説明

複合金属酸化物触媒の製造方法及び触媒

【課題】モリブデン、バナジウム及び酸素でのみ構成される不飽和アルデヒドから不飽和酸を製造するのに好適な複合金属酸化物触媒を提供する。
【解決手段】モリブデンを有する化合物及びバナジウムを有する化合物を水と混合して、得られたスラリー液を加圧下で熱処理(水熱合成)して固形分を得て、該固形分を焼成する複合金属酸化物触媒の製造方法であって、前記水熱合成後の固形分または焼成後の固形分を水溶性ジカルボン酸の水溶液で処理することを特徴とする複合金属酸化物触媒の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複合金属酸化物触媒、更に詳しくは気相接触酸化反応により不飽和アルデヒドから、不飽和酸を製造するのに適した複合金属酸化物触媒の製造方法及び該方法により得られる複合金属酸化物触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
アクリル酸及びメタクリル酸等の不飽和含酸素化合物の製造は一般に2段酸化反応で行われている。即ち、アクリル酸またはメタクリル酸の製法を例に採ると、まず1段目反応ではBi−Mo系複合酸化物触媒を使用して原料ガスであるプロピレンまたはイソブチレンからアクロレインまたはメタクロレインを製造し、引き続き2段目反応ではMo−V系複合酸化物触媒を使用してアクリル酸またはメタクリル酸をそれぞれ製造している。
【0003】
これらの反応に使用する複合金属酸化物触媒としては、例えばアクロレインを気相接触酸化してアクリル酸を製造するための触媒として、特許文献1には酸化モリブデンと酸化バナジウムとの重量比が2:1〜8:1の組成であり、且つシリカを担体とする触媒が記載され、該触媒を用いることで、アクロレイン転化率92%、アクリル酸収率82%(反応温度300℃)の成績を得ている。
【0004】
特許文献2にはアンチモン、モリブデン、バナジウム、タングステンを必須成分とし、銅等を微量成分として含む触媒が記載され、該触媒を用いることでアクロレイン転化率99%、アクリル酸収率91%(反応温度272℃)の成績を得ている。
【0005】
特許文献3にはモリブデン、バナジウム、銅、アンチモンを必須成分とし、X線回折(Cu−Kα線を使用)の2θ値において22.2±0.3°のピーク強度が最大である触媒が記載され、該触媒を用いることで、アクロレイン転化率99.1%、アクリル酸収率97.6%(反応温度250℃)の成績が得られている。
【0006】
また、最近では、プロパンから不飽和アルデヒドを経ることなくアクリル酸またはアクリロニトリルに直接酸化することができる比較的結晶性の高い触媒が知られ、この触媒をアクロレイン酸化反応に用いた例が示されている。例えば、特許文献4にはモリブデン、バナジウム、アンチモン、及びニオブ又はタンタルを必須成分とし、X線回折(Cu−Kα線を使用)の2θ値で4つの特定のピーク(2θ=22.1°、22.3°、28.2°、36.2°)を有する結晶性の高い触媒を用いることで、アクロレイン転化率99.2%、アクリル酸収率98.6%(反応温度270℃)の反応成績が得られている。
【0007】
また、特許文献5にはモリブデン、バナジウム、テルル、及びニオブ又はタンタルを必須成分とし、且つ少なくとも2つの結晶相を有する触媒を用いることで、アクロレイン転化率99.1%、アクリル酸収率89.4%(反応温度220℃)の反応成績が得られている。
【0008】
更に特許文献6ではモリブデンを有する化合物及びバナジウムを有する化合物を水と混合し、得られたスラリー液を加圧下で熱処理(水熱合成)して得られた固形分を焼成することで、アクロレイン転化率98.7%、アクリル酸収率92.5%(反応温度240℃)の反応成績を持つ触媒が得られている。
【0009】
【特許文献1】特公昭41−001775号公報
【特許文献2】特開昭47−008360号公報
【特許文献3】特開平8−299797号公報
【特許文献4】特開平11−343262号公報
【特許文献5】特開2001−137709号公報
【特許文献6】特開2004−275868号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1では触媒構成元素が少なく調合操作が簡易だが、反応成績は満足できるものではない。特許文献2、3に記載の触媒は高収率であるが、触媒構成元素が多く調合工程が煩雑で作業性に劣る。また、特許文献4、5では特定の構造を有する触媒を用いて良好な反応成績を得ているが、必須元素にNb等の比較的高価な原料を使用しているため経済性に劣る。特許文献6は触媒構成元素が少なく、且つ良好な反応成績を得られているが、更なる触媒性能向上が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者等は、不飽和アルデヒドから不飽和酸を製造するために使用できる触媒について種々検討した結果、モリブデン、バナジウム及び酸素の3元素のみからなる複合金属酸化物を特定の製法で製造することにより、得られる触媒の活性が高くなることを見出し本発明を完成させた。
【0012】
すなわち、本発明は
(1)モリブデンを有する化合物及びバナジウムを有する化合物を水と混合して、得られたスラリー液を加圧下に熱処理(水熱合成)して固形分を得て、該固形分を焼成することを複合金属酸化物触媒の製造方法であって、前記固形分または焼成後の固形分を水溶性ジカルボン酸の水溶液で処理することを特徴とする複合金属酸化物触媒の製造方法、
(2)水溶性ジカルボン酸が蓚酸である上記(1)記載の製造方法。
(3)水熱合成の温度が110〜400℃、圧力が合成温度における飽和蒸気圧である上記(1)または(2)記載の製造方法、
(4)バナジウム/モリブデン比(原子比)が0.1〜0.5である上記(1)〜(3)のいずれか1項に記載の製造方法、
(5)上記(1)〜(4)記載のいずれか1項に記載の製造方法により得られる複合金属酸化物触媒、
(6)式(1)
Mo(1)
(式中、Mo及びVはそれぞれモリブデン、バナジウムを示し、a及びbは各元素の成分量をそれぞれ示し、a=1.0のときb=0.1〜0.5である。cは他の元素の酸化状態により変化する数である。)で表される上記(5)記載の触媒、
(7)不飽和アルデヒドを気相接触酸化して不飽和酸を得るための上記(5)または(6)記載の触媒
に関する。
【発明の効果】
【0013】
本発明の製造方法によればモリブデンとバナジウム及び酸素のみで構成され、例えば不飽和アルデヒドから気相接触酸化反応による不飽和酸を製造するのに好適に使用できる複合金属酸化物触媒が容易に得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明の製造方法は、モリブデンまたはバナジウムを有する各化合物を水と混合しスラリー液とした後、これを水熱合成し、得られた固形分を焼成するものであるが、本発明では該焼成の前、または焼成後に水溶性ジカルボン酸の水溶液で処理する。
本発明の製造方法における出発原料化合物としては特に制限はなく、例えばモリブデンを有する化合物としてはモリブデン酸アンモニウム、三酸化モリブデン、モリブデン酸、モリブデン酸ナトリウム等が、また、バナジウムを有する化合物としては酸化バナジウム、バナジン酸アンモニウム、オキソ硫酸バナジル等が挙げられる。モリブデンを有する化合物とバナジウムを有する化合物の組成比は、得られる結晶に活性構造(斜方晶層)ができる限り特に制限はないが、バナジウム原子/モリブデン原子=0.1〜0.5の範囲になる比で使用するのが好ましい。スラリー液を得る際の水の使用量は、これら原料化合物を溶解できるか、溶解できなくても均一なスラリー状にできる程度であれば特に制限はない。
【0015】
水熱合成は、例えばスラリー液をオートクレーブに仕込んで行う。
反応は、空気中で行うこともできるが、反応開始前にオートクレーブ内を空気の代わりに一部あるいは全量を窒素、ヘリウム等の不活性ガスで置換して行うのが好ましい。水熱合成の反応温度は通常110〜400℃、反応時間は通常1〜100時間である。オートクレーブ内圧力は飽和蒸気圧であり、水熱合成中攪拌を行っても良い。水熱合成終了後の反応液は冷却した後、固形分をろ過、水洗、乾燥する。
【0016】
次に水溶性ジカルボン酸の水溶液で処理を行う。水溶性ジカルボン酸の水溶液での処理は、前記で得られた固形分を水溶性ジカルボン酸の水溶液と接触させて行う。具体的には、固形分を水溶性ジカルボン酸の水溶液と混合し、次いで固形物をろ過、水洗、乾燥する。水溶性ジカルボン酸の水溶液の濃度は0.1〜1.0Mが好ましい。水溶性ジカルボン酸の水溶液は、前記好ましい濃度範囲の水溶液で固形分1gに対して通常10〜50mlの範囲で使用する。混合工程は、通常10〜100℃で、5〜500分かけて行う。なお、この水溶性ジカルボン酸の水溶液処理操作は、水熱合成後の固形分に対して行う代わりに、この後に行う焼成処理後の固形分に対して行っても良い。水溶性ジカルボン酸の水溶液での処理を施すと、固形分のうちアモルファスを構成していると考えられる成分が除去されると考えられる。
【0017】
水溶性ジカルボン酸としては、蓚酸、マロン酸、酒石酸、グルタル酸、アジピン酸、ピメリン酸、マレイン酸、フマル酸、フタル酸等が挙げられ、蓚酸が好ましい。なお、これら水溶性ジカルボン酸は、その水和物を使用しても本発明では何ら差し障りはない。
【0018】
水溶性ジカルボン酸の水溶液で処理した固形分(場合によっては処理しない固形分)は、このままでも触媒として使用可能だが、本発明においては、生成物に対し焼成処理を行う。焼成処理は窒素、ヘリウム等不活性ガス中で300℃以上、好ましくは350〜700℃で0.5〜10時間かけて行う。焼成工程は、触媒の比表面積値に関与するので、触媒の活性制御も焼成温度を適宜決定することで可能である。
【0019】
このようにして得られた複合金属酸化物は、そのまま本発明の触媒とすることができるが粉砕して使用することが好ましい。本発明の触媒は固定床、流動床、移動床等のいずれの反応様式にも適用できるが、固定床の場合、好ましくはシリカ、アルミナ、シリコンカーバイド等の球状担体に粉末状の複合金属酸化物を担持成型した被覆触媒または粉末状の複合金属酸化物を打錠成型等の成型機で成型した触媒が有利となる。また、流動床、移動床反応器には、耐摩耗性を向上させるためにさらにシリカ成分等を添加して調製した数十ミクロン程度の均一な触媒の使用が有利となる。
【0020】
本発明の触媒は、一般式(1)
Mo(1)
(式中、Mo及びVはそれぞれモリブデン、バナジウムを示し、a及びbはそれぞれ各元素の成分量を示し、a=1.0に対し、b=0.1〜0.5である。cは他の元素の酸化状態により変化する数である。)であり、通常、X線回折(Cu−Kα線を使用)の2θ値に6.6°、7.8°、9.0°、22.2°、28.2°、45.2°(各±0.3°)に主な回折ピークを示す複合金属酸化物である。
【0021】
本発明の触媒は、プロパン等のアルカンから対応する不飽和酸を製造するのに使用することができるが、アクロレイン又はメタアクロレイン等の不飽和アルデヒドから気相接触酸化によるアクリル酸又はメタクリル酸等の不飽和酸の製造に好ましく使用できる。
上記、不飽和アルデヒドから不飽和酸を製造する気相接触酸化反応における原料ガス組成比は特に限定されないが、不飽和アルデヒド:酸素:水蒸気:希釈ガス=1:0.1〜10:0〜30:0〜60(容積比)で実施するのが好ましい。ここで、希釈ガスとしては、窒素、炭酸ガス等が好ましい。
気相接触酸化反応は加圧下または減圧下で実施しても良いが、一般的には大気圧付近の圧力で実施するのが好ましい。反応温度は通常180〜400℃、好ましくは180〜350℃で実施される。
原料ガスの供給量は空間速度(SV)にして通常100〜100000hr-1、好ましくは400〜30000hr-1である。
【実施例】
【0022】
以下に実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明は、その趣旨を越えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
なお、以下の実施例におけるアクロレイン転化率、アクリル酸選択率はそれぞれ次の通り定義される。
アクロレイン転化率(モル%)=100×(供給したアクロレインのモル数−未反応アクロレインのモル数)/(供給したアクロレインのモル数)
アクリル酸収率(モル%)=100×(生成したアクリル酸のモル数)/(供給したアクロレインのモル数)
【0023】
実施例1
蒸留水75mlにモリブデン酸アンモニウム9.44gを室温で溶解した。また、別の容器で蒸留水75mlにオキソ硫酸バナジル3.31gを溶解し、その水溶液を先ほどのモリブデン水溶液に添加して充分に攪拌するとスラリー状に変化した。このスラリー液を残渣がないように蒸留水でビーカーを洗浄しながらオートクレーブ(内容量300ml)へ移し、175℃で24時間水熱合成を行った。得られた生成物は、ろ過・水洗を行い、40℃で一昼夜乾燥した。乾燥した固形物2gを0.4Mの蓚酸水溶液50mlに加え60℃で30分間攪拌処理を行った。処理後の固形物をろ過・水洗し、80℃で一昼夜乾燥後、窒素流通下に500℃で2時間かけて焼成を行い、仕込み比でMo1.00.25(酸素は除く、以下同様。)である組成の本発明の触媒を得た。また、X線回折(Cu−Kα線を使用)測定結果を図1に示す。2θ値で6.6°、7.8°、9.0°、22.2°、28.2°、45.2°のピークを確認した。
(触媒評価試験)
調製した触媒は充分に粉砕し、これに触媒粉末に対して炭化ケイ素粉末が10重量%になるように添加した後、加圧成型・粉砕により平均粒径0.56〜1.40mmの触媒顆粒とし触媒評価試験に使用した。触媒評価試験は固定床流通式反応装置を使用し、内径6mmのパイレックス(登録商標)管に上記の触媒顆粒0.5gを充填し、アクロレイン/酸素/水蒸気/窒素=5.0/7.9/27.8/70.4(ml/min)からなる原料混合ガスを流しながら、反応温度240℃で反応試験を行った。反応生成物はガスクロマトグラフィーで分析した。触媒評価試験結果は表1に記載した。
【0024】
比較例1(特許文献6記載の触媒の調製)
実施例1において蓚酸水溶液処理を行わなかった以外は、実施例1と同様にして比較用の触媒を得た。
得られた触媒のX線回折(Cu−Kα線を使用)測定結果を図2に示す。2θ値で6.6°、7.8°、9.0°、22.2°、28.2°、45.2°のピークを確認した。
得られた触媒の触媒評価試験は実施例1と同様に行い、試験結果を表1に記載した。
【0025】
実施例2
実施例1において、焼成温度を400℃にした以外は、実施例1と同様にして本発明の触媒を得た。
得られた触媒のX線回折(Cu−Kα線を使用)測定結果を図3に示す。2θ値で6.6°、7.8°、9.0°、22.2°、28.2°、45.2°のピークを確認した。
得られた触媒の触媒評価試験は実施例1と同様に行い、試験結果を表1に記載した。
【0026】
表1
実施例 反応温度 アクロレイン アクリル酸
(℃) 転化率(%) 収率(%)
実施例1 200 99.3 92.8
比較例1 240 98.7 92.5
実施例2 200 99.5 93.3
【0027】
本発明の触媒は、公知の触媒に比べ、低い反応温度で高いアクロレイン転化率とアクリル酸収率を示した。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】実施例1で得られた触媒のX線回折パターン。横軸は回折角(2θ;°)、縦軸は強度(cps)をそれぞれ表す。以下、図2〜3において同じ。
【図2】比較例1で得られた触媒のX線回折パターン
【図3】実施例2で得られた触媒のX線回折パターン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
モリブデンを有する化合物及びバナジウムを有する化合物を水と混合して、得られたスラリー液を加圧下で熱処理(水熱合成)して固形分を得て、該固形分を焼成する複合金属酸化物触媒の製造方法であって、前記水熱合成後の固形分または焼成後の固形分を水溶性ジカルボン酸の水溶液で処理することを特徴とする複合金属酸化物触媒の製造方法。
【請求項2】
水溶性ジカルボン酸が蓚酸である請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
水熱合成の温度が110〜400℃、圧力が該温度における飽和蒸気圧である請求項1または2記載の製造方法。
【請求項4】
バナジウム/モリブデン比(原子比)が0.1〜0.5である請求項1〜3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4記載のいずれか1項に記載の製造方法により得られる複合金属酸化物触媒。
【請求項6】
式(1)
Mo(1)
(式中、Mo及びVはそれぞれモリブデン、バナジウムを示し、a及びbは各元素の成分量をそれぞれ示し、a=1.0に対してb=0.1〜0.5である。cは他の元素の酸化状態により変化する数である。)で表される請求項5記載の触媒。
【請求項7】
不飽和アルデヒドを気相接触酸化して不飽和酸を得るための請求項5または6記載の触媒。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−130373(P2006−130373A)
【公開日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−319303(P2004−319303)
【出願日】平成16年11月2日(2004.11.2)
【出願人】(000004086)日本化薬株式会社 (921)
【Fターム(参考)】