説明

軟骨疾患治療用組成物

【課題】軟骨再生作用及び軟骨損傷部に適用しやすい軟骨再生用組成物、ならびに、軟骨を機械的刺激より保護する効果、磨耗や炎症による軟骨の変性変化を抑制する効果、軟骨損傷部を修復させる効果、および、関節組織の炎症や疼痛を抑制する効果を併せもつ軟骨疾患治療用組成物の提供。
【解決手段】ゲルろ過クロマトグラフィーにおける重量平均分子量が50万以上である低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩および骨髄間葉系幹細胞を含有し、粘度が400mPa・s〜20000mPa・sの、流動性を有する、軟骨損傷部に適用して患部で硬化させるための硝子軟骨再生用組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、獣医用などを含む、軟骨再生用または軟骨疾患治療用組成物等に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば関節軟骨は硝子軟骨であり、少数の細胞、コラーゲン性の細胞外マトリックス、多くのプロテオグリカンおよび水からなる。骨の場合、血管や神経ネットワークが存在し、自己修復能を有するため、骨折したときでも、十分に骨折部分が修復されることが多い。しかし、関節軟骨には血管および神経ネットワークが存在しない。このため、自己修復能がほとんどなく、特に大きな軟骨欠損部が形成された場合、軟骨欠損部は十分には修復されない。修復される部分にしても、硝子軟骨と力学的特性の異なる線維軟骨が形成される。このため、軟骨欠損が形成されると、関節痛および関節機能の喪失がもたらされ、しばしば変形性関節症へと発展する。また、加齢や関節の酷使によって関節軟骨の表面の磨耗が始まった変形性関節症の初期段階から、病状が進行した結果として、広範な領域での軟骨欠損に至ることもある。
【0003】
このように、関節軟骨は自己修復能が十分ではないので、自家骨軟骨柱移植術(mosaicplasty)、ピックで穿孔する方法(microfracture)、ドリリング(drilling)、バーで軟骨下骨を削る方法(abrasion法)、および損傷軟骨切除(debridement)のような軟骨損傷を治療するための外科的処置を必要とする。これらのうち、microfracture法、drilling、abrasion法は、骨髄刺激法(Marrow stimulation technique)と呼ばれ、骨髄から出血を促し、骨髄由来の軟骨前駆細胞を誘導し、軟骨への分化を期待するものである。しかし、これらは、広範囲の軟骨欠損に対しては限界があり、この方法で再生されるものは、硝子軟骨と力学的特性の異なる線維軟骨である。
【0004】
Petersonら、およびGrandeらは、1984年に、ウサギの関節軟骨の非全層において、自家培養軟骨細胞移植(ACI)法を試験した。ACI法は、自己の正常な軟骨から組織を採取して培養し、培養した細胞を培地に浮遊させた状態で患部に移植し、細胞が漏れないように骨膜で軟骨欠損部を覆っておく方法である。ACI法は当初1994年に臨床に応用され、現在15年を超える。現在までに、何例かの成功例が臨床で報告されている。しかし、最近の臨床試験では、関節軟骨欠損の修復に対しての他の手術よりACI法が有意に優れているという結果を示さなかったという報告もある。
【0005】
このようなACI法の芳しくない結果には二つの主たる理由がある。一つは、関節欠損部への細胞と足場の固定、及び骨膜パッチによる被覆が技術的に困難であることである。ACI法では、細胞懸濁液を骨膜パッチで被覆し縫合するために、関節切開により幅広く関節を露出させる必要がある。さらに、骨膜肥厚、欠損化、関節内癒着を含む骨膜パッチに関するいくつかの複雑な問題も報告されている。もう一つの理由は、軟骨細胞の使用の限界である。軟骨細胞は単層培養で急速にその分化表現型を失い、線維芽細胞へトランスフォームする。さらに別の問題として、ACI法は、患部関節の重量のかからない部位から軟骨を採取する必要があるが、供与部位は、軟骨細胞が採取されるので、問題のある状態のままになるという問題もある。
【0006】
一方、コラーゲン、キトサン、アガロース、アルギン酸などの天然ポリマーを、関節軟骨の再生医療に利用しようとする試みが進められている。中でも、アルギン酸は、カジメ、アラメ、コンブなどの褐藻類から抽出される多糖類であって、カルシウムなどの2価の金属イオンを加えると架橋する性質があり、この性質を利用して、軟骨細胞等の細胞、成長因子などをゲルに包埋し、損傷部へ適用しようとする試みがなされている。(例えば、文献1、文献2,3,4,5等参照)。
【0007】
例えば、文献1は、可溶性アルギン酸塩と不溶性アルギン酸塩/ゲルとを混合したアルギン酸ゲルが、文献2,3,4にはアルギン酸ビーズの使用が開示されている。文献2には、アルギン酸は、損傷部にいかなる不利な影響を与えないキャリアとして使用ができ、アルギン酸自体はいかなる治療効果も持たないと考察されている。また、文献4には、アルギン酸ビーズに包埋した軟骨細胞が、ウサギ軟骨欠損部に移植後にホスト組織への融合が見られなかったことが開示されている。また、アルギン酸ビーズは、欠損部に押し付けて適用する必要があるが、欠損部の大きさにあったものを作成する必要があり、実際の臨床で使うには、技術的に困難である。文献5には、アルギン酸ナトリウム溶液に軟骨細胞を懸濁し、ウサギ軟骨欠損部に注入後、表面をCaCl2溶液で硬化させた移植物において、正常な軟骨組織が形成されたが、細胞を含有させずアルギン酸のみを軟骨欠損部に適用した場合は、線維軟骨が形成されたことが開示されている。
また、間葉系幹細胞を軟骨の再生医療へ利用しようとする試みとしては、例えば、コラーゲンスポンジなどを細胞の足場として用いるなど研究が進められている。生体外で軟骨細胞に分化させてから移植する方法と、軟骨細胞に分化させないで移植する方法が考えられているが、どのような利用方法が最適であるかは、未だ議論が続いている。(文献6)
【0008】
変形性関節症(OA)における軟骨欠損は、広範かつ荷重域に発生するので、移植や再生医療による修復は難しいとされている。上述した、細胞移植による軟骨再生の対象となり得るのは、主にスポーツや外傷等で生じた部分的な軟骨欠損に限られる。変形性関節症の治療は、患部の疼痛や炎症の除去に主眼が置かれ、海外では非ステロイド性抗炎症剤の投与が主流である。しかし高年齢者では腎機能が低下してくることもあり、非ステロイド性抗炎症剤の連続的な経口投与は、安全性の観点から困難な場合もある。軟骨関節液の成分の一つであるヒアルロン酸を製剤化した製品は、関節腔内に投与することで関節の潤滑機能を改善し、かつ疼痛抑制作用も有することから、変形性関節症における関節機能改善剤として多く使用されている。しかし、軟骨損傷が進んだ重度の変形性関節症においては、最終的には人工関節への置換を行う以外に方法がなく、新たな治療薬の開発が待ち望まれている疾患の一つである。
【0009】
[文献]
1.国際公開2006/044342号パンフレット
2.Cay M. Mierisch et al., "Transforming Growth Factor-β in Calcium Alginate Beads for the Treatment of Articular Cartilage Defects in the Rabbit", The Journal of Arthroscopic and Related Surgery, Vol. 18, No 8(October), 2002: pp 892-900
3.David R. Diduch et al, "Marrow Stromal Cells Embedded in Alginate for Repair of Osteochondral Defects", The Jounal of Arthroscopic and Related Surgery, Vol. 16, No 6(September), 2000: pp 571-577
4.David R. Diduch et al, "Chondrocyte Transplantation into Articular Cartilage Defects with Use of Calcium Alginate: The Fate of the Cells", J Bone Joint Surg. Am. 85: 2003 p.1757-1767,
5.E. Fragonas et al, "Articular Cartilage Repair in Rabbits by Using Suspensions of Allogenic Chondrocytes in Alginate", Biomaterials, Vol. 21, 2000: pp 795-801
6.ライフサイエンスレポート No.4 2005 (編集:東京医科歯科大学知的財産部,発行:丸善株式会社)p.235-243 、編集協力:関矢一郎
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
このように、軟骨欠損部の再生医療について、実際の臨床応用を考えた場合には、細胞毒性の問題、生体への親和性、適用のしやすさ、治療効果などの点から、実用に耐えるものはなかった。すなわち、ACI法のような過度の外科的手法を必要とせず、施術の手技が簡便で、生体に対しても、軟骨細胞や骨膜採取などの過度の負担を与えることなく軟骨再生を効果的に促進させることができ、様々な形態の軟骨損傷部に対して、適用条件を選ばず、幅広く利用が可能であり、軟骨損傷部に与える架橋剤などの負の影響を低減し、生体親和性に優れる、といった、軟骨再生医療分野の課題を克服し、実用性に優れた、軟骨再生用又は軟骨疾患治療用組成物、及びこれを用いた治療法の開発が望まれていた。特に、細胞を包埋せずに、ポリマーのみで、硝子軟骨を再生できる組成物はこれまでに存在しなかった。
【0011】
変形性関節症は、加齢や関節の酷使によって関節軟骨が磨耗減少する退行性疾患であるが、磨耗という力学的原因のみでなく、滑膜細胞や軟骨細胞による炎症性サイトカインの産生、炎症性サイトカインによる発痛物質や蛋白質分解酵素の誘導などの局所炎症反応が関節破壊に関与していると言われている。すなわち、関節軟骨の磨耗(機械的損傷)に伴い、関節組織内で炎症反応が惹起され、炎症反応による自己破壊的軟骨損傷が進行し、関節機能が低下することで機械的損傷が更に進行する、といった悪循環により病態が悪化していく。したがって、変形性関節症の治療薬には、軟骨を磨耗より保護する効果、磨耗や炎症による軟骨の変性変化を抑制する効果、軟骨損傷部を修復させる効果、炎症や疼痛を抑制する効果など、複合的な効果を併せ持つことが求められる。関節における炎症を抑制し、疼痛を抑制できる薬剤が得られれば、肩関節周囲炎の治療や、慢性関節リウマチにおける関節痛の抑制へも応用可能となる。ヒアルロン酸は元来、関節液の主成分の一つであり、これを補充することで関節機能を改善するものである。現在のところ、軟骨組織への複合的な治療効果を有する薬剤は、ヒアルロン酸以外に知られていない。ヒアルロン酸製剤は、動物組織からの抽出あるいは発酵法により製造されており、より製造が容易で安全性の高い新規素材が求められている。また、ヒアルロン酸製剤は初期の週1回、連続5回の投与と、その後の継続的な投与が必要とされているが、膝関節への注射の回数を減らすためにより持続期間が長く、治療効果の高い新規組成物が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を行った。そして、実質的に炎症、または発熱を惹起しない程度にまでエンドトキシンレベルを低下させたアルギン酸の1価金属塩を含有し、粘度が400〜20000mPa・sの、流動性を有する組成物を、軟骨損傷部に適用することで、過度の外科的手法を必要とせず、簡便な手法で軟骨再生を促進できることが分かった。
関節軟骨の欠損部に上記組成物を適用し、その表面にCaCl2溶液を適用することにより、該組成物は、適用した位置から移動することはなかった。関節軟骨のような、荷重がかかり、動きが激しい過酷な条件の部位にも適用可能であったことは驚くべき結果であった。本発明の組成物の粘度を約2000mPa・s以上とすることで、損傷面が下方を向く姿位でも適用可能であった。
本発明の組成物は、骨髄間葉系幹細胞または間質細胞を包埋した場合には、際立って優れた軟骨再生が得られた。また、これらの細胞を包埋していない場合にも、本発明の組成
物は、硝子軟骨細胞による良好な硝子軟骨再生が得られることを見出し、本発明を完成させた。
また、実質的に炎症、または発熱を惹起しない程度にまでエンドトキシンレベルを低下させたアルギン酸の1価金属塩を含有する組成物を、変形性関節症モデルにおける軟骨損傷部に適用することで、軟骨変性変化を抑制し、軟骨を保護する効果が得られることを見出した。さらに、実験的関節炎疼痛モデルにおいて、同組成物に関節炎による疼痛を抑制する効果があることを見出し、本発明を完成させた。
関節液の主成分であるヒアルロン酸以外の物質で、このような軟骨組織への複合的な効果を有することが実証されたのは初めてである。海藻由来のポリマーであり、動物の体内には元来存在しないアルギン酸が、このような効果を有していることは驚くべきことであった。
【0013】
すなわち、本発明は、軟骨損傷部に適用する、以下の軟骨再生用組成物を提供する。
(1−1) 低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を含有し、粘度が400mPa・s〜20000mPa・sの、流動性を有する、軟骨損傷部に適用して患部で硬化させるための軟骨再生用組成物。
(1−2) 前記アルギン酸の1価金属塩がアルギン酸ナトリウムである、上記(1−1)に記載の組成物。
(1−3)前記アルギン酸ナトリウムは、ゲルろ過クロマトグラフィーにおける重量平均分子量が50万以上であるアルギン酸ナトリウムである、上記(1−2)に記載の組成物。
(1−4) 前記軟骨損傷部への適用が、a)軟骨欠損部への適用、b)軟骨損傷部または軟骨欠損部に1以上の穴を形成し、該形成した穴への適用、のいずれかである、上記(1−1)ないし(1−3)のいずれか1つに記載の組成物。
(1−5) 軟骨組織再生のための細胞を含有しないことを特徴とする、上記(1−1)ないし(1−4)のいずれか1つに記載の組成物。
(1−6) 軟骨組織再生のための細胞を包埋したものである、上記(1−1)ないし(1−4)のいずれか1つに記載の組成物。
(1−7) 前記細胞を包埋したアルギン酸の1価金属塩を含有する組成物は、軟骨損傷部に適用する前に、a)細胞数が1×106個/mL以上の状態、b)サフラニンO染色またはH−E染色により硝子様軟骨組織が検出される、c)抗コラーゲンII抗体、または遺伝子解析により、タイプII型コラーゲンが検出される、d)抗アグリカン抗体、または遺伝子解析によりアグリカンが検出される、e)細胞外マトリックス(コラーゲン・ヒアルロン酸・プロテオグリカン)を分泌した状態、からなる群から選択される1以上の状態まで、in vitroで培養した細胞を包埋するものである、上記(1−6)に記載の組成物。
(1−8) 前記軟骨組織再生のための細胞が骨髄間葉系幹細胞を含む、上記(1−6)または(1−7)に記載の組成物。
(1−9) 前記組成物を、前記軟骨欠損部の開口部、又は前記軟骨損傷部若しくは軟骨欠損部に形成した穴の開口部が、傾斜している、または、下方を向いている状態の軟骨損傷部に適用した場合に、少なくとも5秒以上損傷部に付着している、上記(1−1)ないし(1−8)のいずれか1つに記載の組成物。
(1−10) 16Gの注射針で軟骨損傷部への適用が可能である、上記(1−1)ないし(1−9)のいずれか1つに記載の組成物。
(1−11) 前記組成物が、軟骨損傷部に適用され、その組成物の表面に架橋剤が適用される、上記(1−1)ないし(1−10)のいずれか1つに記載の組成物。
(1−12) 前記架橋剤が、CaCl2溶液である、上記(1−11)に記載の組成物。
(1−13) 前記軟骨損傷部が、関節軟骨の損傷部である、上記(1−1)ないし(1−12)のいずれか1つに記載の組成物。
(1−14) 前記軟骨の再生が、硝子軟骨の再生を目的とする、上記(1−1)ないし(1−13)のいずれか1つに記載の組成物。
【0014】
また、本発明は、軟骨疾患患者の関節内へ注入投与することで、治療効果を得ることのできる組成物を提供する。
(2−1)低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を有効成分として含有し、関節内に注入投与する、軟骨疾患治療用組成物。
(2−2)低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を有効成分として含有することを特徴とし、関節内に注入投与する、軟骨変性変化抑制用組成物。
(2−3)低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を有効成分として含有することを特徴とし、関節内に注入投与する、軟骨保護用組成物。
(2−4)低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を有効成分として含有することを特徴とし、関節内に注入投与する、軟骨修復用組成物。
(2−5)低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を有効成分として含有することを特徴とし、関節内に注入投与する、関節疼痛抑制用組成物。
(2−6)低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を有効成分として含有することを特徴とし、関節内に注入投与する、関節炎症抑制用組成物。
(2−7)低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を有効成分として含有することを特徴とし、関節内に注入投与する、関節機能改善用組成物。
(2−8)低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を有効成分として含有することを特徴とし、関節内に注入投与する、変形性関節症治療用組成物。
(2−9)低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を有効成分として含有することを特徴とし、関節内に注入投与する、肩関節周囲炎治療用組成物。
(2−10)低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を有効成分として含有することを特徴とし、関節内に注入投与する、関節リウマチにおける関節疼痛抑制用組成物。
(2−11)低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を有効成分として含有することを特徴とし、軟骨疾患に関連する病態を緩和、改善または治癒する効果を有する、関節内注入用組成物。
(2−12)前記の、軟骨疾患に関連する病態を緩和、改善または治癒する効果が、軟骨変性変化の抑制、軟骨の保護、軟骨の修復、関節疼痛の抑制、関節炎症の抑制および関節機能の改善からなる群より選ばれる少なくとも一つである、(2−11)に記載の組成物。
(2−13)前記アルギン酸の1価金属塩がアルギン酸ナトリウムである、上記(2−1)ないし(2−12)のいずれか1つに記載の組成物。
(2−14)前記アルギン酸ナトリウムは、ゲルろ過クロマトグラフィーにおける重量平均分子量が50万以上であるアルギン酸ナトリウムである、上記(2−13)に記載の組成物。
(2−15)ゲルろ過クロマトグラフィーにおける重量平均分子量が50万以上である、低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムを有効成分として含有することを特徴とし、関節内に注入投与する、軟骨疾患治療用組成物。
【0015】
さらに、本発明は、次の軟骨損傷部の治療方法および該治療方法に用いる組成物を提供する。
(3−1) 低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を含有し、粘度が400mPa・s〜20000mPa・sの、流動性を有する組成物を軟骨損傷部に適用する、軟骨損傷部の治療方法。
(3−2) 前記アルギン酸の1価金属塩を含有する組成物を軟骨損傷部に適用し、その組成物の表面に架橋剤を適用し硬化させる、上記(3−1)に記載の方法。
(3−3) 前記アルギン酸の1価金属塩を含有する組成物に、軟骨組織再生のための細胞を包埋して、軟骨損傷部に適用する、上記(3−1)または(3−2)に記載の方法。
(3−4) 前記アルギン酸の1価金属塩を含有する組成物に、軟骨組織再生のための細胞を包埋し、a)細胞数が1×106個/mL以上の状態、b)サフラニンO染色またはH−E染色により硝子様軟骨組織が検出される、c)抗コラーゲンII抗体、または遺伝子解析により、タイプII型コラーゲンが検出される、d)抗アグリカン抗体、または遺伝子解析によりアグリカンが検出される、e)細胞外マトリックス(コラーゲン・ヒアルロン酸・プロテオグリカン)を分泌した状態、からなる群から選択される1以上の状態まで、in vitroで培養した後に、軟骨損傷部に適用する、上記(3−1)ないし(3−3)のいずれか1つに記載の方法。
(3−5) 前記架橋剤がCaCl2溶液である、上記(3−2)ないし(3−4)のいずれか1つに記載の方法。
(3−6) 前記軟骨損傷部への適用が、a)軟骨欠損部への適用、b)前記軟骨損傷部または軟骨欠損部に、さらに1以上の穴を形成し、該形成した穴への適用、のいずれかである、上記(3−1)ないし(3−5)のいずれか1つに記載の方法。
(3−7) 低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を含有し、粘度が400mPa・s〜20000mPa・sの、流動性を有する、上記(3−1)ないし(3−6)のいずれか1つの方法に用いることを特徴とする組成物。
(3−8) アルギン酸の1価金属塩を含有する組成物が、軟骨組織再生のための細胞を含有する、上記(3−7)に記載の組成物。
(3−9) 前記アルギン酸の1価金属塩が、アルギン酸ナトリウムである、上記(3−7)または(3−8)に記載の組成物。
(3−10) 実質的に炎症、または発熱を惹起しない程度にまでエンドトキシンレベルを低下させたアルギン酸の1価金属塩を含有し、粘度が400mPa・s〜20000mPa・sの、流動性を有し、関節鏡下、事前に、洗浄し、乾燥させた軟骨損傷部の適用部位である患部の空洞容積を十分に満たすように適用され、その適用された組成物の表面にCaCl2溶液が適用され、その後、その適用された組成物の表面に残存するCaCl2溶液を除去し、該組成物を患部で硬化させて用いられることを特徴とする、軟骨損傷部の治療用組成物。
【0016】
さらに、本発明は、軟骨疾患およびそれに関連する病態の治療方法を提供する。
(4−1)低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を有効成分として含有することを特徴とする組成物を、関節内に注入投与する、軟骨疾患治療方法。
(4−2)低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を有効成分として含有することを特徴とする組成物を、関節内に注入投与する、軟骨変性変化抑制方法。
(4−3)低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を有効成分として含有することを特徴とする組成物を、関節内に注入投与する、軟骨保護方法。
(4−4)低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を有効成分として含有することを特徴とする組成物を、関節内に注入投与する、軟骨修復方法。
(4−5)低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を有効成分として含有することを特徴とする組成物を、関節内に注入投与する、関節疼痛抑制方法。
(4−6)低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を有効成分として含有することを特徴とする組成物を、関節内に注入投与する、関節炎症抑制方法。
(4−7)低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を有効成分として含有することを特徴とする組成物を、関節内に注入投与する、関節機能改善方法。
(4−8)低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を有効成分として含有することを特徴とする組成物を、関節内に注入投与する、変形性関節症治療方法。
(4−9)低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を有効成分として含有することを特徴とする組成物を、関節内に注入投与する、肩関節周囲炎治療方法。
(4−10)低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を有効成分として含有することを特徴とする組成物を、関節内に注入投与する、関節リウマチにおける関節疼痛抑制方法。
(4−11)前記アルギン酸の1価金属塩がアルギン酸ナトリウムである、上記(4−1)ないし(4−10)のいずれか1つに記載の方法。
(4−12)前記アルギン酸ナトリウムは、ゲルろ過クロマトグラフィーにおける重量平均分子量が50万以上であるアルギン酸ナトリウムである、上記(4−11)に記載の方法。
(4−13)ゲルろ過クロマトグラフィーにおける重量平均分子量が50万以上である、低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムを有効成分として含有することを特徴とする組成物を、関節内に注入投与する、軟骨疾患治療方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明の軟骨再生用組成物は、過度の外科的手法を必要とせず、軟骨損傷部に注入可能であるから、施術の手技が簡便である。生体に対しても、軟骨細胞採取、骨膜採取などの過度の負担を与えることなく軟骨再生、特に硝子軟骨再生を効果的に促進させることができる。
本発明の軟骨再生用組成物は、患部でCaイオンと接触させることにより、ゲル硬化性を有する。この性質を利用して、表面を硬化させることにより、患部へ組成物を留めることが可能となる。本発明の組成物に軟骨組織再生のための細胞を包埋させた場合には、硬化させたゲルの中では、細胞が分散して存在しやすい。様々な形態の軟骨損傷部に対して利用が可能であり、様々な適用条件にも、対応が可能である。
本発明の軟骨疾患治療用組成物は、液体状態で関節内に注入することで、広範な軟骨損傷部に対して治療効果を発揮することができる。加齢や外傷、変形性関節症、椎間板損傷、半月板損傷、離断性骨軟骨炎等において見られる軟骨損傷部で軟骨を修復すること、軟骨の変性変化を抑制すること、および、軟骨を保護すること、から選ばれる少なくとも一つの効果を発揮する。
また、本発明の軟骨疾患治療用組成物は、関節の炎症および炎症に伴う疼痛を抑制する効果を有する。変形性関節症、肩関節周囲炎、関節リウマチ等における関節の炎症反応を抑制し、鎮痛作用を発揮する。
本発明の軟骨疾患治療用組成物は、軟骨の機械的損傷に対し修復・保護・変性抑制効果を発揮するとともに、関節組織での炎症反応および疼痛を抑制することで、軟骨疾患の進行を抑え、症状を緩和しあるいは治癒することができる。特に、変形性関節症の治療、肩関節周囲炎の治療、関節リウマチにおける関節痛の緩和に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】各CaCl2溶液の濃度に対する細胞の生存率を示すグラフである(実施例4)。
【図2】精製と食品グレードの各アルギン酸ビーズ中での細胞生存率の比較結果を示すグラフである(実施例5)。
【図3】実施例6のIn Vitroにおける培養でのRT-PCR解析の結果を示すグラフである。
【図4】実施例6のIn Vitroにおける培養での染色の結果を示す写真である。(A)精製アルギン酸ナトリウム 培養21日(B)精製アルギン酸ナトリウム 培養28日(C)食品グレードアルギン酸ナトリウム 培養21日(D)食品グレードアルギン酸ナトリウム 培養28日。左から順に、H−E、サフラニン−O、抗タイプI、抗タイプII、抗タイプXの抗コラーゲン抗体による染色である。
【図5】実施例7のうさぎ軟骨修復モデルにおける施術時の様子を示す写真である。
【図6】実施例7のうさぎ軟骨修復モデルにおける全体観察のスコア基準を示す図である。
【図7】実施例7のうさぎ軟骨修復モデルにおける染色のスコア基準を示す図である。
【図8】実施例7のうさぎ軟骨修復モデルにおける、A)コントロール群(empty)の組織の染色写真である。(A)は4週後、(B)は12週後を示す。左から順に、H−E染色、サフラニンO染色、タイプIコラーゲン、タイプIIコラーゲン免疫染色の結果である。
【図9】実施例7のうさぎ軟骨修復モデルにおける、C)食品グレードアルギン酸+細胞あり群の染色写真である。(A)は4週後、(B)は12週後、染色方法については図8と同様である。
【図10】実施例7のうさぎ軟骨修復モデルにおける、D)精製アルギン酸群(細胞なし)の染色写真である。(A)は4週後、(B)は12週後、染色方法については図8と同様である。
【図11】実施例7のうさぎ軟骨修復モデルにおける、E)精製アルギン酸+細胞あり群の染色写真である。(A)は4週後、(B)は12週後、染色方法については図8と同様である。
【図12】実施例7のうさぎ軟骨修復モデルにおける全体観察および染色のスコア結果を示す図である。
【図13】実施例7のうさぎ軟骨修復モデルにおける、精製アルギン酸群の、D)群、E)群についての機械的強度測定の結果を示す図である。
【図14】実施例8のCadaverモデルの実験の様子を示す写真である。
【図15】各種アルギン酸ナトリウムの濃度(%)と付着時間(秒)の関係を示すグラフである。
【図16】アルギン酸ナトリウム水溶液の粘度(mPa・s)と付着時間(秒)の関係を示すグラフである。
【図17】実施例12のウサギ変形性関節症モデルにおける膝関節の外観を示す写真である。
【図18】実施例12のウサギ変形性関節症モデルにおける膝関節組織の染色写真である。
【図19】実施例13のウサギ変形性関節症モデルにおける膝関節について、india ink染色後の外観を示す写真である。図中、丸で囲まれた部分は、india inkにより着色した軟骨損傷部と正常軟骨の境目を示している。A)コントロール群、B)1%ヒアルロン酸ナトリウム投与群、C)2%アルギン酸ナトリウム投与群(分子量40万)、D)2%アルギン酸ナトリウム投与群(分子量100万)、E)2%アルギン酸ナトリウム投与群(分子量170万)である。なお、写真は複数標本のうちの一例である。
【図20】実施例13のウサギ変形性関節症モデルにおける、india ink染色による膝関節の肉眼的所見をスコア化した結果である。NS,HA,AL40,AL100およびAL170はそれぞれ、A)〜E)(図19と同じ)に対応する。grade 1は、india inkによる染色および無傷の表面(no uptake of India ink, indicating intact surface)を示す。grade 2は、india inkによる局所的な染色および表面に軽い損傷があること(minimal forcal uptake of India ink, maild surface irregurality)を示す。grade 3は、india inkによる大きくくっきりとした染色および明白なフィブリル化(evident large forcal dark patches of India ink, overt fibrillation)を示す。grade 4aは、2mm未満の軟骨損傷(erosion of cartilage <2 mm)を示す。grade 4bは、2mm-5mmの軟骨損傷(erosion of cartilage 2-5mm)を示す。grade 4cは、5mmを超える軟骨損傷(erosion of cartilage >5mm)を示す。
【図21】実施例13のウサギ変形性関節症モデルにおける、膝関節組織のサフラニン−O染色写真である。A)〜E)は図19と同じ。なお、写真は複数標本のうちの一例である。
【図22】実施例13のウサギ変形性関節症モデルにおける、病理組織総合評価をスコア化した結果である。NS,HA,AL40,AL100およびAL170はそれぞれ、A)〜E)(図19と同じ)に対応する。
【図23】実施例15のラット実験的関節炎疼痛モデルにおける、歩行状態スコアの経時的変化を示す図である。A)コントロール群(NS)、B)1%ヒアルロン酸ナトリウム投与群(1%HA)、C)2%アルギン酸ナトリウム投与群(分子量100万)(2%AL100)、D)1%アルギン酸ナトリウム投与群(分子量170万)(1%AL170)、E)2%アルギン酸ナトリウム投与群(分子量170万)(2%AL170)である。*:p<0.05 vs NS。
【0019】
[配列表フリーテキスト]
配列番号1:合成DNA
配列番号2:合成DNA
配列番号3:合成DNA
配列番号4:合成DNA
配列番号5:合成DNA
配列番号6:合成DNA
配列番号7:合成DNA
配列番号8:合成DNA
配列番号9:合成DNA
配列番号10:合成DNA
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を詳細に説明するが、以下の実施の形態は本発明を説明するための例示であり、本発明はその要旨を逸脱しない限りさまざまな形態で実施することができる。
【0021】
1.概要
「軟骨」は、関節、胸郭壁、椎間板、半月板や、喉頭、気道、耳などの管状構造にみられ、硝子軟骨、弾性軟骨、線維軟骨の3種に分類できる。例えば、関節軟骨は硝子軟骨であり、軟骨細胞、コラーゲン性の細胞外マトリックス、プロテオグリカンおよび水からなり、血管が分布していない。硝子軟骨は、タイプIIコラーゲンに富み、抗タイプIIコラーゲン抗体により染色される、プロテオグリカンを染色するサフラニン−O染色で赤色に染色される、などの特徴を有する。「軟骨損傷」とは、加齢や外傷、その他様々な要因によって、軟骨が障害を受けている状態をいい、例えば、何らかの要因で、軟骨の独特の粘弾性(荷重がかかるとゆっくりと縮んで,荷重がとれるとゆっくりと元に戻る)が低下し、可動性を保ちながら荷重を支えることに支障をきたすなど、軟骨の機能が低下した状態を含む。変形性関節症、関節リウマチなどの疾患においても、軟骨損傷が見られる。本発明は、この軟骨損傷部に適用することのできる軟骨再生のための硬化性組成物に関する。「軟骨欠損部」は、軟骨損傷部のうち、その一部が欠けてなくなっている部分をいい、軟骨組織の空洞部ならびに該空洞部を形成する周りの組織のことをいう。本発明の組成物は、「軟骨欠損部」の治療に、好ましく用いられる。
【0022】
より具体的には、本発明は、軟骨損傷部に適用する軟骨再生用組成物であって、実質的に炎症、または発熱を惹起しない程度にまでエンドトキシンレベルを低下させたアルギン酸の1価金属塩を含有し、粘度が400mPa・s〜20000mPa・sである。
このため、本発明の組成物は、患部での軟骨再生を効果的に促進させることができ、また、軟骨損傷部への付着性が良く、しかも、シリンジ等で適用できるので、軟骨損傷部に適用し易い。
【0023】
本発明において、「軟骨再生」または「軟骨組織再生」とは、機能障害や機能不全に陥った軟骨損傷部の、機能の再生をはかることをいう。本発明において、機能の再生は、必ずしも完全な機能の再生を必要とせず、本組成物適用前の軟骨損傷部の状態と比較して、その機能が回復していればよい。損傷を受ける前の正常な軟骨の状態を100%、本組成物適用前の軟骨損傷部の状態を0%とした場合に、その30%以上が再生していることが好ましく、より好ましくは50%以上、さらに好ましくは80%以上、とりわけ好ましくは、ほぼ損傷前の状態にまで回復させることが望ましい。好ましくは、再生軟骨中に硝子軟骨以外の軟骨、例えば線維軟骨等の生じる割合が少ないことが望ましい。また、「軟骨損傷部の治療」または「軟骨欠損部の治療」とは、加齢や外傷、変形性関節症、椎間板損傷、半月板損傷、離断性骨軟骨炎等において見られる軟骨損傷部や軟骨欠損部で軟骨を再生させることにより、これらの症状を緩和しあるいは治癒することをいう。
【0024】
また、「軟骨損傷部に適用する」とは、軟骨再生用組成物等を軟骨損傷部に接触させるように使用することを指し、好ましくは、軟骨欠損部に対して、本発明の組成物を注入し、該欠損部を埋めるように使用する。あるいは、軟骨損傷部、好ましくは、軟骨欠損部にさらに1以上の比較的小さい穴を形成し、その穴に対して、本発明の組成物を注入し、穴を埋めるように使用してもよい。軟骨損傷部への適用は、患部の空洞容積を十分に満たすように注入されるのが望ましい。患部は、本組成物を適用する前に、必要な前処置を施されるのが望ましく、必要ならば患部を洗浄する。「患部を洗浄する」とは、例えば、生理食塩水などを用いて、本発明の組成物を適用しようとする部位の、血液成分、その他不要な組織などを取り除くことをいう。患部は洗浄後、残存する不要の液体成分などをふき取る等により乾燥させた後に、本発明の組成物を適用するのが望ましい。
【0025】
本発明において、「軟骨疾患」とは、軟骨、軟骨組織および/または関節組織(滑膜、関節包、軟骨下骨など)が機械的刺激や炎症反応により傷害されることにより生じる疾患をいう。「軟骨疾患治療」とは、機械的刺激や炎症反応により傷害された組織の各種病態を緩和し、改善し、および/または治癒することをいう。たとえば、変形性関節症においては、関節軟骨の磨耗、軟骨組織の変性、滑膜の炎症、炎症に伴う疼痛などの病態が複合的に発生する。一方で、肩関節周囲炎では、滑膜や関節包の炎症とそれに伴う疼痛が主であり、軟骨の磨耗や変性は認めないこともある。関節リウマチは、未だにその発症メカニズムは解明されていないが、自己免疫反応による炎症性サイトカインにより、滑膜組織や軟骨組織が破壊されると考えられている。このように、軟骨疾患は、複合的な病態を呈する疾患であり、その治療薬は、軟骨を磨耗より保護する効果、磨耗や炎症による軟骨の変性変化を抑制する効果、軟骨損傷部を修復させる効果、炎症や疼痛を抑制する効果など、複合的な効果を併せ持つことが求められる。本発明の、「低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を含有する組成物」は、軟骨を機械的刺激より保護する効果、磨耗や炎症による軟骨の変性変化を抑制する効果、軟骨損傷部を修復させる効果、および、関節組織の炎症や疼痛を抑制する効果を併せもつ。これにより、軟骨疾患の進行を抑え、症状を緩和し、改善し、および/または治癒することができる。特に、変形性関節症の治療、肩関節周囲炎の治療、関節リウマチにおける関節痛の緩和に有用である。
【0026】
また、「関節内に注入投与する」とは、流動性を有する液状の組成物を、関節腔内、滑液包内、腱鞘内などに、注入することをいう。変形性関節症の治療に用いる場合は、組成物を関節腔内に注入して適用することが好ましい。なお、変形性関節症は膝、肩、股、腰、足首、手首、指などの体の各関節に発生しうるが、本発明の組成物はいずれの関節にも適用しうる。
【0027】
2.アルギン酸の1価金属塩
本発明の軟骨再生用又は軟骨疾患治療用組成物に含有させる「アルギン酸の1価金属塩」は、アルギン酸の6位のカルボン酸の水素原子を、Na+やK+などの1価金属イオンとイオン交換することでつくられる水溶性の塩である。アルギン酸の1価金属塩としては、具体的には、アルギン酸ナトリウム、アルギン酸カリウムなどを挙げることができるが、特には、市販品により入手可能なアルギン酸ナトリウムが好ましい。アルギン酸の1価金属塩の溶液は、架橋剤と混合したときにゲルを形成する。
【0028】
本発明に用いる「アルギン酸」は、生分解性の高分子多糖類であって、D−マンヌロン酸(M)とL−グルロン酸(G)という2種類のウロン酸が直鎖状に重合したポリマーである。より具体的には、D−マンヌロン酸のホモポリマー画分(MM画分)、L−グルロン酸のホモポリマー画分(GG画分)、及びD−マンヌロン酸とL−グルロン酸がランダムに配列した画分(MG画分)が任意に結合したブロック共重合体である。アルギン酸のD−マンヌロン酸とL−グルロン酸の構成比(M/G比)は、主に海藻等の由来となる生物の種類によって異なり、また、その生物の生育場所や季節による影響を受け、M/G比が約0.4の高G型からM/G比が約5の高M型まで高範囲にわたる。
【0029】
アルギン酸の1価金属塩は高分子多糖類であり、分子量を正確に定めることは困難であるが、一般的に重量平均分子量で1万〜1000万、好ましくは5万〜300万の範囲である。分子量が低いと、軟骨損傷部における軟骨再生効果、特に硝子軟骨再生効果に劣るため、本発明に用いるアルギン酸の1価金属塩は、重量平均分子量が50万以上であることが好ましい。特に、重量平均分子量が50万以上の高分子量のアルギン酸ナトリウムは、包埋細胞がない状態でも硝子軟骨を再生させるという驚くべき効果を有し、軟骨再生用組成物として用いるのに適している。また、この軟骨再生効果は、軟骨疾患における軟骨損傷部の修復にも有利に寄与するため、軟骨疾患治療用組成物として用いるのに適している。実際に、ウサギOAモデルにおいて、低分子量のアルギン酸より高分子量のアルギン酸において、優れた治療効果が認められた。ゲルろ過クロマトグラフィーにおける重量平均分子量が100万および170万のアルギン酸ナトリウムは、分子量が41万のアルギン酸ナトリウムに比べ、軟骨変性変化抑制効果、軟骨保護効果、および軟骨修復効果に優れていた。通常、高分子多糖類の分子量をゲルろ過クロマトグラフィーにより算出する場合、10〜20%の測定誤差を生じうる。例えば、40万であれば32〜48万、50万であれば40〜60万、100万であれば80〜120万程度の範囲で値の変動が生じうる。したがって、アルギン酸の1価金属塩について、軟骨への効果が特に優れている好適な重量平均分子量範囲は、少なくとも50万以上、より好ましくは65万以上、さらに好ましくは80万以上である。分子量が高すぎるものは製造が困難であるとともに、水溶液とする際に粘度が高くなりすぎる、溶解性が低下するなどの問題を生じるため、重量平均分子量が500万以下であることが好ましく、より好ましくは300万以下である。
【0030】
一般に天然物由来の高分子物質は、単一の分子量を持つのではなく、種々の分子量を持つ分子の集合体であるため、ある一定の幅を持った分子量分布として測定される。代表的な測定手法はゲルろ過クロマトグラフィーである。ゲルろ過クロマトグラフィーにより得られる分子量分布の代表的な情報としては、重量平均分子量(Mw)、数平均分子量(Mn)、分散比(Mw/ Mn)が挙げられる。
分子量の大きい高分子の平均分子量への寄与を重視したのが重量平均分子量であり、下記式で表される。
Mw = Σ(WiMi) / W =Σ(HiMi) /Σ(Hi)
数平均分子量は、高分子の総重量を高分子の総数で除して算出される。
Mn = W /ΣNi = Σ(MiNi) /ΣNi =Σ(Hi) /Σ(Hi/Mi)
ここで、W は高分子の総重量、Wiはi番目の高分子の重量、Miはi番目の溶出時間における分子量、Niは分子量Miの個数、Hiはi番目の溶出時間における高さである。
軟骨損傷部における軟骨再生効果(特に硝子軟骨再生効果)、軟骨疾患治療における軟骨修復効果、軟骨変性変化抑制効果、および/または軟骨保護効果は、分子量の大きい分子種の寄与が大きいと考えられるため、分子量の指標としては重量平均分子量を用いればよい。
【0031】
天然物由来の高分子物質の分子量測定では、測定方法により値に違いが生じうることが知られている(ヒアルロン酸の例:Chikako YOMOTA et.al. Bull.Natl.Health Sci., Vol.117, pp135-139(1999)、Chikako YOMOTA et.al. Bull.Natl.Inst. Health Sci., Vol.121, pp30-33(2003))。アルギン酸塩の分子量測定については、固有粘度(Intrinsic viscosity)から算出する方法、SEC-MALLS(Size Exclusion Chromatography with Multiple Angle Laser Light Scattering Detection)により算出する方法が記載された文献がある(ASTM F2064-00 (2006), ASTM International発行)。なお、当該文献では、サイズ排除クロマトグラフィー(=ゲルろ過クロマトグラフィー)により分子量を測定するにあたっては、プルランを標準物質として用いた較正曲線により算出するだけでは不十分とし、多角度光散乱検出器(MALLS)を併用すること(=SEC-MALLSによる測定)を推奨している。また、SEC-MALLSによる分子量を、アルギン酸塩のカタログ上の規格値として用いている例もある(FMC Biopolymer社、PRONOVATMsodium alginates catalogue)。
【0032】
本発明者らは、分子量の異なるアルギン酸ナトリウムについて、OAモデル等で治療効果に差があることを見出しており、それらのアルギン酸について、ゲルろ過クロマトグラフィーによる分子量測定と、SEC-MALLSによる分子量測定を行った。その結果、ゲルろ過クロマトグラフィーによる分子量のほうが、アルギン酸塩の粘度や治療効果との関連性が高いことがわかった。すなわち、軟骨再生用または軟骨疾患治療用組成物に用いるアルギン酸塩の、好適な分子量範囲を特定するパラメーターとしては、一般に推奨されているSEC-MALLSによる測定より、ゲルろ過クロマトグラフィーによる分子量が適していることを新たに見出した。したがって、本明細書中においてアルギン酸塩の分子量を特定する場合は、特段のことわりがない限り、ゲルろ過クロマトグラフィーにより算出される重量平均分子量である。
【0033】
ゲルろ過クロマトグラフィーの好適な条件は実施例に準ずる。代表的な条件としては、プルランを標準物質とした較正曲線を用いることが挙げられる。標準物質として用いるプルランの分子量としては、少なくとも160万、78.8万、40.4万、21.2万および11.2万のものを標準物質として用いることが好ましい。その他、溶離液(200mM硝酸ナトリウム溶液)、カラム条件などを特定できる。カラム条件としては、ポリメタクリレート樹脂系充填剤を用い、排除限界分子量1000万以上のカラムを少なくとも1本用いることが好ましい。代表的なカラムは、TSKgel GMPWx1(直径7.8mm×300mm)(東ソー株式会社製)である。
【0034】
アルギン酸の1価金属塩は、褐藻類から抽出された当初は、分子量が大きく、粘度が高めだが、熱による乾燥、凍結乾燥、精製などの過程で、分子量が小さくなり、粘度は低めとなる。したがって、製造の各工程において適切な温度管理をすることにより、分子量の異なるアルギン酸の1価金属塩を製造することができる。製造の各工程における温度が低めとなるよう管理することで分子量の大きいアルギン酸の1価金属塩が得られ、温度が高くなるほど分子量の小さいアルギン酸の1価金属塩が得られる。また、原料とする褐藻類を適宜選択する、あるいは、製造工程において、分子量による分画を行う、などの手法によっても、分子量の異なるアルギン酸の1価金属塩を製造することができる。さらに、各手法で製造したアルギン酸の1価金属塩について、分子量あるいは粘度を測定した後、異なる分子量あるいは粘度を持つ別ロットのアルギン酸の1価金属塩と混合することにより、目的とする分子量を有するアルギン酸の1価金属塩とすることも可能である。
【0035】
本発明に用いるアルギン酸は、天然由来でも合成物であってもよいが、天然由来であるのが好ましい。天然由来のアルギン酸としては、例えば、褐藻類から抽出されるものを挙げることができる。アルギン酸を含有する褐藻類は世界中の沿岸域に繁茂しているが、実際にアルギン酸原料として使用できる海藻は限られており、南米のレッソニア、北米のマクロシスティス、欧州のラミナリアやアスコフィラム、豪のダービリアなどが代表的なものである。アルギン酸の原料となる褐藻類としては、例えば、レッソニア(Lessonia)属、マクロシスティス(Macrocystis)属、ラミナリア(Laminaria)属(コンブ属)、アスコフィラム(Ascophyllum)属、ダービリア(Durvillea)属、アラメ(Eisenia)属、カジメ(Ecklonia)属などがあげられる。
【0036】
3.低エンドトキシン処理
本発明の軟骨再生用又は軟骨疾患治療用組成物に含有されるアルギン酸の1価金属塩は、低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩である。低エンドトキシンとは、実質的に炎症、または発熱を惹起しない程度にまでエンドトキシンレベルを低下させたものである。すなわち、低エンドトキシン処理に供されたものである。驚くべきことに、低エンドトキシン処理することで、組成物を軟骨損傷部に適用したときに、軟骨再生作用をより高めることができる上に、軟骨下骨の再生が促進され、患部の機械的強度を高めることもできることが分かった。すなわち、本発明の組成物において低エンドトキシンアルギン酸を用いることにより、周囲の軟骨における変性や炎症反応が少なく、生体親和性の高い組成物とすることができる。
【0037】
低エンドトキシン処理は、公知の方法またはそれに準じる方法によって行うことができる。例えば、ヒアルロン酸ナトリウムを精製する、菅らの方法(例えば、特開平9-324001号公報など参照)、β1,3-グルカンを精製する、吉田らの方法(例えば、特開平8-269102号公報など参照)、アルギネート、ゲランガム等の生体高分子塩を精製する、ウィリアムらの方法(例えば、特表2002-530440号公報など参照)、ポリサッカライドを精製する、ジェームスらの方法(例えば、国際公開第93/13136号パンフレットなど参照)、ルイスらの方法(例えば、米国特許第5589591号明細書など参照)、アルギネートを精製する、ハーマンフランクらの方法(例えば、Appl Microbiol Biotechnol (1994)40:638-643など参照)等またはこれらに準じる方法によって実施することができる。本発明の低エンドトキシン処理は、それらに限らず、洗浄、フィルター(エンドトキシン除去フィルターや帯電したフィルターなど)によるろ過、限外ろ過、カラム(エンドトキシン吸着アフィニティーカラム、ゲルろ過カラム、イオン交換樹脂によるカラムなど)を用いた精製、疎水性物質、樹脂または活性炭などへの吸着、有機溶媒処理(有機溶媒による抽出、有機溶剤添加による析出・沈降など)、界面活性剤処理(例えば、特開2005-036036号公報など参照)など公知の方法によって、あるいはこれらを適宜組合せて実施することができる。これらの処理の工程に、遠心分離など公知の方法を適宜組み合わせてもよい。アルギン酸の種類に合わせて適宜選択するのが望ましい。
【0038】
エンドトキシンレベルは、公知の方法で確認することができ、例えば、リムルス試薬(LAL)による方法、エントスペシー(登録商標)ES-24Sセット(生化学工業株式会社)を用いる方法などによって測定することができる。本発明の組成物に含有されるアルギン酸のエンドトキシンの処理方法は特に限定されないが、その結果として、アルギン酸の1価金属塩のエンドトキシン含有量が、リムルス試薬(LAL)によるエンドトキシン測定を行った場合に、500エンドトキシン単位(EU)/g以下であること好ましく、さらに好ましくは、100EU/g以下、とりわけ好ましくは50EU/g以下、特には30EU/g以下である。低エンドトキシン処理されたアルギン酸ナトリウムは、例えば、Sea Matrix(滅菌)((株)キミカ−(株)持田インターナショナル)、PRONOVA TM UP LVG(FMC)など市販品により入手可能である。
【0039】
4.アルギン酸の1価金属塩の溶液の調製
本発明の軟骨再生用又は軟骨疾患治療用組成物は、アルギン酸の1価金属塩の溶液を用いて調製してもよい。アルギン酸の1価金属塩の溶液は、公知の方法またはそれに準じる方法により調製することができる。すなわち、本発明で用いられるアルギン酸の1価金属塩は、前述の褐藻類を用いて、酸法、カルシウム法など公知の方法により製造することができる。具体的には、例えば、これらの褐藻類から、炭酸ナトリウム水溶液などのアルカリ水溶液を用いて抽出した後、酸(例えば、塩酸、硫酸など)を添加することによってアルギン酸を得ることができ、アルギン酸のイオン交換によりアルギン酸の塩を得ることができる。前述のとおり、低エンドトキシン処理を行う。アルギン酸の塩の溶媒は、生体へ適用可能な溶媒であれば特に限定されないが、例えば、精製水、蒸留水、イオン交換水、ミリQ水、生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)などが挙げられる。これらは、滅菌されていることが好ましく、低エンドトキシン処理されたものが好ましい。例えば、ミリQ水をろ過滅菌して用いることができる。本発明の軟骨再生用又は軟骨疾患治療用組成物は、アルギン酸の1価金属塩を上記溶媒に溶解することなく、例えば、細胞を含む培地にアルギン酸の1価金属塩を混和するなどによっても得ることができる。また、本発明の組成物を得るための操作は全てエンドトキシンレベル、および、細菌レベルの低い環境下で行うことが望ましい。例えば、操作はクリーンベンチで、滅菌器具を使用して行うことが好ましく、使用する器具を市販のエンドトキシン除去剤で処理してもよい。
好ましいエンドトキシンレベルを示すまで精製したアルギン酸の1価の塩を用いて、上記のように組成物を作製した場合には、組成物のエンドトキシン含有量は、通常、500EU/g以下であり、さらに好ましくは300EU/g以下、とりわけ好ましくは150EU/g以下である。
【0040】
5.軟骨再生用又は軟骨疾患治療用組成物の粘度
本発明の軟骨再生用組成物の粘度は、本発明の効果が得られれば、特に限定されないが、好ましくは、400mPa・s〜20000mPa・sである。例えば、上記溶媒などを用いて、適度な粘度に調製することができる。このような粘度範囲であれば、軟骨損傷部への付着性が良いし、また、シリンジ等で関節腔内または軟骨損傷部に注入することもできる。また、本発明の軟骨再生用組成物の粘度は、約2000mPa・s以上であれば、軟骨欠損部への付着性がさらに向上し、特に粘度が約5000mPa・s以上であれば、例えば、ヒトの大腿骨関節面の軟骨損傷を関節鏡視下で操作する場合など、軟骨欠損部の開口部側が、下を向いた状態であっても、欠損部に対して本発明の組成物を注入することにより、軟骨損傷面と本発明の組成物を接触させて、固定のない状態で少なくとも1分以上、付着させておくことが可能である。付着している間に、必要があれば、組成物の表面を固定化させることができる。損傷部への付着性は、粘度が上昇するにつれて、さらに向上し、例えば、粘度が10000mPa・sの場合には、粘度が5000mPa・sと比較して、より長時間、固定のない状態で患部に付着させておくことができる。したがって、本発明の組成物は、軟骨欠損部の開口部、又は軟骨損傷部若しくは軟骨欠損部に形成した穴の開口部が、傾斜している、または、下方を向いている状態の軟骨損傷部に適用した場合に、固定手段を付さない状態で、少なくとも5秒以上損傷部に付着することが望ましく、好ましくは10秒以上、より好ましくは30秒以上、とりわけ好ましくは1分以上付着していることが望ましい。本発明の組成物は、粘度を調節することにより、組成物の表面に固定化手段を施すまでの時間を確保することができる。ここで「損傷部に付着する」とは、本発明の組成物が損傷部から脱落しないで、損傷部に留まることを指す。このように、本発明の組成物は、粘度を調節することにより、施術時に患部が下を向くような、施術者にとって治療しにくい体勢であっても、注入という簡便な方法で治療を行うことができるという利点を有する。
【0041】
一方、粘度が約20000mPa・s以下のときに、シリンジ等での注入がより容易になる。例えば、粘度が20000mPa・s程度の場合でもシリンジ等での注入は可能であるが、粘度が高くて注入が困難な場合には、その他の手段を用いて、本発明の組成物を軟骨損傷面に適用してもよい。シリンジ操作のしやすさの点から、本発明の組成物の粘度は、20000mPa・s以下が好ましく、より好ましくは15000mPa・s以下である。従って、軟骨欠損部の開口部、又は軟骨損傷部若しくは軟骨欠損部に形成した穴の開口部が、傾斜している、または、下方を向いている状態の軟骨損傷部への適用に適する本発明の組成物の粘度は、付着性の観点から2000mPa・s程度以上、組成物の取り扱いやすさの観点から、20000mPa・s程度以下であることが望ましく、好ましくは、3000mPa・s〜15000mPa・s、より好ましくは4000mPa・s〜10000mPa・s、とりわけ好ましくは5000mPa・s〜6000mPa・sである。
【0042】
本発明の組成物の粘度が400mPa・s程度以上であれば、軟骨損傷部に適用し、本発明の効果を十分に発揮することができる。例えば、軟骨欠損部の開口部側が上を向いた状態で施術可能な場合には、欠損部に対して本発明の組成物を注入し、軟骨損傷面と本発明の組成物を接触させ、その後、組成物の表面を固定化させることができる。組成物の粘度が低いため、シリンジ等での注入はより容易に行うことができる。例えば、粘度が5000mPa・s程度である場合には、軟骨損傷部に軟骨が残存している場合などに、損傷部に1以上の極めて小さい穴を形成し、損傷部全体に適用することも可能である。
【0043】
本発明の軟骨疾患治療用組成物を関節内に注入する場合の粘度は、軟骨疾患の治療効果が得られれば特に限定はされないが、好ましくは100mPa・s〜20000mPa・sである。好ましくは、200mPa・s〜15000mPa・s、より好ましくは400mPa・s〜10000mPa・s、とりわけ好ましくは1000mPa・s〜6000mPa・sである。適度な粘度とすることで関節液のクッションとしての機能を補う効果も果たすことができ、関節液中に分散した状態で軟骨疾患を治療する効果を発揮することが可能となる。
【0044】
軟骨再生用又は軟骨疾患治療用組成物の粘度は、例えば、アルギン酸の1価金属塩の溶液中のアルギン酸濃度、アルギン酸の分子量等を制御することにより調整することができる。
アルギン酸の1価金属塩の溶液の粘度は、溶液中のアルギン酸濃度が高い場合に高く、溶液中のアルギン酸濃度が低い場合に低くなる。アルギン酸の1価金属塩の溶液中の好ましいアルギン酸濃度は、分子量の影響を受けるので、一概にはいえないが、おおよそ1%w/v〜5%w/v程度であり、さらに好ましくは、1.5%w/v〜3%w/v程度で、とりわけ好ましくは2%w/v〜2.5%w/vである。
【0045】
アルギン酸の1価金属塩は、一定の濃度でも、褐藻類から抽出された当初は、分子量が大きく、粘度が高めだが、熱による乾燥、凍結乾燥、精製などの過程で、分子量が小さくなり、粘度は低めとなる。同じ褐藻類から抽出されたアルギン酸といっても、粘度は常に変動する。また、粘度の測定値は、測定機械、測定条件により変動する。したがって、損傷部への付着性の優れた、エンドトキシンレベルを低減させたアルギン酸の1価金属塩の溶液は、本発明の範囲に含まれる。
【0046】
低い濃度のアルギン酸の1価金属塩の溶液により、患部への付着性に優れる、高い粘度の組成物を得るためには、分子量の高いアルギン酸の1価金属塩を選択することができる。
アルギン酸の1価金属塩の溶液の粘度は、M/G比によって影響を受けるため、例えば、溶液の粘度等により好ましいM/G比を有するアルギン酸を適宜選択することができる。本発明に用いるアルギン酸のM/G比は、約0.4〜4.0であり、好ましくは約0.8〜3.0、より好ましくは約1.0〜1.6である。
【0047】
前述のように、M/G比が主に海藻の種類によって決まることなどから、原料として用いられる褐藻類の種類はアルギン酸の1価金属塩の溶液の粘度に影響を及ぼす。本発明で用いられるアルギン酸としては、好ましくは、レッソニア属、マクロシスティス属、ラミナリア属、アスコフィラム属、ダービリア属の褐藻由来であり、より好ましくはレッソニア属の褐藻由来であり、特に好ましくはレッソニア・ニグレッセンズ(Lessonia nigrescens)由来である。
【0048】
また、組成物の粘度は、アルギン酸の1価金属塩の溶液中の包埋細胞(下記参照)の量などによっても調整することが可能である。本発明の組成物が、細胞を包埋する場合には、本発明の組成物の粘度は、細胞を包埋した後の粘度を想定し、粘度を調節して用いることが望ましい。しかし、実際の臨床の場において、細胞を包埋して使用する場合には、細胞を包埋した後に、粘度を調節する工程を経ることは困難である。したがって、本発明の組成物が、細胞を包埋する場合には、細胞を包埋する前の組成物の粘度を、本発明の組成物の粘度としてもよい。
本発明の組成物の態様の1つとしては、実質的に炎症、または発熱を惹起しない程度にまでエンドトキシンレベルを低下させたアルギン酸の1価金属塩を含有し、粘度を400mPa・s〜20000mPa・sの、流動性を有する組成物に、骨髄間葉系幹細胞及び/又は骨髄間葉系間質細胞を包埋させた軟骨損傷部に適用する軟骨再生用組成物である。
【0049】
6. 包埋細胞
本発明の軟骨再生用又は軟骨疾患治療用組成物は、アルギン酸の1価金属塩を含有する組成物に軟骨組織再生のための細胞を包埋したもの、好ましくは、アルギン酸の1価金属塩の溶液に軟骨組織再生のための細胞を包埋したものとすることができる。本発明における「包埋する」とは、アルギン酸の1価金属塩を含有する組成物、好ましくは、アルギン酸の1価金属塩の溶液に軟骨組織再生のための細胞を懸濁することをいう。これにより、軟骨の再生をより効果的に促進させることができるし、また、本発明の組成物を適用した軟骨の強度をより高めることができる。好ましくは、本発明の組成物中を細胞が分散して存在することが望ましい。そのような細胞としては、例えば、幹細胞、間質細胞などが挙げられ、由来は特に限定されないが、骨髄、脂肪細胞、臍帯血などを挙げることができる。好ましくは、骨髄間葉系幹細胞、または、骨髄間葉系間質細胞である。その他、軟骨前駆細胞、軟骨細胞、滑膜細胞、血球系幹細胞、ES細胞等の細胞を挙げることができ、これらの細胞の一つ以上を包埋したものとすることができる。中でも、「幹細胞」は、自己再性能と多分化能を持った細胞であり、幹細胞を軟骨再生に用いることで、機械的強度や組織学的に優れた軟骨を再生することができる。幹細胞には、胚性幹細胞、骨髄間葉系幹細胞などがあるが、特に、骨髄間葉系幹細胞は、成人の自己組織由来のものを使用できるので、入手し易く、軟骨再生に用いるのに適している。また、骨髄間葉系幹細胞は、骨にも軟骨にも分化することができるので、例えば、損傷が、軟骨に加え骨にも及ぶ場合でも、骨の部位には骨を軟骨の部位には軟骨を再生させることもできる。アルギン酸の1価金属塩の溶液に骨髄間葉系幹細胞を懸濁し、関節内に注入投与することにより、軟骨疾患の治療に使用することができる。したがって、本発明に用いられる細胞は、骨髄間葉系幹細胞の割合が高いことが望ましいが、完全に単離することは困難であるから、本発明の軟骨組織再生のための細胞中、骨髄間葉系幹細胞が30%以上含まれることが好ましく、より好ましくは50%以上、さらに好ましくは70%以上、とりわけ好ましくは90%以上含まれることが望ましい。本発明の組成物の態様の1つは、骨髄間葉系幹細胞及び/または骨髄間葉系間質細胞を軟骨再生または軟骨疾患治療に用いるための組成物である。
【0050】
包埋させる細胞は、自家のもの、あるいは他家のもののいずれを使用しても良いが、特に、拒絶反応を予防できる点で、自家の細胞を採取して使用するのが好ましい。採取した細胞は、細胞培養により増殖させて使用するのが好ましい。この時、細胞を先にアルギン酸の1価金属塩の溶液に包埋し、その状態で培養しても良いし、培養培地で細胞を培養してから後でアルギン酸の1価金属塩の溶液に包埋するようにしても良い。
【0051】
細胞を培養する方法としては、通常の方法にしたがって行うことができ、細胞をアルギン酸の1価金属塩の溶液に包埋した状態で行っても良く、あるいはアルギン酸の1価金属塩の溶液に包埋しない状態で行うこともできる。培養培地は、アルギン酸の1価金属塩の溶液に包埋した細胞、あるいは包埋しない細胞の培養を効率的に行うことができる培地が望ましく、当業者であれば公知の培地から適宜選択することができる。
例えば、培地としては、DMEM培地(Virology), 8巻, 396(1959))、MEM培地(Science, 122巻, 501(1952))、RPMI1640培地(The Journal of the American Medical Association, 199巻, 519(1967))、F12等の培地を用いて、必要であれば血清、アミノ酸、グルコース、抗生物質などを添加することができる。pHは約6〜8であるのが好ましい。培養は、通常、約30℃〜40℃で、5〜120時間、好ましくは5〜100時間程度行う。また、必要に応じて、培地の交換、通気、撹拌を行うこともできる。
【0052】
本発明の1つの態様では、組成物は、軟骨組織再生のための細胞、特に骨髄間葉系幹細胞または、骨髄間葉系間質細胞を、アルギン酸の1価金属塩の溶液と混合したものであり、TGF−βなどの成長因子を含有しない。また、必ずしも、in vitroでこれらの細胞の分化を誘導する必要がない。この場合、例えば、軟骨損傷を持つ患者の腸骨の前縁などから骨髄液を採取し、直ちに、骨髄液から骨髄間葉系幹細胞を取り出し、細胞数が一定以上得られれば、本発明の組成物として、即、患者に適用することが可能である。採取した細胞をin vitroで培養し、分化させるなどの処理する手間がかからないから、施術者にとって大きな利点であり、コストも削減でき、また患者への負担も軽減することができる。
また、骨髄間葉系幹細胞の場合、免疫原性が低いことから他家の細胞を問題なく適用できる点で実用性に優れている。
【0053】
一方、前記細胞を包埋したアルギン酸の1価金属塩の溶液は、軟骨損傷部に適用する前に、a)細胞数が1×106個/mL以上の状態、b)サフラニンO染色またはH−E染色により硝子様軟骨組織が検出される、c)抗コラーゲンII抗体、または遺伝子解析により、タイプII型コラーゲンが検出される、d)抗アグリカン抗体、または遺伝子解析によりアグリカンが検出される、e)細胞外マトリックス(コラーゲン・ヒアルロン酸・プロテオグリカン)を分泌した状態、からなる群から選択されるいずれかの状態まで、in vitroで培養したものを包埋した組成物とすることも可能である。損傷部の状態、患者の状態にあわせて、適宜選択することができる。
【0054】
包埋させる細胞の量としては、特に限定されないが、例えば、1.0×106〜3.0×107細胞/ml、好ましくは、2.0×107〜3.0×107細胞/mlとすることができる。細胞数をこの程度の数にすることで、軟骨の再生をより促進することができる。
【0055】
一方で、施術の手技が簡便で、生体に対しても、軟骨細胞、骨膜採取、骨髄採取などの過度の負担を与えることなく、生体由来や培養工程由来のウイルス等の感染の危険を軽減するためには、細胞を含有しない組成物とすることが好ましい。このような組成物の好適な例は、ゲルろ過クロマトグラフィーにおける重量平均分子量が50万以上である、低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムを含有し、細胞を含有しないことを特徴とする、粘度が400mPa・s〜20000mPa・sの、流動性を有する、軟骨損傷部に適用して患部で硬化させるための軟骨再生用組成物である。また、本発明の軟骨疾患治療用組成物は、低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を有効成分とする組成物であり、アルギン酸自体に軟骨疾患の治療効果があることを見出したことに基づいている。好適な治療用組成物の例は、ゲルろ過クロマトグラフィーにおける重量平均分子量が50万以上である、低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムを有効成分として含有し、細胞を含有しないことを特徴とする、関節内に注入投与する、軟骨疾患治療用組成物であり、従来用いられているヒアルロン酸製剤より優れた治療効果を発揮することができる。
【0056】
7. 組成物表面のゲル化
本発明では、アルギン酸の1価金属塩の溶液を含む組成物を軟骨損傷部に適用し、その組成物の表面に架橋剤を適用するようにしても良い。組成物表面をゲル化して、表面を固めることで、軟骨損傷部から組成物が漏れ出すのを効果的に防ぐことができる。
そのような架橋剤としては、アルギン酸の1価金属塩の溶液を架橋することにより、その表面を固定化することができるものであれば、特に限定されないが、Ca2+、Mg2+、Ba2+、Sr2+などの2価以上の金属イオン化合物、分子内に2〜4個のアミノ基を有する架橋性試薬などが挙げられる。より具体的には、2価以上の金属イオン化合物として、CaCl2、MgCl2、CaSO4、BaCl2等を、分子内に2〜4個のアミノ基を有する架橋性試薬として、窒素原子上にリジル(lysyl)基(-COCH(NH2)-(CH2)4-NH2)を有することもあるジアミノアルカン、すなわちジアミノアルカンおよびそのアミノ基がリジル基で置換されてリジルアミノ基を形成している誘導体が包含され、具体的にはジアミノエタン、ジアミノプロパン、N-(リジル)-ジアミノエタン等を挙げることができるが、入手しやすいこと、ゲルの強度等の理由から、特に、CaCl2溶液とするのが好ましい。
【0057】
組成物表面に2価以上の金属イオンを加える方法としては、特に限定されないが、例えば、シリンジ、噴射器(スプレー)などで、2価以上の金属イオンの溶液を組成物表面にかける方法などを挙げることができる。本発明の組成物の表面に架橋剤を適用するタイミングは、欠損部に本発明の組成物を適用した後でもよいし、同時でもよい。
【0058】
架橋剤の適用量は、本発明の組成物を適用した欠損部の大きさに合わせて適宜調節するのが望ましい。架橋剤は、適用した組成物の表面から徐々に内部に浸透し、架橋が進む。本発明の組成物の、損傷面との接触部分に、架橋剤の影響を強く及ぼさないためには、架橋剤の適用量を過剰にならないよう調節する。2価以上の金属イオンの適用量としては、アルギン酸の1価金属塩を含有する組成物の表面を固めることができる量であれば、特に限定されない。しかし、例えば、100mMのCaCl2溶液を加える場合には、加える量は、好ましくは、直径5mm、深さ2mm程度の欠損の場合には、0.3〜0.6ml程度であり、患部の表面積に比例させて、投与量を決めてもよい。例えば、幅(10mm×20mm)、深さ5mm程度の欠損の場合には、好ましくは、1〜12ml程度、より好ましくは2〜10ml程度である。損傷部の状態を見ながら、適宜増減できる。その適用は、例えば、ゆっくりと数秒〜10数秒、アルギン酸の1価金属塩を含有する組成物の表面にかけ続けることができる。
【0059】
また、時間差、温度差、あるいは生体内のカルシウムイオンとの接触などの環境の変化によりゲル化が進む架橋剤を本発明の組成物に含有させることにより、投与前は液体状態を維持し、生体内への投与後に自己ゲル化する組成物とすることもできる。このような架橋剤としては、グルコン酸カルシウム、CaSO4、アルギン酸カルシウム塩などを挙げることができる。
【0060】
ここで、架橋剤にカルシウムが含まれる場合、カルシウムの濃度が高い方が、ゲル化が早く、また、より硬いゲルを形成することができることが知られている。しかし、カルシウムには細胞毒性があるため、濃度が高すぎると、本発明の軟骨再生用又は軟骨疾患治療用組成物の軟骨再生作用に悪影響を及ぼすおそれもある。そこで、アルギン酸の1価金属塩を含有する組成物の表面を固めるのに、例えばCaCl2溶液を用いる場合には、好ましくは、25mM〜200mM、より好ましくは、50〜100mMの濃度とするのが良い。
【0061】
ここで、例えばアルギン酸ナトリウム溶液をCaCl2溶液中に滴下し、ゲル化して作成したものにアルギン酸ビーズがある。このアルギン酸ビーズに細胞を包埋したものを、軟骨再生に利用することが知られている(例えば、文献2,3参照)。しかし、アルギン酸ビーズは、軟骨欠損部に押し付けて適用する必要があるが、欠損部の大きさにあったものを作成する必要があり、実際の臨床で使うには、技術的に困難である。また、CaCl2溶液を架橋剤として用いた場合、ビーズ表面のCaイオンが軟骨損傷面に接触するため、カルシウムの細胞毒性の問題もある。これに対して、本発明の組成物は、溶液状であるから、いずれの形状の欠損部へも容易に適用することができるし、損傷部の全体を本組成物で覆うことができ、軟骨欠損部への密着性も良い。本組成物の軟骨損傷面に接触する部分は、カルシウム濃度を低く保つことが可能であり、カルシウムの細胞毒性の問題も少ない。本発明の組成物の軟骨損傷部に接触する面は、架橋剤の影響が少ないから、本発明の組成物は、容易に生体の損傷部の細胞や組織にコンタクトできる。本発明の組成物は、損傷部に適用した後、約4週間も経過すれば、適用した部位において識別できなくなるほど生体の組織と融合し、生体への親和性も高い。
【0062】
本発明の組成物を軟骨損傷部に適用する際に、架橋剤により表面をゲル化させ、あるいは全体がゲル化するようあらかじめ架橋剤と混合して適用すると、本発明の組成物は患部で硬化し、適用した軟骨損傷部に密着した状態で局在させることができる。これにより、細胞等を包埋した際に、細胞等の成分を患部に局在させることができる。加えて、本発明の組成物が軟骨損傷部に密着することにより、本発明の組成物の軟骨再生効果、特に硝子軟骨再生効果がより強力に発揮される。
【0063】
8. アルギン酸の1価金属塩含有軟骨再生用又は軟骨疾患治療用組成物の製剤化及び適用
本発明の軟骨再生用又は軟骨疾患治療用組成物は、ヒト又はヒト以外の生物、例えばウシ、サル、トリ、ネコ、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ブタ、イヌ、ウサギ、ヒツジ、ウマなどの非ヒト哺乳動物の軟骨損傷部に適用し、軟骨の再生を促進するため、または関節内に注入投与し、軟骨疾患の治療を行うために用いられる。
【0064】
本発明の軟骨再生用又は軟骨疾患治療用組成物の形態は、好ましくは流動性のある液体状、すなわち、溶液状である。本発明において「流動性を有する」とは、その形態を不定形に変化させる性質を持つことを意味し、例えば溶液のように、常に流れ動く性質を持つことを必要としない。好ましくは、例えば、組成物をシリンジなどに封入し、患部へ注入することができるような流動性を有することが望ましい。溶液状である本発明の組成物は、シリンジ、ゲル用ピペット、専用注射器などで軟骨損傷部または関節内に容易に適用することができる。また、いずれの形状の損傷部、あるいは欠損部の形状にも適合し、欠損部全体を充填あるいは全体に接触することもできる。
【0065】
本発明の軟骨再生用組成物は、例えば、硝子軟骨である関節軟骨の軟骨欠損部において優れた軟骨再生作用を示す。また、本発明の軟骨疾患治療用組成物は、変形性関節症などの軟骨疾患において、軟骨の修復効果、軟骨変性変化の抑制効果、軟骨保護効果、関節組織の炎症を抑制する効果、および/または関節組織の炎症による疼痛を抑制する効果を有し、軟骨疾患の治療効果を発揮する。
【0066】
本発明の軟骨再生用組成物の態様の1つは、硝子軟骨再生のための組成物である。硝子軟骨再生とは、線維軟骨に比べ硝子軟骨の比率が高い軟骨が再生されることを目的とするものであり、II型コラーゲンやプロテオグリカンに富む軟骨組織が再生されることを意図するものである。
【0067】
また本発明の軟骨疾患治療組成物の態様の1つは、変形性関節症治療用組成物である。変形性関節症のように、軟骨損傷が関節軟骨の広範にわたる場合、または、明らかな軟骨欠損は生じていないものの、軟骨表面の平滑さが乱れ変性変化が始まっているような、比較的初期の変形性関節症によく見られるタイプの軟骨損傷を治療したい場合には、本発明の組成物を関節腔内に注入し、関節液内にいきわたらせるように適用することが好ましい。アルギン酸の1価金属塩が軟骨損傷部に接触することで、軟骨損傷部における関節の修復を促進し、炎症や磨耗による軟骨の変性変化を抑制し、軟骨を保護する。また、有効成分であるアルギン酸の1価金属塩が関節液内にいきわたることにより、滑膜組織を含めた周辺組織の炎症反応を抑制し、疼痛を抑制する効果を発揮する。同時に、関節液内にアルギン酸の1価金属塩が存在することで、クッションおよび潤滑油としての関節液の機能を補う役割を果たす。
【0068】
本発明の軟骨疾患治療組成物の別の態様の1つは、肩関節周囲炎治療用組成物である。肩関節周囲炎では、滑膜や関節包の炎症とそれに伴う疼痛が主であり、軟骨の磨耗や変性は認めないこともある。アルギン酸の1価金属塩は、滑膜組織を含めた周辺組織の炎症反応を抑制し、疼痛を抑制する効果を発揮するため、本発明の組成物を肩関節腔内、肩峰下滑液包内、または上腕二頭筋長頭腱腱鞘内などに投与することで、肩関節周囲炎を治療することができる。
【0069】
本発明の軟骨疾患治療組成物の別の態様の1つは、関節疼痛抑制用組成物である。関節疼痛は、上述のような変形性関節症、肩関節周囲炎等のほか、関節リウマチにおいてしばしば問題となる。本発明の好ましい態様の一つは、関節リウマチにおける関節疼痛の治療用組成物であり、特に好ましくは、慢性関節リウマチにおける膝関節疼痛抑制用組成物である。関節リウマチは、未だにその発症メカニズムは解明されていないが、自己免疫反応による炎症性サイトカインにより、滑膜組織や軟骨組織が破壊されると考えられている。アルギン酸の1価金属塩は、滑膜組織を含めた周辺組織の炎症反応を抑制し、疼痛を抑制する効果を発揮するため、本発明の組成物を、関節リウマチを罹患した関節内に投与することで、炎症反応とそれに伴う疼痛を抑制することができる。一方で、関節リウマチの根本的な治療のためには、自己免疫反応を抑制することが必要であり、アルギン酸の1価金属塩が関節リウマチの患部において免疫抑制的な作用を有するかどうかは現在のところ解明されていない。
【0070】
本発明の軟骨疾患治療組成物の別の態様の1つは、軟骨疾患に伴う各種病態を緩和し、改善し、および/または治癒する組成物である。軟骨疾患では、軟骨、軟骨組織および/または関節組織(滑膜、関節包、軟骨下骨など)が機械的刺激や炎症反応により傷害され、関節軟骨の磨耗、機械的刺激や炎症反応による軟骨組織の変性変化、滑膜など関節組織の炎症、炎症に伴う関節疼痛などの病態が複合的に発生する。本発明の組成物は、低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を有効成分として含有し、軟骨を機械的刺激より保護する効果、磨耗や炎症による軟骨の変性変化を抑制する効果、軟骨損傷部を修復させる効果、および、関節組織の炎症や疼痛を抑制する効果を併せもつ。これにより、軟骨疾患の進行を抑え、症状を緩和し、改善し、および/または治癒することができる。また、本発明の軟骨疾患治療組成物は、これらの病態の緩緩和、改善、および/または治癒を通して、関節機能を改善する効果を有する。関節機能の改善とは、関節可動域の改善、日常生活動作の改善などを意味する。
【0071】
本発明の軟骨再生用組成物を軟骨欠損部に充填するかたちで適用するに際し、粘度が高い場合には、シリンジで適用するのが困難になるため、加圧型や電動型などのシリンジを用いてもよい。シリンジなどを使用しなくても、例えば、へら、棒などで軟骨損傷部へ適用してもよい。シリンジで注入する場合、例えば、16〜18Gの針を使用するのが好ましい。本発明の軟骨疾患治療用組成物を関節内に注入して適用する場合には、18G〜27Gの針を使用するのが好ましい。
【0072】
本発明の軟骨再生用組成物の適用量は、適用する軟骨欠損部、損傷部に作成した穴のサイズに応じて決めれば良く、特に限定されないが、軟骨欠損部に直接注入する場合には、例えば、0.05〜10ml、より好ましくは、0.1〜2mlである。軟骨損傷部への適用は、患部の空洞容積を十分に満たすように注入されるのが望ましい。本発明の軟骨疾患治療用組成物を関節内に適用する場合は、投与量は投与対象となる関節の関節液等の量に応じて適宜決めればよく、特に限定されないが、ヒト膝関節や肩関節に投与する場合は、通常1〜5mL、より好ましくは2〜3mLである。また、投与は、例えば1週間毎に連続5回連続行い、その後2〜4週間に1回を継続するといった方法をとりうる。特にこれに限定されるものではなく、症状と効果に応じて適宜増減可能である。例えば、2週に1回、または1月に1回の投与を適宜継続するといった方法もとりうる。アルギン酸は動物の体内に元来存在しない物質であるため、動物はアルギン酸を特異的に分解する酵素を保有していない。アルギン酸は動物体内においては、通常の加水分解により徐々に分解されるが、ヒアルロン酸等のポリマーに比べ体内の分解が緩やかであり、関節内に投与した場合、長期間の効果持続が期待できる。
【0073】
本発明の軟骨再生用または軟骨疾患治療用組成物は、低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を有効成分として含有することを特徴とする。本発明者らは、アルギン酸を生体の関節内に投与した場合に、アルギン酸自体が軟骨組織および関節組織への再生・治療効果を発揮することを初めて見出した。有効成分として含有するとは、アルギン酸が患部に適用された際に、軟骨組織および関節組織への再生・治療効果を発揮できる量で含有されていればよく、少なくとも、組成物全体の0.1%w/v以上であることが好ましい。より好ましくは0.5%w/v以上、特に好ましくは1〜3%w/vである。
【0074】
本発明の軟骨再生用又は軟骨疾患治療用組成物には、必要に応じて、他の医薬活性成分や、慣用の安定化剤、乳化剤、浸透圧調整剤、緩衝剤、等張化剤、保存剤、無痛化剤、着色剤等、通常医薬に用いられる成分を本発明の組成物に含有させることもできる。
尚、本発明の1つの態様では、本発明の組成物は、低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩以外に、軟骨あるいは関節組織に対し薬理作用を発揮する成分を含まない。低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩のみを有効成分として含有する組成物においても、充分な軟骨の再生または軟骨疾患治療効果を発揮しうる。
【0075】
また、本発明の軟骨再生用又は軟骨疾患治療用組成物は、細胞の成長を促進する因子を含ませることもできる。そのような因子としては、例えば、BMP、FGF、VEGF、HGF、TGF−β、IGF−1,PDGF,CDMP,CSF,EPO、IL及びIF等が挙げられる。これらの因子は、組み換え法により製造してもよく、あるいは蛋白組成物から精製してもよい。
尚、本発明の1つの態様では、本発明の組成物は、これらの成長因子を含まない。成長因子を含まない場合でも、軟骨の再生は十分に良好であるし、積極的に細胞の成長を促す場合と比較してより安全性も高い。
【0076】
9.治療方法
さらに、本発明は、前記本発明の軟骨再生用又は軟骨疾患治療用組成物を用いる、軟骨損傷部の治療方法および軟骨疾患の治療方法を提供する。
「軟骨損傷部の治療」または「軟骨疾患の治療」とは、「1.概要」の項に説明の通りである。
【0077】
軟骨損傷部に本発明の軟骨再生用組成物を適用する方法は、特に限定されないが、例えば、関節鏡下、内視鏡視下で、シリンジ、ゲル用ピペット、専用充填器などで軟骨欠損部に直接注入するようにして良い。あるいは、例えば、傍内側膝蓋アプローチなどによる関節切開術などの公知の外科的手法により患部を露出してからシリンジ、ゲル用ピペット、専用充填器などで軟骨欠損部に直接注入するようにしても良い。
【0078】
また、軟骨損傷部に本発明の組成物を適用する前に、あるいは同時に、あるいは後で、ストレプトマイシン、ペニシリン、トブラマイシン、アミカシン、ゲンタマイシン、ネオマイシン、及びアンホテリシンB等の抗生物質、アスピリン、非ステロイド性解熱鎮痛剤(NSAIDs)、アセトアミノフェン等の抗炎症薬等の併用薬を投与するようにしても良い。これらの薬剤は本発明の組成物に混入して用いてもよい。
【0079】
また、軟骨損傷部に1以上の穴を形成し、形成した穴に本発明の組成物を注入してもよい。軟骨欠損部に、さらに1以上の穴を形成するようにして、同様に用いても良い。
例えば、外科的手法により患部を露出する手法の場合、本発明の組成物を注入する前に、残存軟骨のある軟骨欠損部にパワードリル、鋼線等を用いて、例えば、直径1.5mm程度の比較的小さい直径で、軟骨下骨までに達する欠損(全層欠損)を複数作成し、そこへ、組成物を注入するようにしても良い。全層欠損を形成したことにより、骨髄から出血し、骨髄中の軟骨前駆細胞が軟骨欠損部に遊走する。遊走した軟骨前駆細胞と本発明の組成物の効果により軟骨の再生が促され、軟骨全体としての機能を改善することが可能である。
【0080】
あるいは、軟骨が残存している軟骨欠損部に、例えば、直径1.5mm程度の比較的小さい直径で、軟骨下骨に達しない部分欠損を作成し、そこへ、組成物を適用するようにしても良い。部分欠損を作成する場合、欠損部には骨髄から出血がなく、骨髄中の軟骨前駆細胞の浸出もない。この場合でも、小さい直径の穴に組成物を適用することで、本発明の組成物の効果が発揮され、軟骨の再生は良好であり、軟骨全体としての機能を改善することが可能である。これらの手法は、軟骨損傷部に、損傷した軟骨が残存しているような場合に有効な手法である。
【0081】
10.軟骨再生用又は軟骨疾患治療用キット
さらに、本発明は、軟骨再生用又は軟骨疾患治療用キットを提供する。キットには、前記本発明の軟骨再生用又は軟骨疾患治療用組成物、架橋剤、シリンジ、ゲル用ピペット、専用充填器、取り扱い説明書等を含めることができる。キットとして好適な具体例としては、一体成型され、隔壁により仕切られた二つの部屋からなるシリンジの1室にアルギン酸の1価金属塩を封入し、他方の部屋に溶解液としての生理食塩液、または架橋剤としてCaCl2等のカルシウムイオンを含む溶液を封入し、両部屋の隔壁を用時容易に開通できるよう構成し、用時両者を混合・溶解して用いることのできるキットとする。他の例としては、アルギン酸の1価金属塩溶液をプレフィルドシリンジに封入し、使用時に調製操作なくそのまま投与できるキットとする。他の例としては、アルギン酸溶液と架橋剤を別々のシリンジに封入し、一つのパックに同梱したキットとする。「軟骨再生用又は軟骨疾患治療用組成物」、「架橋剤」、「シリンジ」、については、前記で説明した通りである。尚、組成物のアルギン酸の1価金属塩を含有する組成物には、前記のように細胞が包埋されていても良い。さらに、キットには、ストレプトマイシン、ペニシリン、トブラマイシン、アミカシン、ゲンタマイシン、ネオマイシン、及びアンホテリシンB等の抗生物質、アスピリン、非ステロイド性解熱鎮痛剤(NSAIDs)、アセトアミノフェン等の抗炎症薬等の併用薬を含めることもできる。
本キットを用いることにより、軟骨再生治療、軟骨疾患治療を円滑に行うことができる。
【0082】
なお、本明細書において引用した全ての刊行物、例えば、先行技術文献および公開公報、特許公報その他の特許文献は、その全体が本明細書において参照として組み込まれる。また、本明細書は、本願優先権主張の基礎となる日本国特許出願である特願2007-41520号明細書および特願2007-277005号明細書の内容を包含する。
【0083】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【実施例1】
【0084】
アルギン酸ナトリウム溶液の調製
本実施例では、精製アルギン酸ナトリウム((株)キミカ−(株)持田インターナショナル、Sea Matrix(滅菌)、製造番号B5Y01、)と、精製されていない、食品グレードのアルギン酸ナトリウム(commercial gradeのアルギン酸ナトリウムということがある)(和光純薬工業(株)、アルギン酸ナトリウム500、199-09961)の2種類を使って行った。精製アルギン酸ナトリウムは、滅菌された凍結乾燥品であった。食品グレードのアルギン酸ナトリウムは、孔径0.22μmのフィルターによりろ過滅菌されていた。
【0085】
市販のLALアッセイキット(Limulus Color KY Test Wako, Wako, Japan)により、エンドトキシンレベルを測定したところ、精製アルギン酸ナトリウムでは、5.76EU(エンドトキシン単位)/g、食品グレードアルギン酸ナトリウムでは、75950EU/gであり、精製アルギン酸ナトリウムのエンドトキシンレベルは食品グレードのアルギン酸ナトリウムに比べて極めて低かった。すなわち、精製アルギン酸ナトリウムは、低エンドトキシン処理されたものであった。また、精製アルギン酸ナトリウムの重金属含量は、20ppm以下であり、硫酸鉛は、0.98%以下、ヒ素は2ppm以下であった。
【0086】
また、それぞれのアルギン酸ナトリウムを、ろ過滅菌したミリQ水により、1,2%w/vの各濃度のアルギン酸ナトリウム溶液に調製した。回転粘度測定器(コーンプレートタイプ)(TVE−20LT,TOKI SANGYO CO.,LTD.JAPAN)により、20℃において、各濃度のアルギン酸ナトリウム溶液の粘度を測定した。回転数は、アルギン酸ナトリウム1%溶液測定時には1rpm、2%溶液測定時には0.5rpmとし、測定レンジは、アルギン酸ナトリウム1%溶液測定時にはM、2%溶液測定時には5Mとした。結果を下記表1に示す。
【0087】
【表1】

【0088】
表1に示すように、精製アルギン酸ナトリウムは、1%w/vでは約430mPa・s、2%w/vでは約5400mPa・s、であった。食品グレードでは、1%w/vでは約530mPa・s、2%w/vでは約5300mPa・s、であった。両群の結果から、本実施例で用いた精製アルギン酸ナトリウムと食品グレードアルギン酸ナトリウムの各溶液の粘度は、1%w/vで、約400〜600mPa・s、2%w/vで、約5000〜6000mPa・s程度の粘度であることが分かる。
【0089】
1、2、3%w/vの各濃度の精製及び食品グレードのアルギン酸ナトリウム溶液について、性状の確認を行った。各濃度のアルギン酸ナトリウム溶液を逆さにしたプラスチックのdishに、下から数滴つけたところ、1%w/vのアルギン酸ナトリウム溶液(粘度約400〜600mPa・s)の大部分は重力に負けて数秒でdishから落ちたが、dishの底にはアルギン酸ナトリウムがいくらかくっついて残っていた。このことから、アルギン酸の1価金属塩を含有する組成物が、粘度約400〜600mPa・s程度以上であれば、付着性を有し、患部へ留まる性質が得られるから、本発明の効果が得られることが示唆された。これに対して、2%w/vのアルギン酸ナトリウム溶液(粘度約5000〜6000mPa・s)では、流れ落ちることはなく、少なくとも約1分以上はdishに付着していた。dishから落ちた後も、dishの底にはアルギン酸ナトリウムが多くくっついて残っていた。濃度を3%w/vとしたアルギン酸ナトリウム溶液は、上記dishの実験では、2%w/vよりもさらに長い時間dishに付着していた。
一方、組成物の扱いやすさの点に関しては、3%w/vのアルギン酸ナトリウム溶液については、ミリQ水に溶解するのにやや時間がかかり、ピペットや注射器に充填するのに、やや扱いづらかったが、ピペットや注射器での操作は可能であった。上記の1、2%w/vのアルギン酸ナトリウム溶液については、扱いやすかった。
ここで、このとき用いたアルギン酸ナトリウムが、実施例10で用いた、1%濃度の粘度が570mPa・sのアルギン酸ナトリウムに近いと考えられることから、3%w/vのアルギン酸ナトリウム溶液の粘度は、おおよそ、20000mPa・s程度であることが分かる。したがって、アルギン酸の1価金属塩を含有する組成物として、ピペットや注射器などによる扱いやすさの点からは、粘度を約20000mPa・s以下にすることが望ましいことが示唆された。
【0090】
以上の結果から、アルギン酸ナトリウム溶液の粘度を5000mPa・s〜6000mPa・sとした時に、最も調製及び施術しやすく、軟骨再生用又は軟骨疾患治療用組成物として適していることが示された。臨床の場において、例えば、大腿骨関節面の軟骨欠損を関節鏡視下で操作する場合など、損傷部が下や横を向くことが多い。本発明の組成物は、このような施術が困難な損傷部に対しても、組成物の粘度を調整することにより、様々な形態の軟骨損傷部に対して、幅広く利用が可能であることが示された。尚、本実施例で用いた精製アルギン酸ナトリウムの場合、粘度を5000mPa・s〜6000mPa・sにするには、ミリQ水などを使用して濃度を2%w/v程度に調製すれば良い。
【実施例2】
【0091】
移植細胞の作成
移植細胞とするため、骨髄間葉系間質細胞(BMSC: Bone marrow mesechymal stromal cell)を単離し、培養した。BMSCには、骨髄間葉系幹細胞の他、血球系細胞なども含まれる。4ヶ月齢の日本白うさぎの脛骨より骨髄10mLを採取し、Ca・MgフリーのPBS(Gibco BRL Lab.)で2回洗浄後、DMEM−high glucose(DMED−HG,Sigma Chemical, St.Louis,MO)に懸濁した。血液塊を孔径70μmのセル・ストレーナー(Falcon Co.Ltd)により除去した。細胞を、DMEM−HG、10%胎児ウシ血清(FBS, Gibco, Life Technology, Grand Island, NY)、1%抗生物質(Penicillin - Streptomycin - Fungizone 100X concentrated, Cambrex Biosciences, Walkersville, MD)の培養メディウム中、100mmの培養皿で、37℃、5%CO2、加湿下でインキュベートした。培養メディウムを3日毎に交換し、接着性のない細胞を除去した。接着性のある細胞を10〜14日間単層培養後、トリプシン・EDTA(10mM)(Sigma, UK)ではがして、計数し、3日毎に継代した。
【実施例3】
【0092】
アルギン酸ビーズの作成
実施例2で得られた細胞を、ろ過滅菌したミリQ水により、2%w/vに調整したアルギン酸ナトリウム溶液に、2.5×107cell/mlとなるように懸濁した。懸濁液をCaCl2溶液中にピペットで滴下してゲル化し、10分後にできたマイクロカプセルをCa・MgフリーのPBSで2回洗浄後、DMED−HGで1回洗浄した。1ビーズ40μlあたり、1×106個の細胞を含有するビーズとした。
アルギン酸ビーズからの細胞の採取は、PBSで3回洗浄し、50mMのEDTA(Gibco BRL laboratories)中で、37℃、5%CO2下、インキュベートした。10分後に、1500gで5分間遠心分離して細胞を採取した。
【実施例4】
【0093】
アルギン酸ビーズ中の細胞に対するカルシウム毒性
方法
CaCl2溶液滴下によりアルギン酸カプセル化された細胞の生存率を、セルカウンティングキット−8(CCK-8, Dojindo Laboratories, Tokyo, Japan)により、測定した。実施例3の手順に従って、実施例2で得られた細胞を、2%w/v精製アルギン酸ナトリウム溶液に2.5×107cell/mlとなるように懸濁し、50、100、200、400mMの各濃度のCaCl2溶液に滴下し、15分間浸漬し、1ビーズ40μlあたり、1×106個の細胞を含有するビーズとした。アルギン酸ビーズを、PBSで2回洗浄した後、ビーズ中の細胞を実施例3に記載した方法で採取し、DMED−HGに懸濁した。
各群の細胞を96ウェルプレートにまき、1時間インキュベートを行った後、CCK−8溶液20μlを各ウェルに加え、さらに4時間インキュベートした。細胞の生存率は、マイクロプレートリーダー(Bio-Rad Japan Life Science Research, Tokyo, Japan)を使い、吸光度450nmで測定して得られた。
【0094】
結果
各CaCl2溶液の濃度における細胞の生存率を図1に示した。
アルギン酸ビーズ中の生細胞数は、カルシウムの濃度依存的に減少し、200mMから有意に低下していた。このことから、CaCl2による細胞毒性が示された。また、細胞に与える影響を最小限に抑え、かつ、できるだけ早く硬くアルギン酸ナトリウムをゲル化させるには、アルギン酸ナトリウムと接触させる塩化カルシウム溶液の濃度を100mM程度とするのが適当であることが分かった。
【実施例5】
【0095】
アルギン酸ビーズ中の細胞の生存率の比較
方法
アルギン酸ビーズ中の細胞の生存率を、低エンドトキシン処理された精製アルギン酸ナトリウムと低エンドトキシン処理されていない食品グレードのアルギン酸ナトリウムとで比較した。それぞれのアルギン酸ビーズは、実施例3の手順に従って、実施例2で得られた細胞を、2%w/vアルギン酸ナトリウム溶液に懸濁し、100mMのCaCl2溶液に滴下することにより作成した。各ビーズは、1ビーズ40μlあたり、1×106個の細胞を含有するものとした。2種類のアルギン酸カプセルを、10%FBS、1%抗生物質の入ったDMED−HGで、0、1、2、3、7、14日間培養した。実施例3に記載の方法で各カプセルから細胞を採取し、CCK−8により生細胞数をカウントした。
【0096】
結果
結果を図2に示した。day1、3、7では、低エンドトキシン処理された精製アルギン酸ナトリウム溶液を用いたほうが、低エンドトキシン処理されていない食品グレードのアルギン酸ナトリウム溶液を用いた時に比べて、有意に生細胞が残っていた。低エンドトキシン処理したものは、低エンドトキシン処理しないものと比べて、特に早期(7日以内)において、細胞に対する毒性が少ないなど有利な点があることが確認できた。
【実施例6】
【0097】
In Vitroにおけるアルギン酸ビーズ中での培養
方法
(培養)
精製アルギン酸ナトリウムと食品グレードのアルギン酸ナトリウムのそれぞれについて、実施例3に従って、実施例5と同様に、1ビーズ40μlあたり1×106個の細胞を含有するビーズを作成した。24ウェルの培養皿で、各ウェル1ビーズずつを、次の1mlスタンダード培養メディウムで培養した。すなわち、用いたスタンダード培養メディウムは、100μg/mlピルビン酸ナトリウム(ICN Biomedicals, Aurora, OH)、40μg/ml プロリン(ICN Biochemicals, Aurora, OH)、50μg/ml アスコルビン酸2-リン酸(Wako, Osaka, Japan)、1x10-7 M デキサメタゾン(ICN Biomedicals, Aurora, OH)、1% ITS plus mix (Sigma-Aldrich, St. Louis., MO)、1%抗生物質、及び10ng/ml 組換えヒトトランスフォーミング成長因子β3(R&D System, Minneapolis, MN)を含むDMEM−HGを、1mg/ml ウシ血清アルブミン含有4mM HClで溶解しものからなる。培養皿は、37℃でインキュベートし、メディウムは3日毎に交換した。
【0098】
(RNAのreal-time RT-PCR解析)
培養14日後、ホモジナイズされた細胞から全量のRNAを取り出し、I、II、X型コラーゲン、aggrecan、Sox 9の遺伝子発現を解析した。実験は全て常法に従って行った。
すなわち、RNAは、吸光度260- 、280-nmで測定することで収量を求めた。次に、ImProm-IITM逆転写システム(Promega, Madison, WI)で、マニュアルにしたがって0.05μgのRNAからcDNAを合成した。この時、全量のRNAとランダムプライマーの結合物を70℃、5分間で変性し、直ぐに、氷水で5分間冷却し、その後、ImProm-IITM逆転写酵素を用いて、42℃、60分で逆転写した。次に、得られたcDNAを、PCR-Grade水(Roche Diagnostics, Indianapolis, IN)で希釈し、濃度を、40ng/μl未満に調整した。20μlの反応容量でPCRを行い、DNA Engine OpticonTM 2 連続蛍光検出システム(Bio-Rad laboratories, Hercules, CA)を用いて、モニターした。DNASIS(Hitachi Software Engineering, Tokyo, Japan)で設計した遺伝子特異的プライマーを用いて、SYBR green qPCRキット(Finzyme, Espoo, FINLAND)を用いてシグナルを検出した。
具体的には、次のプライマーを用いた:
ウサギI型コラーゲン、(5' - 3')TAAGAGCTCCAAGGCCAAGA(配列番号1)及び
(3' - 5')TGTACCTACTCCTTTGACCG(配列番号2)
ウサギII型コラーゲン、(5' - 3')AGAGACCTGAACTGGGCAGA (配列番号3)及び
(3' - 5')ACCACGATATGAGGCACAGTTT(配列番号4)
ウサギX型コラーゲン、(5' - 3')GCCAGGACCTCCAGGACTAT (配列番号5)及び
(3' - 5')CTTTGGACCTGTTGTCCCT(配列番号6)
ウサギアグリカン、 (5' - 3')GAGGTCGTGGTGAAAGGTGT(配列番号7)及び
(3' - 5')TGACAGTCCATGGGGTAGGT(配列番号8)
ウサギSox9、 (5' - 3')AAGGGCTACGACTGGACGCT(配列番号9)及び
(3' - 5')GTGCAGTTCGCCGGGT(配列番号10)
95℃、10分の初期変性ステップ後、cDNA産物を、40 PCRサイクルで増幅した。各サイクルは、94℃、10秒の変性ステップ、58℃、20秒のアニーリングステップ、及び72℃、30秒の伸長ステップからなるものとした。Opticon MonitorTMソフトウエア(Bio-Rad laboratories, Hercules, CA)を用いて、データ解析を行った。各サンプルで、蛍光強度が0.03に達したところをCt(cycle-threshold)値として求めた。この値は、この範囲では全ての曲線が指数増幅期にあることを確認して選択した。各ターゲット遺伝子と比較遺伝子(GAPDH)のCt値から、改良比較Ct法を用いて各遺伝子の相対的な発現レベルを計算した。
【0099】
(染色)
培養21日、28日後のビーズをPBSで洗浄し、10%リン酸バッファー−パラホルムアルデヒドで24時間固定後、パラフィンに埋め込んで、ビーズの中央から5μmの部分でカットし、常法に従い、H−E染色、サフラニン−O染色を行った。また、抗タイプI、抗タイプII(Fuji Pharm. Lab., Toyama, Japan)、抗タイプX(Sigma, Saint Louis, MO)の抗コラーゲン抗体により、タイプI、II、X型コラーゲンの生成を確認した。
【0100】
結果
RNAのreal-time RT-PCR解析の結果を図3に示した。また、染色の結果を図4に示した。図4(A)(B)が精製アルギン酸ナトリウムを用いたものであり、図4(C)(D)が食品グレードのアルギン酸ナトリウムを用いたものである。また、図4(A)(C)が培養21日であり、図4(B)(D)が培養28日である。また、図4(A)〜(D)のそれぞれにおいて、写真は、左から順に、H−E、サフラニン−O、抗タイプI、抗タイプII、抗タイプXの抗コラーゲン抗体による染色の結果を示すものである。
RT-PCRの結果(図3)を参照すると、精製アルギン酸ナトリウムと食品グレードのアルギン酸ナトリウムのいずれを用いた場合にも、細胞の軟骨分化を示すtypeIIコラーゲン、アグリカン、sox9の増加が見られた。2種類を比較すると精製したもので培養したほうがアグリカン、sox9が優位に高かった。
また、染色の結果(図4)を参照すると、2種類のアルギン酸ビーズともにサフラニンO染色や軟骨分化を示すTypeIIコラーゲン免疫染色で染まる細胞外器質を産生しており、軟骨分化が認められた。
【実施例7】
【0101】
うさぎ軟骨修復モデル
方法
(施術)
メス日本白うさぎ40匹(体重2.6〜2.9kg)を、イソフラン・O2ガスとペントバルビタール静注(0.05mg/kg)により麻酔し、抗生物質(Penicillin G, Meiji-Seika, Japan)の筋注後、脚を剃毛した。前中央部を2cm切開し、傍内側膝蓋アプローチにより、顆間部に到達した。パワードリル(Rexon, Japan)を使って、大腿骨滑車の骨軟骨欠損(直径5mm、深さ2mm)を作成した。ひざを生理食塩水で潤し、欠損部に出血がないことを確認し、欠損部を乾燥させた。
本実施例では、以下の5群に分けて、実験を行った。
A)コントロール群(empty)、
B)食品グレードアルギン酸群(細胞なし)
C)食品グレードアルギン酸+細胞あり(2.5×107 個/mL)群、
D)精製アルギン酸群(細胞なし)、
E)精製アルギン酸+細胞あり(2.5×107個/mL)群
A)のコントロール群は、欠損部に何も適用しなかったものである。また、B)の食品グレードアルギン酸群(細胞なし)は、2%w/vの食品グレードのアルギン酸ナトリウム溶液を欠損部に適用したもの、D)の精製アルギン酸群(細胞なし)は、2%w/vの精製アルギン酸ナトリウム溶液を欠損部に適用したものである。さらに、C)食品グレードアルギン酸+細胞あり群、E)精製アルギン酸+細胞あり群は、実施例2で得られた細胞を、2%w/vの食品グレードのアルギン酸ナトリウム溶液または2%w/vの精製アルギン酸ナトリウム溶液に懸濁し、関節軟骨の欠損部に適用したものである。この時、細胞は実施例2に記載の方法で作成したウサギ自家細胞を用いた。
アルギン酸ナトリウム溶液の濃度を2%w/vとしたのは、実施例1の結果から、これにより、粘度を施術に適した5000mPa・s〜6000mPa・sにすることができるからである。
欠損部が上を向く姿位でうさぎを固定し、ゲル用ピペットを用いて、本発明の組成物を欠損部に適用した。
B)〜E)の各群とも、アルギン酸ナトリウム溶液の粘度が適度であったので、関節液により流れやすい条件にも関わらず、アルギン酸ナトリウム溶液が欠損部から流れることはなかった。その後、移植片の表面に100mMのCaCl2溶液約0.5mlを27Gの針の注射器で10秒間ゆっくりとかけ続けた。移植片の表面層は直ちにゲル化し、移植細胞が患部から外れることはなかった。生理食塩水でCaCl2溶液を洗浄した。さらなる固定は必要なく、施術後、患部を縫合した。ウサギは自由に動くことができた。
被験体のうさぎに、施術後4週後又は12週後に過量のペントバルビタールを静注し安楽死させた。そして、その大腿の末端部を動力のこぎりで切除した。図5は施術時の写真である。
【0102】
(全体観察)
肉眼で外観全体を観察し、スコア化した。スコア化は、Gabriele G.らの方法(Biomaterial 21(2000)2561−2574)を参考に、図6の基準により得点化した。
【0103】
(染色)
その後、被験体をパラホルムアルデヒドで固定し、脱灰、パラフィン固定した。欠損部中央から5μm部分を、サフラニンーO、H−E染色、抗タイプIコラーゲン、抗タイプIIコラーゲン免疫染色を実施した。新たに形成した軟骨組織を評価するため、図7に記載したスコアリングシステムを使って、顕微鏡で評価した。スコアリングは、独立した、ブラインドされた観察者が行った。
【0104】
(機械的強度測定)
患部の機械的強度を圧入テストにより測定した。大腿骨膝関節を上に向けて、強固にクランプ固定した。実験は室温で行った。インデンターを自動で再生軟骨の中心に向けて動かし、負荷(N)に対する移動(mm)を記録した。新生された組織の厚さは、組織切片から計測した。負荷―ひずみ曲線の直線部分からヤング係数を得た。
【0105】
結果
染色の結果を図8〜11に示した。
H−E染色、サフラニンO染色、抗タイプIIコラーゲン免疫染色の結果、E)の精製アルギン酸+細胞あり群(図11)において、4週後の早い段階から、他の群と比較して、最も優れた、硝子軟骨、タイプIIコラーゲンの形成が確認された。12週においては、約80%の軟骨再生が見られた。H−E染色の結果から、軟骨下骨の形成も極めて良好なことが分かる。サフラニンO染色では、プロテオグリカンの形成が見られ、細胞外マトリックスの形成も確認できる。一方、H−E染色、抗タイプIコラーゲン免疫染色によれば、線維軟骨の形成はほとんど見られなかった。
D)の精製アルギン酸群(細胞なし)(図10)は、C)の食品グレードアルギン酸+細胞あり群(図9)と比較して、硝子軟骨、タイプIIコラーゲン、軟骨下骨の形成とも良好であった。細胞を包埋しないD)群において、硝子軟骨細胞による軟骨再生が得られたのは、驚くべき結果であった。また、細胞を包埋しないD)群が、細胞を包埋したC)群と比較して、軟骨損傷の再生能力に優れていることは、予想外の結果であった。
一方、欠損部に何も適用しなかったA)コントロール群(図8)は、軟骨細胞、タイプIIコラーゲンの新生はほとんど見られなかった。
【0106】
肉眼で外観全体を観察しスコア化した評価結果(Macro)、および、上記染色による観察をスコア化した評価結果(Histological)を図12に示した。
12週における、MacroとHistologicalの結果を合わせた総合スコア(total score)は、E)精製アルギン酸+細胞あり群 22.71点、D)精製アルギン酸群(細胞なし)19.57点、C)食品グレードアルギン酸+細胞あり群 14.75点、B)食品グレードアルギン酸群(細胞なし)10.25点、A)コントロール群(empty)8.43点と、E)精製アルギン酸+細胞あり群が最も優れ、次いで、D)精製アルギン酸群(細胞なし)、C)食品グレードアルギン酸+細胞あり群の順であった。細胞を包埋しないD)群が、細胞を包埋するC)群と比較して、総合スコア(total score)において優れ、軟骨損傷の再生能力に優れていることは、全く予想外の結果であった。
【0107】
肉眼による外観全体の評価(Macro -total)、染色による評価(Histological -total)とも、スコア化の結果は、いずれも、上記と同様、E)精製アルギン酸+細胞あり群が最も優れ、次いで、D)精製アルギン酸群(細胞なし)の順であった。
【0108】
Macroの評価項目を見ると、精製アルギン酸を用いた、D)群、およびE)群は、食品グレードアルギン酸を用いたB)群、C)群と比較して、端部融合(新生細胞、元の軟骨に対するもの)((Edge Integration(new tissue relative to native cartilage))、軟骨表面の滑らかさ(Smoothness of cartilage surface)、軟骨表面、充填度(Cartilage surface,degree of filling)、軟骨の色、新生軟骨の不透明さ、透明性(color of cartilage, opacity or translucency of the neocartilage)の全ての項目において優れていた。
【0109】
Histologicalの評価項目を見ると、精製アルギン酸を用いた、D)群、およびE)群は、特に、支配的な組織の性質(Nature of predominant tissue)、表面の秩序(surface regularity)、構造的な完全性、均質性(Structural integrity, homogeneity)、厚さ(Thickness)、周囲の軟骨への結合(Bonding to adjacent cartilage)、周囲の軟骨における変性変化(degenerative changes in adjacent cartilage)、炎症反応(Inflammatory response)の項目において、食品グレードアルギン酸を用いたB)群、C)群を上回る高スコアであった。
【0110】
以上より、本発明の組成物である、D)群、E)群は、硝子軟骨、タイプIIコラーゲン、軟骨下骨の形成など、軟骨損傷における軟骨細胞、軟骨組織の形成が極めて良好であった。線維軟骨の形成はほとんど見られなかった。
新生した組織のホスト組織への融合性がよく、周囲の軟骨における変性や炎症反応が少なく、生体親和性が高いことが分かる。
本発明の組成物は、軟骨損傷部における軟骨再生を効果的に促進させることが確認された。
【0111】
精製アルギン酸群D)群、E)群についての機械的強度測定の結果を図13に示した。
【0112】
精製アルギン酸群についての機械的強度測定の結果、正常な軟骨組織のヤング係数の10に対して、E)精製アルギン酸+細胞あり群は8と、ほぼ、損傷のない正常な状態にまで、強度の回復が見られた。このことから、細胞を包埋した本発明の組成物は、機械的強度に優れ、強度のある硝子軟骨が再生し、軟骨下骨の形成も良好であることが裏付けられた。
【実施例8】
【0113】
適性な処理を済ませたヒト男性献体(Cadaver)モデル
方法
適性な処理を済ませたヒト男性献体(Cadaver)は、ホルマリン固定され、室温において、ひざは変形部や不安定な性質はなかった。傍内側膝蓋アプローチにより、大腿の側面関節丘を露出した。関節軟骨は滑らかで、変性や退化などは見られなかった。内側関節面の最荷重部に、数種類のパンチを用いて、幅(10mm x 20mm)、深さ5mmの軟骨全層欠損を作成し、縫合した。前外側から、30°傾いた関節鏡を挿入した。手術器具は、全て、前内側から挿入した。生理食塩水を患部へ適用後、関節部に残っている液を排出し、乾いた綿球で拭いた。トリパンブルーで着色した2%w/vの精製アルギン酸ナトリウム溶液(細胞なし)粘度5000〜6000mPa・sを、18Gの針の注射器で軟骨欠損部へゆっくり注入した。施術時に、患部は下方を向いていたが、本発明の組成物が損傷部から脱落しないで、損傷部に留まっていた。100mMのCaCl2溶液約10mlを患部に適用し、表面をゲル化させた。ひざ関節を生理食塩水還流により十分に洗浄し、乾燥から防ぐため、20mlの生理食塩水で患部を満たした。
施術後、ひざを、6時間おきに、屈曲と伸展を200回、手動で0°〜120°の範囲で動かした。施術後24時間後に、患部を評価した。
【0114】
結果
本実験の様子を示す写真を図14に示した。図14(A)は軟骨欠損部を作成した様子を示す写真である。また、図14(B)は、着色したアルギン酸ナトリウムを軟骨欠損部に移植した様子を示す写真である。また、図14(C)は、アルギン酸ナトリウムの表面にCaCl2溶液をかけてゲル化(硬化)させているところを示す写真である。さらに。図14(D)は、術後に関節を動かして24時間後に観察した様子を示す写真である。
【0115】
本実験は、ウサギだけでなく、人の屍体に大きな欠損部を作成した場合でも移植可能であるかを確認するために行った実験である。
図14Bの写真のように、アルギン酸ナトリウム溶液を欠損部に注入し、表面をゲル化しなくても、アルギン酸ナトリウム溶液は患部から流れ出なかった。また、アルギン酸ナトリウム溶液の表面をゲル化したものについては、術後に関節を動かして24時間後に観察しても欠損部にアルギン酸ナトリウム溶液が留まっていた。このような、荷重がかかり、動きが激しい過酷な条件の部位において、このような形態の組成物が留まることができたことは、驚くべきことである。このことから、本発明の軟骨再生用又は軟骨疾患治療用組成物は、様々な形態の軟骨損傷部、適用条件に対しても、幅広く臨床応用が可能な物性を有することが分かる。
【実施例9】
【0116】
軟骨損傷部に小さい穴を1〜複数個作成する手法
(1)第1の例
軟骨損傷部、あるいは、軟骨欠損部に軟骨が残存している場合には、実施例7、8の方法に従って、パワードリルを用いて、軟骨損傷部、あるいは軟骨残骸に、直径1.5mm、深さ5〜10mm程度の比較的小さい直径で、軟骨下骨に達する全層欠損を1〜複数個作成する。そこへ3000〜4000mPa・sの精製アルギン酸ナトリウム溶液(細胞なし)を、18Gの針でゆっくり注入した後、100mMのCaCl2溶液1.0mlを、欠損部に注入したアルギン酸ナトリウム溶液の表面に適用し、表面をゲル化させる。全層欠損を作成したことにより、患者の骨髄から出血し、骨髄中の軟骨前駆細胞が軟骨欠損部に遊走する。遊走した軟骨前駆細胞と本発明の組成物の効果により軟骨の再生が促され、軟骨全体としての機能を改善することが可能である。
【0117】
(2)第2の例
第1の例と同様に、軟骨損傷部、あるいは、軟骨が残存している軟骨欠損部に、軟骨下骨に達しない部分欠損を作成する。そこへ、第1の例と同様に2000〜3000mPa・sの精製アルギン酸ナトリウム溶液(細胞なし)、100mMのCaCl2溶液を適用する。欠損部には患者の骨髄から出血がなく、被験者の骨髄中の軟骨前駆細胞の浸出がない。しかし、この場合であっても、小さい直径の穴に組成物を適用することで、本発明の組成物の効果が発揮され、軟骨の再生は良好であり、軟骨全体としての機能を改善することが可能である。これらの手法は、軟骨損傷部が広範囲にわたっている場合、損傷した軟骨が残存しているような場合に、有効な手法である。
【実施例10】
【0118】
アルギン酸ナトリウム溶液の付着性に関する試験
アルギン酸ナトリウム((株)キミカ)水溶液を用いて、本発明の組成物の粘度と付着性との関係について検討を行った。
【0119】
方法
1%アルギン酸ナトリウム水溶液の粘度が、分子量が異なることにより、110、360、570mPa・sを示す、3種類のアルギン酸ナトリウム水溶液を用いて、各種アルギン酸ナトリウム水溶液(下記表2)を調製し、一定量を遠沈用マイクロチューブ(内径9mm、高さ39mm)に気泡が入らないように注いで、速やかに135度の角度に傾けたとき、それぞれの水溶液がマイクロチューブから流出し始めるまでの時間を測定した。
このとき、アルギン酸ナトリウム水溶液の粘度は、東機産業製B型粘度計により、20℃の条件で測定した。
【0120】
【表2】

【0121】
結果
各種アルギン酸ナトリウムの濃度と付着時間の関係を図15に示す。3種類のアルギン酸ナトリウム水溶液は、いずれも、アルギン酸ナトリウム水溶液の濃度が高くなるにつれて、付着時間は長くなり、付着性が上昇することが分かった。また、3種類のアルギン酸ナトリウム水溶液を比較すると、1%濃度における粘度が高いアルギン酸ナトリウム水溶液を選択すると、高い付着性を示し、より長い付着時間が得られることが分かった。
各種アルギン酸ナトリウム水溶液の粘度と付着時間の関係を図16に示す。アルギン酸ナトリウム水溶液の粘度が上昇するに従って、付着時間は長くなり、高い付着性を示した。以上より、アルギン酸の1価の金属塩を含有する組成物の粘度と付着性との間には、一定の相関が得られることが示された。
以上より、本発明の組成物を、傾斜している、または、下方を向いている状態の軟骨損傷部に適用する場合に、適用する患部の水分や血液などを取り除き、今回の実験条件に合わせた場合には、この結果を目安に、本発明の組成物の粘度を調節することが可能である。例えば、おおよそ5秒程度の付着時間を得るためには、本発明の組成物の粘度を約2000mPa・s程度以上に、おおよそ10秒程度の付着時間を得るためには、本発明の組成物の粘度を約3000〜4000mPa・s程度以上に、おおよそ20秒程度の付着時間を得るためには、約7000〜8000mPa・s程度以上に、おおよそ30秒程度の付着時間を得るためには、約8000〜9000mPa・s程度以上に、粘度を調節することが可能である。
しかし、実際に患部へ適用する場合には、組成物の注入量、注入部位の形状などにより、付着時間は変化する。特に、組成物の注入量が少ない場合には、粘性以外にも表面張力などの要素も影響するため、低い粘性であっても長時間付着させることが可能である。
その他、適宜、測定に使う粘度計の特性、室温、包埋する細胞の量、本発明の組成物の状態などを勘案して、施術の方法に合わせた、目的とする付着時間を得ることが可能である。
【実施例11】
【0122】
精製アルギン酸ナトリウムの分子量分布測定
(1)方法
精製アルギン酸ナトリウムの分子量分布測定を、以下の条件にて、ゲルろ過クロマトグラフィー(Gel Filtlation Chromatography)により行った。
カラム:TSKgel GMPWx1 2本 + TSKgel G2500PWx1 1本 (東ソー株式会社製)
(直径7.8mm×300mm×3本)
カラム温度:40℃
溶離液:200mM 硝酸ナトリウム水溶液
試料濃度:0.05%
流速:1.0mL/min
注入量:200μL
検出器:RI(示差屈折計)
標準物質:プルラン、グルコース(分子量160万、78.8万、40.4万、21.2万、11.2万、4.73万、2.28万、1.18万、5900、180)
【0123】
(2)結果
【表3】

【0124】
(3)考察
実施例7のうさぎ軟骨修復モデルにおいて使用した精製アルギン酸ナトリウムの重量平均分子量は、上記方法による測定では170万であった。実施例7に示したように、当該アルギン酸は、細胞あり、なしの両方でうさぎ軟骨修復モデルにおいて硝子軟骨再生効果が認められた。一方で、文献5では、低エンドトキシンアルギン酸(FMC Biopolymer社、PronovaTMLVG、現PronovaTMUP LVG)を用いて同様の実験を行っているが、細胞を含有させずアルギン酸のみを軟骨欠損部に適用した場合は、線維軟骨が形成されることが開示されている。なお、PronovaTMLVGを滅菌した製品がPronovaTM SLG20であり、その重量平均分子量は、上記方法による測定では、44万であった。Sea MatrixTRとPronovaTMは、低エンドトキシンアルギン酸であるという点では共通しているが、両者のアルギン酸は、分子量の点で相違があり、この相違が軟骨再生効果の差異に繋がっているものと考えられる。粘度はアルギン酸の濃度により調節が可能であるが、異なる濃度のアルギン酸ゲル(0.5〜4%)に軟骨細胞を包埋してマウス皮下に移植し、軟骨形成を確認した実験において、アルギン酸の濃度は軟骨形成効果に影響しなかったとの報告もある(Keith T. Paige et al, "De Novo Cartilage Generation Using Calcium Alginate-Chondrocyte Constructs", Plastic and Reconstructive Surgery Vol. 97: 1996 p.168-178)。したがって、Sea MatrixTRとPronovaTMの両アルギン酸の軟骨再生効果の差異は、分子量に起因するものと考えられる。すなわち、低エンドトキシンアルギン酸を用いることにより、周囲の軟骨における変性や炎症反応が少なく、生体親和性の高い組成物とすることができるが、それに加えて高分子量のアルギン酸とすることにより、細胞を包埋しない場合においても硝子軟骨を再生できる、軟骨再生効果に非常に優れた軟骨再生用または治療用組成物とすることができることがわかった。分子量としては、重量平均分子量で少なくとも50万以上、好ましくは65万以上の低エンドトキシンアルギン酸が軟骨再生に有用であり、より好ましくは100〜200万、特に150〜200万程度の分子量のものが好適であることがわかった。
【実施例12】
【0125】
ウサギ変形性関節症モデル(前十字靭帯(ACL)切除モデル)
(1)方法
メス日本白うさぎ(Japanese white rabbit;体重2.6〜2.9kg)を用いて両膝関節に対し、Vignon Eらの方法に準じてOAモデルを作成した(Vignon E, Bejui J, Mathieu P, Hartmann JD, Ville G, Evreux JC, et al. Histological cartilage changes in a rabbit model of osteoarthritis. J Rheumatol 1987;14(Spec No):104-6)。以下の4群について各3匹(6膝)を用意した。
A)コントロール群(生理食塩水投与)、
B)1%ヒアルロン酸ナトリウム溶液投与群(分子量約90万、粘度約2300 mPa・s)
C)1%精製アルギン酸ナトリウム溶液投与群(分子量約170万、粘度約500 mPa・s)
D)2%精製アルギン酸ナトリウム溶液投与群(分子量約170万、粘度約5000mPa・s)
B)〜D)の溶液は生理食塩水にて作成した。C)〜D)の精製アルギン酸ナトリウム
は、実施例1および実施例7で用いている精製アルギン酸ナトリウム((株)キミカ−(株)持田インターナショナル、Sea Matrix(滅菌)、製造番号B5Y01)と同一である。
前十字靭帯切除手術後、4週目、5週目、6週目、7週目、8週目に、上記A)〜D)の各溶液を、関節腔内に投与した(週1回、計5回投与)。投与は、27G針を用い、膝蓋骨腱を貫通させ、1回あたり0.3mL/膝を注入した。9週目にウサギを安楽死させ、膝関節組織標本を取得した。感染、異物反応などの炎症はすべての膝で認めなかった。
【0126】
(2)結果
(全体観察)
肉眼で膝関節(大腿骨および脛骨の膝関節軟骨)外観全体を観察した。結果を図17に示す。A群(生理食塩水投与)では肉眼的に軟骨欠損、骨棘などの変形性関節症の所見を多く認めた。他の群ではA群に比較して軟骨損傷の程度(大きさ、深さ)が軽かった。肉眼的所見をスコア化しても同様の結果であった。
(染色)
膝関節組織標本をパラホルムアルデヒドで固定し、脱灰、パラフィン固定した。サフラニン‐O染色により組織学的評価を行った。結果を図18に示す。各図上部は大腿骨側軟骨であり、下部は脛骨側軟骨であり、軟骨変性の変化は両側軟骨において判定する。A群(生理食塩水投与)では軟骨基質の染色性の低下、軟骨表面の粗さを認めた。B群(1%ヒアルロン酸ナトリウム溶液投与)では軟骨表面はA群より平滑ではあるが、染色性の低下を認めた。C群(1%精製アルギン酸ナトリウム溶液投与)およびD群(2%精製アルギン酸ナトリウム溶液投与)では、軟骨表面は平滑であり、A群およびB群と比べ染色性の低下は軽度であった。また軟骨表面にアルギン酸が残存していた。
以上より、アルギン酸ナトリウムの関節内注射はACL切除OAモデルにおいて、軟骨変性を抑制し、軟骨を保護する作用を示した。変形性関節症の治療薬として用いられている1%ヒアルロン酸ナトリウム溶液投与と同等もしくはそれ以上の効果が認められた。また、アルギン酸ナトリウムが軟骨表面に付着していたことから、アルギン酸ナトリウムは関節軟骨と親和性を示し、軟骨表面を被覆・保護していることが確認された。
【実施例13】
【0127】
ウサギ変形性関節症モデル(前十字靭帯(ACL)切除モデル)における分子量の異なるアルギン酸の治療効果の評価
(1)方法
メス日本白色家兎(Japanese white rabbit;体重2.6〜2.9kg)を用いて両膝関節に対し、Vignon Eらの方法に準じてOAモデルを作成した(Vignon E, Bejui J, Mathieu P, Hartmann JD, Ville G, Evreux JC, et al. Histological cartilage changes in a rabbit model of osteoarthritis. J Rheumatol 1987;14(Spec No):104-6)。以下の5群について各5匹(10膝)を用意した。
A)コントロール群(生理食塩水投与)、
B)1%ヒアルロン酸ナトリウム溶液投与群(ARTZ(登録商標)、科研製薬(株)、分子量約90万、粘度約2300 mPa・s)
C)2%精製アルギン酸ナトリウム溶液投与群(PronovaTM SLM20、FMC Biopolymer社、分子量約40万)
D)2%精製アルギン酸ナトリウム溶液投与群((株)キミカ製、滅菌、分子量約100万)
E)2%精製アルギン酸ナトリウム溶液投与群(Sea Matrix(滅菌)、(株)キミカ製、分子量約170万)
C)〜E)の溶液は生理食塩水にて作成した。
前十字靭帯切除手術後、4週目、5週目、6週目、7週目、8週目に、上記A)〜E)の各溶液を、関節腔内に投与した(週1回、計5回投与)。投与は、27G針を用い、膝蓋腱を貫通させ、1回あたり0.3mL/膝を注入した。9週目にウサギを安楽死させ、膝関節組織標本を取得した。感染、異物反応などの炎症反応はすべての膝で認めなかった。
【0128】
(2)結果
(全体観察)
肉眼で膝関節(大腿骨および脛骨の膝関節軟骨)外観全体を観察した。軟骨表面の損傷の程度を評価するのに、Choji SHIMIZUらの方法に準じてindia inkで染色しスコア化を行った(J Rheumatol Vol.25, pp1813-1819, 1998)。肉眼的所見を図19に示す。india inkの染色では、軟骨損傷部と正常軟骨の境目が着色する。A群(生理食塩水投与)では肉眼的に深く広範な軟骨欠損、骨棘などの変形性関節症の所見を多く認めた。他の群ではA群に比較して軟骨損傷の程度(大きさ、深さ)が軽かった。肉眼的所見をスコア化した結果を図20に示す。膝関節について、大腿骨内側顆(Medial Femoral Condyle:MFC)、脛骨内側顆(Medial Tibial Plateau:MTP)、大腿骨外側顆(Lateral Femoral Condyle:LFC)、脛骨外側顆(Lateral Tibial Plateau:LTP)の4箇所の観察を行った。いずれの部位においても、B〜E群はA群に比較して軟骨損傷の程度が軽かった。また、軟骨損傷の程度は、B群およびC群に比べ、D群およびE群にて軽度な傾向が認められた。アルギン酸の分子量の違いにより、軟骨変性変化抑制効果・軟骨保護効果・軟骨修復効果に差があると考えられた。
(プロテオグリカン染色)
膝関節組織標本をパラホルムアルデヒドで固定し、脱灰、パラフィン固定した。サフラニンーO染色により組織学的評価を行った。結果を図21に示す。各図上部は大腿骨側軟骨であり、下部は脛骨側軟骨であり、軟骨変性の変化は両側軟骨において判定する。A群(生理食塩水投与)では軟骨基質の染色性の低下、軟骨表面の粗さを認めた。B群(1%ヒアルロン酸ナトリウム溶液投与)では軟骨表面はA群より平滑ではあるが、染色性の低下を認めた。アルギン酸ナトリウム溶液投与群(C〜E群)では、軟骨表面は平滑であり、A群およびB群と比べ染色性の低下は軽度であった。また軟骨表面にアルギン酸が付着していた。
(病理組織総合評価)
肉眼的観察、染色による観察の総合的な評価として、Toshiyuki KIKUCHIらの方法に準じたスコア化を行い、投与薬物の効果を評価した(Osteoarthritis and Cartilage Vol.4, pp99-110, 1996)。大腿骨内側顆について、以下の8項目について各4段階評価し、合計点を変形性関節症病変スコアとした。
(1)軟骨表層の消失、(2)軟骨びらん、(3)線維化・亀裂、(4)可染色性プロテオグリカンの消失、(5)軟骨細胞の配列の乱れ、(6)軟骨細胞の消失、(7)軟骨下骨の消失、(8)軟骨細胞クラスターの形成。
有意差検定は群間はANOVAを行い、その後各群間の比較はpost hoc testにてp<0.05を有意とした。
結果を図22に示す。B〜E群は、A群に対し、変形性関節症病変スコアが有意に低かった。また、高分子量アルギン酸投与群(D群、E群)では、ヒアルロン酸投与群(B群)よりも優れた効果が認められたが、低分子量アルギン酸投与群(C群)はヒアルロン酸投与群と同等程度であった。
以上より、アルギン酸ナトリウムの関節内注射はACL切除OAモデルにおいて、軟骨変性変化を抑制し、軟骨を保護する作用を示した。変形性関節症の治療薬として用いられている1%ヒアルロン酸ナトリウム溶液投与と同等もしくはそれ以上の効果が認められた。特に、高分子量アルギン酸は、ヒアルロン酸よりも優れた治療効果を示した。なお、3種のアルギン酸は粘度の点での差違も存在するが、ヒアルロン酸より粘度の低いアルギン酸でもヒアルロン酸と同等以上の効果が認められていることから、治療効果の差は粘度によるものではなく、物質の違いおよび分子量の違いによるものと考えられる。
今回のACL切除OAモデルでは、ACL切除後4週目より薬物の投与を開始した。従って、薬物投与群で認められた変形性関節症病変スコアの低下は、軟骨変性変化の抑制、軟骨保護による、病変進行の抑制効果に加え、既に発生した損傷に対する軟骨修復作用が合わさった結果であると考えられる。本実験の参考とした、上述のToshiyuki KIKUCHIらの論文では、ACL切除後4週目には、生理食塩水投与群ではOAスコアが20〜25に達するとされている。本実験では、ACL切除後4週目より薬剤の投与を開始しているので、OAスコアが20〜25程度の状態から薬剤投与を開始した結果、薬剤の効果により軟骨の状態が改善してOAスコアが低下している可能性が考えられる。また、本評価系では、正常関節のスコアは8となるので、E群(分子量170万のアルギン酸)におけるOA平均スコア(11.3)は、正常関節に近い、非常に良好なスコアであると言える。
【実施例14】
【0129】
アルギン酸の分子量測定手法の検討
天然物由来の高分子物質の分子量測定では、測定方法により値に違いが生じうることが知られている。ASTM F2064-00(ASTM International発行(2006); 米国材料試験協会(American Society for Testing and Materials)は、工業材料規格および試験法規格の国際標準化・規格設定機関である)では、SEC-MALLS(Size Exclusion Chromatography with Multiple Angle Laser Light Scattering Detection)による測定が推奨されている。そこで、実施例13で用いたアルギン酸ナトリウムについて、SEC-MALLSと実施例11に記載のゲルろ過クロマトグラフィーによる測定法との比較を行った。なお、SEC-MALLSは、ゲルろ過クロマトグラフィーに多角度光散乱検出器(MALLS)を併用した測定法である。
【0130】
(1)方法
ゲルろ過クロマトグラフィーによる測定は、実施例11と同一の方法で行った。SEC-MALLSによる測定は、以下の条件にて行った。
多角度光散乱検出器:Wyatt Technology DAWN HELEOS
カラム:Shodex SB-806M 2本 (昭和電工株式会社製)
溶離液:200mM 硝酸ナトリウム水溶液
流速:1.0mL/min
【0131】
(2)結果
【表4】


AL170、AL100、AL40は、実施例13で用いた精製(低エンドトキシン)アルギン酸ナトリウムと同一である。
AL170:(株)キミカー(株)持田インターナショナル、Sea Matrix(滅菌)、1%粘度約500 mPa・s
AL100:(株)キミカ製、滅菌、1%粘度約100 mPa・s
AL40:FMC Biopolymer社、PronovaTM SLM20、1%粘度約30mPa・s
(3)考察
表4に示すように、3種のアルギン酸塩は、SEC-MALLSにおける分子量は、差異があるとは明確には言えない範囲の差しか認められず、ゲルろ過クロマトグラフィーによる測定結果とは大きな違いがあった。実施例13に示すように、用いた試料間には薬理効果において明確な差があったことから、ゲルろ過クロマトグラフィーによる分子量のほうが、SEC-MALLSによる分子量よりもアルギン酸塩の治療効果との関連性が高く、軟骨再生用または軟骨疾患治療用組成物に用いるアルギン酸塩の、好適な分子量範囲を特定するパラメーターとしては、ゲルろ過クロマトグラフィーによる分子量が適していることがわかった。
【実施例15】
【0132】
ラットの実験的関節炎疼痛に対するアルギン酸の効果
(1)方法
ラットの膝関節内に尿酸ナトリウムの針状結晶(MSU)を注入して誘発させた関節炎では、疼痛のため歩行異常を呈する。Shizuhiko IHARAらの方法(Folia pharmacol. japon., Vol.100, pp359-365(1992))に準じて、MSU投与ラット実験的関節炎疼痛モデルを作成し、アルギン酸ナトリウムの関節内投与の効果を検討した。
Crl:CD系雄性ラットを5週齢で購入し、1週間の馴化後実験に供した。麻酔下でラットの右膝関節内に5.0%MSU生理食塩液懸濁液を0.05mL注入し、2、4、6および24時間後に歩行状態を観察した。歩行状態は正常歩行(0点)、軽い跛行(1点)、中程度の跛行(2点)、つま先立った歩行(3点)および3足歩行(4点)の5段階のスコアで評価した。以下の5群について各10匹を用意した。
A)コントロール群(生理食塩水投与)、
B)1%ヒアルロン酸ナトリウム溶液投与群(ARTZ(登録商標)、科研製薬(株)、分子量約90万)
C)2%精製アルギン酸ナトリウム溶液投与群((株)キミカ製、滅菌、分子量約100万)
D)1%精製アルギン酸ナトリウム溶液投与群(Sea Matrix(滅菌)、(株)キミカ製、分子量約170万)
E)2%精製アルギン酸ナトリウム溶液投与群(Sea Matrix(滅菌)、(株)キミカ製、分子量約170万)
各溶液50μLを、MSU注入の1時間前に同関節部位に投与した。
(2)結果および考察
歩行状態スコアの経時的変化を図23に示す。1%ヒアルロン酸ナトリウム溶液投与群(B群)および2%アルギン酸ナトリウム溶液投与群(C群、E群)の歩行状態スコアは、対照群(A群)に対し有意に低く、疼痛抑制効果が認められた。分子量約170万のアルギン酸ナトリウムにおける1%溶液と2%溶液の比較では、濃度依存的な疼痛抑制効果が認められた(D群、E群)。また、分子量100万と170万の2%アルギン酸ナトリウム溶液では、粘度がそれぞれ約300mPa・sおよび約5000mPa・sと異なっているが、同等の疼痛抑制効果を示した。
MSUは関節内において、滑膜細胞や好中球に直接または間接的に作用し、サイトカインなどの産生を介して関節炎を発症させると考えられている(上記Shizuhiko IHARAら論文)。すなわち、MSUにより炎症反応が誘発されその結果として疼痛を引き起こす。アルギン酸ナトリウム溶液は、該モデルにおいて疼痛抑制効果を示し、変形性関節症治療薬および慢性関節リウマチにおける関節痛抑制薬として用いられているヒアルロン酸ナトリウムと同等の効果が認められた。アルギン酸の1価金属塩は、炎症および疼痛を抑制する効果を有することが確認され、変形性関節症、肩関節周囲炎等の治療薬として有用であり、関節リウマチにおける関節疼痛への適用も可能であると考えられた。
【産業上の利用可能性】
【0133】
本発明の軟骨再生用組成物は、過度の外科的手法を必要とせず、軟骨損傷部に注入可能であるから、施術の手技が簡便であり、生体に対しても、軟骨細胞採取、骨膜採取などの過度の負担を与えることなく軟骨再生、特に硝子軟骨再生を効果的に促進させることができる。
本発明の軟骨再生用組成物は、患部でCaイオンと接触させることにより、ゲル硬化性を有する。この性質を利用して、表面を硬化させることにより、患部へ組成物を留めることが可能となる。本発明の組成物に軟骨組織再生のための細胞を包埋させた場合には、硬化させたゲルの中では、細胞が分散して存在しやすい。様々な形態の軟骨損傷部に対して利用が可能であり、様々な適用条件にも、対応が可能である。
本発明の軟骨再生用組成物は、低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を含有することで、細胞を含有しなくとも、硝子軟骨再生効果を発揮することができる。細胞を含有しない場合、生体由来や培養工程由来のウイルス等の感染の危険を軽減でき、施術もより簡便にできる。
本発明の軟骨疾患治療用組成物は、液体状態で関節内に注入することで、軟骨の修復効果、軟骨変性変化の抑制効果、軟骨保護効果、関節組織の炎症を抑制する効果、および/または関節組織の炎症による疼痛を抑制する効果を有し、軟骨疾患の治療効果を発揮する。特に、変形性関節症の治療、肩関節周囲炎の治療、関節リウマチにおける関節痛の緩和に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲルろ過クロマトグラフィーにおける重量平均分子量が50万以上である低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩および骨髄間葉系幹細胞を含有し、粘度が400mPa・s〜20000mPa・sの、流動性を有する、軟骨損傷部に適用して患部で硬化させるための硝子軟骨再生用組成物。
【請求項2】
前記組成物が、軟骨損傷部に適用され、その組成物の表面に架橋剤が適用されることで硬化する、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
架橋剤がCa2+、Mg2+、Ba2+およびSr2+からなる群より選ばれる少なくとも1つの金属イオン化合物である、請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
成長因子を含有しないことを特徴とする、請求項1乃至3のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項5】
前記骨髄間葉系幹細胞が分化誘導なしでin vitroで培養したものであることを特徴とする、請求項1乃至4のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項6】
前記細胞を包埋したアルギン酸の1価金属塩を含有する組成物は、軟骨損傷部に適用する前に、a)細胞数が1×106個/mL以上の状態、b)サフラニンO染色またはH−E染色により硝子様軟骨組織が検出される、c)抗コラーゲンII抗体、または遺伝子解析により、タイプII型コラーゲンが検出される、d)抗アグリカン抗体、または遺伝子解析によりアグリカンが検出される、e)細胞外マトリックスを分泌した状態、からなる群から選択される1以上の状態まで、in vitroで培養した骨髄間葉系幹細胞を包埋するものである、請求項1乃至4のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項7】
前記軟骨損傷部への適用が、a)軟骨欠損部への適用、b)軟骨損傷部または軟骨欠損部に1以上の穴を形成し、該形成した穴への適用、のいずれかである、請求項1乃至6のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項8】
前記細胞を包埋したアルギン酸の1価金属塩を含有する組成物は、関節鏡下、事前に洗浄し乾燥させた軟骨損傷部の空洞容積を満たすように適用され、その適用された組成物の表面に架橋剤が適用され、その後、その適用された組成物の表面に残存する架橋剤溶液を除去し、該組成物を患部で硬化させるように用いられることを特徴とする、請求項1乃至7のいずれか1項に記載の組成物。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate

【図16】
image rotate

【図17】
image rotate

【図18】
image rotate

【図19】
image rotate

【図20】
image rotate

【図21】
image rotate

【図22】
image rotate

【図23】
image rotate


【公開番号】特開2011−224378(P2011−224378A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−101107(P2011−101107)
【出願日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【分割の表示】特願2009−500239(P2009−500239)の分割
【原出願日】平成20年2月21日(2008.2.21)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 日本整形外科学会雑誌第81巻第8号第22回日本整形外科学会基礎学術集会記事(平成19年8月25日)社団法人日本整形外科学会発行S838ページ1−1−6に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 第26回日本運動器移植・再生医学研究会プログラム・抄録集(平成19年10月12日)日本運動器移植・再生医学研究会発行22ページに発表
【出願人】(000181147)持田製薬株式会社 (62)
【出願人】(504173471)国立大学法人北海道大学 (971)
【Fターム(参考)】