説明

車両状態判定装置

【課題】タイヤがグリップ状態にあるときに、ロール角加速度に基づいて車両のロール状態を判定することにより、特別なセンサ等を設けることなく、適切にロール状態を判定する車両状態判定装置を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、タイヤ91a、91bによる路面のグリップ状態を判定するグリップ判定手段10と、
車両100のロール角加速度を算出するロール角加速度算出手段20と、
操舵角を検出する操舵角検出手段30とを備え、
前記グリップ判定手段によりグリップ状態にあると判定されたときに、前記ロール角加速度算出手段により推定されたロール角加速度と、前記操舵角検出手段により検出された操舵角とに基づいて、ロール状態判定を行うことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の状態、特に車両のロール状態を判定するロール状態判定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、ロール角速度センサによりロール角速度を検出し、更にロール角速度を積分してロール角を算出し、車両のロール角及びロール角速度をパラメータとする二次元マップ上に閾値ラインを設定し、実際のロール角及びロール角速度の履歴ラインがその閾値ラインを超えて横切ったときに車両が横転する可能性があると判定する車両の横転判定方法が知られている。かかる車両の横転判定方法において、判定閾値を車両の操舵角の変化方向に応じて変化させ、車両の操舵角の変化方向により変化する横転可能性の変化を補償して、一層正確な判定を行うようにした技術が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2001−71787号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、上述の特許文献1に記載の構成では、ロール角速度を検出するためにロール角速度センサを設ける必要があり、例えば、車両が車両安定性制御システム等を搭載し、車両の横滑りを検出して車両の挙動を安定させるようなシステムを搭載していたとしても、これらで用いるセンサとは別に、ロール角速度検出用のセンサを個別に設ける必要があった。また、上述の横転判定用の二次元マップの作成は、車両毎に行う必要があり、作成のための準備が必要であった。
【0004】
そこで、本発明は、タイヤがグリップ状態にあるときに、ロール角加速度に基づいて車両のロール状態を判定することにより、特別なセンサ等を設けることなく、適切にロール状態を判定する車両状態判定装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するため、第1の発明に係るロール状態判定装置は、タイヤによる路面のグリップ状態を判定するグリップ判定手段と、
車両のロール角加速度を算出するロール角加速度算出手段と、
操舵角を検出する操舵角検出手段とを備え、
前記グリップ判定手段によりグリップ状態にあると判定されたときに、前記ロール角加速度算出手段により推定されたロール角加速度と、前記操舵角検出手段により検出された操舵角とに基づいて、ロール状態判定を行うことを特徴とする。これにより、車両のタイヤがグリップ状態にあるときに、ロール状態判定を行うことができる。
【0006】
第2の発明は、第1の発明に係るロール状態判定装置において、
前記ロール角加速度の絶対値が所定の閾値を超え、かつ、前記操舵角が同一方向に増加している場合に、ロール状態判定を行うことを特徴とする。これにより、車両のタイヤがグリップ状態であり、かつ、車両の挙動がロール角増大傾向であるときにロール状態判定を行うことができる。
【0007】
第3の発明は、第1又は第2の発明に係るロール状態判定装置において、
前記ロール角加速度算出手段は、横加速度検出手段を備え、該横加速度検出手段により検出された横加速度に基づいて前記ロール角加速度を算出することを特徴とする。これにより、車両に標準的に備えられている横加速度検出手段を用いて、タイヤがグリップ状態にあるときに、ロール状態判定を行うことができる。
【0008】
第4の発明は、第1〜3の発明に係るロール状態判定装置において、
前記ロール角加速度算出手段は、ヨーレート検出手段を備え、該ヨーレート検出手段により検出されたヨーレートに基づいて前記ロール角加速度を算出することを特徴とする。これにより、車両に標準的に備えられたヨーレート検出手段を用いて、タイヤがグリップ状態にあるときに、ロール状態判定を行うことができる。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、タイヤがグリップ状態にある車両について、ロール状態判定を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、図面を参照して、本発明を実施するための最良の形態の説明を行う。
【0011】
図1は、本実施例に係るロール状態判定装置50の機能ブロック図である。図1において、本実施例に係るロール状態判定装置50の主要構成要素は、グリップ判定手段10と、ロール角加速度算出手段20と、操舵角検出手段30と、ロール状態判定手段40とから構成される。また、ロール角加速度算出手段20は、車両100の横加速度を検出する横加速度検出手段21とヨーレートを検出するヨーレート検出手段22を備えてよく、これらは、ヨーレートセンサ&Gセンサ23として一体的に構成されてもよい。
【0012】
なお、本実施例に係るロール状態判定装置50を搭載した車両100は、ロール状態判定装置50に関連して、VSC(Vehicle Stability Control、車両安定性制御)システム80を搭載してもよい。車両安定性制御システム80は、車両100が旋回中に発生する横滑りを抑制するために、エンジン出力と各車輪のブレーキ力を自動的に制御して車両の安定性を確保するシステムであり、車両安定性制御ECU(Electoric Control Unit,電子制御ユニット)60によりその制御を行ってよい。車両安定性制御ECUは、車両安定性制御許可判定手段61と、車両安定性制御手段62を含み、車両安定性制御アクチュエータ70を制御してよい。
【0013】
次に、本実施例に係るロール状態判定装置50の構成要素を詳説する。
【0014】
図1において、グリップ判定手段10は、走行中の車両100の車輪90a、90bのタイヤ91a、91bによる路面のグリップ状態を判定する手段である。グリップ判定手段10は、予め記憶した目標ヨーレート算出式から目標ヨーレートを算出し、ヨーレート検出手段22により検出した実際のヨーレートと比較して、タイヤ91a、91bのグリップ状態を判定する。つまり、操舵角検出手段30等により検出された、運転者がステアリング31による操舵で要求している目標ヨーレートと、実際に検出されたヨーレートが略一致していれば、目標の進行方向と実際の進行方向が略一致しているということを意味するので、タイヤ91a、91bが路面をグリップしている状態と判定してよい。
【0015】
なお、目標ヨーレートYRgの算出式は、操舵角をθ、車両速度をV、横加速度をGy、車両速度Vの関数であるスタビリティファクタをKh、車両100のホイールベースをL、ステアリンングギヤ比をNとすると、以下に示す(1)式で表される。
【0016】
【数1】

(1)式を適用するため、グリップ判定手段10は、(1)式の変数である操舵角θを検出するステアリングセンサ、車両速度Vを検出する車速センサ又は車輪速センサ11a、11b、横加速度Gyを検出する横加速度センサを備えてよい。このうち、ステアリングセンサ及び横加速度センサについては、単独で設けてもよいが、操舵角検出手段30と、ロール角加速度算出手段20に含まれる横加速度検出手段21で兼ねるようにしてもよい。これらの検出手段は、車両100に1つ備えていれば十分であるので、製造コストや設置スペースの観点から、共用することが好ましい。このように、(1)式により、設計時に既に定まっている車両の諸元であるホイールベースL及びステアリンングギヤ比Nと、車両に標準的に備えられている操舵角検出手段30及び横加速度検出手段21を用いて、複雑な計測や演算を行なうことなく、目標ヨーレートYRgを容易に算出することができる。
【0017】
次に、グリップ判定手段10は、目標ヨーレートYRgとヨーレートの実測値YRaに基づいて、式(2)により、その差分の絶対値を所定の閾値△YRthと比較する。差分が閾値△YRth以下であれば、車両100は横滑りなく目標ヨーレートYRg通り走行していることを意味するので、タイヤ91a、91bは路面をグリップしている状態であると判定できる。一方、目標ヨーレートYRgとヨーレート実測値YRaの差分が大きければ、車両100は運転者の要求する進行方向と異なり、横滑りを発生してオーバーステア傾向又はアンダーステア傾向にあり、タイヤ91a、91bが路面をグリップしていない状態と判定できる。
【0018】
なお、グリップ判定手段10により、タイヤ91a、91bが路面をグリップしている状態であると判定されたときには、その情報は、ロール角加速度算出手段20及び/又はロール状態判定手段40に送られる。
【0019】
ロール角加速度算出手段20は、車両100の旋回中に発生するロール運動におけるロール角加速度を算出する手段である。ロール角速度算出手段20は、横加速度検出手段21及びヨーレート検出手段22を含んでよく、これらに基づいて、ロール角加速度を算出してよい。内容の詳細は後に説明するが、ロール角加速度算出式は、ロール角をφ、地面から横加速度検出手段21までの高さ距離をHとすると、以下の(3)式のように表される。
【0020】
【数2】

ロール角加速度算出手段20は、予め(3)式を記憶しておき、車両100の走行中に横加速度検出手段21により横加速度Gy、ヨーレート検出手段22によりヨーレートYRa、車速検出手段である車輪速検出センサ11a、11bにより車速Vを検出し、また、車両100の諸元である、予め定められた地面から横加速度検出手段までの距離Hを代入することにより、ロール角加速度を算出することができる。このように、(3)式により、車両100の安定性制御に通常用いられる検出手段21、22、10を用いて、容易にロール角加速度を算出することができる。
【0021】
なお、車速Vを検出する車速検出手段は、グリップ判定手段10によるグリップ判定で用いた車輪速センサ11a、11bと別に設けてもよいが、車輪速センサ11a、11bで兼用してもよい。車輪速センサ11a、11bで検出された車速Vの検出値データは、グリップ判定手段10を介して取得してもよいし、直接接続して取得するようにしてもよい。
【0022】
ロール角加速度算出手段20により算出されたロール角加速度は、ロール状態判定手段40に送られる。
【0023】
操舵角検出手段30は、ステアリング31の操舵角θを検出する手段である。例えば、ステアリング31のコンビネーションスイッチ部等に設けられてよく、磁気抵抗等を利用して、操舵角θを検出するものであってもよい。操舵角検出手段30により検出された操舵角θの情報は、グリップ判定手段10に送られ、必要に応じてロール状態判定手段40にも送られる。グリップ判定手段10では、上述のように(1)式に基づいて、タイヤ91a、91bによる路面のグリップ状態を判定するのに利用される。
【0024】
ロール状態判定手段40は、操舵角検出手段30により検出された操舵角θ、グリップ判定手段10により判定されたタイヤ91a、91bがグリップ状態にあるか否か、及びロール角速度算出手段10により算出されたロール角加速度に基づいて、車両100のロール状態、即ちロール角増大傾向にあるか否かの判定を行う。具体的には、車両100のタイヤ91a、91bがグリップ状態にあるときに、ロール角加速度が所定の閾値Tを超え、かつ操舵角θが一方向に増大しているときにロール角増大傾向にあると判定する。
【0025】
従って、ロール状態判定手段40は、ロール角加速度の所定の閾値Tを記憶しておき、ロール角加速度算出手段20により算出されたロール角加速度と比較を行い、ロール角加速度が所定の閾値を超えていれば、その条件が成立したと判断する。また、ロール状態判定手段40は、操舵角検出手段30により検出された操舵角θが、同一方向に増加しているか否かを判定する。例えば、操舵角θの時間変化dθ/dtから判定してもよい。
【0026】
ロール状態判定手段40は、上述の3つの条件、即ち、タイヤがグリップ状態にあること、車体ロール角加速度が所定の閾値以上であること、及び操舵角が同じ方向に増加していることが成立しているか否かを判定し、成立しているときはロール角増大傾向にあるとの判定を行い、その結果を例えば、ディスプレイ画面等の表示手段41に表示してもよいし、車両安定性制御の許可判定を行っている車両安定性制御許可判定手段61に出力してもよい。ロール状態判定結果を、表示手段41に表示すれば運転者に注意を促すことができ、車両安定性制御許可手段61に送って車両安定性制御の許可判定がなされれば、車両安定性制御手段62によりロール抑制制御が行われ、ロール角の増大傾向を抑制する制御がなされる。
【0027】
なお、ロール状態判定手段40で行う、ロール角加速度の閾値Tとの比較は、ロール角加速度算出手段20で行い、比較結果のみがロール状態判定手段40に送られるようにしてもよい。同様に、操舵角θが同一方向に増加しているか否かの判断も、操舵角検出手段30にその機能を付加し、判定結果のみがロール状態判定手段40に送られるようにしてもよい。このように構成した場合、ロール状態判定手段40は、上述の3つの条件の成立を判定しているだけなので、例えば、簡単なロジック回路により構成してもよい。例えば、3つの条件フラグが立ったら、ロール状態判定を出力するように構成してもよい。
【0028】
更に、ロール状態判定手段40は、ロール角加速度算出手段20に含ませて兼用させてもよい。操舵角検出手段30により検出された操舵角θは、グリップ判定手段10によるグリップ判定でその検出値が利用されてよく、その操舵角θのデータも含めてグリップ判定結果をロール角加速度算出手段20に送るようにすれば、ロール角加速度算出手段20において総ての判断材料が揃うことになる。従って、ロール角加速度算出手段20で、ロール角加速度が所定の閾値を超えたか否かの判定まで行い、更にグリップ判定及び操舵角θの変化情報を考慮してロール状態判定も行ってよい。そして、ロール角加速度算出手段20から表示手段41や車両安定性制御許可判定手段61にその結果を直接出力してもよい。
【0029】
なお、グリップ判定手段10によるグリップ判定、ロール角加速度算出手段20によるロール角加速度算出、ロール状態判定手段40によるロール状態判定は、総て計算機等の演算手段により実行され得る内容であるので、ECU(電子制御ユニット)として一体的に構成されてもよい。
【0030】
次に、本実施例に係るロール状態判定装置50から、車両安定性制御許可手段61に車両のロール状態判定がなされてその情報が送られた場合の制御の例について説明する。
【0031】
車両安定性制御許可判定手段61は、車両安定性制御システム80を作動させるか否かの判定を行う手段である。車両安定性制御は、一般的には車両の横滑りを検出し、その横滑りを打ち消すような安定化モーメントを計算し、それを実現すべくブレーキやエンジンを制御するシステムである。従って、車両安定性制御許可手段61は、本実施例に係るロール状態判定の他、通常の横滑り抑制や、TRC(Traction Control)やABS(Antilock Brake System)等の作動許可等も制御してよい。車両安定性制御許可判定手段61は、このような車両安定性制御が作動すべきときに、車両安定性制御手段62に作動指令を出力する。
【0032】
車両安定性制御手段62は、車両安定性制御許可手段61の作動許可指令により、安定化モーメントの算出や、目標スリップ率の算出等を行う。
【0033】
車両安定性制御アクチュエータ70は、車両安定性制御手段62の演算結果に基づき、それらを実現するように、例えばブレーキアクチュエータを制御して、ブレーキ71a、71bの制御を行い、車両100の安定化制御を行う。
【0034】
本実施例に係るロール状態判定装置50は、例えばこのような車両安定性制御システム80に好適に利用されてよい。従って、例えば、車両安定性制御許可判定手段61及び車両安定性制御手段62は、車両安定性制御ECU60として一体的に構成され得るが、これらの一部として本実施例に係るロール状態判定装置50を組み込んで構成してもよい。
【0035】
次に、図2を用いて、本実施例に係るロール状態判定装置50が、好適に適用され得る状況について説明する。図2は、車両100が、スラローム走行をしており、左右に交互に蛇行して旋回走行する走行状態を示している。このような場合では、車高が高いと、横滑りが起きていない場合であっても、旋回内側に車輪が浮いたりして走行が不安定になる場合がある。例えば、図2における最初の左旋回で車体が左に傾いて左ロールが増加してゆき、左旋回が終了してカーブが右方向に切り替わり、右方向にステアリング31を切り返し、右旋回する場合には、車体は大きく左方向に傾くことになり、ロール運動は左方向から右方向にゆり返しが起こり、ロール角が増大傾向となる。。
【0036】
なお、図2に示したような、ゆり返しが起こる状況は、例えば海岸線や山道等のいわゆるワインディング・ロードを走行していたり、交差点で直進している所を、右折車が出てきて避けるために左にステアリング31を大きく、例えば100°程度切ってすぐまた右に戻したり、時速50〜60kmで走行していて、追い抜きのために追い抜き車線に車線変更をし、追い抜いたらすぐ走行車線に戻るような場合に生じうる。このような場合に、本実施例に係るロール状態判定装置50を適用し、例えば横滑りがない状況でも車両安定性制御システム80の作動許可を行えるようにすれば、車両用安定性制御システム80の適用幅を広げて信頼性を高めることができる。
【0037】
次に、本実施例に係るロール状態判定装置50の主要構成要素である、ロール角加速度算出手段20が実行するロール角加速度の算出方法について、図3及び図4を用いて説明する。
【0038】
図3は、走行中の車両がロール運動をしているときの状態を示した図である。図3(a)は、ロール運動状態の車両100の斜視図を示している。
【0039】
図3(a)において、走行中の車両100が、車体の仮想ロールセンタ軸を瞬間回転中心としてロール運動を行っている。車両100の運転席と助手席の間のコンソールボックッスの下部付近、又は車両の重心付近に備えられた横加速度検出手段21が、車両100の横加速度Gyを検出している。このとき、横加速度検出手段21は、ロール運動の角加速度により発生する横加速度Gyを検出することになる。
【0040】
図3(b)は、図3(a)と同様のロール運動を行っている走行中の車両100の正面断面図を示している。図3(b)において、仮想ロールセンタは略地面付近の高さに位置し、それに対して横加速度検出手段21は、高さ距離H上方に設けられている。高さ距離Hは、例えば、横加速度検出手段21が運転者の座席の高さ程度、即ち運転者の臀部の高さ程度に設けられている場合には、50〜60cmとなる。一般的に、横加速度検出手段21は、この程度の高さに設けられている場合が多く、仮想ロールセンタとは高さ距離H分ずれた位置に設けられている。この高さ距離Hのズレの影響により、横加速度検出手段21が常にロール運動を的確に検出できる状態とはなっておらず、横加速度検出手段21がロール運動を検出し易い位置で検出する必要がある。
【0041】
ここで、図2で説明したような、ゆり返しのあるロール運動を考えると、ロール角加速度は、車両100が最も傾いたとき、つまりロール角φが最大となったときに最大となる。このときは、車体のロール角φが増大傾向から減少方向に転じて切り替わるタイミングなので、ロール角速度の変化が大きい、即ち、ロール角加速度が大きな値で検出できることになる。一方、ロール角速度(ロールレート)自体は、車両が中立の位置になったロール角φが略ゼロのときに最大となるが、このときは、横加速度検出手段21で検出できる横加速度Gyは小さな値となってしまう。従って、ロール角速度検出手段を備えている場合には、ロール角φがゼロの中立付近で検出すればよいが、本実施例に係るロール状態判定装置50のように、横加速度検出手段21を用いてロール角加速度を検出したいときには、最もロール角φの傾きが大きいゆり返しのタイミングで検出するようにすれば、大きな検出値が検出できて好適である。よって、本実施例に係るロール状態判定装置50では、ロール角φが最も大きくなったタイミングで横加速度検出手段21を用いてロール角加速度を検出し、このときにステアリング31の操舵方向がゆり返しを増大させる方向に増大していれば、ロール状態判定をすることとしている。
【0042】
なお、ロール運動により検出される横加速度Gyrは、ロール角速度をωとすると、図3(b)における正面断面での円運動を考えて、Gyr=(dω/dt)×Hとなる。
【0043】
図4は、車両の旋回運動を上方から観測した図である。図4に示したように、車両を質点とみなし、その旋回運動を考えると、車両100の車体求心加速度Gycは、Gyc=YRa×Vとなる。なお、YRaはヨーレートの実測値であり、Vは車速である。車両100のゆり返しの状態において、タイヤ91a、91bがグリップ状態であれば、車両100について、旋回運動についての運動方程式が成立しているので、車体求心加速度は、Gyc=YRa×Vと考えてよい。
【0044】
一方、横加速度検出手段21は、車両100に作用する合成加速度として横加速度Gyを検出しているので、上述の車体求心加速度Gycとロール運動による横加速度Gyrの合成加速度が検出されることになる。そして、ロール角φが最大となる点においては、ロール角加速度dω/dtは、旋回外側の方向に向いているので、その向きは求心加速度Gycと反対になる。よって、横加速度検出手段21で検出される横加速度Gyは、Gy=Gyc−Gyr=YRa×V−(dω/dt)×Hとなる。これを変形すれば、(dω/dt)=(Gy−YRa×V)/Hとなり、(3)式が導かれる。
【0045】
【数2】


このように、ロール角速度算出手段20は、タイヤ91a、91bが路面をグリップしている状態であれば、車両100の求心加速度Gycとロール角加速度に基づく横加速度Gyrとの関係から(3)式が導かれ、この関係式に基づいて、横加速度Gy及びヨーレートYRaからロール角加速度(dω/dt)を求めることができる。そして、ロール角加速度dω/dtがロール状態判定手段40又はロール角加速度算出手段20に記憶されている所定の閾値Tを超え、dω/dt>Tとなったときに、ロール角加速度のロール状態判定条件が成立したと判断する。
【0046】
図5は、本実施例に係るロール状態判定装置50の処理フローの一例を示したフロー図である。なお、今まで説明した構成要素と同様の構成要素には、同一の参照符号を付してその説明を省略する。
【0047】
ステップ100では、操舵角検出手段30により、ステアリング31の操舵角θが検出される。操舵角検出手段30により検出された操舵角情報は、グリップ判定手段10に送られる。また、ロール状態判定手段40がある場合には、ロール状態判定手段40にも送る。
【0048】
ステップ110では、グリップ判定手段10が、車両100のタイヤ91a、91bが路面をグリップしている状態にあるか否かを判定する。(2)式に基づいて、目標ヨーレートYRgの演算に必要なデータを各種の検出手段により検出し、ヨーレートの実測値YRaと略一致するかにより判定してよい。タイヤ91a、91bがグリップ状態にあると判定されたときは、ステップ120に進み、グリップ状態にないと判定されたときには、本実施例に係るロール状態判定を実施できないので、その処理を終了する。
【0049】
ステップ120では、ロール角加速度算出手段20によりロール角加速度が算出され、ロール角加速度算出手段20又はロール状態判定手段40により、予め記憶された所定の閾値Tとの比較が行われる。ロール角加速度の絶対値が所定の閾値Tをこえている場合には、ロール角加速度の大きさが十分大きいと判定し、ステップ130に進む。一方、ロール角加速度の絶対値が所定の閾値を超えていないときには、ロール角加速度が小さく、その処理を終了する。
【0050】
ステップ130では、ロール状態判定手段40、操舵角検出手段30、又はロール角加速度算出手段20において、操舵角θが同一方向に増大しているか否かが判断される。ステップ120で、ロール角加速度が大きいと判断されても、ロール角加速度を増すようなステアリング31の操舵を行っていなければ、ロール角増大の可能性は少ないからである。なお、操舵角θが同じ方向に増大しているか否かは、図1で説明したように、ロール状態判定装置50内の、上記のいずれの手段においても実現可能であってよい。操舵角θが同一方向に増加していれば、ステップ140に進み、同一方向に増加していなければ、ロール角増大の可能性は少ないと判断してその処理を終了する。
【0051】
ステップ140では、上記のステップ110、ステップ120及びステップ130において、ロール状態判定の3つの条件を満たしたので、ロール状態判定手段40又はロール角速度算出手段20において、ロール角増大傾向にあるとのロール状態判定を行う。具体的には、その旨を表示手段41に表示して運転者に通知してもよいし、車両安定制御許可判定手段61が車両安定制御を実行するような指示信号を出力してもよい。
【0052】
なお、図5におけるステップ110、ステップ120及びステップ130は、そのシステム構成に応じて並列に、又は順序を入れ替えて実行されてもよい。ステップ110〜130は、ロール状態判定をする3つの条件であるため、どれも並列の関係にあるからである。
【0053】
次に、図6を用いて、本実施例に係るロール状態判定装置50を、車両安定性制御システム80に組み込んだ場合の処理フローについて説明する。図6は、ロール状態判定装置50を備えた車両安定性制御システム80の処理フロー図である。なお、図6においても、今まで説明したのと同様の構成要素については、同一の参照符号を付し、その説明を省略する。
【0054】
ステップ200では、横加速度検出手段21により検出された横加速度Gyの絶対値が所定の閾値を超えたか否かが判断される。ここで言う閾値は、車両安定性制御システム80を適用するレベルの横加速度Gyがあるか否かを判定するための閾値であり、今まで説明したロール角加速度の閾値とは異なる。横加速度Gyの絶対値が所定の閾値を超えていればステップ210に進み、超えていなければ、車両安定性制御システム80を適用するレベルの横加速度Gyが発生していない安定な状態であると判断して、その処理を終了する。
【0055】
ステップ210では、ヨーレート検出手段22により検出されたヨーレートYRaに基づいて加速度換算した車体ロール抑制制御許可判定の指標値を算出し、この絶対値が所定の閾値以上であるか否かと、操舵角検出手段30により検出された操舵角θに基づいて、(4)式により求めた横加速度Gysの絶対値が所定の閾値以上であるか否かが判断される。なお、Khは車両速度Vの関数であるスタビリティファクタ、Lはホイールベース、Nはステアリンングギヤ比である。
【0056】
【数3】

ステップ210における判定は、従来から行われているロール抑制制御実行を許可するか否かの判定基準であり、双方の条件が成立したときにロール抑制制御が実行される。この判定基準では、ヨーレートYRa及び操舵角θがある程度大きく変化することが条件成立のために必要であり、ステアリング31を大きく速く切ったときには、この条件が成立する場合が多いが、適切な制御タイミングを得るためにはあまりに小さな閾値を設定できないため、ステアリング31をゆっくり切った場合には、ロール状態判定が遅れがちとなる。従って、ハンドルが大きく速く切られ、横滑りが発生してロール角が増大しているような場合には、従来通りステップ210において、ロール抑制制御の許可判定がなされる。なお、これらの判定は、例えば、車両安定制御許可判定手段61により実行されてよい。
【0057】
ステップ210の条件を満たしてロール抑制制御の許可判定がなされた場合には、ステップ230に進み、ロール抑制のためのブレーキ制御がなされる。一方、ステップ210の条件を満たさない場合には、ステップ220に進む。
【0058】
ステップ220では、今まで説明した、本実施例に係るロール状態判定装置50によるロール状態判定がなされる。今まで説明したように、車両100がグリップ状態であり、横滑りが発生していないときには、ステップ210での判定ではロール角増大が発生していないと判定される可能性が高いが、本ステップの判定では、グリップ状態でステアリング31の角速度が比較的ゆっくりでも、大きな荷重移動があってロール角φが大きく変化しておりロール角増大の可能性があるときには、ロール状態の判定をできるようにしている。従って、従来のステップ210に加えて、ステップ220によるロール状態判定の基準を追加して設けることにより、車両安定性制御システム80がより効果的に車両の挙動を安定させるように作動できることになる。
【0059】
なお、ステップ220の処理は、ロール状態判定装置50により実行されてもよいし、これらの演算機能が車両安定性制御許可手段61に組み込まれるように構成してもよい。ステップ220の3つの条件が成立し、ロール抑制制御許可判定がなされた場合には、ステップ230に進み、成立しないときには、ロール角増大の可能性なしと判断され、ロール抑制制御の実行は許可されず、その処理を終了する。
【0060】
ステップ230では、ステップ210又はステップ220でなされたロール抑制制御許可判定に基づき、ロール抑制制御を実行する。具体的には、例えば、車両安定性制御手段62の制御指令に基づいて、ブレーキアクチュエータ等の車両安定性制御アクチュエータ70が作動し、ロール抑制制御を行うようにブレーキ71a、71bが制御されてよい。
【0061】
以上、本発明の好ましい実施例について詳説したが、本発明は、上述した実施例に制限されることはなく、本発明の範囲を逸脱することなく、上述した実施例に種々の変形及び置換を加えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】本実施例に係るロール状態判定装置50の機能ブロック図である。
【図2】本実施例に係るロール状態判定装置50が適用され得る状況の説明図である。
【図3】走行中の車両がロール運動をしているときの状態を示した図である。図3(a)は、斜視図である。図3(b)は、正面断面図である。
【図4】車両の旋回運動を上方から観測した図である。
【図5】本実施例に係るロール状態判定装置50の処理フローの一例を示したフロー図である。
【図6】ロール状態判定装置50を備えた車両安定性制御システム80の処理フロー図である。
【符号の説明】
【0063】
10 グリップ判定手段
11a、11b 車輪速センサ
20 ロール角加速度算出手段
21 横加速度検出手段
22 ヨーレート検出手段
23 ヨーレートセンサ&Gセンサ
30 操舵角検出手段
31 ステアリング
40 ロール状態判定手段
42 表示手段
50 ロール状態判定装置
60 車両安定性制御ECU
61 車両安定性制御許可判定手段
62 車両安定性制御手段
70 車両安定性制御アクチュエータ
71a、71b ブレーキ
80 車両安定性制御システム
90a,90b 車輪
91a、91b タイヤ
100 車両

【特許請求の範囲】
【請求項1】
タイヤによる路面のグリップ状態を判定するグリップ判定手段と、
車両のロール角加速度を算出するロール角加速度算出手段と、
操舵角を検出する操舵角検出手段とを備え、
前記グリップ判定手段によりグリップ状態にあると判定されたときに、前記ロール角加速度算出手段により算出されたロール角加速度と、前記操舵角検出手段により検出された操舵角とに基づいて、ロール状態判定を行うことを特徴とするロール状態判定装置。
【請求項2】
前記ロール角加速度の絶対値が所定の閾値を超え、かつ、前記操舵角が同一方向に増加している場合に、ロール状態判定を行うことを特徴とする請求項1に記載のロール状態判定装置。
【請求項3】
前記ロール角加速度算出手段は、横加速度検出手段を備え、該横加速度検出手段により検出された横加速度に基づいて前記ロール角加速度を算出することを特徴とする請求項1又は2に記載のロール状態判定装置。
【請求項4】
前記ロール角加速度算出手段は、ヨーレート検出手段を備え、該ヨーレート検出手段により検出されたヨーレートに基づいて前記ロール角加速度を算出することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1つに記載のロール状態判定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−162555(P2008−162555A)
【公開日】平成20年7月17日(2008.7.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−239(P2007−239)
【出願日】平成19年1月4日(2007.1.4)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(301065892)株式会社アドヴィックス (1,291)
【Fターム(参考)】