説明

複合めっき材およびその製造方法

【課題】めっき皮膜中の炭素粒子の含有量が多く、優れた耐摩耗性の複合めっき材を提供する。
【解決手段】酸化処理を行った後にシランカップリング処理を施した炭素粒子を有機溶媒中に分散させた電気泳動浴に、素材を浸漬して電気泳動を行うことにより、素材上に炭素粒子の堆積層を形成した後、この炭素粒子の堆積層を形成した素材を銀めっき液に浸漬して電気めっきを行うことにより、炭素粒子の堆積層を覆うように銀めっき層を形成する。このように銀めっき層を形成すると、炭素粒子間に銀が入り込んで、銀層中に炭素粒子を含む複合材からなる複合めっき皮膜が素材上に形成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複合めっき材およびその製造方法に関し、特に、スイッチやコネクタなどの接点や端子部品などの材料として使用される複合めっき材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、スイッチやコネクタなどの接点や端子部品などの材料として、摺動過程における加熱による銅や銅合金などの導体素材の酸化を防止するために、導体素材に銀めっきを施した銀めっき材が使用されている。
【0003】
しかし、銀めっきは、軟質で摩耗し易く、一般に摩擦係数が高いため、耐摩耗性が低いという問題がある。この問題を解消するため、銀マトリクス中に黒鉛粒子を分散させた複合材の皮膜を電気めっきにより導体素材上に形成して耐摩耗性を向上させる方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。また、炭素粒子の分散に適した湿潤剤が添加されためっき浴を使用することにより、炭素粒子を含む銀めっき皮膜を製造する方法が提案されている(例えば、特許文献2参照)。さらに、ゾル−ゲル法によって炭素粒子を金属酸化物などでコーティングして、銀と炭素粒子の複合めっき液中における炭素粒子の分散性を高め、めっき皮膜中に複合化する炭素粒子の量を増大する方法が提案されている(例えば、特許文献3参照)。
【0004】
【特許文献1】特開平9−7445号公報(段落番号0005−0007)
【特許文献2】特表平5−505853号公報(第1−2頁)
【特許文献3】特開平3−253598号公報(第2頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1〜3の方法により製造された複合めっき材であっても、耐摩耗性が比較的低いため、特許文献1〜3の方法により製造された複合めっき材よりもめっき皮膜中の炭素粒子の含有量が多く、優れた耐摩耗性の複合めっき材を提供することが望まれている。
【0006】
したがって、本発明は、このような従来の問題点を鑑み、めっき皮膜中の炭素粒子の含有量が多く、優れた耐摩耗性の複合めっき材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究した結果、溶媒中に炭素粒子を添加した電気泳動浴に素材を浸漬して電気泳動を行うことにより、素材上に炭素粒子の堆積層を形成した後、この炭素粒子の堆積層を形成した素材を銀めっき液に浸漬して銀めっきを施すことにより、めっき皮膜中の炭素粒子の含有量が多く、優れた耐摩耗性の複合めっき材を提供することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明による複合めっき材の製造方法は、溶媒中に炭素粒子を添加した電気泳動浴に素材を浸漬して電気泳動を行うことにより、素材上に炭素粒子の堆積層を形成した後、この炭素粒子の堆積層を形成した素材を銀めっき浴に浸漬して銀めっきを施すことを特徴とする。
【0009】
この複合めっき材の製造方法において、溶媒が有機溶媒であるのが好ましく、炭素粒子が、酸化処理を行った後にシランカップリング処理を施した炭素粒子であるのが好ましい。また、シランカップリング処理が、炭素粒子を有機溶媒中に分散させて懸濁させた後にシランカップリング剤を添加する処理であるのが好ましく、酸化処理が、炭素粒子を水中に懸濁させた後に酸化剤を添加する湿式酸化処理であるのが好ましい。さらに、銀めっき浴が、硝酸銀と硫酸アンモニウムを含むアンモニア浴、またはシアン銀カリウムとシアン化カリウムを含むシアン浴であるのが好ましい。
【0010】
また、本発明による複合めっき材は、銀層中に炭素粒子を含有する複合材から複合めっき皮膜が素材上に形成され、この複合めっき皮膜中の炭素粒子の含有量が3.0質量%以上であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、めっき皮膜中の炭素粒子の含有量が多く、優れた耐摩耗性の複合めっき材を製造することができる。この複合めっき材は、スイッチやコネクタなどの端子の高寿命化に十分に対応可能な材料として使用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明による複合めっき材の製造方法の実施形態では、酸化処理を行った後にシランカップリング処理を施した炭素粒子を有機溶媒中に分散させた電気泳動浴に、素材を浸漬して電気泳動を行うことにより、素材上に炭素粒子の堆積層を形成した後、この炭素粒子の堆積層を形成した素材を銀めっき液に浸漬して電気めっきを行うことにより、炭素粒子の堆積層を覆うように銀めっき層を形成する。このように銀めっき層を形成すると、炭素粒子間(炭素粒子の堆積層の空隙中)に銀が入り込んで、銀層中に炭素粒子を含む複合材からなる複合めっき皮膜が素材上に形成される。
【0013】
本発明による複合めっき材の製造方法の実施形態では、まず、酸化処理により炭素粒子の表面に吸着している親油性有機物を除去する。このような親油性有機物として、アルカンやアルケンなどの脂肪酸炭化水素や、アルキルベンゼンなどの芳香族炭化水素が含まれる。炭素粒子の酸化処理として、湿式酸化処理の他、Oガスなどによる乾式酸化処理を使用することができるが、量産性の観点から湿式酸化処理を使用するのが好ましく、湿式酸化処理によって表面積が大きい炭素粒子を均一に処理することができる。
【0014】
湿式酸化処理の方法としては、炭素粒子を水中に懸濁させた後に適量の酸化剤を添加する方法などを使用することができる。酸化剤としては、硝酸、過酸化水素、過マンガン酸カリウム、過硫酸カリウム、過塩素酸ナトリウムなどの酸化剤を使用することができる。炭素粒子に付着している親油性有機物は、添加された酸化剤により酸化されて水に溶けやすい形態になり、炭素粒子の表面から適宜除去されると考えられる。また、この湿式酸化処理を行った後、ろ過を行い、さらに炭素粒子を水洗することにより、炭素粒子の表面から親油性有機物を除去する効果をさらに高めることができる。
【0015】
上記の酸化処理により炭素粒子の表面から脂肪族炭化水素や芳香族炭化水素などの親油性有機物を除去することができ、300℃加熱ガスによる分析によれば、酸化処理後の炭素粒子を300℃で加熱して発生したガス中には、アルカンやアルケンなどの親油性脂肪族炭化水素や、アルキルベンゼンなどの親油性芳香族炭化水素が殆ど含まれてない。酸化処理後の炭素粒子中に脂肪族炭化水素や芳香族炭化水素が若干含まれていても、炭素粒子を銀めっき液に分散させることができるが、炭素粒子中に分子量160以上の炭化水素が含まれず且つ炭素粒子中の分子量160未満の炭化水素の300℃加熱発生ガス強度(パージ・アンド・トラップ・ガスクロマトグラフ質量分析強度)が5,000,000以下になるのが好ましい。
【0016】
次に、酸化処理を行った炭素粒子にシランカップリング処理を施す。このシランカップリング処理の方法として、酸化処理を行った炭素粒子を有機溶媒中に分散させて懸濁させ、この懸濁液に適量のシランカップリング剤を添加する方法を使用することができる。シランカップリング剤としては、有機官能基としてビニル基、エポキシ基、アミノ基、メルカプト基などを有し、加水分解基としてメトキシ基、エトキシ基、イソプロポキシ基などを有するシランカップリング剤を使用することができる。このようなシランカップリング処理を施すことにより、炭素粒子の表面電位が変化して、ゼータ電位の等電点をpH6〜10に変化させることができる。このシランカップリング処理後の炭素粒子は、pH6〜10の液中で正に帯電するため、負に帯電した素材に接近し易くなって、電気泳動の際の陰極との親和性が向上し、その結果、素材に堆積される炭素粒子の量を増大させることができると考えられる。
【0017】
次に、酸化処理およびシランカップリング処理を行った炭素粒子を有機溶媒に添加することによって、有機溶媒中に炭素粒子が懸濁して分散した電気泳動浴を作製し、この電気泳動浴を使用して電気泳動を行うことにより、素材上に炭素粒子の堆積層を形成する。この炭素粒子の堆積層は、素材に電気的に吸着されて強固に固定され、めっき液に浸漬しても素材から脱離しない。電気泳動浴に使用する有機溶媒は、アルコール類またはケトン類の有機溶媒であるのが好ましく、この有機溶媒に若干量の水を添加してもよい。また、有機溶媒に添加する炭素粒子の量は、1〜50g/Lであるのが好ましい。1g/L未満であると、炭素粒子の堆積層が薄くなって複合めっき皮膜中の炭素粒子の量が低下し、50g/Lを超えると、炭素粒子の堆積層が脆くなって素材上に維持することができなくなるからである。なお、素材とめっき膜との密着性を向上させるために、電気泳動によって素材上に炭素粒子の堆積層を形成する前に、素材上にAgストライクめっきなどの下地めっきを施してもよい。
【0018】
次に、炭素粒子の堆積層を形成した素材を銀めっき浴に浸漬して電気めっきを行うことにより、炭素粒子の堆積層を覆うように銀めっき層を形成する。このように銀めっき層を形成すると、炭素粒子間(炭素粒子の堆積層の空隙中)に銀が入り込んで、銀層中に炭素粒子が入り込んだ構造の複合めっき皮膜が素材上に形成される。銀めっき浴としては、硝酸銀と硫酸アンモニウムからなるアンモニア浴、またはシアン銀カリウムとシアン化カリウムからなるシアン浴を使用することができる。
【0019】
このようにして、銀層中に3.0質量%以上、好ましくは3.0〜4.0質量%の炭素粒子を含有する複合材からなる複合めっき皮膜が素材上に形成された複合めっき材を製造することができる。この複合めっき材の複合めっき皮膜の厚さは、2〜10μmであるのが好ましい。2μm未満では耐摩耗性が不十分であり、10μmを越えると生産効率が悪くなるからである。
【実施例】
【0020】
以下、本発明による複合めっき材およびその製造方法の実施例について詳細に説明する。
【0021】
炭素粒子として平均粒径3μmの鱗片状黒鉛粒子(エスイーシー社製のカーボンSGP−3)を用意し、この黒鉛粒子6質量%を3Lの純水中に添加し、この混合溶液を攪拌しながら50℃に昇温させた。次に、この混合溶液に酸化剤として0.1モル/Lの過硫酸カリウム水溶液1.2Lを徐々に滴下した後、2時間攪拌して酸化処理を行い、その後、ろ紙によりろ別を行い、水洗を行った。
【0022】
この酸化処理の前後の炭素粒子について、パージ・アンド・トラップ・ガスクロマトグラフ質量分析装置(日本分析工業JHS−100)(島津製作所製のGCMAS QP−5050A)を使用して、300℃加熱発生ガスの分析を行ったところ、上記の酸化処理により、炭素粒子に付着していたノナン、デカン、3−メチル−2−ヘプテンなどの親油性脂肪族炭化水素や、キシレンなどの親油性芳香族炭化水素が除去され、水分散性の良好な炭素粒子が得られているのがわかった。
【0023】
次に、上記の湿式酸化処理を行った炭素粒子10質量%をトルエン中に分散させて懸濁させ、この炭素粒子の懸濁液を120℃に加熱して攪拌しながら、シランカップリング剤として3−アミノプロピルトリメトキシシラン(トルエンの1体積%)を添加した後、6時間攪拌してシランカップリング処理を行った。その後、炭素粒子をトルエンで洗浄し、120℃で24時間乾燥させた。このように酸化処理およびシランカップリング処理を施した炭素粒子の表面電位について、ゼータ電位計(大塚電子製のELS−8000KW)を用いて測定したところ、等電点はpH10であった。
【0024】
また、めっき膜の密着性を向上させるために、素材としての厚さ0.3mmの銅板上に、下地めっきとしてAgストライクめっきとAgめっきを施した。Agストライクめっきは、硝酸銀0.03g/Lと硝酸アンモニウム0.8g/Lとピロリン酸ナトリウム0.4g/Lとからなる組成のAgストライクめっき浴中において、液温25℃、電流密度5A/dmで行った。Agめっきは、硝酸銀40g/Lと硝酸アンモニウム120g/Lとピロリン酸ナトリウム20g/Lとからなる組成のAgめっき浴中において、液温25℃、電流密度1.5A/dmで行い、厚さ1μmのAgめっき皮膜を形成した。
【0025】
次に、アセトン80質量%と純水20質量%からなる溶媒中に、上述した酸化処理およびシランカップリング処理を施した炭素粒子10g/Lを添加して電気泳動浴とし、この電気泳動浴に上述した下地めっきを施した素材を浸漬し、定電圧20Vを印加して電気泳動を行うことにより、素材上に厚さ5μmの炭素粒子の堆積層を形成した。
【0026】
次に、炭素粒子の堆積層を形成した素材にAgめっきを施した。このAgめっきは、硝酸銀40g/Lと硝酸アンモニウム120g/Lとピロリン酸ナトリウム20g/Lとからなる組成のAgめっき浴中において、液温25℃、電流密度1.5A/dmで行い、厚さ5μmのAgめっき皮膜を形成した。
【0027】
このようにして、素材としての厚さ0.3mmの銅板上に、下地めっきとしてのAgストライクめっきとAgめっきを介して、厚さ5μmの炭素粒子の堆積層を形成し、この炭素粒子の堆積層を覆うように厚さ5μmのAgめっき皮膜を形成することにより、複合めっき材を作製した。
【0028】
得られた複合めっき材(素材を含む)から切り出した試験片を銀および炭素の分析用にそれぞれ用意し、試験片中の銀の含有量(X質量%)をICP装置(ジャーレル・アッシュ社製のIRIS/AR)を用いてプラズマ分光分析法によって求めるとともに、試験片中の炭素の含有量(Y質量%)を微量炭素・硫黄分析装置(堀場製作所製のEMIA−U510)を用いて燃焼赤外線吸収法によって求め、めっき皮膜中の炭素の含有量をY/(X+Y)として算出したところ、めっき皮膜中の炭素の含有量は4.0質量%であった。
【0029】
また、得られた複合めっき材から切り出した2つの試験片の一方をインデント加工(R3mm)して圧子とするとともに、他方を評価試料とし、圧子を一定の荷重(0.5N)で評価試料に押し当てながら、素材が露出するまで往復摺動動作(摺動距離10mm、摺動速度2.5Hz)を継続して、複合めっき材の摩耗状態を確認することにより、耐摩耗性の評価を行った。その結果、100万回以上の往復摺動動作後でも素材が露出することはなかった。
【0030】
また、比較例として、電気泳動を行わないで、実施例と同様の酸化処理およびシランカップリング処理を施した炭素粒子を銀めっき液に添加して銀めっきを行った以外は、実施例と同様の方法により複合めっき材を作製し、実施例と同様の方法により、めっき皮膜中の炭素の含有量を算出し、耐摩耗性の評価を行った。その結果、めっき皮膜中の炭素の含有量は1.9質量%であり、48万回の往復摺動動作後に素材が露出した。
【0031】
実施例および比較例で得られた複合めっき材から切り出した試験片の断面を収束イオンビーム(FIB)で加工した後、走査電子顕微鏡(SEM)により撮影した断面のSEM写真(倍率5000倍)をそれぞれ図1および図2に示す。図2に示すように、比較例では、表面近傍部と比べて素材近傍部で炭素粒子の量が減少し、膜厚方向の炭素粒子の分布が不均一であるのに対し、図1に示すように、実施例では、素材近傍部でも炭素粒子の量が減少せず、炭素粒子が膜厚方向に均一に分散していることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】実施例で作製した複合めっき材から切り出した試験片の断面のSEM写真である。
【図2】比較例で作製した複合めっき材から切り出した試験片の断面のSEM写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶媒中に炭素粒子を添加した電気泳動浴に素材を浸漬して電気泳動を行うことにより、素材上に炭素粒子の堆積層を形成した後、この炭素粒子の堆積層を形成した素材を銀めっき浴に浸漬して銀めっきを施すことを特徴とする、複合めっき材の製造方法。
【請求項2】
前記溶媒が有機溶媒であることを特徴とする、請求項1に記載の複合めっき材の製造方法。
【請求項3】
前記炭素粒子が、酸化処理を行った後にシランカップリング処理を施した炭素粒子であることを特徴とする、請求項1または2に記載の複合めっき材の製造方法。
【請求項4】
前記シランカップリング処理が、炭素粒子を有機溶媒中に分散させて懸濁させた後にシランカップリング剤を添加する処理であることを特徴とする、請求項3に記載の複合めっき材の製造方法。
【請求項5】
前記酸化処理が、炭素粒子を水中に懸濁させた後に酸化剤を添加する湿式酸化処理であることを特徴とする、請求項3または4に記載の複合めっき材の製造方法。
【請求項6】
前記銀めっき浴が、硝酸銀と硫酸アンモニウムを含むアンモニア浴、またはシアン銀カリウムとシアン化カリウムを含むシアン浴であることを特徴とする、請求項3乃至5のいずれかに記載の複合めっき材の製造方法。
【請求項7】
銀層中に炭素粒子を含有する複合材から複合めっき皮膜が素材上に形成され、この複合めっき皮膜中の炭素粒子の含有量が3.0質量%以上であることを特徴とする、複合めっき材。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−88491(P2008−88491A)
【公開日】平成20年4月17日(2008.4.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−269105(P2006−269105)
【出願日】平成18年9月29日(2006.9.29)
【出願人】(504159235)国立大学法人 熊本大学 (314)
【出願人】(000224798)DOWAホールディングス株式会社 (550)
【Fターム(参考)】