説明

軟骨組織再生用温度応答性軟骨細胞含有液性製剤、製造方法及びその利用方法

【課題】軟骨細胞の形質発現を高め、被移植部の炎症を抑えられる軟骨組織再生医療製剤を得ること。
【解決手段】生理食塩水に0〜80℃の温度範囲で水和力が変化するポリマーにグラフト化したヒアルロン酸が溶解し、製剤1ml当たり1×10個〜1×10個の細胞を分散させた温度応答性軟骨細胞含有液性製剤を得ること。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物学、医学等の分野において有用な軟骨組織再生用製剤に関するものであり、またその製造方法及びその利用方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
日本は高齢化社会を迎え、平均寿命は世界最高となっている。人々の希望は単なる延命よりも、より良く生きるというクオリティー・オブ・ライフ(QOL)に重点が置かれるようになってきた。その中で注目される1つに運動機能障害が上げられる。運動機能障害の原因となる関節炎にはさまざまな疾患が含まれるが、アメリカにおいては2002年に実に7000万人以上の患者が何らかの関節炎、或いは慢性の関節症状を訴えて受診している。これは成人3人に1人に達し、更に2020年までに倍増することが予想されている。日常生活の不具合を生じる割合は心疾患に次いで第2位であり、1年に862億ドルもの医療費がかかっている。このうち変形性関節症は45歳以上で2000万人以上にのぼり、主要な原因の1つである。日本でも変形性関節症の発症は多く、45〜65歳で30%、65歳以上では63〜85%の有病率となり、日本での総患者数は100万人に達し毎年90万人の新規患者が発生すると考えられている。変形性関節症等を代表とする運動器疾患は、臓器の疾患と異なり直接生命を脅かすことは少ないものの、人間の手足の自由を奪い、そのQOLを著しく低下させる。これらの運動器疾患は今後の高齢化によってますます増加することが予測され、このような障害による人的、社会的損失は極めて大きいものである。
【0003】
これらの運動器疾患の大部分は軟骨組織、骨組織が炎症、或いは損傷を受けることが原因となっている。現在、重度の疾患の場合、金属と超高分子量のポリエチレンとからなる人工関節がその治療に用いられている。しかしながら、埋め込み後10年以上経過すると摩耗し、磨耗粉により種々の望ましくない生体反応が引き起こされるようになる。これらの問題を解決するため耐磨耗性を向上させる研究が行われているが、耐磨耗性において限界が予測される。新たな解決方法として組織再生工学技術を利用した軟骨組織、骨組織の治療が注目されている。この治療方法は患部に培養した軟骨細胞又は骨細胞、及びそれより作り出した軟骨組織、骨組織を移植する方法が考えられている。
【0004】
1994年にBrittbergらが関節の非過重部より関節軟骨組織を採取し、単離した軟骨組織細胞を培養し過重部の骨軟骨全層欠損部に移植する治療法を報告(非特許文献1)して以来、1997年にFDAに認可され、ビジネス化され全世界ですでに2万例以上の症例を数える。2〜10年経過の219例の中長期成績は良好で89%に機能改善が認められた(非特許文献2)。一方で、2002年には移植後の細菌感染による死亡事例の報告があり、またCDCの調査では41例の術後感染例が見つかったため、日本でも厚生労働省健康局から日本整形外科学会にこれらの事例の情報提供があり、慎重に扱われるべき問題点もあることを再認識させられた。
【0005】
国内でも非過重部の関節軟骨から弔離した軟骨細胞や骨髄由来間葉系幹細胞を用いて組織工学的に軟骨組織を作製し、骨軟骨全層欠損例に対しては臨床応用が開始されている。しかし、これらの臨床応用例は外傷性の骨軟骨損傷や離断性骨軟骨炎であり、軟骨欠損範囲がもともと小さな症例の適応だけに限られていた(特許文献1〜3)。現状では、人工関節置換術の治療成績が安定しているために、広範な軟骨組織、骨組織の変性と部分欠損を伴う変形性関節症の治療には踏み込めていないといえる。
【0006】
細胞の培養は、通常、ガラス表面上あるいは種々の処理を行った合成高分子の表面上で行われる。この目的に、例えば、ポリスチレンを材料とする表面処理、例えばγ線照射、シリコーンコーティング等を行った種々の容器等が細胞培養用容器として普及している。このような細胞培養用容器を用いて培養・増殖した細胞は、トリプシンのような蛋白分解酵素や化学薬品により処理することで容器表面から剥離・回収される。しかし、上述のような化学薬品処理を施して増殖した細胞を回収する場合、処理工程が煩雑になり、不純物混入の可能性が多くなること、及び増殖した細胞が化学的処理により変成若しくは損傷し細胞本来の機能が損なわれる例があること等の欠点が指摘されていた。
【0007】
かかる欠点を克服するために、これまでいくつかの技術が提案されている。その中で、特に特許文献4では、水に対する上限もしくは下限臨界溶解温度が0〜80℃である温度応答性高分子を基材表面に被覆した細胞培養基材上で前眼部関連細胞を培養し、必要に応じて常法により培養細胞層を重層化させ、培養基材の温度を変えるだけで培養した細胞シートを剥離させることで、十分な強度を持った細胞シートの作製が可能となった。また、この細胞シートには基底膜様蛋白質も保持しており、上述したディスパーゼ処理したものに比べ、組織への生着性も明らかに改善されている。また、特許文献5では温度応答性ポリマーで基材表面を被覆又は補填した細胞培養基材上で軟骨組織の細胞を培養し、軟骨細胞シートを得、その後、培養液温度を上限臨界溶解温度以上又は下限臨界溶解温度以下とし、培養した重層化細胞シートを高分子膜に密着させ、そのまま高分子膜と共に剥離させること、及びそれを所定の方法で3次元構造化させることにより、構造欠陥の少ない、in vitroでの軟骨組織として幾つかの機能を備えた細胞シート、及び3次元構造が構築されることを見出した。細胞シートを利用する方法は欠損した組織を効率良く再生させるが、細胞シートを患部へ貼らなければならず、必ずしも簡便な操作で細胞の移植を終わらすことはできなかった。液体の製剤を再生したい軟骨組織へ注入するだけで十分であるような簡便な治療法が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特願2001−384446号公報
【特許文献2】特願2002−216561号公報
【特許文献3】特願2003−358118号公報
【特許文献4】特願2001−226141号公報
【特許文献5】特願2007−505956号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Brittbergら、New England Journal of Medicine,331(14),889(1994)
【非特許文献2】Peterson L、6th Annu.Meet.,American Academic Orthopaedic Surgery(1998)
【非特許文献3】Hunzikerら、The Journal of Bone and Joit Surgery,78−A,721(1996)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
再生医療の現場で、組織から採取した軟骨細胞を採取量が少量であっても脱分化させずに迅速に増殖させ、さらに簡便に患部へ注入できるようになると移植医療技術が飛躍的に発展する。本発明は、このような軟骨再生用液性製剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するために、0〜80℃の温度範囲で水和力が変化するポリマーにグラフト化したヒアルロン酸を作製し、組織から採取した軟骨細胞や滑膜細胞に与える影響について詳細に検討した。その結果、0〜80℃の温度範囲で水和力が変化するポリマーにグラフト化したヒアルロン酸がそのゲル中に存在する軟骨細胞の機能を発現し、さらに被移植部に生じた炎症を抑える効果を有することを見出した。すなわち、本発明は、軟骨組織を効率良く再生する温度応答性軟骨細胞含有液性製剤を提供する。また、本発明では、その製剤の製造方法を提供する。さらに、本発明はその製剤の利用方法を提供することも目的とする。本発明の温度応答性軟骨細胞含有液性製剤を用いることにより非常に高密度にしかも形質発現した軟骨細胞を移植することができ、早期の組織再生ができるようになる。同時に被移植部の炎症を抑えられることを見出した。したがって、本発明は細胞工学、医用工学、などの医学、生物学等の分野における極めて有用な発明である。
すなわち、本発明は、以下の通りである。
項1.軟骨組織再生のための液性製剤であって、その製剤が生理食塩水に0〜80℃の温度範囲で水和力が変化するポリマーにグラフト化したヒアルロン酸が溶解し、製剤1ml当たり1×10個〜1×10個の軟骨細胞が分散したものであり、被移植部の炎症を抑制する、温度応答性軟骨細胞含有液性製剤。
項2.0〜80℃の温度範囲で水和力が変化するポリマーにグラフト化したヒアルロン酸中のヒアルロン酸含有量が10wt%以上である、請求項1記載の温度応答性軟骨細胞含有液性製剤。
項3.軟骨細胞がヒト正常軟骨細胞である、請求項1、2のいずれか1項記載の温度応答性軟骨細胞含有液性製剤。
項4.軟骨細胞が生体組織から採取されたものである、請求項1〜3のいずれか1項記載の温度応答性軟骨細胞含有液性製剤。
項5.0〜80℃の温度範囲で水和力が変化するポリマーがポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)である、請求項1〜4のいずれか1項記載の温度応答性軟骨細胞含有液性製剤。
項6.ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)の分子量が4000〜40000である、請求項1〜5のいずれか1項記載の温度応答性軟骨細胞含有液性製剤。
項7.培地にTGF−βを含む、請求項1〜6のいずれか1項記載の温度応答性軟骨細胞含有液性製剤。
項8.軟骨欠損部へ注入する、請求項1〜7のいずれか1項記載の温度応答性軟骨細胞含有液性製剤。
項9.軟骨欠損部が骨軟骨欠損症、軟骨欠損症、変形性関節症である、請求項8記載の温度応答性軟骨細胞含有液性製剤。
項10.少なくとも0〜80℃の温度範囲で水和力が変化するポリマーにグラフト化したヒアルロン酸を、当該ポリマーの水和力の高い状態のもとで培地或いは生理食塩水中に溶解させ、軟骨細胞を分散させることを特徴とする温度応答性軟骨細胞含有液性製剤の製造方法。
項11.請求項1〜9のいずれか1項記載の温度応答性軟骨細胞含有液性製剤を軟骨欠損部へ注入し、軟骨を再生させることを特徴とする軟骨組織再生方法。
本発明の温度応答性軟骨細胞含有液性製剤を用いることにより非常に高密度にしかも形質発現した軟骨細胞を移植することができ、早期の組織再生ができるようになる。同時に被移植部の炎症を抑えられることを見出した。したがって、本発明は細胞工学、医用工学、などの医学、生物学等の分野における極めて有用な発明である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、組織から採取した軟骨細胞の形質発現を著しく高めることを可能とする。また、本発明で提供される温度応答性軟骨細胞含有液性製剤を利用すれば、被移植部の炎症を抑えられ、軟骨組織再生医療製剤として利用範囲が広くなる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】 実施例1と比較例1における、組成比が相転移特性に影響を与える結果を示す図である。
【図2】 実施例2と比較例2における、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミドをグラフト化したヒアルロン酸誘導体が軟骨細胞の遺伝子発現に及ぼす影響を調べた結果を示す図である。
【図3】 実施例3と比較例3における、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミドをグラフト化したヒアルロン酸誘導体が軟骨細胞に対して抗炎症性作用をもたらす結果を示す図である。
【図4】 実施例4における、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミドをグラフト化したヒアルロン酸誘導体と軟骨細胞の混合物が、ヌードマウス皮下において硝子軟骨を新生する結果を示す図である。(左よりそれぞれヘマトキシリン&エオジン染色、アルシアンブルー染色、トルイジンブルー染色されたもの。)
【図5】 実施例5における、細胞増殖因子がポリ−N−イソプロピルアクリルアミドをグラフト化したヒアルロン酸誘導体と軟骨細胞の混合物から新生される硝子軟骨組織の肥大化・成熟化を促進する結果を示す図である。(左よりそれぞれヘマトキシリン&エオジン染色、アルシアンブルー染色、トルイジンブルー染色されたもの。)
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、軟骨組織再生のための液性製剤であって、その製剤が生理食塩水に0〜80℃の温度範囲で水和力が変化するポリマーにグラフト化したヒアルロン酸が溶解し、軟骨細胞が分散したものである。その際、使用する0〜80℃の温度範囲で水和力が変化するポリマーは、ホモポリマー、コポリマーのいずれであってもよい。このようなポリマーとしては、例えば、特開平2−211865号公報に記載されているポリマーが挙げられる。具体的には、例えば、以下のモノマーの単独重合または共重合によって得られる。使用し得るモノマーとしては、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N−(若しくはN,N−ジ)アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、またはビニルエーテル誘導体が挙げられ、コポリマーの場合は、これらの中で任意の2種以上を使用することができる。更には、上記モノマー以外のモノマー類との共重合、ポリマー同士のグラフトまたは共重合、あるいはポリマー、コポリマーの混合物を用いてもよい。また、ポリマー本来の性質を損なわない範囲で架橋することも可能である。その際、培養、剥離されるものが細胞であることから、分離が5℃〜50℃の範囲で行われるため、温度応答性ポリマーとしては、ポリ−N−n−プロピルアクリルアミド(単独重合体の下限臨界溶解温度21℃)、ポリ−N−n−プロピルメタクリルアミド(同27℃)、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミド(同32℃)、ポリ−N−イソプロピルメタクリルアミド(同43℃)、ポリ−N−シクロプロピルアクリルアミド(同45℃)、ポリ−N−エトキシエチルアクリルアミド(同約35℃)、ポリ−N−エトキシエチルメタクリルアミド(同約45℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルアクリルアミド(同約28℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド(同約35℃)、ポリ−N,N−エチルメチルアクリルアミド(同56℃)、ポリ−N,N−ジエチルアクリルアミド(同32℃)などが挙げられる。本発明に用いられる共重合のためのモノマーとしては、ポリアクリルアミド、ポリ−N、N−ジエチルアクリルアミド、ポリ−N、N−ジメチルアクリルアミド、ポリエチレンオキシド、ポリアクリル酸及びその塩、ポリヒドロキシエチルメタクリレート、ポリヒドロキシエチルアクリレート、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、セルロース、カルボキシメチルセルロースなどの含水ポリマーなどが挙げられるが、特に制約されるものではない。その際、そのポリマー鎖の分子量は4000〜40000が良く、好ましくは10000〜30000、さらに好ましくは15000〜20000が良い。分子量が4000より小さいと本発明の製剤をゲル化させられず好ましいものではなく、逆に分子量が40000より大きい場合はそのゲルの強度が上がり操作性が悪くなり、本発明の材料として好ましくない。本発明とは、本製剤の製造時、並びに本製剤を生体内に注入する際にはこのポリマーの水和力を高めた状態とし、製剤を後述する液性媒体に溶解させ、操作性を高めることができる。一方、生体内に移植した後は、本製剤は患部でゲル化し患部で長期間、滞留させることができるものである。
【0015】
本発明に使われるヒアルロン酸は、その由来としては、例えば鶏冠、臍帯、或いは乳酸菌、連鎮球菌等が挙げられるが特に限定されるものではない。またその分子量についても限定されるものではないが、ヒアルロン酸の分子量は通常、40万〜200万のものであり、本発明の場合、この範囲の分子量のものでも良いが、好ましくは70万〜150万のものが良く、最も好ましいものとして80万〜100万のものが挙げられる。分子量が200万より大きいと操作性が悪くなり本発明として好ましくない。
【0016】
本発明では、これら0〜80℃の温度範囲で水和力が変化するポリマーとヒアルロン酸とを共有結合により結合させたものを利用する。その方法は特に限定されるものではないが、例えば、ヒアルロン酸に対し0〜80℃の温度範囲で水和力が変化するポリマーの原料となるモノマーをグラフト重合させる方法、ヒアルロン酸に対しあらかじめ作製したおいた0〜80℃の温度範囲で水和力が変化するポリマーをグラフト重合させる方法、ヒアルロン酸と0〜80℃の温度範囲で水和力が変化するポリマーを架橋させる方法等が挙げられる。得られた0〜80℃の温度範囲で水和力が変化するポリマーにグラフト化したヒアルロン酸中のヒアルロン酸含有率は限定されるものではないが、ポリマー総量に対するヒアルロン酸の重量比にして10%以上が良く、好ましくは15%以上のものが良く、さらに好ましくは25%以上のものが良く、最も好ましくは20%以上のものが良い。ヒアルロン酸の含有率が10%より低いと、軟骨細胞の形質の高発現できず、被移植部の炎症を抑える効果が得られず本発明で使う材料として好ましくなく、逆に、25%より高いと操作性が悪くなり本発明として好ましくない。
【0017】
本発明の温度応答性軟骨細胞含有液性製剤の作製に使用される好適な細胞として軟骨細胞、軟骨前駆細胞、滑膜由来細胞、滑膜幹細胞、骨芽細胞、間葉系幹細胞、脂肪由来細胞、脂肪由来幹細胞のいずれか1種、もしくは2種以上の細胞が混合されたものが挙げられるが、その種類は、何ら制約されるものではない。その際の混合比率も特に限定されるものではない。本発明の示すところの温度応答性軟骨細胞含有液性製剤中の細胞密度は培養される細胞によっても異なるが、製剤1ml当たり1×10〜1×10個の細胞が分散したものが良く、好ましくは5×10〜8×10個のものが良く、さらに好ましくは1×10〜5×10個のものが良く、最も好ましくは5×10〜1×10個のものが良い。細胞密度が、製剤1ml当たり1×10個より低いとき、軟骨組織を再生する効果が得られず本発明として好ましくなく、逆に、1×10個より多くなると細胞と細胞とが凝集し易くなり本発明として好ましくない。さらに、本発明で用いられる細胞は、生体組織から直接採取した細胞でも良く、直接採取し培養系等で分化させた細胞でも良く、或いは細胞株でも良いが、その種類は、何ら制約されるものではない。さらに、これらの細胞の動物の由来についても特に制約されるものではないが、例えば、ヒト、ラット、マウス、モルモット、マーモセット、ウサギ、イヌ、ネコ、ヒツジ、ブタ、チンパンジー等の哺乳類、或いはそれらの免疫不全動物等が挙げられるが、本発明の治療用細胞をヒトの治療に用いる場合はヒト、ブタ、チンパンジー由来の細胞を用いる方が望ましい。本発明における細胞培養のための培地は培養される細胞に対し通常用いられるものを用いれば特に制約されるものではない。
【0018】
本発明の培地とは、本発明で使用する細胞を培養するためのものであれば特に限定されるものでないが、培地中に成長因子であるTGF−β等が含まれていても良い。その培地中濃度は5ng/ml以上が良く、好ましくは50ng/ml以上が良く、さらに好ましくは100ng/ml以上が良く、最も好ましくは1000ng/ml以上は良い。例えば、細胞として軟骨細胞や軟骨前駆細胞を用いる場合、TGF−βが5ng/mlより高い濃度であると培養細胞が軟骨細胞として効率良く形質発現し、本発明として好ましい。また、本発明において、その他の培地条件は、常法に従えば良く、培養される細胞に対し通常用いられるものを用いれば特に制限されるものではない。例えば、使用する培地については、公知のウシ胎児血清(FBS、FCS)等の血清が添加されている培地でも良く、また、このような血清が添加されていない無血清培地でも良い。その際、これらの添加量も何ら限定されるものではない。
【0019】
本発明における温度応答性軟骨細胞含有液性製剤の製造方法は、上述した温度応答性ポリマーにグラフト化したヒアルロン酸、細胞、液性媒体を混合すれば良い。その方法は特に限定されるものではないが、あらかじめ生理食塩水に温度応答性ポリマーにグラフト化したヒアルロン酸を溶解させ、その中に生理食塩水中に懸濁した細胞を分散される方法、或いは細胞そのものを分散する方法等が挙げられる。その際、液性媒体は、リン酸緩衝液でも良いが、細胞培養の際に用いられる培地は好ましくない。本発明では、最終的な製剤においてはなるべく培地を除去したものとする方が好ましい。本発明においては、培地を除去する方法も特に限定されないが、通常、遠心分離器、膜ろ過等で細胞だけを回収し、再び生理食塩水中に分散させる方法が使われる。
【0020】
かくして得られた温度応答性軟骨細胞含有液性製剤は、軟骨組織再生を促す製剤として多くの特徴を有している。そのことを、軟骨細胞を例にとり、以下に具体的に示す。その一つとして、本製剤であれば、その中に分散されている軟骨細胞の形質発現を高めることができることが挙げられる。その理由は必ずしも明確になっていないが、温度応答性ポリマーにグラフト化したヒアルロン酸が軟骨細胞表層のCD44レセプターと結合し軟骨細胞を安定化させ、軟骨細胞同士の凝集、脱分化を阻止しているためと考えている。また、その安定性のため、製剤中の細胞の密度は通常の細胞培養時より低くても良い。このことは、治療の際に入手できる細胞数が限られるような場合にも有効となる。すなわち、本発明における温度応答性軟骨細胞含有液性製剤を利用することで、限られた細胞数においても良質な細胞を提供できるようになる。また、温度応答性軟骨細胞含有液性製剤中の温度応答性ポリマーにグラフト化したヒアルロン酸は患部でゲル化し、患部を外的な力学的作用から保護させることができる。一般に、患部へ移植された軟骨細胞へ力学的な負荷がかかると線維軟骨へ形質変換することが知られる。例えば、膝関節の軟骨は硝子軟骨であり、線維軟骨とは別の形質の細胞である。本発明の温度応答性軟骨細胞含有液性製剤を膝関節軟骨の再生に利用すれば、患部へ良質な軟骨細胞を供給できるばかりではなく、移植した軟骨細胞を硝子軟骨の形質を保持させることもできるようになるわけである。さらに本製剤中のヒアルロン酸は被移植部の炎症を抑える効果があることも判明した。仮に本製剤を関節鏡等を利用して移植できたとしても、関節鏡が患部に到達するまでに、滑膜等の組織を傷つけることとなる。そのような炎症に対し、本製剤中のヒアルロン酸は炎症を抑える効果を有することも見出した。
【0021】
本発明の温度応答性軟骨細胞含有液性製剤を患部へ移植する方法は特に限定されるものではなく、例えば患部を切開して注入する方法、内視鏡や関節鏡等を用いて注入する方法等が挙げられるが、患者への負担を軽減するためには後者の方法が好ましく、本発明の温度応答性軟骨細胞含有液性製剤はその後者の方法にも十分に対応できるものである。
【0022】
本発明の軟骨組織表面とは、軟骨組織、骨組織部であれば特に限定されるものではなく、一般には、関節軟骨、半月板、椎間板、肋軟骨、鼻中隔、耳介骨などが挙げられる。本発明の温度応答性軟骨細胞含有液性製剤はこうした軟骨組織の一部或いは全部を損傷もしくは欠損した患部、もしくは骨組織の一部を損傷もしくは欠損した患部を治療するために用いられ、特に限定されるわけではないが、具体的には関節炎、関節症、軟骨損傷、骨軟骨損傷、半月板損傷、椎間板変性の治療、特に従来技術では治療が困難であった変形性関節症の新規治療法として有効である。このような軟骨組織、骨組織表面に対し、本発明の温度応答性軟骨細胞含有液性製剤の利用法は特に限定されないが、例えば、本温度応答性軟骨細胞含有液性製剤を補填する方法が挙げられる。その際、このように、本発明の温度応答性軟骨細胞含有液性製剤とは、生体組織である軟骨組織、骨組織表面に極めて良好に付着できるものであり、従来技術からでは全く得られなかったものである。
【0023】
本発明に示される温度応答性軟骨細胞含有液性製剤の用途は何ら制約されるものではないが、例えば変形性関節症、関節炎、関節症、軟骨損傷、骨軟骨損傷、半月板損傷、椎間板変性の治療に有効である。
【0024】
本発明の温度応答性軟骨細胞含有液性製剤を利用すれば、組織から採取した軟骨細胞を形質を保持させながら増殖させられる。また被移植部の炎症を抑えることができるようになる。これらの技術は組織再生、細胞分化に係わる再生医療の技術として極めて有効なものと考えられる。
【実施例】
【0025】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら限定するものではない。
【実施例1】
【0026】
N−イソプロピルアクリルアミドと2−アミノエタンチオール塩酸塩を出発原料として、アゾイソブチロニトリルを触媒とするラジカル重合法により、アミノ基を末端に有するポリ−N−イソプロピルアクリルアミド(重量平均分子量:約3.7×10)を合成した。このアミノ末端化ポリ−N−イソプロピルアクリルアミドとヒアルロン酸(重量平均分子量:約7.7×10)を5:1の比で混合し、脱水縮合によりポリ−N−イソプロピルアクリルアミドをグラフト化したヒアルロン酸誘導体を作製した。未反応物および低分子量成分はアセトン洗浄および透析法(分画分子量:25,000)によって除去した。このヒアルロン酸誘導体は鋭敏な温度応答性を有し、下限臨界溶液温度は約32℃であった。なお、下限臨界溶液温度は対象溶液の吸光度変化より求め、相転移時に示す吸光度曲線の傾きの変曲点より概算した。
【比較例1】
【0027】
上記のアミノ末端化ポリ−N−イソプロピルアクリルアミドとヒアルロン酸を1:1の比で混合して、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミドをグラフト化したヒアルロン酸誘導体を作製した。このヒアルロンサン誘導体の温度応答性は鈍化し、下限臨界溶液温度は約34.5℃に上昇した。
【実施例2】
【0028】
ウサギ肋軟骨から単離された正常軟骨細胞を初代培養後、実施例1で作製したポリ−N−イソプロピルアクリルアミドをグラフト化したヒアルロン酸誘導体と混合し、37℃、5%COの条件下で、ウシ胎児血清を10%含むDMEM/F12培地を使用して4週間培養した。このとき、5.0×10個の軟骨細胞に対して、1%濃度のポリ−N−イソプロピルアクリルアミドをグラフト化したヒアルロン酸誘導体液は50μL使用した。この細胞含有ゲル状物より軟骨細胞の全RNAを抽出し、逆転写−ポリメラーゼ連鎖反応法によってゲル内で生育した細胞の遺伝子発現パターシを解析した。その結果、正常軟骨細胞に特徴的な遺伝子の発現を確認した。
【比較例2】
【0029】
実施例2で初代培養された同じ軟骨細胞を利用して、5.0×10個の軟骨細胞のみから成る凝集塊を作製し、その他の条件は実施例2と同一条件にて4週間培養した。この軟骨細胞塊より全RNAを抽出後、実施例2と等量のRNAからcDNAを合成し、逆転写−ポリメラーゼ連鎖反応法によって発現遺伝子を解析した。その結果、正常軟骨細胞に特徴的な遺伝子の発現を確認したが、実施例2と比較して、転写因子Sox9および細胞外基質アグリカンの遺伝子発現は低下した。
【実施例3】
【0030】
正常軟骨細胞5.0×10個とポリ−N−イソプロピルアクリルアミドをグラフト化したヒアルロン酸誘導体粘性体の混合物50μLを2週間培養後、培地中に炎症性サイトカインの一つである腫瘍壊死因子−αを添加(10−8M)し、刺激24時間後および72時間後に、細胞外基質の分解に関連するタンパク質の遺伝子発現の変化を実施例2と同様の手法で解析した。その結果、誘導体内でゲル培養された軟骨細胞において、マトリックスメタロプロテアーゼであるMMP3およびMMP13の発現は顕著に抑えられ、腫瘍壊死因子の刺激に対してもその発現抑制能力は維持されていた。即ち、形成された軟骨組織は抗炎症性を示すことが明らかとなった。
【比較例3】
【0031】
正常軟骨細胞5.0×10個から成る細胞凝集塊を2週間培養後、実施例3と同様に腫瘍壊死因子で刺激し、実施例3と同様に細胞外基質の分解に関連するタンパク質の遺伝子発現の変化を解析した。その結果、細胞凝集塊の軟骨細胞では、MMP3およびMMP13の発現は検出され、さらに腫瘍壊死因子の刺激によりそれら遺伝子の発現は上昇した。即ち、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミドをグラフト化したヒアルロン酸誘導体を利用しない場合には、軟骨細胞は炎症刺激に対して敏感に応答し、自身の細胞外基質を分解する酵素の発現を活性化することが確認された。
【実施例4】
【0032】
実施例2で初代培養された軟骨細胞とポリ−N−イソプロピルアクリルアミドをグラフト化したヒアルロン酸誘導体の混合物150μLを、麻酔したヌードマウスの皮下に注入移植した。移植2週間後にヌードマウスから移植物周辺の組織を摘出し、パラフィン包埋切片を準備して、ヘマトキシリン−エオジン染色、アルシアンブルー染色、トルイジンブルー染色を実施した。その結果、ヌードマウスの皮下に硝子軟骨様組織の新生が認められた。
【実施例5】
【0033】
実施例4と同様に、軟骨細胞とポリ−N−イソプロピルアクリルアミドをグラフト化したヒアルロン酸誘導体の混合物を調製し、さらにトランスフォーミング増殖因子−β(TGF−β)が10ng/mL含まれるように添加した後、これら混合物をヌードマウスの皮下に注入移植した。その後、実施例3と同様に組織学的手法によって、移植物周辺の組織を観察した。その結果、ヌードマウスの皮下に硝子軟骨様組織の新生が認められ、形成された軟骨組織は実施例4のものよりも著しい成熟化が認められた。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明によれば、組織から採取した軟骨細胞の形質発現を著しく高めることを可能とする。また、本発明で提供される温度応答性軟骨細胞含有液性製剤を利用すれば、被移植部の炎症を抑えられ、軟骨組織再生医療製剤として利用範囲が広くなる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軟骨組織再生のための液性製剤であって、その製剤が生理食塩水に0〜80℃の温度範囲で水和力が変化するポリマーにグラフト化したヒアルロン酸が溶解し、製剤1ml当たり1×10個〜1×10個の軟骨細胞が分散したものであり、被移植部の炎症を抑制する、温度応答性軟骨細胞含有液性製剤。
【請求項2】
0〜80℃の温度範囲で水和力が変化するポリマーにグラフト化したヒアルロン酸中のヒアルロン酸含有量が10wt%以上である、請求項1記載の温度応答性軟骨細胞含有液性製剤。
【請求項3】
軟骨細胞がヒト正常軟骨細胞である、請求項1、2のいずれか1項記載の温度応答性軟骨細胞含有液性製剤。
【請求項4】
軟骨細胞が生体組織から採取されたものである、請求項1〜3のいずれか1項記載の温度応答性軟骨細胞含有液性製剤。
【請求項5】
0〜80℃の温度範囲で水和力が変化するポリマーがポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)である、請求項1〜4のいずれか1項記載の温度応答性軟骨細胞含有液性製剤。
【請求項6】
ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)の分子量が4000〜40000である、請求項1〜5のいずれか1項記載の温度応答性軟骨細胞含有液性製剤。
【請求項7】
培地にTGF−βを含む、請求項1〜6のいずれか1項記載の温度応答性軟骨細胞含有液性製剤。
【請求項8】
軟骨欠損部へ注入する、請求項1〜7のいずれか1項記載の温度応答性軟骨細胞含有液性製剤。
【請求項9】
軟骨欠損部が骨軟骨欠損症、軟骨欠損症、変形性関節症である、請求項8記載の温度応答性軟骨細胞含有液性製剤。
【請求項10】
少なくとも0〜80℃の温度範囲で水和力が変化するポリマーにグラフト化したヒアルロン酸を、当該ポリマーの水和力の高い状態のもとで培地或いは生理食塩水中に溶解させ、軟骨細胞を分散させることを特徴とする温度応答性軟骨細胞含有液性製剤の製造方法。
【請求項11】
請求項1〜9のいずれか1項記載の温度応答性軟骨細胞含有液性製剤を軟骨欠損部へ注入し、軟骨を再生させることを特徴とする軟骨組織再生方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−106924(P2013−106924A)
【公開日】平成25年6月6日(2013.6.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−268341(P2011−268341)
【出願日】平成23年11月19日(2011.11.19)
【出願人】(501345220)株式会社セルシード (39)
【出願人】(511298820)
【Fターム(参考)】