説明

転がり軸受

【課題】潤滑油中に異物が混入した環境下で使用されても長寿命な転がり軸受を提供する。
【解決手段】深溝玉軸受の内輪1,外輪2,及び転動体3は鋼で構成されている。そして、内輪1,外輪2,及び転動体3には浸炭窒化処理が施されていて、その表面には浸炭窒化層が形成されている。内輪1,外輪2,及び転動体3の浸炭窒化層には残留オーステナイトが存在しているが、転動体3の浸炭窒化層の残留オーステナイト量は内輪1及び外輪2の浸炭窒化層の残留オーステナイト量よりも少なくなっていて、両者の残留オーステナイト量の差は5体積%以上である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
玉軸受の転動体及び内外輪の材料としては、SUJ2等の高炭素クロム軸受鋼がよく使用されている。高炭素クロム軸受鋼は、通常、焼入れ、焼戻し処理を施すことにより、硬さをHRC58〜62程度に硬化させて、必要な疲労寿命を確保している。このような軸受鋼からなる転がり軸受の定格疲れ寿命は、玉軸受であれば、L=(C/P)3 、ころ軸受であれば、L=(C/P)10/3で示される。ここで、Lは定格疲れ寿命、Cは基本動定格荷重、Pは軸受荷重である。
【0003】
近年、製鋼技術の飛躍的進歩によって鋼の清浄度が格段に向上したため、清浄な油浴潤滑下においては、上記定格疲れ寿命(計算寿命)を満足することなく早期に転がり疲れによるフレーキングが生じて不具合が発生することは殆どなくなっている。しかし、転がり軸受は、実際には、潤滑油中に金属の切粉,削り屑,バリ,摩耗粉等の異物が混入した環境下や、劣悪な潤滑環境下で使用される場合も多く、このような場合には、上記定格疲れ寿命(計算寿命)を満足できずに、早期にフレーキングが発生する場合がある。なお、以降においては、清浄な油浴潤滑下において介在物等を起点として生じるフレーキングを内部起点型フレーキングと称し、前述のような異物が潤滑油中に混入した環境下や劣悪な潤滑環境下において表面を起点として生じるフレーキングを表面起点型フレーキングと称する。
【0004】
そこで、従来においては、浸炭等の熱処理により低中炭素低合金鋼の表面に球状炭化物を析出させることで、軌道輪や転動体の表面硬さを向上させ、表面起点型フレーキングに対する寿命を改善する技術が提案されている(例えば特許文献1及び特許文献2を参照)。しかしながら、軌道輪及び転動体の表面硬さを向上すると、異物による圧痕の付き方は軽微になるが、その反面、軌道輪及び転動体の靭性が乏しくなるという問題があった。そのため、潤滑油中に存在する異物により引き起こされる損傷箇所からクラックが発生し、それが起点となって早期にフレーキングが発生する場合があり、寿命の改善が不十分であった。
【0005】
そこで、表面層の残留オーステナイト量と硬さ、あるいは炭窒化物の含有量等を適正値とすることで、異物の噛み込みにより生じる圧痕縁における応力の集中を緩和し、表面起点型フレーキングに対して寿命向上を図ったものが提案されている(例えば特許文献3〜5を参照)。また、潤滑油中の異物による表面損傷とフレーキング発生メカニズム、及び残留オーステナイトによる圧痕縁の応力集中低減効果と寿命延長効果等については、例えば非特許文献1に詳細に報告されており、現在の表面起点型はくり寿命に対する長寿命化技術の基礎となっている。
【特許文献1】特公昭62−24499号公報
【特許文献2】特開平2−34766号公報
【特許文献3】特開昭64−55423号公報
【特許文献4】特開平4−26752号公報
【特許文献5】特開平5−78814号公報
【非特許文献1】ASTM−STP1195(1993),p199〜210,The Development of Bearing Steels for LongLife Rolling Bearings Under Clean Lubrication
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、省エネルギーを目的として輪送機器や構造物の軽量化や鉄鋼材料の更なる高強度化が求められていることに加え、装置の高性能化や低トルク化等を背景とした潤滑環境の過酷化等もあって、これらの装置等に組み込まれる転がり軸受の更なる長寿命化のニーズが高まっている。また、近年の価格競争を背景として、一層のコストダウンが求められている。
【0007】
しかしながら、上記のような従来技術では、内外輪や転動体を構成する材料がSUJ2の場合は、それらの表面に形成された浸炭窒化層の残留オーステナイト量が少ないことに加えて、内外輪の残留オーステナイト量と転動体の残留オーステナイト量との差がほとんど無いため、潤滑油中に異物が混入した環境下では短寿命であった。また、HTFの場合は、浸炭窒化層の残留オーステナイト量は大きいが、内外輪の残留オーステナイト量と転動体の残留オーステナイト量との差がほとんど無いため、潤滑油中に異物が混入した環境下では寿命の延長効果が不十分であった。
そこで、本発明は上記のような従来技術が有する問題点を解決し、潤滑油中に異物が混入した環境下で使用されても長寿命な転がり軸受を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するため、本発明は次のような構成からなる。すなわち、本発明に係る請求項1の転がり軸受は、内輪と、外輪と、前記内輪及び前記外輪の間に転動自在に配された複数の転動体と、を備える転がり軸受において、前記内輪,前記外輪,及び前記転動体は鋼で構成されているとともに、その表面に浸炭窒化処理により形成された浸炭窒化層を有しており、前記転動体の浸炭窒化層の残留オーステナイト量は前記内輪及び前記外輪の浸炭窒化層の残留オーステナイト量よりも少なく、その差は5体積%以上であることを特徴とする。
【0009】
また、本発明に係る請求項2の転がり軸受は、内輪と、外輪と、前記内輪及び前記外輪の間に転動自在に配された複数の転動体と、を備える転がり軸受において、前記内輪,前記外輪,及び前記転動体は鋼で構成されているとともに、その表面に浸炭窒化処理により形成された浸炭窒化層を有しており、前記転動体の浸炭窒化層の残留オーステナイト量は前記内輪及び前記外輪の浸炭窒化層の残留オーステナイト量よりも少なく、その差は10体積%以上であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明の転がり軸受は、潤滑油中に異物が混入した環境下で使用されても長寿命である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明に係る転がり軸受の実施の形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。
図1は、本発明に係る転がり軸受の一実施形態である深溝玉軸受の構造を示す部分縦断面図である。この深溝玉軸受は、軌道面1aを外周面に有する内輪1と、内輪1の軌道面1aに対向する軌道面2aを内周面に有する外輪2と、両軌道面1a,2a間に転動自在に配された複数の転動体3と、内輪1及び外輪2の間に転動体3を保持する保持器4と、内輪1及び外輪2の間の隙間の開口を覆うシール5,5と、を備えていて、両軌道面1a,2aと転動体3の転動面3aとの間の潤滑が潤滑剤6により行われている。なお、保持器4やシール5は備えていなくてもよい。
【0012】
この深溝玉軸受においては、内輪1,外輪2,及び転動体3は鋼で構成されている。そして、内輪1,外輪2,及び転動体3には浸炭窒化処理が施されていて、その表面(少なくとも軌道面1a,2aと転動面3a)には図示しない浸炭窒化層が形成されている。内輪1,外輪2,及び転動体3の浸炭窒化層には残留オーステナイトが存在しているが、転動体3の浸炭窒化層の残留オーステナイト量は内輪1及び外輪2の浸炭窒化層の残留オーステナイト量よりも少なくなっている。両者の残留オーステナイト量の差は5体積%以上である必要があり、10体積%以上であることがより好ましい。なお、転動体3の浸炭窒化層の残留オーステナイト量は5体積%以上20体積%以下であることが好ましく、内輪1,外輪2の浸炭窒化層の残留オーステナイト量はそれぞれ20体積%以上40体積%以下であることが好ましい。
【0013】
このような構成であれば、潤滑油中に異物が混入した環境下で使用されても長寿命である。よって、この深溝玉軸受は、自動車,農業機械,建設機械,鉄鋼機械等の変速機,エンジン,減速機等に好適に使用可能である。
内輪1,外輪2,及び転動体3を構成する鋼の種類は特に限定されるものではないが、炭素(C),ケイ素(Si),マンガン(Mn),クロム(Cr),モリブデン(Mo),バナジウム(V)等の合金成分を含有する鋼が好ましい。これらの合金成分の作用と好ましい含有量とについて、以下に説明する。
【0014】
〔炭素について〕
炭素は、鋼に必要な強度と寿命を得るために必要な元素である。これが少なすぎると、十分な強度が得られないばかりでなく、後述する浸炭窒化処理の際に必要な硬化層深さを得るための熱処理時間が長くなり、熱処理コストの増大につながる。そのため、炭素含有量は0.3質量%以上であることが好ましく、0.8質量%以上であることがより好ましい。
【0015】
ただし、炭素含有量が多すぎると、製鋼時に巨大炭化物が生成され、その後の焼入れ特性や転動疲労寿命に悪影響を与えたり、ヘッダー性が低下してコストの上昇を招くおそれがあるため、上限を1.2質量%とすることが好ましい。なお、軌道輪の場合は、心部に高い靱性が求められるため、0.3質量%以上0.6質量%以下であることが好ましく、転動体の場合は、0.6質量%以上1.2質量%以下であることが好ましい。
【0016】
〔ケイ素について〕
ケイ素は、製鋼時に脱酸剤として必要であるだけでなく、基地マルテンサイトを強化するとともに、焼戻し軟化抵抗性を高め、疲労寿命を延長するのに極めて有効な元素である。また、浸炭窒化層の諸特性を満足するための、表面窒素濃度や残留オーステナイト量等をバランス良く確保するためには、なくてはならない必須元素である。その効果を十分に発揮させるためには、軌道輪については、0.15質量%以上であることが好ましく、0.2質量%以上であることがより好ましい。特に、転動体においては、浸炭窒化層に微細な窒化物を多量に析出させるためにはなくてはならない元素であり、転動体の場合には、0.4質量%以上であることが好ましい。
【0017】
一方、ケイ素の含有量が多すぎると、ヘッダー性,被削性等を低下させるだけでなく、浸炭窒化処理特性が低下して十分な硬化層深さや窒素拡散深さを確保できなくなる場合がある。そのため、転動体においては後述する所定の表面品質が得られない場合があるので、上限を2質量%以下とすることが好ましく、1.5質量%以下とすることがより好ましい。
【0018】
〔マンガンについて〕
マンガンは、ケイ素と同様に脱酸剤としての働きがある他、焼入れ性を向上させたり、転がり寿命に有効な残留オーステナイトの生成を促進させる作用があり、含有量は0.2質量%以上であることが好ましい。一方、マンガンは含有量が多すぎると、被削性,ヘッダー性を低下させるだけでなく、熱処理後においては、多量の残留オーステナイトが生成して、かえって耐疲労性が低下して良好な寿命が得られなくなる場合もある。よって、2質量%以下とすることが好ましく、0.7質量%以下とすることがより好ましい。なお、転動体においては、後述するように多量の残留オーステナイトが残存する場合には寿命改善効果が低下するため、1.2質量%以下とすることが好ましい。
【0019】
〔クロムについて〕
クロムは、基地に固溶して焼入れ性、焼戻し軟化抵抗性などを高めるとともに、高硬度の微細な炭化物又は炭窒化物を形成して、軸受材料の硬さや熱処理時の結晶粒粗大化を防止して軸受寿命を高める作用がある。その効果を得るためには、含有量は0.5質量%以上であることが好ましく、1.3質量%以上であることがより好ましい。ただし、2質量%を超えると、製鋼過程で巨大炭化物が生成して、その後の焼入れ特性や転動疲労寿命に悪影響を与えたり、ヘッダー性や被削性が低下するため、その上限は2質量%であることが好ましく、1.6質量%であることがより好ましい。
【0020】
〔モリブデンについて〕
モリブデンは、基地に固溶して焼入れ性,焼戻し軟化抵抗性などを高めるとともに、高硬度の微細な炭化物又は炭窒化物を形成して、軸受材料の硬さや熱処理時の結晶粒粗大化を防止して軸受寿命を高める作用がある。その効果を十分に得るためには、含有量は0.5質量%以上とすることが好ましい。ただし、モリブデンは高価であるため添加しなくてもよく、添加する場合には2質量%以下とすることが好ましい。
【0021】
〔バナジウムについて〕
バナジウムは、高硬度の微細な炭化物又は炭窒化物を形成して、軸受材料の硬さや熱処理時の結晶粒粗大化を防止して軸受寿命を高める作用がある。その効果を十分に得るためには、含有量は0.5質量%以上とすることが好ましい。ただし、バナジウムは高価であるため添加しなくてもよく、添加する場合には2質量%以下とすることが好ましい。
【0022】
このような鋼の残部は実質的に鉄(Fe)であるが、不可避の不純物として硫黄(S),リン(P),アルミニウム(Al),チタン(Ti),酸素(O)等を含有する。これらの不純物元素は、表面起点型フレーキングには特に際立った影響はないとされているが、その品質が著しく悪い場合には、内部起点型フレーキングが生じるようになる。よって、コストアップを招くような厳しい不純物規制は行なう必要はないが、通常軸受材料として使用できる清浄度規制(JIS G4805)を満足する品質(ベアリングクオリティー)レベルとすることが好ましい。
【0023】
次に、転動体3の製造方法について、その一例を示して説明する。
鋼の線材から、ヘッダー加工及びフラッシング加工等によって素球を製作し、表面に窒素を富化させるために浸炭窒化処理を施す。窒素は、炭素と同じようにマルテンサイトの固溶強化及び残留オーステナイトの安定確保に作用するだけでなく、窒化物又は炭窒化物を形成して、摩擦摩耗特性を著しく高める作用がある。その効果を十分に発揮させるためには、窒素濃度は0.2質量%以上とすることが好ましく、0.3質量%以上とすることがより好ましい。
【0024】
ただし、窒素濃度が必要以上に高いと、窒化物又は炭窒化物の析出量が増大して、十分な残留オーステナイト量が確保できなくなったり、焼入れ性が低下して、十分な耐疲労性が得られない場合がある。よって、窒素濃度は2質量%以下とすることが好ましい。
浸炭窒化処理は、鋼を一旦オーステナイト化させ、焼入れ後において表面に十分な残留オーステナイト量を確保できるように、炭素と窒素を基地組織に固溶させるとともに、表面に摩擦、摩耗低減効果の高い窒化物又は炭窒化物を析出分散させるために施される。
【0025】
具体的には、RXガス,エンリッチガス,及びアンモニアガスの混合ガス雰囲気中で行なわれるが、アンモニアガスは処理温度が高くなるほど分解しやすく、その結果、前記混合ガス中の残留アンモニアガスの濃度が小さくなり、十分な窒素量を転動体表面に富化できなくなる場合がある。また、温度が低いと、十分な炭素と窒素を基地組織に固溶させることができず、所定の残留オーステナイト量の確保と耐疲労性の確保が難しくなる。そこで、浸炭窒化処理は、温度を820〜850℃程度、Cp(カーボンポテンシャル)を1.0〜1.4とし、上記窒素濃度を満足させ得るアンモニアガス投入量で行われることが好ましい。
【0026】
また、浸炭窒化処理の後は油焼入れし、組織の安定化のため200〜270℃程度の焼戻しに供される。その後、タンブリング加工又はボールピーニング加工等を行ない、残留する加工歪による経時的な表面のウェービネス変化を抑制するため、最終的に140〜180℃程度で焼戻しを行ない、ラップ加工に供される。完成球に極めて多量の残留オーステナイトが存在すると、それ自身に形成される圧痕縁に作用する応力集中を緩和することができるが、摩擦摩耗特性の観点からは少ない方が良く、圧痕形成と転がり疲労に伴なう残留オーステナイトの分解等によって、経時的に転動体の表面形状が著しく劣化して、次第に軌道輪の軌道面に形成された圧痕縁に作用する接線力が増大するようになる。また、完成球の表面の残留オーステナイト量が少なすぎると、圧痕が形成された際に十分な寿命を確保することが難しくなる。
【0027】
また、完成鋼球の表面硬さは、異物の噛み込み時の圧痕形成を抑制し転動体表面の形状崩れを防止することと、転動体自身を強化して転動体,軌道輪を共に長寿命とするため、Hv820以上とすることが好ましい。より好ましくは、Hv850〜1000程度である。また、転動体の表面粗さが大きくなると、潤滑条件が厳しい場合は勿論であるが、圧痕の盛り上がり部において金属接触が生じ接線力が大きくなることによって、十分な寿命延長効果が得られない場合がある。そのため、鋼球の表面粗さは0.03μmRa以下とすることが好ましく、0.01μmRa以下とすることがより好ましい。
【0028】
次に、内輪1及び外輪2の製造方法について、その一例を示して説明する。軌道輪についても、同様に浸炭窒化処理を施すことにより強化するとともに、所定の残留オーステナイト量を確保する。軌道輪の残留オーステナイトは、前述したように軌道面に形成された圧痕縁の応力集中を軽減する作用があり、十分な寿命を確保する上では20体積%以上とすることが好ましい。また、残留オーステナイト量が多すぎると、それ自身の耐疲労性が低下したり、摩擦摩耗特性が低下したり、硬さが低下することによって軌道輪の軌道面に圧痕が形成されやすくなって、軌道輪の軌道面に形成された圧痕によって転動体への攻撃性が強まり、転動体の疲労度が増して寿命が低下する場合がある。そのため、残留オーステナイト量は40体積%以下であることが好ましく、軌道輪の軌道面の表面硬さはHv750〜850とすることが好ましい。
【0029】
なお、軌道輪については、窒素濃度が高すぎると、研削性が大幅に低下して著しく生産性の低下を来たす場合があるため、窒素濃度は0.05質量%以上0.3質量%以下とすることが好ましい。浸炭窒化処理は、転動体の場合と同様に表面に所定の残留オーステナイト量と硬さを確保できるように、炭素と窒素を基地組織に固溶させるとともに、窒化物又は炭窒化物を析出分散させるために施される。
【0030】
具体的には、RXガス,エンリッチガス,及びアンモニアガスの混合ガス雰囲気中で行なわれる。ただし、軌道輪の湯合は、転動体よりも熱処理後の取りしろが必要であり、また、表面窒素濃度が大きいと研削時に加工性低下がしばしば問題となる場合がある。そこで、十分な硬化層深さを確保することと、表面の浸炭窒化層の窒素濃度を最適化することを目的として、浸炭窒化処理は、温度を880〜950℃程度、Cp(カーボンポテンシャル)を1.0〜1.4とし、上記窒素濃度を満足させ得るアンモニアガス投入量で実施されることが好ましい。また、浸炭窒化処理した後は、再度820〜860℃程度に加熱保持して焼入れし、160〜180℃程度の焼戻しを行ない、研削仕上げ加工に供される。
【0031】
なお、本実施形態は本発明の一例を示したものであって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。例えば、本実施形態においては、転がり軸受の例として深溝玉軸受を示して説明したが、本発明の転がり軸受は様々な種類の転がり軸受に対して適用することができる。例えば、アンギュラ玉軸受,円筒ころ軸受,円すいころ軸受,針状ころ軸受,自動調心ころ軸受等のラジアル形の転がり軸受や、スラスト玉軸受,スラストころ軸受等のスラスト形の転がり軸受である。
【実施例】
【0032】
以下に、実施例を示して、本発明をさらに具体的に説明する。表1に示すような合金成分(残部は鉄及び不可避の不純物)を有する鋼を用いて転動体及び軌道輪を製造した。
【0033】
【表1】

【0034】
転動体は、表1に示す鋼からなる線材にヘッダー加工,フラッシング加工,粗旋削加工を施して素球を製作し、以下に示すA〜Cのいずれかの熱処理を施した。
熱処理A:RXガス,エンリッチガス,及びアンモニアガスの混合ガス雰囲気中、830℃で4.5時間浸炭窒化焼入れを施した後、200〜270℃で焼戻しを行った。
熱処理B:RXガス,エンリッチガス,及びアンモニアガスの混合ガス雰囲気中、830℃で4.5時間浸炭窒化焼入れを施した後、−80℃で1時間サブゼロ処理を行い、さらに200〜270℃で焼戻しを行った。
熱処理C:RXガス雰囲気中、840℃で0.5時間焼入れを行った後、200〜270℃で焼戻しを行った。
【0035】
そして、熱処理を施した素球にタンブラー加工を行った後に再度150〜170℃で焼戻しを行い、さらにラップ仕上げを施して表面粗さを0.01μmRa以下として、完成球とした。
なお、電子線マイクロアナライザー(EPMA)を用いて、完成球の表面窒素量を定量分析した。また、浸炭窒化層の残留オーステナイト量γR 及び圧縮残留応力σは、X線回折法により測定した。いずれも、転動体表面を直接分析した。また、表面硬さも転動体表面を直接測定し、球面補正した値を転動体の表面硬さとした。これらの測定結果を表2に示す。
【0036】
【表2】

【0037】
次に、軌道輪は、表1に示す鋼を旋削加工により所望の形状に加工した後、以下に示すD,Eのいずれかの熱処理を施した。
熱処理D:RXガス,エンリッチガス,及びアンモニアガスの混合ガス雰囲気中、890〜930℃で3.5〜4.5時間浸炭窒化処理を施し、840〜860℃で0.5時間保持後に油焼入れした。そして、160〜180℃で焼戻しを行った。
熱処理E:RXガス雰囲気中、840〜860℃で0.5時間焼入れを行った後、160〜180℃で焼戻しを行った。
なお、断面硬さ測定により得られた軌道面直下100μm深さの硬さを、軌道輪の軌道面の表面硬さとした。また、浸炭窒化層の残留オーステナイト量γR の測定は、軌道面表面を100μm電解研磨し、X線回折法により測定した。これらの測定結果を表2に併せて示す。
【0038】
このようにして製造した転動体と軌道輪とをプラスチック製保持器とともに組み立てて、呼び番号6206の深溝玉軸受を得た。そして、この深溝玉軸受を下記の条件で回転させ、フレーキングが発生するまでの応力繰り返し回数を調査した。1種の深溝玉軸受につき10個の軸受を試験に供してワイブルプロットを作成し、ワイブル分布からL10寿命を求めた。
荷重 :6223N
回転速度:3000min-1
潤滑油 :ISO粘度グレードがISO VG68であるタービン油
【0039】
ただし、潤滑油には、異物としてFe3 C系粉を300ppm混入してある。Fe3 C系粉の硬さはHv870であり、粒径は74〜147μmである。
寿命試験の結果を表2及び図2のグラフに示す。なお、表2及び図2のグラフの寿命の数値は、比較例1のL10寿命を1とした場合の相対値で示してある。また、ΔγR は、軌道輪の浸炭窒化層の残留オーステナイト量から転動体の浸炭窒化層の残留オーステナイト量を差し引いた値である。
【0040】
実施例1〜14は、転動体の浸炭窒化層の残留オーステナイト量が軌道輪の浸炭窒化層の残留オーステナイト量よりも少なく且つその差ΔγR が5体積%以上であるため、ΔγR が5体積%未満である比較例1と比べて、潤滑油中に異物が混入した環境下で使用された場合に長寿命であった。比較例2は、転動体の浸炭窒化層の残留オーステナイト量が軌道輪の浸炭窒化層の残留オーステナイト量よりも多いため、短寿命であった。比較例3は、転動体の浸炭窒化層の残留オーステナイト量が軌道輪の浸炭窒化層の残留オーステナイト量よりも少なく且つその差ΔγR が5体積%以上であるものの、転動体に浸炭窒化処理が施されていないため、短寿命であった。
なお、ΔγR が30体積%を超えるためには、軌道輪の残留オーステナイト量を極端に多量としたり、転動体の残留オーステナイト量を極端に少量としたりする必要があるが、これは工業的には実施が困難であり且つ経済性も低いことから、ΔγR は30体積%以下であることが好ましい
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】本発明に係る転がり軸受の一実施形態である深溝玉軸受の構造を示す部分縦断面図である。
【図2】ΔγR と寿命との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0042】
1 内輪
1a 軌道面
2 外輪
2a 軌道面
3 転動体
3a 転動面
5 シール
6 潤滑剤

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内輪と、外輪と、前記内輪及び前記外輪の間に転動自在に配された複数の転動体と、を備える転がり軸受において、前記内輪,前記外輪,及び前記転動体は鋼で構成されているとともに、その表面に浸炭窒化処理により形成された浸炭窒化層を有しており、前記転動体の浸炭窒化層の残留オーステナイト量は前記内輪及び前記外輪の浸炭窒化層の残留オーステナイト量よりも少なく、その差は5体積%以上であることを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
内輪と、外輪と、前記内輪及び前記外輪の間に転動自在に配された複数の転動体と、を備える転がり軸受において、前記内輪,前記外輪,及び前記転動体は鋼で構成されているとともに、その表面に浸炭窒化処理により形成された浸炭窒化層を有しており、前記転動体の浸炭窒化層の残留オーステナイト量は前記内輪及び前記外輪の浸炭窒化層の残留オーステナイト量よりも少なく、その差は10体積%以上であることを特徴とする転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−192071(P2009−192071A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−36613(P2008−36613)
【出願日】平成20年2月18日(2008.2.18)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】