説明

試料の応力または歪みを測定する方法

【課題】 紫外レーザ光を用いた近接場光利用紫外共鳴ラマン分光装置を用いてSiや多結晶Si 、GaN、ZnOなどの最先端材料とこれらを用いたデバイスの応力(歪み)分布をナノメータスケールの空間分解能や深さ分解能で検出する方法を提供すること。
【解決手段】以下の工程を含むことを特徴とする試料の応力または歪みを検出する方法。1)近接場プローブを有する顕微ラマン分光装置において、試料に対し電磁波を照射して、当該試料から発生した近接場共鳴ラマン散乱光を検出する工程。2)検出された近接場共鳴ラマン散乱光の波数シフト量から試料の応力又は歪みを算出する工程。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】

本発明は、測定手法に関するものであり、特に試料に紫外レーザ光を照射して試料から発生した共鳴ラマン散乱光を検出することにより、バンドギャップ(光学ギャップ)を有する最先端材料、例えばバンドギャップが約3.4eVの最先端材料、例えば、Siや多結晶Si 、GaN、ZnOなどの最先端材料、ダイヤモンド等のワイドギャップ半導体やSiCなどの最先端材料、およびこれらを用いた電子デバイス材料についての応力または歪みとをナノメータスケールの空間分解能や深さ分解能の手段で分析する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】

半導体の開発および製造工程において、半導体ウェハなどの基板の応力や歪みを測定することが重要視されている。そして、従来からシリコンなどの半導体材料の応力測定に関してはラマン分光技術が知られている。このラマン分光技術を用いた応力測定は、応力が作用した場合ラマンスペクトルがシフトすることを利用し、ラマンスペクトルのピーク位置の変化から測定点における応力を推定するものである(特許文献1,2)。
【0003】
通常のラマン分光法は光学顕微鏡を使用しているためにミクロンレベルの観察しかできず、しかも光の回折限界による制約のために分析上の空間分解能も0.5μm程度に限定されている。紫外レーザ光励起ラマン分光法を用いてもレンズ系の収差の問題から、0.5μm以下の空間分解能で測定することは実質的には困難である。可視領域に限って近接場ラマン分光装置の開発も進んでいるが、もちろん、ナノメータレベルの観察は不可能であり、現状では感度・空間分解能の点からは実用レベルには至っていない。現状の近接場ラマン分光装置の問題点は、信号強度が従来の光学顕微鏡を用いた顕微ラマン分光装置よりも3桁以上弱いことに起因している。
【特許文献1】特開2005−233928号公報
【特許文献2】特開2005−233732号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】

本発明は、紫外共鳴ラマン効果を利用した近接場光利用紫外共鳴ラマン分光装置を用いてナノメータスケールの空間分解能や深さ分解能で次世代半導体、ナノテク材料やナノテク関連デバイスの微小部の応力または歪み(以下併せて応力(歪み)と表現する。)を評価できるようにすることを課題とする。ナノメーターレベルでの分析が可能になれば、ナノデバイスの歩留まり向上や生産に分析結果をフィードバックできるため、ナノデバイスの歩留まり向上や生産性の向上、ナノテク材料の開発に多大の貢献ができ、ナノ材料等の研究開発スピードも一段と加速される。
【課題を解決するための手段】
【0005】

課題を解決するために本発明は以下の構成からなる。
(1)以下の工程を含むことを特徴とする試料の応力または歪みを検出する方法、
1)照射および集光部分に近接場プローブを有する顕微ラマン分光装置において、試料に対し電磁波を照射して、当該試料から発生した近接場共鳴ラマン散乱光を検出する工程、
2)検出された近接場共鳴ラマン散乱光の波数シフト量から試料の応力又は歪みを算出する工程、
(2)試料のバンドギャップが3.3eV〜3.5eVであって、照射する電磁波のエネルギーが試料のバンドギャップに近いものである前記の試料の応力または歪みを測定する方法、
(3)試料がワイドギャップ半導体またはSiCである(1)記載の試料の応力または歪みを測定する方法、
(4)第2の工程が下記数式(1)〜(2)のいずれかの式又はそれを変形した数式を用いることを特徴とする前記いずれかに記載の試料の応力または歪みを測定する方法、
σ=C1×Δν (1)
ε=C2×σ (2)
(ここで、σは試料の応力、Δνはピーク波数のシフト、εは歪み、C1とC2は定数である。)
(5) 開口径が250nm以下の近接場プローブを用い、また顕微ラマン分光装置の空間分解能が250nm以下または深さ分解能が5nm以下である前記いずれかの方法、(6)顕微ラマン分光装置が有する近接場プローブの表面に、0.1nm〜100nmの厚みの金属薄膜が存在している前記いずれかの方法、
(7)金属薄膜の主たる構成金属元素が銀、アルミニウムまたは金であることを特徴とする前記方法、
(8)顕微ラマン分光装置が有する近接場プローブによって集光した光を分光する分光器が、回折格子型分光器、プリズム型分光器、誘電体多層膜光学フィルター利用光学フィルター分光器およびダイクロイックミラー型分光器よりなる群から選ばれたものである前記いずれかの方法、
(9)測定される試料がSi 、GaNおよびZnOから選ばれる材料またはそれを含む材料であることを特徴とする前記いずれかの方法。
【発明の効果】
【0006】

本発明を用いれば、光の回折限界を超えた空間分解能で、しかもシリコン系、GaN系およびZnO系半導体等の半導体デバイスの微小部の応力や歪みを、試料を破壊することなく、かつ高感度で算出できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】

まず本発明の第1の工程に用いることができる顕微ラマン分光装置について説明する。
【0008】

当該装置は試料に電磁波を照射する光源を有する。光源はとしては、共鳴ラマン効果による散乱光の波数シフトを観測しうる波長を発するものであれば任意である。好ましくはレーザ光の波長が、試料のバンドギャップ(光学ギャップ)に近い3.3〜3.5eV、さらには約3.4eVを有するエネルギーに近いのもが好ましく使用される。バンドギャップと照射電磁波のエネルギーが極めて近ければ、非共鳴状態のラマン散乱光の強度と比べて最大で2桁以上の共鳴散乱光の増大が期待できる。もちろんバンドギャップと照射電磁波のエネルギーが離れていても、本発明の方法によってラマン散乱光を検出できれば本発明の目的を達成することができる。
【0009】
また当該装置はラマン散乱光を集光するための集光部を有する。集光部はガラスファイバーや金属製の近接場プローブを利用する走査型プローブ顕微鏡で十分である。その制御方式にも特に制約はなく、光てこ方式やシアフォース、チューニングフォーク、非接触フィードバック方式等の任意の方式が用いられる。
【0010】
また当該装置は近接場プローブを有していることが特徴である。近接場ブローブを使用することにより光の回折限界を超えた空間分解能が得られ、近接場ラマン散乱光の波数を容易に検出することができる。近接場プローブの形態としては内部が空洞化した金属ファイバーまたは走査型プローブ顕微鏡に用いられているカンチレバーなどの金属性プローブが望ましい。金属内部を空洞化することや空洞のカンチレーバーを用いることで、従来のラマン分光法で使用されていた光路となる材料から発生する強い蛍光やラマン散乱光を抑制し、バックグランドの低減が図れるばかりでなく、プローブの開口径が大きく取れ、試料からのラマン散乱光の集光効率が高くなる。
【0011】
本発明で使用する近接場プローブには、ブローブ材料の少なくとも表面が金属または金属化合物であることが好ましい。かような表面を有することで、試料とプローブの間で表面増強ラマン(Surface Enhanced Raman Scattering, SERS)効果が生じるため、信号強度が飛躍する。当該金属または金属化合物の材質は、銀、アルミニウムおよび金よりなる群から選ばれる一つの材料を主たる構成材料とすることが好ましい。銀、アルミニウムおよび金は金属材料のなかでも表面増強ラマン効果が大きく、信号強度の増大が著しいからである。それにより最大で2桁程度の信号強度の増大が期待できる。ブローブ材料が非金属である場合、材料の表面に金属または金属化合物の薄膜を設けることもできる。かような場合0.1nm〜100nmの厚みが好ましい。
【0012】
本発明の近接場光利用紫外共鳴ラマン分光装置は、空間分解能を向上させるため、近接場プローブを通して試料に入射光を照射し、試料から放出されるラマン散乱光を同じプローブで集光する形式のイルミネーション―コレクションモードで検出することが好ましい。
【0013】
本発明で使用できる近接場光利用紫外共鳴ラマン分光装置には、近接場プローブで集光した光を分光するために、分光器を設けている。分光器としては、回折格子型分光器、プリズム型分光器、誘電体多層膜利用光学フィルター型分光器、ダイクロイックミラー型分光器よりなる群から選ばれる少なくとも一つのものが好ましい。さらに本装置には検出器を有し、検出器としては高分解能のCharge Coupled Device(チャージカップルドデバイス)(CCD)検出器が望ましい。分光装置を設けることで、強度像だけではなく、スペクトルを測定することができるようになり、応力(歪み)分布や結晶性分布などの試料のより詳細な情報を得ることが可能となる。
【0014】
本発明で使用できる近接場光利用紫外共鳴ラマン分光装置を用いて測定しうる測定項目は、試料から発生した光から得られる情報であれば特に限定されないが、好ましくは、ラマンスペクトル分布測定から得られるラマン強度分布、ピークシフト分布、半値幅分布、結晶性分布や(1)、(2)式から計算される応力・歪み分布、結晶性分布、キャリア濃度分布像の少なくとも一つである。特に本発明ではピークシフト分布を測定し、そのピークから波数シフト量を算出する。
【0015】
上記の方法で得られた近接場共鳴ラマン散乱光の波数シフトからは以下の式によって、応力および歪みを算出することができる。
【0016】
σ(Pa)=C1×Δν(cm-1) (1)
ε(%)=C2×σ(Pa) (2)
ここで、σは試料の応力であり、単位は例えばPaで表現される。Δνはピーク波数のシフトであり、単位は例えばcm-1で表現される。εは歪みであり、無単位であり、例えば%で表現される。C1とC2は定数であり、理論的にはその物質の弾性コンプライアンス定数や変形ポテンシャル係数などによる関数で定まる値であるが、別途蓄積したデータに基づいてC1又はC2を定めてもよい。
【0017】
本発明の方法で分析可能な試料はバンドギャップ(光学ギャップ)が3.3eV以上のもの、好ましくは3.5eV以下のもの、さらに好適には約3.4eVを有する半導体、酸化物、窒化物、強誘電体、ポリマー、またダイヤモンド等のワイドギャップ半導体やSiCなどの分析に特に有効である。なかでも、半導体、酸化物、窒化物および強誘電体から選ばれる少なくとも1種を使用した各種電子機器用素子や電子デバイスは、年々、高集積化、微小化の一途をたどっているため、ナノメータスケールの空間分解能や深さ分解能での分析が可能な本発明の近接場光利用紫外共鳴ラマン分光装置を用いた分析に最適な対象物である。
【0018】
本発明によれば光の回折限界を超えた250nm以下の空間分解能で、しかも、5nm以内の測定深さでシリコン系、GaN系およびZnO系半導体等の半導体デバイスの微小部の応力や歪みを非破壊で、かつ高感度で評価できる。
【0019】
本発明の方法は、各種電子機器用素子や電子デバイスの中でも特に、半導体レーザ、発光ダイオード、フォトダイオード、トランジスタ、半導体集積回路、CCD素子、光ファイバ、セラミックスコンデンサ、液晶表示(LCD)素子、プラズマディスプレイ(PDP)パネル、有機EL素子、ダイヤモンド膜等の応力(歪み)の検出に有効に用いられる。
【0020】
さらに、本発明で開示する近接場光利用紫外共鳴ラマン分光装置を、各種電子機器用素子製造工程において、インラインまたはオフラインに設置し、本発明の方法で応力(歪み)を算出することにより、目的とする製品の歩留まり向上と飛躍的な品質向上が期待できる。
【実施例】
【0021】

以下、実施例を挙げて本発明の効果をさらに説明する。
【0022】
<実施例1>
波長364nm(約3.4eV)の紫外レーザ光を光源とする近接場光利用紫外共鳴ラマン分光装置を試作した。
【0023】
図1を用いて装置の概要を説明する。UVレーザー(波長364nm)が設けられ、UVレーザーから発せられる入射光の光路の途中にバンドパスフィルターが設けられ、入射光は紫外顕微鏡に入る。さらに入射光が紫外対物レンズを通じ、近接場ブローブを通じて試料に到達するように配置されている。照射され発生したラマン散乱光は紫外対物レンズを通じて分光器に入射するよう装置では配置されている。分光器では光が所望の波長に分離するように制御されており、この光は高感度のCharge Coupled Device(チャージカップルドデバイス)(CCD)検出器に到達するよう配置されている。CCD検出器には検出制御器さらにコンピュータとが接続され、コンピュータからの指令がCCD検出器に到達するように、またCCD検出器からの出力がコンピュータに到達するよう配置されている。
【0024】
この装置では、近接場プローブとしてAFM用の空洞のピラミッド型カンチレバーを使用した。ピラミッド構造をとる部分の側壁の厚さは100nmであり、材質はアルミニウムとした。表面に極わずかな酸化膜が形成されている。本実施例の装置では、イルミネーション―コレクションモードとなっている。また音叉を配置することによりチューニングフォークフィードバックができるようなっている。バンドパスフィルターは余分な紫外レーザ光を除去するために設けられ、材料は誘電体多層膜を有するものを使用した。また分光器としては3600本の高刻線数のグレーティングを有する焦点距離1mの高感度高分解能シングル分光器を使用した。また紫外顕微鏡としては高感度紫外測定用光学顕微鏡を使用した。
【0025】
Siを試料としたところSiからの近接場共鳴ラマン散乱光が1秒当たり、1カウント以上検出できた。Siの表面の一部が複数酸化され酸化膜となったVLSIスタンダード市販品(酸化膜の周期:1800nm、酸化膜の厚み:180 nm、酸化膜の幅:200 nm)について、近接場共鳴ラマンスペクトルマッピング測定を行い、酸化膜のないSi基板上と酸化膜が形成されている部分で、それぞれ、約+0.4cm-1、−0.6cm-1のピーク波数シフトが観測された。(1)’式を用いて計算すると、酸化膜のないSi基板上と酸化膜が形成されている部分で、それぞれ、92MPaの圧縮応力と138 MPaの引張応力とが周期的に分布していることが分かった。
【0026】
σ(MPa) =2.3×102Δν(cm-1) (1)’
(なお式中の係数の2.3×102はSiの弾性コンプライアンス定数や変形ポテンシャル係数を用いて計算された定数である(参考文献M.Yoshikawa and N.Nagai, in “Handbook of Vibrational Spectroscopy”, edited by J.M.Chalmers and P.R.Griffiths(Wiley, Chichester, 2002), p.2593.)。)。
<実施例2> 実施例1で、作製した装置を用いてワイドギャップ半導体であるダイヤモンドについて、実施例1と同様にの近接場ラマンスペクトルの測定を行った。レーザ出力20mWの条件で、200nmφの開口径を有する近接場プローブを用いて約60秒間露光、観測したところ、S/N比の良好なダイヤモンドに起因する近接場ラマンスペクトルを測定することができた。得られた近接場共鳴ラマン散乱光の波数シフト量から(1)’‘式を用いることで、ダイヤモンド微小部の応力分布を算出することが可能である。
【0027】
σ(MPa) =2.6×103Δν(cm-1) (1)’‘
(なお式中の係数の2.6×103はダイヤモンドの上述の参考文献により弾性コンプライアンス定数や変形ポテンシャル係数を用いて計算された定数である。)
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】実施例で使用した近接場光利用紫外共鳴ラマン分光装置の概要である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含むことを特徴とする試料の応力または歪みを検出する方法。1)近接場プローブを有する顕微ラマン分光装置を使用して、試料に対し電磁波を照射して、当該試料から発生した近接場共鳴ラマン散乱光を検出する工程。
2)検出された近接場共鳴ラマン散乱光の波数シフト量から試料の応力又は歪みを算出する工程。
【請求項2】
試料のバンドギャップが3.3〜3.5eVであって照射する電磁波のエネルギーが試料のバンドギャップに近いものである請求項1記載の試料の応力または歪みを測定する方法。
【請求項3】
試料がワイドギャップ半導体またはSiCである請求項1記載の試料の応力または歪みを測定する方法。
【請求項4】
第2の工程が下記数式(1)〜(2)のいずれかの数式又はそれを変形した数式を用いることを特徴とする請求項1〜3いずれかに記載の試料の応力または歪みを測定する方法。
σ=C1×Δν (1)
ε=C2×σ (2)
ここで、σは試料の応力、Δνはピーク波数のシフト、εは歪み、C1とC2は定数である。
【請求項5】
開口径が250nm以下の近接場プローブを用い、また顕微ラマン分光装置の空間分解能が250nm以下または深さ分解能が5nm以下である請求項1〜4いずれかに記載の方法。
【請求項6】
顕微ラマン分光装置が有する近接場プローブの表面に、0.1nm〜100nmの厚みの金属薄膜が存在していることを特徴とする請求項1〜5記載のいずれかの方法。
【請求項7】
金属薄膜の主たる構成金属元素が銀、アルミニウムまたは金であることを特徴とする請求項6記載の方法。
【請求項8】
顕微ラマン分光装置が有する近接場プローブによって集光した光を分光する分光器が、回折格子型分光器、プリズム型分光器、誘電体多層膜光学フィルター利用光学フィルター分光器およびダイクロイックミラー型分光器よりなる群から選ばれたものである請求項1〜7記載いずれかの方法。
【請求項9】
測定される試料がSi 、GaNおよびZnOから選ばれる材料またはそれを含む材料であることを特徴とする請求項1、3〜8から選ばれるいずれかの方法。

【図1】
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