説明

車両の動力伝達制御装置

【課題】ダブルクラッチトランスミッションを用いた車両の動力伝達制御装置において、駆動輪にスリップが発生し易い状態での変速作動時のスリップの発生を抑制すること。
【解決手段】非選択クラッチから入れ替わった新たな選択クラッチのクラッチトルクがゼロから「選択側トルク」まで増大され、選択クラッチから入れ替わった新たな非選択クラッチのクラッチトルクが「完全接合用トルク」から「非選択側トルク」まで減少され、エンジントルクがアクセル開度に応じた値から減少される。その後、エンジントルクがアクセル開度に応じた値まで増大され、新たな選択クラッチのクラッチトルクが選択側トルクから完全接合用トルクまで増大され、新たな非選択クラッチのクラッチトルクが非選択側トルクからゼロに減少される。車輪のスリップが検出されている状態では、選択側トルク、非選択側トルク、並びに、エンジントルクの増加勾配が小さくされる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の動力伝達制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、特許文献1等に記載のように、車両のエンジンから動力が入力される第1、第2入力軸と、車両の駆動輪へ動力を出力する出力軸と、全変速段のうちの一部(例えば、1速を含む複数の奇数段)の何れか1つを選択的に確立して第1入力軸と出力軸との間で動力伝達系統を形成する確立状態又は何れの変速段も確立せずに第1入力軸と出力軸との間で動力伝達系統を形成しない開放状態を選択的に達成する第1機構部と、全変速段のうちの残り(例えば、2速を含む複数の偶数段)の何れか1つを選択的に確立して第2入力軸と出力軸との間で動力伝達系統を形成する確立状態又は何れの変速段も確立せずに第2入力軸と出力軸との間で動力伝達系統を形成しない開放状態を選択的に達成する第2機構部と、を備えた変速機が知られている。
【0003】
この変速機には、エンジンの出力軸と第1入力軸との間に介装されて、クラッチストロークの調整によりエンジンの出力軸と第1入力軸との間において伝達可能な最大トルク(第1クラッチトルク)を調整可能な第1クラッチと、エンジンの出力軸と第2力軸との間に介装されて、クラッチストロークの調整によりエンジンの出力軸と第2入力軸との間において伝達可能な最大トルク(第2クラッチトルク)を調整可能な第2クラッチと、が組み合わされる。このような組み合わせにより得られる機構は、「ダブルクラッチトランスミッション」(以下、「DCT」とも呼ぶ。)とも呼ばれる。
【0004】
以下、第1クラッチ、第1入力軸、及び第1機構部で構成される系統を「第1系統」と呼び、第2クラッチ、第2入力軸、及び第2機構部で構成される系統を「第2系統」と呼ぶ。また、クラッチトルクが「0」より大きい状態、即ち、クラッチが動力を伝達する状態を「接合状態」と呼び、クラッチトルクが「0」の状態、即ち、クラッチが動力を伝達しない状態を「分断状態」と呼ぶ。
【0005】
DCTの制御に際し、車両の運転者によるシフトレバーの操作、及び/又は、車両の走行状態に基づいて、達成すべき1つの変速段(以下、「選択変速段」と呼ぶ。)が選択される。以下、第1、第2機構部、第1、第2クラッチ、第1、第2入力軸、第1、第2系統のうちで、選択変速段に対応する方をそれぞれ、「選択機構部」、「選択クラッチ」、「選択入力軸」、「選択系統」と呼び、選択変速段に対応しない方をそれぞれ、「非選択機構部」、「非選択クラッチ」、「非選択入力軸」、「非選択系統」と呼ぶ。
【0006】
選択変速段が選択されると、選択機構部において選択変速段が確立された状態で選択クラッチが接合状態に制御され(選択クラッチのクラッチトルクがエンジンの駆動トルクより大きい完全接合用トルクに制御され)、非選択クラッチが分断状態に制御される(非選択クラッチのクラッチトルクがゼロに制御される)。これにより、エンジンの出力軸と変速機の出力軸との間で、選択系統を介して選択変速段の減速比を有する動力伝達系統が形成される。この動力伝達系統を介してエンジンの駆動トルク(エンジントルク)が駆動輪に伝達され、車両が加速され得る。
【0007】
他方、非選択系統では、非選択クラッチが分断状態となっている。従って、次に選択される(であろう)変速段(具体的には、選択変速段に対して高速側又は低速側の隣接変速段(典型的には、1段だけ高速側又は低速側の変速段。3段だけ又は5段だけ高速側又は低速側の変速段であってもよい。))が確立された状態で非選択機構部を待機させておくことができる。このことを利用すれば、第1、第2系統間において選択系統と非選択系統とが入れ替わる変速作動(変速段を1段だけ高速側に変更するシフトアップ、或いは、1段だけ低速側に変更するシフトダウン)がなされる場合において、第1、第2クラッチについて「接合状態にあったクラッチを分断状態に変更する作動」と「分断状態にあったクラッチを接合状態に変更する作動」とを同時期に実行することで、エンジントルクを変速機の出力軸(従って、駆動輪)に対して途切れなく伝達し続けることができる。この結果、変速ショックが低減され得る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2010−48416号公報
【発明の概要】
【0009】
DCTにおいて、選択変速段が現在確立されている変速段から高速側又は低速側の変速段(典型的には、1段だけ高速側又は低速側の変速段。3段だけ又は5段だけ高速側又は低速側の変速段であってもよい。)に変更される際(即ち、変速作動の際)、第1、第2クラッチ間での選択クラッチ及び非選択クラッチの入れ替えが行われる。係る入れ替えに関し、通常、以下のような動作がなされる。
【0010】
先ず、入れ替えによる新たな選択クラッチのクラッチトルクがゼロから増大されて「ゼロより大きく且つ前記完全接合用トルクより小さい選択側トルク」に調整されるとともに、入れ替えによる新たな非選択クラッチのクラッチトルクが前記完全接合用トルクから減少されて「ゼロより大きく且つ前記選択側トルクより小さい非選択側トルク」に調整される。並びに、エンジントルクがアクセル開度の操作量に応じた値から減少させられる。
【0011】
その後、エンジントルクがアクセル開度に応じた値まで増大される。並びに、新たな選択クラッチのクラッチトルクが前記選択側トルクから増大されて前記完全接合用トルクに調整されるとともに、新たな非選択クラッチのクラッチトルクが前記非選択側トルクから減少されてゼロに調整される。以上の動作によって、変速作動がスムーズに達成され得る。
【0012】
ところで、上述したDCTの変速作動の際、駆動輪に伝達される駆動トルクに不可避的に変動が生じる。従って、路面摩擦係数が小さい路面(低μ路面)を車両が走行する等、駆動輪にスリップが発生し易い状態においてDCTの変速作動がなされると、駆動輪の駆動トルクの変動に起因して、車両の走行状態が不安定になり易い。
【0013】
本発明の目的は、DCTを用いた車両の動力伝達制御装置であって、駆動輪にスリップが発生し易い状態において変速作動がなされる場合において、車輪のスリップの発生を抑制できるものを提供することにある。
【0014】
本発明に係る車両の動力伝達制御装置は、上述と同じ「第1入力軸(Ai1)」、「第2入力軸(Ai2)」、「出力軸(AO)」、「第1機構部(M1)」、及び「第2機構部(M2)」、を備えた変速機(T/M)と、第1クラッチ(C1)と、第2クラッチ(C2)とを備えた装置である。ここにおいて、前記第1グループの複数の変速段としては、1速を含む複数の奇数段が備えられ、前記第2グループの複数の変速段としては、2速を含む複数の偶数段が備えられることが好適である。
【0015】
この動力伝達制御装置の特徴は、前記制御手段が、前記車両の車輪のスリップを検出する検出手段を備え、前記車輪のスリップが検出されている状態では、前記車輪のスリップが検出されていない状態と比べて、前記「選択側トルク」及び前記「非選択側トルク」を小さくし(T3→T1、T4→T2)、且つ、前記内燃機関のトルクを前記加速操作部材の操作量に応じた値まで増大していく際の増加勾配を小さくする(g2→g1)ように構成されたことにある。
【0016】
これによれば、駆動輪にスリップが発生し易い状況において、「非選択側トルク」が小さくされることにより、変速作動中において内燃機関の出力軸の回転速度が新たな選択入力軸の回転速度に近づき易くなることに加え、「選択側トルク」が小さくされることにより、変速作動中において新たな選択系統を通して駆動輪に伝達されるトルク(従って、車両の加速度)を小さくできる。この結果、車輪(特に、駆動輪)のスリップの発生を抑制でき、車両の走行状態が不安定になり難くなる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の実施形態に係る動力伝達制御装置を示した模式図である。
【図2】図1に示した第1、第2クラッチについての「ストローク−トルク特性」を規定するマップを示したグラフである。
【図3】図1に示したECUが参照する、「車速とアクセル開度の組み合わせ」と「選択変速段」との関係を予め定めた変速マップを示したグラフである。
【図4】図1に示したECUにより実行される、変速時の制御を実行するための処理の流れを示したフローチャートである。
【図5】本発明の実施形態に係る動力伝達制御装置により車両走行中において特殊制御が開始・実行される場合の一例を示したタイムチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態に係る車両の動力伝達制御装置(本装置)について図面を参照しつつ説明する。本装置は、変速機T/Mと、第1クラッチC1と、第2クラッチC2と、ECUとを備えている。この変速機T/Mは、車両前進用に6つの変速段(1速〜6速)、及び、車両後進用に1つの変速段(リバース)を備えている。
【0019】
変速機T/Mは、第1入力軸Ai1と、第2入力軸Ai2と、出力軸AOと、第1機構部M1と、第2機構部M2とを備える。第1、第2入力軸Ai1,Ai2は、同軸的且つ相対回転可能に、ケース(図示せず)に支持されている。出力軸AOは、第1、第2入力軸Ai1,Ai2からずれた位置で第1、第2入力軸Ai1,Ai2と平行にケースに支持されている。
【0020】
第1入力軸Ai1は、第1クラッチC1を介して車両の駆動源であるエンジンE/Gの出力軸AEと接続されている。同様に、第2入力軸Ai1は、第2クラッチC2を介してエンジンE/Gの出力軸AEと接続されている。出力軸AOは、車両の駆動輪と動力伝達可能に接続されている。
【0021】
第1機構部M1は、互いに常時噛合する1速の駆動ギヤG1i及び1速の被動ギヤG1oと、互いに常時噛合する3速の駆動ギヤG3i及び3速の被動ギヤG3oと、互いに常時噛合する5速の駆動ギヤG5i及び5速の被動ギヤG5oと、互いに常時噛合しないリバースの駆動ギヤGRi及びリバースの被動ギヤGRoと、駆動ギヤGRi及び被動ギヤGRoとそれぞれ常時噛合するリバースアイドルギヤGRdと、スリーブS1,S2とを備える。スリーブS1,S2はそれぞれ、スリーブアクチュエータAS1,AS2により駆動される。
【0022】
駆動ギヤG1i,G3i,G5i,GRiのうち、G1i,GRiは第1入力軸Ai1に一体回転するように固定され、G3i,G5iは第1入力軸Ai1に相対回転可能に支持されている。被動ギヤG1o,G3o,G5o,GRoのうち、G1o,GRoは出力軸AOに相対回転可能に支持され、G3o,G5oは出力軸AOに一体回転するように固定されている。
【0023】
スリーブS1は、出力軸AOと一体回転するハブに対して軸方向に移動可能に常時スプライン嵌合している。スリーブS1が図1に示す位置(非接続位置)にある場合、スリーブS1は、被動ギヤG1oと一体回転する1速ピース、及び、被動ギヤGRoと一体回転するリバースピースに対して共にスプライン嵌合しない。スリーブS1が非接続位置より左側の位置(1速位置)に移動すると、スリーブS1が1速ピースに対してスプライン嵌合し、右側の位置(リバース位置)に移動すると、スリーブS1がリバースピースに対してスプライン嵌合する。
【0024】
スリーブS2は、第1入力軸Ai1と一体回転するハブに対して軸方向に移動可能に常時スプライン嵌合している。スリーブS2が図1に示す位置(非接続位置)にある場合、スリーブS2は、駆動ギヤG3iと一体回転する3速ピース、及び、駆動ギヤG5iと一体回転する5速ピースに対して共にスプライン嵌合しない。スリーブS2が非接続位置より左側の位置(3速位置)に移動すると、スリーブS2が3速ピースに対してスプライン嵌合し、右側の位置(5速位置)に移動すると、スリーブS2が5速ピースに対してスプライン嵌合する。
【0025】
以上より、第1機構部M1では、スリーブS1,S2を共に非接続位置に調整すると、第1入力軸Ai1と出力軸AOとの間で動力伝達系統が形成されないニュートラル状態が得られる。ニュートラル状態においてスリーブS1が1速位置へ移動すると、1速の減速比を有する動力伝達系統が形成され(1速が確立され)、ニュートラル状態においてスリーブS1がリバース位置へ移動すると、リバースの減速比を有する動力伝達系統が形成される(リバースが確立される)。ニュートラル状態においてスリーブS2が3速位置へ移動すると、3速の減速比を有する動力伝達系統が形成され(3速が確立され)、ニュートラル状態においてスリーブS2が5速位置へ移動すると、5速の減速比を有する動力伝達系統が形成される(5速が確立される)。
【0026】
第2機構部M2は、互いに常時噛合する2速の駆動ギヤG2i及び2速の被動ギヤG2oと、互いに常時噛合する4速の駆動ギヤG4i及び4速の被動ギヤG4oと、互いに常時噛合する6速の駆動ギヤG6i及び6速の被動ギヤG6oと、スリーブS3,S4とを備える。スリーブS3,S4はそれぞれ、スリーブアクチュエータAS3,AS4により駆動される。
【0027】
駆動ギヤG2i,G4i,G6iは全て、第2入力軸Ai2に一体回転するように固定されている。被動ギヤG2o,G4o,G6oは全て、出力軸AOに相対回転可能に支持されている。
【0028】
スリーブS3は、出力軸AOと一体回転するハブに対して軸方向に移動可能に常時スプライン嵌合している。スリーブS3が図1に示す位置(非接続位置)にある場合、スリーブS3は、被動ギヤG2oと一体回転する2速ピース、及び、被動ギヤG4oと一体回転する4速ピースに対して共にスプライン嵌合しない。スリーブS3が非接続位置より右側の位置(2速位置)に移動すると、スリーブS3が2速ピースに対してスプライン嵌合し、左側の位置(4速位置)に移動すると、スリーブS3が4速ピースに対してスプライン嵌合する。
【0029】
スリーブS4は、出力軸AOと一体回転するハブに対して軸方向に移動可能に常時スプライン嵌合している。スリーブS4が図1に示す位置(非接続位置)にある場合、スリーブS4は、被動ギヤG6oと一体回転する6速ピースに対してスプライン嵌合しない。スリーブS4が非接続位置より右側の位置(6速位置)に移動すると、スリーブS4が6速ピースに対してスプライン嵌合する。
【0030】
以上より、第2機構部M2では、スリーブS3,S4を共に非接続位置に調整すると、第2入力軸Ai2と出力軸AOとの間で動力伝達系統が形成されないニュートラル状態が得られる。ニュートラル状態においてスリーブS3が2速位置へ移動すると、2速の減速比を有する動力伝達系統が形成され(2速が確立され)、ニュートラル状態においてスリーブS3が4速位置へ移動すると、4速の減速比を有する動力伝達系統が形成される(4速が確立される)。ニュートラル状態においてスリーブS4が6速位置へ移動すると、6速の減速比を有する動力伝達系統が形成される(6速が確立される)。
【0031】
第1、第2クラッチC1,C2は、同軸的且つ軸方向に直列に配置構成されている。第1クラッチC1のクラッチストロークSt1は、クラッチアクチュエータAC1により調整される。図2に示すように、クラッチストロークSt1を調整することで、第1クラッチC1が伝達可能な最大トルク(第1クラッチトルクTc1)が調整され得る。「Tc1=0」の状態では、エンジンE/Gの出力軸AEと第1入力軸Ai1との間で動力伝達系統が形成されない。この状態を「分断状態」と呼ぶ。また、「Tc1>0」の状態では、エンジンE/Gの出力軸AEと第1入力軸Ai1との間で動力伝達系統が形成される。この状態を「接合状態」と呼ぶ。なお、クラッチストロークとは、クラッチアクチュエータにより駆動される摩擦部材(図示せず)の原位置(クラッチストローク=0)からの圧着方向(クラッチトルクの増大方向)への移動量を意味する。
【0032】
同様に、第2クラッチC2のクラッチストロークSt2は、クラッチアクチュエータAC2により調整される。図2に示すように、クラッチストロークSt2を調整することで、第2クラッチC2が伝達可能な最大トルク(第2クラッチトルクTc2)が調整され得る。第2クラッチC2についても、第1クラッチC1と同様に、「分断状態」及び「接合状態」が定義される。
【0033】
また、本装置は、車両の車輪の車輪速度を検出する車輪速度センサV1と、アクセルペダルAPの操作量(アクセル開度)を検出するアクセル開度センサV2と、シフトレバーSFの位置を検出するシフト位置センサV3と、ブレーキペダルBPの踏み込み力(ブレーキ液の圧力に相当)を検出するブレーキ液圧センサV4と、を備えている。なお、ブレーキペダルBPの踏み込み力に応じてブレーキ液圧(従って、ブレーキディスクに対するブレーキパッドの押圧力、摩擦制動力)の大きさが調整されるようになっている。
【0034】
更に、本装置は、電子制御ユニットECUを備えている。ECUは、上述のセンサV1〜V4からの情報等に基づいて、クラッチアクチュエータAC1,AC2、並びにスリーブアクチュエータAS1〜AS4を制御することで、変速機T/Mの変速段、及び第1、第2クラッチC1,C2の状態を制御する。このように、本装置は、ダブルクラッチトランスミッション(DCT)を用いた動力伝達装置である。また、本装置では、エンジンE/Gの出力軸AEのトルク(エンジントルク)が、アクセル開度に応じた値に制御される。
【0035】
本装置では、シフトレバーSFの位置が「自動モード」に対応する位置にある場合、ECU内のROM(図示せず)に記憶された図3に示す変速マップに基づいて変速機T/Mの変速段が決定される。より具体的には、車輪速度センサV1から得られる車輪速度に基づいて算出される車速と、アクセル開度センサV2から得られるアクセル開度との組み合わせが、変速マップ上におけるどの変速段の領域に対応するかにより、達成すべき1つの変速段(以下、「選択変速段」と呼ぶ。)が選択される。例えば、現在の車速がαで現在のアクセル開度がβである場合(図3に示す黒点を参照)、選択変速段として「3速」が選択される。
【0036】
図3に示す変速マップは、車速とアクセル開度との組み合わせに対して最適な変速段を適合する実験を、前記組み合わせを種々変更しながら繰り返し行うことにより取得され得る。また、この変速マップは、ECU内のROMに記憶されている。なお、シフトレバーSFの位置が「手動モード」に対応する位置にある場合、運転者によるシフトレバーSFの操作に基づいて選択変速段が選択される。
【0037】
以下、説明の便宜上、第1クラッチC1、第1入力軸Ai1、及び第1機構部M1で構成される系統を「第1系統」と呼び、第2クラッチC2、第2入力軸Ai2、及び第2機構部M2で構成される系統を「第2系統」と呼ぶ。また、第1、第2機構部M1,M2、第1、第2クラッチC1,C2、第1、第2入力軸Ai1,Ai2、第1、第2系統のうちで、選択変速段に対応する方をそれぞれ、「選択機構部」、「選択クラッチ」、「選択入力軸」、「選択系統」と呼び、選択変速段に対応しない方をそれぞれ、「非選択機構部」、「非選択クラッチ」、「非選択入力軸」、「非選択系統」と呼ぶ。
【0038】
上述したように、この変速機T/Mでは、第1機構部M1にて1速を含む奇数段(1速、3速、5速)が選択的に確立され得、第2機構部M2にて2速を含む偶数段(2速、4速、6速)が選択的に確立され得る。従って、選択変速段が現在の変速段から現在の変速段より1段だけ高速側の変速段へ変更(シフトアップ)される毎に、或いは、選択変速段が現在の変速段から現在の変速段より1段だけ低速側の変速段へ変更(シフトダウン)される毎に、第1、第2系統間において選択系統と非選択系統とが入れ替わる。
【0039】
本装置では、選択機構部において選択変速段が確立され、且つ、選択クラッチのクラッチトルクがエンジントルクよりも大きいトルク(以下、「完全接合用トルク」と呼ぶ)に調整されて選択クラッチが滑りを伴わない完全接合状態に制御される。一方、非選択機構部において「隣接変速段」が確立され、且つ、非選択クラッチのクラッチトルクがゼロに調整されて非選択クラッチが分断状態に制御される。
【0040】
隣接変速段とは、現在の選択変速段の次に選択される(であろう)変速段であり、具体的には、現在の選択変速段に対して1段だけ高速側又は低速側の変速段である。本装置では、周知の手法の1つにより、現在までの車両の運転状態の推移(例えば、車速の推移、エンジントルクの推移、アクセル開度の推移等)に基づいて、シフトアップ及びシフトダウンの何れが次になされるかが予測される。そして、シフトアップがなされると予測される場合、隣接変速段が「現在の選択変速段よりも1段だけ高速側の変速段」に設定され、シフトダウンがなされると予測される場合、隣接変速段が「現在の選択変速段よりも1段だけ低速側の変速段」に設定される。
【0041】
「完全接合用トルク」は、エンジントルクよりも大きい範囲内(即ち、選択クラッチに滑りが発生しない範囲内)において任意の値に設定され得る。例えば、完全接合用トルクは、最大値Tmaxに設定されてもよいし(図2を参照)、エンジントルクに対して一定値だけ大きい値に調整されてもよい。
【0042】
以上、選択変速段が或る変速段に維持された状態では、エンジンE/Gの出力軸AEと変速機T/Mの出力軸AOとの間で、選択系統を介して選択変速段の減速比を有する動力伝達系統が形成される。この結果、選択系統を介してエンジントルクが駆動輪に伝達され得る。
【0043】
(変速時の制御)
次に、車両の状態(車速とアクセル開度の組み合わせ)の変化により選択変速段が現在確立されている変速段から1段だけ高速側又は低速側の変速段に変更される場合(即ち、シフトアップ又はシフトダウンがなされる場合)の作動(変速作動)について説明する。本装置では、第1、第2クラッチ間で選択クラッチと非選択クラッチを入れ替える作動(即ち、「接合状態にあったクラッチを分断状態に変更する作動」と「分断状態にあったクラッチを接合状態に変更する作動」)が同時期に実行される。これにより、車両走行中においてシフトアップ又はシフトダウンがなされる場合、エンジントルクが変速機T/Mの出力軸AE(従って、駆動輪)に対して途切れなく伝達され得る。
【0044】
具体的には、選択クラッチ及び非選択クラッチの入れ替えの際、入れ替えによる新たな選択クラッチのクラッチトルクがゼロから増大されて「選択側トルク」に調整されるとともに、入れ替えによる新たな非選択クラッチのクラッチトルクが完全接合用トルクから減少されて「非選択側トルク」に調整される。「選択側トルク」とは、ゼロより大きく且つ完全接合用トルクより小さいトルクであり、「非選択側トルク」とは、ゼロより大きく且つ選択側トルクより小さいトルクである。加えて、同時期に、エンジントルクがアクセル開度に応じた値から減少させられる。
【0045】
その後、エンジントルクがアクセル開度に応じた値まで増大される。加えて、同時期に、新たな選択クラッチのクラッチトルクが「選択側トルク」から増大されて「完全接合用トルク」に調整されるとともに、新たな非選択クラッチのクラッチトルクが「非選択側トルク」から減少されてゼロに調整される。以上の動作によって、変速作動がスムーズに達成され得る。
【0046】
ところで、上述した変速作動の際、駆動輪に伝達される駆動トルクに不可避的に変動が生じる。従って、路面摩擦係数が小さい路面(低μ路面)を車両が走行する等、駆動輪にスリップが発生し易い状態において変速作動がなされると、駆動輪の駆動トルクの変動に起因して、車両の走行状態が不安定になり易い。
【0047】
そこで、本装置では、駆動輪にスリップが発生し易い状態か否かに応じて変速作動の動作態様が異なる。以下、この点について、図4に示すフローチャートを参照しながら説明する。ステップ405では、車輪(特に、駆動輪)のスリップが検出されたか否かが判定される。「スリップ」は、各輪の車輪速度センサV1の検出結果等に基づいて周知の手法を利用して検出され得る。具体的には、各輪の車輪速度センサV1の検出結果に基づいて算出される車体速度と車輪速度との差が所定の微小値以上の場合に「スリップ」が検出され得る。
【0048】
車輪(特に、駆動輪)のスリップが検出されていない場合(ステップ405で「No」)、ステップ410にて、変速作動に関し、Te、Tc1、Tc2について通常制御が実行される。通常制御では、「選択側トルク」、「非選択側トルク」、並びに、「エンジントルクがアクセル開度に応じた値まで増大される際の増加勾配」として、予め作製されたマップに基づいて決定される値が採用される。このマップは、車速とアクセル開度との組み合わせに対して最適なそれぞれの値を適合する実験を、前記組み合わせを種々変更しながら繰り返し行うことにより取得され得る。なお、このマップは、ECU内のROMに記憶されている。
【0049】
一方、車輪(特に、駆動輪)のスリップが検出された場合(ステップ405で「Yes」)、ステップ415にて、変速作動に関し、Te、Tc1、Tc2について特殊制御が実行される。特殊制御では、「選択側トルク」、「非選択側トルク」、並びに、「エンジントルクがアクセル開度に応じた値まで増大される際の増加勾配」として、前記マップに基づいて決定される値より小さい値がそれぞれ採用される。
【0050】
図5に示す例では、「2速」で車両走行中において、時刻t1にて、駆動輪の駆動トルクが一時的にスリップ限界を超えたことに起因して、駆動輪にスリップが検出されている。これに伴い、時刻t1〜t3までの一定期間に亘って「車輪のスリップが検出されている状態」が継続されている。
【0051】
図5に示す例では、時刻t2にて選択変速段が「2速」から「3速」に変更されている。これに伴い、時刻t2以降、「2速」から「3速」への変速作動が実行されている。この変速作動では、入れ替えによる新たな選択クラッチである第1クラッチC1のクラッチトルクTc1がゼロから増大されて「選択側トルク」T1に調整されるとともに、入れ替えによる新たな非選択クラッチである第2クラッチC2のクラッチトルクTc2が完全接合用トルクから減少されて「非選択側トルク」T2に調整されている。加えて、同時期に、エンジントルクTeがアクセル開度に応じた値から減少させられている。その後、Teがアクセル開度に応じた値まで増加勾配g1で増大されている。加えて、同時期に、Tc1が「選択側トルク」T1から増大されて「完全接合用トルク」に調整されるとともに、Tc2が「非選択側トルク」T2から減少されてゼロに調整されている。
【0052】
また、図5に示す例では、時刻t4にて選択変速段が「3速」から「4速」に変更されている。これに伴い、時刻t4以降、「3速」から「4速」への変速作動が実行されている。この変速作動では、入れ替えによる新たな選択クラッチである第2クラッチC2のクラッチトルクTc2がゼロから増大されて「選択側トルク」T3に調整されるとともに、入れ替えによる新たな非選択クラッチである第1クラッチC1のクラッチトルクTc1が完全接合用トルクから減少されて「非選択側トルク」T4に調整されている。加えて、同時期に、エンジントルクTeがアクセル開度に応じた値から減少させられている。その後、Teがアクセル開度に応じた値まで増加勾配g2で増大されている。加えて、同時期に、Tc2が「選択側トルク」T3から増大されて「完全接合用トルク」に調整されるとともに、Tc1が「非選択側トルク」T4から減少されてゼロに調整されている。
【0053】
図5に示す例では、選択変速段が「2速」から「3速」に変更された時刻t2が「車輪のスリップが検出されている状態」が継続している期間に属している。従って、「2速」から「3速」への変速作動については「特殊制御」が実行されている。一方、選択変速段が「3速」から「4速」に変更された時刻t4が「車輪のスリップが検出されている状態」が継続している期間に属していない。従って、「3速」から「4速」への変速作動については「通常制御」が実行されている。
【0054】
この結果、図5に示す例では、「選択側トルク」について「T1<T3」が成立し、「非選択側トルク」について「T2<T4」が成立し、「Teの増加勾配」について「g1<g2」が成立している。このように、本装置では、駆動輪にスリップが発生し易い状態か否かに応じて変速作動の動作態様が異なる。
【0055】
これによれば、駆動輪にスリップが発生し易い状況において、「非選択側トルク」が小さくされることにより、変速作動中においてE/Gの出力軸AEの回転速度Neが新たな選択入力軸の回転速度に近づき易くなる。加えて、「選択側トルク」が小さくされることにより、変速作動中において新たな選択系統を通して駆動輪に伝達されるトルク(従って、車両の加速度)を小さくできる。この結果、車輪(特に、駆動輪)のスリップの発生を抑制でき、車両の走行状態が不安定になり難くなる。
【符号の説明】
【0056】
T/M…手動変速機、E/G…エンジン、C1,C2…第1、第2クラッチ、Ai1,Ai2…第1、第2入力軸、AO…出力軸、M1,M2…第1、第2機構部、AC1,AC2…クラッチアクチュエータ、AS1〜AS4…スリーブアクチュエータ、V1…車輪速度センサ、V2…アクセル開度センサ、V3…シフト位置センサ、V4…ブレーキ液圧センサ、ECU…電子制御ユニット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の駆動源から動力が入力される第1入力軸と、前記駆動源から動力が入力される第2入力軸と、前記車両の駆動輪へ動力を出力する出力軸と、複数の全変速段のうちの一部である第1グループの1つ又は複数の変速段の何れか1つを選択的に確立して前記第1入力軸と前記出力軸との間で動力伝達系統を形成する確立状態又は前記第1グループの変速段の何れも確立せずに前記第1入力軸と前記出力軸との間で動力伝達系統を形成しない開放状態を選択的に達成する第1機構部と、前記全変速段のうちの残りである第2グループの1つ又は複数の変速段の何れか1つを選択的に確立して前記第2入力軸と前記出力軸との間で動力伝達系統を形成する確立状態又は前記第2グループの変速段の何れも確立せずに前記第2入力軸と前記出力軸との間で動力伝達系統を形成しない開放状態を選択的に達成する第2機構部と、を備えた変速機と、
前記駆動源の出力軸と前記第1入力軸との間に介装された第1クラッチであって第1クラッチが伝達し得るトルクの最大値である第1クラッチトルクを調整可能な第1クラッチと、
前記駆動源の出力軸と前記第2入力軸との間に介装された第2クラッチであって第2クラッチが伝達し得るトルクの最大値である第2クラッチトルクを調整可能な第2クラッチと、
前記車両の走行状態に基づいて、前記第1、第2機構部、前記第1、第2クラッチトルクを制御するとともに、前記内燃機関のトルクを前記車両の運転者によって操作される加速操作部材の操作量に応じた値に制御する制御手段と、
を備えた車両の動力伝達制御装置であって、
前記制御手段は、
前記車両の走行状態に基づいて、前記複数の全変速段のうち選択されるべき変速段である選択変速段を決定し、
前記制御手段は、
前記第1、第2機構部のうちで前記選択変速段に対応する選択機構部を制御して前記選択変速段を確立するとともに前記第1、第2クラッチのうちで前記選択機構部に対応する選択クラッチのクラッチトルクを前記内燃機関のトルクよりも大きい完全接合用トルクに調整して前記選択クラッチを滑りを伴わない完全接合状態に調整し、前記第1、第2機構部のうちで前記選択変速段に対応しない非選択機構部を制御して前記選択変速段に対して高速側又は低速側の隣接変速段を確立するとともに前記第1、第2クラッチのうちで前記選択機構部に対応しない非選択クラッチのクラッチトルクをゼロに調整して前記非選択クラッチを分断状態に調整するように構成され、
前記制御手段は、
前記選択変速段が現在確立されている変速段から前記高速側又は低速側の変速段に変更されたことに基づいて、前記第1、第2クラッチ間での前記選択クラッチ及び前記非選択クラッチの入れ替えが行われる際、前記入れ替えによる新たな選択クラッチのクラッチトルクをゼロから増大させてゼロより大きく且つ前記完全接合用トルクより小さい選択側トルクに調整するとともに、前記入れ替えによる新たな非選択クラッチのクラッチトルクを前記完全接合用トルクから減少させてゼロより大きく且つ前記選択側トルクより小さい非選択側トルクに調整し、並びに、前記内燃機関のトルクを前記加速操作部材の操作量に応じた値から減少し、その後、前記内燃機関のトルクを前記加速操作部材の操作量に応じた値まで増大し、並びに、前記新たな選択クラッチのクラッチトルクを前記選択側トルクから増大させて前記完全接合用トルクに調整するとともに、前記新たな非選択クラッチのクラッチトルクを前記非選択側トルクから減少させてゼロに調整するように構成され、
前記制御手段は、
前記車両の車輪のスリップを検出する検出手段を備え、
前記車輪のスリップが検出されている状態では、前記車輪のスリップが検出されていない状態と比べて、前記選択側トルク及び前記非選択側トルクを小さくし、且つ、前記内燃機関のトルクを前記加速操作部材の操作量に応じた値まで増大していく際の増加勾配を小さくするように構成された、車両の動力伝達制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両の動力伝達制御装置において、
前記制御手段は、
前記車輪のスリップが一度検出された時点からの予め定められた所定期間に亘って、前記車輪のスリップが検出されている状態を継続するように構成された、車両の動力伝達制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−64456(P2013−64456A)
【公開日】平成25年4月11日(2013.4.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−204077(P2011−204077)
【出願日】平成23年9月20日(2011.9.20)
【出願人】(592058315)アイシン・エーアイ株式会社 (490)
【Fターム(参考)】