人工血管においては、血栓形成のため、5mm以下の直径のものは長期使用ができない。
【0004】
タンパク質等の生体物質の吸着を抑制する手段としては、バイオマテリアル表面の親水化を行い、タンパク質との疎水性相互作用を低減することが挙げられる。フッ素樹脂の表面を親水化する方法としては、具体的には、例えば特許文献1に記載の方法により、酸素の不存在下結晶融点以上の温度でPTFEフィルムに放射線を照射してPTFEを架橋して強度を向上させた後に、例えば特許文献2に記載の方法により、PTFEフィルムにモノマー溶液を充填して放射線を照射し、重合させる方法がある。当該方法によれば、表面に親水性ポリマーを有するフッ素樹脂成形体を製造することができる。しかしこの方法では、フィルム表面だけでなくフィルム内部も改質されるため、PTFE内部において耐薬品性、強度、安定性などのPTFE本来の性質が損なわれるおそれがあり、バイオマテリアル用途には適していない。
【0005】
他方、コロナ放電、UV処理、プラズマ処理は、放射線処理よりも低エネルギーの処理であり、一般に表面のみの改質を行うことができる。しかし、PTFEにおいては、フッ素原子が再結合するため、通常、これらの処理では親水化できない。これに対し、特許文献3では、フッ素原子との結合エネルギーが128kcal/mol以上の原子と親水基とを有する化合物の存在下で、フッ素樹脂にエキシマレーザーを照射し、表面を親水化する方法が記載されている。この方法では、フッ素原子の再結合が防止され、親水化が容易となる。しかし、この方法により得られる表面が親水化されたフッ素樹脂は、タンパク質吸着の程度は低減されてはいるものの、まだ不十分である場合があった。
【特許文献1】特開平6−116423号公報
【特許文献2】特開2005−63778号公報
【特許文献3】特開平6−293837号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、成形体内部の特性の変化が少なく、タンパク質の吸着量の少ない、表面が親水性に改質されたフッ素樹脂成形体を製造可能な方法を提供することを目的とする。また本発明は、タンパク質の吸着量の少ない、表面が親水性に改質されたフッ素樹脂成形体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、フッ素樹脂成形体の表面に重合開始剤化合物を結合させる工程(A)、および
前記重合開始剤化合物を起点として親水性モノマーを重合する工程(B)
を含む、表面に親水性ポリマーを有するフッ素樹脂成形体の製造方法である。
【0008】
また本発明は、表面に親水性ポリマーが共有結合しているフッ素樹脂成形体であって、
前記親水性ポリマーが、側鎖に親水基を有するポリ(メタ)アクリル酸エステルであるフッ素樹脂成形体である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の製造方法によれば、UV照射による方法を利用できるため、従来の放射線照射により親水性ポリマーの重合を開始させる方法のようにフッ素樹脂成形体内部を不要に改質してしまうおそれが低い。また、親水性ポリマーをフッ素樹脂成形体に結合させることにより親水性を付与しているため、多くの親水基をフッ素樹脂成形体に導入することができ、親水化の程度を容易に向上させることができる。さらに、フッ素樹脂成形体表面の親水化による効果のみならず、親水性ポリマーの運動による排除体積効果によって、タンパク質等の生体物質のフッ素樹脂成形体表面への吸着を抑制することができる。よって、成形体内部の特性の変化が少なく、タンパク質の吸着量の少ない、表面が親水性に改質されたフッ素樹脂成形体を得ることができる。本発明の表面が親水性に改質されたフッ素樹脂成形体は、バイオマテリアル用途に好適である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
まず、本発明の製造方法について説明する。
【0011】
本発明に用いられる成形体を構成するフッ素樹脂としては、特に限定はないが、パーフルオロ樹脂が薬品安定性、生体内安定性、クリーン性の面から好ましく、例として、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)等が挙げられる。中でも、PTFEが、人工血管、人工硬膜、人工心膜等、生体内の補綴材として実用されているため、最も好ましい。
【0012】
成形体の形状は、フィルム、シート、プレート等用途に応じて適宜選択すればよく、また、成形体は多孔質体であってもよい。
【0013】
重合開始剤化合物に関し、本発明においては、使用する親水性モノマーの種類に応じて、ラジカル重合、アニオン重合、カチオン重合等各種重合方法の重合開始剤化合物を適宜選択して使用することができる。本発明では、操作が簡便で大量生産に向いているという観点から、工程(B)の重合をラジカル重合によって行うことが好ましく、中でも、フッ素樹脂成形体表面への結合の容易さ、重合開始剤化合物の安定性、親水性ポリマーの分子設計の容易さの観点から、原子移動ラジカル重合(ATRP)によって行うことが特に好ましい。従って、重合開始剤化合物は、ラジカル重合の開始剤化合物であることが好ましく、原子移動ラジカル重合の開始剤化合物であることがより好ましい。原子移動ラジカル重合の開始剤化合物としては、一官能性、二官能性または多官能性の有機ハロゲン化物またはハロゲン化スルホニル化合物が挙げられる。
【0014】
また、重合開始剤化合物は、フッ素樹脂成形体と結合可能な官能基を有するものを用いる。ここで、フッ素樹脂成形体と結合可能な官能基とは、エネルギー線の照射によってフッ素樹脂成形体の表面に発生したラジカルまたは表面に導入された官能基と反応して、フッ素樹脂成形体と結合することが可能な官能基のことである。
【0015】
本発明に用いられる親水性モノマーは、上記の重合開始剤化合物によってフッ素樹脂成形体の表面において重合し、フッ素樹脂成形体にグラフトされるものである。従って、親水性モノマーの種類、特に親水性モノマーの有する親水基の種類、重合性官能基の種類は、最終製品の用途に応じて、適宜選択すればよい。表面に親水性ポリマーを有するフッ素樹脂成形体をバイオマテリアル用途に適用する場合には、モノマーの有する親水基は、生体親和性および排除体積効果の観点から、エーテル、アルコール等のノニオン型の親水基であることが好ましい。当該ノニオン型の親水基の例としては、ポリオキシエチレン基、ポリオキシプロピレン基等のポリオキシアルキレン基;グルコース、フルクトース、マンノース等の単糖類、ラクトース等のニ糖類、オリゴ糖類等の糖類化合物の残基などが挙げられる。ここで糖類化合物の残基とは、糖類化合物より、水素原子を1つ以上除いてできる構造を有する基をいう。ポリオキシアルキレン基は、オキシアルキレン単位が、オリゴマー程度の重合度で繰返し結合されたものであってもよい。また、当該親水基は、保護基により保護されていてもよい。親水性モノマーは、エステル側鎖に親水基を有する(メタ)アクリル酸エステルであることが好ましい。従って、親水性モノマーは、側鎖にポリオキシアルキレン基または糖類化合物の残基を有する(メタ)アクリル酸エステルであることがより好ましい。
【0016】
工程(A)では、フッ素樹脂成形体の表面に重合開始剤化合物を結合させる。このための方法としては、例えば、フッ素樹脂成形体の表面に放射線照射、コロナ放電、UV照射、プラズマ照射を行ってラジカルを発生させ、重合開始剤化合物と当該ラジカルを反応させる方法が挙げられる。ただし、放射線照射を行う方法では、エネルギーが高すぎてフッ素樹脂成形体内部で改質が起こり、特性が変化するおそれがあるため、本発明の方法では好ましくない。成形体内部の特性の変化を防止するために、本発明は、コロナ放電、UV照射、またはプラズマ照射を行う方法により工程(A)を行うことを推奨する。
【0017】
UV処理により工程(A)を行うには、具体的には、例えば、フッ素樹脂成形体の表面をUV処理して、当該表面に親水基を導入する工程(A−1)、および当該親水基と重合開始剤化合物とを反応させる工程(A−2)を行うことが好ましい。
【0018】
通常、フッ素樹脂成形体の表面をUV処理した場合には、通常は、フッ素樹脂から離脱したフッ素原子が、フッ素樹脂と再結合するということが起こる。これを防止するために、工程(A−1)では、例えば、特許文献3記載の方法のように、フッ素原子との結合エネルギーが128kcal/mol以上の原子と親水基とを有する化合物(以下、フッ素捕捉化合物と称する)の存在下で、フッ素樹脂成形体にUVを照射することによって、フッ素樹脂成形体の表面に親水基を導入する。
【0019】
フッ素捕捉化合物としては、水酸化アルミニウム、ホウ酸、ホウ酸アンモニウム、水酸化リチウム、水酸化カルシウム、水酸化バリウム等を用いることができる。これらは、水溶液の形態で用いることが好ましい。また、溶質の溶解度を上げるために、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ塩を添加してもよい。
【0020】
具体的な操作としては、例えば、図1に示す構成のように、サンプル台1の上に、フッ素捕捉化合物の水溶液2を塗布し、その上にフッ素樹脂フィルム3を載せる。そして、低圧水銀ランプ4よりUVをフッ素樹脂フィルム3に照射する。このUV照射により、水溶液2と接しているフッ素樹脂フィルム3の表面において親水化が起こる。例えば、水溶液2が、水酸化物の水溶液であった場合には、フッ素樹脂フィルム3の表面には水酸基が導入される。
【0021】
別の例として、図2に示す構成のように、サンプル台1’の上にフッ素樹脂フィルム3’を載せ、フッ素捕捉化合物の水溶液2’を塗布する。さらにその上に石英ガラス5’を載せ、石英ガラス5’とフッ素樹脂フィルム3’とで水溶液2’を挟み込む。そして、低圧水銀ランプ4’より石英ガラス5’を通してUVをフッ素樹脂フィルム3’に照射する。このUV照射により、フッ素捕捉化合物の水溶液2’と接しているフッ素樹脂フィルム3’の表面に親水基が導入されて親水化が起こる。
【0022】
以上のようにして、フッ素樹脂成形体の表面に、水酸基等の親水基が導入される。
【0023】
工程(A−2)では、フッ素樹脂成形体の表面に導入された親水基と反応して、フッ素樹脂と結合可能な官能基を有する重合開始剤化合物を用いる。例えば、上記でフッ素捕捉化合物に水酸化物を用い、フッ素樹脂成形体の表面に水酸基を導入していた場合には、フッ素樹脂と結合可能な官能基として、カルボキシル基、酸ハライド基(−COX;Xはハロゲン)、エポキシ基等を選択すればよい。種々の化合物の入手が容易という点では、カルボキシル基または酸ハライド基を選択することが好ましい。工程(A−2)は、このような重合開始剤化合物を、フッ素樹脂成形体の表面に導入された親水基と反応させればよく、反応条件は、導入された親水基と、上記官能基との反応の一般的な条件に準じればよい。例えば、フッ素樹脂に導入された親水基が水酸基であり、重合開始剤がカルボキシル基または酸ハライド基を有する場合には、これらの官能基間のエステル化反応の一般的な反応条件を採用してよい。ただし、重合開始剤化合物の重合開始能が損なわれないような反応条件を選ぶことが重要である。
【0024】
工程(B)は、前記重合開始剤化合物を起点として親水性モノマーを重合する工程である。ラジカル重合、カチオン重合、アニオン重合等いずれの重合方法で行うことが可能であり、当該工程は、重合開始剤化合物および親水性モノマーの種類に応じて、一般的な重合条件を適宜選択して行えばよい。
【0025】
工程(A)において、原子移動ラジカル重合の開始剤化合物を結合させ、工程(B)を原子移動ラジカル重合により行う場合には、例えば、K. Matyjaszewski, およびJ. Xia, “Atom Transfer Radical Polymerization”, Chem. Rev. (2001) 101, p.2921-2990、ならびにM. Kamigaito, T. Ando, およびM. Sawamoto, “Metal-Catalyzed Living Radical Polymerization”, Chem. Rev. (2001) 101, p.3689-3745等の文献に記載の方法に準じて工程(B)を行うことができる。工程(B)を原子移動ラジカル重合により行う場合、遷移金属触媒や配位子を用いるが、通常の原子移動ラジカル重合で使用できるものは使用可能である。例えば、遷移金属触媒が含む遷移金属としては、1価および0価の銅、2価のルテニウム、2価の鉄又は2価のニッケル等が挙げられる。さらに、配位子としては、例えば、2,2′−ビピリジル及びその誘導体、1,10−フェナントロリン及びその誘導体、テトラメチルエチレンジアミン、ペンタメチルジエチレントリアミン、ヘキサメチルトリス(2−アミノエチル)アミン等のポリアミン等が挙げられる。
【0026】
以上のようにして、表面に親水性ポリマーを有するフッ素樹脂成形体を製造することができる。以上の工程の一例をスキームを用いて簡潔に示すと、図3のようになる。
【0027】
図3のステップ(1)は、上記工程(A−1)に相当し、ここでは、フッ素樹脂成形体としてPTFEフィルムを使用している。フッ素捕捉化合物の水溶液としては、水酸化アルミニウム/水酸化ナトリウム水溶液を使用している。図1または図2のようにしてUVを照射することによって、PTFEフィルムの表面に水酸基が導入される。
【0028】
ステップ(2)は、上記工程(A−2)に相当し、ここでは、重合開始剤化合物として2−ブロモイソ酪酸ブロミドを使用している。PTFEフィルムの表面の水酸基と、重合開始剤化合物の−COBr基を反応させることによって、エステル結合を介してPTFEフィルムの表面に重合開始剤化合物が結合する。
【0029】
ステップ(3)は、上記工程(B)に相当する。ここでは、親水性モノマーとして、側鎖にポリオキシアルキレン基を有する(メタ)アクリル酸エステルであるポリ(エチレングリコール)メチルエーテルメタクリレートを使用している。また、遷移金属触媒としてCuBr、配位子としてビピリジルを使用している。PTFEフィルムの表面に結合した重合開始剤化合物、遷移金属触媒および配位子により、Br原子の移動を伴いながら親水性モノマーを重合させることによって、表面に親水性ポリマーが共有結合を介して導入されたPTFEフィルムが得られる。図3においては、親水性ポリマーは、ポリマクロモノマーであり、櫛型ポリマーである。
【0030】
本発明の製造方法によれば、UV照射による方法を利用できるため、従来の放射線照射により親水性ポリマーの重合を開始させる方法のようにフッ素樹脂成形体内部を不要に改質してしまうおそれが低い。また、親水性ポリマーをフッ素樹脂成形体に結合させることにより親水性を付与しているため、多くの親水基をフッ素樹脂成形体に導入することができ、親水化の程度を容易に向上させることができる。さらに、フッ素樹脂成形体の表面の親水化による効果のみならず、親水性ポリマーの運動による排除体積効果によっても、タンパク質等の生体物質のフッ素樹脂成形体の表面への吸着を抑制することができる。また、重合開始剤種を選択することができ、原子移動ラジカル重合など、精密重合により親水性モノマーの重合を行うことも可能である。精密重合によれば、重合の制御が容易であり、親水性ポリマーの可能な分子設計の幅が広いため、フッ素樹脂成形体の表面の状態(親水化度等)の調整も容易である。
【0031】
本発明の製造方法により得られる表面に親水性ポリマーを有するフッ素樹脂成形体は、フッ素樹脂固有の特性に加え、表面が親水性であるという特性を有する。よって、当該フッ素樹脂成形体は、これらの特性を活用できる様々の用途に適用することができ、中でも、バイオマテリアル用途に好適である。なお、本発明においてバイオマテリアルとは、生体に直接接触させて利用する材料のことをいい、例としては、人工血管、人工硬膜、人工心膜等の補綴材、コンタクトレンズ等が挙げられる。
【0032】
本発明はまた、表面に親水性ポリマーが共有結合しているフッ素樹脂成形体であって、前記親水性ポリマーが、側鎖に親水基を有するポリ(メタ)アクリル酸エステルであるフッ素樹脂成形体である。ポリ(メタ)アクリル酸エステルは、側鎖のエステル基の種類および長さの選択の自由度の高いポリマーであり、多数の親水基を有することもでき、フッ素樹脂成形体の表面の親水化度を高めることも容易である。
【0033】
フッ素樹脂成形体をバイオマテリアル用途に適用する場合には、親水性ポリマーの側鎖の親水基は、生体親和性および排除体積効果の観点から、ポリオキシエチレン基、ポリオキシプロピレン基等のポリオキシアルキレン基;グルコース、フルクトース、マンノース等の単糖類、ラクトース等のニ糖類、オリゴ糖類等の糖類化合物の残基であることが好ましい。
【0034】
親水性ポリマーは、櫛型ポリマーであることさらに好ましい。櫛型ポリマーとは、線状側鎖が出ている三叉分岐点を主鎖に数多くもつポリマーのことをいう。親水性ポリマーが櫛型ポリマーである場合には、側鎖長を長くする等によってフッ素樹脂成形体にグラフトされる親水基の量を容易に増大させることができ、また、側鎖の種類や長さを調整することにより、排除体積効果を高めることもできる。櫛型ポリマーは、マクロモノマーの重合体または共重合体であることが好ましい。マクロモノマーとは、末端に重合性官能基を有するポリマーまたはオリゴマーのことをいい、例えば、側鎖にポリオキシアルキレン基を有する(メタ)アクリル酸エステルが挙げられる。
【0035】
成形体を構成するフッ素樹脂としては、特に限定はないが、パーフルオロ樹脂が薬品安定性、生体内安定性、クリーン性の面から好ましく、例として、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)等が挙げられる。中でも、PTFEが、人工血管、人工硬膜、人工心膜等、生体内の補綴材として実用されているため、最も好ましい。成形体の形状は、フィルム、シート、プレート等用途に応じて適宜選択すればよく、また、成形体は多孔質体であってもよい。
【0036】
当該親水性ポリマーは、フッ素樹脂と共有結合しているが、上記の製造方法で得られるフッ素樹脂成形体のように、重合開始剤化合物断片を介して、フッ素樹脂と親水性ポリマーが結合していてもよい。
【0037】
本発明において、フッ素樹脂成形体の表面と水との静的接触角が80°以下であることが好ましい。当該接触角を80°以下とすることによって、タンパク質とフッ素樹脂成形体との疎水性相互作用を十分に低減することができる。なお、当該接触角は、フッ素樹脂成形体の表面の親水性が高いほど小さくなる。従って、当該接触角を小さくするには、親水性ポリマーの結合量を多くする、親水性ポリマーの有する親水基の数を多くする、等すればよい。
【0038】
本発明のフッ素樹脂成形体は、公知方法に従い、バイオマテリアルに用いることができ、当該バイオマテリアルは、表面にグラフトされたポリマーの親水性に基づく効果および排除体積効果により、タンパク質等の生体物質の吸着が極めて抑制されたものとなる。
【実施例】
【0039】
以下、実施例および比較例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明は、以下の実施例に制限されるものではない。
【0040】
実施例1
フッ素捕捉化合物を含む処理液として、Al(OH)3の濃度が0.1mol/lおよびNaOHの濃度が5mol/lのAl(OH)3/NaOH水溶液を使用し、図2に示すような構成で、PTFEフィルム(厚さ0.1mm、水静的接触角123°)に、低圧水銀灯で30分間UVを照射してPTFEフィルムの表面に水酸基を導入した。PTFEフィルムの処理面と水との静的接触角は62°であった、次に、重合開始剤化合物として2−ブロモイソ酪酸ブロミドを、PTFEフィルム表面の水酸基とのエステル化により、PTFE表面に結合させた。
【0041】
PTFEフィルムの表面に結合した重合開始剤化合物を起点として、ポリ(エチレングリコール)メチルエーテルメタクリレート(PEGMEMA、Mn=475、側鎖のポリ(エチレングリコール)の重合度=8)を親水性モノマーとし、原子移動ラジカル重合を、触媒としてCuBr、配位子として2,2’−ビピリジル、溶媒としてトルエンを用いて行った。モノマー初濃度は50wt%、重合温度は60℃、重合時間は8時間とした。PTFEフィルムをリンス、洗浄および乾燥し、PEGMEMAの重合体を表面に有するPTFEフィルムを得た。
【0042】
実施例2〜4
重合時間を変化させた以外は、実施例1と同様にしてPEGMEMAの重合体を表面に有するPTFEフィルムを作製した。
【0043】
実施例5〜6
実施例1と同様にして、2−ブロモイソ酪酸ブロミドが表面に結合したPTFEフィルムを作製した。続いて、イソプロピリデングルコース担持メタクリレート(MAIpGlc)を親水性モノマーとし、原子移動ラジカル重合を、触媒としてCuBr、配位子として2,2’−ビピリジル、溶媒としてアニソールを用いて行った。モノマー初濃度は50wt%、重合温度は50℃、重合時間は5時間(実施例5)および12時間(実施例6)とした。得られたPTFEフィルムをリンス、洗浄および乾燥した。その後、90%HCOOHにPTFEフィルムを浸漬し、室温で40時間攪拌することによってポリMAIpGlcを脱保護して、ポリグルコース担持メタクリレートを表面に有するPTFEフィルムを得た。
【0044】
比較例1
フッ素捕捉化合物を含む処理液として、Al(OH)3の濃度が0.1mol/lおよびNaOHの濃度が5mol/lのAl(OH)3/NaOH水溶液を使用し、図2に示すような構成で、PTFEフィルム(厚さ0.1mm、水静的接触角123°)に、低圧水銀灯で30分間UVを照射した。得られた水酸基を表面に有するPTFEフィルムを比較例1のフィルムとした。このPTFEフィルムの処理面と水との静的接触角は62°であった。
【0045】
各実施例における重合時間、得られたフィルム表面と水との接触角を表1にまとめる。また、重合度の目安として、溶液中に生成したポリマーのGPC解析から得られた数平均分子量(Mn)の結果も示す。さらに、実施例1〜4については、親水基量の目安として、XPS測定により求めた酸素元素比の結果も示す。
【0046】
【表1】

【0047】
タンパク質吸着実験
タンパク質は、ウシ血清アルブミン(BSA)を使用した。濃度20μg/mlのBSAのPBS溶液1mlに、実施例1〜6および比較例1のPTFEフィルム、ならびにブランクとして未処理のPTFEフィルムを2時間浸漬した。浸漬後、蒸留水で洗浄し、乾燥した。得られたサンプルについてXPS測定を行い、N元素比の結果よりタンパク質の吸着性を評価した。結果を表1に示す。
【0048】
表1より明らかなように、すべての実施例のPTFEフィルムでは、N元素が検出されておらず、タンパク質の吸着が極めて抑制されていることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明は、表面が親水性に改質されたフッ素樹脂成形体の製造方法であり、当該方法により得られるフッ素樹脂成形体は、フッ素樹脂固有の特性に加え、表面が親水性であるという特性を有するため、これらの特性が活用される様々な用途(特にバイオマテリアル用途)に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】フッ素樹脂成形体の表面のUV処理の一例を示す図である。
【図2】フッ素樹脂成形体の表面のUV処理の別の例を示す図である。
【図3】本発明の製造方法の一例の概略を示すスキームである。
【符号の説明】
【0051】
1,1’ サンプル台
2,2’ フッ素捕捉化合物の水溶液
3,3’ フッ素樹脂フィルム
4,4’ 低圧水銀ランプ
5’ 石英ガラス

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ素樹脂成形体の表面に重合開始剤化合物を結合させる工程(A)、および
前記重合開始剤化合物を起点として親水性モノマーを重合する工程(B)
を含む、表面に親水性ポリマーを有するフッ素樹脂成形体の製造方法。
【請求項2】
前記工程(A)が、フッ素樹脂成形体の表面をUV処理して、当該表面に親水基を導入する工程(A−1)、および当該親水基と重合開始剤化合物とを反応させる工程(A−2)を含む請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記工程(A)の重合開始剤化合物が原子移動ラジカル重合の開始剤化合物であり、
前記工程(B)の重合が、原子移動ラジカル重合により行われる請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記親水性モノマーが、側鎖にポリオキシアルキレン基または糖類化合物の残基を有する(メタ)アクリル酸エステルである請求項1〜3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
表面に親水性ポリマーが共有結合しているフッ素樹脂成形体であって、
前記親水性ポリマーが、側鎖に親水基を有するポリ(メタ)アクリル酸エステルであるフッ素樹脂成形体。
【請求項6】
前記側鎖の親水基が、前記ポリオキシアルキレン基または糖類化合物の残基である請求項5に記載のフッ素樹脂成形体。
【請求項7】
親水性ポリマーが、櫛型ポリマーである請求項5または6に記載のフッ素樹脂成形体。
【請求項8】
フッ素樹脂が、ポリテトラフルオロエチレンである請求項5〜7のいずれか1項に記載のフッ素樹脂成形体。
【請求項9】
前記表面と水との静的接触角が80°以下である請求項5〜8のいずれか1項に記載のフッ素樹脂成形体。
【請求項10】
請求項5〜9のいずれか1項に記載のフッ素樹脂成形体を用いたバイオマテリアル。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−46529(P2009−46529A)
【公開日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−211276(P2007−211276)
【出願日】平成19年8月14日(2007.8.14)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 京都工芸繊維大学、「平成18年度修士論文公聴会発表要旨集」、第65〜66頁、平成19年2月15日
【出願人】(000003964)日東電工株式会社 (5,557)
【Fターム(参考)】