説明

表面にCu−ニトリル化合物錯体が形成された二次電池用銅集電体

【課題】Cu−ニトリル化合物錯体が表面に形成された銅箔または網、その製造方法、及び該銅箔または網を集電体として電極に用いたリチウム二次電池を提供する。
【解決手段】Cu−ニトリル化合物錯体がその表面に形成された銅集電体を備えたリチウム二次電池では、正常な作動範囲を離れて過放電する場合における、3.6V以上で発生するCuの腐食を防止し、この結果、過放電後の容量の回復を大きく向上することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Cu−ニトリル化合物錯体が表面に形成された銅箔または網、その製造方法、及び該銅箔または網を集電体として電極に用いたリチウム二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、移動通信及び情報電子産業の発達に伴い、高容量でかつ軽量のリチウム二次電池の需要が益々増加する傾向にある。中でも従来の電池に比べて作動電圧が高く、エネルギー密度が遥かに高いという長所からリチウム二次電池が脚光を浴びている。しかし、有機電解液を使うリチウム二次電池は、発火及び爆発の恐れがあるため安全性に大きな関心が集められている。リチウム二次電池の場合、正常な作動範囲を離れての過充電あるいは過放電に備えて保護回路が組み付けられている。しかしながら、従来のリチウム二次電池の場合、電池の安全性の理由からPTCまたは熱ヒューズ、及び保護回路を組み付けているため、コスト面や電池パックの大きさ、重量の面で好ましくない。従って、保護回路を有さない電池の開発が求められてきている。
【0003】
しかし、今まで知られている保護回路を有さない裸電池の場合、過放電試験後に再度充放電を行えば、容量が急激に落ちるという問題がある。また、電池が適正の電圧以下に過放電する場合は、再度充電を行っても容量が急激に小くなってしまい、更なる充放電ができなくなるという問題があった。
【0004】
過放電後に容量が急激に落ちる理由は、次の通りである。電池の電圧は、正極と負極の電位差と定義されるが、電池の電圧が一般の使用電圧以下に落ちた後も低電流にて放電し続ける場合、正極の電圧が負極でのLiイオンの消耗によって更に落ちないため、正極の電圧はゆっくり下降するのに対し、相対的に負極の電圧は急上昇し、結局として負極の集電体として使う銅箔が酸化する3.6Vに至るようになる。この場合、銅箔が銅イオン状態に溶け出すことで電解質が汚染し、以後、再度充電する時、これが負極の表面に付着して負極活物質を使えなくする。このように、銅箔の酸化反応が起きれば、過放電後に容量が急激に落ちてしまい、電池が使えなくなる。
【0005】
このような問題を解決するために従来の技術では、正極電位を引き下すことで負極の電圧上昇を抑制する方法が多く使われていた。例として、ソニー社では、放電時に放電電圧の低い材料(正極の電位を早く落とす材料)、すなわちオリビンまたはニッケル系材料を正極活物質に導入することにより放電末期の正極の電圧を急下降させて放電を早期に終了させることによって、負極のCuが腐食電位に至ることを抑える方法などを取り入れていた。しかし、かかる活物質の変化は、従来の他の電池では性能の劣化、即ち高温でのガス生成などの問題を引き起こした。従って、過放電時において、他の諸性能に問題を生じさせることなく、Cuが溶け出すことを防止する新しい方法の開発が急がれている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らは、ニトリル系化合物が塗布された銅箔に、Li金属に対してCu箔が相対的に感じる電圧を1.9Vまで印加すれば、該銅箔の表面にCuとニトリル系化合物の錯体が形成され、上記錯体が形成された銅箔をリチウム二次電池の負極集電体として使う場合、正常な動作時に電池の性能低下を引き起こすことなく、過放電後の容量回復の效果を大きく向上することができるということを見出し、本発明を完成するに至った。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、Cu−ニトリル化合物錯体が表面に形成された銅箔または網、その製造方法、及び該銅箔または網を集電体として電極に用いたリチウム二次電池を提供する。
【発明の效果】
【0008】
上述した本発明による所定の電圧を印加することによりCu−ニトリル化合物錯体がその表面に形成された銅集電体を備えたリチウム二次電池では、正常な作動範囲を離れて過放電する場合における、3.6V以上で発生するCuの腐食を防止し、この結果、過放電後の容量の回復を大きく向上することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明について詳しく説明する。
【0010】
本発明者らは、様々な実験を進める中で所定の範囲で銅に還元電圧を印加すれば、特異な群の化合物がCu表面上で錯体を形成することを知見した。
【0011】
代表的な錯体化合物の形成模式図を図1に示した。ニトリル化合物のうち、シアノ基(−CN)に存在する非共有電子対は、Cuと配位結合をすることで錯体を形成する。このとき、銅金属上でニトリル化合物が銅の還元電圧に晒されることにより銅との錯体が形成される(図2、図3、図4参照)。従って、錯体を完成するためには、少なくともCu金属にLi金属を基準に少なくとも1.9Vまで電圧を印加することが好ましい。
【0012】
負極の集電体として使われるCuは、通常、Li金属を基準に3.6V以上で腐食が起きる。従って、常用化電圧以下の場合、即ち過放電が進む場合では、Cu集電体の電位が3.6V以上に上り、この時に腐食が進められ、以後、正常な作動範囲での電池の性能が大きく劣化するようになる。
【0013】
本発明に係るCu−ニトリル系化合物錯体が表面に形成された銅金属は、通常のCuの腐食電位(酸化電位)の3.6Vより遥かに高い電位でも腐食が起きない(図5参照)。従って、上記のようにCu−ニトリル系化合物錯体が表面に形成された銅金属を負極集電体として使ったリチウム二次電池は、過放電後の性能の向上に有効である。
【0014】
Cuと錯化合物を形成するニトリル化合物は、シアノ基(−CN)を持つ化合物であって、R−CNまたはCN−R−CN(R=アルキル基)で表される化合物などが挙げられる。この時、Rは、C〜C15アルカンであることが好ましい。アルカンは反応性がないものであって、上記ニトリル化合物を電池に含ませる場合、非可逆反応が起きる可能性が小さく、このためニトリル化合物の使用による電池の性能劣化を生じさせない。
【0015】
ニトリル化合物のうち、ジニトリル系化合物が特に好ましい。
【0016】
ジニトリル化合物の非制限的な例としては、コハク酸ニトリル(R=C)、グルタロニトリル(R=C)、アジポニトリル(R=C)、ピメロニトリル(R=C10)、オクタンジニトリル(R=C12)、アゼロ(Azelo)ニトリル(R=C14)、セバコニトリル(R=C16)、1,9−ジシアノノナン(R=C18)、ドデカンジニトリル(R=C1020)などが挙げられる。
【0017】
本発明に係るCu−ニトリル化合物錯体が表面に形成された銅箔または網を製造する方法は、銅箔または網をニトリル化合物含有溶液中へ浸漬するか、または上記溶液で銅箔または網を塗布するステップと、銅の還元電圧、例えばリチウムに対して1.9V電圧を上記銅箔または網に印加するステップとを含む。
【0018】
上記ニトリル化合物がCuと錯体を形成するための濃度は、銅箔または網の表面積に比例するが、ニトリル化合物含有溶液(電解液を含む)に対し0.1w%〜10w%が効果的である。
【0019】
ニトリル化合物含有溶液に使い得る溶媒としては、特に制限されないが、一般のリチウム二次電池用非水電解液を使えばよく、非制限的な例としては、環状カーボネートと直鎖状カーボネートなどが挙げられる。環状カーボネートとしては、エチレンカーボネート(EC)、プロピレンカーボネート(PC)、γ−ブチロラクトン(GBL)などが代表的であり、直鎖状カーボネートとしては、ジエチルカーボネート(DEC)、ジメチルカーボネート(DMC)、エチルメチルカーボネート(EMC)などが代表的である。
【0020】
本発明に係る銅金属上にCu−ニトリル化合物錯体が形成された集電体を電極として使うことができるリチウム二次電池は、(1)リチウムイオンを吸蔵、放出可能な正極と、(2)リチウムイオンを吸蔵、放出可能な負極と、(3)多孔性セパレータ膜、及び(4)a)リチウム塩、b)電解液溶媒を含む非水電解液と、を含む。
【0021】
一般のリチウム二次電池における正極活物質としては、リチウム含有遷移金属酸化物を使い、例えば、LiCoO、LiNiO、LiMn、LiMnO及びLiNi1-XCo(ここで、0<X<1)からなる群より選ばれた少なくとも1種であればよい。また、負極活物質としては、炭素、リチウム金属または合金を使い、その他、リチウムを吸蔵、放出可能で且つリチウムに対する電位が2V未満のTiO、SnOのような金属酸化物であってもよい。非水電解液にはリチウム塩を含み、その非制限的な例として、LiClO、LiCFSO、LiPF、LiBF、LiAsF、及びLiN(CFSOなどが挙げられる。
【0022】
一方、本発明の他の一実施の形態として、リチウム二次電池内で銅集電体上にCu−ニトリル化合物錯体を形成させる場合は、正極または負極、あるいは両電極として銅箔または網からなる集電体に電極活物質が塗布された電極を使い、該電極は、非水電解液または電極活物質にニトリル化合物が添加された状態で、銅の還元電圧、例えばリチウムに対して1.9Vを上記銅集電体に印加して作製することができる。
【0023】
本発明に係るリチウム二次電池の外形は、カンからなる円筒形または角形、ポーチ形を含む。
【実施例】
【0024】
以下、好適な実施例を挙げて本発明をより詳細に説明する。なお、次の実施例は、本発明を例示するためのものであって、本発明を限定するものではない。
【0025】
<実施例1>
作動電極には非水二次電池用銅箔を使い、基準電極にはLi金属を使い、電解液としては、EC:PC:DEC=3:2:5の組成を有する1M LiPF溶液にコハク酸ニトリルを電解液の全重量に対して3%混合してなるものを使い、サイクリック・ボルタンメトリを行った。このとき、電圧移動速度は20mV/sであった。
【0026】
<比較例1>
電解液中にコハク酸ニトリルを添加しないことを除いては、実施例1と同様にサイクリック・ボルタンメトリを行った。
【0027】
<サイクリック・ボルタンメトリ実験の結果>
図2に示すように、コハク酸ニトリルが電解液中に存在する場合(実施例1)、Li金属を基準に負極電位1.9Vの付近で大きな還元電流が流れることが分かり、このことから、錯体形成が起きていることを類推することができる。
【0028】
実施例1に基づくコハク酸ニトリルが含有されている電解液中で1.9Vに晒された銅箔に対して、X線光電子分光法(X-ray Photoelectron Spectroscopy;XPS)及び減衰全反射分光を行った結果をそれぞれ図3及び図4にグラフで示した。図3及び図4からCu−CN錯体構造の結合が形成されたことが分かった。例えば、図3においてボックス(1)で示すように、多量のNがCu金属の表面から検出(Cu−CN)されることを確認することができ、ボックス(2)で示すように、カーボンピークの変化からCN群の他の形態、即ちCu−CN結合が形成されたことを確認することができる。
【0029】
また、図2からCuとCN官能基が錯体を形成し、以降、過放電が進む3.6V以上でもCuの腐食反応が進められないことが分かる。即ち、還元電位に晒されながらCu表面上にCu−CNからなる被膜が形成され、Cu腐食が進む3.6V以上の電位でも安定化していることが分かる。
【0030】
<実施例2>
正極活物質としてLiCoOを使い、負極活物質として人造黒鉛を使い、正極集電体としてアルミニウム箔を使い、負極集電体として銅箔を使って通常の電池を作製し、これにLi金属を基準電極とする三極セルを作製し、このとき、電解液としては、EC:PC:DEC=3:2:5の組成を有する1M LiPF溶液にコハク酸ニトリルを電解液全重量に対して3%混合してなるものを使った。また、電池の作製時、銅集電体を使った負極の電圧は、リチウム金属に対して3V(銅の電位)なので、負極に3V〜0Vの範囲の電圧を印加しながら、銅集電体が1.9Vの電圧に晒されるようにした。
【0031】
一方、上記のようにして作製されたフル・セルに対して満充電状態で、2Vまでは0.2Cクレートにて放電し、2V〜0Vまでは1mAにて放電して過放電実験を行った。
【0032】
<比較例2>
電解液中にコハク酸ニトリルを含まないことを除いては、実施例2と同様にして三極セルを作製し、過放電実験を行った。
【0033】
<過放電実験結果1>
一般に電池の性能を評価するための三極セルは、電池の正極と負極の他にリチウム金属を電池内に挿入してレファレンス電極(リチウム金属)の電圧と正極の電圧との差、レファレンス電極(リチウム金属)の電圧と負極の電圧との差をそれぞれ測定し、充放電時に実際に電池中で正極と負極がレファレンス電極に対してどのように挙動するかを把握するために構成した電池システムである。
【0034】
図5は、三極セル実験における正極と負極の過放電時の挙動を示す図である。実施例2と比較例2とを比べてみると、コハク酸ニトリル含有電解液中において銅集電体がリチウム金属に対して1.9Vの還元電圧に晒させてなる負極(実施例2)の場合、3.6V以上でも腐食が進まないことが分かる。
【0035】
<実施例3>
電解液として、その中にコハク酸ニトリルを電解液全重量に対して5%混合してなるものを使うことを除いては、実施例2と同様にして三極セルを作製し、過放電実験を行った。過放電実験は3回繰り返し行った。また、過放電実験を行う前後に、正常範囲の区間で0.2C放電を行った。
【0036】
<比較例3>
電解液中にコハク酸ニトリルを含まないことを除いては、実施例3と同様にして電池を作製し、過放電実験を行った。
【0037】
<過放電実験結果2>
図6は、過放電サイクルが進むことを示している。コハク酸ニトリル含有電解液中において銅集電体がリチウム金属に対して1.9Vの還元電圧に晒されてなる負極を含む電池(実施例3)は、比較例3とは異なって、3回のサイクルが進む間、容量減少なし、即ち負極の腐食が進まないことが分かる。
【0038】
図7は、過放電サイクルが進んだ後の回復容量を示す図である。実施例3と比較例3を比べてみれば、Cu−ニトリル化合物錯体が形成された場合(実施例3)では、初期容量に比べて90%の高い歩留まりが得られていることが分かる。また、図7から分かるように、コハク酸ニトリルを使った実施例3の場合における、過放電実験以前の電池の実際の正常作動範囲における放電容量が、コハク酸ニトリルを使っていない比較例3とほぼ同じであることから、電池の正常作動時、コハク酸ニトリルが電池性能を劣化させないことが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明に係る銅集電体の表面上に形成されたCu−ニトリル化合物錯体を模式的に示す図である。
【図2】実施例1及び比較例1におけるサイクリック・ボルタンメトリ実験を行った結果を示す図である。
【図3】本発明に係る銅集電体の表面上に形成されたCu−ニトリル化合物錯体の表面分析(XPS)グラフである。
【図4】電気化学的反応を通じて得られたCu−CN錯体構造の結合を裏付ける減衰全反射分光の実験結果を示すグラフである。
【図5】実施例2及び比較例2における三極セルで過放電実験を行った結果を示す図である。
【図6】実施例3及び比較例3における過放電サイクル実験を行った結果を示す図である。
【図7】実施例3及び比較例3における過放電サイクル前後の放電特性を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cu−ニトリル化合物錯体が表面に形成されたことを特徴とする、銅箔または網。
【請求項2】
集電体として使われることを特徴とする、請求項1に記載の銅箔または網。
【請求項3】
銅箔または網上でニトリル化合物が銅の還元電圧に晒されることにより銅と錯体を形成したことを特徴とする、請求項1に記載の銅箔または網。
【請求項4】
前記ニトリル化合物が、R−CNまたはCN−R−CN(R=C〜C15アルカン)で表される化合物であることを特徴とする、請求項1に記載の銅箔または網。
【請求項5】
銅箔または網をニトリル化合物含有溶液中に浸漬するか、または前記溶液で銅箔または網を塗布するステップと、
銅還元電位を前記銅箔または網に印加するステップとを含んでなり、
請求項1に記載のCu−ニトリル化合物錯体が表面に形成されたことを特徴とする、銅箔または網の製造方法。
【請求項6】
請求項1乃至4のいずれか一項に記載の銅箔または網上に電極活物質が塗布されたことを特徴とする、電極。
【請求項7】
リチウム二次電池であって、
a)リチウムイオンを吸蔵・放出可能な正極と、
b)リチウムイオンを吸蔵・放出可能な負極と、
c)多孔性セパレータ膜と、及び
d)i)リチウム塩、ii)電解液化合物を含む非水電解液とを備えてなり、
前記正極または負極、あるいは両電極が請求項6に記載の電極であることを特徴とする、リチウム二次電池。
【請求項8】
リチウム二次電池であって、
a)リチウムイオンを吸蔵・放出可能な正極と、
b)リチウムイオンを吸蔵・放出可能な負極と、
c)多孔性セパレータ膜と、及び
d)i)リチウム塩、ii)電解液化合物を含む非水電解液とを備えてなり、
前記正極または負極、あるいは両電極は、銅箔または網からなる集電体に電極活物質が塗布された電極であり、非水電解液または電極活物質にニトリル化合物が添加された状態で、銅還元電位を前記銅集電体に印加してなることを特徴とする、リチウム二次電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−186173(P2012−186173A)
【公開日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−114830(P2012−114830)
【出願日】平成24年5月18日(2012.5.18)
【分割の表示】特願2007−544260(P2007−544260)の分割
【原出願日】平成17年11月29日(2005.11.29)
【出願人】(500239823)エルジー・ケム・リミテッド (1,221)
【Fターム(参考)】