説明

転がり軸受及びそれを備えたダンパー付きプーリー

【課題】微小揺動時に、外方環状部材及び内方環状部材と転動体との接触面におけるフレッチング摩耗の発生を抑制することが可能な転がり軸受及びそれを備えたダンパー付きプーリーを提供する。
【解決手段】相対回転する外方環状部材2及び内方環状部材4と、外方環状部材2及び内方環状部材4の互いに対向する外方転動体軌道溝8と内方転動体軌道溝10との間で転動する複数の転動体6を備える転がり軸受1であって、転がり軸受1の微小揺動時における振幅を転動体6がヘルツ接触する外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10に生じるヘルツ接触円の直径で割った振幅比を1.3以上とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、自動車のオルタネータ等に用いるダンパー付きプーリーが備える転がり軸受に対し、微小揺動時に生じるフレッチング摩耗を防止する転がり軸受及びそれを備えたダンパー付きプーリーに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車のクランクシャフトとオルタネータとを連結する回転伝達系においては、エンジン燃焼工程によるクランクシャフトの回転方向の増速・減速が頻繁に繰り返されるような回転変動が生じる。そのため、エンジン動力を用いて、ベルトを介してオルタネータ発電軸と一体となったプーリーを駆動させている構造においては、ベルト速度が加減速する際に、駆動プーリーとベルトとの間で滑りが生じやすく、ベルト鳴きが誘発され易かった。
【0003】
そこで、上記の回転伝達系に好適なプーリー、すなわち、プーリー回転方向のトルク変動を抑制するような構造として、例えば、特許文献1に記載されているように、相対回転可能な二つの回転体の間に弾性部材を介したダンパー付きプーリーの構造等が積極的に採用されている。
二つの回転体の間に弾性部材を介したダンパー付きプーリーとしては、例えば、図9に示すものがある。なお、図9は、従来例のダンパー付きプーリーの構成を示す図である。
【0004】
図9中に示すように、このダンパー付きプーリー18は、図外のオルタネータ側に配置した転がり軸受1を介して、プーリー20とハブ22が相対回転する構成となっている。
転がり軸受1は、相対回転する外方環状部材2及び内方環状部材4と、外方環状部材2及び内方環状部材4の互いに対向する軌道溝間で転動する複数の転動体6と、弾性部材24を備えている。ここで、外方環状部材2は、プーリー20の内周側に配置されており、内方環状部材4は、ハブ22の外周側に配置されている。また、転動体6は、鋼球等の球(ボール)を用いて形成され、外方環状部材2及び内方環状部材4は、金属材料である軸受鋼を用いて形成されている。
【0005】
そして、このような転がり軸受1を備えたダンパー付きプーリー18では、転がり軸受1がオルタネータ側にのみ配置されているため、オルタネータの作動時等、ダンパー付きプーリー18がクランクシャフト(図示せず)からの振動を受けた際に、転がり軸受1が、外方環状部材2及び内方環状部材4の径方向に微小揺動することとなる。
転がり軸受1が、外方環状部材2及び内方環状部材4の径方向に微小揺動すると、転動体6の表面や、外方環状部材2及び内方環状部材4が有する軌道溝(転動体6が転がる溝)の表面に、衝撃的な繰返し荷重が加わる。
【0006】
衝撃的な繰返し荷重が発生すると、転動体6と軌道溝との接触点に、微小滑りが発生しやすくなる。また、転がり軸受1の非稼動状態において、グリース等の潤滑油が転動体6や軌道溝の表面に十分に行き届いておらず、油膜が十分に形成されていない状態で、転動体6と軌道溝との接触点に微小滑りが発生すると、金属同士(外方環状部材2及び内方環状部材4と、転動体6)が接触してしまう。
【0007】
金属同士の接触による微小滑りが発生すると、転動体6の表面や軌道溝の表面に、フレッチング摩耗が生じることになる。その結果、転動体6及び軌道溝の表面形状の精度が悪化し、軸受トルクの増大や、損傷部を起点とした剥離等、様々な不具合が生じて、音響レベルの増加や、回転精度の著しい低下が発生するおそれがある。
このような問題に対し、転動体及び軌道溝の摩耗、特に、フレッチング摩耗を軽減する技術として、例えば、特許文献2に記載の技術や、特許文献3に記載の技術が開示されている。
特許文献2に記載の技術は、転動体として、鋼材等の金属材料を用いて形成した鋼球の代わりに、セラミックスを用いて形成したセラミックボールを使用するものである。ここで、セラミックスは、外方環状部材及び内方環状部材を構成する鋼の平均線膨張率との差が小さい材料である。
【0008】
また、特許文献3に記載の技術は、転がり軸受の有効仕事量(=有効接触面積×平均面圧×すべり量×摩擦係数)を求め、この有効仕事量に基づいて、フレッチング摩耗による異音の発生を予測するものである。
また、特許文献2及び特許文献3に記載の技術以外にも、例えば、転動体(ボール)の転がり方向に微小揺動が生じる際のフレッチング磨耗対策として、転がり軸受の振幅比を大きくするために、軌道溝の曲率(R)を小さくする技術がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特表2008−528906号公報
【特許文献2】特開2005−188726号公報
【特許文献3】特開2005−10134号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、セラミックスは、鋼材と比較して高価であるため、上述した特許文献2に記載の技術のように、転動体としてセラミックボールを使用すると、転動体として鋼球を使用した転がり軸受と比較して、部品コストが増加するという問題がある。また、転動体としてセラミックボールを使用した場合であっても、フレッチング摩耗の発生を抑制することが可能な転がり軸受を提供することは困難である。
【0011】
また、上述した特許文献3に記載の技術では、フレッチング摩耗による異音の発生を予測することは可能であるが、フレッチング摩耗の発生を抑制することが可能な転がり軸受を提供することは困難である。
また、ダンパー付きプーリーに用いる転がり軸受は、転動体が外方環状部材及び内方環状部材の径方向に微小揺動するため、転がり軸受の振幅比を大きくするためには、軌道溝の曲率を大きくする必要があるため、上述した従来技術の適用は困難である。
【0012】
本発明は、上記のような問題点に着目してなされたもので、転がり軸受の微小揺動時に、外方環状部材及び内方環状部材と転動体との接触面における、フレッチング摩耗の発生を抑制することが可能な、転がり軸受及びそれを備えたダンパー付きプーリーを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために、本発明のうち、請求項1に記載した発明は、相対回転する外方環状部材及び内方環状部材と、前記外方環状部材及び前記内方環状部材の互いに対向する軌道溝間で転動する複数の転動体と、を備える転がり軸受であって、
前記転がり軸受の微小揺動時における振幅を前記転動体がヘルツ接触する前記軌道溝に生じるヘルツ接触円の直径で割った振幅比を1.3以上とすることを特徴とするものである。
本発明によると、転がり軸受の微小揺動時における振幅を転動体がヘルツ接触する軌道溝に生じるヘルツ接触円の直径で割った振幅比を、1.3以上とすることにより、転がり軸受の微小揺動時における、外方環状部材及び内方環状部材の振幅を大きくすることが可能となる。
【0014】
また、転がり軸受の微小揺動時における振幅を転動体がヘルツ接触する軌道溝に生じるヘルツ接触円の直径で割った振幅比を、1.3以上とすることにより、前記振幅比を1.3未満とした場合と比較して、外方環状部材及び内方環状部材と転動体との接触面における、フレッチング摩耗の発生を効果的に抑制することが可能となる。
このため、転がり軸受の微小揺動時における振幅比を大きくすることが可能となり、外方環状部材及び内方環状部材と転動体との接触面における、フレッチング摩耗の発生を抑制することが可能となる。
【0015】
また、転がり軸受の微小揺動時における振幅比を大きくすることにより、外方環状部材及び内方環状部材と転動体との間に配置した潤滑剤により構成される潤滑膜を、外方環状部材及び内方環状部材と転動体との接触面の全域に亘って形成することが可能となる。
このため、外方環状部材及び内方環状部材と転動体との接触面における、フレッチング摩耗の発生を抑制することが可能となる。なお、上記の潤滑膜とは、例えば、潤滑剤が含む増ちょう剤により構成される増ちょう剤保護膜である。
【0016】
次に、請求項2に記載した発明は、請求項1に記載した転がり軸受であって、前記外方環状部材の外径をD1、前記内方環状部材の内径をD2、前記転動体のピッチ円直径をPCDとしたときに、以下の条件式(I)を満足して形成されていることを特徴とするものである。
(D1+D2)/2 < PCD … (I)
本発明によると、転がり軸受を、上記の条件式(I)を満足して形成することにより、外方環状部材、内方環状部材及び転動体の形状寸法を設定して、転がり軸受の微小揺動時における振幅比を1.3以上とすることが可能となる。
【0017】
また、転がり軸受を、上記の条件式(I)を満足して形成する際に、転がり軸受の微小揺動時における振幅を転動体がヘルツ接触する軌道溝に生じるヘルツ接触円の直径で割った振幅比が1.3以上となるように形成することにより、前記振幅比を1.3未満とした場合と比較して、外方環状部材及び内方環状部材と転動体との接触面における、フレッチング摩耗の発生を効果的に抑制することが可能となる。
このため、外方環状部材及び内方環状部材と転動体との接触面における、フレッチング摩耗の発生を抑制することが可能となる。
【0018】
次に、請求項3に記載した発明は、請求項1に記載した転がり軸受であって、前記外方環状部材の外径をD1、前記内方環状部材の内径をD2、前記転動体の直径をDBとしたときに、以下の条件式(II)を満足して形成されていることを特徴とするものである。
DB/{(D1−D2)/2} < 0.55 … (II)
本発明によると、転がり軸受を、上記の条件式(II)を満足して形成することにより、外方環状部材、内方環状部材及び転動体の形状寸法を設定して、転がり軸受の微小揺動時における振幅比を1.3以上とすることが可能となる。
【0019】
また、転がり軸受を、上記の条件式(II)を満足して形成する際に、転がり軸受の微小揺動時における振幅を転動体がヘルツ接触する軌道溝に生じるヘルツ接触円の直径で割った振幅比が1.3以上となるように形成することにより、前記振幅比を1.3未満とした場合と比較して、外方環状部材及び内方環状部材と転動体との接触面における、フレッチング摩耗の発生を効果的に抑制することが可能となる。
このため、外方環状部材及び内方環状部材と転動体との接触面における、フレッチング摩耗の発生を抑制することが可能となる。
【0020】
次に、請求項4に記載した発明は、請求項1に記載した転がり軸受であって、前記転動体の直径をDB、前記軌道溝の曲率をRとしたときに、以下の条件式(III)を満足して形成されていることを特徴とするものである。
0.51 < R/DB < 0.55 … (III)
本発明によると、転がり軸受を、上記の条件式(III)を満足して形成することにより、転動体、外方転動体軌道溝及び内方転動体軌道溝の形状寸法を設定して、転がり軸受の微小揺動時における振幅比を1.3以上とすることが可能となる。
【0021】
また、転がり軸受を、上記の条件式(III)を満足して形成する際に、転がり軸受の微小揺動時における振幅を転動体がヘルツ接触する軌道溝に生じるヘルツ接触円の直径で割った振幅比が1.3以上となるように形成することにより、前記振幅比を1.3未満とした場合と比較して、外方環状部材及び内方環状部材と転動体との接触面における、フレッチング摩耗の発生を効果的に抑制することが可能となる。
このため、外方環状部材及び内方環状部材と転動体との接触面における、フレッチング摩耗の発生を抑制することが可能となる。
【0022】
次に、請求項5に記載した発明は、請求項1に記載した転がり軸受であって、前記転がり軸受の運転時における、前記外方環状部材及び前記内方環状部材と前記転動体との、前記外方環状部材及び前記内方環状部材の径方向に沿った隙間をCLとしたときに、以下の条件式(IV)を満足して形成されていることを特徴とするものである。
CL ≧ 0[μm] … (IV)
本発明によると、転がり軸受を、上記の条件式(IV)を満足して形成することにより、転がり軸受の運転時における、外方環状部材、内方環状部材及び転動体の形状寸法を設定して、転がり軸受の微小揺動時における振幅比を1.3以上とすることが可能となる。
【0023】
また、転がり軸受を、上記の条件式(IV)を満足して形成する際に、転がり軸受の微小揺動時における振幅を転動体がヘルツ接触する軌道溝に生じるヘルツ接触円の直径で割った振幅比が1.3以上となるように形成することにより、前記振幅比を1.3未満とした場合と比較して、外方環状部材及び内方環状部材と転動体との接触面における、フレッチング摩耗の発生を効果的に抑制することが可能となる。
このため、外方環状部材及び内方環状部材と転動体との接触面における、フレッチング摩耗の発生を抑制することが可能となる。
【0024】
次に、請求項6に記載した発明は、請求項1から5のうちいずれか1項に記載した転がり軸受であって、前記外方環状部材及び前記内方環状部材と前記転動体との間に潤滑剤を配置し、
前記潤滑剤は、増ちょう剤としてウレアを用いるとともに、基油としてポリ‐α‐オレフィン油を用いたグリースであることを特徴とするものである。
【0025】
本発明によると、潤滑剤であるグリースが、増ちょう剤としてウレアを、且つ基油としてポリ‐α‐オレフィン油を用いていない場合と比較して、転がり軸受の微小揺動時において、増ちょう剤として用いたウレアと、基油として用いたポリ‐α‐オレフィン油が離油しやすくなる。
このため、転がり軸受の微小揺動時において、増ちょう剤により構成される増ちょう剤保護膜を、外方環状部材及び内方環状部材と転動体との接触面に亘って形成することが容易となり、外方環状部材及び内方環状部材と転動体との接触面における、フレッチング摩耗の発生を抑制することが可能となる。
【0026】
次に、請求項7に記載した発明は、請求項6に記載した転がり軸受であって、前記グリースは、基油動粘度が10〜250[mm/s(温度条件:40℃)]の範囲内であり、混和ちょう度が200〜400の範囲内であることを特徴とするものである。
本発明によると、グリースが、基油動粘度が10〜250[mm/s(温度条件:40℃)]の範囲外であり、混和ちょう度が200〜400の範囲外である場合と比較して、転がり軸受の微小揺動時において、増ちょう剤として用いたウレアと、基油として用いたポリ‐α‐オレフィン油が離油しやすくなる。
このため、転がり軸受の微小揺動時において、増ちょう剤により構成される増ちょう剤保護膜を、外方環状部材及び内方環状部材と転動体との接触面に亘って形成することが容易となり、外方環状部材及び内方環状部材と転動体との接触面における、フレッチング摩耗の発生を抑制することが可能となる。
【0027】
次に、請求項8に記載した発明は、請求項6または7に記載した転がり軸受であって、前記潤滑剤に、硫化鉄を添加し、
前記硫化鉄は、硫化鉄(II)(FeS)、硫化第二鉄(Fe)及び二硫化鉄(FeS)のうち少なくとも一つであることを特徴とするものである。
本発明によると、外方環状部材及び内方環状部材と転動体との間に潤滑剤を配置した潤滑剤に、硫化鉄(FeS,Fe,FeS)を添加している。
このため、潤滑剤に硫化鉄(FeS,Fe,FeS)を添加していない場合と比較して、耐フレッチング性を向上させることが可能となる。
【0028】
次に、請求項9に記載した発明は、請求項1から8のうちいずれか1項に記載した転がり軸受と、前記外方環状部材の外周側に配置されて外方環状部材と共に回転するプーリーと、前記内方環状部材の内周側に配置されて内方環状部材と共に回転するハブと、を備えることを特徴とするダンパー付きプーリーである。
本発明によると、転がり軸受の、外方環状部材及び内方環状部材の径方向への微小揺動時における、外方環状部材及び内方環状部材の振幅を大きくすることが可能となり、転がり軸受の微小揺動時における振幅比を大きくすることが可能となる。
このため、外方環状部材及び内方環状部材と転動体との接触面における、フレッチング摩耗の発生を抑制することが可能となり、ダンパー付きプーリーの作動性及び耐久性を向上させることが可能となる。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、転がり軸受の微小揺動時に、外方環状部材及び内方環状部材と転動体との接触面における、フレッチング摩耗の発生を抑制することが可能となるため、転動体、外方環状部材及び内方環状部材の損傷を低減することが可能となる。
また、転がり軸受の、外方環状部材及び内方環状部材の径方向への微小揺動時において、外方環状部材及び内方環状部材と転動体との接触面における、フレッチング摩耗の発生を抑制することが可能となるため、転がり軸受を備えるダンパー付きプーリーの作動性及び耐久性を向上させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の転がり軸受を示す断面図である。
【図2】標準的に用いられている転動体の直径を示す図である。
【図3】転がり軸受の微小揺動時における振幅と、転がり軸受の微小揺動時において、転動体がヘルツ接触する軌道溝に生じるヘルツ接触円とを示す模式図である。
【図4】転がり軸受の微小揺動時において転動体がヘルツ接触する軌道溝に生じる損傷比の算出に用いる、試験装置の構成を示す図である。
【図5】転がり軸受の微小揺動時における振幅比と、試験装置を用いて算出した損傷比との関係を示す図である。
【図6】二種類の潤滑剤に対し、遠心離油度の経時変化を測定した結果を示す図である。
【図7】FT‐IRを用いた、白い保護膜の測定結果を示す図である。
【図8】組成の異なる二種類の潤滑剤を用いた転がり軸受に対し、試験装置を用いて損傷比を算出した結果を示す図である。
【図9】従来例の転がり軸受を備えたダンパー付きプーリーの構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明を実施するための最良の形態(以下、「実施形態」と記載する)について、図面を参照しつつ説明する。
(第一実施形態)
(構成)
まず、図1を参照して、転がり軸受1の構成を説明する。
図1は、本実施形態の転がり軸受1を示す断面図である。
図1中に示すように、転がり軸受1は、外方環状部材(外輪)2と、内方環状部材(内輪)4と、複数の転動体6とを備えている。
外方環状部材2は、金属材料である軸受鋼を用いて形成された、内方環状部材4よりも大径の環状部材であり、その内径面に、外方転動体軌道溝8を有している。外方転動体軌道溝8は、転動体6の形状に応じた、断面円弧状の溝である。
【0032】
内方環状部材4は、金属材料である軸受鋼を用いて形成された、外方環状部材2よりも小径の環状部材であり、その外径面に、外方転動体軌道溝8と対向する内方転動体軌道溝10を有している。また、内方環状部材4は、外方環状部材2の内径側に配置されている。内方転動体軌道溝10は、外方転動体軌道溝8と同様、転動体6の形状に応じた、断面円弧状の溝である。
各転動体6は、例えば、鋼等の金属材料を用いて形成した鋼球である。すなわち、本実施形態の転がり軸受1は、玉軸受である。なお、本実施形態では、一例として、転動体6が鋼球である場合について説明する。
【0033】
また、各転動体6は、それぞれ、互いに対向する軌道溝間、すなわち、外方転動体軌道溝8と内方転動体軌道溝10との間へ、転動自在に装填されている。これにより、外方環状部材2と内方環状部材4は、各転動体6の転動を介して、相対回転する。
また、特に図示しないが、外方環状部材2と内方環状部材4との間には、転動体6とともに、グリース等の潤滑剤が配置されている。
この潤滑剤は、増ちょう剤としてウレアを用いるとともに、基油としてポリ‐α‐オレフィン油を用いたグリースである。
【0034】
また、上記のグリースは、基油動粘度が10〜250[mm/s(温度条件:40℃)]の範囲内であり、混和ちょう度が200〜400の範囲内のグリースである。
ここで、本実施形態では、一例として、外方環状部材2と内方環状部材4との間へ配置する潤滑剤に、硫化鉄(FeS:硫化鉄(II),Fe:硫化第二鉄,FeS:二硫化鉄)を添加した場合を説明する。
また、本実施形態では、一例として、潤滑剤に添加した硫化鉄の平均粒径を、20[nm]とした場合を説明する。なお、硫化鉄の平均粒径は、20[nm]に限定するものではない。
【0035】
(転がり軸受の形状寸法)
次に、転がり軸受1の形状寸法について説明する。
本実施形態の転がり軸受1は、外方環状部材2の外径をD1、内方環状部材4の内径をD2、転動体6のピッチ円直径をPCDとしたときに、以下の条件式(I)を満足して形成されている。具体的には、外方環状部材2の外径及び内方環状部材4の内径に応じて、転動体6のピッチ円直径を設定している。
(D1+D2)/2 < PCD … (I)
【0036】
転がり軸受1を、上記の条件式(I)を満足して形成すると、外方環状部材2の外径及び内方環状部材4の内径に対する、転動体6のピッチ円直径が増加する。これにより、転がり軸受1の微小揺動時における、外方環状部材2及び内方環状部材4の振幅が大きくなる。なお、転がり軸受1の微小揺動時における、外方環状部材2及び内方環状部材4の振幅については、後述する。
【0037】
ここで、本実施形態では、転がり軸受1を、上記の条件式(I)を満足して形成する際に、転がり軸受1の微小揺動時における振幅を転動体6がヘルツ接触(弾性接触)する軌道溝(外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10)に生じるヘルツ接触円の直径で割った振幅比が、1.3以上(振幅比≧1.3)となるように形成する。この理由については、後述する。なお、以降の説明では、転がり軸受1の微小揺動時における振幅を転動体6がヘルツ接触する軌道溝に生じるヘルツ接触円の直径で割った振幅比を、「転がり軸受1の微小揺動時における振幅比」と記載する。
【0038】
また、本実施形態の転がり軸受1は、上述した条件式(I)に加え、転動体6の直径をDBとしたときに、以下の条件式(II)を満足して形成されている。具体的には、転動体6のピッチ円直径に応じて、転動体6の直径を設定している。
DB/{(D1−D2)/2} < 0.55 … (II)
転がり軸受1を、上記の条件式(II)を満足して形成すると、転動体6のピッチ円直径に対する転動体6の直径が減少する。これにより、転がり軸受1の微小揺動時における、外方環状部材2及び内方環状部材4の振幅が大きくなる。
ここで、本実施形態では、転がり軸受1を、上記の条件式(II)を満足して形成する際に、上記の条件式(I)を満足して形成する際と同様、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比が、1.3以上となるように形成する。
【0039】
なお、本実施形態では、転動体6の直径を、上記の条件式(II)を満足するように設定しているが、標準的に用いられている転動体は、例えば、図2中に示すように、外方環状部材2の外径をD1、内方環状部材4の内径をD2、転動体6の直径をDBとしたときに、以下の条件式(V)を満足して形成されている。なお、図2は、標準的に用いられている転動体の直径を示す図である。また、図2中では、横軸に内方環状部材の内径(D2)を示し、縦軸に以下の条件式(V)で規定される値(DB/{(D1−D2)/2})を示す。
0.55 ≦ DB/{(D1−D2)/2} ≦ 0.65 … (V)
したがって、本実施形態の転がり軸受1が備える転動体6は、標準的に用いられている転動体と比較して、その直径DBが小さい。
【0040】
さらに、本実施形態の転がり軸受1は、上述した条件式(I)及び条件式(II)に加え、外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10の曲率をRとしたときに、以下の条件式(III)を満足して形成されている。具体的には、転動体6の直径に応じて、外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10の曲率Rを設定している。
0.51 < R/DB < 0.55 … (III)
【0041】
転がり軸受1を、上記の条件式(III)を満足して形成すると、転動体6の直径に対する外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10の曲率Rが減少する。これにより、転がり軸受1の微小揺動時における、外方環状部材2及び内方環状部材4の振幅が大きくなる。
ここで、本実施形態では、転がり軸受1を、上記の条件式(III)を満足して形成する際に、上記の条件式(I)を満足して形成する際と同様、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比が、1.3以上となるように形成する。
【0042】
また、本実施形態の転がり軸受1は、上述した条件式(I)〜(III)に加え、転がり軸受1の運転時における、外方環状部材2及び内方環状部材4と転動体6との、外方環状部材2及び内方環状部材4の径方向に沿った隙間をCLとしたときに、以下の条件式(IV)を満足して形成されている。具体的には、外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10との隙間に応じて、転動体6の直径を設定している。なお、隙間CLは、微小な隙間であるため、図1中には示していない。
CL ≧ 0[μm] … (IV)
転がり軸受1を、上記の条件式(IV)を満足して形成すると、転がり軸受1の運転時における、転動体6と外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10との隙間が増加する。これにより、転がり軸受1の微小揺動時における、外方環状部材2及び内方環状部材4の振幅が大きくなる。
【0043】
ここで、本実施形態では、転がり軸受1を、上記の条件式(IV)を満足して形成する際に、上記の条件式(I)を満足して形成する際と同様、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比が、1.3以上となるように形成する。
以上により、本実施形態の転がり軸受1は、上記の条件式(I)〜(IV)を満足して形成されている。
また、以上説明したように、本実施形態の転がり軸受1は、上記の条件式(I)〜(IV)を満足して形成されて、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比を1.3以上としている。
【0044】
(転がり軸受の微小揺動時における振幅比)
次に、図1を参照しつつ、図3を用いて、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比について説明する。
図3は、転がり軸受1の微小揺動時における振幅と、転がり軸受1の微小揺動時において、転動体6がヘルツ接触する軌道溝に生じるヘルツ接触円とを示す模式図である。
図3中に示すように、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比は、転がり軸受1に微小揺動運動が発生した時の振幅Aを、転動体6がヘルツ接触する軌道溝に生じるヘルツ接触円の直径DCで割った値である。
【0045】
(振幅比の設定理由)
次に、図1及び図3を参照しつつ、図4及び図5を用いて、転がり軸受1を、上記の条件式(I)〜(IV)を満足して形成する際に、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比が、1.3以上となるように形成する理由について説明する。
ここで、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比を設定する理由の説明は、後述する損傷比を算出する試験を行い、さらに、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比と損傷比との関係を用いて行う。
【0046】
(試験装置の構成)
以下、図1及び図3を参照しつつ、図4を用いて、損傷比の算出試験に用いる試験装置の構成を説明する。
図4は、転がり軸受1の微小揺動時において転動体6がヘルツ接触する軌道溝に生じる損傷比(以下、「損傷比」と記載する)の算出に用いる、試験装置12の構成を示す図である。この損傷比は、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比と、転動体6、外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10に生じる損傷との関係を示す際に用いる。
図4中に示すように、試験装置12は、荷重付加部14と、微小揺動付加部16とを備えている。
【0047】
なお、図4中に示すように、軌道溝に生じる損傷比の算出に用いる転がり軸受1としては、互いに対向する軌道溝を有し、厚さ方向に積層した二つの環状部材と、これらの環状部材が有する軌道溝間に装填された複数の転動体6を備えるスラスト玉軸受を用いる。ここで、二つの環状部材は、それぞれ、外方環状部材2及び内方環状部材4に相当する部材であり、図4中及び以降の説明では、二つの環状部材のうち上方に配置された環状部材を、外方環状部材2と記載し、二つの環状部材のうち下方に配置された環状部材を、内方環状部材4と記載する。
【0048】
荷重付加部14は、内方環状部材4を、上方へ押圧することにより、転がり軸受1に対して、転がり軸受1の軸方向に、荷重(面圧荷重)を付加している。
微小揺動付加部16は、本体部16aと、偏心カム16bと、クランク16cと、回転軸16dと、押圧部16eを備えている。
本体部16aは、例えば、ACサーボモータ等の駆動機構を用いて形成してあり、一方向(図中に示す矢印の方向)に回転可能となっている。
偏心カム16bと、クランク16cと、回転軸16dと、押圧部16eは、本体部16aと順次接続しており、本体部16aが回転すると、この回転を、外方環状部材2に伝達する。
【0049】
具体的には、本体部16aの回転を、偏心カム16bにより偏心した回転(偏心回転)に変換し、この変換した偏心回転を、クランク16c及び回転軸16dを介して、押圧部16eに伝達する。そして、偏心回転が伝達された押圧部16eは、外方環状部材2を内方環状部材4側(下方)へ押圧しながら、偏心回転を外方環状部材2へ伝達する。このため、転がり軸受1には、転がり軸受1の径方向への微小揺動が加わる。
【0050】
(損傷比の算出方法)
以下、損傷比の算出方法について説明する。
損傷比を算出する際には、まず、試験前の転動体6、外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10に対し、干渉顕微鏡等を用いて、損傷部の最大高さ(以下、「試験前の損傷部の最大高さH1」と記載する)を測定する。なお、試験前の損傷部の最大高さH1とは、転動体6、外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10の製造時等、試験実施前に、これらの表面に発生した損傷を示す。
【0051】
試験前の損傷部の最大高さH1を測定した後、試験装置12を用いて、転動体6、外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10に対する耐磨耗試験を行う。
ここで、本実施形態では、耐磨耗試験の各種試験条件を、温度を室温、試験に用いる転がり軸受(試験軸受)を、転動体6の個数が3個の軸受、微小揺動の最大揺動速度を20[mm/s(3Hz)]、転がり軸受1の軸方向(図3中における上下方向)に付加する最大接触面圧を3.24[GPa]、接触円の直径を0.42[mm]、実験時における転がり軸受1の振幅比(振幅比)を0.5〜1.9、揺動回数を10[cycle]とする。
【0052】
また、本実施形態では、組成の異なる二種類の潤滑剤を用いた転がり軸受1に対して、転動体6、外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10に対する耐磨耗試験を行う。
ここで、二種類の潤滑剤としては、本発明例の潤滑剤である、基油としてポリ‐α‐オレフィン油を用いたグリースと、比較例の潤滑剤である、基油としてエステル油を用いたグリースを用いた。なお、二種類の潤滑剤は、共に、増ちょう剤としてウレアを用いている。
【0053】
試験装置12を用いて、転動体6、外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10に対する耐磨耗試験を行った後、この転動体6、外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10に対し、干渉顕微鏡等を用いて、損傷部の最大高さ(以下、「試験後の損傷部の最大高さH2」と記載する)を測定する。
そして、試験後の損傷部の最大高さH2を試験前の損傷部の最大高さH1で割る(H2/H1)ことにより、損傷比を算出する。ここで、損傷比は、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比の変化に応じて、複数回算出する。
【0054】
(転がり軸受の微小揺動時における振幅比と損傷比との関係)
以下、図1、図3及び図4を参照しつつ、図5を用いて、転がり軸受1の微小揺動時における、振幅比と損傷比との関係を説明する。
図5は、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比と、試験装置12を用いて算出した損傷比との関係を示す図である。なお、図5中では、横軸に転がり軸受1の微小揺動時における振幅比(振幅比)を示し、縦軸に損傷比を示す。
【0055】
また、図5中では、基油としてエステル油(図中では、「エステル」と示す)を用いたグリースを潤滑剤として用いた転がり軸受1に対して算出した損傷比を、記号「□」を付して示す。同様に、基油としてポリ‐α‐オレフィン油(図中では、「PAO」と示す)を用いたグリースを潤滑剤として用いた転がり軸受1に対して算出した損傷比を、記号「◇」を付して示す。
図5中に示すように、基油としてポリ‐α‐オレフィン油を用いたグリースを潤滑剤として用いた転がり軸受1は、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比が1.3以上となる場合に、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比が1.3未満の場合よりも、損傷比が低下している。
【0056】
これに加え、図5中に示すように、基油としてポリ‐α‐オレフィン油を用いたグリースを潤滑剤として用いた転がり軸受1は、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比が1.3以上であるとともに、2.0未満となる場合に、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比が1.3未満の場合よりも、損傷比が低下している。
したがって、転がり軸受1を、上記の条件式(I)〜(IV)を満足して形成する際に、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比が1.3以上となるように形成することにより、外方環状部材2及び内方環状部材4と転動体6との接触面における、フレッチング摩耗の発生を低減することが可能となる。これにより、試験後の転動体6、外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10に生じる損傷を低減することが可能となる。
【0057】
これは、上述したように、転がり軸受1を、上記の条件式(I)〜(IV)を満足して形成することにより、転がり軸受1の微小揺動時における、外方環状部材2及び内方環状部材4の振幅が大きくなると、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比を大きくすることが可能となるためである。すなわち、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比を大きくすると、図5中に示すように、損傷比が低下するため、外方環状部材2及び内方環状部材4と転動体6との接触面における、フレッチング摩耗の発生を抑制することが可能となるためである。
【0058】
(潤滑剤の遠心離油度)
次に、図1、図3から図5を参照しつつ、図6を用いて、上述した二種類の潤滑剤に対し、遠心離油度の経時変化を測定した結果を説明する。
図6は、二種類の潤滑剤に対し、遠心離油度の経時変化を測定した結果を示す図である。なお、図6中では、横軸に経過時間[min]を示し、縦軸に遠心離油度[%]を示す。
ここで、遠心離油度とは、5[g]のグリースを遠心分離機にかけて、グリースの他の成分から離油した基油の質量パーセントである。なお、本実施形態では、遠心分離機の使用条件を、温度を室温、作動時間を6時間、回転数を15000[rpm]とする。
【0059】
また、図6中では、基油としてエステル油(図中では、「エステル」と示す)を用いたグリースである潤滑剤を、記号「□」を付して示し、基油としてポリ‐α‐オレフィン油(図中では、「PAO」と示す)を用いたグリースである潤滑剤を、記号「◇」を付して示す。
なお、上述したように、二種類の潤滑剤は、共に、増ちょう剤としてウレアを用いており、基油として用いている成分(エステル油、ポリ‐α‐オレフィン油)が互いに異なる。
【0060】
図6中に示すように、基油としてポリ‐α‐オレフィン油を用いたグリースである潤滑剤は、基油としてエステル油を用いたグリースである潤滑剤よりも、遠心離油度が高い、すなわち、離油しやすい。
これは、以下に示すように、基油の極性の違いに起因すると考えられる。
すなわち、増ちょう剤として用いたウレアは、極性が比較的大きい物質であり、エステル油も、極性が大きい物質であるため、基油としてエステル油を用いたグリースである潤滑剤は、ウレアとエステル油との結び付きが強く、離油しにくくなったと考えられる。
一方、ポリ‐α‐オレフィン油は、極性が無い(無極性)物質であるため、基油としてポリ‐α‐オレフィン油を用いたグリースである潤滑剤は、ウレアとエステル油との結び付きが弱く、離油しやすいと考えられる。
【0061】
(潤滑剤の遠心離油度に応じた潤滑膜の形成)
次に、図1、図3から図6を参照しつつ、図7を用いて、上述した二種類の潤滑剤に対し、外方環状部材2及び内方環状部材4と転動体6との接触面に形成される潤滑膜を測定した結果を説明する。なお、潤滑膜とは、潤滑剤によって形成される膜である。
ここで、潤滑膜の測定は、上述した二種類の潤滑剤を用いた転がり軸受1に対し、共に、測定時における転がり軸受1の振幅比を1.9に設定してフレッチング磨耗の測定試験を実施し、試験実施後の試験片に対し、外方環状部材2及び内方環状部材4の、転動体6との接触面を石油ベンジンで洗浄して、表面の状態を観察して行った。
【0062】
その結果、基油としてエステル油を用いたグリースである潤滑剤を用いた転がり軸受1では、外方環状部材2及び内方環状部材4の、転動体6との接触面において、潤滑膜が殆ど形成されていなかった。
一方、基油としてポリ‐α‐オレフィン油を用いたグリースである潤滑剤を用いた転がり軸受1では、外方環状部材2及び内方環状部材4の、転動体6との接触面において、白い保護膜が形成されていた。
【0063】
そして、この白い保護膜を、FT‐IR(Fourier transform‐InfraRed Spectrophotometer:フーリエ変換赤外分光光度計)を用いて測定した結果、図7中に示すように、N‐H結合のピークが観測された。これにより、白い保護膜は、基油としてポリ‐α‐オレフィン油を用いたグリースである潤滑剤が含む増ちょう剤により構成される、増ちょう剤保護膜であることが確認された。なお、図7は、FT‐IRを用いた、白い保護膜の測定結果を示す図である。また、図7中では、横軸にFT‐IR測定結果(1/cm)を示し、縦軸にN‐H結合(%T)を示す。
【0064】
以上により、基油として、極性の小さい(無い)ポリ‐α‐オレフィン油を用いたグリースでは、遠心離油度が高くなるため、外方環状部材2及び内方環状部材4の、転動体6との接触面から基油が排除されやすくなる。これにより、外方環状部材2及び内方環状部材4の、転動体6との接触面の全域に亘って、残留した増ちょう剤が保護膜(潤滑膜)を形成しやすくなり、耐フレッチング性が向上して、フレッチング摩耗の発生を抑制することが可能となると考えられる。
【0065】
(潤滑材に硫化鉄を添付した理由)
次に、図1、図4から図7を参照しつつ、図8を用いて、潤滑剤に硫化鉄(FeS:硫化鉄(II),Fe:硫化第二鉄,FeS:二硫化鉄)を添加した理由を説明する。
図8は、組成の異なる二種類の潤滑剤を用いた転がり軸受1に対し、上述した試験装置12を用いて、上述した損傷比を算出した結果を示す図である。
ここで、二種類の潤滑剤としては、本実施形態(実施例)の潤滑剤と、比較例の潤滑剤を用いる。
本実施形態(実施例)の潤滑剤は、基油としてポリ‐α‐オレフィン油(PAO)を用い、増ちょう剤として脂環族ウレアを用い、さらに、硫化鉄(FeS,Fe,FeS)を添加したグリースである。
【0066】
一方、比較例の潤滑剤は、基油としてエステル油を用いたグリースである。
損傷比を算出する際には、まず、上記と同様の手順により、試験前の損傷部の最大高さH1を測定する。その後、試験装置12を用いて、転動体6、外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10に対する耐磨耗試験を行う。
ここで、本実施形態では、耐磨耗試験の各種試験条件を、試験温度を、25[℃]または120[℃]、試験に用いる転がり軸受(試験軸受)を、転動体6の個数が3個の軸受、微小揺動の最大揺動速度を20[mm/s(一定)]、転がり軸受1の軸方向(図3中における上下方向)に付加する最大接触面圧を3.24[GPa]、接触円の直径を0.42[mm]、実験時における転がり軸受1の振幅比(振幅比)を2.0、揺動回数を10[cycle]とする。
【0067】
試験装置12を用い、上述した試験条件下において、転動体6、外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10に対する耐磨耗試験を行った後、この転動体6、外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10に対し、干渉顕微鏡等を用いて、上記と同様の手順により、試験後の損傷部の最大高さH2を測定し、損傷比を算出する。
図8中に示されるように、本実施形態(実施例)の潤滑剤を用いた転がり軸受1では、試験温度が25[℃]の場合においても、試験温度が120[℃]の場合においても、共に、比較例の潤滑剤を用いた転がり軸受1よりも損傷比が小さくなっている。すなわち、大気中の温度(常温)である25[℃]の場合だけでなく、転がり軸受1がダンパー付きプーリー(図示せず)内で一般的に使用される温度である120[℃]の場合においても、耐フレッチング性が向上して、フレッチング摩耗の発生を抑制することが可能となることが確認された。
したがって、本実施形態のように、潤滑剤に硫化鉄(FeS,Fe,FeS)を添加することにより、潤滑剤に硫化鉄を添加していない場合よりも、転がり軸受1の損傷比を低減させることが可能となる。
【0068】
(転がり軸受の微小揺動時における振幅比が1.3未満である場合について)
上記の図5中に示すように、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比が1.3未満(振幅比<1.3)である場合では、転がり軸受1に用いた潤滑剤の組成が異なる場合であっても、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比が1.3以上である場合よりも、損傷が同程度に大きいことが示されている。
したがって、転がり軸受1に用いる潤滑剤の組成に関わらず、転がり軸受1を、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比が、1.3以上となるように形成することが、損傷を低減させるために必要であることが確認された。
【0069】
(転がり軸受を備えたダンパー付きプーリーの構成)
本実施形態の転がり軸受1は、上述した図9中に示すように、プーリー20及びハブ22と共にダンパー付きプーリー18を形成しており、プーリー20とハブ22が相対回転するように、プーリー20とハブ22との間に配置されている。
すなわち、本実施形態の転がり軸受1を備えたダンパー付きプーリー18は、転がり軸受1と、外方環状部材2の外周側に配置されて外方環状部材2と共に回転するプーリー20と、内方環状部材4の内周側に配置されて内方環状部材4と共に回転するハブ22を備えている(図9参照)。
ここで、プーリー20の内径面には、外方環状部材2の外径面が取り付けられており、ハブ22の外径面には、内方環状部材4の内径面が取り付けられている(図9参照)。
すなわち、プーリー20とハブ22は、外方環状部材2及び内方環状部材4を介して、相対回転する(図9参照)。
【0070】
(設計方法)
以下、図1から図9を参照しつつ、本実施形態の転がり軸受1を設計する設計方法について説明する。
本実施形態の転がり軸受1の設計方法では、外方環状部材2の外径をD1、内方環状部材4の内径をD2、転動体6のピッチ円直径をPCDとしたときに、上記の条件式(I)を満足するように、転動体6のピッチ円直径を設計する。
【0071】
上記の条件式(I)を満足するように、転動体6のピッチ円直径を設計すると、外方環状部材2の外径及び内方環状部材4の内径に対する、転動体6のピッチ円直径が増加する。これにより、転がり軸受1の微小揺動時における、外方環状部材2及び内方環状部材4の振幅が大きくなる。
ここで、本実施形態では、上記の条件式(I)を満足するように、転動体6のピッチ円直径を設計する際には、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比が、1.3以上となるように設計する。その理由は、上述したように、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比を1.3以上とすると、試験後の転動体6、外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10に生じる損傷を低減することが可能となるためである。
【0072】
また、本実施形態の転がり軸受1の設計方法では、上述した条件式(I)に加え、転動体6の直径をDBとしたときに、上記の条件式(II)を満足するように、転動体6の直径を設計する。
上記の条件式(II)を満足するように、転動体6の直径を設計すると、転動体6のピッチ円直径に対する転動体6の直径が減少する。これにより、転がり軸受1の微小揺動時における、外方環状部材2及び内方環状部材4の振幅が大きくなる。
【0073】
ここで、本実施形態では、上記の条件式(II)を満足するように、転動体6の直径を設計する際には、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比が、1.3以上となるように設計する。その理由は、上記の条件式(I)を満足するように、転動体6のピッチ円直径を設計する際に、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比が、1.3以上となるように設計する理由と同様である。
【0074】
さらに、本実施形態の転がり軸受1の設計方法では、上述した条件式(I)及び(II)に加え、外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10の曲率をRとしたときに、上記の条件式(III)を満足するように、外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10の曲率を設計する。
上記の条件式(III)を満足するように、外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10の曲率を設計すると、転動体6の直径に対する外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10の曲率が減少する。これにより、転がり軸受1の微小揺動時における、外方環状部材2及び内方環状部材4の振幅が大きくなる。
【0075】
ここで、本実施形態では、上記の条件式(III)を満足するように、外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10の曲率を設計する際には、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比が、1.3以上となるように設計する。その理由は、上記の条件式(I)を満足するように、転動体6のピッチ円直径を設計する際に、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比が、1.3以上となるように設計する理由と同様である。
【0076】
また、本実施形態の転がり軸受1の設計方法では、上述した条件式(I)〜(III)に加え、転がり軸受1の運転時における、外方環状部材2及び内方環状部材4と転動体6との、外方環状部材2及び内方環状部材4の径方向に沿った隙間をCLとしたときに、以下の条件式(IV)を満足するように、外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10との隙間に応じて、転動体6の直径を設計する。
上記の条件式(IV)を満足するように、転動体6の直径を設計すると、転がり軸受1の運転時における、転動体6と外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10との隙間が増加する。これにより、転がり軸受1の微小揺動時における、外方環状部材2及び内方環状部材4の振幅が大きくなる。
【0077】
ここで、本実施形態では、上記の条件式(IV)を満足するように、外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10の曲率を設計する際には、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比が、1.3以上となるように設計する。その理由は、上記の条件式(I)を満足するように、転動体6のピッチ円直径を設計する際に、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比が、1.3以上となるように設計する理由と同様である。
以上により、本実施形態の転がり軸受1の設計方法では、上記の条件式(I)〜(IV)を満足するように、軸受諸元を設計する。ここで、軸受諸元とは、転動体6のピッチ円直径、転動体6の直径、外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10の曲率等である。
【0078】
(作用)
次に、図1から図9を参照しつつ、転がり軸受1の作用について説明する。
転がり軸受1を備えたダンパー付きプーリー18において、オルタネータの作動時等、ダンパー付きプーリー18がクランクシャフトからの振動を受け、転がり軸受1に微小揺動が発生すると、この微小揺動により、転動体6、外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10の表面に、衝撃的な繰返し荷重が加わる。
ここで、本実施形態の転がり軸受1は、上記の条件式(I)〜(IV)を満足して形成している。特に、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比が1.3以上となるように形成している。
【0079】
また、本実施形態の転がり軸受1は、外方環状部材2と内方環状部材4との間に、転動体6とともに配置した潤滑剤を、増ちょう剤としてウレアを用いるとともに、基油としてポリ‐α‐オレフィン油を用いたグリースとしている。これに加え、潤滑剤であるグリースを、基油動粘度が10〜250[mm/s(温度条件:40℃)]の範囲内であり、混和ちょう度が200〜400の範囲内であるグリースとしている。
さらに、本実施形態の転がり軸受1は、外方環状部材2と内方環状部材4との間に配置する潤滑剤に、硫化鉄(FeS,Fe,FeS)を添加している。
【0080】
また、本実施形態の転がり軸受1の設計方法では、上記の条件式(I)〜(IV)を満足するように、軸受諸元を設計している。特に、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比が1.3以上となるように、軸受諸元を設計している。
したがって、転がり軸受1の微小揺動時における、外方環状部材2及び内方環状部材4の振幅を大きくすることが可能となり、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比を大きくすることが可能となる。これにより、転がり軸受1の微小揺動時に、外方環状部材2及び内方環状部材4と転動体6との接触面における、フレッチング摩耗の発生を抑制することが可能となる。また、ダンパー付きプーリー18の作動性及び耐久性を向上させることが可能となる。
【0081】
(第一実施形態の効果)
以下、本実施形態の転がり軸受1の効果を列挙する。
(1)本実施形態の転がり軸受1では、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比を1.3以上としている。
このため、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比を、1.3以上として、転がり軸受1の微小揺動時における、外方環状部材2及び内方環状部材4の振幅を大きくすることが可能となり、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比を大きくすることが可能となる。
【0082】
また、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比を大きくすることにより、外方環状部材2及び内方環状部材4と転動体6との間に配置した潤滑剤により構成される潤滑膜を、外方環状部材2及び内方環状部材4と転動体6との接触面の全域に亘って形成することが可能となる。
その結果、転がり軸受1の微小揺動時に、外方環状部材2及び内方環状部材4と転動体6との接触面における、フレッチング摩耗の発生を抑制することが可能となる。
これにより、転がり軸受1の微小揺動時に生じる、転動体6、外方環状部材2及び内方環状部材4の損傷を低減することが可能となるため、転がり軸受1の耐久性及び作動性を向上させることが可能となる。
【0083】
(2)本実施形態の転がり軸受1は、外方環状部材2の外径をD1、内方環状部材4の内径をD2、転動体6のピッチ円直径をPCDとしたときに、上記の条件式(I)を満足して形成する。
このため、外方環状部材2、内方環状部材4及び転動体6の形状寸法を設定することにより、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比を1.3以上とすることが可能となり、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比を大きくすることが可能となる。
その結果、外方環状部材2、内方環状部材4及び転動体6の形状寸法を設定することにより、転がり軸受1の微小揺動時に、外方環状部材2及び内方環状部材4と転動体6との接触面における、フレッチング摩耗の発生を抑制することが可能となる。
【0084】
(3)本実施形態の転がり軸受1は、外方環状部材2の外径をD1、内方環状部材4の内径をD2、転動体6の直径をDBとしたときに、上記の条件式(II)を満足して形成する。
このため、外方環状部材2、内方環状部材4及び転動体6の形状寸法を設定することにより、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比を1.3以上とすることが可能となり、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比を大きくすることが可能となる。
その結果、外方環状部材2、内方環状部材4及び転動体6の形状寸法を設定することにより、転がり軸受1の微小揺動時に、外方環状部材2及び内方環状部材4と転動体6との接触面における、フレッチング摩耗の発生を抑制することが可能となる。
【0085】
(4)本実施形態の転がり軸受1は、転動体6の直径をDB、外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10の曲率をRとしたときに、上記の条件式(III)を満足して形成する。
このため、転動体6、外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10の形状寸法を設定することにより、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比を1.3以上とすることが可能となり、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比を大きくすることが可能となる。
その結果、転動体6、外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10の形状寸法を設定することにより、転がり軸受1の微小揺動時に、外方環状部材2及び内方環状部材4と転動体6との接触面における、フレッチング摩耗の発生を抑制することが可能となる。
【0086】
(5)本実施形態の転がり軸受1は、転がり軸受1の運転時における、外方環状部材2及び内方環状部材4と転動体6との、外方環状部材2及び内方環状部材4の径方向に沿った隙間をCLとしたときに、上記の条件式(IV)を満足して形成する。
このため、転がり軸受1の運転時における、外方環状部材2、内方環状部材4及び転動体6の形状寸法を設定することにより、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比を1.3以上とすることが可能となり、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比を大きくすることが可能となる。
その結果、転がり軸受1の運転時における、外方環状部材2、内方環状部材4及び転動体6の形状寸法を設定することにより、転がり軸受1の微小揺動時に、外方環状部材2及び内方環状部材4と転動体6との接触面における、フレッチング摩耗の発生を抑制することが可能となる。
【0087】
(6)本実施形態の転がり軸受1は、外方環状部材2の外径をD1、内方環状部材4の内径をD2、転動体6のピッチ円直径をPCD、転動体6の直径をDB、外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10の曲率をR、転がり軸受1の運転時における、外方環状部材2及び内方環状部材4と転動体6との、外方環状部材2及び内方環状部材4の径方向に沿った隙間をCLとしたときに、上記の条件式(I)〜(IV)を満足して形成する。
【0088】
このため、転がり軸受1の構成が上記の条件式(I)〜(IV)のうち一つのみを満足している場合よりも、転がり軸受1の微小揺動時における、外方環状部材2及び内方環状部材4の振幅を大きくすることが可能となる。
その結果、転がり軸受1の構成が上記の条件式(I)〜(IV)のうち一つのみを満足している場合よりも、転がり軸受1の微小揺動時における振幅比を大きくすることが可能となり、外方環状部材2及び内方環状部材4と転動体6との接触面における、フレッチング摩耗の発生を抑制することが可能となる。
【0089】
(7)本実施形態の転がり軸受1では、外方環状部材2及び内方環状部材4と転動体6との間に配置した潤滑剤を、増ちょう剤としてウレアを用いるとともに、基油としてポリ‐α‐オレフィン油を用いたグリースとしている。
このため、潤滑剤であるグリースが、増ちょう剤としてウレアを、且つ基油としてポリ‐α‐オレフィン油を用いていない場合と比較して、転がり軸受1の微小揺動時において、増ちょう剤として用いたウレアと、基油として用いたポリ‐α‐オレフィン油が離油しやすくなる。
その結果、転がり軸受1の微小揺動時において、増ちょう剤により構成される増ちょう剤保護膜を、外方環状部材2及び内方環状部材4と転動体6との接触面に亘って形成することが容易となり、外方環状部材2及び内方環状部材4と転動体6との接触面における、フレッチング摩耗の発生を抑制することが可能となる。
【0090】
(8)本実施形態の転がり軸受1では、外方環状部材2及び内方環状部材4と転動体6との間に配置した潤滑剤であるグリースを、基油動粘度が10〜250[mm/s(温度条件:40℃)]の範囲内であり、混和ちょう度が200〜400の範囲内としている。
このため、潤滑剤であるグリースが、基油動粘度が10〜250[mm/s(温度条件:40℃)]の範囲外であり、混和ちょう度が200〜400の範囲外である場合と比較して、転がり軸受の微小揺動時において、増ちょう剤として用いたウレアと、基油として用いたポリ‐α‐オレフィン油が離油しやすくなる。
その結果、転がり軸受1の微小揺動時において、増ちょう剤により構成される増ちょう剤保護膜を、外方環状部材2及び内方環状部材4と転動体6との接触面に亘って形成することが容易となり、外方環状部材2及び内方環状部材4と転動体6との接触面における、フレッチング摩耗の発生を抑制することが可能となる。
【0091】
(9)本実施形態の転がり軸受1では、外方環状部材2と内方環状部材4との間に配置する潤滑剤に、硫化鉄(FeS,Fe,FeS)を添加している。
このため、潤滑剤に硫化鉄を添加していない場合と比較して、耐フレッチング性を向上させることが可能となり、転がり軸受1の微小揺動時に、外方環状部材2及び内方環状部材4と転動体6との接触面における、フレッチング摩耗の発生を抑制することが可能となる。
【0092】
その結果、潤滑剤に硫化鉄を添加していない場合と比較して、転がり軸受1の微小揺動時に生じる、転動体6、外方環状部材2及び内方環状部材4の損傷を低減することが可能となるため、転がり軸受1の耐久性及び作動性を向上させることが可能となる。
また、潤滑剤に硫化鉄を添加することにより、大気中の温度(例えば、約25[℃])だけでなく、転がり軸受1がダンパー付きプーリー18内で一般的に使用される温度(例えば、約120[℃])においても、耐フレッチング性を向上させることが可能となり、フレッチング摩耗の発生を抑制することが可能となる。
【0093】
(10)本実施形態の転がり軸受1では、転動体6を、金属材料を用いて形成しているため、転動体6を、セラミックスを用いて形成する場合と比較して、転動体6の材料コストを低減することが可能となる。
その結果、転がり軸受1の材料コストを低減することが可能となるため、転がり軸受1の部品コストを低減することが可能となる。
(11)本実施形態のダンパー付きプーリー18は、上記の条件式(I)〜(IV)を満足して形成された転がり軸受1を備えている。
その結果、転がり軸受1の、外方環状部材2及び内方環状部材4の径方向への微小揺動時において、外方環状部材2及び内方環状部材4と転動体との接触面6における、フレッチング摩耗の発生を抑制することが可能となり、ダンパー付きプーリー18の作動性及び耐久性を向上させることが可能となる。
【0094】
(応用例)
以下、本実施形態の転がり軸受1の応用例を列挙する。
(1)本実施形態の転がり軸受1では、転がり軸受1を、上記の条件式(I)〜(IV)を満足して形成したが、これに限定するものではない。すなわち、転がり軸受1を、上記の条件式(I)〜(IV)のうち、少なくとも一つを満足して形成してもよい。また、転がり軸受1を、上記の条件式(I)〜(IV)のうち、少なくとも二つを満足して形成してもよい。
【0095】
(2)本実施形態の転がり軸受1では、外方環状部材2及び内方環状部材4と転動体6との間に配置した潤滑剤を、増ちょう剤としてウレアを用いるとともに、基油としてポリ‐α‐オレフィン油を用いたグリースとしたが、これに限定するものではない。すなわち、外方環状部材2及び内方環状部材4と転動体6との間に配置した潤滑剤を、例えば、増ちょう剤としてウレアを用いるとともに、基油としてエステル油を用いたグリースとしてもよい。
【0096】
(3)本実施形態の転がり軸受1では、外方環状部材2及び内方環状部材4と転動体6との間に配置した潤滑剤であるグリースを、基油動粘度が10〜250[mm/s(温度条件:40℃)]の範囲内であり、混和ちょう度が200〜400の範囲内としたが、これに限定するものではない。すなわち、外方環状部材2及び内方環状部材4と転動体6との間に配置した潤滑剤であるグリースを、例えば、基油動粘度が10〜250[mm/s(温度条件:40℃)]の範囲外であり、混和ちょう度が200〜400の範囲外であるグリースとしてもよい。
(4)本実施形態の転がり軸受1では、外方環状部材2と内方環状部材4との間に配置する潤滑剤に、硫化鉄(FeS,Fe,FeS)を添加しているが、これに限定するものではなく、潤滑剤に添加する硫化鉄を、FeS、Fe及びFeSのうち、一種類または二種類としてもよい。また、潤滑剤に、硫化鉄を添加しなくともよい。
【0097】
(5)本実施形態の転がり軸受1では、転動体6の直径をDB、外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10の曲率をRとしたときに、上記の条件式(III)を満足して形成したが、これに限定するものではない。すなわち、曲率をRとする軌道溝を、外方転動体軌道溝8または内方転動体軌道溝10のみとしてもよい。要は、曲率をRとする軌道溝を、外方転動体軌道溝8及び内方転動体軌道溝10のうち、少なくとも一方とすればよい。
(6)本実施形態では、転がり軸受1をダンパー付きプーリー18に適用したが、これに限定するものではなく、転がり軸受1を、例えば、サーボモータ用軸受や風車用軸受等が備える転がり軸受に適用してもよい。
【符号の説明】
【0098】
1 転がり軸受
2 外方環状部材
4 内方環状部材
6 転動体
8 外方転動体軌道溝
10 内方転動体軌道溝
12 試験装置
14 荷重付加部
16 微小揺動付加部(本体部16a、偏心カム16b、クランク16c、回転軸16d、押圧部16e)
18 ダンパー付きプーリー
20 プーリー
22 ハブ
24 弾性部材
D1 外方環状部材の外径
D2 内方環状部材の内径
PCD 転動体のピッチ円直径
DB 転動体の直径
R 外方転動体軌道溝及び内方転動体軌道溝の曲率

【特許請求の範囲】
【請求項1】
相対回転する外方環状部材及び内方環状部材と、前記外方環状部材及び前記内方環状部材の互いに対向する軌道溝間で転動する複数の転動体と、を備える転がり軸受であって、
前記転がり軸受の微小揺動時における振幅を前記転動体がヘルツ接触する前記軌道溝に生じるヘルツ接触円の直径で割った振幅比を1.3以上とすることを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
前記外方環状部材の外径をD1、前記内方環状部材の内径をD2、前記転動体のピッチ円直径をPCDとしたときに、以下の条件式(I)を満足して形成されていることを特徴とする請求項1に記載した転がり軸受。
(D1+D2)/2 < PCD … (I)
【請求項3】
前記外方環状部材の外径をD1、前記内方環状部材の内径をD2、前記転動体の直径をDBとしたときに、以下の条件式(II)を満足して形成されていることを特徴とする請求項1に記載した転がり軸受。
DB/{(D1−D2)/2} < 0.55 … (II)
【請求項4】
前記転動体の直径をDB、前記軌道溝の曲率をRとしたときに、以下の条件式(III)を満足して形成されていることを特徴とする請求項1に記載した転がり軸受。
0.51 < R/DB < 0.55 … (III)
【請求項5】
前記転がり軸受の運転時における、前記外方環状部材及び前記内方環状部材と前記転動体との、前記外方環状部材及び前記内方環状部材の径方向に沿った隙間をCLとしたときに、以下の条件式(IV)を満足して形成されていることを特徴とする請求項1に記載した転がり軸受。
CL ≧ 0[μm] … (IV)
【請求項6】
前記外方環状部材及び前記内方環状部材と前記転動体との間に潤滑剤を配置し、
前記潤滑剤は、増ちょう剤としてウレアを用いるとともに、基油としてポリ‐α‐オレフィン油を用いたグリースであることを特徴とする請求項1から5のうちいずれか1項に記載した転がり軸受。
【請求項7】
前記グリースは、基油動粘度が10〜250[mm/s(温度条件:40℃)]の範囲内であり、混和ちょう度が200〜400の範囲内であることを特徴とする請求項6に記載した転がり軸受。
【請求項8】
前記潤滑剤に、硫化鉄を添加し、
前記硫化鉄は、硫化鉄(II)(FeS)、硫化第二鉄(Fe)及び二硫化鉄(FeS)のうち少なくとも一つであることを特徴とする請求項6または7に記載した転がり軸受。
【請求項9】
請求項1から8のうちいずれか1項に記載した転がり軸受と、前記外方環状部材の外周側に配置されて外方環状部材と共に回転するプーリーと、前記内方環状部材の内周側に配置されて内方環状部材と共に回転するハブと、を備えることを特徴とするダンパー付きプーリー。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−31989(P2012−31989A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−14363(P2011−14363)
【出願日】平成23年1月26日(2011.1.26)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】