説明

超伝導磁束量子ビット回路

【課題】超伝導磁束量子ビット回路における超伝導磁束量子ビットのトンネルエネルギーを高速かつ安定に制御できるようにする。
【解決手段】第1磁束制御線107および第2磁束制御線108は、第1ループ101および第2ループ102を挟んで配置される。また、第1磁束制御線107は、第1ループ101の側に配置され、第2磁束制御線108は、第2ループ102の側に配置される。また、第2弱結合第2弱結合104は、上記共有部と第1磁束制御線107との間の第1ループ101に配置される。加えて、第1ループ101に比較して第2ループ102は、大きな面積に形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジョセフソン接合などの弱結合を含む超伝導回路により構成された超伝導磁束量子ビット回路に関するものである。
【背景技術】
【0002】
量子コンピュータにおける基本要素となる量子ビットとして、超伝導磁束量子ビットがある。超伝導磁束量子ビットは、超伝導体を使っており、超伝導ギャップの存在のため環境の影響を受けにくいと考えられている。また、同じく超伝導体を使った電荷量子ビットに比較し、磁束のノイズは電荷のノイズに比べて少ないので、この点においても超伝導磁束量子ビットは有利である。
【0003】
このような超伝導磁束量子ビットとして、ジョセフソン接合を用いた超伝導ループから構成された素子(超伝導磁束量子ビット回路)がある(非特許文献1参照)。非特許文献1では、3つのジョセフソン接合を含む超伝導磁束量子ビットと、超伝導量子干渉素子(SQUID:Superconducting Quantum Interference Device)とを含む超伝導磁束転送器により、量子ビット間の量子もつれ状態を制御することについて示されている。
【0004】
この系を特徴づけるエネルギーには、次の2つがある。まず、超伝導ループを時計廻りに流れる超伝導永久電流状態|R>と、超伝導ループを反時計廻りに流れる超伝導永久電流状態|L>との間のエネルギー差εがある。また、上述した|R>および|L>の状態間の量子トンネリングに起因するエネルギー分裂Δがある。以下では、エネルギー分裂Δについては、トンネルエネルギーΔと称する。
【0005】
なお、第二励起状態以上の高励起状態からエネルギー的に離れることで、超伝導磁束量子ビットが良い近似で量子二準位系(量子ビット)とみなせるのは、ジョセフソン接合を複数個(通常3個または4個)含むループを貫く磁束(Φm)が、Φm=(n+1/2)Φ0条件の磁束量子Φ0の千分の1程度近傍にあるときである。なお、Φ0=h/(2e)=2.0678×10-15Wbである。また、nは整数である。
【0006】
上述した2つのエネルギーのうち、エネルギー差εを制御するには、超伝導ループを貫く磁束Φmを変化させればよいことが知られている。ここで、ε=0から離れるほど、エネルギー差εがループを貫く磁束Φmの急峻な関数となるため、磁束のゆらぎに起因する量子ビットレベル間のエネルギー差のゆらぎ(すなわちデコヒーレンス)が激しくなる。従って、エネルギー差εが0から離れることは、量子素子としての重要な指標であるコヒーレンス時間の激減を意味する。
【0007】
超伝導磁束量子ビットに普遍的に存在することが知られている磁束ゆらぎに起因するデコヒーレンスが極小となるのは、ε=0となるΦm=(n+1/2)Φ0の場合である。しかし、この場合、今度は量子ビットのエネルギーがトンネルエネルギーΔに固定されてしまい、複数の量子ビット間の演算で必須となる量子バスとの結合が、エネルギー的に不利である。
【0008】
ここで、超伝導磁束量子ビットの回路においては、例えば伝送線路共振器などで構成される量子バスが用いられる。このような量子バスと超伝導磁束量子ビットとを結合させるためには、超伝導磁束量子ビットのエネルギーを、量子バスとのエネルギー共鳴点まで移動させることになる。この超伝導磁束量子ビットのエネルギーの移動は、超伝導ループを貫く磁束Φmを変化させ、エネルギー差εを増加させることによって行う。しかしながら、この方法では、ε=0から離れるほどデコヒーレンスが激しくなるため、量子ビットの数が増えるほど量子バスを介した全系のコヒーレンス時間も短くなってしまうという問題を克服する必要があることが、当該分野では広く認識されてきた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】J.E.Mooij, T.P.Orlando,L.Levitov, Lin Tian, Casper H. van der Wal, Seth Lloyd, "Josephson Persistent-Current Qubit" Science, vol.285, pp.1036-1039, 1999.
【非特許文献2】F.G.Paauw, A.Fedorov, C.J.P.M Harmans, and J.E.Mooij, "Tuning the Gap of a Superconducting Flux Qubit", Physical Review Letters, vol.102, 090501, 2009.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
非特許文献1の技術では、エネルギー差εおよびトンネルエネルギー(エネルギー分裂)Δは、インダクタンス制御線を適切に設けることで、原理的には、独立に制御可能であると指摘されている。しかしながら、コヒーレンス時間の観点から、最も有利な最適磁束バイアス動作点に留めた状態で、現実の量子ビットデバイスのトンネルエネルギーΔを高速かつ安定に制御可能にするための実行可能な具体的な構成は、明らかにされていない。このため、超伝導磁束量子ビットに基づく量子バスの設計にとって非常に重要な上述したコヒーレンス時間が短くなるという問題は、10年以上に亘って未解決のままである。
【0011】
例えば、非特許文献1の超伝導磁束量子ビット回路では、図5に示すように、2つのジョセフソン接合を含むSQUIDループ501と、3個のジョセフソン接合を含む主ループ502との、2つの超伝導ループによって構成されている。この超伝導磁束量子ビット回路は、4接合回路となっている。図5において、「×」がジョセフソン接合を示している。
【0012】
また、SQUIDループ501の上に磁束制御線503が設置され、主ループ502の上に磁束制御線504が設置されている。磁束制御線503は、面積を二分するようSQUIDループ501の中央部を通るように設置されている。また、磁束制御線503および磁束制御線504は、SQUIDループ501および主ループ502の上に、絶縁層(不図示)を介して形成されている。ここで、主ループ502とSQUIDループ501の囲む面積は、各々等しく設定されている。
【0013】
この超伝導磁束量子ビット回路では、磁束制御線503を流れる電流の作る磁場は、主ループ502の磁束のみを制御し、SQUIDループ501には影響を与えない。また、磁束制御線504も、実効的にSQUIDループ501のみに影響し、主ループ502には影響を与えない設計となっている。実際には、磁束制御線504を流れる電流の作る磁場は、双方のループと結合する。しかしながら、この4接合回路は、3接合量子ビット回路の最小のジョセフソン接合をSQUIDループ501に置き換えた構造をとっているので、主ループ502の中央からずれた位置に磁束制御線504が設置されていれば、磁束制御線504を流れる電流の作る磁場は、実効的にSQUIDループ501のみに影響し、主ループ502には影響を与えない構成とすることができる。
【0014】
しかしながら、上述した超伝導磁束量子ビット回路では、磁束制御線503および磁束制御線504の位置の小さな設置誤差により、磁束制御線503が主ループ502のみを制御し、磁束制御線504がSQUIDループ501のみを制御する状況が崩されてしまう。この場合、超伝導磁束量子ビット回路の磁束バイアス動作点εが、最適磁束バイアスであるε=0からずれる可能性がある。
【0015】
また、上述した超伝導磁束量子ビット回路では、絶縁層を用いる多層構造となっているため、構造が複雑となり、素子の作製を困難なものとしている。例えば、絶縁層はより薄く形成することが要求されるため、上下の層間で絶縁分離が完全に成されていない部分が形成される場合が発生する。さらに、外部電流源に接続される磁束制御線が各ループの直上に配置されているために、量子ビットが様々なノイズと強く結合し、デコヒーレンスの影響を強く受ける設計であるといわざるを得ない。このため、この超伝導磁束量子ビット回路では、最適磁束バイアス動作点(ε=0)に留めたまま、量子ビットのトンネルエネルギーΔを高速かつ安定に制御することは難しい。
【0016】
上述したノイズの影響に対応した典型的なグラジオメータ型の超伝導磁束量子ビット回路が提案されている(非特許文献2参照)。この超伝導磁束量子ビット回路は、図6に示すように、1辺を共有する2つの主ループ601および主ループ602と、共有する辺に配置された2つのジョセフソン接合と、主ループ601および主ループ602の共有部に設けられたSQUIDループ603と、磁束制御線604と、磁束制御線605とを備える。この構造は、8の字構造のグラジオメータ型の一辺を共有する2つの主ループの共有する辺に配置される3つのジョセフソン接合の中で、一番小さなジョセフソン接合を、SQUIDに置き換えたものである。なお、図6において、「×」がジョセフソン接合を示している。
【0017】
この超伝導磁束量子ビット回路は、グラジオメータ型であるために、一様な磁場ノイズの影響を受けないように設計されている。しかしながら、この超伝導磁束量子ビット回路では、主ループ601,602を貫く磁束(Φm)の関数として超伝導磁束量子ビット回路の磁束バイアス動作点がε=0となるΦm=(n+1/2)Φ0のnを選択する自由度を奪っている。このため、この超伝導磁束量子ビット回路では、システム全体を設計する場合の自由度が失われている。
【0018】
有限の磁場下でこの超伝導磁束量子ビット回路を冷却する方法をとれば、実効的にnを選択できるが、超伝導状態とした低温のままnを変えることができない。nを変えるには、一度装置全体を昇温して磁場を変えた後、再度、有限の磁場下で回路を冷却する必要がある。このような昇温・冷却の熱サイクルは、素子の劣化の原因となり得る。このnの自由度は、例えば、量子ビットのトンネルエネルギーΔを、SQUIDループ603を貫く磁束(Φd)の関数として制御する場合の感度(|dΔ/dΦd|)に直結した自由度である。従って、nが自由に変更できない状態では、回路全体としてのパフォーマンスを最大化する場合の障害となる。このように、非特許文献2による超伝導磁束量子ビット回路でも、最適磁束バイアス動作点(ε=0)に留めたまま、量子ビットのトンネルエネルギーΔを高速かつ安定に制御することは難しい。
【0019】
本発明は、以上のような問題点を解消するためになされたものであり、コヒーレンス時間の観点から最も有利な最適磁束バイアス動作点に留めたまま、超伝導磁束量子ビット回路における超伝導磁束量子ビットのトンネルエネルギーを高速かつ安定に制御できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明に係る超伝導磁束量子ビット回路は、超伝導配線からなる第1ループと、超伝導配線からなり第1ループと一部を共有する第2ループと、第1ループと第2ループとの共有部に設けられた第1弱結合と、第1ループの共有部以外に設けられた第2弱結合と、第2ループの共有部以外に設けられた第3弱結合および第4弱結合と、第1ループを貫く磁束を制御する第1磁束制御線と、第2ループを貫く磁束を制御する第2磁束制御線とを少なくとも備え、第1磁束制御線および第2磁束制御線は、第1ループおよび第2ループを挟んで配置され、第1磁束制御線は、第1ループの側に配置され、第2磁束制御線は、第2ループの側に配置され、第2弱結合は、共有部と第1磁束制御線との間の第1ループに配置され、第1ループに比較して第2ループは大きな面積に形成されている。
【0021】
上記超伝導磁束量子ビット回路において、第1ループは、第1の辺,第2の辺,第3の辺,および第4の辺が、この順に接続された矩形とされ、第2ループは、共有部となる第1の辺,第5の辺,第6の辺,および第7の辺が、この順に接続された矩形とされ、第2弱結合は、第3の辺に配置され、第1磁束制御線は、第3の辺に対向して配置され、第2磁束制御線は、第6の辺に対向して配置されていればよい。
【0022】
また、超伝導磁束量子ビット回路において、第1ループにより超伝導磁束量子干渉計が構成されている。また、第1弱結合,第2弱結合,第3弱結合,および第4弱結合は、トンネル絶縁層を介して接続するジョセフソン接合, ポイントコンタクト、あるいは、ナノメートルサイズのブリッジなどを含むウィークリンク(weak-link)であればよい。
【発明の効果】
【0023】
以上説明したように、本発明によれば、第1ループに比較して第2ループは大きな面積に形成されているようにしたので、超伝導磁束量子ビット回路における超伝導磁束量子ビットのトンネルエネルギーが、高速かつ安定に制御できるようになるという優れた効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】図1は、本発明の実施の形態における超伝導磁束量子ビット回路の構成を示す構成図である。
【図2】図2は、本実施の形態における超伝導磁束量子ビット回路の超伝導配線をアルミニウムから構成した場合の構成を示す平面図である。
【図3】図3は、図2に示した超伝導磁束量子ビット回路の、主ループ202を流れる超伝導電流値Ipを、SQUIDループ201を貫く磁束(Φd)で制御し、主ループ202を貫く磁束(Φm)を第2磁束制御線208で制御し、この超伝導磁束量子ビット回路のバイアス動作点(ε)を変化させた場合の超伝導磁束量子ビット回路のトンネルエネルギーΔの変化を示す特性図である。
【図4】図4は、図2を用いて説明した超伝導磁束量子ビット回路の、最適バイアス動作点(ε=0)における量子コヒーレント振動の状態を示す特性図である。
【図5】図5は、非特許文献1に開示されている超伝導磁束量子ビット回路の構成を示す構成図である。
【図6】図6は、非特許文献2に開示されている超伝導磁束量子ビット回路の構成を示す構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。図1は、本発明の実施の形態における超伝導磁束量子ビット回路の構成を示す構成図である。この超伝導磁束量子ビット回路は、超伝導配線からなる第1ループ101と、超伝導配線からなり第1ループ101と一部を共有する第2ループ102と、第1ループ101と第2ループ102との共有部に設けられた第1弱結合103と、第1ループ101の共有部以外に設けられた第2弱結合104と、第2ループ102の共有部以外に設けられた第3弱結合105および第4弱結合106と、第1ループ101を貫く磁束151を制御する第1磁束制御線107と、第2ループ102を貫く磁束152を制御する第2磁束制御線108とを備える。第1磁束制御線107および第2磁束制御線108は、第1ループ101および第2ループ102と重ならないように、離れた位置に配置されている。
【0026】
また、第1磁束制御線107および第2磁束制御線108は、第1ループ101および第2ループ102を挟んで配置されている。また、第1磁束制御線107は、第1ループ101の側に配置され、第2磁束制御線108は、第2ループ102の側に配置されている。また、第2弱結合104は、上記共有部と第1磁束制御線107との間の第1ループ101に配置されている。
【0027】
加えて、第1ループ101に比較して第2ループ102は、大きな面積に形成されている。ここでいう面積は、第1ループ101で囲われた領域の面積および第2ループ102で囲われた領域の面積である。ここで、図1では、第2ループ102および第1磁束制御線107の間隔に対して第1ループ101および第2磁束制御線108の間隔の方が広い状態を示しているが、これに限るものではない。例えば、第2ループ102および第1磁束制御線107の間隔と第1ループ101および第2磁束制御線108の間隔とが等しい状態で、第1ループ101に比較して第2ループ102が、大きな面積に形成されていてもよい。
【0028】
この超伝導磁束量子ビット回路は、第1弱結合103および第2弱結合104を備える第1ループ101で超伝導磁束量子ビット回路の一部であるSQUID(超伝導磁束量子干渉計)を構成し、第1弱結合103,第3弱結合105,および第4弱結合106を備える第2ループ102で超伝導磁束量子ビット回路の主ループを構成している。なお、各弱結合部は、ここを境に、ループを流れる超伝導電流の位相が変化するものとなっていればよい。
【0029】
図1に示す例では、まず、第1ループ101は、第1の辺121,第2の辺122,第3の辺123,および第4の辺124が、この順に接続する矩形としている。また、第2ループ102は、第1ループ101と共有する第1の辺121,第5の辺125,第6の辺126,および第7の辺127が、この順に接続する矩形としている。また、第2弱結合104は、第3の辺123に配置している。また、第1磁束制御線107は、第3の辺123に対向して配置し、第2磁束制御線108は、第6の辺126に対向して配置している。
【0030】
また、第2ループ102が囲う面積は、第1ループ101が囲う面積よりも大きくされている。なお、第1磁束制御線107は、主に第1ループ101を貫く磁束151を制御し、第2磁束制御線108は、主に第2ループ102を貫く磁束152を制御するものである。上述は、同一の平面上における構成である。
【0031】
上述した構成とした本実施の形態における超伝導磁束量子ビット回路において、各磁束制御線と各超伝導磁束量子ビットとの相互インダクタンスに関しては、回路設計段階で、第2磁束制御線108を流れる電流の作る磁場は、第2ループ102の磁束152のみを制御し、第1ループ101にはほとんど影響を与えない方針のもとに回路パタンを設計し、超伝導磁束量子ビット回路を製作する。本実施の形態によれば、第1ループ101に比較して第2ループ102は大きな面積とすることで、上述した相互インダクタンスの関係が得られるようにしている。第1磁束制御線107と第2磁束制御線108に流す電流は、任意の値に設定可能であり、磁束152のΦm=(n+1/2)Φ0のnを選択する自由度は残されている。
【0032】
ここで、第1ループ101および第2ループ102は、超伝導材料からなる配線で形成すればよい。また、第1弱結合103,第2弱結合104,第3弱結合105,および第4弱結合106は、トンネル接合部によるジョセフソン接合から形成することができる。また、これらの弱結合は、収束イオンビーム(FIB)加工などで作製した、他の領域の超伝導配線より細くされた部分で構成してもよい。
【0033】
本実施の形態によれば、第1ループ101に比較して第2ループ102は大きな面積に形成しているので、第2磁束制御線108を流れる電流の作る磁場が、第1ループ101にはほとんど影響を与えないようにすることができる。この結果、|R>と|L>との間のエネルギー差εを0に留めた状態で、トンネルエネルギーΔを高速かつ安定に制御することができるようになる。なお、第1磁束制御線107および第2磁束制御線108を流れる電流を時間的に独立に変化させ、これによりSQUID閉回路を構成している第1ループ101を貫く磁束151および第2ループ102を貫く磁束152を、各々独立に時間的に変化させることで、量子準位間のトンネルエネルギーΔが調節可能となる。
【0034】
次に、本実施の形態における超伝導磁束量子ビット回路について、図2を用いてより詳細に説明する。図2は、本実施の形態における超伝導磁束量子ビット回路の超伝導配線をアルミニウムから構成した場合の構成を示す平面図である。この超伝導磁束量子ビット回路は、アルミニウムからなる超伝導配線より構成されたSQUID(第1ループ)201と、アルミニウムの超伝導配線からなりSQUIDループ201と一部を共有する主ループ(第2ループ)202と、SQUIDループ201と主ループ202との共有部に設けられた第1ジョセフソン接合(第1弱結合)203と、SQUIDループ201の共有部以外に設けられた第2ジョセフソン接合(第2弱結合)204と、主ループ202に共有部以外に設けられた第3ジョセフソン接合(第3弱結合)205および第4ジョセフソン接合(第4弱結合)206とを備える。
【0035】
また、SQUIDループ201を貫く磁束151を制御する第1磁束制御線207と、主ループ202を貫く磁束152を制御する第2磁束制御線208とを備える。この例では、第1磁束制御線207および第2磁束制御線208を、Eの字型に構成している。また、これらの各構成は、例えば、熱酸化膜が形成されたシリコンからなる基板210の上に形成されている。なお、基板210は、例えば、絶縁体化合物結晶であるコランダム(サファイア)を用いて構成してもよい。
【0036】
ここで、SQUIDループ201および主ループ202を構成するアルミニウムからなる超伝導配線は、例えば、厚さ90nm,幅1μm程度に形成されていればよい。また、各ジョセフソン接合は、薄い酸化膜を介して接合しており、加えて、幅0.3μm程度に形成されている。これらの配線構造は、よく知られた2方向蒸着法で作製することができる。
【0037】
この超伝導磁束量子ビット回路においても、第1磁束制御線207および第2磁束制御線208は、SQUIDループ201および主ループ202を挟んで配置される。また、第1磁束制御線207は、SQUIDループ201の側に配置され、第2磁束制御線208は、主ループ202の側に配置される。また、第2ジョセフソン接合204は、上記共有部と第1磁束制御線207との間のSQUIDループ201に配置される。加えて、SQUIDループ201に比較して、主ループ202を大きな面積に形成している。
【0038】
この超伝導磁束量子ビット回路は、第1ジョセフソン接合203および第2ジョセフソン接合204を備えるSQUIDループ201で、SQUIDを構成している。また、第1ジョセフソン接合203,第3ジョセフソン接合205,および第4ジョセフソン接合206を備える主ループ202で、超伝導磁束量子ビット回路の主ループを構成している。
【0039】
また、この超伝導磁束量子ビット回路は、SQUIDループ201および主ループ202と、第1磁束制御線207および第2磁束制御線208との間に、量子ビット状態を読み出すためのSQUID209を備えている。
【0040】
この超伝導磁束量子ビット回路における相互インダクタンスの設計値は、次のとおりである。
【0041】
まず、第1磁束制御線207とSQUIDループ201との相互インダクタンスは、85fHである。また、第1磁束制御線207と主ループ202との相互インダクタンスは、64fHである。また、第2磁束制御線208とSQUIDループ201との相互インダクタンスは、1fHである。また、第2磁束制御線208と主ループ202との相互インダクタンスは、84fHである。
【0042】
上記構成の超伝導磁束量子ビット回路において、トンネルエネルギーΔを、SQUIDループ201の回路を貫く磁束(Φd)の関数として制御する場合の感度は、|dΔ/dΦd|=56.5GHz/Φ0(Φd=1.5Φ0,n=1)、および3.96GHz/Φ0(Φd=0.5Φ0,n=0)であった。実際の制御には、感度の高い|dΔ/dΦd|=56.5GHz/Φ0(Φd=1.5Φ0,n=1)の条件を用いればよい。これらのnの選択は、超伝導磁束量子ビット回路を構成する超伝導体の超伝導転移温度(アルミニウムの場合には約1.2K)より十分低温に冷却した状態で可能であり、昇温・冷却の熱サイクルを経る必要はない。
【0043】
次に、上述した超伝導磁束量子ビット回路の動作結果について説明する。図3は、図2に示した超伝導磁束量子ビット回路の、主ループ202を流れる超伝導電流値Ipを、SQUIDループ201を貫く磁束(Φd)で制御し、主ループ202を貫く磁束(Φm)を第2磁束制御線208で制御し、この超伝導磁束量子ビット回路のバイアス動作点(ε)を変化させた場合の超伝導磁束量子ビット回路のトンネルエネルギーΔの変化を示す特性図である。
【0044】
ここで、ε=2Ip(Φt−Φ0(n+0.5)),n:整数,Φt=Φm+0.5Φdである。また、図3の(a)は、(Δ,Ip)=(3.26GHz,166.8nA)の場合であり、図3の(b)は、(Δ,Ip)=(5.05GHz,155.3nA)の場合であり、図3の(c)は、(Δ,Ip)=(6.84GHz,144.6nA)の場合である。
【0045】
トンネルエネルギーΔを変化させ得る速さは、磁束制御線の設計やバンド幅に依存するが、上述した構成では、1.6nsの立ち上がり時間をもつ磁束制御パルスでの制御に成功している。図3に示す結果において、共鳴周波数は、理論式F=(ε2+Δ20.5/hでよく説明できる。ここで、ε=2Ip(Φt−Φ0(n+0.5)),n:整数,Φt=Φm+0.5Φd,h=6.626×10-34Jsプランク定数である。
【0046】
図4は、上述した超伝導磁束量子ビット回路(図2)の、最適バイアス動作点(ε=0)における量子コヒーレント振動の状態を示す特性図である。広周波数帯域特性を有する第1磁束制御線207あるいは第2磁束制御線208に、共鳴エネルギー周波数をもつパルス状の振動電流を流すことにより、共鳴周波数のマイクロ波パルスを、SQUIDループ201および主ループ202に印加している。
【0047】
図4では、最適バイアス動作点(ε=0)における超伝導磁束量子ビット回路の量子コヒーレント振動の様子を示している。図4における白丸は、各々2000回のSQUIDスイッチング測定から計算された基底状態測定確率データであり、実線は、振幅が指数関数で減衰する三角関数による理論フィットである。各データは、重ならないように等量だけ上下方向にずらして表示している。
【0048】
図4より明らかなように、上述した共鳴周波数のマイクロ波パルスの印加の強度に比例して振動数が増大する量子コヒーレント振動(30〜60MHz)が、観測されている。この振動は、観測された上記の性質から、ラビ(Rabi)振動であると考えられる。量子コヒーレント振動は、数百ns以上継続することが観測された。
【0049】
以上の結果、本発明によって、最適磁束バイアス動作点(ε=0)に留めたまま、超伝導磁束量子ビット回路のトンネルエネルギーΔを高速かつ安定に制御できることが示された。
【0050】
上述した本発明によれば、個々の磁束制御線をもつ複数の量子ビットを独立に、量子バスに素早く同調および離調させることで、系のコヒーレンス時間内に、より多くの量子ビットを動員した量子演算が可能になるものと考えられる。
【0051】
さらに、本発明によれば、複数の量子ビットを同時に量子バスに同調させることによって、多くの量子ビットがエンタングルしたクラスター状態などを短時間に(究極的には、1ステップで)生成する方法を使うことが可能となる。多くの量子ビットが、エンタングルしたクラスター状態などを短時間に生成可能な点は、量子情報処理に必須なリソースであるコヒーレンス時間の有効利用という観点からも有利な点である。このようにして生成され得る複数の量子ビットのエンタングル状態は、量子計算の新たな手法になり得ると考えられる。
【0052】
なお、本発明は以上に説明した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想内で、当分野において通常の知識を有する者により、多くの変形が実施可能であることは明白である。例えば、超伝導配線は、アルミニウムに限るものではなく、超伝導性を示す他の材料から構成してもよい。また、弱結合は、ジョセフソン接合に限るものではなく、例えば、よく知られた ポイントコンタクト、あるいは、ナノメートルサイズのブリッジなどであってもよい。これらを含むウィークリンク(weak-link)より適切に選択されたものであればよい。例えば、弱結合は、収束イオンビーム(FIB)加工などを用いて作製したくびれ部で構成することができる。
【符号の説明】
【0053】
101…第1ループ、102…第2ループ、103…第1弱結合、104…第2弱結合、105…第3弱結合、106…第4弱結合、107…第1磁束制御線、108…第2磁束制御線、121…第1の辺、122…第2の辺、123…第3の辺、124…第4の辺、125…第5の辺、126…第6の辺、127…第7の辺、151…磁束、152…磁束。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
超伝導配線からなる第1ループと、
超伝導配線からなり前記第1ループと一部を共有する第2ループと、
前記第1ループと前記第2ループとの共有部に設けられた第1弱結合と、
前記第1ループの前記共有部以外に設けられた第2弱結合と、
前記第2ループの前記共有部以外に設けられた第3弱結合および第4弱結合と、
前記第1ループを貫く磁束を制御する第1磁束制御線と、
前記第2ループを貫く磁束を制御する第2磁束制御線と
を少なくとも備え、
前記第1磁束制御線および前記第2磁束制御線は、前記第1ループおよび前記第2ループを挟んで配置され、
前記第1磁束制御線は、前記第1ループの側に配置され、
前記第2磁束制御線は、前記第2ループの側に配置され、
前記第2弱結合は、前記共有部と前記第1磁束制御線との間の前記第1ループに配置され、
前記第1ループに比較して前記第2ループは大きな面積に形成されている
ことを特徴とする超伝導磁束量子ビット回路。
【請求項2】
請求項1記載の超伝導磁束量子ビット回路において、
前記第1ループは、第1の辺,第2の辺,第3の辺,および第4の辺が、この順に接続された矩形とされ、
前記第2ループは、前記共有部となる前記第1の辺,第5の辺,第6の辺,および第7の辺が、この順に接続された矩形とされ、
前記第2弱結合は、前記第3の辺に配置され、
前記第1磁束制御線は、前記第3の辺に対向して配置され、
前記第2磁束制御線は、前記第6の辺に対向して配置されている
ことを特徴とする超伝導磁束量子ビット回路。
【請求項3】
請求項1または2記載の超伝導磁束量子ビット回路において、
前記第1ループにより超伝導磁束量子干渉計が構成されていることを特徴とする超伝導磁束量子ビット回路。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の超伝導磁束量子ビット回路において、
前記第1弱結合,前記第2弱結合,前記第3弱結合,および第4弱結合は、トンネル絶縁層を介して接続するジョセフソン接合,ポイントコンタクト,およびナノメートルサイズのブリッジを含むウイークリンクであることを特徴とする超伝導磁束量子ビット回路。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−15878(P2012−15878A)
【公開日】平成24年1月19日(2012.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−151720(P2010−151720)
【出願日】平成22年7月2日(2010.7.2)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年3月1日 社団法人日本物理学会発行の「日本物理学会講演概要集 第65巻第1号第4分冊 第65回年次大会」に発表
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】