説明

表面架橋されたポリエチレン

【課題】耐摩耗性ポリエチレン医療用インプラントの製造方法の提供。
【解決手段】少なくとも部分的に超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)からなる医療用インプラント、例えば整形外科用インプラントを形成するステップを含み、ポリエチレンは、γ線又は電子線照射によりフリーラジカルを形成した後、酸素への曝露の前に架橋され、フリーラジカルを除くことができる。そのようにして処理された架橋ポリエチレンのベアリング表面は、続いて光重合開始剤で被覆される。その後、ベアリング材料は紫外(UV)線によって光架橋される。この光架橋プロセスは、非架橋UHMWPEにも適用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超高分子量ポリエチレン等の重合材料で作られ、照射及びアニールプロセスと、続くUVによる表面架橋により、より優れた耐酸化性及び耐摩耗性(wear resistance)が達成された医療用インプラントに関する。代替的に、UHMWPEの基材は、未処理(virgin)のUHMWPEでも良いし、又はアントシアニン等の抗酸化剤を添加しても良い。
【背景技術】
【0002】
超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)は、股関節部及び膝等の人工関節用のベアリング材料として使用されてきた。高度に架橋されたUHMWPEは、整形外科用ベアリング用途での現行の標準技術である。UHMWPEを架橋する標準的な工程はγ線又は電子線の照射であり、実際の照射線量は約3〜10Mradである。この照射線量の範囲では、摩耗率は、それぞれ、9.5Mradにおいて約2.5mm/Mc及び3.3Mradにおいて20mm/Mcである(特許文献1の図22を参照されたい)。照射線量を10Mradから50Mradへ持続的に増大させると、摩耗率は0に向かって徐々に低下するが、それに伴って材料が脆くなるので臨床で使用できなくなる。それゆえ、0に近い摩耗率を有するUHMWPEを、照射線量を10Mrad超に増大させることなく得ることが望ましい。そうすることで機械的特性が損なわれるのを免れる。
【0003】
多様なポリマー系が生物医学的使用、特に整形外科用途の人工補綴物を作るために用いられてきた。それらの中でも、超高分子量ポリエチレンは、人工膝、股関節部、及びその他の代替関節の関節接合表面に広く用いられている。超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)とは、135℃の0.05%デカヒドロナフタレン溶液濃度において、相対粘度が2.3以上である直鎖ポリエチレンと定義されている。その名目上の重量(すなわち平均分子量)は最低400,000かつ最大10,000,000であり、通常300万〜600万である。その製造プロセスは、微粉末として供給されたポリマーを、ラム押出し及び圧縮成型を用いて棒状及び平板状等の多様な形態に固化することから始まる。その後、固化した棒又は平板を整形外科用インプラント部品の完成形へと仕上げる。代替的に、部品はUHMWPE樹脂粉末の圧縮成型によって製造しても良い。
【0004】
高エネルギー線は、放射の種類に関わらず、放射の間ポリマー中にフリーラジカルの発生を引き起こすことが知られている。また、発生するフリーラジカルの量又は数は、ポリマーが受ける放射量に依存し、かつ、ポリマーインプラント中のフリーラジカル分布は、部品の幾何形状、ポリマーの種類、線量率、放射線の種類に依存することも知られている。フリーラジカルの発生は、以下の反応により説明できる(ここでは、例示的にポリオレフィン及びγ線照射を用いる):
【0005】
【化1】

【0006】
酸素が存在するなら、非特許文献1の中で説明されるように、以下の反応により一級のフリーラジカルr・は酸素及びポリマーと反応する。
【0007】
【化2】

【0008】
空気中の放射では、一級のフリーラジカルr・は酸素と反応し、ペルオキシルフリーラジカルrOを生じる。続いてポリオレフィン(UHMWPE等)と反応し、酸化的鎖切断反応を開始する(反応2〜反応6)。これらの反応を通じて、分子量、張性、摩耗性等のプラスチックの材料特性は低下する。
【0009】
反応3及び反応5で生じるヒドロペルオキシド(rOOH及びPOOH)は、反応7に示されるように、ゆっくりと分解して、照射後の劣化を開始することが分かっている。反応8及び反応9は、エステル又は炭素−炭素架橋を形成する、フリーラジカルの停止段階を表す。ポリマーの種類によって、反応2〜反応7に関連した反応8及び反応9の程度が変動し得る。照射されたUHMWPEでは、架橋に対する鎖切断の比として0.3の値が得られており、架橋が支配的な機構であるが、照射されたポリエチレンには有意な量の鎖切断が起こっていることを示している。
【0010】
不活性な雰囲気下で放射する場合には、酸化剤が存在しないため、一級のフリーラジカルr・又は二級のフリーラジカルP・は、他の隣接するフリーラジカルとだけ反応でき、下に示す反応10〜反応12によって炭素―炭素架橋結合を生じる。全てのフリーラジカルが反応10〜反応12によって反応するならば、鎖切断は起こらず、それゆえ分子量の低下は起こらないはずである。さらに、架橋の程度は、照射前の出発ポリマーよりも大きくなる。他方では、生じるすべてのフリーラジカルが反応10、反応11、反応12によって結合(combine)するわけではないなら、プラスチックの部品中にフリーラジカルが幾らか残存する。
【0011】
【化3】

【0012】
フリーラジカルが少なければ少ないほど、経時的にポリマーの物性が保たれることが知られている。フリーラジカルの数が多ければ多いほど、分子量及びポリマーの性質の低下の度合が大きくなる。出願人は、フリーラジカル架橋反応の完結の程度は反応速度及び反応時間に依存することを発見した。
【0013】
UHMWPEは、人工股関節等の人工補綴関節を作るのに一般的に使用されている。近年、組織の壊死及び界面での骨溶解がUHMWPEの摩耗破片への応答として起こり得ることが明らかになった。例えば、人工股関節中のUHMWPEでできた寛骨臼蓋の摩耗により、周辺の組織に微細な摩耗粒子が入る可能性がある。
【0014】
UHMWPEソケットの耐摩耗性を向上させること、及びそれにより摩耗破片の生成速度を小さくすることで、人工関節の耐用寿命は長くなり、若い患者にも適切に使用することが可能になり得る。結果として、UHMWPEの耐摩耗性を向上させるために、UHMWPEの物性に関して、多くの改良が提案されてきた。
【0015】
超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)は、不活性雰囲気下、又は真空中で、例えばγ線又は電子線等の高エネルギー線を照射することで架橋可能であることが当該技術分野において既知である。γ線照射にUHMWPEを曝露すると、ポリマー中に多くのフリーラジカル反応が生じる。これらのうちの一つが架橋である。この架橋は、ポリマー中に、多方向の凝着摩耗(adhesive wear)に対する耐性をより高める3次元のネットワークを作り上げる。放射線照射により生じたUHMWPEのフリーラジカルはまた、鎖切断によりポリマーの分子量を低減する酸化に関与でき、物性の低下、脆化、及び摩耗率の有意な増大につながる。フリーラジカルは非常に長寿命(8年超)であるため、酸化は非常に長い時間に渡って継続するので、インプラントの寿命全体を通しての酸化の結果として摩耗率が上昇することになる。
【0016】
Sunらによる特許文献2(その教示は引用により本明細書の一部をなす)は、フリーラジカル発生への放射線の利用、及び酸化の前にフリーラジカル間で架橋を形成するための熱の利用を広く開示する。
【0017】
Hyunらによる特許文献3は、人工関節での使用に適合したUHMWPE材料を形成する方法に関する。すなわち、不活性雰囲気下又は真空中で、低線量の高エネルギー線を照射することで低度に材料を架橋し、放射線照射された材料を圧縮変形可能な温度(好ましくは融点以上)まで加熱し、圧縮変形を行い、続いて材料の冷却及び凝固(solidifying)を行う。適合UHMWPE材料では、耐摩耗性が改善されている。医療用インプラントは適合材料から機械加工されるか、または圧縮変形のステップ中に直接成形される。適合材料は非等方性を有するので、インプラントに機械加工した後に変形を受け易くすることが可能である。
【0018】
Saloveyらによる特許文献4(その教示は引用により本明細書の一部をなす)は、UHMWPEを含むポリマーの耐摩耗性を、溶融物における放射線照射を介した架橋により高める方法に関する。
【0019】
Saumらによる特許文献5は、UHMWPEを放射線照射によって処理した後、ポリエチレンを150℃を超える温度で熱的に処理することで架橋を再構成し、かつフリーラジカルを除くプロセスに関する。
【0020】
逐次的な架橋は特許文献6(その開示は引用により本明細書の一部をなす)に説明される。特許文献6に開示される、三度架橋されたUHMWPEは、本明細書中では「X3」(Stryker Corporationの登録商標である)と呼ぶこととする。
【0021】
紫外(UV)光架橋は、1950年代からポリエチレンを架橋するために使用されてきた。過去には、UVは、ポリエチレン(PE)バルク材料、繊維、及びフィルム(光重合開始剤とPE樹脂を混ぜ、次に樹脂をUV照射下で固化し架橋する)を架橋するのに用いられてきた(例えば、特許文献7、非特許文献2、非特許文献3を参照されたい)。もう一方で、空気中、日光に曝露された際(低UV強度)のPEの劣化は広く知られた現象である。これを防ぐため、抗UV添加剤であるPEがポリエチレン樹脂に加えられることもある。しかしながら、開示されている従来技術に、UVを、固化したUHMWPEベアリングの表面架橋法として用いたものはなく、また、UV法を、γ線又は電子線の照射により架橋された整形外科用途(例えば寛骨臼蓋、関節窩のベアリング、脛骨のベアリング表面、指や肘のUHMWPEベアリング)のUHMWPEベアリングの材料に追加の架橋層を生成するために用いたものもない。特許文献8は、電子線による表面架橋に関する。特許文献9は、脊椎で使用するポリマーベアリングに関する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0022】
【特許文献1】米国特許第6,800,670号
【特許文献2】米国特許第5,414,049号
【特許文献3】米国特許第6,168,626号
【特許文献4】米国特許第6,228,900号
【特許文献5】米国特許第6,316,158号
【特許文献6】米国特許第7,517,919号
【特許文献7】米国特許第6,281,264号
【特許文献8】米国特許第6,165,220号
【特許文献9】米国特許出願公開第20070270970号
【非特許文献】
【0023】
【非特許文献1】Roger L. Clough及びShalaby W. Shalaby編「ポリマーに対する放射の影響(Radiation Effects on Polymers)」(American Chemical Society, Washington, D.C., 1991)
【非特許文献2】Chen Y.L.他著「ポリエチレンの光架橋(Photocrosslinking of Polyethylene)」(Journal Polymer Science, Polymer Chemistry Edition, 1989)
【非特許文献3】Qu B.J.他著「ポリエチレンの光架橋における新規開始剤としてのベンゾフェノン誘導体の光重合開始特性(Photoinitiating Characteristics Of Benzophenone Derivatives As New Initiators In The Photocrosslinking Of Polyethylene)」(Polymer Engineering and Science, July 2001)
【発明の概要】
【0024】
少なくとも部分的に超高分子量ポリエチレンからなる医療用インプラントを形成するステップと、フリーラジカルを形成するために前記ポリエチレンにγ線又は電子線を照射し、空気への曝露の前に形成されたフリーラジカルを架橋するステップと、架橋されたポリエチレンのベアリング表面を光重合開始剤で被覆するステップと、その後に紫外線照射により被覆表面を光架橋するステップとを含む、耐摩耗性の超高分子量ポリエチレン医療用インプラントを製造する方法が提供される。
また、予備成形(preform)された超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)インプラントにγ線又は電子線を照射し、続いて、該UHMWPE中に架橋を形成するために低酸素雰囲気下で加熱するステップと、前記予備成形され架橋されたインプラントのベアリング表面を光重合開始剤で被覆するステップと、前記架橋されたUHMWPEの光重合開始剤で被覆された表面を紫外(UV)線により光架橋するステップとを含む、予備成形されたUHMWPE医療用インプラントを架橋する方法が提供される。
さらに、第1ポリマーベアリングと、1mm未満の深さまで架橋されたベアリング表面を有する、前記第1ポリマーベアリング上の関節接合用の第2ポリマーベアリングとを含む整形外科用関節が提供される。
また、超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)に抗酸化剤を添加するステップと、前記抗酸化剤を添加されたUHMWPEからなるインプラントのベアリング表面を光重合開始剤で被覆するステップと、その後、紫外線(UV)照射により前記ベアリング表面を架橋するステップとを含む、耐摩耗性のUHMWPE医療用インプラントを製造する方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】逐次的に(sequentially)架橋されたポリエチレン(x3)、及び同様に逐次的に架橋(光架橋を含む)されたポリエチレン(PXL)上のコバルト−クロムの摩耗(重量測定)を表すグラフである。
【図2】図1の光架橋された臼蓋の一対の比較写真であり、干渉計測プロフィロメーターを用いて得られたものである。それぞれ左は摩耗試験の前、右は250万サイクルの摩耗試験後のものである。
【図3】不活性(inner)雰囲気中、γ線照射により先に架橋された超高分子量ポリエチレンを光架橋した臼蓋、及び光架橋していない同様の臼蓋の、100万サイクルの後のPEEK表面における摩耗(重量測定)を示す図である。
【図4】未処理(virgin)の超高分子量ポリエチレンの、光架橋前後のアイゾッド衝撃エネルギーを示す。UV放射による光架橋後、破壊靱性の低下は観測されない。
【図5】NVACで処理された(酸素が1%未満である雰囲気中、3Mradのγ線線量、かつ続くアニーリングは行わない)UHMWPEベアリング上のコバルト−クロム補綴大腿部(femoral)ヘッドにおける摩耗(体積測定)を示すグラフである。
【図6】NVACで処理されたUHMWPEベアリング上のPEEK(ポリエーテルエーテルケトン)補綴大腿部ヘッドの摩耗(体積測定)を、UVで光架橋した同様のベアリングと比較して示すグラフである。
【図7】350万サイクル(Mc)において、未処理の抗酸化剤添加UHMWPEの摩耗(体積測定)を、UV表面架橋されている同様な抗酸化剤処理UHMWPEと比較して示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明中では,紫外(UV)線は、UHMWPEベアリング表面を光架橋し、既にγ線又は電子線で架橋されたバルクUHMWPEインプラントに、追加の架橋表層を生成するのに利用される。該インプラントは、1〜10Mradの間、又はそれより高い量の範囲で前もって架橋されていても良い。該表層の厚みは、約100μmの深さに制御される。この範囲では、該表層は、測定可能な摩耗(ベアリング表面上のマシーンマークが保存されているかによって決めることができる)を示すことなく、少なくとも500万回の摩耗シミュレーション試験に耐えることができる。
【0027】
ポリエチレンのUV架橋は、UV放射により発生する炭素中心フリーラジカルの反応である。ポリエチレンのUV架橋の機構を下に簡潔に示す。UV光を、光重合開始剤であるベンゾフェノンを含むポリエチレンに放射すると、ベンゾフェノンはUVエネルギーを吸収し、三重項励起状態へと移行する。この三重項励起状態のベンゾフェノンは、ポリエチレンから水素を引き抜き、ポリエチレン炭素ラジカルを生じる。生成したPE炭素中心ラジカルはフリーラジカル反応を経て架橋を形成する。
【0028】
【化4】

【0029】
三重項励起状態の量子収率は、ベンゾフェノンにおいては非常に高く、三重項状態は水素の引き抜きにおいて非常に効率的である。UV架橋プロセスにおいては、炭素−炭素結合の鎖切断は起こらず、炭素ラジカルは炭素−水素結合の開裂のみによって生じることに留意されたい。それゆえ、γ線又は電子線による架橋プロセスとは異なり、UV架橋は分子量の低下にはつながらない。
【0030】
表面が光架橋された、既にバルク架橋されたUHMWPEの表面摩耗性能の向上により、UHMWPE寛骨臼蓋は摩耗する危険なく、ごく薄く(<3mm)設計することができる。現在のFDAの基準は、6.0mmの厚さのUHMWPEである。より薄い臼蓋を用いることで大腿部ヘッドのサイズが最大化される。大腿部ヘッドのサイズが大きければ大きいほど、脱臼の確率は有意に低下する(脱臼は、全股関節置換の修正(revision)の原因の一位である)。非常に薄いUHMWPEベアリングのもう一つの長所は、股関節の表面を再建する用途の場合、UHMWPE上のコバルト−クロムを許容できることである。現在の表面再建ベアリングは、通常、コバルト−クロム上のコバルト−クロムであり、金属アレルギーを起こす患者もいる金属イオンを放出するかもしれない。
【0031】
本発明のもう一つの長所は、膝の脛骨挿入物用途である。膝の修正の原因の一つは、脛骨インプラントが軟らかい骨床(bed)に位置してしまうことである。移植後時間が経つにつれ、脛骨の軟らかい骨はインプラントを低い位置に沈みこませ、大腿部と脛骨の間のギャップが広くなり、衝撃力が大きくなり、脛骨挿入物の摩耗を加速する。本発明により、脛骨挿入物を薄くすることが可能となる(例えば、通常の6mm基準に対して3mm)。脛骨挿入物が薄ければ薄いほど、骨の切断も少なくてすむ。大腿部側及び脛骨側の両方で、骨は硬さの勾配を有する。膝関節のベアリング部分に近いほど、骨も硬くなる。すなわち、切断する骨が薄いほど、膝インプラントは強い骨に接することとなる。
【0032】
通常、摩耗率(wear rate)は、10Mradのγ線を照射されたバルクUHMWPEで2.5mm/百万サイクルよりも大きい。
【0033】
ゆえに、γ線又は電子線で既に架橋された材料上に施された追加のUV表面光架橋は、予想外にも、現在の架橋されたUHMWPEよりも低い摩耗を生じる。最終的な耐摩耗性能は、高度に架橋されたUHMWPEからできた、表面がUV表面架橋されていないものに比べて有意に向上した。向上した光架橋表面により、代替ベアリング材料(例えば一般にPAEK、特にPEEK)の使用が可能となる。
【0034】
UVによる架橋は、非イオン型の架橋方法である。架橋プロセス中、UHMWPE中のC−H結合のみが開裂し、続いて架橋される。ゆえに、C−C結合開裂は生じず、架橋後の分子量の低下は不可能である。
【0035】
UVは表層のみを架橋し、耐摩耗性を向上するが、バルク材料全体は未処理(virgin)の状態のまま保たれるか、又は低度に架橋された状態に保たれる(例えばN2−Vacプロセス)。N2−Vacプロセスでは、1%未満の酸素(窒素)中、UHMWPEを3Mradで処理し、続くアニーリングは行わない。それゆえ、部品(component)全体が高い破壊靭性を有する(図4)。このことは、特に脛骨挿入物で長所であり、UV架橋された層の厚みは200ミクロン未満となり、これは、ベアリング表面下でのミーゼス応力(von Mises stress)の深さである1〜2mmに比べて非常に小さい。それゆえ、UV架橋されたベアリングでは、接合表面の摩耗は低く、疲労摩耗(点食と剥離)もより少ない。
【0036】
耐摩耗性ポリエチレン医療用インプラント(例えば整形外科用インプラント)の製造方法は、少なくとも部分的には超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)から医療用インプラントを形成することを含む。UHMWPEにγ線又は電子線を照射することによりフリーラジカルが生じる。続いて、生じたフリーラジカルは、空気への曝露の前に、熱を用いて架橋される。代替的に、米国特許出願公開第20100036491号(その開示は引用することにより本明細書中の一部をなす)で議論されるように、UHMWPEに抗酸化剤(ビタミンE、アントシアニン(arothocynanin))を添加しても良い。架橋されたポリエチレンのベアリング表面は、光重合開始剤で被覆される。被覆の乾燥後、被覆表面は紫外線(UV)放射により架橋される。好ましくは、光重合開始剤はベンゾフェノンである。ベンゾフェノンによる被覆は蒸着により行われる。代替的には、ベンゾフェノンでの被覆は、ベンゾフェノンのアセトン溶液中への浸漬により行われても良く、その際の濃度は、好ましくはアセトン1mlにつきベンゾフェノン1〜100mg、さらに好ましくはアセトン1mlにつき10mgである。UVでの光架橋の前に架橋されている場合には、γ線又は電子線の照射及び架橋は、特許文献6に説明されるように逐次的に行われる。この方法を用いた場合、各放射線量は3.0MRad以下である。該被覆プロセスは、光重合開始剤がUHMWPEに200ミクロンと1mmの間の深さまで浸透することができるようなものである。深さは光重合開始剤への浸漬(soak)時間に依存する。インプラントは、γ線架橋又は電子線架橋と、光架橋との間の冷却を許容される。光架橋は、好ましくは、約65℃、又は65℃と室温との間で起こることが好ましい。
【0037】
使用可能な光重合開始剤としては、2−メチルアントラキノン、2−エチルアントラキノン、2−クロロアントラキノン、p−クロラニル、ベンジルスルフィド、ベンジルスルホキシド、フェニルスルホキシド、4−アセチルビフェニル、アントロン、ヘキサクロロベンゼン、ベンゾフェノン、4,4’−ジメトキシベンゾフェノン(dimethoxybezophenone)、4−ニトロベンゾフェノン、2−クロロベンゾフェノン、4−クロロベンゾフェノン、及び4,4’−ジクロロベンゾフェノンが挙げられる。
【0038】
光架橋に用いられるUV光は、好ましくは300〜400nm、最も好ましくは350nmの波長を有する。光強度は最大100mW/cmであるが、好ましくは(prerably)50mW/cmであり得る。
【0039】
UVによる架橋は、酸素を含まない(oxygen-free)媒体中で行うことができる。酸素を含まない反応媒体としては、酸素を含まない水、不活性雰囲気が挙げられる。反応温度は最大でUHMWPEの溶融温度(約135℃)まで可能である。
【0040】
UVによる架橋方法は、ベアリング表面のみを選択的に架橋することができ、ベアリングでない表面はマスクされ、さらに表面架橋されない。このことは、耐摩耗性を最大化し、部品(例えば脛骨挿入物のポリエチレンポスト)の破損につながりかねない品質の低下を防ぐ。
【0041】
UVによる架橋は、γ線又は電子線によるものと比べて、安価な工程である。
【実施例】
【0042】
実施例1
市販のポリエチレン寛骨臼蓋(acetabular cup)(Stryker米国特許(特許文献2)に従いN2Vac処理)又は未処理のGUR1020UHMWPE(Stryker米国特許(特許文献6)により、3度逐次的に架橋される。Stryker orthopaedicsから入手)を用いた。350nmの波長を有する紫外光を光源として使用した。Aldrich製のベンゾフェノンを光重合開始剤として使用した。
【0043】
UV架橋プロセスは以下に説明したとおりである。既にバルク架橋された幾つかのUHMWPE寛骨臼蓋をベンゾフェノンのアセトン溶液に浸漬した。1分後、各臼蓋を溶液から取り出し、真空で1時間乾燥した。臼蓋は、無酸素水を生成するために不活性ガス(窒素)でパージしたガラス容器中の脱イオン水に浸漬した。ガラス容器を密封し、65℃の湯浴に入れた。次に、各臼蓋に最大2時間紫外光を照射した。光照射後(これにより光架橋(PXL)が生じた)、各臼蓋をアセトン及び水で洗浄した。このプロセス中、見た目に変化は観測されなかった。光架橋された(PXL)臼蓋を、耐摩耗性能に関して股関節部シミュレーターマシーンを用いて試験した。コバルト−クロム及びプラスチック球ヘッド(PEEK)はUV架橋された臼蓋の一つに対して用いた。未処理の臼蓋をコントロールとして用いた。摩耗試験は、ASTM標準方法に従い、社内で行われた。摩耗重量はASTM F2025を用いて得た。浸漬時間は、アセトン1ml当たり10mgのベンゾフェノンを含む溶液中1分間であった。UV放射は、50mW/cm、かつ波長は平均して350nmであった。
【0044】
図1は、逐次的に架橋された(CoCr/X3(登録商標))臼蓋、及び光架橋されたCoCr/X3(登録商標)−PXLの同様な臼蓋上のコバルト−クロムの大腿部ヘッドの摩耗(体積測定)(mg)を示す。CoCr/X3(登録商標)−PXLでは摩耗は観測されなかった。UHMWPEは、特許文献6に説明されるプロセスに従い、最初に3度架橋されていた。図2に示したように、光架橋された臼蓋につけたマシーンマークは250万サイクル後においても依然として目視可能であることもわかった。
【0045】
N2Vac処理された臼蓋上のPEEKヘッド、及びN2Vac処理済かつPXLの臼蓋上のPEEKヘッドの摩耗試験においても同様の結果が得られた(図3)。該臼蓋は直径28mmで、標準の股関節部シミュレーター中にPEEKヘッドを有する。PEEK/N2Vac−PXLにおいては100万サイクル後摩耗は観測されなかったが、光架橋されていないN2Vac臼蓋では、10mgを上回る摩耗(重量測定)を生じた。
【0046】
図4は、未処理の超高分子量ポリエチレンの、光架橋前後のアイゾッド衝撃エネルギーを示す。UV放射による光架橋後の破壊靱性(fracture toughness)の低下は観測されない。
【0047】
図5は、NVACで処理された(酸素が1%未満である雰囲気中、3Mradのγ線線量、かつ続くアニーリングは行わない)UHMWPEベアリング上のコバルト−クロム補綴大腿部ヘッドの摩耗(体積測定)により試験されたASTM F−648−04を示すグラフである。
【0048】
図6は、NVACで処理されたUHMWPEベアリング上のPEEK(ポリエーテルエーテルケトン)補綴大腿部ヘッドの摩耗(体積測定)を示すグラフである。
【0049】
図7は、未処理の抗酸化剤(アントシアニン)添加UHMWPEを、UV表面架橋した同様の抗酸化剤処理UHMWPEと比較して、共に350万サイクルでの摩耗(体積測定)を示すグラフであり、摩耗率をmm/百万サイクルで表す。
【0050】
ベンゾフェノンでUHMWPEを被覆する代替的な方法として、物理蒸着法(PVD)が利用される。光重合開始剤は、沸点以上に加熱することで揮発し、続いて、UHMWPEベアリング表面で凝縮し均一な薄膜を形成する。紫外光を光重合開始剤で被覆されたベアリング表面に照射し、表面を架橋する。ベアリング表面でない部分は、光重合開始剤で被覆されることを防ぐためにマスクされてもよい。CVD法もUHMWPEベアリング表面上に増感剤(光重合開始剤)を均一に被覆するために用いられてよい。代替的なベアリングの組み合わせとして、UVで架橋されたUHMWPE上のUVで架橋されたUHMWPEであることもできる。
【0051】
いかなる残存する光重合開始剤も、有利には、インプラントの製作前で光架橋後に、予備成形された(preformed)UHMWPEから除去されてよい。代替的には、製作後にインプラントが光架橋されるなら、残存する光重合開始剤は除去できる。
【0052】
本明細書中の発明を特定の実施形態を参照して説明してきたが、これらの実施形態は単に本発明の原理と用途を例示したに過ぎない。それゆえ、例示的な実施形態には数多くの変更を加えてもよく、添付の特許請求の範囲に記載される本発明の精神及び範囲を逸脱しない限り、他の変化を加えても構わないことが理解されよう。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも部分的に超高分子量ポリエチレンからなる医療用インプラントを形成するステップと、
フリーラジカルを形成するために前記ポリエチレンにγ線又は電子線を照射し、空気への曝露の前に形成されたフリーラジカルを架橋するステップと、
架橋されたポリエチレンのベアリング表面を光重合開始剤で被覆するステップと、
その後に紫外線照射により被覆表面を光架橋するステップと
を含む、耐摩耗性の超高分子量ポリエチレン医療用インプラントを製造する方法。
【請求項2】
前記光重合開始剤が、ベンゾフェノンである請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ベンゾフェノンでの被覆が、蒸着により行われる請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記ベンゾフェノンでの被覆が、ベンゾフェノンのアセトン溶液への浸漬により行われる請求項2に記載の方法。
【請求項5】
前記医療用インプラントが、整形外科用インプラントである請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記γ線又は電子線の照射、及び前記架橋が、少なくとも2つの逐次的な放射線量で行われる請求項1に記載の方法。
【請求項7】
各放射線量が、3.0MRad未満である請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記UV及び前記光重合開始剤が、約1mm未満の深さまで浸透する請求項1の方法。
【請求項9】
前記インプラントが、γ線又は電子線での架橋と前記光架橋の間に冷却される請求項1に記載の方法。
【請求項10】
予備成形された超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)インプラントにγ線又は電子線を照射し、続いて、該UHMWPE中に架橋を形成するために低酸素雰囲気下で加熱するステップと、
前記予備成形され架橋されたインプラントのベアリング表面を光重合開始剤で被覆するステップと、
前記架橋されたUHMWPEの光重合開始剤で被覆された表面を紫外(UV)線により光架橋するステップと
を含む、予備成形されたUHMWPE医療用インプラントを架橋する方法。
【請求項11】
前記光重合開始剤が、ベンゾフェノンである請求項10に記載の方法.
【請求項12】
前記ベンゾフェノンでの被覆が、蒸着により行われる請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記ベンゾフェノンでの被覆が、ベンゾフェノンのアセトン溶液への浸漬により行われる請求項11に記載の方法。
【請求項14】
前記医療用インプラントが、整形外科用インプラントである請求項10に記載の方法。
【請求項15】
前記医療用インプラントが、寛骨臼蓋又は脛骨挿入物である請求項14に記載の方法。
【請求項16】
前記γ線又は電子線の照射、及び前記架橋が、少なくとも2つの逐次的な放射線量で行われる請求項10に記載の方法。
【請求項17】
各放射線量が、3.0MRad未満である請求項16に記載の方法。
【請求項18】
前記UV及び前記光重合開始剤が、200mミクロン未満の深さまで浸透する請求項10に記載の方法。
【請求項19】
第1ポリマーベアリングと、
1mm未満の深さまで架橋されたベアリング表面を有する、前記第1ポリマーベアリング上の関節接合用の第2ポリマーベアリングと
を含む整形外科用関節。
【請求項20】
前記第1ポリマーベアリングが,ポリアリールエーテルケトン(PAEK)を含む請求項19に記載の整形外科用関節。
【請求項21】
前記PAEKが,ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)である請求項20に記載の整形外科用関節。
【請求項22】
前記第2ポリマーベアリングが、超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)である請求項20に記載の整形外科用関節。
【請求項23】
前記第2ポリマーベアリングが、架橋の前に、抗酸化剤を添加されている請求項22に記載の整形外科用関節。
【請求項24】
超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)に抗酸化剤を添加するステップと、
前記抗酸化剤を添加されたUHMWPEからなるインプラントのベアリング表面を光重合開始剤で被覆するステップと、
その後、紫外線(UV)照射により前記ベアリング表面を架橋するステップと
を含む、耐摩耗性のUHMWPE医療用インプラントを製造する方法。
【請求項25】
前記光重合開始剤が、前記抗酸化剤を添加されたUHMWPEの表面1mm未満まで浸透する請求項24に記載の方法。
【請求項26】
前記抗酸化剤を添加されたUHMWPEが、ベンゾフェノンとアセトンの混合物に浸漬される請求項25に記載の方法。
【請求項27】
前記ベンゾフェノンが、前記抗酸化剤を添加されたUHMWPEに200ミクロンと1mmの間の深さまで浸透される請求項26に記載の方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2012−5824(P2012−5824A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2011−103628(P2011−103628)
【出願日】平成23年5月6日(2011.5.6)
【出願人】(500239373)ハウメディカ・オステオニクス・コーポレイション (13)
【Fターム(参考)】