説明

車両ステアリング用伸縮軸及び前記伸縮軸の潤滑用グリース組成物

【課題】コスト増の原因となる雄軸や雌軸への新たな加工を必要とせず、封入するグリースを改良することにより、耐久性の向上、低抵抗化及び耐スティックスリップ性の向上を総合的に改善した伸縮軸を提供する。
【解決手段】雄軸の外周部と雌軸の内周部との間隙に、JIS K2220で規定され、せん断速度10sec−1における見かけ粘度が400〜750Pa・s(25℃)であり、基油の動粘度が200〜1100mm/s(40℃)であり、かつ、有機モリブデン系極圧剤を含有しないグリース組成物を封入した車両ステアリング用伸縮軸。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両のステアリングシャフトに組み込まれる車両ステアリング用伸縮軸(以下、単に「伸縮軸」とも呼ぶ)、並びに前記伸縮軸の潤滑用グリース組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車の操縦機構部では、自動車が走行する際に発生する軸方向の変位を吸収し、ステアリングホイール上にその変位や振動を伝えないために、雄軸と雌軸とをスプライン嵌合した伸縮軸を操舵機構部の一部に使用している。図1はその一例を示す側面図であり、図中のa及びbが伸縮軸である。伸縮軸aは、雄軸と雌軸とをスプライン嵌合したものであるが、このような伸縮軸aには自動車が走行する際に発生する軸方向の変位を吸収し、ステアリングホイール上にその変位や振動を伝えない性能が要求される。このような性能は、車体がサブフレーム構造となっていて、操舵機構上部を固定する部位cとステアリングラックdが固定されているフレームeが別体となっておりその間がゴムなどの弾性体fを介して締結固定されている構造の場合に要求されることが一般的である。また、その他のケースとして操舵軸継手gをピニオンシャフトhに締結する際に作業者が、伸縮軸をいったん縮めてからピニオンシャフトhに嵌合させ締結させるため伸縮機能が必要とされる場合がある。さらに、操舵機構の上部にある伸縮軸bも、雄軸と雌軸とをスプライン嵌合したものであるが、このような伸縮軸bには、運転者が自動車を運転するのに最適なポジションを得るためにステアリングホイールiの位置を軸方向に移動し、その位置を調整する機能が要求されるため、軸方向に伸縮する機能が要求される。前述のすべての場合において、伸縮軸にはスプライン部のガタ音を低減することと、ステアリングホイール上のガタ感を低減することと、軸方向摺動動作時における摺動抵抗を低減することが要求される。
【0003】
そのため、従来では、雄軸のスプライン部にナイロン膜をコーティングし、更に摺動部にグリースを塗布することで、金属騒音や金属打音等を吸収または緩和とともに、摺動抵抗の低減と回転方向のガタ付きの低減を図ることが広く行われている。また、ナイロン膜をコーティングにするには、複雑な工程や高度な仕上が必要なことから、本出願人は先に、適度の弾性を有し、潤滑性や耐摩耗性に優れるポリテトラフルオロエチレンの被膜を形成することを提案している(特許文献1参照)。更に、ナイロン膜に代えて、雄軸と雌軸との間に樹脂製の滑りスリーブを介在させて摺動抵抗を低減しつつ、ガタ付きを防止することも行われている(特許文献2〜4参照)。その他にも、雄軸及び雌軸の少なくとも一方の歯先面や歯底面の中央部にグリース貯蔵用凹部を形成してグリースの供給・保持をより円滑したり(特許文献5参照)、雌スプライン歯の歯先の少なくとも周方向の端部を円弧状に加工して離型剤を塗布し、更に雄軸と雌軸との隙間に樹脂を充填した伸縮軸を封入することも提案されている(特許文献6参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−54421号公報
【特許文献2】特公平5−7224号公報
【特許文献3】特開平11−208484号公報
【特許文献4】特開2000−74081号公報
【特許文献5】特開2004−245372号公報
【特許文献6】実公平7−49073号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記の各対策は、耐久性の向上、摺動力の低抵抗化、あるいは耐スティックスリップ性の向上等個々の性能改善には有効であるが、これらを総合的に改善させるまでには至っていない。特に、耐久性及び耐スティックスリップ性と、摺動性とは相反する傾向がある。
【0006】
また、ポリテトラフルオロエチレンの被膜を形成したり、滑りスリーブを介在させる場合も摺動による摩耗は避けられず、耐久性において改善の余地がある。更に、滑りスリーブは雄軸や雌軸に合わせて複雑な形状に成形しなければならず、高い加工精度が要求される。その他の対策でも、雄軸や雌軸の歯先面や歯底面を特殊形状とするための新たな加工を要するため、製造コストの増加は免れない。
【0007】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、コスト増の原因となる雄軸や雌軸への新たな加工を必要とせず、封入するグリースを改良することにより、耐久性の向上、低抵抗化及び耐スティックスリップ性の向上を総合的に改善した伸縮軸を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明は下記の車両ステアリング用伸縮軸及び前記伸縮軸の潤滑用グリース組成物を提供する。
(1)車両のステアリングシャフトに組み込み、雄軸と雌軸とを回転不能に且つ摺動自在に嵌合し、前記雄軸の外周部と前記雌軸の内周部とが互いに接触して回転の際にトルクを伝達する車両ステアリング用伸縮軸において、
前記雄軸の外周部と前記雌軸の内周部との間隙に、JIS K2220で規定され、せん断速度10sec−1における見かけ粘度が400〜750Pa・s(25℃)であり、基油の動粘度が200〜1100mm/s(40℃)であり、かつ、有機モリブデン系極圧剤を含有しないグリース組成物を封入したことを特徴とする車両ステアリング用伸縮軸。
(2)前記雄軸及び前記雌軸の少なくとも一方の摺動面の少なくとも一部に、樹脂被膜が形成されていることを特徴とする上記(1)記載の車両ステアリング用伸縮軸。
(3)前記グリース組成物の増ちょう剤の含有量がグリース全量の5〜35質量%であることを特徴とする上記(1)または(2)記載の車両ステアリング用伸縮軸。
(4)車両のステアリングシャフトに組み込み、雄軸と雌軸とを回転不能に且つ摺動自在に嵌合し、前記雄軸の外周部と前記雌軸の内周部とが互いに接触して回転の際にトルクを伝達する車両ステアリング用伸縮軸の前記雄軸の外周部と前記雌軸の内周部との間隙に封入されるグリース組成物であって、
40℃における動粘度が200〜1100mm/sである基油に、増ちょう剤をグリース全量の5〜35質量%の割合で配合してなり、JIS K2220で規定され、せん断速度10sec−1における見かけ粘度が400〜750Pa・s(25℃)であり、かつ、有機モリブデン系極圧剤を含有しないことを特徴とする車両ステアリング用伸縮軸の潤滑用グリース組成物。
【発明の効果】
【0009】
本発明の車両ステアリング用伸縮軸は、特定の粘度のグリース組成物を封入するという極めて簡便な方法であるにもかかわらず、従来よりも優れた低抵抗化や低摩耗性、安定した摺動荷重を実現し、更にスティックスリップの発生を抑制することができ、操舵感を長期にわたり良好に維持することができる。特に、本発明の車両ステアリング用伸縮軸は、おおよそ30N・m以下のトルクが入力される油圧もしくはピニオン、ラックタイプ電動パワーステアリングからコラムタイプ電動パワーステアリングの出力軸であって100N・m程度の入力トルクであっても使用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】伸縮軸を装備した自動車の操舵機構部の側面図である。
【図2】伸縮軸の横断面図である。
【図3】伸縮軸を装備した電動パワーステアリングを示す側面図である。
【図4】実施例における(1)耐久性試験の試験方法を説明するための図である。
【図5】実施例における(2)摺動性試験の試験方法を説明するための図である。
【図6】実施例における(3)耐スティックスリップ試験の試験方法を説明するための図である。
【図7】実施例における(4)摺動力の温度変化の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明に関して図面を参照して詳細に説明する。
【0012】
本発明において、伸縮軸自体の構造には制限がなく、例えば図1に示したような伸縮軸a,bを例示することができる。尚、伸縮軸の構造としては、図1に示されるスプライン嵌合やセレーション嵌合等の凹凸を噛みあわせる構造の他、所謂オス軸とメス軸とを軸方向に伸縮可能、かつ、円周方向にトルク伝達可能な嵌合であればよい。また、オス軸とメス軸との間にボール、ころ、ニードル等を介在させた構造であってもよい。更に、オス軸及びメス軸の材質としては、それぞれ同一でも異なっていてもよく、SC材、SUS材、軸受鋼等の鋼材を好適に使用できる。特に、コストを考慮すると、S35C等のSC材が好ましい。これらの鋼材は、適宜、仕上げ加工や熱処理等が施されていることが好ましく、更に、必要に応じて、防錆処理等の表面処理やショットピーニング等の加工が施されていてもよい。
【0013】
ステアリングシャフトでは、スプラインモジュール1.667及び1.0、歯数が10及び18が代表的な形状として好ましい。
【0014】
また、伸縮軸a,bは、図2に断面図にて示すように、雄軸1の外側に雌軸2を摺動自在に配した構成となっており、雄軸1の外周面及び雌軸2の内周面の少なくとも一方に、ナイロンやポリテトラフルオロエチレン、ポリオレフィンサルファイド、ポリアセタール、ポリエーテルエーテルケトン、ポリイミド、ポリウレタン、エポキシ、シリコーン、アクリル、フェノール、ポリエチレンテレフタレート、液晶性ポリマー、ポリオレフィンあるいはこれらの共重合体等からなる樹脂被膜10を形成することもできる。これらの中でも、ナイロン6、ナイロン66、ナイロン11、ナイロン12、ナイロン610、ナイロン612、ナイロン6T等のポリアミド系のものが好適である。樹脂被膜10と、後述されるグリース組成物との相乗効果により、摺動力の低減や、回転方向のガタ付き防止により効果的となる。樹脂被膜10の膜厚は、隙間の大きさに応じて適宜設定することができるが、0.1〜0.8mmの範囲が適当である。尚、樹脂被膜10は公知の方法で形成でき、静電塗装(溶融、溶液、粉末)や、樹脂を含有する溶液や分散液をスプレーや浸漬により塗布し、加熱乾燥させる方法等が好適である。また、流動浸漬法としてもよい。
【0015】
また、樹脂被膜10に代えて、樹脂製のスリーブを用いても同様の相乗効果が得られる。更に、二硫化モリブデンや二硫化タングステン等の固体潤滑膜、スズ、亜鉛、金等の軟質金属膜であってもよい。固体潤滑膜あるいは軟質金属膜も、隙間の大きさに応じて膜厚を適宜設定できるが、1〜100μmの範囲が適当である。尚、これら被膜も公知の方法で形成でき、樹脂バインダ等を使用することができる。
【0016】
上記の如く構成される各伸縮軸の雄軸1と雌軸2との間隙には、JIS K2220に従い、25℃、せん断速度10sec−1で測定したときの見かけ粘度が400〜750Pa・sであるグリース組成物が封入される。このような特定の見かけ粘度の範囲であれば、低抵抗化等に加えて、スティックスリップをより効果的に抑えることができる。前記見かけ粘度は、400〜600Pa・s(25℃)がより好ましく、450〜550Pa・s(25℃)が更に好ましい。
【0017】
グリース組成物の基油は、その種類を制限されるものではないが、鉱油系潤滑油及び合成潤滑油を好適に使用することができる。鉱油系潤滑油は制限されるものではないが、例えば、パラフィン系鉱物油、ナフテン系鉱物油及びそれらの混合油を使用することができ、特に減圧蒸留、油剤脱れき、溶剤抽出、水素化分解、溶剤脱ろう、硫酸洗浄、白土精製、水素化精製等を適宜組み合わせて精製したものが好ましい。また、合成潤滑油も制限されるものでないが、例えば、合成炭化水素油、エーテル油、エステル油、シリコーン油及びフッ素油を使用することができる。具体的には、合成炭化水素油としてはポリα−オレフィン油等を、エーテル油としてはジアルキルジフェニルエーテル油、アルキルトリフェニルエーテル油、アルキルテトラフェニルエーテル油等を、エステル油としてはジエステル油、ネオペンチル型ポリオールエステル油、またはこれらのコンプレックスエステル油、芳香族エステル油等をそれぞれ挙げることができる。これらの潤滑油は、単独でも、複数種を適宜組み合わせて使用してもよい。
【0018】
また、基油は、40℃における動粘度が200〜1100mm/sである。基油の動粘度が200mm/s(40℃)未満ではスティックスリップの抑制に効果が得られず、1100mm/s(40℃)を越えると摺動接触部に基油が入り込み難く、雄軸の外周部と雌軸の内周部との摺動力が高くなる。これらを考慮すると、基油の動粘度は200〜400mm/s(40℃)であることがより好ましく、200〜300mm/s(40℃)であることが特に好ましい。
【0019】
また、基油はポリマーを含むことが好ましい。ポリマーとしては、例えばポリメタクリレート(PMA)やポリアクリレート、ポリアルキルメタクリレート(PAM)等のアクリル系高分子が挙げられる他、ポリイソブチレン、オレフィン共重合体(COP)、星型ポリマー(ポリビニルベンゼンの核から多数のポリイソプレンの足が放射状に伸びた構造を有するもの)、α−オレフィンとジカルボン酸共重合体とのブタノールエステルポリマー等を使用することもできる。中でも特にアクリル系高分子が好ましく、その中でも特に、重量平均分子量Mwが2万〜150万のPMAが好適に使用される。PMAの重量平均分子量Mwがこの範囲であるのが好ましいのは、下記の理由による。すなわちPMAの重量平均分子量Mwが2万未満では、基油に対する溶解性が高すぎ、逆に150万を超える場合には、基油に対する溶解性が低すぎる。また、広い温度域で、摩擦の低減に安定した効果を発揮させるためには、PMAの重量平均分子量Mwは、上記の範囲内でも特に50万〜150万であるのが好ましい。
【0020】
増ちょう剤は、基油を半固体状または固体状にする物質であれば、特に制限されることなく種々のものを使用することができる。このような増ちょう剤としては、リチウム石けん系、カルシウム石けん系、ナトリウム石けん系、アルミニウム石けん系、リチウムコンプレックス石けん系、カルシウムコンプレックス石けん系、ナトリウムコンプレックス石けん系、バリウムコンプレックス石けん系、アルミニウムコンプレックス石けん系等の金属石けん、ベントナイト、クレイ等の無機化合物、モノウレア系、ジウレア系、トリウレア系、テトラウレア系、ウレタン系、ナトリウムテレフタラメート系、フッ素樹脂系等の有機化合物等が挙げられる。これらの増ちょう剤は、それぞれ単独でも、2種以上を混合して配合してもよい。これらの中でも、低温から高温までちょう度変化が少ないことや、所定のちょう度を得るための増ちょう剤量が少ないこと等から、リチウム石けん系やリチウムコンプレックス石けん系が好ましい。また、リチウム石けん系及びリチウムコンプレックス石けん系の中でも、リチウムステアレート及び12−ヒドロキシリチウムステアレートが好ましく、12−ヒドロキシリチウムステアレートが特に好ましい。
【0021】
増ちょう剤の含有量は、グリース全量の5〜35質量%が好ましい。5質量%より少ないとグリース状態を維持することが困難となり、35質量%より多くなると硬くなりすぎて十分な潤滑状態が得られない。この点を考慮すると、増ちょう剤の含有量は、グリース全量の10〜25質量%がより好ましく、10〜20質量%が更に好ましい。特に、12〜18質量%であると、保護膜形成力と摺動部分への侵入性とのバランスがとれ、スティックスリップ現象をより抑制できる。
【0022】
グリース組成物の混和ちょう度は、200〜350が好ましく、240〜310がより好ましく、265〜295が特に好ましい。
【0023】
また、グリース組成物には、必要に応じて、耐荷重添加剤、酸化防止剤、錆止め剤、防食剤等、通常グリースに添加される添加剤を含有させることができる。その添加量は、合計でグリース全量の10質量%以下が好ましい。
【0024】
尚、本発明のグリース組成物は、グリースの色相に影響を及ぼす二硫化モリブデン(黒色)等の固体潤滑剤や、有機モリブデン系極圧剤(紫色〜茶色)等の極圧剤等を使用せずとも、耐久性の向上、低抵抗化、耐スティックスリップ性の向上を達成することができる。黒色〜濃色のグリースは、自動車組立時やメンテナンス時に作業者に不快感を与えることがあるが、本発明のグリース組成物ではそのようなこともない。また、好みの色にするための着色剤等を添加することもできる。
【0025】
グリース組成物の塗布方法としては、例えば、スプライン長さ30〜50mmに対して、塗布機にて雄軸、雌軸の両歯面に合計でおよそ1〜3g塗布し、その後、摺動させて全体に馴染ませればよい。
【0026】
また、本発明の伸縮軸は、電動パワーステアリングにも適用できる。図3は電動パワーステアリングの一例を示す側面図であり、図1に示した伸縮軸と同一部材には同一符号を付し、説明は省略する。電動パワーステアリングは、電動モータmを伸縮軸a,bの間に介在させてステアリング操作をアシストする機構であるが、油圧式に比べて制御性に優れ、機械部分がシンプルになる等の利点を有する。また、油圧パワーステアリングでは、油圧ポンプが常にエンジンで駆動され、アシストの必要がない直進走行中にもエンジンは油圧ポンプを駆動しているのに対し、電動パワーステアリングは必要な時だけ電動モータmに電力を供給すればよく、燃費の面でも電動パワーステアリングは利点がある。
【実施例】
【0027】
以下に試験例を挙げて本発明を更に説明するが、本発明はこれにより何ら制限されるものではない。
【0028】
表1に示す如く、動粘度の異なる基油に、増ちょう剤として12−ヒドロキシリチウムステアレートをグリース全量の15質量%となるように共通に配合して試験グリースA〜Fを調製した。また、表2に示す如く、40℃における動粘度が270mm/sであるポリα−オレフィン油(PAO)に、増ちょう剤として12−ヒドロキシリチウムステアレートを表2に示す如く配合量を変えて配合して試験グリースG〜Lを調製した。各試験グリースについて、JIS K2220に従い、25℃で、せん断速度10sec−1における見かけ粘度を測定した。測定結果を表1及び表2に示す。
【0029】
また、雌スプラインはそのままで、雄スプラインの外周面にポリテトラフルオロエチレンからなる被膜を形成して伸縮軸を作製した。そして、この伸縮軸の雄軸と雌軸との隙間に上記の各試験グリースを封入して試験用伸縮軸とし、下記の試験に供した。
【0030】
(1)耐久性試験
図4に示すように、試験用伸縮軸のステアリングラック側を一定のストロークでスライドさせるとともに、ステアリングホイール側を一定の負荷にて一定サイクルで3万回左右方向に交互に回転させた。回転は、試験用伸縮軸の周囲に配した温度制御装置により80℃に維持して行った。そして、3万回回転させた後に再度ステアリングホールを回転させ、そのときの回転方向のガタ付きを手感で評価した。ガタ付き感を感じない場合を「◎」、若干あるが手感で感じないレベルを「○」、手感で若干感じるレベルを「△」、手感で大きく感じるレベルを「×」とし、結果を表1及び表2に示す。
(2)摺動性試験
図5に示すように、室温にて試験用伸縮軸を全ストローク範囲にわたりスライドさせ、そのときの摺動力を評価した。非常に軽い場合を「◎」、軽い場合を「○」、重い場合を「△」、非常に重い場合を「×」とし、結果を表1及び表2に示す。
(3)耐スティックスリップ試験
図6に示すように、試験用伸縮軸のステアリングラック側を一定のストロークでスライドさせるとともに、ステアリングホイール側を一定の負荷にて一定サイクルで左右方向に交互に回転させ、そのときのスティックスリップを評価した。その際、試験用伸縮軸の周囲に配した温度制御装置により35℃に維持した。また、試験用伸縮軸に装着した変位計によりG波形を確認した。変位計で検知できる微小レベルを「◎」、手感で若干感じるレベルを「○」、手感ではっきり感じるレベルを「△」、手感で大きく感じるレベルを「×」とし、結果を表1及び表2に示す。
【0031】
【表1】

【0032】
【表2】

【0033】
上記各試験において、評価「◎」、〔○〕及び「△」が実用的な合格レベルであるが、本発明で規定する見かけ粘度、基油動粘度及び増ちょう剤を満足する試験グリースを封入することにより、摩耗を抑えて耐久性を向上させることができ、低摩擦化を実現し、更には耐スティックスリップ性も向上させることができる。特に、見かけ粘度が410〜720Pa・s(25℃)、基油の動粘度が270〜1050mm/s(40℃)、増ちょう剤量が12〜18質量%の範囲で好ましい結果が得られている。
【0034】
(4)摺動力の温度変化
組立て時の雰囲気温度による摺動力の変化を検証するために、グリースEとグリースFを用い、外気温5℃、10℃、20℃及び30℃における摺動力を測定した。結果を表3及び図7に示す。
【0035】
【表3】

【0036】
本発明に従うグリースEでは、温度による摺動力のバラツキが3〜3.5N程度であるのに対し、グリースFでは7〜15N程度と2倍程度大きくなっており、本発明のグリース組成物の優位性が確認された。また、本発明に従うグリースEでは、摺動力が温度によって変化しにくいことも確認された。
【符号の説明】
【0037】
a,b 伸縮軸
1 雄軸
2 雌軸
10 樹脂被膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両のステアリングシャフトに組み込み、雄軸と雌軸とを回転不能に且つ摺動自在に嵌合し、前記雄軸の外周部と前記雌軸の内周部とが互いに接触して回転の際にトルクを伝達する車両ステアリング用伸縮軸において、
前記雄軸の外周部と前記雌軸の内周部との間隙に、JIS K2220で規定され、せん断速度10sec−1における見かけ粘度が400〜750Pa・s(25℃)であり、基油の動粘度が200〜1100mm/s(40℃)であり、かつ、有機モリブデン系極圧剤を含有しないグリース組成物を封入したことを特徴とする車両ステアリング用伸縮軸。
【請求項2】
前記雄軸及び前記雌軸の少なくとも一方の摺動面の少なくとも一部に、樹脂被膜が形成されていることを特徴とする請求項1記載の車両ステアリング用伸縮軸。
【請求項3】
前記グリース組成物の増ちょう剤の含有量がグリース全量の5〜35質量%であることを特徴とする請求項1または2記載の車両ステアリング用伸縮軸。
【請求項4】
車両のステアリングシャフトに組み込み、雄軸と雌軸とを回転不能に且つ摺動自在に嵌合し、前記雄軸の外周部と前記雌軸の内周部とが互いに接触して回転の際にトルクを伝達する車両ステアリング用伸縮軸の前記雄軸の外周部と前記雌軸の内周部との間隙に封入されるグリース組成物であって、
40℃における動粘度が200〜1100mm/sである基油に、増ちょう剤をグリース全量の5〜35質量%の割合で配合してなり、JIS K2220で規定され、せん断速度10sec−1における見かけ粘度が400〜750Pa・s(25℃)であり、かつ、有機モリブデン系極圧剤を含有しないことを特徴とする車両ステアリング用伸縮軸の潤滑用グリース組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−28343(P2013−28343A)
【公開日】平成25年2月7日(2013.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−227022(P2012−227022)
【出願日】平成24年10月12日(2012.10.12)
【分割の表示】特願2007−550206(P2007−550206)の分割
【原出願日】平成18年12月13日(2006.12.13)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】