説明

車両の左右輪駆動力配分制御装置

【課題】旋回初期において旋回挙動の立ち上がり応答が速やかになるような定常制御分を与え得る左右輪駆動力配分制御装置を提供する。
【解決手段】運転者が定常的に要求している車両旋回挙動のための基本的な左右後輪駆動力差定常制御演算値に乗ずる後輪駆動力差決定ゲインGain を(a)に実線で示すごとく、横加速度Gyが旋回初期判定値Gys未満の旋回初期においては、1よりも大きく、横加速度Gyの低下につれ大きくなるAに設定する。よって、基本的な左右後輪駆動力差定常制御演算値に後輪駆動力差決定ゲインGain=Aを乗じて得られる最終的な左右後輪駆動力差定常制御分と、左右後輪駆動力差過渡制御分との和値である左右後輪駆動力差にフィードバック制御係数を乗じて得られた最終的な後輪駆動力差ΔTcLRは、(b)に実線で示すごとく旋回初期(横加速度Gy<Gys)において増大されることとなり、初期旋回応答を向上させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両、特に四輪駆動車両に有用な、左右輪駆動力配分制御装置の改良提案に関するものである。
【背景技術】
【0002】
車両の左右輪駆動力配分制御装置としては従来、例えば特許文献1に記載のようなものが提案されている。
この提案技術は、左右非主駆動輪への駆動力配分制御に際し、小横加速度領域では横加速度が大きいほど(小さいほど)、左右非主駆動輪間に大きな駆動力差が付くようにし(小さな駆動力差しか付かないようにし)、大横加速度領域では横加速度が大きいほど(小さいほど)、左右非主駆動輪に小さな駆動力差しか付かないようにする(大きな駆動力差が付くようにする)というものである。
【0003】
かかる左右輪駆動力配分制御によれば、小横加速度領域では横加速度の増大につれ旋回内輪の制駆動力が増加されて、旋回性能および高速安定性を向上させることができ、
大横加速度領域では横加速度の増大につれ旋回内輪の制駆動力が減少されて、コーナリングフォースを予定通りに確保することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平08−121571号公報(図2)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし上記した従来の左右輪駆動力配分制御の場合、小横加速度領域では横加速度が小さいほど左右非主駆動輪間に小さな駆動力差しか付かないため、
小横加速度領域で横加速度が未だ小さな旋回初期においては、左右非主駆動輪の駆動力が僅かしか違わないこととなる。
このため、旋回初期において横加速度など車両旋回挙動の立ち上がりが鈍くなり、初期旋回応答が悪いという問題を生ずる。
【0006】
本発明は、かかる旋回初期における初期応答の悪化に関した問題を回避し得る車両の左右輪駆動力配分制御装置を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この目的のため本発明は、車輪駆動力を左右駆動輪へ制御下に分配出力する車両の左右輪駆動力配分制御装置に対し、
車両の目標とする旋回挙動に対応する左右駆動力差の目標値が実現されるよう上記左右駆動輪の駆動力を制御する左右輪駆動力制御手段と、
上記旋回挙動の初期を検出する旋回初期検知手段と、
該手段により旋回初期であることが検知される間、上記左右駆動力差の目標値を増大させる旋回初期左右駆動力差増大手段とを設けたことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0008】
かかる本発明の左右輪駆動力配分制御装置にあっては、目標旋回挙動に対応する左右駆動力差の目標値が実現されるよう左右駆動輪の駆動力を制御するに際し、
上記旋回挙動が始まった当初の旋回初期である間、上記左右駆動力差の目標値を増大させるため、
旋回挙動の立ち上がりが鈍くなることがなくなり、初期旋回応答が悪いという前記の問題を解消することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の一実施例になる左右輪駆動力配分制御装置を具えた四輪駆動車両の車輪駆動系を車両上方から見て、四輪駆動制御システムと共に示す概略平面図である。
【図2】図1における四輪駆動コントローラを示す機能別ブロック線図である。
【図3】図2における左右後輪駆動力差演算部の定常制御演算部が実行する左右後輪駆動力差定常制御分演算プログラムを示すフローチャートである。
【図4】図3の演算プログラムで用いる左右後輪駆動力差決定ゲインGainの変化特性と、これを用いて得られた左右後輪駆動力差ΔTcLRの変化特性とを示す線図で、 (a)は、左右後輪駆動力差決定ゲインGainの変化特性図、 (b)は、この左右後輪駆動力差決定ゲインGainを用いて得られた左右後輪駆動力差ΔTcLRの変化特性図である。
【図5】図2における左右後輪目標駆動力演算部が左右後輪目標駆動力を演算するときのプロセスを示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態を、図面に示す実施例に基づき詳細に説明する。
<実施例の構成>
図1は、本発明の一実施例になる左右輪駆動力配分制御装置を具えた四輪駆動車両の車輪駆動系を車両上方から見て、四輪駆動制御システムと共に示す概略平面図である。
図中、1L,1Rはそれぞれ、主駆動輪としての左右前輪を示し、2L,2Rはそれぞれ、副駆動輪としての左右後輪を示す。
なお、本明細書中において「駆動力」と称するは、パワーに非ず、「トルク値」を意味するものとする。
【0011】
3は、原動機としてのエンジンで、エンジン3からの回転動力は変速機(ディファレンシャルギヤ装置4aを含むトランスアクスル)4により変速して、左右アクスルシャフト5L,5Rを介し左右前輪1L,1Rに向かわせ、これら左右前輪1L,1Rの駆動に供する。
【0012】
変速機4により変速された後に左右前輪1L,1Rへ向かう駆動力の一部を、トランスファー6により方向変換して左右後輪2L,2Rに向かわせるが、そのための伝動系を以下のような構成となす。
【0013】
トランスファー6は入力側ハイポイドギヤ6aおよび出力側ハイポイドギヤ6bより成る傘歯車組を具える。
入力側ハイポイドギヤ6aは、ディファレンシャルギヤ装置4aの入力回転メンバであるディファレンシャルギヤケースと共に回転するようこれに結合する。
出力側ハイポイドギヤ6bにはプロペラシャフト7の前端を結合し、このプロペラシャフト7を左右後輪駆動力配分ユニット8に向け後方へ延在させる。
【0014】
なおトランスファー6は、左右前輪1L,1Rに向かう駆動力の一部を増速してプロペラシャフト7へ出力するよう、ハイポイドギヤ6aおよび出力側ハイポイドギヤ6bより成る傘歯車組のギヤ比を決定する。
【0015】
プロペラシャフト7への増速回転動力は、左右後輪駆動力配分ユニット8による後述の制御下で左右後輪2L,2Rへ分配出力する。
そのため左右後輪駆動力配分ユニット8は、左右後輪2L,2Rのアクスルシャフト9L,9R間において、これらシャフト9L,9Rの軸線方向に延在するセンターシャフト10を具える。
左右後輪駆動力配分ユニット8は更に、センターシャフト10および左後輪アクスルシャフト9L間にあって、これらシャフト10,9L間を結合制御するための左後輪側クラッチ(左副駆動輪側摩擦要素)11Lと、
センターシャフト10および右後輪アクスルシャフト9R間にあって、これらシャフト10,9R間を結合制御するための右後輪側クラッチ(右副駆動輪側摩擦要素)11Rとを具える。
【0016】
トランスファー6から車両後方へ延在するプロペラシャフト7の後端と、センターシャフト10との間は、入力側ハイポイドギヤ12aおよび出力側ハイポイドギヤ12bより成る傘歯車式終減速機12を介して駆動結合する。
【0017】
なお該終減速機12の減速比は、トランスファー6の前記した増速ギヤ比(ハイポイドギヤ6aおよび出力側ハイポイドギヤ6bより成る傘歯車組の増速ギヤ比)との関連において、左右前輪1L,1Rに向かう駆動力の一部をセンターシャフト10へ増速下に向かわせるようなギヤ比とし、
本実施例においては、左右前輪1L,1Rに対してセンターシャフト10が増速回転されるように、トランスファー6および終減速機12のトータルギヤ比を設定する。
【0018】
かようにトランスファー6および終減速機12のトータルギヤ比を決定する理由を以下に説明する。
上記センターシャフト10の増速回転を行わせない場合、左右後輪2L,2Rのうち、旋回走行中に外輪となる後輪2L(または2R)の回転速度がセンターシャフト10の回転速度よりも高速となる。
この状態で旋回方向外輪となる後輪2L(または2R)側におけるクラッチ11L(または11R)を締結するとき、当該後輪の高い回転速度が、低速回転しているセンターシャフト10に引き摺られ、センターシャフト10の回転速度まで低下されることとなる。
このことは、センターシャフト10から旋回方向外側の後輪2L(または2R)へ駆動力を伝達することができないことを意味し、結果として狙い通りの駆動力配分制御が不可能になり、四輪駆動制御にとって不都合を生ずる。
【0019】
そこで本実施例においては、かかる旋回走行中もセンターシャフト10の回転速度が旋回方向外側後輪2L(または2R)の回転速度未満になって駆動力配分制御が不能になることのないよう、トランスファー6および終減速機12のトータルギヤ比を上記のごとくに決定して、センターシャフト10を上記の通り増速回転させるようになす。
かかるセンターシャフト10の増速回転により、後述する駆動力配分制御を狙い通りに遂行し得る。
【0020】
上記した四輪駆動車両の車輪駆動系にあっては、エンジン3からの回転動力が変速機(トランスアクスル)4による変速下で左右前輪1L,1Rに達し、これら左右前輪1L,1Rを駆動する。
【0021】
この間、左右前輪1L,1Rに向かう駆動力の一部がトランスファー6から順次、プロペラシャフト7、および終減速機12を経てセンターシャフト10へ増速下に達し、
この増速分だけクラッチ11L,11Rがスリップするようこれらクラッチ11L,11Rを締結力制御しつつ、左右後輪2L,2Rを駆動する。
かくて車両は、左右前輪1L,1Rの駆動、および、左右後輪2L,2Rの駆動により、四輪駆動走行が可能である。
【0022】
従って上記の四輪駆動車両においては、左後輪側クラッチ11Lおよび右後輪側クラッチ11Rの締結力制御が必要である。
上記の四輪駆動車両においては更に、車両の発進性能や加速性能を向上させるために、左後輪側クラッチ11Lおよび右後輪側クラッチ11Rの合計締結力制御を介して前後輪駆動力配分制御を行い得るようになすほか、
車両の旋回性能を向上させたり、車両の実挙動(実ヨーレートなど)が車両の運転状態や走行条件に応じた目標通りのものとなるようにする挙動制御を行うために、左後輪側クラッチ11Lおよび右後輪側クラッチ11Rの締結力制御を介して左右輪駆動力配分制御を行い得るようになす。
【0023】
そのため、左後輪側クラッチ11Lおよび右後輪側クラッチ11Rの締結力制御システムを以下のようなものとする。
左後輪側クラッチ11Lおよび右後輪側クラッチ11Rはそれぞれ、供給電流に応じて締結力を決定される電磁式とし、これらクラッチ11L,11Rの締結力がそれぞれ、四輪駆動(4WD)コントローラ21で後述のごとくに求めた左右後輪2L,2Rの目標駆動力TcL,TcRに対応した締結力となるよう当該クラッチ11L,11Rへの供給電流を電子制御することで、上記の前後輪駆動力配分制御および左右輪駆動力配分制御を行うものとする。
【0024】
四輪駆動コントローラ21には、上記した左後輪2Lの目標駆動力TcLおよび右後輪2Rの目標駆動力TcRを演算するために、
車輪1L,1R,2L,2Rの車輪速Vwを個々に検出する車輪速センサ群22からの信号と、
アクセルペダル踏み込み量であるアクセル開度APOを検出するアクセル開度センサ23からの信号と、
ステアリングホイール操舵角θを検出する操舵角センサ24からの信号と、
変速機出力回転数Noを検出する変速機出力回転センサ25からの信号と、
エンジン回転数Neを検出するエンジン回転センサ26からの信号と、
車両の重心を通る鉛直軸線周りにおけるヨーレートφを検出するヨーレートセンサ27からの信号と、
車両の前後加速度Gxを検出する前後加速度センサ28からの信号と、
車両の横加速度Gyを検出する横加速度センサ29からの信号とをそれぞれ入力する。
【0025】
四輪駆動コントローラ21は、これら入力情報を基に、後で詳述する前後輪駆動力配分制御および左右輪駆動力配分制御用の左後輪目標駆動力TcLおよび右後輪目標駆動力TcRを演算し、
左右後輪2L,2Rの駆動力がこれら目標駆動力TcL,TcRに一致するよう、左後輪側クラッチ11Lおよび右後輪側クラッチ11Rの締結力(電流)を電子制御するものとする。
【0026】
<駆動力配分制御>
四輪駆動コントローラ21が実行する前後輪駆動力配分制御および左右輪駆動力配分制御、つまり左後輪目標駆動力TcLおよび右後輪目標駆動力TcRの決定要領を、以下に説明する。
【0027】
四輪駆動コントローラ21は、機能別ブロック線図で示すと図2に示すごときもので、入力信号処理部31と、後輪合計駆動力演算部32と、左右後輪駆動力差演算部33と、フィードバック制御部34と、左右後輪目標駆動力演算部35とで構成する。
【0028】
入力信号処理部31は、車輪速センサ群22、アクセル開度センサ23、操舵角センサ24、変速機出力回転センサ25、エンジン回転センサ26、ヨーレートセンサ27、前後加速度センサ28、 横加速度センサ29の検出信号からノイズを除去すると共に、後述の演算に用い得るよう前処理する。
かように前処理した信号のうち、エンジン回転数Neおよびアクセル開度APOを用いて、エンジントルク推定部36でエンジントルクTeを推定し、
またエンジン回転数Neおよび変速機出力回転数Noを用いて、変速機ギヤ比演算部37で変速機ギヤ比γを演算する。
【0029】
後輪合計駆動力演算部32は、左右後輪2L,2Rへの合計駆動力目標値rTcLR(以下、合計駆動力rTcLRと言う)を例えば以下のように求める。
先ずエンジントルクTeおよび変速機ギヤ比γからディファレンシャルギヤ装置4aへの入力トルクTiを演算する。
次いで、車輪速センサ群22からの信号(車輪速Vw)を基に左右前輪平均速および左右後輪平均速をそれぞれ求め、両者の比較により推定した左右前輪1L,1Rの駆動スリップ程度や、前後加速度Gxや、アクセル開度APOに応じ、上記入力トルクTiのうちのどの程度を左右後輪2L,2Rに向かわせるべきかを決定して、これら後輪への合計駆動力rTcLRとする。
【0030】
なお後輪への合計駆動力rTcLRは、上記前輪スリップの程度が高いほど、この駆動スリップ抑制のために大きくする必要があり、また前後加速度Gxおよびアクセル開度APOが大きいほど、運転者が大きな駆動力を要求していることから、これに応えるため後輪への合計駆動力rTcLRを大きくする。
【0031】
左右後輪駆動力差演算部33は、定常制御演算部33aおよび過渡制御演算部33bを具え、左右後輪2L,2R間の駆動力差目標値rΔTcLR(以下、駆動力差rΔTcLRと言う)を例えば以下のように求める。
【0032】
定常制御演算部33aは、エンジントルクTe、変速機ギヤ比γ、操舵角θ、車輪速Vw(車速)を基に図3の制御プログラムを実行して、運転者が定常的に要求している車両旋回挙動のための基本的な左右後輪駆動力差定常制御演算値chΔTcLRを求め、これと、図4(a)に実線で例示する後輪駆動力差決定ゲインGainとの乗算により、最終的な左右後輪駆動力差定常制御分cΔTcLRを求める。
【0033】
具体的には先ず図3のステップS11において、運転者が定常的に要求している車両旋回挙動のための基本的な左右後輪駆動力差定常制御演算値chΔTcLRを以下のようにして求める。
エンジントルクTeと、変速機ギヤ比γとから、車両に発生している前後加速度Gxを推定し、操舵角θおよび車輪速Vw(車速)から車両に発生している横加速度Gyを推定し、これら推定した前後加速度Gxおよび横加速度Gyの組み合わせから判る車両のアンダーステア傾向(目標旋回挙動に対し実旋回挙動が不足する状態)を解消するのに必要な左右後輪駆動力差を、その定常制御演算値chΔTcLRとして定める。
従ってステップS11は、本発明における左右輪駆動力制御手段に相当する。
なお定常制御演算部33aで定常制御演算値chΔTcLRを求めるに際し、前後加速度Gxの検出値ではなく推定値、また横加速度Gyの検出値ではなく推定値を用いる理由は、定常制御演算部33aがフィードフォワード制御系であって、結果値である検出値よりも、推定値の方が制御の実態にマッチしているためである。
【0034】
かくして左右後輪駆動力差定常制御演算値chΔTcLRは、操舵角θが0近辺を示す(車輪非転舵状態である)間、横加速度Gy=0によりchΔTcLR=0に保たれ、
操舵角θが0近辺でない(車輪転舵状態である)間は、操舵角θが大きいほど、また高車速であるほど、横加速度Gyが大きくなって車両のアンダーステア傾向が強くなることから、左右後輪駆動力差定常制御演算値chΔTcLRは大きくなり、
更に前後加速度Gxが大きいほど、車両のアンダーステア傾向が強くなることから、左右後輪駆動力差定常制御演算値chΔTcLRは大きくなる。
【0035】
次のステップS12においては、横加速度Gyが旋回初期判定値Gys未満か否かにより、旋回初期か、旋回中かをチェックする。
従ってステップS12は、本発明における旋回初期検知手段に相当する。
【0036】
ステップS12で旋回初期(Gy<Gys)と判定する場合ステップS13において、図4(a)に実線で示す当該小横加速度(Gy<Gys)における後輪駆動力差決定ゲインGain=A(≧1)と、ステップS11で求めた基本的な左右後輪駆動力差定常制御演算値chΔTcLRとの乗算により、左右後輪駆動力差定常制御分cΔTcLR(=chΔTcLR・A)を求める。
従ってステップS13は、本発明における旋回初期左右駆動力差増大手段に相当する。
【0037】
ステップS12で旋回中(Gy≧Gys)と判定する場合ステップS14において、図4(a)に実線で示す当該大横加速度(Gy≧Gys)における後輪駆動力差決定ゲインGain=B(<1)と、ステップS11で求めた基本的な左右後輪駆動力差定常制御演算値chΔTcLRとの乗算により、左右後輪駆動力差定常制御分cΔTcLR(=chΔTcLR・B)を求める。
【0038】
後輪駆動力差決定ゲインGainは図4(a)に実線で例示するごとく、旋回初期(Gy<Gys)において1以上であるが、横加速度Gyが小さいほど大きくなるAとし、
また後輪駆動力差決定ゲインGainは図4(a)に実線で例示するごとく、旋回中(Gy≧Gys)において1未満であるが、横加速度Gyが大きいほど小さくなるBとする。
【0039】
過渡制御演算部33bは、運転者が操舵角θの変化速度により過渡的に要求している旋回応答のための左右後輪駆動力差過渡制御分dΔTcLRを求めるもので、
操舵角θおよび車輪速Vw(車速)から、運転者が希望している目標ヨーレートtφを演算し、該目標ヨーレートtφの変化速度が高いほど、高い旋回応答を希望していることから、これに対応して左右後輪駆動力差過渡制御分dΔTcLRを大きく設定する。
【0040】
左右後輪駆動力差演算部33は、定常制御演算部33aで上記のごとくに求めた左右後輪駆動力差定常制御分cΔTcLRと、過渡制御演算部33bで上記のごとくに求めた左右後輪駆動力差過渡制御分dΔTcLRとの和値を、車両旋回挙動時の目標とすべき左右後輪駆動力差rΔTcLRと定める。
【0041】
なお、アンダーステア傾向であるときは、後輪を駆動する四輪駆動走行による弊害を生ずることがなく、走破性のために後輪駆動を継続するのがよいものの、左右後輪間に駆動力差を設定する制御を行うと、この駆動力差制御が弊害になることから、この弊害を排除するためにの左右後輪間に駆動力差を設定しないのがよい。
また、逆のオーバーステア傾向であるときは、後輪を駆動する四輪駆動走行そのものが車両の挙動を不安定にすることから、この挙動不安定を排除するために、後輪への駆動力配分を行わないようにするのがよい。
【0042】
フィードバック制御部34は、これらの要求を実現するため、上記の後輪合計駆動力rTcLRおよび後輪駆動力差rΔTcLRを以下のごとくに補正して最終的な後輪合計駆動力TcLRおよび後輪駆動力差ΔTcLRとなすものである。
【0043】
そのためフィードバック制御部34は、目標ヨーレート演算部34aと、ヨーレート偏差演算部34bと、フィードバック制御係数演算部34cとを具え、
目標ヨーレート演算部34aは、操舵角θと、横加速度Gyと、車輪速Vwを基に求めた車速VSPとから、運転者が希望している目標ヨーレートtφを演算する。
ヨーレート偏差演算部34bは、この目標ヨーレートtφと、検出した実ヨーレートφとの間におけるヨーレート偏差Δφ(=φ−tφ)を演算する。
【0044】
フィードバック制御係数演算部34cは、上記のヨーレート偏差Δφを基に、目標ヨーレートtφに対し実ヨーレートφが不感帯を超えて過剰なオーバーステア状態か、目標ヨーレートtφに対し実ヨーレートφが不感帯を超えて不足しているアンダーステア状態か、実ヨーレートφが目標ヨーレートtφに対し前後不感帯内にあるニュートラルステア状態かを判定し、
この判定結果を基に後輪合計駆動力rTcLR用のフィードバック制御係数K1(0または1)、および後輪駆動力差rΔTcLR用のフィードバック制御係数K2(0または1)をそれぞれ決定する。
【0045】
フィードバック制御係数K1は、後輪合計駆動力rTcLRに乗じて補正後の最終的な後輪合計駆動力TcLRを求めるのに用い、
フィードバック制御係数K2は、後輪駆動力差rΔTcLRに乗じて補正後の最終的な後輪駆動力差ΔTcLRを求めるのに用いる。
【0046】
これらフィードバック制御係数K1,K2の決定に際しフィードバック制御係数演算部34cは、オーバーステア状態(φ>tφ+不感帯)と判定するとき、後輪を駆動する四輪駆動走行そのものが車両の挙動を不安定にすることから、この挙動不安定を排除するために、後輪合計駆動力rTcLR用のフィードバック制御係数K1を0とし、後輪駆動力差rΔTcLR用のフィードバック制御係数K2も0とする。
フィードバック制御係数K1=0は、補正後の最終的な後輪合計駆動力TcLRを0となし、フィードバック制御係数K2=0は、補正後の最終的な後輪駆動力差ΔTcLRも0となして、車両を二輪(前輪)駆動走行させることを意味し、これにより、当該オーバーステア状態で四輪駆動走行が継続されることによる挙動不安定の弊害を排除することができる。
【0047】
フィードバック制御係数演算部34cは、アンダーステア状態(φ<tφ−不感帯)と判定するとき、後輪合計駆動力rTcLR用のフィードバック制御係数K1を1とし、後輪駆動力差rΔTcLR用のフィードバック制御係数K2を0とする。
フィードバック制御係数K1=1は、補正後の最終的な後輪合計駆動力TcLRをTcLR=rTcLRとなし、フィードバック制御係数K2=0は、補正後の最終的な後輪駆動力差ΔTcLRを0となして、車両を四輪駆動走行させるも左右後輪間に駆動力差を設定しないことを意味する。
よって、当該アンダーステア状態(φ<tφ)で前記した要求を実現することができ、四輪駆動走行による優れた走破性を享受しつつ、左右後輪間に駆動力差が設定されることによる弊害を排除することができる。
【0048】
フィードバック制御係数演算部34cは、ニュートラルステア状態(tφ−不感帯≦φ≦tφ+不感帯)と判定するとき、四輪駆動走行によっても弊害を生ずることがないし、左右後輪間に駆動力差を設定することによる弊害もないため、後輪合計駆動力rTcLR用のフィードバック制御係数K1を1とし、後輪駆動力差rΔTcLR用のフィードバック制御係数K2も1とする。
フィードバック制御係数K1=1は、補正後の最終的な後輪合計駆動力TcLRをTcLR=rTcLRとなし、フィードバック制御係数K2=1は、補正後の最終的な後輪駆動力差ΔTcLRをΔTcLR=rΔTcLRとなして、車両を四輪駆動走行させると共に、左右後輪間に駆動力差を設定することを意味する。
【0049】
左右後輪目標駆動力演算部35は、図5に示すプロセスにより、上記した補正後の最終的な目標とすべき左右後輪合計駆動力TcLRと左右後輪駆動力差ΔTcLRとの双方を満足する左後輪目標駆動力TcLおよび右後輪目標駆動力TcRを求める。
【0050】
ステップS11においては、前記のフィードバック制御により補正した最終的な後輪合計駆動力TcLRを読み込み、
ステップS12においては、前記のフィードバック制御により補正した最終的な左右後輪駆動力差ΔTcLRを読み込む。
【0051】
ステップS13においては、ステップS11で読み込んだ後輪合計駆動力TcLRの左右均等配分量TcLR/2を求め、ステップS14においては、ステップS12で読み込んだ後輪駆動力差ΔTcLRの左右均等配分量ΔTcLR/2を求める。
ステップS15においては、後輪合計駆動力左右均等配分量TcLR/2に後輪駆動力差左右均等配分量ΔTcLR/2を加算して、旋回方向外側後輪の目標駆動力TcOUT(=TcLR/2+ΔTcLR/2)を求める。
ステップS16においては、後輪合計駆動力左右均等配分量TcLR/2から後輪駆動力差左右均等配分量ΔTcLR/2を減算して、旋回方向内側後輪の目標駆動力TcIN(=TcLR/2−ΔTcLR/2)を求める。
【0052】
かようにして求めた旋回方向外側後輪の目標駆動力TcOUTおよび旋回方向内側後輪の目標駆動力TcINは、後輪合計駆動力TcLRと後輪駆動力差ΔTcLRとの双方を達成するための旋回方向外側後輪の駆動力および旋回方向内側後輪の駆動力である。
【0053】
ステップS21以降においては、上記のごとくに求めた旋回方向外側後輪の外輪側目標駆動力TcOUTおよび旋回方向内側後輪の内輪側目標駆動力TcINを基に、左後輪目標駆動力TcLおよび右後輪目標駆動力TcRを以下の要領により決定する。
先ずステップS21において、操舵角θやヨーレートφに基づき、車両の旋回走行が左旋回か、右旋回かを判定する。
【0054】
左旋回であれば、ステップS22において、旋回方向内側輪となる左後輪の目標駆動力TcLに上記の内輪側目標駆動力TcINをセットすると共に、旋回方向外側輪となる右後輪の目標駆動力TcRに上記の外輪側目標駆動力TcOUTをセットする。
逆に右旋回であれば、ステップS23において、旋回方向外側輪となる左後輪の目標駆動力TcLに上記の外輪側目標駆動力TcOUTをセットすると共に、旋回方向内側輪となる右後輪の目標駆動力TcRに上記の内輪側目標駆動力TcINをセットする。
【0055】
図1の四輪駆動コントローラ21は左後輪側クラッチ11Lおよび右後輪側クラッチ11Rの締結力がそれぞれ、図2の演算部35で上記のごとく決定した左後輪目標駆動力TcLおよび右後輪目標駆動力TcRに対応したものとなるよう、左後輪側クラッチ11Lおよび右後輪側クラッチ11Rへの供給電流を制御する。
【0056】
<実施例の効果>
上述した本実施例になる四輪駆動車両の左右輪(左右後輪)駆動力配分制御によれば、以下のような効果が得られる。
図2における定常制御演算部33aが図3の制御プログラムを実行して、運転者が定常的に要求する車両旋回挙動のための左右後輪駆動力差定常制御分cΔTcLRを求めるに際し、
当該車両旋回挙動のための基本的な左右後輪駆動力差定常制御演算値chΔTcLR(ステップS11)をそのまま左右後輪駆動力差定常制御分cΔTcLRとせず、
ステップS12で旋回初期(横加速度Gy<Gys)と判定する間は、ステップS13において基本的な左右後輪駆動力差定常制御演算値chΔTcLRと、図4(a)に実線で例示する後輪駆動力差決定ゲインGain=A(≧1)との乗算により、最終的な左右後輪駆動力差定常制御分cΔTcLRを求める。
【0057】
このため、図2におけるごとくこの左右後輪駆動力差定常制御分cΔTcLRと、過渡制御演算部33bで演算した左右後輪駆動力差過渡制御分dΔTcLRとの和値である左右後輪駆動力差rΔTcLRにフィードバック制御係数K2を乗じて得られた最終的な後輪駆動力差ΔTcLRが図4(b)に実線で示すように、旋回初期(横加速度Gy<Gys)において、同図に破線で示す従来のGain=1の場合の駆動力差よりも増大されることとなり、
その分だけ旋回挙動(ヨーレートφ)の立ち上がりを速やかなものとなし得て、初期旋回応答を向上させることができる。
【0058】
しかも本実施例においては、旋回初期(Gy<Gys)での後輪駆動力差決定ゲインGain=A(≧1)を図4(a)に実線で示すごとく、横加速度Gyが小さいほど大きくしたため、
同じ旋回初期(Gy<Gys)でも早いときほど、後輪駆動力差ΔTcLRの増大割合が大きくて、旋回挙動(ヨーレートφ)を早期に立ち上がらせることができることとなり、初期旋回応答の向上を更に確実なものにすることができる。
【0059】
<その他の実施例>
なお上記実施例では、旋回初期の判定に際し、横加速度Gyが旋回初期判定値Gys未満である間をもって旋回初期と判定することとしたが、横加速度Gyに限らず、他の旋回挙動が旋回初期判定値未満であるか否かにより旋回初期判定を行ってもよい。
【0060】
また、旋回挙動のみに基づき旋回初期を簡易的に判定する代わりに、旋回挙動の発生開始やステアリング操作の開始を検知し、その検知時から所定時間内であって旋回挙動が旋回初期判定値未満である時を旋回初期と判定すれば、当該判定を一層正確に行うことができるのは言うまでもない。
【符号の説明】
【0061】
1L,1R 左右前輪(左右主駆動輪)
2L,2R 左右後輪(左右副駆動輪)
3 エンジン
4 変速機(トランスアクスル)
5L,5R 左右前輪アクスルシャフト
6 トランスファー
7 プロペラシャフト
8 左右後輪駆動力配分ユニット
9L,9R 左右後輪アクスルシャフト
10 センターシャフト
11L 左後輪側クラッチ(左副駆動輪側クラッチ)
11R 右後輪側クラッチ(右副駆動輪側クラッチ)
12 終減速機
21 四輪駆動コントローラ
22 車輪速センサ
23 アクセル開度センサ
24 操舵角センサ
25 変速機出力回転センサ
26 エンジン回転センサ
27 ヨーレートセンサ
28 前後加速度センサ
29 横加速度センサ
31 入力信号処理部
32 後輪合計駆動力演算部
33 左右後輪駆動力差演算部
34 フィードバック制御部
35 左右後輪目標駆動力演算部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車輪駆動力を左右駆動輪へ制御下に分配出力する車両の左右輪駆動力配分制御装置において、
車両の目標とする旋回挙動に対応する左右駆動力差の目標値が実現されるよう前記左右駆動輪の駆動力を制御する左右輪駆動力制御手段と、
前記旋回挙動の初期を検出する旋回初期検知手段と、
該手段により旋回初期であることが検知される間、前記左右駆動力差の目標値を増大させる旋回初期左右駆動力差増大手段とを具備してなることを特徴とする車両の左右輪駆動力配分制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載された車両の左右輪駆動力配分制御装置において、
前記旋回初期検知手段は、車両旋回挙動が設定値未満である間をもって旋回初期と判定するものであることを特徴とする車両の左右輪駆動力配分制御装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載された車両の左右輪駆動力配分制御装置において、
前記旋回初期左右駆動力差増大手段は、前記左右駆動力差の目標値にゲインを乗じて左右駆動力差の目標値を増大させるものであることを特徴とする車両の左右輪駆動力配分制御装置。
【請求項4】
請求項3に記載された車両の左右輪駆動力配分制御装置において、
前記ゲインは、前記設定値未満の小さな車両旋回挙動域で車両旋回挙動が小さいほど大きくなるものであることを特徴とする車両の左右輪駆動力配分制御装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2012−17054(P2012−17054A)
【公開日】平成24年1月26日(2012.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−156667(P2010−156667)
【出願日】平成22年7月9日(2010.7.9)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】