説明

質量分析システムおよび質量分析方法

【課題】 複数安定同位体で標識した生体試料などの2試料の混合液を液体クロマトグラフ−タンデム質量分析計で比較定量解析すると、多種類の成分が同時にイオン化するため、2次質量分析に必要な時間を十分にとれず、未分析なイオンが生じてしまう。
【解決手段】 2次質量分析を行い、その分析データからアミノ酸配列解析を行う。アミノ酸配列解析により安定同位体で標識された特定アミノ酸の有無を判断可能になり、特定アミノ酸が含まれる場合は、MSスペクトル中の同位体標識ペアのm/zを計算し、算出したm/z情報を用いて2次質量分析対象外情報を作成する。その結果、同じペプチド由来の重複した2次質量分析が避けられ、2次質量分析を効率よく行える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は質量分析装置を用いた質量分析システム及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、質量分析法を用いた一般的なタンパク質の同定方法はタンデム型質量分析装置を用いて行われる。この技術では、測定対象試料を液体クロマトグラフなどで分離し、イオン化させた後に生成したイオンを質量分析装置に導入し、質量と電荷の比m/z(以下m/zと略記する)で分離し、イオンの強度を検出する。この分析法は1次質量分析法と呼ばれる。得られたデータはコンピュータで処理され、MSスペクトルなどのデータとして出力される。タンデム型質量分析装置では、1次質量分析法により得られた、ある特定のm/zを持つイオンのうちの1つを親イオンとして選択する。選択した親イオンを不活性気体分子に衝突させ、その際の衝突エネルギーの一部を内部エネルギーに変換し、親イオンを活性化することによってイオンの解離を引き起こす。衝突誘起解離(collision−induced dissociation; CID)と呼ばれる方式などが用いられる。これら親イオンの解離によって生じるプロダクトイオンを検出する方法が2次質量分析法と呼ばれる。2次質量分析法によって得られたMSスペクトルと既知タンパク質の配列情報から求めた理論スペクトルを統計的手法で比較することによってタンパク質は同定される。
【0003】
質量分析法を用いたタンパク質の定量方法には、絶対定量法でなく、予め安定同位体で標識した内部標準物質を試料に添加する内部標準法がよく用いられる。例えば、アプライドバイオシステム社製のCleavable ICAT(登録商標)試薬を用いて特定のアミノ酸残基(システイン)に化学標識し、2試料間での比較定量解析を行うと、前処理操作中の回収率のばらつきや質量分析時におけるイオン化のばらつきを最小限にすることが可能となり、精度の高い比較定量解析を行うことができる。比較定量比は標識されたペプチドイオンのMSスペクトルのピーク面積を元にして計算される。このとき、必ずしも同位体標識ペアの両方が同定されている必要はない。
【0004】
血液(血漿・血清)、尿、臓器などに存在するタンパク質を対象としてプロテオミクスと呼ばれる研究手法で網羅的、包括的な研究を行うと、上記のようなタンパク質の同定法、比較定量法を用いた解析手法がよく用いられる。その中で、試料の網羅的、包括的な解析を高スループットで行う方法が研究されているが、様々な困難があり未だ高スループット化が十分になされた状況ではない。その一つの要因として、短時間でタンパク質の同定・定量のための質量分析計測を行うと、同時にイオン化される成分が多すぎるために2次質量分析法に必要な時間を十分にとれず、未分析なイオンが生じてしまう。さらに、上記のような安定同位体元素で標識した試料を用いて2試料間の比較定量解析を行うと、イオン化されるイオン数は2倍になり、2次質量分析に必要な時間をさらに確保できなくなる。そのため、現状では、計測時間が増えてしまう欠点が有るが、試料調製の段階で試料を分画するなどの工夫を行い、同時にイオン化するイオン数を少なくしている。
【0005】
試料調製の工夫や装置開発の他に、2次質量分析を行う標的イオンを選択する制御ソフトウエアのアルゴリズムを改良することによって、同時に複数のイオンがイオン化されている中で、解析目的とする親イオンだけを効率的に2次質量分析する制御方法の開発が進められている。
【0006】
上記のような制御ソフトウエアに関連した多くの報告が存在する。
【0007】
特許文献1では、1次質量分析から得られたMSスペクトル中に固有のm/zのイオンが存在するか判断し、判定結果に応じて2次質量分析を行う。特許文献2では、1次質量分析から得られたMSスペクトル中に含まれる強度情報などを有効に活用し、次の2次質量分析を実施する際の親イオンの選定などの分析フローの最適化を図る。特許文献3では、安定同位体元素で標識された試料において1次質量分析から得られたMSスペクトルをリアルタイムに解析して、次の2次質量分析を実施する際の親イオンを決定する。特許文献4では、2次質量分析から得られたMSスペクトル中のm/zのピーク情報に基づき、3段目の質量分析である3次質量分析を行うか決定する。特許文献5では、同じ試料を液体クロマトグラフにおける同一分離条件で繰り返し測定する際に、1周目の計測で親イオンを1次質量分析から得られたMSスペクトル中のイオンピークの強度を指標として、自動的に選択し、2次質量分析を実施した親イオンの質量情報および液体クロマトグラフの保持時間を内部データベースに自動登録しておき、2周目以降の測定では同じ親イオンを2次質量分析せず、次に強度の高いイオンを測定する。
【0008】
【特許文献1】国際公開パンフレット第2002/025265号
【特許文献2】特開2006−329881号公報
【特許文献3】特開2005−345332号公報
【特許文献4】特許公報第3766391号
【特許文献5】特開2006−053004号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
質量分析時に多種類の成分が同時にイオン化すると、2次質量分析に必要な時間を十分にとれず、未分析なイオンが生じてしまう。従来技術では、試料調製の段階で試料を分画するなどの工夫を行い同時にイオン化するイオン数を少なくすることや、2次質量分析に必要な時間の短縮を目的とする装置の開発や、2次質量分析を行う標的イオンを選択する制御ソフトウエアのアルゴリズムの改良などが行われてきた。
安定同位体で標識した2試料の混合液を比較定量解析する場合、従来技術では、未分析イオンの問題を十分に解決することが難しい。なぜなら、2次質量分析を行う工程では安定同位体標識する長所が短所になりイオン数が増えてしまうからである。安定同位体でそれぞれ標識した2試料は、化学的性質が類似しているため試料分離用の液体クロマトグラフから、ほぼ同じ保持時間に溶出される長所がある。この長所は質量分析時における2試料間のイオン化のばらつきを最小限にする。しかし、2次質量分析を行う親イオンを選択する際に、同時にイオン化される成分が2倍に増えるため、親イオンの選択が複雑かつ困難になる。
【0010】
本発明の目的は、多種類の成分を含む生体試料などの試料を安定同位体で標識し、比較定量解析を行うときに生じた上記課題を解決し、さらに、多量な成分が含まれる中で微量な成分を効率良く分析し、分析時間を短縮する質量分析システム及び方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
2次質量分析データからアミノ酸配列解析を行い、安定同位体で標識された特定アミノ酸の有無を判断し、MSスペクトル中の同位体標識ペアのm/zを計算し、計算したm/z情報を用いて2次質量分析を行う標的イオンを効率良く選択する。
【0012】
そのために、質量数の異なる複数安定同位体で特定アミノ酸を各々標識された複数試料の混合液を用い、液体クロマトグラフ−タンデム型質量分析装置であって、アミノ酸と標識された特定アミノ酸の配列解析を行うアミノ酸配列解析部と、その解析結果からMSスペクトル中の同位体標識ペアのm/zを算出し、2次質量分析を行うか判断する情報処理部をもつ液体クロマトグラフ−タンデム型質量分析を提供する。
【0013】
また、前記アミノ酸配列解析部と情報処理部は、質量数の異なる複数安定同位体で作られた3種類の質量数の標識を用いて特定アミノ酸を各々標識された複数試料の混合液や安定同位体標識以外の修飾された試料からでも、2次質量分析を行うか否かを判断できる。
【0014】
本装置を用いることにより、比較定量比の精度向上や、ペプチドの同定精度の向上や、計測時またはメインテナンス時における質量分析計のクオリティーコントロール情報として利用可能性を得ることができる。
【0015】
本発明に係わる質量分析システムは、一例として、質量数の異なる複数安定同位体で特定アミノ酸を各々別個に標識された複数試料の混合液を分離する分離部と、前記分離部で分離された試料をイオン化するイオン化部と、前記イオン化部でイオン化されたイオンについて1次質量分析を行い、かつ特定のイオンを親イオンとして解離させる2次質量分析を行う質量分析部と、前記質量分析部の分析結果について処理する情報処理部と、前記複数の安定同位体で標識されたアミノ酸の質量情報を記憶し、かつ、前記2次質量分析で得る2次フラグメントの情報から前記2次質量分析で解離させた前記親イオンのアミノ酸配列を分析するアミノ酸配列解析部と、前記アミノ酸配列解析部の解析結果に基づき、前記2次フラグメントイオンについて、前記特定アミノ酸を含む特定フラグメントイオンの有無を判断する情報処理部と前記情報処理部が前記特定フラグメントイオンについて有と判断するとき、2次質量分析対象外イオン情報を作成し、その情報を記憶する記憶部とを有し、前記情報処理部が前記特定フラグメントイオンについて有と判断するとき、前記特定フラグメントイオンが前記複数安定同位体のうちより重い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含むときには、前記特定のイオンのピークにピークが隣接した、より軽い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含むイオンについて前記2次質量分析対象外情報を作成して前記記憶部に記憶し、前記特定フラグメントイオンが前記複数安定同位体のうちより軽い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含むときには、前記特定のイオンのピークにピークが隣接した、より重い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含むイオンについて前記2次質量分析対象外情報を作成して前記記憶部に記憶することを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、複数安定同位体により標識された生体試料などの混合液を比較定量解析する際に、同じ成分由来の重複した二次質量分析を避け、微量な成分を効率良く二次質量分析でき、分析時間を短縮できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、図面を参照し、本発明の実施形態について説明する。
【0018】
本発明の第1実施例について、図1〜図8を用いて説明する。図1は質量分析システム1の実施の形態を示す機能ブロック図である。分析対象の混合試料10は質量数の異なる複数安定同位体で特定アミノ酸を各々標識された試料を混合したものである。安定同位体にはH(D)、13C、15N、17O、18Oなどを用いることができる。標識試料の作成方法にはシステインを標識する方法、リジンを標識する方法、トリプトファンを標識する方法、すでに標識されたアミノ酸培地で培養する方法、合成ペプチドを作成する方法など様々な方法がある。以下では、安定同位体標識の方法としてアプライドバイオシステム社製のCleavable ICAT(登録商標)試薬を採用した例を示す。
【0019】
Cleavable ICAT(登録商標)試薬はタンパク質に含まれるシステインを重い標識試薬(131017、モノアイソトピック質量236.15)または軽い標識試薬(121017、モノアイソトピック質量227.15)で標識する。各々標識された試料を混合した後に、トリプシンなどの消化酵素によって切断されペプチドになり、システインが標識されたペプチドが精製される。その後、精製に用いたタグを切断及び除去すると、混合試料10となる。さらに、分画・脱塩をしても良い。
【0020】
混合試料10は試料分離部11にて液体クロマトグラフまたはガスクロマトグラフまたはキャピラリー電気泳動などで分離・分画される。以下では、試料分離部11における分離系として液体クロマトグラフを採用した例を示す。液体クロマトグラフではトラップカラムや分離カラムに一旦試料を吸着させる。カラムに導入される移動相溶液の組成に応じて、特定の物質が移動相溶液に溶出される。移動相の組成を段階的に変化させることによりカラムに吸着させた試料を順次溶出させ分離を行う。一方、比較したいペプチド同士は質量数の異なる複数安定同位体で標識されているが、アミノ酸配列が同じであるためカラムに保持される化学的性質はほぼ等しいため、比較したい試料同士が分離されること無く、ほぼ同じ保持時間に同位体標識ペアとなり液体クロマトグラフから溶出される性質がある。
【0021】
試料分離部11で分離された試料はイオン化部12に導入されイオン化し、質量分析部13に導入される。イオン化の手法にはエレクトロスプレーイオン化法、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法、電子イオン化法、化学イオン化法、高速原子衝撃法、大気圧イオン化法などがある。以下では、イオン化部12におけるイオン化法としてエレクトロイオンスプレー法を採用し、正イオンモードで測定した例を示す。
【0022】
質量分析部13に導入されたイオンは、質量分析、または、タンデム質量分析され、イオン検出部14で検出される。質量分析計には、四重極型質量分析計、イオントラップ型質量分析計、飛行時間型質量分析計、フーリエ変換型質量分析計などがあり、タンデム質量分析計はこれら質量分析部を連結したものから構成されている。イオントラップ型質量分析計は単独でもn次質量分析まで可能である。以下では、質量分析部13における質量分析装置の構成として、イオントラップ型質量分析計と飛行時間型質量分析計のタンデム質量分析装置を採用した例を示す。タンデム型ではあるが、イオントラップ型質量分析計と組み合わせたことにより、n次質量分析まで可能である。
【0023】
2次質量分析とは、特定のm/zを持つイオン(親イオン)を選択し、更に、その親イオンを解離し、その際に断片化したフラグメントイオンの質量分析を行う分析法である。更に、2次質量分析で得られたフラグメントイオンのうちの一つを親イオンとして選択し、解離させて得られたフラグメントイオンの質量分析を3次質量分析と呼ぶ。このようにして、選択と解離を他段階で行う質量分析をn次質量分析と呼ぶ。
【0024】
親イオンの解離方法として、イオンをヘリウムなどの不活性気体分子に衝突させて解離させる衝突誘起解離(collision−induced dissociation;CID)と呼ばれる方法や、イオンに電子を捕獲させて断片化させる電子捕獲解離(electron captured dissociation;ECD)と呼ばれる方法や、イオン同士の反応を利用する事で試料イオンに電子を提供し断片化させる(electron transfer dissociation;ETD)と呼ばれる方法や、イオンに強い赤外光を照射して解離させる赤外多光子吸収解離(infrared multi−photon dissociation;IRMPD)と呼ばれる方法や、イオン化と同時あるいはその直後にイオン化室でおこるインソース分解(in source decay;ISD)やイオン源の加速電場を出た後に自然分解するポストソース分解(post source decay;PSD)などがあり、以下では、質量分析部13における親イオンの解離方法としてCID法を採用した例を示す。
【0025】
情報処理部20で、試料分離部11、イオン化部12、質量分析部13、イオン検出部14の制御を行い、さらに、得られたデータの解析処理も行う。さらには、アミノ酸配列解析部21でアミノ酸配列解析を行い、その解析結果を記憶部22に記憶し、判断処理を行う。さらには、端末30の制御も行い、表示部31には解析結果などが表示され、入力部32からアミノ酸配列解析に必要な情報を入力することができる。
【0026】
質量分析システムの実施時の流れを図2のフローを用いて示す。混合試料10は試料分離部11に導入され分離し、イオン化部12でイオン化される。イオンは質量分析部13で1次質量分析されイオン検出部14で検出される。
【0027】
情報処理部20では、公知の方法を用いて1次質量分析結果を解析し、2次質量分析を行う複数の親イオン候補を抽出する(ステップ100)。親イオン候補の抽出方法として、MSスペクトル中に固有のm/zのイオンが存在するか判断して抽出する方法や、MSスペクトル中から安定同位体で標識された同位体標識ペアを探し出し抽出する方法など、さまざまな方法がある。以下では、MSスペクトルを解析し、ピーク強度の高い順に親イオン候補を抽出した例を図3に示す。
【0028】
図3では1次質量分析により、3種類のペプチド(a、b、c)由来のピークが観測されたMSスペクトルを例として示す。本来、ペプチドイオンのピークはモノアイソトピックピークと同位体ピークの両方から構成されるが、図を簡略化するため、モノアイソトピックピークだけで示す。それぞれのペプチドには同位体標識ペアピーク、すなわち、システインを重い標識試薬で標識されたタンパク質に由来するペプチドのピークとシステインを軽い標識試薬で標識されたタンパク質に由来するペプチドのピークとの対が存在するため、合計6本のピークが観察される。強度の大きい順に1〜6までの番号を振り、2次質量分析を行う親イオン候補の優先順位及びピークの番号とする。
【0029】
次に、情報処理部20で公知の方法を用いて親イオンの価数を判定する(ステップ101)。図4にペプチド由来のピークの模式図を示す。ペプチドのピークはモノアイソトピックピークと同位体ピークから構成される。それぞれのピーク間隔はΔmである。価数をzとすると、Δm=1/zの関係が成り立つ。Δmを求めれば容易に親イオンの価数を判定できる。ステップ100の前にステップ101を行ってもよい。
【0030】
次に、情報処理部20で親イオン候補の数のループ処理(ステップ102)を行う。
【0031】
次に、情報処理部20で記憶部22と照合し、候補として挙げた親イオンの2次質量分析が禁止されているか判断する(ステップ103)。禁止されてなければ、候補親イオンは次の2次質量分析に進み、禁止の場合はステップ102に戻り、新たな親イオンを候補に挙げてステップ103に進む。ステップ103における判断材料として必要な情報は記憶部22に記憶されている。記憶部22に記憶された判断情報内容の例を図5に示す。親イオンのm/z情報と、その属性情報として2次質量分析は非対象であると指示する情報である。親イオンのm/z情報には親イオンのモノアイソトピック質量が記憶される。そのほかの情報として、親イオンの価数、MSスペクトルの強度、液体クロマトグラフでの溶出時間、2次質量分析の分析回数、MSスペクトルの強度、記憶情報有効時間などの選択基準を記憶させても良い。記憶部22に記憶される記憶情報は、予め入力部32から入力されていてもよい。
【0032】
ステップ103において候補親イオンのm/zと記憶部に記憶されたm/zを比較するとき、候補親イオンのm/zと記憶部に記憶されたm/zの差であるΔm/zがδの範囲内、すなわち、|Δm/z|<δであるイオンを同一の親イオンとみなしている。δは質量分析計の質量数測定誤差としてもよい。
【0033】
次に、2次質量分析に進めた親イオンは2次質量分析されイオン検出部で検出される。得られたMSスペクトルはアミノ酸配列解析部21でアミノ酸配列解析される(ステップ104)。アミノ酸配列解析法として、ペプチドの部分配列をde novo配列解析する手法を用いる。MSスペクトル中のフラグメントイオンの間隔に対応する質量のアミノ酸があるかどうか調べ配列解析する方法である。すなわち、既知タンパク質のアミノ酸配列データベースに依存せず、配列を決定できる方法である。そのため、配列が未知なペプチドでも、複数安定同位体で標識された特定アミノ酸の有無が判断可能になる。
【0034】
また、複数安定同位体で標識された特定アミノ酸の有無の判断は、まれにMSスペクトル中に観測される複数安定同位体で標識された特定アミノ酸のモノアイソトピック質量または標識物のモノアイソトピック質量から判断もできるが、特定アミノ酸の個数が単数か複数か区別できない欠点がある。
【0035】
また、複数安定同位体で標識された特定アミノ酸の有無の判断は、de novo配列解析しなくても、その解析中に行われるフラグメントイオン間の質量差が複数安定同位体で標識された特定アミノ酸のモノアイソトピック質量と等しいかどうかだけ着目して解析すれば判断できるが、de novo配列解析時に得られるイオンの種類(yイオン、bイオンなど)情報、配列の連続性情報、解読できた配列数情報などを補助的な情報として、より信頼性の高い判断を行うことが好ましい。
【0036】
図6に、複数安定同位体で標識された特定アミノ酸配列解析時に必須なモノアイソトピック質量情報の入力画面(表示部に表示される入力部)の例を示す。入力画面1000から情報を入力(もしくは選択)する。特定アミノ酸名称入力フィールド1001に、標識された特定アミノ酸名称を入力し、対応するモノアイソトピック質量入力フィールド1002にモノアイソトピック質量を入力する。登録ボタン1003を押し登録する。これらの特定アミノ酸の情報は予め入力されていても良い。20種類ある基本アミノ酸のモノアイソトピック質量情報は予め入力されていても良い。
【0037】
ステップ104における特定アミノ酸も含めたアミノ酸配列解析の例を図7に示す。二次質量分析により得られたMSスペクトル中のフラグメントイオンのピーク間隔と入力部で入力されたモノアイソトピック質量から、ピーク間隔に対応するアミノ酸を決定できる。ピーク2とピーク1の質量差に対応するアミノ酸はロイシンであり、ピーク3とピーク2の質量差に対応するアミノ酸は軽い標識化システインであり、ピーク4とピーク3の質量差に対応するアミノ酸はフェニルアラニンであり、ピーク5とピーク4の質量差に対応するアミノ酸はロイシンであることが分かる。以上のようにして特定アミノ酸を見つけることができる。
【0038】
次にアミノ酸配列解析部22で特定アミノ酸を含む特定フラグメントイオンが有と判断されたとき、情報処理部20で同位体標識ペアとなる親イオンのm/zを計算する(ステップ105)。
【0039】
同位体標識ペアとなる親イオンのm/zの計算方法の流れを図8に示す。最初にアミノ酸配列解析部22で特定アミノ酸の個数を数え(ステップ200)、次に、特定アミノ酸を標識した安定同位体の質量数で場合分けを行う(ステップ201)。アミノ酸配列解析部22で、重い標識化システインのみが有と判断されたとき、「より重い」と判断し、ステップ202に進み、軽い標識化システインのみが有と判断されたとき「より軽い」と判断し、ステップ203に進み、重い標識化システインと軽い標識化システインの両方が有と判断されたとき、「その他」と判断し、終了のステップに進む。ステップ202では、親イオンに隣接した、より軽い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含む親イオンのm/zを算出(式1、数3または数4)し、終了する。
【0040】
親イオンのm/zをM、価数をz、特定アミノ酸の個数をn、安定同位体標識物のモノアイソトピック質量をL、水素原子のモノアイソトピック質量をH、特定アミノ酸が標識されていないペプチドのモノアイソトピック質量をMとしたとき、エレクトロスプレーイオン化法の正イオンモードで観測された、親イオンのm/zは、
【0041】
【数1】

となり、Mは式1−1より
【0042】
【数2】

となる。同位体標識ペアとなる親イオンのm/zをM、価数をz、安定同位体標識物のモノアイソトピック質量をLとすると、
【0043】
【数3】

となり、式1−3に式1−2を代入すると、
【0044】
【数4】

となる。Mは(式1−3)または(式1−4)の何れからか算出できる。負イオンモードの時はプロトンを引いた式にすればよい。
【0045】
m/zの算出方法を式1に数値を入れて示す。親イオンのm/zであるMが669.31、価数であるzが2、特定アミノ酸の個数であるnが1、安定同位体標識物のモノアイソトピック質量であるLが236.15、水素原子のモノアイソトピック質量であるHが1、特定アミノ酸が安定同位体で標識されていないペプチドのモノアイソトピック質量であるMは式1−2より、1100.47となる。隣接する同位体標識ペアとなる親イオンのm/zであるMは、価数をz=z、標識物のモノアイソトピック質量であるLを227.15とすると、式1−3から664.81となる。
【0046】
以上に示した同位体標識ペアのm/zの算出方法は、MSスペクトル中から特定アミノ酸の直接的な証拠を得てから算出するため擬陽性が生じにくい特徴がある。
【0047】
ステップ203に進んだ場合、式1から同様にして、親イオンに隣接した、より重い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含む親イオンのm/zを算出し、終了する。
【0048】
次に、情報処理部20でステップ202またはステップ203で算出した親イオンのm/zを2次質量分析対象外情報として記憶部に登録する。親イオンのm/zも2次質量分析対象外情報として記憶部に登録してもよい(ステップ106)。
【0049】
全ての親イオン候補について、ステップ102に戻り繰り返す。
【0050】
次に、試料分離部から溶出されていない試料が残っている場合は、新たに試料分離部から溶出された試料をイオン化するフローに戻る。全ての試料の分離作業が終了していれば、分析を終了し、図2の質量分析フローは終了する。
【0051】
以上のフローに従って実施すると、図3で示した第1実施例の2次質量分析の順番は以下のようになる。最初にペプチドb由来のピーク1が2次質量分析されると、その同位体標識ペアであるピーク2のm/zが算出され2次質量分析対象外となる。次にペプチドa由来のピーク3が2次質量分析されると、その同位体標識ペアであるピーク4のm/zが算出され2次質量分析対象外となる。次にペプチドc由来のピーク5が2次質量分析されると、その同位体標識ペアであるピーク6のm/zが算出され2次質量分析対象外となる。以上の流れにより、従来ならば6回の二次質量分析が必要であるフローが1/2の分析回数で済む。
【0052】
次に第2実施例について図9を用いて説明する。ここでは、n次質量分析が可能なイオントラップ型質量分析計を用いて、十分な強度を持つフラグメントイオンのアミノ酸配列解析を繰り返し行う。
【0053】
第1実施例における図2のフローと多くのステップが共通している。新たに増えたステップだけを説明する。まず、ステップ300でn次質量分析の初期値2を入れる。次にステップ301でn次質量分析を行う。次のステップのイオン検出、アミノ酸配列解析はn値に関係なく同じ手法で行われる。ステップ302で(n+1)次質量分析を行うか判断する。例えば、フラグメントイオンの最大強度がある閾値以上のとき、(n+1)次質量分析を行うと判断してもよい。(n+1)次質量分析を行うと判断されたとき、ステップ303でnに1を加える。ステップ304で選択、解離を行う親イオンを選定する。例えば、最大強度のフラグメントイオンを親イオンに選定してもよい。アミノ酸配列解析を繰り返すため、実施例1よりもアミノ酸配列解析情報が多く得られ、より精度よく特定アミノ酸を含む特定フラグメントイオンの有無を明らかにすることができる。
【0054】
次に第3実施例について図10、図11を用いて説明する。ここでは質量数の異なる複数安定同位体で作られた3種類の質量数の安定同位体標識の方法としてSERVA Electrophoresis GmbH社製のSERVA ICPL(登録商標)Triplex−Kit試薬を採用した例を示す。
【0055】
SERVA ICPL(登録商標) Triplex−Kit試薬は、リジンを重い標識試薬(1−(13)−Nicotinoyloxy−succinimide、モノアイソトピック質量111.0419)または中間の質量の標識試薬(1−(12)−Nicotinoyloxy−succinimide、モノアイソトピック質量109.0715)または軽い標識試薬(1−(12)−Nicotinoyloxy−succinimide、モノアイソトピック質量105.0215)で標識する。
図6のようなモノアイソトピック質量情報入力画面を通して三種類の特定アミノ酸(重い標識化リジン、中間の標識化リジン、軽い標識化リジン)のモノアイソトピック質量を入力し、登録する。これらの情報は予め入力されていても良い。
【0056】
3種の混合試料は第1実施例または第2実施例で説明した方法で計測される。その中でステップ105における同位体標識ペアとなる親イオンのm/zの計算方法が違う。以下で詳細に説明する。
【0057】
3種類の質量数の標識で標識されたときの同位体標識ペアとなる親イオンのm/zの計算方法の流れを図10に示す。最初にアミノ酸配列解析部22で特定アミノ酸の個数を数え(ステップ400)、次に、特定アミノ酸を標識された複数安定同位体の質量数で場合分けを行う(ステップ401)。アミノ酸配列解析部22で、重い標識化リジンのみが有と判断されたとき、「より重い」と判断し、ステップ402に進み、中間の標識化リジンのみが有と判断されたとき、「中間」と判断し、ステップ403に進み、軽い標識化リジンのみが有と判断されたとき「より軽い」と判断し、ステップ404に進み、2種類以上の標識化リジンが有と判断されたとき、「その他」と判断し、終了のステップに進む。ステップ402では、親イオンに隣接した、より軽い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含む親イオンのm/zと、中間の安定同位体で標識された特定アミノ酸を含む親イオンのm/zを算出(式1)し、終了する。
【0058】
m/zの算出方法を式1に数値を入れて示す。親イオンのm/zであるMが669.31、価数であるzが2、特定アミノ酸の個数であるnが1、安定同位体標識物のモノアイソトピック質量であるLが111.0419、水素原子のモノアイソトピック質量であるHが1、特定アミノ酸が標識されていないペプチドのモノアイソトピック質量であるMは式1−2より、1225.57となる。隣接する、より軽い同位体標識ペアとなる親イオンのm/zであるMP1は、価数をz=z、安定同位体標識物のモノアイソトピック質量であるLを105.0215とすると、式1−3から666.29となる。隣接する、より中間の同位体標識ペアとなる親イオンのm/zであるMP2は、価数をz=z、安定同位体標識物のモノアイソトピック質量であるLを109.0715とすると、式1−3から668.32となる。
【0059】
ステップ403に進んだ場合、式1から同様にして、親イオンに隣接した、より軽い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含む親イオンのm/zと、より重い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含む親イオンのm/zを算出し、終了する。
【0060】
ステップ404に進んだ場合、式1から同様にして、親イオンに隣接した、より重い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含む親イオンのm/zと、中間の安定同位体で標識された特定アミノ酸を含む親イオンのm/zを算出し、終了する。
【0061】
以上のフローに従って実施したときの、2次質量分析の解析順番を図11の例を用いて説明する。図11では1次質量分析により2種類のペプチド(a、b)由来のピークが観測されたMSスペクトルを例として示す。図を簡略化するためペプチドイオンのピークはモノアイソトピックピークだけで示す。それぞれのペプチドには同位体標識ペアピークが存在するため、合計6本のピークが観察される。強度の大きい順に1〜6までの番号を振り、2次質量分析を行う親イオン候補の優先順位及びピークの番号とする。最初にペプチドb由来のピーク1が2次質量分析されると、その同位体標識ペアであるピーク2とピーク3のm/zが算出され2次質量分析対象外となる。次にペプチドa由来のピーク4が2次質量分析されると、その同位体標識ペアであるピーク5とピーク6のm/zが算出され2次質量分析対象外となる。以上の流れにより、従来ならば6回の二次質量分析が必要であるフローが1/3の分析回数で済む。
【0062】
第3実施例は質量数の異なる複数安定同位体で作られたn種類の質量数の安定同位体標識された混合試料にも適用したものである。この場合、以下の手順を行えば適用できる。図6のようなモノアイソトピック質量情報入力画面を通してn種類の特定アミノ酸のモノアイソトピック質量を入力し、登録する。これらの情報は予め入力されていても良い。安定同位体ペアのm/zの計算時に、安定同位体標識物のモノアイソトピック質量であるLにそれぞれの標識物のモノアイソトピック質量を代入すれば、式1−3から全ての安定同位体ペアのm/zを算出できる。
【0063】
次に第4実施例について図12を用いて説明する。ここでは、親イオンの価数が違う同位体標識ペアのm/zを算出し、2次質量分析対象外とする。
【0064】
図12では、1次質量分析の結果、1種類のペプチドa由来のピークが観測されたMSスペクトルを例として示す。図を簡略化するためペプチドイオンのピークはモノアイソトピックピークだけで示す。aは1価のピーク、aは2価のピーク、aは3価のピークを示している。それぞれの価数に付き同位体標識ペアピークが存在するため、合計6本のピークが観察される。強度の大きい順に1〜6までの番号を振り、2次質量分析を行う親イオン候補の優先順位及びピークの番号とする。最初に価数が2のピーク1が2次質量分析されると、その同位体標識ペアピークであるピーク2のm/zが第1実施例の方法によって算出され2次質量分析対象外となる。さらに、式1−3においてペアとなるイオンの価数であるzに3を代入すると、ピーク4のm/zが求められ、価数zに1を代入するとピーク6のm/zが求める。さらに、式1−4において標識物のモノアイソトピックピーク質量が同じ(L=L)とし、ペアとなるイオンの価数であるzに3を代入するとピーク3のm/zが求められ、価数zに1を代入するとピーク5のm/zが求められ、2次質量分析対象外となる。以上の流れにより、従来ならば6回の二次質量分析が必要であるフローが1/6の分析回数で済む。
【0065】
また、第4実施例は、第2実施例で示したn次質量分析が可能なイオントラップ型質量分析計を用いて実施することができる。また、第4実施例は、第3実施例で示した質量数の異なる複数安定同位体で作られたn種類の安定同位体標識された混合試料で実施することができる。
【0066】
次に第5実施例について図13を用いて説明する。ここでは、修飾されたペプチドから同位体標識ペアのm/zを算出(式2、数8または数9)し、2次質量分析対象外とする。修飾の例として、スレオニンのリン酸化を採用した例を示す。図6のようなモノアイソトピック質量情報入力画面を通してリン酸化スレオニンのモノアイソトピック質量を入力し、登録する。これらの情報は予め入力されていても良い。
【0067】
修飾物のモノアイソトピック質量をMとしたとき、k種の修飾物のモノアイソトピック質量の和は、
【0068】
【数5】

となる。
【0069】
親イオンのm/zをM、価数をz、特定アミノ酸の個数をn、安定同位体標識物のモノアイソトピック質量をL、水素原子のモノアイソトピック質量をH、特定アミノ酸が標識されていないペプチドのモノアイソトピック質量をMとしたとき、エレクトロスプレーイオン化法の正イオンモードで観測された、ペプチドの修飾を考慮した親イオンのm/zは、式2−1を式1−1に加えることにより求めると、
【0070】
【数6】

となり、Mは式2−2より
【0071】
【数7】

となる。ペプチドの修飾を考慮していない同位体標識ペアとなる親イオンのm/zをM、価数をz、安定同位体標識物のモノアイソトピック質量をLとすると、
【0072】
【数8】

となり、式2−4に式2−3を代入すると、
【0073】
【数9】

となる。Mは(式2−4)または(式2−5)の何れからか算出できる。負イオンモードの時はプロトンを引いた式にすればよい。
【0074】
図13では、1次質量分析の結果、1種類のペプチドa由来のピークと修飾されたペプチドa由来のピークが観測されたMSスペクトルを例として示す。図を簡略化するためペプチドイオンのピークはモノアイソトピックピークだけで示す。aとaは1価のピーク、aとaは2価のピーク、aとaは3価のピークを示している。それぞれの価数に付き同位体標識ペアピークが存在するため、合計12本のピークが観察される。強度の大きい順に1〜12までの番号を振り、2次質量分析を行う親イオン候補の優先順位及びピークの番号とする。最初に価数が2のピーク1が2次質量分析されると、アミノ酸配列解析結果よりリン酸化スレオニンの有無が判断できる。1個のリン酸化スレオニンが有と判断されたとき、式2−1における修飾物のモノアイソトピック質量であるMは79.96となる。特定アミノ酸の個数であるn、安定同位体標識物のモノアイソトピック質量であるLもアミノ酸配列解析結果から同時に得られ、水素原子のモノアイソトピック質量であるHを1、ピーク1の親イオンのm/zをM、価数をzとして式2−2または式2−3に代入するとMが求められ、リン酸化されていないペプチドの同位体標識ペアであるピーク4のm/zが式2−4または式2−5より算出できる。
【0075】
さらに、第4実施例の方法を用いると、ピーク1からピーク2、ピーク5、ピーク6、ピーク9、ピーク10のm/zが求められ、ピーク4からピーク3、ピーク7、ピーク8、ピーク11、ピーク12のm/zが求められ、2次質量分析対象外となる。以上の流れにより、従来ならば12回の二次質量分析が必要であるフローが1/12の分析回数で済む。
【0076】
第5実施例は複数箇所のアミノ酸が修飾されたペプチドであっても以下の手順を行えば適用できる。図6のようなモノアイソトピック質量情報入力画面を通して複数個の修飾物のモノアイソトピック質量を入力し、登録する。これらの情報は予め入力されていても良い。
【0077】
また、修飾されたペプチドと修飾されてないペプチドは液体クロマトグラフのカラムに保持される化学的性質が異なるため溶出時間が若干異なる事もあるが、記憶部で2次質量分析対象外リストを記憶し続けられるため、溶出時間が異なっても2次質量分析対象外の判断が行える。さらに、経験的に求められる溶出時間の違いを、記憶部22に記憶情報有効時間として予め入力部から入力しておけば、有効時間の終了後に別種類のペプチドが同じm/zに計測された場合、2次質量分析を行うことができる。また、リン酸化ペプチドの解析時に親イオンの解離をCID法で行うとリン酸基が脱落しやすい。リン酸基の脱落しにくいECD法またはETD法を用いる事が望ましい。
【0078】
また、第5実施例はリン酸化だけでなく酸化、アセチル化、ユビキチン化、脂質修飾、糖鎖修飾、過酸化脂質修飾、グリケーション、ニトロシル化などの様々なタンパク質の翻訳後修飾に適用できるが、適用が難しい場合もある。例えば、基本20種のアミノ酸のモノアイソトピック質量と修飾されたアミノ酸のモノアイソトピック質量が近い場合、両者の区別は難しい。例えば、フェニルアラニンのモノアイソトピック質量は147.06でありメチオニンが酸化された場合の酸化メチオニンのモノアイソトピック質量は147.03である。そのような場合は、アミノ酸配列解析時に用いる質量分析部に質量精度のよいフーリエ変換型質量分析計を用いる事が望ましい。
【0079】
また、第5実施例は親イオンの解離時にセリン、スレオニン、グルタミン酸、アスパラギン酸から脱水(−18Da)する場合やアルギニン、リジン、アスパラギン、グルタミンから脱アンモニア(−17Da)する場合も以下の手順を行えば適用できる。図6のようなモノアイソトピック質量の情報入力画面を通して水やアンモニアの脱離したアミノ酸のモノアイソトピック質量を入力し、登録する。これらの情報は予め入力されていても良い。また、第5実施例はアミノ酸配列解析時に安定同位体で標識された特定アミノ酸と特定修飾アミノ酸の有無を判断し、両方が有の時に二次質量分析対象外情報を作成するが、特定修飾アミノ酸だけが有の時にも二次質量分析対象外情報を作成してもよい。また、第5実施例は、第2実施例で示したn次質量分析が可能なイオントラップ型質量分析計を用いて実施することができる。また、第5実施例は、第3実施例で示した質量数の異なる複数安定同位体で作られたn種類の安定同位体標識された混合試料で実施することができる。
第1実施例〜第5実施例では算出したm/z情報を全て二次質量分析の対象外情報にしたが、二次質量分析の対象情報にしてもよい。その場合は図5に示したm/z情報の属性を2次質量分析対象とする。比較定量したい同位体標識ペアを優先的に同定したい場合に用いるとよい。
【0080】
次に第6実施例について説明する。ここでは、親イオンと同位体標識ペアイオンの全てを含む条件で、1次質量分析の積算回数または測定時間を調整して行う。
【0081】
第1実施例〜第3実施例にて説明した方法で計測された試料は、ステップ105における同位体標識ペアとなる親イオンのm/zを計算後、ループを抜け出し、積算回数または測定時間を調整して1次質量分析を行う。このとき、高速に分析を行うために親イオンと同位体標識ペアイオンの全てを含むm/z範囲で1次質量分析を行っても良い。1次質量分析結果のSN比がよくなることにより、1次質量分析データを元にして算出する比較定量比の精度がよくなる。
【0082】
次に第7実施例について説明する。ここでは、親イオンと同位体標識ペアイオンの全てを含む条件で、2次質量分析の積算回数または測定時間を調整して行う。第1実施例〜第3実施例で説明した方法で計測された試料は、ステップ105における同位体標識ペアとなる親イオンのm/zを計算後、ループを抜け出し、積算回数または測定時間を調整して親イオンと同位体標識ペアイオンの全てを選択および解離して2次質量分析を行う。全部の親イオンの情報を用いることにより、単独ではイオン量が少なく同定が困難なペプチドを同定できる可能性が増える。
【0083】
次に第8実施例について図14を用いて説明する。ここでは、2次質量分析回数あたりの特定アミノ酸出現回数を表示する。第1実施例、第2実施例で示した方法で計測された試料は、ステップ105における同位体標識ペアとなる親イオンのm/zの計算時に特定アミノ酸の出現回数情報をステップ200で作成する。さらに、2次質量分析ステップで2次質量分析回数情報を作成する。モニタ画面1000では、二次質量分析回数がフィールド2001に表示され、特定アミノ酸の出現回数がフィールド2002に表示され、より重い安定同位体の出現回数がフィールド2003に表示され、より軽い安定同位体の出現回数がフィールド2004に表示される。回数表示フィールドを増やすことにより、第3実施例、第5実施例で示した特定アミノ酸の種類が増えた場合でも表示できる。
【0084】
以上の表示により、計測者が計測終了後に時間をかけて詳細な解析をしなくても、計測の途中で、試料中に含まれる特定アミノ酸で標識された試料のおおよその数および割合がわかり、試料について考察できる。また、計測時やメインテナンス時における質量分析計のクオリティーコントロール情報としても活用できる。
【図面の簡単な説明】
【0085】
【図1】本発明に係る質量分析システムの実施の形態を示す機能ブロックを示した説明図である。
【図2】本発明の第1実施例による質量分析フローの流れを示した説明図である。
【図3】本発明の第1実施例によるMSスペクトルを解析してピーク強度の高い順に親イオン候補を抽出した例の説明図である。
【図4】本発明の第1実施例による親イオンの価数判定方法の例の説明図である。
【図5】本発明の第1実施例による記憶部に記憶された判断情報内容の例の説明図である。
【図6】本発明の第1実施例における特定アミノ酸配列解析時に必須なモノアイソトピック質量情報の入力画面の例の説明図である。
【図7】本発明の第1実施例における特定アミノ酸も含めたアミノ酸配列解析の例の説明図である。
【図8】本発明の第1実施例による同位体標識ペアとなる親イオンのm/zの計算方法を示した説明図である。
【図9】本発明の第2実施例によるn次質量分析に対応した質量分析フローの流れを示した説明図である。
【図10】本発明の第3実施例による3種類の質量数の標識で標識したときの同位体標識ペアとなる親イオンのm/zの計算方法を示した説明図である。
【図11】本発明の第3実施例による3種類の質量数の標識で標識された試料のMSスペクトルを解析してピーク強度の高い順に親イオン候補を抽出した例を示した説明図である。
【図12】本発明の第4実施例による親イオンの価数が違う同位体標識ペアのMSスペクトルを解析してピーク強度の高い順に親イオン候補を抽出した例を示した説明図である。
【図13】本発明の第5実施例による修飾されたペプチドの同位体標識ペアのMSスペクトルを解析してピーク強度の高い順に親イオン候補を抽出した例を示した説明図である。
【図14】本発明の第8実施例における2次質量分析回数あたりの特定アミノ酸出現回数の表示例を示した説明図である。
【符号の説明】
【0086】
1 質量分析システム
10 混合試料
11 試料分離部
12 イオン化部
13 質量分析部
14 イオン検出部
20 情報処理部
21 アミノ酸配列解析部
22 記憶部
30 端末
31 表示部
32 入力部
1000 モニタ画面
1001 特定アミノ酸名称入力フィールド
1002 モノアイソトピック質量入力フィールド
1003 登録ボタン
2001、2002、2003、2004 回数表示フィールド。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量数の異なる複数安定同位体で特定アミノ酸を各々別個に標識された複数試料の混合液を分離する分離部と、
前記分離部で分離された試料をイオン化するイオン化部と、
前記イオン化部でイオン化されたイオンについて1次質量分析を行い、かつ特定のイオンを親イオンとして解離させる2次質量分析を行う質量分析部と、
前記質量分析部の分析結果について処理する情報処理部と、
前記複数の安定同位体で標識されたアミノ酸の質量情報を記憶し、かつ、前記2次質量分析で得る2次フラグメントの情報から前記2次質量分析で解離させた前記親イオンのアミノ酸配列を分析するアミノ酸配列解析部と、
前記アミノ酸配列解析部の解析結果に基づき、前記2次フラグメントイオンについて、前記特定アミノ酸を含む特定フラグメントイオンの有無を判断する情報処理部と
前記情報処理部が前記特定フラグメントイオンについて有と判断するとき、2次質量分析対象外イオン情報を作成し、その情報を記憶する記憶部とを有し、
前記情報処理部が前記特定フラグメントイオンについて有と判断するとき、前記特定フラグメントイオンが前記複数安定同位体のうちより重い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含むときには、前記特定のイオンのピークにピークが隣接した、より軽い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含むイオンについて前記2次質量分析対象外情報を作成して前記記憶部に記憶し、前記特定フラグメントイオンが前記複数安定同位体のうちより軽い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含むときには、前記特定のイオンのピークにピークが隣接した、より重い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含むイオンについて前記2次質量分析対象外情報を作成して前記記憶部に記憶することを特徴とする質量分析システム。
【請求項2】
前記親イオンは、特定の質量対電荷比を持つイオンであることを特徴とする請求項1に記載の質量分析システム。
【請求項3】
前記情報処理部が前記特定フラグメントイオンについて有と判断するとき、前記特定フラグメントイオンが前記複数安定同位体のうちより重い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含むときには、前記親イオンのピークにピークが隣接した、より軽い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含むイオンについて質量対電荷比情報をさらに作成して前記記憶部に記憶し、前記特定フラグメントイオンが前記複数安定同位体のうちより軽い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含むときには、前記親イオンのピークにピークが隣接した、より重い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含むイオンについて質量対電荷比情報をさらに作成して前記記憶部に記憶することを特徴とする請求項1に記載の質量分析システム。
【請求項4】
前記情報処理部は、前記2次質量分析の分析候補イオンが、前記記憶部に記憶された2次質量分析対象外イオン情報に該当するかをさらに判断し、前記質量分析部は、前記2次質量分析対象外イオン情報に該当しない前記2次質量分析候補イオンを2次質量分析することを特徴とする請求項1に記載の質量分析システム。
【請求項5】
前記質量分析部は、特定の親イオンについてn次質量分析を行い、
前記アミノ酸配列解析部は、前記n次質量分析から得られるn次フラグメントイオンの情報から前記2次質量分析のために解離させた親イオンのアミノ酸配列を分析し、
前記情報処理部は、前記アミノ酸配列解析部の解析結果に基づき、前記n次フラグメントイオンについて、前記特定アミノ酸を含む特定フラグメントイオンの有無を判断することを有する請求項1に記載の質量分析システム。
【請求項6】
前記分離部は、質量数の異なる3種類の安定同位体で特定アミノ酸を各々別個に標識された複数試料の混合液を分離し、
前記情報処理部が前記特定フラグメントイオンについて有と判断するとき、
前記特定フラグメントイオンが前記複数安定同位体のうちより重い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含むときには、前記親イオンのピークにピークが隣接した、より軽い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含むイオンについての前記2次質量分析対象外情報、および中間の質量の安定同位体で標識された特定アミノ酸を含むイオンについての前記2次質量分析対象外情報を作成して前記記憶部に記憶し、
前記特定フラグメントイオンが前記複数安定同位体のうち、中間の質量の安定同位体で標識された特定アミノ酸を含むときには、前記親イオンのピークにピークが隣接した、より軽い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含むイオンについての前記2次質量分析対象外情報、および、より重い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含むイオンについての前記2次質量分析対象外情報を作成して前記記憶部に記憶し、
前記特定フラグメントイオンが前記複数安定同位体のうち、より軽い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含むときには、前記親イオンのピークにピークが隣接した、中間の質量の安定同位体で標識された特定アミノ酸を含むイオンについての前記2次質量分析対象外情報、および、より重い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含むイオンについての前記2次質量分析対象外情報を作成して前記記憶部に記憶することを特徴とする請求項1に記載の質量分析システム。
【請求項7】
前記情報処理部が前記特定フラグメントイオンについて有と判断するとき、前記特定フラグメントイオンが前記複数安定同位体のうちより重い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含むときには、前記親イオンの価数の異なるピークにピークが隣接した、より軽い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含むイオンについての前記2次質量分析対象外情報を作成して前記記憶部に記憶し、前記特定フラグメントイオンが前記複数安定同位体のうちより軽い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含むときには、前記親イオンの価数の異なるピークにピークが隣接した、より重い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含むイオンについての前記2次質量分析対象外情報を作成して前記記憶部に記憶することを特徴とする請求項1に記載の質量分析システム。
【請求項8】
前記アミノ酸配列解析部は、修飾されたアミノ酸のモノアイソトピック質量情報をさらに記憶するものであり、前記情報処理部は、前記アミノ酸配列解析部の解析結果に基づき、前記2次フラグメントイオンについて、前記特定アミノ酸を含む特定フラグメントイオンおよび前記特定修飾アミノ酸を含む特定修飾フラグメントイオンの有無を判断し、
前記情報処理部が前記特定フラグメントイオンと特定修飾フラグメントイオンの両方について有と判断するとき、前記特定フラグメントイオンが前記複数安定同位体のうちより重い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含むときには、修飾のない前記親イオンのピークにピークが隣接した、より軽い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含むイオンについての前記2次質量分析対象外情報を作成して前記記憶部に記憶し、前記特定フラグメントイオンが前記複数安定同位体のうちより軽い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含むときには、修飾のない前記親イオンのピークにピークが隣接した、より重い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含むイオンについての前記2次質量分析対象外情報を作成して前記記憶部に記憶することを特徴とする請求項1に記載の質量分析システム。
【請求項9】
前記情報処理部が前記特定フラグメントイオンと特定修飾フラグメントイオンの両方について有と判断するとき、前記特定フラグメントイオンが前記複数安定同位体のうちより重い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含むときには、前記修飾のない前記親イオンの価数の異なるピークにピークが隣接した、より軽い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含むイオンについての前記2次質量分析対象外情報を作成して前記記憶部に記憶し、前記特定フラグメントイオンが前記複数安定同位体のうちより軽い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含むときには、前記修飾のない前記親イオンの価数の異なるピークにピークが隣接した、より重い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含むイオンについての2次質量分析対象外情報を作成して前記記憶部に記憶することを特徴とする請求項8に記載の質量分析システム。
【請求項10】
前記2次質量分析対象外情報に基づいて、前記親イオンと同位体標識ペアイオンの全てを含む条件で、1次質量分析の積算回数または測定時間を調整することを特徴とする請求項1のいずれかに記載の質量分析システム。
【請求項11】
前記2次質量分析対象外情報に基づいて、前記親イオンと同位体標識ペアイオンの全てを含む条件で、2次質量分析の積算回数または測定時間を調整することを特徴とする請求項1のいずれかに記載の質量分析システム。
【請求項12】
前記情報処理部が前記特定フラグメントイオンについて有と判断するときであって、前記特定フラグメントイオンが前記複数安定同位体のうちより重い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含む特定フラグメントイオン、もしくはより軽い安定同位体で標識された特定アミノ酸を含む特定フラグメントイオンの検出情報から特定アミノ酸の出現回数情報を作成し、前記表示部で表示することを特徴とする請求項1に記載の質量分析システム。
【請求項13】
前記特定アミノ酸は、システインであることを特徴とする請求項1に記載の質量分析システム。
【請求項14】
前記特定アミノ酸は、リジンであることを特徴とする請求項1に記載の質量分析システム。
【請求項15】
前記特定アミノ酸は、トリプトファンであることを特徴とする請求項1に記載の質量分析システム。
【請求項16】
前記特定アミノ酸は、リン酸化アミノ酸、酸化アミノ酸、アセチル化アミノ酸、ユビキチン化アミノ酸、脂質修飾したアミノ酸、糖鎖修飾したアミノ酸、過酸化脂質修飾したアミノ酸、グリケーションしたアミノ酸もしくはニトロシル化アミノ酸であることを特徴とする請求項1に記載の質量分析システム。
【請求項17】
前記特定アミノ酸は、脱水したアミノ酸もしくは脱アンモニアしたアミノ酸であることを特徴とする請求項1に記載の質量分析システム。
【請求項18】
前記特定アミノ酸の情報を入力する入力部をさらに有すること特徴とする請求項1に記載の質量分析システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2008−286568(P2008−286568A)
【公開日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−129998(P2007−129998)
【出願日】平成19年5月16日(2007.5.16)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】