説明

試料の解析方法

【課題】 固相化された物質の分子間相互作用の判定と質量分析とを同一支持体上で行うことができ、さらには、質量分析の対象となる物質の量が少量及び/又は低分子量であってもその同定を高選択的且つ高感度に行うことが可能な方法を提供する。
【解決手段】(1)支持体上に固相化された、対象物質Aを含む試料に対し、ブロッキング試薬と、対象物質Aに対する特異的結合能を有する物質Bとを用いることによって、物質Aと物質Bとの相互作用を判定する工程と、(2)物質Bを物質Aから除去する工程と、(3)工程(1)によって相互作用すると判定された対象物質Aを同一支持体上で断片化する工程と、(4)断片化された対象物質Aを同一支持体上で質量分析によって同定する工程とを含み、(1)においてブロッキング試薬は、(4)における物質Aの質量分析による解析結果に支障を与えるマススペクトルピークを呈さないものである、試料の解析方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、臨床・診断・生化学・分子生物学に関わる分野のすべてに関する。特に、本発明は、免疫化学反応を利用した生体分子等の解析に関する。
【背景技術】
【0002】
二次元電気泳動などのクロマトグラフィーにより分離された生体分子等の解析方法として、以下の方法が知られている。
【0003】
(1)マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法(MALDI-MS )の有用性が認められている(J. Mass Spectrom. Soc. Jpn (2003), Vol. 51, pp. 530-537)。また、対象サンプルの保存性、あるいはピエゾ素子等のインクジェット技術を用いた微量分注・解析システムへの応用が可能であるという利点から、対象物質をメンブレン上に固相化(ブロット)し、直接メンブレン上で解析する系が提唱されている(特表2001−521623号公報、 Molecular & Cellular Proteomics (2002) vol. 1, pp. 490-499 )。
【0004】
(2)対象物質を電気泳動等により展開し、固体支持体上に固相化した後、該対象物質に対して相互作用する分子を反応させ、その存在を検出する方法が広く用いられている(主に免疫ブロット法)。
【0005】
【特許文献1】特表2001−521623号公報
【非特許文献1】ジャーナル・オブ・ザ・マス・スペクトロメトリー・ソサイエティー・オブ・ジャパン(Journal of the Mass Spectrometry Society of Japan)、第51巻、2003年、p.530−537
【非特許文献2】モレキュラー・アンド・セルラー・プロテオミクス(Molecular & Cellular Proteomics )第1巻、2002年、p.490−499
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
支持体に固相化された物質の分子間相互作用を判定するために用いられる試薬等は、質量分析による物質の同定解析を行うときに解析の妨害となる。このため、従来より行われてきた生体分子などの解析方法においては、固相化された物質の分子間相互作用を判定する工程と、固相化された物質の同定解析を行う工程とを行う場合、それぞれの工程は別々の支持体上で行われている。すなわち、同一試料を同条件で固相化させた支持体を複数用意するか、或いはそのように固相化された一つの支持体を切り分ける必要がある。このように、従来の方法では、支持体上の同一試料に対して行うことができる処理の数が限られており、解析効率が低い。
【0007】
そこで本発明の目的は、固相化された物質の分子間相互作用の判定と質量分析とを同一支持体上で行うことができ、さらには、質量分析の対象となる物質の量が少量及び/又は低分子量であってもその同定を高選択的且つ高感度に行うことが可能な方法を提供することにある。また、本発明の目的は、微量分注技術を応用することで、一連の作業の大幅な省力化を図る系を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、以下の発明を含む。
<1> (1)支持体上に固相化された、対象物質Aを含む試料に対し、
ブロッキング試薬と、前記対象物質Aに対する特異的結合能を有する物質Bとを用いることによって、前記物質Aと前記物質Bとの相互作用を判定する工程と、
(2)前記物質Aと相互作用した前記物質Bを前記物質Aから除去する工程と、
(3)前記工程(1)によって相互作用すると判定された前記対象物質Aを前記支持体上で断片化する工程と、
(4)断片化された前記対象物質Aを前記支持体上で質量分析によって同定する工程とを含み、
前記(1)において前記ブロッキング試薬は、前記(4)における前記物質Aの質量分析による解析結果に支障を与えるマススペクトルピークを呈さないものである、試料の解析方法。
【0009】
<2> 前記ブロッキング試薬は、
前記物質Aよりも大きい分子量を有し、且つ
前記工程(3)の条件によって、前記物質Aから生じる断片のいかなる断片が有する分子量以下の分子量を有する断片を生じない構造を有する、<1>に記載の試料の解析方法。
【0010】
<3> 前記ブロッキング試薬がポリビニルピロリドン又はn-オクチル-β-D-グルコピラノシドである、<1>又は<2>に記載の試料の解析方法。
【0011】
<4> 前記物質Aが、タンパク質、核酸、脂質、糖鎖、及びこれらの複合体から選ばれる、<1>〜<3>のいずれかに記載の試料の解析方法。
【0012】
<5> 前記物質Bが、タンパク質、核酸、脂質、糖鎖、及びこれらの複合体から選ばれる、<1>〜<4>のいずれかに記載の試料の解析方法。
【0013】
<6> 免疫ブロット法によって前記相互作用を判定する、<1>〜<5>のいずれかに記載の試料の解析方法。
【0014】
<7> 前記物質Bが、標識物質によりラベル化されているラベル化分子である、<1>〜<6>のいずれかに記載の試料の解析方法。
【0015】
<8> 前記標識物質が蛍光標識物質である、<7>に記載の試料の解析方法。
【0016】
<9> 前記支持体に、メンブレン、プレート、非磁性粒子及び磁性粒子から選ばれる少なくとも1つが用いられる、<1>〜<8>のいずれかに記載の試料の解析方法。
【0017】
<10> 前記支持体が、質量分析用プレートであり、
前記物質Aを含む試料を電気泳動したゲルと、質量分析用プレートとを、接触させることにより、前記質量分析用プレート上に固相化された前記物質Aを得る、<9>に記載の試料の解析方法。
【0018】
<11> 前記工程(3)において、微量分注装置を用いて、断片化のための試薬を添加する、<1>〜<10>のいずれかに記載の試料の解析方法。
【0019】
<12> 前記工程(4)において、前記工程(3)で得られた少なくとも1つの断片についてMS解析を行い、さらに、前記MS解析によって得られたデータにおける少なくとも1つの断片についてMS/MS解析を行う、<1>〜<11>のいずれかに記載の試料の解析方法。
【0020】
<13> 前記工程(4)において、MALDI法によって質量分析を行う、<1>〜<12>のいずれかに記載の試料の解析方法。
【0021】
<14> 微量分注装置を用いてマトリックス溶液を添加する、<13>に記載の試料の解析方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明によると、固相化された物質の分子間相互作用の判定と質量分析とを同一支持体上で行うことができ、さらには、質量分析の対象となる物質の量が少量及び/又は低分子量であってもその同定を高選択的且つ高感度に行うことが可能な方法を提供することができる。また、本発明によると、微量分注技術を応用することで、一連の作業の大幅な省力化を図る系を提供することにある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明は、主に免疫ブロット法において、質量分析を妨害しないブロッキング試薬を用いる試料の染色方法を用いて試料を解析する方法である。本発明の解析方法は、(1)支持体上に固相化された、物質Aを含む試料に対して、質量分析を妨害しないブロッキング試薬と、物質Aに対する特異的結合物質を用いて染色することにより、物質Aと物質Bとの相互作用を判定する工程と、(2)物質Aと相互作用した物質Bを除去する工程と、(3)前記(1)によって相互作用すると判定された、試料中の物質Aを同一支持体上で断片化する工程と、(4)断片化された物質Aを、同一支持体上で質量分析によって同定する工程とを含む。なお本発明において、染色するとは、色を付ける形態に限定されず、特定の条件下で可視化することによって認識することができる形態も含まれる。
【0024】
(1)試料の染色工程
本発明においてブロッキング試薬とは、解析対象となる物質が固相化された支持体上に、その物質に対する特異的結合物質が非特異的に結合するのを防止する物質である。そして、質量分析を妨害しないブロッキング試薬とは、質量分析の支障となるマススペクトルピークを呈さないブロッキング試薬である。すなわち、本発明において用いられるブロッキング試薬は、同定解析の対象となる物質に由来するピーク範囲内に検出されないものである。具体的には、本発明のブロッキング試薬は、同定解析の対象となる物質よりも大きい分子量を有し、且つ同定解析の対象となる物質を断片化することができる条件、すなわち後述の工程(3)における条件によって、その物質から生じる得る断片が有する分子量以下の分子量を有する断片を生じない構造を持つ物質である。
このようなブロッキング試薬としては、ポリビニルピロリドン(PVP)や、n-オクチル-β-D-グルコピラノシド等が挙げられる。
【0025】
ブロッキング試薬は、適当な溶媒に溶解して使用する。通常、後述する物質B(抗体等)とともに溶解して使用する。溶媒としては、TBSバッファなどを用いると良い。ブロッキング試薬の濃度としては、使用するブロッキング試薬の量にも依るが、0.1〜5%(w/v)で用いることができる。例えば、ポリビニルピロリドン(PVP)の場合であれば、0.25%(w/v)程度を用いると良い。また、使用するブロッキング試薬溶液の量としては、試料の種類や、溶解しているブロッキング試薬や物質Bの量等にも依るため特に限定されないが、通常はメンブレン1cm2当たり10mlを超えない量で用いる。ブロッキング試薬溶液は通常、少ない量が好ましく用いられるため、その量の下限値は特に限定されないが、例えば0.2ml、より好ましくは0.09ml程度である。
【0026】
一方、従来からウエスタンブロット等において用いられるブロッキング試薬は、BSA、スキムミルク、カゼイン、血清、界面活性剤等である。これらは低分子であったり、或いは、酵素消化が行われることにより分解されて低分子の断片が生じたりするものである。このため、これらの従来のウエスタンブロット法を行った後に同定対象となる物質を同一支持体上で質量分析に供すると、同定解析の対象となる物質のピーク範囲内に夾雑物として検出される。
【0027】
本工程における試料の染色のためのその他の条件としては、通常行われる染色方法における条件を用いればよい。具体的には、対象物質Aを含む試料が固相化された支持体を用意し;この支持体上の試料に対し、ブロッキング試薬と、対象物質Aに対する特異的結合能力を有する物質Bとを添加し;物質Aと物質Bとの相互作用を判定することにより行う。従って本発明において用いられるブロッキング試薬は、物質Bが非特異的に結合し得る、支持体上の部位をブロックすることができるものであって、物質Aの質量分析による解析結果に支障を与えるマススペクトルピークを呈さないものである。さらに、本発明におけるブロッキング試薬は、物質Aよりも大きい分子量を有し、且つ、物質Aを断片化することができる条件下において物質Aから生じ得るいかなる断片が有する分子量以下の分子量を有する断片を生じない構造を有する。
【0028】
対象物質Aとしては、具体例には、タンパク質、核酸、脂質、糖鎖、及びこれらの複合体から選ばれる。
物質Bは、対象物質Aに特異的に結合することができる物質であり、通常は、対象物質Aとの免疫化学的反応により物質A−物質B複合体を形成しうる物質である。具体例には、タンパク質、核酸、脂質、糖鎖、及びこれらの複合体から選ばれる。さらに物質Bは、標識物質によりラベル化されているラベル化分子であってもよい。標識物質としては、蛍光標識物質等が挙げられる。このような物質Bは、適宜、溶液などに含ませて用いる。
【0029】
支持体には、メンブレン、プレート、非磁性粒子、磁性粒子等から選ばれる少なくとも1つが用いられる。メンブレンを用いる場合、物質Aを含む試料は、電気的にメンブレンに転写させて使用することができる。メンブレンとしては、ポリビニリデンジフルオリド(PVDF)、ニトロセルロース、ポリアミド、ポリエチレン等の有機合成高分子及びその誘導体を挙げることができる。ポリアミドとしては、ナイロン等が挙げられる。
【0030】
プレートとしては、ガラス製プレート、樹脂製プレート、金属製プレート等が挙げられる、このようなプレートを用いる場合は、物質Aを含む試料の電気泳動後のゲルや、物質Aを含む試料が転写されたメンブレンを、プレートの表面に接触させて使用することができる。
【0031】
本発明は、質量分析を用いるため、前記支持体には好ましくは金属製プレート、例えば質量分析用サンプルプレートが用いられる。支持体として質量分析用サンプルプレートを用いた場合は、相互作用判定後、同一支持体上で質量分析が可能となる点で好ましい。このとき、質量分析用サンプルプレート上に固相化された物質Aは、物質Aを含む試料を電気泳動したゲルと、質量分析用サンプルプレートとを接触させて得たものとすることができる。また、質量分析用サンプルプレートに、物質Aを含む試料を(電気泳動後のゲル等から)メンブレンに転写したものを貼り付ける等行うことによって固着させて得たものであっても良い。なお固着には導電性両面粘着テープ等を用いた固定を行うと良い。
【0032】
さらに、非磁性粒子を用いた支持体としては、ポリサッカライドゲルや合成ポリマー等を用いた支持体が用いられる。磁性粒子を用いた支持体としては、電気泳動後の被転写支持体としての支持体の基本構造に通電性の磁性金属を使用したもの等が用いられる。さらに、アビディティーを向上させる目的のスペーサーを結合させた磁性粒子を支持体にしたもの等が挙げられる。
【0033】
本発明は、特に本工程が免疫ブロット法によって行われるときに有用である。従ってこの場合、支持体上に固相化された物質Aの具体例としては、タンパク質を電気泳動した後メンブレンに転写したものが挙げられ、物質Bの具体例としては抗体が挙げられる。そして、物質Aと物質Bとの抗原抗体反応を確認することによって両物質間の相互作用を判定する。
【0034】
なお、本工程において、物質間の相互作用を判定するとは、支持体上に固相化された試料中の物質Aがあらかじめ想定されたものであって、想定された物質Aに対する特異的結合物質Bを作用させることによって、物質Aの支持体上の位置を確認する形態と;物質Aが未知の物質であって、可能性のある様々な物質Bを作用させることによって、物質Aに作用させた物質Bのうちどれが特異的に結合したかを判定するとともに物質Aの位置を確認する形態との両方を含む意味で用いる。
【0035】
本工程においては、微量分注装置を用いて支持体上に溶液を添加しても良いし、支持体を溶液に浸漬しても良い。微量分注装置としては、インクジェット法の機構を搭載した装置を用いることができる。このような装置としては、CHIP-1000(島津製作所製)などが挙げられる。
【0036】
本工程においては、微量分注装置を用いることにより、添加される溶液の量を大幅に制御することができる。例えば、インクジェット法の機構を搭載した装置の場合、一個のインクジェット吐出部から1回の分注操作につき添加される試薬量を、例えば100pl程度に制御することができる。インクジェットの機構によっては、これよりさらに少ない量に制御することもできる。また、吐出を繰り返すことができるため、試薬量を分注する量の上限も特に限定されない。特定の1つの領域に対しては、例えばナノリットルレベル、通常100nl程度の試薬量を分注することができる。従って、抗体溶液等、希少かつ高価な試薬であっても必要最低限の使用量しか消費しないため、大幅なコストダウンを図ることができる。
【0037】
微量分注装置によって、例えば100pl程度の吐出によって7800μm程度の極小の分注範囲を生じる。この分注範囲は、インクジェットの機構によってさらに小さい範囲に限局することもできる。さらに、インクジェット吐出部の支持体上の相対位置を変えることにより分注位置をずらしていくことができるため、任意の領域に溶液を分注することができる。このため、分注範囲の上限も特に限定されない。特定の領域にアレイとして分注する場合は、例えば1mmあたり4〜100スポット分注することができる。
【0038】
また、同一支持体上に溶液を添加すべき領域を2つ以上設定することも可能である。従って、同一支持体上でも異なる領域で別種の溶液を添加することが可能になり、相互作用の判定を効率よく行うことが可能になる。
【0039】
このように微量分注装置は、微量の溶液を添加することができるため、支持体上における所望の極小領域のみを処理することが可能になる。このため、大量検体処理が容易になり、ひいては、相互作用する分子を確実に同定するためのハイスループット(高効率)相互作用スクリーニングが可能になる。
【0040】
(2)物質Bの除去工程
本工程においては、前述の工程(1)によって物質Aと相互作用すると判定された物質Bを、物質Aから(すなわち支持体から)除去する。 物質Bを除去する方法としては、物質A及び物質Bの組み合わせ等を考慮し、適宜行えばよい。具体的には、例えば、グリシン−塩酸(例えばpH2.0)溶液を用いて洗浄することにより行うことができる。この洗浄は、通常室温で行われるが、50℃程度まで温度を上げて行っても良い。温度を上げることにより、除去効率を上げることが可能である。本工程を行うことによって、後述の工程(4)の質量分析において解析対象となる物質Aを高感度に同定することが可能になる。
【0041】
また、本工程で物質Bが除去されるため、前工程(1)で可視化によって判定した支持体上の位置において、物質Aが見えなくなる場合がある。この場合、本工程の後、後述の工程(3)の前に、支持体上の物質Aを含む試料を適当な染色剤で染色することができる。(ただし、ここでいう染色とは、工程(1)において試料中から物質Aのみを検出するための染色とは別の工程である。)染色剤としては、後述の工程(4)の解析に支障を与えないものを適宜用いることができる。このような染色剤としては、Direct Blue 71(シグマ社製)などが挙げられる。この染色操作によって、物質Aを含む試料が染色される。そして、このように染色剤で染色された支持体上の位置のうち、工程(1)で判定された位置(すなわち物質Aの位置)を、後述の工程(3)における断片化を行うための目印とすることができる。
【0042】
なお、前工程(1)における可視化を蛍光物質により行った場合は、染色剤による処理を行っても良いし、行わなくても良い。前工程(1)で蛍光物質による可視化を行った場合、本工程に先立って、前工程(1)で得られた支持体の蛍光イメージ画像をとり、その後、本工程の物質Bの除去を行う。そして、予めとっておいた蛍光イメージにおける蛍光スポットと同じ支持体上の位置を、後述の工程(3)における断片化を行うための目印とすることができる。したがって、このように工程(1)において蛍光物質による可視化を行った場合、染色剤による処理は必ずしも必要ではない。
【0043】
(3)断片化工程
本工程においては、公知の方法に基づいた断片化を行うことができる。例えば、トリプシン消化などを行うとよい。本発明においては、本工程の条件によって低分子量の断片を生じない構造を有するブロッキング試薬を用いているため、工程(1)によって相互作用を示した物質の、同じ支持体上における同じ位置で断片化処理を行っても、その位置に存在しうるブロッキング試薬から、後の工程(4)の質量分析の支障となるマススペクトルピークを呈する断片を生じさせることなく、解析対象となる物質を適切に断片化することができる。このように、本発明は、同一試料に対して異なる複数の処理を行うことができるため、解析効率が高い。
【0044】
また、本工程で用いられる断片化のための試薬、例えばトリプシン溶液等は、微量分注装置を用いて添加することができる。微量分注装置については、上述の工程(1)において述べたとおりである。従って、工程(1)において相互作用を示した対象物質が存在する所望の微小領域について断片化処理を行うことができる。
【0045】
(4)質量分析工程
本工程においては、質量分析装置によって、上記工程(1)〜(3)と同一の支持体上の同一の位置で測定を行うことができる。従って、本工程によってその位置に存在しうるブロッキング試薬も同時に測定されることもある。しかしながら、本工程においては、同定すべき物質の解析に必要なマススペクトルのピーク範囲内にブロッキング試薬のピークは検出されない。なぜなら、本発明において用いられるブロッキング試薬が、同定解析の対象となる物質よりも大きい分子量を有し、且つ工程(3)における断片化条件によって、同定解析の対象となる物質から生じる断片が有する分子量以下の分子量の断片を生じない構造を有するものに工夫されているためである。従って、本工程においては、ブロッキング試薬が同定すべき物質の解析に支障を与えることはない。このように本発明の解析の方法は、工程(1)から工程(4)までを、同一支持体上の同一位置において行うことができるため、解析の効率が大変高い。
【0046】
また、前記工程(2)で、対象物質Aに結合していた物質Bが除去されていることにより、本工程で測定対象となる質量範囲に物質Bが検出されないため、解析対象となる物質Aの質量分析を高感度に行うことができる。従って、支持体上の物質Aの量が少量であっても同定が可能となる。例えば、物質Aが1pmol〜20pmol程度の量(物質Aがタンパク質である場合は、電気泳動におけるレーン当りの量に相当)でもその解析が可能となる。微量分注装置を用いた場合など、さらに少量の物質Aを解析することも可能である。例えば100fmol程度の量でも解析が可能である。なお、ここに示した量より多量の物質Aであっても、その解析が可能であることはいうまでもない。
【0047】
このように工程(1)におけるブロッキング試薬の工夫や工程(2)における物質Bの除去により、本工程では高感度に解析を行うことができる。従って、MS解析のみならずMS/MS解析も可能となる。すなわち、前記工程(3)で得られた少なくとも1つの断片についてMS解析を行い、さらに、前記MS解析によって得られたデータにおける少なくとも1つの断片についてMS/MS解析を行うことが可能となる。このようにMS/MS解析が可能になることによって、MS解析だけでは十分なデータが得ることができないような物質についても同定が可能となる。
【0048】
MS解析だけでは十分なデータが得ることができない物質としては、その物質の分子量や特性が関係するが、特に低分子量のものが挙げられる。例えば、10kDa〜60kDa程度の分子量、あるいはそれ以下の分子量の物質である。具体的には、低分子量タンパク質のGroES(10kDa)などが挙げられる。例えば、GroESについて工程(1)〜(3)の操作を行った後MS測定を行うと、得られるマススペクトルにおいてGroES由来のペプチドフラグメントのピークは3本であり、十分な同定に至らない。しかしながら、このうちの1つのペプチドフラグメントに対しMS/MS測定を行うと、さらなる情報を入手することができるため、十分な同定解析を行うことが可能になる。すなわち、物質Aの分子量が10kDa〜60kDa程度、あるいはそれ以下の低分子量であっても、MS/MS測定によって十分な同定解析が可能になる。なお、物質Aの分子量がここに示したよりも大きい分子量であっても、その解析が可能であることはいうまでもない。
【0049】
また、本工程においてはレーザー脱離イオン化質量分析法を用いることが好ましい。この場合、断片化された物質が存在する位置に対してレーザーを照射し、マススペクトルを得る。さらに、本工程においては、マトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法(MALDI法)を用いることが好ましい。この場合、処理された物質に対し、好ましくは微量分注装置を用いてマトリクス溶液を重ねて分注し、その分注位置に対してレーザーを照射し、マススペクトルを得る。微量分注装置を用いると、質量分析の対象が微小な範囲に限定されるため、このときに得られるマススペクトルにおいては、所望の領域以外からの不必要なシグナル、すなわちバックグラウンドを低減することができる。また、(1)及び/又は(2)の工程において、同一支持体上で複数の処理を行った場合、マトリクス溶液の分注やレーザー照射を、処理が行われた複数の位置のそれぞれに対して行うことによって、解析のための一連の作業の大幅な省力化が可能になる。
【実施例】
【0050】
<実施例1>
牛血清アルブミン(BSA;Bovine Serum Albumin)を、0.5、1、2、5、10、及び20 pmol/bandについてSDS-PAGE を行った後、疎水性のメンブレンに転写し、転写したメンブレンをサンプルプレートへ固定した。このように、電気泳動後のゲルをメンブレン上に転写する過程を模式的に示した図を図1に示す。転写したメンブレンに対し、Rapid Immunodetection Method (Millipore Application Note RP562)のプロトコルに準じてウエスタンブロットを行った。ただし本実施例では、Rapid Immunodetection Methodにおいて実際に用いられる界面活性剤を用いずに、ポリビニルピロリドン(PVP-40;シグマ社製)を用いて行った。すなわち、PVPを用いて固体支持体をブロッキングし、蛍光標識されたBSA抗体(Anti-BSA)を用いて免疫ブロット法により陽性バンドを検出した。このとき得られた結果を図2に示す。
【0051】
メンブレンをグリシン−塩酸(pH2.0)水溶液に浸漬し、この陽性バンドにおいてBSAに結合しているBSA抗体を除去した。工程除去後のメンブレンを図3に示す。その後、タンパク質のスポットを染色した。染色後のメンブレンを図4に示す。染色されたスポットのうち、免疫ブロット法で検出した陽性バンドに対し微量分注装置(島津製作所製CHIP-1000)を用いて酵素消化を行った。その後、0.5、1、2、5、及び10 pmol/bandの5つのバンドについて、質量分析装置(島津製作所製AXIMA)を用いて直接メンブレン上でPMF解析を行った。このとき得られたマススペクトルを図5[A](a)〜(e)及び図5[B](a)〜(e)に示す。以下、本実施例において行われたウエスタンブロット、抗体除去、及び消化のプロトコルについて具体的に示す。
【0052】
[メンブレンの乾燥]
1.メンブレンを、100%メタノールに10秒間浸漬した。
2.ブロットを濾紙上に15分間載置した。
3.ブロットをバキュームチャンバー内に30分間放置した。
4.ブロットを37℃で1時間インキュベートした。
5.ブロットをラボベンチ上に置き、室温で2時間乾燥させた。
【0053】
[免疫検出]
1.ブロットを、0.25%(w/v)のポリビニルピロリドン(PVP-40;シグマ社製)と一次抗体とを含むTBSバッファに1時間浸漬した。このとき、ブロット1cm2に対して0.09ml のTBSバッファを用いた。
2.TBSを用いてブロットを10秒間洗浄した。このとき、ブロット1cm2に対して0.9mlのTBSバッファを用いた。この洗浄操作を2回繰り返した。
3.ブロットを、0.25%(w/v)のポリビニルピロリドン(PVP-40;シグマ社製)と二次抗体とを含むTBSバッファに1時間浸漬した。このとき、ブロット1cm2に対して0.09ml のTBSバッファを用いた。
4. TBSを用いてブロットを10秒間洗浄した。このとき、ブロット1cm2に対して0.9mlのTBSバッファを用いた。この洗浄操作を2回繰り返した。
5.ブロットをMilli-Q water(ミリポア社製)でリンスした。
6.ブロットをラボベンチ上に置き、室温で乾燥させた。
【0054】
[抗体の除去]
1.ブロットを0.2Mグリシン(pH 2.0)水溶液に10分間浸漬した。このとき、ブロット1cm2に対して0.09ml のTBSバッファを用いた。この操作を3回繰り返した。
2.ブロットをMilli-Q water(ミリポア社製)でリンスした。
3.ブロットをラボベンチ上に置き、室温で乾燥させた。
【0055】
[プロテインスポットの染色]
1.メンブレンを染色液に浸漬し、7分間静かに振とうした。
2.メンブレンを洗浄液に浸漬し、5分間静かに振とうした。この操作を3回行った。
3.メンブレンを水に数分間浸漬し、乾燥させた。
【0056】
[メンブレン上でのトリプシン消化]
1.染色を行ったメンブレンをMSプレート上に両面導電テープを用いて貼り付けた。
2.化学インクジェットプリンターにセットした。
3.メンブレンにウェッティング溶液 7nlをプリントした。
4.トリプシン溶液2nlを25回プリントした。(全50nl)
5.MSプレートを装置から除去し、湿潤条件下、30℃で終夜インキュベートした。
6.MSプレートを化学インクジェットプリンターに戻し、マトリックス溶液4nlを25回プリントした。(全100nl)
【0057】
図5においては、横軸に質量/電荷(Mass/Charge)、縦軸にイオンの相対強度(%Int)を表す。[B]は、[A]における1300-2000(Mass/Charge)のスペクトルを拡大したものである。さらに図5[A]及び[B]において、(a)は10 pmol/band、(b)は5 pmol/band、(c)は2 pmol/band、(d)は1 pmol/band、(e)は0.5 pmol/bandについてのスペクトルである。
【0058】
<参考実験例>
抗体除去及び抗体除去後の染色を行わなかった以外は上述の実施例1と同様の操作を行うことによって、図6[A](a)〜(e)及び図6[B](a)〜(e)のマススペクトルを得た。図6においては、横軸に質量/電荷(Mass/Charge)、縦軸にイオンの相対強度(%Int)を表す。[B]は、[A]における1300-2000(Mass/Charge)のスペクトルを拡大したものである。さらに図6[A]及び[B]において、(a)は10 pmol/band、(b)は5 pmol/band、(c)は2 pmol/band、(d)は1 pmol/band、(e)は0.5 pmol/bandについてのスペクトルである。
【0059】
質量分析及びデータベース検索による同定は、BSA由来ペプチドのマススペクトルピークを4〜6本得ることで可能となる。抗体除去操作を行った本実施例1によると、2pmol/band、1pmol/bandの濃度の少量のBSAであっても、その同定が可能であった。なお、抗体除去を行わなかった参考実施例では、5mol/bandより大きい濃度のBSAを用いた場合に、質量分析による同定が可能であった。
【0060】
<実施例2>
大腸菌の可溶性画分(100 mg)を用いて等電点電気泳動(pH 4.0-7.0)を行った。二次元目に SDS-PAGE(12.5%)を行った。その後、メンブレンに転写した。転写したメンブレンに対し、上記実施例1における乾燥法と同じ操作を行った。
【0061】
乾燥させたメンブレンに対し、一次抗体としてGroES抗体を使用した以外は上記実施例1と同様の操作を行うことによって免疫検出を行い、蛍光イメージアナライザーを用いて、メンブレン上のGroESスポットを検出した。このとき得られた結果を図7に示す。
その後、上記実施例1と同じ操作を行うことによって抗体を除去した。
【0062】
Direct Blue 71(シグマ社製)を用いて上記実施例1と同様にプロテインスポットを染色した。染色後のメンブレンを図8に示す。蛍光イメージアナライザーで検出したスポット(図7中にマーク)とDirect Blue 71で染色されたスポット(図8中に検出スポット周辺をマーク)を重ね合わせ、重なったスポットを確認することでGroESスポットを確認した。確認したGroESスポットに対し、上記実施例1と同様にCHIP-1000を用いて酵素消化を行い、さらにこのスポットに対し、CHIP-1000を用いてマトリックス溶液を添加した。
【0063】
質量分析装置(島津製作所製AXIMA-QIT)によりMS測定を行った。このとき得られたマススペクトルを図9に示す。
図9中、横軸は質量/電荷(Mass/Charge)を表し、縦軸はイオンの相対強度を表す。また、*印でマークした3つのピークは、GroESに由来するペプチドフラグメントのイオンピークである。この3つのピークを基にmascotデータベース(http://www.matrixscience.com/)による検索を行った。しかしながら、候補となるタンパク質が多数存在し、同定を行うことができなかった。そこで、これら3つのピークのうち、1495.5(Mass/Charge)のイオンピークを示すペプチドフラグメントについて、AXIMA-QITによるMS/MS測定を行った。そして、mascotデータベースによる検索を行った。(検索条件は、以下のとおりである。Taxonomy: All entries, Enzyme: Trypsin, Peptide tol. : ±0.3 Da, MS/MS tol. : ±0.4 Da, Peptide charge: +1, Monoisotopic, Instrument: MALDI-QIT-TOF)検索の結果、十分なスコアとシーケンスカバレージ(スコア46、14%シーケンスカバレージ)で同定することに成功した。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】本実施例1において、電気泳動後のゲルをメンブレン上に転写する過程を模式的に示した図である。
【図2】本実施例1において、BSAをウエスタンブロットによって検出した後のメンブレンである。
【図3】本実施例1において、BSA抗体を除去した後のメンブレンである。
【図4】本実施例1において、タンパク質スポットを染色した後のメンブレンである。
【図5】本実施例1において得られたマススペクトルである。
【図6】参考実施例において得られたマススペクトルである。
【図7】本実施例2において、GroESをウエスタンブロットによって検出した後のメンブレンである。
【図8】本実施例2において、GroES抗体除去及びタンパク質スポットの染色を行った後のメンブレンである。
【図9】本実施例2において得られたMSスペクトルである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)支持体上に固相化された、対象物質Aを含む試料に対し、
ブロッキング試薬と、前記対象物質Aに対する特異的結合能を有する物質Bとを用いることによって、前記物質Aと前記物質Bとの相互作用を判定する工程と、
(2)前記物質Aと相互作用した前記物質Bを前記物質Aから除去する工程と、
(3)前記工程(1)によって相互作用すると判定された前記対象物質Aを前記支持体上で断片化する工程と、
(4)断片化された前記対象物質Aを前記支持体上で質量分析によって同定する工程とを含み、
前記(1)において前記ブロッキング試薬は、前記(4)における前記物質Aの質量分析による解析結果に支障を与えるマススペクトルピークを呈さないものである、試料の解析方法。
【請求項2】
前記ブロッキング試薬は、
前記物質Aよりも大きい分子量を有し、且つ
前記工程(3)の条件によって、前記物質Aから生じる断片のいかなる断片が有する分子量以下の分子量を有する断片を生じない構造を有する、請求項1に記載の試料の解析方法。
【請求項3】
前記ブロッキング試薬がポリビニルピロリドン又はn-オクチル-β-D-グルコピラノシドである、請求項1又は2に記載の試料の解析方法。
【請求項4】
前記物質Aが、タンパク質、核酸、脂質、糖鎖、及びこれらの複合体から選ばれる、請求項1〜3のいずれか1項に記載の試料の解析方法。
【請求項5】
前記物質Bが、タンパク質、核酸、脂質、糖鎖、及びこれらの複合体から選ばれる、請求項1〜4のいずれか1項に記載の試料の解析方法。
【請求項6】
免疫ブロット法によって前記相互作用を判定する、請求項1〜5のいずれか1項に記載の試料の解析方法。
【請求項7】
前記物質Bが、標識物質によりラベル化されているラベル化分子である、請求項1〜6のいずれか1項に記載の試料の解析方法。
【請求項8】
前記標識物質が蛍光標識物質である、請求項7に記載の試料の解析方法。
【請求項9】
前記支持体に、メンブレン、プレート、非磁性粒子及び磁性粒子から選ばれる少なくとも1つが用いられる、請求項1〜8のいずれか1項に記載の試料の解析方法。
【請求項10】
前記支持体が、質量分析用プレートであり、
前記物質Aを含む試料を電気泳動したゲルと、質量分析用プレートとを、接触させることにより、前記質量分析用プレート上に固相化された前記物質Aを得る、請求項9に記載の試料の解析方法。
【請求項11】
前記工程(3)において、微量分注装置を用いて、断片化のための試薬を添加する、請求項1〜10のいずれか1項に記載の試料の解析方法。
【請求項12】
前記工程(4)において、前記工程(3)で得られた少なくとも1つの断片についてMS解析を行い、さらに、前記MS解析によって得られたデータにおける少なくとも1つの断片についてMS/MS解析を行う、請求項1〜11のいずれか1項に記載の試料の解析方法。
【請求項13】
前記工程(4)において、MALDI法によって質量分析を行う、請求項1〜12のいずれか1項に記載の試料の解析方法。
【請求項14】
微量分注装置を用いてマトリックス溶液を添加する、請求項13に記載の試料の解析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−98265(P2006−98265A)
【公開日】平成18年4月13日(2006.4.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−285871(P2004−285871)
【出願日】平成16年9月30日(2004.9.30)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】