説明

超解像顕微鏡

【課題】煩雑な調整作業を要することなく、超解像効果を容易に誘導できる超解像顕微鏡を提供する。
【解決手段】2以上の励起量子状態をもつ物質を含む試料70を観察する超解像顕微鏡であって、前記物質を安定状態から第1量子状態に励起するための第1照明光、および、前記物質を更に他の量子状態に遷移させるための第2照明光を射出する光源部(61,62)と、該光源部から射出された第1照明光および第2照明光を試料70に一部重ね合わせて集光する、顕微鏡対物レンズ68を含む光学系と、第1照明光および第2照明光の集光により試料70から発光する光応答信号を検出する検出部78と、第1照明光または第2照明光の偏光状態を変換する偏光部材72、および偏光部材72に一体に形成されて第2照明光の位相を空間変調する位相変調部73を有する偏光制御素子71と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、顕微鏡、特に試料を複数の波長の光により照明して、高い空間分解能で観察する超解像顕微鏡に関するものである。
【背景技術】
【0002】
光学顕微鏡の技術は古く、種々のタイプの顕微鏡が開発されてきた。また、近年では、レーザ技術および電子画像技術をはじめとする周辺技術の進歩により、さらに高機能の顕微鏡システムが開発されている。
【0003】
このような背景の中、複数波長の光で試料を照明して二重共鳴吸収過程を誘導することにより、得られる画像のコントラストの制御のみならず化学分析も可能にした高機能な顕微鏡が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
この顕微鏡は、二重共鳴吸収を用いて特定の分子を選択して、特定の光学遷移に起因する吸収および蛍光を観察するものである。この原理について、図14〜図17を参照して説明する。図14は、試料を構成する分子の価電子軌道の電子構造を示すもので、先ず、図14に示す基底状態(S0状態:安定状態)の分子がもつ価電子軌道の電子を波長λの光により励起して、図15に示す第1励起状態(S1状態)とする。次に、別の波長λの光により同様に励起して、図16に示す第2励起状態(S2状態)とする。この励起状態により、分子は蛍光あるいは燐光を発光して、図17に示すように基底状態に戻る。
【0005】
二重共鳴吸収過程を用いた顕微鏡法では、図16の吸収過程や図17の蛍光や燐光の発光を用いて、吸収像や発光像を観察する。この顕微鏡法では、最初にレーザ光等により共鳴波長λの光で図15のように試料を構成する分子をS1状態に励起させるが、この際、単位体積内でのS1状態の分子数は、照射する光の強度が増加するに従って増加する。
【0006】
ここで、線吸収係数は、分子一個当りの吸収断面積と単位体積当たりの分子数との積で与えられるので、図16のような励起過程においては、続いて照射する共鳴波長λに対する線吸収係数は、最初に照射した波長λの光の強度に依存することになる。すなわち、波長λに対する線吸収係数は、波長λの光の強度で制御できることになる。このことは、波長λおよび波長λの2波長の光で試料を照射し、波長λによる透過像を撮影すれば、透過像のコントラストは波長λの光で完全に制御できることを示している。
【0007】
また、図16の励起状態から図17に示す基底状態への蛍光または燐光による脱励起過程が可能である場合には、その発光強度はS1状態にある分子数に比例する。したがって、蛍光顕微鏡として利用する場合にも画像コントラストの制御が可能となる。
【0008】
さらに、二重共鳴吸収過程を用いた顕微鏡法は、上記の画像コントラストの制御のみならず、化学分析も可能である。すなわち、図14に示す最外殻価電子軌道は、各々の分子に固有のエネルギー準位を持つので、波長λは分子によって異なることになり、同時に波長λも分子固有のものとなる。
【0009】
ここで、従来の単一波長で試料を照明する場合でも、ある程度特定の分子の吸収像あるいは蛍光像を観察することが可能である。しかし、一般に、いくつかの分子は、吸収帯の波長領域が重複するため、単一波長で試料を照明する場合には、試料の化学組成の正確な同定までは不可能である。
【0010】
これに対し、二重共鳴吸収過程を用いた顕微鏡法では、波長λおよび波長λの2波長により吸収あるいは発光する分子を限定するので、従来法よりも正確な試料の化学組成の同定が可能となる。また、価電子を励起する場合、分子軸に対して特定の電場ベクトルをもつ光のみが強く吸収されるので、波長λおよび波長λの偏光方向を決めて吸収または蛍光像を撮影すれば、同じ分子でも配向方向の同定まで可能となる。
【0011】
また、最近では、二重共鳴吸収過程を用いて回折限界を超える高い空間分解能をもつ蛍光顕微鏡も提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【0012】
図18は、分子における二重共鳴吸収過程の概念図で、基底状態S0の分子が、波長λの光で第1励起状態S1に励起され、さらに波長λの光で第2励起状態S2に励起されている様子を示している。なお、図18は、ある種の分子のS2状態からの蛍光が極めて弱いことを示している。
【0013】
図18に示すような光学的性質を持つ分子の場合には、極めて興味深い現象が起きる。図19は、図18と同じく二重共鳴吸収過程の概念図で、横軸のX軸は空間的距離の広がりを表わし、波長λの光を照射した空間領域A1と波長λの光が照射されない空間領域A0とを示している。
【0014】
図19において、空間領域A0では波長λの光の励起によりS1状態の分子が多数生成され、その際に空間領域A0からは波長λ3で発光する蛍光が見られる。しかし、空間領域A1では、波長λの光を照射したため、S1状態の分子のほとんどが即座に高位のS2状態に励起されて、S1状態の分子は存在しなくなる。このような現象は、幾つかの分子により確認されている。これにより、空間領域A1では、波長λ3の蛍光は完全になくなり、しかもS2状態からの蛍光はもともとないので、空間領域A1では完全に蛍光自体が抑制され(蛍光抑制効果)、空間領域A0からのみ蛍光が発することになる。
【0015】
このことは、顕微鏡の応用分野から考察すると、極めて重要な意味を持っている。すなわち、従来の走査型レーザ顕微鏡等では、レーザ光を集光レンズによりマイクロビームに集光して観察試料上を走査するが、その際のマイクロビームのサイズは、集光レンズの開口数と波長とで決まる回折限界となり、原理的にそれ以上の空間分解能は期待できない。
【0016】
ところが、図19の場合には、波長λと波長λとの2種類の光を、空間的に一部重ね合わせて蛍光領域を抑制するので、例えば波長λの光の照射領域に着目すると、蛍光領域を集光レンズの開口数と波長とで決まる回折限界よりも狭くでき、実質的に空間分解能を向上させることが可能となる。以下、波長λの光をポンプ光、波長λの光をイレース光とも呼ぶ。したがって、この原理を利用することで、回折限界を超える二重共鳴吸収過程を利用した超解像顕微鏡、例えば超解像蛍光顕微鏡を実現することが可能となる。
【0017】
例えば、ローダミン6G色素を用いた場合、波長532nmの光(ポンプ光)を照射すると、ローダミン6G分子は、S0状態からS1状態へ励起されて波長560nmにピークを有する蛍光を発光する。この際、波長599nmの光(イレース光)を照射すると、二重共鳴吸収過程が起こって、ローダミン6G分子は蛍光発光がしにくいS2状態に遷移する。すなわち、これらのポンプ光とイレース光とをローダミン6Gに同時に照射すると蛍光が抑制されることになる。
【0018】
図20は、従来提案されている超解像顕微鏡の要部構成図である。この超解像顕微鏡は、通常のレーザ走査型蛍光顕微鏡を前提としたもので、主に3つの独立したユニット、すなわち、光源ユニット210、スキャンユニット230および顕微鏡ユニット250からなっている。
【0019】
光源ユニット210は、ポンプ光用光源211およびイレース光用光源212を有する。ポンプ光用光源211から射出されるポンプ光は、ダイクロイックプリズム213に入射され、該ダイクロイックプリズム213で反射されて射出される。イレース光用光源212から射出されるイレース光は、偏光素子214により偏光が調整された後、位相板215により位相変調されてダイクロイックプリズム213に入射され、該ダイクロイックプリズム213を透過して、ポンプ光と同軸上に合成されて射出される。
【0020】
ここで、ローダミン6G色素で染色された試料を観察する場合には、ポンプ光用光源211は、Nd:YAGレーザを用い、その2倍高調波である波長532nmの光をポンプ光として射出するように構成される。また、イレース光用光源212は、Nd:YAGレーザとラマンシフタとを用い、Nd:YAGレーザの2倍高調波をラマンシフタで波長599nmに変換した光をイレース光として射出するように構成される。
【0021】
位相板215は、光軸の周りをイレース光の位相差が2π周回するように構成されるもので、例えば図21に示すように、光軸の周りに独立した8領域を有し、イレース光波長に対して1/8ずつ位相が異なるようにガラス基板をエッチングして形成される。この位相板215を通過した光を集光すれば、光軸上で電場が相殺された中空状のイレース光が生成される。
【0022】
スキャンユニット230は、光源ユニット210から同軸で射出されるポンプ光およびイレース光を、ハーフプリズム231を通過させた後、2枚のガルバノミラー232および233により2次元方向に揺動走査して、後述の顕微鏡ユニット250に射出させる。また、スキャンユニット230は、顕微鏡ユニット250から入射する蛍光を、往路と逆の経路を辿ってハーフプリズム231で分岐し、その分岐された蛍光を投影レンズ234、ピンホール235、ノッチフィルタ236および237を経て光電子増倍管238で受光するようになっている。
【0023】
図20は、図面を簡略化するため、ガルバノミラー232,233を同一平面内で揺動可能に示している。なお、ノッチフィルタ236および237は、蛍光に混入したポンプ光およびイレース光を除去するものである。また、ピンホール235は、共焦点光学系を成す重要な光学素子で、観察試料内の特定の断層面で発光した蛍光のみを通過させるものである。
【0024】
顕微鏡ユニット250は、いわゆる通常の蛍光顕微鏡で、スキャンユニット230から入射するポンプ光およびイレース光をハーフプリズム251で反射させて、顕微鏡対物レンズ252により少なくとも基底状態を含む3つの電子状態を有する分子を含む観察試料253上に集光させる。また、観察試料253で発光した蛍光は、再び顕微鏡対物レンズ252でコリメートしてハーフプリズム251で反射させることにより、再び、スキャンユニット230に戻すとともに、ハーフプリズム251を通過する蛍光の一部は接眼レンズ254に導いて、蛍光像として目視観察できるようにしている。
【0025】
この超解像顕微鏡によると、観察試料253の集光点上においてイレース光の強度がゼロとなる光軸近傍以外の蛍光が抑制されて、結果的にポンプ光の広がりより狭い領域に存在する蛍光ラベラー分子のみを計測できる。したがって、各計測点の蛍光信号をコンピュータ上で2次元的に配列すれば、回折限界の空間分解能を上回る解像度を有する顕微鏡画像を形成することが可能となる。
【0026】
ところで、上述した2色照明による光応答を用いた超解像顕微鏡は、偏光依存性が極めて強く、所定の偏光条件を満たさないと期待する光学特性が得られない。例えば、上記の蛍光抑制効果は、2色の照明光の偏光方向が同じの場合に強く発現し、直交する場合は弱くなることが知られている(例えば、非特許文献1参照)。
【0027】
また、偏光状態は、イレース光のビーム形状にも甚大な影響を与える。すなわち、図21に示した位相板215を用いた場合、偏光状態によってビーム形状が変化する。例えば、偏光素子214によりイレース光を円偏光に変換して高開口数のレンズで集光すると、円偏光における電場の回転方向に依存して、光軸方向の偏光成分が発生して中心強度がゼロにならず、中空構造のビーム形状が得られない場合があることが知られている(例えば、非特許文献2参照)。これは、平面内で直交する電場ベクトルを有する光を集光すると、各々独立に光軸方向に平行な電場ベクトル成分が生成され、それらが反平行の場合は中心強度がゼロになるが、平行な場合は足し合わされた成分が発生するからである。
【0028】
このように、イレース光のビーム形状が焦点面上で中空状態にならないと、ポンプ光の中央部での蛍光が抑制されて、空間分解能が劣化してしまうことになる。このため、所望の超解像効果を得るためには、ポンプ光およびイレース光の偏光状態を最適化する必要がある。
【0029】
また、十分な超解像効果を得るためには、焦点面上でイレース光の中空部とポンプ光の頂点部とを約30nmの精度で一致させる必要があることも知られている(例えば、非特許文献3参照)。
【0030】
さらに、図21に示した位相板215を用いる場合は、位相板215の中心部をイレース光の中心部に完全に一致させないと、つまり、イレース光の位相が光軸対称の位置で完全に反転していないと、焦点面上で光軸上の電場が相殺されず、理想的な中空スポットが得られなくなる。その結果、超解像効果が得られなくなる。
【0031】
そこで、従来は、超解像効果が得られるように、偏光素子214と位相板215とを独立して調整するようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0032】
【特許文献1】特開平8−184552号公報
【特許文献2】特開2001−100102号公報
【非特許文献】
【0033】
【非特許文献1】N. Bokor, Y. Iketaki, T. Watanabe, K. Daigoku, N. Davidson and M. Fujii, Opt. Comm., 272 (1),(2007) 263-269.
【非特許文献2】Y. Iketaki, T. Watanabe, N. Bokor and M. Fujii, Opt. Lett., 32(2007) 2357-2359
【非特許文献3】Y. Iketaki, T. Watanabe, N. Bokor and M. Fujii, e-Journal of Surface Science and Nanotechnology, 6(2008) 175-179
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0034】
しかしながら、上述したように、偏光素子と位相板とを独立して調整する従来装置にあっては、偏光素子の回転調整や位相板の芯出し調整等を独立して行うために、例えばプリズム効果が発生して、光軸が傾いたり(チルト)、ずれたり(シフト)することが知られている。このため、イレース光の中空部とポンプ光の頂点部とを焦点面上で約30nmの精度で一致させるには、作業が煩雑で、時間がかかり、ユーザの負担が大きくなることが懸念される。
【0035】
したがって、かかる点に鑑みてなされた本発明の目的は、煩雑な調整作業を要することなく、超解像効果を容易に誘導できる超解像顕微鏡を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0036】
上記目的を達成する第1の観点に係る超解像顕微鏡の発明は、少なくとも2以上の励起量子状態をもつ物質を含む試料を観察する超解像顕微鏡であって、
前記物質を安定状態から第1量子状態に励起するための第1照明光、および、前記物質を更に他の量子状態に遷移させるための第2照明光を射出する光源部と、
該光源部から射出された前記第1照明光および前記第2照明光を前記試料に一部重ね合わせて集光する、顕微鏡対物レンズを含む光学系と、
前記第1照明光および前記第2照明光の集光により前記試料から発光する光応答信号を検出する検出部と、
前記第1照明光または前記第2照明光の偏光状態を変換する偏光部材、および該偏光部材に一体に形成されて前記第2照明光の位相を空間変調する位相変調部を有する偏光制御素子と、
を備えることを特徴とするものである。
【0037】
第2の観点に係る発明は、第1の観点に係る超解像顕微鏡において、
前記位相変調部は、前記第2照明光の位相を光軸対称の位置で反転させるように、光学媒質膜の積層またはエッチング加工により段差を有して形成された複数の領域からなる、
ことを特徴とするものである。
【0038】
第3の観点に係る発明は、第1の観点に係る超解像顕微鏡において、
前記位相変調部は、前記第1照明光に対しては反射作用または透過型の位相変調作用を有し、前記第2照明光に対しては透過型の位相変調作用を有する多層膜からなる、
ことを特徴とするものである。
【0039】
第4観点に係る発明は、第1〜3のいずれかの観点に係る超解像顕微鏡において、
前記物質は蛍光物質であり、
前記第2照明光は、前記蛍光物質の蛍光の発光を抑制する波長である、
ことを特徴とするものである。
【0040】
第5の観点に係る発明は、第1〜3のいずれかの観点に係る超解像顕微鏡において、
前記物質は蛍光物質であり、
前記第2照明光は、前記蛍光物質の蛍光のスペクトルを変化させる波長であり、
前記検出部は、前記第1照明光の照射により前記蛍光物質から発光する蛍光のスペクトルを透過させ、前記第2照明光の照射により前記蛍光物質から発光する蛍光のスペクトルを遮断する波長帯域選択部を有する、
ことを特徴とするものである。
【0041】
第6の観点に係る発明は、第1〜5のいずれかの観点に係る超解像顕微鏡において、
前記偏光制御素子は、前記第2照明光の光軸に関して回転可能である、
ことを特徴とするものである。
【0042】
第7の観点に係る発明は、第1〜6のいずれかの観点に係る超解像顕微鏡において、
前記偏光部材は、前記第2照明光に対して1/2波長板として機能し、
前記試料に集光される前記第1照明光および前記第2照明光の偏光方向は平行である、
ことを特徴とするものである。
【0043】
第8の観点に係る発明は、第1〜6のいずれかの観点に係る超解像顕微鏡において、
前記偏光部材は、前記第2照明光に対して1/4波長板として機能し、
前記試料に集光される前記第1照明光および前記第2照明光の少なくとも一方の偏光方向は円偏光である、
ことを特徴とするものである。
【0044】
第9の観点に係る発明は、第8の観点に係る超解像顕微鏡において、
前記試料に集光される前記第1照明光および前記第2照明光は、偏光回転方向が反対の円偏光である、
ことを特徴とするものである。
【0045】
第10の観点に係る発明は、第1〜9のいずれかの観点に係る超解像顕微鏡において、
前記偏光制御素子は、前記第1照明光または前記第2照明光を偏向する反射型である、
ことを特徴とするものである。
【0046】
第11の観点に係る発明は、第1〜10のいずれかの観点に係る超解像顕微鏡において、
前記偏光制御素子は、前記偏光部材として液晶またはフォトニック結晶を含む、
ことを特徴とするものである。
【0047】
第12の観点に係る発明は、第1〜11のいずれかの観点に係る超解像顕微鏡において、
前記光学系は、前記顕微鏡対物レンズの物体側に結合された内視鏡光学系を備えるスティックレンズを有する、
ことを特徴とするものである。
【0048】
第13の観点に係る発明は、第1〜11のいずれかの観点に係る超解像顕微鏡において、
前記顕微鏡対物レンズは、前記試料に対して前記第1照明光および前記第2照明光を空間的に走査可能に構成されている、
ことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0049】
本発明に係る超解像顕微鏡によると、第1照明光または第2照明光の偏光状態を変換する偏光部材と、第2照明光の位相を空間変調する位相変調部とが一体化された偏光制御素子を備えるので、煩雑な調整作業を要することなく、超解像効果を容易に誘導することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明に係る超解像顕微鏡に使用可能な偏光制御素子の第1例の構成を模式的に示す断面図および平面図である。
【図2】本発明に係る超解像顕微鏡に使用可能な偏光制御素子の第2例の構成を模式的に示す断面図および平面図である。
【図3】図2の偏光制御素子の光学特性を示す図である。
【図4】本発明に係る超解像顕微鏡に使用可能な偏光制御素子の第3例の光学特性を示す図である。
【図5】本発明に係る超解像顕微鏡に使用可能な偏光制御素子の第4例の概略構成を示す断面図および光学的特性を示す図である。
【図6】本発明に係る超解像顕微鏡に使用可能な偏光制御素子の第5例の概略構成を示す断面図である。
【図7】本発明の第1実施の形態に係る超解像顕微鏡の光学系の要部の概略構成を示す図である。
【図8】本発明の第2実施の形態に係る超解像顕微鏡の光学系の要部の概略構成を示す図である。
【図9】本発明の第3実施の形態に係る超解像顕微鏡の光学系の要部の概略構成を示す図である。
【図10】蛍光タンパク色素「Kaede」の紫外光照射前後の分光スペクトルを示す図である。
【図11】本発明の第5実施の形態に係る超解像顕微鏡の光学系の要部の概略構成を示す図である。
【図12】本発明の第6実施の形態に係る超解像顕微鏡の要部の概略構成を示す図である。
【図13】本発明の第7実施の形態に係る超解像顕微鏡の要部の概略構成を示す図である。
【図14】試料を構成する分子の価電子軌道の電子構造を示す概念図である。
【図15】図14に示す分子の第1励起状態を示す概念図である。
【図16】図14に示す分子の第2励起状態を示す概念図である。
【図17】図14に示す分子が第2励起状態から基底状態に戻る状態を概念的に示す図である。
【図18】分子における二重共鳴吸収過程を説明するための概念図である。
【図19】分子における二重共鳴吸収過程を説明するための概念図である。
【図20】従来の超解像顕微鏡の要部構成図である。
【図21】図20に示す位相板の構成を示す拡大平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0051】
先ず、本発明に係る超解像顕微鏡に使用可能な偏光制御素子の概要について説明する。
【0052】
図1(a)および(b)は、偏光制御素子の第1例の構成を模式的に示す断面図および平面図である。この偏光制御素子11は、刺激光の単独光路に配置されるもので、透過型の偏光部材12と、その射出面側に形成された位相変調部13とを備える。偏光部材12は、複屈性性部材からなり、例えば水晶を用いる場合、結晶軸に対して位相差と角度をつけてカットして表面研磨することにより作成される。
【0053】
そして、例えば、入射光の波長に対して1/2波長の位相差をつけた偏光部材12は、入射光の直線偏光を任意の角度だけ回転させた直線偏光に変換して射出させることができる。また、入射光の波長に対して1/4波長の位相差をつけた偏光部材12は、入射光の直線偏光を円偏光に変換して射出させることができる。また、入射光の偏光面に対して結晶軸の方向を適切に設定することにより、中間の楕円偏光への変換も可能である。なお、偏光部材12は、水晶に限らず、液晶やフォトニック結晶等の他の複屈折性部材を用いて構成することもできる。また、この他グランプリズムなども偏光制御素子として利用可能であり、ファラデー効果により偏光方向を電気的に制御できる電気光学結晶も当然利用可能である。
【0054】
位相変調部13は、上記の偏光部材12の射出側表面を、図21と同様に、光軸の周りを軸対称に、例えば8領域に分割し、その軸対称の領域で刺激光の波長λに対して1/8ずつ位相が異なるように、例えば、段階的に厚みを変えた光学薄膜をコーティングしたり、段階的に深さの異なるエッチングを施したりして、段差を有して形成する。
【0055】
このような偏光制御素子11に直線偏光の刺激光を入射させると、刺激光は、偏光部材12により偏光状態が変換され、さらに、位相変調部13により波面が光軸対称の位相分布を持つように空間変調されて射出される。例えば、偏光部材12が1/4波長板で構成された偏光制御素子11に、直線偏光の刺激光を透過させると、偏光状態が円偏光に変換されると同時に、波面が光軸対称の位相分布を持つようになる。
【0056】
したがって、非特許文献2に示されているように、この偏光制御素子11を透過した刺激光を、高開口数の顕微鏡対物レンズにより集光しても、ビーム中央で電場強度が完全に相殺された理想的な輪帯のビームを形成することができる。しかも、偏光制御素子11を回転させて、偏光部材11による偏光状態を調整する際、位相変調部13も一体に回転するので、刺激光は軸ずれすることなく、常に軸対称の位相変調部13の中央を通過することになる。これにより、超解像顕微鏡として理想的な、軸対称の強度分布をもつ輪帯状の刺激光を集光させることが可能となる。
【0057】
図2(a)および(b)は、偏光制御素子の第2例の構成を模式的に示す断面図および平面図である。この偏光制御素子21は、励起光と刺激光との共通光路に配置されるもので、透過型の偏光部材22と、その入射面側の表面に形成された位相変調部23とを備える。偏光部材22は、図1の偏光部材12と同様に、例えば刺激光の偏光状態を変換するように形成する。また、位相変調部23は、偏光部材22の入射側表面を、励起光および刺激光の円形瞳面内で同心円状に、例えば2つの領域に分割し、その円形瞳面の中央部分に相当する領域を変調領域23aとして、該変調領域23aに多層膜24をコートして形成する。ここでは、多層膜24は、励起光に対して反射作用を有する光学反射膜として機能する。
【0058】
図2(a)に示すように、多層膜24は、励起光に対して屈折率が異なる第1物質25(屈折率n(λ))と第2物質26(屈折率n(λ))とを、偏光部材22上にバッファ層27を介して交互に蒸着により積層して構成する。これら第1物質25および第2物質26は、それぞれの膜厚をdおよびdとすると、励起光に対して光学反射膜として機能させる場合は、励起光の波長λに対して、例えば、光路長がλ/4であればよいので、下記(1)式を満たせばよい。
【0059】
)=λ/4,d)=λ/4 (1)
【0060】
この条件で設計された多層膜24は、励起光と波長が異なる刺激光については干渉条件から外れるので、刺激光は反射させずに通過させる。その際、刺激光は位相遅れを受ける。すなわち、多層膜24は、刺激光に対しては位相を空間変調する作用を有し、位相板として機能する。したがって、この場合、多層膜24を通過した刺激光と、通過しない刺激光とを比較すると、同じ瞳面で下記(2)式により示される位相差δが発生する。なお、(2)式において、λは、刺激光の波長を示し、mは第1物質25と第2物質26とを対とする総対数を示す。
【0061】
δ=m{d)+d)}−m(d+d) (2)
【0062】
ここで、位相差δが、下記の(3)式を満たす場合は、多層膜24を通過した刺激光の波面と、それ以外の領域を通過した刺激光の波面とを比較すると、図3に示すように、電場振幅において完全に同じ振幅で符号が反転する。なお、(3)式において、Lは、整数を示す。
【0063】
δ=(2L+1)λ/2 (3)
【0064】
したがって、瞳面内において、多層膜24を通過しない刺激光と、通過した刺激光との光量が同じであれば、瞳面内を通過した刺激光を集光すると、焦点において完全に電場強度が相殺される。すなわち、焦点面において、干渉により光強度が存在しない、つまり光強度の極小値を有するドーナッツ形状の集光ビームが得られる。これは、例えば、特許第3993553号公報に開示されている輪体型の位相板と同等の機能をもつ。
【0065】
これに対し、励起光は、多層膜24を有する領域では反射され、多層膜4以外の領域を通過する。この場合は、例えば、Y.Iketaki,et.al.Opt.Lett.,19(1994)1804-1806.に開示されているように、光強度の極大値を有する通常の集光ビームが得られる。
【0066】
したがって、図2に示した偏光制御素子21に、同じ瞳径の励起光と刺激光とを同軸に入射させて、その透過光を集光させれば、刺激光は、集光点を含む近傍領域において、少なくとも光軸方向に中空部を有する中空パターン状(ドーナッツ形状)のビーム形状、より具体的には、カプセル状(3次元的なダークホール形状)または管状(マカロニ状)に集光させることができ、励起光は通常の集光ビームの形状で集光させることができる。しかも、励起光および刺激光は、同じ空間点に集光するので、超解像顕微鏡における最大の課題である励起光と刺激光との光学調整を省くことができる。
【0067】
なお、偏光制御素子21に励起光および刺激光を入射させるには、励起光および刺激光を同じシングルモードファイバから取り出し、これを色収差の無いレンズでコリメートして入射させるように、照明光学系を構成するのが好ましい。このように照明光学系を構成すれば、以下のような効果が期待できる。
【0068】
(1)励起光および刺激光を、シングルモードファイバから取り出すので、これらを完全球面波とすることができる。したがって、色収差の無いレンズでコリメートすれば、波面収差の無い完全な平面波を得ることができるので、偏光制御素子21において位相変調をより確実に行うことが可能となる。
(2)励起光および刺激光を、シングルモードファイバから取り出して、色収差のないレンズでコリメートすることにより、偏光制御素子21が多少傾いて配置されたり、偏光制御素子21の偏光部材22の平行度が悪かったりした場合でも、色収差のない光学系を用いて集光すれば、試料上に同じ空間ポイントで結像させることができ、ビームずれを解消できる。
(3)シングルモードファイバの射出口は、機械的に固定されるので、励起光および刺激光の集光点の位置が空間的に変動しない、極めて機械的に安定な照明光学系を構築することができる。
【0069】
なお、位相変調部23は、同心円状の2領域の中央領域に多層膜24を形成する構成に限らず、位相型のフレネルゾーンプレートのように、さらに多くの輪体状の領域を形成して、多層膜24を有する変調領域23aを2領域以上形成することもできる。
【0070】
ところで、上述したように、偏光制御素子11の多層膜24を通過した刺激光と、それ以外の領域を通過した刺激光とが、電場振幅において完全に同じ振幅で符号が反転している場合、焦点面においてドーナッツ形状の集光ビームを得るには、多層膜24を通過しない刺激光と通過した刺激光との光量が等しいことが必要条件である。具体的には、瞳面に入射する刺激光の強度が均一であるならば、多層膜24の面積をS、全瞳面の面積をSとすると、下記の(4)式を満たす必要がある。
【0071】
=S/2 (4)
【0072】
特に、図2(b)に示した、瞳の形状が半径Rの円形で、多層膜24を形成する変調領域23aも半径ρの円形である場合は、(4)式から、R/ρは、21/2となる。しかしながら、これは限定された最適条件である。つまり、瞳および変調領域23aの形状やサイズが調整できる場合は、「変調領域23aを通過した刺激光とそれ以外の領域を通過した刺激光とは、電場振幅において完全に同じ振幅で符号が反転している」と言う条件は、絶対的なものではなく、「変調領域23aを通過した刺激光とそれ以外の領域を通過した刺激光とは、符号が反転している」と言う極めて広い最適条件が提示できる。
【0073】
ここで、刺激光の電場の最大振幅をEとし、多層膜24による位相遅れ角をδとする。この場合、多層膜24を通過した刺激光とそれ以外の領域を通過した刺激光との振幅を同じ瞳面で調べると、多層膜24を通過した刺激光の振幅強度Einは、下記の(5)式で表される。なお、下式において、ωは刺激光の周波数、上部に右矢印を付して示すkおよびrは、それぞれ波数ベクトルおよび位置ベクトルである。
【0074】
【数1】

【0075】
一方、変調領域23a外を通過した刺激光の振幅強度Eoutは、下記の(6)式で表される。
【0076】
【数2】

【0077】
上記(5)式と(6)式とを比較すると、δだけ位相がずれている。したがって、EinおよびEoutは、Eから−Eの間で任意の値をとるので、δの値によって、符号が異なる値をとることになる。特に、上記(3)式の場合は、振幅の絶対値も同じになる特別な場合である。
【0078】
以上のことから、EinおよびEoutは、符号が異なれば、上記(4)式の条件に限らず、下記の(7)式で示されるより広い条件となる。
【0079】
(S−S)Eout+SEin=0 (7)
【0080】
すなわち、(7)式の条件で、SとSとの比率や位相差δを調整することで、刺激光の焦点における電場を相殺し、ゼロとすることができる。
【0081】
したがって、EinとEout との符号が異なれば、必ずしも(3)式の条件を満たさずとも、SとSとの比率の調整で(7)式の条件を実現することができる。具体的には、多層膜24の面積Sの調整で可能であるが、瞳径全体の面積Sをアイリスにより調整して対応することも可能であり、従来法と比較しても、ゆるい調整で超解像を実現することが可能となる。
【0082】
以上、刺激光に対する偏光制御素子21の条件について説明したが、励起光に対しても、更に広い適用条件を提示することが可能である。
【0083】
図4は、偏光制御素子の第3例の光学的特性を示す図である。この偏光制御素子31は、図2に示した構成において、偏光部材22上の多層膜24を、励起光に対して透過型の位相板として機能させるように構成したものである。
【0084】
図4において、励起光の電場の最大振幅をEとし、多層膜24による位相遅れ角をδとする。この場合、多層膜24を通過した励起光とそれ以外の領域を通過した励起光との振幅を同じ瞳面で調べると、多層膜24を通過した励起光の振幅強度Einは、下記の(8)式で表される。なお、下式において、ωは励起光の周波数、上部に右矢印を付して示すkおよびrは、それぞれ波数ベクトルおよび位置ベクトルである。
【0085】
【数3】

【0086】
一方、多層膜24の外を通過した励起光の振幅強度Eoutは、下記の(9)式で表される。
【0087】
【数4】

【0088】
上記(8)式と(9)式とを比較すると、刺激光の場合と同様に、δだけ位相がずれている。したがって、EinおよびEoutは、Eから−Eの間で任意の値をとるので、励起光の場合は、δの値を調整して、同じ符号の値をとるように設定する。
【0089】
この場合、図4に示すように、多層膜24を通過した励起光と、それ以外の領域を通過した励起光とは、同じ極性を持つので、集光した際に、刺激光とは異なり電場は相殺されずに加算される。結果として、この場合は、焦点で強度を有するガウス型の集光スポットが得られる。すなわち、多層膜24を設計する際、δとδとを調整して、励起光では同極性とし、刺激光では異なる極性とすればよい。具体的には、励起光と刺激光とは、波長が異なるので、多層膜24における屈折率も異なる。したがって、屈折率差を利用して、層数や厚みを最適化する。例えば、吸収端近傍の異常分散が強いような波長領域において、励起光と刺激光との屈折率差が十分大きい透明な物質を用いることで、多層膜にせずとも1層で上記と同じ効果をもつ、最も単純な偏光制御素子を構成可能である。
【0090】
図5は、偏光制御素子の第4例を説明するための図で、図5(a)は、偏光制御素子の概略構成を示す平面図、図5(b)は、その光学特性を説明するための図である。この偏光制御素子41は、図4に示した構成において、偏光部材22上の入射光束の全領域を変調領域23aとし、この変調領域23aを光軸の周りに複数領域、ここでは図1の場合と同様に8領域に分割して、その8領域に刺激光波長λに対して、λ/8ずつ位相が異なるように、多層膜24を形成したものである。ここで、多層膜24は、図5(b)に、励起光および刺激光の位相分布を模式的に示すように、励起光に対しては、図4の場合と同様に、同相で透過させ、刺激光に対しては、位相分布が2πで周回するラゲール・ガウシアンビームとなるように全体を位相変調するように構成する。
【0091】
図5に示した偏光制御素子41を用いて、この偏光制御素子41を透過した励起光および刺激光を顕微鏡対物レンズにより試料上に集光すれば、第3例の場合と同様に、光量ロスを生じることなく、集光面上で、励起光については光軸上に光強度が最大値を有するスポットを形成でき、刺激光については光軸上に光強度が極小値を有する中空状のスポットを形成することができる。
【0092】
図6は、偏光制御素子の第5例の概略構成を示す断面図である。この偏光制御素子51は、反射型のもので、第2〜4例の場合と同様に、励起光と刺激光との共通光路に配置される。図6に示す偏光制御素子51は、プリズム部材52と、その入射面52aに形成された位相変調用の多層膜53と、射出面52bに形成された偏光部材54と、反射面52cに形成された反射膜55とを備える。プリズム部材52は、例えばガラスで構成する。偏光部材54および多層膜53は、第2〜4例に示した偏光部材および多層膜を適宜組み合わせて構成する。また、反射膜55は、例えばアルミニウム膜で構成する。
【0093】
図6に示す偏光制御素子51は、プリズム部材52の入射面52aから入射する励起光(波長λ)および刺激光(波長λ)を、反射面52cで反射させて90度偏向して射出面52bから射出させる。その際に、入射面52aに設けた多層膜53により、刺激光を集光面においてドーナッツ形状の集光ビームが得られるように位相変調し、さらに、射出面52bに設けた偏光部材54により刺激光の偏光状態を所定の偏光状態に変換する。
【0094】
このような反射型の偏光制御素子51を用いれば、超解像顕微鏡を構成する部品のレイアウトの自由度を向上することが可能となる。なお、図6において、偏光部材54は、プリズム部材52の反射面52cに設けることもできる。また、プリズム部材52自体を、水晶、液晶あるいはフォトニック結晶等の複屈折性部材により形成して、該プリズム部材52に刺激光の偏光状態を変換する偏光機能と、励起光および刺激光の光路を90度偏向する偏向機能とを持たせることもできる。
【0095】
以上のように、偏光部材と位相変調部とを一体化して偏光制御素子を構成することにより、超解像顕微鏡に組み込んだ場合に、偏光制御素子のみを回転調整や芯出し調整するだけで、光軸のチルトやシフトの発生を抑えて、刺激光の中空部と励起光の頂点部とを焦点面上で約30nmの精度で容易に一致させることが可能となり、超解像効果を容易に誘導することが可能となる。また、偏光部材および位相変調部を一つの光学部材である偏光制御素子として、簡単かつ安価にできる。なお、上記の第1例においては、位相変調部13を偏光部材12の入射面側に形成してもよい。また、第3〜5例においては、多層膜を射出面側に形成してもよい。ただし、図6の第5例において、多層膜53が励起光を反射させる場合は、図6に示したように、多層膜53をプリズム部材52の入射面52aに形成する。また、第2〜5例において、偏光部材は、励起光の偏光状態を変換するように構成することもできる。さらに、第2〜5例の偏光制御素子は、刺激光の単独光路に配置することも可能である。この場合、当然のことながら、励起光に対する条件は不要となる。
【0096】
以下、上述した偏光制御素子を用いる本発明に係る超解像顕微鏡の実施の形態について、図を参照して説明する。
【0097】
(第1実施の形態)
図7は、本発明の第1実施の形態に係る超解像顕微鏡の光学系の要部の概略構成を示す図である。この超解像顕微鏡は、蛍光色素で染色された試料を観察するもので、光源部を構成する励起光用光源61および刺激光用光源62を備える。励起光用光源61から射出される励起光は、ダイクロイックミラー63で反射された後、偏光ビームスプリッタ64を透過する。そして、2枚のガルバノミラー65および66により2次元方向に揺動走査されて、瞳投影レンズ系67を経て顕微鏡対物レンズ68により観察試料70に集光される。なお、図1では、図面を簡略化するため、ガルバノミラー65,66を同一平面内で揺動可能に示している。
【0098】
一方、刺激光用光源62から射出される刺激光は、偏光制御素子71を透過してダイクロイックミラー63に入射される。そして、ダイクロイックミラー63を透過して、励起光用光源61からの励起光とほぼ同軸に合成された後、偏光ビームスプリッタ64を透過し、さらにガルバノミラー65および66により2次元方向に揺動走査されて、瞳投影レンズ系67を経て顕微鏡対物レンズ68により観察試料70に集光される。
【0099】
また、観察試料70からの光は、顕微鏡対物レンズ68でコリメートされ、瞳投影レンズ系67、ガルバノミラー66および65を経て偏光ビームスプリッタ64に入射される。そして、偏光ビームスプリッタ64で所要の偏光成分が反射された後、蛍光分離フィルタ75により蛍光が取出(透過)され、その透過した蛍光が集光レンズ76および共焦点ピンホール77を経て、検出部を構成する光電子増倍管からなる光検出器78で受光される。
【0100】
図7に示す超解像顕微鏡は、顕微鏡対物レンズ68の瞳面を、瞳投影レンズ系67によりガルバノミラー65,66間に投影して共役瞳面69を形成し、これにより瞳面69を軸にしてガルバノミラー65,66による照明光の空間走査が行われる。
【0101】
本実施の形態では、説明の便宜上、ローダミン6Gのようなキサンチン系の色素で染色された試料を観察するものとする。このため、励起光用光源61は、例えば、Nd:YVO4固体レーザを用い、その発振波長1064nmの2倍波(波長532nm)を励起光(ポンプ光)とする。また、刺激光用光源62は、例えば、Krレーザを用い、その発振波長647.1nmを刺激光(イレース光)とする。
【0102】
また、偏光制御素子71は、例えば図1に例示した第1例の構成とする。ここでは、偏光制御素子71の偏光部材72を、イレース光に対して1/4波長板として機能するように構成する。これにより、刺激光用光源62からの直線偏光のイレース光を、所定の偏光回転方向の円偏光に変換し、その円偏光に変換されたイレース光を位相変調部73で位相変調する。この場合、偏光部材72は、厚さ2mm程度であるのに対し、位相変調部73を構成する光学薄膜やエッチングによる段差の高さは、高々1μm程度である。したがって、位相変調部73が、偏光部材72による偏光機能に何ら支障を及ぼすことはない。
【0103】
なお、偏光制御素子71は、2枚のガルバノミラー65,66間に位置する共役瞳面69に配置するのが理想的であるが、ガルバノミラー65,66の間隔は、実際には5mm程度で、配置するのが困難である。しかし、偏光制御素子71は、入射側のガルバノミラー65の手前のイレース光の光路中であれば、任意の位置に配置しても、事実上、結像性能の劣化は殆ど発生しない。
【0104】
また、励起光用光源61から射出されるポンプ光は、直線偏光、あるいは、図示しない偏光部材により偏光制御素子71によるイレース光の偏光回転方向とは反対方向の円偏光に変換して顕微鏡対物レンズ68により集光する。
【0105】
本実施の形態によれば、偏光部材72と位相変調部73とが一体化された偏光制御素子71を用いるので、該偏光制御素子71を、例えば位相変調部73の中心がイレース光の光軸と一致するように芯出し調整した状態で、光軸に対して直交する平面内で回転調整する簡単な作業で、イレース光を所定の偏光回転方向の円偏光に変換して変調することができる。これにより、ポンプ光およびイレース光を高開口数の顕微鏡対物レンズ68により集光した際に、集光面上で、イレース光を光軸方向の電場成分が相殺された対称なドーナッツビームとすることができる。また、イレース光の光軸チルトやシフトを生じることなく、該イレース光の中空部とポンプ光の頂点部とを約30nmの精度で容易に一致させることができ、超解像効果を発現することができる。また、特に、ポンプ光の偏光状態を、偏光制御素子71によるイレース光の偏光回転方向とは反対方向の円偏光とした場合は、ランダムに分散している分子の蛍光を平均化して検出できるという効果が得られる。
【0106】
(第2実施の形態)
図8は、本発明の第2実施の形態に係る超解像顕微鏡の光学系の要部の概略構成を示す図である。この超解像顕微鏡は、主に3つの独立したユニット、すなわち、光源ユニット80、スキャンユニット90および顕微鏡ユニット100を有しており、スキャンユニット90および顕微鏡ユニット100は、瞳投影レンズ系110を介して光学的に結合されている。
【0107】
光源ユニット80は、光源部を構成するもので、励起光用光源81、刺激光用光源82、ダイクロイックプリズムや偏光プリズムからなるビームコンバイナ83、ファイバ集光レンズ84、シングルモードファイバ85およびファイバコリメータレンズ86を有している。励起光用光源81から射出される励起光(ポンプ光)および刺激光用光源82から射出される刺激光(イレース光)は、ビームコンバイナ83でほぼ同軸に合成された後、ファイバ集光レンズ84を経て同一のシングルモードファイバ85にほぼ同軸に入射され、これによりシングルモードファイバ85の射出口から放射立体角が揃えられた完全球面波として射出される。シングルモードファイバ85から射出されるポンプ光およびイレース光は、色収差のないファイバコリメータレンズ86で平面波に変換されて、スキャンユニット90に導入される。
【0108】
本実施の形態では、ローダミン6G色素で染色された試料を観察するため、励起光用光源81は、例えば連続波を射出するHe−Neレーザを用い、その波長543nmの発振線をポンプ光とする。また、刺激光用光源82は、例えば連続波を射出するHe−Neレーザを用い、その波長633nmの発振線をイレース光とする。したがって、後述の偏光制御素子を含む光学系は、これらの波長に対して最適化したものとする。
【0109】
スキャンユニット90は、光源ユニット80から射出されるポンプ光およびイレース光を、偏光ビームスプリッタ91を通過させた後、走査光学系である2枚のガルバノミラー92および93により2次元方向に揺動走査して、瞳投影レンズ系110を介して顕微鏡ユニット100に入射させる。
【0110】
顕微鏡ユニット100は、スキャンユニット90から瞳投影レンズ系110を介して入射するポンプ光およびイレース光をハーフプリズム101で反射させて、顕微鏡対物レンズ102によりローダミン6G色素で染色された観察試料103上に集光させる。また、観察試料103で発光した蛍光は、顕微鏡対物レンズ102でコリメートしてハーフプリズム101で反射させることにより、瞳投影レンズ系110を経てスキャンユニット90に戻すと同時に、ハーフプリズム101を通過する蛍光の一部は、蛍光像として目視観察できるように接眼レンズ104に導く。なお、顕微鏡対物レンズ102は、その鏡筒も含めて示している。
【0111】
また、スキャンユニット90は、顕微鏡ユニット100から瞳投影レンズ系110を経て入射する蛍光を、往路とは逆の経路を辿って偏光ビームスプリッタ91で所要の偏光成分を分岐し、その分岐された蛍光を投影レンズ94、ピンホール95を、ノッチフィルタ96および97を経て、検出部を構成する光電子増倍管からなる光検出器98で受光する。
【0112】
なお、ピンホール95は、観察試料内の特定の断層面で発光した蛍光のみを通過させるものであり、ノッチフィルタ96および97は、蛍光に混入したポンプ光およびイレース光を除去するものである。
【0113】
図8に示す超解像顕微鏡は、図7と同様に、顕微鏡対物レンズ102の瞳面を、瞳投影レンズ系110によりスキャンユニット90内のガルバノミラー92,93間に投影して共役瞳面を形成し、これにより瞳面を軸にしてガルバノミラー92,93による照明光の空間走査が行われる。
【0114】
本実施の形態では、ポンプ光とイレース光との共通光路で、顕微鏡ユニット100内の瞳面またはその近傍に、図4に例示した構成を有する偏光制御素子105と、ビーム径を制限するアイリス(可変絞り)108とを設置する。
【0115】
偏光制御素子105は、偏光部材106がイレース光に対して1/4波長板として機能するように構成する。また、多層膜107は、図2に示したバッファ層27として波長532nmでの屈折率が1.52のSiOを厚さ532.7nmコートし、このバッファ層27上に、波長532nmでの屈折率が2.16のTaOと、波長532nmでの屈折率が1.52のSiOとを、TaOについては厚さ62.8nm、SiOについては厚さ89.9nmで、交互に11層まで蒸着により積層して構成する。この多層膜107は、ポンプ光に対しては、透明部材として機能し、イレース光に対しては、位相を1/2波長(π)だけ遅延させる位相変調素子として機能する。
【0116】
そして、偏光制御素子105を、光軸に対して直交する平面内で回転調整して配置することにより、イレース光ビームを所定の偏光回転方向の円偏光に変換するとともに、イレース光の位相を空間変調し、この空間変調されたイレース光と、空間変調を受けないポンプ光とを、アイリス108を経て色収差の無い顕微鏡対物レンズ102により試料103上に集光させる。
【0117】
また、偏光制御素子105を通過したポンプ光およびイレース光は、集光面でイレース光を完全な中空ビームとするために、アイリス108でビーム径を調整する。すなわち、瞳面における強度分布が均一であれば、図2に示したように、瞳の形状が半径Rの円形で、変調領域23aも半径ρの円形であれば、上記(4)式を満たすには、R/ρが21/2となる。しかし、一般のレーザ走査型顕微鏡は、ビームの強度分布が均一でなく、ガウス状の分布をもつ。したがって、完全な中空ビームを形成するためには、上記(7)式に準じて、R/ρを調整する必要がある。そのため、瞳面の直後に設けたアイリス108でビーム外径を調整して、R/ρの最適化を図る。さらに、アイリス108は、偏光制御素子105の多層膜107を透過するイレース光の位相遅れ誤差も調整可能である。
【0118】
なお、励起光用光源82から射出されるポンプ光は、直線偏光、あるいは、図示しない偏光部材により、偏光制御素子105によるイレース光の偏光回転方向とは反対方向の円偏光に変換してビームコンバイナ83に入射させる。
【0119】
このように、本実施の形態では、イレース光とポンプ光とを、同軸に合成した後、偏光制御素子105に入射させている。したがって、例えば、偏光制御素子105をその中心が光軸と一致するように芯出し調整した状態で、光軸に対して直交する平面内で回転調整する簡単な作業で、光軸チルトやシフトを生じることなく、偏光制御素子105の偏光部材106によりイレース光を所定の偏光回転方向の円偏光に変換し、さらに、多層膜107を通過したイレース光と、通過しないイレース光との間で、相対的に位相をほぼπだけ遅延させて、イレース光の中空ビームをポンプ光と同軸で形成することができる。しかも、偏光制御素子105では、イレース光の光量ロスが生じないので、刺激光用光源82から射出するイレース光の光パワーを必要最小限として、顕著な超解像効果を誘導することができる。さらに、ポンプ光の偏光状態を、偏光制御素子105によるイレース光の偏光回転方向とは反対方向の円偏光とした場合は、ランダムに分散している分子の蛍光を平均化して検出できるという効果が得られる。
【0120】
また、偏光制御素子105およびアイリス108は、顕微鏡ユニット100内の瞳面またはその近傍に配置され、その共役瞳面またはその近傍にガルバノミラー92,93を配置して、ポンプ光およびイレース光を空間走査するので、走査による波面収差の発生を抑えることができる。したがって、超解像顕微鏡性能を左右するイレース光の集光形状を乱すことなく、広い視野で高い結像性能を保つことができるとともに、観察試料103上ではポンプ光およびイレース光を常に同軸上で集光でき、顕著な超解像効果を誘導することができる。
【0121】
さらに、光源ユニット80においては、励起光用光源81から射出されるポンプ光および刺激光用光源82から射出されるイレース光を、ビームコンバイナ83で合成した後は、いずれの光もデリバリすることなく、同一光学系、すなわちファイバ集光レンズ84およびシングルモードファイバ85を経て射出させている。しかも、シングルモードファイバ85から射出される完全球面波のポンプ光およびイレース光を、ファイバコリメータレンズ86により同じ条件でコリメートしている。したがって、面倒な光学調整を要することなく、ポンプ光およびイレース光を、波面収差を与えることなく、同じダイバージェンス(ビーム広がり)で顕微鏡対物レンズ102により観察試料103の全く同じ結像点に集光させることができる。
【0122】
(第3実施の形態)
図9は、本発明の第3実施の形態に係る超解像顕微鏡の光学系の要部の概略構成を示す図である。この超解像顕微鏡は、図8に示した超解像顕微鏡において、光源ユニット80を、1台のレーザ光源87を用い、このレーザ光源87から射出されるレーザ光を、ファイバ集光レンズ84、シングルモードファイバ85およびファイバコリメータレンズ86を経てスキャンユニット90に導入するようにしたものである。
【0123】
ここで、レーザ光源87は、例えば、マルチラインで発振するHe−Neレーザを用い、波長543nmの発振線をポンプ光として用い、波長633nmの発振線をイレース光として用いる。その他の構成および動作は、第2実施の形態と同様であるので、ここでは説明を省略する。
【0124】
本実施の形態によれば、1台のHe−Neレーザから、ポンプ光とイレース光とを同時に取り出すことができるので、第2実施の形態におけるよりも構成を簡略化できるとともに、第2実施の形態では必要となる、ポンプ光とイレース光との光軸を調整してシングルモードファイバ85に導入する作業を省くことができ、調整もより簡単にできる。その他の作用効果については、第2実施の形態と同様であるので、説明を省略する。
【0125】
(第4実施の形態)
本発明の第4実施の形態に係る超解像顕微鏡は、上述した第1〜3実施の形態のいずれかの構成において、偏光制御素子の偏光部材をイレース光に対して1/2波長板として機能するように構成する。そして、観察試料に集光するイレース光を直線偏光として、その直線偏光の方向を偏光制御素子の偏光部材で調整する。すなわち、図7に示した構成においては、偏光制御素子71の偏光部材72を1/2波長板により構成し、図8または図9に示した構成においては、偏光制御素子105の偏光部材106を1/2波長板により構成する。
【0126】
そして、観察試料に対して、ポンプ光を直線偏光として集光させるとともに、偏光制御素子を、光軸に対して直交する平面内で回転調整して、イレース光の直線偏光を、ポンプ光の直線偏光の方向と一致させて観察試料に集光させる。
【0127】
このように、観察試料に集光されるポンプ光とイレース光とを、偏光方向が一致した直線偏光とすれば、特に、ローダミン6Gのような色素の蛍光を検出する場合は、蛍光抑制効果を最大に発揮でき、良好な超解像効果を誘導することができる。
【0128】
上述した各実施の形態は、ポンプ光とイレース光とを重ね合わせて観察試料に集光して、観察試料上で円形のポンプ光スポットと、中空のイレース光スポットとを形成し、これによりイレース光の照射領域の蛍光強度を抑制して蛍光抑制効果を発現させ、ポンプ光のみが照射された超解像領域から発光する蛍光を光検出器で検出するようにしている。すなわち、ポンプ光およびイレース光の照射により発光する蛍光の総量を検出するようにしている。
【0129】
しかし、超解像効果を誘導する蛍光抑制効果は、上記の場合に限らず、分光学的な手法を導入して発現することも可能である。このような手法に利用可能な色素として、近年、特定の波長の光を照射すると、蛍光スペクトルが変化する、所謂、光活性型の色素が知られている。特に、有名な光活性型の色素として、「Kaede」と呼ばれる蛍光タンパクが存在する。
【0130】
この「Kaede」は、紫外光が照射されると蛍光波長が長波長側にレッドシフトする。図10は、「Kaede」の紫外光照射前後の分光スペクトルを示す図で、図10(a)は紫外光照射前の分光スペクトル、図10(b)は波長355nmの紫外光が照射された後の分光スペクトルをそれぞれ示す。また、図10(a),(b)において、実線は発光スペクトルを示し、破線は吸収スペクトルを示す。
【0131】
図10から明らかなように、「Kaede」は、紫外光が照射される前は、波長500nm〜550nmの帯域に発光スペクトルを有しているが、波長355nmの紫外光が照射されると、中心蛍光波長が580nm付近にレッドシフトする。しかも、注目すべきことは、短波長側の500nm〜550nmの波長帯域の蛍光成分が消失する。したがって、この場合は、例えば、波長488nmの可視光を励起光とし、波長355nmの紫外光を刺激光として、これらを上記実施の形態と同様の構成により観察試料に照射し、励起光のみが照射された領域から発生する短波長側の蛍光を、分光器あるいは光学フィルタを介して計測すれば、同様に超解像効果を発現することができる。以下、この場合の一例の構成を、本発明の第5実施の形態として図11を参照して説明する。
【0132】
(第5実施の形態)
図11は、本発明の第5実施の形態に係る超解像顕微鏡の光学系の要部の概略構成を示す図である。この超解像顕微鏡は、光源部を構成する励起光用光源121および刺激光用光源122を備える。励起光用光源121から射出される励起光は、図7の場合と同様に、ダイクロイックミラー123で反射された後、偏光ビームスプリッタ124を透過する。そして、2枚のガルバノミラー125および126により2次元方向に揺動走査されて、瞳投影レンズ系127および顕微鏡対物レンズ128を経て、「Kaede」により染色された観察試料130に集光される。
【0133】
一方、刺激光用光源122から射出される刺激光は、偏光制御素子131を透過してダイクロイックミラー123に入射される。そして、ダイクロイックミラー123を透過して、励起光用光源121からの励起光とほぼ同軸に合成された後、ガルバノミラー125および126により2次元方向に揺動走査されて、瞳投影レンズ系127を経て顕微鏡対物レンズ128により観察試料130に集光される。
【0134】
また、観察試料130からの光は、顕微鏡対物レンズ128でコリメートされ、瞳投影レンズ系127、ガルバノミラー126および125を経て偏光ビームスプリッタ124に入射される。そして、偏光ビームスプリッタ124で所要の偏光成分が反射された後、蛍光分離フィルタ135により蛍光が取出(透過)され、その透過した蛍光が集光レンズ136および分光器137を経て、検出部を構成する光電子増倍管からなる光検出器138で受光される。
【0135】
分光器137は、波長帯域選択部を構成するもので、入射側の共焦点ピンホール141、射出側ピンホール142、2枚の反射ミラー143,144および反射型の回折格子145を備える。この分光器137は、共焦点ピンホール141から入射した蛍光を、反射ミラー143を経て回折格子143で反射させて回折させ、その回折光を反射ミラー144を経て射出側ピンホール142から射出するもので、回折格子145への入射光の入射角度および射出側ピンホール142の径を適切に調整することにより、所望の波長帯域の蛍光を取り出すことが可能である。
【0136】
本実施の形態では、「Kaede」から発生される蛍光を観測するため、励起光用光源121は、例えば、Arレーザを用い、その発振波長488nmを励起光とする。また、刺激光用光源122は、例えば、Nd:YAGレーザを用い、その発振波長1064nmの3倍波(波長355nm)を刺激光とする。
【0137】
偏光制御素子131は、例えば図1に例示した第1例の構成とする。ここでは、偏光制御素子131の偏光部材132を、刺激光に対して1/4波長板として機能するように構成する。そして、この偏光制御素子131を、光軸に対して直交する平面内で回転調整して配置することにより、刺激光用光源132からの直線偏光の刺激光を、所定の偏光回転方向の円偏光に変換し、その円偏光に変換された刺激光を位相変調部133で位相変調して、観察試料130上で励起光と同軸の中空の刺激光スポットを形成する。
【0138】
また、分光器137は、波長500nm〜550nmの帯域の蛍光が通るように、回折格子145の入射光に対する角度および射出側ピンホール142の径を適切に調整する。なお、励起光用光源121から射出される励起光は、直線偏光、あるいは、図示しない偏光部材により偏光制御素子131によるイレース光の偏光回転方向とは反対方向の円偏光に変換して顕微鏡対物レンズ128により集光する。
【0139】
本実施の形態によると、観察試料130上で刺激光の中空スポットが照射された領域の蛍光はレッドシフトされるので、分光器137で遮断される。これに対し。刺激光の中空スポットの中央領域は、励起光のみが照射されるので、その中央領域から発生する波長500nm〜550nmの蛍光が、分光器137で分光されて光検出器138で受光される。これにより、蛍光抑制効果が誘導される。しかも、この刺激光の中空スポットの中央領域は、励起光の集光サイズよりも小さいので、超解像効果を得ることができる。したがって、煩雑な調整作業を要することなく、例えば、偏光制御素子131を、上述した実施の形態と同様に、その中心が光軸と一致するように芯出し調整した状態で、光軸に対して直交する平面内で回転調整する簡単な作業で、超解像効果を容易に誘導することができる。
【0140】
なお、図11では、波長帯域選択部を分光器137を用いて構成して、波長500nm〜550nmの帯域の蛍光を選択するようにしたが、分光器137に代えてバンドパスフィルタを用いることもできる。また、偏光制御素子131の偏光部材132は、1/4波長板に限らず、1/2波長板として、刺激光を所定の方向の直線偏光に調整して観察試料130に照射するように構成することもできる。すなわち、「Kaede」のような分子は、分子独自の配向性を有しており、特に、分子軸に対して特定の方向に直線偏光した紫外光が入射した場合に、レッドシフトが効率的に起きる。このように、蛍光色素分子が極めて強い偏光依存性を有する場合は、刺激光の形状の対称性よりも分子の異方性を優先させて、特定の方向に直線偏光した刺激光を集光させることにより、蛍光抑制効果が最大に発揮されたより顕著な超解像効果を誘導することもできる。
【0141】
(第6実施の形態)
図12は、本発明の第6実施の形態に係る超解像顕微鏡の要部の概略構成を示す図である。この超解像顕微鏡は、顕微鏡対物レンズ151の物体側(先端)に内視鏡光学系152をハイブリッドで結合したスティックレンズ153を有し、このスティックレンズ153の内視鏡光学系152の先端部を生体試料155に直接差し込んで、生体試料155の生命現象をin-vivoで観察するものである。顕微鏡対物レンズ151には、同軸に合成された励起光および刺激光が、ガルバノミラー156,157により二次元走査されて、瞳投影レンズ158を経て入射させる。
【0142】
本実施の形態においては、ガルバノミラー157と顕微鏡対物レンズ151との間の励起光および刺激光の共通光路中に、例えば図4または図5に例示した構成の偏光制御素子161を配置する。なお、偏光制御素子161の偏光部材は、上述した実施の形態の場合と同様に、刺激光に対して1/4波長板あるいは1/2波長板として機能するように構成する。
【0143】
このように構成された本実施の形態に係る超解像顕微鏡によると、偏光制御素子161を、上述した実施の形態と同様に、例えば、その中心が光軸と一致するように芯出し調整した状態で、光軸に対して直交する平面内で回転調整する簡単な作業で、超解像効果を容易に発現することができる。これにより、スティックレンズ153の開口数を、光学設計上、大きくできなくても、空間分解能を画期的に向上することができる。
【0144】
(第7実施の形態)
図13は、本発明の第7実施の形態に係る超解像顕微鏡の要部の概略構成を示す図である。この超解像顕微鏡は、顕微鏡対物レンズ171を、光軸と直交する平面内で、直交するX方向およびY方向に移動可能として、顕微鏡対物レンズ171自体で観察試料172に対して光束を空間走査するようにしたものである。観察試料172に照射する励起光および刺激光は、図8と同様にして、ファイバ173に同軸に合波して入射させ、このファイバ173の射出口から射出される球面波の励起光および刺激光を、コリメータレンズ174で平面波に変換して顕微鏡対物レンズ171に入射させる。
【0145】
本実施の形態においては、コリメータレンズ174と顕微鏡対物レンズ171との間の励起光および刺激光の共通光路中に、例えば図4または図5に例示した構成の偏光制御素子175を配置する。なお、偏光制御素子175の偏光部材は、上述した実施の形態の場合と同様に、刺激光に対して1/4波長板あるいは1/2波長板として機能するように構成する。
【0146】
本実施の形態に係る超解像顕微鏡によると、上述した実施の形態の場合と同様に、偏光制御素子175を、例えば、その中心が光軸と一致するように芯出し調整した状態で、光軸に対して直交する平面内で回転調整する簡単な作業で、超解像効果を容易に発現することができる。これにより、ファイバ173を用いるために、顕微鏡対物レンズ171の開口数を大きくできなくても、十分な空間分解能を得ることができる。
【0147】
なお、本発明は、上記実施の形態に限定されるものではなく、幾多の変形または変更が可能である。例えば、偏光制御素子を励起光と刺激光との共通光路に配置する場合、偏光制御素子の偏光部材は、励起光に対して偏光機能を有するように構成したり、励起光と刺激光との両方の光に対して偏光機能を有するように構成したりすることもできる。特に、後者の場合は、偏光部材としてフレネルロムを用いれば、励起光および刺激光の双方に対して1/2波長板、あるいは1/4波長板として機能させることができる。また、第2実施の形態では、ポンプ光とイレース光とを、ビームコンバイナ83およびシングルモードファイバ85を用いて同軸に合成するようにしたが、2入力1出力の光合成ファイバを用いて同軸に合成することもできる。
【符号の説明】
【0148】
61 励起光用光源
62 刺激光用光源
63 ダイクロイックミラー
64 偏光ビームスプリッタ
68 顕微鏡対物レンズ
70 観察試料
71 偏光制御素子
72 偏光部材
73 位相変調部
78 光検出器
80 光源ユニット
81 励起光用光源
82 刺激光用光源
83 ビームコンバイナ
87 レーザ光源
90 スキャンユニット
98 光検出器
100 顕微鏡ユニット
102 顕微鏡対物レンズ
103 観察試料
105 偏光制御素子
106 偏光部材
107 多層膜
121 励起光用光源
122 刺激光用光源
123 ダイクロイックミラー
128 顕微鏡対物レンズ
130 観察試料
131 偏光制御素子
132 偏光部材
133 位相変調部
137 分光器
138 光検出器
151 顕微鏡対物レンズ
152 内視鏡光学系
153 スティックレンズ
155 生体試料
161 偏光制御素子
171 顕微鏡対物レンズ
172 観察試料
173 ファイバ
175 偏光制御素子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも2以上の励起量子状態をもつ物質を含む試料を観察する超解像顕微鏡であって、
前記物質を安定状態から第1量子状態に励起するための第1照明光、および、前記物質を更に他の量子状態に遷移させるための第2照明光を射出する光源部と、
該光源部から射出された前記第1照明光および前記第2照明光を前記試料に一部重ね合わせて集光する、顕微鏡対物レンズを含む光学系と、
前記第1照明光および前記第2照明光の集光により前記試料から発光する光応答信号を検出する検出部と、
前記第1照明光または前記第2照明光の偏光状態を変換する偏光部材、および該偏光部材に一体に形成されて前記第2照明光の位相を空間変調する位相変調部を有する偏光制御素子と、
を備えることを特徴とする超解像顕微鏡。
【請求項2】
前記位相変調部は、前記第2照明光の位相を光軸対称の位置で反転させるように、光学媒質膜の積層またはエッチング加工により段差を有して形成された複数の領域からなる、
ことを特徴とする請求項1に記載の超解像顕微鏡。
【請求項3】
前記位相変調部は、前記第1照明光に対しては反射作用または透過型の位相変調作用を有し、前記第2照明光に対しては透過型の位相変調作用を有する多層膜からなる、
ことを特徴とする請求項1に記載の超解像顕微鏡。
【請求項4】
前記物質は蛍光物質であり、
前記第2照明光は、前記蛍光物質の蛍光の発光を抑制する波長である、
ことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の超解像顕微鏡。
【請求項5】
前記物質は蛍光物質であり、
前記第2照明光は、前記蛍光物質の蛍光のスペクトルを変化させる波長であり、
前記検出部は、前記第1照明光の照射により前記蛍光物質から発光する蛍光のスペクトルを透過させ、前記第2照明光の照射により前記蛍光物質から発光する蛍光のスペクトルを遮断する波長帯域選択部を有する、
ことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の超解像顕微鏡。
【請求項6】
前記偏光制御素子は、前記第2照明光の光軸に関して回転可能である、
ことを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の超解像顕微鏡。
【請求項7】
前記偏光部材は、前記第2照明光に対して1/2波長板として機能し、
前記試料に集光される前記第1照明光および前記第2照明光の偏光方向は平行である、
ことを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載の超解像顕微鏡。
【請求項8】
前記偏光部材は、前記第2照明光に対して1/4波長板として機能し、
前記試料に集光される前記第1照明光および前記第2照明光の少なくとも一方の偏光方向は円偏光である、
ことを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載の超解像顕微鏡。
【請求項9】
前記試料に集光される前記第1照明光および前記第2照明光は、偏光回転方向が反対の円偏光である、
ことを特徴とする請求項8に記載の超解像顕微鏡。
【請求項10】
前記偏光制御素子は、前記第1照明光または前記第2照明光を偏向する反射型である、
ことを特徴とする請求項1〜9のいずれか一項に記載の超解像顕微鏡。
【請求項11】
前記偏光制御素子は、前記偏光部材として液晶またはフォトニック結晶を含む、
ことを特徴とする請求項1〜10のいずれか一項に記載の超解像顕微鏡。
【請求項12】
前記光学系は、前記顕微鏡対物レンズの物体側に結合された内視鏡光学系を備えるスティックレンズを有する、
ことを特徴とする請求項1〜11のいずれか一項に記載の超解像顕微鏡。
【請求項13】
前記顕微鏡対物レンズは、前記試料に対して前記第1照明光および前記第2照明光を空間的に走査可能に構成されている、
ことを特徴とする請求項1〜11のいずれか一項に記載の超解像顕微鏡。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【公開番号】特開2011−123314(P2011−123314A)
【公開日】平成23年6月23日(2011.6.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−281179(P2009−281179)
【出願日】平成21年12月11日(2009.12.11)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】